『桃源郷の機械学』(武田雅哉) 〜 【エレクトリック・カフェ】(クラフトワーク)

桃源郷の機械学 (学研M文庫)

桃源郷の機械学 (学研M文庫)


世界はただ機械である。


人のこころによって生みだされた「機械」によって組み立てられた世界である。歯車で構成されている、というわけではない。人のこころで描かれた直線や、流儀や按配で世界が組み立てられ、そんな定規ではかって世界を認識する。

たとえば中国の国土を見ていると、こころのなかに描いている風景がそのまま外にはみだしているような気がしてならない。遠くの山々は好むものを選び、その風景に抱かれる場所に都をおく。都もどのように置いてもよいわけではない。風水という置くためのルールがある。さらに庭には物語に登場する場所を配置し、人がそのまま立体的な物語のなかへさえ入りこめるようにする。

これはすでに自然ではない。人のこころのルールによって生みだされた人工的な空間である。人の手の触れるところはおよそ自然ではありえない。それが「中国らしさ」を生み、「日本らしさ」を生み、「アメリカ臭さ」や「ドイツっぽさ」を生む。もちろん気候的風土の差はあるのだが、そこに「中国らしさ」を感じるのは人工的風土の差である。

中国が機械的にすぎるのではない。およそどの国でも、どこの場所でも人がそこにいるかぎり事態は同じである。だからこそ、世界中の都市があの「近代都市」のデザインを実現しようとした。中国はそのあたりの事情が見えやすい国である。あまりに大きい国土とあまりに大きな人口が、そんなこころにひそむ機械の夢を拡大して見せてくれる。

さて、このあたりに、実は、中国人の園林思想の決定的な性格が見えかくれしているのではないだろうか。すなわち、月洞門をくぐってルナパークに遊ぶにせよ、月形の窓を額縁に見立てるにせよ、そしてこの「三潭印月」にせよ、かれらはすでに、本物の月など見てはいないのではないかということだ。

庭のなかに「山」と見立てて土を盛る(築山、仮山)も同じである。中国の人工振りは徹底している。秦の始皇帝が即位のときに泰山において泰山封禅をして天の声を聞く。この秘儀のために始皇帝を駕籠で担いで山頂まで運ぶために階段がつくられた。日本ではこの一事をしてもぎょっとしてしまう。

秦の始皇帝が、金毘羅さんの会談をのぼるときのような轎(かご)にヒョイと乗っかって泰山をのぼったとは、もちろんいいすぎであろう。始皇帝の乗りものであるから、立派な車であったにちがいない。それでは、始皇帝はなにゆえに車に乗ってわざわざ一五二四メートルの泰山の頂きまでのぼったのか。

司馬遷は『史記』―「封禅書」の冒頭においてこう述べている。古には、天命を受けた帝王は必ず泰山に出かけて封禅の儀式をした。自分の即位が天命にかなっているかどうかを北斗七星や日月五星の運行を観測して確かめ、さまざまな祭祀をしてから泰山に行って天地山川を祀った。しかし、世のなかが衰えると封禅の儀式もすたれ、その詳細もわからなくなってしまったのである。(『龍の住むランドスケープ中野美代子

見えない形で風土を加工することもある。富士山が見える場所には「富士塚」という具合に、その場所の見立て・癖や縁起・由緒を名前にもちこみ、その名前をその場所に配する。これだけでその場所はこころのなかに仕舞われる場所に転ずる。

人ほど不自然なものはない。いつも自然ではいられないからこそ、人の「かたち」が生まれる。この「人工」という世界、ただちに自然と衝突するものではない。自然と人、自然と自然、人と人の折り合いをつける回路さえもつくってしまう。これはたくみな自然の戦略であるのかも知れない。人は人であるかぎり自然にはなれない。

あまりに、「近代=機械=人工」という等式になれすぎている。そして「それ」と自然を対置させようとする。すると人の居場所そのものが消去されてしまう。これが近代の迂闊である。人工とは自然の否定ではない。自然に向かう努力である。


さて、機械仕掛けの桃源郷にはクラフトワークの【エレクトリック・カフェ】をかけたい。人の本来の不自然さ、人工としての人を音楽からヴィジュアルからスタイルまで徹底して見せた。


不自然な自然であるからこそ、自然が芽生える。