ワイルドカード6巻その12

                        AM12時 正午

                   ウォルター・ジョン・ウィリアムス

 「Devils and ancestors悪魔と祖先の名にかけて(一体全体)どうしてこんなことに?」
「バーで飲もうと思ってね・・」手を大仰に伸ばし、ピアノバーを示しながら言いつくろっていた・・
「二杯か・・三杯、ひっかけたところで邪魔が入った、ただそれだけのことさ・・」
「党大会会場についているべきでしたね・・」
「脂ぎった守衛に偽代議員の嫌疑をかけられちまってね、まぁチャールズ・デヴォーンに手を回してもらってでてこれて、こうして飲みなおそうとしてるわけだが・・」
「バーネットの妨害工作とみるべきでしょうね、あなたが党大会に出てればカリフォルニアの地盤は磐石でしたでしょうから・・」
タキオン、俺はカリフォルニア代議員団の顔役にすぎない、それで十分というものだろう・・」
それはブローンが己に言い聞かせているようにも思え、マスコミも意識しての言動にも思える・・
「あんたがアメリカ市民になって5ヶ月、いや6ヶ月になるかな、まぁ俺にとっちゃそんなもんさ、それでアメリカ政治を語るというのはどうかな・・」
「語るとも、かまわんだろ」硬い表情に、強いて笑顔を浮かべようと努力している様子のタキオンに、凄みのきいた笑顔で返し応えた・・
「心配いるまい、グレッグが負けることはないと思うよ」
ジェシー・ジャクソンが接触してきたんだ・・」
タキオンが唐突に話を変えるのはいつものことながら、不意に、珍しくまじめな話を振ってきた。
「会うのか?」
「わからない、どうしたものかね」
「どうだろう、ジェシーはやり手だというからね、
あんたはハートマン陣営の人間じゃないから、それもいいんじゃないか・・」
表情を険しくしてタキオンが応えた。
「何が目的なのだろうか?」
「取り込もうというのだろうね」
「私は代議員じゃない、何の影響もありはしないよ」
「選挙民なんてものはよたよた歩く恐竜みたいなものさ、簡単に方向を転じないかわりに、ちょいとしたきっかけで雪崩をうつものさ、もしあんたがどこかの候補の支持を表明したら、ジョーカーはこぞってその御仁に投票するだろうね、彼らは決めてもらいたがっているともいえる、ジャクソンはその流れを狙っているのだろうね」
「だったら会わない方がよさそうだね、そうしているうちに選挙も終わるだろうから・・」
「飲むかい?」
「いやよしとくよ、まだコンベンションセンターにいかなきゃならないから・・」
タキオンはそう応えながらも、階段を登ろうとしているジャックの広い背中をみやらずにはいられなかった、そこに一体どれほどのものを背負い込んでいるのだろうか、そんな畏敬にも近い念に包まれながら、再び声を発していた・・
「ジャック・・」
階段の途中で、恐怖と混乱の入り混じった緊張感をたたえ、立ち止まってからジャックは引き返してきて、彼より小柄なタキオンの肩に手を置いてからたずねた・・
「どうした、何かあったのか?」
「例えば・・例えばだよ、候補者の一人がエースとしれたらどうなるだろうか、と思ってね・・」
「おいおい何をいまさら・・」
「確かにいまさらの話だな、オクラホマ州ショーニーの野犬狩りでもあるまいし、与太の類だとは思うのだがね・・」
「俺は初めから明らかにされてるからいまさら問題にはならんとして、だとしたら他の人間の話だということになるが、そうなのか?」
「いや、はっきりした話じゃないんだ」そう断言してみせはしたが、ジャックの青い瞳には疑念がありありと浮かんでいるではないか・・
「ばかげた話さ・・たわごともいいとこだ、マスコミ相手に隠しおおせるものか、ハートを見ただろ・・」
「用心が足りなかっただけかも・・」
「だったら調べ直してみればいいじゃないか、あんたならそれができるだろう・・」
「テレパシーによって得られた情報には法的根拠はないんだ、それにもし証拠として認められたとしても、エイリアンに心を覗かれちゃ、候補者じゃなくともたまったものじゃないだろう?」
「それをいまさらあんたがいうのか・・」*
「それもそうだな」タクは肩をすくめてから続けた。
「忘れてくれ、可能性の話だ・・意見を聞きたいと思ってね・・」
「気にしちゃいないよ、タキィ」そうして肩を揺すってから続けた「済んだ話じゃないか」
「済んだ話だな」
「じゃもう一杯ひっかけてくるかな」
「あまり過ごすものじゃないよ」
いらぬ言葉だと思いながらかけた言葉だったが
ジャックは心得たものだった
「そいつこそくそくらえというものさ」
とかえしてきたのだから・・・



*4巻「内なる鏡」でテレパシーを使ったことをあてこすっているのですが、未訳部分ですので、
察してください、ということで・・・






                  メリンダ・M・スノッドグラス

        「アメリカンウィスキーをダブルで、ダブルで二杯頼む・・」
「いやなことでもおありでしたか?」
「ああそうさ、Hard dayいやなことはHard liquor強いウィスキーで流すにかぎる」
そう答えながら、書類カバンを下に置いたところで・・
視界が開けたように思えた・・どうして今まで気づかなかったのだろうか?
大広間のラウンジに小柄なブロンドのウェイトレスがいて、実に魅力的に思える・・・
自然とハリウッド仕込の笑顔を浮かべていた・・
40年代後半には、鏡の前でこいつの練習に悪戦苦闘したもんだったが・・・
「君は働きすぎじゃないかな、って話していたんだ」
「そうね働きすぎかも」そう応えながら、ジャック以外には見せない角度で、微妙に腰を振ってみせた・・
それでようやく気分がましなものになった・・
なにしろシークレットサーヴィスに身元の証がとれ、
開放されるまでは散々だったのだから・・・
それから午前中は代議士連中に、あのまま助けだされることがなければ、票が流れたかもと脅してすごしてはみたものの・・・おまけにタキオンまで非難めいたことをほのめかしつつ、秘密のエースなんて話までしてこっちをけむに巻いたときたものだ・・・
これからここマリオットのラウンジで、選管対策としてローガンと会うことになっていたのだが、遅れているらしい・・・
ともあれウェイトレスの肉付きのよい腰の揺れるさまを見守るのも心地よいものだが・・・
なぜかフライングエースグライダーが、ばたばた音を立て旋回する危なっかしいさまが脳裏をよぎりはしたが・・
その娘が飲み物を運んできたところで、言葉を交わすことができた・・・
飲み物を受け取るとともに、ジョーリーンという名であることを知ることができた・・
しかしローガンはまだ姿を現さないか・・
そうしてジョーリーンが他の客に呼ばれたため、チップの10ドルを手渡してから、そちらに向かっていった・・・
なぜか4年前、TVに出演してチンパンジーと話させられたときの侘しい感情が思い起こされたところで・・
白いディナージャケットに身を包んだ若い男が、大広間を通って、白いピアノのところに行き、前に腰を下ろして、<ピアノマン>のさわりをひき始めた・・・
頭上をタートルが飛び立っていくの感じながらも、妙にいたたまれない思いがしてならない・・
モス・ハートにクルト・ワイル、ジョージにアイラ・ガーシュウィンリチャード・ロジャース南氷洋での開幕式の夜と、そこにいた人々のことが思い返されてきて・・・
思わず100ドルを渡して、別の曲を演奏させていたが・・
<ホンキー・トンク・ウーマン>を演奏したところで、<ニューヨーク・ニューヨーク>が続いて演奏され、モリーリスカインドはどうしていたっけか、とこんどはそんな追憶に襲われてしまった・・
それでもまだローガンは姿を現してはいない・・
また一口酒に口をつけたところで、ラウンジの向こう側に、ジョーリーンがそのハート型をした尻を揺らしながら歩いているのに目を留めたところで・・
別の女性がこちらにまっすぐ向かってくるのに気づかされた・・
その女性はバーネットのたすきを身につけている・・
Slut for the Lord(くそったれな売女か)内心悪態をつかずにはいられなかった・・
バーネットの選挙参謀といったところか・・
だがそれだけじゃない、最悪の因縁といった言葉
すらこころをよぎっているじゃないか・・
Oh God(何てこった)そう嘆かざるをえなかった・・
そこでピアノは<アルゼンチンよ、私のために嘆かないで>の出だしをかなではじめたのだから・・
ブエノス・アイレスでペロン主義者の女性に唾を吐きかえられた記憶が思い起こされ気分が悪くなってきた・・
心臓がペースを落としたような奇妙な感覚を覚えながらも、唾を吐きかけられることを半ば覚悟しながら顔をあげると・・予想外な言葉がなげかけられてきた・・
「ジャック・ブローンさん?あなたにはおわかりにならないでしょうね、わたくしが再びあなたにお会いするのをどれだけ待ちわびていたか・・・」
そうだろうとも、いやはたしてそうだろうか・・
ブライズにはもともとニューヨークの訛りがあるものの、フランクリンにエレノアの口調が交じり合った奇妙な話し方をしていたが、それももはや話すものはないはずなのだ・・
そしてブライズは40年代はやりの赤い口紅を塗っていて、青白い首筋に暗い色調の髪の間に際立たせていたじゃないか・・
「フルール・ヴァン・レンスラーだね」一呼吸おいてから続けた「覚えていてくれたとは驚いたな」
とはいったものの、その言葉は自分の耳にも空々しく響いた、フルールの母親はジャックが殺したも同様なのだから、望もうとも、忘れ去ることなど適うまい・・
その娘は、ハート型の顔の乗った小首を傾げ、ささやき返してきた
「いくつだったかしら?3才、それとも四才でしたかしら?」
「それくらいだったかな」
「父の屋敷で、わたくしと遊んでくださったのを覚えていますのよ・・」
石で殴られたような気分に襲われながらも思わずにいられなかった、記憶があるなら、なぜ唾を吐きかけない、と・・
「あなたを尊敬していますのよ、言葉では伝わらないほどに・・」フルールの言葉はなおも続いた
「あなたはわたくしにとってもヒーローでしたもの・・」
冷たい炎というべき感情を背中に感じている・・・
言葉からまったく熱というものが感じられない・・
ブライズの娘にいたぶられているのではあるまいか・・
Sadism加虐趣味の赴くままに?
「そんな価値など俺にはないさ」額面通りに応えてしまっていた・・
それに対し、フルールは微笑みで返してきた、一見暖かくすら思える微笑みだ・・
そうして距離をつめてきた・・
思わず脚の間に膝をのせてくるんじゃないか、と思えたほどに・・・
もちろんそうなっても、ワイルドカード能力は健在で身は守れるとしても、身持ちについては自信がない・・・
悪癖絶ちがたく、そんな言葉をもてあましていたところ・・・
「もちろんレオ・バーネットは別格ですが・・」フルールが先に口火をきってきた・・
「わたくしが知る最も勇気のある殿方、それが貴方ですのよ、なにしろ己を省みず、あのろくでもないエースたちや・・あのいやらしいエイリアンを高みから引きずりおろしてくださったのですから・・貴方は不当な扱いを受けてきたとわたくしは思っていますのよ、それもハリウッドの不道徳な自由主義者たちのせいですわね・・」
その言葉が心からのものとは思えず、背中を虫がゆっくり這うような悪寒を感じてならない。
「驚いたよ」何とかそう口にはしたが・・
「母に・・似ていましたか?」
間近にいて・・まだ微笑んでいる・・
適うなら、力の限り駆け出したい、そんな思いに駆られながらも立ち尽くしている・・・
「母は思い込みが激しく頑固でしたから・・
結局父を捨てて・・・あのエイリアンのもとに走ってしまった、災厄の元凶であるあの化け物のもとに・・」
あえてタキオンの名を口にしはしなかった
「だからわたくしは、あの女(ひと)を見限ったのですのよ・・」そしてさらにおそろしいことを口走った
「あなたもそうなのでしょ・・」
酒を持っていたことを思い出し、そいつをあおり、噛むように味わいながらも、その刺激をもってしても現実感の揺らぐさまはとめようがない・・
「驚くこともないでしょ?」絞るような言葉は続いていく
「聖書にも不義について明示されていますのよ・・
姦夫姦婦はともに死をもって報いるべしと、レビ記20節です」
「そういや聖書には、最初に誰が石を投げたかまで確かに明示されていたな・・」
ひりつく喉からようやくその言葉を搾り出したが・・
フルールはうなずいてその先を引き取った。
「聖句にも通じていらっしゃるようで嬉しいですわ・・」
「餓鬼のころは、どうやってそいつをかいくぐるかで躍起になっていたからな、まぁドイツでの話だが・・」
「まぁ驚きましたわ」フルールは滑るように近づいて手首に手を回しながら言葉を継いだ「今のあなたとは結びつきませんね・・」
飛びのいて、その手を振り払いたいという感情をジャックは抑えているが、それもかろうじてといったところに
すぎない・・・
ルーズベルト・ホームズが40年代にこの国を破滅させようとしたのを、あなたが救ってくださったのではありませんか、ハートマン上院議員などはあの男の派閥に連なるモラルを受け継いだ破廉恥漢ですわね、
どちらにせよあなたは自由主義者によって貶められてきたのでしょ・・」
「自分で選んだ道だ」そこで凄みをきかせた笑顔とともに言葉を搾り出した「落ちたともいえるがね」
「わたくしならば、あなたを救い出せますわ」
そうして手首に指を這わせている・・
まさにSlut for the Lord( 主の名を口にした売女)だな、そう思わずにはいられなかった・・・
「こうしてお会いするためにここに来ましたのよ・・」鈴をならすような笑い声とともにさらに言葉を搾り出してきた・・
「この不道徳者の巣窟に・・みな再びつつましく暮らすことを望んでいるというのに・・」胃がむかむかするのを感じながら、その女を見つめていた・・
なるほどジャックがこれまで遭遇したなかで、フルール・ヴァン・レンスラーは、三番目の配偶者を別にすれば、もっともねじくれた売女に違いあるまい・・
「ともに手を携えませんこと、ハートマン上院議員
バーネット師父の政策について語りあいましょ・・」
「バーネットは、俺を強制収容所にいれたがっているんだぜ・・」
「あなたは愛国者であることを証明なさったではありませんか、彼らには含まれません・・そんなあなたには主が呪いすら祝福に変えてくださるでしょう・・」
さすがに忍耐もつきかけている・・
「たまたまワイルドカードのえじきになった他の哀れな連中はどうなる、彼らこそおめこぼしを受けるべきじゃないのか?」
「あなたは正しい道に導かれるべきです、父やバーネット師父のような・・」
さすがにその言葉に耐えることはできず、怒りをぶちまけようとしたところで、ようやくローガンの顔が視界に入ってきた、まだ人ごみの向こうなのだが、ここが引きどきだということだろう・・
「バーネット某のことは知らんがね・・」
そうして書類カバンを持ち上げながら続きを言い放っていた・・・
「あんたの親爺のことは存じ上げている、公共の利益をくいものにして、その名のもとにハーレムで黒人の少年と寝るようなFuck(ゲス)野郎だったよ・・」
はじめて女性にFで始まる言葉を口にしちまったな、ローガンのところに向かいながらそんな感慨に襲われはしたが・・・
それだけのかいはあったといえよう・・
フルールのプロに徹した笑顔は崩れてはいないものの、わずかにはこわばっただろうから・・

そうして微かに頬が緩んでいるのを感じている、ささやかで生ぬるいとはいえ、一矢を報いることができたのだから・・