「七時間半」
獅子 文六
ちくま文庫
2015年6月25日第3刷
「獅子文六」って、ご存じですか?
ぼくは、名前だけ知っていますが、小説を読むのは、たぶん、初めてです。昭和44年に亡くなっているので、一世代前の演劇家、小説家ですね。イメージとしては、大衆小説作家ですね。
なぜ、今、獅子文六か?
たまたま、紀伊国屋に平積みされていたので、一世代前の大衆小説を読むのも一興でしょう、と、手に取りました。
帯のコメントは、
とのことです。
さて、七時間半とは、何か?
東京―大阪の特急列車の所要時間です。昭和39年の東京オリンピックの年に、新幹線が開通しているので、当然、それより前のお話です。
『十二時二十九分。
東京駅十六番フォームの南寄り階段の上で、赤線金筋入りの帽子をかぶった男が、大型の懐中時計の針を見ながらーーその時計も、十二時十分に、念のため、事務室の標準時計と合わせているのだが、そして、その正確な時計を見る前に、前方の出発反応標識の白い光りを、ハッキリと確かめて後のことだが、やっと、出発指示合図のボタンを、押した。』
いよいよ、出発進行です。
これから、特急列車「ちどり」を舞台にした七時間半の旅の間に、いろんなドラマが始まります。乗員、乗客、いりみだれての、どちらかというと「てんやわんや」のラブコメディあり、アクシデントあり、そりゃ、盛りだくさんの痛快エンターテイメントの旅です。
『「エー、皆さん、程なく、いえ、もうすぐ、終着駅大阪でございます。途中、事故のため、七分おくれの二十時七分、到着の予定でございます。フォームは、右側、三番線。大阪から、下り雲仙号に、お乗り継ぎの方は・・・・」
続いて、乗り継ぎ各線の案内を、始めようと思ったが、もう、列車は、大阪駅構内へ入って、北の繁華区の燈火が、窓外に迫ってきた。
「エー、相済みません。もう、着いてしまいました。七時間半のご旅行、おつかれさまで、どなたも、おわすれもののないよう・・・・」』
到着時の乗客専務のアナウンスの慌てぶりからも、想像できますとおり、最後まで、気の抜けないぶっちぎりのスピードのある物語でした。
日本は、戦後復興期の昭和30年代、こんな明るい小説を読みながら、高度成長期をひたすら歩んできたのですね。
昭和の時代を垣間見る傑作小説です。