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2008-03-11 (Tue)

博士の就職難が意味すること。

 私には関係のない話で恐縮だが、高学歴ワーキングプアに関して思うところを書く(特殊な事情により、この話題には関係がないのだが、そのあたりのことに関しては4月あたりに書くかもしれないし書かないかもしれない)。

 企業博士を採りたがらないということに関して、ことの真偽を私は知らない。私の周りでは博士号をとれずに退学していった人も就職はしているし、博士のときに業績がよくなかった人も就職をしている。これは私の知り合いに情報工学系の人が多いからなのかもしれないが、私には高学歴ワーキングプアの実感がわいていない。だから、これから書くことは、「私の知らないところで企業博士敬遠している」ということを前提とする。

 企業博士を採らないのは、少なくとも二つの理由があるだろう。一つは年齢が高いということ。もう一つは博士保証されている能力企業が必要としていないということ。

 年齢が高いことに関してはここでは語らない。話の本筋とは関係がないからである。

 博士号取得者に保証されているのは何かといえば、長期間同じものごとを考え続ける能力である。数年がかりでとり組んだ問題をまとめたものが博士論文であり、それが審査に通らないと博士号の取得ができないからである。短期的な思考能力は必ずしも保証されていないが(少なくとも人並みにはあると思うが)、数ヶ月がかり/数年がかりの思考能力は卓越している。これは、分野によらず共通する能力である(文系博士理系のことをやらせても、理系博士文系のことをやらせても、発揮できる能力である)。おそらく、博士敬遠する企業というのは、長期的な思考能力を持った人材を必要としていないのだろう。

 高学歴ワーキングプアというのは、単に「能力のありそうな人までもが就職できない」という問題ではなく、「長期的な戦略を練りたい企業が少ない」という問題であると私は解釈している。果ては、「長期的な研究をしたい大学が少ない・国は大学に長期的な研究をさせたくない」のではないかとまで勘ぐりたくなる。瞬発力重視・長期戦略軽視という社会構造の読みとりが妥当かどうかは分からないが、高学歴ワーキングプアという語句を目にするたびにそのように感じる。



追記(3月12日):トラックバックは受けなかったが、参考エントリ

博士は企業の長期戦略に貢献するか? | 健康データ解析日記

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追記(3月14日):トラックバックは受けなかったが、参考エントリ

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