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tillinghastの日記

2010-07-30 白碑文

ショウコと付き合い始めて2年弱経った春先、2人で同棲を始めた。


始めた頃こそ楽しかった。ただ、同棲を始めてから4ヶ月経って、俺の方はもう飽き始めてた。やっぱ1人の方が気楽だってことに気がついていたし、ショウコのことも既に飽きてきていた。

ショウコは本当にいい女だと思う。綺麗なストレートの黒髪に、強い力を感じるけれど同時に愛らしさのディテールも感じる目。小さな唇。透き通った白い肌。身長も165センチで、街中で2人で歩いている時に周囲からの視線を集めるには十分だった。彼女を隣に連れて歩くことは、如何なる男の自尊心をも満足させるだろう。性格も「従順」そのものだった。ショウコは俺にいつでもついてきてくれた。自分がどんな惨めな状況に陥ろうともショウコだけは俺について来てくれる。俺を尊敬してくれる。俺に尽くしてくれる。そんな自信を感じさせてくれた。

容姿も性格も、男心をくすぐるには完璧だった。その中でも最も魅力的に感じたのは、ショウコが独りの時時折覗かせる悲しげな表情だった。誰に対しても当たり障りのない、明るい表情を配給するショウコ。ただ、人間関係の舞台から降りて1人になり、スポットライトが切れた瞬間に、ふっと見える疲れた表情。そこで、俺の視線を感じると、ショウコは無理やり作ったような笑顔を俺に向けてくれたのだった。健気さを感じさせる振る舞いに心がブルブル震えた。


でも、やっぱり同棲を始めてからというもの、急激に飽きていた。俺に関しては付き合い始めた頃の胸の高鳴りなんてもうなかった(ショウコはどう思ってたかしらないけど)。2人とも学生でお金なかったので、同棲中は時間があればセックスに費やすような生活しかしてなかった。毎日毎日。酷く耽美的で、麻薬のような快楽をもたらしていた。濃密で花のような香りを漂わせるショウコ。ただ、肌を重ねるたび、知覚がまるで麻薬に削られ磨り減っていくように、愛情は薄れていった。快楽だけが後に残った。

ショウコと2人でいると、気がつくとため息が出るようになっていた。ショウコにももちろん伝わってて、ショウコのあの、悲しげな表情には黒い陰が出来ていた。でも俺にはそんなものどうでもよかった。あの耽美的で麻薬のようなセックス。それさえあれば。いや、それだけのために付き合っているようなもんだ。機械人形同士が電気を交換し合う、退廃的なセックス。


大学3年生の夏休みに入り、俺はバイトに勤しんでいた。特に欲しいものがあったわけじゃない。ただ、無駄にあの家にショウコと2人でいる時間から逃げたかっただけ。ショウコもサークルに出たり、俺ほどではなかったけどバイトもそこそこやっていた。

そんなある日。たまたま運悪く残業で疲れきった身体を引きずりながらの帰途、時間は夜の10時くらいだったと思う、ショウコから電話がかかってきた。 ―めんどくさい。どうせ家に帰ること分かってるくせに― 取らないで、そのまま帰った。家に帰るとショウコはラップをかけた夕飯の横で寝ていた。


それからというもの、ほぼ毎日ショウコは家に着くなり電話をかけてくるようになった。勤務時間中のこともあれば、バイト帰りのこともあった。バイト仲間と帰りに飲んでる途中にかかってくることもあった。もちろん俺が電話をとることはなかった。取らずに毎晩家に帰った。ショウコの目は日に日に力を失っていった。眠りに落ちながら歩いている様な、そんな目。それでも、ショウコは俺に対して何もいうことはなかった。ただ、錘のついたような声で「おかえりなさい」とあからさまな笑顔で迎えてくれた。俺とってそんなことはどうでもよかった。俺はセックスだけでよかった。


そんな状態が2週間続いた真夏日の夜。ショウコがこの夏始めて留守電を残していた。

 「ショウコです。ねぇトウジ、今日は何時ごろ帰ってくるのカナ…待ってるから教えてね。」

弱った姿からは想像できないような明るい声。聞きながらクククっと笑ってしまった。健気な女だ。当然こちらから折り返すことなく夜11時に帰ってやった。ショウコは既に寝ていた。へっ、ざまあみろ。


次の日。ショウコからバイト帰りに気がつくと、3回電話がかかってきていた。

 「ショウコです。先に帰ったよ。トウジ、今日は早めに帰れそう?教えてね。」

 「ショウコです。ねぇ、トウジ、今日も大変なんだね。待ってるね。」

 「トウジお願い…仕事中はいいから折り返してほしいな…」

最後の留守電を聞いて、この夏始めてショウコに電話をかけることにしたのだった。

 「トウジ…ありがとう…。仕事帰り?今日はもう帰ってくる?」

 ―今日は真っ直ぐ帰るよ。

「本当?それじゃ待ってるからね。ちゃんと真っ直ぐ帰ってきてネ…」

 ―(ぶつり

はぁ。

 ―なんか俺、もう限界かもしれない。疲れた。ずっしりと重たい気分。もう話したくない。話すと体力を消耗する気がする。嫌い。嫌い。嫌い…

似たような思考が頭蓋骨の内側を何度も反射して頭が痛くなる。ズキズキする。知らない間に親指のツメをかんでいた。


いつもどおりの足取りで、アパートの自室へ向かう。玄関の向こうにはショウコがいる。

 ―がちゃ

扉を開ける。いつもならショウコは扉の音に反応して玄関まで出てくるはずなのに今日は出てこない。靴を脱いで上がる。普段とは違う感じがす

 ―アレ?

何か危険な色が視界を横切った。俺は認識した。鼻をつくこの錆のような、それでいて生臭いような臭い。ドアが空きっぱなしになったユニットバスの方からする。

見てはいけない。そう認識しながらもシャワールームの中を見ると―






ショウコは血を腕から血を流しながらバスタブに突っ伏していた。カミソリの鈍い光。






ショウコは確かに待っていた。俺が帰るのを。斃れたショウコ発見するのを。









(このお話はもちろんフィクションです)

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