読了本

第一阿房列車 (新潮文庫)

第一阿房列車 (新潮文庫)

なんにも用事はないけれど、ただ汽車に乗って帰ってくる。これを「阿房列車を運行する」という。阿房とはつまりアホウ、観光もせずに酒だけ飲んでくる旅なのだ。元祖乗りテツ百けん先生のそこはかとなくユーモラスな鉄道紀行、はじまりはじまり。若い頃に福武文庫版で読んで以来、大好きな本である。
子供のような偏屈親爺の主人公もかわいいが、旅の道連れヒマラヤ山系の朦朧たる人柄には萌えずにいられない。ふたりのやりとりは何でもないようでいて、むやみやたらに面白い(山系さんの声は脳内で「蟲師」のギンコ役・中野裕斗氏でアテレコして読んでいた。ぼうっとした感じがよく似合う)。

 カフェやバアに行けば、蛍光ランプは普通かも知れないけれど、私は知らないから珍しい。しかし目が馴れれば別に変わった所もない。ただ窓の外の燈がへんな色に見える。(中略)それを見た目を車室内へ戻すと、明かるくて美しいと思う。
「蛍光ランプのあかりで見ると、貴君は実にむさくるしい」
「僕がですか」
「旅立つ前には、髭くらい剃って来たらどうだ」
「はあ」
「丸でどぶ鼠だ」
「僕がですか」
「そうだ」
「鹿児島へ行ってから剃ります」
 自分で鼻の下を撫でて、「そうします」と云い足した。(鹿児島阿房列車 前章)

先生ひどい(笑)。しかもどぶ鼠ネタはその後何度も繰り返される。山系さんはいっこうに気にしてないけど。先生も口が悪いようで実は頼りにしているのだ。こういう気の置けない間柄っていいよなあ。
三人で宿屋に泊まった払いの話は、前に一度理解したと思ったのに今回また訳が分からなくなってしまった。残った握り飯を犬にはやりたくないと言い張る先生や、山形の旅館の婆さんの受け答えもコントみたいでおかしい。