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2006-05-26

[]オタクなんて消えるべきです

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060526#p7


id:kagamiさんが、昨日のどうしようもない文章にマジレスして下さりました。

ネタとは言え僕自身の本音をそこかしこに含ませていたので、こうやってちゃんとしたご意見を貰えると、どうしようもない文章にも僕にとっては生産性のあるものだったのかと思います。

僕が大まかに「オタク」と考える像は確かにkagamiさんが仰っているような存在とは違うような気がします。ただ、実を言うと僕が理想像として抱いているのはまさにkagamiさんの仰る、

沢山の作品を鑑賞するのは、マーケティング戦略に惑わされず、

自分の本当に好きな作品を見つけたいという思いからなんですよ…。

というご意見そのものであります。

沢山の作品に触れなければ、好きな作品の相対的な価値を測る事も出来ませんし、自分の真の嗜好だって理解する事は出来ないと思います。でもこれは誰もが抱いている心情であって、それを真理の探究*1に宛がっている人が少ないだけなのかと思うわけです。

例えば今のオタクの人だって、面白い作品を見つけたら他の人にも知ってもらいたいと思うでしょう。それを紹介したりするでしょう。そのエネルギーの向く方向が他人に向くか、更に自分に向くかどうかの違いのような気がします。消費の衆愚と化している人が多いのは純然たる事実ですが、kagamiさんが考えるオタク精神は、誰もが少ながらず持っているのではないかと思います。

言い訳をしておくと僕も新作アニメは3話までは全部チェックしますし、本も最近時間があるので1日1冊ジャンルはざっくばらんに読んでいます。ただこれは本当に良い作品出会いたい、という思いよりかは、自分の視野を広げたいという自己研鑽に近い気がします。ただ今の作品の過多(特にアニメ)という状況を見ると、やはり時間お金との戦いのような気がしないでもないですね。それを超えなければオタクとは呼べないよ、と言われている気がするのがなんとなく嫌な感じなのです*2

例えばSFは1000冊読まないと一人前ではないというようなお話があり、SFオタと呼ばれる為にはそれ相応の試練を乗り越えなければならないわけですね。誰かに薦められてSFにのめり込み、頑張って100冊読んで面白い作品を探そうとしても「お前はまだ足軽」と言われているような、まぁそんな感じなわけです。

「好きなものを自分で決められる知性と偏見に屈しない精神力

と言っておきながら、こういう階級を作られてしまうとなんかもうね。

全てのオタク世界カーストがあるわけではないと思いますが、こういう定義付けをされてしまうと、それこそ縦社会に組み込まれているような嫌ぁな感じなんです。


いつからオタクマイナスイメージに?

ちょっと話を逸らします。

僕らが知っている「オタク」というものは払拭できないマイナスイメージを持っているものとしか思えません。最近電車男のブーム等で多少周囲の目が柔らかくなりましたが、「アニメゲームに没頭している引き篭もり」という曲論を講じている人が周りにいた、そんな時期もあったでしょう。

でもオタクという言葉って第1世代の人から言わせれば、観念的なものですよね?それはきっとアニメゲームだけに限らず、今でもいる格闘オタ、ミリタリーオタ、鉄道オタ等など。更にはファッションにおいてもオタクという言葉は適用できるものだと思います。マイナスイメージなんて一つもないじゃないですか自分の道を周りに惑わされずに進むなんてカッコいいです。

でもいつの間にかオタクという言葉は、アニメゲーム等に向くようになっています。それこそ僕が物心付いた時には既に。オタクについて言説している書籍をあまり手に取った事がないので過去の背景を知らないのですが、どういう経緯でこういう道程を辿ったのでしょうか?

宮崎事件が一つのターニングポイントなのかもしれませんが、それだけでオタク概念が一般に固着するでしょうか?当時の状況を知らないので僕にはなんとも言えませんが、やはり第1世代から多少なりともアニメゲームに傾倒していたと考えるのが妥当でしょう。

  1. 特定の趣味分野に生活の時間や所得の多くをかける人(たち)のこと。一般層が使用する、一見矛盾した「アウトドアおたく」的表現はここからくる。
  2. 元々ロリコン漫画誌から発せられた造語の為、本来は(性的表現も含む)コアな漫画アニメマニア(特に男性)を指す蔑称。

はてな - オタクとは

2の記述を見る限りではよく分かります。当時からこういったバイアスが掛かっていたから、今のオタク像が出来たとしか僕は思えないです。


正直昔のオタクとか今のオタクとか、色々なご意見がありますが「オタク」って言葉を作って括ってしまった時から、偏見への道が作られてしまったのではないでしょうか。

自分達を他の人から分け隔てよう、他の人と自分達は違うんだ」

昔の人達からはそんな声が聞こえてきそうな気がします。だから僕は学者みたいだ、と言ったんです。自閉的なイメージが頭の隅の方にこびり付いちゃってるんですね。

"マーケティング戦略に惑わされず、自分の本当に好きな作品を見つけたい"=自閉

というのなら、僕はもうオタクと名乗るのは今日限りで辞めさせてもらいます*3


オタクを廃止しましょう

というわけで、こういう固定観念を払拭するのが一番なのです。

幸い今はオタクへの風当たりも弱くなっていますので、今がチャンスなわけですね。

誰々がオタク、というのを決めるのは最早世代ごとで軋轢が生じてしまっている為、特定する事は困難な状況です。ならいっその事、双方の相互利益と今後の社会的地位向上を掲げ、第4世代でも作ってしまえばいいのではないかと。対象となるマイナスイメージクリーンナップをして、観念的なものへと今一度戻してしまえばいいのでは。

俺にとってオタクというのは、枠組で括ることが決してできない存在――。

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060526#p2

kagamiさんのこの一文が全てを物語っていますよ。オタクなんて軽々しく語る事が出来ないものなのかもしれませんね。全ての世代を通じて、再考して自粛するべきかと思いました。

もう俺はオタクじゃない。

*1:大仰かな?

*2:一種の被害妄想

*3:やっぱり被害妄想かね

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