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地下生活者の手遊び このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-05-29 人権侵害と認めるところからはじめよう

言論・表現への法規制に抗するために


差別問題を考えるうえでの前提

ここ数年の日本のレイプ事件の認知件数は、だいたい二千件をこえたあたりで推移しているようですにゃ。しかし、実際におきているレイプの件数は少なくとも数倍はあると考えられていますにゃ。警察へ届け出にゃー被害者がいるからにゃんね。こういう、実際には起こっているけれど、届出がにゃーので認知されにゃー数を「暗数」というようですにゃ。

♀が被害者となる性犯罪において、社会が性差別的であるほど性犯罪被害者の♀は届出することのハードルが高くなり、暗数が増えることになりますにゃ。今の日本においても、法廷におけるセカンドレイプやら、被害者に対する有形無形の嫌がらせやらを考えると、性犯罪被害者として名乗り出ることのハードルは高いでしょうにゃ。強姦魔にとってはウハウハの世の中にゃんね。


性犯罪被害♀を中傷したり、レイパー♂を「元気な人」と評価するような社会においては、ますます♀は性犯罪被害を届出にくくなり、レイパーはますますウハウハにゃんな。

ここでは、性犯罪被害♀には不利であり、レイパー♂には有利な構造が最初からあるわけだにゃ。そしてその構造は言論・表現によって強化されるものにゃんね。性差別的表現をその社会がどのように扱うかによって、被害者を泣き寝入りさせ性犯罪者を高笑いさせることにもなるわけですにゃ。


ここで重要なのは、「レイプは元気な♂のすること」「レイプされた♀が挑発したんだろ」とかいうよくある豚言説によって、あるいはレイプもののポルノをみて興奮し、「よし、俺もいっちょ漢(おとこ)としてレイプしてみっか」と考えるゾウリムシ脳なんてものは想定する必要すらにゃーということだ。

性差別的言動の流通、ある種のポルノの商業的流通などがメッセージとなって、性犯罪被害者が声をあげられにゃー状況、強姦魔パラダイスの状況を作ることができますにゃ。実際に、性差別的慣習の強い文化では、レイプ届出の暗数がでかいということらしいしにゃ。

繰り返すぜ

その社会の性差別意識が強ければ強いほど、性犯罪被害者が声をあげられなくなり、

強姦魔が高笑いすることになるんだにゃ。そして、ある社会の性についての意識というのは、言説や表現と、その流通のあり方に多くを依存しているわけだにゃ。


そして、このあたりのことは性差別に限ったことではにゃー。

同性愛嫌悪の強い社会では、同性愛だというカミングアウトすら生命の危険を招きかねにゃー。ナチ支配下で、ユダヤ人が権利侵害に対して声をあげることなんて無理だろにゃ。


よって差別とは

  • 具体的な権利侵害に対して、被害者が声をあげることが困難であり
  • 社会的な意識に左右され
  • その社会意識は言論や表現とその流通のありかたをメッセージとして表象される

もの、つまりは

  • 社会意識が大きな役割を演じる構造的な人権侵害

なのですにゃ。


このあたりが、差別問題を考えるうえでの前提だにゃ。

いっておくけれど、このあたりは俺定義でもなんでもにゃーぞ。あとで論証するけどにゃ。


差別は人権侵害

さて、このエントリははてなのコメント欄で予告したものですにゃ。

僕が問題視しているのは、id:NaokiTakahashiのエントリおよびコメント欄での主張である

  • 1)レイプは人権侵害だが、レイプを描いた作品は反道徳だ。人権の議論をしているのか道徳の議論をしているのかこそが問題の焦点
  • 2)「構造的差別を前提にした人権侵害の娯楽的消費」は当然、人権侵害ではありません。「殺人の娯楽的消費」が殺人ではないのと同じです。
  • 3)具体個人の具体被害を根拠にしない表現規制には、ヘイトスピーチに対するものであれ、俺は明確に反対
  • 4)「差別性」を認めるのと「人権侵害」を認めるのとでは意味がまったく違うと思う
  • 5)エロゲの土台には(というか、ポルノの土台には)女性差別の思想があると思います。それは道徳的には一定批判されるべきだとも思います

このあたりの主張を批判的に検討してみましょうにゃ。

まず、(4)【「差別性」を認めるのと「人権侵害」を認めるのとでは意味がまったく違うと思う】からいきますかにゃ。これはいくらなんでもひどすぎるにゃー。俺定義にしてもダメダメ百万光年。

人権についてもっともスタンダードとなる文章を以下に引用しますにゃ。


世界人権宣言 第二条 1

すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類する【いかなる事由による差別をも受けることなく】、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。


国際人権規約(A規約) 第二条 2

この規約の締約国は、この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位による【いかなる差別もなしに】行使されることを保障することを約束する。

※B規約にもほぼ同じ条文がある


いずれも外務省のサイトより 強調は引用者


差別性と人権侵害を区別するのはいくらなんでもダメすぎだろ。【「差別性」を認めるのと「人権侵害」を認めるのとでは意味がまったく違うと思う】って文を読んだとき、あまりのことに脱力が括約筋にまで及び糞尿を垂れ流すところだったにょー。にょーにょー。

世界のほとんどの国で締結している条約をフツーによめば「差別=人権侵害」なんだにゃ。ここは動かしようがにゃーんだな。

(5)で「エロゲ=差別に基づく」といってしまっているわけで、これはつまり「エロゲは人権侵害」ということになり、NaokiTakahashiの議論は雪崩のように瓦解してペンペン草も残らにゃーわけだ。


「差別的」も人権侵害

ここで、「NaokiTakahashiは、差別【性】と人権侵害を区別しているのだ」という反論が予想されますにゃ。

差別的であることは銀の弾丸ではない - 地を這う難破船においても


それが差別であることと、差別的であることは、違う。前者は人権問題だが、後者は表象の問題だ。


それが差別であることと、差別的であることは、決定的に違う。

と述べられていますにゃ。


ではここに反論しますにゃ。「差別」についてのもっともスタンダードとなる文章を以下に引用しますにゃ。


女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約 第一条

この条約の適用上、「女子に対する差別」とは、性に基づく区別、排除又は制限であつて、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする【効果又は目的を有するもの】をいう。


外務省のサイトより 強調は引用者


【効果又は目的を有するもの】というところにスペシャル注目。

具体例としては、♀が結婚するときに限り退職金を優遇する措置は労働基準法4条の性差別禁止にひっかかるとかにゃ。この措置って、具体的な差別ではにゃーよな。退職金が多くもらえるんだから。しかし、この措置は「♀は専業主婦やっとけや」という「効果又は目的」を持つものと考えられるので、差別と解することは妥当だにゃ。

「男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする【効果又は目的を有するもの】」が性差別である以上、差別性・差別的、と差別、を切り分けることは不適当なのだにゃ。ここでは、差別的なものは差別であり、したがって人権侵害となるのだにゃ。


最初に僕は差別とは以下のようなものだといいましたにゃ。

具体的な権利侵害に対して、被害者が声をあげることが困難であり、社会的な意識に左右され、その社会意識は言論や表現とその流通のありかたをメッセージとして表象されるもの、つまりは「社会意識が大きな役割を演じる構造的な人権侵害」

この差別についての考え方と、女性差別撤廃条約の考え方とは同じものなのですにゃ。女性差別撤廃条約の前文からすべて読んでもらえるともっとはっきりするけれど。


強者の論理

差別というものが「社会意識が大きな役割を演じる構造的な人権侵害」であり、差別的な「効果又は目的」を有するものである以上、差別的なものはただちに人権侵害となりますにゃ。これを【構造的な人権侵害】と呼んでおきますにゃ。ヘイトスピーチも確実にこの類型にゃんね。

それに対し具体的な人権侵害を【個別的な人権侵害】としておきますにゃ。


【個別的な人権侵害】以外は人権侵害として認めないという立場は、世界で多くの国が批准した条約に矛盾したもの、いってみれば「俺定義」であり、さらにいえば強姦魔を高笑いさせ性犯罪被害者を泣き寝入りさせるものだにゃ。

強者の論理、強者の「俺定義」なんだよ。


構造的差別を考慮しにゃー自由主義、弱者に配慮しにゃー自由主義なんてものは、豚臭い強者の論理でしかにゃーのだ。

差別的なるものは人権侵害だ! 自由主義は強姦魔の味方ではない!

自由主義をおとしめるな!


国家に金玉を握らせるな

しかし、NaokiTakahashiの議論もsk-44の議論も、そのモチーフは支持しなければならにゃーだろう。ある種のポルノにせよ、ヘイトスピーチにせよ、それを法規制することに反対することを目的とした議論だからだにゃ。

しかし、差別的なるものがそのまま人権侵害となるのでは、法規制を支持することにしかならにゃーと思われるかもしれにゃーですね。

人権侵害と捉えるということは、その被害は救済されなくてはならない、と考えることと同義じゃないのかな? 人権の、侵害なんだから。加害者に賠償責任を負わせるなり、刑事罰を課すなりが、当然次のステップとして想定されるだろう。

tikani_nemuru_Mさんはなぜか「法規制には賛成しない」とおっしゃるけど、人権侵害を規制しなくていい理由がはっきりしない限りは、それは個人的な共感か温情か一時的なお目こぼしに過ぎず、擁護論としては破綻するので、受け入れられるはずがありません。


とNaokiTakahashiも書いていますにゃ。

お答えしますにゃ。


人権侵害の被害は救済されなくてはならにゃー。然り。

しかし、人権侵害の救済を、なぜ国家権力に独占させなければならにゃーんだ?

人権侵害の被害救済と国家権力の介入が短絡的に結びついているところがおかしくにゃーかな?


【個別的な人権侵害】は緊急性もあり暴力が介在しているケースも考えられ、警察力を背景にした権力の介入が効果的な場面も多いでしょうにゃ。権力を監視しつつ、具体的個別的な状況次第で権力の介入を要請しなければならにゃーでしょう。

しかし

【構造的な人権侵害】に警察権力を介入させてなんのメリットがあるんだ? 禁止して罰すれば意識が変わるの? せくーすを禁じればせくーすしにゃーとか、オナヌーを罰すればオナヌーしにゃーとか、同性愛を禁じれば同性愛をしにゃーとか、そういうもんなの? それって体罰教師みたいにゃんなあ。臭いものにフタをしても、さらにドロドロぐちょぐちょに腐敗するだけだにゃ。

構造的な人権侵害の主戦場は、言論であり表現であり、その流通形態だにゃ。だからそこで戦う。NaokiTakahashiのいうとおり、人権侵害は救済されなければならず、sk-44のいうとおり、市民社会の構成員である私たちは現実の差別を撤廃する責務を負っているのだから、ここで戦えばいいんだにゃ、市民の義務として。


人権とはそもそも公権力に対抗するためのツールにゃんな。権力に対抗するツールとしてもっとも使い勝手のよいのが「言論の自由・表現の自由」ですにゃ。これを公権力に引き渡すわけにはいかにゃー。言論の善し悪しの決定を公権力に握られた社会ってのが全体主義ですからにゃ。

金玉を握られてたまるか! 法規制賛成派は「玉無し野郎」*1だにゃああああああ。


だいたい、差別問題に対して公権力がやらなきゃならにゃーことは山ほどあるはずだにゃ。差別撤廃の下準備をまずやらせるのがスジであって、言論への介入なんぞ認めるべきではにゃー。


公権力に対するムラマサとして、表現の自由を熱狂的に支持しますにゃ。

しかしね

メリケンにおける表現の自由をめぐる裁判で、しばしば「保護するに値しない言論」といういい方がされるそうだにゃ。にゃるほど理解できる。

対公権力の刃を、被差別者にふるう連中をなんで支持しなきゃならにゃーんだ?

安全なところから弱者に石を投げる連中のために「表現の自由」があるわけにゃーだろが。

そんなのはロックでもなければ「七人の侍」でもにゃーんだよ。

公権力を介入させずに、言論というフィールドで構造的な人権侵害を叩くのだにゃ。


自主規制とはなにか?

リンク先のNaokiTakahashiのコメント欄の議論では、差別問題=道徳問題には配慮しなければならず、自主規制もその文脈*2で語られているにゃ。

ここも気にくわにゃー。

エロゲーを愛してるんだったら、道徳なんかで自主規制すんなよ。

道徳というコトバは多数派の恣意的な思いこみの正当化として使われることが多いのだにゃ。だから、道徳への配慮ってのは、要するに「長いものにはまかれろ」「表面的なとりつくろい」っていうことにもなるわけにゃんな。表現者はそんなもんに尻尾を巻いてはいけにゃー。


表現者は道徳なんかに尻尾を丸めてはならにゃーが、しかし、構造的な人権侵害には配慮する必要があるのだにゃ。表現内容ならびにその流通の形態は、差別意識の表象であり、社会へのメッセージともなるにゃ。構造的な人権侵害を避けようとするところに自主規制の必然性というものがでてくるのですにゃ。表現としての必然性と構造的な人権侵害への配慮からゾーニングなどの自主規制がでてくるのであって、単なる妥協の産物などではにゃーと考える。


すべてのポルノが差別的であり*3作品そのものは構造的な人権侵害となりえるとして、よく練られたゾーニングなどの自主規制は性差別を一般に流布しないというメッセージともなりえるのではにゃーだろうか? 

あるいは作品そのもののもつ力と差別性の比較考量という視点もあるよにゃ。具体的な被害者がいにゃー人権侵害というのは事実なのだから、比較考量するというのもありえるわけですにゃ。愛好者による批評空間をつくって、作品を多面的に評価していくのもよいでしょうにゃ。エロゲだって性差別 だけ で成りたっているわけにゃーからな。


まとめ

ヘイトスピーチにしろ、ある種のポルノにしろ、それらが少なくとも差別であり構造的な人権侵害であることは共有されるべきだと考える。またそうした構造的なものが個別的な人権侵害を助長させると考えることも妥当だろう。「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」はこうした考えに基づいている。

しかし、構造的な人権侵害をめぐる主戦場は表現・言論とその流通形態であり、意識が大きな役割を演じている。よって警察力を背景にした公権力の介入の有効性には疑問符がつく。さらに、表現の自由は公権力に対抗するための必須ツールであり、表現の妥当性の判断を公権力に委ねることには深刻な問題があり、危険性が大きい。

対抗言論や自主規制などで、あるいは作品そのものの力と作品の読み解きなどを通じて、差別=構造的な人権侵害を容認しないというメッセージを出しつづけるしかないだろう。表現者も愛好者も、自分の頭で考えるということだ。自分の頭で考えつづけるために、「構造的な人権侵害」という認識が緊張感を与えることができる。

考えることをやめたとき、例えば強姦魔が高笑いすることになり、法規制や社会の分裂が待っているだろう。


追記 10:40ごろ

http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20090529/p3

という「レス」をいただきましたにゃ。

ここのブクマコメで

「僕は法規制を主張していない、最初から法の話などしていないので、僕に対する反論としてはまったく成立していない。僕の主張は人権侵害と法との切り分けだ。」

と主張したところ

NaokiTakahashi

だからね、貴方が何を主張したいかは関係ないの。法規制したくてたまらない連中の口実に使われるだけなんだから。法規制の議論をしてる場で、人権の侵害の話をしているんだから、そりゃ法の話でしかないよ。


とのブクマコメをいただきましたにゃ。

議論相手に「レス」と銘打たれて「貴方が何を主張したいかは関係ない」と言われたのはさすがにはじめてなので、記念にとっておきますにゃ。まあ、こういう論者だということで。

リンクしたNaokiTakahashiのエントリが、僕の論に対する反論として成立していると考え、それをブクマコメなどで表明したヒトタチは文盲ということが証明されてしまいました。


まあ、ゆっくり料理させていただく。

*1:大事なところなので差別表現で強調してみました

*2:および商売の文脈

*3:そもそもすべてのポルノが差別的だと僕は思っていないのだが

hapiohapio 2009/05/29 11:33 「差別的なものはただちに人権侵害となりますにゃ。これを【構造的な人権侵害】と呼んでおきますにゃ。」
「それに対し具体的な人権侵害を【個別的な人権侵害】としておきますにゃ。
【個別的な人権侵害】以外は人権侵害として認めないという立場は、世界で多くの国が批准した条約に矛盾したもの、いってみれば「俺定義」であり、さらにいえば強姦魔を高笑いさせ性犯罪被害者を泣き寝入りさせるものだにゃ。」
という考え方には反対します。
この考え方では、自分が差別的に取り扱われない権利だけでなく、自分又は自分の持つ属性について、差別的な「社会意識」が存在することを拒否する権利までも人権として認めなければならないように思います。「社会意識」とは何かを完全には理解していませんが、多数の人間が持っている意識の総称、又は、多くの人間が、「他人もこう考えていると思っている」意識の総称であるとすれば、差別的な「社会意識」を拒否するということは、他人に対して、自分に対する差別意識を持つことを制限するか、すくなくとも差別意識を表明することを制限しない限り不可能です。
しかし、ある種の思想や意識を有すること、及び、自己の有する思想や意識を表明することは、極めて厳格に保護されるべき人権であると私は考えます。
したがって、他人に対して差別意識を持つことを制限するか、すくなくとも差別意識を表明することを制限しなければならないような人権を、認めるべきでないと考えます。

また、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約第1条における性差別の定義について、「【効果又は目的を有するもの】というところにスペシャル注目」した結果、「差別性・差別的、と差別、を切り分けることは不適当なのだにゃ。」とされていますが、この考え方は、同条冒頭の「『女子に対する差別』とは、性に基づく区別、排除又は制限であつて、」という部分を無視しているように思います。
同条約においても性差別とは「性に基づく区別、排除又は制限」である必要があります。「女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的」を有している行為であっても、「性に基づく区別、排除又は制限」でなければ、同条約における性差別ではありません。
すなわち、女性に対する差別意識を表明する行為は、それ自体では、「性に基づく区別、排除又は制限」ではありませんから、性差別には当たりません。

もちろん、「差別的なもの」は、現実の「差別」を引き起こす可能性を持っていますから、
人権侵害を未然に防ぐために「差別的なもの」を良しとしないと判断する場合はあろうかと思いますが、
「差別的なものはただちに人権侵害」というのは言いすぎでしょう。

通りすがりのエロゲ制作者通りすがりのエロゲ制作者 2009/05/29 16:12  向こうにも書いたので、とりあえずこちらにも書き込ませていただきました。

 あとtikani_nemuru_Mさんへ。今回、自分の書き込みについてもし読まれた場合、私に対してのみの主張がおありでしたら、その場合は私のメールのほうへ返信してください。
 公に対して、皆と何らかの論じる意義がある場合は、どうぞご自由に。

http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20090529/p3#c

 自分は韓非子的な発想寄りなので、基本的に魔がさすことなんて人間はざらにいて、人間はそういうものだと思っております。それはしょうがないし、しょうがないで済ませない為に法律があるのではないですか?

  tikani_nemuru_Mさんのご意見を、自分も拝読させていただきましたけど、『【構造的な人権侵害】に警察権力を介入させてなんのメリットがあるんだ? 禁止して罰すれば意識が変わるの?〜略〜臭いものにフタをしても、さらにドロドロぐちょぐちょに腐敗するだけだにゃ』と主張されますが、腐敗しないように全ての人間に適応する法律が存在し、それを行使すればいいのでは? 時代に合わなければ変えればいいのでは? 

 例えばゾーニング論なんて、いわゆる臭い物に蓋をする、というものでしょう? 最初からゾーニングが完全に施行されていたとして、例えば未成年が侵入し、それを万引きなんなりで陵辱系エロゲを入手したとする。少年は万引きで捕まるけれど、陵辱系エロゲこそ劣情をいたずらに引き起こした悪の張本人だ! という説が一度でも唱えられたら、ゾーニングの意味は、とどのつまり何だったのでしょうか?

 そもそも腐敗する原因というのは、あなたの記述したセックスや、オナニーや、同性愛なのですか? 自分は全く違うと思います。腐敗するのは人間そのものです。行為や愛の形態ではありません。

 (ちょっと話が逸れますけど)世界は広いですから、法律には慣習法も加味され、それを守ることによって社会が成立するのでは? で、社会とは一定の規範に基づきますから、そこからあぶれる人間は必ず存在する。でもそれを救ってやったりするのは、お上が制定する法律ではなくその社会における施しに似た余裕です。最初から社会を構築するという時点で、強者(文脈では社会を構成する市民)や弱者(文脈では社会の埒外の人)が生まれてしまいます。

 基本的に法というものの誕生から、個人道徳と対立する可能性が存在し、多様な価値観が存在する今を反映すると、社会道徳に基づくものではないとも言える状況も発生しております。しかるに法律≠社会における通念的道徳という、『法』というものの考え方が、実のところ全くアンバランスのまま、解釈が論議されるだけで何も決まってないという現実を、理解されていますか?

 tikani_nemuru_Mさんの書くとおり、そりゃ性犯罪者は犯罪者で悪であり、どんどん捕まえて罰するようにすればいい、とは当然賛成です。「今のところ社会の規範たる法」を逸脱した犯罪なんだから。指摘されてる「性犯罪被害♀には不利であり、レイパー♂には有利な構造」(今時性犯罪において男性、女性をそれぞれの役割に規定してる時点で、ネットという公に出す文章として首をかしげざるを得ないですが)を変えていけばいい。声を上げやすいように、主張できる人が主張して、運動などすればいいんですから。

 エロゲは、女性の裸や男性上位のセックス表現など、男性寄り(男性向けでもある)の性差に基づいた18禁のパソコンゲームという商品なんで、社会制度上の性差ではなく「エロい(笑)」文化の性差が起きるのは当然です。また流通する社会に存在している、大多数の購買予定者の倫理&道徳規範に信用(信頼ではありません、絶対はこの世にないので)を置いたものですから、その「購入予定者の道徳規範が、能動的な人権侵害(犯罪etc)を防ぐ」ものなのでは? まあ、これは「あくまで個人的な制作者の道義」からですが。

 そもそも社会における構造的な差別、しかも「性差別」という観点ならば、しっかりと男性も受けている筈では? どうして女性だけの観点なのでしょうか? そう、単 もし自分が「女性と男性の被害では、歴史的観点から見ても、女性のほうが虐げられている数が多い。男性はいつも強者、女性はいつも弱者!」なんて主張したら、法律家からどれだけバッシングを喰らうか、わかったもんじゃありません。「多数決」や「数の大小」なんて空虚なものは、tikani_nemuru_Mさんの主張における「性差別」や「人権侵害」の捉え方において、いま高橋さんとおやりになっている議論には使えませんし、『構造的差別を考慮しにゃー自由主義、弱者に配慮しにゃー自由主義なんてものは、豚臭い強者の論理でしかにゃーのだ』というご意見は、自由主義ではなくて社会民主主義に近いのでは? まあ、たしかに歴史的に見ても日本の実状は社会民主主義に近いですけどね(笑)。

 ここらへんは、高橋さんもtikani_nemuru_Mさんも、自由主義をどう捉えているのか、まだ不明ですので、それほどツッコミません。あえて個人的感想で言うなら、前者が古典的な自由主義で、後者が父権主義的社会民主主義らしきもの(部分では自由主義に似た思想を用いられておられますので)、でしょうかね。そりゃ考え方、違うというか相容れない。

 まあ、あえて「お前もやられたが俺もやられてる、イーブン!」という一方的な思想に基づいた文章を上述しましたが、人権というのは、そんな個々の権利同士がクロスカウンターしまくりの世界です。社会に属する人対人(個々の人権)は勿論のこと、国家対人(公共の福祉)など、ミクロからマクロの範囲まで、ありすぎです。そして、人権というものは「解釈」という行為に、数が大きくなるだけで簡単にひねり潰せる状況にあります。時にそれを「正義」と言ったり、「善意」と呼びます。それは時に微弱な爪楊枝として現われ、時に核弾頭よりも強い威力として現われます。

 高橋さんも指摘しておりますが、法哲学の連中でさえいまだ結論を出せない状況で、うかつに「人権の持つ力の部分だけをスポイルするのは非常に危険」です。特に発言者に対して完全な免罪符であり、対象を簡単に死刑台に送れるような力を持つ「人権侵害」という言葉は、細心の注意を払うべきです。その点で、自分はtikani_nemuru_Mさんの使い方は、怖い。


>エロゲーを愛してるんだったら、道徳なんかで自主規制すんなよ。

 いや、正直一般に流通する商品売ってるんで、ダメって言われたら「しゃーねーか」と修正なり規制しますもの。まがいなりにも、日本国内に存在する企業なんだから。ここは高橋さんとは別ベクトルで、それほど道徳に噛みつく意志はない。むしろ、法律が許せる程度で、好きなことやりますよ、ということ。
 例えば『レイプレイ』って、どうこうするなりして使うと、ポンッと魔法みたいに犯罪でも起きるんですか? 自分はどう考えてもパソコンにインストールして遊ぶ18禁のゲームにしか見えないんですけど……。


>あるいは作品そのもののもつ力と差別性の比較考量という視点もあるよにゃ。

 それは各々の権利に対して公正に欠きすぎる視点では? 質ではなく量なのですか? ただ一件の事件、ただ一件の被害者がある時点で、それはもう全体で論議すべき重要な内容なのでは?(その逆も然り)


>エロゲだって性差別 だけ で成りたっているわけにゃーからな。

 ええ!? でも男性に向けてエロを売り物の一つにしてるのに!? 性科学映画だって、どんなに良い面しても、大多数がセクスプロイテーションとして消費され尽くされたのにですか!?
 是非、エロゲがどういうもので成立しているか、詳細に述べていただければ幸いです。

>構造的な人権侵害をめぐる主戦場は表現・言論とその流通形態であり、
>意識が大きな役割を演じている。
>よって警察力を背景にした公権力の介入の有効性には疑問符がつく。
>さらに、表現の自由は公権力に対抗するための必須ツールであり、
>表現の妥当性の判断を公権力に委ねることには深刻な問題があり、危険性が大きい。

 さて。
 基本的に「表現の自由」を完全保証してくれるための強い力は、この世に存在しません。だからこそ、我々は「エロい表現の自由」が辛うじて自主規制によって保証されてそうな、いつか無くなるかもしれない制限された国立公園(でも違法なハンターは沢山いる)みたいな場所で、生きるためしのぎを削っています。

 だからこそ「エロい表現の自由」の意義と質を充分考えて、なんとかやりくりしながら商品を制作しているわけで、それが牽強付会のごとく「人権侵害」と結びつけられる方は、ちょっと自分の知識に酔いしれているか、セイギとフリガナをふった傲慢に思えます。

 それに、高橋さんが「その本人の資質に帰されるべき問題であり、「なにそれこわい」を残りの10万分の99999人に向けるのは、偏見蔑視の類だ」と指摘されていますが、基本的に環境誘発のような思考を停止した論調はさておき、そもそも性犯罪を起こす人間こそが問題であって、なぜそこに目を向けないのかが、疑問すぎる……とまあ、ここまでにしておきましょう。長すぎた。

 最後に、これは自分の極めて偏見な観点ですが、女性差別云々だけは空回りのヒロイックかなと。自分的には、これが一番鼻についた。ただそれは自分の好き嫌いだけですので、議論の場ではお気になさらずに。

a4ca4c 2009/05/30 00:26 語尾のにゃがなければ最後まで読んだのに

ある人ある人 2009/05/30 01:11 tikani_nemuru_Mさんの主張は面白いんですけど、非現実的なんですね。

法治国家である日本では、法律で規制されていないことは罪に問われない。つまり、法律で規制されなければ犯罪は成立しないのが日本国民のコンセンサス。もし差別だといいたいのであれば、キング牧師のように運動を起こして、法律で勝負しなければただの無法者にすぎない。

>市民社会の構成員である私たちは現実の差別を撤廃する責務を負っている
負ってません。差別が利益に社会の結び付く場合に限って、該当する差別が撤廃されるのが現実です。すべての差別は撤廃されるべき、なんてのは青臭すぎる主張です。現実には、どこの社会でも(このヨーロッパ某国でも)、差別が国の利益を損なうときにのみ、差別が撤廃されるのです。現実には、外国人だから差別されないのではありません。その外国人が、その社会・国にとって有益であるからこそ、差別されないのです。役に立たない(社会にとって負にしかならない)外国人は、徹底的に差別されるのが現実なのです・・・。

>言論の善し悪しの決定を公権力に握られた社会ってのが全体主義ですからにゃ
話がゴチャマゼです。言論の良し悪しを「論じる」ことを可能にするのが、言論の自由・表現の自由であって(人権に含まれる)、国民の議論・思いに基づいて決定するのが公権力です。そして、公権力がそれに基づいて国民の行動を「規制する」のです。公権力が不愉快だと思われるのは勝手です(私もです)。が、選挙に基づいた日本の制度を考えれば、上の論理で全体主義というのは無理筋もいいところです。

>対公権力の刃を、被差別者にふるう連中をなんで支持しなきゃならにゃーんだ?
支持しなくていいと思いますが、刃を向ける対象は「表現の自由」に基づけば自由であるべきです。弱い立場の人間を叩くのもそうしないのも、自由です。

>表現者は道徳なんかに尻尾を丸めてはならにゃーが、しかし、構造的な人権侵害には配慮する必要があるのだにゃ。
どこにもないです、そんな義務。貴女の思い込みです。


あと、過剰に女性差別云々を語るのは語るに落ちると思います。父子家庭に補助がない、ホームレスは男性がずっと多い、危険な仕事につくのは女性は免除されているのですから。


そもそも、です。エロげが盛んな日本と比較して、それが徹底的に規制されているヨーロッパ・アメリカのほうが強姦件数が桁違いに多い、って事実はどこにいくんでしょうか?科学者として、実証に基づいた解釈がいただきたいところです。


最後に、なぜ僕が「青臭い・非現実的」といったかを明確にしておきたいと思います。人権・権利は国家に認めさせて初めて発効します。それには他の方が主張しているとおり、国家や社会に対しての「戦い」が必要なのです。そして、その戦いをすべきなのは差別されている立場の人間であり、差別されている立場の人間は、戦いに打ち勝って、最終的には社会=国にそれを明確に認めることを確約=契約させなければならない。それが法律。歴史的にみて、差別を撤廃させるとは、現在の弱者の立場を弱者に貶めないよう、強者に認めさせることにほかならない。差別意識を語る時、それは人間の集合体である社会・国との「契約」である法律抜きに物事を語るのは不可能なんです。


そこをプログ主さんは抜かしている。聡明な人間で構成された、理想的な社会ならそれもよいでしょう。しかし、多様な人種や多様な考えをもつ人間がいる国や社会を考えたとき(日本だって多様な考えをもった人がいますよ??)、ブログ主さんのような主張は青くさく、他者との関係が契約で結ばれない時点で、全体主義そのものなのです。

田中田中 2009/05/30 02:20 本旨からははずれますが

>♀が結婚するときに限り退職金を優遇する措置は労働基準法4条の性差別禁止にひっかかるとかにゃ。この措置って、具体的な差別ではにゃーよな。

 男性および結婚しない女性および既婚女性に対する差別、という立論でいいでしょう。

hapio さん:
 コメント後半については、条約の5条を参照されるとよいと思います。

hapiohapio 2009/05/30 03:43 >田中さん
ありがとうございます。性差別の撤廃に関する第2条とは別に
「第五条
 締約国は、次の目的のためのすべての適当な措置をとる。
(a) 両性のいずれかの劣等性若しくは優越性の観念又は男女の定型化された役割に基づく偏見及び慣習その他あらゆる慣行の撤廃を実現するため、男女の社会的及び文化的な行動様式を修正すること。
(b) 家庭についての教育に、社会的機能としての母性についての適正な理解並びに子の養育及び発育における男女の共同責任についての認識を含めることを確保すること。あらゆる場合において、子の利益は最初に考慮するものとする。」
とわざわざ規定されていることからすれば、この第5条は、差別そのものではないが差別を助長しかねない「差別的なもの」の排除を目指しているように読めます。
第5条の記載事項は条約第1条における差別の定義を変更するものではないと思いました。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/05/30 04:46 >田中さん
というか、その会社の男性・独身女性従業員それぞれに対する具体的な差別待遇で、(その優遇措置されている結婚する女性に比べて)冷遇されているわけだから具体的に被害は与えてますね。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/05/30 07:36 >hapio
君のいっていることの前半部は、要するに「差別する権利がある」ということになるんだけど、それでいい?

後半部の
>「女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的」を有している行為であっても、「性に基づく区別、排除又は制限」でなければ、同条約における性差別ではありません。
>すなわち、女性に対する差別意識を表明する行為は、それ自体では、「性に基づく区別、排除又は制限」ではありませんから、性差別には当たりません。

「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろ」
という言明が「性に基づく区別、排除又は制限」を目的としたものではないとでもいうおつもりか?


>通りすがりのエロゲ制作者

ごめんよくわからなかった。
ただ、いっておくとレイプ被害については構造的差別のわかりやすい例として出しただけだよ。メリケンで黒人が犯罪被害にあった場合と白人が犯罪被害にあった場合の検挙率や暗数の違いとかでもぜんぜんかまわない。


>ある人
>法治国家である日本では、法律で規制されていないことは罪に問われない。
うん。
だから法規制は主張していない。

>貴女の思い込みです。

ほほー。僕が♀だと思ったかー。


>田中
>男性および結婚しない女性および既婚女性に対する差別、という立論でいいでしょう。

それがそう単純でもにゃーんだね。
ここのところはオモチロイので、別エントリをたてて論じさせていただきます。


>NaokiTakahashi
少なくともこれは「直接的」な被害でも「個別的」な被害でもないね。会社の文化とソース配分で間接的にマスとして被害が出ているわけだ。
それと、
性犯罪被害者の泣き寝入り(人種を理由にした暴力に対する黒人被害者の泣き寝入りでもいいんだけど)は、具体的な被害じゃないのかな?

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/05/30 10:43 いや、直接に会社が個々の従業員を差別待遇してるわけで、具体的で個別の被害でしょ。
不当に結婚退職女性よりも低い待遇を受けている人たちは、その個々人が直接に被害を受けてることになるのでは。
労働基準法に差別的取扱を禁止する旨記述があるんだけど、それは性別と社会的身分を理由とした差別的取扱になるのでは?(素人考えなので違ったらごめん)。

antonianantonian 2009/05/30 19:54 興味深く読ませていただきました。

ちゃんと理解しているかどうか自信がないんですが、構造的人権侵害と、個別的人権侵害という問題、この文脈で判らなくもないのですが、しかし特定の表現物に構造的人権侵害があるという認識が規制派の根拠になり得るというTakahashiさんの懸念について、例えば以前地下猫さんが、生命倫理の問題の時に、カトリック教会が生命倫理に厳しいというエートスを造り出す事で、実際に救われない光景が結果的に起きているという事を述べられていたのを記憶します。それと同じな感じがあるんじゃないか?と。

たとえ法で縛られなくとも、影響力のある機関が造り出す社会通念がなにかを圧迫していくという危険性について述べられていた猫さんのあの時の主張との違いはなにかな?と少し考えてはしまいました。(ここでは圧迫されるのは「表現の自由」か)

まぁわたくしは、表現物の規制も、生命倫理に関してカトリックのごとき小うるさい組織が「直接的に」法に影響を与える事もどっちも反対です。しかし同時に、国家の法と関係のない場所で小うるさい事をいう存在はあってもいいと思ってはいます。倫理について遠吠えする存在は必要だなと。(「遠吠え」というポジションが大切)ま、これについては本論と離れてしまうんで・・・。

でまぁ、例えば今回の様な規制には反対するが、同時に、批判されるべきものは批判されていかねばならないだろうなぁとは思っています。表現世界ではすべては存在されるべきであり同時に批判されるものでもあると言うか。

ただ、これはトラバでsk-44さんが指摘されていたように、あらゆる表現物は「構造的差別」をどこかで持っていたりすると、表現物それ自体は読解する側に拠ってどうとでも成り得るだろうと。(なんせ、聖書なんて、読み方によっちゃ、ヘイト表現の羅列ですしねぇ。パウロなんか酷いもんだ)だからレイプエロゲ(ポルノもか)のみを「差別的だ」というのも違うなというか。だからこの問題で差別構造云々と言いはじめると難しいなぁと実は思っています。

gryphongryphon 2009/05/30 21:52 確実に関係していると思うのでお聞きしますが
・約20年前に「差別的だ」という批判を浴び「ちびくろさんぼ」の絵本を各出版社が次々と絶版した例(現在は少数の小出版社が再刊した)

・数年前「ムハンマド風刺画」をデンマークの新聞が掲載、イスラム諸国と信徒から自爆テロを含む強い抗議を受けた例

などについてはどうお考えですか?

kogekoge 2009/05/30 22:04 今回の問題は、ただ表現を規制しようというから反規制派が問題にしているのではなくて、http://anond.hatelabo.jp/20090516014442とかで言われているような、たとえそういう表現に直接触れることがなくても、そういう表現が「存在する」だけ、「存在する」ことを知るだけで差別意識を持たせる、ひいては具体的な被害を助長するのだから、ゾーニングでは解決できずそういう表現が「存在する」ことすら許されないという理屈だからこそこれだけ問題にしているのですけど。「ゲーム脳」より酷い話だとしか思えないのですが。

そもそも、「保護するに値しない言論・表現」があると言う考え方自体が悪用されると相当危険な考え方(「戦う民主主義」だって、「ファシズムを許さないというファシズム」と紙一重だと言う批判はよくされている)なのですが、それ以前の問題として、「意識」や「嗜好」というような内心を統制しようと言う志向がありえないと思うのですが。
↑でnapioさんも言っているように、「表現」は統制することは可能だけれども倫理的に悪だからやってはならない、「べき」論で語れるものですけど、意識とかの「内心」を統制することはその善悪や是非以前に不可能なことでしょう。差別「行為」はやってはならないことですし、ひょっとしたら差別「表現」もそうかもしれませんが、差別「意識」を持つことは誰にも止める権利はないと言う以前に当の本人も含めて誰にも止められにゃーものです。教育や啓蒙といった「緩やかな洗脳」は許されていますが、それでは効果にゃかったからといって「時計仕掛けのオレンジ」のような文字通りの洗脳をしてしまうことは差別主義者や犯罪者が対象であっても許されにゃー人権侵害でしょう(http://d.hatena.ne.jp/furukatsu/20090521/1242922048)。少なくとも現状の技術では苦痛なく嗜好や意識を矯正することはできにゃーのだから、殺されるより侵害の度合いが酷いと評価する人も少なくにゃーでしょうね。苦痛なく嗜好の矯正ができる技術ができるというのにゃら、むしろ実験台に志願したいですけどにゃ。

今回槍玉に上がっているような表現、レイプや児童ポルノのような現実社会では合法的にその欲求を満たすことが不可能なものをさしてますけど、そもそもそういう表現で普通の人は勃ちませんよね?そういう表現を見ても、性的興奮など感じずむしろ萎えたり嫌悪感を覚える人が大多数ですが、そのうち少数はそういう表現でも性的興奮を覚えてしまう、さらにそのごく少数はそういう表現でなければ性的満足を得られないような人である、だからこそ彼ら、特定の嗜好を持った者のためにそういう表現は存在していると考えています。
そして、その特定の嗜好を持つ人は、気づいたらそうだった、先天的にそうだったとしか思えにゃーという人も多くいます(http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/05/post_f22c.html#comment-8136492)し、また「環境の影響」にしても、そういう表現だけが特定の嗜好を発現させるわけじゃにゃーのです。99.9%の人には何の感慨ももたらさないであろう単なる児童文学ですら、ある性的嗜好を発現させるきっかけになることもある(実体験)のです。
「行為」を止められなかったのは「自己責任」かもしれません。しかし、どういう嗜好をもって「生まれつく」か、あるいは後天的に「なってしまう」かは選べにゃー以上、少なくとも他者に対して具体的な「行為」に出にゃー限りは、「表現」を消費して処理しているにとどまっている限りは、いくら差別的なものであろうとも普通のエロ、他の性癖と平等に扱うべきだと思うんですにゃ。
たとえ犯罪者であっても、罪を償った後は「また罪を犯すかも」と偏見を持ち、差別的に扱うことは許されないことです。まして、特定の嗜好を持っているというだけで、何の行為もしていないのに他の性癖と違う特別な負担を押しつけたり、「排除」したりすることは女性差別と同じくらい許されない差別ですにゃ。その嗜好を持って生まれついたのは「自己責任」じゃにゃーのですから。予防拘禁ってレベルじゃにゃーぞ。
「女性に対する差別的な表現だから、特別に扱われるべきである」という理屈は、女性というmajor minorityを生かすために、特定の嗜好を持つ者というminor minorityを殺してるような気がしてにゃらないんですにゃ。
規制派は「自分の子供が被害者になったら…」とよく言いますが、逆に自分の子供が「加害者」になったときどうするかというほうがむしろ切実なんですが。実際の行為に出たというのならまだ「一緒に罪を償っていこう」と諭すこともできましょうが、わが子が何の行為もしてない、特定の嗜好を持ったというだけで他者に「不安感を与える『加害者』」なんだからその差別を受け入れて、一生日陰の身として言い訳しながら生きていけなんて言ったら、わが子が被害者になること、守れなかったこと以上に親として恥ずかしくて一生お天道様に顔向けできにゃー。

kogekoge 2009/05/30 22:05 おっしゃるとおり、「人権擁護」のために表現を規制することを国家権力に委ねることはどう都合よく使われるかわからない、大変危険なことでしょう。だからといって、それを「言論」の側、民に任せるのも同等かそれ以上に危険なことだとしか思えません。「家族に『不安感を与える』というだけで、何の行為もしていない、ただ特定の嗜好を持っているだけの人間を存在も許されない『加害者』と認定し、彼らを全力で差別し排除する」というような「セキュリティの論理」の暴走が、喝采を持って受け入れられるような現状が日本に限らずあるんですにゃ。大衆が「差別者だ!」として迫害しようとする中、国家権力に守られてエロゲをプレイし、抜くヲタという構図が目に浮かんできましたにゃ。
また、「差別=構造的な人権侵害を容認しないというメッセージを出しつづけるしかないだろう。表現者も愛好者も、自分の頭で考えるということだ。」と言いますが、その観点からロリ雑誌が「ロリコンだからこそ子供を守る」運動しながら刊行続けてる状況を評価する人(http://d.hatena.ne.jp/ymScott/20090528/1243502515)もいます。しかし、それはhttp://d.hatena.ne.jp/triggerhappysundaymorning/20090530/1243649938やhttp://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20090530/p3で批判されているとおり、彼らが「現実の幼女に手を出さない為には余程の自制心と相互監視が必要なのだ」というレッテルを貼るものであり、仮にそれがその「言い訳」を発した人間を守るものだとしても、特定の嗜好そのものに対する不安感や偏見は強化し、むしろ差別を温存し強化するものだとしか思えにゃーのですが。例えるなら、「その運動に参加してる自分は、他の『同じ障碍を持つ者』と違って安全なんだから、差別しないでね」と媚びるようなもんで、「同じ障碍を持つ者」全体にとってはマイナスとしかしか思えにゃー。
規制・自制はもちろん、特定の嗜好を持つ者だけが「表現者も愛好者も、自分の頭で考える、差別=構造的な人権侵害を容認しないというメッセージを出しつづける」というのは、他の性癖と違う特別な負担を押しつける差別的な扱いで、許されないことだと思いますにゃ。全てのポルノは差別的なのだから、全てのポルノ表現者・愛好者は考えるべきと言う話ならまだわからなくもないですが。

また、私が言っている、人間の中には特定の嗜好を持って生まれついたり後天的になってしまう人が一定の確率で出るものであり、嗜好は「止めることができない」ということを前提にすれば、そういう表現については代償効果論をとらざるを得ないでしょう。すなわち、その表現がたとえ女性への差別を維持しあまつさえ具体的な被害を増やす効果を持っているとしても、それを規制・自制することでその表現が特定の嗜好を持った人々の手に届かなくなれば、それまでその表現だけで満足を得ていた人が実際の行動に出ざるを得なくなる、かえって女性の具体的な被害を増やしてしまうのではないかと思っているのですが。差別意識や差別表現は世に氾濫してるけれども具体的な被害は少ない社会よりも、差別意識や表現は少ないが具体的な被害は多い社会のほうがマシにゃんてことはまさか言わにゃいよにゃ?

「市民社会の構成員である私たちは現実の差別を撤廃する責務を負っているのだから、ここで戦えばいいんだにゃ、市民の義務として。」といいますが、だからといってその能力を持たないものは淘汰されてもいい、排除しても当然ということにはならないと思いますにゃ。一歩間違えれば「障害者差別」だからにゃー。あくまで「個人」のために「社会」があるのであって、なにがなんでも「個人」の側が「社会」に合わせる義務があるというのはありえにゃー、もっといえば「個人」には「『その社会』に適応する義務」はにゃーと思っていますにゃ。

ハクチハクチ 2009/05/31 00:04 >地下猫さん
>今の日本においても、法廷におけるセカンドレイプやら、被害者に対する有形無形の嫌がらせやらを考えると、性犯罪被害者として名乗り出ることのハードルは高いでしょうにゃ。

つーか一頃よりずっとハードルは低くなっているんでしょう?
被害♀も声を上げやすくなっているみたいだし、法定でも被害♀は目隠しで見えなくなっているんでしょ?

>強姦魔にとってはウハウハの世の中にゃんね。

何時の時代の話?

>そしてその構造は言論・表現によって強化されるものにゃんね。

「元気な人」の発話主体はその「言論・表現」によってブッ叩かれたじゃん。
相当ネガティブなレッテルを貼られていると思うよ。

>その社会の性差別意識が強ければ強いほど、性犯罪被害者が声をあげられなくなり、
ネットで被害者の情報が流されたりということはあるかも知れない。


>ほほー。僕が♀だと思ったかー。

大穴狙いとしてはアリかも。p



>通りすがりのエロゲ制作者さん
> そもそも社会における構造的な差別、しかも「性差別」という観点ならば、しっかりと男性も受けている筈では? どうして女性だけの観点なのでしょうか? 

地下猫さんにはいくら言っても効き目が無さそうです。

>a4cさん
>語尾のにゃがなければ最後まで読んだのに

ここについては読み方のコツを習得すると案外・・・
まジャマだし読解に想像力を必要とするケースもあるけど。

>ある人さん
>あと、過剰に女性差別云々を語るのは語るに落ちると思います。父子家庭に補助がない、ホームレスは男性がずっと多い、

私もこれは言いました。w
私の印象としては、どうも父子家庭の子供差別については別に気にしてないみたいですね。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/05/31 01:53 >NaokiTakahashi
>直接に会社が個々の従業員を差別待遇してるわけで、具体的で個別の被害でしょ。

にゃるほどそう見るのか。ならば当然、性犯罪被害者の泣き寝入り(人種を理由にした暴力に対する黒人被害者の泣き寝入りでもいいんだけど)は具体的で個別の被害となるよね。
それと
労基法の性差別禁止は賃金に関するものだけなのよ。これは母性保護が絡んでいるんで、単純に差別といえないんだけど、雇用機会均等法なんかが必要とされる所以でもあったようだにゃ。性差別の厄介なところは、母性が絡むところなんだよにゃー。


>antonian
>たとえ法で縛られなくとも、影響力のある機関が造り出す社会通念がなにかを圧迫していくという危険性について述べられていた猫さんのあの時の主張との違いはなにかな?と少し考えてはしまいました。(ここでは圧迫されるのは「表現の自由」か)

大事なのは具体的なひとりひとりの生身のニンゲンであり、その中でも弱者が優先されるというところで一貫しているつもりですにゃ。「社会通念による圧迫」であっても、「生かす」ものは許容し、「殺す」ものには反対する。まあ、抑圧的な社会通念というのは遅かれ早かれ「殺す」ものに転じてしまうのでしょうけれどにゃ。他の部分については、エントリをあげていきますにゃ。
あと、遠吠えポジションっていいね。


>gryphon
両方ともつっこんで調べたことがにゃーので、うわっつらの知識に基づいて。

>ちびくろサンボ
時代とともに「流通形態」はかわりますにゃ。ここで流通と述べたのは経済的な意味ではなく、どのような受け取られ方・伝えられ方をするのかという意味でつかっていますにゃ。これが差別といえるかどうかは変遷していると思いますにゃ。
ただ、抗議をする者はいてよいし、出版社の対応次第。この場合では「この作品は差別ではない」と考える者が出版したわけで、その点では問題はにゃーのでは? 本当に絶版にならなくてよかったよ。

>ムハンマド風刺画
マイノリティの信仰を風刺する、ってのは表現の自由の濫用だと思う。


ごめん、ねむいのでとりあえずここまで。つづきはまた。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/05/31 02:21 >にゃるほどそう見るのか。ならば当然、性犯罪被害者の泣き寝入り(人種を理由にした暴力に対する黒人被害者の泣き寝入りでもいいんだけど)は具体的で個別の被害となるよね。
レイパーや黒人に暴力を振るった人、は明確だけど。
あくまで「泣き寝入り」に焦点を当てる場合、加害者だって特定することは難しい。給与を決めてるのが会社であるのと比べて、あまりにも散漫すぎる。
全体として作られる社会意識への間接的な関与、なんてものをどうやって法的に厳密に定義するのか。もちろん社会意識に影響するものは他にもこの世にたくさんある。ポルノはていのいいスケープゴートなのではないか。
それは道徳規制やわいせつ規制と実質どう違うのか。俺はそういうものにそもそも反対だけど、それらに反対しない立場だとしても、それらは人権侵害ではなく社会法益に関するものとみなすべきだと思う。
というか、マッキノンにしろ日本ユニセフ教会にしろ、具体個人の権利を言う方向では動いてない。女性/児童の集団的人権を主張している。
それ以前にマッキノンが関わった、インディアナポリス市の反ポルノ法においては、性犯罪被害者個人が特定ポルノ作品の悪影響による被害を訴えるスタイルをとっているそうで(ここを参考にしたhttp://tkido.blog43.fc2.com/blog-entry-444.html)これなら確かに地下猫さんの言う考えと近そうだけどけど、違憲とされてるし、順序からすると、その方向のアプローチは捨てたのでは?

賃金は退職金は入らないんですか。確か労働法のあの辺の記述は、書かれてるものを限定的にしか守らない規定になってるんですよね。
んー、それは法の不備なんじゃないかなあ。単にそこを書き換えればいい気がする。

kogekoge 2009/05/31 11:12 追加。
>マイノリティの信仰を風刺する、ってのは表現の自由の濫用だと思う。
批判は許されないと言うのならまだしも、風刺すら許されないというのはいくらなんでもやりすぎでしょ。
そもそも「世界3大宗教」のひとつなんだし、欧州でもすでに人口的にはロマとか他のマイノリティと比べてmajor minorityといえるくらいになってるでしょ。それに、今世紀に入ってからイスラムを名乗る人々がテロや事件を起こしまくってるんだし、日本で例えれば「オウムへの風刺は許されない」という社会は実際にオウムが起こしたことに比べても怖いとしか思えにゃー。
アファーマティブアクションとみてもやりすぎな「マイノリティの特権化」で、かえって彼らへの反感や偏見・差別を強化するものだとしか思えにゃー。少なくとも日本では、実際に風刺や批判を受けている創価学会やエホバのような宗教的マイノリティですら、(自分たちが他宗教を風刺・批判する自由を捨ててまで)賛成する人はほとんどいにゃーと思いますが。
#これを認めるといつもここでやってるホメオパシーとかの「宗教的」ニセ科学も批判・風刺できなくなることにならにゃーか?自分たちの「信仰」への風刺・批判を認めないのはみなカルト的だとまで言ったらさすがにいいすぎでしょうが。

ハクチハクチ 2009/05/31 15:41 >差別性と人権侵害を区別するのはいくらなんでもダメすぎだろ。

そうなの? 元エントリなんて読んでないけど、「差別」と「人権侵害」はイコールではないでしょう。

>世界のほとんどの国で締結している条約をフツーによめば「差別=人権侵害」なんだにゃ。ここは動かしようがにゃーんだな。

あ、これは地下猫さんが言っていたのですか。
しかしこれは「動かしようが」あろうがなかろうがイコールでは繋がりません。
「人権侵害」は「差別」の必要条件だと思います。
したがって論理的な含意関係においては
差別 = 人権侵害 ×
差別 ⊃ 人権侵害 ○
としか思えません。
例えば、他人を誘拐して地下に長年監禁していた犯罪者などがスグに想像できるのですが、この犯罪者が行ったことについて、「人権侵害」をイメージする人は大勢いるでしょうが、「差別」をイメージする人は殆どいないでしょう。
だって、加害者と被害者の属性を超越した概念が「人権」であれば、それは当然ですよ。
母子家庭差別はダメだが父子家庭の子供差別を当たり前と思っている人間が、何を言いたいのか?と思いますけど。w

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/06/01 07:06 ん、それは差別ではないけど人権侵害であるものの例なので、差別⊃人権侵害を否定しているんじゃないかなあ>ハクチさん
また、「一般的な用法で使う場合」、差別の対象は人以外でもありうるよね。つまり差別⊃人権侵害でも差別⊂人権侵害でもない。
たとえば、この犬は血筋が悪いから品がない、みたいなのはその犬に対する差別発言だし実際不快だけど、人権侵害とは言いがたいでしょ、犬には名誉毀損も侮辱もないだろうし。法的には差別ともみなされないんだろう。
法律において差別とみなされるものはすなわち人権侵害なんだろうから、この場合は差別⊂人権侵害、と。
さて、規制派が主張している「差別」の対象である、「集団としての女性」「集団としての児童」は、人と言えるのだろうか。個別の被害を訴えるというスタイルを捨てている以上は、それは人ではなく、「女性という概念」「児童という概念」の話になっているように、俺には思える。概念は人ではない。法において人権侵害と認める対象にはふさわしくない。

ハクチハクチ 2009/06/01 21:22 >ん、それは差別ではないけど人権侵害であるものの例なので、差別⊃人権侵害を否定しているんじゃないかなあ

例とは、監禁犯のことですか?
だとすれば言われているような否定していませんよ。イコールを否定するための「差別」ではない「人権侵害」の例を挙げただけです。
集合論の包含関係と混同しているんじゃないですか。
論理的な含意(内包)関係では真部分集合の向きが逆です。

>法律において差別とみなされるものはすなわち人権侵害なんだろうから、この場合は差別⊂人権侵害、と。

やっぱりそうだ。

>さて、規制派が主張している「差別」の対象である、「集団としての女性」「集団としての児童」は、人と言えるのだろうか。

その議論に深入りしていないので、よく解らないです。
これからゆっくり読んでみます。

hapiohapio 2009/06/01 23:51 亀ですが。

>>hapio
>君のいっていることの前半部は、要するに「差別する権利がある」ということになるんだけど、それでいい?

「差別的な思想を抱く又は表現する権利がある」とは思いますしそう書いたつもりです。そしてそれは差別ではないと考えています。
あなたは、「差別的な思想を抱く又は表現する」行為を構造的差別という語を使って定義していると私は理解していますが、その定義に従えば、「構造的差別を行う権利はある」でしょう。
でも私はその定義に反対です。繰り返しになりますが、「差別的な思想を抱く又は表現する」は差別ではない。

>後半部の
>>「女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的」を有している行為であっても、「性に基づく区別、排除又は制限」でなければ、同条約における性差別ではありません。
>>すなわち、女性に対する差別意識を表明する行為は、それ自体では、「性に基づく区別、排除又は制限」ではありませんから、性差別には当たりません。
>
>「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろ」
>という言明が「性に基づく区別、排除又は制限」を目的としたものではないとでもいうおつもりか?

「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろ」という言明は、「性に基づく区別、排除又は制限を目的としたもの」でしょうね。
ですが、それが「性に基づく区別、排除又は制限」にあたるかというとそうではないでしょう。
件の条約は、「性に基づく区別、排除又は制限を目的としたもの」が差別であるとは言っていません。
条約のいう差別とは、「性に基づく区別、排除又は制限」であって、かつ
「女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的」を有している行為です。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/06/02 00:55 >koge

何回もいっているけれど、僕は法規制に反対。ここ前提。
「保護するに値しない言論・表現」についても、それがあるとは指摘したけど、賛成もしてにゃーよ。ただ、「こんなものは保護にも値しない」と批判することはおっけーだよね。
それに、内心の自由はもちろん規制不可能。
ただ
内心の自由はとうぜんあるとしても、その内心を行為にするにあたっては制限があるのはアタリマエだよにゃ。言論と行為というのは、簡単に切り分けられるものではにゃーと思うにゃー。ある種の差別的言辞というのは、行為という類型にいれてもおかしくにゃーのでは?
それと
犯罪者差別もロリコン差別も僕は反対だにゃ。ただ、例えば三次元ロリコンにうまれついてしまったら、可哀想だけどその性欲を処理するのは諦めてもらうほかにゃーよね。アニメならともかく、実在の少女を性的になんとかする映像はその存在も許されにゃーわけだ。つまり、ある嗜好に生まれてしまったのはそいつのせいではにゃーけれど、諦めてくれとしかいいようのにゃーことはあるわけ。可哀想だけどね。僕がいっているのは、「他者危害は制限される」という自由主義の基本中の基本なのだにゃ。
ただ、表現の自由が絡むときは、その制限を法に求めない、という話で。

後半なんだけど、kogeのその論理だと自主規制も含むあらゆる規制はダメということにならにゃーか?
それに、代償化論ってのは心理学的に通説になっている話ではにゃーから弱いよ。僕も個にゃん的にはその説を採用したいけどね。
あと、
確かに個人にその社会に適応する義務なんてにゃーけどさ、表現の自由という権利を行使するものにそれなりの責任が伴うことはアッタリマエだろ?

あと、対象によっては揶揄・風刺が正面切った批判より悪質だと認識されることはあると思うにゃ。イスラムというのは多様であって、内部でもいわゆる「原理主義者」への批判があるというのに、ムハンマドを原理主義者に擬するような絵には疑問バリバリ。


>ハクチ
あのにゃー、一頃よりハードルが低くなっていたって、それが深刻な人権侵害であることには何の変わりもにゃーだろ?
それと
僕が父子家庭のガキ差別を気にしてないって、どこに根拠があるんだ?


>NaokiTakahashi
だーかーらー
性犯罪被害者(犯罪被害を告発することをあきらめた黒人でもよい)の泣き寝入りってのは、人権侵害なんじゃないのかと何度も聞いているんだけど。具体的にそこに人権侵害されている個人が存在するっていってんの。
まあいいや、このあたりはエントリでちゃんと論じるにゃ。
それと
賃金には退職金もはいるよ。
ただね、この措置でその職場の♂や独身♀が損をしているとは単純にいえにゃー。このあたりはオモチロイので、一段落ついたらエントリにするつもり。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/06/02 02:29 >hapio>「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろ」という言明は、「性に基づく区別、排除又は制限を目的としたもの」でしょうね。
>ですが、それが「性に基づく区別、排除又は制限」にあたるかというとそうではないでしょう。
>件の条約は、「性に基づく区別、排除又は制限を目的としたもの」が差別であるとは言っていません。
>条約のいう差別とは、「性に基づく区別、排除又は制限」であって、かつ
>「女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的」を有している行為です。

はあ?
「「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろ」が「性に基づく区別」でにゃーとでも?
「女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的」を有している行為でにゃーとでも?
職業の自由という基本的人権の享受を害し又は無効にする効果又は目的を有していにゃーのかね?
ちょっとは考えろよ。

NaokiTakahashiNaokiTakahashi 2009/06/02 03:31 だーかーらー、それを泣き寝入りした人個人への人権侵害とみなすためには、加害と被害の関係を具体的に明示できなきゃダメでしょ、って話をしているんだけど。だからこそ、マッキノンがやったインディアナポリス市のポルノ規制法においては、(これは泣き寝入り問題ではなく性犯罪被害を訴えるものだけど)最初は被害者個人が具体的に加害ポルノの被害を訴える構成をとってたわけでしょ。この時点では、個別の具体被害を問題にしているから、人権侵害の訴えであったといえると思うよ。そもそも創作物の影響による犯罪であることをどうやって証明するのかはおくとして。
でも違憲判決くらったんだよね。それで方針転換して、ポルノが醸成する社会意識が「女性への集団的人権」であると言い出したんだよね。でもこれも、人権侵害という論点に限ればしりぞけられてるんじゃないの?
だから今は「わいせつ」規制の中に主張を滑り込ませてるのでは。じゃあやっぱり社会的法益を問題にする道徳的規制だったってことじゃないの?
/退職金とかの話については期待。面白そう。

田中田中 2009/06/02 07:27 >労基法の性差別禁止は賃金に関するものだけなのよ。これは母性保護が絡んでいるんで、単純に差別といえないんだけど、雇用機会均等法なんかが必要とされる所以でもあったようだにゃ。性差別の厄介なところは、母性が絡むところなんだよにゃー。
 (もうすでに上で書かれていますが) 退職金は賃金とみなされます。労働契約上の位置づけ次第ではここにふくまれない退職金もありうるけど、結婚する女子のみに退職金を上積みする制度になっている場合、その上積み分はふつう労働基準法上の「賃金」とみてまちがいないでしょう。
 あと、結婚の話してるんであって出産の話ではないし、退職することが前提なんだから、労働者の母性はまったく無関係でしょ。
 ……っていうか、エントリ中に書いてあるとおり、現行でも

>♀が結婚するときに限り退職金を優遇する措置は労働基準法4条の性差別禁止にひっかかる

とされているのですから、どういう論理でそうなってるかを追跡すればいいだけなんですけど。

NaokiTakahashi さん:
>社会的身分を理由とした差別的取扱
 3条に書いてある「社会的身分」は、「生来」のものに限られるというのが通説みたい (西谷敏・萬井隆令編『労働法2 第5版』法律文化社、p. 97) なので、ここは直接に適用するのはきついのかもしれません。ただ、正規従業員と非正規従業員との賃金格差にまで同種の論理を適用する裁判例はあるので (丸子警報機訴訟)、労働基準法になにが書いてあろうと、法律上あらそえる余地はあるはず。結婚するかどうかはそもそも雇用と関係ない話のはずですし。

>退職金とかの話については期待。面白そう。
 たぶん、ふつうに労働法/人事労務管理の教科書を読むか、厚生労働省の通達を検索してみるほうが早いと思います。

a4cさん:
>語尾のにゃがなければ
 → http://d.hatena.ne.jp/rna/20090208/p2

kogekoge 2009/06/02 09:22 >ただ、例えば三次元ロリコンにうまれついてしまったら、可哀想だけどその性欲を処理するのは諦めてもらうほかにゃーよね。アニメならともかく、実在の少女を性的になんとかする映像はその存在も許されにゃーわけだ。つまり、ある嗜好に生まれてしまったのはそいつのせいではにゃーけれど、諦めてくれとしかいいようのにゃーことはあるわけ。可哀想だけどね。僕がいっているのは、「他者危害は制限される」という自由主義の基本中の基本なのだにゃ。
イースト氏が言ったというだけで反対するかもしれませんが、こういう論考(http://www.hirokiazuma.com/archives/000368.html)もあるんですが。
それはともかく、だからこそ「その表現が『存在する』、『存在する』ことを知るだけで、その表現に直接触れることすらなしに『他者危害』を引き起こす」という理屈による表現の抹殺に明確に抗議してるんですけれども。
何度も言いますが、他者に「不安感を与える」というだけで、何の行為にも出ていないのに「他者危害」であり、存在は許されないというような「セキュリティの論理」の暴走が横行してるのが日本に限らず現状なんですにゃ。他者危害は制限されるのは当然ですが、その制限は最小限でなければ逆に制限された者への危害になってしまうのも当然でしょう。だからこそ、レイプ表現は女性差別だから規制・自制する必要があるという理屈を、大を生かすために特定の嗜好を持つものという小を殺すようなものじゃないのかと批判しているのですが。表現の自由は、マイノリティのためにこそあるものだと思っていますにゃ。

>表現の自由という権利を行使するものにそれなりの責任が伴うことはアッタリマエ
確かにそうですが、それは全ての表現者、全てのポルノ表現・愛好者が等しく担うものであって、特定の嗜好に関する表現者・愛好者にのみ重い責任が課されることはにゃーと思いますにゃ。

>あと、対象によっては揶揄・風刺が正面切った批判より悪質だと認識されることはあると思うにゃ。イスラムというのは多様であって、内部でもいわゆる「原理主義者」への批判があるというのに、ムハンマドを原理主義者に擬するような絵には疑問バリバリ。
これについては明確にNoといっておきますにゃ。
間違いなく他の非一神教国にもない日本人だからこその考え方だと思いますが、(原理主義でない)イスラムどころか、カトリック・プロテスタントですらカルト性を感じることも多々あるんですにゃ。一神教原理主義者の反対方向の原理主義者だといわれたらそのとおりだと思いますが。
「宗教的マイノリティへの風刺・批判は許されない」というのは、どう見ても過度の「マイノリティの特権化」でしょう。日本の「同和対策」はもちろん、米国のアファーマティブアクションにも、それは過度の優遇であり、マイノリティへの偏見をかえって強化し差別を温存するという批判は上がっています。でも、風刺・批判すら許されないというのはそれをはるかに超える特権化だと思いますにゃ。
宗教的マジョリティと同様の批判・風刺に耐えてこそ、オウムでも原理主義でも、マジョリティ・マイノリティ問わず他の宗教を批判することも含めた宗教活動の自由は保障されるものだと考えていますにゃ。「自由には責任が伴う」のであればこそ。逆にマジョリティであるキリスト教徒の側が、「同じことを自分たちがされたら耐えられない」と思ったからこそイスラム側に同調するものが多数出てこれだけの大問題になったのかもしれませんが、万が一そうだとしたら私には単なる「カルト同士の争い」にしか思えませんにゃ。

hapiohapio 2009/06/02 11:06 >「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろ」が「性に基づく区別」でにゃーとでも?
ああ。多分ここでも考え方が違ってきているんですね。
前述したように、私は「個別的な人権侵害」でなければ差別ではないと考えています。
だから、「性に基づく区別、排除又は制限」とは、「性に基づいて区別、排除又は制限した取扱いをすること」と考える訳です。
地下猫さんは「性に基づく区別、排除又は制限」をもっと広く考えるから、「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろと言明する行為」だけでも
「性に基づく区別、排除又は制限」に入るんですかね。

ハクチハクチ 2009/06/02 19:54 >地下猫さん
>あのにゃー、一頃よりハードルが低くなっていたって、それが深刻な人権侵害であることには何の変わりもにゃーだろ?

同じ低所得ならば、母子家庭より父子家庭の方が貧困度が高い、という現状やその現状を導き出している法制度をまるっきり無視している人が何を言っているのですか?
ここ数日間過去エントリーをオフラインで見れなくなっているし、目的のエントリーを見つけられないのですが、♂の年金制度や父子家庭の(父親+)子供差別の問題のハードルは、全く低くなっていませんよ。
にも拘わらず、明けても暮れても未だに、♀、♀、♀…。

>それと
>僕が父子家庭のガキ差別を気にしてないって、どこに根拠があるんだ?

『すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類する【いかなる事由による差別をも受けることなく】、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。』

地下猫さんは、↑の根拠に基づいて、エロゲーとやらの♀に対する「差別」かつ「人権侵害」性を主張しているのでしょう? それが直接被害の未検証なものであっても。
だったら、法制度上で明確に確定されている父子家庭「差別」について何故何も言及がないのですか? 年金制度には(♀のメリットだけではなく?)♂にもメリットがあるのでそれを後で書く、と言ったまま何も書いていないでしょう。
だからそんなものは無いんでしょう?
地下猫さんの論調をずっと見ていれば、俺が言っていないことには「根拠」は無い、という理屈は通用しないと思います。

「人種・皮膚の色・性」に始る人間の属性からは、♂や♂の子供という属性は排除されているのですか? それらは「すべて人」の範疇外の人たちなのですか?

地下猫さん的な、個人の属性を剥ぎ取ったもの(人権)の部分集合が「差別」という定義なら、それは差別概念の構成メンバーは様々な属性を剥ぎ取られた上でも尚且つ差別・人権侵害として成立するはずのものであって、わざわざ属性を参照し直した後で恣意的に決定される類のものではないでしょう。

「人種・皮膚の色・性」に始る人間の属性によって扱いを変える行為が「差別」(かつ「人権侵害」)という解釈に立つなら、地下猫さんにおいては問題の差別概念の中にその(差別の根拠である)属性を密かに密輸入しているような気がします。

ハクチハクチ 2009/06/02 19:55 つまり、地下猫さんの主張は常に、問題の差別行為を行いながら差別行為を批判するという二重基準の上に成り立っているのではないか、という疑念を私は払拭できないのですよ。
おそらく当たり。
一見カッコ(or♀ウケが)いいからなぁ。

これは「男らしさの正体」でないとか、「構造的差別」の補強ではないと誰が言えるのですか?
d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090121/1232507083#c

地下猫さんには言えませんよ。w

>>それと
>>僕が父子家庭のガキ差別を気にしてないって、どこに根拠があるんだ?

因みに、アル中の人間が他人の飲酒壁を批判することを行為矛盾というようですが、これは矛盾とは言い切れない面があります。行為面で止められなくなるということがあって他人を批判しているからです。
しかし地下猫さんの場合はこれとは違います。
自分の矛盾を子供の「属性」に押し付けているからです。

だったら

>「女に仕事なんて無理だ。家庭で子育てをしていろ」
という言明が「性に基づく区別、排除又は制限」を目的としたものではないとでもいうおつもりか?

「家庭で子育てをしていろ」という主張にどの角度から反論できるのか?
何でも言い放題だね。

ハクチハクチ 2009/06/02 20:39 >「家庭で子育てをしていろ」という主張にどの角度から反論できるのか?

ここは、♂と子供のセットは♀と子供のセットより「構造的差別」で排除される確率が高いので、結果的に子供と♀がセットで語られるのが自然だという意味です。
まあこれも♂と子供に対する社会的淘汰圧の強さの帰結でしょう。

yakusyayakusya 2009/06/02 21:15 お初にお目にかかります。あまり詳しくない身ではありますが少し気になったので書き込ませていただきます。
 わたしが感じている違和感などや皆さんの反応を考えますにどうもこのエントリの命題の立て方が間違っているのではないかと思います。まず無条件に前提として“性暴力表現は無条件に差別性を持ち、性犯罪を(消極的かを問わず)助長するメッセージとなっている”とし“性犯罪の被害者が声を上げられない状況を作っている”と言う論理で書かれていますがここから既に幾つかの論点が存在しています。
 まず“性暴力表現が無条件に差別的である”ということはあまりにも論理が飛躍していると言うか独善的な断言となっているのは問題ではないでしょうか。社会においてどのようなメディアであろうとそのメッセージが提示された状況や比較されるべき言説、信憑性などの社会的な文脈から判断するのが通常です。それを抜きにして語るのは人間の認識や判断をあまりにも短絡的に反応するものと考えていないでしょうか?その基になる経験や知識に関して全く考慮されていないように思えます。
 また性暴力表現が性犯罪を助長するメッセージとなっていると言うのも少し考えるべきものがあります。現在の社会において陵辱ゲームに限らず“エロ”とされるメディアは(特に日本では)日陰者として扱われ、如何わしいものであり信憑性や信頼性は格段に低いものと考えられてきました。まともなメディアとして扱われてきたことは無かったのです。(それゆえに社会的な道徳観念などと無関係に極端な表現や演出に特化してきたところもありますが)社会的に”エロ”に関するものは信頼できないものであり、認められないものとして扱われてきました。その認識のバイアスもあり社会的にメッセージ性はほとんど存在していないと言えます。また“エロ”を真に受けた人がいたとしてもそれらが三流タブロイドと同等に扱われていると言う現状を伝えることにこそ社会としてのメッセージとなりえます。
 もう一つ言うなら
>>性差別的言動の流通、ある種のポルノの商業的流通などがメッセージとなって、性犯罪被害者が声をあげられにゃー状況、強姦魔パラ>>ダイスの状況を作ることができますにゃ。実際に、性差別的慣習の強い文化では、レイプ届出の暗数がでかいということらしいしに>>>ゃ。
 これに関してはレイプそのものへの誤解もしくは誤解を生む表現になっていると思えます。暗数などを出して語られていますが、暗数を語るのならその要因について現状から語るべきではないでしょうか。現状でレイプ事件の暗数が大きいのはデートレイプや夫婦間レイプなどの本来はレイプではあるがそうだと認識されていないものが多いこと、知人や周囲にいる人が犯人であるがゆえにその後が怖くて語ることが出来ないなどの問題があります。また被害者への責任転嫁(まさか地域社会全てが”エロ”メディアから洗脳されているから起きるとでも?) が多いことや捜査段階や司法でのセカンドレイプへの対策もまだまだこれからのところがあります。これらの要因を無視して“エロ”メディアが被害者に沈黙を強いていると言うのは誤解でしかないです。レイプについて詳しいことは
http://www.macska.org/saic/rape.html
を参照してもらうのが良いと思います。
 これらのように前提からいくつも?がつくような論理で人権侵害と無条件で認めろと言うならこの論題そのものが破綻しているのではないでしょうか。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/06/02 22:23 >hapio
まあ勝手にしてくれ。チミの理屈なら差別なんて存在しにゃーよ。

>ハクチ
♀は被差別者だよ。それを認めたくにゃーのはチミの勝手だけどね。

>yakusya
えーと、申し訳にゃーのですが、反ポルノ論者の中にはそういうことをいうお歴々もいるということは知っているんだけど、あなたが書いてきたようなことは僕はいっていにゃーので、お答えのしようがございませんにゃー。

ハクチハクチ 2009/06/03 09:55 >♀は被差別者だよ。それを認めたくにゃーのはチミの勝手だけどね。

では♀が「被差別者」ということを認めさせてください。
被差別者=♀ということは、自 動 的 に♂=差別者ということですよね。
しかし、地下猫さんに象徴されるように、被差別的側面から切捨てられている世界(それを訴える♂は変人扱い)の♂に対して♀=被差別者を叫ぶということが何を意味しているかといえば、♀は被差別的な“側面”の段階から無視されなければならい、ということです。
だとすれば、何処に問題があるのですか?

同じことを言うにしても、もっと他に言い方がありそうな気がするんですけど…。

ハクチハクチ 2009/06/03 12:27 もっと滑稽というか不可解なのは、自 動 的 に決定された、♂=差別者、の成員である ハ ズ の地下猫さんが、何 故 に、♀の 擁 護 が、で き て、し ま う、のですかぁ???

kogekoge 2009/06/05 23:59 さすがに猫氏が、「被差別者でなければ差別者である」見たいな粗雑な議論をするはずはないでしょう。「女の敵は女」みたいに、女性こそが構造的女性差別の維持する役割を果たしてるケースも多々ありますからね。
しかし、それを考えても、留保なしに♀は被差別者だというのはナイーブ過ぎるのではないかと思いますが。男性一般と女性一般との比較なら、女性のほうがマイノリティだといえない社会のほうが珍しいでしょうし、一人の男性と一人の女性でも同様でしょう。しかし、女性一般と特定の性質を持った男性、あるいは同性愛者・性同一障害者等男女に還元できないセクシャルマイノリティという風に数に大きな差があれば当然女性側がマジョリティになり、差別者になることもあるでしょう。そして、私はレイプや児童ポルノ等で勃ってしまう男性もセクシャルマイノリティであると考えています。
現在の日本では、数倍〜数十倍の人数差を跳ね返せるほど理不尽に男性が強いことは例外的だといえるところまでは男女の格差は縮まってきていると考えています。もちろんこれで満足していてはいけないのは当然ですし、この先にこそ越えられない壁があるのですが。
自分の感覚では「女性は90%被差別者」であるという辺りでしょうか。残り10%というのは少数派ではありますが、決して無視していいほどの数ではないと思いますが…。

ハクチハクチ 2009/06/06 21:47 >さすがに猫氏が、「被差別者でなければ差別者である」見たいな粗雑な議論をするはずはないでしょう。
地下猫さんだからこその粗雑な面もあると思いますけどね。

>男性一般と女性一般との比較なら、女性のほうがマイノリティだといえない社会のほうが珍しいでしょうし、
人口の話ではなさそうですが、人口的には♂がマイノリティ。

>現在の日本では、数倍〜数十倍の人数差を跳ね返せるほど理不尽に男性が強いことは例外的だといえるところまでは男女の格差は縮まってきていると考えています。

まさか喧嘩の話? いずれにしてもかなりの自信家ですね。

>自分の感覚では「女性は90%被差別者」であるという辺りでしょうか。
すいません、マジで読解不能です。

【社会的少数者】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E5%B0%91%E6%95%B0%E8%80%85
などを読んでも、「マイノリティ」「被差別者」のイメージが♀に重ならない。
::::::::::::::::
日本語での類義語は「社会的弱者」であるが、社会的少数者という訳自体が社会的弱者と少数派の合成に近い。
::::::::::::::::
↑これなんかだと、「社会的弱者」と「少数派」の両方の条件を満たしているのが「社会的少数者」(≒マイノリティ)となりますが、私ではここに一番相応しいのはホームレスや低収入の父子家庭や特殊な病気の持ち主になります。

::::::::::::::::
なお、女権論では具体的な数と関係なく、差別などの理由で社会的に地位が弱い・低いという意味で、女性がマイノリィティーであると主張される。
::::::::::::::::
私の解釈が正しい(or一定の説得力を持つ)から、このような飯櫃orゲリマンダー的な定義になるのでしょうが、その「差別」が法制度や(広義の)社会的性役割(守る/守られる、養う/養われる等)と抱き合わせになっていれば、「差別などの理由で」という主張自体が「差別」的です。

ハクチハクチ 2009/06/06 22:03 イメージ的には、♀の被差別をB、♂をAとして、被差別A→←被差別Bのバランスの上に成り立っているはずの現状(改善の余地はありとしても)において、被差別Aを自明の前提(=透明な事実)として被差別Bだけを主張するということ。
したがって、ウィキの「女権論」では、ホームレスや低収入の父子家庭差別(子供のなかに♀がいても)の問題を「差別」として認定することができない。
何故なら、それを認定してしまえば、被差別A(=透明な事実)と向き合わなければならなくなるから。

以上の性役割に基づく論理的操作(責任転嫁)があれば、「女権論」としては、それらの♂は単に無能(≒自己責任)だということであって、♀「差別」問題とは無関係のことである。それらの♂は決して「差別などの理由で社会的に地位が弱い・低いという意味」ではない、という言い訳ができてしまう。

…余談ですが、情報による差別・選好による差別の他に、生物学的差別というものがあるような気がします。

ハクチハクチ 2009/06/25 20:13 >♀が被害者となる性犯罪において、社会が性差別的であるほど性犯罪被害者の♀は届出することのハードルが高くなり、暗数が増えることになりますにゃ。

そうですねぇ、♂の結婚詐欺被害者は被害者というだけで下心があったんだから騙した♀より騙された♂の方が悪い、被害届を出すなどということは愚の骨頂という社会意識がお茶の間にまで広まっていますから、さぞかし「暗数」は多いでしょうねぇ。

>ナチ支配下で、ユダヤ人が権利侵害に対して声をあげることなんて無理だろにゃ。

はい地下猫さんの態度からも明らかなように、♂が「声をあげることなんて無理」もいいとこです、はい。
それこそゴミのように扱われます。w


>このあたりが、差別問題を考えるうえでの前提だにゃ。

>いっておくけれど、このあたりは俺定義でもなんでもにゃーぞ。あとで論証するけどにゃ。

へー、そうなのですかぁ?

【OTTOMAN TULKEY】【OTTOMAN TULKEY】 2012/08/12 03:37 米英のラジカル・フェミニズム団体は、日本に対し「女性を貶めるようなすべてのゲームの販売を即刻中止するよう要求」しています。
規制するのはもはや当たり前で、「表現規制はどこまで達成されているのか、どこまで進める気があるのか」と、こういう問い方をしてきます。

この「女性を貶めるような」が問題なんです。非常に条件が曖昧なんですよ。

ただでさえ適用範囲がはっきりしないのに、ましてやセックスヘイターの彼女らに審議させれば、性行為の描写はその内容問わず、全般的に女性を貶めた描写となります。
ラジカル・フェミニストにとっては、もはやエロ漫画もエロゲも、存在自体が許せないのです。
ラジカルフェミニズムの要求は、簡潔に言えば「女性を性的に扱い、男性に性的満足を与える文化の殲滅」。

もっとも、自国(米英)の性文化には彼女らも目を瞑ります。腐っても自国の文化ですから。
ですが、極東の異国の文化となれば話は別。海外ならいくら危害を加えても、返り血は少ない上に「世界の不良児を叩き潰した」達成感も得られます。
自身が受容出来ない異文化が地球のどこかに存在していたならば、たとえ遥か離れた土地でも正義の名において徹底的に潰します。
泥を被り、傷を負うのは日本人だけであり、自分達には悪習相手に戦った満足感だけが残ります。メリットに対してリスクは少ないのです。
ただ、三次元の性文化はAVや風俗などヤクザの支配下にあるもの以外はあらかた駆逐した(ヤクザには手をださない)ので、二次元に集中砲火的なバッシングをしているのです。


そんな鬼畜な、と思うかもしれませんが、もともと欧米には「異民族に自国の文化や常識を押し付け、従わなければ根絶やしにする」文化があります。
彼女達はそういった「侵略者」の現代版に過ぎないのです。

そもそも規制賛成派には、規制の正当性を証明するような「正義」は存在しません。
なぜなら、表現規制、つまり「男性の為の文化=男性の特権」を滅ぼす行為自体が、フェミニズムにおいて絶対的な正義だからです。
正しい人間が悪い人間を八つ裂きにするのに、正義の証明なんか必要無いんです。

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