PLANNING OLYMPIC LEGACIES

オリンピック・レガシーに焦点を当て、IOC内部の政策形成過程や諸資料にまでさかのぼって整理した貴重な図書。EVA KASSENS-NOOR著、ROUTLEDGE、2012刊。
オリンピック・レガシーというと、「オリンピック後にもその施設が役に立つように当初から計画すること」だけに注意がいきがちですが、本書の第一の特徴は、IOCがオリンピック開催地選定基準として「レガシー」を2003年より明確に打ち出したこと、その政策を着実に実行するために「Transfer of Knowledge Program」という、開催9年前頃から開催後2年後までをターゲットとする細かな運営方法が確立されてきており、実際にそれを着実に実行しようとするのはかなり高いハードルであることを、IOCの立場に立って深く紹介・考察している点にあります。
第二に、このTransfer of Knowledge Programを実行しようとすると、オリンピックが決まってから戦略計画を決めるのでは遅すぎるため、このあたりで開催都市の力量が問われることを描き出しています。とりあげているのは1992年のバルセロナ、1996年のアトランタ、2000年のシドニー、2004年のアテネのほか、「レガシー」が明確に打ち出されたあとの2012年のロンドン、2016年のリオデジェネイロです。特にロンドンとリオが対照的に描かれています。オリンピックが3度目となるロンドンでは既に2004年「ロンドンプラン」で織り込まれていた都市計画を、オリンピックが触媒となって実現を早めただけであって、そもそもオリンピック自体のテーマが「東部地域の再生」であったと、そのしたたかさと力量を強調しています。こうした見方からすれば、「レガシー」どころか、オリンピックそのものがより良き都市づくりのためのツールであったとさえいえそうです。これに対してリオでは、IOCの課す高いハードルに応えるためにそれまでになかった都市計画を付け加えることに追われ、それが社会的課題を生み出すことにつながっているのではとの中間報告をしています。
第三の特徴として付け加えると、この図書は交通・インフラ計画を中心にオリンピックをみています。オリンピックでは選手やメディアの移動のスムーズさに加えて、短時間に集中する観客等をどれだけうまくさばけるかが勝負になります。交通・インフラ計画が定量的にとらえられる分野だけに、大会前と大会中、大会後という別々の期間で連続した対応ができ、かつ、大会後に豊かな「レガシー」を残せるということがどういうことかがより明確に理解できます。
東京2020では、会場計画の説明はあるのですが、このあたりの連続性や、何のためにオリンピックを開催するのかというビジョンが、いまだ不明確だと思います。Transfer of Knowledge Programによれば、大会6年前は「STRATEGIC PLANNING」の段階。オリンピックのための計画ではなく、都市計画としてオリンピックをどのように活用し、将来、どのような都市をめざすのかについての戦略計画とはどういうものかを考えるための貴重な一冊だと思います。