2016年に読んだ本

1年ぶりの更新。

今年は本をつまみ読みすることが多くなったので、読んだ冊数はだいぶ減った。
ブクログによれば、69冊と、昨年から30冊近く減っている。

5月が一番読んでいて、12冊。10月が1冊、12月が2冊と少ない。

今年読んだ本での個人的なベストを考えると、やはりスティーブン・ミルハウザーエドウィン・マルハウス』だろうか。

子どもの視点で子どもの世界を描こうとしても、往々にして背後にいる作者としての大人が顔を出しがちだけれど、この小説は読者としてノスタルジーを強く感じるほどに、子どもの世界が鮮明に描き出されている。これには、作中作のような形式も有効に作用しているのかもしれない。
心を揺さぶられる良作でした。


専門書としては、トランプの米大統領当選もあって、森本あんり『反知性主義』が印象に残っている。

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

アメリカにおけるキリスト教と知性の関わり方、そしてそこから芽吹いた反知性主義反知性主義なるものが、たんなる「なんとなくインテリむかつく」ではなく(いや、その「素朴な」感情こそが重要ではあるのだけど)、アメリカ建国来のあるいはキリスト教の本質としての「平等主義」(神の前ではインテリも庶民も平等である)のもとで、知性の価値づけさえも脱階層化してしまおうという主義が反知性主義なのだ、と私は読みました。
山形浩生のブログでの言及も非常に面白かった。

さて、来年はもう少しきちんと本を読み終える習慣をつけよう。小説ももっと読みたいものです。

2015年に読んだ本

ブクログを確認する限り、2015年に、雑誌やマンガを除き、98冊を読んだらしい。
残念ながら100冊には届かなかったものの、2013年が67冊、2014年が86冊ということを考えれば、相対的によく読んだ方だと思う。
月ごとに見て多いのは、4月と7月の13冊が多くて、3月の11冊、1月、2月、11月の10冊と続く。
長期休みが含まれる5月や8月、1月や12月がそれほど多くないのは不思議。なお、9月に至っては、登録は『王とサーカス』の1冊だけ。少ない。


以下、2015年に読んだ本の中での個人的ベストを挙げてみる。


●専門書
全然読めなかった。山本弘を読んで宇宙論に手を出したり、瀬名秀明を読んで自由と意識の専門書を漁ったりしたものの、しっかりと読み込んだと言える本はほぼなし。
あえて挙げるとすれば、専門書っぽい本ではないけれど、中室牧子『「学力」の経済学』かな。

「学力」の経済学

「学力」の経済学

これまでの教育経済学の成果を一般向けにまとめた本で、evidence basedな教育政策の必要性を教えてくれる本。
あまり教育政策や経済学、教育学などに詳しくない人にもわかりやすく書かれている一方で、
その手の本にありがちな単純化の罠に落ちず、あくまで導入書として書かれている。
参考文献が充実しているのもよい。
私自身、詳しくない分野なので、この本を読んで、挙げられている文献をいくつか読んでみたりした。


●小説
全体的にSFへの傾倒が大きかった年だった。
小説としては、1月は山本弘を重点的に読んだ。あと大きかったのは、『アルスラーン戦記』を読み始め、最新刊まで読み終えたこと。正直、銀英伝にはちょっと劣ると思うけど、やっぱり田中芳樹のユーモアあふれる会話描写と、あれだけの世界観を書ききる筆力はすごい。次は『タイタニア』でしょうか。
と振り返りつつ、今年読んだ中でのベストは、瀬名秀明『あしたのロボット』(文庫では『ハル』に改題)だった気がする。

ハル (文春文庫)

ハル (文春文庫)

ロボットの善悪、つまりロボット技術が発展することでいかに便利になるか、であったり、ロボットが人間を超えて反乱を起こす、であったりだけではなく、ロボットと人間の類似と差異、そしてそれを踏まえた近未来的な関係性のあり方を描いている良書であった。
山本弘にも似たようなテーマを感じられる著作があったりするけれど、やや前のめり感のある山本より、一歩引いて描写する瀬名のほうが個人的には好き。

伊藤計劃円城塔屍者の帝国』(映画も悪くなかった)や米澤穂信『満願』も良かった。

満願

満願

来年は個人的にも変化の年となるので、読書の傾向も変化するだろうなきっと。

ランドル・コリンズ『脱常識の社会学』

コリンズの社会学入門的著作。

文庫本で買い直したので読み直し。

1章で、社会学的な考え方として、契約・合理的社会の「非合理的基盤=人々の非合理的な連帯意識」について説明をした後、宗教・権力・犯罪・恋愛について、1章で論じた「非合理的基盤」の考え方をもとに論じ、最後の章では社会学の観点からの人工知能生成の可能性について論じている。

入門的著作なだけあって、「なるほど!」というよりも「まあそうだね」的な部分が多く、最後の章に期待をしたものの、この章での目的としての「人工知能」の定義が曖昧であるがゆえに、なんだかよく分からない論考になっている印象。

まあでも全体としては面白かったです。


脱常識の社会学 第二版――社会の読み方入門 (岩波現代文庫)

脱常識の社会学 第二版――社会の読み方入門 (岩波現代文庫)

『モーターサイクル・ダイアリーズ』

チェ・ゲバラの若き日の旅行記を元にした映画。

ケルアックの『オン・ザ・ロード』みたいな話かなと思って見始めたのだけど、そこは革命に奉じたゲバラ旅行記共産主義者ハンセン病患者など、弱者と南米の現実が描かれている。

終盤、ハンセン病患者を収容する病棟でボランティアとして働き、彼らやそこで働く修道女たちと仲良くなったゲバラと有るベルトは、名残惜しくもそこを後にするのだけれど、煙が立ち込めて、患者や修道女たち一人ひとりの顔が見えなくなってしまう演出が印象的。

ゲバラにとって彼らは、顔のない人々になってしまったのだろうか。顔のない他者は、特定の他者とどのように違うのだろうかとくにゲバラにとって。


小林泰三『玩具修理者』

表題作「玩具修理者」と、中編「酔歩する男」の2篇を収録。


玩具修理者」は始まりから不穏。喫茶店の2人の男女、昼間ずっとサングラスをかけている理由を尋ねられた女性が、
子供の頃に体験した「玩具修理者」とのことについて語り始める。・・・衝撃。
プロット自体はわりかし有りがちに思えるものの、描写のグロテスクさやストーリーを転がしていく手つきは作者ならでは。
冒頭から、読者は男性に不快感をいだきかねないがそれも。


「酔歩する男」。学生時代に「手児奈」を取り合った2人の男。しかし手児奈は線路に飛び降りて死んでしまう。
手児奈を救うために過去へ遡る手段を探し続け、脳のある部位を破壊することで時間遡行をする方法を遂に発見した彼らは、
時間遡行を試みるが・・・。
「学生時代に好きだった女の子が死んでしまった。彼女をなんとしてでも助けるためにタイムマシンを発明した僕らは・・・」と書けば、
何度も失敗するけど最後に(2人の協力によって)女の子を助けることができてハッピーエンドの感動作になるんだろうな、と思うよ普通。
でもそんなことはなく。



解説の井上雅彦が述べるように「玩具修理者」がホラーに思弁と論理を持ち込んだ短編だとすれば、
「酔歩する男」はSF的な思弁と論理を追求することで、読者に根源的な恐怖を抱かせる掌編となっているといえる。


玩具修理者 (角川ホラー文庫)

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

連城三紀彦『戻り川心中』

日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した表題作を含む5作を掲載した短篇集。

謎が明らかになっていくミステリとしての側面もさることながら、やはり短編それぞれに花を表象として展開される恋愛と叙情の繊細な描写がよい。

もちろん感情がそのまま記述されるということではない。
一見謎に思える行動の背景が明らかになることで、そこに込められている思いを読者は想像することができる。

その一つ一つの謎は決して大きなものではなく、明らかにされることで驚愕することもない。
しかしそのことが一層小説としての叙情を際立たせている。


戻り川心中 (光文社文庫)

戻り川心中 (光文社文庫)

六冬和生『みずは無間』

第1回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。

無人探査機のAIである主人公の、探査の途中で出会った他のAIや自らが生み出した知性体Dとの情報交換(コミュニケーション)の物語に、地球にいた頃の常に何かを求めていた恋人みずはのエピソードが挿入される。
みずはとのエピソードは非常に生々しく、本筋の物語は理数の専門用語が溢れ、どちらも巧く描かれている。

東浩紀の選評にある「究極のセカイ系」という表現がしっくりくる、地球的な日常と宇宙的な非日常(というのも地球で生活する人間が見るから非日常になる訳で、こちらも日常なのかも知れない)が、1つのテーマに収斂する、重みのある物語だった。