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ヨーグルトの蓋のウラのびみ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-04-27

クレヨンしんちゃんの「げんこつ」表現とゆとり教育。

最近、数年ぶりくらいに「クレヨンしんちゃん」を録画して見始めたんですが、いつの間にかしんちゃんの鉄板ネタだった(ゲンコツ)の表現がいっさい無くなっている事に気付いた。PTAからなのかBPOからの苦情なのか定かではないけど、あれは暴力ではなく、愛情表現だと思うのは自分だけだろうか。

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2009-10-31

コナンの2代目小五郎の小山さん起用で思った、元祖VS物真似の戦い。

俺の邪悪なメモさんが書いた、「トイ・ストートリー」の吹き替えに関する記事が話題になっていた。

このBlogでもドラえもん映画の芸能人吹き替えに対して批判的な記事を幾つか書いているけど、自分は未だに本職の声優を退けて下手な芸能人声優を起用にはモーレツに反対です。ドラえもんの本編で「○○役の○○です。」なんて言語道断です。

話が横道に逸れますが…。先日、コナンの小五郎の声が神谷明さんから→24ジャックでお馴染み小山力也さんに替わると発表され、今日のコナン放送が初お披露目となりました。(↓)

この声優交代劇を見てて、突拍子もないけど、芸能人声優が嫌われる本当の分かった気がするんです。

小山力也さんは24のジャック声でお馴染みのように、声優としては抜群の技量を持つ声優さんです。(※他にも、お試しかっ!の「全て当てるまで帰れま10」のナレーションでも有名かな。)ただ残念な事に、小山さんの小五郎って神谷さんの小五郎そっくりなんですよね。(声質が神谷と似ている点も)勿論、イメージを崩さないために意図的やっているとは部分もあるとは思うんですが、神谷さんが作った小五郎を小山さんが演じている時点で、それはルパン山田康雄派と栗田貫一派みたいに、本家と物真似との戦いになってしまう危険性がある。ルパン山田康雄さんの大人っぽいルパンと栗貫さんの少し子供っぽいルパンとで別のルパンを生み出した成功例であると思います。

で、芸能人声優が何故に嫌われるかといえば、それは下手な物真似だからです。

特に、揉めに揉めた「ザ・シンプソンズ」の吹き替えなんてまさにそう。

所ジョージさんのホーマーは「大平透さん」そっくりだったし、ベッキーのリサは「神代知衣さん」そっくりだった。

ドラえもんの映画リメイクもそれに近かったと思います。「新・魔界大冒険」の美夜子さん役の相武紗季さんも、初期の美夜子役「小山茉美さん」に似てましたよね。ファンからすれば、「似てるんなら本家で良いだろう!」という怒りを覚えるのも当然です。何年とか何十年かかって作ってキャラの声を素人が真似る。そりゃ怒られて当然でしょ…。(笑

山寺宏一さんとか、神谷明さんみたいに、自力でキャラの声が作れる技量。その技量がある芸能人なら批判はされないのかも。まぁ、そんな技量があればプロですけどww。

小山さんの小五郎声は子供向けに神谷さんの声に似せていると思うんですけど、声が変わったからには、良い意味で新しい小五郎を作って欲しいなぁーって思います。

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2009-09-10

藤子・F・不二雄が20年前に予想した「働かなくてもすむ世界」。 〜ドラえもん劇場版「のび太とブリキの迷宮」〜

もっとコンピュータによる自動化が進めば、我々は働かなくていいのか。食糧生産から供給までコンピュータが自動でやってくれるようになればもう大半の国民が働かなくていいと思う。

どこまで技術革新が進んだら働かなくてすむのか:

未来がどうなるか・・それは神のみぞ知る世界だけど、実は、この未来をそっくりの未来を描いた作品があるのです。それは、1992年公開のドラえもん映画『ドラえもん のび太とブリキの迷宮』。もう20年近く前の作品になりますが、技術が進歩して人間が働かなくなった星「チャモチャ星」を舞台に、人を排除いるブリキ軍と、働く必要が無が無くなり自ら歩く事もできない人間、F先生の機械と技術進歩に警鐘を鳴らすメッセージが込められた作品です。

春休み、のび太のパパはスキーと海水浴が同時に楽しめるという「ブリキンホテル」に部屋を予約する。のび太たちは大喜びするが、後でパパの夢だと知り落胆する。

ところが、家に届いたトランクから開いた門を抜けて行ってみれば、そこはブリキのおもちゃの島に建つブリキのホテル。ブリキンホテルは本当にあったのである。島で楽しく遊んでいた折、ドラえもんが行方不明になる。探しに行ったのび太たちの眼前で、謎のロケットがドラえもんを連れ去ってしまう。

そしてのび太たちの前にブリキンホテルの主(主代理)である少年サピオが現れる。サピオはチャモチャ星から来た宇宙人で、ドラえもんを連れ去ったのはサピオを追ってきたチャモチャ星のロボット軍隊だという。のび太たちはドラえもんを助けるため、チャモチャ星へ向かうことを決意。チャモチャ星を支配する独裁者ナポギストラーに挑む。

ドラえもん のび太とブリキの迷宮 - Wikipedia:

毎日が日曜日になった星「チャモチャ星」

物語の中盤、サピオが「チャモチャ星」について説明する場面があります。

チャモチャ星は地球よりも科学が進んだ星で、人々と生活をよくするため科学技術を飛躍的に進歩されていった。農業、工業、次第に人間が行なう作業の殆どが自動化され、人間は365日「毎日が日曜日」の世界を作り上げたのです。技術開発が進んだチャモチャ星では「イメコン」と呼ばれる人間の思った通りに動く機械が発明され、人間はソファーから1歩たりとも動かず、料理や炊事をロボット任せにする事ができるようになった。

しかし、1歩も動かない生活を送る人間の体は痩せ衰え、しだいに歩く事すら、汚れた外気を吸うことすら「車椅子」のような機械なしでは生活できなくなってしまうです。

ナポギストラー一世

元々は人間の生活を楽にするための発明家ロボット。だが内心ではひそかにロボットによるチャモチャ星征服をたくらんでおり、ひ弱となった人間相手に反乱を起こし、チャモチャ星を支配する独裁者となった。「イメコン」はそれを意図した発明。

ドラえもん のび太とブリキの迷宮 - Wikipedia:

ただ面白いのは、チャモチャ星を支配する独裁者となったはいえ、ロボットたちは普通の日常をすごしているのです。人間が排除されロボットに置き換わっただけであって、ロボットが皇帝に支配される世界ではない。酒場でオイル(ロボットだけに・・)を飲み明かしたり、公園を散歩したり、人間が額に汗していた時代まんまの生活をしている。

排除された人間はというと、刑務所に送られ、ロボットから「エサ」と呼ばれる食事を与えられ、壊れたロボットかのように処分される日を待っているのです。人間相手に反乱・・まさに扱いが逆転ですね。

F先生の思い

よく、「働かざるもの食うべからず」という諺(?)があるけど、この映画のテーマってまさにコレだと思うんですよね。一般的に、この諺は(働かないんだったらご飯抜きだよ!)みたいな子供への罰の印象が強いけど、もっと過激に汲み取れば「働かない=食べられない=死ぬ」っていう事でもあると思うんです。

つまり、「働くこと=生きること」。

それを今回の「のび太のブリキの迷宮」ではロボットに置き換えられてるんじゃないかって思うんです。

よく子供の頃とか、ロボットのおもちゃで(ガシャン!ガシャン!ロケットパ〜ンチ♪)とか遊んだ記憶がありますけど、いざ部品が破損すれば用済み、即、不燃ごみ行きですよね。おもちゃに限らず、パソコンでもゲームでも動かなければポイ・・つまり食うと一緒、「動かない=働かない=ポイ(死)」です。

ブリキの迷宮で刑務所に送られた人間も、自ら働く行動を捨てた事によって「動かない=働かない=ポイ(死)」の対象になった。う〜ん、怖いです・・F先生の世界。自分はこの中に込めたF先生の思いって「働かなかったら生きる意味って何なんだろう?」っていう問いかけだったんじゃないかって。そして、F先生の答えは「死」だったんじゃないかって思うんです。

でも、そろそろ働きたいやつだけ働く、っていう社会ができてもいいんじゃないの?

というか、僕らは楽するために生産性を高めてきたんじゃないの?楽するためにさらに頑張るってどういうことよ。

どこまで技術革新が進んだら働かなくてすむのか:

「バカの壁」の次は「生きる壁」がベストセラーになったりしてね・・。(笑)

そうそう、この「のび太とブリキの迷宮」の主題歌はタレントの島崎和歌子さんが歌ってるんですけど、島崎和歌子さん、歌めちゃめちゃ上手いです。♪

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2009-09-07

家のカギを閉める「クレヨンしんちゃん」と開ける「サザエさん」。

先日、お試しのツタヤディスカスで借りた「クレヨンしんちゃん モーレツオトナ帝国の野望」を観ていて思う事があったので頭の整理も兼ねて、記事にしてみょうと思います。

作品の内容は・・愚問ですよね、はい。)

で、自分が思う事(=気になったシーン)というは、作品の終盤、しんのすけがオトナ帝国に洗脳された父ひろしを元に戻すため、現在の匂い(=ひろしの靴の匂い)を嗅がせる場面。現代の匂いを嗅いだひろしの過去→現代までの思い出が回想されるのですが、その回想シーンの1コマ、ひろしが会社からクタクタになって家に帰ってる所なのです。

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(↑)何気ない帰宅風景ですが、自分の中で(これって現代的だよなぁ〜)って思ったんですよね。

今だったら家に人が居てもカギが掛かってて、お父さんが帰宅する時にはピンポンを押して開けて貰う(あら、彼方おかえりなさい♪)・・今ならビデオホンで確認するんですかねぇ。ただコレ、よく考えると不自然だと思うんです。だって、自分の家に帰るのに、何か検問を通過する時のチェックを受けなきゃならない。

警備兵:止まれ、この先は通行許可書が無ければ通れん。

オトナ少佐:モーレツ大佐からの通行許可証証です。

・・よし、通れ!

ウィーーン♪(バーが開閉する音。)

みたいな。

自分の実家は夜中以外はカギ開けっ放し派でしたし、誰かが家に帰って来る時も(ただまいま〜)って、普通に帰宅してました。マンションとかアパートとか、隣と近い集合住宅が増えているので、家にカギを掛けるのって常識になりつつあるけど、一軒屋でそれって(えっ、なんで?!)って逆に思っちゃうんです。

家のカギを閉める「クレヨンしんちゃん」と開ける「サザエさん」。

最近、引っ越しても挨拶をしないとか、隣に誰が住んでいるか知らないとか、昔なら非常識とされている事が割と当たり前のようになってますけど、それと家のカギ、

つまり、「隣人関係」「他人に対する信用」ってリンクしているんじゃないかって。

冒頭で「クレヨンしんちゃん」を比較しましたが、クレヨンしんちゃんの家族って例えるなら「平成の家族」ですが、「昭和の家族」の代表的な作品としての「サザエさん」。この2作品の帰宅シーンを比較すると、昭和と平成の他人に対する信用の違いが見えてくるんじゃないかと思います。

f:id:tkfire:20090904233849j:image

クレヨンしんちゃん

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サザエさん

しんちゃんの方は家に入る前にピンポンを押してますが、サザエさんの方は何にも言わず普通に入っていく。カツオやタラちゃんが(おかえりなさい〜♪)って駆け寄っていく場面はサザエさんのド定番中の定番ですけど、これって「入ってくるのは家族だけ」っていう信頼があるからなんですよね。しんちゃんの方は、「他人が入ってくるかしれない」という不安があるからカギを閉めておくし、今は昔と違ってお父さんが帰ってきたってイチイチ玄関まで出迎えはしないです。リビングまで行って(あっ、父さん帰ってたの?)って軽く言われる程度です。

不良だったら(オヤジ、金くれよ!)とか(あたし今日、泊まりだから!)ですか。

そういえば、しんちゃんがお父さんを出迎えるシーンって記憶にないですね。ひろしが帰宅する時はいつも、エロ本読んでるかアクション仮面の本を読んでニヤニヤしている印象が強いです。

先日、そんな話をTwitterでしていたら、こんな返信を頂きました。

tkfireモーレツ大人帝国を見ていて思ったけど、「家に帰ったときにピンポンを押してドアを開けてもらう」あれって凄く現代的というか都会的な行為ですよね。如何に他人が信用できなくなったかっていう。 ( 2009-08-31 18:43:04 )
gintacat@tkfire ボーリング・フォー・コロンバインで、アメリカでは、家に人が居ても、鍵をかけて銃で武装するのに、カナダでは家に誰かがいるときには誰も鍵をかけたりしない、と紹介しているのを見ました。鍵をかけないで暮らせる世の中になるといいですね。 ( 2009-08-31 18:49:55 )

まぁこれは極端すぎる例ですけど、家にカギを掛けるか掛けないって、つまり「他人を信用してるか」「他人を信用してないか」の違いだと思うんです。サザエさんが連載を開始した1940年代、むしろ家に常時カギを掛けている方が変だったに、今ではその逆が変になった。アメリカとカナダの違いじゃないけど、日本人って知らず知らずのうちに他人への信頼を失っているのかもしれない。そんな事を、冒頭で紹介したシーンを見て感じてました。

引越しの挨拶もそれに近いのかなぁ「私は彼方とは関わりませんので、近寄らないでください」という意思表示?

Yahoo知恵袋を見ても、最近は引越しの挨拶をしないのって割と普通らしいです。

引越しの挨拶の件ですが - Yahoo!知恵袋:

引越しの挨拶、なくても普通? - Yahoo!知恵袋:

とまぁ色々と書いてみましたが、これといって結論はありません。ただ、「クレヨンしんちゃん モーレツオトナ帝国」を見ていて(あー、昔と変わったんだなぁ)という、自分の思いを綴ってみただけです。

もし、この件に関して何か意見がある方がいましたら「ブクコメ」して頂けると幸いです。

別に(かわったなぁ〜。)一言でも構いませんよ。(笑)

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おすすめ度の平均: 5.0
4 虹の向こうへ出かけよう、今が通りすぎていく前に
5 3丁目の夕日 色褪せない本質
5 懐古に縋ることへの皮肉
5 すべての世代に見て欲しい、まれに見る傑作
4 理想の父親像と家族像が描かれている

2009-08-27

ジャイアンがリサイタルでうたう歌は「あれはジャイアンさま!」という曲で、歌詞が3番まであった。

はてなブで「YouTube - スネ夫が自慢話をするときに流れている曲(フル)」が話題を集めてましたので、自分もドラえもん関連で一つ。

ジャイアンがいつも町中やリサイタルで歌う(お〜れはジャイアン、ガキ大将。天下無敵の男だぜ!)という曲。漫画やアニメの中では、ジャイアンの歌を恐れる姿やジャイアンの声を飴で美声に変えた話「キャンデーなめて歌手になろう」など幾つかありますが、作中でサビ以外が歌われる機会は殆どといっていいほど記憶にありませんよね。

でもこの曲、「おれはジャイアンさまだ!」という曲名と歌詞が3番まであるちゃんと楽曲だったのです。

作詞はジャイアの声優を担当していた(たてかべ和也さん)、作曲は「ドラえもん」や「ドラゴンボール」の音楽を制作したアニメの神様(菊池俊輔さん)が担当しています。小学5年生にはもったいないようなビックネームです。(笑)

以下、その歌詞です。

おれはジャイアン ガキ大将(だいしょう)

天下無敵(てんかむてき)の 男(おとこ)だぜ

のび太(た) スネ夫(お)は 目(め)じゃないよ

ケンカ スポーツ どんとこい

歌(うた)も うまいぜ まかしとけ


おれはジャイアン ガキ大将(だいしょう)

まちいちばんの 人気者(にんきもの) 勉強(べんきょう) 宿題(しゅくだい) 目(め)じゃないよ

気(き)はやさしくて 力(ちから)もち 顔(かお)もスタイルも ばつぐんさ


おれはジャイアン ガキ大将(だいしょう)

学校一(がっこういち)の あばれんぼう ドラも ドラミも 目(め)じゃないよ

四次元(よじげん)ポケット なくたって あしの長(なが)さは まけないぜ

たてかべさん、普通に歌が上手いよコレ・・♪