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2016-06-18 「なぜ、いま、若林俊輔なのか?」

tmrowing2016-06-18

ある日、職場から帰ると小包が届いていました。

若林俊輔 著(編集:小菅和也、小菅敦子、手島良、河村和也、若有保彦)

『英語は「教わったように教えるな」』(研究社、2016年6月20日発売)

研究社の津田正様よりご恵贈賜りました。

腰帯にはこのようなキャッチコピーが。

若林俊輔先生が生きていたら、

今の英語教育に

何を言っただろう?

はしがきに当たる部分で、編者の小菅敦子氏は次のように問いかけています。

  • 「なぜ、いま、若林俊輔なのか?」

この問いの持つ重みは、読者によって、大きく異なるだろうと思います。



読み始める前に決めていたことが一つ。

  • 決して、センチメンタルにならないこと。


一気呵成、という形容が相応しいくらいの勢いで読了。

今はまだ、「書評」という形では書けそうにありません。

著者の若林俊輔氏は2002年3月2日没。

私は東京外国語大学在学中 (1982年〜1986年) に若林氏の薫陶を受け、英語教師となりました。

この過去ログでも記していましたが、入学前にふとした偶然で若林氏と出会っています。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050805

雑誌『英語教育ジャーナル』(三省堂)の1982年4月号特集「やめてしまえ英語教育」の誌面ででした。


その後、教壇に立って30年、このブログを始めてから干支も一回りしようかというくらい月日が経ちましたが、自分の英語教師としての節目節目で、若林氏に教わったこと、若林氏のことばを思い起こしてきたといっていいでしょう。

とは言え、語研のメンバーとして若林氏の跡を継ぐでもなく、COFSで揉まれた直系の弟子筋でもなく、大学の英語科教育法の担当者として英語教師を育てているわけでもない私に、この本が贈られてきたことの意味を噛みしめています。


この度の新刊『英語は…』は、これまでに雑誌等で発表された記事、論文・論考を5人の編者がそれぞれの視座でまとめたものとなっています。

既に、和歌山大学の江利川春雄先生のブログで書影や目次が紹介されていますので、私は、年表との対比で、今回収録されたそれぞれの記事の時代区分というか、位置づけを見てみたいと思います。

[↓]アイコンをクリックするとpdfファイルが開きます。

若林各記事発表順.pdf 直

これを見ると、

70年代の記事が14本

80年代の記事が14本

90年代の記事が15本

00年代の記事が3本

となっています。

個人的には、70年代の東京学芸大学所属、またはそれ以前の記事や発言をもっと読んでみたいと思いました。

というのも、本書でも多く引かれている雑誌、『現代英語教育』(研究社)の1995年5月号の特集、「戦後50年:リストで読む英語教育」には、次のようなリストが載っているからです。

「リスト」.pdf 直

学芸大時代に充実した記事を発表し、今私たちがよく形容する「若林節」とでも言えるスタイルが形成されていったのだろうと推察します。

また、

Teacher’s Manual to The Junior Crown English Course

『中学英語事典---語法から指導法まで』

主幹 中島文雄 (三省堂、1966年)

には、同事典の執筆者の一人として若林氏も紹介されています。

若林俊輔

東京工業高等専門学校講師.1962〜63年ミシガン大学留学.中学校での経験が長く, また, もとELEC指導主事だったせいか, 英語教育を身をもって体得している.音声面にはことに非常な関心を持っている.三省堂の「英語教授法辞典」の実質的編集者.本書では, 発音ならびに指導法に関する項を担当.

とあります。

ミシガン大留学の頃のお話は直接聞いたことはなかったのですが、今回の『英語は…』を読んで、若林氏のC.C. Friesの引用は極めて的確であると、あらためて強く感じました。この60年代の「英語教育の最先端」での経験を得て、「若林節」がどのように作られていったのか、その源流に思いを馳せています。


今回の編者は、それぞれの担当部分で、「解説」「解題・注記」を施しています。

小菅敦子(「本書の出版にあたって---いま、なぜ、若林俊輔なのか」)

小菅和也(第1章「いっとう りょうだん」)

手島良(第3章「英語授業学の視点」・第4章「ことばの教科書を求めて」)

河村和也(第5章「英語教育の歩み」・第6章「英語教育にロマンを」)

若有保彦(第2章「つまずく生徒とともに」・付章「英語の素朴な疑問に答える」)

適材適所、と私が言うのもおこがましいですが、唸ること頻りです。

それぞれの章の解説を読み、巻末の「出典情報」に施された「注」を読んだ後で、再度、本編の記事・論考に戻ることをお薦めします。

編者の中では、若有氏だけ、お目にかかったことがないのですが、資料の収集整理など、若有氏なくては完成しなかったとも言えるご尽力に、感謝のことばしかありません。

pp.294-295 での、

  • 「付章 英語の素朴な疑問に答える」 解説

での最終段落からの引用をお許しいただきたく思います。

本書においてもそうだが、氏の残した「名言」は様々なところでいくつか取り上げられてきた。しかし、「英語教師はことばの教師である。ことばの教師はことばに興味を持たなくてはならない」という授業で何度も登場した氏のことばは、なぜか忘れられてきた。よって遅まきながらではあるが、これも氏の名言であることをここに記して解説の結びとしたい。

  • 「ことばの教師たれ」

正に、私が、教壇に立って30年、大事にしてきたことです。

これから英語教師になろうという、学生・院生や、若い世代だけでなく、私と同世代か、それ以上の英語教育関係者、そして「ことば」の教育に関わる方たちに、是非読んで欲しいと思っています。


過去ログでもいくつか「W氏」や「恩師」、「私の師匠」といった匿名で若林氏に触れたエントリーがあります。

私の師匠は「大学で学ぶことは須く机上の空論で良い」と喝破した。「その論が何故、現場で窒息するのかを身をもって体験する」ことを私(たち弟子)に求めていたのだと思う。

Anniversary (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20071220)

  • 戦後のこれまでの日本の英語教育はことごとく上手くいっていない。根本的にダメである。そのダメな英語教育のもの差しで、「優秀だ」とみなされてきた君たちは本当に英語ができると言えるのか、疑ってかかった方が良い。

英語科教育法の授業第一回での恩師の言葉。大教室で概ねこのようなものだったと記憶している。私の周りでも何人か、この言葉で嫌気がさし、教職の履修を止めた者もいた。私はといえば、入学以前の高校生の頃、すでに『英語教育ジャーナル』(三省堂)でこの教授のことは知っていたので、これがあのW氏か、という感慨があった。そして、この「感慨」が本気で英語教師を志す契機となったとも言える。

「能ある豚は星を見ない」(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20081208)

今回、自分の作った定期試験問題を希望者に配布しているのだが、「自らの退路を断つ」、という恩師の言葉の影響というよりは、自分自身のため、という側面が強い。今の自分の取り組みを恥ずかしく思う気持ちは全くないが、過去の自分に指された後ろ指とはきちんと対応したい、とでも言えばいいだろうか。過去ログ (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061204 ) で以前の自分の持っていた典型的な定期試験に対する考え方が記してある。では、どの学校に行ってもそれで通していますか?どんな生徒に対してもそれでやっていけますか?という問いへの回答、または回答しようという試みである。

In a double bind (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090308)

私の恩師である、W先生は『学校英語を批判する前に読む本』というものを生前企画していたらしい。自前の考察、地に足の着いた論考というDNAを受け継ぎたいと切実に思う。

  • 現状での、中高の英語教員が使い物にならないと思うのであれば、自分が中高現場に飛び込んでいってその世界を根底から変えてみればよいではないか。自分が主となって新たな組織を作らずとも、既にある学会や研究会のスタッフとして志を等しくする人と手を結べばいいではないか。大学や大学院の教員養成課程を自ら担当して、優秀な卒業生を教育現場に送り出せばいいではないか。英語の教科書が世界水準で評価した時にあまりにお粗末というのであれば、教科書の著者になればよい、または教科書会社の編集担当となり、全国にいる例外的に優秀な教員を集めて、自分の理想とする教科書を作ればよいではないか。英語の辞書も批判するだけでなく、自分で辞書を作って、全国の学校で使ってもらえばいいではないか。英語力の測定が適切に行われていないというのであれば、毎回のようにTOEICを受験して、TOEIC対策本を書いて売りさばくのではなく、TOEICのアイテムライターになればいいではないか。

私自身のことを振り返ると、東京にいる時分はそういう思いで一貫して現場で生きながら、全英連でテストを作り、英和・和英の辞書を作り、検定も非検定も教科書を書き、教材を世に問い、業界内でも糺すべきは糺し、学会・研究会の末端として働き、一方で山口の地に来てからは新たに研究会を立ち上げ、地元でのイベントを開催すると共に、時折中央に赴き、現場の先生方対象の研究会や講習会の講師を引き受けてきました。

浜省で内省 (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100909)

anfieldroadさんの企画に乗って、英語教師になるあたりまでの英語学習歴のまとめを書きましたが、その後のことも少しだけ書いておきましょう。学習歴というよりは、職歴を振り返るようなものになるかもしれません。

大学の恩師のW先生に、

• 君はね、自分で英語が出来ると思っているでしょ。そういう人には入門期の指導なんて出来やしないんだよ!

と怒られるたびに、

• わかりました、だったら (中学じゃなく) 高校へ行きます。

と答えていたから、というのは本当に多分にあって、高校で教壇に立とうと決めていました。

”easy said but less often done” (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110306)

そして、昨年度の「第8回山口県英語教育フォーラム」では、若林氏の「正四面体モデル」を紹介し、技能統合についての先見性に言及していました。今回の『英語は…』では、第3章で扱われています(この章は手島良氏による解説)。

Expressly, exclusively or excessively

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20151117

こんなにも影響を受けている私が、『英語は「教わったように教えるな」』を評する、ということはとても難しいのです。

若林氏に出会い、教えを受け、心酔し、その一方で反発もし、それでも自分の身に就いて「剥がれない」かのような、「英語教育」、「英語授業」、そして「ことば」というものを捉える視座が形成されているから。

今回の収録から洩れた、ある雑誌記事について、11年ほど前の過去ログで取り上げていました。

「スピーチ&レシテーション」

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050518

今日のエントリーの冒頭で、

読み始める前に決めていたことが一つ。

  • 決して、センチメンタルにならないこと。

と言っていたのは、この特集での「師匠」のことばを今も生きているからでした。

「小若林」にならずに、私自身になれているか、独り立ちできているのか、自問自答は続きます。

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本日のBGM: Here, there, and everywhere (告井延隆:サージェント・ツゲイズ・オンリーワン・クラブ・バンド)

2016-06-16 「不確かな日々の希望」

tmrowing2016-06-16

教科書の検定や採択に関わる教科書会社の不祥事(白表紙と金銭等見返りの授受の問題)が引き金になっているのか、採用を決めるための見本本供給が1校1冊で、取り扱いが厳重になっている模様。

英語科の専任教諭だけでも複数人いるというのに、この状況では、まともに「英文」を読んでいる 時間的余裕 はないだろうと思う。不幸な現実だ。

教科書検定が機能していないのだろうか?という思いは、前回の「学習指導要領」改訂に伴う現行の教科書を見た時にもあったのだが、今回、「英語表現」の改訂版や新刊を見て、その思いを一層強くした。

30年前の『英文法の準教科書』とどこが違うのか?

20年前の「英語II C」の教科書と比べて、何が優れているのか?

10年前の「ライティング」の教科書の何を、どのように超えたのか?

現行本の英語表現での採択が異様に多かったVision Quest (啓林館)が、文法シラバスへの回帰の先鞭をつけたということなのだろうが、それを「英語表現」の教科書として現場が歓迎しているとすれば、そこに英語教育の明日はないだろう。

以下、オンラインでもオフラインでも再三再四言っていることだが、繰り返しておく。

学習指導要領の法的拘束力を無くすこと。

「ライティング」「リーディング」「オーラルコミュニケーション」を廃止し、技能統合を謳いながら、「英語会話」と「英語表現」という羊頭狗肉な科目を設定している現行の学習指導要領は改悪である。

学習指導要領の内容と逆行するかのような文法シラバス回帰の教科書が教科書検定を通っているのは、よくて茶番、普通に考えれば矛盾。

高校現場は、学習指導要領の改訂内容には異議を唱えず、その趣旨に逆行するかのような教科書を歓迎しているという為体を猛省すべき。

このブログでも、以前「『教科書』はどこへ行った?」というエントリーで教科書についてあれこれ書いていた。

『教科書』はどこへ行った?

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20051218

『教科書』はどこへ行った?(その2)

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080126

『教科書』はどこへ行った?(その3)

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080627

私の理想の教科書

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150306


新しい時代を拓く教科書は本当にそれに見合った資質を兼ね備えているのだろうか?

その拓かれた新たな地平には夢(ファンタジー)の片鱗くらいはあるのだろうか?

研究社の教科書 "New Age" は随分と前に、高校の教科書から撤退した。

「グローバル」を叫ぶ声が大きくなるのとは対照的に、旺文社の教科書は "Planet Blue" で幕を閉じた。

中学校では依然として意気軒高だが、高校の教科書では、もはや「地平線」も「水平線」も姿を消している。

詩や文学の香りを残していた数少ない教科書、文英堂の "Unicorn" も、その名を残すのみである。

市販教材のトンデモ本が市場で淘汰されないのだから、現場で教員が採択する教科書でも同じことなのか?

時間との戦いではあるが、「良書」を見つけて、その良さを知らしめたい。心ある、志しある教師の目に届き、心に響くことを願うのみ。

ということで、いつものように、古い本からその一部を紹介しておく。

良いものが目の前にあっても、その良さに気づかない「後の祭り」の典型、見本と言えるかもしれない。

  • Enjoy English Writing Teacher’s Manual (教育出版)

「ライティング」ではなく、「英語II C」 の時代の教科書指導書の写しである。

著者代表は金子稔氏。

※以下 [↓] のアイコンをクリックすると画像のDLが始まります。

本日のエントリー冒頭の写真が表紙です。

金子稔Writing表紙.jpg 直

この課のねらい。「副詞節」の知識と運用力。

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金子稔Writing_政治_目標.jpg 直

モデルパラグラフ。メッセージも感じられます。

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金子稔Writing_政治1.jpg 直

文法解説のための例文。

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金子稔Writing_政治2.jpg 直

ドリル1では「マッチング」も多用されています。

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金子稔Writing_政治3.jpg 直

ドリル2は「整序」「空所補充」による文完成。

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金子稔Writing_政治4.jpg 直

エクササイズは「和文英訳」の形式。

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金子稔Writing_政治5.jpg 直

それら全てを経ての「暗誦用例文」の提示。

例文の一つ一つが響いてきます。

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金子稔Writing_政治6.jpg 直

この「はしがき」の金子氏のことばはずっと私の胸に刻んであります。

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金子稔Writingはしがき.jpg 直

本日のBGM: 一角獣と新しいホライズン (山田稔明)

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2016-06-15 「僕は誰が素敵な奴かを知っている」

tmrowing2016-06-15

先週末、関西英語教育学会 (KELES) の大会で大阪に行っていました。

お目当てのプログラムが幾つかあり、ほぼ目的は達したのですが、その中から少しだけ備忘録として。

初日の最初が、奥住桂先生の「ワークショップ」。

  • 「中学英語教科書のアクティビティーを考えるー教科書の役割、教師の役割―」

中学校の教科書の「活動」に何を求めるのか? という根源的な問い。

奥住先生ご自身が、『英語ラボ』などの教材開発に関わったことで得た知見も話されていました。

本文はなぜ対話ばかり(しかも読ませてばかり)なのか?

リスニングは「絵」「写真」に基づくものばかり?簡単すぎないか?

活動だけで成立する「課」があってもいいではないか?(「音だけが提示される課があってもいいのでは?」というのは昔から奥住先生が言っていたことでした)

本文と活動とのつながりが希薄ではないか?

「活動の場面設定のもっともらしさ」が逆に足かせになっていないか?

潔く「パタンプラクティス」に徹した活動があってもいいのでは?

TBLT的な教科書は可能なのか?

今後、教科書が変わっていくとするとそのゴールは?

というような問いが投げ掛けられ、フロアでも意見交換しながら進みました。英米など海外の出版社から出ている『コースブック』との比較もあり。

「まずは学習指導要領をCan-do で示す方向で変わらないと」というメッセージもありましたが、教科書検定制度と広域採択制度の存在も忘れてはならないでしょう。中学校教科書の点数の少なさと、一つの教科書に関わる著作者の人数の多さは、高等学校の検定教科書と比べた場合に「異様」な感じがします。

私が終始考えていたのは、

本文と活動の連動以上に、そこまで学んできた言語材料や言語技術のうちで何が自分に使えるのかの選択判断が問われる活動をどのように取り込んでいくのか?

その際の言語材料は、現行のようなその課で導入・練習した言語材料だけでは(足り)なくなると思うので、「お題」を与えてから活動に移るまでに「何にアクセスしておくと生徒が自分の力量に応じて取捨選択できるのか?」という、リソースの提示と、活動中、または活動後での「成功例と思しき発話」「模範例」の提示をどうするのか?

という部分でした。

前者は以前、浦野研先生のお話を聞いた時に痛感した「品質保証」に関連することでもありましたし、後者は1990年代の終わり頃にLeni Dam の実践を知って、自分の授業に取り入れようと模索してきた部分でもありました。


講演は、卯城祐司先生の「クリティカル・リーディングで迫る、深い英文の理解」。

たまたま、自分のいる列で足りない配布資料があったために、途中の課題を時間通りにこなせず残念でした。

数年前に、全国の発表で卯城先生からご指名を受けながら、当日がインターハイと重なるかもしれないということで、お断りしていた経緯があったので、アフタヌーンティーの場で、その詫びも兼ねてご挨拶に伺いました。「お手柔らかに頼むよ〜」と道産子のイントネーションで、私が『卯城本』に関連して、このブログで書いた記事や密林レビューのことにも触れられていました。


初日の最後には山岡大基先生のイブニングセミナー。

  • 「汎用的教材研究術」

会長の担当する講座の裏番組ということで、随分気にされていましたが、国語教育、さらには「教育学」そのものの視座を取り入れて、「教材研究」のありようを揺すぶる良い企画だったと思います。

ワークショップでの意見交換に先立って、「自分で発問・指示を作る」というお題が課されたのですが、これは面白かったです。「形式発問」というのは、以前、山岡先生にお願いして冊子を送ってもらっていましたが、あらためて考え、見えてきたことも多々ありました。

とりわけ、旧版の One World のBook 3 に収録されていた、Audrey Hepburn の伝記に基づく「発問づくり」は考えさせられました。

私が考えた発問は、

1. Have you ever seen her movies?

2. How successful was she as an actress?

3. How did her childhood experiences influence her later career?

などの他、

4. What did she mean by the words, “Giving is like living?”

5. What did she give to those around her?

6. What did she think was the most important thing in life?

7. What did she live by?

8. Looking back on your life so far, what do you think is your biggest “giving” to others?

というもの。この中では、4. が「形式」に着目した発問になるでしょうか。

引用符で囲まれた、Audrey Hepburn 自身のことばは、この文章ではここだけなので。

ここが上手く処理できると、冒頭での something more than these movies や、第6段落での her mission、そして最終段落の her devotionといったキーワードの読みを深められるかと。

最後の「表現の置換不能性」という件では、私自身が講師を務めた津田塾大でのセミナーを思いだしました。

その後、語学教育研究所の講座で私が発表した時にも同じことを話したのですが、その時には「置き換えられないことば」がピンと来ていなかったという山岡先生の中で、何かが芽生え、花開き、実を結んでいるのを見られたのは嬉しかったことの一つ。

津田塾セミナーの様子は、過去ログ参照。

ダンスはすんだ?

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080806

語研の講習会の振り返りは山岡先生のブログで。

語研講習会の備忘録(後半)

http://angel.ap.teacup.com/amtrs/35.html

懇親会は設定されていなかったので、旧交を温める中堅&若手の会に一人年長者も混ぜてもらい、美味しい沖縄料理を堪能しました。お互いをSNSでは知っていても直接会うのは初めて、という方同士もいたりして、あれやこれや話に花が咲きました。私としてはとても実りのある楽しい夕餉、宴でした。ありがとうございます。

生憎の雨予報となった二日目の振り返りはまた日を改めて。

本日のBGM: 大阪へやってきた (友部正人 『ぼくの展覧会』より)

2016-06-06 定番メニュー

tmrowing2016-06-06

高1は、中学で既に出会い、通過し、高校入試前に塾でも散々書いてきた割りには身についていない「規則変化」する動詞のマトリクス。不規則変化の練習には熱心な先生が多い印象を受けますけれど、規則変化の原理原則は明示的に教えられる際に、「綴り字」なら綴り字だけ、「発音」なら発音だけで類型化がされているかのようです。

規則動詞の発音と綴り字一覧 (16年版).pdf 直

観察して、自分で発音してみて、仲間を見つけて、マトリクスの中に入れていくだけの単純な活動ですが、決して、-edのついた動詞の活用形をマトリクスの中には書かない、という約束事です。ひたすら原形のみをリスト化。

このマトリクスを学習し、その後、小出しに動詞を示し、どのグループと同じ仲間か、と補充していきます。

今日は、こんな補充の仕方。冒頭の写真です。

名詞と動詞の意味と規則変化jpg.jpg 直

カタカナ語として日本語に定着しているものも含めて、名詞の意味を想起しやすいけれど、動詞としても使う語を考えていきます。

rainやsnow が「雨」「雨が降る」、「雪」「雪が降る」は自明のような気がしていますが、

waterを動詞で使ったらどんな意味?「水る」?過去形は「水った」?

weedを動詞で使ったらどんな意味?「雑草る」?過去形は「雑草った」?

という私の授業では定番のネタから。

生徒は waterを動詞で使うと、「水を撒く」「水がある」などなど反応が返ってきます。そこで初めて辞書を引きます。「水を撒く;やる」「涎が出る」などを確認します。

ではweedを動詞で使うと「雑草を植える」とか「雑草を生やす」という意味になるのか?と問うて辞書引き。「雑草を抜く;取る」という意味であって、waterとは対照的です。

このように、動詞は「何が」どうする;どんなだ、「何を」どうする、という意味の整合が求められるので意味はある程度絞られてくる、私たちの世界の見方、人間世界の常識で意味のデフォルトができ上がっていることを感じてもらいます。

以下、face, look, shop, store など似ているけれど違うもので想起しやすい名詞とあまり考えていなかった動詞の意味。lookだけは動詞の意味を最初に答えますね。

faceを動詞で使ったら?という問いに「頭突きをする」という答えもあって、良いセンスしているな、という感じです。faceにはlookにはない「作用と反作用」みたいな力関係が感じられますから。

lookは 『エースクラウン』のフォーカス頁の「絵」を見せて、「あなたがバラを見る時、あなたもまたバラから見られているのです」という解説をしてカタカナ語の「ルックス」で補足。

shopで「店」→「買い物をする」は楽勝だったのに、store を動詞で使ったら?では沈黙。辞書引きの良いタイミングです。文化の違いを少しは感じられていれば幸い。

それぞれの過去形をマトリクスのどこに入れるか?発音と綴り字を確認して終了。

たった9語で50分使っていますが、この後扱う予定の「自動詞」「他動詞」への布石、伏線でもあるので、まあ、上手くいった方ではないでしょうか。過去ログだと、この辺りで「自動詞・他動詞」を扱っています。例年よりはちょっと遅目ですかね。でも、早ければ良いってわけでもないので。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140510

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140516

高3は、「四大テクストタイプ」の概説に続いて、「ナラティブ」の書き方。『日向本』と ”GTEC Writing Training” の併用です。

文章の四大類型2016.pdf 直

narrative.jpg 直

平日の課外講座では、模試解説。答え合わせではなく、「診断テスト100」で作ったノートや、授業傍用で使っている私家版の『前置詞のハンドブック』に、語法・文法・表現での関連事項を補足していくガイダンスが主眼。

いよいよライティングのつながりとまとまりに授業の重点が置かれるので、「文」レベルの文法は、この「診断テスト100」の徹底活用が求められます。模試のなかでは、「パラグラフの中で、余計な一文を抜いて、つながりとまとまりのある英文を残す」設問の解説は丁寧にしています。今回は、ちょっと作問のセンスに「?」がつくように思います。これって、近年センター試験で出題されていますが、「ライティング」の授業を真っ当にやってきた教師なら、生徒のドラフトでフィードバック前の「お手本」がいくらでも手元にあるのではないでしょうか?

「この一文は取るか、書き換えるかしないと、台無しです」というフィードバックを与えて、書き直しの指示をしなければならないドラフトに相当数出会うはずです。

私は四半世紀、このようなフィードバックは原則日本語で与えてきました。

このフィードバックに関しては、過去ログをお読み下さい。

雑誌『英語教育』の去年の特集を読むよりは役に立つのではないかと思います。

「ことがらはワニノクチ」はまだ序の口

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160517

いつも同じ話…。

本日のBGM: もういいかい -2016 remaster- (サニーデイサービス)

tmrowingtmrowing 2016/06/07 09:20 テクストタイプに関わる資料と、教材の写真を追加しました。

2016-06-02 「書くこと」の指導計画の立て方(2004年版)

プロフィール欄に載せている「ニチブン」の資料の元原稿が出てきたので、12年くらい前のものになりますが、参考までにアップしておきます。古い学習指導要領に沿った記述にはなっていますが、当時 (1988年〜2004年) の私の実践を踏まえたものです。アクティブラーニングとか、ICTとか、4技能とか、今風の取って付けたような派手なバナーに躍らされないためにも、「書くこと」の指導に興味関心のある方は是非お読み下さい。


「書くこと」の指導計画

1.3つのキーワード

  外国語教育で長らく指摘されてきた、 form, meaning, use の3つのキーコンセプトに関しては多言を要しないだろう。しかしながら「書くこと」の指導を考えるときには、その前段階として次の3つの要素を満たす必要がある。(Bratcher1997)

・(Establishing) Comfort   教室で「書き手」として受けいれられているという安心感(を与える)

・(Building) Confidence   「読者」に「自分の意図が伝わった」という自信(をつけさせる)

・(Developing) Competence 「よりよい英文、分かりやすい」英文を書く力(を伸ばしていく)

これら3つの要素は、階段を上がるように順番に養成されるものではなく、「安心感があるから積極的にタスクに取り組む」、「力がついてくるから自信が深まってくる」、「自信がついてくるから、教室に居場所ができる」というように、指導の初期段階から最終段階まで3つが常に補完しあいながら高まるものであり、教室で英語により「書くこと」を成立させるためには常に考慮されるべき要素である。

2.3カ年を見通したデザインとは?〜ゴールから逆算した計画立案 (= backward designing) の視点

  中学校では、高等学校の科目『ライティング』のように、1冊の教科書が「書くこと」に特化して作られているわけではない。常に4技能の関連を考え、教科書の目次や進度表に縛られることなく、「書くこと」の発達段階を考えることが大切である。指導要領に示された「学習段階を考慮した指導上の配慮事項」を踏まえた上で、学習段階を第3学年から第1学年へと逆に眺めてみることで、到達目標へ到達する段階を概観することができる。

<表1>はこちらを。(ファイルを開く際は↓のアイコンをクリックして下さい。

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表1.png 直

 このように最終目標から、その下位スキルを想定し、生徒にとってそれまでに身につけておかなければならないことを考えながら指導計画を立案していくわけである。最終目標は「英語で〜を書くことができること」というcompetence/performanceの養成ではあるが、常にcomfortとconfidenceに配慮して、指導計画を立案することを忘れてはならない。

3.「書くこと」のスキルを伸ばす3カ年の指導計画とは?

  一般には、指導要領に示された「話題」と「言語の使用場面」を照らしあわせて、コミュニケーション能力とコミュニケーション活動の見取り図を作り、具体的な指導計画に入っていくことが多い。しかしながら、下記<表2>の例を見てもわかるように、教室内での「書くこと」のコミュニケーション活動を想定した際には、ALTや留学生がいるとしてもなお、a.のように、「〜になったつもりで書きましょう」という「擬似的な場面」「擬似的な読者」を想定したものが多くなることが予想される。また、b.やc. のように「教室内」で自然な言語活動は、「なぜ日本人同士が英語で行わなければならないのか」というコミュニケーションの必然性が希薄になり、生徒は「違和感」を覚えることがある。

<表2> はこちらを。

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表2.png 直

 「書くこと」をシラバスの中にしっかりと位置づけるためには、この「違和感」に対処する必要がある。教科書で扱われる「話題」を軸に、「書く活動」にかかわる種々の要因を整理しておくことが不可欠である。「書くこと」のスキルの何を伸ばすのか、をより明確にすることで、指導者も生徒も自信を持って「書くこと」に取り組むことができ、「教室内で書く」ことに対する違和感を軽減することができる。

  

  以下の6項目を関連づけることが長期的な見通しと、個々の授業でのねらいを両立させる上で有効である。

    A.他技能との関連と指導のねらい

    B.想定される読者

    C.内容と形式の自由度

    D.談話のレベルとテクストの種類

    E.メッセージの独立性

    F.指導学年とレッスン

それぞれの項目を簡単に説明する

・ 「話すこと」「聞くこと」「読むこと」といった他技能に関連した「付随的ライティング(=incidental writing) 」か最初から「書くこと」を主眼とした「意図的ライティング(=intentional writing)」か、

・ 教室内の「他の生徒や教師を読者とする」活動か、現実に「教室外の読者を想定する」活動なのか、

・ 「発話は教師がガイドして一定の内容と形式で書く(=controlled and formatted)」のか「生徒が内容や形式を主体的に選択判断して書く(=open-ended)」のか、

・ 「語、語句、文、段落」と広がる談話のレベルと、「物語(=narrative passage)」「説明・情報(=informational passage)」「主張・説得(=persuasive passage)」「創作・娯楽」=creative passage)」などといったテクストレベルでの特徴を分類する、

・ 「文字のみ、文章のみに頼る伝達・メッセージ(=story message)」なのか、それとも、映像など「視覚的なメッセージ(=visual message)」が伝達の補助手段として得られるのか、「スピーチ」「ディスカッション」など「音声によるメッセージ(=physical message)」が補助手段として得られるのか、といったメッセージの種類の分類。

上記の要因をマトリクスの形でまとめるには、以下のようなフォーマットを用いることが考えられる。

<表3>はこちらを。

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表3.pdf 直

採択した教科書の各課で扱う話題を軸として、教科書で扱うものは「付随的」な活動を中心に、教科書で扱っていない話題は「意図的」な活動として新たに設定するのである。このように全体的なバランスを見通した上で、3年間でスパイラルに「書くこと」のコミュニケーション活動を取り上げ、スキルの定着を計っていくことが望ましい。同じ話題に関する「書く活動」であっても、A〜E以下の要因の組み合わせが変わることで難易度も変わることに指導者はよく留意する必要がある。学校生活を例に取れば、文化祭などの学校行事はどの学年でも行われるが、1年生で表現できる内容と3年生で表現できる内容は当然変わってくるはずだからである。

  このようなマトリクスを作ることで、同じ話題で生徒の表現が成熟していく過程を追うこともでき、学校独自の評価基準表作成にも役立つはずである(北尾・長瀬 2002)。また、一度作成した「付随的」なタスクと生徒の書いた英文を保存しておくことで、新年度、新たに採択した教科書では、「この話題が扱われていない」というときに、「意図的」活動を一から作成し直す労力を省くことができる。

4.Comfort 確立のために 〜 教室でできる「学習活動」から「コミュニケーション活動」へ

  初期の段階に限らず、意味の理解を伴った「書き取り(=dictation)」「筆写(=copying)」等を積極的に取り入れる中で、「正確な表記」の必要性を生徒に理解させながら「書くこと」の指導を進めていくことが肝要である。「書くこと」の指導に熱心な指導者ほど、学年が進行すると、「新出語彙を書くことは難しい」という認識が薄くなり、言語活動・コミュニケーション活動を発展させることにとらわれていることがある。テーマ・トピックが難しくなればなるほど、その話題でのコミュニケーション活動を支える、語彙指導・書写指導の重要性は増すのだという意識が指導者には不可欠である。

  題材・タスクの設定にあたっては「生徒間の擬似コミュニケーション的なライティング活動」を積極的に活用することが肝要である。

・ ペアワークの後に行うreportingの際に、完全な文ではなくメモだけを書かせる、といったincidental writing意図的に組み込む

・ 生徒が自分の感想を書き、次の生徒はそれに続いて内容を自分で考えながら文を書き加えていくチェーン・ライティング

・ 他の生徒の書いた英文に対してコメントや質問を書き加えていくピア・フィードバック

などを取り入れることで、クラスを「書くための共同体 (= writing community; writers community)」として確立することがより高度な「書く活動」を支える基盤となるのである。いったん、共同体としてクラスが機能し出せば、生徒同士の一見擬似的な活動がすべてauthenticな意味を持ってくる。また、共同体としてクラスが機能していれば、教室内でのみライティング活動を課す必然性は薄まり、プロジェクトワークや卒業文集作りなど、結果として柔軟な指導計画につながり、comfortの確立にも寄与することになる。

  近年e-mailの利用など、現実の読者を想定するタスクの重要性が指摘されている。コミュニケーション能力を養成しなければならないという目的と一見矛盾するようだが、authenticなタスクのみを行うことにとらわれないことが「書くこと」の指導を現実的なものにする。インターネットやe-mailを使わなければできない活動を行う場合には、「1教室で全ての生徒にリアルタイムでそのコミュニケーション活動を行う機会を保証できるか?」、「全クラスに機会を公平に保証できるか?」というマネジメントの問題が生じてくる。1学年のクラス数の多い大規模校では、物理的に難しい状況が予想される。  

  指導計画にあたっては、「教室でできること」の優先順位を考慮し、

・write to learnの活動(学習活動)→copying/dictationなど、言語材料の理解と記憶のための活動

・learn to writeの活動(コミュニケーション活動)→ライティングスキル獲得のための活動

の双方を有機的に結びつけることが大切である。その上で、「日々教室で取り組むことのできるコミュニケーション活動」と「特別な機会に行うコミュニケーション活動」を区別してバラエティーを持たせるのである。

5.Confidence 養成のために 〜 appropriateness(適切さ)を考慮して

  文字指導から考えていかなければならない中学校段階ではeffective(効果的)であることだけではなく、 appropriate(適切)であることに配慮することが大切である。

  指導の初期段階でまだ competenceが充分でない生徒に、書くことに対する自信をつけさせるのにもっとも重要なのが、「書く過程への指導」である。「過程」という言葉で、安易にプロセスライティングという用語を思い起こすことには慎重でなければならない。ライティングのプロセスは書き手の数だけあるといってよいのであり、「優れた書き手」が用いているプロセスをそのまま「より劣る書き手」に強要しても上手くいかないことが多い。ライティング力があまり高くなく、自信のない書き手にとっては、いくら指導者の側から見てEffectiveな手法であっても、生徒自身にとってappropriateでなければ受け入れにくいのである。この部分を見極めるためにこそ、タスクを細分化したライティング活動が必要となる。上位者の持つストラテジーを下位者に取り込ませるのではなく、ある目的に必要なライティングのプロセスにおいて、実際の生徒の取り組みで、何が上手くいって、何で躓いたり戸惑ったりしているのかを教師がモニターできるように、個々のタスクを設定することが重要となってくる。

  テーマ・トピックに関連する語彙の分類、価値判断を伴う文の順位付け、原因を表す文と結果を表す文をつなぐマッチングなど、意味解釈は生徒に任されているが、言語材料や形式は教師から与えられているという下位タスクを豊富に準備しておくことが必要になってくる。

  

6. CompetenceとPerformance

  旧来の和文英訳に代わる「書くこと」の指導としては、自己表現や自由英作文が広く取り入れられているが、「書くこと」のコミュニケーション活動を考える場合には、この二つにとらわれすぎないことが大切である。自己表現や自由英作文に偏ってしまう弊害として顕著なのは以下の2点である。

・ 第1学年では、簡単な「語」「語句」「文」レベルの活動に終わってしまい、「談話レベル」の活動が指導されないまま学年が進行してしまう。

・ 第3学年になり「談話レベル」の指導にとらわれるあまり、正確に語句を綴ったり、1文を正確に書く活動がおろそかになったりする。

<表3>で概観したように、3カ年を見通し、教材やシラバスに「書くこと」をしっかりと位置づけながら、生徒が書く英文の「質」を高める指導を行うには、

1.低学年であっても「ディスコースレベル(文と文のつながり、段落のまとまり)でのcontrolled な活動」を用意しておく

→「書く過程」に対して、アイディアジェネレーションの段階から語彙を与えつつ口頭練習を充分に行い、言語材料や表現形式を「準備」し「誘導」した上で最終的に生徒が自由に書く部分は少ないながらも、より大きなdiscourse levelで、より多様なtext typeを扱えるようにする。またGrammar Dictationなどまとまった長さの英文を書き取る活動を通して文と文のつながり、まとまりに習熟させる。 

2. 上級学年であっても「文より小さいレベルでの open-endedな活動」を用意しておく

→チャンクやコロケーションを積極的に活用し、生徒が書く英語は語や語句、1文のレベルにとどまるとしても、open-endedで生徒が主体的に判断して書けるように、より自由度が高くなるようにタスクを設定する。

という2つの視点をもつことが望ましい。これにより、聞くこと、読むことといった他技能との関連を踏まえて自信を持って書くことに取り組む下地を作ることができ、文構造や情報構造などより高次の指導を行うことが容易となる。

7.incidental writingを意図的に活用する

  内容の適切さ、目的に応じた表現ができるようになるためには、「いい英文」のモデルを生徒が自分のものとして吸収している、身につけていることが不可欠である。そのためには、「読むこと」「聞くこと」での良質で適切なインプットが欠かせない。概要を理解することにとどまらずに、「書くこと」に活用できるように読ませたり、聞かせたりする工夫が必要である。このような視点で設定されたタスクに取り組む生徒は「読むこと」「聞くこと」の活動に取り組んでいるという意識しかないかもしれないが、それが生徒の「書くこと」への心理的な負担を軽減することにもつながる。また、聞き取った内容に関する英問英答など「言える」語句や英文を書けるようにする地道な指導も欠かすことはできない。音読指導で用いられるRead and look-up をさらに Look up and write / Flip and Writeにまで発展させれば、無味乾燥な丸暗記ではない bottom-upの活動となる。「書くこと」以外の技能から「書くこと」へとつなげることだけを考えるのではなく、「書くこと」を適宜取り入れることで、他の技能が円滑に行われることで生徒は自信を深め、その自信が「書くこと」にも積極的に取り組もうという更なる意欲を与えてくれる。Incidental writingの有効性とその限界を認識した上で、指導者も自信をもって「書くこと」をシラバスに位置づけていくことが、「書く共同体」でのComfort, Confidence and Competenceを高めていくということを再度強調しておきたい。

  

参考文献

1.北尾倫彦、長瀬荘一編集『観点別学習状況の新評価規準表』図書文化、2002

2.次重寛禧編著『コミュニケーションを目指した英語の学習と指導』鷹書房弓プレス、2001

3.田中正道編『英語の使用場面と働きを重視した言語活動―指導と評価の実際―』教育出版、2000

4.平田和人著『新中学校教育課程講座<外国語>』ぎょうせい、1999

5.米山朝二著『英語教育指導法事典』研究社、2003年

6.Bratcher, S. 1997, The Learning-To-Write Process In Elementary Classrooms. Mahwah, New Jersey: Lawrence Erlbaum Associates, Publishers

7.Brooks, A., Grundy, P. 1998, Beginning to Write, Writing Activities For Elementary And Intermediate Learners. Cambridge: Cambridge University Press

8.Graves, K. 2000, Designing Language Courses, A Guide For Teachers. Boston: Heinle & Heinle

9.Scott, V.M. 1996, Rethinking Foreign Writing Language Writing. Boston: Heinle & Heinle

10.Ruth, W., 1990, Grammar dictation. Hong Kong: Oxford University Press


本日のBGM: 成長するってこと(サニーデイ・サービス)

tmrowingtmrowing 2016/06/04 08:50 イントロの一部に加筆修正。

2016-05-28 「忘れてしまったたくさんの話」

サミットとオバマ大統領の任期切れ駆け込み広島訪問が話題です。

授業で演説を逐一扱う余裕はないかな、と思いますが、高3生が表現ノートでどう扱うかに注目しています。

NYTの記事はこちら。

http://www.nytimes.com/2016/05/28/world/asia/text-of-president-obamas-speech-in-hiroshima-japan.html?smid=fb-share&_r=0

その高3生の中間試験後の授業では、教科書の読解の精度を高めなさい、という指導。

高校の教科書が「読解偏重」という批判がよく聞かれるけど、今や「読解」に特化した科目は「学習指導要領」から消えています。批判されるべきは「読解」に重きを置いているのに「読解力」が養われない教科書や指導法であって、「読解力」がついているなら、少なくともその部分では成功しているのです。

教科書に限らず、「教材」の批判もどんどんやって風通しを良くすればいい。ただ、教科書検定制度そのものを無くすとか、学習指導要領の法的拘束力を無くすとか、そういった動きは何とも鈍いのですよ。教科書検定では、教科書の音声指導をする頁でさえ、CD等付属音源のチェックなどありませんから。

教科書の検定も、今では政治的配慮が求められる記述を除けば、見た目の構成や、活動の(4技能から見た?)バランスあたりをチェックしているだけではないでしょうか?各社の教科書の新出語のカウントをしてリストが発表されることもありませんし、英文そのものの吟味がされているとも思えません。

検定に合格し実際に高校で採択されていた「リーディング」教科書の「英文」の杜撰な編集についてはこのエントリーで明らかにしました。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20130528

新課程に変わったら、その英文はそのまま「コミュニケーション英語」の教科書に採録されていました。世も末です。

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Bathing ってタイトルまで変えずに使っています。しかも、ご丁寧に、改訂サイクルに入っても、まだ使ってくれて構わないんですよという但し書きまで。いや、他の英文に差し替えるか、ちゃんと書き直すかしましょうよ。

このような「実例」は例外的なお粗末さなのか、それとも氷山の一角なのか、一般の教員には確かめるのは大変です。少なくとも「採択しよう」と思った教科書一冊くらいは事前に読み通せる「時間的&精神的余裕」があるといいのですが、現状ではそれさえも難しいのではないでしょうか?

それでも検定教科書は複数の作り手、教科書検定官の目を通過しているからまだましなのかも。学校採択専用教材の中にはリスニングであれ、読解であれ「エイブン」のお粗末さが目に余るものがあります。

「だが、それはたいしたことじゃない?」

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160507

次のエントリーは、とりわけ高校の英語の先生に読んで考えて欲しいです。

”Cradle to the grave”

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20151123

そして、来年度は高校の教科書の改訂の時期です。今、各社が見本を携え学校へと営業をかけている頃でしょう。現行の各科目教科書の売れ筋に倣った改訂に なってしまっているのでしょうか?それともユーザーの声を反映させた改訂となったのでしょうか?そして、6月の1ヶ月で何冊読み通せるでしょうか?

私がどういう教材に関わってきたかは、こちらをご覧下さい。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/about

批判や嘆きだけでは埒が明かないので、目の前の授業に精を出すことになります。

読解のガイドラインとして、ボトムアップ側の強化を図っています。現任校だと、高2から高3が対象です。それ程習熟度は高くありませんので、いきなり「鷲掴み」とかは考えていません。むしろ、「なぜ鷲掴みができないのか?」の部分にスポットライトを当てています。

2016高3読解のガイドライン.pdf 直

高3の上位層向けの読解(&ライティング)には、「焦点化と強調」の話を。類型化です。 これだけの短い例文・用例で意味が取れるかが肝なので、ある程度の英語力は前提になります。過度の単純化に自分が陥らないよう心して使っています。

焦点化による強調の類型2016.pdf 直

この2つとも、もともとは、まだ東京で働いていた頃に作ったもの。暫く忘れていました。

当時、某私立大学のエクステンションでTOEFLの講座を持っていました。ライティングをさせようにもまずきちんと読めない学生が多くて苦肉の策でリーディングからライティングへの橋渡し教材を投げ込みで入れていたのでした。その時のハンドアウトが残っていたので、それを改編したものです。


今年度の高2は週2コマだけなのに、行事による時間割変更で一コマが授業カットのためほとんど進まず。

土曜日課外で、『コーパス口頭英作文』(DHC) の導入。

「トリセツ」を丁寧にしています。

2008年から授業で使っていて、一時期絶版となり、卒業生に寄贈してもらったりして「飢え」を凌いだ時期もありましたが、今では5刷ですよ。今年は、「スラスラ感」「1秒反射」ができるようにしてから、意味順スロットに入れて駄目押しの流れです。この「同じ釜の飯を食う」ではありませんが、「同じスロットの飯を食う仲間」が分かるということが大事ですから。

過去ログでも触れましたが、

Where are you?

Where are you from?

だけでも結構面倒なんですよ。今日も、生徒に、

Where are you? って、誰が誰に言ってるの?どんな時に発する質問なの?

では、Where are we? だと?

というやりとりで、「生息域」の話まで。

生徒は勿論、教師もあまり気にしていなさそうですけど…。

高1は、初の中間試験の出来・不出来を踏まえて、「助動詞の番付表」と「名詞は四角化で視覚化」、そして「意味順」の重要性を認識する日々。ここでも「音声」「音調」が大事。そしてそのためにも「対面リピート」をきちんと行うことが必要になってきます。

「四角化ドリル」では、「その7」で、代名詞。対面リピートではペアの相手が読み上げた名詞句を復唱するのではなく、その名詞句を代名詞に置き換えたものを答えます。

こんなドリルです。

Shikakuka7.jpg 直

昔ながらの、she, her, her とか he, his, him とかit, its, it とかthey their them とかです。

ドリルへの記号付けは次の要領。

時制を持つ動詞・助動詞の前でとじカッコ、という約束事なので、sheはとじカッコの左側にいる・来る時の形でそれ自体を四角で囲む。名詞の目印のherはそこから下線が始まるけど、四角で囲むのはその後に来る名詞の方。とじカッコの右や、前置詞は波線(=ホニョホニョ)をつける約束事なので、ホニョホニョの後に来るherはそれ自体を四角で囲む。という作業を踏まえて、口頭でやらせています。自分で見ながら言えるようになったら、対面リピート形式で、名詞句はリピートせず、代名詞を3セット答えるという活動へ。名詞句を耳で聞いて、それを代名詞に置き換えて先へと引っ張っていけることが狙い。


ドリルでは主として名詞句(の限定表現)を扱うのですが、今回は、「このドリルだけで閉じていてはダメ」ということで、応用編。free substitution の名詞句の限定表現版ですね。

名詞句.jpg 直

ペアになって、一人はこの白板を背にして立ち、もう一人は自由に組み合わせて「意味のある名詞句」を相手に言う。言われた方は、それを聞いてリピートするのではなく、代名詞に置き換えるというもの。

  • a cat in the bag
  • cool rain in August

は容易くても、

  • a lot of cats along the street
  • a lot of rain in August

で、「ムムっ⁉」ってなることを想定してはいますけどね。

対面リピートならぬ、代名詞への置き換え練習へと発展させてみました。


番付表も並行して進めています。

助動詞 can の「可能性」では、定番の衣類洗濯用の洗剤ネタ。「アリエール」を使っている家庭が思いの他多かったのでこちらが驚きました。

助動詞の扱いで気になったのは、「中学校、または高校入試前に通った塾で、must とhave toの書き換えをやらされた人」という問いに7割以上の生徒が手を挙げていたこと。中学校の先生なのか、塾の講師なのか、問い詰めてはいませんが、

イコールで書き換えられる、という理解をしているとするなら、それはひとまず忘れて下さい。

と伝え、使い方・使い分けの「大まかな目安」は教えておきました。

芸人さんの「タカ&トシ」の片方がやっている「オレダオレダ…」のジェスチャーを引き合いに出して記憶のヒントに。

意味順で「する・です」をやっているので、

You must be tired after driving so long.

の前半は比較的すんなり入りますが、after に続く、-ing形のところで滞ります。

You must be tired after that.

と代名詞にすると分かったつもりにはなりますが、「で、thatって何?モノ?」と問うて、 driving so long が「ワニ」だよね、という確認です。合言葉は「ことがらはワニの口、ウ○コ漏らすな、○ロ吐くな」。忘れたら、思いだせばいいんです。思いださなくてもできるようになれば、身についたということですけど。

土曜日課外では、番付表の「大関」の導入。所謂「完了形」です。

使用頻度が多くはない表現形式ですが、それでも「使い所」「ツボと効き目」「がありますから、一つ一つ用例を見て、その使われ方を吟味する極めて明示的な扱いです。

典型的な用例を提示し、

「時の隔たりを超えて現在時へと伝わる余波」

「成果・達成感」「失敗・喪失感」

などのキーワードを示していますが、サッカー元日本代表、川島選手の「ドヤ顔」や芸人さん、クールポコの「やっちまったな!」あたりで実感を補足しています。

生き急いで劣化コピーのような問題演習の文字列にうつつを抜かすのではなく、お膳立てされた教材であれ、それが適切に用いられたものであるなら、その一つ一つのことばを自分で生き直すことが大事だと痛感しています。

本日はこの辺で。

本日のBGM:いちょう並木のセレナーデ(『刹那』バージョン)/ 小沢健二

tmrowingtmrowing 2016/05/29 17:40 指導手順など一部加筆修正。

2016-05-20 英語の文字指導

ライティング指導を専門と自称する私のモットーは

  • 「ライティング指導の第一歩は文字指導から」

というものです。

英国の National Handwriting Association のサイトがこちら。

http://www.nha-handwriting.org.uk/about-nha/about-nha

私は今年度から海外会員(年会費£24で英国内より割高) として登録しました。

英語を母語とする教育現場の「文字指導」がどういう状況にあるのかを知ることができます。

ナショナルカリキュラムの改訂で文字指導に関わる変更点・留意点

Handwriting-changes-in-the-National-Curriculum-KS1-2-Sept-2013.pdf 直

Twitterのアカウントもありますよ。

https://twitter.com/NHA_news

NHAに限らず、彼我の差を実感するのが、handwritingにおけるmotor skillsの考察とfont、typographyへの意識。

英国から豪州に目を移せば、タスマニアの department of education が発行している2009年版の詳細なhandwritingの手引がこちら。無料です。

https://www.education.tas.gov.au/documentcentre/Documents/Handwriting.pdf

理念というか、指導の背景というか、その辺りが大事だと思うので、是非、序論に当たる文章からお読み下さい。

個々の指導手順では、大文字 IとJのセリフの有無。V,v,W,w の筆順。小文字kのループなど解説も含め参考になります。


「欧文文字」そのものへの関心がそれほど高くないのは教育現場だけに限らないかも知れません。

次の記事は、日本では殆ど話題になっていない模様だけれど、単に「デザイン」の観点からだけではなく、欧文の「文字指導」でも考慮すべきことがらがいくつも指摘されています。心ある英語教師の方たちにぜひ読んで欲しい記事。

How Typography Can Save Your Life

What words look like matters ― in some cases, a whole lot.

by Lena Groeger

https://www.propublica.org/article/how-typography-can-save-your-life?utm_campaign=sprout&utm_medium=social&utm_source=twitter&utm_content=1463067664


さて、

授業時間確保の見通しも立たないのに、小学校での教科化で「文字指導」を開始することがあたかも既定路線であるかのような日本の英語教育改革ですが、お上の広報だけでなく、学会等でも最近頓に目にする機会の増えた、「小学校英語での文字指導」に関して、私はこれまでにも、何回か、重要な疑義を呈し、異議申し立てをしてきました。また、中学高校段階での指導の不在、定見のなさに関しても警鐘を鳴らしてきました。

ライティング指導の第一歩は文字指導から

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150825

Look who’s talking!

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150407

なくてななくせ

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120213

Do I have to draw you a diagram?

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120211

しかしながら、handwriting そのものの考察が殆ど為されていないのでは?と訝しく思うような実践例や研究成果が「説得力」を持ち、それに後押しされるかのような改革の動きは容易には変わらないのでしょう。

英語を教えている教員、英語を教えることになってしまった教員の目と心に届くことを願って以下、教材・指導書・概説書の紹介だけでもしておきます。個人で購入するのが難しいものは、学校の英語科の年度予算での購入や、同僚との協同購入などをご検討下さい。(近隣の方で、購入前に実物をご覧になりたい方は、要相談。)

日本にも古くからきちんとした「英習字」指導の体系はあったのです。

『新英語教育講座』が1948年。

『語学的指導の基礎』が1959年。

篠田治夫、寿岳文章という名前も若い世代には誰のことやら、という感じなのでしょうね。

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かつては、ペン書きがデフォルトで、能筆家による概説書が文字通り「お手本」でした。

「筆記体」と「ブロック体」などと言っている場合ではないですよ。

Alfred Fairbank

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Reginald Piggott の業績

所謂 "National Survey" の結果をまとめたもの。

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調査だけでなく、実際の教材とその指導書も出しています。

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Rosemary Sassoon の業績

そのうちの「一般書」から

如何に pen hold や motor skills への配慮がなされているか痛感します。

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こういった一般向けのものだけでなく、学校教育でも多大な影響を与えています。

私はもう随分長いこと、英文フォントは Sassoon 系ですが、好みを抜きにしても、次のような考察には触れておいて欲しいと思います。

Why Sassoon?

http://www.sassoonfont.co.uk/fonts/sas/WhySassoon1.3.pdf

冒頭で紹介したNHAのサイトでは次のような提言(警鐘?)をしています。「モデル」や「視写」に対する考え方など、さらに進化したように思います。

Rescuing-Handwriting-from-Redundancy-by-Rosemary-Sassoon.pdf 直

次の2冊の概説書は教師向けです。

小学校英語に限らず、文字を扱う英語教師は必読だと思います。

協同購入でも、学校の予算でもいいので、買っておきましょう。

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...Problems... は、2006年に出ています。もう10年になるんですよ。

目次。

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このイントロを熟読されたし。母語でさえこの現状なんですよ。

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...the way の方は、2003年刊です。既に干支一回りです。

「四線」とか「方眼」とか、今更ロシアに行かなくても…。

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Nelson のシリーズから

Cursiveの教師用指導書 (1993年) より

今では、ナショナルカリキュラムの方が改訂されているので、現行のネルソンの指導書にはここまでハッキリとした記述はなくなっているようですが、四線の間隔、文字のプロポーションなど、この「絶版本」から、まだまだ学ぶべきことがあります。

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現時点での最新版 (2014年刊) の指導書がこちら。

文科省の調査官や、指導的立場にある「有識者」の方々はこのくらいのことは踏まえた上で、「教材」を作成しているのでしょうね。

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Nelsonの指導書はかなり高価なものですが、教材自体は比較的入手しやすいと思います。

1989年版と1997年版の指導書。

改訂を重ねて、使い勝手は良くなっていると思います。

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以下、教材。

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フォントでSassoonを使用した教材

「3歳から」というのがちょっと心配ですが…。

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個人指導でも、教室での一斉指導でも使える、今私が一番高く評価している教材

イントロで述べられている指導の理念、全体の枠組みなど、彼我の差が明らか。

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フォントとか、文字のプロポーションとか、ちゃんと考えていますよね。

Practice 1 のフォントはSassoon Infantです。(kに着目)

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joinsに重点を移したBook 2がこちら。

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彼我の差を思い知らされること頻りですが、気をつけなければならないことが幾つかあるでしょう。

まず、motor skillsに主眼を置いた、線描や図形を含む、「運筆」を取り入れていること。

そして、その導入や練習、習熟では「意味のある語」を用いる必然性がない代わりに、何か「ゲーム性」のようなものを取り入れていること。

次に、そこから「意味のある語」「意味のある語句」「意味のある文」を扱ったトレーニングに移行する場合に、母語である彼らは、既にそのことばを耳で聞いて理解したり、自発的な発話でも使うことができる発達段階にいる、ということです。

日本の学習環境、授業環境に目を移せば、当然、習熟している「語彙」にも限りがありますから、「有意味」なことばを用いたトレーニングを初期段階から取り入れることは難しくなります。ここで紹介したような、優れた教材をそのまま「輸入」「翻案」するだけでは不十分で、「手書き文字」を指導する専門家が知恵をだし合ってシラバス、カリキュラムを組み立てる必要があるでしょう。

デジタル教科書など、ICTの活用が、「デジタル機器や教材市場の拡大」としてだけ脚光を浴びるのではなく、学習者の益になり、指導者の負担の軽減になるような取り組みを期待します。

最後に、最新のICTとの連動教材の指導書を紹介して、本日はおしまいです。

このエントリーの冒頭で紹介した、National Handwriting Association のサポートを受けています。

私は「紙」の指導書しか持っていませんので、実際のInteractive な教材(かなり高価です)の使用に関してはよく分かっていません。日本の「研究指定校」や「開発拠点校」などでは通例予算がつきますから、きっと、このような教材を試して、日本独自の教材開発へのデータを蓄積、提供しているのではないでしょうか?

このシリーズは2000年代前半で既に英国の出版社 Cambridge と日系企業である HITACHI のコラボレーションを実現していました。今年に入ってのBook 1改訂版(2016年最新版)の指導書になります。

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最後の写真の冒頭で書かれている配慮事項、Correct letter height, Parallel ascenders, Writing letters on the baseline が、日本の英語授業での文字指導できちんとなされているか、自問自答するべき人の目に届くことを願っています。

あとは悲しみを持てあまさないように、繰り返しておきます。

ライティング指導の第一歩は文字指導から。

本日のBGM: 異邦人 (原田知世)

tmrowingtmrowing 2016/05/22 07:42 大幅な加筆修正と画像ファイルの天地の修正をしました。

tmrowingtmrowing 2016/05/22 09:39 更に加筆修正。画像ファイルも追加しました。

tmrowingtmrowing 2016/05/22 15:40 豪州・タスマニアのdepartment of education 発行の2009年版 handwriting 指導の手引きへのリンクを追加しました。pdf (約2.6MB) のダウンロードが始まります。

2016-05-17 「ことがらはワニノクチ」はまだ序の口

tmrowing2016-05-17

中間試験がスタートしました。

連休明けの授業では、マインドセットが振り出しに戻って中学生になっている生徒を鼓舞したり、中には初めて迎えることになる複数日程での「定期試験」に対する心と身体の準備を説いたり、世界一亀の定義に習熟する高校生を目指したり、もどきの「エイブン」を指摘し改善したり…。

高1は、例年よりも早い「ワニの口」の導入と、例年より遅い「助動詞の番付表」の導入。

私の授業で「ワニの口」、または単に「ワニ」と読んでいるのは、一般に、名詞句や名詞節と呼ばれる(今「一般」と言ったけど、「普通の人」はそんな用語ではモノを考えていないだろうと思う。あくまでもメタ。)もの。で、今回は、所謂「動名詞」。本来、動詞として用いられていた意味内容を「コトガラ」として名詞化する工夫です。(「ワニ」の種類に関しては、後々取り扱うことになります。アリゲーターとかクロコダイルとか、ね。)

合言葉は「ウ○コ漏らすな、ゲ○吐くな」

今年度から、「意味順」教材を、文英堂のものに変えたので、初期段階から「名詞句」「名詞節」といった用語が出てきます。実感を伴うには工夫が必要です。

今回の中間試験に出す問題とは異なる、いささか極端な例ですが、

1. Football is fun.

2. Watching football is fun.

3. Playing football with my teammates is a lot of fun.

はそれぞれ、このような記号付けで整理されます。

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あくまでも「名詞は四角化で視覚化」ですので、「ワニの口」の下顎から書き始めて、尻尾で反転し、上あごを書いて「ワニ」です。(今さらながら、このワニは左向きなんですよね。導入の小道具に、「ラコステ」のポロシャツを着ていったのですが、鏡を見て「よしっ!」と思ったのが失敗でした。ラコステのワニは、右向きなんです。)

この1−3の例で、1が分からない生徒は今の私のクラスにはいないと思いますが、2, 3が怪しい生徒はいると思います。

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例文2. で、主語が footballだと思い、動名詞のwatchingを考えない状態が「ゲ○を吐いた」状態。

上の「ダメワニ」の写真ファイルを開いてもらうと、ダメな記号の付け方が見られます。(見ないに越したことはないので、ファイルだけ示しています。)

ただ、人間も消化吸収できなかったり、悪いものを飲み込んだりしたら吐き気がしますから、もし、ここで「ダメ出し」されるような記号付けをしている生徒がいたら、そこまでの自分の指導の不味さ、拙さを振り返る好機でもあります。そして、大抵の場合、振り返ってばかりです。

例文3. で、主語が playing football だけだと思い、 with 名詞を除いてしまうのが「ウ○コを漏らした」状態。こういう記号付けは避けるように言っています。でも、これとても、乳児から幼児への発達段階では、「おむつ」「おしめ」の必要な時期がありますし、歳を取ったら取ったで、また必要になるかもしれません。

ということで、上記の合言葉です。下品ですけどね。

「ワニ(の口)」についての具体的な指導手順は過去ログを参照されたし。

ワナナバニ園へようこそ

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20131030


もう一つの定番、「助動詞の番付表」では、白鵬、琴奨菊、勢の写真を見せて「大相撲」の番付から導入。いや、大相撲の番付自体を知らない生徒が多いので。

授業では、英語の助動詞も「力士」のように階層制があり、「役」がついている、という話。「横綱」の「付き人」は原形。「平幕」の「付き人」も原形。でも、位が下の平幕と同じ付き人じゃ横綱は困らない?そもそも横綱のプライドが許さないんじゃないの?などと冗談を挟みながら、「横綱」と「平幕」は一緒に使えない、という「ルール」を説いたりしています。

「横綱」は「話者の心的態度」と「可能性の査定」が主な「役」となるわけですが、用語よりも実感を掴むことが大切なので、結構大変です。使っていく中で身につけるのが一番ですけど、教室での教師対生徒の言語使用ってモダリティの観点で見ると特殊な場ですよね?

Will you open the door?

が「丁寧な依頼」などではなく、その場のその気の有無を確かめる、かなりダイレクトな「物言い」であることはきちんと教えています。まあ、「そのうち」ですよ。

高3は「表現ノート」第一回の提出。

案の定、最初は、「グロサリー」がボロボロ。読解のノートではないのですが、そこが本当に分かるかどうかは、この「表現ノート」を続けていく上で生命線でもあります。「サマリー」には疑問文を使わない、とか、「否定で終えずに、それに取って代わる肯定でサポートする」とか、この活動をやっていく中で身につくと思います。「コメント」は、正に「意味順」が身についているかが試される場です。「できない言い訳のできない活動」ですので、必ず、「自分の興味関心の持てるネタ」を扱ってください。お願いします。

そんなこんなで、中間試験の作問天国で初日に3種類試験が入ってしまい、作問、印刷、袋詰めで学校を出たのが8時半でした。帰路途中で遅めの夕食を済ませたのが9時過ぎ。普段は、9時に寝て3時に起きる生活をしているので、リズムを整えるのが大変ですけど、変拍子も偶になら大丈夫でしょう。


さて、

先日「呟き」の方で連投していた、「ライティングにおける添削とフィードバック」は結構なリアクションがありました。「ヨンギノー」が叫ばれる、日本の英語教育界ですが、こんなところもまだまだ「定見」が共有されていないのではないでしょうか?

以下、自分の呟きの「まとめ」。

ライティングの添削やフィードバックに関して、「丁寧に個々の生徒や学生に添削を施し続けた結果生徒が萎縮したことを明らかにした実証的研究」をご存知でしたら教えて下さい。気になっていることは二つ。一つは「お題設定」、もう一つは「萎縮」の指標は何によって測ったのか、ということです。「添削によって、真っ赤になった原稿を見ると、書き手は萎縮する」というのはどの程度確かめられているのでしょうか?赤ではなくて青だったら?とかで研究をやって見た方はいらっしゃいますか?

「ライティング」指導や評価では「添削」は「費用対効果」のような語られ方をしているように思っています。労多くして益少なし、のように。でも、本当に「益」は少ないのでしょうか?自分が書いたものがより良くなることを喜ばない学習者がいるでしょうか?添削が上手く機能しない原因は、もっと他にあるのではないでしょうか? 例えば、人数が多いから添削の時間がかかりすぎて、適切なタイミングで返却できていないとか?

この場合、クラスの生徒の人数と、担当する総人数の両方が少なければうまくいくでしょうか?ICTの活用で、その場で添削したものが記録として残り、しかも生徒本人へのFBとして機能するとしても、教師が教室でその場でその時に行うとすれば、うまくいくでしょうか?一人当たりの添削にかかる時間はそれほど変わらないでしょうから、クラスの人数が少ない方が上手くいきそうな気がします。でも、生徒の側から見れば、一定量の英文を書くためにかかる時間は、実際に書いている時間以上になっています。アイデアジェネレーションと構想やメモ書き、書く途中での読み返し、などなど。とすると、その時間に書き始めて、書き終え、それをその場で添削する、というのは難しい。

タスクを下位技能に分けたり、プロセスで段階を設けたりするのは、FBや添削を行う適切で有効なタイミングを設定する、という意味もあるのではないでしょうか?では、その場合のFBに求められる要件、資質とは?そういうことを考え続けて早四半世紀が経ちます。添削、FBで「適切で効果的」なものを教師が与えるには、英語の知識、運用力に加えて、「書く」ということはどういうことなのか、という理解が求められると思っています。身も蓋もない言い方をすれば、「添削がヘタだから、書き手がさらに良いものにしようという意欲を失う」とは言えないでしょうか?

「添削やFBで経験知も積んでみたけど、上手くいかない」ということもあるでしょう。私にもありました。私の場合で言えば、「お題設定」に無理や不備があった場合には、「もういいや」という反応を助長していたように思います。このお題だから、いいものを読んでもらいたい、というのが突破口かと。

そう考えると、今現場で考えなければならない「ライティング」の課題は、「書く動機づけ」と「読み手の設定」に収束するのではないか、と思います。ある編集者とのやりとりの中で20年前に私に突きつけられた課題と同じですが、その課題解決に向かう、自分の経験知は変わっています。

ESL (EFL) での研究では、「よい文章」の指標を仮に決めておいて、その指標を物差しにして、FBの種類と、その効果(の有無や差)を見る、という至極当たり前の研究 をしているわけです。それはそれで意味のあることで参考になります。

その一方で、「よい文章とは?」という研究もあるわけです。近年では「自動採点」との絡みで注目度が高まっているかも知れませんが、ある研究でFBの「効果」を測る場合に、この「よい文章の持つ資質・要件」はどうなっているのかも吟味されるべきでしょう。そこが違えば比べることが難しくなります。

それに対して、日本の英語教育系の雑誌で示される特集記事や実践発表を読むと、「誤りの訂正」に関して、「萎縮」「意欲」といった情意面への言及が多くなされているように思えるのですが、その割に「萎縮の度合い」や「意欲の指標」が同時に示されることが(ほぼ)ないように思います。

以上の連投を踏まえて、このエントリーにある私の発表資料を読み返して見て下さい。

「そのうち」はそのうちに

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20141126

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/files/2014Forum_Matsui_presentation%20%E5%85%AC%E9%96%8B%E7%94%A8.pdf?d=download

このエントリーが5年前。貼り付けたDL可能な資料「…指導、この50冊」(pdf)を作成したのが2001年。そこから15年。現場の指導では何かが変わったか?

愚者なりに考えました

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110401

今日の高1課外講座では、助動詞の番付表をやったばかりでした。このエントリーは個人的に保存版です。

I will.

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140803

昨日連投した「ライティング指導における添削とFB」に関して、2年前にも言っていましたね。

そう言えば、今日は亡き母の誕生日でした

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140525

試験は始まったばかり。

高2では「定義のミカタ」の延長線(戦?)で「亀」の定義新作も披露してもらいます。

試験が終われば「採点天国」ですので、楽しみに待ちましょう。

本日のBGM: TOKAKUKA (秋山竜次)

tmrowingtmrowing 2016/05/18 18:25 「ワニ(の口)」の指導手順を示した過去ログへのリンクを追加しました。

2016-05-07 おおげさに言うのならば…。

tmrowing2016-05-07

ヴィカ様のお誕生日に贈った「呟き」をRTしていただくという、この上ない悦びもあり、ご機嫌なGWの滑り出しでしたが、ロシアから届いた別の知らせに心を痛めて送った、励ましの「呟き」に「いいね」をいただくという展開に。「スケオタ」の本懐ですね。

連休中は本業で湖に。

他県からの遠征組のお手伝いも。私も「上級コーチ」という有資格者ではあるのでお声掛けいただいたわけですが、こちらの方が勉強になりました。深謝。

授業は連休を跨いで。

高1は「四角化ドリル」をその5まで。

授業の中で強調しているのは、「名詞感」とでもいうもの。名詞の匂いとか気配。で、「その5」が意味を持ってくる訳です。

練習としては、口頭での copyが主です。その後で Read & Look up。「この練習は重要ですよ」、ということは伝えています。生徒に訊いたところでは、中学校時代に Read & Look upを授業中やっていたという者は約5分の1。同じ中学校出身でした。その他大勢は、「そういう大事なことを、自分は中学校で教わって来なかった」という心配をするかも知れませんが、その「中学校で既にやってきた」という生徒が、そのトレーニング方法に習熟していたら、既にかなりの英語力になっているはずなのですね。

クラス全体には、こう言っています。

実際にどんなに優れた練習方法でも、英語が身についていないなら効果がないということ。で、Read & Look up をやってきたのに英語が身についていないという場合には、教師側の問題が半分から7割、生徒側の問題が3割から半分くらい。

現に、その「経験者」に、「学校を離れて、家で、など自分一人で、Read & Look up で練習したことがどれくらいあるか?」を尋ねたら、皆撃沈でしたから。

結局、モデルとして私やALT、人でなければCDなどから発せられる、「音を捉まえる」ということができないと、個人練習であれ、ペアであれ、そこに「英語の音」がないわけですから、上手くいきません。ましてや、教室を離れて一人で練習するような場合には、繰り返せば繰り返すほど英語から離れていってしまうことにもなりかねません。

現任校で使用している教材の殆どにはCDでの音源がついていますが、まずは、教室で教師の音声を「捉まえる」ということにもっと注力すべきでしょう。耳と頭。身体半分、心半分ですかね。

四角化ドリルは、タテ折りで半分にした右側、英語のコラムの方で、自分がスラスラ音声化できるものには「○」を、更なる練習が必要なものには「☆」をつけて、ドリルのアイテムの中での温度差を確認。左側の日本語を見て英語がすぐに出て来るものには「○」、すぐに出てこないもの、間違えているものには「☆」をつけて、こちらも温度差。これによって、マトリクスのように、自分の重点課題が浮かび上がる、というのが「システム」なんですが、そうは上手くいかないもの。

まあ、やっていくうちにできるもの(モノ、者)はすぐできるし、できないものは時間がかかります。

bird / third を取り出して母音の練習をしたあとで、birthday の音が崩れてしまうのはやはり問題。同じ音は同じゾーンに収めることが大事。自分の音が自分の身体に響く、充ち満ちるためには、やはり自分の姿勢、身体を感じることと呼吸。アコーディオンのような呼気の使い方だと思います。

連休明けには「意味順」「番付表」そして、「対面リピート」導入の予定。


高2は、土曜日課外の「定義のミカタ」が延長戦にもつれ込んでから、連休で授業がないので、振り出しに戻らないことを期待するのみ。まだまだ、タテのものをヨコにしただけ、足し算というより並べただけ、というものが多いですね。余剰分の情報を引き算したり、共通因数で括ったり、配分したりという、かけ算・割り算も重要なんですよ。

先日のエントリーでもとりあげた「英語ネイティブによる学校英語へのダメ出し」を課外講座でも紹介し、「大事なことはそんなんじゃな〜〜い」というメッセージを伝えておきました。高2の「学級文庫」を活用することです。


高3は、「診断テスト100」を最後まで。診断結果を真摯に受け止めたノート作成が重要。個人差、温度差は必ずありますからね。

進学校嫌いで、受験指導嫌いな私でも、進学クラスの担任をして、受験学年担当だと、「入試で使われた英文素材での読解指導」もするわけです。

比較的(何と比較するかがそもそも問題なんですけど)やさしい英文を素材にした教材を採択した時の問題は、

1.入試問題そのもので、原文が書き換えられている

2.問題集に採録する際に、原文が書き換えられている

3.その両方

これ本当に困るんです。

さらに、

4.原文がそもそも、お粗末なエイブン

が悲劇。

今回、久々にこの高3の読解教材を担当したら、改訂版で、出だしの2題の英文が「詠み人知らず」のwebからのもののようでギャフン‼︎

ということで、いつものように自分でノートに視写したものをアップします。

まずは、Unit 1 。

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途中で、「人生における優先順位」という件で、価値判断、重み付けがなされるのですが、その記述がお粗末。

原文(最後の写真のもの)では、少し具体的ではあるものの、重み付けの差が分からない点ではあまり変わらず。

結論部分の記述が「?」。学生が知りたかったのは「喩え」なのだから、名詞で対応させないとね。

「深イイ話」でしょ?というあざとさもハナにつきます。


続いて、Unit 2。

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物語として破綻しているのでは?と思う程、途中が端折られていて、これは絶対に原文では詳しい描写になっているはずと思いながら読んでいました。本文に主人公の名前が出てこないので、授業では描写・形容から「骨皮筋衛門」「丸出だめ夫」「ベンチ君」というニックネームをつけて読み進め。

案の定、原文と思しきものでは、高校時代も活躍していない、「か細いアメフト少年」と「その父親」の描写がありましたが、その少年が大学に入って “cut” をクリアーしたという、アメリカのスポーツでは重要な記述がありました。結構やるじゃん「丸出だめ夫」。

ただ、最後の「自分のプレーを見ることのできなかった盲目の父が亡くなり、天国に行ったので、ようやく自分のプレーを見ることができる」というのは、キリスト教的な 死生観としても適切なものなのかが、よくわからない。

出題校が「白百合女子大学」なのだけれども、一般入試で、キリスト教的な価値観を前提として解答には当たらないと思うので、何だかなぁ…、という感じ。

原文と思しきもの二種類 (A, B) も授業で生徒に示しています。

Bとして示した英文には、「22番、行ってこい!」というようなコーチの掛け声があるのです。これは、his worst player を示すための描写なのでしょうか?

確かにアメフトでゲーム中にフィールドに立てる選手は11人だけど、プロのNFL以外では、交代選手に人数制限はないのでは?NCAAではベンチ入り22人なのかしら?

ということで、私も生徒もモヤモヤが消えないまま、Unit 3の英文に期待するのでした。

本日のBGM: イージュー★ライダー(新山詩織)

2016-04-29 Chaos & Disorder

Princeの存在を知ったのは1980年代の前半。

N.Y.C 1983

オレは巣に戻りそこねた

魚だった

ここに来て初めての夜

ケネディ空港からマンハッタンの街中に至るまで

タクシーの中で ずっとオレは

イースト・リバーの重たいうねりを感じていた


初めの一ヶ月間

セントラル・パーク・ウエストにある安ホテルに

仮の宿をとったシャワーを浴びながらオレは

向かいの窓から聞こえてくる

Princeのファンクが

せつなく飢えた街の鼓動と

同期するのをみていた

(N.Y.C. 1983

佐野元春 「ハートランドからの手紙 #6」

『ハートランドからの手紙』角川文庫より)

天賦の才。

自分と同世代から生まれた歴史に名を残すであろうアーチストという認識でした。

Bowieの時もそうだったように、打ち拉がれながらも、日常という「うすのろ」は進むもの。

生業は生業で始まり、続いていきます。

高3は『教科書』を進めていきました。いつもより幾分かは丁寧に。

A3両面印刷で4頁構成のワークシート。表面は「フレーズ(チャンク)」でパート毎に読むページ。二つ折りをめくると、裏(内)面には、フレーズ順送り訳と、ベタ内のパラグラフを印刷。表の英文フォントはSassoonで、裏はArial。

私の作るハンドアウトやワークシートでは、フォントは基本をSassoon系で3年間ずっと通していたのですが、検定や入試など「時間との戦い」が求められる「読み」では、「読みにくさ」を感じる生徒もいるので、まずはArialで、その後徐々に「セリフ」のあるフォントに近づけて、慣れさせることを考え始めました。私も軟弱化、老化しましたかね。

でも、盛り込む内容は極力シンプルにしています。

最近は、本当に「(音であれ文字であれ)目の前に適切に用いられている英語があれば、そこから学ぶ」という感じでやっています。

語彙を「仕込む」ワークシートも作成。表面左、日本語で意味→英語の(音と綴り字で)仕込み、右側はフレーズのマッチングで、和→英の仕込み。母語で持つ知識を活かそうという目論見。裏面はflip & write など書く練習用で罫線。

どちらも「呟き」の方で、写真をアップしているので、探してみて下さいな。


高2は、「定義のミカタ」で、道具から動物など生きものの定義文に習熟する展開に。

ここで使っている教材は、

  • 長崎玄弥『奇跡の英文解釈』(1977年) 

です。

私が高2の時にやっていたもの。当時は返り読みをせず、一読了解で、「速読」の基礎訓練という位置づけの活動でしたが、今の生徒に対しては、このあとに取り組む「読み比べ」と、そこからの「四則演算(=足したり引いたり掛けたりして、いいとこ取りと却下でオリジナルの定義文を作成する活動)」に資するためにやっています。

前回扱った分の「道具」の定義文を引いておきましょう。

corkscrew

a. a device for pulling corks out of bottles

b. a tool used for pulling the corks out of wine bottles

c. a tool with a screw-like spike, used for drawing corks from bottles

d. a tool made of twisted metal that you use to pull a cork out of a bottle

e. a device for removing corks from bottles, which consists of a handle with a twisted metal rod to screw into the cork and pull it out

hammer

a. a tool with a heavy metal part on a long handle, used for hitting nails into wood

b. a tool that has a heavy metal head attached to a handle and that is used for hitting nails

c. a tool that has a heavy metal head attached to a handle and that is used for hitting nails or breaking things apart

d. a tool used for hitting things or forcing nails into wood that consists of a handle and a heavy metal top with one flat side

e. a tool with a heavy metal head mounted at right angles at the end of a handle, used for jobs such as breaking things and driving in nails

scissorsとtweezersはこちらのハンドアウトをご覧下さい。

定義のミカタその2:scissors & tweezers.pdf 直

後置修飾に習熟してから、今度は「場所」の説明で、関係副詞と前置詞+関係代名詞を用いざるを得ない課題へ。

「動物園」の定義を読み比べて、「水族館」、または「図書館」の定義文を作るグループワークです。

zoo, aquarium and library.pdf 直

高1は、ようやく「四角化ドリル」に入りました。

発音は、強弱のリズム、ビートに重点を置き、姿勢と呼吸と共鳴を確認してから調音へ。

発声と調音とは違うものなので、まずは力まないで、スッとやることが大事なんですけどね。

発音と綴り字の整理、グループ化のために『グル単』を使ってみたのは良いのですが、強勢の位置と長音、短音の整理の仕方で詰めが甘いので、結局、私が範読というかモデル音声を提供して、強勢の位置を書き込ませている、と言う感じです。結局、自作するしかないんですかね。

それでも連休前で「その4」まで進めましたので、恒例の「ポニョの上の崖」のお絵描きタイムです。先輩の作品を見て、学んだり、自信を深めたり。

連休明けには「意味順」導入の予定。

これで、「名詞は四角化で視覚化」と「助動詞の番付表」を使う土台を作れます。

語彙は『短単』の例文を書けるかチェックしていますが、返却時に生徒に言っているのは、

自分の間違ったところ、書けなかったところに、返却されてすぐ赤で正解を書き込む作業やマインドから卒業しなさい。

ということ。

正解は『短単』本編に書いてあるのです。チェックに入る前に、Read & Look upで「見なくても言えるように」して、3回とか5回とか縦書き練習をして、「見なくても書けるように」していて、正解に至らなかったものが、赤で一回正解を書くことで劇的な変化を生むとは考えられません。答えを見直すのではなく、そこまでの自分の取り組みの「お粗末さ」「甘さ」と向き合うこと、取り組みの「ムラ」や「ムダ」をこそ見直し、「適切なトレーニング」を自分に課すことの方が余程大切。

まあ、そのうち分かりますから。それが「卒業後」じゃないといいな、とは思いますけど。


さて、

先日、ある英語本を取り上げました(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160417)が、しつこく続編。

この本の表紙にも取り上げられ揶揄されている、「気をつけて」に対応する英語表現 (項目037、pp.88-89)。

この著者は、”be careful of …” は使わないといいます。

代案で "watch out for ..." をあげているのですが、他にも自然な「英語表現」はいろいろありますよね。

私がすぐ思い浮かべたのは ball parks でのwarning signsでした。

watch out for

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https://theviewfromhomeplate.files.wordpress.com/2011/07/img_0339.jpg?w=640&h=371

be alert for

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http://chicagouncommon.com/photography/wrigley_be_alert.jpg

be aware of

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https://careeringcrawdad.files.wordpress.com/2012/07/img_6902-edenton.jpg?w=620

beware of

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http://www.sandrawagnerwright.com/wp-content/uploads/IMG_1138-292x300.jpg

「掲示」ですから、確かに書き言葉でしょうが、危険性を確実に伝えるためには、誰もが分かる英語表現であることが求められるでしょうから、このような英語を使わない、という人はあまりいないのではないかと思うのです。

ここで気になるのは、be carefulは使わないというのに、watch out forの意味を理解するためには、be careful とか、notice を知らなければならないという基本的なことに、なぜ無自覚なのか?というところ。

ケンブリッジの句動詞辞典から。

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このケンブリッジの辞書の用例で、1例目は、「視覚」に関連したものなので、英語を覚えたての人でも理解は比較的容易だと思うのですが、2例目の「ビスケット」のingredientsに関しては、普通は「それ、見えないでしょ?」と思う訳ですよ。

で、この "watch out for ..." というのは、 "be alert for ..." のように、 "..." の部分には、ものであれ、人であれ(「こと」もあるかな?) "potential danger/harm" が来るということと、それに対する「注意、意識を喚起する」 表現なんですよ、という部分を押さえないとダメだと思うんです。

Shorter Oxford Dictionary では、

watch out

a colloq. be alert, look out (freq. as imper.);

b (Cricket, now rare) field;

c watch out for ―, be on the watch for, be alert for.

という定義となっています。一般の英語ネイティブは、"be alert for" で語義を言い換えている訳です。

この辺りが「基礎語彙」の扱いの難しさでしょう。一定年齢以上の英語ネイティブや、熟達した運用者にとって「自然な」英語表現が、必ずしも、発達段階で、より初期に身につけるものとは限らないということですね。

指導する側での「目利き」が求められるところです。

そうそう、この英語本の079で取り上げられている、「英語をもう一度やり直す」で、自然な英語としてあげられている、”brush up (on) my English” ですが、訳者が分かっていないのか、著者本人の語感なのか、「ブラシをかけて磨き上げる」という日本語訳が気になりました。

この項目に関しては既に、このブログで取り上げていますので、過去ログをご覧下さい。久保野雅史先生のコメントまで是非。

"A Triton among the minnows"

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090412

「雨の日に靴を磨くかのように」

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090413

英語はもはやネイティブスピーカーだけのものではなくなっている、と言われて久しいと思うのですが、それに対する意見も賛否が分かれるのでしょうね。

次の Ngram viewer の各項目をよく見て欲しいと思います。

f:id:tmrowing:20160429173250p:image:w360

for or against.png 直

本日のBGM: Sometimes It Snows in April (Prince And The Revolution)

tmrowingtmrowing 2016/04/29 18:43 ファイルを追加し、一部、加筆修正しました。