Hatena::ブログ(Diary)

地域が連携し「住みたい都市」をプロデュースする

2016-07-21

EU離脱とイギリス都市計画の課題

Planning誌の2016.6.30号では、巻頭文(p3)などに、EU離脱後のイギリス都市計画の課題がいくらかまとめて書かれています。まだ投票結果が判明した直後の記事ではありますが、論点を少し整理しておきます。
第一。EU法で決めていた環境影響評価や生物生息地、大気の質などを国内法で決め直す必要がある。その際、イギリス独自の考えを出せる面もある。こうした課題はむしろ時間がかかると予想される離脱過程で処理していくことになるだろう。同様に、EU財源による不況地域政策等も国内版に切り替えていく必要が生じ、地域的な浮き沈みに結果するかもしれない。
第二。離脱により大陸からの移民が減ったり経済の落ち込みで地価も下がるなどして、そもそも想定していた人口増・世帯増がかなり少なくなる可能性もあり、そうすると、ローカルプラン等でギチギチにエビデンスをもとに計画していた前提が崩れ、計画の見直しをしなければならなくなる可能性が出てくる。実務的にはかなりたいへん。
第三。そうした落ち込みは、たとえばロンドンの高かった地価が下がって新たなチャンスが広がる面もある一方、不動産開発という面では落ち込みをカバーするべく規制緩和のような政策も必要になるかもしれない。2016/17国会で審議予定の「Neighborhood Planning and Infrastructure Bill」の議論の方向にも影響してくるかもしれない。
第四。ロンドンの新空港やハイスピードレール計画といった国家的ビッグプロジェクトも、これまでの想定通りにはいかなくなる可能性もある。

既にこの6.30号が出たあと新しい首相も大臣も決まり、内政も重視した堅実な舵取りがなされそうな気配です。

2016-07-13

成立したばかりの「Housing and Planning Act 2016」145条がさっそく問題になっています

雑誌Planningの6月17日号が届きました。EU離脱が決まる前の時点での特集のような内容が多く、都市計画への影響を論じたものとしてそれなりに興味をもてるのですが、ふと、危なげな別の記事が強調されていることに気づきました。
ブログでも2度ほど「Housing and Planning Act 2016」(当時はBill)のことを取り上げてきましたが(参考記事1,2)、そこで話題になっていた97,99,100条(法案提出時)ではなく、98条(同。法律では145条)が話題になっています。やや複雑かつマニアックかもしれませんが、都市計画法的には重要な部分ですので、全体像をわかりやすく解説します。

本年5月12日に公布された「Housing and Planning Act 2016」(参考資料)のうち5月26日に施行された145条(法案提出時98条)は、大臣の新たな介入権限を規定しています。そのうち第5項が問題になっています。
バーミンガム市では新しいローカルプランを策定中で、第三者による審査も終え(インスペクターレポート受領)、さて採択の手続きを、と思ったちょうどそのタイミングで新法の145条が施行され、第5項を使って、大臣より「その手続き、待った」、との命令が届きました。
大臣は、
「he may direct the authority not to take any step in connection with the adoption of the document」
とすることができるのです。しかもいつまでかというと今回は(b)号の、
「until the direction is withdrawn」
と、命令が取り下げられるまで待たなければなりません。

そもそもこの問題は、バーミンガム市のグリーンベルト上に6000戸の開発を認めるもので、大きな問題となっていました。直接的には、地元国会議員が大臣に働きかけてこのパワーを使わせたということで、「そんなことやられたら、都市計画は政治に翻弄されてメチャクチャじゃないの」という危惧・疑問が「Planning」の記事の第一の論点です。しかもバーミンガム市としては第三者審査も受けており、それを担当したインスペクターも、バーミンガム市には膨大な住宅需要があるのでグリーンベルト上の開発は(本来は良いとはいえないが)やむを得ないと判断していて、適正な手続きしていたはずなのに新法によって待ったがかかった状態です。
実をいうと、この地元選出国会議員は第三者審査の過程においても「ちゃんとした住民参加をしていない」「オレがなんとか阻止してやる」(やや意訳なのでごめんなさい)、などと言っていたとされ、本年1月の国会審議においても「グリーンベルトに6000戸などと言う前に、8〜10年のモラトリアム期間を設けてバーミンガムじゅうの土地をさがすべきだ」と主張していたとのこと。
第二の問題としては、そもそもこの法律の趣旨は、なかなか住宅開発を受け入れない自治体に対してなんとか言うことをきかせようとしていくつもの大臣権限を付加したものであることを考えると、(せっかく開発しようと計画しているものに待ったをかけるなどということは)逆効果ではないかという論点が書かれています。(ただしグリーンベルト上を開発することも国の政策に反するので大臣としては苦しい立場なのですが、、)
第三に、このように上からの政治が出てくると、地元では萎縮してしまいイノベイティブな都市計画ができなくなるおそれがあるというものです。

さて、この介入。大臣命令はいつ、どのような形で取り下げられるのでしょうか。

[参考記事]
(1)http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151116/1447670125
(2)http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160502/1462177268

[参考資料]下方に「法」があり、その下に「法案」がアーカイブ化されています。
http://services.parliament.uk/bills/2015-16/housingandplanning.html

2016-07-12

木密地域不燃化10年プロジェクト(その6)

9月に木密地域のあり方について話す機会ができ、最近の動向や文脈の変化、オリンピック後も含めた将来ビジョンや新たな課題などを考えようと、さっそく先週末、まずは、これまで歩いたことがなかった台東区N地区と江東区K地区へ行ってきました。今回のテーマは、建物1棟1棟の耐震性能や防火性能をきちんと見て、それらが首都直下地震でどのような被害を受けるかについて、建物1棟1棟の様子と、集団としての路地や街区がどのようになってしまうかについて想像するとともに、避難ができそうかどうかについてもある程度イメージすることでした。
特に、現在建て替えられている物件がどのような性能をもった建物か、それに対して都市計画規制などがどのように作用しているか、それは適切かそうでないか、もしそうでないとすると、何が課題でどうすれば「適切」といえるようになるかについて、いくつかのオプションを考えられるようにしてみたい、という観点です。

東京都の「木密地域不燃化10年プロジェクト」は続いていて(資料1)、昨年末には以下の動画(資料2)も都市整備局により公開されていました。「建物1棟1棟の耐震性能や防火性能をきちんと見て、それらが首都直下地震でどのような被害を受けるかについて、建物1棟1棟の様子と、集団としての路地や街区がどのようになってしまうかについて想像するとともに、避難ができそうかどうかについてもある程度イメージする」ための補助手段として一定程度有効だと思います。


[資料1]
東京都「木密地域不燃化10年プロジェクト」
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/bosai/mokumitu/

[資料2]
・「首都被災〜木密地域に潜む災害リスク〜」(東京都都市整備局)
https://www.youtube.com/watch?v=Pd6J9cpead8

(その5)

2016-07-05

北海道新幹線

私:「今度札幌に出張した帰り、北海道新幹線に乗ってきます!」
知人:「、、、???」。「札幌から函館は飛行機ですよね。」
私:「いえ。ずっと電車です。もちろん。」
知人:「??!!」

という会話に見送られて先日、北海道新幹線に乗ってきました。
いくつか「都市イノベーション開墾」的に(?)発見したことなどを。
第一。新函館北斗から先の大沼公園、森、八雲室蘭、白老などの、これまで電車で行こうなどとは思わなかった地域がとても北海道らしく感じられ、ある意味感動しました。
第二。東京から新青森までの平均時速225キロに比べ新青森から新函館北斗までは149キロときわめて遅く、せっかく新幹線が通ったウマミがうすい。むしろ在来線廃止区間はデメリット。海底トンネル在来線貨物とすれ違うため高速運転できないなどの理由があげられていますが、たいへん惜しい。仮にこの区間も225キロ平均でいくと、現在の最速4時間2分は計算上3時間41分になります。
第三。在来線が転じた「道南いさりび鉄道」も大幅な赤字でスタートしており地元負担などを入れてなんとかしのいでいる。けれども、将来どうなるか不安。新函館北斗から札幌間も新幹線が2030年度に開通すると廃止される区間がかなり長くなることが予想され、さらなる地域再編につながることが考えられます。
第四。新函館北斗から札幌まで仮に平均225キロで走ると56分。全区間で平均225キロになったと仮定すると、東京札幌間は計算上4時間37分です。トータルにみて、こうしたプラス面と失いそうなマイナス面を比較するとどのような評価になっていくのでしょうか。

[参考]
・【コンセプトノート】都市イノベーション(Blog内統合ファイル)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20141110/1415588957

進化する港北ニュータウン研究会

昨晩、第103回港北ニュータウン研究会が開催されました。
今回は地域でまちづくり活動を行ってきた4つの地元グループがその経緯を発表。合わせて、港北ニュータウン研究会で研究してほしい(研究したい)テーマ等を発表しました。
4つのグループは、中川駅周辺まちづくり(特定非営利活動法人ぐるっと緑道遊歩道研究会)、I Love つづきのまちづくり活動(特定非営利活動法人I Love つづき)、都筑ふれあいの丘まちづくり(都筑ふれあいの丘まちづくり協議会)、東山田準工業地域まちづくりプロジェクト(株式会社スリーハイ)と多彩。
このあと、東京工業大学、芝浦工業大学、日本女子大学の学生・院生らがそれぞれのテーマを発表しました。東京都市大、東海大も主力メンバーとして本年度も実践活動も含め研究を進めるとのこと。
港北ニュータウン研究会は地域のまちづくりを進めるプラットフォームとしてますます進化しているようです。

[港北ニュータウン研究会facebook]
https://www.facebook.com/pages/%E6%B8%AF%E5%8C%97%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A/289291671161258/

[参考資料]
・「地域貢献まちづくりモデルの検討」(『地域貢献まちづくりモデル開発』横浜国立大学、2005)
http://www.chiki-ct.ynu.ac.jp/40resrep/pdf/machimodel06-09.pdf

2016-06-25

天王洲ボードウォーク(その2:建築倉庫ミュージアムのことなど)

「これは、もしかすると、重要な都市イノベーションの一過程か、、、」との昨年の記事(→関連記事)から1年と少し。6月18日にオープンした「建築倉庫ミュージアム」を観に天王洲へ。何人かの建築家の作品のほか、坂茂氏のアンビルト模型なども(現在)展示されています。展示物というか倉庫収納物というか、「倉庫」という概念を超える都市の土地利用という面でも興味深いほか、「作品展」「オープンハウス」のような既成概念を超える場の形成という面でもおもしろく、また、倉庫業という貸しスペースと建築模型倉庫利用の立場と入場料を払ってそれを観に来る鑑賞者により成り立つビジネスモデル(それは建築模型でもよいしワインや家具でもよい)のような面もたいへん興味深いです。天王洲界隈の「T倉庫」そのものがビジネスとして進化している一断面を見ることができるともいえます。

昨年工事中だったボードウォークは1年の間にできあがっており、いくつかの機能が付け加わり、さらに「重要な都市イノベーションの一過程」が次に続いています。
その建築倉庫と天王洲ボードウォークの間の都市空間も、かなり意図的にデザインが進み、他になかなかみられない空間のつながりがさらに面的に進化しています。建築倉庫から出てきた幹線道路に何やら「Samurai」アイランドとかなんとかいう看板が出ているで誘われて2階に上がってみると、大きなインキュベーション施設(スタートアップオフィス)があり、「SAMURAI ISLAND EXPO’16」というイベントを開催中。
2020年、2030年、2040年に向けて、この地域はどんどん変わっていき、その過程では、今までなかった都市の土地利用や都市空間、ビジネスモデルがたくさんあらわれそうだと予感しました。

[関連記事]
天王洲ボードウォーク
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150520/1432086538

2016-06-24

マグナカルタ(1215)とEU離脱

EUからの離脱がほぼ決まりかけた本日午後1時前(日本時間)、BBCの画面に映し出された残留派のリーダーの1人は悔しい気持ちを精いっぱい抑えながら、「これが民主主義なんです。私たちは、この結果を尊重しなければなりません。」と語りました。
今回、超国家EUからの英国の「独立」を決めることになったこのような民主主義的手続を、国民は真に大切にしているようにみえます。このような精神や価値観は、いったいどこから湧き出てくるのでしょうか?

話は少しずれますが、昨年発刊された『思想のグローバル・ヒストリー』(デイヴィッド・アーミテイジ著、法政大学出版局、2015.3.15刊)は、思想を地理や空間と関連づけ、特に近代的な「国」が成立する理論的裏づけや、それが「独立」することの理論的根拠を、グローバルな観点から読み解いたたいへん興味深い図書でした。副題の「ホッブズから独立宣言まで」が本書の内容を端的にあらわしていて、ホッブズの思想は1776年のアメリカ独立宣言につながり、それはすぐそのあとに続くフランス革命(1789年人権宣言)につながったばかりでなく、19世紀初頭の中南米諸国の独立につながっていきます。
逆に、暴君の圧政から身を護り民主的な手続きによって地域を統治するシステムはいつごろ発生したのかと自分なりに歴史をさかのぼると、マグナカルタ(1215年)にたどりつきました。『人権宣言集』(岩波文庫 白1-1)の最初に出ているマグナカルタ。「このような精神や価値観は、いったいどこから湧き出てくるのでしょうか?」に関連しそうな話題を3点書きます。

第一。マグナカルタ成立の社会背景。暴君(ジョン王)に歯止めをかける主役になったのは当時のバロン(封建領主)たちでしたが、それだけでは多数派とならずマグナカルタ成立に至らなかったところで、「都市の商人達を味方につけ、とくにロンドン市がその門をバロン達に開くにおよんで」(人権宣言集p34)ジョン王は屈服し1215年6月15日に要求を受け入れたというところです。
第二。これと関係する、全63条のうち第13条。「ロンドン市は、そのすべての古来の自由と、陸路によると海路によるとを問わず自由な関税を保有する。このほかなお、他のすべての都市、市邑、町、および港が、そのすべての自由と自由な関税とを保有すべきことを、朕は欲し許容する」。
第三。今日のイギリス憲法の一部に、マグナカルタの一部が今なお含まれていること。特に、この第13条が含まれていること。イギリスには「これが憲法です」というものは無く、「一般的にイギリス憲法を構成しているとされる主要な成文法」はこれらです、と説明されていて、その中の最古のものがマグナカルタ1215で、前文と4カ条が生き残っているとされます。その4カ条の1つが第13条(実際には1225年版マグナカルタの第9条)だと解説されています。

このマグナカルタ第13条的精神が強く残っていて、自由が別の力によって奪われたり強く制約されそうになったとき、なんとしてでもそれを取り戻そうとする力が働いている。その1つの表れが今回のEU離脱という選択だったものと思われます。

[関連記事]
・『アダム・スミスとその時代』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140916/1410839084

2016-06-23

「科学だけで決められない問題の啓蒙について」(UP2016.5号、泊次郎著)

この1年ほどの間に出版された『南海トラフ地震』(岩波新書2016)、『首都直下地震』(同)、『富士山大噴火』(徳間書店2015)をとりあげながら、「科学だけで決められない問題」への専門家の向き合い方について考察したこの書評が気になりとりあえず積んでおいたものを、熊本地震がらみで思い出しました。
泊氏は前の2つの新書は「科学というより行政施策の解説という肌合いが強」く、上から目線で、正確な科学知識が欠如した人々に啓蒙しようとする考え方(「欠如モデル」)のため「どこかよそよそしく、「他人事」と捉えられやすい」としています。一方の『富士山大噴火』の方は火山の専門家が少ない、予知は実用レベルに達していない、危険な場所に立ち入れず研究ができない、などの問題をあげるなど「率直に火山研究のなげかわしい現状を打ち明けて」おり、このように率直に問題を打ち明け討議の材料を提供することが重要としています。

こうした解釈はさておき、私たちの身の回りには「科学だけで決められない問題」というよりも「科学を駆使してもいまだわからない現象」が多く、その解決を科学技術だけに求めても限りがあり、その“隙間”のようなものにどのように対処していけばよいかについては、まだまだ人間が発揮できるさまざまな能力や(⇒参考記事1)、実践と修正の連続に頼らざるを得ない面が多いと思います。
たとえば、自然災害の被災の可能性指標は日本は世界で5番目でありながら、災害に対する脆弱性は他の主要国並みと評価されている(⇒参考記事2)ということから、災害日本列島に不安を抱えながらも一生懸命それを克服するべく、科学や技術の力も借りながら工夫・努力してきた姿が浮かび上がります。

首都直下地震に限れば、その確率は「今後30年以内に70%」とされています。自分自身、関東に出て来てから40年ほど「明日にでも大地震が起こるかもしれない」と言われ続けていますが、まだ起こっていません。これからもずっと「明日にでも起こるかもしれない」と言われ続け、いつか起こるのでしょう。本当に明日かもしれません。
都市計画を専門とする立場からは、国土の人口減少もポジティブにとらえ、危険な市街地をできるだけ先行して減らすことや、少なくとも新たに危険な場所をつくらないこと、何かが起こったときそれを受け止められる「余地」を残しておくことなどを重視しています。先日もある町の都市計画マスタープラン改定作業の終盤で「津波のことは考えたが直下型地震のことは手薄では」との意見を受けてその場で皆で計画案をチェックし、「余地」に関する記述箇所を確認しました。

[参考記事]
1.『復興文化論 日本的創造の系譜』
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20131111/1384141804
2.『災害復興の日本史
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130312/1363075438

2016-06-14

熊本地震調査報告会が開催されます(6月20日午後)

熊本地震から本日で2か月。その調査報告会が横浜国立大学で開催されます。

■日時
2016年6月20日(月) 14時〜17時
■場所
横浜国立大学教育文化ホール 大集会室
■内容
・今回の地震と揺れについて
インフラおよび家屋・ビル等の被災状況について
・生活への様々な影響について

[紹介記事]
http://www.ynu.ac.jp/hus/koho/16050/detail.html
[ポスター(pdf)]
http://www.ynu.ac.jp/hus/koho/16050/34_16050_1_1_160610045223.pdf

2016-06-01

バスタ新宿

東京新宿という地において、鉄道ターミナルと長距離バスターミナルを複合させることになったこの施設。これは「都市イノベーション開墾」と、先日、(用もないのに)御殿場まで試乗してきました。
本日の日経新聞(東京首都圏経済欄)によると、1日平均で1200便に約2万人が利用。割り算すると1台当たり10数名ということで経営面は心配になりますが、それはさておき、分散していたバス停を統合することで新宿駅周辺の渋滞緩和につながり(実証データはまだ見ていない)、利用者の満足度が上がる(これは日経記事にデータ掲載)など、メリットは大のようです。
こうした一般論は横に置いておき、「都市イノベーション開墾」的視点でいくつかあげてみます。
第一。鉄道駅をまたぐテラスに国際色豊かな旅行客等が腰を下ろし、今まで新宿では見られなかった(もしかすると日本のどこにも見られなかった)風景が出現しました。
第二。そのことと関係すると思われますが、成田空港新宿富士山をはじめ、高速バスと鉄道を組み合わせたさまざまな機会が相当増えたものと思われます(一か所にまとめられ便利になりわかりやすくなったことも含む)。
第三。鉄道と高速バスが組み合わされた他のターミナルとの関係がさらに便利になると、ますます<東京>という場所の国際的存在感が増すのではないかとワクワクします。
第四。深夜便や早朝便(そんなのある?)など、バスと鉄道が組み合わさることでさらに都市における時間そのものを開拓している(する可能性がある)などと考えます。特に都市の国際化を考えたとき、重要な観点かもしれません。
第五。新宿という街に、新たな可能性がひろがったという視点もありそうです。やや拡大して考えると、もはや新宿代々木は一体化されつつあること、新宿御苑のような貴重な都市空間の活用と結びつけて考えることで、<新宿>というブランドがまた進化する可能性もありそうなことなどです。

ところで、御殿場からの帰りは新幹線「こだま」でした。お客の過半は外国人。本記事でも<東京>というとき、こうした広域的なイメージをもつことが重要そうだと考えたりもしました。

2016-05-26

“朝日座でロックだぜ!”(朝日座を応援します(その4))

本日の岩手日報(Web版)に掲載された記事「沿岸唯一の映画館シネマリーン閉館へ」を見て、朝日座(南相馬市)の「その後」を書いておかねばと思い立ちました。岩手日報の記事は、岩手県の沿岸部で唯一残っていた映画館(全国で唯一の生活協同組合運営)の赤字が膨らみ閉館することになったとするものです。

朝日座。
「3.11」を乗り越えたものの(その1) 、築90年の木造の元映画館(旧芝居小屋)は雨漏りに悩まされそれをなんとかしようと「朝日座を楽しむ会」が寄付を募って屋根を改修(その2) 。さらにこれまでの取組みや建物調査結果等が報われ登録文化財となった(その3) 南相馬市の朝日座。
その朝日座で映画+ロックコンサート(“朝日座でロックだぜ!”)が行われるというので、先日、久しぶりにおじゃましました。ハードロックコンサートに行ったことは一度もなくとても躊躇しましたが、「これはただのハードロックコンサートではない。改修したとはいえ築93年にならんとするあの建物がハードロックで壊れやしないか見届けるべきだ」「いやいや、そのような価値ある建物でハードロックが聴けるなどという機会はめったにないはず」「そんなこと言ってないで、朝日座を楽しむ会のOさんに会いに行くべきだ」などと自問しながらバスで「帰還困難区域」を横切り、朝日座へ。
映画もよかったし、ハードロックのほうも地元グループの友情出演ありそのグループリーダーの母親の声援ありで、なかなかのものでした。

朝日座が映画館かというと今は「元映画館」。けれどもその分、今回のハードロックコンサートも含めて、地域を元気にするさまざまな活動を展開中。
ちなみに、朝日座はハードロックごときではビクともせず、私の心配は杞憂に終わったのでした。

[参考]
東日本大震災復興計画・復興事業(Blog内統合ファイル)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20120305/1330943180
・【コンセプトノート】都市イノベーション(Blog内統合ファイル)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20141110/1415588957

2016-05-24

オクシズの縁側カフェ

2年ほど前に「盆栽カフェ」を記事にしました。当時、気づいてみるとあの原宿「The Share」にも盆栽(ミニサボテン)がテーブルに置いてあり驚いたものです。今度は「縁側カフェ」。こちらのほうが空間的にはピンときます。
きっかけはおとといの毎日新聞。「ぐるっと首都圏」欄でオクシズを取り上げています。こう書くとオクシズを知っていたようにみえますが、最初は「???」でした。そのオクシズの大沢地区で、23世帯が参加する「縁側カフェ」なるものをやっている、という記事です。そしてなにより、以下のような呼びかけ文が心に響いたのでした。

「何もないところで、皆様に満足していただけるおもてなしもできませんが、季節ごとのお茶請けをご用意してお待ちしております。農家の縁側でどうぞのんびりしてください。」

少し正直すぎて、こちらが戸惑ってしまいますね、、、
「縁側カフェ」と名乗るカフェは各地にあるようですが、これだけ皆で「地域おこし」としてやっているところははじめてかもしれません。少し引いて客観的にオクシズをみると、静岡市では「オクシズ地域おこし条例」を制定(H27.4.1施行)してオクシズを盛り上げていこうとしているようです。現在、この条例にもとづき、「オクシズ地域おこし計画」の見直し作業が進行中。
それにしても、静岡市は大きいです。Google mapで大沢地区をかなり山の中に発見したのですが、静岡市全体からみるとまだ中心市街地に近い距離です。

2016-05-23

Sunken cities (アレクサンドリア開墾)

「都市イノベーション開墾」(第1話〜50話)を受けて、本日より、「都市イノベーション開墾2」をスタートします。都市イノベーションを“開墾”しそうな話題を世界中から見つけ出して(実際には日々の生活の中からこれぞという関心事を抽出して)、書き留めていきます。

第51話。
先週、大英博物館で「Sunken cities : Egypt’s lost worlds」展がはじまりました。ホームページを開いてみると、海底に眠る都市の中から像を引き上げる、神秘的というか心ときめくというか、現代に生きる自分を一瞬忘れそうになるショットが出ています。このたびの展示はアレクサンドリア近くの「Herakleion」と「Canopus」という古代エジプト都市が、ナイル河デルタ地帯の液状化等により海底に沈み込んでいたものを、近年の水中考古学や空間認識技術等の発達によって「発見」し、引き揚げ作業を行った(作業後は元に戻す)成果を大規模に展示するもので、11月までの半年間開催されています。

話は飛びますが、昨年、『アレクサンダー』という映画を観て、自然に、アレクサンダーを撃退した古代インド文明のみならず、古代アレクサンドリアへの興味が湧いてきました。本ブログ『十二世紀ルネサンス』、あるいは2009年の映画『アレクサンドリア』などにより、現代科学の基礎を築いたアレクサンドリアという都市の魅力にますます引きつけられていたところです。
このたびの大英博物館の展示はそのアリクサンドリアが繁栄する一歩手前の時代の交易都市についての考古学的成果のようです。この考古学チームは20世紀の終わり頃に、アレクサンドリアそのものの海中に没したエリアの考古学的成果をあげていました。

都市の繁栄とははかないもので、現代につながる数々の科学的成果をあげたアレクサンドリアも、学芸に力を注ぎ文化・科学の拠点をつくった3代の王が去ると力を失い、映画『アレクサンドリア』でとりあげられたキリスト教による迫害や、相次ぐ地震等により都市は衰退。18世紀末には人口4千人ほどの「アレクサンドロス大王が初めて目にしたときの漁村と変わりない状態に戻ってしまった」(『古代アレクサンドリア図書館の物語』柏書房、2003、p227)とされます。しかし都市とはおもしろいもので、1798年にナポレオンエジプトに侵入。その後いろいろあって、現在では、人口400万人を超える大都市になっています。
けれども都市というのはさらにおもしろいことに、では、アレクサンドリアの都市の真価は?と問われるとき、やはり古代アレクサンドリアの魅力ではないかと思ったりします。海中に沈んでしまったり、海中に沈んだ古代都市の上に現代のオフィスビルなどが建っていたりして、「本当のアレクサンドリア」についてはまだまだわからないことの方が多いわけですが。

2016-05-16

八戸からいわきまで・2016春(その3) [=「浜通り地域の復興の現状(その5)」]

2013.8.28の「八戸からいわきまで」において第四の区域とした原発被災区域が今回(その3)のテーマです。テーマに入る前に、東京電力管内発電所リストをもとに、「3.11」前後の電力需給を比較します。ごくごく大雑把にみると、「3.11」の前に6000万キロワットだった電力消費は震災後には5000万キロワットほどで推移。一方、震災前に1620万キロワットだった原子力発電(うち福島が900(第一460、第二440))はゼロになっていますが、火力で610万、水力で130万の計740万キロワットが増強されたため、{(6000-5000)+740}-1620=120となり、需給面ではトントン、という状態です。ちなみに増強された火力610万の内訳は、横須賀227万(柏崎原発が動き出したため停止していたものを復活)、川崎50万、千葉150万、茨城鹿島126万、福島広野60万です。

結果からみれば電力面では「なんとかなっている」わけですが、福島第一の「460」がもたらした被害はあまりに大きく、5年後の時点でも「復旧」さえできない地域も多く含みます。それでも再生に向けた取り組みの構造と状況をとらえることは重要と考え、(その1)(その2)と合わせて理解できるように書き留めることにしました。

まず、津波被災地の復興を象徴する「嵩上げ」や「高台移転」を、「被災の原因となった要因をできるだけ取り除き、それが無理な場合においても、今後その要因による被害が可能な限り減じられるよう計画的に対処すること」とし、原発被災地域でこれに相当することをあえてあげるとすると、原発を廃止するとともに、まき散らしてしまった放射性物質をできる限り除去(=除染)して、もし帰還を長期間あきらめる場合には代替居住地を確保することといえます。現状をできるだけリアルに書き留めます。これが第一点。
しかしながら悩ましいのは、この地域の雇用や財政がその廃止される原発に大きく依存して成り立っていたことを踏まえると、除染に伴う雇用が一時的に、あるいは廃炉作業関連雇用がかなり長期にわたり継続すると予想されるものの、では、そもそもどうやって暮らしていくかを考えなければなりません。これが第二点。
とはいえ、既に避難も5年の長期に及ぶため、生活の準備が最低限整ったところから順次、最後に残されたJR常磐線区間の復旧も合わせて、できるだけ円滑に故郷に戻り落ち着いた生活を取り戻す必要に迫られています。これが第三点。
あまりに大きなテーマであるため、ここでは、3月と4月の(その1)(その2)に議論のレベルをできるだけ合わせ、第一点を中心とし、それに第二第三の点が関連するよう書き留めます。

第一の点。「被災の原因となった要因をできるだけ取り除く」ために除染作業が進み、その結果である除染の結果出た土壌等を入れる袋の山が地域の各地に大量に並べられ、それはどんどん増加しています。中間貯蔵施設の計画容量をおよそ2400万㎥、袋をおよそ1㎥とみると、2400万袋。南相馬市を例にあげると現在48ヶ所の仮置き場に100万袋以上保管してあり、最終的には200万袋に達するといわれています。その2400万㎥の除去土壌等を集める中間貯蔵施設を福島第一原発の周りに確保しようと計画しているのですが、2365人の地権者のうちまだ113人(35ヘクタール)と契約できただけで、これは計画面積の2.2%にとどまります。次に除染作業員の数はピーク時で1日30000人と言われているので仮に年間200日作業したとし4年間除染を続けると2400万人・日となり2400万袋に近い数になるので、およそ1人の作業員がまる1日の作業で1袋分の汚染土壌等を削り取り、それを3万人で4年間続けるくらいの量とイメージすることにします。その3万人の作業員があちこちに「民宿」「ホテル」「社員寮」などの新築を伴いつつ居住していて、4年ほど前に避難が解除され被災前の4割ほどの2300人が帰還した広野町では作業員が3000人と住民より多かったり、南相馬市でも「1万人はいる」との話もあり、除染以外の廃炉作業員等も含めると、相当な方が一時的に地域で暮らしています。

 除染の成果も踏まえて、5月13日には、南相馬市小高区(旧小高町)の避難指示を7月1日に解除する方針を国が示しました。市としては住民の意見を聞きながら判断するとして、現在、説明会が開催されています。解除となれば、5年間人口「ゼロ」となっていた小高区に住民が徐々に戻り始めることになります。小さな店舗や病院、医院、新聞店、鮨店なども再開しはじめ、昨年8月からはじめた「準備宿泊」には657世帯1934名が申請。仮に7月1日に解除となればJR小高駅まで運転再開、本年12月になると山下駅坂本駅等が新しい場所で再開されて、通しで仙台まで電車で行けるようになります。[6/7追記:このあと避難指示解除日は7/12と決まり、JR小高駅までの復旧も7/12となりました。]
 JR常磐線の復旧は小高駅に続いて、2017年春にはその先の浪江まで、2017年中には南側区間の竜田駅(楢葉町)止まりのものが富岡まで再開、そして残る富岡−浪江間は「2019年度末まで」に再開すると、この春、発表されました。
 その“南側の”特にいわき市との結びつきが強い楢葉町広野町の近況も少し書き留めます。楢葉町は2015.9.5に避難指示が解除され、それから約8か月が経過しました。2016.3.31(約7か月後)の人口は556人で、「帰還率」7.5%ほどです。この時点でいわき市に避難している方は5342人。まだ1対10の割合です。現在、竜田駅国道6号線の間に「コンパクトタウン」による復興事業が進みます。広野町は2012.3.31に避難指示が解除されてから4年以上経ちますが「帰還率」は40%ほどです。広野町の方々も多くがいわき市に避難していましたが、楢葉町に先行して徐々に故郷に還りつつあります。駅前(海側)の整備が進み、オフィスビルがこの春に開業。さまざまな復興事業が進みます。まだ住民がほとんど戻っていない2011年11月に訪ねたときには「山側から市街地を通り流れ落ちる水の音だけが聞こえていました。」とした広野の町も、たとえば田植えが行われたり自宅付近の畑で農作業をしている方がいるなど、休日でも「人の気配」が感じられるようになりました。

 最後に、拠点都市の役割を記します。都市規模から考えると、仙台という強力な中心がある中で2016年12月に常磐線仙台から相馬・原ノ町を経て小高までつながるようになると、北側のエリアではしばらくの間、背後に仙台を控えながら原ノ町という拠点都市のもつ力を資源として小高や浪江が少しずつ再生していく、という姿がイメージできます。一方、いわき市という避難先の力を資源としながら、広野や楢葉は今後もじわじわと再生に向かい、それが富岡につながっていく。「運転再開を2019年度末までに目指す」とされる常磐線沿線の残りの区間(大熊町双葉町)の再生準備(計画検討)も既にはじまっていて、2020年3月末までには、地域再生に向けた芽が見えてくるものと思います。

2016-05-04

リニア新幹線品川駅工事

ドバイではじまった「都市イノベーション開墾」も第50話。
前回の『家康、江戸を建てる』の現代版といえなくもないリニア新幹線工事が今回のテーマです。
なかでも「三大難工事」の1つといわれる品川駅工事(他の2つは南アルプストンネル名古屋駅)。上の新幹線を平常運行しながらその直下に穴を掘り、ある時点で「はいっ」と運行パターンを切り替えなければなりません。
本日、たまたまその現場を目撃しました。現在の新幹線駅に沿って東を通る4車線道路の中央2車線が閉鎖中。リニア駅はこの道路部分にはみ出してプラットホームがつくられる予定で、その端部に「土留め壁」を設けようとしているようです。それができると、工事区間を駅寄りに少しずらして車線を変更。今度は「土留め壁」の内側を下に掘り進めます。十分掘ったあと、今度は、現新幹線の直下の空間を掘っていき、地下深くにリニア駅を完成。最後に地上部を道路に戻してできあがり、との工程です。

家康の江戸普請から400年。思えば都市というのはずっと工事中なのですね。ということは、、、「ずっと工事中の場所が都市である」という都市の定義もよいかもしれません!

2016-05-03

家康、江戸を建てる

真田丸』(NHK大河ドラマ)では先週、家康が上洛。秀吉の天下統一はさらに一歩前進し、これから小田原攻め(1590)へと向かいます。その小田原での会話からこの時代小説は始まります。
「されば家康殿、このたびの戦がすみしだい、貴殿には北条家の旧領である関東八か国をそっくりさしあげよう。相模武蔵上野、下野、上総下総安房常陸、じつに合わせて二百四十万石、天下一の広大な土地じゃ。お受けなされい。」

ところが江戸に入ってみると江戸城の「東と南は、海」、「西側は、茫々たる萱原」、「北は多少ひらけている」とはいえ「駿府小田原城下町とくらべると、五百年、六百年も発展をわすれたような古代的な集落でしかなかった」。

このような江戸を家康はいかに現在につながる大都市東京につなげたか。
治水(利根川付け替え)、貨幣制度導入、上水網の整備、石切と石垣づくり、天守閣の5つの面から、特にそれぞれの発想とプロセス、技術と人材を読み解いています。
歴史小説ですから、歴史の大筋はきちんと踏襲しつつも、細部は「お話」仕立て。最後に江戸城ができあがったとき、「江戸」という都市がどのように見えたかを描写した場面は、かなり都市イノベーション的です。

どの都市にもその礎をしっかり都市計画した歴史があり、それを私たちは引き継いでいる、、、特にある意味世界一人口の集積した東京の「へそ」を「ここ」に定めせっせと都市計画した(学術書では読み取れない)リアルで壮大な取り組みを体験できたような気がします。
門井慶喜著、祥伝社2016.2.20刊。

本書に刺激されていざ江戸城へ。内堀をぐるりと一周してしまいました。

2016-05-02

ローカルプラン策定がちゃんとできない自治体への国の介入の話

2015年11月16日の記事「大臣がローカルプランを作ってあげ、かかった費用を請求できる権限」に関連するその後の状況です。
Planning2016.4.8号によると(p8)、国の介入がありうると客観指標から判断される「ローカルプラン策定がちゃんとできない自治体」が21あるとしています。ここで「ローカルプラン策定がちゃんとできない自治体」というのは、本来策定すべきローカルプランが2017年までに策定できない自治体だけでなく、ちゃんとup-to-dateがされ(そうも)ない自治体も含まれるようです。多くはロンドン近郊のグリーンベルトエリアに位置するとして分析結果(による具体的自治体名)をあげています。

同じ記事に、ローカリズム法(2011)後に提案された139のローカルプランがどのような運命をたどったか(たどっているか)について貴重なデータが掲載されています。これによると86件(62%)は「Found sound」(適正)と判断されましたが、25件(18%)は「取り下げ」(させ)られました。「取り下げ」の理由の44%は主に計画住宅戸数が不十分、36%は「duty to cooperate」(周辺自治体との協力・調整)規定を満たしていない、残り20%がその他の理由とされます。139件のうち残り28件(20%)が手続進行中のものですが、その半分は住宅ニーズの客観根拠をもっと示すように求められているとされます。

2016-04-27

横須賀市都市計画マスタープラン(2016〜35年度)

一昨日、横須賀市HPに改訂された『横須賀市都市計画マスタープラン』がアップされました。
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/4805/tokei/tosimasu/ttoshi.html
首都圏に位置するとはいえ人口減少が続く横須賀市のマスタープランでは「都市魅力で選ばれるまち」を副題に掲げ、「都市空間の魅力づくり方針」や「都市魅力の創造方針」を大きくとりあげています。その一方、人口減少に対して市街地の縮退を政策として位置づけ、いわば“豊かな縮減”をめざすプランとなっています。
「都市空間の魅力づくり」「市街地の縮退」を具体的にどのように進めるのかについて、現時点で都市計画制度や主体や体制が確立されているわけではありません。けれども現地を歩いてみると、確かにこれらの目標を可能とする資源や可能性やネタがかなり豊富に存在していて、ビジョンが共有されモチベーションが高まりそれらに対応した動きが出てくれば、いろいろな“魅力”がジワジワと感じられるようになるはずと期待します。

2016-04-18

WHERE WE WANT TO LIVE

先週スタートした大学院授業「市街地創造論」に関係しそうな、これからの都市にかかわっていくためのたいへん興味深い図書を1つ。
といっても本書は昨日紀伊国屋書店で“発見”したばかりで、まだ読み終わっていません。
RYAN GRAVEL著、St. Martin's Press、2016刊。
題材はニューヨーク「High Line」アトランタ版と言えなくもない「Belt Line」。なぜ本書がおもしろいか、もしかすると重要な都市イノベーションとなぜとらえたかを簡潔にまとめます。

第一。筆者のRYAN GRAVEL氏は修士論文でこの「Belt Line」を提案。修了後すぐさまこの構想の実現に携わりはじめ、15年かけて、かなりの成果を生み出すに至っている。
第二。1996年に開催されたアトランタ五輪前にも数々の関連する提案はあったが、実現しなかった。けれども1999年に提案されたこの「Belt Line」は、地味ではあるが着実に成果をあげている(ようにみえる)。2020年オリンピックを控える私たちにとって他人事とはいえない。
第三。ビジョンの有効性。各論がどうしても先行して「それはムリ」というのが世の常。その中で、このアイデアはアイデア止まりの提案だったからこそ多くの市民や政治家、官僚や民間事業者の共感を集めることができた(らしい)。
第四。第10章において、「High Line」も含む国内外の類似の事例を広く紹介し(かなり厚い。p137-178)、こうした取り組みのもつ意義を続く11〜14章でまとめている。(8章から9章がこの「Belt Line」そのものの事業としての解説部分で、私はまだそこを読んでいるのですが、、、)
第五。最初の5章(75ページまで)で、車依存のアトランタの現実や歴史がかなり綴られている。著者はそのアトランタ郊外でそうした都市のもつ問題を知らずに少年時代を過ごしたが、パリに行ってそのまったく違う都市のつくりに衝撃を受け、「アメリカの郊外化自体は良いことも大いにあった。けれども、今、その弊害を克服する活動に身を投じないと、この現実は決して変わらない」との強い思いで修士論文で提案したことを実行に移そうとした。
第六。ちょうどこの1999年頃というのは、アトランタのみならず全米の主要都市において郊外化の逆減少『THE GREAT INVERSION』が起ころうとしていた(起きつつあった)時期で、そのような大きな都市構造変化と「Belt Line」プロジェクトの進展の関係に何かヒントがありそう。
第七。22マイルにわたる環状のベルトに沿った24の近隣(現在は25)が、アトランタ市が進めてきた近隣計画政策の礎のうえにこのプロジェクトに参画。それぞれの地域の課題を「Belt Line」を媒介として創造的に解いていこうとしている。(6章から7章にかけてが、都市計画を推進する体制づくり。)

熱い思いと実践力がヒシヒシと伝わってくる図書です。

2016-04-12

八戸からいわきまで・2016春(その2)

2013年8月の「八戸からいわきまで」では、公共交通の復旧・復興を軸に、4つの地域に分けて課題をとらえました。第一が三陸鉄道区間。第二がJR山田線大船渡線気仙沼線沿線、第三が復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興、第四が原発被災区域のJR常磐線不通区間です。
前回の(その1)では第二の沿線地域をとらえました。今回は、第三の「復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興」をとらえます。なぜここで「仙台大都市圏の」ととらえているかというと、大都市圏域に位置する地域は、1)鉄道利用者が 一定程度いるためJRの鉄道による復旧が早期に決まり、そのことと復興まちづくりとを連動させて実施することができたこと、2)大都市仙台圏のもつ多様かつ多数の機会、例えば転職の機会や教育の機会、買い物や通院の機会などが選択できる(た)と考えられることなどによります。

まず、復興の指標となると考えられる「まちなか再生計画」第一号を策定し2015年3月にJR女川駅を復活させ(駅の場所は移動している)「まちびらき」した女川。2015年12月23日には“シーパルピア女川”がオープンし、一気にまとまりあるにぎわいの中心ができました。まちづくり会社「女川みらい創造」が運営するこの施設は、前方が海へと連なる景観的にも魅力ある一体的デザインです。女川が仙台大都市圏かどうかは微妙なところですが、石巻という拠点都市を介して大都市仙台と直接つながっているイメージです。
その石巻。嵩上げは行われず、元の市街地が何割か残る状態からの復興が中心部で徐々に進んでいます。「まちなか再生計画」で中心施設の1つになっている“石巻テラス”は低層階の店舗等も間もなくオープン。他に2件の再開発事業が進みます。また、旧市役所大通りの区画整理による道路部の工事がちょうど進行中で、チャーミングにデザインされ先行してオープンしている店舗群などとともに、他にはない、「復興の街並み」があらわれてきました。再開発事業とは異なり、街並みのスケール感や一体感が新鮮に感じます。少し内陸側に入った蛇田地区の復興区画整理事業もかなり進み、JR新駅「石巻あゆみ野」駅も先月オープン。まだまだ課題山積ですが、仙台大都市圏内ともとらえられ、宮古釜石大船渡気仙沼石巻と連なる三陸の拠点都市ともいえる石巻という都市の役割は、これからも大きいのだと思います。

2013年8月時点で「平成27年度中の全線運転再開めざす」としていたJR仙石線高城町−陸前小野間は、少し内陸に入った丘陵地を造成して線路ごと街を移し、野蒜駅、東名駅という2つの駅をもつミニ・ニュータウンが完成しました。本年間もなく6月には最初の宅地引き渡しがあり、建築がはじまります。東北本線を一部使った「JR仙石東北ライン快速」に乗ると、仙台まで30分代。
同じく「平成29年度春頃の運転再開めざす」としていたJR常磐線浜吉田−相馬間も、内陸側に線路を移動させつつ高架構造に。現在、駅部分の工事もかなり進み、本年12月に常磐線が復旧予定です。その中心となる山元町まちづくりとの関係をみると、山下駅周辺の整備がかなり進み、丘の上の町役場から山下駅方面を結ぶ幹線道路が先月開通。駅前に建設中の小学校も本年度2学期から子供たちが通い始めます。坂本駅(山元町というのは山下村と坂本村が1955年に合併してできた)周辺も小規模ながら整備が進み終盤にさしかかっています。

以下、独自の復興過程にある名取市閖上(ゆりあげ)と岩沼市の近況です。
甚大な津波被害を被った閖上。毎週日曜の“ゆりあげ港朝市”が2013年5月に現地に復活し盛況です。なかなか決まらなかった復興区画整理事業も動き出しました。市内の別の場所で営業している「閖上さいかい市場」は仮設住宅群のすぐ近く。少し先になりそうですが、復興後の閖上の姿が少しずつ見えてきました。
内陸部を区画整理して浜から移転することをいち早く決定した岩沼。浜には“千年希望の丘”があちこちに姿をあらわし、内陸に新たに造成した区画区画整理移転地は、商業施設を内包する住宅団地として地域に溶け込んでいます。

以上のように、第三の「復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興」は被災後5年の現時点において、およその方向が見えてきたと思います。この過程において、大都市仙台が都市として果たした役割は大きかったと感じます。このことは次回とりあげる(その3)の原発被災区域における、いわき市南相馬市の都市としての役割にも通じるものがありそうです。

2016-04-08

「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(案)」が本日から1週間のパブコメ

今後15年間の東京圏の都市鉄道整備計画の案が、本日8日より1週間(だけ)パブコメにかかりました。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=155160802&Mode=0
各紙で報道されていますが、どれも断片的な内容。上記URLに全文が掲載されています。

具体プロジェクトとして、「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークのプロジェクト」が8件(すべて東京。うち4件が羽田空港アクセス、4件が都心アクセス)、「地域の成長に応じた鉄道ネットワークの充実に資するプロジェクト」が16件盛り込まれています。その他、駅そのもののプロジェクト等も。

整備量自体は多くはない中で、国際競争力の強化を中心テーマとしつつ、郊外部のまちづくりとの連携を打ち出したり、「駅まちマネジメント」の推進をうたったりと、成熟社会の都市鉄道の役割をかなり意識した内容になっています。

[関連記事]
・「広域交通ネットワーク計画について」(東京都) (都市イノベーション2020 第98話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150710/1436535173
東京の鉄道ネットワークはこうつくられた (都市イノベーション2020 第93話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150623/1435038662

2016-04-06

『地域創造科目』(大学院副専攻プログラム)のオリエンテーションを行います(4/8)

本年度も『地域創造科目』(大学院副専攻プログラム)がスタートします。
http://www.webline.jp/info/chiki-ct.ynu.ac.jp/info_js/data/1459761845swhmx.html
4月8日の昼休みに、建築学棟1階会議室にてオリエンテーションを行います。

『地域交流科目』(学部副専攻プログラム)オリエンテーションを行います(4/13,14,15)

本年度も『地域交流科目』(学部副専攻プログラム)がスタートします。
http://www.webline.jp/info/chiki-ct.ynu.ac.jp/info_js/data/1459761722pvkul.html
4月13,14,15日のそれぞれ昼休みに、中央図書館メディアホールにてオリエンテーションを行います。

地域実践教育研究センターのAnnual Report(2015-2016)が公開されました

地域まちづくりや地域連携研究などについて、コンパクトかつビジュアルにわかりやすく編集した、地域実践教育研究センターのAnnual Report(2015-2016)が公開されました。
http://www.webline.jp/info/chiki-ct.ynu.ac.jp/info_js/data/1459761266ptwqz.html
学部生も、大学院生も、研究者も参画できるさまざまな仕組みや機会が用意されています。地域との連携が基本です。
[4月27日追記 : 昨日、この資料を説明する機会があり改めて活動のひろがりを感じました。後づけで「都市イノベーション開墾」のカテゴリーを加えます。]

鎌倉市津波シミュレーション動画が公開されました

昨日、鎌倉市HPに、震災後「8分」で到達すると想定される大津波シミュレーション動画がアップされました。
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/sougoubousai/tunamisim2804.html
15分弱の内容で、最初の5分で津波のメカニズムや関東大震災時の鎌倉津波被害を概説。そのあと、由比ヶ浜鎌倉駅七里ヶ浜腰越商店街の4か所でどのような津波が襲来するか、どのように逃げるべきか、逃げられるかについてリアルに表現されています。

2016-03-29

「地域まちづくり推進状況報告書・評価書及び見解書」が公表されました(5回目)

横浜市地域まちづくり推進条例第17条の規定にもとづき、標記情報が公表されました。
http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/chiikimachi/joureiseido/suishinreport/
規則でその公表を2年に1度と定めているため今回が5度目となります。
[4月27日追記 : 本条例条例の中の規定により自己チェックと持続的な質的向上を促しています。それが10年続いたというのが本記事。「都市イノベーション開墾」に加えることにします。]

2016-03-24

『PARTICIPOLIS』+『開発なき成長の限界』

『PARTICIPOLIS』は、近隣住民が、都市計画や都市の基本的インフラ整備・維持・管理に「参加」することをめぐる可能性や課題について多面的に議論した興味深い図書です。副題は、「Content and Contention in Neoliberal Urban India」。ROUTLEDGE、2013(paperback 2015)。
インドの諸都市、特に著しい“世界都市化”の動きとスラム居住などの都市問題とが併存する大都市、とりわけムンバイバンガロール、ハイデラバード、デリー、チェンナイを議論。中間層の台頭とともに、RWA(resident welfare association)と呼ばれる近隣主体が注目されています。力のあるエリート層の住むRWAは政府に頼らず自らの近隣の価値を維持・増進できるのに対して、貧困層が多く住まう近隣では生存に必要なインフラも確保できず声も通らない状況が描き出されます。基本インフラの民営化もそれに追い打ちをかけます。
ユニークな例として、デリーにはバギダリ(Bhagidari)という近隣が主体となるワークショップスタイルのまちづくりシステムがあり、1341のRWAが登録されています(2002-03)。けれども基本的な法制度の上に構築されたものではなく、他の政治組織とも競合するなど一筋縄ではいかない様子。これはまさに、インド版「Reconsidering Localism」です(⇒参考記事1,2)。
また、『WORLDING CITIES』『CONTESTING THE INDIAN CITY』と合わせて、現代インド都市の新しい動向、とりわけベルリンの壁崩壊後の憲法改正と地方自治制度変化、都市のガバナンスの変化、中間層の台頭、経済成長と格差拡大等をかなり正確に把握することができます。
なお、よりマクロな状況については『開発なき成長の限界』(明石書店、2015.12.15刊)で。ピンとこない日本語タイトルは、原題「AN UNCERTAIN GLORY」のほうが著者の気持ちを表していると思います。こちらの図書には南アジアでの位置づけ等も豊富で、ブータン(⇒参考記事3)やバングラデシュとの比較も可能。2016.3.20の諸冨徹教授による書評(朝日新聞)が本書の要約になっています。

[参考記事1]
・RECONSIDERING LOCALISM (都市イノベーション開墾 第39話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160229/1456728605
[参考記事2]
・近隣計画を立てる気配の無い自治体はなぜそうなのか?
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160302/1456880824
[参考記事3]
・GNHと都市計画
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151112/1447297186

2016-03-22

「市街地創造論」を4月12日に開講します

隔年大学院講義の「市街地創造論」は4月12日スタートです。
東日本大震災からの復興市街地についても5年目の現時点で評価をおこないます。
中心市街地の再生、市街地の継承と進化、イベントと持続発展のほか、ブータンの都市やドバイの都市づくりも組み込む予定です。
市街地創造論2016.pdf 直

2016-03-15

八戸からいわきまで・2016春(その1)

ブログで「はじめて復興地域全体をとらえた」のが2013年8月。被災から2年半後の様子です。この春、「3.11」から5年となるのを機に、都市計画の立場から再度、復興地域全体をとらえ、復興の現状を確認します。
前回の「八戸からいわきまで」では、公共交通の復旧・復興を軸に、4つの地域に分けて課題をとらえました。第一が三陸鉄道区間。第二がJR山田線大船渡線気仙沼線沿線、第三が復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興、第四が原発被災区域のJR常磐線不通区間です。
(その1)では特に、第二のJR山田線大船渡線気仙沼線沿線をとらえます。まちなかの再生状況を、都市の規模、被災状況なども勘案しながら総合的にとらえ、考えます。

宮古釜石間で運休しているJR山田線はあのあと復旧が決まり、JRが再生させて三陸鉄道に移管することになりました。各所で復旧工事がはじまっています。
宮古は中心部の被害が比較的大きくなく、この地域の中心都市としての存在感があります。けれども市役所付近の被害がやや大きかったこともあり、駅南に市役所を移転して新たな拠点とするべく、現在取り組みがはじまっています。中心市街地としてトータルにどのように再構成していけるか、注目したいと思います。
山田は中心部の嵩上げも進み、市街地としての雰囲気が少し出てきました。認定された「まちなか再生計画」(⇒参考記事)の姿を現場でイメージしようとすると、まだ区画が工事中のため、どこが駅になりどこに中心施設が建つ予定なのかまでははっきりわかりません。けれども何か、街として再生されつつある雰囲気が伝わってきます。
大槌は3月12日に、「100区画の住宅地と災害公営住宅1棟が完成し」まちびらき式が行われたと報じられました。現地を歩いてみると、大規模な嵩上げ地がまだ工事中のため、なかなか将来の姿を想像するのは困難です。街としての再生はもう少し先になりそうな印象です。2年半前の時点ではまだ嵩上げ工事の始まる前でしたから、その「差」は大きいと感じます。JR山田線の再生も含めていよいよこれからです。
釜石の中心部にはかなり被害があり2年半前には空き地が目立ちましたが、イオンの開業(かなり大規模)とその前面部分の再整備等で、まちなかに明確な「中心」ができた感じになりました。ヨコミゾマコト設計の市民ホールも来年秋のオープンをめざしています。メイン通り沿いには被災した銀行なども建替えられるなどして、また、いくらか周囲の再建も進んできました。元は「ビル」だったところも、気のせいか、やや軽量で現代風の建築に置き換わってきていると感じます。
以上のように、宮古釜石という都市に支えられつつ、JR山田線の再生と合わせて山田、大槌の順に徐々に街の雰囲気が出てくるとのイメージをつかみました。JR山田線区間が三陸鉄道に移管されると、北は久慈から南は盛(大船渡)まで通しの経営となり、情報発信という意味では一体的な地域感が出てくるかもしれません。

大船渡線気仙沼線沿線は、現在、BRTでの復旧です。このままいくと、大船渡線区間(盛−気仙沼)はBRTのまま、気仙沼線区間(気仙沼柳津(一部前谷地まで))もBRTのままになりそうな状況です。この区間にある大船渡気仙沼という2都市が、被災にもかかわらず都市としての力を保持しながら自己再生する過程にあると感じます。
大船渡では、中心部に設定した津波復興拠点の「まちびらき」が3月13日に行われました。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20160205_1
「まちなか再生計画」も認定されたこの区域の復興は、本格的な復興市街地として姿をあらわしはじめました。その中心がプラザホテル。被災した旧プラザホテルから100メートルほどのBRTの駅前に新築津波復興拠点の中では既にホテルやホームセンターも工事中。再生への強い意志のようなものを感じます。一昨年に開業した新市場は建築としてもシンボリックで、津波復興拠点から新市場に至るエリアに注目したいと思います。
気仙沼も都市としての力を保持しながら自己再生中。その焦点となる魚町・南町でも区画整理事業が進んでいます。他の2地区(鹿折、南気仙沼)の事業はURが受託(平成29年度まで)、魚町・南町は民間JVが事業を受託しています(平成30年度まで)。ここではやはり、現在、海と一体となっている空間を、登録文化財の再建も含めてどのように再生させるかが課題です。時間はかかるかもしれませんが、都市のもつ自己再生力のようなものを感じます。
大船渡気仙沼の間にある陸前高田。都市の中心部そのものが津波で甚大な被害。嵩上げの規模、特にマスとしての巨大さと高さを前に、「まちなか再生計画」に描かれた内容を、ついに想像することができませんでした。現在、嵩上げ地東方のイオン周辺、西方竹駒ににぎわいの中心があり、嵩上げ地後方の丘陵部に住宅地や病院等があります。どのようにそれらと有機的に結びつきながら一体的な都市に再生できるか。
同様に、南三陸町。特にその中心地である志津川。丘陵部の都市機能の一部と合わせて、どのように町が再生されるか、「まちなみ再生計画」に描かれたにぎわいがどのように創り出されるのか。積み上げられた嵩上げ土群を前に、やはり想像できませんでした。
再生の姿が想像できなかったのは、三次元の空間に対する想像力不足や工事手順・内容に対する情報不足(不勉強)によるものも大きかったと思います。けれども、町の多くが被災してしまったときの、自己再生がきわめて難しく,時間も労力も忍耐力も要する困難な状況を強く感じる結果となりました。
逆に、都市というものがもつ、回復力、自己再生力に注目して、あるいはそれを信じて、日頃の都市計画の中で、どんなことがあってもすべてを失うようなことにならないよう深慮することがとても大切なことなんだと、知らされたような気がします。

[参考記事]
・まちなか再生計画と「まちづくり会社」等
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160216/1455615465

[参考]本ブログ東日本大震災復興計画・復興事業「★統合ファイル
[参考]本ブログの災害復興・地域再生の新たなしくみ「☆リンクファイル

2016-03-08

本年度も「都市イノベーション学府修了展」が開催されます

3月19(土)、20(日)、21(振替休日)の3日間、都市イノベーション学府修了展が開催されます。
場所はBankART Studio NYKの3階。
http://www.urban.ynu.ac.jp/?p=2895

2016-03-03

都市計画マスタープランと近隣計画の2層構造がみえてきたウインザー

日本の各地で現在、人口減少時代の都市計画として「立地適正化計画」の策定が進んでいます。「立地適正化計画」は都市計画マスタープランの一部とされますが、都市内部の各近隣が主体となってまちづくりを行い、かつ、都市全体のマネジメントも行うようなイメージではありません。
近隣計画を制度化したあとの1つの到達点として、都市内のすべての近隣において主体的にまちづくりに取り組む姿が考えられます。これまで本ブログではロンドンウエストミンスター区をそれに近い形としてウォッチしてきましたが、もう1つ、日本人も必ず観光に訪れるロンドン近郊のウインザーでほぼその形が見えてきているので取り上げてみます。
正式名称は、Royal Boruough of Windsor & Maidenhead。11の近隣計画策定が進み、既にAscot, Sunninghill & Sunningdaleでは近隣計画が策定済みです。1ヶ所だけ近隣計画に着手していない場所がありますが(Cookham)、ここでも既に「Cookham Village Design Statement」を都市計画マスタープランを補完する「補完計画書(Supplementary Planning Document)」として運用しているので、近隣計画に準じる計画があるとみなしておきます。

さて、既に近隣計画の運用については多くの事例をみてきたので、ここでは近隣計画が積みあがるとどのような「都市計画マスタープランと近隣計画の2層構造」の都市計画システムができあがるかの概要をみてみます。
第一。新しい都市計画マスタープラン(Local Plan)の策定が並行して進んでいて、2016年中にその案の段階に至る予定です。
第二。11の近隣計画策定区域のうち8ヶ所はパリッシュが計画主体。この場合構成パリッシュ数は1つとは限らず、2つ(Horton & Wraysbury、他)、4つ(Hurley & the Walthams)の場合もみられます。これら8つの計画区域は田園地帯に位置します。逆にいうと、残り3つはウインザーのような観光地や市街地部。うち、最も中心部のセントラルウインザーはビジネスフォーラムが計画主体のビジネス近隣計画。その隣のウインザーはフォーラムが主体となる一般の近隣計画。残りのMaidenhead & Cox Greenはタウンフォーラム(Maidenhead側)とパリッシュ(Cox Green側)のジョイントによる近隣計画をめざしています。他都市においても、もし市域全体をカバーする場合にはこのような姿があらわれそうです。
第三。やはり都市計画マスタープランとしてはその基本となるローカルプランが重要です。策定中の新マスタープランにおいても、たいへん念入りに(プロセス)、かつ技術的に(コンテンツ)計画策定作業が進んでいる様子がつかめます。日本の立地適正化計画的要素もこの計画プロセスの中にビルトインされていると感じます。
第四。それでは都市全体のマスープランと近隣計画との関係はどのようにとらえられているかというと、基本的には、2011年Localism Actにより近隣計画が定められるようになったことから、近隣が望むなら行政もお手伝いしましょう、とのスタンスです。とはいえ、Royal Boruough of Windsor & Maidenheadは近隣計画というプロジェクトに対しては“先頭に立つ自治体”と自称していることから、また、事実、既にほぼ全区域が近隣計画区域となっていることから、この都市計画ツールに大きな魅力を感じて新しい都市計画システムに積極的に移行しようとしているのではないかと思われます。
第五。なお、近隣計画策定には国からの助成が出ます。自治体では、各近隣計画エリアに担当者を決めて、さまざまな支援を行っている様子がホームページからみてとれます。
第六。やはり、地域側が主体となって近隣計画を策定してエリアマネジメントにかかわりつつ、都市計画マスタープランを通して持続的な都市マネジメントを行うという、良い意味での補完関係が築けると、お互いにチェックしたり協力したりしながら、持続的な地域運営ができるものと思われます。先行して運用段階に入ったAscot, Sunninghill & Sunningdaleでは、「Policy」に載せられない重要事項を「Project」として位置付け、自治体や事業者とも協力しながら、近隣計画の実現に向けた活動を行っています。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-03-02

近隣計画を立てる気配の無い自治体はなぜそうなのか?

昨日の記事のような「親近感のある」「素朴な」事例も興味が湧きますが、一方で、一昨日の記事で取り上げたように、たとえば、格差拡大のような問題を、近隣計画の策定がそもそも伴っているかもしれません。その検証にはかなりの研究が必要と思われますが、ここでは、「近隣計画に着手する様子がない自治体があるのはなぜなのか?」という素朴な疑問に、素朴な仮説をもって少し考えてみることにします。
第一、たまたま説。第二、メリット無し説。第三、住民側多大な負担説、第四、複雑な大都市での必然説。第五、自治体敬遠説、第六、自治体側の積極的無視説、第七、代替施策対応説です。
ロンドンの中にそのような、近隣計画策定の「気配の無い」区はいくつもあります。特にマップで全体をみると、策定活動が活発なエリアはロンドンでは都心区に集中し、かつ、シティから西のいわゆる裕福なエリアに集中していることがわかります。そこで、最も気配の薄い、シティから東のインナーシティに位置するニューアム区を取りあげて考えてみます。
(参考マップ)http://www.ourneighbourhoodplanning.org.uk/about/npa_area_list

まだ策定の気配が無いのは、たまたまかもしれません(第一説)。区のホームページで都市計画のページをみても、区全体のマスタープランであるローカルプランの説明はあるのですが、近隣計画の説明がなかなか見つかりません。
ここで、苦労してやっとレファレンダムが通ったインナーシティのBalsall Heath(バーミンガム市⇒近隣計画の運用(その14))を思い出します。なんとか策定しようとしたのだけれども、近隣計画向きの項目ではないプロジェクトやらマネジメント系のまちづくり要素ばかりで、結局、本文に書けなかったものが多かったと。そう。民間の開発計画に対して制御するような場合は近隣計画向きだけれども、そもそも失業が多いなどの問題地区では近隣計画のメリットは感じられないだろう(第二説)。また、自治体側でも仕事ととらえにくいと(第五説)。そもそも第三者評価に耐えられるきちっとした計画書を近隣住民が立てるのはたいへんなことで、昨日のSudbury Townも、あそこまでいくのはたいへんだったはずだと(第三説)。特に課題が複雑で利害関係者も多い大都市ではたいへんなこと(第四説)。
そういえば「Localism」は「小さな政府」をめざす保守党の政策。古くから労働党が強いニューアム区では、もしかすると、積極的に近隣計画を立てたくないと考えているのかもしれない(第六説)。考えすぎかもしれないし、第二、三、四、五の要素の方が強いのかもしれない。でも待てよ。ホームページにたくさん並んでいる「Community Neighbourhood」って、何だ? 近隣計画ではない方法で、既に、ニューアムらしいやり方で近隣ベースのまちづくりを相当やっているようにみえます(第七説)、、、

このようにとらえつつ、では、なぜ逆に、都心部ウエストミンスター区では既にほとんどのエリアで近隣計画を策定中なのかと考えると、リアルな近隣計画の意味が浮かび上がってくるだろうと思います。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-03-01

近隣計画の運用(その15):たった8人ではじめたロンドンブレント区Sudbury Town近隣計画

ロンドンでは「取り組みが著しく遅れている」「2つのフォーラムだけしか進展を示していない」との情報に、3つめはまだまだ先のことだろうと思ってふり返ってみると、2015年8月10日にロンドンブレント区のSudbury Town近隣計画がレファレンダムを通過していたことを“発見”しました(第4号はまだ発見していません)。
https://www.brent.gov.uk/services-for-residents/planning-and-building-control/planning-policy/neighbourhood-planning/sudbury-town-residents-association/

サッカーの聖地ウエンブリースタジアムの西約2キロ。第1号のNorland(⇒近隣計画の運用(その4))や第2号のFortune Green(⇒近隣計画の運用(その13))に比べると、ごく普通の郊外住宅地です(に見えます)。
仮の視点を提示すると、「このようなごく普通の市街地でつくる近隣計画とはどういうものなのか」という興味・論点です。

この街を良くしたいと8人ではじめた活動からはじまり、後に近隣フォーラムとなるSudbury Town Residents’Associationを結成。最初の会合は2011年2月に開催されます。2012年12月にフォーラムに認定。そこから数えて3年弱、最初の会合から4年半で近隣計画が公的な計画になっています。
近隣計画の内容も、きっちりと計画許可のための政策や方針・基準が書き込まれているというよりは、「こうありたい」「こうしたい」という思いが素朴に綴られているような内容(もちろん、エビデンスの記載などもあり、単なる思いだけではありませんが)。それを象徴するのが「ASPIRATION」という枠で囲まれた記述方法です。普通の「方針」にあたるものは「POLICY」という枠で囲まれた中に記述されている(記述内容は素朴であるけれども方針は方針)のに対して、都市計画という制度の枠には入らないけれどもこれだけは言っておきたい、呼びかけたい、是非とも実現したいという思いを「ASPIRATION」の枠内に記述しています。4つある目標のうち2つは「POLICY」より「ASPIRATION」の方が多いくらいです。
こういう事例をみると、親近感が湧いてくるというか、近隣計画という制度がもつ素朴な意味・意義が理解できるというか、「まちづくり」が普遍的であることを確認できます。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-02-29

RECONSIDERING LOCALISM

SIMIN DAVOUDI AND ALI MADANIPOUR編著、ROUTLEDGE、2015。
「ローカリズム」という概念や実践、およびそれに伴う可能性や課題について、世界的にみてもこれまであまり(ほとんど)検討がなされてこなかったと位置づけながら、この分野に接点のある専門家らが14の議論を展開している貴重な図書です。
編著者の2人は、本ブログの右帯下方のリンク「Localism and Planning」の上のほうにある、“批判的・批評的議論”の主要著者。以下に“批判的・批評的議論”を再掲します。
 http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20110811/1313039970 (2011.8.11記事)
 http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20131114/1384426667 (2013.11.14記事)
 http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140121/1390275199 (2014.1.21記事)

ローカリズムということで、地域民主主義的には結構なことではないか、との楽観論もなくはないのですが、そこにはさまざまな課題もあり、それらをトータルに論じたはじめての図書。議論はイギリス国内(イングランド)にとどまらず、アメリカ(第4章。デンバーの事例はたいへん興味深い)やオランダ(第7章)も。こうした文脈からは、コロンビアメデジンの事例など(⇒参考記事)にも通じるものがあります。「近隣」というものが独立してあるのではなくむしろ他とつながりあってこそ活かされるのだという観点や、がんばれる近隣がある一方で疎外されていく近隣もあるという事実をどう都市計画システムの中でフォローしていけるかといった観点など、主として都市における近隣計画のあり方を論じたものです。

[参考記事]
・SOCIAL URBANISM AND THE POLITICS OF VIOLENCE (都市イノベーション開墾 第16話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151201/1448941928
・LATIN AMERICAN URBAN DEVELOPMENT INTO THE 21st CENTURY (都市イノベーション開墾 第17話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151202/1449040479