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tetblueの日記 このページをアンテナに追加

2008-03-19 [SFAA翻訳]#4 : [1-36,37]THE NATURE OF SCIENCE続き このエントリーを含むブックマーク

SFAAの翻訳、あいだが空いてしまいました。これで第一章完結。

[1-36]は科学は万能ではないこと。科学には専門性と守備範囲がある。

[1-37]は科学を扱う科学者は、人間であり長短所ある。

科学を扱うにあたり、長所、短所、可能性、方向性、あるべき姿、これらをしっかりと示している。肯定的だけでなく、問題点などをきちんと示しているのが、流石というかSFAAのすごいところかもしれない。

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(原文)

[1-36]

Even so, scientists can seldom bring definitive answers to matters of public debate. Some issues are too complex to fit within the current scope of science, or there may be little reliable information available, or the values involved may lie outside of science. Moreover, although there may be at any one time a broad consensus on the bulk of scientific knowledge, the agreement does not extend to all scientific issues, let alone to all science-related social issues. And of course, on issues outside of their expertise, the opinions of scientists should enjoy no special credibility.

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(翻訳)

例えそうであっても、科学者は公開討論の事柄に関して、決定的な答えをもたらすことは滅多にない。幾つかの論点は複雑すぎ、現在の科学の領域の中に当てはめることは難しいし、信頼できる情報がほとんどないのかもしれないし、科学の範囲外に本質があるのかもしれない。その上、大部分の科学の知識において、常に幅広い合意(コンセンサス)があるようだが、それは科学に関連した社会的な論点はもちろんのこと、科学的な論点全てに当てはまるものではない。そしてもちろん、専門的知識外の論点において、科学者の見解は全く専門的な信頼性をもたらさないだろう。

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(原文)

[1-37]

In their work, scientists go to great lengths to avoid bias―their own as well as that of others. But in matters of public interest, scientists, like other people, can be expected to be biased where their own personal, corporate, institutional, or community interests are at stake. For example, because of their commitment to science, many scientists may understandably be less than objective in their beliefs on how science is to be funded in comparison to other social needs.

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(翻訳)

それらの仕事の中で、科学者は偏見や先入観を除くために、どんな苦労も惜しまない -- それは他人の偏見や先入観と同様に自分自身についても。しかし、公益に関することにおいて、科学者は、他の人々と同じように、個人的、企業的、所属機関的、あるいは公共的な利益があるような場合、偏見や先入観が確かに存在され得る。例えば、科学者は、科学に対する責務があるため、他の社会的ニーズと比べ、科学がどのようにして成り立っているのかということにおいて、自己の信念をあまり客観視できないということは、理解出来得ることだろう。

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今回はなかなか難しく感じた。

to be funded

は文字通り、"資金を得る"ことという直接的な原因とするか、

"成り立っている"という概念的なものにするか、迷った。