「有頂天家族」

tetu-eng2014-06-22

有頂天家族
森見 登美彦
幻冬舎文庫
2013年6月10日発行
686円(税別)

 「面白きことは良きことなり!」

 この小説は、ほんとうに面白い。

 森見さんの小説は、「夜は短し歩けよ乙女」を読んだときには、物語が飛び跳ねているという雰囲気で、うん、左程、面白いという印象はなかったのですが、この小説は、掛け値なしに「面白い」し、「傑作」であると断言できます。森見さんは、京都大学ということで、京都を舞台にした小説が多いようです。そして、この京都の街の様子が巧みに表現され、この小説の「面白さ」に彩りを与えています。

『私は四条大橋のたもとから鴨川の土手へ下りて、向こう岸でぽつぽつと橙色の明かりを灯す納涼床を眺めた。土手を北へ歩いて橋から遠ざかるにつれて、だんだん街の賑わいが遠のいて、暗い水の向こうに街の光だけが浮かび上がる。対岸に連なる宴席はまるで夢の景色のようだし、電燈に照らされて杯を手にする人間たちもまるで芝居の役者のようだ。』

 ぼくも一度は行ってみたいな、鴨川の納涼床。余談なり・・・。

 主人公の「私」は、実は、京都の狸の名門である鴨川家の矢三郎です。狸に名門があるかどうかはしりませんが、小説は奇なり。亡き父は、京都の狸の頭領である下鴨偽右衛門。代々、頭領は、「偽右衛門」を称します。「偽」とは、にせもの。矢三郎は、下鴨神社の糺ノ森を棲家として、そこで、母と、長兄の矢一郎、弟の矢四郎と巣くっていますが、次兄の矢二郎は、故あって、六道珍皇子の古井戸で蛙として隠遁生活をしています。物語は、この兄弟とライバル夷(えびす)川家との奇想天外なアドベンチャー、大スペクタルの連続です。

『花鳥風月をまねるのも風流だが、やはり一番味があるのは人間をまねることであろう。そうやって人間の日常生活や年中行事にどこまでも相乗りして遊ぶのが、なんだか妙に面白い。このやむにやまれぬ性癖は、遠く桓武天皇の御代から、脈々と受け継がれてきたものに違いなく、今は亡き父はそれを「阿呆の血」と呼んだ。
 「それは阿呆の血のしからしむるところだ」
 我々兄弟が何か悪さをして騒ぎを起こすたびに、父はそう言って笑ったものだ。』

 物語は、人間、天狗、狸の三つどもえの大騒ぎ。もちろん、狸は、ばけるのがお得意、でも、ときどき、しっぽを出す失態もあります。大騒ぎだけではありません。「有頂天家族」のタイトルどおり、テーマは「家族愛」、そう、狸の「家族愛」なのです。とにかく、抱腹絶倒、スリルあり、涙あり、家族愛あり、友情あり、何でもありの、テンポのいい小説です。是非、一読あれ!

桓武天皇の御代、万葉の地をあとにして、大勢の人間たちが京都に乗りこんできた。
 彼らは都を築き、産み増え、政権を争い、神を畏れ、仏にすがり、絵を描き、歌を詠み、刃をきらめかせて合戦し、ついに火を放って街を焼いたかと思えば、飽かずに再建し、また産み増え、商いに精を出し、学問をたのしみ、太平の世を満喫し、四隻の蒸気船に仰天したとたん、うっかり火を放ってまた街を焼き、「文明開化」を合い言葉に懲りずに再建し、やがて来る戦争の時代を乗り越え、笑ったかと思えば泣き、泣いたかと思えば笑い、色々あって現代に至った。
 桓武天皇が王城の地をさだめてより千二百年。』