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2009-04-06

天才になれる秘密

という物をふと思い立った。


天才というのはコピーがうまい。

凡才はひたすら努力する。

たぶんこれが真理だ。


天才というのは自分でゼロから発明しようとはたぶん思わない。

宮本茂はスーパーマリオを

「これまでのいろんなゲームのいいとこどり」

と言ったがそれはつまり

コピーの組み合わせでオリジナルを作ったわけで、

ゼロから1を生み出した訳じゃない。


これは現在の任天堂のゲーム機もそうだし

Googleが、スティーブジョブスが、ビルゲイツでも

みんなコピーの組み合わせの天才であり、

(Googleは他者のサービスを買収して組み合わせ、

WindowsはMacをコピー、Macはパロアルト研究所の発明をコピー)

手塚治虫や現代の有名漫画家も映画やアニメや文学、

写真、イラストのコピーをマンガに落とし込んだのであり

その映画のスピルバーグやジョージルーカスやキューブリックなんかは

黒澤明をうまく組み合わせ

黒澤明はドフトエフスキーやシェイクスピアを組み合わせた。

コピーを昇華したようなエヴァンゲリオンを作った庵野秀明などは

自らをコピー世代と呼ぶ。

かのニュートンや、エジソンだって

他の学者のコピーを先に特許にしたような人達で、

アインシュタインに至ってはその特許庁につとめてたような人である。

(エジソンはどっかのマンガで読んだような、うろ覚え(/_・)/)


ニュートン(2) - 哲学的な何か、あと科学とか

http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/nyuuton2.html


で、あなたの周りの要領の良い人と、要領の悪い人を見比べてみよう。

要領の良い人は、

すでにある物を自分の所へもってきて

ちょっとぐらいルールから外れても

適当に書き換えてまるで自分が作ったかのように成果を出す。



要領の悪い人は、

ゼロから自分で考えて、教科書やルールからは絶対はみ出さず

努力に努力を重ねて、結果、

すでに誰かが作ったような物の劣化版を持ってくる。

どうしても自分の考えにこだわり。

基本的にパクリは悪だと思ってる。



要領の良い人はたいていコピー元が豊富なので

(同じ業界からはもってこないで、趣味や遊びから持ってくるとか)

特に法に触れるとか、悪いことをするわけでもなく

素人にはばれにくい、すばらしいパクリをしてくる。


創造のコツは、それがどこから得たものかわからないようにすることだ。


アインシュタイン

(id:Pandasista さんありがとうございます。)



では、なぜ要領の悪い人はそれができないのか?

なぜコピーをパクリを悪だと思い込んでるのか?



もちろん単純コピーは法に触れる。

それは何かとまずいししょせん二番煎じなのでたいして儲けもしない。

しかし、複数コピーの組み合わせとなれば別だ。

自分の業界にあるものは

たいていもう他人が組み合わせしきった後なので

すぐに見つかるよい組み合わせは残ってないが

他業界にはコピーできる無限の素材がある。


「自分の力で生み出さなければ本物じゃない。成長しない」

この思い込みが間違いの元だ。

人間にゼロからうみだせるものなんて何一つ有りはしない!

人間における最大の生産物、

自分の子供さえ伴侶とのコピー遺伝子の組み合わせなのだ。


しかし新しく組み合わされたそれはオリジナルとも言えるだろう。

そういう組み合わせは今までなかったからだ。

オリジナルが増えたら組み合わせはさらに指数関数的に増加する。

だがコピー元をちゃんと理解してないと、

うまい組み合わせも書き換えもできない。

プログラムだって同じだ。



すると要領の悪い人は、

コピー元が自分しかないのに子供を産もうとしてるのに似てる。

それでオリジナルを作ることは無茶だ。



むしろなぜ、ぼくらはコピーに罪悪感を覚えるようになったか?


それは学校教育にあるような気がする。


学校ではひたすら「自分で考える力」を養おうとする。

テストのときみんなで協力してはいけない。

それはカンニングだ。

自分の力だけで解かなくてはいけない。

社会に出てひとりぼっちになって、

自分の力だけで生きていけなかったらどうするんだ?

もっと競争しろ。

報われるのは上位だけだ。

他人を頼る子にはなるな。

ケータイで検索する?

いざという時電源が切れたり、

圏外だったらどうすんだ?



ところが!

実際に東大に入るような人は先人のパクリがうまい。

自分で考えるよりも素直にうまい人の真似ばかりをする。

有名な塾に行っては最適な受験テクニックを真似、

一番記憶に残る勉強方法を真似、

使える物は友達でも親でも使い、(それ以上に報いもする)

それで自分は楽にメンタルを保てるようなライフスタイルを真似、

東大に入るだけなら最低限の勉強しかしなかったりする。

ヘタすれば本当に自分では何も考えてないかもしれない。



「自分で考える力」とは

「自分で過去の資産を組み合わせる力」じゃないだろうか?

とするとひたすら先人のよいところをパクり続けるのが正しくて、

テストなんかもクラスみんなで協力して

全員が100点取る方が良いのでは?

社会に出て派閥争いで足を引っ張り合うより、

みんなで協力して全員Win-Winにするほうが良いのでは?



「それでは自分で解決しようとする意義を失って

人を頼り、みんなダメになってしまう」なんて

それはただ「ウソの恐怖」を植え付けてるだけで

僕らはそれにとらわれてるんじゃないのか?


鉄鋼王アンドリューカーネギーは鉄のことなんか

ほとんどなにも知らなかったらしいじゃないか。


これは恐怖そのものを恐れることより

みんなで協力し合うことのほうが大事という事なんじゃないのか?


例え同じように勉強してるように見えても

頑張って頑張ってひたすら努力する奴が結果を出せなくて

コピーしてコピーしてひたすら組み合わせを楽しんでる奴が

うまいこと結果を出してるんじゃないのか?


偉い人がたくさん本を読むことを推奨するのは

本に圧縮された背景哲学を膨大にコピーさせるためじゃないのか?


僕の1000ブクマ超えた記事が全てTV番組のコピーに味つけしたもので

Gigazineは海外のニュースや企業ニュースリリースのコピペで

アルファブロガーを数十倍上回るPVを稼ぐのが

やはり2chをうまく編集したコピペサイトなのも、

あなたのブログが自分のオリジナルの記事より

自分の意見のないまとめ記事の方がより多くのブクマを集めるのも

全てはコピーの組み合わせによるオリジナルであって

自分でゼロから考えるとだめなんじゃないのか?


そもそも自分になにがしかを生み出す力があるというばかげた思い込みが

他人に学ぶことを忘れ、謙虚さを失い、目を曇らせる原因じゃないのか?


「Imagine」


想像してご覧 個人の持ち物は無いって

そうするのは難しいかも知れない

貪欲になったり貧困になったりする必要は無いんだよ

人類はみんな兄弟なのだから

想像してご覧 世界を共有している人たちを


僕が夢を見ていると、君は言うだろう

でも今でも僕だけじゃないんだよ

いつか君たちも、私たちと一緒になって

そして世界はひとつになって生きていくだろう


そう!

逆なんだよ!!


この世に個人の持ち物は無い。

僕らがコピーを避けてゼロからオリジナルにこだわりたい理由は

それを独占したいという欲望だ!

それを他人にコピーさせまいという嫉妬だ!

だから自分の考えにこだわり、他人のアイディアは否定する!

それは自分がオリジナルでありたいという遺伝子!


でも本当のオリジナルの組み合わせを達成して、

幸せになれるのはコピーを共有する人達だけなんだ!


つまりは天才へ至る道が、

パクリに罪悪感をいだかないことであり

自分になにがしかの力があるとうぬぼれないことであり

それをパクり速度を加速させ、

あるていどパクリきったところでオリジナルの組み合わせができるようになる。


攻殻機動隊のロボット、タチコマが、

情報並列化(ロボット8体のその日の行動全部を8体並列にコピーする)を

加速させたすえにゴースト(オリジナル)を手にするのは必然であり

君がその本質にいつ気づくかなんだ!



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追記


トラックバック先のraw ellさんより

2005年のこれと似たような記事を教えてもらいました。


それは巨人の肩に乗ったから : NDO::Weblog

http://naoya.dyndns.org/~naoya/mt/archives/001538.html


トーバルズ、Solarisを斬る:インタビュー - CNET Japan

http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20079899,00.htm


私は証明された概念というものが大好きです。

ヒーローを1人挙げろといわれれば、

迷わずSirIsaacNewtonを選ぶでしょう。

彼が歴史に名をとどめた偉大な科学者であることも理由の1つですが、

もっと大きいのは彼が遺したあの有名な言葉かもしれません。

Newtonは

「私が他の人より遠くを見ることができたとすれば、

それは巨人の肩に乗ったからだ」

といいました。


実際のNewtonは、必ずしも好人物ではなかったかもしれません。

しかし、この言葉は科学を、

そしてオープンソースをうまく言い表していると思います。

重要なのは巨人の肩に乗り、他人の概念やアイデアの上に、

改善を積み重ねていくことです。


新しいこと、変わったことがしたいという理由で、

ゼロから新しいもの、変わったものを作ろうとするのは、

私にいわせれば愚の骨頂であり、思い上がりです。

Linuxが目覚ましい成果を上げているのは、

細事にこだわり大事を逸する愚を犯していないからです。


しかし、この穴に陥るプロジェクトのいかに多いことか。

NIHシンドロームは病です。

(編集部注:NIHはNot Invented Hereの略。

NIHシンドロームとは他所で開発された技術を嫌い、

自社の研究成果にこだわる考え方のこと)。


僕はさまざまなコピーの断片を組み合わせて

このオリジナルの記事を書き上げたつもりでしたが

まだまだ僕程度のコピーでは車輪の再発明でしかなかったわけです。

それでももしこの記事が、たくさんのブクマを集めたら

そりゃうまいこと組み合わせたなということかもしれませんが、

これからはうぬぼれず、

ひたすらたくさんの人の経験を素直に共有していこうと思います。



関連:

NOTEBOOK »NOTEBOOK» ブログアーカイブ » パクリの語法 - KON'S TONE

http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/530


あなたが3日坊主で終わる理由。あるいはメンヘル療法。 - teruyastarはかく語りき

http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20090625/1245870971

teruyastarteruyastar 2009/04/06 02:17 蛇足だけど、
自分のもってる情報だけを組み合わせて新たなオリジナルを作っては
また新しく組み合わせて、、、というのをずっと続けて
他人のコピーにたよらず誰も観たことない
独特なオリジナルを生み出すこともたぶん可能。


しかしそれは大器晩成とか、遅咲きのなんとやらで
ちょっと遅い、努力型の天才とか言われるかもしれない。
またそういう人の話は涙を誘い人の心に強く残るかもしれない。


でも世の中はずっとシンプルで複雑にしてるのは結局自分自身なんだ。

KodaiKodai 2009/04/06 03:19 なるほど納得です。
自分も、「組み合わせ」で、会議やブレストのネタ出ししてて、似たような感覚を覚える。
「アイデアの作り方」という小さい書籍にも同じ感覚が書いてあった。
参考までに◎

なまえちゃんなまえちゃん 2009/04/06 11:29 >teruyastarさん
どんな天才でも自分のアイデアだけでやってたら必ず才能は枯渇しますよ
天才的な音楽家の人とか見ててそう思う

teruyastarteruyastar 2009/04/06 12:16 >Kodaiさん
>なまえちゃん

ありがとうございます。
参考にさせてもらいます。


これからはトラバ、ブクマ、コメント全部自分の引き出しになるよう
素直に感謝していただいていこうと思います。

seikennseikenn 2009/04/06 14:29 野口悠紀雄の「超」発想法っていう本に似たようなことが書かれていて、おすすめです。

勉強(知識の詰め込み)は、新たな発想につながる
みたいな内容の本です。

なまえなまえ 2009/04/06 17:16 なれないなれない。

こういうこと言いたがる人は身近に天才がいないからわからないだけ。
「誰でも」「こうしたら・・」ってのは凡人にも期待を抱かせるから
キャッチーだけど、無責任だぜ。

自分の無能をどうしようもない、且つ認めたくない。
だから人のアイデアをパクるのを正当化する?
最低だ。

なまえなまえ 2009/04/06 17:45
韓国の人のメンタリティの説明ですね。

わかります。

II 2009/04/06 18:02 確かに、ビル・ゲイツやGoogleもコピーの組み合わせから始まり、発展していきましたよね^^;
やっぱり、他人が考えたものを上手く収集し、活用できる人が天才なんですね。
とても参考になりました!

tetu1217tetu1217 2009/04/06 18:18 こんにちは

コピーするのはいいけど。
大事なのはコピー先を理解すること(できる事)前提ですよね。
ようはコピーではなく理解じゃないの?

teruyastarteruyastar 2009/04/06 20:10 >seikenさん

本の紹介ありがとうございます。
書店で見かけたら手に取ってみようと思います。

そういえばドラゴン桜でも詰め込み教育を優先させるエピソードがありました。
自分で考えるより先にやることがあると言うことかもしれません。


>なまえさん

あえて期待を抱かせるように書いてるのは
ずっとシンプルに簡単だというメッセージの方が
肯定的な情報の気づきが多いと思ったからです。
これだけで多く伝わるとは思いません。
逆に反発も多いでしょうが、肯定的に取れる人へのメッセージとしてください。


>韓国人のメンタリティ


2chまとめサイトで見るようなニュースですよね?
ああいうのは巨人の肩にものっておらず
パクリの組み合わせもしてないので問題外かと。


>tetu1217さん


まさにそのとおりで、前提にコピー元の哲学を理解する力は必要だと思います。
ブクマでも、トラバでもそこは指摘されました。


この記事で僕はその理解力を上げるためにも
膨大なコピーの組み合わせをこなすことが重要なんじゃないかと考えて
あえて触れてません。


それについてはまた今度書いてみようと思います。

livelive 2009/04/06 21:19 オブジェクト指向

hamastahamasta 2009/04/06 22:11 伝統的な職業を見てみればいい。
ピアニストでも、歌舞伎でもいい。
守・破・離という言葉があるよね。
全ては模倣から始まり、そしていつか他人からオリジナルと言われるようになる。
模倣を恐れない、模倣を恥ずかしがらない、
もっと沢山模倣しよう。それがパワーになる。

jiro19jiro19 2009/04/06 22:24 テスト中に公式を見てはいけないということがいつも不満だった。
学校教育では暗記ができるやつしか生まれない。

we arewe are 2009/04/07 00:45 なるほどな、と思いました。
でもそれは「不器用さ」を認めないという発想でもありますよね。

歴史上の天才を挙げて彼らがいかに組み合わせで良い仕事をしたのかは分かりました。
でも同時に彼らにはそれ以上の不器用さや愚直さがあったのだと思います。

先人の知恵の上に今の自分があるという考えはよく分かります。
しかしそれらを組み合わせる「要領の良さ」が天才の定義だとしたら空しいと思います。
きっと歴史上の天才はもっと不器用、だからこそ何かが達成できたときの感激を知っていたのだと思います。

組み合わせの天才でいくとモーツァルトが浮かびますが、不思議と彼の音楽には悲しみもありますよね。決して器用なだけの人間だったとは思いませんけれどもね。

なまえなまえ 2009/04/07 01:22 「セックスなんて都市伝説だ」とキモオタが言ってる冗談があるけど、
天才的閃きを経験したことない無能が「天才なんて存在しない」って言って
うなずいている人が多いのはすごいね。

アインシュタインが特許庁に勤めていたから特許パクって
光電効果や相対論を作り出したとでも言いたいのだろうか?
物理やったことある?
ニュートンやライプニッツがどれだけのことをしたのか本当に知っているの?
カントールやラマヌジャンがなにかのパクりだとでも?
ベンゼン環はデミウルゴスのパクリだとかw

ニュートンと庵野を同列にに語ってるあたりもレベル低すぎです。

kikittkikitt 2009/04/07 01:23 学校教育に問題は多々ありますけど、過去に例がない独創的な組み合わせを作り上げるような人はさっさと見切りをつけて学校のルールの裏をかくか、学校のルールの外で自分で勝手に創造するんであまり関係ないです。

あと本エントリ全体を読んで感じたのはどちらかというと生産性向上のための方法って感じがします。
もちろん凡人が天才の手法を真似ることは生産性の向上にはつながりますが、結局その天才が考えた組み合わせを真似てるだけで自分でできることといったらやはり真似ることしかできない。
もちろん、凡人にとってはその時代の先を走る人の模倣が生産性向上への最短距離ですが、あくまで凡人が秀才になるくらい(それすら大変なことですが)が関の山でどうあっても「天才」にはなれません。
むしろ天才と呼ばれるような人は努力を努力と思わないような人の方が多いです。どんなジャンルにしてもこれと思ったことを試行する回数、時間こそが凡人との差を作っています。
天才は公式を「覚える」でわけではなく、興味をもって色々やっているうちに自然に「覚えてしまう」もの。暗記だ詰め込みだコピー=悪いことじゃないとか我々が言っている間にも彼らは手を動かしている。

no nameno name 2009/04/07 01:29 どっちかというと。
オリジナリティを追求してもどこかの誰かの真似になってしまう。
自分と同じことを考えるヤツなんてごまんといる。

オリジナリティを追求した結果、できるのは1つのオリジナルと数千のコピーとなり
このできたコピーの山をみて「天才はコピーがうまい」と評してるのではないでしょうか。

最初からコピーを目指すのか、失敗してもオリジナルを目指すのか
その指向性で自ずから創作の限界は決まると思います。

要領の良さは単に試行錯誤のサイクルを高めるものであって
天才を構成する一要素に過ぎない気がします。

no nameno name 2009/04/07 01:39 ちなみにアインシュタインが特許庁に勤めたのは
コミュニケーション不全でまったく就職できず、
友人の父のコネで特許庁しか入れなかったからです。
望んで入った訳ではなかったようですよ。

ヒマな仕事のおかげで思索に時間が割くことができ、後の功績の礎になったようですが。

なまえなまえ 2009/04/07 08:08 これを読んで「なるほど」なんて思ってしまった

ほんとの「創造」はどんなことかを知らない皆さんは

ハイゼンベルグの「部分と全体」でも「ご冗談でしょうファインマンさん」でも

湯川秀樹の「旅人」でも読んでみたらいいと思うよ。

wobiwanwobiwan 2009/04/07 17:24 ちょっと違うかもしれませんが、

他人の考えを受け入れる、ってことが大事なのかもしれませんね。

いい考えだと思いますが、言葉にすると

反発されそうです。

kkgrtkkgrt 2009/04/07 17:35 そんなこと言ったら
因数分解も、科学も、文法も
学校の悪しき教えさえもコピーだろうに
何言ってるんだか
アインシュタインも言ってるだろ
1%の閃きと99%の汗だって
どんなに汗かいてもそれだけじゃ足りない
閃きが必要なんだよ

なまえなまえ 2009/04/07 18:33 こんなのまにうけるバカとは一緒に仕事したくねえなあ。

srtsrt 2009/04/07 20:24 kkgrtさん
>アインシュタインも言ってるだろ
>1%の閃きと99%の汗だって

それエジソン。凄くいいこといってる分めちゃ惜しくも感じる

teruyastarさん
とても面白くなるほど、と目からウロコでした。
ただ読んでいて思った事はいくら複数をコピーして足しても
それは結局複数のコピーでしかない、と私は思うのです。
中国の道端で売られてるファミコンと64を混ぜたようなパクリ商品や
コーチとグッチの柄を混ぜた様なバッグとか。
ほんの数パーセントでも「オリジナル」が含まれてないと
コピーはコピーのままだと思うのです。
理解し受け入れたモノから何を生み出すか、そこが凡才と天才の差では。
過去の偉人達も複数コピーはしてもオリジナルを足していった。
剣道、柳生新陰流、プレイステーション、柔道、サンボ、ブラジリアン柔術etc。

AとBを足してABではなくCを生み出せる人が天才だと私は信じます。

なまえなまえ 2009/04/07 21:22
で、誰かが言ってたことを、あたかも自分が思いついたかのようにブログに書いて人を集めてる訳ね、teruyastarさんは。

santosanto 2009/04/07 23:28 実感としては、コピーのうまい「普通の東大生」ってのは、所詮は秀才であって天才ではないと思うのですが。
「天才っぽい人」は、そのさらに上位1%未満だけで。そっちにはちょっと「要領のよい人たち」とは何かが違う「ビョーキ」みたいな面白い(?)人たちがいます。

なまえなまえ 2009/04/07 23:41 ひとえにコピーと言っても、思考の参照元と効率化されたテンプレとがある気がしますが
前者を活かしきれたかどうかが、結果の分かれ目と思います

xnpxnp 2009/04/08 01:21 こんばんは。
僕の考える天才というのは、存在しないとかはっきり決めれるものとかそういうものではないと思います。

というのはあいまいな存在だからだと思います。

凡人はただひたすら努力すること。天才はコピーすることとおっしゃいましたが、
実際は、天才と呼ばれている人は複合的なものだと考えます。

ただひたすら努力して詰まったら人のものをコピーする・・・というものはどうなるんでしょうか?
最初から全部コピーするには普通は無理だと思います。

ただひたすら努力したからこそ、コピーできるものではないのでしょうか?

これに反論はできると思いますが、ただひとつの意見としてお考えください。
では・・・・。

xnpxnp 2009/04/08 01:35 追記します。
天賦の才能と書いて天才と思うのですが、
天才は誰にでもありうると思います。

天から授かった才能。
誰にでもあると思います。

だから、そんなことで沸いても仕方がないと思います。

それを活かしきれなかった人間はいっぱいいるというだけの話です。

特別な人間というのは、人から呼ばれればそうだということだけで
結局は努力の証です

今の教育問題もそうですが、理解と記憶。
これも才能の一部だと思います。

理解と記憶は一緒のものだと考えます。
理解というのは結局は、噛み砕いて記憶しているだけに過ぎません。

本質的には記憶と一緒です。
その記憶力が突出している人たちのことをあなたたちは天才といっているに過ぎません。

記憶力がすべての基礎です。
容姿、運動力などなど。

体で覚えるタイプ(結局は記憶ですが)など、本当に変えることもできない才能をもってる方もいます。
それは容姿です。
本当に容姿がよいとそれは誰にもかないません。

容姿というヴィジュアル的なところは、整形という荒業をしないかぎり(普通の人ではない)それは、変えることはできません。整形というのは論外です。人のすることではありません。

容姿がよければ誰もかないません。一番の天才です。

容姿に勝るものは何もありません。
そのほかは努力で手に入れられるのですから。

ひとつの意見です。参考に。

xnpxnp 2009/04/08 01:36 すいません。体で覚えるタイプは、除外してください。(苦笑)

teruyastarteruyastar 2009/04/08 02:07 さすがにこの時間でひとつひとつコメントは返せませんが
全部読んで次回の参考にさせてもらってます。

熱の入ったコメント多数、ほんとありがとうございます/(.^.)\

いのいの 2009/04/08 02:39 >人間にゼロからうみだせるものなんて何一つ有りはしない!

これ、違うと思います。
古代における言語の発生や文字の発明、社会システムの開発などは、既存のフレームワークが何も無いところから創造されたものですよね。
この創造性が、人間と動物の差だと思います。
人間には生来、何かをゼロから生み出す能力が備わっているからこそ、短期間に異常なまでの発展を遂げることができたのだと思います。
やはり、コピーの組み合わせ"だけ"では、天才と呼ぶにふさわしい偉業は達成できないのではないでしょうか。
既存のフレームワークの組み合わせに、完全にオリジナルな解釈を与えるからこそ、革新的な発見や発明になるのだと思います。

anonymousanonymous 2009/04/08 06:26 一言だけ。

貴方の文章は的を得ている箇所もあるが、あくまで「秀才になれる秘密」であって
「天才になれる秘密」ではない。

本当の天才とは過去の遺産の組み合わせやそこからミックスされて生まれる発想ではなく、
完全なるブレイク・スルーです。

もし貴方が天才になりたいのであれば、ネットを止すことだと思います。
なりたくなければ駄文を控えることです。変革とは常識を断ち切ることです。

teruyastarteruyastar 2009/04/08 10:19 >古代における言語の発生や文字の発明、社会システムの開発などは、既存のフレームワークが何も無いところから創造されたものですよね。


でも、言葉がしゃべれないころだって
触覚やボディランゲージだけでたいていのコミュニケーションは取れたと思いますよ。
それが、最初は簡単な2〜3種の声帯変化でコミュニケーション可能になり、
50種類ぐらい使えてそれを組み合わすことができるようになったら
言葉がうまれるのは必然で、
言葉ができたらそれにあてがう文字を作るのも
要は新皮質大脳と声帯というフレームワークがあれば組み合わせることは可能だったんじゃないですかね?


>貴方の文章は的を得ている箇所もあるが、あくまで「秀才になれる秘密」であって
「天才になれる秘密」ではない。

僕はそれぐらい簡単に考えてますが、
それは秀才より上の絶対的天才なんて存在しないと思ってるからです。
上にあげた偉人にしてもやはり彼らが巨人そのものにみえてしまう、
又はそうであってほしいという僕らの望みがそうさせてると思います。


>本当の天才とは過去の遺産の組み合わせやそこからミックスされて生まれる発想ではなく、
完全なるブレイク・スルーです。


僕はサラリーマンなのでそういう世間の何十歩も先をいくようなアイディアより
現実的な1歩先のアイディアを評価します。
先をいきすぎると、それは巨人の姿に見えないので
つまり一般大衆に理解されないので認められるまで何年も何十年もかかります。
それを評価できるのは同じだけ知覚コピーができる深い玄人審査員だけとなり
結局世間に認知されるまで、そこへたどりつく巨人が一歩づつ作られるまで
最悪、死んだ後でしか評価されないということにもなりかねません。


>もし貴方が天才になりたいのであれば、ネットを止すことだと思います。


天才を認識してないので、なりたいという気持ちはないですが


>なりたくなければ駄文を控えることです。

「なりたければ」
ですよね?
これはアインシュタインもいってますし、
名声を維持したければわざわざ巨人の中身を解説するのは確かにデメリットです。
資金なくなったら実験速度も落ちますしね。


>変革とは常識を断ち切ることです。


僕は、わりとみんなが何を言いたいかということには同意なんですよw
このブログの右上にもそう書いてますしw

通りすがり通りすがり 2009/04/08 17:16 新しい発想は既存の発想(コピー物)に色づけしたり、
削ぎ落としてアウトプットされると思う。

じゃあIQは天才を決めるの偏差値となるのか?
IQも要領の良さで決まるのだろう。

ch3cookch3cook 2009/04/08 20:33 天才とはこういうものだという記事に見える。
先にここで言う天才とはこういうものだと言う前提が必用だった気がする。例えば東大に入る程度の能力とか。
僕の思う天才は(僕の思う)コピーなんかしなくても天才であり続けるんです。

なまえなまえ 2009/04/08 22:09 >それは秀才より上の絶対的天才なんて存在しないと思ってるからです。

君が天才でなかったのも、
天才に出会えなかったのも不幸ではあるけど、
単にすごさが理解できるほどの知性がないからでは?
犬が人間見て全部人間に見えるみたいに。

kaerusanukaerusanu 2009/04/09 00:13 天才を否定するんじゃなくて、自分ならもっとおもしろい天才論を考えられる!って考えればいいよね。

kondo-hirokikondo-hiroki 2009/04/09 01:52 天才を要領の良い人、という言いきりについて、

上のコメントにもあったように、物ごとに対しての深い理解(天才はその理解の仕方もオリジナルなのかもしれない)要は本質を見抜く力、んでから自分のフィルターを通してオリジナルと呼べるものに昇華させる力

このあたり力が凄い人が多いんじゃないかと、 それからスティーブジョブズも手塚治虫も最初は超リスクの高いことをやっているわけですし、単に要領のいい人という事ではないと思います。
コピーがうまいってのは確かにあると思うんですけど、それが本質では無いという感じがします。

qhuitjanqhuitjan 2009/04/09 12:27 基本的に同感です。天才は決して努力の賜ではありません。演奏家、スポーツマンなどはもって
生まれた才能と努力が必要ですが、ノーベル賞をもらった学者などは、文科省推薦の優等生のよ
うな人はいません。今までの人類が考えなかったような発想をする人です。昨年のノーベル物理
学賞の小林、益川、南部の諸先生は自分の好きなことを好きな様に考えただけです。DNAの二
重らせん構造のワトソン、クリックもそんな努力はしていません。だいぶ前になりますが、私は
このことを強調いたしました。(篠原兵庫著 生命科学の先駆者 講談社学術文庫 1983、 二
重螺旋の発見ー科学者の性格と業績ー 日本医事新報 No3343〜3348 1988)20世紀生命科学
の最も大きな発見はワトソン・クリックの二重らせんの発見とマリスのPCRの発見といわれて
いますが、前者についてはワトソン本人の回想記(二重らせん江上・中村訳)後者についても本
人の回想(マリス博士の奇想天外な人生 福岡伸一訳 早川書房 2000)に詳しく述べられてい
ます。貴説を支持する有力なデータと考えます。要は自分の持って生まれた個性にしたがって自
分の道を忠実に生きることに尽きると思います。

teruyastarteruyastar 2009/04/09 13:26 生命科学の先駆者
二重螺旋の発見ー科学者の性格と業績ー
マリス博士の奇想天外な人生

ですね。
ありがとうございます♪

通りすがり通りすがり 2009/04/10 20:36 世の中には「TRIZ理論」ってのもあります。
ご紹介まで。

teruyastarteruyastar 2009/04/11 00:09 うお!
まさかの特許局職人発案w


本質をつかんだコピー理論ですか、、、、
これはこれで面白そう、
ありがとうございます><

wobiwanwobiwan 2009/04/12 11:08 コピーってのを真に受けちゃってる人がいますね。

teruyastarteruyastar 2009/04/12 11:39 >wobiwanさん

何かと誤解しやすい記事ではあります。
でもまあ、ほんとに僕が知らない、気づいてない何かのきっかけにもなってるのでそういったコメントもありがたいものです。

秩父侍秩父侍 2009/05/28 21:14 自分の持てる知識をヒケラカシテ、自己防衛のため、コメントをしているお方が
いるようですが、そーいうお方が来る所ではないようですよ。

当地的使者当地的使者 2009/06/06 22:04 確かに!
コピーして能力を上げていく・・同感です。
しかし、これでは人類の進歩はありえないでしょう。
なぜなら、現代か、現代よりも昔の人からコピーするので、まったくオリジナル性がなくなってしまい、科学の進歩もなにも、天才も秀才も生まれなくなると思います。
だって、コピーすりゃ生きていける。
努力なしで生きていける。
って考えるようになるのでは?

teruyastarteruyastar 2009/06/07 01:05 そうでもないと思いますよ。
遺伝子はたった4つの塩基の組み合わせですし、
コンピューターに至っては、0と1だけの組み合わせ。

そこに、アルファもオメガも生まれなかったけど、
その組み合わせの組み合わせの組み合わせの組み合わせの,,、、、、、
組み合わせは無限です。

まあ、そもそもニュートンや、アインシュタインの言葉ですし

君塚正太君塚正太 2009/07/07 13:16  天才とは、凡人の推し量れる領域ではない。これは、最初に言っておきます。
 ショーペンハウアーの言葉に、「知能が高くなればなるほど苦悩は増大する」
 「天才とは、十九歳から二十歳の間に突如として飛躍が起こる」
 フランスの作家レーモン・ルーセル(これは、正しいフラン語の発音ではありません)は、
 十九歳から、二十歳の間に「栄光の感覚」を味わい、自らを天才と自称したそうです。
 それに、晩年、狂気に陥ったニーチェは、(恐らくは、進行性核上麻痺?)一冊の本を書くのに
 十日あれば、十分だと述べています。実際に、天才たちの年譜を追ってゆくと、十日から、
 二週間で書き上げています。それに、ビル・ゲイツは、天才ではないし、上記にある
 ほとんどの人は、天才ではありません。

 私は、アインシュタインとニーチェを天才の
 最下辺と考えます。だから、人々も近づきやすく、偉業も認められやすかったのです。
 私は、小学生の頃は、夢中でアインシュタインの特殊相対論を考え、一気呵成に論文に
 仕立てあげ、学校の先生に提出しましたが、それは、無残に捨てられました。でも、
 私は一人の天才と会ったことがあります。彼は、慶応大学の理学部の卒論を教授に剽窃され、
 日本物理学会からも、十八回もの論文を送りましたが、またもや、それも無視されました。
 彼と私は、私は哲学にすでに転向していましたが、それでも、東京大学大学院の入試問題である
 フーリエ変換をわずか、数十秒ですらすらと解ける人物でした。私も、高校の時に、すでに
 独学で、日本の大学院クラスの数学は解いていたので、すぐさま、その答が合っていることが
 分かりました。彼は、すでにロンドン大学に招聘され、現在、日本にはいませんが、今でも
 思い出すことがあります。彼は、八冊ものノートを持ってきて、一つの方程式を見せて、
 「この方程式はだれも解いたことがない。僕も、まだ、解き終えていないんだ。」と、述べました。
 私は、これがノーベル賞クラスの数学と数論物理学の実力かと唖然としました。周りの学生は、
 さっぱり、それが理解できず、彼を変人扱いしていましたが、私は、彼の能力を認め、
 「君は、天才だ!」と、述べました。

 組み合わせは、無限だと述べましたが、それは不可能です。ユークリッドが提唱した
 「二つの直線は決して交わらない」という公理も、リーマンの非ユークリッド幾何学によって、
 打ち壊され、アインシュタインの一般相対論もゲーデルの鋭い指摘によって、現在は、
 ほぼ壊滅状態にあります。分子生物学の生みの親であるシュレーディンガーは、量子力学と、
 当時、最新の遺伝子研究と進化論を基にして、分子生物学を提唱した訳です。天才だとこぞって
 言われるヴィトゲンシュタインは、凡人もいいところです。彼は、何物も創造しなかったし、
 あったとしても、それは、後半生のわずかな時期に書かれた小論文に限られます(ドイツ語の原典と比べると、日本語訳がかなりおかしいのですが)。それに、天才独特のパトグラフィーを分析する必要も、もちろん、あるでしょう。よく凡人どもが、天才になりたいと言いますが、お門違いもいいところです。天才に必然的に存在する内的苦悩、それを凡人どもは全く理解できないのです。

 そもそも、天才とは何であるか? という根本的な問いにも迫っていません。ランゲ・アイヒバウム
が、「天才」という題目の基に書いた天才論に対して、ヤスパースは「天才の創造性に迫っていない。」と、鋭く批判しています。なぜなら、大衆に認められたら、天才だと、彼は述べたからです。この言葉は、全くの見当違いです。生前認められなかったレーモン・ルーセルが大量の睡眠薬を飲んで、ホテルのドアの壁のそばで死に、彼は、生前、自分の本を自費出版でしか出せなかったのです。
 そのドアの向こうに彼が、見たものは、一体、何だったのか? これは、日本語訳で出ていないので、フランス語原典で読んでください。ウィナーにしても、そうです。人間機械論を二十世紀前半に提唱し、現在の脳科学の基礎を創造した人物です。ロール・シャッハ、シェイクスピア、ラマルク、
カフカ、宮沢賢治等が、そのよい例です。

 「かくも真理は遅くやってくる」という諺にあるとおりに、偉大すぎる人物たちには、凡人の理解力では、彼らの文章などが、判読できないのです。そして、後世の天才によって、再評価はされますが、凡人どもは、それを感嘆の眼差しで眺めるだけで、何らの批判も出てきません。最後に、四年前、私が、大学に入る前に、哲学の学会に参加した時に、東京大学大学院生や早稲田大学大学院生などが、ぞろぞろと、入ってきて、討論会になりましたが、彼らは、哲学でも私に劣り、他の分野では、全くの無知でした。それを見て、私は愕然としました。所詮は、日本トップレベルの大学院に行っていても、この程度かと思い、幻滅しました。

teruyastarteruyastar 2009/07/07 19:41 >>君塚さん

いろいろ疑問があるのですが、

1,[なぜ、知能が上がるほど苦悩しなければならないのか?]

例えばブッタですが、苦悩した末にはだいぶ楽観的な心理みたいな事を言ってます。これは悟りを開いたと言うときに抽象レベルが上がったように見えますが、だとすれば苦悩してる時の天才はまだ抽象レベルが高くないのでは?


2,[天才なら、その高い知能でいくらでも凡人を説得できるのでは?]

凡人を説得する技術など、上にあげた天才達より前の時代に確立してます。
なぜ天才達が自分達の達した領域を分かりやすく説明しないのか?
もちろん天才の底辺と呼ぶ、アインシュタインや、世間に認められた方の天才はアレコレ名言を残してたたえられてますが、君塚さんの上げる天才はなぜそれをしなかったのか?


これについて僕の仮説は、一般の人から意図的に離れることによって
天才であるしかないというエフィカシーを得ようとしたんじゃないかと。

しかし、他人に対する尊敬や調和をなくした人は社会的な幸せを持ち得ません。
だから天才的な能力とは別に、誰にも認められないまま死んでいくしかなかったのではと。
逆に言うと、そういう社会性の断絶がなければ能力を発揮できない人だったという仮説です。


3,[天才という根本的な問い?]

天才というイデアがあるなら、これを問い詰めると意味をなくしていまいます。
誰がそれを定義するのでしょうか?
天才という単語は天才として扱うからこそ意味があるわけで、それだけで充分です。


4,[なぜそこまで天才にこだわるのか? しかも不幸な方を]

本文からここまでの流れで、僕は天才という存在を明確に意識していません。
天才が凡人でも宇宙から見てたいした差がないからです。

しかし君塚さんは、権威や能力を文中で多用してます。
多分、君塚さん自身がそこまで能力があるのにそれに見合わない
不遇を抱えててそれは自分じゃなく、世間が凡人過ぎるからだと嘆いてるのでしょう。

つまり自分自身の不遇を正当化するために、不幸な天才達を高いところに持ち上げそれと自分を重ね合わせてるように見えます。

例えば、君塚さんの文体は本文からの流れとは明らかにレベルの違う
単語と人物が出てきますが、フランス語の原典を読んで下さい等、
およそ一般人に対して配慮がないようなやさしくない発言が目立ちます。

そしてそれは、学のある凡人が学のない凡人を騙すための衒学的振る舞いによく似ています。
あるいは自分の本当の中身を知られたくないばかりの鉄壁の防御。
そういうのが透けて見えます。


5,[天才が持つ価値観とは何なのか?]

人が幸せであるためには、
他人に認められること、
あるいは自分に認められること、のどちらかを満たす必要があると思います。

僕は社会的な成功を収めるか、
愛する人と一緒に過ごすか、
自分の趣味をとことん突き詰める環境のどれかがあれば
それで幸せなんじゃないかと思います。


もし君塚さんの上げた世間に認められなかった天才達が、
自分の研究を突き詰めれたのなら、それだけでもう充分であって
世間を嘆く必要はなかったはずです。

もしくは僕が今、天才の自殺を否定的な事と捉えましたが、
役目を終えたと知って、肯定的に世の中から姿を消したのかもしれませんね。

そもそも天才なら、人類はもっと進化すべきであるとか、究極の真理を求めるべきだとか
そういう事に意味がないのは百も承知なはずで、ただ楽しいからやってるだけでしょう。


別にロンドン大学にいくひとが偉くて、
居酒屋を経営するおじさんはダメ人間ということにはならないでしょう。
人はいろんな多様性があるからここまで生き残れたわけで、
決して優劣の上下関係にあるわけではない。


進化と幸せは必ずしも比例しません。
むしろ天才達が偉業を達成しない方が死ななかった人も大勢いたわけで。

もちろん、これから宇宙を開拓しようが、50億年後に地球と共に一度還ろうが同じ事です。


普段は、人の心理状態を断定して突きつけるなんて野暮なことはしないのですが
君塚さんなら大丈夫だろうと、感で判断しましたw
なのでこれについては謝りませんw


6,[なぜ他人との調和を消す必要があるのか?]

他人を凡人とバカにするのが天才の証なんでしょうか?
それだといくら天才でも商売や仕事は僕よりできないですねw
そんな天才にはいくら能力があっても
お客さんも仲間も誰も寄ってこないですよ。
仕事にならないですよ。
友達もできないですよ。
能力のある天才達が世間に認められないのはそういうことじゃないでしょうか?

これは先にも、エフィカシーを得るためじゃないかと仮定しましたが、
そんなことしなくても、世間と調和したままエフィカシーも能力も得れると思うんですよ。


人間というのは60億人でひとつの人間です。
社会性が、他人がいないと人が人である意味をなくすので、
自分という価値観を得るならひとまとめに考える必要があります。
だから多様性はあってしかるべきで、
ロンドンの天才も、そこら辺の子供も、ダメなニートも、全て愛すべき人たちです。
もちろん君塚さんも、ここに上がってる全ての名前も尊敬に値します。

それは結局自分の一部だから。
他人や自分が凡人でも天才でもかまわないわけです。
愛すればきっと楽しくやっていけますから。


天才に愛は足りてますか?

あずきあずき 2009/08/20 00:39 世阿弥「風姿花伝」の 似せんて思う心なし という一文を思い出しました。
ものまねを繰り返すことで、もはや似せようとしなくてもいい境地に達する
というような事を言ってると思うのですが、
まさにteruyastarさんの言う
>パクり速度を加速させ、あるていどパクリきったところでオリジナルの組み合わせができるようになる。
と同じだと思いました。

teruyastarteruyastar 2009/08/20 10:13 >>あずき

世阿弥いいこと言ってますね。
芸をきわめた人に僕ももっとまねぼうとおもいます。

namename 2009/09/16 22:39 エジソンは「天才は1%のひらめきと99%の汗」と言ったと広く信じられているが、
実は「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」と言ったらしい。

wikipedia情報だから真実かどうかはしらないけど。

天才ってすごいなーと思った天才ってすごいなーと思った 2009/11/01 02:17 最初に関係ないですが、ひとつ。
今の学校教育は理解を何なのか教えていない。わからないやつに対して形式的に覚えさせているだけ。
理解につながることを教えていないのが現在の学校です。

天才とはという言葉はそもそも努力などで何とかなるレベルの人間がなれるものじゃないと思います。
自分の友人(高校のクラスメイト)にいました。
自分も知り合うまでわからなかったのですが、やはり天才というものは言葉で語るに難しいものだと思います。
自分もそうだったように出会わないとわからないものだと思いますね。
自分は東大に入れる自信はあります。
ですが絶対天才にはなれないです。これが本質的な意味での天才を目の当たりにした人間の感想です。

T 2009/11/07 10:03 楽しんで、その上他人を感動させることができる人間。
それが天才なのではないでしょうか?
抽象的な意見ですが、あしからず。

天凡天凡 2010/05/27 02:11 凡人・・・模範から従来の組み合わせしかできない
秀才・・・模範から従来の組み合わせを凡人より早くまたは多く身     に付けられる
天才・・・模範から今までにない新しい組み合わせができるようになる

nachanacha 2010/06/22 09:12 面白い記事をありがとうございます。楽しく読ませて頂きました。
記事の内容もさることながら、「天才」という言葉には人を刺激する要素があるのだなあと、コメントも併せて読みながら思いました。

「天才」にどのような意味を込めてコメントしていらっしゃっているのか、皆さまにそれぞれお伺いしたいくらいです。

個人的には、teruyastar様の
>それは秀才より上の絶対的天才なんて存在しないと思ってるからです。
>上にあげた偉人にしてもやはり彼らが巨人そのものにみえてしまう、
>又はそうであってほしいという僕らの望みがそうさせてると思います。
というお考えにかなり共感します。

薩長連合はテロリスト薩長連合はテロリスト 2010/06/28 01:20 マルチコピペ職人が通過しますよ

薩長連合はテロリスト 薩長連合はテロリスト 2010/06/28 01:58 >>teruyastar
>天才に愛は足りてますか?

天才や神という言葉を使う奴って馬鹿なんだと確信したわ
長文に騙されたわ

学生A学生A 2010/08/29 01:39 努力する人がいなければ、天才もパクれない。
どちらもできるのが、本当の天才なのではないか?

とても参考になりました。

学生B学生B 2010/10/14 18:23 なるほどな〜と思った反面、アレンジとの違いが良く分かりませんでした。
アレンジはどうお考えですか?
「哲学を継承して創造が生まれる」的な分析は納得出来ました。

teruyastarteruyastar 2010/10/14 21:48 記事の趣旨としては
全部1から自分でやるより、
先人の肩の上に乗ってさらにもう一つ積み上げて新曲をつくる話で
アレンジというと
積み上げるというより横にスライドして
先人の曲を改めて編曲するようでひとつ上に上がらず
横に広げる、、という感じがしますね。

勉強になる良いブログですね勉強になる良いブログですね 2011/02/21 17:30 分野によっても違うのかもしないけれど、私の周りでは要領の良い人ほど他人のやっていることに頓着していない。がむしゃらに情報を集めようとしないのに、一を聞いて十を知るが如くに驚くべきことをやってのける。
逆に要領の悪い人は、人のやっていることをコピーしようとして、十も百も情報を集めるのだけれど、結局「一」が理解できないせいで無駄な努力に終わる。
そんな様子を見ていると、学ぶ対象を厳選して、それらをうわべだけでなく根底から理解し、発展させることが天才に近づく道だと思う。この記事は後者を増やしそうで罪作りに思う。

kjkj 2011/02/22 01:19 色々考えさせられました。
コピーのかわりに、テンプレートという言い方もできるかもしれませんね。
そう考えると、天才とはそうでなかった他者と不連続なものではないのかもしれません。

文明、科学、そういうものの発展の連綿たる流れの中に生まれてきた「天才」とは、その時代だったから「天才」たりえたのかも知れません。
仮に石器時代に相対性理論に辿り着いた不連続な天才がいたとして、もちろんそんな時代には評価されるはずもないですよね。
天才を天才と評価できる時代背景というのは、その天才と連続的な人々が作り出しているわけで、天才がその才能を評価された分野というのも天才が不連続的に作り出したものではない。

天才がたった1人でこの世に生を受け、誰にも会わず、何も見ず聞かずになにかを成し遂げて天才と評価されたなら、天才は不連続と言えますが、そんなことはありえません。
過去に「もしも」がないとすれば、天才を作り上げたのは、天才に関わった全ての人、物とも言えます。少なくともそれ抜きには天才たりえなかった。
そんな全てのものとの関わりの中でなにかを見いだし、成し遂げ、評価された他者と連続的な人が天才で、その連続性をコピーと表現しているのではないでしょうか。

makimaki 2011/02/22 12:48 コピーが効率よく行える事が天才なんじゃない。
コピーすれば行ける、と気づけることが天才なんだ。
そこに「気づく」ということは、自分の向かい合った事象を理解した、もしくは抽象化・仮想化に成功したという事。
この理解に至れるかどうかが、天才と凡才の分かれ目。
その理解があれば、凡才でも同じ事ができるが、凡才が凡才たる理由は、理解に至れないから。
「罪悪感」とか全然関係ない。

tomtom 2011/02/23 04:09 天才には、その才能に見合った、両手には抱えきれないほどの強烈な愛が必要なんです。

nozomunarusenozomunaruse 2011/02/23 17:20 良い記事だと思いました。「人は一生かかっても、自分だけのものなど持つことは出来ない」と寺山修司が書いていたことを思い出しました。

minazuki255minazuki255 2011/03/05 13:47 (天才は信仰か?)
誰かのコピーを繰り返し、その精度を研ぎ澄まし続けたとき
経験に裏付けられた高い技術・知識を手に入れる。
その状態でなにかのコピー・組み合わせに失敗したとき
偶然
いままでにない「オリジナル」=「自然の法則」を
新たに発見できただけじゃないでしょうか?

人は、その自然の法則から生み出される現象に
神を感じてきました。
新たな自然の法則を知ることは真理を知ること。
揺るぎないもの=信じられる存在を知る喜び
だから、その貢献をした人を神になぞらえるというか
神に近づいたと感じるのではないでしょうか?(

天才は、その人が培った技術で運良く真理に近づいた人。高い技術+運
つまり運の要素が天才は、神に選ばれた人という心理をもたらすんじゃないかなと思ったりします

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