Hatena::ブログ(Diary)

地域が連携し「住みたい都市」をプロデュースする

2016-05-23

Sunken cities (アレクサンドリア開墾)

「都市イノベーション開墾」(第1話〜50話)を受けて、本日より、「都市イノベーション開墾2」をスタートします。都市イノベーションを“開墾”しそうな話題を世界中から見つけ出して(実際には日々の生活の中からこれぞという関心事を抽出して)、書き留めていきます。

第51話。
先週、大英博物館で「Sunken cities : Egypt’s lost worlds」展がはじまりました。ホームページを開いてみると、海底に眠る都市の中から像を引き上げる、神秘的というか心ときめくというか、現代に生きる自分を一瞬忘れそうになるショットが出ています。このたびの展示はアレクサンドリア近くの「Herakleion」と「Canopus」という古代エジプト都市が、ナイル河デルタ地帯の液状化等により海底に沈み込んでいたものを、近年の水中考古学や空間認識技術等の発達によって「発見」し、引き揚げ作業を行った(作業後は元に戻す)成果を大規模に展示するもので、11月までの半年間開催されています。

話は飛びますが、昨年、『アレクサンダー』という映画を観て、自然に、アレクサンダーを撃退した古代インド文明のみならず、古代アレクサンドリアへの興味が湧いてきました。本ブログ『十二世紀ルネサンス』、あるいは2009年の映画『アレクサンドリア』などにより、現代科学の基礎を築いたアレクサンドリアという都市の魅力にますます引きつけられていたところです。
このたびの大英博物館の展示はそのアリクサンドリア繁栄する一歩手前の時代の交易都市についての考古学的成果のようです。この考古学チームは20世紀の終わり頃に、アレクサンドリアそのものの海中に没したエリアの考古学的成果をあげていました。

都市の繁栄とははかないもので、現代につながる数々の科学的成果をあげたアレクサンドリアも、学芸に力を注ぎ文化・科学の拠点をつくった3代の王が去ると力を失い、映画『アレクサンドリア』でとりあげられたキリスト教による迫害や、相次ぐ地震等により都市は衰退。18世紀末には人口4千人ほどの「アレクサンドロス大王が初めて目にしたときの漁村と変わりない状態に戻ってしまった」(『古代アレクサンドリア図書館の物語』柏書房、2003、p227)とされます。しかし都市とはおもしろいもので、1798年にナポレオンエジプトに侵入。その後いろいろあって、現在では、人口400万人を超える大都市になっています。
けれども都市というのはさらにおもしろいことに、では、アレクサンドリアの都市の真価は?と問われるとき、やはり古代アレクサンドリアの魅力ではないかと思ったりします。海中に沈んでしまったり、海中に沈んだ古代都市の上に現代のオフィスビルなどが建っていたりして、「本当のアレクサンドリア」についてはまだまだわからないことの方が多いわけですが。

2016-05-16

八戸からいわきまで・2016春(その3) [=「浜通り地域の復興の現状(その5)」]

2013.8.28の「八戸からいわきまで」において第四の区域とした原発被災区域が今回(その3)のテーマです。テーマに入る前に、東京電力管内発電所リストをもとに、「3.11」前後の電力需給を比較します。ごくごく大雑把にみると、「3.11」の前に6000万キロワットだった電力消費は震災後には5000万キロワットほどで推移。一方、震災前に1620万キロワットだった原子力発電(うち福島が900(第一460、第二440))はゼロになっていますが、火力で610万、水力で130万の計740万キロワットが増強されたため、{(6000-5000)+740}-1620=120となり、需給面ではトントン、という状態です。ちなみに増強された火力610万の内訳は、横須賀227万(柏崎原発が動き出したため停止していたものを復活)、川崎50万、千葉150万、茨城鹿島126万、福島広野60万です。

結果からみれば電力面では「なんとかなっている」わけですが、福島第一の「460」がもたらした被害はあまりに大きく、5年後の時点でも「復旧」さえできない地域も多く含みます。それでも再生に向けた取り組みの構造と状況をとらえることは重要と考え、(その1)(その2)と合わせて理解できるように書き留めることにしました。

まず、津波被災地の復興を象徴する「嵩上げ」や「高台移転」を、「被災の原因となった要因をできるだけ取り除き、それが無理な場合においても、今後その要因による被害が可能な限り減じられるよう計画的に対処すること」とし、原発被災地域でこれに相当することをあえてあげるとすると、原発を廃止するとともに、まき散らしてしまった放射性物質をできる限り除去(=除染)して、もし帰還を長期間あきらめる場合には代替居住地を確保することといえます。現状をできるだけリアルに書き留めます。これが第一点。
しかしながら悩ましいのは、この地域の雇用や財政がその廃止される原発に大きく依存して成り立っていたことを踏まえると、除染に伴う雇用が一時的に、あるいは廃炉作業関連雇用がかなり長期にわたり継続すると予想されるものの、では、そもそもどうやって暮らしていくかを考えなければなりません。これが第二点。
とはいえ、既に避難も5年の長期に及ぶため、生活の準備が最低限整ったところから順次、最後に残されたJR常磐線区間の復旧も合わせて、できるだけ円滑に故郷に戻り落ち着いた生活を取り戻す必要に迫られています。これが第三点。
あまりに大きなテーマであるため、ここでは、3月と4月の(その1)(その2)に議論のレベルをできるだけ合わせ、第一点を中心とし、それに第二第三の点が関連するよう書き留めます。

第一の点。「被災の原因となった要因をできるだけ取り除く」ために除染作業が進み、その結果である除染の結果出た土壌等を入れる袋の山が地域の各地に大量に並べられ、それはどんどん増加しています。中間貯蔵施設の計画容量をおよそ2400万㎥、袋をおよそ1㎥とみると、2400万袋。南相馬市を例にあげると現在48ヶ所の仮置き場に100万袋以上保管してあり、最終的には200万袋に達するといわれています。その2400万㎥の除去土壌等を集める中間貯蔵施設を福島第一原発の周りに確保しようと計画しているのですが、2365人の地権者のうちまだ113人(35ヘクタール)と契約できただけで、これは計画面積の2.2%にとどまります。次に除染作業員の数はピーク時で1日30000人と言われているので仮に年間200日作業したとし4年間除染を続けると2400万人・日となり2400万袋に近い数になるので、およそ1人の作業員がまる1日の作業で1袋分の汚染土壌等を削り取り、それを3万人で4年間続けるくらいの量とイメージすることにします。その3万人の作業員があちこちに「民宿」「ホテル」「社員寮」などの新築を伴いつつ居住していて、4年ほど前に避難が解除され被災前の4割ほどの2300人が帰還した広野町では作業員が3000人と住民より多かったり、南相馬市でも「1万人はいる」との話もあり、除染以外の廃炉作業員等も含めると、相当な方が一時的に地域で暮らしています。

 除染の成果も踏まえて、5月13日には、南相馬市小高区(旧小高町)の避難指示を7月1日に解除する方針を国が示しました。市としては住民の意見を聞きながら判断するとして、現在、説明会が開催されています。解除となれば、5年間人口「ゼロ」となっていた小高区に住民が徐々に戻り始めることになります。小さな店舗や病院、医院、新聞店、鮨店なども再開しはじめ、昨年8月からはじめた「準備宿泊」には657世帯1934名が申請。仮に7月1日に解除となればJR小高駅まで運転再開、本年12月になると山下駅坂本駅等が新しい場所で再開されて、通しで仙台まで電車で行けるようになります。
 JR常磐線の復旧は小高駅に続いて、2017年春にはその先の浪江まで、2017年中には南側区間の竜田駅(楢葉町)止まりのものが富岡まで再開、そして残る富岡−浪江間は「2019年度末まで」に再開すると、この春、発表されました。
 その“南側の”特にいわき市との結びつきが強い楢葉町広野町の近況も少し書き留めます。楢葉町は2015.9.5に避難指示が解除され、それから約8か月が経過しました。2016.3.31(約7か月後)の人口は556人で、「帰還率」7.5%ほどです。この時点でいわき市に避難している方は5342人。まだ1対10の割合です。現在、竜田駅国道6号線の間に「コンパクトタウン」による復興事業が進みます。広野町は2012.3.31に避難指示が解除されてから4年以上経ちますが「帰還率」は40%ほどです。広野町の方々も多くがいわき市に避難していましたが、楢葉町に先行して徐々に故郷に還りつつあります。駅前(海側)の整備が進み、オフィスビルがこの春に開業。さまざまな復興事業が進みます。まだ住民がほとんど戻っていない2011年11月に訪ねたときには「山側から市街地を通り流れ落ちる水の音だけが聞こえていました。」とした広野の町も、たとえば田植えが行われたり自宅付近の畑で農作業をしている方がいるなど、休日でも「人の気配」が感じられるようになりました。

 最後に、拠点都市の役割を記します。都市規模から考えると、仙台という強力な中心がある中で2016年12月に常磐線仙台から相馬・原ノ町を経て小高までつながるようになると、北側のエリアではしばらくの間、背後に仙台を控えながら原ノ町という拠点都市のもつ力を資源として小高や浪江が少しずつ再生していく、という姿がイメージできます。一方、いわき市という避難先の力を資源としながら、広野や楢葉は今後もじわじわと再生に向かい、それが富岡につながっていく。「運転再開を2019年度末までに目指す」とされる常磐線沿線の残りの区間(大熊町双葉町)の再生準備(計画検討)も既にはじまっていて、2020年3月末までには、地域再生に向けた芽が見えてくるものと思います。

2016-05-04

リニア新幹線品川駅工事

ドバイではじまった「都市イノベーション開墾」も第50話。
前回の『家康、江戸を建てる』の現代版といえなくもないリニア新幹線工事が今回のテーマです。
なかでも「三大難工事」の1つといわれる品川駅工事(他の2つは南アルプストンネル名古屋駅)。上の新幹線を平常運行しながらその直下に穴を掘り、ある時点で「はいっ」と運行パターンを切り替えなければなりません。
本日、たまたまその現場を目撃しました。現在の新幹線駅に沿って東を通る4車線道路の中央2車線が閉鎖中。リニア駅はこの道路部分にはみ出してプラットホームがつくられる予定で、その端部に「土留め壁」を設けようとしているようです。それができると、工事区間を駅寄りに少しずらして車線を変更。今度は「土留め壁」の内側を下に掘り進めます。十分掘ったあと、今度は、現新幹線の直下の空間を掘っていき、地下深くにリニア駅を完成。最後に地上部を道路に戻してできあがり、との工程です。

家康の江戸普請から400年。思えば都市というのはずっと工事中なのですね。ということは、、、「ずっと工事中の場所が都市である」という都市の定義もよいかもしれません!

2016-05-03

家康、江戸を建てる

真田丸』(NHK大河ドラマ)では先週、家康が上洛。秀吉の天下統一はさらに一歩前進し、これから小田原攻め(1590)へと向かいます。その小田原での会話からこの時代小説は始まります。
「されば家康殿、このたびの戦がすみしだい、貴殿には北条家の旧領である関東八か国をそっくりさしあげよう。相模武蔵上野、下野、上総下総安房常陸、じつに合わせて二百四十万石、天下一の広大な土地じゃ。お受けなされい。」

ところが江戸に入ってみると江戸城の「東と南は、海」、「西側は、茫々たる萱原」、「北は多少ひらけている」とはいえ「駿府小田原城下町とくらべると、五百年、六百年も発展をわすれたような古代的な集落でしかなかった」。

このような江戸を家康はいかに現在につながる大都市東京につなげたか。
治水(利根川付け替え)、貨幣制度導入、上水網の整備、石切と石垣づくり、天守閣の5つの面から、特にそれぞれの発想とプロセス、技術と人材を読み解いています。
歴史小説ですから、歴史の大筋はきちんと踏襲しつつも、細部は「お話」仕立て。最後に江戸城ができあがったとき、「江戸」という都市がどのように見えたかを描写した場面は、かなり都市イノベーション的です。

どの都市にもその礎をしっかり都市計画した歴史があり、それを私たちは引き継いでいる、、、特にある意味世界一人口の集積した東京の「へそ」を「ここ」に定めせっせと都市計画した(学術書では読み取れない)リアルで壮大な取り組みを体験できたような気がします。
門井慶喜著、祥伝社2016.2.20刊。

本書に刺激されていざ江戸城へ。内堀をぐるりと一周してしまいました。

2016-05-02

ローカルプラン策定がちゃんとできない自治体への国の介入の話

2015年11月16日の記事「大臣がローカルプランを作ってあげ、かかった費用を請求できる権限」に関連するその後の状況です。
Planning2016.4.8号によると(p8)、国の介入がありうると客観指標から判断される「ローカルプラン策定がちゃんとできない自治体」が21あるとしています。ここで「ローカルプラン策定がちゃんとできない自治体」というのは、本来策定すべきローカルプランが2017年までに策定できない自治体だけでなく、ちゃんとup-to-dateがされ(そうも)ない自治体も含まれるようです。多くはロンドン近郊のグリーンベルトエリアに位置するとして分析結果(による具体的自治体名)をあげています。

同じ記事に、ローカリズム法(2011)後に提案された139のローカルプランがどのような運命をたどったか(たどっているか)について貴重なデータが掲載されています。これによると86件(62%)は「Found sound」(適正)と判断されましたが、25件(18%)は「取り下げ」(させ)られました。「取り下げ」の理由の44%は主に計画住宅戸数が不十分、36%は「duty to cooperate」(周辺自治体との協力・調整)規定を満たしていない、残り20%がその他の理由とされます。139件のうち残り28件(20%)が手続進行中のものですが、その半分は住宅ニーズの客観根拠をもっと示すように求められているとされます。

2016-04-27

横須賀市都市計画マスタープラン(2016〜35年度)

一昨日、横須賀市HPに改訂された『横須賀市都市計画マスタープラン』がアップされました。
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/4805/tokei/tosimasu/ttoshi.html
首都圏に位置するとはいえ人口減少が続く横須賀市のマスタープランでは「都市魅力で選ばれるまち」を副題に掲げ、「都市空間の魅力づくり方針」や「都市魅力の創造方針」を大きくとりあげています。その一方、人口減少に対して市街地の縮退を政策として位置づけ、いわば“豊かな縮減”をめざすプランとなっています。
「都市空間の魅力づくり」「市街地の縮退」を具体的にどのように進めるのかについて、現時点で都市計画制度や主体や体制が確立されているわけではありません。けれども現地を歩いてみると、確かにこれらの目標を可能とする資源や可能性やネタがかなり豊富に存在していて、ビジョンが共有されモチベーションが高まりそれらに対応した動きが出てくれば、いろいろな“魅力”がジワジワと感じられるようになるはずと期待します。

2016-04-18

WHERE WE WANT TO LIVE

先週スタートした大学院授業「市街地創造論」に関係しそうな、これからの都市にかかわっていくためのたいへん興味深い図書を1つ。
といっても本書は昨日紀伊国屋書店で“発見”したばかりで、まだ読み終わっていません。
RYAN GRAVEL著、St. Martin's Press、2016刊。
題材はニューヨーク「High Line」アトランタ版と言えなくもない「Belt Line」。なぜ本書がおもしろいか、もしかすると重要な都市イノベーションとなぜとらえたかを簡潔にまとめます。

第一。筆者のRYAN GRAVEL氏は修士論文でこの「Belt Line」を提案。修了後すぐさまこの構想の実現に携わりはじめ、15年かけて、かなりの成果を生み出すに至っている。
第二。1996年に開催されたアトランタ五輪前にも数々の関連する提案はあったが、実現しなかった。けれども1999年に提案されたこの「Belt Line」は、地味ではあるが着実に成果をあげている(ようにみえる)。2020年オリンピックを控える私たちにとって他人事とはいえない。
第三。ビジョンの有効性。各論がどうしても先行して「それはムリ」というのが世の常。その中で、このアイデアはアイデア止まりの提案だったからこそ多くの市民や政治家、官僚や民間事業者の共感を集めることができた(らしい)。
第四。第10章において、「High Line」も含む国内外の類似の事例を広く紹介し(かなり厚い。p137-178)、こうした取り組みのもつ意義を続く11〜14章でまとめている。(8章から9章がこの「Belt Line」そのものの事業としての解説部分で、私はまだそこを読んでいるのですが、、、)
第五。最初の5章(75ページまで)で、車依存のアトランタの現実や歴史がかなり綴られている。著者はそのアトランタ郊外でそうした都市のもつ問題を知らずに少年時代を過ごしたが、パリに行ってそのまったく違う都市のつくりに衝撃を受け、「アメリカの郊外化自体は良いことも大いにあった。けれども、今、その弊害を克服する活動に身を投じないと、この現実は決して変わらない」との強い思いで修士論文で提案したことを実行に移そうとした。
第六。ちょうどこの1999年頃というのは、アトランタのみならず全米の主要都市において郊外化の逆減少『THE GREAT INVERSION』が起ころうとしていた(起きつつあった)時期で、そのような大きな都市構造変化と「Belt Line」プロジェクトの進展の関係に何かヒントがありそう。
第七。22マイルにわたる環状のベルトに沿った24の近隣(現在は25)が、アトランタ市が進めてきた近隣計画政策の礎のうえにこのプロジェクトに参画。それぞれの地域の課題を「Belt Line」を媒介として創造的に解いていこうとしている。(6章から7章にかけてが、都市計画を推進する体制づくり。)

熱い思いと実践力がヒシヒシと伝わってくる図書です。

2016-04-12

八戸からいわきまで・2016春(その2)

2013年8月の「八戸からいわきまで」では、公共交通の復旧・復興を軸に、4つの地域に分けて課題をとらえました。第一が三陸鉄道区間。第二がJR山田線大船渡線気仙沼線沿線、第三が復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興、第四が原発被災区域のJR常磐線不通区間です。
前回の(その1)では第二の沿線地域をとらえました。今回は、第三の「復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興」をとらえます。なぜここで「仙台大都市圏の」ととらえているかというと、大都市圏域に位置する地域は、1)鉄道利用者が 一定程度いるためJRの鉄道による復旧が早期に決まり、そのことと復興まちづくりとを連動させて実施することができたこと、2)大都市仙台圏のもつ多様かつ多数の機会、例えば転職の機会や教育の機会、買い物や通院の機会などが選択できる(た)と考えられることなどによります。

まず、復興の指標となると考えられる「まちなか再生計画」第一号を策定し2015年3月にJR女川駅を復活させ(駅の場所は移動している)「まちびらき」した女川。2015年12月23日には“シーパルピア女川”がオープンし、一気にまとまりあるにぎわいの中心ができました。まちづくり会社「女川みらい創造」が運営するこの施設は、前方が海へと連なる景観的にも魅力ある一体的デザインです。女川が仙台大都市圏かどうかは微妙なところですが、石巻という拠点都市を介して大都市仙台と直接つながっているイメージです。
その石巻。嵩上げは行われず、元の市街地が何割か残る状態からの復興が中心部で徐々に進んでいます。「まちなか再生計画」で中心施設の1つになっている“石巻テラス”は低層階の店舗等も間もなくオープン。他に2件の再開発事業が進みます。また、旧市役所大通りの区画整理による道路部の工事がちょうど進行中で、チャーミングにデザインされ先行してオープンしている店舗群などとともに、他にはない、「復興の街並み」があらわれてきました。再開発事業とは異なり、街並みのスケール感や一体感が新鮮に感じます。少し内陸側に入った蛇田地区の復興区画整理事業もかなり進み、JR新駅「石巻あゆみ野」駅も先月オープン。まだまだ課題山積ですが、仙台大都市圏内ともとらえられ、宮古釜石大船渡気仙沼石巻と連なる三陸の拠点都市ともいえる石巻という都市の役割は、これからも大きいのだと思います。

2013年8月時点で「平成27年度中の全線運転再開めざす」としていたJR仙石線高城町−陸前小野間は、少し内陸に入った丘陵地を造成して線路ごと街を移し、野蒜駅、東名駅という2つの駅をもつミニ・ニュータウンが完成しました。本年間もなく6月には最初の宅地引き渡しがあり、建築がはじまります。東北本線を一部使った「JR仙石東北ライン快速」に乗ると、仙台まで30分代。
同じく「平成29年度春頃の運転再開めざす」としていたJR常磐線浜吉田−相馬間も、内陸側に線路を移動させつつ高架構造に。現在、駅部分の工事もかなり進み、本年12月に常磐線が復旧予定です。その中心となる山元町まちづくりとの関係をみると、山下駅周辺の整備がかなり進み、丘の上の町役場から山下駅方面を結ぶ幹線道路が先月開通。駅前に建設中の小学校も本年度2学期から子供たちが通い始めます。坂本駅(山元町というのは山下村と坂本村が1955年に合併してできた)周辺も小規模ながら整備が進み終盤にさしかかっています。

以下、独自の復興過程にある名取市閖上(ゆりあげ)と岩沼市の近況です。
甚大な津波被害を被った閖上。毎週日曜の“ゆりあげ港朝市”が2013年5月に現地に復活し盛況です。なかなか決まらなかった復興区画整理事業も動き出しました。市内の別の場所で営業している「閖上さいかい市場」は仮設住宅群のすぐ近く。少し先になりそうですが、復興後の閖上の姿が少しずつ見えてきました。
内陸部を区画整理して浜から移転することをいち早く決定した岩沼。浜には“千年希望の丘”があちこちに姿をあらわし、内陸に新たに造成した区画区画整理移転地は、商業施設を内包する住宅団地として地域に溶け込んでいます。

以上のように、第三の「復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興」は被災後5年の現時点において、およその方向が見えてきたと思います。この過程において、大都市仙台が都市として果たした役割は大きかったと感じます。このことは次回とりあげる(その3)の原発被災区域における、いわき市南相馬市の都市としての役割にも通じるものがありそうです。

2016-04-08

「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(案)」が本日から1週間のパブコメ

今後15年間の東京圏の都市鉄道整備計画の案が、本日8日より1週間(だけ)パブコメにかかりました。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=155160802&Mode=0
各紙で報道されていますが、どれも断片的な内容。上記URLに全文が掲載されています。

具体プロジェクトとして、「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークのプロジェクト」が8件(すべて東京。うち4件が羽田空港アクセス、4件が都心アクセス)、「地域の成長に応じた鉄道ネットワークの充実に資するプロジェクト」が16件盛り込まれています。その他、駅そのもののプロジェクト等も。

整備量自体は多くはない中で、国際競争力の強化を中心テーマとしつつ、郊外部のまちづくりとの連携を打ち出したり、「駅まちマネジメント」の推進をうたったりと、成熟社会の都市鉄道の役割をかなり意識した内容になっています。

[関連記事]
・「広域交通ネットワーク計画について」(東京都) (都市イノベーション2020 第98話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150710/1436535173
東京の鉄道ネットワークはこうつくられた (都市イノベーション2020 第93話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150623/1435038662

2016-04-06

『地域創造科目』(大学院副専攻プログラム)のオリエンテーションを行います(4/8)

本年度も『地域創造科目』(大学院副専攻プログラム)がスタートします。
http://www.webline.jp/info/chiki-ct.ynu.ac.jp/info_js/data/1459761845swhmx.html
4月8日の昼休みに、建築学棟1階会議室にてオリエンテーションを行います。

『地域交流科目』(学部副専攻プログラム)オリエンテーションを行います(4/13,14,15)

本年度も『地域交流科目』(学部副専攻プログラム)がスタートします。
http://www.webline.jp/info/chiki-ct.ynu.ac.jp/info_js/data/1459761722pvkul.html
4月13,14,15日のそれぞれ昼休みに、中央図書館メディアホールにてオリエンテーションを行います。

地域実践教育研究センターのAnnual Report(2015-2016)が公開されました

地域まちづくりや地域連携研究などについて、コンパクトかつビジュアルにわかりやすく編集した、地域実践教育研究センターのAnnual Report(2015-2016)が公開されました。
http://www.webline.jp/info/chiki-ct.ynu.ac.jp/info_js/data/1459761266ptwqz.html
学部生も、大学院生も、研究者も参画できるさまざまな仕組みや機会が用意されています。地域との連携が基本です。
[4月27日追記 : 昨日、この資料を説明する機会があり改めて活動のひろがりを感じました。後づけで「都市イノベーション開墾」のカテゴリーを加えます。]

鎌倉市津波シミュレーション動画が公開されました

昨日、鎌倉市HPに、震災後「8分」で到達すると想定される大津波シミュレーション動画がアップされました。
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/sougoubousai/tunamisim2804.html
15分弱の内容で、最初の5分で津波のメカニズムや関東大震災時の鎌倉津波被害を概説。そのあと、由比ヶ浜鎌倉駅七里ヶ浜腰越商店街の4か所でどのような津波が襲来するか、どのように逃げるべきか、逃げられるかについてリアルに表現されています。

2016-03-29

「地域まちづくり推進状況報告書・評価書及び見解書」が公表されました(5回目)

横浜市地域まちづくり推進条例第17条の規定にもとづき、標記情報が公表されました。
http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/chiikimachi/joureiseido/suishinreport/
規則でその公表を2年に1度と定めているため今回が5度目となります。
[4月27日追記 : 本条例条例の中の規定により自己チェックと持続的な質的向上を促しています。それが10年続いたというのが本記事。「都市イノベーション開墾」に加えることにします。]

2016-03-24

『PARTICIPOLIS』+『開発なき成長の限界』

『PARTICIPOLIS』は、近隣住民が、都市計画や都市の基本的インフラ整備・維持・管理に「参加」することをめぐる可能性や課題について多面的に議論した興味深い図書です。副題は、「Content and Contention in Neoliberal Urban India」。ROUTLEDGE、2013(paperback 2015)。
インドの諸都市、特に著しい“世界都市化”の動きとスラム居住などの都市問題とが併存する大都市、とりわけムンバイバンガロール、ハイデラバード、デリー、チェンナイを議論。中間層の台頭とともに、RWA(resident welfare association)と呼ばれる近隣主体が注目されています。力のあるエリート層の住むRWAは政府に頼らず自らの近隣の価値を維持・増進できるのに対して、貧困層が多く住まう近隣では生存に必要なインフラも確保できず声も通らない状況が描き出されます。基本インフラの民営化もそれに追い打ちをかけます。
ユニークな例として、デリーにはバギダリ(Bhagidari)という近隣が主体となるワークショップスタイルのまちづくりシステムがあり、1341のRWAが登録されています(2002-03)。けれども基本的な法制度の上に構築されたものではなく、他の政治組織とも競合するなど一筋縄ではいかない様子。これはまさに、インド版「Reconsidering Localism」です(⇒参考記事1,2)。
また、『WORLDING CITIES』『CONTESTING THE INDIAN CITY』と合わせて、現代インド都市の新しい動向、とりわけベルリンの壁崩壊後の憲法改正と地方自治制度変化、都市のガバナンスの変化、中間層の台頭、経済成長と格差拡大等をかなり正確に把握することができます。
なお、よりマクロな状況については『開発なき成長の限界』(明石書店、2015.12.15刊)で。ピンとこない日本語タイトルは、原題「AN UNCERTAIN GLORY」のほうが著者の気持ちを表していると思います。こちらの図書には南アジアでの位置づけ等も豊富で、ブータン(⇒参考記事3)やバングラデシュとの比較も可能。2016.3.20の諸冨徹教授による書評(朝日新聞)が本書の要約になっています。

[参考記事1]
・RECONSIDERING LOCALISM (都市イノベーション開墾 第39話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160229/1456728605
[参考記事2]
・近隣計画を立てる気配の無い自治体はなぜそうなのか?
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160302/1456880824
[参考記事3]
・GNHと都市計画
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151112/1447297186

2016-03-22

「市街地創造論」を4月12日に開講します

隔年大学院講義の「市街地創造論」は4月12日スタートです。
東日本大震災からの復興市街地についても5年目の現時点で評価をおこないます。
中心市街地の再生、市街地の継承と進化、イベントと持続発展のほか、ブータンの都市やドバイの都市づくりも組み込む予定です。
市街地創造論2016.pdf 直

2016-03-15

八戸からいわきまで・2016春(その1)

ブログで「はじめて復興地域全体をとらえた」のが2013年8月。被災から2年半後の様子です。この春、「3.11」から5年となるのを機に、都市計画の立場から再度、復興地域全体をとらえ、復興の現状を確認します。
前回の「八戸からいわきまで」では、公共交通の復旧・復興を軸に、4つの地域に分けて課題をとらえました。第一が三陸鉄道区間。第二がJR山田線大船渡線気仙沼線沿線、第三が復興まちづくり事業と合わせた仙台大都市圏の各エリアの復興、第四が原発被災区域のJR常磐線不通区間です。
(その1)では特に、第二のJR山田線大船渡線気仙沼線沿線をとらえます。まちなかの再生状況を、都市の規模、被災状況なども勘案しながら総合的にとらえ、考えます。

宮古釜石間で運休しているJR山田線はあのあと復旧が決まり、JRが再生させて三陸鉄道に移管することになりました。各所で復旧工事がはじまっています。
宮古は中心部の被害が比較的大きくなく、この地域の中心都市としての存在感があります。けれども市役所付近の被害がやや大きかったこともあり、駅南に市役所を移転して新たな拠点とするべく、現在取り組みがはじまっています。中心市街地としてトータルにどのように再構成していけるか、注目したいと思います。
山田は中心部の嵩上げも進み、市街地としての雰囲気が少し出てきました。認定された「まちなか再生計画」(⇒参考記事)の姿を現場でイメージしようとすると、まだ区画が工事中のため、どこが駅になりどこに中心施設が建つ予定なのかまでははっきりわかりません。けれども何か、街として再生されつつある雰囲気が伝わってきます。
大槌は3月12日に、「100区画の住宅地と災害公営住宅1棟が完成し」まちびらき式が行われたと報じられました。現地を歩いてみると、大規模な嵩上げ地がまだ工事中のため、なかなか将来の姿を想像するのは困難です。街としての再生はもう少し先になりそうな印象です。2年半前の時点ではまだ嵩上げ工事の始まる前でしたから、その「差」は大きいと感じます。JR山田線の再生も含めていよいよこれからです。
釜石の中心部にはかなり被害があり2年半前には空き地が目立ちましたが、イオンの開業(かなり大規模)とその前面部分の再整備等で、まちなかに明確な「中心」ができた感じになりました。ヨコミゾマコト設計の市民ホールも来年秋のオープンをめざしています。メイン通り沿いには被災した銀行なども建替えられるなどして、また、いくらか周囲の再建も進んできました。元は「ビル」だったところも、気のせいか、やや軽量で現代風の建築に置き換わってきていると感じます。
以上のように、宮古釜石という都市に支えられつつ、JR山田線の再生と合わせて山田、大槌の順に徐々に街の雰囲気が出てくるとのイメージをつかみました。JR山田線区間が三陸鉄道に移管されると、北は久慈から南は盛(大船渡)まで通しの経営となり、情報発信という意味では一体的な地域感が出てくるかもしれません。

大船渡線気仙沼線沿線は、現在、BRTでの復旧です。このままいくと、大船渡線区間(盛−気仙沼)はBRTのまま、気仙沼線区間(気仙沼柳津(一部前谷地まで))もBRTのままになりそうな状況です。この区間にある大船渡気仙沼という2都市が、被災にもかかわらず都市としての力を保持しながら自己再生する過程にあると感じます。
大船渡では、中心部に設定した津波復興拠点の「まちびらき」が3月13日に行われました。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20160205_1
「まちなか再生計画」も認定されたこの区域の復興は、本格的な復興市街地として姿をあらわしはじめました。その中心がプラザホテル。被災した旧プラザホテルから100メートルほどのBRTの駅前に新築津波復興拠点の中では既にホテルやホームセンターも工事中。再生への強い意志のようなものを感じます。一昨年に開業した新市場は建築としてもシンボリックで、津波復興拠点から新市場に至るエリアに注目したいと思います。
気仙沼も都市としての力を保持しながら自己再生中。その焦点となる魚町・南町でも区画整理事業が進んでいます。他の2地区(鹿折、南気仙沼)の事業はURが受託(平成29年度まで)、魚町・南町は民間JVが事業を受託しています(平成30年度まで)。ここではやはり、現在、海と一体となっている空間を、登録文化財の再建も含めてどのように再生させるかが課題です。時間はかかるかもしれませんが、都市のもつ自己再生力のようなものを感じます。
大船渡気仙沼の間にある陸前高田。都市の中心部そのものが津波で甚大な被害。嵩上げの規模、特にマスとしての巨大さと高さを前に、「まちなか再生計画」に描かれた内容を、ついに想像することができませんでした。現在、嵩上げ地東方のイオン周辺、西方竹駒ににぎわいの中心があり、嵩上げ地後方の丘陵部に住宅地や病院等があります。どのようにそれらと有機的に結びつきながら一体的な都市に再生できるか。
同様に、南三陸町。特にその中心地である志津川。丘陵部の都市機能の一部と合わせて、どのように町が再生されるか、「まちなみ再生計画」に描かれたにぎわいがどのように創り出されるのか。積み上げられた嵩上げ土群を前に、やはり想像できませんでした。
再生の姿が想像できなかったのは、三次元の空間に対する想像力不足や工事手順・内容に対する情報不足(不勉強)によるものも大きかったと思います。けれども、町の多くが被災してしまったときの、自己再生がきわめて難しく,時間も労力も忍耐力も要する困難な状況を強く感じる結果となりました。
逆に、都市というものがもつ、回復力、自己再生力に注目して、あるいはそれを信じて、日頃の都市計画の中で、どんなことがあってもすべてを失うようなことにならないよう深慮することがとても大切なことなんだと、知らされたような気がします。

[参考記事]
・まちなか再生計画と「まちづくり会社」等
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160216/1455615465

[参考]本ブログ東日本大震災復興計画・復興事業「★統合ファイル
[参考]本ブログの災害復興・地域再生の新たなしくみ「☆リンクファイル

2016-03-08

本年度も「都市イノベーション学府修了展」が開催されます

3月19(土)、20(日)、21(振替休日)の3日間、都市イノベーション学府修了展が開催されます。
場所はBankART Studio NYKの3階。
http://www.urban.ynu.ac.jp/?p=2895

2016-03-03

都市計画マスタープランと近隣計画の2層構造がみえてきたウインザー

日本の各地で現在、人口減少時代の都市計画として「立地適正化計画」の策定が進んでいます。「立地適正化計画」は都市計画マスタープランの一部とされますが、都市内部の各近隣が主体となってまちづくりを行い、かつ、都市全体のマネジメントも行うようなイメージではありません。
近隣計画を制度化したあとの1つの到達点として、都市内のすべての近隣において主体的にまちづくりに取り組む姿が考えられます。これまで本ブログではロンドンウエストミンスター区をそれに近い形としてウォッチしてきましたが、もう1つ、日本人も必ず観光に訪れるロンドン近郊のウインザーでほぼその形が見えてきているので取り上げてみます。
正式名称は、Royal Boruough of Windsor & Maidenhead。11の近隣計画策定が進み、既にAscot, Sunninghill & Sunningdaleでは近隣計画が策定済みです。1ヶ所だけ近隣計画に着手していない場所がありますが(Cookham)、ここでも既に「Cookham Village Design Statement」を都市計画マスタープランを補完する「補完計画書(Supplementary Planning Document)」として運用しているので、近隣計画に準じる計画があるとみなしておきます。

さて、既に近隣計画の運用については多くの事例をみてきたので、ここでは近隣計画が積みあがるとどのような「都市計画マスタープランと近隣計画の2層構造」の都市計画システムができあがるかの概要をみてみます。
第一。新しい都市計画マスタープラン(Local Plan)の策定が並行して進んでいて、2016年中にその案の段階に至る予定です。
第二。11の近隣計画策定区域のうち8ヶ所はパリッシュが計画主体。この場合構成パリッシュ数は1つとは限らず、2つ(Horton & Wraysbury、他)、4つ(Hurley & the Walthams)の場合もみられます。これら8つの計画区域は田園地帯に位置します。逆にいうと、残り3つはウインザーのような観光地や市街地部。うち、最も中心部のセントラルウインザーはビジネスフォーラムが計画主体のビジネス近隣計画。その隣のウインザーはフォーラムが主体となる一般の近隣計画。残りのMaidenhead & Cox Greenはタウンフォーラム(Maidenhead側)とパリッシュ(Cox Green側)のジョイントによる近隣計画をめざしています。他都市においても、もし市域全体をカバーする場合にはこのような姿があらわれそうです。
第三。やはり都市計画マスタープランとしてはその基本となるローカルプランが重要です。策定中の新マスタープランにおいても、たいへん念入りに(プロセス)、かつ技術的に(コンテンツ)計画策定作業が進んでいる様子がつかめます。日本の立地適正化計画的要素もこの計画プロセスの中にビルトインされていると感じます。
第四。それでは都市全体のマスープランと近隣計画との関係はどのようにとらえられているかというと、基本的には、2011年Localism Actにより近隣計画が定められるようになったことから、近隣が望むなら行政もお手伝いしましょう、とのスタンスです。とはいえ、Royal Boruough of Windsor & Maidenheadは近隣計画というプロジェクトに対しては“先頭に立つ自治体”と自称していることから、また、事実、既にほぼ全区域が近隣計画区域となっていることから、この都市計画ツールに大きな魅力を感じて新しい都市計画システムに積極的に移行しようとしているのではないかと思われます。
第五。なお、近隣計画策定には国からの助成が出ます。自治体では、各近隣計画エリアに担当者を決めて、さまざまな支援を行っている様子がホームページからみてとれます。
第六。やはり、地域側が主体となって近隣計画を策定してエリアマネジメントにかかわりつつ、都市計画マスタープランを通して持続的な都市マネジメントを行うという、良い意味での補完関係が築けると、お互いにチェックしたり協力したりしながら、持続的な地域運営ができるものと思われます。先行して運用段階に入ったAscot, Sunninghill & Sunningdaleでは、「Policy」に載せられない重要事項を「Project」として位置付け、自治体や事業者とも協力しながら、近隣計画の実現に向けた活動を行っています。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-03-02

近隣計画を立てる気配の無い自治体はなぜそうなのか?

昨日の記事のような「親近感のある」「素朴な」事例も興味が湧きますが、一方で、一昨日の記事で取り上げたように、たとえば、格差拡大のような問題を、近隣計画の策定がそもそも伴っているかもしれません。その検証にはかなりの研究が必要と思われますが、ここでは、「近隣計画に着手する様子がない自治体があるのはなぜなのか?」という素朴な疑問に、素朴な仮説をもって少し考えてみることにします。
第一、たまたま説。第二、メリット無し説。第三、住民側多大な負担説、第四、複雑な大都市での必然説。第五、自治体敬遠説、第六、自治体側の積極的無視説、第七、代替施策対応説です。
ロンドンの中にそのような、近隣計画策定の「気配の無い」区はいくつもあります。特にマップで全体をみると、策定活動が活発なエリアはロンドンでは都心区に集中し、かつ、シティから西のいわゆる裕福なエリアに集中していることがわかります。そこで、最も気配の薄い、シティから東のインナーシティに位置するニューアム区を取りあげて考えてみます。
(参考マップ)http://www.ourneighbourhoodplanning.org.uk/about/npa_area_list

まだ策定の気配が無いのは、たまたまかもしれません(第一説)。区のホームページで都市計画のページをみても、区全体のマスタープランであるローカルプランの説明はあるのですが、近隣計画の説明がなかなか見つかりません。
ここで、苦労してやっとレファレンダムが通ったインナーシティのBalsall Heath(バーミンガム市⇒近隣計画の運用(その14))を思い出します。なんとか策定しようとしたのだけれども、近隣計画向きの項目ではないプロジェクトやらマネジメント系のまちづくり要素ばかりで、結局、本文に書けなかったものが多かったと。そう。民間の開発計画に対して制御するような場合は近隣計画向きだけれども、そもそも失業が多いなどの問題地区では近隣計画のメリットは感じられないだろう(第二説)。また、自治体側でも仕事ととらえにくいと(第五説)。そもそも第三者評価に耐えられるきちっとした計画書を近隣住民が立てるのはたいへんなことで、昨日のSudbury Townも、あそこまでいくのはたいへんだったはずだと(第三説)。特に課題が複雑で利害関係者も多い大都市ではたいへんなこと(第四説)。
そういえば「Localism」は「小さな政府」をめざす保守党の政策。古くから労働党が強いニューアム区では、もしかすると、積極的に近隣計画を立てたくないと考えているのかもしれない(第六説)。考えすぎかもしれないし、第二、三、四、五の要素の方が強いのかもしれない。でも待てよ。ホームページにたくさん並んでいる「Community Neighbourhood」って、何だ? 近隣計画ではない方法で、既に、ニューアムらしいやり方で近隣ベースのまちづくりを相当やっているようにみえます(第七説)、、、

このようにとらえつつ、では、なぜ逆に、都心部ウエストミンスター区では既にほとんどのエリアで近隣計画を策定中なのかと考えると、リアルな近隣計画の意味が浮かび上がってくるだろうと思います。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-03-01

近隣計画の運用(その15):たった8人ではじめたロンドンブレント区Sudbury Town近隣計画

ロンドンでは「取り組みが著しく遅れている」「2つのフォーラムだけしか進展を示していない」との情報に、3つめはまだまだ先のことだろうと思ってふり返ってみると、2015年8月10日にロンドンブレント区のSudbury Town近隣計画がレファレンダムを通過していたことを“発見”しました(第4号はまだ発見していません)。
https://www.brent.gov.uk/services-for-residents/planning-and-building-control/planning-policy/neighbourhood-planning/sudbury-town-residents-association/

サッカーの聖地ウエンブリースタジアムの西約2キロ。第1号のNorland(⇒近隣計画の運用(その4))や第2号のFortune Green(⇒近隣計画の運用(その13))に比べると、ごく普通の郊外住宅地です(に見えます)。
仮の視点を提示すると、「このようなごく普通の市街地でつくる近隣計画とはどういうものなのか」という興味・論点です。

この街を良くしたいと8人ではじめた活動からはじまり、後に近隣フォーラムとなるSudbury Town Residents’Associationを結成。最初の会合は2011年2月に開催されます。2012年12月にフォーラムに認定。そこから数えて3年弱、最初の会合から4年半で近隣計画が公的な計画になっています。
近隣計画の内容も、きっちりと計画許可のための政策や方針・基準が書き込まれているというよりは、「こうありたい」「こうしたい」という思いが素朴に綴られているような内容(もちろん、エビデンスの記載などもあり、単なる思いだけではありませんが)。それを象徴するのが「ASPIRATION」という枠で囲まれた記述方法です。普通の「方針」にあたるものは「POLICY」という枠で囲まれた中に記述されている(記述内容は素朴であるけれども方針は方針)のに対して、都市計画という制度の枠には入らないけれどもこれだけは言っておきたい、呼びかけたい、是非とも実現したいという思いを「ASPIRATION」の枠内に記述しています。4つある目標のうち2つは「POLICY」より「ASPIRATION」の方が多いくらいです。
こういう事例をみると、親近感が湧いてくるというか、近隣計画という制度がもつ素朴な意味・意義が理解できるというか、「まちづくり」が普遍的であることを確認できます。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-02-29

RECONSIDERING LOCALISM

SIMIN DAVOUDI AND ALI MADANIPOUR編著、ROUTLEDGE、2015。
「ローカリズム」という概念や実践、およびそれに伴う可能性や課題について、世界的にみてもこれまであまり(ほとんど)検討がなされてこなかったと位置づけながら、この分野に接点のある専門家らが14の議論を展開している貴重な図書です。
編著者の2人は、本ブログの右帯下方のリンク「Localism and Planning」の上のほうにある、“批判的・批評的議論”の主要著者。以下に“批判的・批評的議論”を再掲します。
 http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20110811/1313039970 (2011.8.11記事)
 http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20131114/1384426667 (2013.11.14記事)
 http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140121/1390275199 (2014.1.21記事)

ローカリズムということで、地域民主主義的には結構なことではないか、との楽観論もなくはないのですが、そこにはさまざまな課題もあり、それらをトータルに論じたはじめての図書。議論はイギリス国内(イングランド)にとどまらず、アメリカ(第4章。デンバーの事例はたいへん興味深い)やオランダ(第7章)も。こうした文脈からは、コロンビアメデジンの事例など(⇒参考記事)にも通じるものがあります。「近隣」というものが独立してあるのではなくむしろ他とつながりあってこそ活かされるのだという観点や、がんばれる近隣がある一方で疎外されていく近隣もあるという事実をどう都市計画システムの中でフォローしていけるかといった観点など、主として都市における近隣計画のあり方を論じたものです。

[参考記事]
・SOCIAL URBANISM AND THE POLITICS OF VIOLENCE (都市イノベーション開墾 第16話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151201/1448941928
・LATIN AMERICAN URBAN DEVELOPMENT INTO THE 21st CENTURY (都市イノベーション開墾 第17話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20151202/1449040479

2016-02-23

『港区低炭素まちづくり計画』とC40

先週、東京都港区から標記の計画書が届きました。日本の中で最も二酸化炭素排出量が多い東京港区でなぜこのような計画をつくるのか、といった疑問も出なくはないと思いますが、ある意味、日本一排出している場所であるからこそ策定の必要が最も高いともいえます。この計画づくりにかかわることになり、これまで知らなかった先端的・先進的なさまざまな取り組みを知る機会にもなりました。
本日現在、国土交通省HPをみると、最も最近できた(H27.10.21)21番目の計画であることがわかります。
http://www.mlit.go.jp/toshi/city_plan/eco-machi-case.html
定量的な目標量と削減量を定めていること(ソフトな政策はなかなか定量化できていないという限界もある)、先進的な取り組みが多数紹介されており、さらに今後の目標を定めていること、特定地区での取り組みについてもゆるやかに位置づけていることなどが特徴です。

ちょうどその日、その特定地区の1つに位置する品川車両基地跡地整備(⇒参考記事)を、C40の「クライメット・ポジティブ開発プログラム」に位置付けることが認められたと報じられました。C40は温室効果ガスの排出削減に取り組む世界の都市間ネットワークで、品川は18番目のプロジェクト。「温暖化ガスの排出ゼロ以下」をめざします。

(C40ブログ)http://www.c40.org/blog_posts/tokyo-s-shinagawa-project-on-its-way-to-becoming-climate-positive
(東京都報道発表)http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2016/02/20q2g600.htm

[参考記事]
品川フィールド(その2) (都市イノベーション開墾 第30話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160114/1452744344

2016-02-19

ロンドン初のパリッシュが主体となる近隣計画策定中

「何だ、これ?」
ほぼ全域で近隣計画を策定中のロンドンウエストミンスター区では(⇒関連記事)その後多くの近隣計画区域でその策定主体となる「フォーラム」が設立されていますが、設立されたフォーラムのリストの欄外に、「The Queens Park Community CouncilはParish Councilとして近隣計画を策定しています」とわざわざ書いてあることに気づきました。
調べてみてわかったのですが、この「The Queens Park Community Council」はロンドンで初めてのパリッシュで、2014年5月に設立されました。正確にいうと、ロンドンにおけるパリッシュ(civil parish)は1963年にGreater London Councilができた際に廃止されましたが、2007年に法律が改正されてロンドンでもパリッシュが設立できるようになっていました。「Localism」政策によってその気運が醸成され、第1号のパリッシュが誕生。この近隣は地図でみるとわかるように、ウエストミンスターといっても西北の端に位置し、貧困失業といった課題を抱えた地域。自ら地域民主組織を立ち上げることによって、都市計画だけでなく、地域課題に幅広く取り組んでいこうとしたものです(下記URL)。
http://www.queensparkcommunitycouncil.gov.uk/council

ロンドン都心部ウエストミンスター区にはイギリス都市計画の最新の話題がいっぱい。近隣計画1つをとっても、メイフェア(映画『マイフェアレディー』の舞台)やソーホーでどんな計画をどうやって立てるのか、BIDのような商業者中心の取り組みと近隣計画をどうやって関連させながら活かそうとしているのか、近隣と区全体の2層構造でどうやって都市計画を維持していくのか、などなど、やっぱりロンドンから目が離せません。
また、ロンドンにパリッシュが設立されたことは、地域民主主義の根幹にかかわる重要な出来事です。フォーラムが策定主体となった近隣計画では、策定後の運営主体の持続性の面でやはり不安が残ります。どちらがよい、というものでもなく、一長一短があるものと思われますが。

EUから離脱するかもしれないとの話題も(超国家)、スコットランドが独立しそうな話題も(United Kingdom)、自治体の中にミニ自治体ができる話題も(今回のパリッシュ)、イギリスという国が常にリ・スケーリングを繰り返しながら時代に適応し、また時代を創りだしていくたいへんダイナミックで興味深い側面です。

[関連記事]
・近隣計画の取り組みが全域に広がりつつあるWestminster区
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130925/1380101087

2016-02-18

広域戦略計画の廃止で「ケンブリッジ現象」の勢いはどうなるか?

今週届いたTown Planning Review誌をめくっていると、「ケンブリッジ現象(Cambridge Phenomenon)」という文字が目に留まりました(TPR87(1),2016,31-52)。その論説は、ケンブリッジ大学を中心にハイテク産業が地域経済を盛り立ててきた「ケンブリッジ現象」が、「ローカリズム」による広域戦略計画の廃止によりどうなってしまうかについて論じたものです。これまでさまざまな形で地域主体(とりわけビジネス主体)の連携により強靭な地域経済を創造してきた強みがあり、それは今後も強みになるとしつつも、「弱み」になりうる要素が出てきていると5つの心配をあげています。
1つめはこれまで成長が著しい南ケンブリッジにおける不協和音。2020年をめざすローカルプラン策定プロセスでぎくしゃくしているようです。2つめは、インフラ関係の政府資金の減少。3つめが広域調整・協力機能が弱体化しておりLocalism Actによる協力義務規定(the duty to cooperate)もあまり機能していない。4つめは、広域計画の廃止により基礎自治体より上の調整機能がきわめて弱くなり(補注1)特に住宅戸数ターゲットが無くなってそれにうまく対応できない。5つめは、ケンブリッジ大学そのものが独自の組織を強化しつつあり、また、北西ケンブリッジも独自路線に向かいそうであるなど、これまで強く保たれていた連携が弱まっている。

(補注1)「general power of competence」により基礎自治体やさらにその下のパリッシュの権限が強められた。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-02-16

まちなか再生計画と「まちづくり会社」等

復興市街地の中ににぎわいをつくり出すための「まちなか再生計画」の認定が進んでいます。
復興庁HPにもまとめたページができていました。
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-15/20141222155015.html

特に注目されるのは、にぎわいをつくり出すためのシクミの部分で、上記URLの一番上にある「まちなか再生計画認定要領(H26.3.20付)」とかかわりがあります。
認定要領では「まちなか再生計画」の基本構成を定めていて、これまで認定された7件ともすべてこの目次に従って計画されています。この目次の「7」が「再生計画の実施体制・組織及び事業の実施スケジュール」とされ、その1つめの項目が「(1)まちづくり会社等の概要」。7件の事例すべてでその記述がされています。また、認定要領「第3」が認定基準。その「5」が「再生計画の実施の見込み」で、「計画に記載された商業施設の整備及びその他の事業について、事業等の主体が特定されている又は特定される見込みが高いこと、事業等の実施スケジュールが明確であることなど、その実施が見込めるものであること。」とされます。

「まちづくり会社等」の役割や構成にはバリエーションがあり、プランニングされた「まちなか」の一部を「まちづくり会社」により運営するタイプ(女川町)、「まちなか」の主要部を複数棟にわたり「まちづくり会社」により運営するタイプ(大船渡市)、メイン施設がありそれを「まちづくり会社等」が担うタイプ(陸前高田市山田町いわき市)、親「まちづくり会社」があり再開発事業などの事業区域ごとに「まちづくり会社等」をつくり運営するタイプ(石巻市)、「まちづくり会社」が町内各拠点の施設運営等を行うもの(南三陸町)です。

[参考]本ブログ東日本大震災復興計画・復興事業「★統合ファイル
[参考]本ブログの災害復興・地域再生の新たなしくみ「☆リンクファイル

近隣計画にからんだ不服申立てを大臣が直接判断しています

近隣計画の運用(その10)に本日追記した事柄に関連して、その背景にあるイギリス都市計画の「真髄」のようなものが見えてきたので、独立した記事にします。
近隣計画の運用がはじまり、地域住民らがその地域で受け入れるべき開発(特に住宅開発)の良し悪しについて強い影響を持てるようになりました。とはいえ大臣としては広域的な住宅ニーズに対応すべき責務ももつため、2014年7月10日からとりあえず1年間、10戸以上の住宅開発提案が不許可となり不服申立てされたもので近隣計画がらみのものを、インスペクターの判断に任せずに、自ら判断する(地方計画庁の不許可判断を覆すか、不許可のままでよしとするか)こととしたというものです。インスペクターに任せずに大臣自ら判断したものの数は2007年を例にみると、不服申立てが27000件あり、うち110件だったということで、1%にも満たないのですが、例えば国の利害が大きくからむような、大臣自らが判断すべきものがなかにはある、という感じです。近隣計画のような新たな政策による不服申立てを「モニタリング」するようなこのような方法は自分自身はじめてみるのですが、「とりあえず1年間」とされた期間は、さらに半年ずつ2度延長されているようで、(少なくとも)2016年の7月まで続きます。

近隣計画の運用(その10)に追記したのは、クリングルフォードで不許可となった650戸の開発が大臣の判断で条件付許可となった(不許可となったものを回復させるという意味で「recovery policy」と言われる。この「recovery」という概念は、地元権限を大臣が取り上げてしまう「call-in」とは異なり、不服申立てとなった不許可案件を通常ならインスぺクターが判断するものを大臣が直接判断するものをいう)というものでした。
とはいえすべてが「recovery」されるわけではなく、Planning2016.1.15号(p36)によると、1度目の6か月の延長期間で9件の大臣判断があり、うち7件が「recovery」されたようです。地元からみると「2勝7敗」といった感じでしょうか。

近隣を都市計画の重要な主体とするという大きな政策変更(Localism)の初期段階で、こうして国が直接判断する余地を残しておくという方法そのものが興味深いところです。半年ずつの延長期間がどこで終息するのかなども見どころかもしれません。

[参考]
Localism and Planning (イギリス最新都市計画統合ファイル)

2016-02-15

地域実践教育研究センターシンポジウムの開催(2月23日)

毎年この時期に行われている地域実践教育研究センター主催のシンポジウムが2月23日(火曜日)に開催されます。今回のテーマは「Another Port-city」。
第1部で横浜神奈川の地域課題への取り組みが発表されたあと(ポスターセッション含む)、第2部「みなとまちシンポジウム」では、横浜釧路静岡尾道での取り組みが議論されます。
会場はYCCヨコハマ創造都市センター。申込みは不要で、14時からの予定です。

[ご案内]
http://www.ynu.ac.jp/hus/sangaku/15303/detail.html
[案内チラシ(pdf)にリンク]
http://www.ynu.ac.jp/hus/sangaku/15303/45_15303_1_1_160212095931.pdf

2016-02-12

2050年のニュー・サウス

世界最南端の都市はどこだろうかと、このところまたどうでもいいことを考えたり、『カラー版 パタゴニアを行く』(中公新書、2011)をペラペラめくって南へ南へとイメージをふくらませていたところ(章構成もそのようになっている)、今朝、なぜか朝日新聞南極が大きくとりあげられていました。
記事のメインテーマはオーストラリア政府が、鉱物資源の開発を50年間禁止している「南極条約環境保護議定書(1998発効)」の効力が切れる2048年も視野に入れつつ、本年5月に「南極20年計画」を発表する予定で、豪州南極局を置くホバート(豪・タスマニア州)を拠点とする施設整備に多額の投資を行い、南極をめぐる動きに先手をとろうとしている、という内容です。記事にはオーストラリアが「領土権を訴える領域」が図示されており、今後、関連各国の動きも活発化してくるものと思われます。
南極20年計画」の「たたき台」になるとされる2014年の「豪州南極20年戦略計画」(⇒下記関連資料)には既に35の提言が盛り込まれていて、基本的には平和目的に限る現在の枠組みを維持するための戦略と読み取れます。
一方、「南へ南へとイメージをふくらませていた」南米からは南極観光がメインで、その主要出発都市(船旅)は人口7万人ほどのウシュアイア(アルゼンチン)。この都市が事実上の「地球最南端都市」です。グーグル・アースでこのあたりをみると、海の中に見えなくなった南米大陸はぐるっと弧を描きつつそのまま「南極半島」と呼ばれる南極の一部に連なっています。
『2050年のニュー・ノース』(⇒関連記事1つめ)があるとすると、こちらは「2050年のニュー・サウス」。果たして「南極条約環境保護議定書」の改定はどのような方向に向かうのでしょうか。

[関連資料]
・「豪州南極20年戦略計画」(英文pdf。11.1メガバイト)
http://20yearplan.antarctica.gov.au/__data/assets/pdf_file/0004/146155/20-Year-Plan.pdf
[関連記事]
・『2050年の世界地図 迫りくるニュー・ノースの時代』(都市イノベーション読本 第45話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20120403/1333416322
スバールバル諸島
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140804/1407123309

2016-02-04

TOWN AND COUNTRY PLANNING IN THE UK (15th edition)

イギリスの都市計画教科書として1964年の出版以来親しまれている「TOWN AND COUNTRY PLANNING IN THE UK」が9年ぶりに改訂されました(ROUTLEDGE、2015)。
著者が8人によるチーム編成となり、14版にはあった「Land policies」の章が削られて「Developing planning policies」の章を新設。さらに新たに「Design and planning system」の章が設けられました。また、カラー写真等もいくらか取り入れられ、手に取ってみようと思いやすい雰囲気が(表紙も含めて)漂います。とはいえ500頁を超えかなりの重量。読み物というより参考書です。けれども困ったときには必ず助けてくれるありがたき友のような存在です。

2016-02-03

SPATIAL PLANNING SYSTEMS AND PRACTICES IN EUROPE

ヨーロッパの都市計画システムについて体系的に書かれた1996年の『Urban Planning In Europe』(P.NEWMAN and A.THORNLEY著、ROUTLEDGE)が法的・行政組織的側面を分析軸としてヨーロッパ諸国の都市計画を「planning family」で分類し体系的に紹介していたのに対して、2014年に出版されたこの本(Mario Reimerら編著、ROUTLEDGE)は、ベルリンの壁崩壊後のヨーロッパ都市計画システムの変容を、異なるfamilyから複数国ずつとりあげて比較考察した、「18年ぶり」のまとまった図書です。

複合的・統合的都市計画としてデンマークフィンランドオランダが、リージョナルな経済的都市計画の位置づけでドイツフランスが、建築的アーバニズムの都市計画としてイタリアギリシャが、土地利用計画スタイルの都市計画としてベルギー(フランダース)とイギリスが、旧東ドイツからチェコポーランドが、その他としてトルコが分析されています。
『Urban Planning In Europe』が「分類」をめざしていたのに対して本書はそれぞれにおける「変化への対応」が注意深く観察されています。特に興味深かった点を主観的に3点並べます。
第一。国−州−基礎自治体がガッチリ組んだ「複合的・統合的都市計画」は現代的要請に適応できずに崩れていった。その代表だったオランダでは、もはや国は都市計画(spatial planning)から手を引いてしまった。デンマークでは国の公社と「Realdania」がパートナーを組む「The Plan09 Project」に象徴されるように、都市計画主体が大きく変化している。
第二。ギリシャ。この章を読むと、都市計画面でもEU化の力がうまく働かず、もともとさまざまな問題を抱えていたギリシャの都市計画はほとんど変化していない。アテネオリンピックまではがんばったがその後交通問題に再び悩まされているとの記事(⇒関連記事1)や、ピレウス港が中国資本に買収されるとの記事(⇒関連記事2)を思い出すと、ギリシャ都市はどうなってしまうのかと不安に。
第三。イギリス。“ガッチリ組んだ”都市計画はかなり早い段階で放棄して、フレキシブルな政策的判断を積み重ねてきたことや、2011年の「Localism Act」で近隣レベルの都市計画を創設したことは、一応、他にない特徴といえそう。けれども「コミューン」がかなり小規模な国々の都市計画とも比較しないと、どのような特徴や特長があるかははっきりわからない。

12か国の変化をまんべんなく理解するのは困難なため(本書の「まとめ」もいろいろなことが書いてあって、「こうです」という答えを求めてもダメ)、まずはオランダデンマーク(と気になるギリシャ)で何が起こっているかを見てみるのがよいのではと思います。

[関連記事1]
・PLANNING OLYMPIC LEGACIES (都市イノベーション2020 第35話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140703/1404386372
[関連記事2]
品川フィールド(その2) (都市イノベーション開墾 第30話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20160114/1452744344

2016-01-28

高尾山古墳(静岡県沼津市)と都市計画

昨年9月5日。「沼津港みなとまちづくり推進計画」を検討する会議に出席しようと沼津市を訪れた際、隣の会議室がザワザワしているので何か重大事でもあったかと尋ねてみると、ちょうど、都市計画道路整備中にみつかった高尾山古墳の取り壊しを市長が撤回したあとはじめての協議会が開催されるとのこと。
この高尾山古墳。卑弥呼の墓とみられている箸墓古墳と同じ250年ごろの造営と考えられ、当時、邪馬台国と対立していた「狗奴国(くなこく)」の王だった卑弥弓呼(ひみここ)の墓ではないかと、にわかにその重要性(重要である可能性)が高まり、協議会において墓の保存と都市計画道路整備を両立させる代替案の評価作業が進んでいます。2月13日(土曜)には「第1回 狗奴国サミット」が開催されるまでに話は発展。

都市計画的にも興味深い話題なのですが、気になるのは、狗奴国の卑弥弓呼がおさめていた都市(都市的様相をもった集落)がもしあったとすると、今まで日本最古の都市と考えていた「纏向(まきむく)遺跡」(⇒関連記事。奈良県桜井市)が、日本最古でなくなる可能性があるのでは、などどいう点です。昨日の東京新聞記事からみると、現在のところ古墳そのものだけに人々の関心は向かっていて、日本最古の都市の可能性について考えている人がいるかどうかは不明です、、、墓の規模は大きくはないので、そんなことはないと思いますが。

[関連記事]
纏向遺跡 (都市イノベーション読本 第80話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130205/1360047676

[1/29追記:墓に迫る都市計画道路事業(東京新聞1.27記事にリンク)]
http://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/list/201601/CK2016012702000192.html

2016-01-25

日帰り

先週、とある組織の会議で大阪の会員数が話題になりました。(やや脚色。)
「このところ大阪の会員がのびないねぇ」
「そうですね。大阪ぐらいなら東京からの出張でこなせますから、、、どんどん会員は東京に集中しています」
「このままでは、日本中がどんどん東京みたいな都市になってしまう。地方でがんばる人が増えないと、、、」
「現実的には、地方ではこういう風にすべしという意識づけは東京でしないとなかなか、、、」

ふと、ボツになっていた昨年4月のFinancial Timesの記事(4/11+12号)を思い出しました。FT紙コラム担当のSimon Kuper氏の論説的エッセーです。世界の中心だった1913年のウイーンが百年後にはそうでなくなってしまったように、世界の中心都市ロンドンも百年後にはそうでなくなるかもしれない。特に住宅コスト高は頭の痛い問題で、3ベッドルームの家の平均価格は110万ポンド(当時1ポンド170円ほどなので1億8700万円ほど)もする。そこで考えられるのが「部分的ロンドン暮らし」。実は私はパリに住んでおり、朝8時半に子供を学校に送り、昼ごろにはキングスクロス近くでコーヒーをすすりながら会合をしている。今後またロンドンに住むことはないだろうがそれでもかまわない。家賃は安いし、、、試算によれば、年間15000ポンドの交通費を40年間払い続けても110万ポンドロンドンに家を買うより安いのだ、、
驚くことにこのエッセーの締めくくりでKuper氏はこのシナリオは「ロンドンウィーンなるのではなく東京になる」ことだとし、世界一の3600万人を擁する東京とそれを支える交通網は「nice target」になるとしています。

先週。大阪経済の再生を引っ張ってきた五代友厚が亡くなりました。NHK朝ドラ「あさが来た」の中の話ではありますが、、、明治維新で150年前に日本の中心を東京に集中させた際、大坂がどうなっていたかが活き活きと描かれています。まだこの頃は「日帰り」圏は大きくなかったものの、150年後の昨今、世界中で「世界都市」を中心とする機能再編が進んでいます。

なお、さきにあげたKuper氏のコラムはFT紙がはじめた「London Essays」のスタートを飾る論説でした(⇒関連記事)。書き改められた「London Essays」のKuper氏のエッセーを読むと、特にパリとの対比でロンドンが現在どのような都市とみられているのかがよくわかります。

[関連記事]
・「London Essays」のURL
http://essays.centreforlondon.org/
・「London Essays」の中のKuper氏のエッセー
http://essays.centreforlondon.org/issues/soft-power/this-is-freedom-londons-reinvention/
・空か陸か海か/空と陸と海と (都市イノベーション2020 第71話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20150224/1424749035

2016-01-21

CONTESTING THE INDIAN CITY

Gavin Shatkin編著、WILLY Blackwell、2014刊。副題は「Global Visions and the Politics of the Local」。
昨年11月にブータンに行く際、途中、インドアッサム州の州都グワハティーに立ち寄った(ティンプーに着いたと思い降りそうになったことは笑い話となっている)ことや、8月にドバイに行った際、ちょうどムンバイの上空あたりを通過したことなどもあって、以前から気になっていた『Worlding Cities』(⇒関連記事)の姉妹本ともいえるこの本を読んでいます。

ネオリベラリズムがインドの諸都市に強く影響を与えるようになり、都市計画にかかわるガバナンスがどのように変化しているのかを、主体間相互の争い(contesting)の観点からリアルに描き出した興味深い図書です。
とりわけ、自国の経済を海外に開こうとしたとき、土地そのものをまとめて海外資本の投資対象にする必要に迫られるため、土地・不動産制度そのものを改革しなければならず、土地・不動産を通した金融制度が変化していく、、、しかし、政府や政治の構造が、地元自治体−州−国の3層構造で、新しい制度の実施過程でさまざまな葛藤や失敗を再生産している。その状況が、ムンバイバンガロール、アーメダバード、デリー、ジャイプール、マンガロールをケースに描き出されます。
たとえば、映画『スラムドッグ・ミリオネア』に出てきたムンバイの代表的スラム「ダーラビー」の再開発をめぐる葛藤は、グローバルな力と国内のローカルな場所とのせめぎ合いが、国レベルの土地・不動産制度の改正、動かない政府コンサルタントとして動かそうとするM氏、地元民からの訴えを聞きそれを代弁しようとする自治体議員、M氏が策定したスキームによる国際コンペに応募しようとする建築家や不動産事業者などが複雑に入り乱れて争う(contesting)プロセスとしてリアルに描かれることで、“グローカル”というのはこういうことなのだという象徴的な出来事として理解させられます。

[関連記事]
・Worlding Cities (都市イノベーション読本 第93話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20130507/1367897544
・THE NEOLIBERAL CITY (都市イノベーション2020 第26話)
http://d.hatena.ne.jp/tkmzoo/20140501/1398916231