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家修繕日記 Twitter

2012-06-01

再建築不可な物件の不思議

f:id:tetsufujiki:20120524113436j:image:w280:right家を建てる土地や中古物件を探されたりした人なら何度か目にする「再建築不可」と記された物件広告。こういう物件をうっかり買ってしまわないようにというのは、最初に教わるところだと思うが、どうしてそんなことになってるのか不思議というか、怪しいというか、ちょっと気になるところだ。

家を建てる時の許認可手続きとして「建築確認申請」があり、建築基準法をはじめとするあらゆる関連法規の基準を満たさない計画には一切許可が下りない仕組みになっていて、これがなかなか厳格に取り扱われる。一方、法律条例というものは年々見直され、どんどん厳しくなる方向にある。そうすると何年も前の法規制に基づいて建てられた建物は今現在の基準を満たさなくなる。ひとことで言うと違法建築となってしまう。ただこれでは法治国家として具合が悪かろうとして国から出された妙案が「既存不適格」という制度だ。現行基準を満たさなくても、建設当時の基準を満たしていればいちおう違法建築ではないというお墨付きとなる。ただし新たに建て替える時は現行規制が適用されるから、そのままでは再築不可となる。

なんちゃってルール

f:id:tetsufujiki:20120504114506j:image:w220:leftしかしこれが二重ルールを生んでいる。なんちゃってもいいところなのだ。それもそのはず、所詮あたらしく建てられる建物は全体の数パーセントに過ぎず、街を見渡せば既存不適格だらけだ。私の実感では建てられた直後にすでに基準を満たせなくなる物件が相当数あり、はっきりいえば既存不適格でない建物が例外中の例外と言ってもいいだろう。たぶん、50年くらいかけて新しい基準を満たした建物に入れ替わっていく算段なのだろうが、その頃にはさらに基準が上がっていて、これでは永遠に既存不適格はなくならないどころか、主流であり続けるだろう。

規制内容のひとつひとつは理にかなったものだ。家の前の道路が狭いと消防車が入ってこれず、火事の時に消火活動が間に合わないおそれがある。階段はひとつよりも二つくらいあると、いざという時に脱出しやすいだろう。こういう知見は、これまでの事故や悲劇からの教訓の蓄積であって、尊いものだ。だから私は、建築基準法の条文のひとつひとつはよくできているなとしばし感心することがある。世界に誇れる建築の安全基準になっていると思う。

国民を守っているようで守っていない法律

しかし残念ながら、その素晴らしい基準を満たしているのは全体の数パーセントでしかない。では、実態はどうなのか。これはおそらく誰も把握していないだろう。せいぜい事故が起こるたびに少々議論される程度だ。最近では広島のホテル火災で死者を出す惨事となったが、行政側は既存不適格だから仕方がないというスタンスだ。法律がなぜ存在するか。国民の安全と財産を守るためとされているが、基準は立派にできていても最後の詰めが甘い残念な法律となっている。解決策はある。我々が新築をベースに理想を追い求める発想からそろそろ脱却して、目の前にあるものの安全性などから目をそらさないことだ。法律を満たしているとかそうでないとか、それだけで済まさないこと。うちの子供たちもそうだが、ルールに対しては比較的に従順だったりする。学校教育がそんな感じなんだろう。けれど、ルールを守ることのそれ以上もそれ以下もない感じだ。本質を考える訓練が小さいころから必要ではないだろうか。

f:id:tetsufujiki:20120524095834j:image:w360:rightさて、再建築不可の話にもどす。先日見てきた世田谷区内にある長屋は、未舗装の狭い路地に囲まれている。家を建てるための前面道路基準を満たさない典型的な再建築不可物件だ。法律的に家を建ててはいけないということは、国民の安全をおもんばかってのことなのだが、現状で住み続けることは別に構わない。人に貸して家賃を受け取ってもよい。確かに火事が起これば火の手が広がりそうな危険は感じる。一方で自動車が入り込んで来ない静けさがあって、かえってそれが安全かもしれない。そもそも住んでしまえば、それが基準を満たしているとかいないとかは意識することは全くない。借りて住んでいたりすればそんなことを知る由もない。やっぱりなんだか不思議な法律だ。

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