シャボンのように
今朝、実家から犬が死んだと電話が来た。
目覚まし時計が鳴る30分前だった。
彼女は、ウェルシュ・コーギーのペンブローク種だった。
彼女は、7月14日の誕生日を迎えて14歳になっていた。
彼女は私が小学二年生のときに家に来た。
犬を飼う事に両親は反対したけれど、私は「雨の日も風の日も散歩に行くから」と言っておし通した。
もちろん、彼女の世話には、お父さんもお母さんもお兄ちゃんもおばあちゃんも巻き込むことになったのだが。
最初に、コーギー専門のペットショップで彼女と顔をあわせたとき、私は正直ちょっとがっかりした。
彼女は子犬にしてはすでに大きすぎていたからだ。私は、あの大福もちのようにころころしたコーギーの赤ちゃんが来るのだと期待していた。
そのうえ、彼女の顔はすこしこわく見えた。オッドアイだったからだ。彼女の片方の眼はシベリアンハスキーみたいな水色だった。
他に、ちいさくて可愛い、両方とも茶色い目のコーギーはいくらでもいたのに、なんでわざわざ父が彼女を選んだのかというと、そのペットショップの看板犬である、彼女の母犬がすばらしい犬だったためだ。めずらしい長毛で、毛先がカールしていて、きれいな犬だった。それに、血統書をみると、お祖父ちゃん犬がチャンピオン犬だということだった。彼女は、血筋のよい犬だったのだ。
私は最初彼女をこわがっていたが、さわると手をペロペロなめまわす彼女に徐々になれた。
それでもがっかりしたことはまだあった。
お母さんがなでてもなんでもないのに私がなでると必ずうなったり、私がさわったときだけおしっこを漏らしたりした。
あきらかに、私にだけ態度が違っていた。
聞くと、どうもコーギーというのは、その家で一番小さくて弱い人を、自分より格下だときめるらしい。そうしないと、プライドを保っていられないのだという。
私は、犬を飼ったら名犬ラッシーのようなよき相棒になってくれて、一緒に寝たりできるものだと思っていたので、ライバル視されていることにがっかりした。
そうして様々な犬を飼うことの希望と現実の差を感じながらも、彼女は雪深い地で私と共に育った。
正直、大学生になってからの4年間は、ろくに面倒をみられなかった。たまに帰省した時くらいゆっくりしていたいし、相変わらず私がさわると情緒不安定になるようだし。
でも、家に帰れば彼女が居ることはあたりまえだった。
具合が悪くなったのは突然で、しかもどんどん悪くなった。
彼女のお腹は不自然に膨れていて、そこに癌があるようだった。
もう高齢で、手術をしても負担になるだけだからなにもしません、と獣医さんは言った。要するにもう彼女は寿命なのだった。
私はいそいで帰って、突然で、おどろいて、泣いた。彼女はもうゼリーみたいにとろんとした焦点の定まらない眼をしていて、力が入っていない身体は人形のようにぐにゃぐにゃだった。もう彼女と目は合わない。
私はそれでも生活に戻らなければならなかったし、彼女と会うのはこれきりになることがわかっていた。私は最後に彼女を抱っこした。彼女は、抱かれている事すらわからないようだった。もう彼女は唸ったりしなかった。
「ずっと飼っていた犬が死ぬ事がショック」でも、だれにもそんなことは関係無かったし、私が悲しくても時間はなんの関係もなく過ぎていったし、彼女の具合はもう決まったことみたいにどんどん悪くなっていって、そうしてとうとう今朝、事切れた。
私はもうすぐ夏休みなのに、今度帰っても彼女は居ない。あの、フローリングをしゃかしゃか横切るつめの音は聴こえない。
彼女は、私が思ったような犬ではなかった。
でも、彼女は私が望んだから家に居たのだ。私が飼いたいといったから、14年間を家の子どもとして生きたのだ。だから、彼女はたしかに、私の犬だったのだ。
風が、風に、風をみつめてねむらない少年探偵団の少女は
(穂村弘)
彼は夢の中で踊り続けてるの ゼンマイのオモチャのように
彼は私に聞こえない音楽にあわせて クルクル踊る
(『ドックンドール』/ゆらゆら帝国)
R.I.P *POLE* 2013.7.29