こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

『プリンセスと魔法のキス』

 王子様とお姫様がキスをして結ばれる「ディズニー的」な価値観がかんたんには成立できない現代で、それでもディズニーの価値観に乗っとってハッピーエンドを獲得する、いまのディズニーにしかできないであろう映画。

 二年前の実写映画『魔法にかけられて*1は、「どんなに世界が変わろうと、真実の愛のキスはすべてを超える力をもつ」というディズニーのテーゼを蘇らせた傑作だったけど、その功績をいまいちど2Dアニメにフィードバックさせたという印象があった。
 夢の実現しか考えられないヒロインと、その場の享楽しか知らないヒーローが、互いの価値観を知り、世界を知り、去ってゆくものを惜しみ、また新たな出会いを慈しんで、ついにはこの世でもっとも美しいものを知り、幸福を手に入れる。物語の進行と並行し、ディズニーの価値観、あるいはアメリカそのものの価値観が、再検討され語り直され再生される。すごいよディズニー。
 とくに、ヒロインたちをハッピーエンドにみちびく脇役、蛍のレイには心ふるわされた。空に輝く星を自分と同じ蛍だと考えて、恋焦がれるレイは、馬鹿にされ虐げられても自分の信念のために戦う。彼が迎える結末はいっけん悲劇で、彼は人生の敗北者なんだけれど、彼の信念に沿ったかたちでその結末は反転され、その信念を引き継いだヒロインたちも、敗北から一転して最高のハッピーエンドを迎える。映画のクライマックスは明らかにレイを中心に展開されていて、そこでの彼の勇姿にぼくは『暴力脱獄』のポール・ニューマンを思い出した。

「雨の日でも大丈夫、おれの車のダッシュボードにはプラスティックのイエス様がいるから」。
 プラスティックのイエス様や、空に輝くただの星のために、人あるいは蛍はいくらでも強くなれる。もちろん、ハッピーエンドを迎えられるものはごくわずかで、現実の人生は敗北に満ちているが、信念を抱いての敗北は時に勝利となる。そしてまた、ごくわずかであっても、ハッピーエンドは必ず実現しうる。
 鮮やかなアニメーション表現、豊かな音楽*2とともに、この映画はそんな希望の精神を強くうたいあげる。
 食材になりそうな動物は仲間にならない(笑)、悪役の扱いが厳しい、といった、これまたなんともディズニーアニメらしい瑕疵はあれど、しかしこれは素晴らしい映画だ。大傑作。