Hatena::ブログ(Diary)

地域が連携し「住みたい都市」をプロデュースする

2017-11-15

「隣町に市街地拡張する」提案をわざわざする訳

さきほど手にしたPlanning2017.10.20号の巻頭言に、「いくらかの自治体では隣の芝生に(わざわざ)タンクを置くことにメリットがあるかもしれない」との短文が書かれていました。

日本の都市計画。「コンパクトシティ」という政策にも促されて(実際には経済活動が引っ張って)、開発を進めようとする側と、アメニティを壊されまいと反対する近隣住民が対立するケースが多々あります。

この記事では、ロンドン西郊のスラウという自治体が(Slough Borough Council)、街の北側を拡張して1万戸の住宅を供給する計画を「先週」発表した、という内容です(⇒関連資料)。その土地がスラウの行政区域内ではなく、北接する自治体の土地であることから、「なんでそんなことするのか!」と言われてたいへんなことになると想像しがちではあるけれども、「いや、待てよ。わざわざそんなことをするのだから、それなりの理由があるでしょう」。では、「それなりの理由」とはいったいなんでしょう、ということを解説したものです。

内容はイギリスの政治風土や都市計画システム、アメニティに対する思いや最新事情などが複雑にからみあうため、超要約・翻訳して以下に紹介します。
スラウといえばほとんどロンドンともいってよいくらいロンドンに近い町で、最近の話題でいくと、イギリスEUから離脱するとたいへん困る東欧からの移民労働者が多数働く労働党政権の町。また、もう1つ話題であげると、ヒースロー空港の第6ターミナルが西に拡張すると、もうそこはスラウといえるくらい近接しています。
住宅足りないね、ということで、現在、スラウのローカルプランを更新作業中です。けれども自分の町だけで住宅需要をまかなえないこともあり、わざわざ隣町に拡張計画を提案しなければならない状況。その隣町であるSouth Bucks District Council(保守党政権)自身は反対の立場ではないようなのですが、このSouth Bucks District Councilはさらに隣町のChiltern District Councilと合同でローカルプランを作成中。そのChiltern District Council(保守党政権)が当拡張計画に反対しているため、拡張計画をローカルプランに記載することができず、「困ったネ」という状態に。
ここで重要なのがエビデンス。スラウとしては、自らのローカルプランだけでは住宅需要に対応できないことをエビデンスで示し、どうしてもハミ出てしまうことが客観的に示せれば、(政治的に)反対されたとしても、(いずれ拡張計画の合理性が客観的に理解されるようになるはずだから遠慮せずに)あえて市街地拡張計画を示すことにメリットがあると判断したのでしょう。そうしたケースは首都ロンドンの周囲にはいくつもあるのでは、というのがこの巻頭言の主旨でした。

[関連資料]
・『Slough Northern Extention』(2017.9)
(アドレスを書こうとすると長くなるため、タイトル検索で。)

[関連記事]
ロンドンの新空港(滑走路)候補地をめぐる話題
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140106/1388995830
・the duty to cooperate
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150203/1422962156

2017-11-10

ロンドンイノベーション(5) : 地域企業を支えるワークスペース供給者の実像

昨日の記事『The Future of Planning』で紹介されていた「Delivering affordable workspace: Perspective of developers and workspace provides in London」(PROGRESS IN PLANNING 93号(2014))という文献によって、ロンドンイノベーション(2) 「オリンピック下町再生」で取り上げた「The Print House」の位置づけなどがわかってきたので少し書き留めておきます。
『The Future of Planning』では、成長に頼らないこれからの都市計画のあり方を模索しています。この論文(著者はJessica Fern)は、開発者に公共貢献を求める「セクション106」という手法で生み出された「アフォーダブルなワークスペース」が制度の意図どおりになっているかどうか、なっているのはどういう場合か、なっていない場合はなぜかについて、ディベロッパー側とワークスペース供給者側双方の調査を行ったものです。
13ケースのうち10は、「オリンピック下町再生」に出てくるハックニー区。シティーに隣接しながら貧困問題も抱えるという意味で、ロンドン下町らしい場所。

調査結果は意外なものでした。都市計画として「セクション106」を使って生み出したはずの「アフォーダブルなワークスペース」はその多くがアフォーダブルではないと。その理由を調査していくと、多くの場合、ディベロッパー側は開発許可を得るための方便として「セクション106」をとらえており、供給した物件は市場価格で出回っていたり、許可を得たものが途中で止まっていたりと、あまりよろしくありません。NPOがプロバイダーであっても調べた物件は市場価格で供給されていました(Shoreditch Trustの場合)。また、ディベロッパーとワークスペース供給者が綿密な企画なしで組んだ場合もあまり結果は良くない。都市計画の意図とおりにできている例はごくわずかで、それは、計画の初期段階からディベロッパーとワークスペース供給者が「アフォーダブルなワークスペース」にポジティブな価値を見出して供給された場合でした(Acme Studiosの場合)。

著者はこの結果では満足できなかったらしく、論文の最後のあたりで、「セクション106」を用いた13ケース以外の例を持ち出します。それが「Hackney Cooperative Developments(HCD)」。ダルストンの駅近くに自ら物件を所有し(実際には一部所有)、自らプロバイダーとなって数十のテナントに廉価でスペースを貸しています。
オリンピック下町再生」で取り上げた「The Print House」を運営する「Bootstrap」もそうしたプロバイダーの1つ。やはりダルストンを拠点としています。
HCDやBootstrapやShoreditch Trustらも加えたプロバイダーらが多数活躍し小さな都市再生に貢献するハックニー区は最近、「Social Enterprise Place」に認定されたという記事も出ています。

[関連記事]
ロンドンイノベーション
(4) クロスレール開業(2018.12予定)を控えた都心再生

2017-11-09

『The Future of Planning』

Yvonne Rydin著、Policy Press 2013刊。副題は「Beyond growth dependance」。
growth-dependent(開発依存型)」都市計画を改革して「well-being」を目標とする都市計画をめざすための基本的考えと具体策を描いた論説的啓蒙書。低成長を前提とする、新しい社会経済像・価値観を前提としたとき、これまでの都市計画ではやっていけないばかりか害悪をもたらす(もたらし続ける)可能性がある。公正で持続可能な(just sustainability)社会実現のための都市計画へと改革し、それを達成できるツールを拡大しつつ変革し、もってプランナーにも新しい役割が与えられるとする力強いメッセージが込められた図書です。
第6章のp112-113にその概念図が描かれており、続く7-9章に具体策がまとめられています。ここでいう具体策とは、制度そのものの内容というより、どのような方向性をもつツールが望ましく、具体的なものにどのような事例があるか、それをどのように組み込めばよいかのアイデア集です。第7章「Alternative development models」ではE.ハワードの田園都市の、デザインや計画面ではなく不動産ファイナンス面がとりあげられ、地代収入などで現在年間260万ポンド(150円換算で約4億円)を稼ぎ出すレッチワースなどを例に、こうしたモデルの有効性を力説。第8章「Protecting and improving existing places」では、計画許可の国イギリスらしく、さまざまなレギュレーション(Use Class Orderのような基本的メカニズムの精緻化やマスタープランに書き込む政策のツールとしてのさらなる有効化なども含む)の強みをうまく活用しながら、単純な経済原則に流されない仕組みをブラッシュアップするさまざまな方法を列挙しています。第9章は「Assets in common」。いわゆる「コモンズ」にあたるものをどのように保全したり創出・管理することができるか。本ブログでもたびたび紹介してきたACVをはじめ、2011年Localism法などで用意された多くのツールの活用、コミュニティ・デベロッパーや社会起業家の活躍などへの期待が語られます。第10章がまとめの章。既存の都市計画システムをどのように改革するのかを、これまでの章を受けてエネルギッシュにまとめています。

他国のことでありながら、めざす方向は同じ。本書で豊富に取り上げられている基本的理論(をめぐる議論)も、さまざまなツールも、たいへん参考になります。

2017-11-08

申請エリアの過半が除外されたため2つの近隣計画策定エリアになってしまった困った問題(近隣計画をめぐる新トピック(4))

やや「珍現象」的にもみえる課題が話題になっています。とはいえ、ある意味「近隣計画」の本質にもかかわる内容を含んでいるので、その視点からとりあげます。
ロンドン西にあるOld Oakは、工場用地や鉄道敷地や住宅が混じるエリアのため、「Old Oak and Park Royal Development Corporation」という開発公社が再生に取り組むエリアになっています。Old Oakの住民らが近隣計画を立てようと、広大な公社管轄区域も含む近隣計画エリアを申請することにしました。ほとんどの用地は公社管轄区域ですが、イースト・アクトン駅を含む住宅地はそのエリアをはずれていてハンマースミス区に属しています。そのため、前者のエリアは公社に、後者のエリアは地元区に区域申請をしたところ、前者エリアの大半は戦略的な土地ばかりで近隣計画には馴染まないと大幅に削られ、いびつな形をした小区域に。その結果、認められた地元区エリア分と離れ離れの2つの区域に。そのため、一体として申請していた計画主体となるフォーラムの申請が却下されてしまいました。2017年9月のことです。フォーラムが認められる条件の1つに「21名以上」のメンバーが必要なのですが、エリアが2つに分かれてしまったため人数が足りないと判定されたためです。こうした場合どうやって近隣計画を策定すればいいのか、、

話題は以上のとおりですが、近隣計画と都市計画との関係でみるとどうでしょう。
こうした開発公社がかかわる場所のような、土地利用が混在しかつ大きな土地利用変化が起こっているような場所・場合に、「近隣」計画はどうあるべきか。指定案の縦覧が6週間あり、大規模土地所有者から異議が寄せられてそれらの土地を除外した結果きわめていびつな形になっています(開発公社内)。けれどもOld Oakという地域コミュニティはあるので、「近隣」計画を立案する権利はある。離れ離れとなった2つのエリアはさほど離れていないので、無理して線を引っ張りつなげてしまえばいいのではないかと考えたりしますが、それも野暮な話。問題の本質は解決できません。
実は、少し前に紹介した「英国初の本格的シェア・アパートをめぐる話題」で出てきた「The Collective Old Oak」も公社内に生き残った近隣計画指定エリアに微妙に入っています。新しい「近隣」像の模索も含めて、イノベイティブな取り組みが行われるものと期待するのがよいのかもしれません。

2017-11-07

1650年の日本の都市人口

先週末11月4日の日経新聞朝刊文化欄に、「変わる室町観」と題した記事が掲載されました。小見出しの1つに「応仁の乱地方分権」との表現も。この記事自体は都市計画というより歴史学的視点のため、少し角度を変えて、日本史上はじめて、「都市」という形態が普遍的な形で叢生・定着しはじめたこの時代を、数字で見てみます。
「1500年の日本の都市人口」 (2017.6.19記事)では朝廷との結びつきが強かった山口が京都に次ぐ人口35000人を擁していたと推定されていますが、まだ「城下町」という形態が出てくる前のことです。
そこで、戦国期に国内の各地が争いながらやがて「城下町」という地方拠点の一般形が確立され、さらに江戸初期に全国経営的視点でそれが整理統合されて安定的な状態に落ち着いたと考えられる「1650年の日本の都市人口」を「1500年の日本の都市人口」と比較してみます。(データは斎藤誠治「江戸時代の都市人口」1984による。一部データの無い都市も)

まず、人口20万以上の都市は3つ。
江戸 430000
京都 430000
大坂 220000(1500年の「天王寺」と「本願寺」は足し合わされている)
それはそうでしょう、という内容ですが、これをグローバルにみると少し発見があります。横道にそれますが、 「1500年の都市人口」 (2017.5.2記事)でみた世界の都市人口が1650年にどうなったかをみると、700000人のイスタンブールに次ぎ江戸は500000人で世界第2位、北京470000人、パリ455000人、ロンドン410000人をはさんで「平安京」が360000人で第6位、ラホール360000人、エスファハーン350000人とこのあたりはだいたい同数で第9位の大坂が346000人。ビジャープルが340000人で第10位です。
やや飛躍しますが、さきの「応仁の乱地方分権」との時代や戦国期を経て、3都を中心とする、グローバルにみても都市としての中心性の高い近世システムが日本において1650年頃には確立し安定状態に入ったのだと。

次に人口10万以上の都市は1つ。
金沢 114000
江戸幕府の、金沢という都市への力の入れようがわかります。このあと名古屋が人口面で接近してきますが、1750年も、幕末の1850年にも人口は金沢が上回っていて、明治に入り2者の関係が逆転したのでした。

人口25000以上の都市(*は城下町)は以下のとおりとなりました。
名古屋 87000*
堺   69000
仙台  57000*
福岡博多53000*
鹿児島 50000*
福井  48000*
彦根  38000*
長崎  37000
米沢  35000*
奈良  35000
鳥取  32000*
山田  30000
岡山  29000*
会津若松27000*
甲府  26000*
山形  25000*

このあと多数の城下町が続くのですが、1650年までくると、今日の日本の都市、都市地域、都市の国土配置に直接つながる状態に近づいていることが確認できます。

2017-11-06

近隣計画に関連するコール・インその後(近隣計画をめぐる新トピック(2)の2)

先週届いたTown & Country Planningの9月号(2017.9)に、「should development benefits outweigh neighbourhood plans?」と題するD. Lock氏の論説が掲載されています。
かなり専門的というかイギリス民主主義的な内容ですが、都市計画の「プラン」特に近隣計画と許可/不許可の関係を考える重要な論点を含んでいるので、前回の記事(⇒関連記事)の続きとして取り上げます。

ミルトンキーンズという戦後のニュータウン開発でできた活力あるニュータウンのセンターにおいて、その計画・設計意図に沿った街のあり方を次世代に引き継ごうと、近年、近隣計画が策定されたのですが、その方針に反すると策定者側が主張する民間開発が地元自治体によって2015年に承認されたため、大臣から「待った」がかかり(call-in)、2年ほどの審査期間を経て、ようやく2017年7月19日にその報告が出されました。結果は、地元自治体の判断のとおり開発を認めるというものでした。
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/629564/17-07-19_DL_IR_INTU_MK_3139212.pdf
上記pdfはその報告で、実際に双方の意見を聴き実地に検証を行った審査官のレポート(インスペクター・レポート)にもとづき「地元自治体の判断どおり開発を認める」と結論づけています。

Town & Country Planningの記事タイトルから類推できるように、この判断では「近隣計画(プラン)」の意図よりも「development benefit」が上回ると判断されています。けれども、「そんな判断をしてよいのだろうか。それでは近隣計画の意味がなくなってしまうではないか。そのような判断がなされるとすると、他の近隣計画の扱いもそのようなものになってしまうのではないか」と、怒りというよりもため息に近い筆者の思いが伝わってきます。
特に筆者がとりあげるのは「インスペクター・レポート」の第276〜278節。そこでは、「近隣計画は策定され終わったなら、策定者の意志とは離れて一般のディベロツプメントプランの一部となるのだから、開発の適否の判断は、策定者の意志によってではなく、法的判断に委ねられるべきである」との議論がなされています。

ではどのような法的議論がなされたのかについて、上記pdfの原文を読み解いてみます。
まず、プランの側が想定する「害(harm)」、つまり、新規開発では、これまでの建築空間の良さを形づくってきた公共空間を狭めるなど「方針に反すること」を計画しているのですが、その「程度」を「less than substantial」と判断しています。「(害は)あるにはあるけど、すごくあるというほどではない」という感じでしょうか。そのうえで「public benefits」と天秤にかけ、「public benefits of the proposal are considerable and sufficient to outweigh the‘less than substantial’harm to the significance of the listed Shopping Building」としています(冒頭の結論部分の第23〜24節)。
論説タイトルに含まれる「development benefits」と天秤にかけられた「public benefits of the proposal」が少しすれ違っているようにみえますが、これだけ時間をかけてでも民主的に議論をしようというのがイギリス都市計画の伝統なのでしょう。ちなみに、この審査にかけた費用(自らの判断の適切性を示そうとする地元自治体のコスト)は「地元紙によると15万ポンドだった」とされます(1ポンド150円換算で2250万円)。


[関連記事]
・近隣計画に関連するコール・インが発動されました(近隣計画をめぐる新トピック(2))
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20161126/1480149649

『Remaking Post-Industrial Cities』

産業とりわけ工業に特化した都市が1970年代から80年代にかけて衰退したあと、どのように立ち上がりつつあるのかを報告し合った基礎的テキストブック。アメリカからバッファローデトロイトミルウォーキーニューオリンズピッツバーグの5都市が、ヨーロッパからビルバオリバプールロッテルダムルール地方トリノの5都市の、計10都市が報告されています。
Routledge、2016刊。編著者はDonald K. Carter。副題は「Lessons from North America and Europe」。
近代化・工業化・産業化という時代の最先端を担った都市の歴史の紹介に続き、20世紀末にかけてそうした機能がごっそり抜けて苦悩する各都市。「Post-industrial」と書かれていると、何か統一的な方向が書かれているのではと思えますが、まったくそういう内容ではありません。サービスセクターや文化・芸術などに力を入れて産業を多様化する、といったレベルでは似ていなくもないのですが。だいいち、まだ成果は「みえかかっている」場合がほとんどです。

むしろこれら10事例で興味深いのは、その文脈や現況、課題の多様性です。例えばバッファロー。この都市は『The Best Planned City in the World』(Library of American Landscape History、2013)という本が出ているくらい、最初の近代都市計画、とりわけパークシステムが秀逸とされます。工業都市からの再生もこうした遺産をどう活かすかがポイントとなりそうです。ミルウォーキーでは、“100を超える”コミュニティ改善組織が街を変えている(re-urbanism)とされます。ビルバオはあまりに有名ですが、州政府と地元自治体鉄道会社などが連携し市内各地区を連結させるインフラ整備などがあってこそフランク・ゲーリー設計の美術館も効果を発揮しました。『トリノの奇跡』という本が日本でも出版された(藤原書店2017.2.28刊)トリノもまだまだ課題山積。『トリノの奇跡』の第1章の最後でも、「筆者の印象からすれば、トリノのような重工業都市は都市規模が大きく、これだけの大がかりなプロジェクト群を実施してもなお、ブラウンフィールドや未利用地は多く残っている」「社会的包摂はトリノにおいても解決をみていない重要な課題である」「これまでの成功の要素であったものがもはや新しくはなく、次のステップが見えにくいものになっている」と、この都市の現実をしっかりとらえています。

2017-10-18

彦根と都市イノベーション

NHK大河ドラマの万千代(幼名虎松)がやがて井伊直政となり彦根を与えられた際、石田三成の居城だった佐和山城を壊して、西方約1キロの彦根山を中心に建設された城下町彦根
天守閣築城400年を2007年に祝った城下町彦根では本年(2017年)、410年祭がおこなわれています。授業「都市計画とまちづくり」でも毎年中心市街地活性化プロジェクトをとりあげている彦根ですが、「410年祭」を機に発見できた彦根の都市イノベーションをまとめてみます。
第一。これだけの城下町、とりわけ城郭周辺の姿がよく残されているのに改めて驚かされます。天守閣は確かに1607年にできたのですが、城下町の建設、すなわち当時の「都市計画」はその後もしばらく続けられます。幕末1836年の精度の高い地図(彦根御城下惣絵図)が残されていて、現在の地図と比較しながら彦根のまちを歩くと、「近代化」とはなんだったかがわかると同時に、それを取り除いたときの姿がよくみえます。内堀と中堀が埋め立てられずにそのままの形で残る雄大な景観をみると、当時の都市イノベーションの迫力がそのままの形で伝わってきます。
第二。築城400年祭のとき、そのプレイベントとして「光の祝祭彦根城ライトアップ」が行われます(プロデュースは内原智史氏)。当時のホームページがまだ残っており、以下のように記されています。
石垣には、濠の水面の波紋が映り、普段では感じる事の出来ない、幻想的な雰囲気でした。築城から400年の間、未だかつて見た事のない風景が広がりました。」
第一の点だけでも、このような資源が現在に引き継がれていて本当によかったと思うのですが、410年祭の本年も行われているこのライトアップに接すると、「未だかつて見た事のない風景」が、じんわりと心に染み入ります。こういったらなんですが、彦根の中心市街地はそんなに活気があるとはいえません。けれども逆にいうと、とても静かで、ごく日常的な風景が見られます。そのような中で照らし出された「本物の彦根」の「未だかつて見た事のない風景」は、ある意味、400年間あったと思っていた彦根を、「それってこういうことですよね」と、初めてわかりやすく「見える化」する試みだったのではないかと思います。
第三。その400年祭をきっかけに、彦根を再発見してそれぞれの観点から「見える化」しようとする活動が生成しているようにみえます。例えば内堀をめぐる屋形船は、NPO法人小江戸彦根が400年祭をきっかけにはじめたもの。彦根城石垣や街並みを水辺からゆっくり眺める1時間弱の行程は、イノベーション都市彦根の本質に迫る「記憶」を焼き付けます。普通のガソリンエンジンで運行すると堀が汚れるからと許可されなかったため、バッテリーBoxを運航のたびにたくさん積み込み、無音での航行。水辺から眺める異次元の光空間体験は、彦根という都市の印象をさらに深くします。

最後に。実は、彦根という城下町がどのようにつくられたのか、400年の間にどのように変遷したのか、何が彦根の貴重な財産なのかについて、まだ本当のことは正確にはわかっていません。発掘調査がさかんにおこなわれ、日々、「城下町彦根」の認識も更新されています。歴史とは決して過去のことではなく、私たちがそれをどのようにとらえるのか、どう選択するのかという、現在進行中の重要な問いかけなのだと思います。

[関連記事]
・『信長の城』 (2013.1.29)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130129/1359426558
・『城下町』 (2013.4.9)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130409/1365473723

2017-10-12

纏向遺跡再考〜グローバルな視点から

2013.2.5に書いた「纏向遺跡」が、本ブログリンク集「日本の都市と都市計画」の最初の記事になっています。国内に限れば、最初の都市はここだったのではないか、との評価が現在のところ動いていないことによります。(将来動くかもしれない)
しかし「2世紀から3世紀あたり」と推定される“日本最初の都市”も、グローバルな視点みるとまったく見え方が異なってきます。ここではアジア的視点で、中国古代都市との関係をみてみます。

世界四大文明(説に従うならそ)の1つとされる「黄河文明」が生まれた現在の中国の都市は「城壁で囲まれていること」がその特徴で、城壁によりその外側の世界と区別されていたとされます(『中国文明の歴史』講談社現代新書1761、p28)。この都市の<内>と<外>という状態は「前221年の秦の始皇帝中国統一までには、華北、華中の平野部では」<外>は「ことごとく中国化して姿を消し」た(同p64)。その後、「活発な軍事行動のため、大規模な人口の移動と都市集中がおこり、官僚層が厚くなって、知識階級が形成された」(同p80)。
纏向遺跡」となる日本の都市の原形がまだ出現していなかったと思われる紀元100年頃には中国の人口は5000万人を超えていたと推定されており、「順帝の時代(125〜144年)には、首都洛陽の「太学」(大学)は240房、1850室の大規模なものとなり、太学生の数はやがて3万人を超えるにいたった」(同p84)。
既に2世紀にこのような都市的雰囲気がただよっていた中国が隋(581〜618)になった頃、ようやく都市計画を勉強するため留学し、持ち帰って、平城京などの形でそれを模したのでした。そのような方法は、古代中国を取り巻くアジア各地域でも実践されていきます。そのような方法から脱却し日本独自の都市イノベーションを起こすには、きわめて長い時間が必要とされたのでした。

【In evolution】日本の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170307/1488854757

2017-10-06

分けることと混ぜること

「シェア・アパート」を扱ったおとといの記事で「Use Class Order」のA用途、B用途、C用途、D用途、およびそれらのどこにも所属しない「特定用途」について書いてみて、さらにそれらをめぐる現代的騒動(1つはオフィスから住宅への転用が許可無しでできることについて、もう1つは許可無しで転用できてしまうためパブが「1日10軒も」減少している件)をリンクしてみて、「このようなきめ細かな方法はもしかすると成熟社会日本の新しい都市計画の方法のヒントになるのかもしれない」などと、ふと考えました。
ゾーニングが都市をゾーンに分けて用途を「分ける」方法であるのに対して、「Use Class Order」は用途を2段階に「ややおおざっぱに」分けておき、相互の相性の組み合わせにより「許可不要」「条件付き許可」「許可」を判断します。そうすることで積極的に「混ぜて」いるわけではありませんが「分ける」程度が弱く、かつきめ細かくなり、結果として「よい塩梅」になる(はずである)、という方法です。そういう意味でいうと「シェア・アパート」もその扱いである「特定用途」は「慎重に混ぜる」方法なのかもしれません。
ゾーニングの弊害に悩まされるアメリカでは「ニューアーバニズム」運動によって「分ける」程度を減らそうとしていますが、「分ける程度を減らす」ことと、「よい塩梅に混ぜる」ことは、どこかで決定的に違うように思います。
日本の用途地域アメリカ型なので「分ける」ことはできるのですが(実際には日本の用途地域は「おおざっぱに分ける」「あまり分けないでおく」ことに特徴がある)、「よい塩梅に混ぜる」のは不得意で、いくら「○○地域」や「△△地区」を重ねて使ってもそれは困難です。「よい塩梅に混ぜる」しくみを導入できれば、日本の都市の姿は大きく変わるのかもしれません。その場合、何が「よい塩梅」かを誰がどのような方法によって判断するのかがポイントになりそうです。

2017-10-05

本年度の「地域創造論」スタート(10月9日より)

大学院科目「地域創造論」を10月9日にスタートします。
地域創造論2017予定.pdf 直
一昨年度から継続中のテーマ「ローカルからの発想が日本を変える、世界を変える。」の3年目(=最終年度)です。今回は特に、大学と地域のコラボレーションなど、多様な主体が地域課題に取り組むことによる地域創造が中心テーマになりそうです。

[関連情報]
・『地域創造論 ポスト3.11の新しい地域像』
2012-14年度のテーマ「ポスト3.11の新しい地域像」をまとめたテキスト。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150330/1427692708
・大学院副専攻プログラム(地域創造科目)シラバス
2017年度版です。「地域創造論」は副専攻プログラムのコア科目。
http://www.chiki-ct.ynu.ac.jp/hus/area/17948/26_17948_1_4_170403050112.pdf

2017-10-04

英国初の本格的シェア・アパートをめぐる話題

本日届いたPlanning2017.9.8号に、「The Collective Old Oak」(資料1=HP)という名の、英国初の本格的大型シェア・アパートの記事が掲載されています。日本でもかなり出てきているのであまり珍しくはないのですが、「イギリス都市計画的観点から何が書いてあるのか?」と、特徴をみてみると、、

日本では売りに出された企業社宅等のコンバージョンという「ストック活用」が目につきますが、この記事では「新築」であることを強調。「The Collective Old Oak」は11階建て546部屋の物件で、豊富な共用スペースを持ちます。むしろ既存ストックとの関係では、ファミリー型の住戸が分割されて「HMOs」と言われる細かな住宅になってしまうプレッシャーを、こうしたシェア・アパートが緩和する役割もあるのではとの解釈。ただし、こうしたシェア・アパートの需用見通しはロンドンで「2022年までに18000戸以上」という程度。ロンドン第2号は新幹線の止まるストラットフォード駅周辺で計画許可の下りた19階建て250戸。両者の中間をとり1プロジェクト400戸とすると18000÷400=45棟/5年間程度です。
「The Collective Old Oak」をHPでみてみると、標準的な住戸部分のレンタル料は週200ポンド(1ポンド150円としておよそ12万円/月)。その他いくつかのタイプがあり、現在、入居者募集中。記事によると平均的には3万ポンドの年収がある28才の専門職の若年世代です。

ややテクニカルですが、こうしたシェア・アパートは「Use Class Order」の建物利用分類上はどのクラスにも属さない「sui generis」と呼ばれる「特定用途」。この「特定用途」には他に劇場やコインランドリーやスクラップヤードなどがあり、開発許可が必要とされます(イギリスではゾーニング制をとっておらず、類似の用途クラス内での用途転用には許可不要とされます)。ちなみに一般住宅は「C3」。「C4」がさきほどの「HMOs」。C3とC4の間では転用可能。そうするとC1やC2も知りたくなります。C1がホテルやゲストハウス。C2がケアホームなどの住宅機能付き施設。こうしたクラスがAからDまであり、その他に「sui generis」があり、これからあれは転用可だが、あれからこれは許可が必要などと、基本ルールが決まっている、との方式です。ここ数年だけでもこの「基本ルール」を変える変えないでかなり熱くなっていますね(⇒関連記事へ)。

[資料1] 「The Collective Old Oak」のHP
https://www.thecollective.co.uk/coliving/old-oak#coliving-intro

[関連記事]
・オフィスから住宅への転用が許可無しでできることをめぐる騒動
(その1)http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130605/1370430080
(その2)http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140613/1402632706
・ACVの話(その4) : 許可不要の用途変更をめぐる国会審議
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170411/1491906074

2017-09-26

CILの話(その5):集めた資金を地域で使うためのさまざまな工夫

先週末、「ヨコハマ市民まち普請事業」活動懇談会があり、とある役割をいただいて参加してきました。評価の高いヨコハマ独自のこの仕組み。昨年度までの実績でみると、このところ毎年3事業に各500万円が配分されています(計1500万円)。地域で独自に事業を企画しそれを達成するために皆でがんばるこの仕組みがたいへん注目されています。
ところで、CIL(Community Infrastructure Leve)にも似たようなところがあり、それについてこれまで4回報告してきました。

(その4)で「2013年末までに徴収をはじめた初期32自治体のこれまで(2017年半ば頃までと考えると、短くとも3年半経過)の徴収額は166.3百万ポンド(1ポンド140円として約233億円)」で、徴収元となった開発が発生した近隣には15%まで使えると単純に考えると(詳しくは(その1)へ)、これら32自治体内の近隣には233×0.15=約35億円の事業費用が回る計算となり、「イギリスまち普請事業」として500万円ずつ使えるとすると700件の「まち普請」ができる計算。もちろん残りの85%分はそれぞれの自治体で優先度を定めた基盤的事業に使うので233×0.85=約198億円となり、1件当たり1億円の事業が198ヶ所できる計算です。なお、これだけの額の執行をするには事務経費もかかるのでそれは5%まで使ってよいと制度上されています。

(その4)を先日書いた際きちんと考えていなかったこと。その1つは、「ではどうやって集めた資金を当該自治体のために、さらにはたくさんある近隣のために使っているのか」という、ごくごく実際的な話です。
[資料1]が一般的な実務の話なのに対し、[資料2]にはこれまでパイオニア的にそうした方法を開発してきた主にロンドン各区の話。もっと具体的にいうと、ケンジントン&チェルシー区がCILの配分・活用方法を模索するなかで、先行している他区のさまざまな方法を分析し、「わが区でやるとするとどの方法が良いか」を試行錯誤している内容。それ自体がかなり興味深いです。

[資料1]
https://mycommunity.org.uk/resources/community-infrastructure-levy-neighbourhood-planning-toolkit/
[資料2]
https://www.local.gov.uk/pas/pas-topics/neighbourhood-plans/dclg-neighbourhood-planning-case-studies/creative-use-1
なかでも1つ目の以下の資料。
https://www.local.gov.uk/sites/default/files/documents/unlocking-potential-commu-f1d.pdf

[参考]
・Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20131223/1387799666

2017-09-20

「全国まちづくり会議2017in横浜」の開催迫る(10/7土,8日)

「都市計画家協会」が開催する「全まち」が、いよいよ今年は横浜で開催されます。
https://www.jsurp.jp/全国まちづくり会議/

現段階の上記URLをみると、横浜をめぐるさまざまなまちづくりがすべて出そろうような勢いで、ということはこの分野の関係者がたくさん登場するような感じにひしめいています。
場所は横浜市立大学。駅からすぐなのでとても便利。

上記サイトにさらに具体的情報が追加されると思われます。ねらいを定めて、ヨコハマまちづくりに接してみてください!

2017-09-19

『PROSPERITY WITHOUT GROWTH』(Second Edition)

政府レポートとして2009年3月に執筆されたものが評判となり、2010年にEarthscanから出版(2012年に邦訳『成長なき繁栄』)。17の言語に翻訳されたものに大幅に手を加え2017年にRoutledgeから出版されたのが本書です(Tim Jackson著)。地球環境からの制約と、行き詰まりをみせる資本主義と、真の豊かな生活の追及という3つの課題を、「成長なき繁栄」との切り口から突破することができるとする内容。専門書というより政策提言、あるいは啓蒙書。ただし本書の背後にはマクロ経済学があり、こうした「成長なき繁栄」のマクロ経済に「現実的に移行できることがモデル的に解けた」などという部分(補注がふられている)を本当は理解したり発展させるべきなのでしょう。
さて、まずは「成長なき(without growth)」というややショッキングな表現の解説から。そもそも「資本主義(capitalism)」の一般的定義が、「市場経済」とは異なり「成長」を前提とするものなので、そうした前提は取り払うという意味であえて宣言している。しかし、「The end of capitalism?」(p222-225)かというとそうでもなく、ここでは「?」がつけてある。つまり、本書の提案は現在のような「casino capitalism」「consumer capitalism」ではない、政府の積極的なかかわりを求め地域コミュニティの能力などを活かすという意味で(資本の私的所有を前提とする資本主義に比べて)「less capitalistic」である。つまり、一般にいわれる「ポスト資本主義」を論じています。論としてはまだまだおおざっぱですが、出発点としては共有できそうな議論です。以下、興味深いと感じた点を2つあげます。
第一。第3章の「Prosperityを再定義する」の「Happiness wars」(p55-61)で、「幸福度」研究の成果についてふれ、p58で世界各国のGDPと幸福度の関係(同じくらいのGDPでも幸福度は大きく異なる)を示したあとp61において、「繁栄とは短期的な覚醒と長期的なセキュリティとの良好なバランス関係である」と定義。つづく「Bounded capabilities for flourishing」においてセンの議論と関係づけるなど、目標とする「prosperity」の要件や内容を深く吟味しています。
第二。政策を議論する第9章「Towards a ‘Post-Growth’Macroeconomics」の「Governing the commons」においてオストロムの成果をとりあげ、コミュニティーによる効果的なモニタリングを行うなどの条件があれば「コモンズの悲劇は起こらない」、また、「政府の役割は市民が繁栄できるcapabilitiesを用意することである」(p200)などを議論しています。(地域・近隣レベルでのガバナンスがどのような条件のもとで有効かの議論。)
最後に。世界中の読者がいる本書のエピソード。著者が国連の会議で「growth dilemma」についてスピーチを行ったところ、司会者が「このような「成長(growth)」の議論は既に成長をとげた贅沢な国だけの議論なんでしょうかねぇ?」とエクアドル代表の大臣に質問。すると、「もし「成長」が利己心と消費が基本となる社会に達することを意味するのでしたら、私たちは「成長」したくありません」との返答だったと。(プロローグに紹介されている。補注6番に参考資料)

[関連記事]
・『さらば、資本主義』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151019/1445253859

2017-09-12

CILの話(その4):集めた資金を使っていないそれぞれの事情

開発の用途と広さに合わせて賦課金(levy)を徴収するCIL(Community Infrastructure Levy)制度がどうもうまくいっていないのではないかと、国も対応に乗り出そうとしている様子を伝えたのが(その3)
本日手にしたPlanning誌2017.8.18号の冒頭および20-21頁に、Planning誌が独自調査した結果(20-21頁)と、それへの見解(5頁)が出ていて、なかなか興味深い内容です。
まずは結果の方。2013年末までに徴収をはじめた初期32自治体のこれまで(2017年半ば頃までと考えると、短くとも3年半経過)の徴収額は166.3百万ポンド(1ポンド140円として約233億円)だったのに対して使われたのはたった16%(26.2百万ポンド)。いったいどうなってるの、というのが素朴な問いかけ。
以下、当該自治体の見解(言い訳)、使わせるためのアイデア、Planning誌の見解(5頁の論説)の順にみていきます。

まず、当該自治体の見解はさまざまです。最初にはじめたNewark and Sherwood(インフラへの配分0%)は、リーマンショック後の景気後退で当初の見込みに達せず、優先的に進めようとしていたインフラ整備ができない状態と説明。平均的にたくさん徴収できているロンドンの中でも稼ぎ頭のWandsworth区(インフラへの配分8%)は、集めたらすぐ使えなんて言わないでください。ちゃんと、考えていますから(例としてタウンセンターの一方通行化)と説明。続く2番目の稼ぎ頭のロンドンブレント区(同0%)。戦略的プロジェクトの合意形成に時間がかかっている。先月、ウェンブリー地区の都市再生に配分することを決めたばかり、と解説。以下、「成長ゾーン」の指定がかなうかどうかで判断する(つまり時間待ち)ケース、インフラ整備計画の精査に時間がかかっているケース、最近ようやくまとまった資金が集まってきたのでまだ使っていないケース。
一方、徴収と使用の時間差を「問題」とみての批判者の意見(の一端)が冒頭の論説で紹介されていて、それは使用期限を設けて使わさせるというもの。

さて、この論説記事の軍配は?
タイトルにあるように、「未使用分がたまっていること自体は問題ではない」というものでした。使っていない自治体側の言い分は理解できる。むしろデッドラインなんか設けたら意味の無い使われ方に流れてしまうでしょう、と。
今回の(その4)と、1つ前の(その3)を合わせるとだいたい論点は整理されており、あとはこの制度をどうするかの結論を出すのか、当面運用でやっていきましょうとなるのかが見所です。

2017-08-28

地方創生の手がかりとなりそうな特徴ある都市はどこに?

昨日の毎日新聞に、野村総合研究所が実施した「都市の成長力ランキング」についての記事が掲載されていました。これはおもしろいと、原データにあたるべくいろいろトライしたのですが、さすがにデータそのものは出ていません。最大限正確な情報をもとに、この調査の意味を類推してみます。
まず、「都市の成長力ランキング」というのは微妙です。実は、本調査の「タイトル」にあたるものはどこにも見あたりません。「成長力」とか「潜在成長力」は確かにメインの軸として分析されていて新聞記事でもそれを使っていますが、「成長」という概念自体の幅を広げた、あるいは地方都市のめざす「別の道」を探ろうとしたところにこの調査のおもしろさがありそうです。
第二。分析方法を最も客観的に示しているのが2017年7月5日の第255回NRIメディアフォーラムで使われた(とされる)スライドの22-27枚目。特に、「風土」「基盤」「環境」の3要素のうち「風土」「環境」分野では住民アンケートによる評価項目が多数含まれています。ただし、どのような設問だったかなどの客観情報は書かれておらず、設定したライフスタイル別にどの指標を使ったのかも書かれていないので、正確なところはわかりません。また、全国の100都市を選んだとしており都道府県を網羅しつつ県庁およびその次の人口規模の都市などが選ばれたり選ばれなかったりする感じです。しかし北海道は8都市、愛知県は6都市が選ばれているなど、バラツキはあります。
第三。「総合ランキング」だけでなく、「ポテンシャルランキング」や「ライフスタイル別ランキング」などの評価を行ったところが本調査の最大のおもしろみだと思います。1つだけ例をあげます。4つある「ライフスタイル別ランキング」のうち「子育てしながら働ける環境がある」の第1位は松本市。そのあと、前橋市佐賀市鹿児島市上田市福岡市長岡市熊本市奈良市出雲市と続きます。「地域コミュニティの絆が強く、家族と過ごす時間も多い傾向にあり子供を見守る環境にある」「医療や買い物が充実し生活コストも安いため、市民の生活満足度が高い点も特徴」「治安や安全性が高いこと、公園や緑地など憩の空間が充実しているなど子育てには重要な要素も満たしている」といった解説が付されたライフスタイルです。先週も佐賀市の中心市街地の衰退をめぐってゼミでも議論になったところですが、「駐車場だけらけで困った状態」のこの都市の課題を考える際に、このような尺度を当てて考えてみることも重要ではないかと思います。
第四。(欲をいえば)データやアンケート設問そのものや100都市の選定根拠を公表していただくか、アクセスしやすくしていただくことを望みます。そうすると例えば、4つのライフスタイル別の結果と「総合ランキング」「ポテンシャルランキング」との関係など、いろいろな切り口で都市の状況や課題や可能性を探れそうです。既に取り組んでいる最中なのかもしれませんね、、、

2017-08-22

『Localism and neighbourhood planning』

Sue Brownill and Quintin Bradley編著、Policy Press2017刊。
近隣計画の5年間の運用も踏まえて、都市計画の世界に「近隣計画」という分野を持ち込んだ意味と意義、効果について広く論じた重要な書。副題に「Power to the people?」と慎重に「?」が付されていますが、基本的には近隣計画の可能性をポジティブにとらえ、新たな都市計画の可能性を拓く議論が展開されます。
15章構成のうち8章は編著者の少なくとも片方が論じているので、この書はオムニバスというよりも、編著者2人の研究成果をまとめた学術書といえそうです。重要そうな論点や本書のおもしろさをいくつか記します。

第一。都市の中に「近隣」を設定することの意味を総合的に論じています。あくまで都市計画的アプローチで「近隣」を設定するわけですが、設定することに伴い、その範囲に入るべき領域とその範囲を誰がガバナンスするかの課題が出てきます。
第二。その「近隣」は同質である場合もありますが、特に大都市部においては複雑さが増す場合が多い。そのような近隣での対処の経験が事例豊富に語られます。近隣計画の策定を絶対的なものとせず、結果的には他の都市計画ツールを用いて融合を図ろうとした例が紹介されているなど、実践的にも興味深いです。
第三。そのようなケースも含めて、多様な運用経験が語られていてそれらを読むだけでも興味深いです。ざっと数えたところ、29の近隣計画の事例が紹介されていました(途中段階のものや結果的に近隣計画にならなかったものも含む)。それらのうち9事例は本ブログでも紹介したものですが、特に、ロンドンをはじめとする大都市部での事例(その多くはまだ近隣計画に結果していない)がさまざまな切り口で取り上げられています。
第四。市場が動きやすい都市計画を近隣に肩代わりさせようとする問題も指摘されてきました。本書ではこれまでに議論されてきたさまざまな問題をできる限り誠実に、できれば証拠をあげてその白黒をつけようと努力しています。けれども、実証はしきれない。実証はしきれないけれども、近隣計画の可能性を、単なる主張としてではなく、5年間の運用を踏まえて論じようとしている点が最も優れていると感じます。

まだまだあげればキリはないのですが、今日、身近な環境を自らかかわりながらより良いものとし、場所の個性を磨き、市場に翻弄されるのではなく住みやすい地域を皆で創造する方法が求められています。本書は、副題の「?」にも注意しつつ、それぞれの立場で読める良書だと思います。なお、途中でフランスアメリカ等とも比較しており、それだけでも十分意義深い内容だと思います。

[参考]
・Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20131223/1387799666

2017-08-09

『CITIES IN CIVILIZATION』(その5) Book Fiveに代えて

千頁に迫るこの図書の最後の50頁ほどがBook Five「The City of the Coming Golden Age」となっていて、これまでのOneからFourを統合して未来を予測しようとする内容なのですが、本書が刊行された1998年から既に約20年が経過しており内容が古くなっています。従ってここでは「Book Fiveに代えて」本書の重要な成果を自分なりにまとめてみます。

第一。タイトルの「cities in civilization」とはどういうことだったか。日本語に直すと「文明の都市」となってしまいますが、それでは意味がわかりません。あえて一言であらわすと、本書は「都市イノベーションの歴史」の本です。そもそも都市というところに文明が花咲くわけですが、その「花咲く」瞬間、キラリと光る「何か」を人類の都市の歴史から抽出して並べてみる。そのキラリと光るものが長く続いたかどうかは問わない。むしろそういうものは少なく、むしろ一度あらわれたものは規範とされ(うまくいけば)別の地域、次の時代のイノベーションにつながっていく。キラリと光るものは、文化芸術の開花、技術革新、都市がぶつかった壁を乗り越えること、の3つに分けられそうである(Book OneからFourがその内容)。
第二。たとえば「文化芸術の開花」といった場合、単に「パリではこんなアーティストが活躍した。よかったネ」で終わらず、なぜロンドンではなくパリだったのか。なぜ音楽ではなく絵画なのか、どのような作家がなぜパリで活躍したのか、「活躍」とはどういうことか、なぜこの都市では「活躍」できたのか、といったことまで踏み込み、システムの確立までとらえています。システムとして確立している状態は、経済的にも社会的にも政治的にも噛み合っている状態であって、そのような「Golden Age」のありさまそのものを「civilization」ととらえています。
第三。そうした都市は、たいていはその時代の先端都市にかかわっている。その時代を先取りするような条件が芽吹いた地球上のある地点・地域にかかわっている。その都市を事後的にみてしまうと「大都市」がほとんどなのですが、むしろそれは結果であって、もともと現代でいうところの大都市だったわけではない。むしろ、先端的であったがゆえにさまざまな人々が集まりさらにイノベーションが起こりやすくなり、結果的に都市が大きくなる場合が多かった。けれども「Golden Age」である期間は案外短く、さらなる大都市になりやすいこととキラリと光ることとは別物である。
第四。従って、次の「Golden Age」がどうなるかを予測することはできない。議論することはできるし、これが「都市イノベーションの歴史」であったと過去にさかのぼって取り出すことはできるが、論理的に、次はこうなるとはいえない。ちなみに、Book Fiveで使われているキーワードは以下のようなものです。「information superhighway」「digital revolution」「‘killer’application」「multimedia revolution」「death of distance」「ICT」「sustainable urbanism」「unequal urban world」。「次はこうなるとはいえない」し、言えてしまったらある意味オワリなのですが、私たちは、P.ホールの成果をもとに、さまざまな形で世界の都市を分析したり評価したり楽しんだりすることができ、また、どこに「次」の芽が出そうなのかを探したり、今いるこの都市で何をどのようにすることが都市イノベーションにつながるのかを考えることはできそうです。 <了>

【in evolution】世界の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170309/1489041168

2017-08-05

『CITIES IN CIVILIZATION』(その4) Book Four

タイトルは「The Establishment of the Urban Order」。
Book Oneがアート(ギリシャからはじまる)、Book Twoが技術、Book Threeがアートと技術の融合ときて現代まで達したあと、このBook Fourでは都市の秩序づけを扱います。むしろ、都市が破綻しないようにイノベーションで乗り切った(乗り切ろうとした)歴史を取り出しています。ローマの水道、伝染病が蔓延した古い都市を異なった方法で克服したロンドンとパリ、超過密問題を交通網の整備や橋やトンネル技術の革新の積み重ねで乗り切ったニューヨーク、車の増大に合わせフリーウェイによるネットワーク化の途を選んだロサンゼルス、戦後福祉国家の模範とされ差別なく国民に住宅や社会サービスを提供したストックホルム産業構造がかわり社会経済が落ち込んだドックヤードを大胆に再生して復活したロンドン
こうして並べてみると、「確かに教科書的にはそうなんでしょうけど、何かおもしろいこと書いてあるの?」との疑問も。まとめのはずの第29章もあまりぱっとしません。

そこで、自分なりの発見をいくつか。
第一。P.ホールは何に興味があるのか。「order」という切り口を何故設定したか。都市が成長するときある壁にぶつかる。とても大きな壁で乗り越えるのはたいへん。逆説的だが、すいすいと先に成長した都市が最初に壁にぶつかる。ローマの水問題が人類最初の壁で、乗り越えるまでの描写は執拗かつ体系的。他の壁もすべてそうです。
第二。壁の乗り越え方はどれも違う。だから第29章をまとめにくかった。あえていえば、「壁にぶつかったからなんとかしようとした」。
第三。ストックホルムだけは、壁にぶつかってから乗り越えられたかどうか書いてない(どちらかというと悲観的)。最後のロンドンも、まだ評価できないと保留しているようにみえます。

人類の都市の進化をこのように大胆にも「壁」を乗り越えることの積み重ねとして描いたところに、このBook Fourのおもしろさがあるのだと思います。

【in evolution】世界の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170309/1489041168

2017-08-02

ロンドンイノベーション(4):クロスレール開業(2018.12予定)を控えた都心再生

ロンドンイノベーション(1)でとりあげた「London Overground」に続いて、「Crossrail」が2018年末に開業を予定しています。ロンドン西方ヒースロー空港レディングから発してロンドン都心主要部を通過し、東方のストラットフォード方面などへ抜ける主要幹線鉄道で、「エリザベスライン」という名称も既につけられています。
そもそもこの鉄道開業によるインパクトは大きいはずですが、駅が設けられる都心部パディントン、ボンドストリート、トッテナムコートロードなどでは開業に伴う直接のインパクトをどう受け止めるかが注目されます。今回はそれらのうち、産官学民組織「The West End Partnership」により2015年に発表された『The West End:Delivery Plan 2015-2030』(⇒資料へ)から注目される事業とりあげます。「People」「Place」「Prosperity」の3章構成のどれもが重要ですが、ここでは具体的な33のプロジェクトが、それらの実施主体、必要コスト、予定時期とともに示されている「Place」をとりあげます。

7番の「Tottenham Court Road two-way」と1番の「Oxford Street West」は冒頭の「Focus」としてパース入りで説明されているので、いわば目玉事業。とりわけ最初の7番の事業は、これまで一方通行だった主要道路を双方向交通としたうえ、月曜から土曜の8時から19時まではバスと自転車だけ通行可とする超歩行者優先路線化をめざしています。予算は5100万ポンド(145円換算で約74億円、Crossrail開業に合わせる計画)。
残りの31プロジェクトをおおざっぱに分類すると、「公共空間(主に歩行者空間)改善」20、「道路空間と周囲を合わせた場所改善」5、「駅(前)空間の施設整備」4、「スクエアの改善とアクセス向上」1、「一方通行の双方通行化」1です。やはり、Crossrail開業により(ただでさえ混雑している)駅近辺の歩行者系キャパシティが不足するので、これを機会に、長年車優先で山積している問題を、公共空間の再配分を系統的・面的・徹底的(?)に行うことで、ロンドン都心部の再生の起爆剤にしようと意図しているものと思われます。ただし、全部合わせても約320億円(不明な2件を除く)の見積もりなので、あまり大きめにみるのも禁物かもしれません。とはいえ、170の民間事業が既に許可を得ているとの記述もあり、Crossrailの効果と公共空間改善効果を、これら民間事業による効果と合わせて(or効果に波及させて)どれだけイノベーションにつなげられるかが勝負所かもしれません。

[資料]
『The West End:Delivery Plan 2015-2030』(下記URLにあります)
https://westendpartnership.london/publications/

[関連記事]
ロンドンイノベーション
(1) London Overground
(2) オリンピック下町再生
(3) 外資からみた都市イノベーション

【in evolution】世界の都市と都市計画
本記事をリストに入れました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170309/1489041168

2017-08-01

主たる居住を目的としない住宅開発の禁止をめぐる裁判(近隣計画をめぐる新トピック(3))

「AWARDS2017」を特集したPlanning誌2017.7.3号をペラペラめくっていると、「近隣計画賞」という賞があり、それがセントアイヴズに贈られているのが目に留まりました。まだ行っていない憧れの地、セントアイヴズ。イングランドの西に張り出したしっぽのような半島の最西端付近にあるリゾート地、芸術家の集まる町。ウィキペディアでもその紹介文の最後に、「多くの観光客を集め、近年では過熱気味である」としています。

今回の受賞理由は、表題のとおり、セントアイヴズ近隣計画の中に、主たる居住を目的としない住宅開発を禁止する規定があったためデベロッパーに訴えられて裁判沙汰となったものの、この近隣計画自体はリーゾナブルにつくられており近隣計画自体のもつ可能性が(裁判官からも)高く評価されたことによります。Planningのこの号のp25にはその法的意義が詳しく解説されています。
それらも参考にして少し説明すると、第一に、ウィキペディアでも説明されているように「多くの観光客を集め、近年では過熱気味である」結果として多数の別荘開発が行われて地価が上昇。そのような別荘には年間を通してほとんど人は住んでいないのに、地価ばかりが吊り上げられて、本当にここで生活しようとする人が困った状態になっている。第二に、一般論として「主たる居住を目的としない住宅開発を禁止」することはきわめて難しく、本ケースにおいてもデベロッパー側の言い分によるとそれは、オーナーの人権を阻害するとされていました。第三に、実際の制限の実行手段としては開発許可手続きの際、開発条件としてそのような利用でないこと、そのような利用にならないことを付す方法によりポリシーを実現することとなり、それを不服として事業者が異議申立てすることになるわけですが、既にそうした申立ても却下される実績ができ、近隣計画の政策が支持されたという実績ができてきています。

こうなってくると少し心配なのは、こうした受け身の政策だけでセントアイブズはこれから大丈夫なのか?という点です。近隣計画の中では抑制的な政策ばかりでなく開発的な要素もみられること、近隣計画とは別の「Action Plan」という形で計画策定を進めようとした形跡もみられることなどとも合わせ、持続的まちづくりの行く末を見守りたいと思います。

2017-07-23

『謎のお雇い外国人ウォートルスを追って』

明治の前半に日本で活躍した外国人技術者は約2300名におよび、土木建築分野だけでも約150名が確認されるといわれます。
1982年に刊行された『明治東京計画』(藤森照信著)において「幕末の長崎に忽然と現われ、明治維新と交叉し、そして彗星のように一筋の光芒を引いて去っていった謎の建築家として知られている」とされた、銀座の生みの親ウォートルスの“謎”に迫ったのが、本年3月15日に発行された本書。

そもそも日本の近代都市計画に多大な貢献をしたばかりか、銀座という、日本を代表する、日本の文明開化のとっかかりをつくった重要な業績を残した人物が“謎”のままではたいへんマズイ状態。
本書は、ウォートルスがどこで生まれてどう育ったかという来日以前の来歴と、「彗星のように去っていった」あとどうしてしまったかという離日後の人生について長年研究してきた「銀座文化史学会」の成果です。
海外調査をはじめ数々の努力の結果、かなりのことがわかってきました。母国においても近年、ウォートルス研究が進んでいるようです。

よく行く銀座教文館で見つけました。銀座文化史学会編集・発行。研究成果の多くは、子供服の「ギンザのサエグサ」の三枝進氏によるもの。頭が下がります。

“謎”はかなり解明されましたが、なぜ彼はこのようなトータルな都市計画に能力を発揮できたのか?
その1つのヒントは、『明治東京計画』の藤森氏の解釈(同時代ライブラリー版p9)にありそうです。都市計画という、総合的な専門性と実践性。本書によってさらに、ウォートルスが母国で培ってきた空間像とそれを支える技術などについてイメージがふくらみます。本当はさらに、ウォートルスの考えを実行に移すための日本政府側の対応(力)などについても知りたいところ。

銀座は未来に向けて進化するのと同時に、過去に向けてもその理解が進化しています。

【関連記事】
・『銀座資本論 21世紀の幸福な「商売」とはなにか?』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150702/1435807577

【In evolution】日本の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170307/1488854757

2017-07-19

『大不平等 エレファントカーブが予測する未来』

ブランコ・ミラノヴィッチ著(立木勝訳)、みすず書房2017.6.12刊。原著は2016年Harvard University Press。タイトルは「GLOBAL INEQUALITY」。副題は「A New Approach for the Age of Globalization」。実際の内容は訳のタイトルより原題と原副題が忠実で内容そのものを表します。というのも、著者が何度も強調しているように本書の意図は予測にありません。むしろ予測はできないのだと戒めています。また、「大不平等」という内容ではなく、まさに「GLOBAL INEQUALITY」。あえて合わせれば、「グローバルな視点でみる不平等の推移 国内の不平等と国の間の不平等」が本書の内容。7月16日の朝日新聞書評に本書が紹介され、さっそく手に取りました。

本書はピケティの『21世紀の資本』(⇒関連記事1)で扱われていないグローバルな諸国を取り込むことで、世界的な(実際にはアジアを中心とする)中間層の台頭(⇒関連記事2)を数字で示します。「ベルリンの壁崩壊後」におよそ相当する1988年から2008年(リーマンショック前)の所得の伸びに注目すると、超富裕層の一人勝ちではなく、こうした中間層と超富裕層が同程度の伸びになっていること、グローバルで80%の層(上位20%とその次の20%の境目)の所得はまったく伸びていないこと、それはいわゆる先進諸国の中間層に当たる人たちであることを、1本の曲線で示しています(p13)。右を向いた象が鼻を持ち上げている姿に形が似ているため「エレファントカーブ」と表現。本書を象徴する結論です。

けれども、このことはほぼこれまでの認識と一致しているため、本書の結論というより本書の出発点。特に、カーブの意味を過去にさかのぼって解釈することはでき、実際、本書では中世にまでさかのぼったデータも含むさまざまなデータを示して解釈していますが、未来に向かって延ばすことは危険です。とはいえ、「アフリカの国民所得がなぜまだ伸びてこないのか?」「アメリカではなぜこんなに較差がひろがっているのか?」「貧乏なある国に生まれたが故のハンディ(裕福な国に生まれたがゆえのメリットを本書では「市民権プレミアム」と呼ぶ。)を克服するための「移民」という手段はどれだけ正当化されるか?」などをグローバルな視点で考える1つの材料にはなりそうです。

[関連記事]
1.『21世紀の資本』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150104/1420340297
2.世界の中産階級
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170627/1498551901

2017-07-17

祇園祭と都市の姿(京都と都市イノベーション(その4))

曳山の先が電線に妨げられて、「おいおい、このマンションの前、ちゃんと持ち上げてないやん」と急ぐでもなく上空を見上げていると、木の長い棒が持ち込まれて、ヒョイよっと、3本の線を次々にくぐって前進。周囲からは暖かい拍手が。
3年前には、交通整理等のやりやすさから1回にまとめられてしまっていた山鉾巡行を48年ぶりに前後2回に復活。これが本来の姿。本来の姿というなら、前祭の巡行で通る御池通りは元は三条通りだったようで、その復活を望む声も。ただし、かつてはメイン通りだった三条通りはとても狭く、都市計画として開削されたのが御池通り。今では高層マンションが建ち並びます。
一昨年の道路断面のリ・デザインで歩道が広くなった四条通りの信号機は、巡行のじゃまにならないように折り畳み式。その四条通りも宵々山、宵山では歩行者天国となり、暮れゆく風景のなかに鉾が点々と浮かび上がる幻想的な雰囲気に。

大震災や富士山大噴火飢饉や疫病の流行が重なった貞観という時代に、悪霊を鎮めようと「御霊会(ごりょうえ)」としてはじまった祇園祭。
応仁の乱で中断されるも復活したその精神は、近代化による都市のさまざまな変化もはね除けて進化し続けるのでしょう。都市の変化が祭を変え、祭のありかたが都市のありかたをも変えていきます。

[関連記事]
京都と都市イノベーション(その3)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170122/1485042921

2017-07-14

横浜居留地と都市イノベーション(その2)

横浜居留地改造及競馬場墓地等約書(1866(慶応2)年=第3回地所規則)」に先立つ「横浜居留地覚書(1864(元治元)年=第2回地所規則)」の第1条では「吉田新田への各国軍事訓練所、および競馬場の設置」が規定されました。「軍事訓練所」と「競馬場」が冒頭に並列で出てくるところに、居留民の「ビジネスと同時に生活が営まれており、がゆえに競馬場テニスコートが欲しくなったり」の本音が出ていて興味深く思います。ただし、競馬は1860年に元町あたりで行われたのが日本初とされており、「地所規則」などに頼らずに、すぐにでも実施したかったのでしょう。1866年には幕府が根岸競馬場を建設。第3回地所規則第1条では、第2回地所規則の第1条を廃止して、「代わりに競馬場は根岸にすでに落成しているものを用いること」と規定されました。
(その1)のテニスと同様、運営組織はイギリス人を中心とした「横濱レースクラブ」。けれども山手公園の運営資金が問題となったように根岸競馬場の維持もたいへん。1888年からはじまった馬券の販売によりようやく安定した財源が確保されるようになったとのこと。当時、日本の刑法では禁止されていた賭博にあたるこの行為が、居留地が治外法権だったからこそ可能だったというのは皮肉というか歴史の奥深いところ。イギリスとの間で治外法権が撤廃されたのは1894年、居留地の解除は1899年7月17日のことでした。

現在も、山手のこの根岸競馬場一帯はさまざまな意味で横浜の都市計画の最先端にあります。ひとつは旧競馬場一等スタンドの扱い。訪れてみると、その巨大なスタンドの廃墟感というか歴史的重厚感のようなものに圧倒されます。既に整備された、アプローチの先に富士山が見える芝生広場も含めて、このスタンドを将来に向けて活かすことができれば新しい次元の都市の資源になりうることを予感します。第二は、すぐ近くにある接収地「根岸住宅地区」の今後。返還が合意されており、将来まちづくり計画も検討されています。現時点で行ってみると、立ち入り禁止のフェンスに横文字看板が各所に掲示され、日本とは思えない風景がひろがっています。「根岸住宅地区」は旧根岸競馬場につながっていて、両者を合わせるとかなり広大な面積。居留地プラス接収地の歴史が将来のヨコハマにつながっていくことを実感します。

【In evolution】日本の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170307/1488854757

2017-07-12

『CITIES IN CIVILIZATION』(その3) Book Three

「A Marriage of Art and Technology」と題されたこのパートでは、ハリウッドとメンフィスの2都市がとりあげられます。Book OneのArt、Book TwoのTechnologyが、20世紀前半のアメリカにおいて「結婚」し、新しい都市の大衆文化が花開いたとする内容です。
世界を大きく変えた24の汎用技術について以前、豊田佐吉をとりあげた際に紹介していますが(⇒関連記事1)、Book Twoでとりあげているのはおよそ11番目のSteam engine(マンチェスター)から22番目のInternet(シリコンバレー)までで、それらが特定の具体的な場所で、どのようにして花開いたかを詳述しています。そうした汎用技術が開発されるのに並行して、ハリウッドに映画産業が花開きます。ハリウッドを論じる第18章のタイトルは「The Dream Factory(1910-1945)」。ロスアンゼルス郊外のひなびた地に、ニューヨークの既存映画団体とは一線を画すヨーロッパ系移民らが流入。「スタジオ」を中核とする一種の工場大量生産方式によって映画を生産し系列の映画館をネットワークさせて、それまで一般人が目にするのが困難だったArt(映画)を大衆化。一方、メンフィスでは綿花栽培労働者としてのアフリカ系住民の音楽と、アパラチア山脈を越えてミシシッピデルタに流入した下層白人系住民の音楽とが融合してまったく新しい音楽を創造。これも、汎用技術のおかげでレコードラジオの音楽媒体がArt(音楽)を大衆化。
けれどもハリウッドは「スタジオ」を中心とする巨大システムが、テレビの登場などで維持できなくなり衰退。メンフィスピークも1948-56の短期間とされます。

ArtとTechnologyが Marriageした20世紀までを一通り描いたこれまでの20章では一貫して、なぜその時代、その都市・地域でそのような技芸が花開いたのか、なぜ別の時代・別の地域ではなくそこだったのかについて分析してきました。その際、ほぼすべての場合において、技芸の生産者と同時に消費者を描き、そこに必然的に生じる流通形態、生産と消費の(空間)を描いています。また、技芸が進化する過程で生じる無数のイノベーションやそれらが世界に与えるインパクトなども示唆します。さらに、「盛」だけでなく「衰」も同時に描くことで、人類史上、1回だけだったその特異性や革新性を浮き彫りにします。

これからBook Four「the establishment of the urban order」に入ります。最後の結にあたるBook Fiveでどのように締めくくられるのか。もうしばらくこの作品とつきあうことになりそうです。

[関連記事]
・『豊田佐吉とトヨタ源流の男たち』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20120131/1327977869

【in evolution】世界の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170309/1489041168

2017-07-04

横浜居留地と都市イノベーション(その1)

今年もウインブルドンテニス選手権がはじまりました。第131回です。
6月30日の記事『開港7都市の都市計画に関する研究』で、横浜居留地では「ビジネスと同時に生活が営まれており、がゆえに競馬場テニスコートが欲しくなったり子弟の教育も重要になってくる」「外国人人口もこの頃5000人に達しており、ある意味、新しい外国人都市が1つできたようなもの」とした部分を、都市イノベーションworld的にフォローします。日本の都市の「西洋近代化」の発端のインパクトやイノベーションをいまいちどよく見てみたいと思います。

ウインブルドンテニス場の正式名は「オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ」。“センターコートに置いてあったローラーが老朽化したため新しくする資金集めを目的に”1877年7月9日から始まったのが現在の選手権とされます(Wikipedia)。そもそも現代的な形でのテニスが考案されたのが1873年12月、翌1874年からテニスが行われるようになったとされます。
では横浜居留地ではどうだったかというと、、、

一般の説明では以下のようになります。「第3回地所規則」といわれる「横浜居留地改造及競馬場墓地等約書(1866(慶応2)年)」第10条に「山手地区を公開入札で外国人に貸与し、その手数料をその土地の改良費に用いること。山手に外国人のための公園を造営すること」とされたものの公園はなかなか造営されず、1869(明治2)年に居留民代表から再度要望が出されたため、日本政府は約書で約束した土地の代替として土地約6000坪を貸与した。居留民らは自分たちで公園を整備し、1870年に山手公園は開園したものの、公園の維持が困難となり借地料は滞納。日本側も外国側も打開策が見いだせず困惑していたところ、「レディズ・ローンテニス・アンド・クロッケー・クラブ」が150ドルまでの地代なら納められると申し出。そこで山手公園の一部をテニスコート化して公園運営は軌道に乗った、と。山手公園で日本ではじめてテニスが行われたのが1876年、クラブによるテニスコート開設が1878年。それが日本におけるテニス発祥ストーリーであると。

とはいえ「ビジネスと同時に生活が営まれており、がゆえに競馬場テニスコートが欲しくなったり」的な感覚までさかのぼって考えると、もう少し味わいのある、日本にとっての都市の西洋近代化の意味を深く考える解釈にたどりつきます。『ヨコハマ公園物語』(田中祥夫著、中公新書1553、2000)は山手公園開設を生麦事件(1862)にまでさかのぼって説明。まだサムライが帯刀する旧時代に外国人が一緒に暮らすためには、「行楽」の街づくりを求める外国人対応がとても重要で、彼らにとってみればそれが普段の生活そのもの。1863年には既に第3回地所規則第10条の背景の1つにもなったと考えられる「山手行楽地プラン」がアメリカ公使プリュインから提案されていたとします。

ちなみに「レディズ・ローンテニス・アンド・クロッケー・クラブ」のメンバーは女性。1878年に日本初のテニスコートが開設されたので、1877年にはじまったウインブルドン大会には1年遅れです。ただし、ウインブルドン大会は当初男子シングルスのみ。女子シングルスがはじまったのは1884年とされます。

山手公園。やや奥まったところにあり見つけにくいですが、とても雰囲気のある素敵な場所です!

【In evolution】日本の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170307/1488854757

2017-07-01

『CITIES IN CIVILIZATION』(その2) Book Two

Book Oneでは、人類の歴史史上はじめて花開いた芸術(演劇や絵画、音楽など)が、なぜ「その時代のその都市」においてだったのかが深く追及され、意外な結論が導かれました。
Book Twoでは技術が取り上げられます。そのイノベーションは何故その地域でその時、起こったのか?
最初に産業立地論等の理論的成果が吟味され、どうやら“innovative milieu”という切り口が多くの理論に共通していそうだと結論づけ、Book Twoのタイトルはそれを反映しています。「milieu」は「環境」などと訳されますが、どちらかというと、一定の限られた空間の範囲の中にある、さまざまな資源や蓄積、気運などを指しており、イノベーションはそのような環境で(こそ)起こったのだ、ということが、世界史上の6事例につき詳細に分析されます。逆にいうと、何か突発的なものすごい発明がなされたというわけでない。

内容はまさに、マンチェスターグラスゴーベルリンデトロイトシリコンバレー京浜工業地帯、の6事例について、「一定の限られた空間の範囲の中に」「さまざまな資源や蓄積、気運など」が生成され、数えきれないほどの小さなイノベーションと、時々起こる画期的なイノベーションが積み重なって、世界史上1回だけの瞬間が生まれたそのさまを再現します。
“innovative milieu”には自律生成型とトップダウン型(あるいは政府介入型)の2タイプがありそう(前者は英米、後者は独日)との議論もなされますが、シリコンバレーも軍事技術との関係も深いなど、あまり明確な結論とはしていません。また、すでにその栄光が過去のものになっている4地域とは異なり、シリコンバレー京浜工業地帯は進行形。
ある意味、200年ほどしか扱っていないBook Twoのこのテーマからは、確定的な結論は導きにくかったのでしょう。けれども「都市イノベーションworld」的には“innovative milieu”というものの見方に魅力を感じます。何か普遍的な法則を見いだすよりも、6事例それぞれがおもしろく、かつ、例えば京浜工業地帯と他の5事例を比較するだけでも、いろいろな発見のある内容です。特に、欧米以外の京浜工業地帯を分析する第15章では、著者が、これまで知らなかった世界を驚きの目をもって切り込もうとするけれども、なかなか正体がつかみきれないでいる様子が感じられます。逆に、東芝などの企業分析はグローバルになされるのでギクリとさせられるなど、Book Twoに非西洋が1事例はいることで、この種の都市の文明論が将来、真の意味のグローバルなものに発展しそうでうれしく思います。

【in evolution】世界の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170309/1489041168

2017-06-30

『開港7都市の都市計画に関する研究』(村田明久、1995)

横浜山手を研究している博士課程のSさんに、『開港7都市の都市計画に関する研究』という博士論文知ってる?と聞くと、数日後には机の上に置いてありました!
それはありがたいと読んでみると、日本の近代化、近代都市計画の最初の最初の段階を知るための、開港都市全体をとらえて基礎資料を整理した、たいへん貴重な内容でした。幕末から明治に至る日本の、植民地化は免れたものの不平等条約を結ばされ、ある意味列強からの強い圧力を受けて策定された(対応した)都市計画。その経緯や方法はさまざまでしたが、本論文によれば、7都市の全体像がつかめるので、それらの共通性とともに特異性や相違性などが明らかになり、例えば横浜居留地1つとっても、その真の特徴が浮き彫りになります。

横浜居留地は面積が突出して大きく(明治初期に35万坪、中期に40万坪を超える。それに次ぐ長崎が10万坪ほど、神戸が4万坪ほど。p119に図化されている)、居住地の数が群を抜いて多い(居留地が制度として解消される1899年直前の1897年の数字がp158にまとめられている。横浜の「居住地」は614件。長崎が47件で続く。ただし「雑居地」を足し合わせると神戸が162件(居留地14、雑居地148)で2番目となる)。ということは、ビジネスと同時に生活が営まれており、がゆえに競馬場テニスコートが欲しくなったり子弟の教育も重要になってくる。横浜居留地の学校の多さも大きな特徴です(10件。長崎3件、神戸3件(ただしうち2件は雑居地))。外国人人口(欧米+中国)もこの頃5000人に達しており、ある意味、新しい外国人都市が1つできたようなもの。新たな視点で横浜をみることができそうです。
さきほど「7都市の全体像がつかめるので、それらの共通性とともに特異性や相違性などが明らかになり」と書きましたが、そればかりでなく、7都市全部を合わせたときの、日本にとっての「開国」とはどういうことだったかを考える新たな手がかりを与えてくれた気がします。

【In evolution】日本の都市と都市計画
本記事をリストに追加しました。
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20170307/1488854757

2017-06-29

本年度も地域課題実習がキックオフ(7月5日)

横浜神奈川地域を主要なフィールドとして地域と連携しながら活動する「地域課題実習」。
そのキックオフ発表会が、7月5日(水)16:15−18:00の予定で開催されます。場所は横浜国立大学中央図書館メディアホール。これまでの最多となる18のプロジェクトの今年度の活動内容・計画が発表される予定です。

1 モビリティデザインの実践
2 かながわ里山探険隊
3 かながわニューツーリズム
4 都市の自然を楽しむライフスタイル
5 データで捉える地域課題・地域経済
6 現代世界の課題の探索と協力の実践 -ネパール支援プロジェクト
7 販売現場から学ぶ店舗経営
8 横浜で屋台まちづくりを考える-ハマヤタイプロジェクト*
9 New-New Townを考える -郊外まちづくりプロジェクト*
10 シェアハウスのデザイン -欲しいすまいを自分でつくる
11 まちに開いた交流の場デザイン -住宅地の価値をあげる
12 おおたクリエイティブタウン研究プロジェクト
13 市民活動を体験して考える協働型まちづくりプロジェクト**
14 みなとまちプロジェクト
15 ローカルなマテリアルのデザイン
16 人と農業を繋げる -アグリッジプロジェクト
17 ワダヨコ
18 和田べんプロジェクト

なお、8番と9番(*)は、【アーバニストスクール】プログラムにも位置づけられています。
13番(**)は、横浜内外の多くの大学やNPOが参画する「NPOインターンシップ事業」と連携しています。
http://intern.yokohama/index.html
本プログラムを媒介として大学と地域がさまざまな形で連携しています。地域課題実習を含む副専攻プログラム「地域交流科目」はさらに進化していきそうです。


★「地域交流科目」シラバス2017
http://www.chiki-ct.ynu.ac.jp/hus/area/17946/26_17946_1_4_170403050027.pdf

☆地域実践教育研究センターHP
http://www.chiki-ct.ynu.ac.jp//