東京新聞夕刊で梅原猛の「思うままに」を読んで考えた!世界第2位の経済大国になったのは実力か?僥倖か?

1月23日付東京新聞夕刊の文化欄で梅原猛が昨年、放送されたNHKドラマ『坂の上の雲』に触れて次のように書いている。

このドラマは司馬遼太郎の原作以上に、日露戦争の勝利が決して必然ではなく多くの僥倖が重なった結果であることを明らかにした。しかし日露戦争に勝った日本の国民は、その勝利を神国日本に先天的に備わった実力ゆえであると考えた。自国に対する誤った認識が、軍事力においても経済力においても自国をはるかにしのぐアメリカ及びイギリスに対する宣戦布告の間接的原因になったのであろう。「思うままに」

ロシアという大国に勝利したのは必然であると自惚れてしまったのは統帥権という魔法の杖を使い始めた軍部ばかりではなく、国民もまた自惚れてしまった。「成功は失敗の母」であったと梅原は書く。そう日露戦争の成功は大東亜戦争という失敗の母であった。梅原の思考はそこで踏みとどまらない。「成功は失敗の母」という教訓が必要なのは現在の日本においてだと一歩踏み込む。戦後、日本は世界第2位の経済大国にまで成長したが、この成功は果たして実力であったのか、僥倖であったのかを厳しく吟味しなければならないというのだ。
焼け野原から第一歩を踏み出した日本国民は、やがてエコノミックアニマルだと欧米人から揶揄されながらも努力に努力を重ねて来て経済的な繁栄を手にしたことは間違いと私は思う。しかし、同時に努力だけで世界第2位の経済大国を実現したとも思っていない。やはり「僥倖」が重なったのだ。「僥倖」は海の向こうで始まった戦争であった。朝鮮戦争に、ベトナム戦争。日本は戦争の外側で戦争の甘い果実を味わい尽くした。日本国民にとっての「僥倖」はアジアの人びとにとっての「不幸」に他ならなかった。
朝鮮戦争が始まるまでの経済政策は政府の打ち出したものも、アメリカから押し付けられたものも成功していないのである。労農派マルキストの有沢広巳の発案による傾斜生産方式は敗戦後のインフレを克服するどころか逆にインフレを促進してしまった。GHQの顧問であったジョセフ・ドッジは日本の経済を現実的でも、合理的でもなく、地に足をつけていない「竹馬経済」であると批判した。しかし彼によるドッジラインと呼ばれたデフレ政策は成功したかといえば、結局安定恐慌に直面することになる。そんな日本を救ったのは朝鮮戦争による特需によってもたらされた「神武景気」であった。「いざなぎ景気」はベトナム戦争による特需によって支えられた。アメリカの戦争抜きに日本の経済大国はあり得なかったのである。福井紳一は『戦後史をよみなおす』のなかで書いている。

つまり戦後の日本は、日米安保体制の下で、常にアメリカへの支援という形で、「戦争」への関与を継続することによって、経済を成長・発展させてきたということでしょう。

私たちはそろそろ自惚れを深く反省すべきなのである。そのうえでアメリカとどう向き合うかである。