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In Jazz

2018-01-04

音楽鑑賞履歴(2017年12月) No.1183〜1196

| 21:26

新年明けましておめでとうございます。

とか何とか言いつつ、三が日を過ぎてからの更新なのであんまり謹賀新年という趣でもありませんが、月一恒例の音楽鑑賞履歴です。

14枚。

まだ一昨年購入分を消化しきってませんが、今年もぼちぼち聞けていけたらいいなと思います。

今回はデヴィッド・ボウイ特集。亡くなる二、三ヶ月前に衝動的に買い漁ったのが虫の知らせだったかどうかはさて知らず、今年で三回忌です。いいタイミングで聞けたのかな、とは思います。この先も次々と彼岸に旅立つ人が多くなっていくんでしょうけども、それはそれで残していったものをこうやって聞き返していくのだろうなあと。今年はいったい何が待ってることやらです。

というわけで以下より感想です。

Space Oddity

Space Oddity

69年発表2nd。レーベルを移籍しての再デビュー作。晩年亡くなるまでのデヴィッド・ボウイという類稀なる個性の始まりともいえる一枚。とはいえ、後のグラムロックな趣はまだなく、どちらかというとアシッドフォークやプログレ的な寓話性や叙情性に漂うアイロニックなサウンドが特徴的だ。

フォークといっても、アメリカンなプロテストソングというよりは、英国らしいトラッドソング的な趣が強いし、そのサウンドテクスチャーやメロディラインからはやはりビートルズの影響が非常に色濃く感じられる。特に本盤のポップな質感はまさしく、といったところだ。とはいえ、音は比較的マニアック。

曲の陰影が濃い分、物憂げな儚さも強く、その芝居がかった展開に個性は見出せるか。その沈痛な叙情は後の作品にも繋がっていくと思うとなかなか興味深い作品だし、最初の代表曲ともなった表題曲はこのアルバムを象徴しているものだろう。再出発にはこの上ないスタートを切った良作だ。

余談だが、演奏メンバーにはかのリック・ウェイクマンが参加しているが実は本作がレコードデビューとなる。ほかにもペンタングルのメンバーなど実力あるセッションミュージシャンも参加しているし、なにより長らくの盟友となるトニー・ヴィスコンティとの最初の一作であることも記憶しておきたい。

70年発表3rd。前作の叙情系アシッドフォーク路線から、ロック的なアプローチにシフトした作品。本作から盟友、ミック・ロンソンがバンドに参加したのもあり、当時勃興しつつあったグラムロックの夜明けを感じる。ショービズ的な華やかさが、ロックの猥雑さを絡み合う瞬間を収めた内容が興味深い。

時期を前後してロック・オペラなるものも確立しているが、今思えばグラムロックもそういった流れの一つだったのではと思う。ジャケットの女装したボウイの姿もあるように虚飾の中でシアトリカルにキャラを演じて歌うというフォーマットは演劇的でもあるかと。事実、楽曲もミュージカル要素も帯びている

アルバムのコンセプトに向かわず、演者(プレイヤー)に向かったのがグラムロックであるとすると、本作の以降のボウイの活動も頷けるものがある。楽曲の方はそういった小劇場的な華やかさが粗野なハードロック優雅に仕立てているし、前作のプログレ的な叙情性も匂わせていて、ドラマティックな音作り

ただそういった演者のファッショナブルな上っ面だけが持て囃されたせいでブームとしては急速にしぼんでゆくわけだが、グラムロックの本質を捉えていたのはボウイだけかもしれない。そういう点では新しい表現を切り開いた一作ではあるし、今聞いても出来の良さは変わらないアルバムだろう。

Aladdin Sane

Aladdin Sane

73年発表6th。前作に英国特有の叙情的サウンドが残っていたのに対して、よりブルージーとなって、アメリカンな趣が強くなった作品。しんなりウェットだった音がからっと乾いた音に変貌している。一方で退廃的な雰囲気はさらに濃厚になり、グラムロックコントラスト過激になった印象を受ける。

ケバケバしく猥雑な印象と絡まり、8ビートのベーシックなロックンロールボウイの個性と場末のミュージカルハウスの爛れた雰囲気とでエキゾチックかつシアトリカルに鳴り響く。叙情性はあまり感じられないがその芝居がかった感触はこの当時にしか生まれ得ないものだろう。

前作と比べても、作風は様変わりしていて、ストーンズのカバー曲でもある8に象徴されるように虚構的なスターよりなにかしらの生々しさを伝える一枚になっていると思う。当時のボウイの勢いと個性の眩さを感じる、ドラスティックな一作。ジギー・スターダストの一年後に出たと思えば、それも驚異的だ。

Diamond Dogs

Diamond Dogs

74年発表8th。ジョージ・オーウェルの小説「1984年」を元にしたコンセプト色の強いアルバム。同作を原案としたミュージカルも計画されたそうだが、原作側の強い拒絶があったために、頓挫している。結果的にグラムロック期の締めくくりとなった作品に聞こえるか。

管理社会の恐怖を描いた近未来小説を原案としているのもあり、アルバム全体が非常に退廃的な趣と閉塞感が強く感じられる。それが翻って、ボウイ自身の「虚構のロックスターを演じ続ける」事への行き詰まりが現れているようにも感じられる。それがこのアルバム独特の息苦しさにも繋がっていそうだ。

ここで奏でられるロックンロールに纏わりつくのは閉塞感であり倦怠感であり、疲弊感だ。空回りしているというわけでは必ずしもないが楽曲の質とボウイの歌唱力が微妙に噛み合ってない。その微妙なズレがアルバムの魅力になっているが、このいびつさがグラム・ロックの完成型であり終着点なのが興味深い

グラムロック自体が「現実における居心地の悪さ」を表現したものであるならば、このアルバムはまさしく「居心地の悪さ」を具現化した作品であり、この気持ち良くならない感じこそがグラムロック象徴しているのではないかと思う。そういう点では完璧にならなかったからこその完成度というべきだろうか

またこのアルバムから、晩年にまで続くバリトンを意識したような呻く低音ボイスが聞けるようになっている。そういった点でも過渡期の作品でもあり、ひとつの終焉を描いた作品のように思う。誰しもに推せる名作ではないがターニングポイントになった作品だろう。猥雑さがクセになる。

STATION TO STATION

STATION TO STATION

76年発表10th。アメリカ時代の最終作。前作で提示したプラスティック・ソウルの発展型として「白人がいかにして黒人音楽に近づけるか」というコンセプトを元に作られた。と、同時にこの時期に主演した映画「地球に落ちて来た男」の影響も出ているとされる。SFソウルが奇妙に背中合わせなのが妙味。

コンセプトは掲げられているが、かつての強烈さは減退し、アルバム全体の雰囲気や楽曲は以前より洗練されている。一方で、自覚的にソウルファンクリズムを取り入れているのが目を引く。黒人のファンキーなグルーヴをどこまで身につけられるかの実験のようにも感じられ、試行錯誤してるのが目に浮かぶ

とはいえ、ボウイの個性は隠そうとも隠しきれない程には独特であり、どんなジャンルをやってもボウイらしくなってしまうのが強みでもあり弱みでもあるか。今にして思えば、この時点で表現手段としてのロックに限界を見ていたのではないか、という見方も出来なくはない。質感は古いが、現代に通じる点も

ロックを何を結びつけて、強度を高めるという試行錯誤は後のオルタナのことを考えれば、不思議ではないアプローチではあるし、本作の後、ベルリン時代に入り、ポストロック的な指向を示すわけだから、ある種先駆的でもあると思う。ついでにいえば、本作は80年代で大ブレイクする布石でもある。

前作と本作で繰り広げられる黒人音楽へのアプローチがダンスミュージック、ひいてはポップミュージックへと繋がっているわけで、歴史的に見ていくと後の作品においてのカルトスターからの「転向」は必然を伴っているようにも感じるのが興味深い。これもまた過渡期ではあるが、重要な布石を打った一枚だ

Low

Low

77年発表11th。前々作からのアメリカ時代で(むしろそれ以前より)ドラッグ漬けの日々を送っていたボウイが脱却を図るため、心機一転してベルリンへと赴き、作られたアルバム。いわゆるベルリン三部作の第一作目で前半がヴォーカル曲、後半がブライアン・イーノと共作したインスト曲という実験的構成。

この構成は次作にも引き継がれるが、サウンドはクラウトロックやジャーマンテクノに影響されたダークかつ硬質な音で前作までの黒人音楽に影響されたものとは一変している。印象としてはジョン・フォックス時代のウルトラヴォックスだが彼らの1stより本作の方が発売が早い。

いわゆるジャーマンテクノ的な静寂とデカダン英国的美意識と繋がり、ヨーロッパ的な耽美サウンドと結実していく様子が本作で窺えるのが面白い。そしてそれがそのまま、パンク/NWサウンドとなっていくのだから、この当時のボウイ審美眼が鋭かったことがよく分かる。

本作より始まる、ベルリン時代はボウイのキャリア的にもかなり特異点な時期というのもあり、以前のキャリアから断絶された無機質な音は賛否がある事も頷けるがこの年より吹き荒れるパンク/NWの大波にいち早く呼応してるようにも感じられるし、既にポストパンクポストロックの領域にも踏み入れている

次作はロック色が強くなるが、薬物療養によるデトックスの影響か、ジャーマンテクノアンビエントな部分によるものなのか、サウンドが漂白された無国籍サウンドである事からもかつての姿をリセットするために必要な過程だったのかもしれない。時代の狭間で新たな脱皮を果たそうとする瞬間を捉えた一作

Lodger

Lodger

79年発表13th。ベルリン三部作の最終作。過去二作のボーカル曲とインスト曲が半々の構成とは異なって、本作は全編歌もので構成された一作。この為、ベルリン時代の作品を三部作と見なさない向きもあるが、やはり通して聞くと連関しているように思う。ベルリン時代では一番明るいポップな作品なのも注目

というのも、ボウイベルリンに赴いたのはドラッグ脱却を目的にした療養が側面としてあることを鑑みれば、アルバムの雰囲気が盤を重ねるごとに明るくなっていくのも理解は難くない。むしろ過去二作と比べても、洗いざらい清算したような、抜けのいい音が響くのが本作の特徴だろう。

だがそれ以上に注目すべき所は、この時点で「サードワールド・ミュージック」を取り込んたロックを提示してしまっている点に尽きるだろう。特にレコードのA面に当たる1〜5にその傾向がとても顕著であり、今までになくエキゾチックなサウンドが繰り広げられている。時代を考えるとあまりにも先駆的だ

おそらく過去二作以上にブライアン・イーノが曲作りに関与しているのも、そういった要素を取り込むため、のように感じられるし、この時点では目が向けられなかった地域の音楽を取り上げていることが実験的といえば実験的。この流れが顕著になるのが80年代後半だから5年以上早い。

が、ほぼ同時期から民俗音楽を積極的に取り入れることになる、ピーター・ゲイブリエルとは異なって、ボウイは本作のレコードB面にあたる6〜10で過去に繰り広げたロックや黒人音楽のポップさも振り返っている事に心身の復調も窺える。そういった点では過去の清算と実験的部分が入り混じった作品だ

ベルリン時代は心身のデトックスを行ったためか、今までの音が漂白され、真っ白な状態で新しい要素と今までの要素を合わせる過程にあったように思う。特異なのはその過程が時代とリンクしていた事で高い音楽性が表出したことだろう。そういう意味ではボウイが自身の70年代にピリオドを打った一枚だ。

EXPRESSO II

EXPRESSO II

78年発表9th。ピエール・ムーランズ・ゴングとしては第三作目。前作に引き続き、カラフルに降り注ぐパーカッションの響きが桃源郷的な夢心地に陥るハッピーなジャズロック。ゲストにストーンズのミック・テイラーヴァイオリン奏者として有名なダリル・ウェイ。ホールズワースも本作ではゲスト参加

グロッケンマリンバの滑らかなメロディとリズムが主体となって、ゲストたちの演奏がそれを彩るように構成されており、聞き方の角度を変えれば、宗教的な陶酔感も滲み出ているようにも感じる作りだ。この辺りはヒッピーであったデヴィッド・アレンの精神がバンドの血肉化しているのもありそうだ。

ミニマルでカラフルな躁的響きの中にシニカルでクールな感情が挟み込まれているのも興味深いが、全体の雰囲気はサイケであり、過去のキャリアを踏襲しているのがよく分かる。前作の焼き直しサウンド、というのは否定できないがこれはこれで佳作だろう

Pin Ups [ENHANCED CD]

Pin Ups [ENHANCED CD]

73年発表7th。ボウイが青春時代をすごした64〜67年ごろのUKロックシーンの人気曲をカバーした企画アルバム。同時期にボウイはイメージが肥大化しすぎた「ジギー・スターダスト」という存在の封印とライヴ活動の中止を宣言し、ひとつの区切りをつけた中で作られた作品でもあり、その気負いのなさが顕著だ

自らの作り出したキャラクターを「演じる」事より開放されて、何のコンセプトもテーマもなく、お気に入りの曲をただカバーするだけ、という内容なのだがその無邪気さというべきか奇の衒いの無さが功を奏したのか、非常に抜けのいいポップな作品となっていて、興味深い。同時に地力の強さも感じられる。

ヤードバーズや初期のピンク・フロイドをやっても、ザ・フーキンクスを歌っても、ボウイの歌にしか聞こえないのはご愛嬌だが、単なるカバーに陥っていないのもその個性に他ならない。何より楽しそうに歌う様が感じ取られるのもこの作品の明快さに繋がっているのは間違いない。

自らのグラムロック期に区切りとつけた後、その幕引きが次作となるわけだがそれを考えても、箸休めな企画ともいえる本作に対して決して手を抜かない姿勢には生真面目さも垣間見えるか。ボウイの個性と魅力がよく表れたポップな良作。初手としてもお勧めできる一枚かと。

Young Americans [ENHANCED CD]

Young Americans [ENHANCED CD]

75年発表9th。自身のグラムロックに幕を下ろし、アメリカフィラデルフィアソウルミュージックの聖地のひとつ)で制作されたアルバム。グラムロックシアトリカルな趣とは打って変ってライトなタッチのソウルミュージックが主軸となっている。が、同時におどろおどろしいニュアンスを含んだ作品だ

ソウルミュージックを基軸にした内容ではあるのだが、その捉え方は非常に独特で、ボウイ自ら「プラスティック・ソウル」と呼んだように、非常にあっさりとした、なおかつソウルフルな感触も残る、不思議な質感が盤全体を支配している。というのも本作がグルーヴィさやファンキーさより程遠いからだ。

ソウルファンクR&Bにおける粘っこいボトムラインのリズムが本作では極めて直線的というかロック的な淡白なビートであるために、あっさりはしているが深みには欠けるというものになっているゆえだろう。そのぎこちなさが本作の特徴といえば特徴でとても興味深い部分でもある

ぎこちなさ、つまり違和感があって、腑に落ちないところにもリンクしているのだが、まさしくそれこそがグラムロック所在無さと重なっていて、音楽的にもボウイの音楽遍歴的にも地続きであることが証明されているように思う。言葉は悪いが「模造品」っぽい如何わしさが本作の楽曲には感じられるのだ。

フェイクっぽいというとそれまでだが、本作はそれを拠り所にしているように思う。模造品らしい軽薄なソウルミュージックとなっている部分にボウイらしさを感じるのは面白い所だ。そういう点では実験作の向きが強い佳作だろうか。このソウル路線は次作に引き継がれ、より洗練されることになる。

また本作は制作中にジョン・レノンとのセッションがあった事でも知られ、その結果が共作曲の8で全米1位となっているし、ビートルズカバーも収録されている。また後にソロシンガーとしても活躍するルーサー・ヴァンドロスも参加しており、華を添えているのも注目したいところ。

15年発売2nd? 故・岡崎律子と現在はmeg rock名義での活動が主な日向めぐみのユニットが04年に発売したアルバムをリマスター&増補した2枚組アルバム。このユニットが残した楽曲はすべて収録した、10周年記念盤の趣も感じられるか。内容の方はメロディがギュギュっと詰まった密度の高いもの。

ユニット名自体はパンクメロコアが由来らしいが、楽曲の方はHM/HRのメロディアス・ハードの方を思い浮かべる、キレのあるサウンドに、渋谷系の影響がある柔らかでファンシーなメロディやJ-POP歌謡曲的な展開を見せる、ミクスチャーなものがそろっている。何よりメンバー二人の歌声の個性が際立つ。

ウィスパーボイスな岡崎律子と明快なハイトーンの日向めぐみコントラストもあって、非常に陽的な雰囲気に包まれた内容となっている。惜しむらくは一曲ごとの密度が濃いのでアルバムとしての質量がかなりヘヴィであることか。2枚目はトリビュート的な新曲と未収録バージョンを収録。魅力ある良作だ。

ロートスの果実

ロートスの果実

84年発表4th。ブレイクを果たした一枚。端的にいえば、ライトメロウでブギーなシティポップ。が、もう少し奥に掘り下げてみれば、ラテンミュージックを基調としたトロピカルなサウンドに当時のエレクトリックブギーの質感が重なっている所がとても歌謡曲的でもあり、一方でロックには程遠い感触が独特

ぱっと見の印象ではアイドルではあるが、その実、シンガーソングライターであるところが一線を画している点であり、アルバム全体に溢れるリゾート感を演出してるのは編曲家に拠る部分も強いが彼女自身であることも見逃せない。この熟れた濃密な雰囲気が堪らない充実の名盤だろう。ザ・80’sサウンド

新呼吸(初回生産限定盤)

新呼吸(初回生産限定盤)

11年発表4th。ミニアルバム2枚の実験的内容を経て、楽曲全体の精神年齢が上がった印象を受ける作品。若者の匂いを残しながら、成人の落ち着いた趣も感じさせる。まだ青臭く、達観は出来ない、そんな微妙なフェーズに立つ青春像を描いていたサウンドを送り出しているように思う。10代というよりは20代。

従来のサウンドを発展させている一方で、テンポを落としたり、アコースティックやパーカッションなどを入れていて、若さによる勢いより、10代にはない余裕とビターな味わいと織り交ぜているのが自然と歌詞にも反映されている。若さに頼らない深みが滲み出た意欲作。未成年には少し早い、翳りがある。

14年発表5th。1曲目のマージービート的な王道イントロに導かれて始まる、ロック色の強いアルバム。以前の線の細さを感じさせたバンドサウンドが一転して、とても筋肉質で分厚さを感じる骨太な音になっていて、オルタナティヴさをより高めた内容となっている。全体に芯が太くなった力強さを受ける。

身が詰まったというか、肉が付いたというか。取り入れているジャンルも以前に増して多様になった感が強く、ライムスターのコラボ曲などバンドが拡張してきた幅を一気に開花させたような、ひとつの成果を感じさせる。質量ともに大ボリュームの充実作だろう。盤を重ねるごとに成長しているのは驚異的だ。

Hunky Dory

Hunky Dory

71年発表4th。プログレ的な叙情と戯作的なイメージにソウルミュージックが散りばめられた、万華鏡のような一枚。本作からは全米初ヒット曲も出ており、そういったポップな一面も垣間見せている。とはいえ、一曲ごとに目くるめくように印象とサウンドが変化していくのが面白い。非常に70年代の音。

というより、冒頭に始まる代表曲「Changes」に掲げられたようにこのアルバムのコンセプトは「変化」なのだろう。ジギー・スターダストという「役柄」を見つけるまでの過程というか、パーソナルからコマーシャルに至るまでボウイが多種多様な「顔」を見せていくし、それらを奔放に演じ分けていく。

その為、アルバムとしてはまとまりがない感じもなくもないが、「演じる」事に彼のグラム・ロック感があるとするならば、このアルバムはありとあらゆる可能性を試しているように思うし、結果的に後のキャリアを開拓していく「種蒔き」だったように思う。ボウイの個性がさらに花開く直前を捉えている。

ジギー・スターダストもいれば、アメリカ時代のソウルフルな趣も、ベルリン時代の前衛的な姿も、はたまた80年代におけるポップスターボウイもここには詰まっているし、そういった固まりきる前の個性のカオシックな魅力が満ちた一枚になっているのだと思う。キャリアにおいての最重要作だろう。

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