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階級闘争であれ、近親相姦であれ、教師が口にしてならないものはない。というのもかれの地位、人格、人物が暗にかれのことばの「中立化」を含意しているからである。また、言語は、つきつめていくともはやコミュニケーションの手段でありえず、呪縛の手段であって、その主要な機能はコミュニケーションとその伝達内容に関わる教育的権威を証明し、かつ押しつけることにあるからである。

ピエール・ブルデュー&ジャン=クロード・パスロン『再生産』

2007年08月25日

ヘリクツの「屁」について考える

「ヘリクツ」ということばはとても便利で、とても使えるツールのひとつ。(直感的に)気に入らない意見があったら、このことばをぶつければ大体オーケーなところがいい。ただし、このことばの発動要件はひとつだけあって、それは、「あなたと同様、その意見のことを『気に入らない』と思っている人が多数派であること」。つまり、あなたを含む大多数が「ヘリクツ」だと思えば、「なぜ"屁"リクツなのか」についての理屈は不要で、即、「ヘリクツ」認定できる。


「人を殺してはいけないのはなぜですか?教えてください」と、したり顔で問うクソガキを想定してみればいい。ま、お気に召さなければ、「先生、なんで俺たちは学校に行って決められたレールを歩かなきゃいけないの?」と歌うオザキでもいいし、「ていうか、なんで、エンコーしちゃいけんの?」と言う安西ひろこ(イメージ)でもいい。ともかく、ここは、《人殺なんで?》問題を前提で話をすすめる。


クソガキに大人たちは諭す、曰く「もし君が殺されたら困るじゃないか」とか「法律に違反するからだよ」とか「人権侵害だから」とか「命は何人たりとも奪ってはいけない」など。でも、クソガキは、待ってましたとばかりにそれらをすべて論破してしまう、曰く「僕は別に殺されてもかまいません」とか「法に触れて捕まってもかまいません」とか「人権を侵してもかまいません」とか「軍隊は命を奪ってないんですか?死刑はどうなんですか?畜産業は?狩猟業は?漁業は?」と。

大人たちは困惑しながらも、「人を殺しちゃいけないのは『ダメなものはダメ』に決まってるだろうが。ヘリクツばっかりたれるクソガキめ」と、件の意見を「ヘリクツ」認定し安心する。おおかたの議論はそこで終了。また日常にもどるという次第だ。


 * * * * * * 


当然ながら、まっとうな「理屈」を言っているのは、「クソガキ」のほうである。上の問答ではクソガキのほうがより「真実」に近い。ただクソガキも大人も、前提が間違っている。「人を殺してはいけない」という事実は、この世界のどこにも存在しない。ちょっと考えてみればわかるが、大人たちの「絶対に殺してはいけない」という主張と、クソガキの「殺していい場合もある」という主張は圧倒的に前者のほうが弱い。「絶対に殺してはいけない」というのは「0(ゼロ)」の主張だが、クソガキのほうは、「0<x<1」の主張をしているに過ぎないことを考えれば明白である。


つまり「人を殺してはいけない」は事実ではない。事実としてより妥当なのは、「それ相応の条件がなければ人を殺してはいけない(=それ相応の条件があれば殺してもいい)」である。軍隊しかり、死刑制度しかり。なお、日本の刑法にも「人を殺してはいけない」などとは一言も書かれていないことに注意されたし。人を殺すとどれだけの刑罰になるかが書いてあるだけである。


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安易な「ヘリクツ」認定は、非常に危険である。「前提」を誤っているのは、あなたのほう、つまり「場」における多数派のほうかもしれないからだ。なんとなく「みんな」がヘリクツだと思う場合、その危険性はいっそう高まる。その場合は、暗黙の前提を問うべきである。

ただ、直感的に感じた「気に入らない」という感情は大事にしたほうがいい。そして、その感情がどこから来たのかを立ち止まって考える必要がある。ただ、勘違いしないでほしいのは、あなたの直感を尊重するのは、あなたの「気に入らない」を正当化するためではない。あなたのキモチなどは、正直な話、どーでもいい。そうではなくて、その直感が、「暗黙の前提」をあぶり出す鍵になるかもしれないからだ。



terracaoterracao 2007/08/26 00:03 なぜこーゆービジネス書文体になっているかというと、さっきまで『コピー用紙の裏は使うな』を読んでたからだ。

○○○○○○ 2007/09/05 15:10 観測者(眺めてしまう人)で済ませられれば
いい・・・
意見や説得したあと何か偽善者ぽくってナンだろうか・・・・

アトクチが悪いんだという人が多いと思う。

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