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初めて訪れてくださった方へ

当ブログへのアクセス、ありがとうございます。主にアニメの感想を書いているブログです。

2016-04-29

手裏剣戦隊ニンニンジャーファイナルライブツアー2016 千秋楽 感動した、本当に感動した

いつもブログを見てくださっているに方はご無沙汰です、生きてます。

さて、2016年2月に放送が終了した『手裏剣戦隊ニンニンジャー』ですが、3月より最後のイベント、ファイナルライブツアーが開催されていました。

静岡を皮切りに、札幌、仙台、名古屋、広島、福岡と周り、そして最後の地として選ばれたのは大阪でした。

ファイナルと銘打ってあるとおり、ニンニンジャーとしての活動はこのイベントが基本的には最後となります。Vシネマなどの製作などで今後も何か動きがある可能性もありますが、ここで一旦一区切りとなるわけです。

そんなファイナルライブツアー、是非参加したく、大阪のチケットを取りました。大阪公演は4月23日、4月24日の2日開催。各日3回公演で、4月24日の最後の回が千秋楽でした。

チケットは23日と、24日の千秋楽の2枚取りました、いや、取れました。しかも結構前の席でした。


というところで、主に千秋楽の公演を取り上げつつ、ニンニンジャーという素晴らしい作品に出会えた喜びを皆さんにお伝えしたく筆を執りました。少し長めになりますが、是非、じっくり、作品を思い出しながら読んでいただけたら、そしてニンニンジャーという作品を、これまで以上に心に留めていただければそれに勝る喜びはありません。


久々にちゃんと戦隊モノを見た

私は戦隊オタクではありませんでした。普通に戦隊を見て育った普通の子供でした。とはいえライダーも含めて、特撮シリーズはそれほど子供の頃にハマっておりませんでした。一番印象に残っているのは初代の仮面ライダーで、1号2号の勇姿だけは今でも脳裏に蘇ります。しかし、それ以降の昭和ライダーそして平成ライダーは殆どノータッチ。存在は知っているものの、殆ど見たことがなかったし見ませんでいた。戦隊モノも同じで、こっちはむしろ、遺伝子レベルで刻み込まれている作品はありません。

なんとなくちゃんと特撮を見だしたのがこの1年ぐらいで、仮面ライダードライブにハマり、そして手裏剣戦隊ニンニンジャーにハマりました。今では特撮が大好きな人になってしまいました。


単純だけど熱い天晴、クールだけど恥ずかしがり屋な八雲、縁の下の力持ち凪、いい意味で一番子供らしい風花、悔しがったときが可愛い霞、実は心に弱さを持っていたキンジ……見るたびにどんどん魅力的になっていくニンニンジャーのキャラクターたちは、私の心を捉えて離しませんでした。


キャストの人たちはテレビの中ではもちろん演技をしているわけで、どんな人なのかは画面からなかなか掴むことはできません。優しい人なんだろうか、熱い人なんだろうか、仲は良いのだろうか……もちろんそういうことを抜きにしても好きになるのですが、中の人がどんな人なのかを知ると、より一層作品愛が増すという経験がお有りの方も多いでしょう。

そんなキャストに生で初めて会ったのは、私の記憶が正しければ映画『手裏剣戦隊ニンニンジャー THE MOVIE 恐竜殿さまアッパレ忍法帖!』の大阪での舞台挨拶でした。舞台挨拶があることを直前に知りまして、なんとかチケットを取って参加したことを覚えています。いつもテレビの中で見ているキャストの面々が目の前に現れた時、とてもとても感動したことを覚えています。

私はこれまでアニメ関連の中の人のイベントには参加していました。特撮と違って、アニメはキャラクターvs声優という関係で、ある意味切り離されていて、声優さんに直接お会いしたとしても、それは声優さんにお会いしているという区切りが自分のどこかにはあったように思います(もちろん、あのキャラクターの声優さんだああああ、って思いはしますよ)。しかし、特撮の場合、もちろんスーツを着て変身するとはいえ基本的に演技は本人たちがやるわけです。すると、その本人たちを目の前にすると、自分は今ニンニンジャーに会っているのか、それともキャストの人たちにキャストとして会っているのか、混乱してしまうのです。

ただおそらくは、ニンニンジャーとして会っているし、キャストの人たちもヒーローを演じてくれていることは分かります。それは、時折「素が見える」と感じるからだと思います。そして素が見えると、その人の人となりが、キャストたちの仲の良さが一発で分かってしまいます。その後、英雄祭にてまた直接キャストを見ることができる機会がありました。そして、もう大体分かってしまいました。ニンニンジャーのキャストはとても仲が良いし、楽しそうだし、だから見ていてこっちも笑顔になる、と。

スケジュールの関係上、東京ドームシティのGロッソでの素顔の戦士たち、すなわち中の人が登場するショーは見れませんでしたので、英雄歳を最後にキャストの人達を生で見ることはありませんでした。なので、今回のファイナルライブツアーが久しぶりの機会でした。


ファイナルライブツアー

ファイナルライブツアーは二部構成です。第一部はヒーローショー。実際のキャストが登場する豪華な内容です。そして二部はトークショー&抽選会&ライブ。合計で約2時間弱と、非常に濃い内容でした。

ヒーローショーのストーリーは結構ちゃんとしていました。牙鬼家を倒して、それぞれの道を歩みだした天晴達。ある日、ニンジャ祭りと称して、ニンニンジャーに会えるというイベントが開かれると聞いた面々は、そんなはずはないだろうと、知らず知らずに集結することになる。そこで待っていたのはニンニンジャーに扮した妖怪たち。牙鬼家復興を企む祈祷師・臥待天骸(ふしまちてんがい)が裏で糸を引いていたが、その真の目的は、十六夜九衛門もとい牙鬼新月の力を取り込み、自身が世界を支配することであった……というのが大筋となります。

霊体という設定とはいえ九衛門が登場したり、フタクチオンナやネコマタなどこれまで登場した特徴的な妖怪たちも活躍、またジュウオウジャーも応援に駆けつける、そして何より天晴を始めとしたニンニンジャーの面々が目の前で演じてくれるということに、感動もひとしおでした。客席に登場することもありましたので、その姿を、これまで以上に目の前で見ることができて、あぁ彼彼女らは本当にニンニンジャーなんだなぁと、よく分からない感情が押し寄せてきたことを覚えています。


天晴のこと、みんなのこと

千秋楽前日と千秋楽の2回見に行ったのですが、前日とても心配していたことがありました。それは天晴がとてもとてもとてもとても緊張している、ということでした。他のキャストと比較して明らかに素が見える回数が多くて、一つ一つの演技をなんとかこなしていると感じてしまうほどにはぎこちなさが見え隠れしていました。これはヒーローショーの間だけでは無く、トークショーなどでもそうでした。司会のお姉さんや他のメンバーが目に見える形でフォローする場面もありました。何か大きな失敗をしてしまうんじゃないだろうかと、見ているこっちがハラハラするほどでした。

いろいろ考えていました。多分、緊張するんだろうな、最後の公演だから、これまでの公演以上に緊張しているんだろうなと思っていました。千秋楽の公演で、失敗せず、上手く大団円で終わってくれたらいいなって思っていました。

そんな不安の中、千秋楽を迎えました。そして千秋楽に登場した天晴は、堂々としていました。緊張していないといえば嘘になりますが、しかし前日と比べて目に見えるほど見違えていました。天晴だけではありませんでした、他の面々も皆、どこか昨日と比較して、いい意味でリラックスできていたと感じました。


そしてその理由は、これは私が感じたことではありますが、千秋楽最後の一番最後の、キャストたちのコメントを聞いて分かりました。

最後のキャストたちのコメントは、正直なところ、涙なしには聞けませんでした。それほど熱がこもったコメントをひとりずつしていました。各人、コメント内容はもちろん違うのですが、その違う中に皆同じ思いが含まれていました。それは、ニンニンジャーを演じられるのは本当に今日が最後だ、ということでした。

それらの言葉を聞いて、私は、最終日は緊張とかそういうのよりも、もう演じられなくなるんだという想いの方が上回っていたのではないかと思いました。「一言一言演じるたびに、あぁもうこれ演じられないんだなって……」という、シロニンジャー役の矢野優花さんのコメントは印象的でした。その言葉を聞いた時、涙してしまいました。ニンニンジャーというヒーローは、とても華やかで、見ている人たちに勇気をくれて、憧れで……でも終わってしまうんだなって、改めて気付かされました。約1年間の放送は、長いようで本当にあっという間だったと視聴者である私は感じましたが、演じていらっしゃるキャストの面々も同じ想いだったようです。

ファイナル!|矢野優花オフィシャルブログ Powered by Ameba


スターニンジャー役の多和田秀弥(たわだひでや)さんが、コメントの中でヒーローと夢について話されていました。芸能界に入る前は夢も目標もない人間だったが、芸能界に入った時にヒーローになるという「夢」が漠然と浮かんだ。そしてそれが段々夢から「目標」に変わり、現実にするまでは辛かったが、ついに掴みとり現実となり、そして演じきることができた、ということ。小さい頃から特撮モノを見ていて、ヒーローというのはその見ていたヒーローが永遠のヒーローになるということ、今見ている子どもたちは、ニンニンジャーが永遠のヒーローになるのかもしれない、ということ……。

約1年という期間でしたが、間違いなく私の心には永遠に残り続けるヒーローとなりました。

FLT大阪〜FLT終了の巻〜です|多和田秀弥オフィシャルブログ「TAWA-BLO.」Powered by Ameba



コメントの中でこれも共通的だったのは、何度もしんどい時はあったけど、応援してくれるファンの人達、スタッフの人達、家族の顔が自然と浮かんできて、頑張ろうと前に進んでこれた、ということでした。当たり前の言葉に聞こえるかもしれないのですが、本当に皆、心から辛さと感謝の言葉を述べていらっしゃいました。

印象的だったのは、キニンジャー役の中村 嘉惟人(なかむら かいと)さんのコメント。あまりに辛くて、家で親に理不尽に当たってしまったことが何度もあったけれども、何も言わず受け入れてくれた、それがほんとうに嬉しくて、そして本当に助かっていたということ。

凪くんはまだ若いのに、ちょっとしっかりしすぎだと思っています。舞台上ではいつも周りをフォローする役で、まるで本編と同じだなと思ってしまったりもしました。

FLT in 大阪!|中村嘉惟人オフィシャルブログ Powered by Ameba



「学生生活が遅れてやってきたようだった」

もう一つ、コメントで印象的だったことがありました。それは、皆、毎日同じ現場に行って同じご飯を食べて同じ仕事をして……ということがとても楽しかったということでした。

特に、モモニンジャー役の山谷花純(やまや かすみ)さんの話は、涙なしでは聞けませんでした。

実はニンニンジャーの主演キャストの中で一番芸歴が長いのが山谷花純さんだという事実を私は知りませんでした。2007年に芸能界に入って、そこから下積み時代をずっと過ごしていた、名前もないような役も多く、それでもとにかく必死に前に進んでやってきて、そして掴んだのがニンニンジャーのモモニンジャー役だったということ。「私にしか演じられない役をもらった」という言葉はとても重かったです。サプライズで、仙台のお母さん妹さんおばあちゃんが見に来ていらっしゃったようで、そのことに舞台上で気づいたそうで、それも相まって、すごく涙もろくなっていらっしゃっていました。

とにかく前のめりにやってきたから、学生時代も殆ど周りと話すこともなく終わったそうです。だから、「毎日同じ現場に行って同じご飯を食べて同じ仕事をして」ということが、本当に楽しくて、「学生生活が遅れてやってきたようだった」と涙ながらに語られる姿は私も泣いてしまいました。

ヒーロー|山谷花純オフィシャルブログ「Yamaya’s Diary」Powered by Ameba


俺は一生天晴です

そうして、アカニンジャーこと天晴、こと西川俊介に戻ります。最後の天晴のコメントは、実は他のキャストと比較すればとても短いものでした。ただ、想いが、一挙手一投足から伝わってきました。コメントの最後の言葉として「俺は一生天晴です」という言葉、いや叫びが出てきたことが、全てなのかなと思いました。

冒頭に、天晴が緊張していたという話を書きましたが、もう少し大きなスケールで見れば、そもそもニンニンジャーの赤を演じるということ自体がもう、とんでもない重大なことであって、ずっとプレッシャーと戦ってこられたのではないかと思います。天晴のコメントの一番最初の入りが「40周年という記念作品の赤を演じるということに驚いて」というところからだったのも、それが伺えました。

なんというか、すごい良いキャラクターだなぁ、ずるいなぁという(笑) これは演技がうまいということかもしれないけど、実際の役としてと、現実のギャップが一番ないのが天晴かもしれない。「何言ってるか全然わかんねーよ」って、すごくシンクロするんですよね。そして、何より前に前にと突き進むさまが、とても似ていると私は思います。本編でも、決めるべきところを決めてきたのは他でもなく天晴でした。

正直、まだヒーローやりたいしニンニンのメンバーともまだお芝居したい。寂しいけど、ファイナルが終わったということはこれから更なる夢に向かって僕達が羽ばたく瞬間でもあります。

ニンニンジャーは『夢』というワードを大切にしてきました。

天晴のようにみなさんも恐れずにどんな事でもまずは挑戦をしてほしいです。

そして夢を叶えてください。

夢を叶えて見る景色は絶景です。

夢の先には更なる夢も同時に生まれます。

人は死ぬまで夢を追い続ける生き物だと思います。

僕も更なる夢に向かって頑張ります。

ありがとうFLT!!|西川俊介オフィシャルブログ Powered by Ameba

終わりに

なんというか、いろいろ書き足りないというか、上手く書けない、言語化できないというのが正直なところでしょうか。でもイベントは感じるものだから仕方ないね。それと、歌手のお二人とかアオニンジャーことヤッキーこと八雲こと松本岳さんにあまり触れていないのも特別意味は無いから深読みしないでよねっ。言語化って難しいね。

ファイナルライブツアーのDVDが発売されたら、また何か書こうかなぁと思います。思い出すことも多いでしょうし。それから、年末に書こうかと思っていた、ニンニンジャー話数単位選もGW期間中に仕上げられたらいいなぁと思っています。


何はともあれ、ニンニンジャーのキャストの方々、そして関わっていらっしゃったすべての皆様、お疲れ様でした。



しーのーばーずーーーーーーわっしょーい

20160429172024

2016-03-07

「私はアニメを今でも大好きですという理由」

私はアニメを今でも大好きです。現在形? いや、強調系です。

そう、何かきっかけがあったというわけではなく、ごく当たり前に生活していただけなのに、「私はアニメを今でも大好きです」と言うようになりました。

それは好きなアニメが映画化決定した時のことでした。

「うわぁ、やっぱりきたかぁ。喜ばしいことだ。公開初日に行きたいのは山々だけど、仕事で無理かな」


公開当日。


「神だったwww」「これぞまさに正当系劇場版と言える」など絶賛の嵐だった。仕事場のトイレの個室でSNSを流し見した。

次の休みに見に行こうと思っていたが、しんどすぎて寝てた。そもそも、意欲が本当にあれば、前の日までに指定席予約しているはずだ。


最悪だねこりゃ。

自分が好きなものに対して、理由をつけないと自分を保てなくなっている。仕事、疲れ、眠い、環境の変化……アニメは楽しい、アニメは面白い……アニメは……本当に面白い……んだよね……?


時々、ふっとテレビつけた時にやってたアニメ見ても

「おっもしろー。やっぱアニメ面白いなぁ。活力をもらえる」

もっとアニメに対して時間かけないとなぁなどと意識的に思うようになり

「新作アニメ始まったけど、見続けるのは難しいそうだしなぁ」

アニメを積極的にチェックすることはなくなり、でも心の中では、アニメは面白いものだ、という強い気持ちだけが残った。

自分にとって好きは、「改めて確認するもの」ではなかった。アニメは、「私はアニメを今でも大好きです」と言う対象ではない。作品が好きだ、キャラが好きだ、ストーリーが好きだと、オタクらしく語ればいい、そういうものだった。

好きだという気持ちがあれば、心を強く保てると思っていたが、そうでもなかった。やはり、一度離れたものはそう簡単に戻ってこなかった。いや、戻すことに対してとてつもない力がいるのだ。だから、戻しにくい、ひどく戻しにくい。


誰かに聞いてほしいわけではない。自分に対して、もう一度言おう。それでも私はアニメが大好きだ。


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というわけで、絵は無理なので文章で創作してみた。

「私が大好きなアニメを見れなくなった理由」まとめ - Togetterまとめ



メッセージ性があるものって、キャラクターに代弁させることが、本当にキャラクターが思っていることなのかが分かるかどうかに掛かっているなと思います。件の創作ストーリーは、最後の2コマ、「一人でも多くの人に知って欲しい」から始まる部分で、自分の内なる気持ちを、全体の気持ちとして代弁することで自分を保とうとしている。

本来は、自分がそう思っただけであって、全体に適応されるなんてことはないし、あったとしても、この漫画のように強く言い切れない。なので、独りよがりに見える。にも関わらず、これ許されるのは創作だからで、このキャラクターはそういうキャラクターだということなんです。

ただ私は、ちょっと独りよがりに見えたんですね。ちょっと作者の思いが強く出すぎたのではないかなと。この辺が、作りて側からすると難しいのだなぁと思う。一歩間違うと、作者の人格批判みたいなものにつながりかねない。


好きなものを否定されると、自分が否定されたような気になるのは、これはもう冗談でもなく事実だと私は思います。極論、作品が傷つけられると自分が傷つけられたような気になる、ということだ。そして誰もが傷つけられて立ち直れるとは限らない……というのがこの漫画の本質なのではないかと私は思っています。




この漫画を読んでいたら、以前フォロワーさんが書かれた漫画を思い出したので、ぜひ紹介しておきたい。言葉は愛だ!

だれも幸せにならないアニメの話 | 磯貝祐司 [pixiv] http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=38020243

2016-02-07

コンテンツを楽しむことに躊躇してはいけない

お金的にも、精神的にも!


コンテンツは水物だ。楽しめるその時に、全力で楽しまないと損。

そんなことは分かっているつもりだったけれども、忙しさとかそういうのを言い訳にしていた気がする。「いやー、忙しいからさ、なかなかできないんだよねー」と。

ただ、やっぱり、コンテンツはすごい力を持っている。すごいものを見たら、その後、ずっとボーッとしてしまうくらいコンテンツの力はすごい、何をするにも手がつかず、お酒を飲みながら無心に漫画を読んでしまうぐらい、コンテンツの力はすごい、力強い。

今日は、ぷよぷよテトリスというゲームの、有志が開催している大会の上級者同士の対戦を、Twitchで見ていましたが、内容が熱くて、興奮して、最後まで見て、そしてほわーとなっていました。すごいな、と。コンテンツの力はすごいな、と。ぷよぷよはやっぱり面白いなと思いましたし、ぷよぷよというものに対してここまで上手くなれるんだという尊敬の念が改めて出てきたし、何より熱い試合で、こんな面白い試合を無料で見れるなんてすごい時代になったなぁと。

ずっとPS4の購入をなぜか躊躇していましたが、やっぱり買うことにしました。今買わなきゃだめだなぁ、楽しめる時に買わなきゃダメだなぁ、と。自分はゲームはあまりやらないのですが、ハードをなんだかんだ買ってたりします。買うときはは大体、好きなゲーム・やりたいゲームが出てくる時です。思えば、PS2は、ぷよぷよフィーバーがやりたくて買ったのでした。PS3は、true tearsのBD BOX発売に合わせて、BD再生機として買いました。PS VITAは、絶対絶望少女を買うために。そして今、PS4は、ぷよぷよテトリスをやりたくて。

買わないで後悔するより、買ってコンテンツを楽しむことが何より素晴らしいことなんだろうなと改めて気付きました。ありがとうぷよぷよ。

2016-01-11

2015年の自分が選ぶ、TVアニメの楽しみ方10軸

あけましておめでとうございます。そして、ご無沙汰しております。


さて皆様は、以下の企画をご存じでしょうか。

「話数単位で選ぶ、2015年TVアニメ10選」参加サイト一覧: 新米小僧の見習日記

アニメのブログの界隈ではそれなりに恒例となっている、話数単位選と呼ばれる、その年に放送されたアニメの中から話数単位で10本上げてみようという企画です。

ルール
・2015年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。


この企画に対して個人的には、10本も選ぶんだからそりゃまぁそれなりに見て選出していないと、記事を読んでもらった人に失礼だよなぁとか思ってしまいます。

そんな私が2015年にきちんとすべての話数を見たアニメは以下の2つしかありません。

2つのアニメはどちらも非常に面白く、やはりアニメは面白いなと噛み締めながら見ていた作品です。この2つについては多分そこらの人より語れます。とはいえ、年間の話数という単位で薄めると、途端脆くなります。先ほども述べたように、10選出はそれなりに幅を求めるし求められていると私は思うからです。

ただ、この話数単位選を始めとして、OP選やED選など選出系の企画はすごく好きです。過去に書いた記事は以下です。


どこかで関わっていたいと思う気持ちが強く、どうにかならないもんかと頭を捻ってみたところ幾つかの案は出てきました。本記事はその1つ目となります。

何をするのかというと、この記事では2015年の自分を持ってして、「どんな軸でアニメを見るのか」を10選してみよう、と思いました。10選10軸。私が深夜アニメに本格的に傾倒したのが2004年から2005年にかけてなのでちょうど10年という節目でもあります。


アニメとは人それぞれ楽しみ方が違うものであって、人がどうこう言おうが、全くどうでもいいわけなんです。わけなんですが、質がどうなのかは置いておいて、このアニメ供給過多の時代、コンテンツ供給過多の時代、はたしてアニメの楽しみ方は自由なのだろうかと思うこともあります。

オタク趣味自体がカジュアルに捉えられ、追っかけていないとクラスの友達から疎遠になってしまう対象がテレビ番組だけでなくネットのコンテンツにも広がっています。そんな中、本当に楽しい、「自分にあった」面白いコンテンツに出会う方法とは何なのでしょうか。

誰もがオタク差別、隠れオタクがまだ残っていたような時代からの濃ゆいオタクではありません。私の弟が時々聞いてきます。「面白い○○って何かない?」と。思わず「そんなん自分で調べろよ」と言いたくなります。でも違うんです。情報が溢れてしまっている現代、自分の「本当の面白いもの」を見つけること、さらにもっともっと面白いものを見つけられ続けることは結構大変なんです。

世のコンテンツプロバイダーには、もっとポータルの立ち位置を強めて欲しいと思います。「そこに行けば、何か面白いものがある」という強いポータルになってほしいです。


さて長々とした前段となりましたが、要するに、アニメにはこんな見方もあるんだ、って思ってもらえたら幸いです。楽しみ方は誰にも邪魔をさせない。


第1軸「萌え」

萌えとは、最も分かりやすくあり分かりにくくもある概念です。アニメにおいて「萌え」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、萌えを感じるアニメしか見ない、ということになります。

属性(例えば妹とか)とは少し違います。属性よりも幅は広いです。広いがゆえに、節操がなくなります。とは言いつつも、1クール放送されれば少なくない数の萌え萌えしい作品が放送されることになりますから、それを片っ端から見るのです。なぜなら可愛いからで、可愛いと萌えるからです。そしてニヤニヤできますし、安心できます、いろいろと。安心できるのです。心は疲れません。常に癒され、ほわ〜となります。

2chで可愛い画像を集めまくります、Pixivで集めまくります、同人誌を手に入れまくります……ここまでワンセット。萌えをとにかく享受して体を潤い続けさせるのです。これが「萌え」を軸にしたアニメへの接し方です。私も萌えヲタです。

具体例:ローゼンメイデン


第2軸「妹」

妹とは、最も分かりやすくあり分かりにくくもある概念です。アニメにおいて「妹」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、可愛い妹が出ているアニメは全部見る、ということになります。

新番組の番宣で妹っぽいキャラが見えたら「おおおおおおおおおおおおおおおお」「今のは多分妹キャラ。このアニメは来期のトップやな」「妹キャラが居るから勝つる」とつぶやきます。

また、新番組時期になったら、アニメのキャラクター紹介を片っ端から開いて妹キャラが居ないか確認します。血縁関係があるかどうかもきちんと確認します。義理の妹も、もちろん妹ではありますが、実妹をより高尚なものとして取り扱います。

そして、アニメが始まったら、とにかく妹に注目します。一挙手一投足に注目します。すると、妹を起点として各キャラクターの様々の心情が見え隠れします。妹以外も見ていいですが、妹を中心に見ることを忘れないようにしましょう。妹は活力をくれます。これが「妹」を軸にしたアニメへの接し方です。妹はいいですよね。

具体例:お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ


第3軸「エロ」

エロとは、最も分かりやすい概念です。アニメにおいて「エロ」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、エロを感じよ、ということになります。

可愛さとはまた違う、エロさ。パンモロのような露骨なエロもあればパンチラのような匂わせるエロもある。夜這いするかのようなドキドキなシチュエーションもアレば、ラッキースケベのような突発的なシチュエーションもあります。

乳首券が発行されなくても泣かないし、DVDで光規制が解禁でも文句を言ってはいけません。なぜなら私たちは紳士だからです。アニメには真摯に付き合わなければなりません、それがエロとなればなおさらです。

「エロそうだなー……」って思って、見始めるの全然OKです。周りから「ありえないわー」とか言われてもそんなの関係ありません。エロいって思って、見て、エロかったらすごく楽しいし嬉しいじゃないですか。だから、見たほうがいいじゃないですか、真理じゃないですか。これが「エロ」を軸にしたアニメへの接し方です。エロは活力ですよね。

具体例:聖痕のクェイサー


第4軸「ネタ」

ネタとは、最も分かりやすくあり分かりにくくもある概念です。アニメにおいて「ネタ」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、ネタをネタとして楽しむ、ということになります。

泣けるアニメ、硬いアニメ、アイドルアニメ……疲れませんか? そりゃそういうアニメもあることは知っているけど、そんなんばっかり堅苦しいって思いません? やれ「アイドルがいい」、やれ「これは泣ける」とかアホかと……違うだろうと。「おい、30分間丸々パンを焼くアニメがあるんだぜ」「霧谷の心剣がなんと、マシンガンになった。剣なのに……」とか、普通じゃないぜ。ふつうじゃないものがアニメにはある。そういうものに出会いたいから私たちはアニメを見ていたのではないのか?

馬鹿にしているんじゃない、精一杯馬鹿になりながら一緒に笑ってるんだ。ネタアニメはこれだからやめられない。これが「ネタ」を軸にしたアニメへの接し方です。ネタと思ったものがネタ。

具体例:シャイニング・ハーツ 〜幸せのパン〜


第5軸「ラブコメ」

ラブコメとは、最も分かりやすい概念です。アニメにおいて「ラブコメ」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、ああああああああああああああ、ということになります。

ラブコメとは、もうどうしようもなくいたたまれなく、その場にいたらこっちまで悶え苦しんでしまうような甘々で苦々なシチュエーションが繰り広げられるわけです。幼なじみ、転校生、学校のアイドル、もう一人の幼なじみ、学校……ほらもう、ラブコメです。

きっと苦しくなるでしょう。ラブコメは甘くもあり苦いので、早々楽にはさせてくれませんよ。あなたが愛しているキャラクターが幸せになれるとは限りませんよ。いいんです、それでも見るしか無いんです。なぜならその一瞬、刹那、「ああああああああああああああああ」ってなるからです。ラブコメは真理。

これが「ラブコメ」を軸にしたアニメへの接し方です。八雲は天使。

具体例:スクールランブル


第6軸「ギャグ」

ギャグとは、最も分かりやすい概念です。アニメにおいて「ギャグ」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、とにかく笑う、ということになります。

本気でやっているギャグも良いし、バカバカしいギャグもいいし、シュールなギャグもいいし……とにかく笑いましょう。笑えるのがギャグのいいところ。笑ってもいいんです、手加減なく笑うことが許されているのです。

なんていうんですかね……笑顔にさせてくれるんですギャグは。あぁ、面白い、と。エロや萌えとも違って、心の底から声を出して、笑わせてくれるのがギャグアニメです。実況ともすごく合いますよ。「ちょwwwwww」って打ち放題。

笑顔に笑顔に。これが「ギャグ」を軸にしたアニメへの接し方です。だけど通してギャグだと腹が痛い。

具体例:這いよれ! ニャル子さん


第7軸「女児向け」

女児向けとは、最も分かりやすくあり分かりにくくもある概念です。アニメにおいて「女児向け」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、童心に返ろう、ということになります。

プリキュア、アイカツ、プリリズ、プリパラ……勧善懲悪なストーリーを気楽に楽しみましょう。「脚本がー」「ストーリーがー」「論理的な根拠がー」とか言う奴が現れますが相手にしてはなりません。彼らは別の時間軸に生きているのに、私達の軸に干渉してくる悪い奴らなのです。

「頑張れ、ぷりきゅあー」「いちごちゃんになりたい」「リズム!」「かしこまっ」……童心に返ってみんなで応援するんです。かわいいは正義だし、戦う姿は熱いし、踊りはアイカツだし……そりゃ元気にもなるわってもんです。

たかが女児向けアニメ、されど女児向けアニメ。侮るなかれ。子供の心を動かすのは難しいです。これが「女児向け」を軸にしたアニメへの接し方です。アイカツ! アイカツ!

具体例:アイカツ


第8軸「アニメーション制作」

アニメーション制作とは、最も分かりやすい概念です。アニメにおいて「アニメーション制作」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、信頼、ということになります。

アニメはアニメで楽しむべき……そりゃそうです。加えて、自分が楽しめるさらなる軸があるならば、より一層楽しめます。「楽しめる軸」となぜ言えるかといえば、それはその作品を心の底から楽しめたからです。次もすごいものを創ってくれるに違いないという信頼。これがとても重要。クリエーターへの信頼です。

継続した面白い作品を作ってくれるアニメーション制作会社を見つけたらもうこっちのもの。それだけで楽しむ軸ができてしまいました。期待しつつ、応援しつつ、見守ることは本当に楽しい。次はどんなことをやってくれるんだろうとワクワクさせてくれます。これが「アニメーション制作」を軸にしたアニメへの接し方です。ぱにぽにだっしゅ! は神アニメ。

具体例:ufotable


第9軸「オリジナルアニメ」

オリジナルアニメとは、最も分かりやすい概念です。アニメにおいて「オリジナルアニメ」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、何が起こるかわからない、ということになります。

商業的には、オリジナルアニメは怖い。できれば、実績のある原作を持ってきて原作付きアニメとして展開したい、メディアミックスしたい! ……でも? オリジナルアニメは爆発力を持っている。

何が起きるかわからないあのワクワクは何ものにも変えられません。来週の放送が始まるまで来週のストーリーは分かりません……これがどんなにワクワク感を生み出すのか。漫画に引きがあるように、アニメにだって引きがあります。予想、考察……誰も答えを知らない中で、ネット上に様々の言説が飛び交う時期はもう、脳汁が出まくりです。ネットという集合知でさえ最後の結末は明かせない。

オリジナル is 一つの心理。原作付きアニメに飽きてきたら、萌アニメにもしも飽きてきたら……オリジナルアニメに傾倒してみましょう。これが「オリジナルアニメ」を軸にしたアニメへの接し方です。Cの2期、はよ。

具体例:C


第10軸「キャラクター」

キャラクターとは、最も分かりやすい概念です。アニメにおいて「キャラクター」で見るとはどういうことでしょうか。それはとても簡単で、天使に出会ったような……、ということになります。

アニメはキャラクターが9割……なんて私は割りと本気で思っていたりします。それだけキャラクターが私達に与える衝撃は大きいのです。ストーリー? そんなものは後からついてくる。道を歩いていたら突然ぶつかって、前を見たら光り輝く眩い天使が手を差し伸べていたら……これが天命か……ってなるわけです。

雷にでも打たれたような……あぁ、私は、この子と出会うために生まれてきたんだなって素直に思えるそんなキャラクター……出会ってしまったらもう引き返せない。引き返させてくれない。

これが「キャラクター」を軸にしたアニメへの接し方です。いちごちゃん、大好きです。乃絵は、天使でした……。

具体例: true tears


終わりに

10軸! なんて言ってますがアニメの見方は10で収まるものでもないですし、人に指図されるようなものでもありません。小難しいことは置いておいて、アニメって多様な見方があるなぁと改めて思ったりしたのでした。

2016年、アニメは殆ど見れないかもしれませんが、アニメを好きだという気持ちはきっと変わらないだろうという自信があります。アニメだけでなく、オタク趣味全般において、自信があります。

とは言え、そればかりに時間を割けなくなってきたのも事実です。限られた時間の中で、やること、やりたいことが多すぎます。でもそれって、もしかしたら昔から変わらないことなのかもしれません。やりたいことは無限にあるけれども、やる時間は限られている。後はそれをどう捉えるかの違いだけ。

2016年も、積極的にネットで活動できるかは分かりませんが、よろしくお願いいたします。

2015-12-20

アニメを見るのには前提知識はいらない。アニメの楽しみ方を他人に押し付けないで

アニメ見るのにも前提知識が必要って何だかなぁ

アニメ見るために芸術的かつ社会的かつ文化的かつミリタリー的なきょーよーが必要ってどんだけだよ

それはまだましだとすら思う。なぜなら、そのアニメの考察をするためにはもしかしたら必要なことかもしれないから。アニメに対して、アニメの物語を読み解くために、そういった知識は不可欠ではないけれども、きっと意味はあると思う。それをやるかどうかは勝手だけれども。


だから、アニメを見るために、アニメを楽しむために、アニメを考察するために、芸術的かつ社会的かつ文化的かつミリタリー的なきょーよーが不要だと、それが一方的に正しいのだと言うのはやめてほしい。アニメの楽しみ方を他人に押し付けないで欲しい。単純に、あなたが、そういうコミュニティに属していて、それに不満を持っているだけなのに、それを一般化して、押し付けるのはやめてほしい。


アニメなんて何も知らなくても楽しめる。制作会社がどこだ声優が誰だ監督が演出が……そんなものいらない。歴史やら経済やら知らなくたっていい。

能登麻美子さんの能の字を知らなくてもスクールランブルを楽しめたように、歴史を知らなくても境界線上のホライゾンを楽しめたように、経済を知らなくてもCを楽しめたように。

アニメの楽しみ方と、自分が気に入らないこととを混同しないでほしい。