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孺子の牛(じゅしのうし)

2012-05-19

田辺聖子「川柳でんでん太鼓」

10:47 |

 現代仮名遣い版鶴彬全川柳「手と足をもいだ丸太にしてかえし」を読んだとき、編者の木村哲也が巻末に多くの文献を紹介していた。その一冊が田辺聖子の「川柳でんでん太鼓」であった。

 田辺聖子が人気作家であった頃には、多くの小説やエッセイが文庫化されていたが、今ではあまり出版されていない。2006年にはエッセイなどをもとに、朝の連続テレビ小説芋たこなんきん』(NHK大阪放送局制作)が放送されている。本人も登場してなかなか好評を博したようだ。どういうわけか朝の連続テレビ小説は、女性が主人公でないと視聴率がとれないようだ。

 田辺の小説は2〜3冊ほどしか読んだ記憶がないが、我が家の図書目録にはない。多分、出張の時にでも買って読んだのだろう。唯一あったのが「武玉川・とくとく清水」(岩波新書)であった。これも川柳の本。

川柳でんでん太鼓 (講談社文庫)

川柳でんでん太鼓 (講談社文庫)

 単行本は1995年に出版されている。木村はこのほかに田辺の「道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代」(1998年)も紹介しており、「前著で、鶴彬へのウォーミングアップをしたかの田辺聖子が、一気に鶴彬の詳細について書いた。下巻第六章『電柱は都へつづくなつかしさ』で90ページ近く、鶴彬が出てくる。ここだけ独立させて評伝としても、従来の男性のものより読ませる。」と評価している。

 川柳については読むだけで自分は作らないという田辺だが、とにかく語り口が楽しいですね。さすが大阪のおばちゃんだけのことはある。文化勲章受章者に対しては失礼か?


 「川柳でんでん太鼓」で最初に紹介した鶴の作品は、

  「手と足をもいだ丸太にしてかえし」

 「『してかえし』と、かえした国家に対して、人民の怨嗟を匕首のようにつきつけている。たった十七文字ではあるが、ここには非情な国家権力に対する民衆の腹の底からの怒り、弾劾がある。」と評している。


 こんな川柳も紹介している。西田当百作

 「西鶴のその○○へ書き入れて」

 「戦前の西鶴本には伏字がいっぱいあった。『○○あらく』などと印刷してある。学生が苦労して研究して見ると原典に『鼻息あらく』とあり、『アホけ、べつにそんなもん、伏字にせんかてええやないか』とむくれたという話がある。戦前の書生が前後を読み下して書き込んでいる図かもしれない。」

 戦前の日本は、しょうもない所まで国民に知ってもらいたくなかったのかと思うとお笑いであるが、大阪橋下市長の言動を見ると笑ってもいられない。


 もう一つ、鶴の作品。

 「働けばうづいてならぬ○○○○のあと」

 昭和10年(1935年)「詩精神」という雑誌に掲載された。答えは「拷問」。

 鶴は、大阪衛戍監獄に一年八カ月収監されていた。


 あとは適当に紹介する。

 「抱擁の目のはしに入る天守閣

 「ほんとうの僕ワイシャツを着たこども」

 「ヨボと辱められて怒りこみ上げる朝鮮語となる」

 「良妻で賢母で女史で家にゐず」

 「大の字に寝る妻にして貧に耐え」

 「一人去り二人去り仏と二人」

 「人間を変えられないで職を変え」

 「搾取した金は善窃取した金は悪」

 「売物になる娘のきれいさを羨やまれ」

 「妻がいて子がいて金が無いばかり」


 最後に、3.11東日本大震災を思わせる作。

 「五十年かかり一日でほろび」 井上剣花坊

  大正12年関東大震災を読んだ句である。

 

 野田政権大飯原発の再開を目論んでいる。大変危険なこの行為を国民世論で包囲しなければならない。


 大飯原発のある福井県おおい町議会は再稼働を容認した。時岡町長原発関連の仕事を多く請け負っている会社の元社長で今も関係者。自分たちの利益を、県民・国民の安全より上に置く態度は認められない。


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我が家の張子面  狐 会津小面



俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から

 ○君は吉野の 千本桜 色香好けれど きが多い

 ○枝垂柳に 櫻を咲かせ 梅の匂を 持たせ度や

 ○尻に敷かれる 筵(むしろ)も時節 藺(い)さへ花咲く 夏がある

木村哲也木村哲也 2018/01/12 07:38  遅きに失しましたが、編者です。ご紹介に感謝です。重版未定が残念。