法人格否認の法理

  • ?問題点

?根拠条文
?適用場面の問題
?▲要件
?◆効果
?商法266条の3との関係
?破産との関係
?訴訟法上の問題
?法人格否認の法理の新展開


  • ●意義

会社と構成員たる個人を同視しえ,かつ相手方の保護を必要とする場合に,問題となっている法律関係に限って,会社の法人格を否認する判例法理。
法人格の形骸事例と,濫用事例がある。


○形骸事例
  :会社の実質が,まったく個人である場合
○濫用事例
  :会社の背後者が不当・違法な目的のために会社法人格を利用する場合

★「法人格の否認」最判昭44・2・27百選3
<事実>
XはY会社(代表取締役A)と店舗賃貸借契約をした。Y会社は,会社といっても税金対策上の会社であり,Xとしては会社なのか個人企業なのか明確に認識してはいなかった
その5年後,期間満了によりXはAに建物明渡を請求したが,明け渡しが行われなかったため,XはAを被告として建物明渡請求をなした。そこで和解が成立したが,Aは「和解の当事者は私で,会社の使用している部分は明け渡さない」というので,Xは今度,Y会社を被告として本件訴訟を提起。Y会社は「AとYは異なる」と主張。
<判断>
基本的に,法人とその構成員は別個のものである。しかし,法人格の付与は法人の価値を評価して行われる立法政策によるもので,これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに,法的技術に基づいて行われるものである。したがって,法人格がまったくの形骸にすぎないか,またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるがごとき場合においては,法人格なるものの本来の目的に照らして許されないのであって,法人格を否認すべきことが要請される場合を生じる。
株式会社は準則主義によって簡単に設立できるから,会社が単なるわら人形にすぎず,会社即個人,個人即会社のような場合が生じうる。これと取引する相手方は,取引が会社と行われたのか,それとも個人と行われるのか判然としないことが多く,相手方の保護が必要となる。つまり,会社名義で行われた取引であっても,法人格がないのと同様に個人の行為であると認め,また,個人名義で行われた取引であっても,商法504条を俟つまでもなく,直ちにその行為を会社の行為であると認めうる。

★「子会社の否認」仙台地判昭45・3・26
<事実>
Xは全国に多数の工場を有しているが,それらの工場を自ら運営しているわけではなく,別会社に工場を賃貸借し,運用されている。別会社は,然して財産を有しているわけではない。
その別会社の1つである仙台工作株式会社(A)は,累積赤字により従業員200名を解雇し,会社を解散した。このため,労働組合員ら(Y)は「業績不振というのは口実で,本当は労働組合を解散させたかったんだろ」として争議に突入,自らの退職金等を被保全債権としてA会社の有体物仮差押え決定を得た。これに対してXが第三者異議の訴え等を提起。
Yの主張は「AとXは形式的には別個のものだが,実質的にはAの工場はXのものであり,であるならばXは,形式的な別異性のゆえに,同一企業なら免れえない責任を免れるというのは許されない」という法人格否認の法理の適用請求である。
<判断>
事実によれば,AはXに資本的にも業務的にも完全に支配された子会社である。
法人格否認の法理の適用は,対象会社の株主が法人であるか個人であるかで違いがあり,個人を株主である場合に法理の適用を認めると,株式会社の効用を株主有限責任の原則上否定することになるが,法人の場合はそうとも限らない。
また,子会社の債権者のうち,能動的債権者と受動的債権者を区別し,受動的債権者に対してだけは,法人格の濫用が認められなくとも,法人格否認の法理を適用し,その救済を図るべきである。そうでなければ,能動的債権者を過度に保護することになってしまうからである。

  • 根拠条文

前提;判例は明示していない
1 民法1条3項説
  :権利濫用
  ∵法人格は権利ではないが,権利を享受する能力・資格である
    ↑批判;形骸化の場合を権利濫用と見るのは厳格さを欠く
      ↑反論;形骸事例を含まなければ良い(狭義説)
  類推適用?
2 商法54条説
  :条文解釈
    ↑批判;本条は画一的な規定であり,個別効が要求されるのに適当でない
3 民法1条2項説
  :信義則


  • 適用場面の問題

1 中義説(判例
  =形骸+濫用
2 広義説
  =形骸+濫用+?+?
3 狭義説
  思想;明確な根拠がないのだから,適用の場面は狭く解すべき
    ∵法の安定性を害する
    →できるだけ個別規定によるべき
  =濫用⊃濫用的形骸
    ↑主観的要件を不要とすれば,不都合は生じない
  最判昭44は個別規定(商法504条)で解決しえた
  形骸事例を入れると個別効の点で問題


  • ▲要件

1 @濫用事例
  1) △支配
  2) △目的(主観的要件説)
    ↑批判;不要である(客観的要件説)
      ∵不要とすることで,立証の困難が大幅に減少する
    ア 法律規定の潜脱・契約義務の回避
    イ 債権者詐害

権利濫用 ところで,民法1条3項の権利濫用は主観的要件を必要とするのかといえば,「必要」ではない。まず,客観的要件(利益状況の比較衡量)が吟味され,さらに,それだけでは権利濫用をいえないような場合に始めて,主観的要件(シカーネ=害意)が検討される。

2 @形骸事例
  法人格の独立の無視=法人格の濫用
    →目的要件は不要

目的要件と効果 法人格否認の法理は法人格の存在のすべてを否定するものではなく,問題となっている法律関係を否定するにとどまる。問題となっている法律関係とは,問題となる「支配」者の「目的」から判断される。が,目的要件を不要としてしまうと,何が問題となっている法律関係かがわからなくなり,どこまで効果を及ぼしていいのかもわからなくなる。もし,認めるとするとその「範囲」は無限定となり,さらに,理論自体を徹底するとその「場面」も無限定となり,補充的救済の理論ではなくなる。

  1) △支配
    ア 広義の一人会社
    イ 会社と社員の財産が全体的継続的に混同


  • ◆効果

1 ◇法人格の否認
  特定の当事者間の法律関係だけに生じる
    ∴債権者は選択的に責任を追及しうる


  • ?商法266条の3との関係

★「ワンマン社長」東京地判昭49・6・20LD27411585
<事実>
XはA社からマンション一室を買い受ける契約をしたが,マンションが建設される前にA社は倒産し,Xは売買代金の回収が不可能になった。このためXはA社の取締役の地位にあったYに対し①商法266条の3を根拠に損害賠償を請求。仮に,これが認められないとしても,②法人格否認の法理により,Yは支払い義務を負うべきであると主張。
<判断>
①被告が取締役に就任した段階で,すでに会社は傾いていたから被告と破産との間に因果関係がない。
②被告は形式的には取締役でなかったときも,実質的に経営者であった。また,設立された会社も見せ金によるもので,経営基盤上の独立性が見られず,商号変更も頻繁に行い,危険な経営を行っていた。これらの諸点を合わせると,被告は外形的には独立企業体であるA社らを自己の意のままに操作していたのであり,これにより自らの責任を免れようと図ったことが推認される。被告は,原告に対しA社と同一の責任を負うべきである。
<整理>
見せ金なら,発起人へもあり。

★「ワンマン社長(2)」東京地判昭47・1・17LD27411420
<事実>
XはA会社の依頼により商品を海外へ輸送したが,A会社は倒産してしまったため,代金回収ができなくなった。このため,Xは代表取締役Yに対し①法人格否認の法理を主張して代金の支払いを求め,予備的に②商法266条の3に基づく損害賠償として,運賃相当額の支払いを求めた。
尚,YはA会社の株式の過半数を有し,また,1人で営業全般を仕切っており,そして,運賃が支払えなくなった原因は,取引先の納期遅延である(このため,この取引先が責任を取る形で運賃を支払うという約束をしたが,その前に倒産してしまった)。
<判断>
①A会社はYの意のままに支配されてきたと見るのが相当だが,Yが法人格を不当・違法な目的で利用してきたことを窺わしめるべき資料はなく,YとA会社との間に業務活動・経理処理の面において継続して混同されてきた跡を認めるべき証拠もない。そうするとA会社の法人格は否定されない。
②Yには代金が支払えると安易に信じた代表取締役としての重大な過失があるから,Xに対して損害を賠償する義務がある。

1 商法266条の3とは
  1) ●意義
    :取締役の任務懈怠による第三者に対する損害賠償責任
      =法定責任説(通説・判例)≠不法行為
        ∵①本来的には会社が負うべき責任である
        ∵②巨大な権限を持つ取締役と,第三者の衡平を図る
  2) ▲要件
    ア △取締役の任務懈怠
      =取締役の任務に関する悪意・重過失
        ≠第三者に対する
      ・取締役
        ⊃決議に賛成した取締役(266条の3第3項→266条2項3項)
        ⊃監視義務違反の取締役
          ⊃名目的取締役
        ⊃表見取締役?
        ⊃退任登記未了取締役?
    イ △第三者の損害発生
      第三者⊃株主?
    ウ △因果関係
  3) ◆効果
    ア ◇損害賠償
      範囲=両損害外包含説(通説・判例
  4) 経営判断原則


2 法人格否認の法理と266条の3の異同
  1) 同
    ・会社の第三者に対する支配者(≒取締役)の責任
      =機能的共通性
  2) 異
    ・取締役要件
      拡張解釈すれば→同?
    ・支配要件
      266条ノ3=形式∪実質
      法人格否認の法理=実質
    ・目的要件
      不要見解もある
    ・第三者の損害発生
      が,何を損害と見るか
    ・効果
      損害賠償
        必ずしも「損害」ではない?(東京地判昭47参照)
      法人格否認
        →背後者の責任追及≒損害賠償責任追及?


  • 破産との関係

★「破産と法人格否認」東京高判昭50・8・27
<事実>
東京地判昭49の控訴審。Yの控訴理由は,A会社の法人格を否認してYの個人責任を認めたのに,その一方で破産手続きを進行させてA会社の法人格を認めているのは矛盾であり,二重請求であるというもの。
<判断>
法人格否認の法理は,特定の法律関係についてのみ法人格の機能を停止し,会社とその背後者を同一視するという効果を生じるに過ぎないのだから,矛盾ではない。そして,債権者は会社と背後者両者に対して,請求をなしうるのであるから,二重請求ではない。

1 破産の原則と法人格否認の例外
  ◎原則→債権者平等
  ×例外→特定債権者優先?
  1) 破産の実際
    制度によると,めんどくさい
      ∵時間がかかる上,配当も低く,税法上も不理
    話し合いにすると,抜け駆けが多い
    結局,争奪戦になる
      →詐害行為取消権(民法424条)利用
        ↑425条が空文化するが,カネと手間をかけた者を保護するという実質的平等
  2) 法人格否認の法理でなければならない理由
    ア 詐害行為の認定が困難
      ∵財産が混同しており,区別がそもそもはっきりしない
    イ 破産宣告時には行使できない
      ∵破産管財人が否認権を行使して,債権者を平等に処理
        →実質的平等に資さない
    ウ 破産管財人の指導に難がある
      ∵破産債権者には管財人に対する背後者への訴訟提起強制は認められない
        →自ら直接の訴訟提起を許したほうが,結局みんながお徳かも
          ∵背後者から搾り取れる


  • 訴訟法上の問題

★「訴訟法上の法人格否認」最判昭53・9・14民訴百選95
<事実>
XはA社に損害賠償請求を提起し,1審で勝訴。A社としてはこのほかにも多数の債務を負担していたため,新たにY会社を設立し,そこに財産を移転することで債務を免れようとした。Y社の実権はA社の代表取締役であるBが握っている。
その後,控訴審でもX勝訴。Xは確定判決の執行力がA社だけではなくY会社にも及ぶとして,Yに対して民事執行法33条に基づく執行文付与の訴えを提起。1審はXの請求棄却。控訴審はA会社とY会社を同一法人格とみなし,A会社に対する確定判決の執行力をY会社にも及ぼした。
<判断>
破棄差戻し。
法人格否認の法理は商法428条の規定にかかわらず,適用をすることができると解するのが相当であるが,権利関係の公権的な確定及びその迅速確実な実現を図るために,手続の明確・安定を重んずる訴訟手続きないし強制執行手続においては,その手続の性格上判決の既判力・執行力の範囲を拡張することは許されない。

1 既判力
  自然人と同視される法人には及ばない(否定説=最判昭44傍論←(確認)←最判昭53)
    ∵明文の規定がない
      ↑批判;明文の規定がないのは実体法も同じ
  既判力は拡張される(肯定説)
    ∵判決の紛争解決機能を重視する
      ↑批判;手続の安定性・画一性を害する
        ↑反論;判例も信義則により既判力の拡張・縮小を認めている


2 執行力
  執行力の拡張は許されない(否定説=最判昭53)
  執行力の拡張は許される(肯定説)
    ∵執行の実効性確保が要求されている


  • 法人格否認の法理の新展開

1 「法技術としての法人格否認の法理」の否認
  :法人格否認の法理不要論
    =各種規範の解釈で対応する
  前提;法人格否認の法理の思想は肯定
    が,法人格否認の法理の実質は,関係規範の合理的解釈にすぎない
  1) 個別規範解釈事例
    個別条項で間に合う
    個々の規範の趣旨にかんがみ,不当な結果を除去する
      ex.最判昭44=「当事者確定の問題」。商法14・262条=表見法理,民法424条
    株式会社に特有の問題ではない
  2) 有限責任濫用事例
    =債権者詐害事例
    複数の会社債権者の問題を一挙解決
      →個別規範解釈の欠点(個々の債権者の個々の解決)回避
    株式会社に特有の問題
    会社有限制度と関連付けた一般的な要件・効果論(解釈論+立法論)の創設提唱

新会社法 この提唱から30年程が経過。法人格否認の法理もブラッシュアップされ,じゃあ立法の段階に・・・とも思われたが,この規定は新会社法にはない。それは,法人の「手軽さ」をつぶしてまで,法人格の濫用をとどめるメリットがないからである。持ち株会社の認容,1円起業の認容,1人会社の認容・・・90年代に入ってからの商法改正は,むしろ,不況に抗うために,法人格の濫用を認めてきたともいえる。


2 法人格否認の法理の再構築
  :法人格否認の法理適用の類型的整序論
    =あいまいな法人格否認の法理を再構築
  前提;法人格否認の法理はあくまで一般条項である
  一般的な要件・効果論の創設を批判
    ∵要件・効果は個々の規範目的から導かれる
      →既判力拡張論も批判


  • 参考文献

・東京地判昭49・6・20判時753号83頁
・NBL80号「会社形態の濫用と取締役の個人責任」野口恵三
・新・実務民事訴訟講座7巻349頁「法人格否認の法理の新展開」森本滋
・会社判例百選3「法人格否認の法理」森本滋
・商事法務研究534号8頁「法人格否認法理の最近の展開」龍田節
・速報重要判例解説2004-018「福岡地判平16・3・25」菊地雄介
・現代企業法講座2 企業組織「第二章 企業の法人格」江頭憲治郎
・商事法務研究590号・593号「法人格否認法理の問題点(上・下)」田中誠
・ジュリスト595号「東京地判昭47・1・17」江頭憲治郎
・法政研究46巻1号「破産と法人格否認の法理」坂本正光