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Thirのノート このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-04-15

てんかん患者からの免許はく奪はより深い意味を持つ

ちょうど一年前、私はてんかん患者の社会的地位についてなぜ彼はクレーンに乗らなくてはならなかったのか - Thirのノートにて記した。

そして今回の事件においては、てんかん患者への運転免許取得規制が本格的に議論されようとしている。はっきり言って、私はこの規制に断固反対である。それが事件の被害者を侮蔑した行為であるとののしられてもまったく構わない。というのも、免許規制はてんかん患者にとって単なる「運転ができなくなる」以上の意味を持っており、それは彼らの社会的地位をさらに差別晒すものであることは間違いないためである。

なお、てんかんと免許の「安全性」については、先のクレーン事故と織り交ぜて語られている404エラー|Ameba(アメーバブログ)に詳しい。

「クローズ」——仮面をかぶる生き方

てんかんに限らず、慢性精神疾患やエイズなど告知によって差別・偏見を受ける疾患は多数存在する。そういった疾患を持つ者は、多くの場面において自らが病気であることを自分から話さない。それは、就職の際にも同様である。告知せずに就職をし、雇用主からクリティカルな質問を受けない限りは病気を隠し続ける——これが「クローズ」(クローズド)という生き方である。

この「クローズ」なる単語はネットスラングではない。医師やソーシャルワーカーなども使用する単語であり、このような単語が存在している事実が、まさに病が就職において忌避される要因であることを物語っている。キャリアカウンセラーやソーシャルワーカーは、正社員雇用を目指す場合にはクローズにしたほうがよいと現在でも「指導」している。

社会的偏見や差別により、患者は病気の事実を隠して就職することを強要されている。別に、自ら積極的に隠したいわけではない。隠さなくては多くの企業から雇ってもらえないのだ。なお、障害年金や生活保護等の公的支援は使い物にならないことに関しては、前述の記事にて記載している。

「クローズ」という生き方、これはまさに「仮面をかぶって生きる」ということである。そう、「健常者」という「仮面」をかぶらなくては、この社会では生きていくことができないのだ。

運転免許規制が剥がす「仮面」

「クローズ」においては、病気にり患している事実を徹底的に隠し続けなくてはならない。ゆえに、一般的な「健常者」が出来る業務は同様にすべてをこなすことが可能であること、履歴書上健常者となんら変わりないことを表明する必要がある。

しかし、免許が規制されたらどうなるか。当然「運転免許を取得することはできない」ということを雇用主に対して表明しなくてはならない。その表明の際は、おそらく「なぜか」と問われるだろう。この質問に対しては、もはや素直に「てんかんを持っているので…」と回答するしかない。この瞬間に、かぶっていた仮面は剥がされ、崩れ落ちる。

それが入社後であればまだ何とかなるかもしれない(解雇規制が激しいため)。しかし入社前の履歴書や面接の段階で指摘された場合、もはや逃げる道はない。というのも、病気があると判明した段階で採用しない企業は膨大にあり(だからこそ「クローズ」が推奨される)、その段階で入社の道は絶たれてしまうためである。

運転免許証を規制した場合、できなくなることは「運転」だけではない。「クローズ」という生き方そのものが危険にさらされる。当然、「オープンにして生きていけばいいじゃないか」という方はいるだろう。残念ながらこの国におけるてんかん差別はそんな生易しいものではない。何が原因かはわからない。なにはともあれ、国の公的支援は非常に乏しく(医療面においては、公的支援を使用しても月5000円程度の負担がある。性能の良いてんかんの新薬は非常に価格が高くジェネリック医薬品も出ていない。)、公共団体や病院、施設を頼ることもできない。ならば、自らが「クローズ」を選択することで生きるしかない。それが現在のてんかんをとりまく現状であり、ごく軽症であっても、てんかん罹患の事実を決して口外しない者は、決して少なくない。

さて、以上のとおり、てんかん患者から運転免許をはく奪することは、より強く深い意味を持っている。もし規制を行うのであれば、それと同時に上記のような実態を少しでも改善することが必要となるだろう。だが、その道は険しい。てんかんに対する差別・偏見は、我々の認識を超えて社会全体に広く共有されもはや暗黙知となってしまっている。さらに、これは制度的な問題ではないため、「改革」を断行することは極めて難しい。ゆえに、この風土を改善し「てんかんを正しく理解してもらう」ということは、前途多難である(あるいは正しく理解してもらったところで差別や偏見がなくなるわけではないともいえる)。なんということだろう、この国はあの「薬害エイズ」から何も変わっていないのだ。

同様に、「運転免許証」に関する概念を変えることも難しいだろう。今や普通免許は「持っていて当然」の存在である。免許を持っていない人間、あるいはとることの出来ない人間は「欠陥」扱いをされてしまう*1。ただし、上記とは異なり制度に関する変更で良い(ただし老年者の免許取得を見る限り難しいとはいえるが)点において、行いやすくはあるかもしれない。つまり運転免許という制度全体にメスを入れることで、「クローズ」というあり方そのものは温存することができるだろう。

さて、この差別の中で免許をはく奪したら、目に見える事故はなくなるかもしれない。あるいは、「てんかん」を安易に「事故の原因」として納得させるようなことは、なくなっていくだろう。だが、それは今回の事件も相まって「てんかん」という存在をより社会の「タブー」とし、それでいて患者はクローズを行えなくなるという状況を作り出してしまうのではないか。あるいは、何らかの瞬間に飛び出る「てんかん」という単語に対して、異様なまでに反応してしまう社会を作り出しはしないだろうか。

このような理由から、私は全面的な免許規制に賛同することはできない。もし行うのであれば、ハローワークや病院が率先してオープンで就職できる場所を探したり、場合によっては現在以上のインセンティブ供与し、それが困難であるのならばクローズして生きる何らかの「抜け道」を用意するべきである。あるいは先に書いたような「免許を変える」という歩み寄り方も(難しいとはいえ)ありうる。いずれにせよ、「差別は存在している」という現状から出発する場合、「クローズ」という生き方そのものを肯定する必要がある。

こんなことが起きているなんて到底信じられないかもしれない。しかし、それは彼らが「クローズ」であるからだ。患者が見えなくなったのだ。誰が見えなくしたのか?——ほかでもない、我々である。

追記

「クローズを進めるというのは、患者に『お前は隠れて生きろ』といっているもので、これはお前が患者を差別しているんじゃないのか」というコメントがあったが、私が主張したいのはそうではない。

もちろん、差別がなくなることが最も良いことである。それは、てんかんという病それ自体への偏見がなくなり、職場についても運転はさせないとか、そういうものである。ただ、私はこの国でそういう文化が根付くのかと言われたら、根付かいと言わざるを得ないと思う。履歴書に一つでもキズがあると渋るような経営者が大多数を占めているこの国の上位層が、「キズ」のひとつである精神疾患・脳疾患にたいして寛容になることはおそらくありえない。私は社会的な差別は一切なくなるべきだと思う。しかしそれは残念ながら理想論だ。私は理想論を語りたいのではない。理想論はあくまでも理想であり現実で今苦しんでいるものにとっては、それ自体が苦痛でしかない。

それでも!それでもだ、そういった「社会的偏見はなくならない」という状況の下で、クローズという生き方を行えば、普通の暮らしがおくれるのだ……これだけは最低担保しておくべきである、それが私の主張である。

「クローズで生きる?生きさせる?それはおかしいだろ」というのは簡単だ。オープンにすることはいまだ社会的偏見から非常に成功することが難しい。だからクローズがある。クローズをしぶしぶ進めなくてはならない。だがクローズにすれば生きることができる。もしクローズという選択肢が使えなくなってしまったら?問いはそこだ。

しかし「クローズ」には危険性も

……とだらだらと追記を書いたのだが、「クローズを続ける」ということのもつ危険性というのも、一度記述したほうがよいかもしれない。たとえばそれは、今回のようにてんかん患者が何かを起こした時に、本来の原因が何であれとりあえず「てんかん」がやり玉にあがりさらに誹謗を受ける、といったことは十分に考えられる。クローズとして生きた結果何かが発生したときに、てんかんであることが発覚した瞬間に「またあのパターンか」と言われ病気自体が中傷される可能性は十分にある。

つまりだ。「患者がクローズとして生きる利益」と「その際、もし何かあった時に『てんかん』全体が受ける不利益」の双方を考える必要があった(本記事では前者に偏っている)。この二つをどのように両立させようか、あるいはハンマーでぶっ壊すようなことができないか、それが課題となるだろう。

願わくば全員がオープンに出来る社会がほしい。けれどもそれは無理だ。オープンにするメリットのほうが、クローズで生きるメリットを超えなくては、誰もオープンになんてしたがらない。それくらいに差別は進み・固定化している。なら、クローズというあり方を認めつつも徐々にてんかんに対する差別を(何らかの手段で)緩和させ、「実は私…」といえる環境を作ること、この目標に対して具体的にどうのような施策が(運転免許を含めて)必要であるか、そういった議論が要請されてくるだろう。しかしその最終段においては、もちろん「有事の際の議論」も行わなくてはならない。そのすべてを整理することが望まれている。

*1:表現中カギカッコをつけている部分は、当然「欠陥ではないのに、社会人としては不覚とされてしまう」という意図が内包されてるものとお考えください

ryun_ryunryun_ryun 2012/04/16 00:49 自動車免許保有していることが就職の前提になっているように感じますが。また、てんかんを障がい者として指定し、障がい者雇用を促進させ社会活動をすることも考えられるのでは?
てんかん持ちの人が自己申告せずに免許を取得し、無実の人を死傷している以上、免許を取らせない云々の議論はナンセンスです。だったら、てんかん診断をしたら、警察庁なりに医師は伝える義務を負わせればいいんじゃないですか?

kyo_jukyo_ju 2012/04/16 09:54 ↑自動車の運転業務を伴う職に就かない場合でも、日本の標準的な書式の履歴書には免許や資格を書かせる訳で、そこに運転免許の記載がなければ、「運転免許持ってないの?(or取らないの?)なんで?」と聞かれることは充分考えられますよね。
採用面接で、質問の理由を聞くことは非常識とされるでしょうし、仮に聞けたとしても、「車じゃないと通勤できない事業所もあるから」「外回りで車を使うこともあるから」など、使用者としていくらでも合理的理由は用意できるので、結局答えざるを得ません。
したがって、てんかんが理由で運転免許を取れない(あるいは取ることを自粛している)人にとっては、これは「クリティカルな質問」になってしまいます。

ついでにいうと、使用者が応募者に対して採用試験の成績や不採用の理由を開示することが義務付けられていない以上、ほかの理由で不採用になったのか、てんかんを理由に不採用とされたのかは明るみに出ることはありませんから、使用者としては、運転免許の有無を書かせ、「無」の人にはその理由を尋ねることで、てんかん患者かどうかをスクリーニングし、理由を告げずに(または別の理由を付けて)不採用にすることは何の障害もなく可能なわけです。
可能だからといってすべての使用者がそれを行うかというとそれは別問題ですが、やっても何の処罰も非難も受けず、そもそもやった証拠も残らないのですから、てんかん患者を採用することによるリスクが少しでもあると考えたり、あるいは単純にてんかん患者を嫌悪する者が関係者に一人でもいれば、そのような措置がとられる可能性は高いとみるべきでしょう。

y-woody-wood 2012/04/16 10:44 薬で抑えていて問題なく生活している人もいるのでは?
今回の犯人も抗てんかん薬を飲んでいるようですし。

babayoshihikobabayoshihiko 2012/04/16 11:52 私は免許を持っていませんが、就職の際に不利になったことはないですね。そもそも前提がいろいろと破綻している気がします。

kuroi_usagikuroi_usagi 2012/04/16 12:34 障害がい者雇用を促進と言っている方がいるが、精神障がい者向けの求人がほとんど無いのをご存知ないのだろうか(絶対数も少なく、身体障害がい者と比べても圧倒的に少ない)。免許が関係無い仕事に就けば問題ないというのも地域性を全く考慮してない。

peeeemapeeeema 2012/04/16 12:58 差別が患者の方々に辛い現実を突きつけていることがわかりました。こういった意識を無くし、患者の方々が普通に仕事を持てる環境が整うことを私も望みます。一つご質問ですが、最後の「有事の際の議論」とはどういったことでしょうか?またその「有事の際の議論」においてどのような形が望ましいと思っていられるか教えていただけますでしょうか?

hanbey64hanbey64 2012/04/16 13:08 1.てんかんの方の運転で事故が起きた場合その責任を雇い主である会社が負うのは正しいのか(隠匿された場合)?
2.通常の交通事故の場合保険で賠償を行なわれるがてんかんの方の場合も保険が払われるのか(保険に加入できるのか)?
3.交通死亡事故が起きた場合多くは運転手に過失があるケースであるが飲酒のように故意の責任つまり殺人と同等であると判断させるのではないか?
4.以上のような考察を考えてもてんかんの方の免許が必要なのか?
結論 飲酒みたいに法律で規制してほしいいです
事例 http://www.liveleak.com/view?i=060_1334446180

hanbey64hanbey64 2012/04/16 13:18 同様に70歳以上の免許には反射神経、知能テスト等の義務化が必要だと思います
地域的な問題を交通安全や人命の尊重にすり替えるのは卑怯で卑屈な行為です

ttudisiottudisio 2012/04/16 17:05 いくらなんでも運転免許を神聖視しすぎていると思う。運転免許がそこまで神聖視されていたのは昭和の時代までですよ。

運転が必要な仕事で運転免許の有無について聞くのは当然だし、運転が必要な仕事であれば運転が危険であるてんかん患者は当然雇うことはできない。しかし、運転が不要な仕事であれば運転免許の有無なんて関係がないから面接で運転免許のことなんか聞かない。Thirさんが今までにどんな面接を受けてきたのかしらないが、現在は運転免許が不要な職場なんて山ほどありますし、運転免許が不要なのにそこをいちいち突っ込む会社は多くはありませんよ。

参考までに「http://life.oricon.co.jp/2005428/full/」を見ると新成人の43%が免許を持っていないことがわかります。さらに「http://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo13/h22_main.pdf」の免許統計を見ると、25歳グループは20歳グループと比べておよそ1.5倍程度免許取得者が増えていますが、逆に考えるとそれでも新卒時に免許を持っているのは8割程度ですよ。もう現代では免許を持っていない人なんて大して珍しくありません。

toku_2toku_2 2012/04/17 01:12 運転免許取得とその必要性に限った話ですが、免許取得率は地域別人口比に対する免許取得率の統計がない限りその必要性を論ずることはできないと思います。
地域格差が激しくなってきた現在、都市部に人口が集中しています。
都市部でのインフラが整う中、地方ではインフラが衰退し更に免許の必要性が増しています。基づく統計などはありませんが、実際私自身が都市部から地方に移り実感したことが証明であり、また述べるまでもなく地方におけるインフラの衰退は事実であり自動車等での移動は必須と言えます。
よって、単純に全国の人口における免許取得率から免許の必要性を問うことはできません。

私自身の経験の話になりますが、都市部では免許の有無を問われることはありませんでした。
しかし、地方では確実に確認されます。主に通勤手段によるもので、むしろ地方において免許はあって当たり前のものになっています。私は免許を所持しておりますし、免許取得に制限がかかってはおりません。

仮に100人に1人の割合で存在するてんかん患者全員に免許取得の制限がするならば、かなりの問題になるでしょう。

関連リンクを読みかつ、てんかん専門医である東北大学の中里教授の発言も踏まえた上で考えるべき問題であると思います。
http://togetter.com/li/287297

fhjytrydgdfgfhjytrydgdfg 2012/04/21 18:31 【動画あり】大島優子 お尻の穴まで見えてる秘密の痴態動画が公開されてる!



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gbhvnoujgbhvnouj 2012/04/21 18:45 ●放送事故?!剛力彩芽の乳首ポロリ&おもらしシーン


http://plaza.rakuten.co.jp/gurkaym/diary/


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gbhvnoujgbhvnouj 2012/04/21 18:46 ●夏菜のエロすぎる過激な放送事故!


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