『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)』カント 中山元訳

大人になっても読んだことなかったんで。っていうか、これ若い時読んじゃうと、ありがたがってこれがゴールだと思ってしまったかもしれないんで、今でよかったかも。後の考え方にいろいろ影響与えたんだろうなあって読みました。

今の世界理解ってID論とかキリスト教原理主義とかじゃない科学だと、人間は偶然地球上にいるだけで、何の理由もなく史上5回くらい生物は地球上で大絶滅してるし、星の寿命も物理的に尽きるし、確率で隕石衝突してある日突然地球消滅するんで、別に人間の正義や悪徳とは関係がなく人類は必ず滅びる。
それでもカントさんの言うとおり認識したものが世界ならばまだ人間のものでもあるような気がしてっていうか、人間中心主義、ひいては西洋中心主義ってかもっと狭くドイツが中心ってのがすごい。アーリマンとかアフラマズダとかいう言葉がドイツ語に似ている、じゃねーよw語源だよwとかほほえましいかんじある。
私わりと人間が行使する意志とか人間性とか軽視してるんで、こんなに人間を信頼して世界っていうかこの世の全ての運命が、人間と共にある世界観が感動的でした。まだ心理学も無いし、進化論も無い時代の話。これが国際連盟の設立につながっていくのと、ドイツ人カントのこの思想がメジャーでスゴイっていうかんじのまま、WW2のホロコーストあるんだもんなあ… 

難解な専門用語使わない新約だそうで、簡単な言葉がすばらしい。
ラスボスみたいなこと言ってる。世界と人類について、行く末しゃべってるの人見たのってラスボスくらいだから…厨二コンテンツでしか見たことないから…
終末SFとか大好きなんで「万物の終焉」が、人類が終末を待ち望むことについての考察でよかったです。誤った結末も罰としての正しい歴史の証明でもあり、持続する時間の終点に救済としての楽園でもあり、なんだかいろいろよかった。言ってることがだいたいラスボス。

有名な「永遠平和のために」の前に「万物の終焉」の論考で永遠について説明してて、変化の無い状態、生きている人間、進化の先の状態だと話してるので、永遠平和のために、もしかるべき理想的な状態、自然の計画にかなった行動の結果を永遠としているので、今私が幸せな状態が永遠に続くとかそういうもんでもない。万能の救いっていう話じゃない。日本語の「永遠」とちょっと言葉のかんじ違う。