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階級闘争であれ、近親相姦であれ、教師が口にしてならないものはない。というのもかれの地位、人格、人物が暗にかれのことばの「中立化」を含意しているからである。また、言語は、つきつめていくともはやコミュニケーションの手段でありえず、呪縛の手段であって、その主要な機能はコミュニケーションとその伝達内容に関わる教育的権威を証明し、かつ押しつけることにあるからである。

ピエール・ブルデュー&ジャン=クロード・パスロン『再生産』

2009年12月09日

クラス対抗30人31脚を即刻廃止すべきである6つの理由

http://www.ncctv.co.jp/events/upload_images/top.jpg

クラス対抗30人31脚の
廃止を望みます

			

要約

“クラス全員参加の” 30人31脚は、表向きは児童の自発的同意に基づいているというが、そのようなことが起こり得ることは、考えにくく、児童の同意を「強制」したものである。もちろん、学校の多くの活動が、児童の同意を「強制」する性格のものであることは確かだが、それらの多くは教育的根拠が明示化され、かつ、比較的安全性の高いものである。30人31脚は、その競技の性格上、教育効果は小さく、危険性は大きい。 ○ 児童の身体発達の面からみれば、30人31脚よりも従来の体育教育のほうが有効である ○ 従来の体育教育に比べ、間違った指導(しごき)が行われる危険性が高い。 ○ 普通の徒競走に比べ、事故の危険性が大きい ○ クラスの協調性を育むには、30人31脚は不十分かつ他の有効な方法のほうが現実的 ○ むしろ児童のチームワークを損なう。それは「一人の失敗が全体の失敗を意味する」という30人31脚という競技の性格ゆえである(他のクラス活動・行事にはこういう性格を持つものは少ない) 以上の通り、30人31脚による「教育効果」は、従来の教育活動よりも有効性・妥当性が低く、むしろ、問題を生じさせる危険性のほうが大きい。したがって、様々な「クラス全員による活動」のなかでも、特に、教育的根拠が乏しいものであり、全員参加を前提とする応募条件を直ちに廃止すべきである

 現在、小学校教育現場の一部で、テレビ朝日系列局が放映している「太陽生命・30人31脚」というテレビ番組への出演を前提とした「教育活動」が行われています。その公式ルールを見れば明らかなとおり、この競技は、クラス全員が参加の同意を表明することを前提としていますが、クラス全員参加による30人31脚の教育的意義は、以下で述べるとおり、全く確かなものではありません。そればかりか、かえって、児童の身体発達、人間関係、ライフスタイルに深刻な害悪を及ぼす危険性すらあります。

 したがって、テレビ朝日をはじめとした同競技の主催者、および学級担任や保護者など小学校教育の関係者には、即刻、クラス全員参加による30人31脚を中止することを提言します。(以下、特に断らない限り、「30人31脚」とはクラス全員参加による同競技のことを指します)


1. 「クラス全員が参加に同意する」ということが、いかに尋常でない状況であるかを認識して下さい

 前述のとおり、30人31脚は、出場に際し、クラス全員の同意を必要とします。しかしながら、この「同意書」をもって、「すべての生徒が自発的に30人31脚への出場を望んだ」などと解釈することは全くできません。「本当はやりたくないけれど、(様々な事情から)仕方なく同意せざるを得なかった」といった児童も少なくないと考えられます。


 まず、確率的に考えてみます。1クラス30人として、そのクラスの児童全員が「自発的にやりたい」と思う確率を考えてみます。

 仮に、一般的な児童の3人に2人は、30人31脚を「自発的に」やりたいと思うと考えます(この仮定はかなり譲歩したものだと思います。現実的にはもっと少ないでしょう)。あるクラスがそのような児童のみで構成される確率は、2/3の30乗、つまり、0.0005パーセントです。わかりやすく言えば、100万クラス中、5クラスしか存在しないことになります。

 文部科学省・学校基本調査(平成20年度)によれば、日本の小学校の学級数は約28万であり(同9ページ)、「全員が自発的に同意した」クラスが存在する可能性はごくわずかなのです。地方大会も含め数百ものクラスが応募しているようですが(正確な数はわかりませんが)、そのような状況は確率論的に「異常」であり、むしろ、「応募に際し、仕方なく同意した児童もいる」と考えるほうが自然です。

 したがって、「やりたくないがやらされている」児童がいることを、主催者も担任も保護者も、真剣に考えるべきです。


 もちろん小学校教育には「児童が望まなくても、やらせなければならないこともある」というのは事実です。しかし、それは、「教育的成果」という観点から判断されるべきで、あらゆる「強制」が、手放しで肯定されるわけではありません。つまり、「30人31脚」をやることによるメリットが、コストやリスクを上回っていることが前提となります。

 しかしながら、以下で述べるとおり、30人31脚にそのような教育的成果は期待できません。むしろ、身体の発達面や生徒の人間関係を著しく害する恐れのほうが大きいと言えます。そして、30人31脚に比べれば、まだマシな「強制」が他にあるのだから、そちらを選ぶべきなのです。以下、順次、説明します。


2. 児童の身体的発達にとって有効ではありません

 身体教育的な意味で30人31脚を見ている人も多いかもしれませんが、児童の身体発達を考えるのであれば、30人31脚という教育プログラムを選ぶ理由はまったくありません

 言うまでもなく児童の身体能力は様々であり、その能力発達も様々です。少し練習をすればすぐ脚が速くなる子もいれば、どんなに努力しても少ししかタイムが伸びない子もいます。こうした児童の多様性を前提にするならば、児童個人個人が各自のタイムを計測し、各々の努力で、記録向上を目指すことが重要です。これは、他でもなく、従来の体育教育が行ってきたことです。

 「速い児童は遅い児童にあわせ、遅い児童は速い児童にあわせる」ことを訓練する30人31脚には、個々の能力に応じた身体発達的な視点はありません。つまり、身体的発達という観点からいえば、30人31脚に教育的効果はありません。従来の体育教育で十分なのです


3. 児童の身体発達にとって、害悪ですらあります

 これは、とくに保護者の方によく理解して頂きたいことです。30人31脚は、主に、学級担任の指導によって行われていますが、学級担任はあくまで小学校教育の専門家であって、スポーツトレーニングの専門家ではありません。科学的に間違った「しごき」が、「練習」の名の下で行われることも容易に想像できます。そうした非科学的な「しごき」が、まだ発達途上の児童に与える悪影響は、はかりしれません。

 たしかに、従来の体育科教育でも同様の問題はありました。しかしながら、以下の理由により、「普通の体育」は、30人31脚よりも害はありません。

  • 小学校教育の体育科に関する研究には、戦前から、非常に膨大な蓄積がある
  • 体育教育に関しては、現場の教員だけでなく、教育学者やスポーツ(科学)の専門家の意見も反映されている
  • 過度の競争を煽るものが少ない

 30人31脚はまだ新しい「競技」ゆえ、教育学的蓄積がほとんどありませんし、スポーツの専門家から、確たる助言もありません。身体的にかなり負担を強いる活動であるにもかかわらず、その危険性はきちんと把握されていないのが現状なのです。

 児童の身体発達を真剣に考えるのであれば、より安全な教育プログラム(=従来の体育教育)を選択することが、教育者に必要なことではないでしょうか。


4. 普通の徒競走にくらべ、きわめて大きな危険性があります

 容易に想像がつくとおり、「転倒」が非常に多く起こります。さらに、両サイドから引っ張られているため、一人で走っていた時よりも大きな重力を、転倒の衝撃時に受けることになります。

 また、「足並みをそろえる」という目的から、かけ声を出しながらはしるチームもありますが(たとえば、「いち、に!いち、に!」)、舌を噛むなど、口の中を傷つける危険性が増します。


5. チームワークも育みません

 「たしかに身体発達的な利点はないかもしれないが、チームワークや協調性を育むうえで30人31脚は重要だ」と考える人もいます。しかしながら、こうした「チームワーク」の理解の仕方は、きわめて狭い見方で「チームワーク」というものを考えていると言わざるを得ません。

 こう考える人のほとんどが「足並みがそろっている」ことをもって「心もそろっている」――つまり、協調性――と考えている傾向があります。しかしながら、「足並みをそろえる」ことは、協調性がなくても可能です。逆に、協調性があっても「足並みがそろわない」ことはよくあります。なぜならば、「足並みをそろえる」ために最も必要な能力は、「チームワーク」などではなく、身体反応の柔軟性だからです。

 軍隊自衛隊の行進を考えればすぐわかります。彼らの足並みは非常にそろっていますが、それはそのように訓練されているためであり、心から互いを思いやったり、互いの個性を尊重しているからそうなったわけではありません(じじつ、互いに「顔見知り」程度の隊員もいるでしょう)。


 そもそも「チームワーク」が、身体的な次元のみに限定されていることが問題です。チームワークそして協調性とは、たとえば「勉強ができる人はできない人をサポートする」「互いの意見や経験を尊重する」「困っている友達がいれば助けあう」ことも含む、幅広い考え方です。「クラスの一致団結」は、必ずしも、身体活動で達成されなくてもよいのです。そうした「一致団結」は、従来の小学校教育が、ことあるごとに行ってきたことです。にもかかわらず、他でもなく30人31脚を選ばなければならない教育的根拠はあるのでしょうか。


6. むしろ、チームワークを損ないます

 1.で述べたとおり、すべての児童がやりたいと願っていることはまずありません。児童には、様々な事情があるからです。例えば、塾や習い事が忙しい、野球サッカーの練習で30人31脚の練習どころではない、そして、そもそも走るのが苦手等々。進んで練習に参加する児童がいる一方で、できれば練習を休みたいとおもう児童も多いでしょう。

 クラス全員の参加を前提とする以上、こうした児童間の温度差は、かならず児童間の人間関係に軋轢を生みます。ある児童が練習を休めば、練習に参加した多数派児童に「不満」が残ります。いやいやながら参加した児童は、推進派の児童を内心「余計なことをしてくれた」と思うでしょう。また、脚の遅い児童は、文字通り「脚を引っ張る奴」という目で見られるでしょう。

 小学校の学級は、まったくの偶然の結果、集まったメンバーによって構成されています。同一目的を持つ必然性のないメンバー全員に、一律参加、同一行動を強制するような活動には、人間関係を害する構造的な原因があるのです。

 もちろんこうした「構造的問題」を含むカリキュラムは、小学校教育の至るところで見られます。たとえば、合唱コンクールや一斉給食、集団下校、体育祭などのダンスなどをあげることができます。しかし、30人31脚は、こうした「普通の集団行動」よりも、いっそう深刻な問題点を持っています。それは、ひとりの失敗により、全体が大打撃を受けるという点です。その他の集団活動では、合唱にせよ、ダンスにせよ、一人の失敗が全体に与えるダメージは大したものではありません。一人や二人くらいひどい音痴がいたとしても、全体がしっかりしていれば、合唱がまったく崩壊してしまうことはないのです。むしろ、集団全体が少数の音痴をカバーすることすら可能です。つまり、「普通の集団行動」は、その程度の「個人差」を許容できるのです。しかし、30人31脚では、こうはいきません。一人の失敗が集団全体の失敗を意味します。そして、一人の失敗を集団はカバーできません。失敗をひたすら回避することが協調性でしょうか。一人の失敗すらカバーできない競技でチームワークが育まれるのでしょうか。


 担任の強力なリーダーシップのもと、よく統制された動きをしている児童を見れば、「なるほど、チームワークのあるクラスだな」とつい思ってしまう気持ちも分かります。そのようなクラスを「築き上げた」担任自身であれば、なおさらです。しかし、その背後には、子どもたちの複雑な葛藤が潜んでいるということにも想像力を働かせてみてください。



結論

 以上の理由から、主催者および教育関係者は、クラス全員参加を強制する30人31脚を、即時、中止するべきです。具体的には、来年度以降、大会の開催あるいは大会への参加をやめるべきです。

 もちろん、私は、「30人31脚をやりたい児童」の権利を奪おうとしているわけではありません。あくまで、クラス全員を前提とする30人31脚をやるべきではないと述べているだけです。

 したがって、児童の「自発的な参加」に基づく30人31脚までは否定していません(ただ、当然ながら、途中で嫌になった児童がいれば、その子は自由に脱退できることも必ず保証して下さい)。

 もしその形態であれば、必然的に、現在の「クラス対抗」という形にはならなくなるでしょう。有志対抗、学校対抗あるいは自治体対抗という形になるかもしれません。あるいは、現在の30人という人数を考え直す(もっと少なくする)ことも一つの案でしょう。30人というのは、「学級」を前提にしているように見えてしまいます。


以上、関係者のご検討をよろしくお願い致します。

保守保守 2009/12/10 10:42 まさに仰る通りかと。
テレ朝は北朝鮮の出先機関であるので、「全体主義」的な思想を子供達にまで
押し付ける様な企画である30人31脚などという不気味なことを行うのです。
また、日教組の共産主義的・反日思想もそれを後押ししているのでしょう。
あなたの様に声を上げる方は異端と見なされるのでしょうが、日教組により
歪められている初等教育を軌道修正すべく、頑張ってください。

非関係者非関係者 2009/12/10 10:46 あれはやってる子供のことは考えないショーであって
僕なんかは30人のエネルギーのアンバランスが1人にかかったら
どうすんのか危ないなーと思って見てもいません。
馬鹿向け番組だと思う。
事故が起こってなくなるでしょう。

一視聴者一視聴者 2009/12/10 10:50 >保守
あの企画を見て、共産主義・反日思想を連想されるとは・・・
まずご自身の頭の歪みを修正されてはいかがでしょう。

体育の苦手だったもと女の子体育の苦手だったもと女の子 2009/12/10 11:59 >クラス全員を前提とする30人31脚をやるべきではない

あの番組を見ていて、面白いとは思うけれど、自分が参加したいとは少しも思いません。
小学校の時からクラスで一番足が遅く、走ることに関して引け目を感じていますし、今でもとくに走りたいとは思わないのですが、あのような形での走りは世界で最も参加したくないことの一つです。

もしも小学校のときにあんな出し物があり、みんなが参加を希望した想定を考えるだけでも空恐ろしい。
いじめを受けていたわけではありませんが、それでもきっと言い出せないだろうし、必要以上に生きにくさと劣等感を感じなければならなかったでしょう。

エリムエリム 2009/12/10 12:37 興味深く読ませていただきましたので、感想を述べさせてください。

1.について。「やりたくないけど、全員参加」というのは、多くの学校行事に共通することですので、反対の理由にはならないような気がします。その意味で、最後の2段落については同意です。

2.について。推進派が30人31脚を「身体教育」として見ているのであれば、その効用は疑問ですね。詳しく知らないのですが、「30人31脚」は1年中、練習が行われているわけではありませんよね?おそらく1ヶ月程度かと。もしその程度であれば、別段、身体教育にはなっていないと思います。つまり、2.で述べられていることとは別の理由で、身体的発達のとって有効ではない、と思います。

3.については、概ね同意です。

4.について。1人でも、複数人でも、受ける重力は同じです。地球の重力加速度以上の加速は受けません。また、隣の人が先にこけて引っ張られても、逆隣の人を引っ張る(逆隣の人に支えられる)ことになりますので、引っ張りによる加速は左右で相殺されます。よって、これは問題になりません。むしろ問題は、転倒時に手を使えないため、顔面強打の可能性が高いことではないでしょうか?その意味では二人三脚も同じですが。

5.思いやりや尊重は、協調性・チームワークの一側面であることは確かですが、軍隊の例を挙げられていることからも、必ずしも思いやり・尊重を伴わない協調性・チームワークも存在するのではないでしょうか。このあたりになると、言葉の定義の問題かもしれませんが。その意味で、最後の2文は同意します。

6.1.と同様、やりたくないことをやらせてはいけないのであれば、運動会もできませんので、これは理由にはならない気がします。また、軋轢については、「『足を引っ張る奴』などと思ってはいけないよ」と指導するところに、思いやり教育が生じるのではないでしょうか。

いろいろ書きましたが、結論については同意です。もはや競技なのですから、クラス単位でやらずとも、野球などと同じように、興味のあるメンバーがクラブ活動として行えばいいと思います。私自身は積極的に推進する理由も、積極的に反対する理由もないのですが、特に学校教育に必要なこととは思えません。30人31脚はテレビのショーとしての性格が強いのでしょうね。

#記事タイトルが7つの理由になっていますが、項目番号が6までしかありません…。

たかはしたかはし 2009/12/10 13:27 1 合唱コンクールもまったく同じではないか、と。
2 速く走ることの訓練としては効果的ではないでしょうが、調整能力の訓練として考えた場合、
見方は変わるのでは。
3 教育的蓄積がまだないということは、害悪であると断定するだけの根拠もないということになります。
4 おおむね同意ですが、徒競争と同じスピードで走っているのではないことも、転倒時に身体にかかる衝撃という
観点から無視できません。事故事例の報告件数を、他の種目と比較した上で統計的有意差があるのか、データがほ  しいですね。
5 身体の柔軟性(調整能力のこと?)を伸ばすことも重要だと思います。また、この競技が、身体的次元にのみもっぱら関わるものであると言い切れるのでしょうか。足を結ぶ紐は物理的には単なる紐ですが、互いに結び結ばれた人間にとっては、物質としての紐以上の意味を帯びてくるように思います。
6 一人の失敗により全体が大打撃を受けるという事例は、日常生活ではありふれたことです。集団内の温度差による軋轢も、どんな集団でも起こりうるありふれたこと。学校教育から、ことさらそれらを排除するのもどうかと思います。むしろ、それらが生じた際に、どう行動したらいいのかを学ぶいい機会を、この競技は提供しているとも考えられるのでは。

個人的には特にこの競技に賛成でも反対でもないのですが、賛成の視点から眺めてみると以上のようなことが思いつきました。

kirikokiriko 2009/12/10 13:29 そこまで分析しなくてもいいんじゃないですか。
30人31脚を運動会の玉入れに置き換えても成り立つ理論です。
運動会に出たくなかったのに徒競走させられたとか、
遠足行きたくなかったのに行かせられたとか、
昔思いましたよ。おれは同意していない、って。
ましてや、文部省でやっている事業でもあるまいし。

kutabirehatekokutabirehateko 2009/12/10 14:59 参加した児童や父兄の感想を聞いてみたいです。
大盛り上がりでやる気まんまんだったのか、しぶしぶだったのか、誰かを説得する必要があったのか。
人数不足なら同じクラスにこだわる必要はないんじゃないかと思います。

「おう、あれやろうぜ」
と思ってもそう簡単にできない貴重な経験であることは間違いないと思います。
綱引きとかね。

身体能力の発育を何で測るのかによると思いますが、そういう経験の価値って何で測るものかなと。
廃止すべきである、というのは行うべきである、と同じくらいの問題がある気がします。

浪花屋浪花屋 2009/12/10 15:48 いやなら参加しなければいい。それだけのこと。

タダオタダオ 2009/12/10 17:30 エリムさん

たしかに
>容易に想像がつくとおり、「転倒」が非常に多く起こります。さらに、両サイドから引っ張られているため、一人で走っていた時よりも大きな重力を、転倒の衝撃時に受けることになります。

というのは科学的に厳密に解釈をすれば、エリムさんの仰る通りです。ですが、それは挙げ足とりというものでしょう。

それをいうなら、科学を志すものとしてあなたの反論に一つ反論です。

>41人でも、複数人でも、受ける重力は同じです。地球の重力加速度以上の加速は受けません。
>また、隣の人が先にこけて引っ張られても、逆隣の人を引っ張る(逆隣の人に支えられる)ことになりますので、引っ張りによる加速は左右で相殺されます。よって、これは問題になりません。

重力は同じでも、スピードのある状態から減速する(衝突する)ときの加速度も加速です。それにもし両側から同時に倒れだしたら、最後に倒れる人は両側の人から引っ張られるので、相殺されるどころか倍になりますよね。
ま、これも挙げ足とりですが。

もとの文の趣旨は、一人ならこけたときに転がったり、土なら滑ったり、で衝撃を緩和できるところが、何人もがつながれているので、衝撃が一瞬に集中される。その分、衝突時の加速度(G)も大きくなる、という趣旨ではないでしょうか。

個人的には本文の趣旨に賛成です。学校の体育では、他にも全員参加のもの、例えば組み立て体操などは、一つ間違えば大事故になりかねないものもありますが、苦手な人には難しくない技を割り当てたりする裁量の余地があります。30人31脚ではそうした余地が全くありません。

ここからは私見ですが、全国民(全小学生)が一つの目標に向かってなにか頑張る、というのはすでに時代遅れと考えています。体育祭にしても学年ごと、クラスごとに演目を持つというのが、すでに時代遅れで、子供達に(体育で)得意なことを披露させる場にすればよいのでは、と常々思っています。リレーならリレーで、リレーに出たい子供達を募って、実力が拮抗するようにチーム分けですば、でる方も見る方も楽しめます。足が遅い子が「自分のせいで負けたらどうしよう」と悩むのは大人が想像する以上でのようです。

ふぐふぐ 2009/12/10 17:54 時代遅れや、先進国では、のような判断基準はおかしいよ!

みなみな 2009/12/10 18:24 学校で学ぶのは個人の尊重ではなく集団行動。
学校は、嫌でもやらなくてはならない大人社会の予行演習なのだから問題ない。むしろ学校の存在理由にあっている。大人たちは「やりたくないから」といって仕事をしないだろうか。強制ではないにしろ、自主的にやらなければいつまでも上に行くことはできないと思う。
第一、そんなことでいちいちやめていたら、学校行事は何もなくなってしまう。
それにやっている途中で生まれてくる連帯感が行事の醍醐味なのもある。
さらに、子どもが言うならまだしも大人が「嫌な子供もいそうだからやめよう」というのは違う気もする。
これに限らず、そのような理由で廃止していれば学校の存在意義はなく、個人個人で自宅教育を受ければすんでしまう。

ああああああ 2009/12/10 18:26 個人の意思を尊重するなら仰ることは正しいと思いますが、

 他の多数が乗り気なのに少数の人が反対して場の空気が悪くなる。世間一般ではそういう少数の方を「KY」と呼びます。

 社会に出れば自分が乗り気でなくても周囲に合わせなければならないときがあります。「30人31脚」だけではありませんが、こういったものはそういう訓練をするのに最適だと思います。競技がということではなく、嫌々であってもみんなで何かを成し遂げるということがです。

 あと、個人的に言わせてもらえば、「思い出」っていうものは辛いこと楽しいことも全部ひっくるめてこそ輝くものだと思います。

ま、学校のモデルは監獄だからね。ま、学校のモデルは監獄だからね。 2009/12/10 19:00 >いやなら参加しなければいい。それだけのこと。
参加したくなくても「空気を読め」と圧力をかけられるのが問題。
「KY」って無理を通して道理を引っ込める魔法の言葉を使われると子供ならなおさら拒否できないわな。

小学校の時に体罰当たり前でマスゲームの練習を何時間も何時間もさせられたことを思い出す。
間違える奴がいるとやり直し、それでどれだけの時間が無駄になっただろう。
周りではいつまでたってもできない奴に死ねばいいのにと悪態をつく協調性が生まれたようだ。
その成果が今の日本の体育会系的な労働環境の維持に役立っているというのは興味深い。

hatenkou001hatenkou001 2009/12/10 19:14 1、やりたくないのにやらされることなどいくらでもある。
2
>>「速い児童は遅い児童にあわせ、遅い児童は速い児童にあわせる」ことを訓練する
→これは
「勉強のできる生徒はできない生徒にあわせて授業を受けなければならない」
のはどうするのでしょうか???
寝てても良いの??怒らないの??

3-4あたり
まあこれは否定できないな。
まあ身体に悪そうだ。
だけど多少のケガをしないで上達はしないけどな。
そして勉強に例えるとして、
「学校の教師もみんながみんな勉強を教える専門家」
でもないけどな

5
児童間の温度差が軋轢??
そんなこと社会の縮図として学校教育があるんだから仕方ないだろうが!!

個人的結論。
嫌なことを避けてばかりはいられない。
だけど何も30人31脚じゃなくてもいいよね。
危ないし。
(クラス全員参加については問題なし!!!)

通りすがり通りすがり 2009/12/10 19:57 > >>「速い児童は遅い児童にあわせ、遅い児童は速い児童にあわせる」ことを訓練する
> →これは
> 「勉強のできる生徒はできない生徒にあわせて授業を受けなければならない」
> のはどうするのでしょうか???

見出しに「2. 児童の身体的発達にとって有効ではありません」とあるように
そこでは著者は児童の身体的発達について述べている訳で、
それに座学の授業のたとえを突きつけても無理があるのでは?

徒競走の速い児童が遅い児童にあわせて走っても、
前者にとって身体的発達という点においてはまったくの無意味でしょう。

通りすがり通りすがり 2009/12/10 21:17 そんなに言葉をひねくり回して論じることもないんじゃないですか。
またそれに対する反論にしても。

ss 2009/12/10 21:20 もっと他にやることあるんじゃね?記事もコメントで熱く語る人も

↑ 2009/12/10 22:12 興味がないならなぜコメントを書くのか。理解できない。

うん?うん? 2009/12/10 22:13 根拠も無く、想像で語っている部分が多い。裏づけされた事実や、根拠となる資料、理論、そういったものを何一つ示さずして賛同を得るのは難しいのでは?
矛盾している部分もあるし、、

imp3627imp3627 2009/12/10 22:16 私としては、「30人31脚は行ってもいいが、クラス単位ではなく希望者のみでグループを作って行うべきだ」
と思います。

仮に、30人31脚を行うクラスに本当に運動できないし、競技をやりたくない児童が1人居たとしましょう。
「明らかに自分のせいで、皆に迷惑を掛けている。しかし、頑張っても頑張っても良い結果でない」
と自分で分かりだすと、本人はすごく辛いのです。もちろん、教育において「辛さ」を経験する事も重要ですし、
TV的にも辛そうにしている映像は感動を誘います。しかし、その「辛さ」が度を越えたり周りが運動
できないその一人を攻撃するようになるともう手がつけられなくなります。

教育では、競争心・協調心・辛くとも努力する力を養う事は大切ですが、大きなプロジェクトでやると
(クラス単位で行うと)個人目標が立てられず、個々人へのケアが難しくなります。

ですから、この競技に憧れている児童を集めて行うと良いのではないでしょうか。

(科学的にどうこうというのは、そちらに詳しくないのであえて書いていません。)

とおりすがりとおりすがり 2009/12/10 22:16 とりあえずヘルメットとプロテクターは装備すべきだと思うよ。
腕を肩に回してると受け身を取ることさえできないもの。


もちろん経費はテレビ局持ちで。

通りすがり通りすがり 2009/12/10 22:54 「クラス一丸」なんて同調圧力はキモイだけなので解らない事はないです。
ただ、学校で理不尽なくだらない行動に付き合わされる事に慣れておかないと
社会に出た時苦労すると思います。実際問題そんな感じではないかと思います。

jo_30jo_30 2009/12/10 22:59 「ひとりの失敗により、全体が大打撃を受ける」ことを大きな問題点にしてるように見えますが、
教育の仕事というのは、まさにその瞬間にその価値を問われる、という視点もありじゃないでしょうか。

倒れたひとりを責めるクラスと、そうでないクラスと。


…理想論ですけど。

まあ、30人31脚は昔から嫌いなので、廃止されるのは歓迎です。

草食系草食系 2009/12/10 23:10 クラス全員で力を合わせて、学力テストの全科目全員の合計点を競う競技にしたら?
全員の点数は公開。決勝戦はTVでも公開。
一人が一科目でも10点以下をとれば即そのクラスはアウト(転倒に相当)。
一人が一科目でも0点をとれば即そのクラスは全員、通知簿と内申点の成績がダウン(負傷に相当)。

そうしたら勉強できる子ができない子を教えて協調や助けあいの精神がはぐぐまれる?勉強できない子が辛いことも思い出の一貫?勉強できない子が参加したくない、というのはKY?
そんなことないよ。勉強できない子がいじめの対象になるよ。きっといろんな問題が噴出するとおもうよ。
倫理的にもどうかと思うし。

体育は能力が目に見えるだけに、体育が苦手な草食系は常に肩身が狭い。特に男子では、運動のできるできないで、明らかにヒエラルキーが存在する。

勉強ができる子が運動ができない、とかその逆を言ってるわけじゃない。

ただ、一人でも転倒やタイミングが狂えば全員アウト、ヘタすると怪我人がでるぞ、というのは、草食系にとっては超プレッシャー、という事は少なくとも分かって頂きたいね。

通りすがり通りすがり 2009/12/11 00:43 ロジックがあまりにも極端で矛盾があるかと・・・

「30人31脚」を「運動会」に置き換えてみた場合、どうでしょうか?

あなたのおっしゃる確率論から言うと、全校単位での参加である「運動会」の方が強制的に参加させられている児童の数は「30人31脚」に比べ、圧倒的に多いはずです。

教育者として、「強制的に参加させられている児童」を救いたいのならば、まず「運動会」を廃止しようとなるのが先なのではないでしょうか?(あくまであなたのロジックに従えば・・・です)

なぜ「運動会」は即刻廃止しよう!ではなく、「30人31脚」を廃止しよう!なのでしょうか?

もしこのようなロジックで運動会を語る人がいた場合にあなたはどのようにお答えになりますか?

『もちろん、私は、「運動会をやりたい児童」の権利を奪おうとしているわけではありません。あくまで、学校全員を前提とする運動会をやるべきではないと述べているだけです。

 したがって、児童の「自発的な参加」に基づく運動会までは否定していません(ただ、当然ながら、途中で嫌になった児童がいれば、その子は自由に脱退できることも必ず保証して下さい)』

「運動会はいやだ」という生徒がいた場合に、あなたは参加したくない権利を尊重されますか?

同じく、「合唱コンクール」「入学式」「卒業式」「修学旅行」「社会科見学」などなど、あなたのクラスの生徒はすべて「全員が自発的に」参加されているのでしょうか?

terracaoterracao 2009/12/11 00:52 >通りすがりさん、

とりいそぎ、本記事冒頭「要約」部分の最後の2文を再掲致します。

>以上の通り、30人31脚による「教育効果」は、従来の教育活動のほうが有効なものが多く、むしろ、問題を生じさせる危険性のほうが大きい。したがって、様々な「クラス全員による活動」のなかでも、特に、教育的根拠が乏しいものであり、全員参加を前提とする応募条件を直ちに廃止すべきである

答えになっているとおもいますが、いかがでしょうか?

ahoaho 2009/12/11 01:11 そんな子供のやりたいことだけやらせてたら、将来どんな大人になるか目に見えてる。
個人主義が進みすぎて羞恥心が無くなり、マナーが守れなくなり犯罪も容易に起こすようになる。
ハッキリと「面倒だから」って言っちゃいましょうよ。
そんな屁理屈言ってたらキリがない。
出たくないならテメーだけ出なきゃ良いだけで、廃止にする必要はない。

通行人通行人 2009/12/11 01:20 まず1点、クラス全員の同意云々は確かに微妙。
学校内同学年内で希望者の身体的選考はしてもいいだろとは思う。

相対的に理路整然と書かれているような印象を受けるが内容的には主観的ネガティブ。
掛け声で舌を噛むとか言うのであれば他の方が言われた通り学校行事にも問題はいくらでもあるはず。
学校も家庭も過剰反応が酷すぎると思う。
やれ危ない、やれ危険、で実際事故が起これば責任の擦り合い。
それが嫌だから危険回避をしたいだけで騒ぐのか?と思える所がないわけでもない。

まさに嫌なら参加しなければいいだけの話。

声高々に廃止を訴えるのは言論の自由かもしれない。
しかし参加したことで共に喜び、共に涙する生徒たちが居るのも事実。

募集のあり方や何か問題が無いとも言えないがそれをただ廃止と叫ぶのも
浅はかだと思う。



訴え論じるにあたり一方の方向からしか見てない事に賛同はできない。

AmxCxtAmxCxt 2009/12/11 01:24 とにかく、怪我は怖いですね。
合唱コンクールでとちっても怪我はありませんから。

私は、運動会で、「台風の目」という競技で怪我をしたことがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E9%A2%A8%E3%81%AE%E7%9B%AE_(%E9%81%8B%E5%8B%95%E4%BC%9A)
コーンの周りを回るときに、内側にいた者がちから一杯棒を振りきったため、一番外側にいた私は、足が付いていかずに、でも手は棒につかまったままなので、受け身を取れずに転んで怪我をしました。
30人31脚はそれに比べても圧倒的な怖さがあります。
こんな危険なことを「しないことを選ぶ」ことができないなんて、なんて恐ろしいことでしょう。

全面的に賛成です。

? 2009/12/11 01:31 いつの間にか結論が廃止すべきから児童全員が賛成なら参加と変わっているように見えますが…

あと児童間の軋轢とありますが、現状習い事やクラブの練習はあると思います。
がそれをすることと30人31脚の練習を行うことがそれほど大きな軋轢を生むでしょうか。
と思いました。

教師がやりたくないならやらなくてもいいと言ってしまってはオシマイではないでしょうか。
そのクラスはつまらないと思いますよ?
あなたは運動会の練習などでも軋轢を生むからやめた方が良いとおっしゃるのですか?

tamasetamase 2009/12/11 01:35 >個々の能力に応じた身体発達的な視点はありません。
バスケットボールなどの学校でよく行われる集団競技にそんな視点がどこにあるんでしょうか?
また、陸上競技に限定したって
>こうした児童の多様性を前提にするならば、児童個人個人が各自のタイムを計測し、各々の努力で、記録向上を目指すことが重要です。
「ぼくはちょっと走ったら足が速くなったのでこれ以上体育で50メートル走なんてやりません。そこのあいかわらず足の遅いやつをもっと走らせてやったら?」と運動神経抜群の生徒が要求した場合、あなたの勤めている学校では許可されますか?少なくとも私が小学生の際にはそんなことさせてもらえませんでしたが
どうせカリキュラムで定められた時間だけその競技をやらせているだけでしょう

>小学校教育の体育科に関する研究には、戦前から、非常に膨大な蓄積がある
>体育教育に関しては、現場の教員だけでなく、教育学者やスポーツ(科学)の専門家の意見も反映されている
バスケットボールなどの球技が体育に必要だという論文があるのでしょうか?具体例があるのなら出してもらいたいものですが

>過度の競争を煽るものが少ない
球技系統はもろに競争をあおっていますが。陸上競技と比較してもすぐそばに自分より上の生徒がいる通常の陸上競技と自分たちの記録、またはどこか遠くの記録しか比較対象がない30人31脚なら競争性をあおるのは通常の陸上競技でしょう。

>児童の身体発達を真剣に考えるのであれば、より安全な教育プログラム(=従来の体育教育)を選択することが、教育者に必要
>普通の徒競走にくらべ、きわめて大きな危険性があります
サッカーやバスケットボールは激しい身体接触があるゲームとして有名ですが普通に行われていますね
鉄棒やら跳躍ものは高いところから落下する可能性がありますし、下手をすれば頭から落ちる可能性もあります
本当に危険性をなくしたいのなら日射病や擦り傷の危険が高い運動場でなく体育館でウエイトトレーニングでもしていればいい話ですが、学校教育でそれらが行われたという話は聞きませんね

>軍隊・自衛隊の行進を考えればすぐわかります。
軍隊において協調性は最も重要なものですし(協調性がないと部隊全員を危険にさらしますので)行進は協調性などの練度を示すものなので協調性の現われと見ていいと思いますよ

>身体的な次元のみに限定されていることが問題です
その理由は?身体的な次元で協調性が必要な競技だからといって身体的な次元のみに限定されているわけではありません

>必ずしも、身体活動で達成されなくてもよいのです。
>他でもなく30人31脚を選ばなければならない教育的根拠はあるのでしょうか。
べつに30人31脚のみで協調性を学んでいるわけではないでしょう。30人31脚を行っている学校がそれ以外の事を行ってないという根拠はどこにあるのでしょうか

>一人や二人くらいひどい音痴がいたとしても、全体がしっかりしていれば、合唱がまったく崩壊してしまうことはないのです
「一人が失敗してもどうでもいいからみんなその失敗した子を無視して元気に合唱を続けました」ですか、いじめにつながる考え方ですね
もしくは「自分がやらなくても他人がやってくれるから自分がやらなくてもいい」という考えを子供が持つだけでしょう
「一人が失敗したらみんなが止まってその失敗した子を助けてあげる」という考えをもつには全体に影響があったほうがいいでしょう。

とおりすがりとおりすがり 2009/12/11 01:42 やる理由・・・それはですね・・・

TVだからです!!

子供は社会の家畜ってか?子供は社会の家畜ってか? 2009/12/11 02:35 「社会に出たときにはやりたくないことでもやらなければならない」
って、こんな教育問題を語る場面にすら社畜が出てくるってのが日本社会すげえ。

メリットとリスクを天秤にかけて、やりたくないけども、まあやってもいいかってのが正しい社会だろ。
本来は「やりたいことだけやればいい」し、やりたくもないことは「絶対やってはならない」んだよ。
そうじゃないと搾取されるだけだし、周りにも回り回って迷惑なんだよ。
なぜかって、やりたくないことでも、それをやることでもらえるはずのメリットを受けずにやってしまうようなクソが居ると、
誰もがやりたくないことをやらなきゃいけなくなるからだ。

で、これって結局子供を社蓄にしたい社畜馬鹿親が沢山いるってことか。
それとも子供のことを全く考えてない馬鹿が居るだけなのか。

odahajimeodahajime 2009/12/11 02:35 体育教育として不適切,という観点からの批判は価値のあるものだと思います.総論賛成の上で2点だけ述べさせていただきます..

主に論点6について,terracaoさん本人にその気がなくとも,この文章を読んで想定されるリアクションとして,気をつけなきゃいけないのは
「過干渉かんべんしてくれよ」って思うのは,ある程度成熟した,社会との距離の置き方を学んだあとの人間の思うことであって,子どもへの教育効果については長期的な視点からの判断が必要であるということです.
ある程度「男子ちゃんとうたってよー」的な委員長キャラおせっかいとか,クラス内の軋轢みたいなのが教育効果をもってるんだと思います.それは,そのとき軋轢や抑圧を生みつつも,10年20年たってから振り返って考えたりしながら学んでいくものなのじゃないでしょうか.子どものうちは全力で他人とぶつかっていいんじゃないかと.ぶつかってみないと傷つき方も,防衛の仕方もわからないし.

論点5は,心身をそんなに簡単に分離して教育できるのかよくわかりません.体で覚えて,頭でも理解する部分があるんじゃないかな.音楽だって声帯の物理的運動だけど,気持ちの問題でもあるし.体を動かさずに心を教育できるのかな.

とおりすがりとおりすがり 2009/12/11 02:38 二つ質問させてくださいー!

1.インフルエンザの予防接種ですが、毎年1、2名は小学生が亡くなっています。
terracaoさんは、インフルエンザの予防接種中止を望まれますか?

単なる一例です。 

極端すぎるんですよ。

2.30人31脚が例えば2人3脚だったとします。

それでもなんくせつけて反対されますか?

odahajimeodahajime 2009/12/11 02:46 追記.論点6は,僕のコメントに対して,すでに文中でディフェンスされていることを僕は理解していないわけではありません.結論には賛成した上で,なんというか,非コミュなはてなーの過剰リアクションがちょっと心配なだけです.

tochitochi 2009/12/11 03:00 「クラス全員参加を前提とする」の部分を辞めてくれって話ですよね。
何で、危険だとか有益でないとか「30人31脚」自体を批判する事ばかり書いているんですか。
これだと単に批判のための批判にしか読めませんね。個人的にTV局に腹の立つことでもあって
ブログで憂さ晴らししたいだけならいいですが。
勘違いされているようですが、民法は営利団体であって、児童福祉振興会ではありませんよ。
コンビニで「100円おにぎりフェアは有益といえないので廃止にすべき」と叫んでいるようなもんです。
改善を要望するなら、こんな書き方ではダメでしょうね。

通りすがり通りすがり 2009/12/11 03:01 参加に強制力のあるものには出る。
自由なものには出たくなければ出ない。

自由参加なんだから強制させる必要はないと思う。
今更だが、企画自体がおかしい・・・

mlml 2009/12/11 03:02 >「やりたくないがやらされている」児童がいることを、主催者も担任も保護者も、真剣に考えるべきです。

「個人の意思」は当然大事であるとは思います。

しかし学校とはいずれ社会に出て行く子供達に社会訓練を行う場です。

あなたは「個人の意思」と「わがまま」を勘違いしてはいませんか?

算数が苦手な生徒の気持ちを尊重して算数のテストを廃止するでは通らないでしょう。

そもそも社会自体が理不尽なことを避けては通れやしないというのに・・・

学校教師は社会に出ずに人に教えるようになるため考え方が凝り固まってしまうんでしょうかねぇ・・・


>児童の身体発達を真剣に考えるのであれば、より安全な教育プログラム(=従来の体育教育)を選択することが、教育者に必要

果たして安全なことを実践させることだけがあなたの教育理念なんでしょうか?

そう思うのだったらあなたが受け持った生徒の人生を全部面倒をみてあげればいい。

中年の親父になった教え子の目の前に降りかかる災難を全部取り去ればいいと思います。

本当に必要なのは「何が危険かを自分で判断できるようにする」ことだと考えます。

青信号で渡れることだけ教えて赤信号で渡れば車に轢かれることを教えてあげなければ意味ないでしょうに・・・

>4. 普通の徒競走にくらべ、きわめて大きな危険性があります

ただの屁理屈じゃないですか?批判は美徳ではないですよ?

口の中を噛むのが怖ければ誰とも話さなければいいし、転倒なんて生きていれば誰だってするでしょう。

それに重大な怪我がそんなに出ているならあなたの主張通り即刻廃止されているでしょうし。

これまでの人生で誰かの庇護下でぬくぬくと生きてきた甘ちゃんの理屈ですね。

>「クラスの一致団結」は、必ずしも、身体活動で達成されなくてもよいのです。

誰もすべての学校に身体活動限定にして強制なんかしてませんけど?

>一人の失敗すらカバーできない競技でチームワークが育まれるのでしょうか。

箱根駅伝って見たことありますかね?一人のミスが致命的になってしまうことが駅伝ではよくあります。

けど誰もその選手を責めたりはしませんよ。目標や努力を共有して失敗を励ます。おおいに感動的なものです。

あなたのような卑屈な人間が教育現場にいると思うと怖気が走ります。教師の不祥事が多いわけだ・・・

>クラス全員の参加を前提とする以上、こうした児童間の温度差は、かならず児童間の人間関係に軋轢を生みます。

人間である以上考えの違いや思い違いで軋轢なんて生じるでしょう。

世界がいい例で中東の宗教対立、過去の冷戦など人間には争いが絶えません。

現に私の考え方とあなたの考え方が対立しているのですから・・・

軋轢の無い世界。理想としてはすばらしいと思います。

軋轢には負けないような人間を育てることが必要なのでは?

お花畑的な平和推奨なんて世間知らずもいいところですね。

dellcadellca 2009/12/11 04:35 クラスじゃなくて、学校選抜にすりゃいいんだよ。
やりたいやつにやらせればいい。部活の名目でやれば問題なし。
1つのスポーツとして考えてやればいい。
危険度でいったら、サッカー、野球、バスケも結構高い。
なぜか、半強制ていうのが日本は好きですね。

飲茶飲茶 2009/12/11 04:44 1.について
「クラス全員が参加に同意するということがいかに難しいか」
を何故確率を使い説明しようとしてるのでしょうか?
数学という「絶対的な正しさ」使って、自分の正しさを証明しようとしてることが、
すでにあなたの浅はかさがうかがえます。
そもそも、確率が2/3なら「30人のうち20人は自発的にやりたい」と思ってるのではないでしょうか。
2/3を30乗にしたのでしょう?
この程度の算数もできないのに教師をやってることが非常に不思議です。


2.に関しては概ね同意です。

3.について
>戦前から、非常に膨大な蓄積がある
と書いてますが戦前の方が、あなたの嫌悪する非科学的な「しごき」をより行ってたのではないでしょうか?
そもそも「科学的」なしごきとは何でしょう?
しごきに「科学」なんてあるのでしょうか。

4.について
確かに「徒競走」と比較すれば怪我をする可能性は高いでしょう。
でも何故徒競走「だけ」と比較するのでしょう。
運動会における騎馬戦やタイヤ奪いと比べましたか?

5.について
>「チームワーク」が、身体的な次元のみに限定されていることが問題
と書かれてますが、身体的なものと勝手に解釈しすり替えて限定してるのは、
他ならぬあなたです。
それがチームワークを育まない理由には、全くなりません。

6.に関しては概ね同意です

<結論>
私は「クラス全員参加を強制する30人31脚を、即時、中止するべきかどうか」
よりも、あなたが教師をやっていることが大いに問題だと思います。
理論的判断をしようとしてますが、
上記のように大変多くの問題があるにも関わらず、それを無視しており、
実に感情で判断していることが分かります。
まずあなたが教師を辞めるべきだと思います。

体育会系体育会系 2009/12/11 04:46 あれは危ない、これは危険、あーなったらどうしよう・・こうなったらどうしよう・・・

アホらしい。事なかれ主義と責任逃れの象徴だ。

過保護にもほどがある。そんな生ぬるい教育をやっているから突然大きな壁にぶつかった時
どうしたらいいかわからなくなって自殺する子どもが増える。

何人かのコメントにもあるが、社会に出たら集団生活による人間関係の摩擦や競争なんて日常茶飯事
ダメな人間は容赦なく淘汰される。

学校教育はそんな将来のために、ある程度免疫を付けさせるのも大切な事である。

補足します補足します 2009/12/11 06:30 昨年、決勝の見学に行きました。
その際気になったのは、30人以上の生徒がいるクラスです。
30人31脚ですから、当然、参加しない(できない)子どもたちがでてきます。

どの子どもが参加する・しない、というのはどのように決まったのだろう、
練習中はどうしていたのだろう、ということが気になって仕方ありませんでした。
勝っても、負けても、走った子どもと走らなかった子どもの間で、
「何か」、が残るのだろうと思ったことを、この記事を読んで思い出されました。

hiroumitanihiroumitani 2009/12/11 07:07 デメリットばかり上げるのは誰にでもできることであり、
必要なのはメリットとデメリットを公平に把握し、メリットを認め、デメリットを最小化する努力なのではないでしょうか?

どうもメリットを最小化し、デメリットのみを最大化しようとしているように見受けられます。

要約に対してコメントをさせていただきますと、

○ 児童の身体発達の面からみれば、30人31脚よりも従来の体育教育のほうが有効である
→?論理的な説明になっていないと思います。そもそもこの競技がひとりひとりが最適な身体発達ことを促すことを目的としたものではないと思いますが…。なぜ従来の体育教育との比較が必要なのかも疑問です。

○ 従来の体育教育に比べ、間違った指導(しごき)が行われる危険性が高い。
→危険性が高い=行うべきではないという考え方はあまりにも短絡的ではないでしょうか?
 また体育教育に比べなぜ間違った指導が増えるのかとう理由もよくわかりません。
 逆に体育教育では間違った指導がされる可能性はないのでしょうか?

○ 普通の徒競走に比べ、事故の危険性が大きい
→事故の危険性が大きいことから、中止というふうに考えてしまえば、危険性があるスポーツは何もできないくなってしまうのではないでしょうか?危険性を看過すべきとは思いますが、危険性を十分に認識した上で取り組むのであれば問題はないのではないでしょうか? 
事故の危険性からいえば、プールでの活動のほうがはるかに大きくはありませんか?

○ クラスの協調性を育むには、30人31脚は不十分かつ他の有効な方法のほうが現実的
→他により良いものもあるかもしれませんが、だからとってい30人31脚にメリットがないということにはならないかと思います。どのようなものに対してもより良いもの、かつ有効なものは存在しえますから、欠点がない人がいないように、それぞれがもつ長所を認識するようにするべきではないでしょうか?

○ むしろ児童のチームワークを損なう。それは「一人の失敗が全体の失敗を意味する」という30人31脚という競技の性格ゆえである(他のクラス活動・行事にはこういう性格を持つものは少ない)
→「一人の失敗が全体の失敗を意味する」 こうしたことを学ぶのも学習であり、メリットではないでしょうか?
 現実の世の中では当たり前に存在していることであり、そのことをなぜデメリットと捉えるのか理解に苦しみます。

 2009/12/11 07:08 それはたしかに気になるだろうが、
あなたは、スポーツを見に行って補欠の人のことばかり見てるのだろうか?
それともこの競技はスポーツですらないのだろうか?
ショーであるのならばあなたは裏方のことばかり気にしてるのだろうか?
一部にこだわりすぎて、全体が見えなくなってませんか?

kk 2009/12/11 08:00 「」の廃止を望みます
好きな単語を入れてください^^

で通るくらい内容が無いよう

P! T! A!P! T! A! 2009/12/11 08:35 こういう時に声のデカイ人がTVのバラエティー番組の自分の嫌いなコーナーを投書やら抗議の電話などでつぶすんだろうなぁ。

この文章を見て思いました。

30人31脚を作ってる方からするとこんな言いがかりはメンドクサイでしょうね。

AnonAnon 2009/12/11 08:46 結構歴史長くなりましたよね、30人31脚。
私が小学生だったころ、後輩クラスがテレビに出てました。
その影響で、私のクラスもやろうか、ということになったのですが、やりたいという子もいればやりたくないという子もいましたね。半々ぐらいでした。

協調性はどの授業でも求められることなので、悪いこととは思いません。
単にゲームとしてはおもしろいので、クラブ化、部活化させたら面白いのでは。

ryo220ryo220 2009/12/11 09:03 「理不尽なくだらない行動に付き合わされる事に慣れておかないと社会に出た時苦労する」
などという狂信的な思想がまかり通る※欄が怖いですね。
くだらないことに付き合うための訓練など必要ないでしょうに。
ていうか「理不尽なくだらない行動」って何を指すのでしょう。

サービス残業とかそういった違法行為のことでしょうか?
飲み会とか慰安旅行とかそういったことでしょうか?
前者なら環境を改善すべく動くことは不可能ではないですし,
どうしても無理なら会社を移ることも可能です。
後者なら何の躊躇もなく嫌なら拒否すれば良いだけのこと。

30人31脚そのものを止めろとは思わないけど,
希望者のみを募る形にすべきだという意見には同意したいですね。

mmmmmm 2009/12/11 09:26 まるで、モンスターなんとかと似ているかと。
やりたい子どものがいる可能性をまるで考えていない。
主役は誰なんだよ。
教師じゃないよ。生徒だろって。
やりたくない生徒もやりたいようにさせてあげるのも先生だろって。

やったことがある人が見るとショックだよな。

同意できません。

全国大会へ行こうでは全国大会へ行こうでは 2009/12/11 09:36 確かに協調性などは養われるでしょうが、この競技は1人のミスで
29人が怪我をする可能性があることも否定できません。
そんな時何人の子がフォローに回ってくれるでしょうか?
子供は純粋ですがそれゆえに残酷な面もあります。
いつも同じ子が倒れたらいじめに発展する可能性もあります。

それに教師の側が成果主義に走ってしまっては、運動できない子にはつらいだけでしょう。
競技そのものは否定しませんが、運動会の一競技として行うぐらいが丁度良いのではと思います。

後、駅伝がどうといわれてる方がいますが、大学生が好きでやってる競技と
小学生が参加させられている競技では精神年齢も状況もまったく違います。
同じように考えるのはいかがなものかと思います。

ななしーななしー 2009/12/11 10:07 嫌な事でもやらなきゃならないのが社会。

子供にそこまで自主性持たせてやりたく無い事やら無くていいってどんな教育したいの?

イヤでもひとつの事にみんなで一緒に目標持ってやった事の思い出の方が大事だと思うがね。

何でも理論で物事語れば通ると思ってらっしゃるみたいだけど、それが世の中曲げてるのも事実だよ。

ななしーななしー 2009/12/11 10:07 嫌な事でもやらなきゃならないのが社会。

子供にそこまで自主性持たせてやりたく無い事やら無くていいってどんな教育したいの?

イヤでもひとつの事にみんなで一緒に目標持ってやった事の思い出の方が大事だと思うがね。

何でも理論で物事語れば通ると思ってらっしゃるみたいだけど、それが世の中曲げてるのも事実だよ。

ketudanketudan 2009/12/11 10:19 >2. 児童の身体的発達にとって有効ではありません
まず、足の遅い子は足の速い子に合わせるストレスを受けることで
1人で漫然と訓練するよりよほど脚力が向上すると思います。
次に足の速い子は物理的に精神的に遅い子という「負荷」を掛けられて走る訳で、
これも十分に体力が付くと思います。

そもそも○人○+1脚を全員全く同じ走力の型にはめる競技と思っておられる気がしますが
実はあれはタイミングさえ合わせれば足の速い人間・パワーのある人間が
遅い人間を引っ張って走れる競技です。
配置の仕方も重要ですが、遅い子はやや引っ張られて浮き上がるような感覚で走ってると思います。
(読みようによってはいろいろなんだか酷い話ですが、ここでは身体的発達効果の話をしています)

部活にもたくさん有る集団競技はほとんどの場合
チームの1員になると「ある一定の水準」「ある程度の規格」を求めて訓練されます。
そのことで負荷を受けて伸びもするのは31脚も集団競技のひとつとして同じではないでしょうか。

>5. チームワークも育みません
>こう考える人のほとんどが「足並みがそろっている」ことをもって
>「心もそろっている」――つまり、協調性――と考えている傾向があります。
>しかしながら、「足並みをそろえる」ことは、協調性がなくても可能です。
--「心もそろっている」「(本当の)協調性」----
とはいい言葉ですが、そういうことを言い出すなら
そもそもそういうものがあるとしてそれは観測や立証が可能なのでしょうか?

>逆に、協調性があっても「足並みがそろわない」ことはよくあります。
>なぜならば、「足並みをそろえる」ために最も必要な能力は、「チームワーク」などではなく、
>身体反応の柔軟性だからです。
チームワークという言葉は現実的には
他人との違いをすり合わせる能力ではないでしょうか。
そこで「出来ない子」がぶつかるのが身体能力の壁であれ知的能力の壁であれ。

> 軍隊・自衛隊の行進を考えればすぐわかります。彼らの足並みは非常にそろっていますが、
>それはそのように訓練されているためであり、心から互いを思いやったり、
>互いの個性を尊重しているからそうなったわけではありません(じじつ、互いに「顔見知り」程度の隊員もいるでしょう)。
ここも同じように少し引っ掛かるのですが
チームワークと親友関係を築くことが混ざっておられないでしょうか。
お互いを思いやる親友でも集団作業させるとグダグダになるグループは有り得るし
お互いのプライベートを知らなくても仕事はよく機能・連携する集団も有り得ます。

5段は何か曖昧、特に「チームワーク」「協調性」の指す部分が曖昧に感じます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

>3. 児童の身体発達にとって、害悪ですらあります
>4. 普通の徒競走にくらべ、きわめて大きな危険性があります
おっしゃるとおりハードな競技ですよね。
あれで転ぶのはかなり負担が大きい気がする。

また、番組のために全国のライバルと競うとなると練習も過熱します。時間も増えます。
バランスとしてどうなのか。
5段で述べたチームワークについて、私はterracaoさんのチームワークの定義に異を唱えましたが
自分の考えるチームワークについても
「それ小学校でクラス全員にハードに仕込むことなの?」と問われたらはっきり答えられません。


まとめ
つまり総論賛成各論反対で、
もっというとほとんどの段が不必要な気がします。
「あれはハードすぎてバランス悪いんじゃないの」
「せめてクラス区切りの全員参加はよしたほうがいいんじゃないの」
が骨子であり、そこだけでいいんじゃないでしょうか。
突っ込みどころのある手足を生やさなくても。

aa 2009/12/11 10:19 31人31脚の趣旨を達成するためには、他の体育教育のほうが効果的だよって主張してるだけなのに、中には罵詈雑言まで飛ばす人がおりますね。
私は、廃止に反対ですが、反対派のコメントを見る限り有効な反論ができているとは思えません。つっこみどころ満載です。もっと冷静に頑張って反論してほしいです。

ketudanketudan 2009/12/11 11:20 一個抜けました

>1. 「クラス全員が参加に同意する」ということが、いかに尋常でない状況であるかを認識して下さい
> 仮に、一般的な児童の3人に2人は、30人31脚を「自発的に」やりたいと思うと考えます
> (この仮定はかなり譲歩したものだと思います。現実的にはもっと少ないでしょう)。
>あるクラスがそのような児童のみで構成される確率は、2/3の30乗、つまり、0.0005パーセントです。
>わかりやすく言えば、100万クラス中、5クラスしか存在しないことになります。
これも同じく余計な手足だと思います。
直後にご自分で「小学校教育も同じだ」と認めるのに
わざわざ生真面目っぽく30乗〜なんて計算して正確っぽい数字を出さなくても。
本気で数字を出すなら「3人に2人」なんていう根拠のない割合を基にしてる時点でアウトですし
そこは「学校行事と同じく、全員が自発的やりたがってるわけないじゃねえか」で賛同を得られるはず。

とにかく
なんだか骨子以外のとこを膨らませて丈を伸ばそうとして
逆に突っ込みどころや反感を作ってる気がするのです。

cocoapiecocoapie 2009/12/11 11:22 単純に私は感動しましたが・・・・
番組ではないのですが、中3の息子が中1のときの運動会で学年行事としてクラス対抗でやっておりました。

すべてにあてはまりませんが
そのときに息子のクラスではクラス団結になりましたし、
本人たちにもその記憶は深く残っているようです。

今でも、あのときの中1のクラスはよかったとそのときのクラスメートやその親は云っております。
運動会種目にとどめるならなんら問題はないかと思いますねぇ。
ただ、その後、この種目が受け継がれたかというとそうでもなく
あの年一回きりだったので
他のクラスでは問題視されたのかもしれませんが。

ななしななし 2009/12/11 11:22 小学生のころ運動会が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
「クラス対抗30人31脚」はテレビ局の企画なので廃止は難しいと思いますが
運動会の廃止はすぐ出来ると思います。

少なくとも自分は運動会の参加への能動的な意思表示をしたことがありません。

まずは運動会の廃止からお願いします。

ななしななし 2009/12/11 11:29 見てる分には面白いけど本当に危険だよね。
ケガしてるところよく見た。

30人31脚も胴上げも、見てて心揺さぶられるけど
でも取り返しのつかないことになってしまうかもと思うと・・・

morijurmorijur 2009/12/11 11:33 競技自体の意味なんてどっちでもいいんです。

ポイントは
1:みんなに満足感を与えられる指導が出来るか
2:いかに危険を取り除いた工夫をした練習が出来るか
3:困難を乗り切ったときの達成感、失敗からの立ち直り方を指導できるか

という教師側の能力を問われているんだと私は思います。

何でも否定するのは簡単です。
一見、意味のなさそうなものにどんな意味や意義を見つけ、子供の将来につなげていけるかが大切なんだと思います。

私はそうやって子供を指導する立場にある者です。
足が遅くたって大丈夫。
怪我したって大丈夫。

世の中を渡っていける強くて明るい子供に育ってほしいです。
「弱点」は誰にでもある。
でも、それは君の「欠点」では無いよ!!

甚六甚六 2009/12/11 11:34 遊びとしては面白いですがね。
こんなものに、教育的意味を持ち込んだら大変だ。
指導者にも子供達にもシンド過ぎます、間違いのもとです。
ゲームは教育ではありません。
遊びでなくてはなりません。
どうか、加熱しないで楽しんでください。
怪我もせぬように・・・。

tsutomu-switchtsutomu-switch 2009/12/11 11:35 「勝てば官軍」という言葉があるように、成功体験がチームワークを補強するという部分があると思う。
華やかな全国大会映像としてテレビ画面に登場するのが、一部の「勝利体験」を実感したことのある幸運な連中で、勝ってテンションが上がったことで、結果チームワークが生まれた連中だということは忘れられがち。そりゃあ勝った連中は楽しい。
しかし、現実には全国大会に出場した“勝者”の影に、全くチームワークも芽生えず、クラスに不協和のみを残してしまったようなチームが数多くあると。

確かに、部活動のような有志の集まりならいざ知らず、公教育の一環として行うには、安全性などの観点からいささか配慮が足りないという点には同意する。

しかし、「クラスの不協和」などの結果を一概に競技のせいにするのは、やや論として乱暴ではないだろうか。『競技を通した教育の過程で、クラスに共通の目標を設定することができず、チームワークも達成感も共有させることができなかった』ということは、「教育の失敗」と言えるのではないか?
それが、生徒に起因するのか教師の力量に起因するのかは知らないが、失敗したという事実は事実である。

「30人31脚」が競技として欠陥とはいい切れない。むしろそれで、生徒たちに貴重な体験をさせることに成功している現場がある以上、失敗した現場には競技以外の理由も存在するはずだ。

「30人31脚」が全国の小学校で一律に定められている教育方法ではない以上、教師が「30人31脚」を教材として選んだ時点で、教師には教育を成功させる責任があるということから逃げてはいけない。

yajirobeeyajirobee 2009/12/11 11:40 現場の先生の貴重なご意見として興味深く伺いました。

ぜひ具体的なデータをお示し下さい。

どの程度のケガをした生徒がどれくらいいたのか。
クラスの雰囲気が悪くなったところがどれだけあるのか。
子供はどう言っているのか。
なぜ参加したのか、しなかったのか。

補足ですが、なぜ「女」教師ブログとしているのか。

kamo2kamo2 2009/12/11 11:50 画一を与えて個性を磨く教育。

1. 「クラス全員が参加に同意する」ということが、いかに尋常でない状況であるかを認識して下さい

 いいえ、決して「尋常でない状況」ではありませんよ。
 そもそも、集団教育である義務教育は、画一を与えて子を磨く教育であるべきなのです。
ここで言う「同意」とは嬉々として喜んで参加する同意から、全く参加などしたくないのだが、他にみんなの大勢が希望するのなら、同意するという「同意」も当然にして「同意」の一部であるはずです。それが、多数決の原理であり、集団でする社会生活の第一歩であるはずです。
 それを、全員が、喜んで、積極的に参加することだけが同意だ等と決めつけてしまうから出発点で間違ってしまうのです。
 異論反論、同意共感、思いやりや、斟酌する心があって初めて集団が形成されます。画一の命題を与えられて、その集団の中で葛藤や確執や、主導や従属や、協調や、調和があって、人は磨かれるし、鍛えられるのです。
 「集団の同意」と問われたときに、それを単に均質な同意としか捉えないのは、あなたの思いやりや配慮が浅墓だと言うことの説明でしか有りませんね。

2. 児童の身体的発達にとって有効ではありません
 身体教育的な意味で30人31脚を見ている人も多いかもしれませんが、児童の身体発達を考えるのであれば、30人31脚という教育プログラムを選ぶ理由はまったくありません。

 何が有害で、何がそうでないかを根拠も無しに断ずるのは危険です。単にあなたの思い過ごしであるかもしれません。

3. 児童の身体発達にとって、害悪ですらあります
 これは、とくに保護者の方によく理解して頂きたいことです。30人31脚は、主に、学級担任の指導によって行われていますが、学級担任はあくまで小学校教育の専門家であって、スポーツトレーニングの専門家ではありません。

 これは、見逃せない発言ですね。学級担任が小学校教育の専門家であるのなら、その教師に、子供の安全を預けているのですから、そんな無責任な教師に子供の安全を託すことは出来ません。このゲームが、他の教師に受け容れられて、安全に管理されている以上、それが原理的危険を含んでいるという主張は、正当であるとは言えません。子供の状態を常に把握して健康で安全であることを託されているのが教師なのです。あなたの主張は、その義務の放棄です。

4. 普通の徒競走にくらべ、きわめて大きな危険性があります
 容易に想像がつくとおり、「転倒」が非常に多く起こります。さらに、両サイドから引っ張られているため、一人で走っていた時よりも大きな重力を、転倒の衝撃時に受けることになります。

 当然、子供の体力には差があります。それを一番承知しているのは、当の子供達です。横の子供が遅れれば、それを無茶苦茶に引きずるようなことはしません。その力加減は、そこに参加することによって覚えます。そこから、思いやりや、感謝の心が生まれます。それが人の心の営みであることに気付きましょう。勿論擦りむいたり、痛い思いをすることもあるでしょう。でもそれは子供の勲章であり、痛みの経験が身を守り、他を傷つけない思いに繋がるのです。
勿論、「極めて大きな危険」を排除するのは指導者の当然の責務です。

5. チームワークも育みません


 チームワークとは、思いやりの心です。繰り返しの練習の中で、誰もが同じようにミスをすることに気付きます。そして、非難したり、批判したりするだけでは何も解決しないことを学ぶでしょう。それがチームワークです。

6. むしろ、チームワークを損ないます
 小学校の学級は、まったくの偶然の結果、集まったメンバーによって構成されています。同一目的を持つ必然性のないメンバー全員に、一律参加、同一行動を強制するような活動には、人間関係を害する構造的な原因があるのです。

 違います。人は、初めて、小学校で、集団に出会います。そしてそこで画一を与えられることによって、その画一を基準にしてそれぞれの個を初めて自覚するのです。違いを知ることが出来るから初めて、人間関係を構築する糸口と知恵を与えられるのです。
 更に勘違いしているようですが、小学校は、学習と集団生活を訓練する目的集団です。
 人が生きていく上で、人と関わらずにする関係性の構築などあり得ないのです。

結論

 人は、画一を与えられることによって、その個を磨くことが出来ます。一律参加、同一行動が出来ない事によって人間関係を害する危険の方が遙かに大きいのです。
 今、若い教育者の多くが、そこを間違えています。
 教師が、教室で、30人の子供に、30通りの話を同時に伝えることは出来ません。一人の教師が全員に語りかけることが既に画一なのです。あなたは、あんたの考えが既に一つとしてしかないことを自覚していますか?
 あなたは、日常として、当然のこととして、画一を与えているのですよ。

kawacckawacc 2009/12/11 11:55 コメント欄まで興味深く拝読させて頂きました。

自分の事を思い返すと、学校教育の場では納得の行かない「全員参加」の行事もいくつかありました。
ですが、ある程度自分を納得させて参加したものに関しては、良い思い出になっている様に思えます。

1.で挙げられている点に関して、全員納得しての参加というのは確かに難しいと思います。
また、4.で挙げられている点などを考慮すると「絶対に嫌だ」と思っている児童がいるにも関わらず強制参加するメリットも見出せません。

ただ、「まぁ参加するのもしょうがないか」というくらいの気持ちまで、全員の気持ちの最低ラインを持って行けるだけの話し合いなりが行われたのであれば、参加するという選択肢も良いのではないでしょうか。

個人的には、結論内で述べられている「有志対抗、学校対抗あるいは自治体対抗という形」に落ち着く方向で改善されれば良いのかな、と思いました。

aa 2009/12/11 12:16 「よい思い出になっている」というコメントをする人は、認知的不協和現象にさいなまれているだけなのではないか?
本当に、そうだったのか?

MrDMrD 2009/12/11 12:19 少なくても参加してるクラスの半分以上はやりたいと思っていると思うので,
将来を考えると嫌々参加させることもひつようかなと思う.

nn 2009/12/11 12:25 これは冗談じゃなくて、体育祭なども含めて任意参加にするべきだと思う。
ただし参加の利点と欠点を提示してから選択を行うようにしたいところ。
授業についても大学のように、選択制度にしたらよい。

あ 2009/12/11 12:38 こういうことを言っていると野球、サッカー、バレーボール、バスケットボール等のスポーツは
出来なくなってしまうね。

NFNF 2009/12/11 13:15 二人三脚はべつにいいけど、30人31脚はなんか虫がすかねー、きにいらねー、っていうのは
それはそれで個人の意思表明としてなんら問題はないわけだが
そこで「○○を××すべきであるnコの理由」とかいうどっかでよく目にしたようなこしゃくな言い回しを使って
わざわざ失笑モノの理論ばかりを並べて自爆してみせる というのは
なにかハテナローカルのジョークなのか
ある世界ではそういう芸風みたいなものが認知されているのかしれないが、一般人には面白みがわかんない

NFNF 2009/12/11 13:21 そもそもこういうイベントにおいては
みんなで団結してガンバロー、というのもそれなりには尊いし
俺はそんなの嫌いだ、意地でもやらないぞ!とスネボンで通すのもまた同じ程度には尊い
ただし
「いやっていえないコが居るかもしれないから最初から禁止してあげよう」←ウジ虫並の発想

deelodeelo 2009/12/11 13:31 こんな記事を書くような教師に、自分の子供は学ばせたくないね。とっとと、あなたが考える自由の世界に行かれてはどうでしょうか。

ぽぴぽぴ 2009/12/11 13:51 どうしてもアタマの悪い教師って印象にしかならない。
国旗掲揚反対・男女混合名簿・ブルマ廃止みたいなww

       2009/12/11 13:58 じゃあ運動会と遠足と合唱祭と文化祭と入学式と始業式と終業式と卒業式と国語算数理科社会図工音楽家庭総合体育は廃止にしたほうがいいね、即刻
その6つの理由のうち3つもいらんだろ、説明するのに

   2009/12/11 14:05 小6ともなればかなりの割合が初潮を迎えているんじゃないだろうか
同時に胸も膨らんでくるんだけど「神様、大きくしてください!」とお願いしたわけでもなく勝手に変化してくるわけで、
自分の体の変化やそれが周りから見られていることへの不安やら混乱は多少なりともあると思う

生理痛・排卵痛のひどい大人がいるのだから小学生にもその症状が酷い子どもがいてもおかしくない
○年○組全員強制参加の場合、症状の酷い子がちょっとバランスを崩すと同級生に責められてしまうが、
担任に事情を説明したところで同級生に追及されても「生理だから」とは言えない為に必死に我慢するか、転校するか、不登校になるかしないとならないが、これは「ちょっとくらい嫌なことも体験しておかなければ…」で片付けられることなのだろうか

TV番組に触発された教師が学校レクとして、また実際にTV出場を目指した30人31脚を計画することもあると思うが、
上記のような点から学年全体に向けた告知ポスターを貼るなどして自発的に参加を表明した児童のみで行うようにしてほしいと願う。

toristoris 2009/12/11 14:19 ただ反対すれば良いだけなのに、無駄に文章で格好つけようとした結果矛盾や拙い点が見えた、ということでは。
適切な指導ができないのでやるべきでない、という点は賛成ですが、それ以外は無理矢理に思えます。

あと、合唱を例に挙げて「一人の失敗が全体にとっての大打撃ではない、むしろカバーできる」と文章内で述べられていますが、合唱が軽く扱われているようで不快でした。
学校教育での合唱は、単に集団行動における教育の一環として歌っているので下手でも問題ないだけで、合唱そのものでは、一人の失敗は大打撃になりえます。30人31脚との相違点は、失敗しても怪我しない事であって、ミスをすれば責められる点は変わりません。

批判する記事を書く前に、その比較対象についてもきちんと調べ、考えをめぐらせた上で書くべきであると思います。
乱文、失礼しました。

(*゜ー゜)(*゜ー゜) 2009/12/11 14:28 30人31脚がテレビで取り上げられるから参加したい子も居るんだろうな。
でもテレビに映るのが恥ずかしい子も居るんだろうな。
私は後者なので『テレビに出たいが為にやる30人31脚』はなくなってほしいなとは思いました。

しかし、怪我や協調性〜などはやらせたくないためのこじつけにしか聞こえませんでした。
30人31脚以外にも運動会の騎馬戦や組体操など危険な競技はあります。
学校外でも子供同士で殴り合いの喧嘩等が起こることがあります。
ここでお互い痛い思いをして、喧嘩の力加減や
「殴られるとこんなに痛いのか…」など相手のこと考えることを学ぶ面もあるのではないでしょうか。

協調性の面も、やりたくないけれどやらねばならないことは社会に出てからも山ほどあります。
それをしなければ生活していけないことが殆どです。
学生とは勉学ではなくそのような習慣を身に着ける期間でもあると思われます。

の 2009/12/11 16:08 ドッヂボールよりは良いかな。

あ 2009/12/11 17:11 やりたい人の意見を聞き入れない、反対意見は聞く耳もたない、ということだけ理解できました

tetsuyukitetsuyuki 2009/12/11 17:17 権利とか思想の部分はおいておくとしまして、
私は、チームワークの本質の部分において同意します。
30人31脚方のチームワークでは、国際的リーダーは生まれないと強くおもいました。

みんなで団結してがんばろーというのには、そのタイプについて分析必要。
考察してみました。

31人31脚では、プロのビジネスマンに必要なチームワークは育たない
http://tyk.livedoor.biz/archives/51470512.html

jayjay 2009/12/11 17:22 やりたくないことはやんなくていいじゃん。

社会に出た時のための訓練? そんな訓練など我が子に受けさせたくはない。
いかに要領よく小賢しく面倒を避けて傍観者の側に立つかだよ。

社会における勝ち組ってのは要するに不労所得、既得権益を手にした奴のことじゃん。
なんで自ら負け犬になる訓練を積ませなきゃいけないわけ?笑わせるぜ。

教育者が子供に対して設ける通過儀礼という名のハードルを
飛び越えるのか下を潜るのか、それは子供の自由だ!

prefabprefab 2009/12/11 17:44 名物先生って毎年いますけど、毎年クラスを担当する度に出場しますね…
先生の面子の問題になってるのかもしれません

でもいつか事故が起こるかもなぁ…ゴール地点にマットを敷いてる時点でまともに止まる事が出来ないって事だし

momomomo 2009/12/11 17:59 結構見ちゃうな、楽しそうにやってていいんじゃない。
最初いやいやでも、やってみると楽しいことってあるよね。

かかしかかし 2009/12/11 18:39 社会に出たらそんな経験ざら。
むしろあなたが育てた児童が今どうしてるかと聞きたい。
では、あなたの教育で児童がどうなるのかと聞きたい。

考えが非常に浅いです。
表面的な意見を並べてAよりもBの方が合理的などと簡単に結論付けてしまう方がよっぽど危険です。

結論。アナタの理想のクラス。30人31脚を実施しているクラス。
将来的な幸せと言うカテゴリーで比較した場合あなたのクラスが絶対に勝っている事などは絶対にありえませんよ。

学童指導員学童指導員 2009/12/11 18:50 僕はこの意見には反対だなぁ
あくまでも子ども「現場」目線で考えると。

危険であるし、強制されるし、面倒なんだよね、特に最近の小学生は。

ただ、

成功させたときの達成感は、何ものにも代えられないんじゃないだろうか。
それはある程度の危険や面倒さを乗り越えて、得る価値のあるものじゃないんだろうか。

この間この番組の地区予選を本気でがんばった子を見たことがありますが、他の子をいじめたりしなくなったし、勉強も集中して行うようになりました。
がんばった先に成果がある、簡単なことですが子どもがそれを真の意味で理解するのは難しいです。
このイベントはそれを教えてくれる良い機会だったのではないでしょうか

日和見日和見 2009/12/11 18:52 競技自体の危険性以外は積極的廃止理由にはなりえないかなぁという感想。
・既存あるいは他の方法のほうが体育的、教育的に有効(だからなんだ?)
・練習の名の下におこなわれるしごき(これに限った事でなし)

おかもっちゃんおかもっちゃん 2009/12/11 19:13 「何の為にするのか」 それだけです。
全員で何かを作り上げるという意味においては、非常に有効な手段の一つだと思います。
通常の学校行事で、感動して泣けるようなことはまず無いでしょう。
何にでも欠点はあり、突っ込む所は多いと思いますが、
「一つのことを皆で作り上げ、達成感を味わい、感動する。」ことを経験させて欲しい。
経験からしか学べないから。

今の学校に欠乏している物は「感動」です。
溢れている物は、「自己保身」と「事なかれ主義」です。

何のためにするのか?それがぶれていなかったら良いと考えます。

私は、絶滅危惧種の「熱い先生」を応援します。

なんだかなぁなんだかなぁ 2009/12/11 19:18 危険だからやらせない
やりたくなければやらなくてもいい

こんな発想だからゆとり教育の弊害なんて言葉が出てくるんでしょうね

やりたくなければやらないくてもいいなんて発想、社会じゃ通用しないのは女性教師のあなたでもわかると思いますが?
そういう社会にしたいのでしたら教師なんて辞めて然るべき職についた方が懸命だと思いますよ

少なくとも私はあなたの意見に賛成できるものが全くありません

wwwwwwww 2009/12/11 19:25 私は女性教師が担任であったことが何回かありましたが、どの恩師も厳しく、しかしながら優しい教師でした。
こんな考えの教師に出会わなくて私は幸せ者です。

とおりすがりとおりすがり 2009/12/11 19:34 ボロクソ言われてますなぁー。

だ 2009/12/11 19:39 実際に子供を持ったことが無いのであれですが・・・
こういう主張って現実の社会生活とかけ離れている事が多い印象を受けます。
僕個人の認識としては、小学校の集団生活は社会性を身に着ける事も
ひとつの大きな目的ですが、個人主義に走る保護者や教育者が騒いでどうにかなるのは学生までであり
そこまで強力な庇護を受けすぎた若者が集団主義社会に出たことにより生じる様々な問題が深刻に
なりつつなるのではないかと思っています。

通行人通行人 2009/12/11 20:12 論点のズレたコメントが多いように感じます。
問題の本質は

建前として「同意」を前提に掲げながら
実際は「同意を不要」としている

ことにあるのではないですか。
主催者側の責任回避のための方便でしょうが、
これでは嘘吐きそのものです。

やるなら最初から「同意不要。参加義務」とするのが筋であり、
「大人なら〜」「集団の〜」といった反論は
この点を前提として語らない限り、説得力がありません。

断っておきますが、このイベント自体には賛成です。
ただし、大人の側が嘘をついてまで行っているのでは本末転倒であり、
全員参加を義務として架すべきでしょう。

 2009/12/11 20:13 >1. 「クラス全員が参加に同意する」ということが、いかに尋常でない状況であるかを認識して下さい

学校の行事は強制ではないんですか?

>2. 児童の身体的発達にとって有効ではありません

じゃあなんで運動会にはリレーがあるんだろう

>3. 児童の身体発達にとって、害悪ですらあります
・過度の競争を煽るものが少ない

運動会ではみんな真剣になってたよ
教師が煽らなくても自然と白熱するもんだと思う

>4.普通の徒競走にくらべ、きわめて大きな危険性があります

騎馬戦やサッカーの方が危険だと思うんだけどな
それに自分は田舎の人間だったから、木に登ったり、山の斜面で転がったりして遊んでた
擦り傷切り傷は多かったけど不思議と大怪我はなかったよ

>5. チームワークも育みません
軍隊・自衛隊の行進を考えればすぐわかります。彼らの足並みは非常にそろっていますが、それはそのように訓練されているためであり、心から互いを思いやったり、互いの個性を尊重しているからそうなったわけではありません

これ知り合いの自衛官が聞いたらぶち切れると思う
自衛隊の訓練はハードだから自然と友情が芽生えるんだそうだ
同期・同郷は特に深い友情が芽生える

>6. むしろ、チームワークを損ないます

社会に出て働くと、いやでもプロジェクトに参加しなくてはならない時があるよ
それに1人のミスで大損害という事もある
だからといってそれを嫌がってると仕事はできない

学校に行くのは将来自分が何らかの形で働いて生活するためなのだから
いい経験になると思うよ

seiginomikataseiginomikata 2009/12/11 20:20 まあ、ええがな。

上位入賞チームはがんばった結果だし。

負け犬の遠吠えにしか聞こえんよ。

運動音痴運動音痴 2009/12/11 20:24 この危険性って包丁を使うとか揚げ物作るといった危険とは別物でしょう。
綱渡りとかの曲芸をする危険性に近いでしょう。

そのうちに事故が起きて中止になるんじゃないかな。

nanashinanashi 2009/12/11 20:25 お前がそう思うんならそうなんだろう

お前ん中ではな

スノーボール同志スノーボール同志 2009/12/11 20:54 全面的に賛成します。

私としては学校という場所は
「社会に出ればどうせ理不尽な目に遭わされるのだから、早めに従順な奴隷となる訓練を積む場所」ではなくて、
「社会に出ればどうせ理不尽な目に遭わされるのだから、それに抵抗する武器(法律、弁論、哲学、等々)を身につける場所」
であってほしいと思います。
toledさんの言われるような学校の抑圧的支配的側面も、上記のような利益があってこそ正当化できるのではないでしょうか。

あと、コメント欄の「辛いことも後で好い思い出になる」という主張に関して、
私は大学で登山を5年間(笑)やって、凍傷、滑落、靱帯断裂、雪崩など、危険や苦痛をかいくぐってきたと自負しています。でもそれは、自分自身の決断において選び取ったことであるから、死んでも後悔しないのです。強制のもとではまっぴらごめんです。ていうか拷問ですよ、あんなこと強制でやらされたら(笑)。

総じて大学山岳部の活動は、教育活動に不可欠でもない、重大な生命の危険を伴うものです。それが許されるのは、自発的だからではないでしょうか。自発性の有無こそ問題なのです。

うーぱーうーぱー 2009/12/11 21:05 危険性ってのは少なくないけど
それはこの競技に限ったことではなく
マスゲームなんてのも肉体的精神的にも危険なモノだと思う
至極現代の過保護なお子様にさらに過保護にしようとも曲解できなくもないけど
極端な意見以外は同意かな

教師側もえらい神経つかわねばならないのに
見返りが「連帯感(笑)」程度じゃ理にかなわないよな、と

そんな個体差ありありの競技なんかより連帯感を手に入れるものは多いわけでね
確かにリスクに見合うもんじゃないね

ROMROM 2009/12/11 21:18 やりたくないものはやらなくてよい。
って、貴女はどうせ

国家は歌わなくていい。
起立もしなくていい。

とか、子供に教えるような人なんだろ?

多人数で一つの目標をもって努力する。
けして、間違ってないと思うけどね。

RENREN 2009/12/11 22:21 あの番組を見て一番思うのは、勘違い教師の自己満足が絶頂に達してるな、という点

スパルタはまだ常識の範囲内。今更のうさぎ跳びやタイヤ引きに始まり、クラス内裁判だの自己批判大会だの思想統制と子供同士でのギスギスした“団結”には薄気味が悪くなります。
クローズアップされる名物先生たちの異常性に、もっと各地の教育委員会は注意した方がいいんじゃないかと思いますね。

通りすがりの経験者通りすがりの経験者 2009/12/11 22:39 昔、某県代表で走ったことがあります

参加したくなければしなければいいという論理が、実際は通用してませんでした
朝から既に、練習してる人としてない人で差が生まれていたように感じます
中には参加したいけど受験勉強のために参加できない子、その他問題がありました

もちろん、多人数で努力をして1つの目標に進むことは、経験して実際に良かったとは思いますが
教育効果という面で見るなら、この輪から外れた子に対してどのようなフォローをするのか?も肝要であり
応援のためにメッセージを書く等の行為もありましたが、30人31脚の期間中、学校生活自体が将来のためとは到底思えないような苦痛を子供に与えかねないというのが、実体験での感想です。

身体というより、心に影響がありそうかな〜と

今、ふと思い出しながら書かせていただきましたが、ほぼ感情論で申し訳ないです^^;

何が言いたいのかといいますと
実体験している人からのデータがとれると、もう少し厚みが出るんじゃないかな?と思いました
難しいですけどね^^;

へんこへんこ 2009/12/11 22:43 >romさん
論点がずれているのでは?
少数意見が尊重される事は、憲法にも謳われる権利です。
terracaoさんは、ある目標に対して、子供の少数意見を排してでも全員で努力させる事のメリットと、
それが併せ持つデメリットのお話をされてますよ。

決して多人数で一つの目標をもって努力する事を否定する論調ではないと思いますよ。
間違った目標は、子供を間違った方へ成長させる危険があります。
30人31脚が、間違っているか、正しいかは私には断言しかねますが。
非常に危険な競技である事は、明らかですね。

のりおのりお 2009/12/11 22:45 右でも左でもないけれど、でもなぜあれを見ると感動してしまうのでしょう。
誰かの陰謀はともかく、それだけが続けられる理由のような気がします。
合理的に考えれば、確かにやめるべきではあるというのはわかりましたが。
あえて反論するなら運動が苦手な(足が遅い)子も、達成感を得られるチャンスだと考えることもできるのでは?

はなもげらはなもげら 2009/12/11 22:56 うーん これで説得させられるというのなら何も言えないですね。読んでて本当に教師かと思うほどあくびが出る文章でした。

他の方も書いてるのですが、運動会はどうとらえられるんでしょうね。運動会に参加したくないという自動に対してどう対応するんでしょうか。授業の一環だからと言う大人の論理でいくんでしょうか。
研究が尽くされてるっていっても、以前は運動時は水分はとるべきでないということで体育の時間中に水が飲めなかった奴も多いはず。でも、これは近年誤りだったとして改善されてる。
この点は実はかなり前から言われていたにもかかわらず、聞く耳持たなかった人間の方が多かったことから「運動するときは水分をとってはいけない」が浸透していた。

体育の時間中のけがが近年多くなっているのもどうなんでしょう。集団で協調しての運動がおろそかになっているから、はたから見て大丈夫と思うようなところでけがしている児童がいるような気もするんですけど。
例えば児童全員が参加したいと言ってきたときにはどう説得するんでしょうか。30人31脚は悪くて合唱会はいいとどう説得するんでしょう?「大人が言うから従えばいい」なんて安直なことは言えるんでしょうか。

そもそも教師がこういったことを言う以前にやるべきことは実は多くて、にもかかわらずこういった意見を書く時間があるとするのであれば何か視点が明後日の方向を向いているようで、なんだか教育に絶望してしまいます。

おおおお 2009/12/11 23:02 こんな、いかにも見世物な競技は全く必要無いと思います。
学生時代には強制的に参加させられることにより
その中で協調性を学ぶイベントが他にいくらでもあります。

やりたくないからやらない、なんて社会で通用しないという意見もあるようですが
どんなに気に食わない仕事であれ
ここまで無意味なことをさせられることは無いように思います。
少なくとも働けば生活費が入るわけですし。

子供が参加しました.子供が参加しました. 2009/12/11 23:56 TVのショーアップと教師の満足感のための企画のように思います.
危険なので参加させたくないといっている人は何人もいましたが,うちを含めて同意書にサインしなかった人は知っている範囲でいません.
そんなのはダメだといわれるでしょうが,小学校の担任と生徒,父兄の関係は一部の例外を除いてはそんな風になりがちです.

子供が自分でやりたいと言い出すタイプの競技ではないので,結局は大人が動機づけをして参加させていると思います.全体的に結構ぬるく練習していて,最後にやっと完走したときはうれしかったようです.

小学校の実質的な授業でやることとしては?です.
うちは塾にいっているので時間的に負担でした.塾に入っていなくて勉強ができる子はいいのでしょうが,遅れ気味の子もいるようですので,イベント性の強いことより,そういう子のフォローの方に力をいれるべきだと思います.

   2009/12/12 00:01 -クラス全員を前提とする30人31脚をやるべきではない

この主張を支持します。これが通れば参加チャンスが増える事も考えられないワケではないだろうし、何より理不尽な重責から開放される子供たちもいるでしょう。
こどもたちには伸び伸びと育って欲しい

通りすがり通りすがり 2009/12/12 01:49 そもそも、クラス30人ピッタリのとこしか参加してない訳じゃないでしょ。
出てみたい生徒30人を集めてるだけなんじゃないの?

なんかなんか 2009/12/12 08:14 たぶんこのブログ書いた人
自分のクラスでTVを見た児童が「この競技やりたい!!」と盛り上がり、
大多数の児童が賛成しているにも関わらず、
自分はやりたくないもんだから、屁理屈こねているだけのような気がしました。

自分はやりたくない → 番組を見せなければいい → もっともらしいことを言って批判

結構このパターンで、これに限らず企画を潰そうとする人多いです。
多分この先生、プライドだけは高くて、自分では出来ないと児童にいえないもんだから、
こんな理屈をつけて正当化しようとしてるのではと思います。

また出るとなると、休日返上で(これが嫌いな人多し)練習しなくてはいけないし、
万一怪我人等が出ると、責任問題も出てくる。
そこまで背負いたくない気持ちもわかりますが、だからといって企画自体を中止というのはいかがなものかと…

まあTVものは、流行廃りがあるので、楽しく見ている分にはよいのでは。
本当に問題のあるものは、当然淘汰されることと思います。
失礼な書き込み申し訳ございません。

通りすがり通りすがり 2009/12/12 08:17 30人31脚だろうが、運動会だろうが学芸会だろうが全校朝礼だろうが、
生徒から見たら好き嫌いの有無はあるにしても所詮「イベント」じゃないんですかね?

それを良い思いでにするか、悪い思い出にするかは環境次第。
先生は良い環境を作るための指導者であったり影武者であったりするのかと。

コメントでも十二分に分かると思いますが、視点によって物事は良くも悪くもなるんですから、
いかに生徒に良い方向で見せてあげれるかが腕の見せどころでないですか?

domesutodomesuto 2009/12/12 08:36 ああ、女教師さん、まったくもってその通りだ。
あんな非合理的で危険なもん、さっさと廃止するのが子供のためというものだな。
このエントリ見ているやつは地元学校のPTAや教育委員会に
このことを伝えて正しい方向に導いたれや。子供たちの明るい未来のためにもな。

名無し名無し 2009/12/12 09:34 大人が見て危険だから止めさせたい。まあ大人にとっては正論です。しかし、子供がやりたがっている
のにも関わらず大人の一方的な意見でやらせないのであれば、それは問題です。
もちろん30人31脚という競技に出たいという子供の自発的な要望があってのことですが。
それについてクラス全員が同じ意見を持つ確率計算なんぞをして、全員の意志が一致する確率が
限りなく低いとの内容がありましたが、では何事をするにも多数決で全員一致の答えが出なければ何も
しないのですか?それはたかだか30人程のクラスだから全員の意見の一致がなければいけないという
大人の妄想や願いではないのですか?
仮に300人の集団だったとしても同様の事を期待するのですか?3000人でも、30000人であったとしても。
一部の反対意見があったとしても、もしも多数決で参加したいという意見が多ければ、それはクラスとして
参加したいという結果なのではないのですか?個々の意見を尊重するのは大切ですが多数決のルールを
曲げてまで参加しない結論へと導くのはどうなのでしょう?仮にそうしてしまった場合、それこそクラスとして
のチームワークが乱れるばかりか、参加したくないと言った子供が大勢から責められかねません。
全員の意見が一致しなくとも、多数の意見に従うのは民主社会のルールです。多数決のルールも教える
事ができないのならば仕方ありませんが、そのような方は教師失格です。
他にも「危険である」という書き方がしてありましたが、どのようなスポーツでも多かれ少なかれ怪我の危険
はあるのですから、ことさら目くじらを立てて騒ぐことでは無いと思います。
体に良くないとも指摘されていましたが、私はウサギ跳びが体に良くないと言われ行われなくなる以前の
世代ですが、別に体に異常などはありません。
意見が一致する確立とか、体に悪いとか、危険・舌を噛む可能性もあるとか、読んでいる方が恥ずかしく
なるというか、この人が教師で大丈夫なのかと思ってしまいました。あまりにも幼稚です。
私は30人31脚の推進派・擁護派ではありません。参加・不参加は勝手にすればいいと思っているレベル
の人間です。
しかし、子供達の意志が(例一部参加したくない子供を含んでも)参加したいという事であれば、その意見を
まず第一に大切にしてあげるべきではないのでしょうか?大人が、ましてや教師が口を挟む余地はないと
思います。教師として敢えて反対する理由として思い浮かぶのは、先に述べていらっしゃる方もありますが、
面倒臭いからやりたくない、と言っているのも同然だと思います。勝手な邪推&思い込みかも知れませんが
日教組臭がして仕方ありません。あの集団は国家公務員であるにも関わらず日本の教育にとって害になる
ことしかしない無能集団ですから。

T/HT/H 2009/12/12 10:00 「事業仕分け」に便乗したギャグ。
で無ければ、ちょっと痛い感じが。
じゃあ運動会も廃止にしませんか?
学校祭も無くて良い。
勉強だけ教えてろよ。
学校の勉強以外の行事は確かにめんどくさかったよ。
実行委員長やらされたり、放送部で下らないドラマ撮影したり、漫才したり。
ただオッサンになった時の思い出話ぐらいには成るから。
詰め込んだ事はスグ忘れるだろ。人間なんだからさ。

tokitoki 2009/12/12 10:24 賛成しますよ。
児童全員の自発的同意はありえんわな。”保護者様の全員同意”のまちがいやろ。


○ 児童の身体発達の面からみれば、30人31脚よりも従来の体育教育のほうが有効である
○ 従来の体育教育に比べ、間違った指導(しごき)が行われる危険性が高い。
詳しいことはわからんので任す。


○ 普通の徒競走に比べ、事故の危険性が大きい
当時20kgの自分が両脇45kg超の人に潰されたからわかる。


○ クラスの協調性を育むには、30人31脚は不十分かつ他の有効な方法のほうが現実的
不十分かは知らんが必要ないな。ただ言えることは同意=協調ではない。


○ むしろ児童のチームワークを損なう。それは「一人の失敗が全体の失敗を意味する」という30人31脚という競技の性格ゆえである(他のクラス活動・行事にはこういう性格を持つものは少ない)
ここは考えを改めるべき。失敗は損失ではない。また人は誰でも失敗するから責められるべきでもない。

蛇足:
コメントで「子供の好きなようにさせたらろくな大人(コト?)にならない。目に見えてる。」
とあったがそれは
・実際やった→でもいい大人になってんじゃん
・やってない→ただの予想妄想に過ぎない
から無意味だと思う。

やりたくなければやらなくてもいいなんて発想、社会じゃ通用しない?
バカいってんじゃないよ。視野が狭すぎる。
会社でいわれたらやめればいいじゃない。
それも選択肢だ。どこ行ってもダメなら
自分で創ればいいじゃないか。そこから発展していくコトなんて
いくらでもある。
多数決なんてただ多いだけで正しいとは限らないじゃないか。

genossegenosse 2009/12/12 11:44 30人31脚については、とりあえず意見を保留させていただきます。私はこの競技自体は好きではないのですが。デメリットが大きくなるか小さくなるかは、教師の指導のやり方に左右される部分が大きいと思います。いずれにせよ、専門家の意見が聞きたいところです。


ところで、「社会には理不尽なことが多いから、それに慣れさせておくのも教育」とコメントしている方々が居ます。しかしこれは、「私には社会の理不尽さを変える力はおろか気概もありません」と宣言しているようなものです。子どもたちの前でそのようなことを言うのは、恥ずかしくて私にはとても出来ないです。

みんなキング牧師のようになれるわけではないけれどね。ローザ・パークスになるのも、なかなかむつかしい。でも、ワシントン大行進に集まった何十万人のうちの一人になるのは、簡単でしょう。

私は、「社会には理不尽なことが多いのだから、我慢しろ」と言うよりもむしろ、「社会には理不尽なことが多い。けれども、これからの社会を担う君(達)に、それを変えていって欲しい」と、子供にたいして言いたいものです。

kannatukikannatuki 2009/12/12 12:04 まさに、PTA的発想の発言。

こういった発言も勝手ですが、教育をゆがめていることに気がついて欲しいものです。

日本の先生は、もうこれ以上PTAのご機嫌を取る必要はありません。

子供たちの可能性を摘み取ってしまうような、PTAのあり方を見直すことが先決でしょう。

komaru4komaru4 2009/12/12 12:54 失礼します。
統計の話の部分に対するツッコミを書いたのでお読みいただければ。
http://anond.hatelabo.jp/20091211201413

インドア派インドア派 2009/12/12 13:03 体育の苦手だったもと女の子さんにも女教師さんにも全面的に同意です。
私も体育が大の苦手で、体育の時間が嫌でたまらなかったので、
30人31脚をやっているクラスにいる体育が苦手な子の気持ちを思うといたたまれないです。
自分が小学生のころにこんなものがあったら登校拒否間違いありません。

競走で運動が出来ない自分がビリになるのは仕方がありません。
でも、30人31脚はそのことに罪悪感を感じさせるような仕組みではないですか。
勉強や図画工作、美術ではそんなことはないのに。
個性を重視する教育をするのならば、足の速い子をさらに伸ばすことのほうが重要だと思います。
協調性をというならば、足の速い子が遅い子の練習の手助けをする仕組みを作ればいいのでは。
30人31脚は足の速い子を殺し、足の遅い子に苦痛を与えるだけだと思うのです。

よくわからないよくわからない 2009/12/12 14:26 社会に出たら云々みたいなことは、もっと後からでも良い。
とりあえず、出た人、子供が出た親などの、経験者談が聞きたい。
予選まで入れたら、参加してる人いるんではないだろうか

pyopyopyopyopyopyo 2009/12/12 19:13 要は、教師としての仕事が増えるから、面倒くさい、廃止すべきだ!ってことですか?

半年筆半年筆 2009/12/12 19:50 高校生の自分からすると、例えば学校祭っていう生徒主体の行事や修学旅行なんかでも、
「行きたくない」、「やりたくない」、「めんどくさい」っていう人はいます。
人には個性があるし、能力の上下もある。
当然、個性があるんだから意見が違うし、温度差ができる。でも例えば、その意見を尊重して行事をやまてしまったら、どうなるだろう。学校祭も修学旅行も、みんなみんな取り止め。学校は勉強しに行くところだけのところになってしまう。
ルソーの考えた直接民主主義の社会契約論が、「理想の社会主義」っていわれたように、所詮全面一致のみで物事を行なっていく、っていうのは無理な気がします。全員一致でない=やめるべき、は違うと感じました。

あと、3番の「児童の身体発達を真剣に考えるのであれば、より安全な教育プログラム(=従来の体育教育)を選択することが、教育者に必要」とおっしゃられていますが、必要なのは30人31脚について専門家の方の意見をとりいれ、危険性をすばやく把握することではないでしょうか。把握できるまで行なわない、だったらわかるけど、把握できていない、だから旧来のままで行きましょうは論理としておかしい。
それに旧来からの知識があるといっても、例えば戦前の知識は、必ずしも正しいとは限りません。むしろ昔やっていたことが実は体に悪影響だった、ということは多くあると思います。

30人31脚を今のまま続けることは反対です。ただ、女教師さんの挙げている理由で中止するのは、変だと感じました。参加が強制されている現状を打破して、生徒の意見をしっかりとりいれさえすれば、中止する理由はないと思います。

大学生大学生 2009/12/12 20:38 言ってることが硬すぎますね。
ある程度の強制は大事です。好きなことばっかやらせるってただの甘やかしにすぎない。

足並みをそろえるのが自衛隊の行進と同じとは聞き捨てならないですね。
みんなで練習するから絆が生まれる。足の遅い子は劣等感を感じるかも知れない。
けどそこで責めたりしないように教育するのが教師の役目でしょう。

ひとりの失敗で、全体に大打撃を与える。それのどこがダメなんですか?
だから個人が個人だけでなく全体のために成長しようとするんです。
逆にあなたの言っている通り歌のコンクール等で一人失敗しても周りがカバーしてくれると子供が気づいたら、失敗しても大丈夫という考えが生まれて、怠ける生徒も出るかもしれませんよ。
大きな舞台でもしこけたって、絆を育んだクラスなら転んだ子を一人責めたりしませんよ。
そのような本当の絆を作るのは担任の先生であり、社会です。

この競技をなくそうという考えは所詮逃げの考えでしかないですね。
そんな活動広めようとする前に、学校の授業で嘘を教えまくってる日本の教育に物申して下さいよ。
私も同様社会に出て、子供の頃習った事にウンザリさせないような教育作ろうとして下さいよ。

ななしななし 2009/12/12 20:40 読ませていただきましたが、30人31脚だけに当てはめるのは少々強引な気がしますね。
体育祭なんかでする協議はほとんど当てはまる気がします。
体育祭や運動会さらに言えば合唱などの中止を考えた方がいいんじゃないでしょうか。


あと身体的発育について述べてますが、練習なんて数カ月間、体育の授業にたまにやる程度なので、期間を考えると身体的発育への影響を語るのはナンセンスですね。

私は実際中学生の時にこの競技を行いましたが、そんなに危険な場面には遭遇しませんでした。
私もイヤイヤでしたが、いい思い出ですよ。

ニャホニャホ 2009/12/12 20:48 私も同意見です。

先程TBSで柔道による怪我で植物状態になった少女についての報道を見ました。
教師との組合いで投げられて植物状態になりました。
柔道専門家から見ると危険な状態で投げに入り初心者では受身を取れない状態だったそうです。

一歩間違えば障害が残る可能性があるものや命の危険がある競技についてはやはり専門的な知識を持ったものが行うべきであると思います。

eeeeee 2009/12/12 20:54 過剰反応、この一言につきる
あなたのこの数年は意味を成していないのでしょうね、残念です

fogcutterfogcutter 2009/12/12 21:32 今の日本って、こんな事をブログに書く人が、女教師でいられるんだ....
世も末だ....
この先生に教えられる生徒が可哀想....!!!

rouheirouhei 2009/12/12 21:45 さきほどTVで見ました。
非常に不自然な感じがしました。
結論からいえば、子供たちをだしにした、商業主義の典型であると感じました。
また、このショウの裏を考えたとき、非常に残酷な内容であるとも思います。

クラス対抗30人31脚とは、クラスが30人でできていることを意味しているのでしょうか
クラスは10人のところ31人のところと、様々です。
31人めの生徒は、何を感じたのでしょうか。
また、クラスには障害をもった生徒もいます。

私立の学校が出なかったように思います。
これは何を意味するのでしょうか。
私立の学校関係者がいましたら、ご意見を伺いたい。

30人をビシッとそろえマシンのように教育することの意味はあるのでしょうか。
タレント達の安っぽい涙も定番ですが、不愉快を通り越して、腹が立ちます。

最近、マスメディアは、子供店長とかのように、やたらと子供を使っています。
この風潮も規制しなければと思います。

結論は、即刻やめるべきです。
未来を担う子供の教育について、弊害あって一利なしです。

hhhzhhhz 2009/12/12 22:35 みなさん色々述べられてますが個人的意見としては、


>商業主義の典型であると感じました。

等の意見には大いに賛同します。

これはテレビ側が意図的に「感動」を呼ばせるためのショーであり、参加した子供たちは、
ある意味害を被ったとした意見にも賛同できます。

ただし過剰反応、一方的見方意見としか思えないのも事実です。


特に、貴方が述べているその理由には賛同できないことが大いにあります。

1、3で述べていることは概ね理解できますが、従来体育が過度の競争を煽るものが少ないと言うのは間違いで、球技の面等ではどの生徒も、本気で取り組めば、どの競技でも競争、勝ち負けの世界が存在します。貴方は教師なのでしょうが、そういう現場は別に30人31脚でなくともあり得ると考えます。

2、>かけ声を出しながらはしるチームもありますが(たとえば、「いち、に!いち、に!」)、舌を噛むなど、口の中を傷つける危険性が増します
悪いのですが意味不明です。実際そんな事故は従来体育や休み時間での過ごし方でも大いにあり得ます。そんなことに言及するのであれば、即刻休み時間の運動は禁止にすべきということになります。

3、5で貴方が述べられている事には全面的に反対です。
足並みを揃えるということは、確かにチームワーク以前の問題もありますが、このチームワークが絡んでることも否定はできないと考えます。
やはり、個人が皆を考える力が小学校において足並みをそろえる点で大いに関係あります。
軍隊の例を出されていますが、それは揃えないと身体的危害が加わるからです。

チームワークが全てではないですが、関係ないと言われますと?です

4、人間関係に軋轢が生まれるという意見にも大いに反対です。

本来小学校教育でいじめ等の問題が多々あることは否定する余地がありません。
けれどそれが、30人31脚によって生まれると言うのはいささか一方的な話です。

それぞれの児童の思いが交差し、成長することで、自分が苦手でやりたくないことにも挑戦する力も付けられると考えます。また、やりたくないからやらなくていいという発想は後々苦しいことに遭遇した時、潰されてしまうでしょう。

5、また小学校教育自体貴方の考え方は間違えている部分があると個人的に考えています。

まず、小中学校の義務教育は、将来のために様々な力を身につけるという面で存在します。
つまり、能力をただ単に伸ばすだけの教育が教育ではありません。

身体的発達を貴方はしきりに述べておりますが、そこは小学校では極論を言うと必要ないのです。
チームとしての意識、不得意な事に挑む考え方。不得意な人への気の使い方。そのすべてが社会に出てから必要であり、小学校のうちに教育すべきと考えます。

6、
>その背後には、子どもたちの複雑な葛藤が潜んでいるということにも想像力を働かせてみてください。

その複雑な葛藤こそが大事なのです。その葛藤を乗り越えて行って大会に参加することこそ、意味があるのです。その程度の葛藤が無ければただのなれ合いの綺麗ごとの場所になってしまいます。

それを乗り越えた経験こそが、将来必要なのです。

長々と書きましたが、
要は、必要か不必要か考えたとき、将来の可能性を綺麗ごと抜きで考えることです。
30人31脚には少なくとも将来必要な「人間」としての教育になっているということです。

ただ、TVで大々的にショー的に報じるのは良くないことです。

よって僕なりの見解は、
今のままではまずいが無くすのには上の理由で反対ということにしておきます。

30年前の小学生30年前の小学生 2009/12/12 23:02 今の小学校の教育がどのような形で行われているのかはわかりませんが、
運動会の種目にしろ、水泳大会や修学旅行などその他の学校行事においても
「集団で何かをする」ということは後々考えれば大事な気がします。

30人31脚をするべきかどうかは、学校の方針が決めることなのでしょうが、
児童本人の得意・不得意によって行事何事においてもそれぞれ気持ちの
温度差はあるでしょう。

まあ、商業主義だと言えば商業主義かもしれません。

しかし、学校現場がだんだん児童・生徒の個性を尊重してか個性に配慮
した教育になっているように感じますが、何か自分が苦手なもの、不得意
なものに対して逃げずに挑戦する心は養ってほしいと思います。

なぜなら、世の中「競争」だからです。嫌なこともやらなければなりません。
学校を卒業して人生が終わりならいいですけど、卒業後、しんどいことも
乗り越えて生きていかなくてはなりません。

年をとるにつれそう思います。

こうじこうじ 2009/12/13 03:33 目標に向かって、様々な問題をどうやって解決していくかを、考え、学んでいくことが大事なんでしょうが!!
クラスをまとめられないのは教師の力量が足りないからだよ。
読めば読むほど自分勝手で都合の良い、ことなかれ主義の暴論に思えてくる。
思考や趣味の違う人間と純粋に付き合えるのはガキの頃だけなんだから、どんどんいろんなことにチャレンジしたほうがいいよ。

女教師の生徒女教師の生徒 2009/12/13 03:37 最後に書かれている
クラス全員参加による30人31脚を中止することを提言
というのは理解できる趣旨なんだけど、

そしたら途中で書かれている安全性云々の話は意味がなさない。

反対したいがために、無理に理由が付け加えられてるからブレまくり。

あと、この女教師の生徒が30人31脚をやりたい、と言い出したらこの人はどんな風に反応するんだろうか?

この人は「生徒のため」ではなく「生徒のためという観念」のために考えているんじゃないだろうか?

20年前小学生20年前小学生 2009/12/13 03:47 「児童個人個人が各自のタイムを計測し、各々の努力で、記録向上を目指すことが重要です。これは、他でもなく、従来の体育教育が行ってきたことです。」
↑こんな体育教育どこでやっているのか不思議に思いました
それに、自分のスキル上げるのに喜びを感じれるのは、もっと年取ってからだと思います

小学生くらいの頃は、相手に勝つ、オレTUEEE!!に向かって頑張るほうがやる気が出る気がしますね

ま、ひとつの軸での競争でなく
あの子は、アレが得意。別の子はアッチが得意みたいに色んな価値観で評価するような教育が広まればなって思います

というわけで、色んな価値観があってよいと思うので
30人31脚をするべきかどうかはどっちでも良いかなって思いますね

主水主水 2009/12/13 05:25 皆さん様々な立場、考え方で熱く語られていますが
この提議の肝はそこまで熱く語るようなことでもなく、

『子供たちがテレビ局の食い物にされている』

ただそれだけの事です。
自由意志だろうと判強制だろうと、個々の人間が一致団結して何かをやり遂げる
素晴らしいことでしょう。
どんどんやるべきです。

ただし、くだらないマスコミの利益のためにではなく、子供たち主体で
大人たちの汚い私利私欲の餌食にならない場で続けてほしいものですね。

アンデスメロウアンデスメロウ 2009/12/13 06:28 いろいろな人のコメントに振り回されそうなので、
いったん「30人31脚」の始まりを書きますね。

そもそもは、
『炎のチャレンジャー』の1コーナーで募集していたものです。

要するに、
いいタイムを出せば100万円でした。

あれが人気になったので、
30人31脚を特番化しました。

「運動会を否定する事になる」
「嫌な事もやらなければ」と言う話は尽きません。

しかし、
「叱責が異常」「爪はがしをする」という書き込みが見逃せません。
(元をたどったリンクにありました。)

高校の頃、
たまに来る「厳しい」と思った体育教師がいましたが、
未だに思うのは「あれはいい事じゃないよな。間違ってる事あるよな。」です。

軍の兵役をやっている授業・指導になっているようでは、
本末転倒ですよ。

もう数年前から30人31脚は観ていません。

子供達=感動という、
民放の図式も間違っていると思います。
(意外にNHKはやっていません。)

もし「感動」と作られる子供にしていたら、
それこそ歪んだ心の子供になると思いますよ。

アンスアンス 2009/12/13 06:31 1.仕方なく...なんてのは生きてればぶつかる小さな壁です。
2.3.具体的にその悪影響と科学的に間違った「しごき」がどんなものなのかが書かれてないのでわかりません。
容易に想像できるのなら例など足してもよかったのでは?
4.そのとおりだと思います。 (「いち、に!」は歯閉めててもいえますけどね。)
5.6. 運動会も集団行動もすべて同じようなものです。一人の失敗により全員が打撃を受けるなんてよくあること...
それを担任として子供にどう対応するかを教えるのもいい教育なのでは?

読んでてイライラしました。指導する先生の能力に対する遠まわしな批判みたいです。
教師が規格外のことする時は無能だと言いたいのならそう書けばいいのでは?
それと「考えられます、容易に想像できます」での判断が多い気がします。

3月31日生まれ3月31日生まれ 2009/12/13 11:38 できれば考察に生まれの月日も加えていただきたい。

小学生という時期は身体的成長が著しい時で、
年度のはじめ4月2日生まれの児童と年度の終わり、3月31日や4月1日生まれの児童では身体の成長度合いが大きく異なります。そういうクラスで足並みをそろえる競技が成り立つはずがなく、足をひっぱることになるのは必ず早生まれの子になってしまう。

やるならクラス全員とかの縛りを無くすべきですね。

馬 2009/12/13 15:12 結論としては同意しますが、ものごとには両面があります。悪い面と良い面とを併記して、悪い方が大きいからやめた方がよいという組み立てにすべき。

また、「児童の3人に2人は、30人31脚を「自発的に」やりたい」とか、クラス全体がそうしたい人ばかりになる確率とかをもっともらしく記載してますが、仮定に仮定を重ねるような検証は何も言ってないに等しくむしろ胡散臭い。単に、クラスにはいろんな意見があるのが当たり前と書けば十分でしょう。

い 2009/12/13 15:57 現代の甘やかし教育の典型だと思う。
親も教師も甘やかしの多いこと。
学校を卒業してからの人生の為の教育であることを忘れていると思う。
社会に出たらやりたくない事の方が圧倒的に多い。
やりたくない事をやらせたくないというのは、単なる甘やかしであり、
そんなのやさしさでも何でもない、無責任だと思います。
何かあればすぐ騒ぐ親の責任が大きいでしょうけど。

ss 2009/12/13 17:28 正直どっちでもいいんですけど・・・。

たしかに怪我だけが心配ですが。

ぬ 2009/12/13 17:42 「生きてりゃ嫌なこともやらなければならない時もある」
といった類の批判があり、それはその通りなのですが、
それは「やらなければならない、避けて通れない苦難」事に限った話であり、
「30人31脚を、小学生達がやらなければならない理由」は、どこにもありません。
30人31脚をやらなかったぐらいで、後の人生がどうこうなるという事はありません。
私はやりませんでしたし、やらなかったせいで人生を失敗したと思うような事は何一つありません。
明らかに、「辛くてもやるだけの価値がある」ことではありません。

それとも、「生きてりゃ嫌なこともやらなければならないんだ」と言っている人達は、
「嫌なことは、やらなくてもいい事でも、やらなければならない」と考え、自ら実践している人達なのですか?

asdfgasdfg 2009/12/13 18:14 社会社会ってさあ…。

大人は自分で責任を取ることを前提とした上で、物事から逃げることを許されているよ。
仕事が嫌で退職、転職する人間なんか枚挙に暇はないだろう?
それなのに嫌な事でもやるって奴は、マゾなだけか、責任にビビッてるか
選べるほど生活に余裕がないか、このどれかだろう。

子供に自分の境遇を押し付けるなんて実に醜いね。

参加経験者の意見参加経験者の意見 2009/12/13 19:09 30人31脚に参加した事のある者です。私は30人31脚を即刻廃止するべき、というのは
何か違うのではないかと思います。そもそも、30人31脚と教育的効果の相関関係は全く
関係が無いはずです。作られたものではないはずです。私の記憶が確かなら、当時、一般
視聴者のチャレンジ企画の番組が流行していて、「これができたら賞金をもらえる」番組の
一つの種目だったはずです。
それが好評だったから、個別で取り上げられるようになったはずです。この時点で、30に31脚
の存在意義と、廃止すべきという理由の一つの教育的云々の話とが全く関係ないものであると
わかります。
参加すること自体も、強制でないことは明白ですし(参加表明とクラス「全員」の参加とは関係がない)、
合同クラスでの参加も可能でした。事実、私が参加したクラスはひとクラスの人数が30人に満たなかった
ため、同学年の別のクラスの子たちと二クラスの合同クラスとして参加しました。30人の中に入らず、実際には走らない子供たちも、サポートに回る形で参加していましたが、走ることに自信がない子が主だった記憶があります。私も参加した当時、走ることに自信のない子供でした。実際足も遅かったですし、参加が決まった時は正直、「大丈夫かな」と心配になりました。皆さんがおっしゃるように、「参加することで嫌な思いをする」、というのが無いとは言い切れないのは事実です。私自身も他の子たちの足を引っ張っているのではないかと悩みましたし、辛いと感じたこともあります。しかし、こういった「辛さ」を感じずに生きてくことは
できない、というのも確かなことなのだと思います。子供たちに辛さを感じることを強制するわけではありませんが、体感しておくことはきっと将来の財産になると思うのです。私自身、30人31脚に参加したことで
得たものがあると感じていますし、何より子供たちのひたむきな姿を見れば、(それが良い感情・悪い感情のどちらであったとしても)何かを感じた、というのは明らかです。
これは決して教育的な価値などではかれるものではないもののはずです。ここで得たものは誰かに教わった、というものではなく自ら学んだものだと思います。私が感じ、得たものはそうとしか表現できないんです。30人31脚でしか感じられない「もの」ではないのでしょうが、30人31脚を廃止するのはそれを感じる機会を奪ってしまうことだと思います。
長文・駄文失礼しました。でも、参加した事のある者の意見としてどうしても聞いて頂きたく思い、投稿させていただきました。

terracaoterracao 2009/12/13 19:50 まず、現在の「公式ルール」は以下の通りです。
http://www.tv-asahi.co.jp/3031/contents/rule.html


あと、

> これは決して教育的な価値などではかれるものではないもののはずです。

いえ、それも教育的な価値(のひとつ)だと思いますよ。

humhumhumhum 2009/12/13 22:44 危険性については運動会とそう変わらないかと思われます。
 掛け声は普通の二人三脚でも行います。
 転ぶにしても受身は取れないでしょうが自分の体重しかかかりません。

チームワークについては自衛隊などと比べるのが間違ってると思います。
 足を合わせることではなくて「同じことをやる」ということでチームワークができるのではないのでしょうか。  ほかの場面でも、一人の失敗でみんなに影響あるって言うのありますよね。(給食こぼした、リレーで転ん  だなど)

長所短所ともに運動会程度だと思いますので廃止には反対です。

ぴよすけぴよすけ 2009/12/13 23:22 30人31脚廃止賛成です。
なんの意義があるのか解りません。

クラスのチームワークっていっても、学校全体の1クラスだけにチームワークができてそれで?他のクラスは?

また、出たくない人はサポートにまわったとか・・サポートも嫌ならどうすればいいのでしょうか?

どうしても30人31脚を続けたいのであれば、部活みたいに学校全体でやりたい子供が集まってやればいいと思います。

ryoryo 2009/12/14 02:06 それでは赤点です、もっと考えましょう。

ryoryo 2009/12/14 02:06 それでは赤点です、もっと考えましょう。

nishinishi 2009/12/14 09:54 >もちろん、学校の多くの活動が、児童の同意を「強制」する性格のものであることは確かだが、それらの多くは教育的根拠が明示化され、かつ、比較的安全性の高いものである。

教育的根拠が明示化されてる?本気でいってるわけ?
30人31脚だけが特別じゃなくて、学校は教育的根拠のないようなこといっぱいやってますよ。
危険だっていうなら、運動会の組み体操、騎馬戦だって危険でしょう。

trshugutrshugu 2009/12/14 11:43 禿げしく同意。
もしも俺がやらされる側だとしたらゾっとするぜ!


逆に、そういう利権的なものが働き奴隷社会のごとく日本帝国の子供達が強制労働させられてるかと思うとゾクゾクするぜーー!!
人間社会のバケノカワみたいな。

ニッシーニッシー 2009/12/14 13:04 <運動会で行うならなら、OK!>


30人31脚を、普通の運動会で行うなら問題ありません。
(テレビ放映の)全国大会に向けて、(クラス全員が)一生懸命の練習を強制されるのが問題です。
普通の学校行事なら、練習は授業時間内に行われ、「勝ち負け」も楽しむ余裕があります。
しかし全国大会を目指すなら、早朝・放課後・休日の練習が必要にないます。
それを、(任意ではない)小学校のクラスで行うことが問題だと思います。


そもそも運動が苦手でやりたくない子、塾や習い事・他のスポーツで忙しい子供も多いです。
そうした中で、積極的な子・消極的な子の間で、クラス内の軋轢も生じます。
強制的な参加により、忙しい現代の子供の「ゆとり」を、さらに奪う結果になります。

カーク艦長カーク艦長 2009/12/14 20:12 上の方から簡単に読みましたが
運動会と30人31脚を同列に語る人がいるのに驚きです、
同列に語るのはおかしいと思います。

この30人31脚について
医学の識者、教育関係者、放送関係の労働組合、
BPO/放送倫理・番組向上機構
ttp://www.bpo.gr.jp/
などが批判を言わないのは理解できません。
この番組は2人ぐらい死人が出ないと、廃止をしないのでしょうか?

福田福田 2009/12/15 18:38 あの・・・そういうふうにいうのやめてください!!
このスポーツは、クラスみんなが力をあわせてやるのです!!
全国大会2009見ましたか???!
ベスト5に選ばれなかった子たちの涙は本物です!
たしかに本当はやりたくない人はいると思います。いや、絶対います!!
TVに映りたいからという人もいます。
私もその一人です。
でも、5年生のころの県大会、楽しい!もっとやりたい!そう思いました。6年生の県大会がちかづくにつれ、練習もきつくなってきました・・・。県大会は、1位でした。全国にいくことになり、うれしい気持ちと不安もありました。
全国9位という結果で終わってしまいました。
話は長くなりましたが、30人31脚は子供たちにいろいろな気持ちにし(だからといって、恋心や、死ねなんておもいません。)、いい経験になるのです!
なのでもうそんなこと、言わないでください!!

hazedabohazedabo 2009/12/17 08:39  激しく同感。文部省による、官僚独裁のための連帯責任植付け教育はもう時代遅れ。
 だいたいにして又戦争でもやる気か?!と問いたいくらい。

 「子供がみんなで力を合わせて」は否定はしませんが、あまりにキレイに見える上っ面だけを誇張している感が否めません。
 「子供がみんなで力を合わせて」は、大人がおしつけて演出するものではありません。
 そういった教育現場の雰囲気が、海外から「やっぱりアジアは児童虐待してるっぽいな。だから児童ポルノ天国なのか?」と誤解される要因のひとつではないかとの疑念さえ拭えません。

福田福田 2009/12/17 19:20 そんなに30人31脚が嫌いなら見なければいいじゃないですか!!
あなたたちは、30人を見てるからそう思うとおもいますけど?!!!
30人をやってる子とやってない子、大きく違うことが2つあります。
考えてみてください。

福田福田 2009/12/17 19:20 そんなに30人31脚が嫌いなら見なければいいじゃないですか!!
あなたたちは、30人を見てるからそう思うとおもいますけど?!!!
30人をやってる子とやってない子、大きく違うことが2つあります。
考えてみてください。

NihonjinNihonjin 2009/12/18 02:14 見なければよい、というよりも、テレビでやらなければよい、と思います。
正直、テレビでやるので、ここまでコメントが集まるのだと思います。
テレビでやるので、みんな、なんか言いたくなります。

たぶん、
30人をやってる子とやってない子、の違いは、まず、テレビに映る、ということだと思います。
ほかはよくわかりません。

いろいろな経験をするのは、よいことだと思います。
ただ、そのような経験は、世の中にありふれている、とも思います。

福田福田 2009/12/23 13:57 はぁ・・・
やっぱり、いくら私が言ったって批判の声は消えないんですね・・・
それじゃあ、30人をやってる子とやってない子のちがいの答えをいいますね。
1、  笑顔   もちろん、やってない子も笑います。けど、30人のおかげでそれ以上に笑うようになります
2、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。忘れました。おもいだしたらまた来ます

キムジョンイルキムジョンイル 2009/12/23 17:34 不毛な議論ですな。私の国の児童はみな笑顔です。大人たちもみな笑顔です。
集団での行動など、苦もなく見事に演じますよ。ええ、別に身体に影響など生じませんよ。
そもそも、私の国にはこのような異論を唱える不埒な教師は存在しないのです。即刻処断します。

_-_- 2009/12/23 19:45 子供達の活躍の場を奪おうとする意見,全面的に反対.

本当に教師の意見なのかと疑問です.

荒木荒木 2009/12/23 23:37 はっきりいって馬鹿馬鹿しい「テレビ」の企画、よくぞ書いてくれましたと私はこの「ブログ」の主催者に感謝したい。
あれ(30脚31人何・・・)を見て感動する、どういう神経かといいたい、むしろ「見ている視聴者」なんて、「努力」も糸瓜もないような気がしてならないし、もし「親」の立場ならば「親やめたら」といいたくなる
そういう人に限って何の努力もしていない、つまらないことですぐにへこたれるような、

それにあれを見て同様に感動している「テレビタレント」もいっしょ、あんたらなんの苦労もなくテレビに出ているだけの連中じゃんと言いたくなる。もちろん私は見てませんし、見たくもありません、
それにあれで「親」がでて応援していたら、「あんたも立場が逆転したな」っていいたい、つまり「親やめろ」
「子供に独立させろ」「親のあんたが負け」「親としての立場終わり」って
つまり学校教育という観念ではないだろう。それを見て喜ぶ立場の人間って、努力もしておらず、不平不満ばかりいう弱虫か「負け犬の遠吠え」と同じである。

では参加している人に対しては、まっどうぞっていいたい

terracaoterracao 2009/12/24 14:04 id:ketudan

「マジメ」なコメント、ありがとうございました。
いま確認しましたので返答します。
有言不実行で恐縮ですが、新規エントリにはしませんのであしからず。



>まず、足の遅い子は足の速い子に合わせるストレスを受けることで(以下略)
>実はあれはタイミングさえ合わせれば足の速い人間・パワーのある人間が(以下略)


2.に関するコメントは、確かに別の可能性を指摘している点で重要だとお思いますが、「理論的にはそう言える」というレベルの程度であり、実際はどうなのかはわかりません。(理論的には、そう言えない、ということも可能)。これは私の主張も同様ですが。というわけで、一意見として参考にします。論旨に関わる深刻な問題点とは認識しません。


5.のチームワークに関しては、「チームワーク」という語の曖昧性についてはまさに指摘の通りですが(百も承知でしたが)、「それを私に言われても...」、という気がします。「チームーワーク」という教育効果を自明なものとしている(と思われる)30人31脚推進派への対抗言説ですから。
それとも「戦略的に、語の曖昧性をついたほうが上手だ」ということでしょうか?趣味の問題かもしれませんが、そうは思いません。


>が骨子であり、そこだけでいいんじゃないでしょうか。
>突っ込みどころのある手足を生やさなくても。

参考にします。

ketudanketudan 2009/12/25 17:44 ご返答ありがとうございます。
>2.に関するコメントは、確かに別の可能性を指摘している点で重要だとお思いますが、
>「理論的にはそう言える」というレベルの程度であり、実際はどうなのかはわかりません。
仰るとおりで、私が体験した多人数多脚練習の効果や体感と異なる成果が出るケースは多々ある筈です。
鍛錬として合う場合合わない場合・成果が出る場合出ない場合というのが
その場や個々人で色々ある、学校の他のカリキュラムがそうであるように。
ということが言えれば私は十分です。
特にここでは「効果はない」とまでおっしゃっていたので。

>5.のチームワークに関しては、「チームワーク」という語の曖昧性については
>まさに指摘の通りですが(百も承知でしたが)、「それを私に言われても...」、という気がします。
>「チームーワーク」という教育効果を自明なものとしている(と思われる)
>30人31脚推進派への対抗言説ですから。
私の書き方がわかりにくかったでしょうか。
私が曖昧といったのはチームワークと言う言葉自体ではなく
terracaoさんがおっしゃるterracaoさん独特の「チームワーク」「協調性」の定義です。

一般的にはチームワークと言う語の指す物は明快です。
31脚推進派が指す物も辞書通りの意味で明快だと思います。
"チーム-ワーク 4 [teamwork] "
"チームの人々の統制のとれた共同動作。また、そのための協力。 「―をそこなう」 "
30人31脚で良い記録を出すクラスは高度なチームワークがあると言ってよいでしょう。

が、そこでterracaoさんは「心もそろっている」「心から互いを思いやる」「互いの個性を尊重」という
高度かつ深く、チームワークとの直接の関係が不明な要素を持ってきて
「これらの達成が保証されていないからチームワークではない」と主張された。
その膨張したチームワークの定義はちょっと曖昧過ぎる上に
それらは達成できているかいないか観測不能。と述べました。
つまりそのチームワーク批判はおかしい、と。

(だいたい「心がそろってる」「心から互いを思いやる」「互いの個性を尊重」なんて
そんな天使の群れみたいな小学生のクラスは想像すると気持ち悪いんですが
 それらを天与や偶然ではなく確実に身に付けさせるカリキュラムや行事やイベントなんてのが
 小学校や小学校教師達にはあるんでしょうか…?)

>そもそも「チームワーク」が、身体的な次元のみに限定されていることが問題です。
体育的な競技で育まれるチームワークが身体的である事が問題なら、
国語の授業で筋肉がつかないのも問題ということになってきます。

ketudanketudan 2009/12/25 17:53 以上、
なんだか私だけたくさんのコメントの中から特別にご返答頂く栄に浴しましたが
そもそも別に「私のコメントに返事をせい!」などと言ってはいないのです。
ブコメ、コメント、トラックバック、メール、
私なぞより真面目に読み込んでもっといいレス書いてる人はたくさん居ると思います。

コメント全部に返答なんて無理ですし、目に入らないコメントすらあるでしょう。
特に人気ブログの大反響エントリではそうだと思います。

しかしterracaoさんが新規エントリを立ててまで取り上げて返答するのは
「なんら論拠を述べずにDIS」だの
「無意味なことに耐えるのが社会勉強」だの
見るからにあまりよく考えずに書いてるくだらねー意見ばかりでした。

そういうのがムカつくのはわかりますし
1度目は取り急ぎそういうコメントを蹴っ飛ばしたのだと思って見ていましたが
2週間空いた2度目でも同じ事をやっておられるのを見る段になって
どうも真面目に思考したり意見を集めたりと言うより
斬り易いのだけ集めて論破して大勝利の見得を切るのを目的にされてるように見え
カッとなって遊ぶ金欲しさにブコメでああした悪態をついた次第です。

私に呼び掛けていただいたブコメでも
私が「自分の意見述べずに悪態ついてる奴」に見えていた時は
「お前の「マジメな意見」を書いてみて。ブログでとりあげるから。」
と仰っていたのに
一応「マジメな意見」を書いてる奴だとわかったら反故になりました。
反故を恨んでるんじゃないのです。
ただ、もしも私があそこで自分の意見など持ちあわせずに、
慌てて何か論破が容易い無様な難癖をでっち上げていたら
反故にならず本当にブログで取り上げて頂けてたんじゃねえかと言う気がするのですが。


ゴシャゴシャ絡んでしまいましたが
このエントリはとても考えさせられたので大好きだし問題提起に感謝しておりますよ。
よく考えてない斬り易い意見を書き捨てていく輩の10倍ぐらい愛があるのは
改めて強調しなくても私のコメントから伝わってると思いますが。

terracaoterracao 2009/12/25 18:12 id:ketudan

なんか誤解があるかもしれませんので、まず弁解

>私が「自分の意見述べずに悪態ついてる奴」に見えていた時は「お前の「マジメな意見」を書いてみて。ブログでとりあげるから。」と仰っていたのに一応「マジメな意見」を書いてる奴だとわかったら反故になりました。

別にそういう理由で※欄で対応したわけじゃありません。
失礼になるからと敢えて言わなかったんですが、理由は別にあります。
(知りたければおっしゃってください)


>見るからにあまりよく考えずに書いてるくだらねー意見ばかりでした。

「くだらない」ですか?
そうやって勝手に決めつけるのもどうかと思いますよ。
少なくとも「社会勉強」云々は、くだらないとは思いませんね。
正しいかどうかはともかく、一見説得力がある(ような気がする)ので。


あと、私も人間ですから、最初は「対話(笑)」をしようと思っていても、あまりに上から目線の誤読コメントがついていると、むかついてきます。(上から目線がいやなのではなく、誤読しているのに上から目線がむかつくという意味)

terracaoterracao 2009/12/25 18:17 >一般的にはチームワークと言う語の指す物は明快です。

印象論で申し訳ないですが、全然明快じゃないと思います。「一般的には」という限定条件をつけたとしても、です。実際の「一般的」な用例からの実感です。

その定義自体が曖昧であるという前提でなら、対抗言説として、ある種の構成要素を取り出して議論するのは、戦略的にもありだと思ってましたし、今もおもっています。

hikonyanhikonyan 2009/12/26 01:58 馬鹿野郎!!!

おまえは、何か一つの目的に向かって皆で努力したことがないのか!
ド真剣に努力したから、勝っても負けても号泣できる。その気持ちを皆で分かち合える。
このことが、30人31脚の最大の目的じゃねーか!
そういう経験をしないまま大人になると、99.9999%ダメ人間になるんだよ!
極論を言おう!30人のうち5人がイヤイヤ参加していたとしよう!
その5人を犠牲にしてでも他の25人に貴重な経験をさせるべきだ!

勉強ができる子がいい大学に入って喜ぶことが全ての日本の教育なんかクソだ。
受験戦争で勝ち抜いても誰とも喜びを共有できやしない。単なるマスターベーションでしかない。
そんなもん、どーだっていいんだよ。

人間なんだから、助け合って気持ちを分かち合って生きていく、それを教えることが教育なんだよ。
真剣になれない子供をやる気にさせるために、教師が先頭にたって皆で悩み考えることも、物凄く
大切ですよね。それで、その子がやる気だしてくれた時の子供たちの目の輝きを想像してくださいよ。

学力や身体能力を単に高める教育なんてもうやめるべきだ。心のある人間を育て上げる教育に方向転換
してください。

通りすがり通りすがり 2009/12/26 05:10
30人31脚…なんと残酷な競技だろう…自分が小学生の時、こんなものが無くて良かった。

30人31脚を無条件に肯定している人は、人間というものを美化しすぎていると思う。
子供は純真であり、それは同時に残酷であるという事でもある。

形式上参加者全員の「同意」を取っているといっても、学校、クラス、という逃げ場の無い場所で、発言力の強い子の前で「空気」を読んで、「やりたくない」という本音が言えない子が多くいる事は、想像に難くない。子供にとっては、事実上の強制なのだ。

30人31脚が良い経験になったと感じる子も多くいる事は事実だろうが、逆に、一生の心の傷になってしまう子もいる事も理解して欲しい。

一部の勘違い教師の自己満足とTV局の演出という実に下らない目的のために、なぜ犠牲者を生まなければならないのだろうか?

「社会に出れば嫌な事でもやらなければならない」という人もいるが、仕事であれば収入を得るための手段と割り切る事が出来るし、その気になれば仕事を辞める事だって不可能ではない。

「社会」には、逃げ場があり、「逃げる」事は決して恥ずかしい事ではないのだ。
理不尽な事に対して、意に反して服従し続ける事の方が余程おかしい。

子供を四六時中 学校に縛り付けるという発想から脱却できないものだろうか?
学校だけが世界の全てでは無いのだ。

「社会」はもっと広くて、自由なのだ。

ヘボラヤーナヘボラヤーナ 2009/12/27 01:50  あの番組を見ていてはっきり言えることは、「僕が子供の頃あの競技に参加しろと言われたら、間違いなくトラウマ沙汰になっていただろう」 という事だけだ。

中3生中3生 2009/12/27 09:47
そういうこと言わないでほしいです!!

私は3年前に30人31脚に参加しました。
確かに最初は全員がやりたいと言ってたわけではありませんでした。
でも練習を重ねていき、県大会が近づくにつれてクラスがひとつに
なっていくのを実感したし、全体の仲がとても良くなりました。

夏休みの朝練はとてもきつかったけどみんなで
励まし合えたからこそ、その辛さを乗り越えられました。
最後まで参加に反対していた子なんか朝練を一回も
休んだことなんてなかったし、人一倍努力していました。
時にはみんなで泣いて、笑って、喜んで・・・みんなで同じ気持ちを共感しあえる、
そういうことに意味があるんだと思います!!!
けんかもたくさんしましたが、仲が悪くなることなんてありませんでした!!

県大会の決勝戦で転倒してしまって惜しくも3位という結果でしたが
終わった後のみんなの涙は本物でした。
そして、誰に聞いても30人31脚をやってほんとによかったと言っていました!!

みんないろんな考えがあるのはよくわかります。怪我の危険性もあります。
でも30人31脚のおかげで得ることができるものがあることもわかってください!

この文章を読んでとてもショックでした。長文失礼します。

どさんこどさんこ 2009/12/27 09:51 確かにTV番組の視聴率UPを考えてのことなんで手放しで見られることではないと思いますがそこまで否定することでもないように思います。
強制するなといっていたら何もできないと思います。
合唱コンクール、運動会、マラソン大会、水泳大会、テスト、修学旅行。。。
修学旅行はおねしょする子にとっては最悪のイベントでしょう。
まあ議論することは必要でしょうって事で賛成でも反対でもありません。
番組はよく見て感動はしていますが。。。

_-_- 2009/12/27 10:57 ここの意見,全面的に反対する者です.

やる気のある子供達が活躍できる場を,奪うべきではありません.


ところで,この意見,読み手への影響も考慮した方が良いと思います.
(1) 一般市民として廃止を意見する
(2) 教師として廃止を意見する
ここのブログは,基本的には(1)として読むべきです.
しかし,(2)として読んでいる方も居るのではないでしょうか.
このページは,googleの評価順位から,影響力が大きいと予想されます.
その数値から,terracaoさんの目的は十分達成されていると感じます.

教師として本気で廃止すべきと考えるならば,このような所に書かずに,
テレビ局に意見し,スポンサーに理由を問うべきでしょう.
(論旨から,競技自体を廃止させるつもりは無さそうですね)


以下,私の意見です.

1. 自分が反対なら,みんなが同意していても,納得するまで反対を主張すべき

全員が同意するのは尋常ではないとのことですが,
反対意見を言わない子供を生み出すクラスが問題ではないでしょうか.
議論できないクラスならば,30人31脚に参加すべきではないでしょう.
まずは,議論できるクラスにするべきです.

2.(3.)(4.) 自発的な努力できれば,体育の授業より効果的

「炎のチャレンジャー」という番組で行っていた世代よりも,
現在の参加者は,走りかたが進歩しています.

全員が歩調を合わせるための,技術や方法があるように思います.

残念ながら,30人31脚をひさしぶりに視聴した程度ですので,
いつの世代からそうなのかは分かりません.
ただ,どんなスポーツでも,基本動作というものが存在します.
30人31脚にも存在すると考えています.

運動する機会を自ら設けることで効果が向上するのは,御存じの通りです.


5.(6.) 自発的に目標を目指すのだからチームワークを生みます

目標達成には,全員の力を合わせる必要があります.
一緒に練習を重ねるだけでも,チームワークは生まれます.

どのようなスポーツも,一瞬のミスによって勝利を逃す場合があります.
野球もバレーでも,自分のエラーで試合の流れが変わり負けてしまう...
そんなを経験する人は少なくないでしょう.
勝敗のあるスポーツを選択した以上,そのような残酷な現実を受け入れる必要があります.

しかし,勝敗が生死につながる”真剣勝負(真剣を使った勝負)”とは異なります.
「負けたらそれでおしまい」ではない事に気づけるように助けるのが,教育者や保護者の役割でしょう.


以上,1番目が重要と考えています.
教育現場は,子供達を,初期値のみで形成される一様分布と扱って良いのでしょうか?

NihonjinNihonjin 2009/12/27 17:17 >> _- さん (読めない。。。)

>やる気のある子供達が活躍できる場を,奪うべきではありません.

この部分は、全面的に同意します。
ただし、そのためには、課外活動として、「30人31脚クラブ」をつくって活動すれば十分だ、ということだと思います。
クラス単位での参加を、参加の条件にすべきではない、ということだと思います。

>ところで,この意見,読み手への影響も考慮した方が良いと思います.
>(1) 一般市民として廃止を意見する
>(2) 教師として廃止を意見する
>ここのブログは,基本的には(1)として読むべきです.
>しかし,(2)として読んでいる方も居るのではないでしょうか.

とおっしゃっていますが、他のコメントを見ると、ブログ主の意見に反感を持つ人は、(2)のように読んでいる人が、けっこういます。「こんな教師に習う子供は、かわいそうだ!」とか。
しかし、上記引用のようなことを述べた後に、次のようなことを言うのは不可解です。

>教師として本気で廃止すべきと考えるならば,このような所に書かずに,
>テレビ局に意見し,スポンサーに理由を問うべきでしょう.

これは明らかに、(2)として読んだ結果として、出てくる言葉だと思います。

最後に、重要な点について述べます。

>1. 自分が反対なら,みんなが同意していても,納得するまで反対を主張すべき

とおっしゃっていますが、わたしも同意します。
ただ、この行為が実効性を持つのは、「声をあげること」と「退出できること」が、セットになっていないと、意味がないのです。所属する集団(この場合は学級)を移る、という選択肢がないのならば、

 「おまえさぁ、反対反対言っても、どうせここ以外行くところないんだろ? けっきょく、やることになるんだから、意地張ったってツライだけだろ? だからさぁ、こっちこいよ。今なら許してやるから」

といった状況になってしまうのがオチです。クラブ活動なら、そのような事態にはならない、と思います。

残念ながら、表面上「自発的に行動した」ことになっている、というのは、ありがちなことだと思います。

トリゴロウトリゴロウ 2009/12/27 17:32 即刻、やめた方がいいね!

それにはまず、花王とか太陽生命とか朝日新聞とかの不買運動から始めたらいいよ!

子供に協調を強制し、教師に負担がかかり、ほんの一部の人間だけが子供をダシに喜ぶ、最低だよ。

さすがは、世界一社会主義が成功したおバカな国民だよね?

荒木荒木 2009/12/27 22:10 そういうもの(30人31脚)等は、自分の住んでいる地域でやるべきで、いちいち「テレビ」で特番組むものではない、よくある甲子園の裏側などを見て、なにになるのかわからない、(競技人口が減るのではとさえ思う)
また「タレント」がああいうものを見て、「感動した」といったり「涙」流しているとつまらなくなる(こういう連中がなぜ大量に銭をもらうのか
もし(30人31脚)何かになるのならば、それをテレビで多くの人に見てもらうよりは自分で成長を確認することだな。

とむとむ 2009/12/28 09:47 私は約10年前に生徒として実際に30人31脚に参加しました。

なので経験者の立場として言わせていただきます。自分の結論としては即刻廃止するべきでは無いということです。
私はおそらくクラスで一番練習嫌いな人間でした。練習時間は夏休みや放課後で、いつも面倒くさいと思っていました。
そして、いつからか練習の前になると吐き気を催すようになっていました。しかし、練習は終わることはありません。
教師にそのことを言った所で何も変わりません。リーダーには気持ちが入ってないからだ。なんて目茶苦茶な理論を押しつけられました。しかし、あの頃の経験は無駄ではありません。それどころか、一生の宝物です。

なぜかというと、筆者の意見に真っ向から反対するようですが、チームワークは絶大です。そりゃ、当時、チームワークが乱れることはありますが、一瞬のささいな出来事です。それから先の未来のことを考えたら半永久的なチームワークが芽生えます。現に、あの頃のクラスメイトとは今でも連絡を取り合う仲です。その理由は、まず厳しい練習を耐え抜いた同士という事が第一にあります。そしてもう一つは当時の話ですが、参加チーム全部に、出場記念テレカと約30センチ四方の写真入りプレートが渡されました。これは今でも大事に両親の部屋に飾ってあります。

大会終了後には半数以上が感極まって泣いていました(自分は泣きませんでした)。今はモンスターペアレントが増えてその影響で参加できない学校もあると思いますが、個人的には積極的に参加してもらいたいです。

名無し名無し 2010/01/11 11:42 興味深く読ませていただきましたが、はっきりいって、そうこう考えていたら、運動会もできなくなりますよ。
廃止というところまでいわなくてもいいんじゃないかと思います。

みちみち 2010/01/11 12:31 すばらしい!
僕が小6の頃、厭々参加させられた30人31脚
確かにとむさんのいうとおり、思い出にはなりましたが、
ほんとに嫌でした。

もう少しこの記事を早く読んでいれば止めさせられたかもしれませんね(笑)

sikanorisikanori 2010/01/11 15:01 なんか、ただのしょぼいマスコミ批判ですね。
マスコミのやることをけなせば英雄になれるみたいな。

理論的に書いているようだけど、そんな理論だけで割り切れるものじゃない。
そんな理論だけでいったら修学旅行とかもいらないじゃん。

実際、参加してみると大変だったけど、今、大人になってみると「良い思い出」になっているよ。
なんか思い出を汚されているみたいで嫌だね。

これだからこれだから 2010/01/11 16:18 先生とか呼ばれているやつはww困ったもんだ┐(´д`)┌ヤレヤレ

あんたの生徒は全員自分の意志で学びたい授業を受けてるんだろうね。
徒競走とかテストとか、そんなのもやってないんでしょ?

理論っぽく長文書いてるけど、矛盾だらけ、どこかの県の先生ですか?
かさ上げは何点もらって採用試験に「合格」したの?

terracaoterracao 2010/01/11 17:24 >これだから

全然矛盾してないよ。

>かさ上げは何点もらって採用試験に「合格」したの?

矛盾を具体的に指摘したら教えてあげるので、指摘してみて。

卯月卯月 2010/01/11 21:24 参加者の方が意見を述べられていますが、成功体験をベースに語っている方の方が多く見受けられます。
成功体験なのですから、競技に対して肯定的に捉えるのは当たり前かと思われますが。

問題は、その裏にある数多くのケースでしょう。
高校野球でも、甲子園で一回戦負けしても、甲子園まで行けたことは誇れます。
しかし、日のあたらないチームは何倍もあるわけです。

そこで、どれだけ問題が発生していることでしょう。
不本意な結果に終わった数多くのクラス学級。
リアルな人間の本性は恐ろしいものです。

結局のところ、本文の骨子を読み解き、肯定的に捉えるのであれば、
1.本当に全員一致で参加意思のある集団で参加するようにルールを改正しなさい。
2.競技の安全性を確保しなさい。
3.参加者の心のケアに十分配慮しなさい。
こんなところでしょうか。

3.については多くの方がたとえに出す、学校行事についても教育現場で配慮すべきかと思います。
ドロップアウトという言葉、本人の責任「だけ」では無いでしょう。※「だけ」が重要です。本人の責任も大きいですから

社会に出ても、集団の意味を正しく捉え、個性が活かし、個々人が協力し合って、組織として最大のValueを生み出すことが重要です。
思想統制や画一性が弊害として前面に出るような組織・体制は、平均的であったり低レベルのValueしか生みません。
そういうのが求められる仕事もありますが、そうしたものは、たいてい労働集約的で、高度なスキルを問わないものが多いと思います。

私は、30人31脚について賛成でも反対でもありません。
まだ、継続されるのであれば、より多くの価値を生み出すモノであって欲しいと思います。

愛鷹愛鷹 2010/01/11 23:40 私もこの番組は非常に嫌いです。

わたしが小学校のころ、近所でソフトボール大会があって、子供たちはよくそれに地域ごとにチーム作って参加していた。わたしは人と同じことするのはいやだったし、球技は下手だったから、剣道やっていました。高段の先生方が沢山いて、今から考えてもよかったです。

わけの分からない競技に貴重な時間をかけて参加するより、小学生だからこそ、専門家の先生に指導を受け、興味のあることをやるべき。

うがった見方をすれば、このマスコミは視聴率稼ぎに子供を使わない欲しいと思います。

774774 2010/01/12 02:46 まあ、この番組については、儲かるからやっているのであって教育はたぶん二の次。
しかし、体育の授業や運動会などでやるぶんにはいいんじゃないかな。
協力することの大切さを学ぶいい機会だろう。

しなくないけどやらされている児童の存在は問題なのかな? 一定量の不満分子というのはものすごく当然というか健全な状態だとおもうけど。みんな好き嫌いや得意不得意分野はバラバラなんだから。いちいち同意を取り付けていたらなにもできんでしょ。

ba-kaba-ka 2010/01/12 07:38 バーか
学校の行事なんて大体全部
やりたくねえ事だろーがwwww

やりたくない事をやらせない なら学校無くなっちゃうじゃんw

通りすがり通りすがり 2010/01/12 10:09 学校って、社会のルールを学ぶ場所じゃないんですか?
こんな事言っていたら子供達が社会に出た時に社会がグチャグチャになるかと・・・

やりたくない事でもやる、やりたくない人がいるのが当たり前というのが社会だと思います。

ba-kaさんの言う通り、やりたくない事をやらせないとなると、学校の価値がなくなってしまうと私も思います。

著者の記している内容は屁理屈の塊で、協賛者の意見しか求めないような心理が伺えました。

ba-kaba-ka 2010/01/12 16:11 追加

小さい時に

我慢や理不尽や友達との喧嘩とか、

それに対する疑問とかそーゆーのを経験しとかないと

大きくなってから取り返しがつかないことになるだろーがwww



あんたみたいになwww

kusobakakusobaka 2010/01/12 20:55 >我慢や理不尽や友達との喧嘩とか、
>それに対する疑問とかそーゆーのを経験しとかないと
>大きくなってから取り返しがつかないことになるだろーがwww

それなら30人31脚じゃなくていいじゃねえかwww
それこそほかの学校行事でもいいじゃんかwww
くそばか野郎だな

ba-kaba-ka 2010/01/12 21:05 >kusobaka
こーゆー一個のいちゃもんで全部瓦解すんだよwww
他のでいい って言ったら残るもんねえよww

ななしななし 2010/01/21 19:35 >2/3の30乗、つまり、0.0005パーセントです。わかりやすく言えば、100万クラス中、5クラスしか存在しないことになります。
確立論まで持ち出して是非を問うなら正確に計算していただきたい。
個々人の意見が2/3でYesである場合に30人分掛け合わせる計算なんて全く意味がありません。
なぜなら逆の立場(やりたくない人を少なく見積もった場合)から計算すると
1/3がやりたくない場合の確率が1/3の30乗となって一京クラス中4.8クラスと遥かにやりたい確率が低いことになるからです。
同じ条件を、逆の立場から計算しただけで数字が異なるのは解法が間違っているからの何でもありません。
もっと勉強してください。

てっしーてっしー 2010/01/22 00:22 やりたくない子もいるでしょう。
やりたくない子も「やってよかった」と思えるようにするのが教育であり、教師の仕事じゃないの?

まったく理解できないとはいわないけど、本質的にはあなたは自分の仕事をしたくないだけ。
あなたが例に出している子と同じ、やる前から「やりたくない」っていってるだけ。

あなたは「やったことがあるから」やりたくないのかもしれないけど
その子はまだ「やったことがない」ってことを考えるべき。

komkom 2010/01/22 01:11 >ななし

>なぜなら逆の立場(やりたくない人を少なく見積もった場合)から計算すると
>1/3がやりたくない場合の確率が1/3の30乗となって一京クラス中4.8クラスと遥かにやりたい確率が
>低いことになるからです。
>同じ条件を、逆の立場から計算しただけで数字が異なるのは解法が間違っているからの何でもありません。
>もっと勉強してください。

えっと、1/3の30乗って、「30人のクラスが一人残らず『やりたくない人』に満たされている確率」ですよ。。。

「1−n乗」って、かなり有名な部類の計算方法に入りますよ。。。

「クラスに誕生日が同じ人がいる確率」問題とか知りませんか?中学校の参考書とかにもたまに載ってるんですけど。

あなたのほうが勉強が足りないようです。

afoafo 2010/01/23 05:30 ちなみに、

30人31脚って、5年位前から赤字なんですよ・・・orz。

>うがった見方をすれば、このマスコミは視聴率稼ぎに子供を使わない欲しいと思います。

美しいことをおっしゃる方がいるね〜。

世の中、そんな連盟・協会・企業はごまんとあるけど、

なんでマスコミは駄目なの?


まぁ何にしても、俺はこんな心・見識の狭い先生に教わりたくないね。

きっとこの人、次は「ロープ・ジャンプ・エクストラの廃止を望みます」とか

言うんだろーな。

アルファブロガーだから・・・。(カッケー!!!)

大学生大学生 2010/01/28 18:47 教育はけっきょく人間を社会化するためのものだから、教育なんかに少数派は本質的に救えない。

匿名匿名 2010/01/30 13:33 やりたいやりたくないは子供が決めるもんだ

大人のお前らに口出しされる覚えはない

しかも、あんたの言ってる事、何の根拠に基づいていってるんだよ

あんたにとってはむだなことかもな

おばさんだし

こどもにとってはね

むだなことにでもいいから、一生懸命になる

それってすごい成長になるだろうが

あーあ

この先生に教わっている生徒はかわいそうだ

私は運動会で二人三脚のクラス版やってよかったよ

最初は正直嫌だった

でも、やってるうちにかわるんだよ

なにが?

一生懸命に打ち込むみんなの真剣さ

それに動かされた

結果、優勝したし

もし、負けていたとしても

いい経験したって

絶対思ってる

頭の固いおばさんには、わかりませんよね

視聴率稼ぎだって〜

ぷぷ

わらっちゃう

もし、本当にただ視聴率目当てなら、

わざわざ予選、本選

そんな金のかかることしないから

芸人だせばいいじゃん

そんなこともわからないんですか〜

指摘が長くなるから、最終結論をまとめると、

やりたいやりたくないを、教師が決めるな

教師が勝手に廃止するな

あんたの生徒がやりたくないというのなら、出さなけりゃいいだろが

他の学校には

やりたいって思ってるところだってあるだろうに

邪魔するな

子供の夢をつぶすな

大人って、夢も無邪気さもないから、だから嫌なんだよね

あなたに大会自体を廃止する権利はない

12月生まれ12月生まれ 2010/02/02 14:03 体の小さい子供にとっては恐怖だね。
徒競走なら体格とタイムは必ずしもイコールじゃないし、
二人三脚程度なら小さい子供どうしを選ぶとか、隣の子のフォローでいけるだろうけど
30人でとか、私が子供の頃にやってたら間違いなくトラウマだよ。
他の競技も強制だろとかいってる人は小学校で前へならえで手を腰に当てたことが無い人たちだね。

荒木荒木 2010/02/05 13:55 俺思ったんだけど、もしこれが「親」が出場したらと思った。まず「親」が一ヶ月近く練習して、成果をだす。
でもテレビ局は却下するだろうな。そして「子供」、子供ならば、「視聴率」が出る、だから子供を使う
これって、たんなる「視聴率」稼ぎともいってもかまわない、
「親」は体力はない、でもマラソン大会とか見て、「仮装」の格好で見ている、これのどこに体力がないだろうか
つまり、たんなる「親とか、大人」のエゴなんだよね。これなんか「夢」とか、「教育」の理想なんてないと思う
これを見て「感動」している「親」や「大人」は、俺からの「個人意見」=「弱い連中だと思う」、こういうやつに限って、「近頃の子供はなってない」って言うだろう。
オリンピックで「感動しました」って、メールで送るやつも「だったら自分でもなにかやったら」といっては、何も
努力はしない連中だろうに、

もうひとつ、これもし見たとしたら、「何が残るのか」単なる感動した自分しかない、でもそれは「弱い」自分を隠すもののひとつなんだよな。

もうひとつ、これって「参加者」はテレビで「応募」を出しているだろうね。
勝手に先生が取り決めて、勝手に出場するならば「ある程度」問題にはなる
または「一部の悪がき」が「本音は出たくない」弱い子供を出させたら、やっぱり問題にもなる
30人生徒がいるならば、「出たい」「出たくない」とかいずれもあるだろう
それを「テレビ局」の連中は知っているのか、

通りすがり通りすがり 2010/03/06 03:52
大変です!女教師さん!

「30人31脚」が、本当に「廃止」になってしまいましたよ!!

我々は今後どうすれば…

テレビ朝日公式 30人31脚
http://www.tv-asahi.co.jp/3031/

ギネス記録にもなったテレ朝『小学生クラス対抗30人31脚』が“参加校減少”で終了
http://www.oricon.co.jp/news/movie/73964/full/

 テレビ朝日は4日、1996年から14年にわたって放送してきた番組『小学生クラス対抗30人31脚全国大会』を、昨年の同大会をもって終了したことを発表した。同局は理由として「全国的に参加校が年々減少し、“全国の小学生が1クラス30名ごとに団結して戦う”という番組スタート当初の基本コンセプトの成立が厳しくなってきたこと」とし、さらに「テレビを取り巻く経済環境の悪化により従来の規模での大会運営が大変厳しくなったこと」と説明している。

 小学生が、二人三脚の要領で30人の足をヒモで結び、横一列になって50mを走りそのタイムを競う『30人31脚』。ウッチャンナンチャン司会の『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー』(同局系)から生まれた企画で、レギュラー番組終了後も年1回放送。2002年の第7回大会からはギネス世界記録にも認められ、小学生たちがその更新に挑んだ。また、中国の少林寺武術小学校や、ボビー・オロゴンの父親が監督を務めるナイジェリアチームなど、毎年海外からの招待校も参戦していた。

 大会委員長は、1996年〜2000年がウッチャンナンチャン、2001年〜2005年が加藤晴彦、優香、2006年、2007年がV6の井ノ原快彦、小林麻央、2008年、2009年を松岡修造が担当。テレビ朝日は「これまで当番組イベントを支えてくださった全国の小学生の皆さんをはじめ関係者の方々、並びに視聴者の皆様に対し厚く御礼申しあげます。本当にありがとうございました。今後も『30人31脚』のように全国の皆様に喜んでいただけるような番組作りに努力して参りたいと思います」としている。

masimomasimo 2010/03/07 03:27 廃止されたという事は、30人31脚に参加する現場である教師と親子間の乖離の表れなんでしょうね。

ちなみにテレビ局と関連する広告代理店はこの1件で十分に利益を取ったと思います。学校・親・子が真剣に取り組むイベントはBtoC企業にとって絶好のコンテンツですから。

テレビ局と代理店が30人31脚が消滅しても次の一手に移行するだけと想像すると、問題の原点はマスメディア側の提案に教育界が乗せられた(嵌められた)だけかな、と思います。

このブログ記事も教育界に対する提言だけではなく、マスメディアに向けた提言も出して欲しかった。

もっさんもっさん 2010/05/01 21:36 あなたは、30人31脚を体験したことがございますか?

私は、あなたが安全地帯に立って批判しているようにしか思えない。

確かに、30人31脚は、やらされている感があるのは、否めません。

しかし、参加していくうちに、連帯感が増していきます。
1つの目標に対して目的意識が高まっていくのです。

人間は、何かを目の敵にしないと生きていけない馬鹿な生き物です。
だから、ヒーロと悪者が出来てしまうのです。

それ故、イジメ0の学校なんて、現実に存在しません。
そんな学校あったら見てみたい。

30人31脚で全国制覇。
この目標で一致団結したら、どんなに素晴らしいことだろう?

貴方様は、30人31脚が、イジメを助長するとお書きになっていらっしゃった。

しかし、私は、逆の考えを持つ。
30人31脚という目標に団結する。
イジメが無くなるとは言わない。

イジメは、一種の団結行為です。
みんなで、集団で苛めることで、イジメとなる。

そのパワーが、30人31脚に流れ込むと考えればどうだろうか?

決して、イジメが無くなるという意味ではない。
しかし、イジメに注がれる団結力が、30人31脚に少しは、注がれると考えると、いかか

イジメと30人31脚。
どっちが、私たち子供にとって良いことだろう?

私たちから、30人31脚を奪わないで。
夢を奪わないで。
30人31脚が廃止されたとき、そう思ったのは、私だけだろうか?

30人31脚を指導して、それなりの成果を出している学校は、先生が素晴らしい指導者です。
私の学校も、現にそうでした。
素晴らしい、熱血先生が3人いらっしゃいました。
決して、熱血ぶった教師では、有りませんでした。

ただ、生徒を叱ればいい。
生徒と一緒に泣いたり笑ったりする。
生徒を叩けばいい。殴ればいい。
辛いトレーニングを課せばいい。

そんなお方では、ございませんでした。

もし、イジメが、30人31脚に起因して起こったら、30人31脚を中止する。
もちろん、先生は、生徒を良く見張っている。
辛いトレーニングは、休み休みたまにやる。

30人31脚で、私たち子供の雰囲気が良くなったように思います。
それは、先生方のご協力があったおかげだと思います。

もし、
素晴らしい先生方がいて、
やる気のある生徒がいたら、
(こんな学校少ないと思いますが)
30人31脚の存在は素晴らしい物になると思います。

しかし、その逆の場合や、どちらか片方の要因を満たしてなければどうでしょう?
30人31脚は、決して楽しくないものになるでしょう。
イジメが起こる。
生徒が不満に起こる。
そんな学校は、30人31脚をやる意義が無いと思います。
そんな学校は、30人31脚に参加するのを即座に中止するべきだと思います。

しかし、希少な存在ですが、両方の要因がそろっている学校があるのです。

そんな学校がある限り、30人31脚を即刻廃止すべきという理論はおかしいと思います。

長文、乱文失礼いたしました。

娃哈哈娃哈哈 2010/05/14 15:47
西洋人参は、北アメリカ州の東部に自生する。地上部は人参に似ており、18世紀から香港を経由して東南アジアと中国南部に輸出された。
補気養陰,清火生津(熱病後の倦怠、口渇)
補肺降火止咳(慢性の咳、呼吸困難、血痰)

simpleUsersimpleUser 2010/05/31 14:14 <p>
 1911(明治44)年10月22日、東京柏木の今井館で行われた講演を、後に内村自身が文章化した作品。初出は、『聖書之研究』第136号(1911 年)。デンマークは1864年、ドイツ、オーストリアに迫られて開戦に追い込まれる。</p>

jane09jane09 2010/06/07 16:16 漢方 生薬,http://www.besttojapan.com/_c181
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補気養陰,清火生津(熱病後の倦怠、口渇)
補肺降火止咳(慢性の咳、呼吸困難、血痰)
養胃生津(口渇、舌乾)
西洋人参 ,http://www.besttojapan.com/p6968.html
アメリカニンジン,http://www.besttojapan.com/p6968.html

ぼんくら無職ぼんくら無職 2010/11/30 23:31 ちっちゃな要素からおっきな要素まで無理矢理並べた論調ですな。
ま、お望み通り企画は終了しましたよ。よかったですね。

終わってしまったか終わってしまったか 2010/12/20 15:56 僕はあなたには賛成できない。社会に出たら人間関係のきしみなんて当たり前だ。それをわかってあなたは教師をやってるんじゃないのか?怪我して子供は大きくなるんだ。ptaに見え張らなくてもいいんじゃ?そんなにやならあなたのとこはやんなきゃいい。それでいっちゃんよろし。ま、お望み通り企画は終了しましたよ。よかったですね。

30人31脚30人31脚 2011/02/24 16:11 私は30人31脚全国大会出場経験がある女子です。
私は、あなたの意見はあまり賛成でないです。
なぜそんなにあなたが「廃止するべき」と決めつけるのですか?
確かにあなたのおっしゃることも正しいけど
私は30人31脚をして後悔したことも、やりたくなかったと思ったことも一回もない。
現に 私のクラスの卒業文集は、全員が30人31脚の思い出をかきつづっています。
やりたくなければやらなくたっていい、でもクラスの絆が深まるのはたしかです。
終わってしまったけれど

30人31脚は私の心にのこっていますよ。

30人31脚30人31脚 2011/02/24 16:11 私は30人31脚全国大会出場経験がある女子です。
私は、あなたの意見はあまり賛成でないです。
なぜそんなにあなたが「廃止するべき」と決めつけるのですか?
確かにあなたのおっしゃることも正しいけど
私は30人31脚をして後悔したことも、やりたくなかったと思ったことも一回もない。
現に 私のクラスの卒業文集は、全員が30人31脚の思い出をかきつづっています。
やりたくなければやらなくたっていい、でもクラスの絆が深まるのはたしかです。
終わってしまったけれど

30人31脚は私の心にのこっていますよ。

30人31脚30人31脚 2011/02/24 16:12 私は30人31脚全国大会出場経験がある女子です。
私は、あなたの意見はあまり賛成でないです。
なぜそんなにあなたが「廃止するべき」と決めつけるのですか?
確かにあなたのおっしゃることも正しいけど
私は30人31脚をして後悔したことも、やりたくなかったと思ったことも一回もない。
現に 私のクラスの卒業文集は、全員が30人31脚の思い出をかきつづっています。
やりたくなければやらなくたっていい、でもクラスの絆が深まるのはたしかです。
終わってしまったけれど

30人31脚は私の心にのこっていますよ。

イベントは多い方がいいと思うイベントは多い方がいいと思う 2011/07/13 22:09 私はTVでしか見たことなく、参加したことはありません。
確かにおっしゃるように練習過程での軋轢は必ず生じると思いますが、
本番後で「こいつのせいで負けた」となじりあうシーンは見たことがありません。
練習中の軋轢から、「みんなでやりきったことが大切なんだ」というところまで
持ってくることこそが教育的価値だと思うのですが…いかがでしょう?

合唱祭も体育祭もテストに至るまで、学校のイベントというものは「一つのイベントだけ」
を見れば得意不得意あり、肩身の狭い子も当然でてくるでしょう、しかし学校に様々な
イベントがあるからこそ、イベントごとにヒーローになれる子、助けを必要とする子など
の役割(?)分担があるのだと思います。一つ一つのイベントを取り上げ、「かわいそう
な子が出てくるから」という理由でやめていくと、そのうち何のイベントも出来なくなる
気がします。

いいじゃないですか。このイベントでかわいそうな思いをした運動音痴の子が、
次の合唱祭でみんなを引っ張るリーダーになれるよう努力すれば。

経験者経験者 2011/10/14 04:46 実際にこの競技を体験した児童や教師に感想とか聞いてみた?
貴方が教師なら自分の思い描いた教育を必ずできる?
理屈だけでごちゃごちゃほざくな!

Ad_EmbAd_Emb 2011/11/03 18:17 それよりも、ただ、製作者が視聴者に小学生の高学年少女のノーブラの乳首を見せるためにやったことでこんなことを遠まわしに議論すべきでないだろう。男としては若い少女の体操着のすけた乳首を見れることはとても、とても性欲を刺激したが、やはり、乳首を見る方法で全員の少女をノーブラで並べて乳首を見れるのにとても効率がいい方法だったのだろう。結論を言うと少女をバカにした社会の企画だったのだろう。あなたたちはいつも、遠まわしや心だけでテレパシーで語り、本音を話さない。これから、正直に、核心を突いた議論をしたほうがよい。私としてはこの当たり前のコメントを書けたことがとても名誉だった。しかし、実は言うと私は自慰のためにその映像を探しに来て偶然、このブログの内容に興味を持ったのでここに来た。不名誉だったかもしれない。しかし、私は家の中では確かにテレビやインターネットの動画で少女のノーブラの乳首に釘つげになるが外では決して一度も小学生の乳首を見るために一瞥することはしない。また、ところで、本当にこのブログは女教師が書いたのか。私を試すためにやったのだろうか。 マイデモ画像サイトのNo.26

minamiminami 2012/01/19 19:08 ふざけないでください。

私たちは真剣に30人31脚をやっています。

そして30人31脚のイメージを壊さないでください。

いまは30人31脚の大会はなくなったけど

私たちは30人31脚が好きで、やりたくてやってるんです。

あなたがこんなことを書かなければなくならかったのだと思いますね。

あなたは間違っています。

事故が起きる危険性?そんなのないです。

ただ転ぶだけです。

転んでも、仲間が支えてくれるから30人31脚が好きなんです。

学級全体でやっているのは30人31脚が好きだから。

強制参加的なことのように言わないでください。

そんなことがかけるのだったら

参加した皆さんに聞いてみましたか?

聞いていなかったらこんなひどいこと書かないでくださいよ。

転んでも諦めない気持ちが大切なんですよ。

いつでも『絆』が大切なんですよ。

自分がやっていないのにそんな適当なことは言わないでください

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