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2018-05-27

[]ドリーム

尼で100円だったんで。いつか見たいと思ってたやつ

これを見るためにライトスタッフ感想見といてよかった。まさに裏表。

アメリカ宇宙開発の、男と白人と表舞台の話と、女と黒人と裏方の話。

どちらもものすごい感動するんだけど、これは、生まれて初めての感動の仕方してました。終り頃になると鳥肌がツツーってずっと立ってるの。なんでだろう。

表面上に表われない。何もかも。差別描写って、暴力でも罵倒でもなく、表われないもの。っていうか、差別側ってつまりすごく正しいことをしてるわけ。その描き方が本当にうまくてあからさまではない、悪い人間がいない。罪も無い。それを、コメディ描写でやり過ごすかと思いきや、笑って済まされない、個人のわがままでない、社会正義の実行とかでもない、かといってヒューマンで済む話でもない、ラインの引き方に悩ませる。これはサクセスの実話なので、安心できるところあるんですが、不安をかき立てられる…

バックが宇宙開発、未来と外に向かう話なのが本当にいいです。ヒューマン映画ってくくりではない。ハートもあるけど、なんだろうなあこの。今言葉にならないな。

この題材だとまず女の子やマイノリティに見せたいんだろうけど、そうじゃないんだな。つまり私は自分をそう自認してるから見る動機があったんで、根深いなと思います。

映像がものすごくキレイでした。あんまり見たこと無い色で、つまり今までの映画であまり描かれなかった人種である黒人の肌色が映える色になってると思います。オレンジとミントグリーンの本当に美しい映像。単なるセピアでなく、この時代のこの人たちを表現するために描いた色だなって。

2018-05-08

[]『心の病に挑んだ知の巨人』山竹 伸二

自分が精神の病に近接っていうか渦中っていうか、興味ある領域なんで大変面白く読めました。明治から、日本の精神医学の著名な5人の業績をコンパクトに紹介。いや〜勉強になるなあ。っていうか、治療への抵抗として「知的作業にしてしまう」が指摘されてて大笑いでした。やってるwwwwこの私の所業www

心と人間が、病を通してどのように受け取られてきたかという日本の近代史。有名な書名の「甘えの構造」って、甘えっていう言葉が悪い意味で受け取られちゃうけど、それは非難ではなく、愛する愛されることを希望する心の発見であって、人間のつながり方への観察が本当に興味深い。

思想史とも近い領域で面白いんで、これを糸口に紹介された本読みたい。

[]『笑う月』安部公房

自分の創作に関するエッセイなんだけど、作品どおり危ない過ぎて、危ない危ない。夢と現実、狂気と日常、同じものを見る二つの側面が目まぐるしく入れ替わるキレ味で超面白かったです。

読んだ後に、なぜだか語彙が増えるかんじの不思議な刺激があるので、買って手元に置こうかなあ。多分無意識を刺激するようなヤバイ文章なんだと思う。

2018-05-07

[]『デミアンヘルマン・ヘッセ 高橋健二

「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく。我らが雛で、卵は世界だ。世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく。世界の殻を破壊せよ。世界を革命するために。 」

少女革命ウテナ 生徒会バンク

『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生れようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという』136p

少女革命ウテナってアニメのサブテキストとして読みました。だもんで主人公とデミアン君が、まんま西園寺君と冬芽君やん……以外の語彙が死滅してるので、そんなかんじの感想です。

アニメ本編では、クズ男三連星に名を連ねるキャラの源流で、導く少年と導かれる少年の成長、逸脱するピカレスクエッセンス継承してるんだけども、裏を返して、特権意識で他人を見下す結構なクズ野郎共として書かれて、でもそこが少年の少年らしさであっていいところでもあって、男は本当しょうもねえなあ…と思いながら読んでしまいました。表裏一体。このデミアンのような美少年の学園物文学に影響受けた日本の昔の少女漫画みたいなのを、少女革命ウテナは絵や設定でパロディ化したようなところもあるんだけど、デミアンのその青春の空気は直球で継承。孫に隔世遺伝

少年の青春と挫折の物語は見た目にはサブプロット、青春の雰囲気は底流として消化されたんだなあと思います。アニメの企画、脚本、主要スタッフ全部が男なので、少年達のなれの果てを思い知ってるからこその、実感のこもった自虐もあったんだろうなあと。若いスタッフが、大人は怖い、大人に負けるもんか、みたいなかんじで作ってたそうで、その集合的無意識は、デミアンキャラ二人に、少年に退行させちゃった終わり方で幸せにしてしまう。果てをもう知ってるからこそこの少年っていうキャラクターを守りたかったのかなとか…アニメの二人はまじのクソ野郎なんですが、終盤は少年らしさで好感持たされてしまうのがズルイ。対照的に、このアニメオリジナルであるところの女の子たちは、挫折し、傷つきながらも、一つ階段を上るところまで描かれる。


なんとなくイメージの援用がありそうなところメモ。

決闘場に立つキャラクターには植物の名前が入ってるんですが、デミアン本編でも植物のイメージが印象的。

トビ色の髪の毛がいちばん生き生きとしているのだった。両手は前のベンチの上いのせられていたが、石か果実のような物体のように無感覚に動かず、血の気がなかった。しかし、たるんではいず、ひそんだ強い命を包む堅い、みごとなさやのようだった。100p

さながら秋の木のまわりに葉が落ちるようだ。木はそれを感じない。雨が木にそってしたたり落ちる。あるいは日光が、あるいは霜が。木の中では生命がジョジョにいちばん億の窮屈なところに引っ込んでしまう。木は死にはしない。木は待っているのだ。

103p

莢一、樹璃と、そのまんまキャラクターの説明になりそうな文章。放っておいても変化していく、植物の自然の理を重ねて、成長の空気ってもんがみずみずしく表現されたところです。


――それは私の夢像だった。夢像は彼女だった。息子に似ていて、ほとんど男のように大きな女の姿。母親らしい表情と厳しい表情と不快熱情をたたえていて、美しく誘惑的で、美しく近づきがたく、魔精と同時に母、運命と同時に愛人だった。それが彼女だった。

アンシーのような、投影されて崇拝される女も出てくる。デミアンでは、母として霊的な存在の完全な女としての形は崩れない。少女革命ウテナは、その夢の女の正体を描いたアニメでした…。このあたり、初期プロットマザコン理科教師の西園寺、あたりにも引きずる気がします。


そのひとりひとりが、自然の貴重な、ただ一度きりの試みであるような人間が、おおぜい弾丸に当たって死んでいる。われわれが一度きりの人間以上のものでないとしたら、われわれのだれもが一発の銃丸で実際に完全に葬り去られうるのだとしたら、物語を話すことなんか、なんの意味も持たないだろう。8p

最初の企画は、銃にしようとしていたと。銃弾で、自分だけの欲望を持って決闘に臨むキャラクター達が倒れることにテキストの重さがついていたのかもしれません。

――アクションの見せ場という所で、どうしたらもっと面白くなるかとか。

幾原:最初ね、銃っていうアイディアもあったのよ。銃で決闘するという話もあったんだけどね。それはやめたんだよね。「それは駄目だろ」っていう話にして。

何で駄目かというと、その時アメリカとかで起こった銃の事件が日本で報道されてて、でそれが結構気になってたのかな。

主人公が銃を持ってて、それを人に向けるっていうのはあまり良くないんじゃないかと思って、銃はやめたんだよね。

榎戸は「絶対、銃だ」って言ってたんじゃないかな、最初は。

さいとう:そうだったかもしれない。結構銃でデザインしたような気がする。

幾原:最初はね「銃だ」って言ってて。で、俺は「銃は駄目だ」ってずっと言ってて。で、結局剣にしたんだけどね。本当は銃の方が楽だったんだけどね。色々バリエーションは銃の方が出たかもしれないんだけど。剣だとバリエーション出すのが大変だったね。

今、もう1回やれって言われたら、絶対銃にするね。だって、剣大変だもん。振り回さなきゃいけないじゃない。

さいとう:たしかに。

幾原:描くの大変なんだもん(笑)。巧い奴じゃないと描けないんだもん。銃って構えてるだけでいいから、描けそうって思うけど。剣はね……今は描けないとか思っちゃうもん。今だったら絶対剣にしないね。今は銃。

さいとう:(笑)。

幾原:次は銃にするか(笑)。

http://kasira.blog97.fc2.com/blog-entry-81.html


ただ、アニメ本編は非常にドライブ感のある制作状況というか、独立したての監督のもと、若いスタッフ達がほぼ狂気の中で、持てる全て以上の熱量をつぎ込んで、作ってる内にどんどん内容が変わっていったとのことなので、デミアンの空気は最初に用意された素材の一つ、くらいと思います。

青春!!!っていう胸をかきむしられるかんじをプレイバックできたので、もう自分の青春は終わったんだなと思い知らされた読書体験でした。郷愁。今アニメ見てハマってんのもそれな。

多くのものは、幼年時代が腐ってしだいに崩壊するとき、すべてのいとしまれたものが私たちを離れようとし、私たちが突然宇宙の孤独と恐ろしい冷たさを身辺に感じるとき、一生のうちただ一度だけ、私たちの運命であるところの死と再生とを体験する。そして非常に多くのものが永久にこの暗礁にひっかかって、一生のあいだ痛ましく、取り戻すよしもない過去から、あらゆる夢の中で最悪で最も残忍な夢である失楽園の夢から、離れることができないのである。

75p

2018-05-02

[]時計の電池交換をしたこと :LUKIAの2代目モデル

中年には1年があっという間に過ぎるので、止まった針を放っておいて、長らく電池交換をしていない時計がありました。でも、切れた電池入れたままにしてると故障するとも聞いたような気もして、どうしようかなと思ってましたが、ネットで調べたら交換が簡単そうなことと、ズバリ型番の時計を蓋開けた写真があったので、自分で交換してみました。

買ったものは、

・蓋こじ明け -刃先が細いもので正解

・絶縁プラピンセット

電池

シリコングリスを買ってもよかったかも。


参考サイト

ググると一番最初に出てくるやつ

・こじあけ機先端をフタの隙間に入れて、内部に押し込むようにしてフタを開ける。

・蓋を開けたら、絶縁ピンセットで電池を外す

・新品電池を、型番書いてある面積広いほうを上にして入れる→下から覗き込んで動作確認

・竜頭のピン位置に注意しながら、フタをはめ込んで戻す

シリコングリス買ってないんで、パッキンはそのままで終了。

静電気怖くて精密機械なんで全裸にならないといけないのかとか、ドッキドキしてましたが、地下街の屋台みたいなとこでおっさん変えてたしなと思い直して、あっさり終了。イエー

電池押さえ等が無い構造の時計だったので、電池交換も特別簡単なほうだったと思います。これに1000円×年払ってたのか… こんなに簡単だったなら中学生の頃からやってればよかったのにとか思いましたが、しかし20年経過した古い時計だから、ダメでもとでやってみる気になったということもあり、20年前はネットなかったから電池交換方法もわからなければ道具も買えないし、今の時代だからこそ。


中学生のときに、父親に家の近所のディスカウントストアの時計コーナーで買ってもらったLUKIA。20周年サイトが残ってたので、ついつい浸ってしまいました。

https://www.seiko-watch.co.jp/lukia/20th/secrets/

SVB0015は、セイコーのLUKIA2代目の文字盤が赤いモデル。1997年… 20年前の時計ですよ。90年代は普通に可読性あるサイズの文字盤で女性用クロノグラフという物が存在しなかったそうで、実用品としてヒットしたそうです。

そう、長年困ってたんですよ。

時計バンドがこのサイズの文字盤標準の30mm〜でなく、女性用の16mm〜17mmという細幅のため、SVB0015の純正ベルトが砕けた後は、交換用の汎用時計バンドがなくて、時計屋さんに無理やり金具でつけてもらってたのでした。パイオニア製品だからこそだよなあ… 

こういう時計が20年前の女性用にはなかった、というのも時代。LUKIAの歴史のサイト見ると、近年のモデルはとってもフェミニンなので、最初は本当に男性用デザインへの切り込み隊長みたいに肩肘張ってたんだなあと思います。文字盤の赤も、女っぽい色味の赤じゃなくて、スタイリッシュとか男の赤ってかんじの、黄味の赤に少し黒混じったようなスポーツカーみたいな赤でさ。

SVB015には、標準で金属バンドと黒の樹脂バンドの2種類があって、私のは黒の樹脂バンドでした。カッコイイーーけど、樹脂だから経年で砕けちゃったんで、もう現存してるものはないんじゃないんでしょうか。私が選んだんじゃなくて、父親の趣味だったと思います。数年してバンドが経年劣化で砕けたときは逆恨み。結構高い買い物で3万円くらい。なので、金出す財布側のの趣味が入るのは仕方ないんだけどさ...

自分で選んだのはたしかもっと安い時計でした。父親がこれがいいっていって買った。当時の私は、父親が高額を使うことを恐れていたので、なんとも微妙な心持だったことを覚えています。高額の罪の責任が私に… っていう。

3万って、昭和の感覚の時計としてはそんなもんかもしれない。いや、でも、高い…高いよ… その後20年稼動した物だと思えば高くないのかもしれないけど、高くて私は自分の子供に買えないなあ・・・当時は携帯電話もなくて、腕時計はもっと実用品、そして記念品としてのステータスが高かった。中学生って区切りで、一世一代みたいなかんじだったのかなあ…子供が素直に受け取ってくれるプレゼントって、中学生くらいまでしか贈れないのかもしれない。

病めるときも健やかなるときも。いつか時計のほうが先に壊れるんだろうなあ。それにしても20年。物は残る。

そろそろ金属ベルトも壊れてきたので、次は黒いベルトに戻したいなと思います。

2018-05-01

[]都内某遊園地

都内某遊園地、フリマやってる日は入場料200円になって、パス買わなくても乗り物全部が現金で乗れるシステムなんでよく行くようになりました。

昔ながらの遊園地です。

メリーゴーランドとカーメリーゴーランド、回転遊具と回転遊具、コースターとコースター、用途が同じ遊具がかぶって計画性というものが感じられないカオスそのものの乱立、その上にメルヘンとかアイドルとか今思いついたようなテーマ要素をかぶせてくる複合でカオス増長。テーマパークという、一つの世界の安心感の安全さがおよそないカオスで、夢の中から出られない焦りのような印象を残す場所です。何度か行ってると、何度も見る悪夢のような馴染みになってきました。

テーマ、意志というもので作られている風景ではなく、現物がもったいないよっていう、いらなくなった物の成り行きとしか思えない転用がカオス増大させてて、コントロールできない夢の中に取り残されたような空間。それこそが遊園地らしさ、浮世離れを感じさせるのですが。

古式ゆかしいアフリカ探検模したライドに+VRでお化け屋敷になってたら、そのライドの中にあったのであろう腰みの土人マネキンが豆汽車のレール周りにレイアウトされて、去年使ったイルミネーション用張りぼての象やキリンと並んでいる。人間の意志という歴史はなく、古いものが悪夢のように居座って、それをノスタルジアとも言い切れない。ノスタルジアは過去を楽しめるように安全に加工されたもので、こんな崩壊と汚損を表面に出した生生しいものじゃない。古びさせる加工ではなく、単に本当に古い。およそ安全さの無い感覚があります。守られていない。外の世界の金勘定から、経過する年月から、およそ大人がこわいものから。


流れるプールが、冬の間に釣堀になってるの、ロマンあるなあと思います。でも、ただ面白がれるんでは無くて、プールという夏の一瞬にしか立ち入れない空間に、現実の不安と地続きになった寒空の下、広大なプールサイドに釣り人が閑散として釣ってる。このプール釣堀の風景が本当に夢のような不条理感があって、最近遊園地がが火事になったというニュースをきいて、もしもここ火事になって消防車が来たらプールにホースつっこんで、焼き魚が降るんじゃないかとか妄想してました。燃え落ちる中、焼き魚に包まれた遊園地と消防士。20世紀初頭のシュールな詩みたい。


遊園地の火事、崩壊する遊園地のロマンは、源泉がウルトラマングレートだったか、海外製ウルトラマンの作品のどれかで、トカゲが好きないじめられっ子が飼うトカゲである夢の怪物が、夜な夜な夢を食い、男の子が嫌う現実の町を壊し、男の子は元気になっていく。夢の中、遊園地の中でウルトラマンと戦い、男の子は夜の遊園地でパジャマ姿でメリーゴーランドに乗って怪獣を応援し、怪獣に乗って夜の空へ去っていく、みたいなストーリーになってしまってる話があります。本当にこんな話か???たぶんいくつかの話が混ざってる。

あとは高校生になってから見たロボアニメのビッグオーの中でも不思議な一本、子供のときに見た映画の中の女を追う男の話。夜の遊園地に、夢のように巨大なロボットが現れて戦う炎の中、遊園地のシルエットが、電飾が壊れていくいく特撮の詩情。現実をラッピングするように降りしきる雪の閉塞感と炎に包まれて、崩壊する幻想の詩情が美しい一話。閑話休題

現物に引っ張られて、意志が感じられないっていう、悪夢に溺れている時間に近い。この中では当然のように時空もゆがんでいて、親が知るよりはるかに古い物と最新先取りで現実にはならないであろう夢で、今現在が空白になってる場所。現在ではない、という意味では遊園地らしい遊園地です。

2018-04-28

[]OGR先生サイン会

2018/3/10 OGR先生のサインを頂いて参りました。

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上は30年↑選手っていうファン層だから人生の半分以上を捧げてる初老の方が多くいらしてた中で、この貴重過ぎる機会に、なんかもう浅いファン(1X年)だから申し訳なさ過ぎ。

今年初驚きが、15年以上友達ビオラ奏者)が、OGR先生好きでスマホゲーのヴェクトロスまで音楽聴くためにやってたとか初めて聞いたことですね。そういうことは早めに、15年位前から言っといてくれれば・・・!お互い「薦めるにはマニアック過ぎるし、好き過ぎるから断られるとショック」という自己防衛が働いておりました。私が思ってるより、一度刺さった人にはこれもう好きとしか言えない強烈な魅力あるようです。

場所は秋葉原Beepという、レトロゲームの中でもアーケードゲーム嗜好のマニアなお店で、サイン会に参加したい人は、

・先着100人がここに来てCD予約する

・CDを引き取って参加券を手にする、

・サイン会当日店に来る

の3回も秋葉原Beepに来る熱意を持っている人でした。?の時点で参加人数不明でハードル結構高いじゃん・・・後に、サイン会は買った人OKになってよかったなあ・・・。今年ライブもあったのね、そのあたりで「OGR先生なんてもう二度とないかも」って口すべらせてたけど、御大御年と自分の余生と秤にかけて、このひと時に全てを投げ打って秋葉原終結っていう静か過ぎる熱気でした。

閉じた人にも共鳴する音楽というか、集まってる客層の顔見れば、開放的にどこにでも鳴ってる音楽じゃなくて、閉じた点に反響するエッジイな音楽。近年、タイトー退社された後に、インタビューの露出増えましたけど、その活動された時期で自社ライブとライナーノーツ以外にほとんど露出がなかったから、そりゃファンの人には待望も待望だったでしょう・・・まじの降臨。 CDのライナーノーツや作品からは胸襟開いた親しみやすさよりも、難解韜晦の鎧感じて、そこがまたカッコよかった・・・

クリエイターとの距離が近くフレンドリーが近年トレンドですが、崇拝をさせてくれる距離も欲しいのがファンっても。


CD選曲は、ダライアスニンジャを外した裏ベスト版的で、冒頭がクレーンゲームのBGNなんだけど尖り過ぎててなぜこれを発注したしってかそりゃゲーム会社のサウンドチーム所属だからで、異常に中毒性がある律動とフレーズが危険。コズミックホラーな焦燥がポップなリズムで強制的に脳に送り込まれて思考を奪う。音楽こえー

全然聞いたこと無い曲が多かったんですが、聞き覚えのあるかんじと思ったらぐにゃあっと世界が歪んでねじれたりして、異界。

ゾイド曲の、フリースタイルで肉感あるブラスが乾ききってて、荒涼としてていいんだこれが。ゲーセンで流れてるの聞いて余りにも異質でカッコよくて覚えてたんだけど、OGR先生だったのか・・・

初期から後年まで、余りにも異質で異界の音楽。以前、ファミ通主催のゲーム音楽オーケストラコンサートでダライアスが取り上げられたときに、「20年前今後音楽はこうなると思って作った、ならないと」というようなことおっしゃられてましたが、その後30年経っても追随が無い孤高でした。だって20年前の時点で聞いても、聞いたこと無い音楽で新しい過ぎたもん・・・

ぽんちゃかぽんちゃか横ノリのケイタイ音楽は、女好きっぽくおじさん臭の目線ある曲でいいですねえよかったですねえ。80年代サブカル臭で、こういうのもCDに入れとくあたり如才ないかんじ。部下が90年代DJ崩れのユニットにやれるわけだよそりゃ。懐が深い闇。魚臭のするコズミックっていうと、いあいあになっちゃうんだけど、そっちじゃなくて圧倒的に硬質でドライでカッコつけてて、で、女好きなところが違う。そのあたりの受容者に窓が開いてるかんじが、ゲーセンに流れた音楽ならではかなと。

近年の有名作は、Hello 31337。その前作と同じボス担当して、前作もこれまた有名な曲ですが、そこにオマージュもも自己模倣も皆無なのに、かつて聴いたことのある人は誰が聞いてもOGRっていうのはほんと作家性だよなと思います。

D

もう今だから2018ライブの詳細書くけど、微妙に各記事でボカされてる部分って、ライブ一組目のZUNTATAで、機材不良でHello 31337を1曲終了後に、もう一回Hello 31337を頭からやり直ししたんですよ。一番人気曲!そしてフェスの一組目〜〜〜〜!このやり直したっていう前提をもとに、反省会トーク聞いてもらえばわかるんですが、ライブ最後にOGR登場して紹介の後に演奏という段取りだったのを、そのままメドレーでOGR入場のほうがカッコイイねと直前のリハと変えたがゆえの悲劇で、その前曲でDr.haggyがキーボードの変なスイッチを押してしまう、OGR来た時点でキーボードのウィンドウに見たこと無い文字浮かんでてあかんやつ、となって、どうしようもなかったと。

で、

「ばびちゃん、もう一回やっていい?入ってくるところから。」

https://freshlive.tv/embed/186633

<iframe style="position:absolute;top:0;left:0;width:100%;height:100%" title="月刊ZUNTATA NIGHT 2月号 | FRESH!(フレッシュ) - 生放送がログイン不要・高画質で見放題" src="https://freshlive.tv/embed/186633" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

次の池田ミノロックには「みんなー!いいもの見れたねーっ!ZUNTATAまさかの連コインwww」のゲーセンいじりだし、ネタ感には落ち着いたんだけど、すごいひやひやしました。でも2回も聞けてありがとう。ライブの魔物というかライブの神といでもうか。


もちっと砕けて言うと、オシャレでカッコいい男の先生なので、天本英世さんとかタイプなおじさま好きにお勧めたいです。お顔を。

生身のOGRさんはものすごくカッコイイおじさまでした。

サイン会行くってこういうことだよなっていう気分で終わりたいと思います。

2018-04-21

[]『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』 パトリック・マシアス町山智浩

アメリカオタク受容を解説してくれる本。ファンとして黎明から渦中にありながら、編集者としてシーンを冷静に見下ろしてもいて、雑学にとどまらず文化論みたいなとこまでいく面白い本でした。翻訳も、オタク特有のルサンチマンを内に秘めるヒネくれた一人称っぽくしてあっていいかんじ。2006年くらいまでの話。面白かったんで+10年の今の話もあれば読みたいなあ。

最近、私20年前のアニメ少女革命ウテナに青春カムバックしてて、これがまたアメリカで大人気なもんだからアニメリカっていう雑誌だけにハロウィン書下ろしがあったり海外だけのインタビューとか資料散逸してるんで検索しておりました。受容がやっぱチョット違うんだな。何とはいえないけど、確かに違って…そんなこともあり、訳者さんも有名だし読んでみよっかなと。

ギーク情報化社会犠牲者メディア漬けの産物かもしれない。僕らは映画やテレビ番組やマンガが誘発する脳内麻薬の中毒なんだ。子供の頃に味わったあのハイな快感がもう一度欲しくて、いつまでも同じことを繰り返しているだけなんだ。

11p

欠かせないスクールカーストの話から入って、ヒエラルキー上位のジョックスやクイーンの卒業後の世界での行き詰まり、ギークとナードの違いって、ナードは勉強できて興味は現実にあって、今や億万長者で世界をよくしてくれる存在になったけど、ギークは別に勉強もできないし、現実逃避するだけのその先が日本のサブカルチャーだったらオタクっていう。

オタク趣味が、アメリカ社会にどんだけ異質のファンタジーだったか、日本人には全然想像つかない視点を当事者ならではの経験と編集者の冷静さで説明してくれる日米の文化論でもあり、単純にどんな作品がウケたのかの受容の様子を詳細にっていう歴史だけでも超面白かったです。ガンダムWしか無いとか、初代ウルトラマンを20年間放送とか面白すぎる。

で、オタクもアーティストのクールな側面から、これしかできない社会不適合者までいろいろ紹介してくれて、持ち上げ過ぎるでもなくけなすでもなく… オタクという人種についての本にもなってて、我が身を省みて痛し痒し。今春、1999年のアニメにしか興味なくて2018年の春が吹っ飛んでたもん私…

[]『ねじの回転』ヘンリー ジェイムズ 土屋政雄

なんか難しそうなんで読んだことなかったんだけど、読むだけなら難しくないっていうか、ドキドキ先が気になる、幽霊が出る館のホラー小説で読み易い。薄いし、読むのは簡単。表面上は。

つまり幽霊は本当に出たのか出なかったのか論争になってるわけで、あらゆるアリバイだらけで全く安全さを欠いた小説の怖さ。これ幽霊出てなかったら、こいつら何してるんだって言う。でも出てないっていう読み方も誘惑する。

こういうのがやりたいんだなあ、アンダーザローズっていう漫画。この漫画大好きなんですけど、時代と舞台を同じくする幽霊話ってことで、こんなかんじだなあとフィーリング。

[]『若者はみな悲しい』F.スコット フィッツジェラルド 小川高義

何よりもまず読み物としての快楽がある。自薦短編小説集だそうで、読者を楽しませる読み物として発表されてるのでちゃんとオチがつく。長編の習作っていう側面もあって、これはギャッツビーに対応する作品が入っているとか。ジャズエイジアメリカお金持ちの若者の華やかな一つの短い断片として、異世界読んでるいい気分でした。

若い気分が、否定的にも肯定的にも書かれていて、失われることが前提の一瞬の輝き、終わった後失ったものとして、まさに今渦中で獲得しつつある成長として、いろいろ描いてくれて青春に浸れました。読み物だから、こうして気分を思うままに揺さぶられていいやつ。いい読書時間でした。

プロフィール

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芸がないオタク。本が好き。