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In Jazz

2018-06-01

音楽鑑賞履歴(2018年5月) No.1239〜1252

| 11:40

月一恒例の音楽鑑賞履歴です。

14枚。

今年も半年が過ぎました。早いもんです。5月は邦楽メインであとはちょこちょこと英米をつまんでる感じでしたかね。

なんというか春らしい陽気さと影を感じるチョイスにはなったのかなと。

大分、日照時間も長くなって夏が近づいてるのをひしひしと感じます。

今年も暑くなりそうですが、バテないように気をつけたいものですね。

というわけで以下より感想です。

And Then There Were Three

And Then There Were Three

77年発表9th。次々にメンバー抜けてゆき、ついに三人だけが残ったジェネシスの「再出発」盤。ピーター・ゲイブリエルの脱退以後、サウンドのテクニカル化が顕著になっていったが更にスティーヴ・ハケットが脱退したことにより、その傾向に更に拍車がかかった格好となった。大曲主義も鳴りを潜めている

とはいえ、作品的には未整理な部分が多く、過渡期という印象が強い。まだプログレらしい趣とテクニカルポップスの華やかさが一曲の中に混在しており、結果的にメロディが重層的になっている所に過密さを感じるか。なにかの原液を飲まされている感覚で一曲ごとの内容は非常に濃い。

反面、アルバムの構成としてはかなり散漫でプログレ時代のコンセプチュアルな趣は皆無、という辺りも当時、批判の的になったのでは思わされるが、奏でられている旋律そのものはとてもキャッチーであり、メンバーのメロディメイカーッぷりが窺えて、後の大ヒットの布石が見え隠れする。

この路線変更が結果的に当時のバンド史上最高のチャートアクションを見せてしまうのだから、皮肉といえば皮肉。ついでにヒット曲となった11はプレ80sサウンドとしても聞けるのが興味深いところか。プログレ終焉と80sサウンドの萌芽を同時に見ることの出来る佳作。そして快進撃の始まりを告げる一作だ

くうきこうだん

くうきこうだん

99年発表1st。はっぴいえんど血脈に連なるシティポップス。当時インディーズで発表してたテープの音源を取りまとめた彼らの初作。ど直球に荒井由実直系サウンドをバンドスタイルで押し出しているが、そこに時代的なローファイサウンドやオルタナ然とした歪みも入り込むのが目を引く。

柔らかな旋律が流れてくる一方で全体的なサウンドが硬質な向きを感じるのは、70年代のニューミュージック勢とは違った趣でバンド名にも使われる「公団」からの連想で公団住宅、いわゆる団地の肌触りを感じる。あの無機質で秩序的な住宅周りの独特な情緒が彼らの音として機能しているのだ

その為か本作のサウンドにもあまり土臭さはなく、かといって都会的な洒脱した趣も薄い。あるのは人懐っこい日常とその人工的な自然と無機質な住宅を構成するコンクリートの冷ややかさ。そこに柔らかな日差しの温度が差し込み、爽やかさを演出する。「街」ではなく「町」を感じるシティポップの良作だ。

Morrison Hotel

Morrison Hotel

・70年発表5th。デビューしてからわずか三年でここまで枯れた味わいになるのかというほど、ブルース色が強まった一枚。同時にスワンプロックの流れに呼応するかのようにアーシーな雰囲気も出て、ファンキーな感覚とサイケの喧騒にくたびれた趣が同居しているのが独特。

幽霊の正体見たり枯れ尾花、といった向きもある本盤ではあるがサウンドの幻想性が抜け落ちた分、前作から続くバンドメンバーのソウルブルースに対するアプローチが色濃くなって、音がかなり骨太になっていることは確か。反面、ジム・モリソンがややヤケクソなパフォーマンスなのが温度差を感じる。

演奏陣とVoのこの温度差がそのまま本作の上げ潮と下げ潮になっていて、ファンキーな熱っぽさと、醒めた眼差しが入り乱れているのだろうと思う。奇しくもそれがバンドとしては化学反応を起こして、あまり類を見ない荒涼としたサウンドとなっているのが興味深い所。新しいフェーズに踏み込んだ意欲作か。

93年発表唯一作。ジャパニーズラップクラシックスの一つとして名高い一作。30分にも満たない短い収録内容だが、歌われるリリックは現在でも十分に通用しうるテーマを内包すると言ってもけして過言ではない。ほの暗くダークなリズムトラックに乗せて語られるラップは社会と自我との拮抗がテーマだ。

25年前の作品にも拘らず、ここで歌われる社会における自我の閉塞感やニヒリズムに満ちた社会への諦念は現在のリスナーたちが置かれているだろう等身大の状況とひどくリンクしてしまえる効用がとても高いはずだ。「自己嫌悪」「白いヤミの中」といった代表曲は特にその傾向が強い。

当時はこれがアンダーグラウンドな叫びに過ぎなかったのが、時を経てメインストリームに躍り出てしまっているということなのかもしれない。が、だからこそ「療法」として聞けてしまうのがこの盤から滲み出たエヴァーグリーンな魅力だと思う。時々自分が意味もなく無性に不安になった時に聞きたい名盤だ

SEYCHELLES

SEYCHELLES

・76年発表1st。前年にサディスティック・ミカ・バンドが空中分解し、その余波を受けて送り出された高中正義のソロ第一作。ほとんど同時にミカ・バンドの残党によるサディスティックスの1stもリリースされていて当時の動きがめまぐるしいが、ともあれJ-FUSIONにおける金字塔的作品の一つかと。

東アフリカに浮かぶセーシェル諸島をモチーフに、ミカ・バンド(ひいては加藤和彦)のトロピカルさとエキゾチックさを推し進めた内容で、演奏陣はそのままミカ・バンド〜サディスティックス勢で構成されているから悪いはずもなく。むしろミカ・バンドのリゾート的な洒脱感が一つの完成を見ている。

高中のギターも、ソロやアドリブに走るわけでもなくベンチャーズ直系というべき、メロディラインを弾くことに徹底しているからこその気持ち良さがある。というより、Stuffの諸作と同じ感覚で本作を聞いている事に気付く。熟成されたグルーヴにギターが程よく歌い、陽気な雰囲気が漂う所などはまさしく

それを考えると後藤次利のベースや林立夫のタイトなドラムなどといった、ミカ・バンド〜サディスティックス人脈がどれだけ実力者揃いだったということが良くわかる一枚でもあり、芳醇な和製グルーヴが楽しめる名盤なのだろう。次作ではボトムラインが変わり、また違った味わいになるがそれもまた良し。

風の歌を聴け

風の歌を聴け

94年発表4th。メンバー脱退を経て、新体制での最初の作品。従来の作風が洗練されている一方で、キャッチーなヒット性も兼ね備えた感のある内容となっている。一聴して、初期三作の濃さが薄らいだ分、肩の力が抜けたのか、伸びと勢いのある演奏が目立つ。かといって売れ線を狙ったわけではない印象も。

先行シングルで発表された10やそのカップリングである6はアルバムバージョンで収録されているが、彼らの音楽性にJ-POPの要素が取り込まれた向きが強く、バンドの軸足はほとんどブレていないのに気付く。深度を増しながら大衆性も伺える、バンドの好調さを感じられるソウルフルでグルーヴィな良盤だ。

RAINBOW RACE

RAINBOW RACE

95年発表5th。前作のキャッチーさをあえて切り捨て、取り入れた音楽要素の「クセ」を我が物にしようと試みている一作だと思う。J-Pop的な洒脱感や、前作までで熟成された彼らのポップネスをひとまず置いて、ソウルラテン音楽全般に根付く「泥臭さ」に注力しているためか、音やビートが非常に粘っこい

この為、楽曲の弾力がかなり特徴的で、手に入れたグルーヴをさらに深化させているのが窺えるし、その音楽たちに染み付く歴史的な「汚れ」や「傷跡」にリスペクトしているような印象も受ける。カジュアルに消費するのではなく、しっかりと理解するために真っ向から音楽に取り組む姿勢が研究的でもある。

前作が上澄みのスープであるならば、本作は骨身を砕いて、ぐつぐつ煮込んだ濃厚なスープにも思える。とはいえ、枚数を重ねている分、飲みやすさも意識したものとなっているのもまた抜け目ない内容でもあるか。日々の研究によって、音楽の実像を捉えようとする成果が見える良作だろう。

Desire

Desire

96年発表6th。本作よりバンドからソロユニットへ。内容はさらにサウンドの土臭さが濃厚になって、よりアーシーなルーツミュージックアプローチが顕著になった。全体を聞き渡すと大滝詠一の「NIAGARA MOON」を髣髴とさせるセカンドラインルンバが聞こえてくる一方で、音の感触は当然ながら異なる趣。

とはいえ、前作に比べ湿度が段違いで本作の方がより乾いた音に感じられるか。ウェットな印象は皆無で、そういう点ではアメリカの乾燥地帯におけるアメリカーナ音楽を感じるが、次作以降の予告編のような打ち込みサウンドもひょっこり顔を出しているのが興味深くもあり、前作とは違った陽気さを感じるか

大滝のようなリズムのこだわりと細野晴臣が提唱した「チャンキーミュージック」が本作で合わさって、ごった煮ルーツミュージックになっているのは日本人だから出来る部分であるなと思いつつ。ここまで乾いていると逆にシングルカットされた9などが歌謡曲然としていて浮いてしまうほど。

バンドがソロユニットになったからなのか、表現の自由度が高くなったように思える一方で前作前々作からの作風が煮詰まった感があり、本作はその飽和点ギリギリという印象も感じなくはない。どちらにしてもまた曲がり角に行き着いた事で岐路に立った佳作だ。

ELEVEN GRAFFITI

ELEVEN GRAFFITI

97年発表7th。当時隆盛しつつあった、ドラムンベースなどのテクノや打ち込みを導入した作品。一曲ごとのサウンドが重層的になっていることからもハードディスクレコーダーで録音しているような気もするが、その辺りは定かではない。とはいえ、過去三作のアーシーな趣も残っていて、ごちゃ混ぜ感がある

ルーツミュージックとテクノ、打ち込みの同居という点ではBeckを思い出させるが、本作の肌触りはそれよりも同時代、この直後に大きなブームになるビッグビートへ繋がる音だろう。ファット・ボーイ・スリムが作り出した、埃くさい汚れた音で四つ打ちのキックを入れる、あの雰囲気にとても近い。

オリジナルラブ田島貴男テクノDJではなくミュージシャンだという事が本作の音にも直結していて、音の組み合わせ方がフィジカルなのが大きいのだろう。切り貼りするのではなく繋ぎ合わせているから、歌が埋没せずに際立っている印象だ。ただまだそれらのブレンドに改善の余地を感じる。

実際、テクノや打ち込みは要素の一つであり、メインを占めていない点からも明らかのように、メインはルーツミュージックへの濃いアプローチだ。新要素がそれらを希釈してる一方、ひょっこりマージービートも顔を出し、前作よりは抜けの良さがあって気楽さも感じる。過渡期ではあるが意欲作な一枚だ。

死者

死者

85年発表唯一作。4曲入りのミニアルバムにリリース後のライヴ音源&デモ音源の計8曲を増補した再発盤。当時、日本インディーズシーンを牽引していたレーベルの一つ、TRANS RECORDSからのリリースというのもあり、当時のインディーズアングラな雰囲気が感じられるポストパンクな内容。

ポストパンクというよりはポジティヴパンク、ひいてはゴシックロック然としたダークな音だがそこに日本的怨念めいた呻き声ボーカルがじっとりとべた付く、アングラさは唯一無二だろう。ジャックスの類似も指摘されるが、内省的というよりはポリティカルな緊張感が強く、演奏とともに非常に攻撃的だ。

ドライでひり付く音はThis Heat辺りのインダストリアルな響きに接近し、呪術的なドラムはライナーノーツにもあるようにCanのヤキ・リーベツァイトを思い浮かべるが、それらを凌駕して中田潤の亡霊を呼び起こすような気迫に満ちた厳格な歌声が支配する。快楽は一切ないが聞かれるべきアナーキーな一作。

YELLOW DANCER (通常盤)

YELLOW DANCER (通常盤)

15年発表4th。前作でのAOR色からさらに発展して、80年代のブラック・コンテンポラリーに接近したサウンドが全体のトーンを占める作品となった。ライトメロウというには黒っぽく、ディスコミュージックらしいダンサブルな要素の強さが目立つ。反面、セクシャルな趣はあまりなく中性的なニュアンスが。

前半のR&Bやブラコンを意識した楽曲よりかは7以降のセカンドラインや黒さを控えめに、日本的な情緒を浮き上がらせたライトメロウ調の楽曲の方が楽しく聞けた印象を感じる。というより、ブラックミュージックから滲み出るセクシャルな香り星野源自身のキャラや歌声によって中和されてしまっている

この為、音楽本来の腰の強さが出ず、リズムやビートに粘りと重みがないのが痛し痒しといった所。反面、その軽妙さがセカンドラインの跳ねたリズムなどには躍動感を与え、小気味よさを出しているので、相性の差がはっきりと出たアルバムとなっている。そういう点ではポップスの軽さが良く出た一枚だろう。

・81年発表1st。80sニューウェーヴを代表するUKレゲエ/ダブの名作。首謀者であるエイドリアン・シャーウッドが主催するOn-uサウンドのメンバーを始め、The Slitsのアリ・アップやThe Pop Groupのメンバーといったポストパンク勢が参戦しており、既成のポップミュージックを破壊・再構築を図っている。

レゲエを基調にダブのサウンド処理に掛け合わせて、ポストパンク特有のインダストリアル脱構築が繰り広げられ、枯れ尾花を幽霊に仕立ててみせるというのが彼らの目指したこと、なのだろう。都市化した風景に入り込む、スピリチュアルなもの、ファジーな存在を表現するように残響が鳴り渡る。

都市の民俗音楽ともいうべき、その土着的なリズムと幽玄な響きはUKニューウェーヴミュージックの極北でもあり、最も分かり易い形でそのサウンドを提示しているようにも思える。この流れが後にワールドミュージックへと目が向けられるきっかけにもなった歴史的な重要作と位置づける一枚だろう。

無線衝突

無線衝突

・05年発表1st。当時新進気鋭のインディーズレーベルだった、デルタソニックからデビューしたポストパンクバンド。ペケペケの硬質なギターフレーズに深いベース音にダブ処理したエコーがいかにも鳴り響くのがフォロワーたるゆえんだろうか、サウンドに危うさはないが再現度はなかなかのもの。

本家が社会批判や政治的メッセージをアジテートするラディカルな反抗精神を内に秘めていたが、彼らが歌うのは男女の関係であり、ラブソングだ。ポストパンクをバンドのスタイルとして、ファッションに演奏するのが彼らの特色と言える。その試みは興味深いが反面弱点でもあるか。

本家の緊迫感や過激さがない分、ポップミュージックの範疇に収まっているので、何かしらの危うさや鋭利さを期待すると肩透かしを食らってしまう可能性は否定できない。が、ポップスを奏でるポストパンクという立ち位置が受け入れられればそれなりに楽しく聞ける作品だ。

Get Ready

Get Ready

・01年発表7th。沈黙の90年代を経て、8年ぶりの作品。新世紀に入ってもやってることはあまり変わり映えはしない、というよりは彼ら特有のメランコリーなサウンドは本作でも健在で、ディスコグラフの中でもかなりロック色の強いアルバムとなった。今まで以上にギターのディストーションが利いている。

その為か、音はかつてなくタフになっているが、従来のメランコリーが失われているわけではないので筋肉の上に乗っかる贅肉の弛みのように、かとなくルーズなサウンドになっているのが面白い。それが返って、彼らが通過していない90年代のオルタナに卑近しているのだから不思議なものである。

シンセサウンドもかつてのアシッドハウス的な趣はほとんどなく、当時流行っていたエレクトロニカ的な叙情が感じられ、その辺りも彼らのサウンドに合致した、というのも大きいだろう。8年のブランクがリフレッシュとなったのか、引き締まったサウンドが聞ける快作というべき一枚だ。

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