そして、誰も批判しなくなった?

大学進学を考える生徒の多い高校に勤務していると、教師も入試対策を否応なしに考えるわけである。『ドラゴン桜』の大ブレイクとその便乗商品などで、「効率よく入試を乗りきる術」には注目が集まっている。ただ、英語という教科に限って言えば、入試問題とその対策に精通していることは賞賛されるが、「世間」でいうところの有名大学・名門大学の出題を批判的に検証することは最近それほど重きを置かれていないのではないかと思う。「批判してもしょうがない、それよりも、ショートカットでゴールを目指せ」とでも言わんばかりの状況になりつつある。建設的な議論のためには、何よりも先ず大学が責任を持って正答例を公開することである。

早稲田・一文での specificallyの文修飾副詞用法について2005年6月15日のブログで言及した ( http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050615 )。
いよいよ入試シーズンまっただ中なので、最近の大学入試問題を少し考えてみたい。
東北大の2004年入試で、対話文中の空所補充によるクロスワードパズルと、その語を用いた英作文の合体ロボ攻撃があった。(予備校サイトからダウンロードするとこの年の出題全体が見られます→http://hiw.oo.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/04/th1-12p.pdf
空き時間にやるには面白いかもしれないし、これをやることで少しは英語の力がつくかもしれないけれど、入試問題で受験生の弁別をする試験としての適否は全く別であろう。本当に、時間の浪費。英語力の何を見たいのか?これが適切な問題だと判断するなら毎年、この形式を維持すべし!!それにしても東北地区の高校生や高等学校の教師はなぜ「東北大」を批判しないのか?

同様に時間の浪費を招く出題が慶応大・経済(2004年)。
この学部は、東大・文2(できれば文1も?)との併願関係を強めたいからだろうか、近年、英語のライティングに妙に力を入れている。この出題も、非常に分析的な思考力、論理的一貫性のある文章力を評価しようとしている、という見方ができないわけではない。がしかし、全体で100分しか与えられていない入試の中で、これ以前に大問が5つあるのである。(全体出題はこちら→http://hiw.oo.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/04/ko5-11p.pdf )  
アイデアジェネレーションにかける時間はほとんどないと思われるので、多くの受験生が高いクオリティーの英文を産出できたとは思えない。それにもまして問題なのは指示文である。「なお、下の資料及び地図は使っても使わなくてもかまいません」。結局、アイデアジェネレーションにかける時間が不十分であるから、このような申し訳程度の語彙対策が必要となるのではないのか。使わなくてもよい資料ならそれこそ「不要」である。資料として本当に必要なのは「首都圏」にある「市」で「駅前」なのであるから、市の人口や年齢構成別人口、市民に限らずこの駅の一日の乗降者数などの数値であろう。案の定、2005年の出題では、資料として使うべき情報は指定され受験生の書くべき英文のコントロールが強くなった。(→ http://hiw.oo.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/05/ko5-11p.pdf )これを改善と喜ぶのはいいのだが、では前年の出題で「被害を被った」受験生への救済措置はどうするのか?ということである。

ライティングという技能をあまり理解していないのではないか、と思われる出題が立命館大学(2005年)。
次の設問について60語以内の英文で答えなさい(50語以上が望ましい)。そして、指定欄にはすべての使用語数を書きなさい(ただし、句読点は語数には含まれません)。なお、他人の著作やあらかじめ用意した英文をそのまま使用してはいけません。
設問:オリンピックの良い点、または悪い点のどちらか一つをあげて説明しなさい。
揚げ足取りではないのだが、少なくとも「オリンピック」は釣り具メーカーではなく、 the Olympic Games; the Olympicsとしてスポーツの五輪競技大会であることを示すべきだろう。その上で、50語以上が望ましいと考えているのなら、曖昧に言わずに「50語以上60語以内」などと明示すべきである。ただ、どのように説明することが望まれているのか、は60語を超えない程度のサポートということなので、ほとんど一般論しか書けないと考えるべきで、そうすると、「世間で言われていること」となんらかわらない説明に終わるのではないだろうか。それを「他人の著作」、「あらかじめ用意」された文章とどのように識別するのかがわからない。自由に書かせず、もっとプロンプトを工夫すれば採点も楽なのに、出題者は自分で自分の首を締め、受験生は英語力があればあるほど悩んでしまう出題の典型である。この出題はこの大学の定番とも言える出題なのだが、ずっとこの調子である。

  • 「子どもが家の手伝いをするのは当然だ」という見解に対するあなたの立場を明らかにし、説明しなさい。(2004年)
  • 世界平和を進めるうえで、あなた自身にできることにはどのようなものがあるでしょうか。一つに絞り、何ができるか説明しなさい。(2004年)

京都大学、大阪大学、奈良女子大など達意文・軽妙文の和文英訳の出題と比べて、この立命館の出題が「ライティング」の出題としてより適切だと、最近の英語教師は考えがちなのではないだろうか?

1時間程度、入試問題を眺めていて、これだけ「気になる」のであるから、全体は推して知るべし、といえるのだろうか?だとしたら、依然として大学入試での英語の出題は「問題」である。