英語教育の明日はどっちだ! TMRowing at best Twitter

2007-09-30 「十二の仕事のその一つ一つ」

福山へ行った帰りに、広島に寄って買い物をしたのだが、やはり都会なので、東京と店が変わらないのだなぁ。SHIPSもBEAMSもある。TOMORROW LANDはレディースしかなかった。インコのパンツでいいのがあったのだが、こんなに高かったっけ?こんなのばっかり、よく履いてたな、とかつての自分にびっくり。結局、普通のグレーのパンツを購入。山口まで送ってもらうことにした。

古書店では、英文学や英語学の書籍を探したのだが、あまり良いものには出会えず、

  • 『ギリシア神話』串田孫一著、

を購入。雪華社からの再版だが、昭和47年の初版本にあたる。これは、装幀も挿絵も串田氏によるもの。この挿絵のヘタウマ(?)具合が絶妙。巻末に神々の系譜図がありお得感。

  • 私はこれが神話というものだと思います。幸いにして、私は子供の時に読んだギリシア神話のある話から、教訓を学ぶように強いられたこともありませんし、誰からともなく教えられた善悪、正邪の考えを、これらの話に自分で結びつけたこともありませんでした。(中略)話の中で悪だくみが分かってしまったような時、何かがうまく成功したような時、極く単純に拍手喝采を送るのはかまいませんけれど、それを我が身や身辺の出来事などに結びつけたりしないで頂きたいと思います。それでは、天地が生まれる前のところからはじめます。(pp. 2-3,「はじめに」)

新幹線まで少し時間があったので、広島駅前のカウンターだけの飲食店に引き寄せられ、軽食でもと思い扉をくぐる。ご主人が気さくな人で、そそのかされたわけでもないがビールを2本飲んでしまった。

失敗!

新山口に着いてから、駅前の駐車場に停めてあった自分の車を置いて、在来線で帰ってきました。翌朝、妻に駅まで車で送ってもらい、車を取り本業へ。

土曜日の本業は人数が集まらず、1Xのみ。腰痛を訴えていたので、体幹集中トレーニング。お腹周りがぷにゅぷにゅ、ぷよぷよでも体幹が強ければいいんです。体幹が弱くても、ボートが速ければいいんです。でも、ボートが遅い人のほとんどは体幹が弱く、お腹もぷよぷにゅです。

昼に大学生から相談を受ける。スイープでバランスがあまりにとれない、とのこと。艇と人との原理原則を一通り説明。

  • まずはスピードを出そうとすること。スピードを出すためにはリカバリーでブレードを擦ったりしてブレーキをかけていられないし、ドライブの間、加速が緩んでもいけない。フィニッシュで押し切りを合わせようと、タイミングの練習だけをいくらやっても、加速が緩めば、抜きあげた後、艇がどこにいるのかわからなくなってしまい、必ず自分で探しにいくことになり、艇の邪魔をする。
  • 技練のメニューのバラエティを作るのは簡単だが、往々にして、これもやりました、あれもやりました、エントリーもファイナルも綺麗に合うようになりました、でも艇は速くなっていません、という結果になりがち。延々とアウトハンドローのモーションとか、ひたすらインハンドでのフェザーリングのモーションとか、高強度UTを漕ぐ間ずっとone-by-one(=1本スクエア+1本フェザーを交互に)をやるとか、なんでもいいので、その次に両舷で普通に漕ぐときに加速が改善されたか、スピードが高くなっているかどうかにこだわること。

というようなことを話しました。

自分のところの午後練はエルゴでスライドピラミッドのアップから。なかなか1分40秒を切れない。1/2スライドから3/4スライドになっても加速を続けられず、同じ出力を間延びさせただけになりがち。さらにはフルスライドのあとの1/4が加速しない。私も隣のエルゴで一緒にスライドピラミッド。なんとか30秒代前半をキープ。結構しんどいです。天気が崩れる前に出艇。新オール使用。これでうまく漕げなくても言い訳できません。乗艇後スクワットラックにバーベルのシャフトを渡して斜め懸垂とそのバリエーションで補強。大学生の方が興味を示していました。

日曜日はいつものメンバー。前日発熱でダウンした生徒も今日は2Xでバリバリと。普段のエルゴで手を抜いていると、午後の2モーション目でとたんにパフォーマンスが落ちるのですぐに判る。まあ、自分で本当に気が付くしかないのですがそれまでは、檄を飛ばしてでも練習量をこなさないと。1Xは沈とその回復練習。その後は、けっこう様になっていました。スピードを出すために、出力を強く。忘れないように。

大学生には、ストレッチポール(フォームローラー)代わりにゴザを堅く巻きフォームローラーエクササイズを。好評。背中の柔らかさを感じられるのと、疲労骨折の予防にもなるので、継続的にやって欲しいものです。

福山でお会いした広島の高校の先生に高校でのライティング指導関連の資料を添付メール。「ヨコ糸」の指導には、語彙や文法に対するフィードバックが課題ということで、それに関連するようなものを中心に。秘密も、秘訣もないので、参考にしてもらえれば幸いです。広島地区で講習会など、本業の合間を縫えるようなら検討させてもらいます。それにしても、GWTを入手済み、というのにはびっくりするやらうれしいやら…。今回送ったのは以下の資料。

  1. ELEC協議会夏期研修会 (07年) 資料
  2. 日本のことわざを英語で説明する課題のドラフトに対するフィードバックのハンドアウト(高3)
  3. persuasive passage導入のワークシート(高3)
  4. NEETに関する高校生の意見を読んでの論述ドラフトに対するフィードバックのハンドアウト(高3)
  5. NEETに関する国内、国外でのメディアからの英文資料とそこから抜き出して作成した和→英コロケーションのリスト(高3)
  6. higher educationを論ずる際に用いると思われる英文statementsのみで作成した「つなぎ語」のハンドアウト(高3)
  7. グループプレゼンで用いた、スピーチ原稿作成時のマインドマップをスキャナで取り込み貼り付け、各グループ自作の内容理解の設問とキーワードの注を付けた、プレゼン評価票(高2)

ご入り用の方は、メールを下されば、添付でお送りするか、ダウンロードサイトをお教えします。アドレスが変わったので、プロフィール欄からどうぞ。

夕飯はカレーうどん。ちゃんと鰹節からカシュッ、カシュッ、カシュッと削り出した削り節を大量に使って出汁を取るところは身内ながらすごいと思う。牛乳は木次。スープに関して言えば巣鴨の古奈屋のレベルを完全に超えたな。あとは麺だ!手打ちにチャレンジしてみようか。

明日は、朝の放送での講話の担当だということに気づく。ギリシア神話でも話そうか。

  • 私も、興味のあるものについてはだんだん詳しく調べてゆくのは好きなのですが、この本はどちらかというと、詳しく書かれたものにいきなり取りかかると投げ出してしまう傾向の方々のために書いたことになりましょうか。(p. 209, 「おわりに」、串田孫一著『ギリシア神話』)

本日のBGM: この感じ(サザンハリケーン)

2007-09-28 次の主張に対して反対の立場から意見を述べなさい。

今日は、休暇を取って、朝から広島大学附属福山中・高等学校の研究大会へ。お城の見える福山駅で降りる。乗り換えて東福山経由で徒歩で行くか、そのままバスで行くか迷ったのだが、時間に余裕があったので、バス停へ。案内にあったバス停に、それらしいバスがいたので、乗車。

失敗!

行けども行けどもそれらしい学校はなし。いよいよ乗客は私しかいなくなったので恐る恐る運転手に聞くと、まったく違う便。怒られてしまいました。急いで降車,Uターン。次に来たバスの運転手さんがとても優しい方で、降車の案内もしてくれたので、事なきを得る。学校に着いたのは授業開始5分前。

今回のお目当ては、山岡大基先生の高2ライティングの授業。週1時間の割り当てしかないとは思えない充実したシラバスです。山岡先生は国語教育の作文指導からもしっかりと学んでいるところが最近の若手(と言っては失礼か)の英語教師の中では異彩を放っている。

本時の主題は「反論を先取りして自分の意見論述に取り込むpersuasive writing」とでも言えばいいだろうか。教科書は桐原書店のPro-visionを使っているので、

  • 主張→根拠1→根拠2→根拠3→予想される反論→反論への回答→主張の再提示

という文章構成をとっている。典型的な「パラグラフライティング」「プロセスライティング」のアプローチをとる教科書である。先日のブログでの用語では「タテ糸」重視型に分類されようか。

前々時の活動で用いたトピックでstatementの並べ替え文章完成のタスク。この活動は見た目は復習なのだが、実質は、意見文・説得文にとって効果的な構成を学ぶという重要な位置づけである。

グループワークと個人作業とをうまく設定して、グループ同士でお互いの意見に反論を書く。意見論述の草稿は前時までに書いているので、グループで集めたら、隣のグループと交換。

  • 違う立場で書かれた左ページの意見の根拠をそれぞれ読み、その意見の根拠に対しての反論を右ページに書く。
  • 前の人が書いた反論も読んで、自分の反論を書く。
  • 根拠が3つあるので、反論の書きにくい根拠は保留しておき、自分の反論が書けるものから片づける。

という誠実で潔いpeer responseである。このあたりの匙加減はベテランの域。

反論を書き終えたら、作者に戻して、オリジナルのグループでシェアリングのチャンス。意見交換を経て、予想される反論を先取りして、論述のリバイズ。ワークシート(原稿用紙)の裏面に天地逆で書き直しの原稿用紙が印刷されているので、大半の生徒は、ペナペナ、パラパラ、ぴらぴらと裏返し、表返しを繰り返しながら書き直しをしていました。(私はいつもこの形式なので、我が意を得たり、という感じだったのだが、参観者はどう感じていたのだろう。誰も質問しませんでしたね…。)

最後は、相互評価。フォーマットは決まっているので、その項目に○をつけていく。途中までしか終えられない生徒もいたが、相互評価をさせたところで本時は終了。

今回の研究授業では、生徒に話しかけさえしなければ、生徒が書く活動にとり組んでいるところをフロアで見学しても良い、ということだったので、大いに参考になりました。どの語を辞書で引くのか、どのくらいのスピードで意見を書くのか、などなど。

午後になって、研究協議があったのだが、もう少し山岡先生の授業の質疑応答に時間を割くべきだろう。ただでさえ、ライティングの授業は見ていて判りにくいのだから。広島大学の深沢教授による講評があり、綺麗にまとめていただいたのだが、参観時のメモから私なりの感想と評価を。

まず、座席。グループごと。会場を見た瞬間に、「これはtentativeかpermanentか?」というメモをしてある。分科会での山岡先生の話では、研究授業用とのこと。

Reviewでのstatementsの並べ替え完成課題。「正答は5/10なので情報処理の負荷はかなり高い。それぞれのstatementは前々時ドラフトから抜き出しているようだが、correctedか否か?」「一人指名で解答。他の一人に確認。この段階の『目的』は?答えを確認した後の活動、音読など、は不要か?」とメモ。

前時に使用したワークシートで構成の確認をしていたのだが、「structure/ organization を答えさせるときに、並べ替えタスクの言語材料から、キーワードを引き出すtechniqueは?」と感じた。

反論を書く作業。まずは、意見とその根拠を読むことから。「生徒は電子辞書と英和辞書の両方を持っているが、この活動では主として電子辞書を活用。ただ、英和を使っている場合に、argumentの理解で困っているのか、自分で反論を書く際にaccuracyに対する意識の高さなのかは不明」というメモ。和英を引いている生徒で、「予想する」「可能性」などを引いていたのだが、調べたらすぐに消してしまうのがもったいないと感じた。電子辞書は履歴が残せるので、今日の活動で調べた語彙をすぐに一覧にできるのだ、単語登録の活用と併せて今後の飛躍へのヒントがある。

「draftで生徒が書いたstatementを訂正して一覧にする→For or againstに分類するtaskをpost-writing activityとして活用すれば、その活動が次の段階のtaskにとり組むための表現集・ツールボックスとして機能するようなpre-writing activityとしての性格も併せ持つはず」という改善案のメモ。

「技能統合とは、何も四六時中integratedな活動をせよということではない」というメモは我ながら良いことを書いた。

Formatを固定した相互評価に関しては、「どこまでこの時間中に評価させるのか?その狙いは?」という疑義。

質問は4点。

  1. reviewのtopicは本時で扱うtopicとは繋がらない。ここでのreviewの最大の狙いは?
  2. 再反論までを含まない、プロトタイプとも言える<主張→支持→再主張>というpersuasive writingの型はシラバスの中ではどう位置づけられているのか?
  3. draftの段階での誤りへの対処は?この段階では誤りを多く含む英文が多いと思うが、その誤りを含む英文をもとに反論をさせることの難しさ、まず根拠を読み取る際に時間を取られてしまうデメリットをどう扱うか?
  4. 「ヨコ糸」への対応。

こんなところでしょうか?質問というには、押しつけがましい物言いがあったかも知れません。ご容赦を。授業後に少しお話をさせてもらえたので、授業の意図などが良く理解できました。

高2のライティングの授業として「目指しているもの」は間違いなく、国内でも最高の水準。またひとつ、ライティング指導の新たな可能性を見た。テーマ、トピックの扱いにしても、教科書で与えられる「いかにも社会的な」題材に深入りせず、目の前の生徒の目線で主題を設定する点は全国のライティング担当の教師に見習って欲しいと思う。

一点、気になったのは、この教科書(Pro-vision)の英文のクオリティについて。山岡先生の目指す授業を積み重ねるには、この教科書で示される英文にはあまりに問題が多い。一例を挙げる。Death penaltyに関して論じるもの。ここでは便宜上、スラッシュは段落が変わることを示す。

  • I think the death penalty is necessary. / For one thing, brutal criminals such as murders and terrorists deserve the death penalty. Imprisonment is not enough. / In addition, the government should not spend precious taxes on trying to rehabilitate brutal criminals. It is just a waste of money. / What is more, the death penalty is effective in preventing violent crimes. Without death penalty, there would be many more violent crimes. If the death penalty is used more often, there will be fewer violent crimes. (p. 123)

この英文を読んで、少なくとも指導者側は「困ったものだ」、と思えないと、いくらパラグラフライティングを謳ったところで上滑りに終わってしまうだろう。

意見文・説得文のライティングに於いては、意見と根拠の混在は厳に戒めなければならない。

もし、この英文の作者の意図・アイデアを活かすとすれば、

  • I think the death penalty is necessary. If the death penalty is used more often, there will be fewer violent crimes.

という意見を述べておいて、「なぜ抑止力となるのか?」の根拠として、いくつかの事例・研究成果の報告などを述べることが望ましい。教科書の英文のままでは、第2段落で一つ目の根拠を述べる部分に、 “Brutal crimes deserve the death penalty.”という主観・意見を混在させている。第3段落では”should not spend,” “just a waste of money”という主観が、第4段落では、 “effective”という主観的形容詞の説明責任を果たさないまま、”there will be many more violent crimes”という予測が何の裏付けもなく述べられ、結論へとなだれ込んでいる。文法的な誤りはなく、ディスコースマーカーの使用も適切で、言いたいことは確かに言っているのだが、説得力のまるでない文章である。生徒の作文をタスクに使って、親近感を演出するのであれば、必ずモデルにふさわしいものを用意するべきだ。(Heinle & Heinleから出ている、Tapestryシリーズの Reference Grammarでは学習者のエッセイを練習問題にふんだんに使用しているが、全て巻末にcorrected versionを収録している。教科書会社は、こういうものを見習って欲しい。)

この教科書は文科省の検定を通っていて、しかも、かなりの高校で採択されているのだ。事態は深刻である。

公立中学校の広域採択制と違って、高校の教材は教師が自由に選べるのだから、よくよく吟味されたし。

午後の講演は広島大の松浦教授。大変刺激的な内容だった。このネタは初お披露目とのことなので、今は書かずにおきます。

山岡先生の高2ライティングの授業は、来月発売の『英語教育』(11月号)の連載、「授業のここにフォーカス」でも取り上げられます。Descriptionを扱った授業となります。今回、研究授業をご覧になった方は併せてお読み頂けると、descriptionからpersuasionへという高校のライティングシラバス構築のヒント、指導のヒント、指導上の留意点など知見が深まることと思います。是非ご購読を!

山岡先生、本日はお疲れさまでした。

私も移動で疲れました。本日はこの辺にしとうございます。

本日のBGM: 朝にスクールバスで(各駅停車)

tmrowingtmrowing 2007/09/28 23:36 TapestryシリーズのGrammarの本について補足。某社のライティング教科書を書いていた時のこと。「文法を体系的に扱ってくれないと現場で受け入れられない」という会社側の圧力に負け、急遽文法セクションを作らなければならなかったのだが、その時に、私が当時使っていたこの本を紹介して、著者全員に購入してもらい執筆時の参考にしてもらった。冠詞・限定詞の扱い、文型の扱い、主部の扱いなど結構従来の文法テキストとは異なる分類が人目を引いたのだが、この原著の良さは、学習者のエッセイ、学習者の発話をもとに文法指導を組み立て直していることにあったと思う。その点はほとんど評価されていないのが残念である。

tmrowingtmrowing 2007/09/29 07:16 一部加筆修正。

うずめうずめ 2007/10/03 00:57 研究会にご参加いただき、また詳細にコメントをつけていただき、たいへんありがとうございます。公開授業で何を参観者にお見せするか、思いついた時点では我ながら良いアイデアなどと喜んでしまうのですが、実際にやってみるとまったくもって反省だらけです。少し落ち着いての振り返りは私のサイトの方で書く予定です。その際に、周辺的・補足的な情報も盛り込んでいければ、と思っております(こちらのブログでご指摘いただいたことにも言及したいのですが、引用してもよろしいでしょうか?)今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

tmrowingtmrowing 2007/10/03 05:11 うずめさん、コメント深謝。こちらこそよろしくお願いします。
まず、研究会で久々に「ライティング」の授業を見せていただいたことに感謝感激です。このブログでは好き勝手を書き連ねてしまいましたが、引用などはご自由になさって下さい。

2007-09-27 「まあ聞けよ、俺の話を…」

0限から進学クラスのオーラル。替え歌バージョンの注意点を解説しようという矢先に、一人だけまったく集中していない生徒がいたので説教。教師として集団を育てるのは難しい。裏を返せば、生徒だって集団として育つのは難しいものなのだ。

今月の歌、第二弾は先日のブログを書くときに聴いていたCarole Kingのアルバムから。いかにもな選曲ではあるが、 "You’ve got a friend" を。今、この生徒たちに必要な曲だろう。iPodにトランスミッターを付けFMラジオ経由で再生。

オード・コレクションからのバージョンでサビメロまでの空所補充。2回聴いて情報交換。それを踏まえて、1曲通しで。朝はここまで。

4時間目は、英語I だが、朝の続きから。1回聴いて各自の理解確認。原田知世のカバーバージョンでサビメロまで。71年のカーネギーホールのライブ盤からもう一回。このバージョンは、オード・コレクションが初リリースだったが、カーネギーホール・ライブ盤ではリマスターされ、音の粒が引き立った気がする。このバージョンは自分でも久々に聴いたが、James Taylorのギター演奏がすごく新鮮。Gibson J-50か?J.T.の腕か?細野晴臣や小坂忠など70年代の日本のミュージシャンがインスパイアーされたのが判る気がした。

空所の確認を終え、韻を踏む語を確認し、語彙指導。brighten up のbrightenを解説。その後、strongを板書し、この場合は形容詞にそのままenはつけられないので、名詞にする必要がある。では名詞形は?と問うが無回答。英和辞書で引こうにも、綴り字さえわからないのだから、strongの項目を隅々まで読まないと派生語がわからない。もたつく生徒には「和英で『強さ』って引いてみたら?」とアドバイス。名詞のstrengthの発音と綴り字を確認してstrengthenを板書。続いて、largeと板書。ではこれを動詞にするには?と問う。英和を引いているが流石に見つからない。「大きくする」を他の日本語で言うと?と問い「拡大」を引き出す。競うように和英を引き、extendなどに引きずられながらも、enlargeにたどり着く。この取り組みは結構大変ですが大変結構です。

動詞化する際の語形成は<形容詞+en>という単純なものではなく、strengthenのように、一回名詞化してから派生するもの、enlargeのように形容詞の前につけるもの、など、enをつければ済むというものではないことを詳しく説明。なぜ、(X) largen, (X) enstrong とはならないのか?はその語を覚えるまでは判らないのだから、一つ一つ場合分けをして、同じ仲間を増やしながら覚えていくしかないことをしつこく、しつこく説く。

  • 「語源を活用すれば単語は飛躍的に増える」と嘯く教師は警戒せよ!まず、基本の2000語をどう覚えるのかが問題なのだ。

その後、教科書の読み。今日は、「達成を示している表現を3つ」読み取る作業。伏線がどこに張られているのかに注意させる。今日扱った表現では、最初の二つは簡単なのだが、三つ目は He’s inspired everyone.という表現のinspireという動詞、everyoneの意味から達成を読み取らねばならないので、少し頭を使う。ここから、次回は具体例のサポートと主題に迫る予定。最後は音読。チャイムが鳴るまでに読み終えられるか、と指示をしたのだが、チャイムが鳴ってもまだ一所懸命に読んでいました。ふむふむ。

今日の普通科は進度に余裕のあるクラスなので、足踏み。前回質問のあったsomeとanyの解説。

「肯定文ではsome, 疑問文・否定文ではany」という説明では英語の実態を表すには不十分でルールとしては不適切である。ではどうするか?良い方法はあまりないのですね。

  • someは、はっきりとは言わないが何か範囲・枠があるとき、anyはゼロじゃなければ何でもあり。

という原則を導入した後、『α・フェイバリット英和』(東京書籍)で辞書引き作業。2人から4人で一組となり、板書した原則にピッタリの例文を辞書から抜き出し、ワークシートに転記する。当然、このクラスの生徒たちには未習得の語彙が山ほどあるので、ひっきりなしに机間指導。

  1. Could you lend me some money?
  2. Would you like some coffee?
  3. Do you keep any pets?
  4. You can take any book you like.

などを板書して具体例を交えて説明。もちろん日本語で説明ですよ。1, 2でanyにしてしまうと、どんな意味を表すか、で対比させておき、本文に戻り、音読。続いて、anyを疑問視するとどういう意味を表すか?「ゼロなのか、ゼロでなければなんでもいいなのか?」という論理の確認。そこを踏まえて、anyを否定するとどういう意味を表すか?「ゼロでなければなんでもいい」の否定だから、「ゼロ以外何にもなし、つまりゼロ」、という論理の確認。これで一段落。

この課の基本語からフォニクスの原則を説明しやすい語を抜き出し整理して板書&音読。しつこく音読。軸足方式(今、名付けました)でgirl-girl-girl-skirt, church-church-church-turn。最後は、縦書きで綴り字の確認。

まあ、こんな感じです。

午後は文化祭準備で授業カット。合唱コンテストの練習や、クラス展示の準備など担任は大童の模様。放課後は職員会議を経て勤務終了。

夕飯は、前菜が山口県の郷土料理らしい「しちゃなます」、「椎茸のバターソテー」。メインは「自家製バジルソースのパスタ」。どれも美味。満足。感謝。

明日は、午後が文化祭準備。当初は3コマだった授業が1コマしかなくなるので、代講を頼んで休暇を取り、朝から研究会に行ってきます。

本日のBGM: 気まぐれ天使(小坂忠&ウルトラ/『気まぐれ天使』オリジナルサウンドトラック)

tmrowingtmrowing 2007/09/28 06:53 一部加筆修正。

tmrowingtmrowing 2007/09/28 06:54 この頃の小坂忠の歌声は独特だなぁ。強いて似た歌手をあげれば近藤真彦か?

2007-09-26 Tapestry

高3はセンター対策。先週の模試に関連して、鬼塚氏の参考書を紹介。パラフレーズとサマリーの重要性を説く。高2は発音熟達度チェックのビデオ撮り。空いた時間で『英単語ピーナツ』(南雲堂)を用いてコロケーションと日→英での語彙学習の利点を強調。普通科1年は、2段階対面リピート。やれやれ。

『英語青年』10月号(研究社)が “ようやく” 届く。

特集は「大学の英作文」。

冒頭論文は田邊祐司氏。先日のファミレス講義と同じ流れ。タテ糸=パラグラフライティング、エッセイライティング、ヨコ糸=語彙、構文、文法事項、という枠組み。

今風の高校段階での英作文指導は、「ヨコ糸紡ぎすら満足にこなせない学生」を生み出しているという批判である。

  • タテ糸のoutput能力の育成を急ぐあまり、われわれはその基本となるヨコ糸紡ぎの基本を等閑に付しているのでは、との危惧は私だけのものではなかったようである。(p.4)

「今風」のパラグラフライティングが上滑りな指導に陥っているという点では異論はない。

確かに高校段階でoutputを急ぐ実践は多い。ただし、そのoutputを課している授業は何の科目かと言えば、多くは英語I, 英語IIそしてリーディングといった「テクストの読み」がデフォルトで組み込まれた科目の指導なのである。なにゆえ、output流行なのかといえば、「読み」を要求される授業で「和訳」が遺棄されるべき、というムードが支配的だからである。何を動機付けとして読みを成立させるのか?和訳の排除はoutputというニンジンをぶら下げることでかろうじて成立しているかのようである。

反面、ライティングの授業では、田邊氏のいう「ヨコ糸」の指導が中心である。これは意外かも知れない。「だったらなぜ、そのヨコ糸だけでもきちんと紡げないのか?」

私見ではあるが、和文英訳を地道に行える高校はそれほど多くない(田邊氏のあげた参考書のうち『英文構成法』を使いこなせる高校生も多くないだろう)こと、大学入試の出題からのデータベースを元に作られた多肢選択式の文法語法問題集を用いて解答のパターンを暗記するという傾向が強く、田邊氏の実践のように口頭練習が組み込まれていることは稀であること、などが要因であろう。その結果、「文法・構文」を扱っているのに、うんうん唸りながら、自分にとってしっくりくる日本語に落とし込む訳読もせず、スラスラと口をついて出てくるまでの口頭練習もしないので、いつまでたってもintakeされない。intakeがなされないのに、outputを課すので無理が来る。伝統的な高校英語指導に於いて、文法訳読をしていたつもりで、文法も身についておらず、読みの力も養われなかったという欠陥があったとすれば、現在は、パラグラフライティングを指導しているつもりでいて、その実パラグラフを構成する個々の文が英語になっていないために、本当の意味でパラグラフが作れずに終わっている、という欠陥があるのだ。

高校の英語教師としての私の取る(取ってきた)解決策は以下の通り。(過去ログ→http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061123 も参照願います)

  1. 読みがデフォルトで組み込まれた授業で「精読」を教室に取り戻す。
  2. テクストタイプの違いを含めて、書き手の視点で「表現形式」「語彙の選択」を吟味する。
  3. パラグラフの型を網羅するのではなく、narrative, descriptive, persuasiveといったテクストタイプに応じた定型表現と発想のストラテジーを学ぶ。
  4. 「ヨコ糸」を紡いでから「タテ糸」にとりかかるのではなく、実際に書く作業を通して、「ヨコ糸そのもの」と「タテ糸の必然性」を学び直す。実際に書く活動には視写やdictoglossを含む。
  5. 書くテーマは自由には選ばせず、全員が同じテーマで書く。
  6. 書く形式、内容をコントロールし、「タテ糸」を紡ぐ負荷を下げ、「ヨコ糸」の充実で質的向上を図る。
  7. プロセスライティングにおけるフィードバックを与える段階で、キーワード、コロケーションや定型表現集を作成し、しつこく音読練習、視写練習を行う。
  8. 書き直しの作業を通じて、「ヨコ糸」を紡ぐ作業の自動化を目指す。
  9. 代表的な誤り、不備を含む作品の添削、優秀な作品の指摘を含むフィードバックを必ずドラフトの段階と完成原稿の段階の二回、全体に対して行う。

GWTの監修者として、「ヨコ糸」を強調していることに疑問を持つ方がいるかもしれないが、私の担当するライティングでの定期考査の出題では、前期の間、必ずバラエティに富んだ和文英訳が大量に課されるのであり、そこに至るまでの高2、高1の総合英語では、徹底した精読と音読、語彙の段階からのパラフレーズ、文以上のレベルでの言い換え・書き換えであるサマリーが段階的に指導されている。

過去ログを見てもらえばわかるが、私のライティングの授業でのドラフトに対する誤りの訂正・フィードバックは極めて詳細で、時に辛辣である。このような指導はしんどい。けれども、日本の高校でのライティング指導が突き抜けるためには続けていかなければならないのだと思っている。

とまれ今号は編集後記も必読である。

  • かつての「グラコン」の伝統にはまだまだ見直すべきところが多々あるように思います。(p.68)

この言葉がどのような文脈で語られているか、高校英語に携わる全ての教員に読んでもらいたい。

一緒に届いたバックイシューの8月号は「カート・ヴォネガット」特集。うむむ。

連載で久々の「英文学界オーラル・ヒストリー」は、井上謙治氏。おおっ。木島始氏や小島信夫氏の名前が出てくると親近感が増す。人の心理は単純なものだ。

本日の晩酌:喜六(無濾過・無調整・黒麹・無農薬有機農法芋使用・冬季限定新酒)

本日のBGM: Carry your load (Carole King)

tmrowingtmrowing 2007/09/27 18:56 過去ログへのリンクを追加。

2007-09-25 ようやく

倫太郎さんの「英語教育にもの申す」と並んで、私が教育というものの意味を考えさせられるブログに、前田康裕氏の「授業研究空間」がある。前田氏は熊本で小学校国語の少人数専科の先生をしている方。メディアやITの活用など先進の取り組みだけでなく、牽引者としても著名で、英語活動の取り組みはNHKでも取り上げられた。理論と実践のバランスの良さが傑出している。実践の中でも、とりわけ今年の小学校4年生の実践が興味深い。最近では「新聞記者になろう」「伝え合うこと」というシリーズがいい。いい、というと他の学年でも優れた授業をして、生徒一人一人の成長を導き、支え、促している前田氏に失礼だが、言葉の発達段階を鑑みたときに、この4年生でもの凄く大きな成長が見られるのだ。この実践から、数々の英語のライティング授業でのヒントをいただいた。

高1進学クラスは、復習の音読から。教科書本文のサマリーと原文を比較して、残存傾向を見る作業。その中で、どの内容が、どの表現に置き換えられているか?パラフレーズされた表現に焦点を当てる。といっても、

  • I was too busy working to go to school.

を、

  • He did not have time to go to school.

に変えているくらいのパラフレーズなので、焦点といってもそれなり、それなり。

最終的に、summaryという語の意味を考えてもらう。

  • 小学校3年生の弟・妹がいると仮定して、「ねえ、『要約』ってどういう意味?」って聞かれたらなんて答えるか?

「要」は?「かなめ」。「かなめ」って?「一番大切なこと」。「こと」かな?とやりとり。当然、日本語でのやりとりですよ。「約」はどういう字?「約束の約」。約束の「約」と要約の「約」って同じ意味?と問うて考えてもらい、それぞれ広辞苑と漢字林の説明を引用。次は、英語のSummaryと同義語・類義語を問う。現在の学習英和辞典は類義語欄などが充実していないので、和英辞典で「要約」を引くことからスタート。「あかさたな、はまや、やいゆえよ、って『ようやく』、『要約』にたどり着いてないと遅すぎるよ。」などとせかしていたら、本当に『ようやく』に印つけている生徒がいて注意。まあ、日本語の副詞は活用のない自立語なので現代語では限りなく見た目は名詞ですから。先ほどの「当然」も副詞ですね。

あらためて気づいたが、『グランドセンチュリー和英』ではsummary以外の収録語がdigestなのだなあ。

今回は、digest / outline / sketch / overviewを調べさせ、語義を考えさせる。やはり、こういう作業のときは高校段階では電子辞書が4人に1台くらいあったほうがいいなぁと思う。今度、教室に自分の全部持っていこうか。

その後、themeへ。「話題」と「主題」の違いを説明し、サマリーの際、「主題」をはずしてはいけないが、「主題」だけ述べたのでは不十分ということを指摘して一段落。教科書は新しいパートの導入。範読に続いて、引用符のチェック。最後のターンは長ゼリフで、本来地の文で説明すべきことをセリフに語らせているパートなので、誰から誰への発言なのか、その発言の意図・狙い、感情について表の形で整理するよう指示。個人ベースでフレーズ読み。フレーズ訳を参考に、語義、チャンクの確認。内容理解の発問と答えを簡単に行い、午後のオーラルに繋げる。

午後のオーラルは、スピーチの続き。

マッピングに関して、『国語教室のマッピング』からの資料、前田先生のブログからの資料を配布し解説。

物語文・エピソードの定型ということで、story grammarの導入。なぜ、5W1Hではスピーチに繋げにくいのかを考えさせながら、実例を挙げて6項目を解説。「書き手」の視点と「読み手」の視点を並行して育てていく、という2学期の英語 I、オーラルそれぞれの大きな狙いを理解してもらう。うむ、今回はナラトロジー概論ですな。次回は、替え歌お披露目。

高3の担任の先生から、マーク模試の問題をいただく。第3問は今春の形式に完全に揃えたのだなぁ。発話の意図というよりは、文脈でその表現が持つ意味を考える問題、議論での司会者のつもりで内容を要約する問題。「新傾向問題」対策に躍起になるよりも、まずは英語が読めることの方が先。今日の高1のような授業で基礎は充分に養われているわけです。受験生は時間が無くて焦るかも知れないが、年末に向けて、これから先たくさん教材が出るでしょう。今のところは、学研から7月に出た『はじめからわかる英語 2 意味類推・ビジュアル読解・長文読解』(鬼塚幹彦著)あたりがこの手の問題を詳しく扱っている参考書か。表紙の絵が「はじめちゃん」なのですぐに分かると思います。

『新英語教育』10月号(三友社出版)を読む。特集は「共に生きる学力」。

黒丸栄子氏の「今、高校生の学力は」(pp.16-17)は重要な指摘を含んでいる。高校の英語教師が「今」考えておくべき提言といってもよい。黒丸氏は2003年の生徒の書いた英語表現と1973年の生徒が書いたものとを実例で比較しながら述べている。「何が素晴らしい表現力を生み出すのか」から抜粋。

  • 英語の自己表現の場合は何といっても、どんな英文教材に触れてきたかということになると思います。その点で言えば、我が校では最近の生徒たちよりも以前の生徒たちの方が良い教材に触れていたと思います。
  • 見開き2ページでも良い教材はあるとは思うのですが、なかなか高校生にとってやりがいのある文は見つけにくいのです。B群の英文を書いた生徒たちは現在の生徒たちより偏差値が低いと言われていたが、あの頃使っていた教科書の方が内容が充実していて読み応えがあった。生徒たちは語彙の多さや文の長さに辟易していたかもしれないが、ハードルが高い方が苦しみながらも成長するものではないでしょうか。B群の自己表現には、その結果が表れていると思う。

なぜ、こんなに重要な内容に見開き2ページしか与えていないのか?!その前の阿原氏は3ページ。その後の奥西氏は3ページ。新英研の会員ではない私が新英研や『新英語教育』に期待するのは、黒丸氏のような実践とそこからの問題提起である。pp. 45-46の「支部・サークルの活動から」にも、神奈川支部の報告で黒丸氏の実践が紹介されているのでそちらも是非。

中秋の名月だったのだが、久々に芋焼酎を飲んだら、睡魔に負けてしまった。残念。

本日のBGM: ドリーミング・デイ(Niagara Triangle /山下達郎・伊藤銀次・大瀧詠一)

2007-09-23 星山の白集り? 白山の星集り?

金曜日(21日)に引用した高3センター対策の英文。ここで出てきた「天の川(the Milky Way)」に関する説明を理解させるのに、パラフレーズではなく、和訳でもなく、慣用句を示したのだった。

  • 黒山の人集り(くろやまのひとだかり)

その喩えを援用すれば、

  1. 星山の白集り
  2. 白山の星集り

のどちらのイメージになるかクラスに問いかけたことを思い出した。

日曜は朝から曇り空。2Xのリギングに苦戦したが、午前中で一通りセッティングと乗艇を済ます。昼からはK大学の選手が来ると聞いていたが、コーチは旧知のFさんであった。「そうか、東北大繋がりか」と独り語つでもなく、昼ご飯は選手3名とFさん、Iさんとハーブレストランで。いつもの一人飯とは違って、今日は大人数なのでピザとパスタと鶏雑炊。

時折陽射しも顔を覗かせた午前中とは打って変わり、雨が落ち始めたなぁ、と思っていたらみるみるうちに土砂降り。黒澤明の雨。溜まったものを全て吐き出してしまえばいい。午後は少し様子を見て、雨脚が弱まった頃を見計らい出艇。雷が来たので早めに上げたが、今日は練習にはなったと思う。

正業の世界は激動の予感。柳瀬先生の掲示板や、山岡先生の談話室にも情報を投げかけてみたのだが、「コミュニケーション英語」に関連した中教審の資料がようやく公開された。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/004/07092002/4_1.pdf

プレスリリースから約3週間。英語教育界から誰も表だって論評していないように思うのは私だけか?英語教育学者は結局、体制に与するだけなのか?

今回の資料を読む限りでは、現状認識、課題分析と解決策としての新たな科目統合に整合性があるのか疑問である。

この案が、外国語専門部会での協議をもとに教育課程部会がまとめたものである以上、英語教育の専門家の声、現場の声が反映されている建前にはなるのだろうが、外国語専門部会で「リーディング(論)」「ライティング(論)」の専門家からのヒアリング、意見陳述はあったのだろうか。更に言えば、「英文法」の専門家、「英語教育史」の専門家からのヒアリングは?

英語Iをそのままにしておいては、いつまで経ってもコミュニケーション能力が養われない、というのだが、「writing能力」の定義もそこそこに次のような乱暴な物言いで片づけられてはたまったものではない。

  • 内容的にまとまりのある一貫した文章を書く力が十分身に付いていない状況なども見られる。
  • 「英語表現」は、スピーチやプレゼンテーション、ディスカッション、ディベートなど高度なコミュニケーション活動を行うことができるようにすることや複雑な文構造を用いて正確に内容的なまとまりのある多様な文章が書けるようにすること、あわせて論理的思考力や批判的思考力を養うことをねらいとして内容を構成する。

コミュニケーションが上位にあり、リーディング、ライティングはその下請け、孫請けで貢献してくれればいい、といわれてそれぞれの専門家はおめおめとひき下がって良いものなのか?自分が、コミュニケーション能力として見ているのは天の川に過ぎないのではないのか?という内省があって欲しいと思う。このまま指導要領に反映され済し崩し的に決まることは避けなければならない。

  • 現場の力量が問われる改訂

と言うひとことでは片づけてはいけない深刻な問題である。

10月20日には文科省の菅正隆氏が広島で講演を行うそうである。

http://www3.realint.com/cgi-bin/tarticles.cgi?forum+2270

演題はオーラルコミュニケーションとのことなので、質疑応答で新指導要領に絡ませられるかは疑問。

11月24日の英授研関東支部秋季大会での菅氏の講演は、そのものズバリ!

  • 「新教育課程と小中高の英語教育のこれから」

http://eijuken.at.infoseek.co.jp/east.htm

講演の最後に質疑応答くらいはあるだろう。英授研会員諸氏は、最近の菅氏お得意の、のらりくらりとした言葉で終わらせず、核心に切り込む準備をして臨んだ方がよい。早ければ年内決着の指導要領改訂。タイミング的に、文科省の外国語教育担当がこの問題に触れる最後の機会となるだろうから、英授研には、組織体として、この講演・質疑応答の模様をメディアに流す努力をして欲しいと切に願う。何度でも繰り返し言うが、高校も含めて英語教育の一大事に関して、肝心な情報や議論が英語教育業界の専門誌でも一般メディアでも明らかにされないというのは異常である。

「書評空間」の書評者に、新たに津田正氏が加わったことに最近始めて気づいた。外国語専門部会の面々は9月3日の書評、とりわけ最後の3段落を是非とも読まれたし。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/tsuda/archives/2007/09/post_2.html

本日のBGM: I won’t back down (Tom Petty)

2007-09-22 ”Perfect 10”

朝から本業。午前の部は大学生の練習と重なっていて、カタマランも大学のコーチ陣と相乗りなので、2Xに乗せて腕漕ぎ1往復から。怪我で休んでいた方の生徒がやはり体力が付いていかない。艇速が落ちると途端に不安定に。県の実力校の1年生はもう4Xでガンガン漕いでいるらしいのだが、あと1か月で少しでも近づけるだろうか。1/4、1/2、フルと伸ばしてある程度の艇速が出たところで、放牧。大学生の1Xにつけコーチが指導。そのうち、大学生がこちらに手を振って何かの合図。おお、2Xが沈しているではないですか。カタマランを近づけ、救助。整調のクラッチのピンがとれてしまったので、バウだけ乗って帰艇。

午後は、クラッチを付け替え、早めに出艇。再度2X。ベタ付け。分漕でのパワーロウでとにかく加速させることを徹底。とにかく距離を漕がないと始まらないので、体幹の弱さも含めて乗艇で丸ごと鍛えるしかないだろう。明日も朝から。来週からは朝練でエルゴです。

学校まで生徒を送り届けてから、床屋へ。前回言われていた写真として、大きい方が分かりやすかろうと言うことで『東大特講リスニング』と『GWT』のパンフレットを持参。あと、戸田でG大スタッフ、N社のI監督、KO大のS監督と一緒に写っているスナップとを持っていった。大学時代からお世話になっていた床屋のマスターも言っていたが

  • ベリーショートって、カットする方は技術以上に勇気がいるんですよ。

ということを実感。

21日付けの内田樹氏のブログは久々にまともなことが書いてあった。今年に入ってからの内田氏の著作は、雑な仕事が多いのではないかと思う。小林秀雄賞受賞、と聞いたときも、「他に見あたらないしな…」と思ったのだが、受賞作を聞いて耳を疑った。いくらなんでも、その本にあげちゃうの!審査員の加藤典洋も目が曇ったか?という感じ。そんな中、今回の教育について語る論理と表現には流石、というものを感じた。逐一引用はしないが、読んで損はないと思う。

倫太郎さんの「英語教育にもの申す」。(http://rintaro.way-nifty.com/tsurezure/2007/09/post_f319.html)でも同じ日の内田氏のブログに言及していた。個人的には、この倫太郎さんの言葉の方が胸に響く。

  • 進学校でできた人は底辺校(いろんな呼び名はあるけれど)でも実践が出来るだろうし、底辺校でできた人は進学校でも通用するだろう、もしその人が本物であるならば。生徒の成長と、英語を通じて何かを教えるという理念を持っていれば、ですけど。これが、どちらかしか持っていないと、片方だけでしか通用しないのではないだろうか。「教師」という名前の含蓄に感じ入ります。
  • 底辺校で実践されている先生は理解して下さるだろうけど、最初は同じような学力の生徒でも、自分の計画通りに学習についてきてくれる生徒と、ついてきてくれない生徒では半年もするとかなりの学力差がついてきます。学力がついてこない生徒を見ない存在にするのではなく、そういう生徒も活躍できる授業(時には再チャレンジ出来る授業)を実践することは、生徒の成長と英語力の向上の両方をのぞめます。

公立高校で担任をしていた時代に、生徒が予備校の受講講座等で相談に来たときに私が決まって言っていた言葉がある。

  • 高1、高2の現役生対象の東大レベルの講座を担当できて、なおかつ高卒生対象では最も基礎的な、英語でいえば英語難民のクラスを担当できる人がいればその人について行きなさい。そうでなければ、この学校のY先生とか、K先生とか、T先生とか、H先生の方が余程頼りになります。

今でもその判断に間違いはなかったと思っている。

帰宅後、一息ついていると郵便配達がせっかちにドアをたたく。速達。『英語教育』編集部から、11月号掲載予定の「授業のここにフォーカス」コメントの著者校。編集部指定の行数以内に納めたのになぜか4行もオーバーとのこと。英文が入っているわけでもないのにどういうこと?今回のコメントは削りたくないのだなあ。ポイントを落として入れられないものか?悩む。もし、削らざるを得ないようなら、来月の発売後にでもこのブログで補足したいと思います。

夕飯は、妻が朝市巡りで仕入れてきたワタリガニのスープ、金目鯛(ヅケ&煮付け)。魚介類も朝市に出ているとは驚き。

ベネッセの東大特講リスニングの受講者の合格体験記が届いたので、一部紹介。

  • 東大のリスニング問題は、合計15分程度の英語長文を聞くことになります。予め設問を読んでいても、それだけ長い英文の中でどこに答えがあるのか集中力を保ちながら聞くことは容易なことではありません。そのような問題集はほとんど皆無で、TOEFL向けの問題集を使ってみたりもしましたが、少し傾向が違う気がしました。東大リスニングに特化した講座は貴重だと思います。
  • 段階ごとに難易度が上がるところ、すなわち、最初の問題のレベルはそれほど高くないというところが適していた。入試前の過去問演習にうまくつないでいくことができた。また、解き方について説明があったことも役に立った。リスニングの解き方について考えたことがなかったので。
  • 難易度が少しずつ上がっていき、リスニングの問題が解けるようになっていった。初めに過去問に触れて自分の実力の無さを実感し、そこから色々なテーマの英文を聞くうちに、自分が聞き取りやすいテーマと聴き取りにくいテーマがあることが分かったりして、対策を立てることができた。
  • リスニングの放送が流される前に問題の選択肢に目を通すだけでしたが、問題の選択肢を見て、どのような内容なのかを予想し、放送を聞くようになりました。また、英語をいちいち日本語に訳すのではなく英語のままでだいたいの意味をつかむ技術も身につけることができました。
  • 本番でのメモの取り方なども練習できるようになっていて、その後、確認テストで書き取りの練習もできた。特に、メモの取り方の練習ができたことはとても良かった。本番に近い形での練習ができて、なおかつ本番での効果的な対策ができたことが役立ったと思う。
  • 問題を解いた後もリスニングを繰り返すことが大切。スクリプトを読みながら、英文を書き取りながら、声に出して文を読みながらと、いろいろ形式を変えてとり組むのがよい。これを三回分行うと、英語をいちいち日本語に訳さずに、英語の意味をつかむことができるようになります。
  • スクリプトだけでなく、音読用に文節ごとで区切ってある英文も用意されていたので、自分で何度も英文を読んだり、CDに合わせて読む習慣が身につきました。このことは受験対策だけではなく、英語というものに慣れていく上で非常に大切で、必要なことだったと思います。
  • ラジオのものだと文章が短かったりするものもあり、さあ、やろう、という気持ちでリスニングに取り組むことはなかったのですが、5分近いものだと必然的に復習が大変になるので、しっかりリスニングの時間を取って聞くようになりました。また、通学時間にもスクリプトを何度も聞き、シャドーイングを練習しました。この時学んだやり方は、今、東大の英語の授業でも役に立っています。

書店での市販教材ではなく、通信講座なのはGWTと同じで、知名度はまだまだ。受験用、しかも東大対策に特化した教材ではあるものの、東大にしか通用しないテクニックを伝授する教材ではないし、過去問を解き終わった人のために予想問題をただ多く集めてCDをつけたという模擬試験もどきでもありません。確実に英語力そのものをアップさせる講座ですので、英語が得意な人は高2の3学期からでもチャレンジして下さい。その後、高3の1学期でGWTをやっておけば、東大レベルでも英語で差がつけられるでしょう。どちらの教材(講座)も使用してみての疑問点等はお気軽にベネッセまで。私に直接メールして頂いても構いません。

本日のBGM: Free For All (The Beautiful South)

2007-09-21 Not just school-wise, but ....

先日、職場に電話があり、本業以外で私に電話なんて珍しいこともあるものだ、と思って出てみると、指導主事の方から、中高教員有志での勉強会へのお誘いだった。田邉先生に紹介して頂いて、連絡先を伝えてはあったのだが、夏はなかなか参加する機会がないまま2学期になってしまっていた。今回は、「ライティング指導」に関して、講師として参加してもらえないか、ということだったのだが、生憎その日は文化祭があり、抜けられないのであった。また来月以降で勉強会が開かれるときに声を掛けてもらえるようなので、少し整理をしておこうと思う。どの地域にも、切磋琢磨しながら研鑽に励む教師はいるのだ、ということが励みになる。

しかしながら、盛り上がる意気とは対照的に、授業は低調。高3センター対策は、「却下系」のつなぎ語に関する注意点を解説。今使っているセンター試験対策のテキストは、ベネッセが学校採択用に作っているもの。このセクションは出来が悪すぎる。短い文章の方がスタッフライター、ピース集めのスタッフの力量が大きく反映するのはもちろんなのだが、いかんせん解説が貧弱。1学期に、営業の方には強く訴えたのだが、このセクションは来年度用にはそっくり入れ替えるしかないだろう。空所を補充した形で文章を引用しておく。

  • On a clear night you can see about 3,000 stars. Of course, there are many more stars than this. For example, you can see the Milky Way, which is made up of billions of stars. However, those stars are too far away to be seen and counted as separate stars.

このパラグラフで確実に解説しておかなければならないのは、

  • 具体例は何をサポートするために用いられているのか?→主題の把握
  • you can see での「可能性」とthere are … / those stars are … での「事実」との対比→焦点

の二点だろうと思うのだが、その二つとも解説では触れられていないのだ。つなぎ語だけ申し訳程度の解説を加えても骨太の英語力には繋がらないという典型的な教材例である。仕方がないので次回は、On the contrary/ instead of/ rather than/ unlike/ as opposed to / far from などを『東大特講リスニング』を作る際に用いた入試長文の実例をもとに学習の予定。

高1は教科書のサマリーのディクテーション。ペンを置いて全体を通して、ペンを置いて1文を聞いて、ペンを置いて全体を通して、という手順で書き取らせた後で、sentence repetition。音読が単なる呪文にならないように手を変え品を変え。書き取る際に異様に遅い生徒がいて、案の定、シャープペンシルで硬い(=濃さの薄い)芯を使っていた。消しゴム&シャーペン禁止令!エンピツかペンを使うよう指示。

夏のELEC協議会の研修会でも筆記用具の話はしたのだが、日本の英語教室では入門期しか書き方指導が行われていないのではないか?学年が上がれば新出語が難しいものになるだけでなく、センスグループが成熟していく中で、長さも長くなるので、単純に書き写すだけでも負荷は高くなるのである。正しいペンの持ち方・書き方はできれば高校1年生くらいまではきちんと「身につけさせ」ないといけない。私自身、極めて悪筆なので、努めてペリカンの子供用万年筆(ペリカーノ・ジュニア)を使うようにしている。首軸のゴム部分が指三本で正しい持ち方になるよう三角形を形作ってデザインされており、書き味も抜群。1本1200円から1500円程度。前任校でも、クラスで一番の悪筆の生徒には自分の使っていたものをプレゼントした。署名用には別にWatermanのリエゾン・エボナイトを2本持っているのだが、最近はとんと出番がないのが残念…。

他には辞書の活用法の話。語法に詳しい単語集・熟語集といったって、辞書の方が収録例文が充実している。入試に出る単語を集めてデータベースを作ってコーパスを整備してみたところで、英語の根幹を成す必修語、基本語というのは5年、10年で変わるものではないのだから最新の辞書のみを有り難がるのは賢明ではない。私が高校の合格祝いに買ってもらった研究社の『英和大辞典(第4版)』がいかに自分の力となったか、三省堂の『コンサイス英英辞典』が英英和としていかに有効だったか、そして初版のLDCEがどれだけ骨太の英語力を養うのに貢献したかを語る。高3は『新グローバル』を使っているので、『ウィズダム』との違いの説明から、監修の木原研三氏の逸話などを高1の生徒に。そこから更に、田邊先生に以前聞いた、山口県の英語達人の話。この話は田邊先生が最近出した本にも載っているので、是非ご一読を!田邊先生といえば、『英語青年』の今月号の特集が「英作文」だった。この雑誌は地元の書店には全く並ばないので、届くまで今しばらくの辛抱。

高2はフォニクス徹底復習シリーズから。foundの語義と発音から、「女性の化粧下地は?」とカタカナ語での定着度合いを確認し、「化粧」のmake-upから句動詞のmake up forを図解。「メーキャップって一体何を埋め合わせて元通りにしているのか?」と問う。肝心の発音では、等時性リズムを強要するのは嫌いなのだが、子音連続の部分に余計な母音を割りこませたり、弱・強の音節の最初でもたついたりするのをどうにかしたい。個々の単語で練習しているときにはできていても、個別に熟達度チェックでビデオ収録をする際には「文」を言わなければならないので、息が貧弱な生徒は完全に文の後半で失速する。自分の身体をアコーディオンのように使う基礎トレーニングを工夫しなければ。竹内メソッドか?調音点のトレーニングが必要なのはもちろんだが、音源となる出力そのものもトレーニングが欠かせない。こういうところをどう扱っているのか、地元の中学校の先生方や教育困難校の高校の先生方ともっと情報交換したいものだ。進学校の生徒でレディネスが備わっているにもかかわらずこういうことができていないとしたら、それは教員の怠慢以外の何物でもないのは言うまでもない。

某社編集部から原稿の催促メール。資料のチェックは一通り済んだので、あとは適切な例文を作るだけなのだが、これが難儀。この週末も本業があるのでしんどいなぁ。明日は一人、新たに見学希望者がくるようなので、どんなものか、こちらも見学させてもらいましょう。

本日のBGM: 隠せない明日をつれて(Tokyo No.1 Soul Set)

2007-09-20 I’m just a passer-by.

本日0限は高1進学クラスのオーラル。語法のハンドブックを欲しいという1年生が数名いるので、1年生が使っている『グランドセンチュリー和英』の巻末資料を開かせ、「語法とはなんぞや?」を解説。結構、食いついていたので予定を変更し、授業と家庭学習とのバランス、高1のうちにやっておくべきことなど、勉強法についての助言をいくつか。その後、3年の担任の先生に貸そうと思って持ってきた『英単語ピーナツ』(南雲堂)の旧版と新版の実物を見せ、コロケーションの説明。さらには、<日本語→英語>の順に学習できる(より正確に言えば、日本語で既に持っているtopical knowlege / lexical knowledge を活用して、新たに英語のlexical knowledgeを対応させるための)工夫がしてあるほぼ唯一の教材であることを強調。たまにはこういうのもいいでしょう。

コロケーションには大きく分けると語彙的連結と文法的連結とがあるのだが、この段階では深入りしなかった。教師の中にも、句動詞と熟語とコロケーションの区別を意識していない人は多いだろう。今流行の「コアミーニング」も、活用しさえすれば、句動詞などはかなり意味づけできるので知識として仕入れておいて損はないかも。進学校に勤務するのなら、put up with = stand, give in = yieldの意味の成り立ちくらいは説明できるようにしておいた方がいいのではないかと思う。

前回回収のワークシートを配布し、2回聞かせてメモを補足させてから、紙ホチキスをオープン。自分のメモで、しっかり聞けていた部分を赤ペンで囲ませる。何が聞き取れていれば充分な理解だったかを確認。

followedとなるべきところに holdと書くものがいて、「この文章の基本時制は?」「主語は?」と質問し、「聞いたことも、書き出してみると文としてのつじつまが合わないところに気が付くチャンスをもらえるのだ、それを活かすか殺すかが大きな違い」、と指摘。もしholdだとしても、all the way …の部分で変だと気が付くはず。got closer and closer to meの部分では、日本語では、「ますます距離が縮まった」などと言っても違和感を覚えない人が多いが、本来、距離が縮まっているのだから、「益す(=増す)」というのはおかしくないか?と投げかけてみたのだが、一様にぴんと来ていないようだった。

内容が理解できたら音読。まずは斉読、次におなじみ対面リピート。とにかく、スラスラ感がでるまで。

次に、重要語のフォニクスと発音。「フォニクスの知識」をいくら増やしても、正しい音で練習しないと、決して自分で区別して音を作れるようにはなりません。<正しい・整理された知識>と<練習+矯正>の両方が必要です。子音の/f/の特訓。さらには子音連続での発音練習と音節の確認。自信を持って細部まで音読できるようにして起立させ、2回読んだら着席。次に、各文で重要と思われる語を4つだけ残して、それ以外の語をエンピツで塗りつぶす。塗り終わったら、反時計回りに座席を一つずれて、原文の復元にトライ。さらにもう一つずれてもう一回。さらにもう一つずれて一回。自分の席に戻り、もう一回。ここまでやってチャイム。

朝のHRを挟んで、1限も時間割変更で私の授業。0限の続き。対面リピートでの復習から。最後の一文だけ、意味はそのまま、表現をアレンジしたVersion 2を読み、書き取り。2回読んで、1回相談タイム。情報交換で自分の理解を修正させておいて、さらに1回読み、回収。(写真参照)

アレンジした文は、

  • All I can remember now, however, is that my sister had the same dream on the same night.

基本の文型は9月の歌のAll I want is you. と同じだが、補語となる名詞のところに名詞節も来られることを実感してもらうには、それ以前に、SVOでthat節をクリアーしておく、この手順が効果的だろう、というのが授業者の狙い。どうなりますか。

英語 Iの教科書ワークシートに移り、範読に続いて斉読。内容・表現の確認を踏まえて、サマリーの書き取り。ワークシートには原文が載っているが、表現が変わっているものもあるので、やはり自分で考えながら書き取る必要がある。書き取りのコツとして、単語の頭文字だけでも書いておいて、先を急ぐ、というやり方を紹介。早速活用していたようだ。

4限には学年集会。文化祭の弁論大会に繋がる学年予選。副担任は生徒の投票の集計係です。

午後は普通科の英語G。午前中の実力テストの問題から幾つか質問が出たので、少し板書して解説。できないこと、分からないこと、に対してなんとかしようという心が少し育ってきたのか?

教科書の問題も、多くの生徒が理解→音読→筆写→対面リピート→再確認という流れが分かってきたようで、私は遅れがちな生徒の個別机間指導に時間を割けるので授業にリズムが出てきた。私は決して「テンポの速い授業」を目指していないので誤解なきよう。本業にたとえて言うなら、高強度UTのような授業が基本にあるわけです。でも、ここまでに半年かかったのは久しぶりだなぁ。

今日は、最後少し時間が余ったので、問題の中から発音を取り上げた。

  • bird/ girl/first/ third/ thirty の中の母音と、star/ dark/ park/ car/ hardの中の母音

とにかく英米のネイティブスピーカーと同じ音を出すことよりも、英語の音の全体像・枠組みの中で、この音はぶれずに出せる、という音を自分のものにすることを強調。とにかく、同じグループはブレを極力無くして同じ音を毎回作れるように。そのためには、得意な語を、そのグループの中に一つ作り、そこを足場にして練習すること、といって、

  • park/ park/ park → star
  • park/ park/ park → hard

という練習をさせたら、すぐにできるようになった生徒がいて、こちらが感激。焦らず、諦めず、甘やかさず。

放課後は実力テストの仕分け梱包。これも副担任の仕事。その後、2年生の担当者会議を経て勤務終了。

「書評空間」の阿部先生、今週は野口晴哉(のぐちはるちか)氏の『風邪の効用』(ちくま文庫)。阿部氏らしい読み方といえばそれまでだが、『整体入門』も併せて読んで欲しい。

今回阿部氏が引用していた「下痢」の件(くだり)は、

  • 左右型体癖について 二 (昭和39年8月 体癖修正法講座)

の講演でさらに進化(?)した内容となっている。

阿部先生、もし詳しく知りたければ、社団法人・整体協会/身体教育研究所へ。

最後に、野口晴哉氏の講演から英語版を。

The Clear Voice Of The Windと題されたものからの抜粋。(『月刊全生』9月号、2007年)

  • Through the division of labour in the management of our lives nowadays, we are working far more than other animals, but underlying our mode of life are biased ways of using the body. / There are people who use only their heads, and others who make a living by using their fingers only. / There are people who use their eyes to excess, and people whose legs only are overworked. / If you use your body in a biased way, it is natural that biased fatigue should result in those parts of the body that are used in a biased way. / How do you deal with this biased fatigue? This is the key to the most important health problems facing human beings today.

本日のBGM: Inside Outside (Chris von Sneidern)

f:id:tmrowing:20070920223746j:image

tmrowingtmrowing 2007/09/21 06:21 事実関係に基づき記述修正。

2007-09-19 Bug on the water

頑固な虫さされのかゆみのようにぶり返す9月の暑さ。教室の生徒はエアコンをかけたがるので、身体の温度調節も付いていくのがしんどい。

高3センター対策では、高3の担任の先生が興味を示した「語法」についてのハンドブックをクラスで紹介。類書との違いなどを解説して、著者のねらいなどを補足。進学クラスは希望者に購入させるとのこと。対応が早いなぁ。『グランドセンチュリー和英』(三省堂)の巻末の語法一覧も便利ですよ。

授業はディスコースマーカーの注意点。巷に溢れる、粗雑なディスコースマーカー頼みの読解法に対して警告をしておいた。

  • 譲歩・逆接のマーカーは、そのマーカーの前後で対照的な内容がきますので、そこに注意して読みましょう

などといったまやかし・気休めに引っかかって地道な読みの力をつけようとしないものがいるのだ。

情報の提示順(それぞれの例で必ずしも1,2が等しいわけではないので注意)に、便宜上1,2と内容をまとめると、

1 but 2.

  • ではbutを見た時点で、それ以前の内容の1をまとめ、その内容とは対照的な2に来る内容の予測を立てたり、検証したりすることが容易である。

これに対して、howeverでは、

1. However, 2.

  • であれば、ほぼbutと同じ意味処理でいいのだが、

1. 2, however, 2の続き

  • となった場合には、howeverの直近の前後は結局2なのであるから、何も対比・対照がないのである。あくまでも1と2の論理関係を把握することが求められる。とりわけ、2の文の主部が長かったり、副詞句が文頭にあったりすると、2の続き部分との意味の整合性が掴めず、想像力を発揮するだけで終わってしまうことになる。

1 although 2.

  • では、althoughは従属節を導くわけであるからbutとは意味処理の過程が異なる。ただ、まだ、1と2との情報の区切り、境目はalthoughが示してくれているので楽である。

0. Although 1, 2.

  • では、従属節はどこまで続くのかを見極めることが必要である。このパターンでは、althoughの前後の0と1とをいくら吟味しても埒があかない。とりわけ、althoughの節中に and/ orの並列があったり関係詞があったり、ifやwhenなどの副詞節の入れ子になっていたりすると、途端に主節の把握が曖昧になる。

少なくとも、ここにあげたような基本形はスラスラと把握できる基礎的な読みの力をつけることが必要である。(ベネッセの『東大特講リスニング』の「ポイント特講」はこのような意味処理の過程をリスニングと精読と音読の繰り返しで身につけようというものである。)

高2オーラルは、熟達度チェックの続き。ひたすらフォニクスの復習と発音のトレーニング。同じ母音を練習していても、前後の子音の調音点によって崩れがちなものがあるので、得意な語を中心に3回発音してから、すかさずターゲットの語を発音、という手順。

たとえば、

  • girl/ girl/ girl → stir
  • early/ early/ early → work

といった具合。

今日新たに扱った語(音)の中では、

bought / caught などの母音が北米で変化してきていることを指摘。この音は結構(聞き)間違えやすいので今後要注意。

最終的には最小対立を含む有意味な例文でのトレーニング。簡単すぎるといえばそれまでだが、基礎の徹底なしに、オーラルコミュニケーションもないだろう、ということで2学期は徹底的に音声重視。次回はテストでビデオ収録。

高1普通科は先日とは別のクラス。there is/ there areの課の音読コピー作業が終わった問題の例文から3つ選んで対面リピート。ペアを変えながら、選ぶ例文を変え口慣らし、耳慣らしを充分させてから、ワークシートの裏に基本語の縦書き練習。まず4語ずつ板書し、コーラスリピート。自信を持って言えるようにして、ワークシートにそれぞれ5回は書かせる。今日は11語。時間はかかるが、家に帰って練習することはまずないので、教室でやらせることに意味がある。その後、並べ替え作文。新たなワークシートで次のレッスン、there was / there wereへ。

午後の普通科もう一クラスは祝日や行事による授業カットがあったため、なんと今学期初の授業。進度が違いすぎて大変。こまめに授業のチャンクを設定し、早め早めに対面リピートで声だし。なんとか、予定していたところまでは終了。

月末に研究会出席のため、休暇を取るので、その授業の振り替えをしてくれる教員とコマ探し。振り替えしてもらった後の戻しで自分がもらう分のコマも考えなければならないので大変です。関係諸氏、ご迷惑をおかけします。

本業でG大のGMからメールが来ていたので、フェザーリングに関しての見解を返信。案の定「イルカさんご一緒にフェザー」がよくわからないとのこと。まあ、そうでしょう。詳しくは今度会ったときにでも。

明日は0限のオーラルから。「ホントに恐かった夢」の種明かしからマッピング導入へ。塚田泰彦編著『個人と協同の学びを支援する 国語教室のマッピング』教育出版(2005年)から図解を拝借してハンドアウト作成。普通科は実力テスト。午後は、高2の授業担当者会議。

本日のBGM: Surface Tension (David Yazbek)

タロタロ 2007/09/28 18:30 紹介されている『グランドセンチュリー和英』の巻末付録を見てみました。なかなかいいですね。独立した冊子にしてほしいくらいです。ところで、ブログに出てくる「『語法』についてのハンドブック」というのは、tmrowingさんのオリジナルですか。それとも、市販されているものですか。差し支えなければ教えていただけるとありがたいです。

tmrowingtmrowing 2007/09/28 21:19 タロさん、お問い合わせの語法もののハンドブックは、某O社から出ている、綿貫先生の書かれた小さな本です。自分で作っている前置詞と基本動詞を中心としたハンドアウト集もありますが、市販はしておりません。とりあえず、この程度の情報でご容赦を。

タロタロ 2007/09/29 08:15 tmrowingさん、早速ありがとうございました。やはりあの本でしたか。コンパクトにまとまった、いい本ですよね。

2007-09-18 「誰も皆、勝つことだけを信じて賭けを続ける」

昨年のこの時期にも書いた(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060914)のだが、今年もまたやっています『こども英語』10月号(アルク)のハロウィーン特集。文化を取り扱うことと宗教的行事を行うこととの峻別が付かないような発達段階にハロウィーンやイースターをやる教育的意義は何なのだ?少なくとも公立の学校で行うべき指導ではない。浜省ではないが「なづぇ、気づぅかないのかぁ?!」という感じ。

今日の普通科はthere is / there are の復習。もともと再入門講座なのだが、復習は必要ですから。

並べ替え作文の解答を引き出し板書。

Is there a bank near your house? を数人に聞いて、yes/ noでの解答の仕方を確認。

問題全範囲からペアで対面リピートを5分で複数組こなした後で、新たに板書。

  • Is there a bank/ library/ museum near your house?

ペアで質問と答えをして口慣らしが終わったら、入れ替える新たな名詞を問う。

コンビニ convenience store / 映画館 movie theaterなどを板書に付け足していき、Q&Aを続けさせる。

意外に盛り上がったのが、「先生、東京にはファミマがあるのに、なぜ山口にはないの?」「(スーパーの)アルクはある?」「○喜は?」「サティは?」「夢タウンは?」というコンビニ、スーパーの系列。

近所で閉店したチェーン店などに言及しつつ、過去形のthere was / there wereを導入。基本の肯定文、疑問文、否定文計10題を音読筆写。

今回、基本問題の10題は、

  • 解答にあたる英文の日本語訳→英文→筆写のための下線部ブランクスペース

というワークシートの形式なので、この後の対面リピートも2段階。日本文を言って英文を言わせる、言えなかったところは英文を読み上げてリピートさせるという手順。かなりスムーズにできる生徒が増えてきたところで終了のチャイム。

高1進学クラスは一人一行読みの音読での復習。誰かが少しでも躓いたら、その部分は全員でリピートをして、初めの生徒からやり直し。パートの後半でミスをすると振り出しに戻らなければならないので、後の方の生徒も、既に読み終わった生徒もかなりの緊張と集中が要求されます。続いて、新出(?)文法事項の確認。<too+ 形容詞・副詞 +to原形><形容詞・副詞+enough +to原形>。

He ran too fast to catch up. / He was kind enough to help me.を用いて足跡の有無と四角化で視覚化の解説。その後、対面リピート。先ほどスラスラ読めなかった生徒に対して、読み方などを教えてあげる生徒がちらほら。少し集団を揺すぶれたようだ。続いて、個人ベースで裏面のフレーズ訳から表面の英文フレーズへのサイトトランスレーションもどき。両面印刷で天地が逆に印刷されているので、ワークシートをくるくると回転させながら英文を口にしては確認していく。この段階が済んでから、解説済みの文法事項を含む既習英文と新たな英文をディクテーション。最後の1文は、

  • The house is too small to live in.

意味を確認させ、不自然さを引き出す。「いったいどんな大きさの家?」と疑問に思わせておいて、for five of usという意味上の主語を導入。私が小学校まで住んでいた官舎が6畳2間で台所・風呂・トイレ・庭付きで4人暮らしだったことを引き合いに出し、一般論ではなく、個別の話でこの表現を用いる際には具体的な基準を明示する必要性を実感させる。「家族5人じゃなくて、for youだったとしても相手がもし、チェ・ホンマンだったらリアリティーあるな。」と補足。

次のセクションでは、1文(または節)ごとに3文字分のスペースを空けて、段落を印刷してあるので、何も書き込みをしない真っ新な英文をスラスラ読めるか、範読に続いてリピート。リズム、ピッチの著しく崩れたところを部分的に取り出しリピート。その後、2分間、個人練習の時間を与え、最後は個人最速読み2回やって着席。次回はサマリーを予告。

午後は高1同クラスのオーラル。最初の10分で午前中の英語Iの復習をしつこく。

その後スピーチの続き。

前回の替え歌バージョンを辞書を使い清書させ提出。1から3とも名詞の固まりを補充する。1と2は意味・形式の対比・対照。1と3、2と4行目のsayは脚韻を目指す、というルール。1例紹介。

  • Give you [1. sweet strawberry]
  • [2. And bitter chocolate]
  • Give you all [3.sweet memory]
  • If you would only say
  • I want you, you, you
  • All I want is you, you, you
  • All I want is you

この位の作品が出てくると、クラスの磁場を活性化できるのだなぁ。ちなみにこの生徒のアイデア・ジェネレーションはというと、

  • 甘←→苦
  • sweet←→ bitter
  • a sweet tone melody←→heavy metal
  • sweet memory
  • one’s bitter sweet memory
  • sweet fragrance

でした。次回は、名詞の数、日本語のカタカナ語の発音と英語の音のズレなどを補足の予定。

回収後、情報構造の基本パターンの数々を一面に板書し具体例を示しつつ解説。

キーワードをもとにいかに効果的にメモをとるか、マッピングなどを何も教えない段階でキーワードのみを印刷したワークシートを配布。(写真参照)

臨場感を演出しながら2回朗読。「本当に怖かった夢」のお題だということはすぐ分かる。この段階でお互いのメモをもとに相談タイム。その後、まず2回自力で聞いた結果のメモを残して、筆記用具を持ち席を一つ時計回りに移動。新たな席で他の生徒がメモを書き込んだ用紙に付け加える形でさらに2回聞く。さらに移動。今度は1回のみ聞いてメモ。さらに移動してもう1回。同じ話を計6回聞く計算。自分の席に戻り、4人分の努力の結晶から、これがどんな話か推測させる。メモを補足できるところは補足するように指示して最後の朗読。回収。本日はこれにて終了。

高1はこんなペースです。普通科はアルファベットが怪しい生徒もいれば、進学クラスは地元の国立大附属中出身もいます。目の前の生徒の現実を見据えて日々格闘です。

格闘といえば、昨日のHero’sでヒクソン・グレイシーが出ていたなぁ。セコンドの船木にしっかり挨拶していたのが印象的。豪快に勝利を収めた桜庭が二人に対しての戦闘意欲をちゃっかりアピールしていた。抜け目のない男よ。

本日のBGM: 愛の世代の前に(浜田省吾)

本日の晩酌:加茂鶴・純米吟醸/牡蠣の塩辛(広島産)

f:id:tmrowing:20070918213614j:image

f:id:tmrowing:20070918213758j:image

tmrowingtmrowing 2007/09/19 20:13 少し判りにくいですが、2枚の写真です。上の写真のワークシート上端が三つ折り状態で紙ホチキスで綴じられていて、それを開くと下の写真のようにスピーチのスクリプトが現れる、という仕掛けです。
ちなみに、このフォントがBradley Hand ITC です。

tmrowingtmrowing 2007/09/19 20:13 コメント修正。

2007-09-17 「私たちは本当に『指導力不足』なのか?」

三省堂の辞書サイトが今面白い。

「明日は何の日:9月10日」(http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/2007/09/09/

ではヒューイ・ロングの暗殺のことが。

私がロングのことを知ったのは大学生の時。ランディ・ニューマンのアルバム ”Good Old Boys” (1974年)に収録されていた、Every man a kingという短い曲。さらに同アルバムのKingfishでもこのロングのことが取り上げられている。アルバムとしても完成度が高いのだが、個々の曲は本当に考えさせられる。オープニングナンバーのRednecksは授業で公民権運動を扱った文章を読む際によく使ったし、Louisiana 1927という曲は、数年前のスマトラ沖大地震の被害を題材にした高3の授業で扱った。(過去ログは→ http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050114)この世代のアーチストは一様にストーリーテラーとしての技量が高いがその中でもランディー・ニューマンは際だっている。ちなみに、このアルバムには名曲 ”Marie”も収録。是非一聴を。

さて、このブログでは最近定番(?)の中旬『英語教育』を読む。10月号をようやく入手。

特集は「英語の授業はどう変わったか、これからどう変わるか」

先月の特集が良かっただけに今月は少し厳しい評価にならざるを得ない。

特集の冒頭を飾るのは江利川春雄氏(和歌山大学)。反論なし。P.13の「今後への要望と展望」は極めて大きな意味を持つ。編集部は執筆者間のバランスをとることを考えるだけでなく、この争点だけで特集を組むべきだろう。危急存亡、と思っている人があまりに少ないのだから。

コラムで上智大の和泉伸一氏が寄稿。先月号の卯城氏(筑波大)と共に、今私が最も期待する英語教育系の学者なのだが、このコラムは食い足りない。P.21の、

  • 日本人が教える文法中心の授業とALTなどが担当するコミュニケーションの授業、というように、両者を結びつけていこうといった「質的」な改革があまりなされていない。
  • 日本の英語教育の大きな課題は、いかにしてもっと言語の伝える意味内容を大切にして、生徒に学ぶ必要性を感じさせる授業が展開できるかということであろう。
  • 文法紹介の例文も、無味乾燥なものではなく、使える、意味のあるものを提示していくことが望まれる

という紋切り型の指摘・提言は和泉氏でなくとも言える内容である。和泉氏は日本では数少ないFonFを語れる学者なのだから、そこだけで見開き2ページのチェックリストでもぶちかまして欲しかった。

同じくコラムで竹山三郎氏が「予備校の変遷とこれから」というタイトルで寄稿している。これには首肯できない。とりわけ、「子どもを満足させる程度の授業、サービスは学校でも予備校でもできる。だが、親を納得させる指導をどれだけやっているかどうかになると、その差は歴然だ。」という部分にこの人の教育観が強く表れているようだ。他の物差しを手に入れる機会がなかったか、または他の物差しに価値を見出していなかったかなのだろう。先月このブログでも取り上げた加藤京子先生(旧姓:岩本京子先生)のような授業アプローチとはまさに対極にある。編集部への注文をすれば、特集で、このコラムはどういう機能を果たしているのかがよくわからない。

特集の最後に、渡辺浩行氏(宇都宮大学)が熱く吠えていた。応援します。

  • 小中高大の英語教育の流れの中で、目の前の学習者の、その来し方行く末に想いを馳せながら、真に今をとらえようとする小中高大の教師はどれほどいるであろう。(p.32)

次は連載から。

「菅先生に聞こう!授業の悩みQ&A」(p.37)

は高校の教科書の読みに関するお悩み相談。苦言を呈してばかりで申し訳ないが、この連載、最近ちっともおもしろくないのだ。

  • 第一段階 本文に目を向けさせる

で、「質問の答えとなる箇所が含まれている文を本文から抜き出しなさい」という助言をしているが、これはかなり多くの高校で機能しないだろう。まず、一文が読めないものに、他の文との識別が付こうはずがない。「単語等から推測して答えとなる箇所を見つけ出そうとします」というのだが、その該当箇所がなぜ、その質問の答えになるのかを確認する手段は?「その一文の和訳」ではないのか?逐文の和訳は遺棄されるべきもので、特定の一文は和訳してもいいというのか?逐文和訳は害あって益なし、というのであれば、たとえば、8文からなる英語の段落に質問を一つ投げかけ、5人一組8グループの全てが異なる文を答えとしてあげたとしたら、どうするのか?

分かる単語をつなぎ合わせる作業を課すのであれば、本文から分かる単語だけをグループで抜き出させて、そこだけでマッピングのように話を復元させてグループ間の食い違いを利用して、和訳先渡しの要領で、実際はどうだったかの検証へと移行し、なぜそういう意味になるのか、という手順で未習事項・目標となる英語の言語材料の導入へと向かう方が健康的だと思う。

フォーラムでは、甲斐順氏が首都圏公立高校入試問題の「注」に関する重要な指摘。この欄で他の読者や、首都圏地方自治体の英語指導主事から反響があれば、英語教育界も捨てたものじゃないと思えるのだが。

『英語教育』関連で最後に告知を。

来月14日に発売予定の『英語教育』(11月号)で少しだけ登場します。

授業のここにフォーカス (20) 山岡大基・松井孝志

  • 広島大学附属福山中学高等学校の山岡大基先生の高校2年生・ライティングの授業が取り上げられます。コメントは私が行っております。山岡先生は言わずと知れた「地道にマジメに英語教育」というサイトを運営している方。乞うご期待。

その他に読んだものは、

斎藤兆史『努力論』(ちくま新書, 2007年)

モーレツです。達人列伝の「列」というよりも、「烈」という漢字の感じ。ただただ猛烈なのです。

森田浩之『スポーツニュースは怖い 刷り込まれる<日本人>』(生活人新書、2007年)

これは期待した以上におもしろかった。今日のタイトルもその腰帯にあったコピーのもじり。PISA型読解力の向上に血眼になっている読解の研究者・指導者も一度読んでみるといい。いかに、スポーツニュースでばらまかれる日常的な断片の中に刷り込みが隠れていることか。新書ではあるが、この国のスポーツ文化を語る上での必読書となるだろう。ここで展開されるような講義をコーチ研修で聞きたいものだ。

午後は原稿をチェックして編集部に送付。自分の分の締め切りは過ぎているのですが、まだまだ終わりそうにありません。

夕飯を食べたら、Hero’sでも見よう。どうせまた、試合がなかなか始まらずに、主催者側とメディアが結託して描く「物語」を何度も見せられるのだろうけれど…。

本日のBGM: All the way to the borderline (Little Creatures)

tmrowingtmrowing 2007/09/18 11:32 タイトル含め字句修正。

2007-09-16 It’s my own funeral.

日曜も朝から本業。今日は10月のレースに出る1X初心者にモーターでベタ付け。台風の影響で天候の変化が読みにくい一日。気圧計付きの腕時計がまだ修理できていないので、自分の勘が頼り。大学生がいないので、コースは貸し切り状態。

午前の部は、時折もの凄い晴れ間が現れ、日焼けしたかと思えば、パラパラと降雨。1X初心者にしては、なかなか良いスピードで艇を動かせるストロークが増えてきたが、まだまだ直進精度が劣るために左右を気にして振り返るのだなあ。艇が傾いた分だけさらに曲がることにようやく気が付いた模様。パドル10本、イージーワーク10本をさせて、艇の動きを感じさせる。「キャッチで蹴るな、フィニッシュで休むな」とF氏お得意の台詞を連呼している自分に気づく。午前はまだ水面の状況も良くかなり漕がせたつもりでもまだまだ60分ノンストップで9〜10km程度。1日2モーションでやっと20キロ。もっとも蛇行しているのでもう少し距離は漕いでいるかも…。昼は例のレストランでペペロンチーノ。午後は、雲の様子を見て、雷が出ないうちに、と早めに出艇。風が強まり、0-1500mはパワーロウ状態。「筋トレだと思って全力で漕げ!」と檄を飛ばす。ただモーターもかなりスロットルを開けないと前に進めません。雨脚が激しさを増す中、高強度UTを一通りやり、波頭が高くなったところで、安全策をとり終了。ちょうど局所的にゴロゴロ来ていたので賢明な判断か。後一月でどこまで速くできるかちょっと楽しみな選手ではあります。

上で「筋トレのつもりで…」と書いたが、本業のトレーニングで、現在ほとんど筋トレをやっていない。

筋トレをやっているだけではボートは速くならない。ボートを速く進めるには、実際にボートを速く進めようと思いっきり漕ぐのが一番よいのだ。Training specificationの観点から言って、エルゴでのワークアウトをやれば初心者は充分だろう。いくら筋トレをやって筋力・筋出力を増したところで、いざ乗艇になって正確に漕ごうと思って形にこだわれば、スピードが落ちる。それでは本末転倒。ボート競技に適った力を出すことがまず一番の技術であり、スピードを出せる技術こそが本物なのだ。というわけで、「技練」「テクニカルドリル」というようなものも、ちまちまやらないことにしている。技練の腕漕ぎも、やるときは腕漕ぎだけで片道1.5キロとか、往復3キロとかを課す。他にはスライドピラミッドでのスピードチューニングくらいか。これは本当に疲れるが使えるメニュー。ちまちまやっていると、「ミスをしないように」という、ちまちました、そつのない漕ぎになりがちだから。ちまちまやっていると、ミスをしても大きく崩れることはないので、あまり気にならず、結局潜在的な欠陥には手つかずで終わる。その結果、いつまで経っても大きく伸びない。実際のパフォーマンスの中から出てきたチェックポイントを次のトレーニングにどう活かすか?コーチの目利きはそこにこそ求められる。

翻って英語の学習・指導。

  • 英文法語法頻出問題精講
  • 精選英文読解問題集

というような本を使って英語を学習している生徒は多いだろう。学校を卒業してもそうなりがちのようだ。

  • 高校入試に向けて
  • 大学入試に向けて
  • TOEICに向けて
  • TOEFLに向けて
  • IELTSに向けて

問題集ばっかりやっている人っていないだろうか?

頻出問題集の利点って何だろう?

  • 効率が良い
  • 覚えるべきことが整理されている

でも大切なことは「自分で整理して覚える」ことにあるのではないのか?

人に整理してもらった知識をひな鳥よろしく食べさせてもらって身に付くものなのか?

比喩ばかりで申し訳ないが、「自分の部屋が片づかないから、誰かに片づけてもらう」ことで一次的には改善されたとしても、また散らかって収拾がつかなくなるのがオチではないのか?その時にはどうするのか?

自分自身で整理する観点、目の付け所を身につけることがまず必要なのではないか?

そしてさらには、その観点を発揮して、読んだり書いたり、聞いたり話したりする中で触れる膨大な英語の素材から自分にとって必要不可欠なものを選び出し血肉化する「英語の体力」こそが重要ではないのか?

通訳を生業としている古い友人が、トピック・テーマ・業種で分類した語彙ノートを何冊も作っていたのを覚えている。彼はヨーロッパの数カ国語に通じているポリグロットではあるが、仕事で使うための情報を自らの手で整理し、仕事の中で得たフィードバックをそこに積み重ねていく、というまさに血肉化の作業を続けていたのだと思う。

無駄を廃し、効率を上げるというと聞こえはいいのだが、マニュアルどおりの努力で得た出来合いの力などいざというときに頼りになるのだろうか?

  • 文法・語法・語彙に関する知識
  • 発音・音変化・強勢に関する知識

などは単語集・熟語集よりも辞書の方が詳しかろう。

辞書を作る側の人間として言っておくが、辞書に結実した、人々の英知というものはヘタな参考書・問題集の比ではない。

何でもかんでもパターン化して、綺麗に分類をして、という日本人の得意な資質を発揮するのは結構。でも、実際の言語の運用は単一技能ではまかない切れない、ある意味ハイブリッドなものなのだから、分類整理したものをいつでも統合できるようなタスクの用意がなければ宝の持ち腐れである。私がここでいうハイブリッドな技能というのは、readingとspeaking、listeningとwritingというような4技能の連関のことではない。Listeningひとつ取り上げても、実際の運用では様々なスキルが複合的に動員されているということである。こここそ、目利き、腕利きの教師の出番だろう。受験生諸君も「問題集を何周した」、などといって反復練習したつもりになっていないで、そこから自分独自の英語表現集を作るとか、実際の運用に近い擬似的なタスクの形で練習する中で出来不出来を評価してみてはどうなのか。

自分が英語ができないことを誰かのせいにするのではなく、勇気を持ってはずれくじを引けばよいのだ。そんなことくらいで損をしたと思うメンタリティーで掴むことのできる「成功体験」では積み重ねは利かず、バネにもならないだろう。

幸い日本でもSELHiを中心として高校生レベルのCDSが整備されつつあるので、そういった情報にアクセスして自分に何ができるのか、自分にとってネックになっているのはどういう技能なのかを自問してみると良いのだ。最近のものでは「鹿児島スタンダード」が以下のアドレスで確認できる。(http://perfect.sunnyday.jp

野菜ジュースやビタミン剤、プロテインなどのサプリメントを摂取していれば、栄養に関しては充分だと勘違いしている「健康マニア」「フィットネスおたく」と同じ轍を踏んでいないか、過去ログの野口晴哉氏の言葉を参照されたし(→http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20070704)。

帰宅後、夕飯前にところてんの食べ比べ。妻が福島産、山口産の天草を煮出して作ったもの。妻は福島産に、私は山口産に一票。ところてんにも味わいがあり個性があるのだ。

本日のBGM: 謝々(スピッツ)

tmrowingtmrowing 2007/09/17 07:45 リンクのアドレス修正。

tmrowingtmrowing 2007/09/17 08:02 タイトル変更。

2007-09-14 みうらじゅんの唇

  • 言語は、習ったからといって身につくものではありません。その観点に立てば、非英語社会である日本では、どのような訓練をしようとも大量の英語学習失敗者が生まれると覚悟しておかなくてはなりません。我々の社会は、そのような失敗者をどう扱おうとしているのでしょうか。(山田雄一郎;2006年10月28日 JACET関西支部講演「英語力をどう育てるか 学校教育の守備範囲」骨子より) 

考えさせられる。今日開かれているはずの中教審外国語専門部会はどうなったろうか?

金曜日は進学クラスのみの授業。

高1進学クラスは音読の後、教科書の語彙解説。

funeralの訳語を問い、「葬儀;葬式」を得る。「結婚式」と「葬式」の共通点は?と問い「式=ceremony」を引き出す。定義にはまず、ラベルを貼る必要があることを確認。

I’m up by five thirty to go over my schoolwork.

の go over のイメージを説明。

MEDでは

  • to check something carefully
  • to practice and repeat something in order to learn it
  • to repeat a series of things or think about them again in order to understand them completely

という定義を載せている。

to examineなどよりも、 to reviewのイメージの方が判りやすかろう、ということで、「往路=矢印・復路=ターンして戻る矢印」の図解をして、reviewを導入。「re-は『ふたたび;繰り返し;あとから』という意味を表す接頭辞だけれども、このような知識は、viewの意味が既に身についていない人には全く役に立たない。基本語をいかにきちんと身につけるかの方がよっぽど大事!」と強調。

その後は、テキストの本文中から、定義に合致した語を抜き出す作業。以下の定義を読み上げる。

  1. the process of teaching and learning in a school or college
  2. feeling happy about something you have done, something you have, or people who are close to you
  3. a ceremony for burying or burning the body of a dead person
  4. better or more important than other people or things

それぞれ、

education / proud / funeral / special

名詞の定義は比較的易しいが、形容詞は意外に手こずるものだ、ということを実感してもらう。該当する語が確認できたところで、定義を正確に書き取らせる。educationでは「教育」って何?どんなこと?「あなたに、小学校1年生の弟・妹がいるとして、『お兄ちゃん、教育って何?』って聞かれたらなんて説明する?まさか、教を育すること、とか答えんやろ?!」と、「先生=教える」「生徒=学ぶ」「教室;学校」などのキーワードを引き出しておいて書き取り。定義にとって重要なprocessという語の理解では、「入学から卒業まで」の比喩で「はじめからおわりまで」の説明。

proudでは、happyは「幸せ」だけではないことを指摘。その後、something you have done = achievementを引き出し、ここでのdo はachieveのイメージであることを確認。something you have = possessionsは高1には難しい。動詞possessよりも簡単な ownという語を導入。people who are close to youでは自分の身近な人を例としてあげさせる。親・兄弟など家族の面々がすぐにあがる。

funeralでは a ceremony for [ ] or burning the body of a dead personと板書し、orに着目させて、葬式で火葬以外には?と問い、「土葬」つまり、「埋める」に当たる語がここに入るはず、と和英で引かせる。

そこまで確認してから、教科書のこのパートを個人で音読。「2分間」といいつつ3分半の間繰り返させる。

その後、語彙に関わるディクテーション。

Only close family attended the funeral.

机間巡視したところattendedのところが怪しいので、そこだけ抜いて、

Only close family [ ] the funeral.

と板書。ここに入りそうな語は?と問い、「出席・列席」に関わる語を和英で引かせる。attendの品詞を確認させ。必要なものは自分の書き取った文を修正・訂正。その後音読と清書の筆写。

1年生の2学期はこんな感じで、パラフレーズの下地作りから始めています。

高2は、「発音熟達度チェック」の音読練習とビデオ撮影。

  • leave; live/ beat; bitでの長さではなく、音そのものの区別。lやbの音を出す際のエネルギー発生の瞬間を感じさせる。
  • bit/ bet/ bat/ butでの顎の開きと唇の形の変化。基本的に北米の音(とされる音)をモデル。
  • pit/ pet/ pat / put/ potでの顎・唇に加えて、帯気の練習。顔の前で紙の縁に音をぶつけさせる。bat/ patでは唇の形を徹底。「ラッパの口」のことを私は「みうらじゅんの唇」と説明しているので図解。
  • pool; pullでの音の違い。なぜ、「ォ」のように聞こえるのか?
  • pull/ wood/ wool/ hook/ footでしつこく練習。
  • booksとboxで対比。

などを全体、個人でやりながらハンディカムを持ち個々の生徒にチェックリストにある例文を読ませて撮影。

個々の単語ではできても、まだまだ文の中では息が続かない。いかに吸気を音にする過程で無駄にしているか、durationひいてはarticulationが曖昧かを実感させる。「自分の身体でアコーディオン」を確認。私も全モデル実演は結構疲れます。

高3はセンター対策。文整序段落完成のうち、つなぎ語を補充するもの。つなぎ語を補充する前に、語彙が弱いので、文と文との論理的な関係を吟味できない。安易にディスコースマーカー読みに頼るのではなく、地道な精読・音読をやることの重要性を再認識してもらう。

選択肢のうち、錯乱肢にあるつなぎ語の解説と類例を加える。in factとon the contraryでは辞書の用例を確認させる。3年生は『新グローバル』を使っているので、まだ指導は楽な方。そういえば、随分前のことだが、この『新グローバル』の発表会でのダベンポート氏の話の中でもかなりin factを使って「本当に理解して欲しい事柄」を強調していたのを思い出す。

放課後はエルゴ60分。今日は私もつきっきりで、数値が落ちそうになるところは隣で一緒に引いたので疲れました。

夜は英語科の主任と駅前で一献。主任は私より2歳上でほぼ同世代なので、ラジオ英語会話の東後勝明先生の話で大盛り上がり。英英辞典で何が一番使いやすいか?など仕事の話でも結構杯が空いた。主任の目指す英語科の姿、私の本業での夢などを語り合う。

明日は朝から本業。台風がちょっと心配。

本日のBGM: 始めと終り(みうらじゅん)

2007-09-12 ”I want to see the bright light tonight.”

体育祭代休。Barely alive.

打ち上げで少し飲み過ぎhangover。久々にカラオケに行った。まあ、私はいつものテーマ曲を歌ったのだが、周りの方々はご存じなく、アーチストについて説明。

昼過ぎにテレビをつけたら、安倍首相辞意表明で記者会見が。

会見を見る限りでは、この人の真意がわからない。改造安倍内閣の面々もいい迷惑だろう。

記者会見で辞任する理由を述べていたのだが、全く理解不能。真実は別にあるのだが、表に出すと都合が悪いということなのか?

ICレコーダーやパソコンを持ち込んで見た目は「武装」したつもりの記者たちは、ここに切り込んで世間の疑問に答え、関心に応えなければ存在意義がない。その場で何も切り込めずに、TVのニュース特番で評論家や政治部記者を揃えて、したり顔での推測をもとにコメント、講評を付け足すというのは、頭が悪すぎるだろう。後知恵、後出しじゃんけんほど見苦しいものはない。

山口は地元ということもあり、この退陣劇は幕が下りた後も、しばらく尾を引くだろう。

さて、

L2 Writingの世界に首を突っ込んでいるものなら Paul Kei Matsuda先生の名前を知らぬ者はないだろうが、現在、名古屋大学の大学院で教えている関係だろうか、今年は日本で第2言語ライティングシンポジウムが開かれる。

2007年9月15〜17日 名古屋学院大学にて

テーマ:環太平洋における第2言語ライティング

詳しくは→ http://sslw.jslw.org/2007/

私が注目するのは、小林ひろ江氏の講演と、投野由起夫氏の発表。私は本業で行かれないので、参加される方は後日情報をお寄せ下さい。ポール松田先生は広島のJACETにも来ていて、特別に講演もしたらしい。返す返すも残念。

中等教育(中学高校)段階での正課でのEFL writing指導の成果を長期的に視る研究はそれほど多くない日本において、現在のSELHi校の「ポストセルハイ」研究を残し、検証評価することは極めて重要である。投野由起夫氏が関わった、渋谷学園幕張での「渋幕ラーナーコーパス」などデータとして残(せ)る研究をセルハイ以降も継続できる環境にある高校はどのくらいあるだろうか?研究指定期間での英語教師のburnout、指導助言者、評議委員のコミットメント、研究を支える予算などとも大きく関わってくる問題である。

このブログでかねてより大きく取り上げてきた福岡県立香住丘高校のセルハイ以降の伸張が著しい。

先日メールで、現3年生のGTECのスコア、TOEICのスコアを聞いてたまげた。「抜くなら度肝がいいよね」とトニーは言ったが、本当に度肝を抜かれますよ。

  • (GTECは) TOTAL 693.5 でライティングが154.3。ライティングは2年12月の結果が、139点だったので、145~148点くらいだろうと思っていましたが、3分の2が160点の満点ということで、予想以上の結果でした。その結果TOTAL 800点満点が3人おりました。
  • SELHiの研究の真価が問われるのは、研究指定期間終了後、さらに発展させていき、その結果を実証していくかだと思われます。

などという言葉には自信が漲っていました。

なぜ、ここまで伸ばせるのか?生徒・教師・研究者とのコラボが本当に機能すれば、これだけの成果が得られるのだ、ということは全国の英語教師に自信と指標を与えてくれるのではないかと思う。ここでスコアを持ち出したのは競争を煽るためなどではない。このような先行研究で得られた知見を共有して、高校英語を機能させたいのだ。ちなみに、この学年はGTEC Writing Trainingを活用してくれてもいる。

  • GTECライティング130〜140の生徒達には、GWTがいかにぴったりの教材であるかを、実証したようなものです。このレベルの生徒達は、この教材の奥深さが理解できて、自分のライティング力を伸ばすことになるのですから。

という有り難いお言葉が。高校生の英語力伸張に役立ててもらって何よりである。

KCDSの開発からチェックリストを経て、タスク化まで漕ぎつける中で確実に授業のバージョンアップが行われているのだろうと思う。この春には、私の古い友人である都立H高校のK先生が福岡まで視察に訪れている。H高校が今春進学実績を伸ばした背景には、こてこての受験指導を上塗り厚塗りするのではなく、実際に英語を使わせる中で、学力としての英語も伸ばしていくという「英語教育」をK先生が中心となって3年間行って来たことが寄与していると思われるが、香住丘の先生も、

  • 受験の時期でありますが、受験だからこそタスクが生かされると確信しています。

と言っている。8月には大分の全国英語教育学会でも発表をされているし、情報は折に触れて公開していると思われるので、受験の指導とSELHiなど研究指定との両立で悩んでいる高校の先生は一度コンタクトを取ってみてはいかがだろう?

中教審外国語専門部会の進行状況を伝え聞く。全国のSELHiでの成果などが高等学校の指導要領にも反映されるようだ。自分の足下の授業との接点は? 11月には地元山口県の高英研が開かれるとのこと。山口の英語教育の明日はどっちだ?

本日のBGM: When I get to the border (Richard & Linda Thompson)

タロタロ 2007/09/12 21:26 いつもtmrowingさんの幅の広さに感心しながら読ませていただいております。現在、大学で英語教育に関わっておりますが、英語教育自体が専門ではないため、いつもtmrowingさんのブログでいろいろ情報を仕入れさせていただき、参考にさせていただいております。ありがとうございます。さて、今日の話題に上っている福岡県立香住丘高校の成果、大変驚きました。少し調べてみたところ、クラスの3分の1が英検準1級獲得、TOEICの3年生の平均が700点近いそうですね。大学でかなり英語に力を入れているところでも、一部のトップ校を除き、なかなか達成できないレベルだと思います。先生方の並々ならぬ努力の賜物だと思います。是非、実践報告など読ませていただきたいものです。今後ともよろしくお願いします。

tmrowingtmrowing 2007/09/12 22:14 一部加筆。

tmrowingtmrowing 2007/09/12 22:17 タロさん、コメントありがとうございます。「幅」に関して思うことは、英語(教育)研究者と高校の英語教師との違いで、研究者は専門が深まることを求められるのに対して、現場教師は英語にまつわることを何でもやらなければならないために、否応なしに「幅」が広がるのだと思います。広くなった分、薄くなるところは当然出てきます。ただ、一人の教師がそんなに幅広くなくても、チームを組めばその分幅も広くなり、重なった部分の厚みも出るわけです。
私自身はこの年までずっと自分一人でやってきた感が強いので、香住丘の取り組みから学ぶことの意味は大きいです。自分の監修した教材を使っているという贔屓目抜きで、「生徒を伸ばす」日々の実践の積み重ねと、校内の体制の充実に注目して欲しいですね。TOEICのスコアも新テストで平均で700は超えているようです。
全国にはまだまだ地道に生徒を伸ばしている高校は多々あり、大メディアに取り上げられていないだけだと思っていますので、いろいろな実践を紹介できればと思います。

タロタロ 2007/09/12 22:41 tmrowingさん、ご返信ありがとうございます。700越えですか。たまげました。大学の英文科・英語科等で、学生のTOEIC平均点が700を越えているところがどれほどあるか疑問ですね。帰国子女がたくさん入ってくるような特殊な高校ではないでしょうから、驚異的な成果ですね。おそらく最初は250〜300点くらいからスタートしているのではないでしょうか。これほど成果を上げている公立高校があるというのは、もっと世間に知られていいことですね。高校の先生方の間では有名なのでしょうか。学生を見ていると、そこそこ流暢に話せる学生でも、まとまった英語を書くとなるととても苦労しています。ライティングでもこれほどの成果を上げているというのも、本当にすばらしいことですね。ところで、大学で、tmrowingさんの関わられたGTEC Writing Trainingを使っていらっしゃるところはありますか。

tmrowingtmrowing 2007/09/12 23:10 大学でもGWTを採用しているところはあるようですが、細かい状況は私の方では把握しておりません。
高校でもまだまだ普及しているとは言えない教材なので、多くの方に知って欲しいものです。

香住っ子香住っ子 2007/09/12 23:15 松井先生の度肝を抜けて光栄です。香住に勤務して10年の積み重ねでやっと少しライティング指導の入り口に立てたかなと思います。(タロさんのご質問ですが、TOEICは、1年3月530点スタート、2年3月663点で、3年7月710点です。本校は、帰国子女はほとんどいない学校です。(現在クラス1名)福岡の普通の県立高校で、普通の子達が通う学校です。)SELHi指定の3年目から特にライティング指導の改善につとめてきましたが、いまその3年をふり返り、どの位のGTECスコアでどのような指導をしたのかが自分の中で、体系化できつつあります。それに現在研究中のStuent Self Assessment checklistの結果を重ねると、ライティング指導の全体像が描けると思いますので、近々報告いたします。
今日もライティングの授業でした。Criterionを利用した授業では、入試モードに変更して、200語以下を20分以内で書く授業ですが、授業の主旨の変更を理解し、自分のライティングモードが変更できる生徒を見ると、嬉しくなります。教師が、授業をやって楽しく思える時、生徒も貪欲に伸びるんですね。

タロタロ 2007/09/14 08:29 香住っ子さん、情報ありがとうございました。すばらしい成果ですね。

tmrowingtmrowing 2007/09/14 09:13 香住っ子さん、コメント深謝。本当に度肝を抜かれました。N先生が「凄まじい」と形容したのも頷けます。今後も生徒さんの成長が楽しみですが、先生方のburnoutも心配です。ご自愛下さい。

2007-09-10 Ordinary Persons

進学クラスの授業の話はよく書いていたが、今日の高1の普通科のクラスについても言及しておこう。

習熟度は低いが、英語はできるようになりたいと思っているクラス。このクラスを持っているもう一人の英語の先生がもともと教育系ではなく実用派・実務派の先生で、着実かつ新鮮な学びの視点で「英語1」を進めてくれているので、ポテンシャルの高いクラスである。私は、再入門講座担当。いわゆるGである。現在、高1でThere is / There are の文型を扱っている。中学の復習〜高校入試レベルの問題で構成されているテキストを使っているので、ひたすら答え合わせになりがち。でもそれだと、彼らは中学のときと同じやり方で学習を続け、やはり同じようにできないまま終わってしまう。

教室にあるものをthere is / there are でいくつか表現しQ&Aの後、板書。この情報をもとに、各自で、単数のもの、複数のものをそれぞれあげていく。全体で確認、リピートしたらテキストの内容へ。

ワークシートにテキストの問題の英文に共通の要素をまとめて印刷提示。ただし、チャンクごとにスペースを空けて、点線で縦に区切りを入れられるようにしておく。当然、「名詞は四角化で視覚化」。チャンクごとに音読と意味の確認をして、復唱。その後、筆写。初めは「先生、これ同じの書くんですか?」「そう!」「なんでここに書いてあるのをわざわざもう一回書くの?意味分かんない!」「意味がわかった英文を何回も読んだり書いたりするのが大事なの!」というようなやりとりを教室のあちこちで繰り返しながら進めていく。この程度の作業でも進度に差がつく。綴り字が自信を持って書けない、単語の意味がわからない、などなど、原因は様々。「bookのoが重なるのは短い音、roomのoが重なるのは長い音。長さは違うけど、どっちも強い音。発音しながら、空中で指でなぞり書きするっ!」などと、音声学の専門家から見ればお叱りを受けるような整理の仕方も敢えてしている。もっとも、モデルとして私自身が示す音には一切妥協しないが。ときには厳しく、ときにはもっと厳しく、極たまに優しく。突っ伏したり、机に頬をつけて、寝そべるように作業したりする輩はすかさず注意。これはなかなか大変。でも、しつこくしつこく。姿勢の悪さを見逃してしまうと、生徒は自分の音読の声が自分の身体に共鳴するのが感じられないし、文字を書く際の運筆が滞るから。でも、今何をやっているか判らなくなっちゃうから、姿勢が崩れてくるんだよね。

今日は、普通科のクラスでも「対面リピーティング」を導入。集中力が持続するのは2ペアで5,6分位。それでも、今までにないくらい音読に取り組んでいるので、この後も授業の中でしっかりと練習できるしかけを保証したい。テキストが伝統的なGの構成なので、「自己表現」とか「スピーチ」のようなものに逃げたり、臭いをかがせたりできないので、来年以降に向けて今主任とオリジナル教科書の作成を検討しているところである。これが、英語1やオーラルであれば、また違った切り口が期待できるのだが、1年目ではなかなか難しい。

進学クラスは「スピーチ」の続き。B6位の白紙に、自分のスピーチのキーワードを最大5つまで、スペースをとって書く。

自分と異なるテーマ・トピックでスピーチを書いたペアを作り、用紙を交換。スピーチを2回読み、相手にキーワードに関連づけてメモをとらせる。お互いにメモをとったら、相手に返し、新しいペアで同様の作業。すこしずつ、メモが増えたり、繋がったりする。生徒によってはなかなか英語の情報が付け足されない。3ペア目では、聴いてメモをとるのではなく、このキーワードとメモをもとにして、不明な情報、もっとこのあたりが判ると全体が見えるのに、という質問を一つ書く。お互いに質問を書いたら本人に返して着席。

次は個人作業で裏面にリバイズ。キーワードがなぜ聴き取りで活用できなかったのか?質問に対する答えは自分のスピーチで明らかになっていないのか?を考えて書き直し、清書。

各列の用紙を集めて、他の列の生徒の用紙と交換。表のキーワードとメモ、裏の原稿を本に、作者を当てるために質問を考える。あとは文字から判断して女子っぽいな、と思ったら女子に集中的に質問、男子の字だなと思えば、男子へ。早ければ2,3人で作者は判明。判明したら作者名を記入して全部回収。この段階までまずはやらせてから、教師による英文のチェックをしようという目論見。

英文そのものの良い例と悪い例、キーワード抜き出しの良い例悪い例、を踏まえて、2学期はマッピングなどのアイデアジェネレーションの活用に移りたい。

教科書の英語1では、「読み」が中心にはなるが、サマリーに繋がる内容確認の質問作成をグループ課題として課す予定。

今日はラストの10分少々で教科書のパート2の導入。

フレーズ読みはチャンクで区切られ改行センタリングした英文を目で追いながら範読2回を聴く。発音の怪しいところはカナで良いのでメモ。2分少々。次に、裏面のフレーズ訳の日本語を見ながら、単語の意味やコロケーションの確認。必要な部分のみ、表面にメモ可。時間は4分。次は裏面のフレーズ訳を目で追いながら、英文の範読を2回聴く。2分。フレーズ訳を見て、英語で何というのか考えてから表面に戻り、英語の確認をするつもりでチャンクごとに音読1回。約3分。本日はここまで。

高3はセンター対策。結束性(という言葉は使わないが)を強調して、第1問は3分で解答。何が決め手となって繋がりが決まるのか、「訳語」で終わるのではなく、「何を言うための文なのか?」を考えさせる。選択肢の英文をパラフレーズして見せて、こういう内容の2つの英文を一つにまとめたのと同じこと、というような展開で説明を続ける。とりあえず疑問の払拭できたところで、段落を通して音読。「全体のまとまりを感じろ」というdemandingな指示を与える。第2問は2分で。生徒は圧倒的に第2問の方が出来が悪いというか難しいと感じているだろうな、と思ったら、案の定3分の2くらいは第2問の方が難しいとのこと。無冠詞複数一般論、the+名詞は旧情報か常識、代名詞は具体的な名詞の代わり、という原理原則で順序を整理。この原理原則が使えるのも「語彙力」あればこそ!という話をする。この問題も解き終わって、意味の理解が済んだら音読を繰り返す。とにかく、基本文法項目を含む暗誦例文集を音読して覚えたように、パラグラフのレベルで基本パラグラフを30くらい刷り込んでおくと後が楽なのだ。長文は別の先生がリーディングで扱ってくれているので、この9月のねらいはパラグラフの中での語と語、文と文、などの意味の繋がりと全体を貫く主題へのまとまりを意識した音読の徹底。カリキュラムに「ライティング」があれば、cubingで様々な論理展開をカバーできて、他の科目へも波及効果があるのだが、それは無いものねだり。自分の今いる環境でベストを尽くさねば、自己ベストは超えられない。そういえば、大阪の英授研で太田洋先生に「ライティングとかばりばりやってるんですか?」と聞かれ、「いや、ウチのカリキュラムにはライティングっていう科目自体がないんです。」と答えたらビックリしていたなぁ。でも、私の場合、何をやってもwritingですから…。

4時間目に学年通信を印刷。各クラスそれぞれ担任の机上に。

午後は体育祭の練習総仕上げ。いよいよ明日となった。暑いのだろうなぁ。

初めて出向く会場なので、移動が一番心配である。聞けば、思いの外学校から近いらしい。しかも通勤ラッシュと逆方向とのこと。あまり早起きしなくても良さそうだ。

夕飯はカレーライス。

寝かせた一晩に宿る幸せ。

本日のBGM: It Suits Me Well (Sandy Denny)

みゆ猫みゆ猫 2007/09/11 08:52 「名詞は四角化で視覚化」という言い方使わせていただきます。私としては、関係代名詞のwhatの名詞節の説明に常に四角化させてきましたが、前置詞の後にwhat節を使えるかをみる問題で教え方の不具合が発覚したので、はっきり名詞という言葉を使うように修正します。「もっとも、モデルとして私自身が示す音には一切妥協しないが。」という言葉には静哲人先生を思わせるものがあります。さすが外語大(私の高校時代のヒーローはタケカワユキヒデさんでした)、というか、表現形式vs.意味内容のせめぎ合いの中で、周囲には発音なんて適当という「空気」がある気がしています。このような当然のことが当然として認識されないなかでなぜか気を遣ってしまいます。私はJTEの出す音で、たとえばbookなら「ウ」の音の重さというか、呼気圧の強さと、唇をすぼめる筋肉の一瞬の使われ方でこちら側の応答の英語を調整します。偉そうに思われたり、相手に恥をかかせたくないからです(当時のもう一人のヒーローは松本道弘先生)。オーケストラの指揮者はタクトを振り下ろす寸前の「振り上げる」一瞬に、音楽に魂を注いできた人たちにはその指揮者の人生観(半生?)が見えてしまうのだそうです。大げさですが、そんな真剣勝負を感じますので、TMrowingのブログには大いに参考になっております。「参考にする」という表現自体僭越かもしれませんが。

みゆ猫みゆ猫 2007/09/11 12:17 TMrowing先生への敬称が脱落しておりました。失礼しました。なお呼気圧の加減などと偉そうなことを書いてしましましたが、テニスで軽くラリーする時にも、最初にガット面にうける力で加減するのではないでしょうか。もちろん生徒相手の授業は別で、外ですれ違うと突然身構えてハローと戦後の日本人?のような挨拶をされて面食らうこともあります。ALTの代用品じゃないのに。

tmrowingtmrowing 2007/09/11 16:27 みゆ猫さんコメントありがとうございました。
帰国子女でもなく、留学経験もない私にとって発音は不断のトレーニングを必要とします。自信を持って、book/ look/ hood/ wood/ wool/ putの発音ができるようになったのは大学2年生くらいでした。今でもcook/ took/ shookでは気を抜くとかなり怪しくなります。ただ、pullとpoolを長さではなく音そのものの違いで、きちんと発音できるようになったときはやっぱりとても嬉しかったのを覚えています。きっかけは、大学での音声学の知識・訓練以上に、竹内敏晴氏の一連の著作の影響と実際に大学の言語心理学の授業で行った「竹内メソッド」とも言えるレッスンでした。ある日、夢の中で自分の身体が重力に任せてアイスクリームが溶けるように溶けていき、その時にあげた声が自分の身体に完璧に共鳴したのをはっきりと覚えています。
その後、lookとlockもできるようになり、自分にとっては一つの山をクリアしたような実感がありました。不思議なものです。
生徒に対しては、hookで日本語の対応するカタカナ語になぜ、「フック」と「ホック」があるのか?book keepingはなぜ「簿記」と音訳されたのか?などといって、調音にも意識を向けるようには心がけています。

みゆ猫みゆ猫 2007/09/14 08:02 tmrowing先生、竹内敏晴氏の『声が生まれる』を手に入れました。驚きと共感を持ちながら読んでいます。読む前にすべきこともないこともないのですが…。

tmrowingtmrowing 2007/09/18 23:59 私が今購入を思案しているのは、新刊の単行本です。地元の本屋にはありませんでした。ところで竹内氏は英語教師にどのくらい認知されているのでしょうか?

2007-09-09 「見送りなんていいって言ったのに。」

tmrowing2007-09-09

1年ちょっとぶりの博多。

普段お世話になりっぱなしの二人のN先生を囲んで某社仕事+αの大盛り上がり。みなさん、このブログを読んでくれているようで、結構細かいツッコミもあり。書き甲斐があります。

学会ネタ、指導要領ネタなど、さすがに専門性が高く、刺激的。途中の雑言はオフレコということで。

G大でボート部の女子マネをやってくれていた子が、N先生の教え子で教育実習に来ていて、「なんでコーチのこと知ってるんですか?!」と驚いていた話とか、他愛のないネタでも気の置けない人の輪では最高の肴になるものだ。もちろん、魚(鯨)も餃子も最高に旨かったです。ハリハリ鍋の話を聞いて、また来ることを決意しました。物理的な距離は近くなったので、あとは普段の仕事をしっかりこなして、フットワークを軽くしておくことですね。

地酒の話からN先生の地元のお店の話題に。その店で扱っている呉春の特吟の「常温でも旨くて、飽きの来ない味」を私とN先生とで熱く語って、Dさん、Yさんに羨ましがられた。私の授業も呉春のような味を出せると良いのだが。

途中、高知県の「和訳先渡し」仕掛け人山田憲昭先生と電話で話すチャンスが。何か実践を共有し、新たな地平に突き抜けてみたい気がする。人の繋がりは大事ですね。私も年(度)内になんとかライティング指導行脚を実現したいものです。

N先生が、JACETの報告もしてくれたので、気になっていたDavid Littleのレジュメをコピーさせてもらう。CEFRのAutonomous Learning (Learner Autonomy) の領域でLittle氏が大きく関与していたとは知らなかった。参考文献であげられていた 、Authentikから出ている、Learner Autonomy 1 (1991)という書名を見て、すごく懐かしいというか、ほっとしたというか、暖かい感じが甦ってきた。R. Smithに薦められてこの本を読んだのは95年くらいだったと思うのだが、O'MalleyやChamotのstrategies関連の著作に今ひとつ馴染めなくなっていた私には、このLittle氏やL. DamのAuthentikのシリーズはヒットしたのだなぁ。「良かったね」と自分の中でつぶやいてみた。自分にしか判るまいが。

もうひとつ広島大の柳瀬先生の全体シンポジウムの話 (Consistency and Diversity) がとても良かったとのこと。土曜日は本業の練習がなければ、広島まで足を伸ばしていたのだが…。残念。Reconceptualization of communicative second language abilityの資料を見る限りではlanguageに関わる部分は、Bachman (1990), Bachman & Palmer (1996) あたりの枠組みを発展させているようなのだが、全体がlinguistic ability, mindreading ability, physical abilityでの三次元モデルなのでかなり複雑でオリジナル。直接お会いしたときにでも詳しく聞いてみようと思う。

朝、ホテルで身支度をしながら、TVをつけると、原田知世さんの声が。癒される。

福砂屋のカステラを土産に買い山口に戻り、帰宅途中で妻のお遣いで夕飯の買い出し。鶏ガラの量が判らず苦戦。まあ、多い方が良い出汁が出るということで。

「福砂屋の包装紙のデザイン、ロゴは味があっていいよね」という話をしていて思いだす。学年通信に使うカット・写真・図案を見繕ってほぼ完成。明日学校で印刷の予定。間に合いそうで安堵。

ネットでJACET大会のことが出ていないか検索。馬本先生のブログでH. E. パーマーの話題がでていて、リンクを辿ると、なんとR.Smithの著作が!ちょっと泣きそうになった。

「地道にマジメに英語教育」の山岡先生の更新されたトップページに感じ入る。

これから少し遅い夕食です。

本日のBGM: Benediction (Van Morrison, Ben Sidran & Georgie Fame/ Tell Me Something: the Songs of Mose Allison)

2007-09-08 ”Oh! I want you.”

慌ただしい2学期第一週もなんとか切り抜ける。

高1は、前回スピーチ(もどき)で扱った情報構造それぞれの復習から始まり、9月の歌。恒例のTom Waits。(歌詞はこちらなどで→ http://www.oldielyrics.com/lyrics/tom_waits/i_want_you.html

1分少々の曲なので、今回は、全文書き取り。チャンスは2回。ワークシートを裏返して配布し、聴き取れた歌詞をその裏面に書き出していく。2回の聴き取りそれぞれで情報交換。その後、メロディに「ラララ♪」で歌声を重ね、リズムに乗る練習。その後再度書き取り。ここまでで4回聴いた計算。不十分であれ、この段階で曲にタイトルをつける。ワークシートを表にすると、私の授業・テストではおなじみの白抜き斜めラインが2本。歌詞カードをチャンクごとに改行し印刷した後、修正テープでやや太めに2本線を引いてから印刷してある(本日の記事最後の画像を参照。ちなみに、このフォントがSassoon Infantです。)。単語の始めとか、途中とか終わりとか色々な箇所が読めない状態になっているので、その部分を聴いて補充する作業。2回。情報交換。その後、クラスを2つの大きなグループに分けて、黒板を二分し、完成した歌詞を板書させる。再度聴いて答え合わせと歌詞の解説。この歌詞は対比と繰り返しのあと、大きな仕掛けが待っているので、そこに気づいたときに、「おおっ!」とか「なるほど〜」とか、「へえ〜っ」とかそれぞれの反応を見るのが楽しい。歌詞を最後まで確認後、音読3回。今日は最後に合唱の導入まで。次回は、スピーチの発展活動。乞うご期待、と予告しておいた。

学年通信の編集をほぼ終え、週明けの発行準備。今回は、2学期の行事予定の告知が主なので、楽と言えば楽。明け方まで雨で体育祭の予行が危ぶまれたが、昼には嫌になるくらい暑い陽射しが!

土曜日は本業。朝から湖へ。乗艇練習。体育祭の練習、予行で結構体力が落ちている。生徒には熱中症予防に万全の注意。アップはエルゴで、しつこくスライドピラミッド。腕漕ぎでフィニッシュの姿勢がまだまだ弱い。体幹だよ体幹。乗艇では両舷のスライド1/4でクラッチに預けてスピードも出せるようになり、ようやく、ボート部らしい漕ぎになってきた。他校の1年生の1学期終わりくらいのレベルにはいるのではないかなぁ。ここから加速です。陽射しがきつく、モーターに乗っている私が熱中症気味。危ない危ない。水分だけでなく塩分、糖分もしっかり補充することが大切。

夕方には、正業の関係で福岡に足を運ばなければならないので、午後は学校に戻り自主練。体育祭が終わったら、さらに鍛えましょう。

本日はこの辺で。

本日のBGM: Sugar High (Duffy)

f:id:tmrowing:20070908134937j:image

2007-09-06 灯台下暗し

高1進学クラスは0限でオーラル。復習でしつこく、Yuri Gagarinについてreproductionを求める。出来は今ひとつ。キーワードを7語板書して再度トライ。根比べ。その後、新教材の導入。今日は、「テーマ口頭作文」。まあ、簡単に言えばスピーチですな。

  1. Why do you think some people don’t like animals?
  2. Why are sports so important to kids?
  3. What kind of person should be Prime Minister of Japan?
  4. Tell me three things you remember about kindergarten.
  5. Have you ever had a dream that really scared you? What was it about?
  6. Name two things we should do as a family on the weekend?
  7. What was your favorite toy when you were little?
  8. What is the nicest thing a friend has ever done for you?
  9. Tell me who you think are the three greatest musicians in the world? Why?

の9つのテーマを設定。小堺一機の番組ではないが、10面体のサイコロを振り、自分の出した目の番号で30秒間準備、口頭でスピーチ。

しどろもどろで15秒沈黙が続いたら、次の生徒。出てきた英語を元に、更なる質問で発話を引き延ばしたり、修正してリピートさせたり。6人くらいをwarm upに使い、本題の導入へ。4人一組で、1題を選び、ブレスト。辞書使用可。このクラスは『ウィズダム英和(第2版)』『グランドセンチュリー和英(第2版)』(ともに三省堂)を使用しているので、自然な用例には事欠かない。0限では、グループでのブレストまで。

続きは4限。ブレストが終わったら、個人ベースでの作業ができるように、頭出しチャンクを板書。テーマによっては、guiding questionsも板書し、盛り込むべき内容のヒントを提供。

制限時間の5分経過で、発表活動。同じグループの他のメンバーに向かってスピーチ。それをもう一人別のメンバーがメモをとる。聴き手は聞くことに徹し、後でメモ書きの補足をしてもよし。これを順送りで全員分。同じトピック・テーマではあるが、微妙に内容にはズレがあるはずなので、メモをとる生徒は、話し手ならでは、の「ならでは情報」に焦点を当てておかなければならない。ここまで終わったら、メモをとった情報を元に、スピーチを再現する。当然、ところどころ思い出せなかったり、間違って書いているところがある。そこで、訂正作業。ワークシートを机上に拡げたままにしておき、赤ペンを持って、移動。自分のスピーチが復元されているワークシートに直接赤で訂正を入れていく。終わったら、自分の席に戻り、修正箇所の確認と音読3回。スラスラ内容が確認できた段階で、そのスピーチのキーワードを最大5語までマーク。主題を良く思い起こして、重要度を考える。他人のスピーチでキーワードをマークし終わったら、今度は自分のスピーチも他人のつもりでキーワードをマーク。ここで、先ほどのキーワード5つを回してもらい、自分の5つと比較。歓声、どよめき、溜息、怪訝顔と、いろいろな反応。今回は導入の第一回目なので、なぜ、キーワードに食い違いがでるのか?という点を考えさせることが主眼。最終的に、板書したそれぞれのテーマに関連した「情報構造」を付け加えて解説。

  • 断片的な情報であっても、情報構造に適った提示の仕方であれば読み手・聴き手は足りないところを補いやすい。文法的なミスがあっても、致命傷にならずに済む可能性が高まる。これに対して、情報構造を逸脱・無視した情報の提示をしてしまうと、情報の受け手は補いようがない。したがって、何度繰り返しても、よほど明確で正確な表現を使わない限り、相手に内容を理解してもらえない可能性がある。教科書の英文から何を学ぶか、生徒同士の発話から何を学ぶか、2学期の授業はとっても大切。

ここで時間切れ。本日の授業はここまで。続きは来週か?体育祭とその代休があるから、結構しんどいなあ。

さて、私がまだ部長をしている、ELEC同友会ライティング研究部会の今年度のテーマは「高校入試ライティング問題を料理する」。

長沼君主先生、工藤洋路先生といった若手を中心とした企画である。私も色々な都道府県の入試問題に目を通したが、今年の切り口はおもしろいと思う。ライティング出題の意義や問題点に関しては、11月の大会に参加して議論を戦わせて欲しいのだが、他の技能・分野でも依然として問題は多い。

東京都立高校の独自入試に関しては以前にも取り上げ、酷評した。今年の出題からも取り上げておく。

独自入試は読解問題の比重が高いのだが、相変わらず脚注を採用しているのは良識のなさを露呈するものである。一刻も早く、側注・傍注に変更すべし。そうでないのなら、その単語だけ英文中の日本語表記にでもしたらどうか?

たまたま目についたのが都立西高(→ http://www.tnet.metro.tokyo.jp/~T091/pdf/mondai/19eigo.pdf)。申し訳ないが、俎上へ。

第3問

put on a play/ take a step/ miserable/ stand on a stage/ play my part/ escape from difficulty/ let 〜 down / encourageなどという語句が注に並んでいる。

問6では、本文の内容と合っているものを四つ選び出来事が起こった順に並べなさい、といって8つの英文から4つを選ばせ、さらに並べ替えさせるという面倒くさい問題を課している。その中の選択肢の一つが気になった。

ヵ. Meg knew that making mistakes was as miserable as escaping from difficulty.

今時のテストというのは、注に載せている語句を含む設問を安易に作るものなのか?注のつく語句が本文ではどうなっていたかというと、

“My junior high school life was a miserable one.” (10行目)

“escaping from difficulty is more miserable than making mistakes in front of people” (41-42行目)

という該当箇所。この本文の段階で、すでに注がついた語句が集中している。意味のわからない受験生がその都度、脚注に目をやって意味を確認して、という作業をする認知負荷に耐えるのも英語力のうちと考えているのだろうか?

この高校は他にも、第4問で「ディベート大会に出場する」話を読ませる出題をしているのだが、そこでの注にも首を傾げる。

  • ディベート (debate):あるテーマについて肯定側 (affirmative side)と否定側(negative side)に分かれて行う討論。大会では最後にジャッジによって勝敗が決められる。

ディベートそのものについて注を付けなければわからないような内容を英語で読ませて何をしようと言うのか?おまけに、最後には「決勝に進んだから、あなたの意見を書け」という紋切り型の出題が待っているのである。「ディベート」というものを初めて見たり聞いたりした受験生にとって公平な出題となっていたと言えるだろうか?数年前、東大の入試で、架空の島の生態系に関する出題がされたことがあった。これは、背景知識・内容スキーマの有無による不公平を防ぐ狙いがあり、その点では好感を持ったものである。この高校入試の出題ではどうなのか?出題者の明確な意図・返答をお聞きしたい。

近年の公立高校入試においては、「みるからに文法問題」という出題は減少しているようであり、そういった変化を背景にして、「適切さ」>「正確さ」というような紋切り型の指摘が、英語教育関係者からもなされてきた。研究会での指導助言者の講評などで、よく耳にするだろう。この部分にいつも引っかかる。

一般に、「適切さ」が求められるのは、useの段階で、「文法的には正しい表現だが、ある特定の場面では不適切」という発話を防ごう、という意図があると思われる。では、この状況の逆はどの程度成立するのだろうか?

  • 「文法的には間違った表現だが、ある特定の場面では極めて適切」というようなuseの場面はどのくらい存在するのだろうか?

という問いかけである。

たとえば、willとbe going toの使い分けは初学者には悩ましい。運用上の正しさを理解し身につけることはもちろん重要である。しかしながら、この2つの項目を使い分ける「適切さ」を身につけるには、それぞれの項目について「正確さ」を身につけている必要があるのではないのか?一歩譲っても、どちらかの項目に関しては正確に身につけなければならないのではないか?多くの現場教師がジレンマを感じるのがこの部分なのだろう。

ここで、「だったら、いっそのこと『多少運用は不自然でもいいから、正確さを身につけさせよう』ということで、高校の3年間を文法指導に当てなさい」、といいたいのではない。運用を、運用の適切さの獲得のためだけに用いるのではなく、正確さを身につける動機付けとして援用することが色々な可能性を拓くのではないか、といいたいのである。運用の結果、be going to をしっかり身につけなければ、と意識することで学習が強化され、自動化に近づくことがないとはいえないだろう。習熟・習得すべき項目を意識したら、TBLTにならない、などといつまでもエリスやウィリスの顔色を窺ってばかりもいられまい。所詮理論は灯台のような存在でしかない。自分の位置、目的地を見失わないことが大切。

上述の都立西高の「ディベート」に関する出題に限らず、高校入試の読解系の出題でも「運用」や「現実の使用場面」を殊更意識した出題が増えてきた。見通しは得られつつある。ただし、その必然性は?という問いに答えられそうなものはまだまだ少ない。ましてや、申し訳程度に「ライティング」の出題を付け加えているようでは、光は遠い。

夕食は私のリクエストで地元サビエル・カンパーナの食パンで焼きそばパンを作ってもらう。コーヒーとで軽く済ませる。最近コーヒーはずっと、松山にある「ジャルダン」というお店の豆を通販で取り寄せている。コーヒー好きなら一度は試して欲しい。

本日のコーヒー:ブレンド参番/ル・ジャルダン・ドゥ・カフワ

本日のBGM: Sweet Jane ( Mott the Hoople)

tmrowingtmrowing 2007/09/06 22:13 一部字句修正加筆。

2007-09-05 ♪一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる♪

今日の高3は、文整序段落完成。学習合宿で扱ったものより、やや難しい素材。「知性は遺伝する」話。一人一文担当で、音声中心のやりとりで順序を確認し、グループ間での比較を経て整序。詳細は教師の範読を聞いて確認。その上で音読。センターの過去問を解く際の、目の付け所は与えられたので、単なる過去問の答え合わせに終わることなく、英語力養成に寄与することでしょう。

問題は2年生。Dictoglossもどきの手法で導入。ペンを置き、全文を聞き終えてから、メモを書き出す。2回やってグループで情報交換。1文聞き終わってからペンを取り、書き出す。最後までいったら情報交換。次に、一人一文を与え、担当者会議で意味と発音を確認した後、それぞれがグループ内で読み上げ、それを書き取る。最後は、机の上に一文を拡げ、筆記用具を持たずに他の文を見に行き、覚えて帰ってきて自分のワークシートに書き出す。音読をして、スラスラ言えるようになったら、裏面に清書。

夏期休業中に「発音熟達度チェック」(島岡丘先生開発のもの)を与えて練習させておいたのだが、体育祭空けにビデオ取りすることを告知。授業の終わりに、「この段階でできていることと、今年度の終わりにもう一度やってできていることに変化が無ければ成績は上げられない。」と言う話をしたら、鼻で笑う輩がいて、激怒!特別クラスにいるにもかかわらず、授業に集中して、その授業でやっていることをできる限り身につけようという意識がないから、いつまで経っても進歩がないのだ。勉強をなめるのも大概にした方がよい。徹底的に釘を刺しておいた。

同僚の先生からは、「高3から受験レベルの物語文」の指導方法で相談を受けた。これは私も悩みながら試行錯誤の状態。一番いいのは、自分で物語や小説を書いてみることなのだろうが、時間が足りない。高1、高2レベルでの私の過去の実践例から一つ紹介、セルハイで読解を主として扱っている高校の資料から抜粋。他には、5分間ミステリーとか、2分間ミステリーとかの短くて、読者の持つスキーマに依存できないタイプの読解を課すことのできる素材を紹介。何か、いい指導法をお持ちの方、情報お待ちしています。

別の同僚からは、「教師がリスニング力を伸ばすにはどんな教材があるか?」と言う相談を受け、podcastingとか、DVDで字幕の出る映画でおもしろくて英語がわかりやすいものとか、あれこれ話していた。「やっていくうちに自然に身に付くものはないものか?」というdemandingな問いに対する直接的な答えは残念ながら持っていない。やはり、スキルを向上させようというのであれば、トレーニングの側面は消えないだろう。

さて、トレーニングと言えば、先日ブログのコメントで、

  • 英語を使えるようになるのも訓練なのか?
  • いつごろ(から)、英語を職業にしようと思ったか?

という少しタイプの違う2つの問いが寄せられたので、暫し考えてみたい。

まず、最初の質問。これは、「使える」というレベルと「訓練」の質とがかなり曖昧ながら、答えはYes.でしょう。一部の帰国子女・海外在住子女の言語獲得を除けば、ほぼ全ての外国語は訓練により習熟していくものであると考えられます。スポーツにたとえる人は結構多いのですが、野球の千本ノックをひたすら受けるというよりは、ゴルフの素振り、打ちっ放し、コースデビュー、大会参加、というように、よりdemandingな状況にさらされつつ、その前の段階の基礎を徹底して固めていくというような習熟をイメージした方がいいように思います。基礎の徹底、は必須です。タイガー・ウッズやアニカ・セレンスタムでもスイングをチェックするコーチが必要なのですから。

では、実際どのように訓練で英語が使えるようになるのか?という問いには、「使える」中身の記述を考えることが役立つと思われます。いわゆる、Can-do statements (CDS) です。

数多ある、Can-do statementsの中で、私は相変わらず、Canadian Language Benchmarksの基本的な枠組みを高く評価するものです。身近で単純化されたコミュニケーションの場面での言語使用から、やや複雑な状況での言語使用、さらには高度な言語運用が求められる状況まで大きく3つの段階を想定し、その中で、初歩的、やや発展的、充分な、流暢な、とそれぞれのスキルが習熟していく様子を4つのレベルで記述していく発想が秀逸です。決して発達段階がリニアに右肩上がりにはならないことをよく分かっているのですね。

(この枠組みの特徴は90年代の暫定版の方が顕著に現れていたと思います。現行の2000年以降版は、global standardを意識せざるを得ず、個性が薄れた気がします。)

先ほどのゴルフの例えで言えば、

  • 素振りの段階で、なんとか振れるレベル、かなりスピードと方向が安定してきたレベル、素振りだけ見ればゴルファーだとすぐわかるレベル、申し分ないスイングを身につけたレベル、と習熟してきても、実際にボールを打つ段になれば、なんとか当たるレベルのスイングとなり、一見技術が逆戻りしたかのような発達段階を示すものです。そこから、確実に前に飛ぶレベル、遠くにとばせるレベル、正確に距離をコントロールできるレベルというような習熟を見せるでしょう。では、実際コースに出て、いろいろなライで、さまざまなコースのレイアウトでボールを打つとなれば、それまでできていたはずのレベルではボールが打てない、コントロールできないなど、より高次の実力発揮が求められるわけです。

ここではスポーツのトレーニングの比喩を用いましたが、言語の運用であれば、「人」を相手にすることが多いので、「一人でもできる訓練」と「相手がいないと成立しない訓練」とでは異なる配慮が必要となるでしょう。

以下、Theoretical Framework Finalより抜粋しておきます。SLA研究の先進国であるカナダで、「成人の第二言語習得の自然な発達段階を記述するに充分なモデルは現在のところ得られていない」と言っていることは注目すべきだと思うのですが…。(ここから理論的枠組みはダウンロードできます→ http://www.language.ca/display_page.asp?page_id=257

2.4 The relationship between language development and the progression of the Benchmarks

  • The CLB scale does not claim to reflect the “natural” sequence of ESL development./The CLB is based on a theory of language proficiency rather than on a theory of second language acquisition: an adequate model based on a description of a natural sequence in the development of adult second language acquisition is not available./The CLB scale does not imply linear, sequential, additive or incremental learning/acquisition processes./Language learning and acquisition are not just cumulative but integrative processes./The CLB proficiency framework makes no claims as to when and how specific language features in the competencies should be achieved. Its focus is on description of the outcomes, not on the process and the timing to achieve them./The hierarchical structure of the Benchmark stages implies progressively demanding contexts of language use./Proficiency development is described as the increasing ability to communicate in progressively demanding contexts of language use (see Glossary - "demanding contexts of language use" for examples). Such contexts require increasing levels of quality of communication (e.g., accuracy, range, fluency, appropriateness and an increasingly more sophisticated relationship between function, form and context).

直接的な答えとはならなかったかも知れませんが、考えるヒントとなれば幸いです。

二つ目の質問。いつ頃から、仕事にしようと思ったのか?これは、大学2年生のときですね。大学の教科教育法でW先生の講義を聴き、「私がやらねば誰がやる!」とキャシャーンばりに意欲に燃えた次第です。学習者としての私のバックグラウンドは、過去ログ(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050307 から http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050313 までの6回分)を参照して頂ければと思います。疑問点はコメント、メール等でお寄せ下さい。

今日のタイトルは「365歩のマーチ」から。では、ここでクイズです。

この原則に従って進んでいくとすると、365歩前進するためには何年かかる計算になるでしょうか?

本日の夕飯は秋刀魚。蓮根と水菜のサラダ。妻に肩と背中の整体をしてもらい、少し楽になる。

明日はゼロ限から授業。早起きします。

本日のBGM: The Climber (Neil Finn / One Nilより)

2007-09-04 「地球は青かった」

2学期授業開始。体育祭の日程が急遽早まった関係で、午後は授業カットで体育祭準備。時間割変更もあり、けっこう慌ただしい。

今日は1年進学クラスで、学習合宿の続き。Marco Poloの復習から。案の定、最初の一文だけしか再現できないのだなぁ。前回と違うグループ割りにして記憶を頼りに復元作業3分間。その後、内容に関わる質問を3つ与えて、Q&Aの形で英文を引き出し、repeating。根比べですな。

今日、新たに扱ったのはYuri Gagarin。5文で1段落。少し1文が長くなり、最後の文は高1では結構大変。Howeverを安易に利用したグループは、最終文を落ち着けられずに、撃沈!

英文は以下の通り。

  1. It is over thirty-five years since man’s first flight into space.
  2. This was performed by the Russian, Yuri Gagarin, a farmer’s son and father of two.
  3. Gagarin became a folk hero not only to his own people but also throughout the world.
  4. His life was cut short in a tragic plane crash in 1968.
  5. However, his name is kept alive in the many streets and parks that were named in his honor around the world, the world he was the first to see from so far above. (87 words)

最終的に流れを確認した後で、質問して答えを引き出しながら、解説を加える。生徒のレベルやレディネスに応じていくらでも仕掛けは作れる。一例を示す。

  • 第1文で話題提供。現在時制に着目させる。
  • 第2文で主題に入る。Thisはman’s first flight into spaceを受けるのであって、flightだけを抜き出しても理解したことにはならないことを強調。その読みができていれば、performedの受け身のパラフレーズは、doneでもachievedでも幅が広がる。日本語のイメージであれば「遂行」という字句の持つイメージに近い。本文から離れ動力初飛行は誰?と問うてライト兄弟を引き出し対比させる。過去時制のwasに着目させる。同格の名詞句を、新たな登場人物だと思わないのはandの使い方と冠詞であることに触れる。特に、a farmer’s son and father of twoでaが一つだけであることに着目。
  • 第3文は「成果・達成・変化」を表すのだが、その目印は?と問うて、becameを引き出す。A folk heroの部分は「四角化で視覚化」でheroを確認した上で辞書でfolkを引かせて、「大衆・庶民」のイメージはその前のどの語句のイメージを受けているかを問う。その上で、「偉業」であることを強調するしかけはどこに表されているか、と問い、not only A but also Bを引き出すが、これは公式で覚えるのではなく、AとBの関係性・論理的なレベルの差を把握することの重要性を指摘。ここでは、Aには「人・対象」Bには「範囲・舞台」という名詞の枠組みの段階でズレがあるので、Aをto the Russiansとパラフレーズするだけでなく、 in Russiaとしても同じ論理展開になることに着目させる。
  • 第4文のHis lifeを「彼の人生」と済ませるのではなく、「世界的なヒーローとなったガガーリンの人生」という前文までの文脈を踏まえた理解をすることの重要性を説く。その上で、was cut shortの受け身、さらにtragicという語がそれぞれ、本人も望まないネガティブな結果、つまりdeathとのコントラストを生んでいることに着目させる。
  • 最終文はその「悲劇的な死」とでもいうべきものを述べる前文との対比で、howeverが用いられている。では、何が対比されているのか?と問い、aliveに着目させ、「彼の死後も残るもの」=「名誉」を引き出す。彼の名を残し、忘れないため、ならなぜin his memoryではなく、in his honorなのか?と問い、「偉業」という伏線に戻る。最後のthe worldの同格での接触節は不定詞句を含む勘所なので足跡を確認するため板書し文構造を確認。この同格で用いられているthe worldは一語で言い換えると何になるか?と問い the earthを引き出す。その上で、ではなぜ、筆者はthe earthではなく、同格でthe worldと言っているのか、という「劇的効果」を解説。最終文で現在時制になっていることを再確認。
  • 全体と部分との縦糸・横糸を踏まえた上で、グループで全文の音読。

一応教材研究の段階では、上記を全部準備しておきますが、これを全部やっていたら、1時間なんてすぐ経ってしまいます。生徒の反応を見つつやることとやらないことを見極め、次の活動・作業へ進んで、また時々戻ってというサジ加減です。でも、最後に英語を残すためにはどうすればよいか、いろんなやり方があってしかるべきでしょう。私の指導の力点は「書き手の視点」から再度英文を読む、という英作文的読書にあるので、こういう一見重箱の隅をつつくかに見える読みも年間を通じて一定回数取り入れています。

明日は高2オーラルと高3のセンター対策。まずは、学習合宿の復習から。上級生の成長に(かすかに)期待。

夕飯はチゲ鍋。最後はうどんで〆。夏バテ解消となるか。

本日の晩酌:京の春 大吟醸 あらばしり斗瓶囲い・徳島県阿波特A地区全量山田錦

本日のBGM: Bluer than midnight (The The)

2007-09-02 To the lighthouse

Nikkei Weeklyのpodcasting番組の人気企画だった、interviewが終了した。残念。26回も続いただけでもよしとしなければならないだろうか。サイトはこちら→ http://blog.eigotown.com/podcast/nikkei/

インタビュアーにピーター・バラカンもいて親近感があったことも作用しているのだろうが、山口に来てからは良く聞いていた。

ビジネスパーソンに訊く、という企画であり、即高校で使えるレベルではないので、そのままでは教材に向かないだろうが、サイトでスクリプトを確認出来るところは、談話を辿り意味づけをするのに便利である。ここでいう「談話を辿る」というのは何もdiscourse analysisを計量化するというようなことではなく、学習者にとって何が談話を辿りにくくするのか?聴き手にとって辿りにくいのでは、と思われた時、話し手はどのような対応するのか、というような考察を加える、という程度のことである。

ベネッセの大学受験用教材「東大特講リスニング」を作成した時に、久保野氏と最も腐心したのが、

  • 実際の講義は60分から90分。15分のチャンクとしても4から6セット。その中に大きな流れがあり、相互参照や要約が行われる。それに対して、東大のリスニングテストは1つの談話がせいぜい5分間。相互参照させるには量が足りない。難しい概念を提示し、易しくパラフレーズする、前言の不備を補足・修正する、否定・撤回して言い直す、予想される反論を予め提示し、却下した上で焦点化された情報を提示する、思い出した話題に戻って確認するなどといった工夫をしなければ設問での錯乱肢が作りにくい

という点。プロの英米人ライターは、ライティングとして非常に通りの良い、明晰でstraightforwardな文章を書いてくる。当たり前といえば当たり前なのだが、これにダメ出しをしなければならない。ある意味artificialでgimmickyな要素を盛り込むために改編する作業を納得してもらわなければならない。このような過程を経て作成された素材はオーセンティックではないが、そこで要求される技能は「活きた」技能となっているのだ。いきおい編集部泣かせでもある。市販の教材ではほとんどモデルとして機能しないので、現場教師としての経験値を頼りに新しく作るしかなかったわけである。グランドデザインの確かさに加えて、制作スタッフとして関わってくれたK先生、U先生など力のある先生のサポートあればこその教材である。

Nikkei Weeklyのインタビューは、長短はあるがおおよそ15分前後。このスクリプトを眺めて、おもしろそうな部分を抜き出し、教材化することは可能であろう。

たとえば、次のコンチネンタル航空のmanaging directorであるCharles Duncan氏へのインタビューの冒頭に着目して欲しい。(http://blog.eigotown.com/podcast/nikkei/2007/07/vol21_charles_duncan_continent.html ;音源もダウンロード可能。再生して約3分くらいの部分からインタビューが始まります)

この対話では、ピーター・バラカン氏からの質問に対する答えをすぐには提供していない。

8都市という数字は出すものの、whereに対応する具体的な答えは引き延ばされる。他社は3大都市就航という情報を踏まえさせておいて、自社の特異性を強調し焦点化。またその途中で、大阪には就航していない、という情報も補足しつつ、日本人にとってグアムがアジアのハブ・拠点空港であり、アメリカ人にとってのカンクンに相当するとまとめている。

このような構造を持つ談話を聴き取り的確に理解するためには、その下位技能をどのように設計しておけばよいだろうか?どのような基礎練習が必要だろうか?さらにどのような談話に関する基礎知識が必要だろうか?と考えることで、概要を授業者がselectしてあげる、今風の「お膳立て型概要把握リスニングコンプリヘンション」の不備を補うことができるのではないかと考えている。

「東大特講リスニング」は市販教材ではないにも関わらず、補習・補講で使ってくれている高校があるようである。入試対策としてだけでなく、「概要把握の一歩先へ」繋げるリスニング指導のためにも、「ポイント特講」で示される内容をしっかりと補足していただけると教材作成者として嬉しいものである。

(教材の詳細はこちら→ http://tk.benesse.co.jp/t_lecture/material/zkha0.html

ピーター・バラカンといえば、1986年のリチャード・トンプソン来日ライブのときに、渋谷の駅前会館上のLive Innで、私のちょうど前のテーブルでひたすらビールを飲んでいたのを思い出す。この時のライブは本当に良かったなあ。パートナーはLoudon Wainwright III。この人を日本で覚えている人ってどのくらいいるのだろう?

夏休みもいよいよ終わり、明日から2学期。さまざまな原稿執筆の締め切りに追われるなか、わずかな時間を頼りに以下の本を読み進めている。

  • 小西甚一『日本文藝の詩学 分析批評の試みとして』(みすず書房、1998年)

去る5月に逝去された小西氏の単行本。1960年代から70年代の論文を再録したものなのだが、読み応え充分である。私の世代では『古文研究法』(洛陽社)の著者として多くの文系志望者が学生時代に親しんだ記憶がある名前だろう。名著の誉れ高い『日本文学史』(講談社学術文庫)も復刊されていることを最近知り遅ればせながら読んでいた。前々からジュンク堂の書架を見るたびに気になっていたこの『日本文藝の詩学』を先日やっとの思いで購入したのだった。明晰な論理。首尾一貫、理路整然。揺らぐことのない芯。

冒頭の二編で、3200円の元は取りました。

一部を抜粋。

  • そもそも批評は技術である。技術は、素質と練習の和もしくは積であって、どちらか一方が不足なときは上達しない。誰が試みても、指示どおり実行すればかならずその理論が約束する結果に到達出来る--- といったような性格の理論を追求するのが学術だとすれば、批評は学術ではない。(pp.34-35)
  • 「定石を習ってから、かえって碁が弱くなった」という歎きを聞くことが少なくない。これは、習いかたが悪いのである。定石を習って弱くなるのは素人に限られる。玄人の碁打ちで、定石を知らない者は無い。(中略)要は、定石を「知っているだけ」だから碁に負けるのであって、定石を実際の局面に生かす練習が伴うとき、はじめて勝率が上がるはずなのである。(p.35)

それ以外には、

  • My Father’s Suitcase

Orhan Pamukのノーベル文学賞受賞記念講演。トルコ語を英語に翻訳したFaber & Faber版。853円也。邦訳は1890円などと法外な価格なので、翻訳とはいえ英語で読むのがまだ健全でしょう。物語と小説の違いを考えていたところだったので、この講演はおもしろく読めました。村上春樹がとっていたら、どうなっていたのだろう?などと考えもしますが…。

  • 一龍斎貞水『心を揺さぶる語り方 人間国宝に話術を学ぶ』(生活人新書、2007年)

前口上の「人が何者かになるとき、自分一人の力でなるなどということはできないものです。」という言葉を立ち読みして購入。新書と侮ってはいけない。歌舞伎、能、狂言、落語、そして講談。日本の伝統とする話芸に学ぶことは多い。少しだけ引用。

  • 我々から見ていて、お客様がもっとも拒絶反応を示すときというのは、はっきりしている。らしくない話し方をするやつが出てきたときです。(p.12)
  • 話を聞いているときには、本を読むのと違って、頭が疲れても一休みするわけにはいきません。だから、その一休みの場面を語り手が用意してあげなきゃいけないんです。(p.63)
  • 盛り込みたい言葉を多少削ってでも、リズムを良くした方がいい場合もあります。(p.96)
  • 人の心が動くのは、詳しく説明されたときとは限りません。共感したり、自分で考えたり、我が身に置き換えて想像したりしたときです。(p.113)
  • 声柄というのは、持って生まれた、その人が武器とするべきものの一つです。無理に変えようとすることはありません。(p.164)
  • 人から誉められたことは早く忘れた方がいいです。逆に、失敗したこと、人から叱られたことは一生覚えていなきゃいけません。(p.176)

読書の秋、少しは本を読む時間的余裕を持ちたいものです。ヴァージニア・ウルフでも読み直してみようか。

世界陸上の女子走り高跳び。ブランカ・ブラシッチ(クロアチア)の骨格のバランスに驚く。体幹の重要性はこういう人にこそ現れる。命名のエピソードを聞いて、親の想いもDNAのように受け継がれるのだな、と感じた。

本日のBGM: One Man Guy ( Rufas Wainwright)

tmrowingtmrowing 2007/09/02 22:19 内容一部加筆修正。

みゆ猫みゆ猫 2007/09/05 08:03 tmrowing先生の精力的な取り組みには、いつもながら参考になるところ大です。東京大学の入試問題にはいくつもの側面で知のエッセンスが詰まっているとうか、本県の指導主事もよくそのことに言及します。システマティックな積み上げの努力も必要で、単なるクイズや知識の蓄積だけでは解けない柔軟な頭が必要な良問揃いで、それでいて、いや、それだからこそ使える英語の指導と受験指導のベクトルがそう「ぶれ」ない「理想型」なのだと。しかし、これをわかってくれる高校教員が少ないとかなんとか…。東京大学なんか関係ないと、自分で自分を門前払いして進歩が見られない。ヴァージニア・ウルフが「何気に」出てきましたが、”To the Lighthouse”とは『東大へ』に(無意識のレベルで)掛けたのでしょうか?

tmrowingtmrowing 2007/09/05 11:39 みゆ猫さん、コメント深謝。皆が皆、「東大へ」と横習えする必要はないのですが、教師の視点で入試問題を「料理」しておくことは大事だと思っています。ヴァージニア・ウルフは、東大の阿部先生の書評(『書評空間』)で取り上げられていて、気にはなっていたので、タイトルのもじりに活かした次第です。お粗末様でした。

2007-09-01 ”Amateur Academy”

今回、高校・小学校・中学校と続けて指導要領の改訂に向けた中教審の提言が報じられたことを受けて、英語教育の専門家は概ね穏当な反応しか示していないようだ。メディアも提供された情報をただ垂れ流すだけで、「この中教審の提言をどう評価するか?」という問いを向ける相手を探そうとはしない。議論が深まりもせず、突き抜けもせず政策が実施されるのを他人事のように待つのはゴメンである。

中教審の外国語専門部会の委員名簿は以下で公開されているが、2005年のものである。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/05062009.htm

今年度はどうなのか?このままなのか?今年の7月27日の議事録で確認出来る委員はこちら。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/015/07072001/001.htm

昨年の第15回会議での委員の発言から抜粋。

→ http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/015/06080203.htm

  • 子ども達は英語は大切で,社会に出て必要だと感じているが,それにもかかわらず英語の授業はあまり好きではないと言っている。他教科に比べ,塾などの習い事も英語が多い。今の授業が子どもや社会のニーズとずれていることが問題であり,その中で授業時間数について議論しても無意味である。指導方法を改善していく中で授業時数が不足しているということなら説得力がある。小学校英語導入の議論は,小学校で英語を実施するかどうかだけでなく,英語教育全体の改善をどうするかということにつながっている。

確かに英語は塾・予備校・通信講座などの利用率が高いだろう。しかしながら、中学高校段階で「コミュニケーション能力」をつけるために塾通いしている生徒の割合は把握されているのか?

  • 高等学校部会においては,現場の先生の中から,従来の英語教育でよいのではないかという意見も出されているが,文部科学省は過去の英語教育の問題点を根本的に変える方略を作ってきた。しかし,現場教員の中にある「従来の英語教育でよい」という考えが,改善の推進を妨げている。秋くらいには,部会としてきちんと方向付けをする必要がある。文部科学省は時々腰が引けているところがあるように感じることがあるが,今回提案されている資料からは,積極的に取り組もうという姿勢が感じられる。一般の関心も高いことから,マスメディアもこの問題をどんどん報道している。

「過去の英語教育の問題点」と簡単に片づけてはいけない。現行の指導要領を作った人たちの責任はどこに行ったのか?傍聴はマスコミだけに制限し、プレスリリースを意図的に行う会議のあり方をこそ変えて欲しいものだ。

  • 文法の専門家といっても,生成文法家や第二言語習得論分野の人材は,教育に関心はないと明言しているので,教育的には関連性が薄いであろう。改善の方向性は,知識はあるが使えないという問題への解決策にはなっているので,その意味では前進であるととらえることができる。しかし,コミュニカティブに話すことはできるが,応用が効かずしっかりした英文が作れないという問題への解答になっていない。次の段階としては,両方の悪いところを是正するような形での方向性が出てきてほしい。can_doで示すような機能的なことができるためには,その前に基本的な語彙や文法が必要であるというところが見逃されている。それらの両方を融合するのが次のステップである。改善について,ある意味で目標の方向性のレベルを上げたということであって,そこへどのようなプロセスで到達するのかという示唆が見られない。その部分をもっと煮詰めてほしい。

こういうまっとうな発言はメディアでは取り上げられることがないのだ。1社くらい、1記者くらい、食らいついて取材を進めても良さそうなものだが、その程度の価値さえ「日本の英語教育」にはないということなのか?

事務局(=文科省側)の発言はこちら。

  • 先ほどの「オーラルを重視しすぎるのは危険」という意見については,高等学校部会で出された意見ではあるが,現場の先生の意見ではないので,念のために申し添える。「オーラルの指導を重視しすぎるのは危険」という意見は,大学の専門の教科を担当している委員からの意見である。

頑張って下さい。

とにかく「世間」から信用されていない「英語教師」である我々は、英語教育の専門家・実務家として情報をきちんと把握し、言うべきことは言う時期ではないのか?

少しさかのぼって、05年3月の第6回会議から、「書くこと」に関する委員の発言を抜き出してみる。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/gijiroku/015/05032201.htm

  • 書くことについて,英語の公開授業を見ていると,一見華やかなスピーキングが多く,地味な書く,読むといった授業はされていない。また,授業では文を書く訓練は行うが,ある程度まとまった文章を書く訓練についても系統立てされた授業がほとんど行われていないように思う。教科書の構成等も会話中心から,長文を取り入れるような工夫が必要である。

系統立てた授業をするために「ライティング」というカタカナ語の科目を独立させたのではなかったのか?この委員の発言がきちんと理解されていれば、独立した科目の内容を整備するという真っ当な改善策になったろうに。

  • 自分の思ったことを発信するには,単語,センテンスの十分な蓄積がないとできないが,その蓄積を行うためには,今の中学校・高校の教科書では,量が少なすぎる。

至極真っ当な意見。一般のメディアは誰も取り上げない。量に関しての議論では「必修語」の問題と「総語数」の問題と「繰り返し」の問題をクリアーする必要とがあるのだが、なんと言っても、「語彙『数』」などという言葉がそのまま報じられてしまうレベルである。(この点を指摘した数少ない専門家は→ http://d.hatena.ne.jp/umamoto/20070831

  • 現場にいて,内容のまとまりのある一貫した文章を書く力がないのは実感している。ただ,子どもたちの中には,読みにくいものの,内容としては一貫した文章を書く子もいるので,文書を書く力という時に,どのようなものを目標とするのがいいか考える必要があるが,そのような文章を書く訓練が高校段階までなされておらず,大学入試の前に小論文の訓練を付け焼刃的に取り組ませているのが現状である。まとまりのある文章を書く力は,訓練すれば身に付くものなのだが,そこで大切なのは,なぜ文章を書くのかを生徒に,はっきりと示すことである。入試のためだ,では伸びない。読むことに興味があって,読んだこと,議論したことに対して自分の意見を書こうという意欲をもったときに力が付くと思う。そこで,教員については,こういう授業をしたからこんな文章が書けるようになったと理解させるような,コミュニケーション活動の中に目標をもつ指導法を身に付ける必要があると思う。

「入試のためだ、では伸びない」まではいいでしょう。でもなぜ、いつも「書くこと」の指導は「読み」に逃げるの?では「読むこと」の指導はどこに逃げるというのか?昨年しつこく『読み』について発言し、『英語青年』でも持論を述べたのだが、「書くこと」の指導と誠実に向き合っていれば、「読むこと」の指導の改善は否応なしについてくる。ただ、それは最初から「統合」してとり組んだ成果ではない。Training specificationというのは運動生理学の世界では常識なのだが、言語習得の世界では当てはまらないようだ。この委員の発言に対しては、次の言葉を返しておこう。

「書くことに興味があって、あるテーマ、ある話題、ある相手に対して自分の意見を書こう、という意欲を思った時に、もっときちんと読もうとする」

書くこととは直接関係ないが、いかにもな発言がこちら。

  • 教科書の在り方を検討する必要がある。中学校の教科書は,学校文法で構成され,自然なコミュニケーションが展開できるような文章となっていないので,これまで大事にされてきた学校文法をどう改めていくかが課題だと思う。また,高校では,トピックがいろいろ載せられているが,授業のたびに違う内容となり,語彙の定着が難しい構成となっている。特に高校では,生徒が語彙を予習し,英文が読めることを前提としているので,1度英文を読むとそれで終わりとなり,繰り返し読むことがないので,生徒に繰り返し読む動機付けを与える指導が必要である。読めばディベートができるのではなく,タスクやプロジェクトを与え,ディベートをするために同じ内容,関連した内容の文章を繰り返し読まなければならないという状況を設定することだ。そうすれば,英語がコミュニケーションのツールという発想も生まれてくると思う。

なぜ、すぐに「ディベート」をやりたがるのか?たとえばfirst constructive speechを準備するためには、きちんとしたライティングの指導は必要ではないのか?ディベートをすると英語がコミュニケーションのツールとなる?ちょっと待って下さい!「英語でのディベート」は日本の教室にいる生徒のコミュニケーション・ニーズを満たしていると本当に考えているのか?満たしているのは「コミュニケーション能力養成ニーズ」でしょう。なぜその部分を本気で訴えないのか?

高校英語批判で「大学入試」を持ち出す有識者は、全国の高校生の約半数は大学入試が学習の動機付けとはなっていないということを全く認識していない。たとえば『新英語教育』(三友社出版)を読んだことがあれば、全国の中学校・高校の英語教室の実態を少しは多角的・多面的に捉え直すことができると思われる。

ただ、私もこうして英語教育の世界の身内だけの批判で安心していられないことが、次のような動向から感じ取れる。このような動きに敏感でなければ、どんどん土俵は狭められてしまう。

言語力育成協力者会議(第8回)配付資料

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/036/shiryo/07081717/004.htm

「77年改定」を受け、中学校英語の「週3体制」が始まった1981年に、「中学校英語週3時間に反対する会」は約4万人の署名を集めて国会に請願を行った。当時の状況、とりわけノンポリよろしく冷ややかな対応をする英語教師の話を師匠に聞いたことがある。

全国の英語科教育法が開講されている大学の図書館や担当教官の研究室には当時の『英語教育』(大修館)、『現代英語教育』(研究社)、『新英語教育』(三友社)、そして『英語教育ジャーナル』(三省堂)のバックイシューがあるだろう(たぶん…)。

「これからの英語教師」を志す若い世代には一度はこの当時の英語教育界の動向を眺めておいて欲しいと思う。

歴史は繰り返すというが、歴史から学ぶということは、過ちを繰り返さないことでもある。

本日のBGM: NO. OH (Moonriders)

umamotoumamoto 2007/09/02 12:24 トラックバック深謝。迷い道くねくねの日々ですが、今月は久し振りに歴史の会があるので、東京で気持ちを新たにして来ます。

tmrowingtmrowing 2007/09/02 14:39 前日記事の渡辺真知子、わかっていただけて深謝。マスコミにだけ頼っていては、世間に正しく英語教育の姿を伝えることが難しいと思っています。先日、東京でriverson先生にお会いして、「学校文法の有用性」の話の中で伊藤先生の名前が出て、歴史の重さというか、歴史を作ってきた人たちの想いを受け継ぐ責務のようなものを感じる今日この頃です。歴史の会にも顔を出せる位余裕が持てればよいのですが…。

tmrowingtmrowing 2007/09/06 23:06 リンクに不備がありました。謹んで修正。