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2009-12-08

食の意識への、けじめ

| 11:50 | 食の意識への、けじめ - Hatena::Thormond を含むブックマーク

最近いろいろあって、自分の味覚レベルをしっかり確認したくなった。そこで、喫茶チェーン店のクッキーやスーパーの菓子パンなどを数点当たってみたのだけれど……ものすごく、不味い。いやいや、自分の味覚を自慢したいわけじゃない。そうじゃなくて、余計な混ぜ物の雑味で溢れかえっていることに気づいただけ。

袋入り菓子パンはよく売れていると思う。あれを一般的なものとして基準にした場合、たいていのパン屋さんは美味しい店に入ってしまう。ごくごく単純な話で、添加物だらけで工場生産したものが、普通の原材料で手作りしたものより美味しいわけがない。もちろん、パン屋だけではない。他のあらゆる飲食店にも同じことが言える。手作りは美味しい。本当にすごく単純なことだった。

私は元から自炊派なので、既製品を不味く感じることに問題はない。でも、きっとほとんどの人は既製品をたくさん食べている。そこに意識のズレがあることを思い知った。そして、それは作り手たる料理人もそう。私が美味しくないと思っても、お店の人は「なんで?」と疑問に思うかもしれない。繰り返すけど、自慢したいわけじゃないんだ。ただ、そういう現実があることは間違いないと思う。

今までの私は、自分の価値観をあえて軽視して、色んな料理へ手当たり次第に挑戦していた。でも、そろそろ自分の価値観を信じてもいいかなって思う。これからは、第一印象で違うなって思ったところには手を出さない。傲慢だと言われても構わない。料理と道は違えど、私が目指すのは創り手だから、受け手の思いも寄らないようなところまで感性を磨きたい。だって、受け手にはどうせわからないからって手を抜いてしまったら、それは裏切りであり侮辱になるはずだ。一流の大工は見えない所にこだわる、だったっけ? そんな意味合いの言葉があったはず。私はそうなりたい。パッと見ではわからなくても、見る人が見たときに感心してくれるように。きっとそういうのって作者冥利に尽きると思うんだよね。そうしたらまた頑張れる。そうやって、孤立してしまわない程度に自分を高めていきたい。いつか叶う日が来るだろうか。

幸いなことに、それを実現している人が、すぐ見えるところに居る。ル・シュクレ・クールの店長さん。その傲慢さにちょっと辟易してしまうこともあるけれど……自分もお客さんも決して裏切らず、いつも全力で前に進んでいる。私はいつも逃げてばかり。あのエネルギーを少しでも多く分けてもらって、正面から堂々と立ち向かえるようになりたい。

ま、そんなわけで……一般的な店は極力回避する方向で行く。ごく少数のこだわりの店に絞って、たまーに行く程度で。その分、これからはオンラインの活動で頑張りますよ!

2009-11-18

自分に打ち克つこと

| 23:13 | 自分に打ち克つこと - Hatena::Thormond を含むブックマーク

今日、自分の中の怪物を初めて飼い慣らすことに成功した。

童心や好奇心という名のそれは、一度、4歳のときに心の奥底へと隠した。何故なら、それを母が望んだからだ。未熟な精神では怪物を抑えきることができず、歪んだ育ち方をしてしまった。結果、生真面目な怠け者という自己矛盾した性格になった。そんな自分が酷く嫌いで、自分に自信が無く、だから優柔不断で、責任を負うことを極端に恐れた。未来に希望を持てず、目の前はいつだって真っ暗闇だった。このままではいけない、と実家を離れたのが4年前。それから一年後、怪物を意識的に解放した。そうしなければ生きていけなかったから。意志薄弱で、誰かの言うがままにしか行動できなかったんだよね。だから、自分で自分に命令して行動することになった。それは心の自由じゃなかった。ずっと内に溜め込んだ怪物は止まることを知らず、自分で自分に翻弄される日々。今ならわかる。母はこれに抵抗せず、無条件降伏したのだ。挙げ句の果てに、自分の人生からもドロップアウトしてしまった。生きてはいるが、進んで怪物の傀儡になったのだ。だから私は世界で一番、母が嫌い。二番目は自分。夫や子どもに媚びて甘える母を見て育ったので、女性不信でもある。

物心付いたとき最初に学んだのは、結婚は人生の墓場だということだった。小学生に入った頃には、母にせがまれて目玉焼きインスタントラーメンを作っていた。甘えと媚びに満ちた声が嫌いだった。友達にお菓子を出そうとしたら、自分の取り分が減ると不満を言うような人だった。子どもが貰ったおやつを本気で奪うのが当たり前だった。親戚にお年玉を貰ったときだけ大人ぶる母は、自分に預けさせてちゃっかり数万円着服していた。自分の子どもが道端で拾った千円札を「マネー、マネー」と言って自分のものにしていたこともあった。私が自分のお小遣いで弟にクリスマスプレゼントを買えば、「お兄ちゃんから貰ったんだからいいでしょ」なんて言って自分から弟を祝おうとはしなかった。当然、兄の私は眼中にすら無かった。ギャンブルをしないだけまだマシだが、それでも人を堕落させ依存させる類のもの一切に強い嫌悪を抱くには充分だった。現代人より数十年先にニートをやっていたという意味ではかなり時代の先を行っていた。家事は父と私で分担して行っていた。毎日のように父が怒り、母が大げさに嘆き、子どもの不安を煽り、とばっちりで怪我をしたり、父が母に包丁を突きつけたことさえあった。私や弟が手が掛からないほど成長したら離婚するとよく聞かされていた。母は離婚したら生きていけないといつも言っていた。私もそう信じて疑わなかった。母から愛情を感じたことなど一度足りとて無い。あの人はいつだって自分が可哀想だと思って泣いていた。そして中学に入る前、ついに母は頭がおかしくなった。母の心の中がどうだったのかは想像したくもないが、逃げられたと思った。そして父は、おそらく母の思惑通り、離婚を諦めた。あのときだ。私が本当に絶望を覚えたのは。父が堕落したわけではないが、それでも両親ともに人生に屈した。貧困でもないのに毎日が苦痛だった。どうやって生きたらいいのかわからなかった。自分自身と母を重ねて見てしまうたび、はらわたが煮えくり返る思いだった。実家を出てから初めて帰省したとき、早く大阪に戻りたいと思うくらい、あの家は居心地が悪かった。今だって帰りたくない。あの場所に安らぎなんてありやしないから。もちろん今だってそんなものは無い。だから私は自分がわからない。自己を形成するには、故郷は無くてはならない存在だと思う。札幌という街はそれに足るものだが、実家があれではどうしようもない。無い無い無い。なんにもありゃしない。そう考える自分自身も大嫌いだ。誰かを肯定できる人と否定ばかりする人、どちらがまともな人間かなんてわかりきってる。でも、肯定したふりなんて白々しいだけじゃないか。だからやっぱり、自分を好きになれるわけがない。

閑話休題

私には生き方を学ぶ術がなかった。自分の中の怪物と戦う手段も無かった。だから、私が取った手段はただ一つ。自分のレベルを99にまで上げること。自分でも遠回りな手段だと思う。他の人は頼もしい仲間とパーティーを組んだり、誰かから攻略法や怪物の弱点を聞いて、どんどん先に進んでいった。そんな人達の姿がやがて見えなくなり、ますます焦って自己嫌悪の種も増えたが、他に方法は思いつかなかった。だけど、レベルが99ならたとえ職業が遊び人だって簡単に負けやしない。そして今日、ようやく怪物を正面から抑え込むことに成功した。暗闇に差し込む一筋の光明。手に入れたものは、自己認識の拡大と確かな自信。優柔不断を克服するスイッチ。いつもぶれてて一度も合うことがなかった自分というピントがようやく一点に定まった。まだ怪物に完全勝利したわけじゃない。だけど戦う手段は得た。これから一気に攻勢に出る。まずは明日、京都まで57km。早ければ来週の月曜で決着が付くか。それとも、もうちょっとだけ時間が掛かるか。今はまだ、わからない。

思えば、堀井雄二さんや田中ロミオを尊敬してるのって、ずっとそういうものを書いてきたからなんだよね。ドラクエの愚かな人間たち。クロスチャンネル黒須太一。特に太一は、同じように心の怪物に打ち克った。彼のケースと、今回の自分。共通することが多い。ならば、私はようやく人間になれたのだろうか。スタート地点に立つことができたのだろうか。それとも、やはり完全に克ったときこそがスタート地点なのだろうか。だけど、もう悲観はしない。早いか遅いかは別にして、遠からず完全勝利する日が来る。実家を出てからの4年間、それが全て負債として残っていたとしても、絶望していた頃と比べればずっとマシ。私は前に進む。周りからどんなに遅れていたとしても。

今だからこそようやく言える。人生を諦めなくて良かったよ。いつも、自殺者や犯罪者が他人事じゃないような気がしていたから。あと、麻生さんの前の総理大臣とかね。

2009-10-27

朝の過ごし方

| 21:58 | 朝の過ごし方 - Hatena::Thormond を含むブックマーク

目が覚めてすぐ、まずは手と顔を洗う。うがいは必ず2回。味噌汁椀でダシ昆布を水につけて、紅茶3杯分のお湯を沸かす。紅茶の茶器一式と普通のカップを取り出し、ポットに茶葉を入れる。普通のカップには牛乳を。それからサラダ用の野菜の下ごしらえ。終わった頃にお湯が沸騰するので、冷めないうちにポットに注ぎ、保温のためにティーコゼーを被せる。空いた鍋に味噌汁椀の中身を移す。タイマーに紅茶の蒸らし時間をセット。まな板をサッと洗い、果物を切る。今回は林檎。まずは縦に4分割して、そのうち半分は皮を剥く。剥いた皮も食べる。更に一口サイズに4分割して、サッと洗った味噌汁椀に入れる。フォークを添えて。包丁とまな板を片付ける。カップの牛乳を少し残して飲み、そして林檎をフォークでつまみながら準備体操。皮付きと皮なしの味と食感の違いを楽しむのが結構好き。体操が終わった頃にはとっくにタイマーが鳴り終わっているが、紅茶の濃度は時間ではなく茶葉の量で調整している。一杯目の紅茶とまだまだ余っている林檎を持って椅子に座り、パソコンを起動。紅茶はティーコゼーのおかげでちょうど飲み頃。まだ薄い一杯目と林檎を味わいながら、メールや天気予報、ニュースなどをチェック。気分次第で音楽も掛ける。一杯目が無くなったら、その紅茶カップで量った2杯目を、4分の1の林檎が残った味噌汁椀に注ぐ。これでちょっと濃くなった紅茶がアップルティーに早変わり。林檎は例によって皮付きと皮なしを半分ずつ。にじんでお椀の底に溜まった果汁がすぐに紅茶と馴染むのもポイント。林檎の表面に紅茶の味と熱が通り、中身はシャキシャキのまま。温度差と食感のアクセントを充分に楽しむ。3杯目はミルクティー用に残しておいた牛乳のカップへ。牛乳が常温になっているのが2つめのポイント。おかげでやや温めの優しい口当たり。それでも、飲む前に味噌汁椀とミルクティー以外の食器類を片付けてしまう。そうして全て終わったら、じっくり腰を据えてパソコンの作業を再開。締めのミルクティーをまったりと味わいながら。

ここまでがだいたい30分くらい。この後に朝食の準備があるのだが、あまり重要ではないので状況は割愛。サラダはともかく味噌汁が浮いているのは百も承知。それでもミネラル豊富な味噌汁を朝のうちに飲んでおくのは大事なことだと思っている。サラダはその場でドレッシングを作ってイタリア風に。他には、タンパク質が足りないなーと思ったら半熟目玉焼きも作る。天気が良ければ布団も東側のベランダで干してしまう。

毎朝これを繰り返している。日々の習慣の中で、この時間が一番好き。おかげでいつも朝6時に目が覚める。一日の始まりを清々しい気持ちで迎える、ただそれだけで無力と怠惰と絶望に沈んでしまわずに済む。日常の中でかけがえのないもの。流されるように甘んじて享受するのではなく、自分から意識的に働きかける。こうすることで私は自分を保っている。

2009-10-26

絶望と夢の狭間で

| 23:49 | 絶望と夢の狭間で - Hatena::Thormond を含むブックマーク

「無理だろ」

「今のお前が行ってもうちの評判落とす」

「そうやって行って駄目になった奴を何人も知ってる。」

「夢を見てる」

「俺も昔は思ったけど」

フランスに渡ることを決めてパン業界を辞め、アルバイトに明け暮れてる時のことでした。

たまたま自転車で移動してるときに車から呼び止められました。

まぁ、パン業界では今でもそこそこ名の知れたシェフでした。

「今、何してんの?」と聞かれ、

「別の仕事をして、フランスに行くお金を貯めてるんです」

そう答えた僕に、

「フランス?行って何になるの?」

車から引きずり下ろしたろかと思いましたが、僕、根が温厚ですからね(笑)

耳が痛い。

今まで、誰かに言われる前に自分から諦めてきたことがどれだけあったろう。今更になってようやく夢を追いかける気になって、迷いや心残りを断ち切るためにやりたいことを思いっきりやろうと決意したのが去年の秋のこと。年末頃には、会社をクビになるのは明日か1週間後かと毎日ビクビクしていた。適当な理由を付けて納会を早退し、そのままイタリア料理のディナーを食べに行ったとき、もう半年保たないなと思った。かくして3月末に職を失い、求職中に面接官から鬱と言われる。そんな私が「今、何してんの?」と前の会社の上司に言われたら、はらわたが煮えくりかえってしまいそうだ。たとえ自らの無能が原因だったとしても。

昔の私なら、無力に絶望し言われるままに諦めていただろう。その絶望は今も私と共にあるが、それでも克服するために様々なものを見聞きしてきた。片っ端から貪欲に。代償として馬鹿みたいな距離を走り、お金と時間を浪費して。それこそまさに「今、何してんの?」だ。滑稽だと思う。だからこそ、もう、馬鹿にされたって構わない。私は私にしかできないこと、やりたいことをしたい。そして目の前に、そうやって結果を出した人がいる。どれだけ励みになるだろう。私はこの人のことを、何か特別な人だと思っていた。本人がそんな立派な物じゃないと何度も言っていても。でも、そんなのは関係なかった。才能や結果は二の次。この人はただ、最後まで諦めず夢を追い続けた人だった。今まで私にはハッキリと尊敬できる人が居なかったけれど、ようやく一人見つけることができたのかもしれない。そしてそれは、私自身が自らの意志と滑稽な行動で手に入れたものだ。少しだけ、報われた気がした。さあ、もっともっと頑張ろう。夢を信じることはできないが、最後まで諦めず挑戦し続ける。たとえ誰かに無理だと言われたとしても。

余談だが、実はル・シュクレ・クールに通い始めたばかりの頃、あまりのマナーの悪さに厨房から岩永さん自ら出てきて怒られたことがある。まだ、今より輪を掛けて自分を嫌ってた頃だ。それでもこの店が好きと、頭を下げて通い続けたからこそ今があるのだと思う。そしてno titleの記事。この日も朝からパンを買いに行っていた。そう、大雨の日だった。ブログも見た後だった。おまけに岩永さんが厨房から出てきて話しかけられた。あのときは2009-10-02 - Hatena::Thormondで書いたように相変わらず自己嫌悪していたのだが、それでも「良い関係」のお客さんの一人だと思って貰えるなら、嬉しい。

最近では、隣のケ・モンテベロでも橋本シェフと顔を合わせると笑顔で挨拶してくれる。これもまた、嬉しいことの一つ。

2009-01-02

新年!

| 12:15 | 新年! - Hatena::Thormond を含むブックマーク

気を取り直して。

旧年はアウトドア志向だったので、今年はインドアで行きたい。お茶でも飲みながら、落ち着いてゆっくりと。でも、一歩ずつ確かな足取りで、前へ。今年の目標も、曖昧なものではなく明確で実現可能なものにしたい。もちろんいつでも達成できたら意味がない。

実はもう前から決まっている。押し入れLinuxサーバーの構築だ。

既に、Linux用にノートPCを一台用意してある。ただし、これを目標達成に用いると決まったわけではない。余ったパーツでもう一台自作してみたい気もするし、Linuxノートを二台にして棚に並べてもいい。いずれにせよ、まず押し入れの空きスペースを確保しなければならない。ここで今年の方針に繋がるのだが、押し入れの段ボールや本棚には未読の本がたくさん眠ってる。それらの本を継続的に消化しつつ、読み終わったものから売却。他にも余ったものはどんどん売ってしまう。そうして出来た押し入れの空きスペースに、残った必要なものを整理するシステム棚を構築。できれば、押し入れに入らないという理由で別の棚に置いていたものも正しく収納。それらが全て済んでから、最後に余ったスペースにCTUやパソコンやプリンタを収納する棚を設置。ようやく目標達成となる。

ただ作ればいいというものじゃない。きちんと計画を立てて、他のことに支障が出ないように。それどころか、完成した頃には今より快適な部屋になっているように。住環境の見直し。趣味にかこつけて全てをより良くするために。だから、今年の目標は押し入れサーバーの構築。じっくり腰を据えて、楽しみながらやっていきたい。

ちなみに、テスト環境が目的であるため、常時接続は考えていない。ただし、やろうと思えばいつでもできるようにすること。接続の有無でサイトのシステムと連動できればなお良い。

序盤は本ばかり読むことになるため、他人の書いた文章に多く触れる機会にもなる。目標達成した頃には創作活動が新しい目標になっていればいいな、と思う。

既存の未消化コンテンツ中心なので、今年はあまり新しいものに手を出さないつもり。3月末のドラクエは買うけど、それ以外は控えめに。あとは、自炊に少し力を入れるかな。

今年はネットでの露出も増やそうと思います。また一年、よろしくお願いします。