英語教育の明日はどっちだ! TMRowing at best Twitter

2012-05-31 self-government

正業の実作は午前中のみ3コマ。

避難訓練と全校集会で午前中は短縮授業。

ということで合計30分の授業時間が削られてしまったのであった。

商業科2年は、オープニングは「仕込み」の対面リピートから。前時の復習で「音の繋がり」。リソースが分散するような練習メニューでも、きちんとこなせることが大切、と念を押す。文法項目に関しては、このレッスンで扱う大まかな項目に沿って、8つの例文を提示することを予告し、そのうちの3つをディクテーションで、1つは辞書指導に絡めて提示。四角化では、「ワニの口」に相当するひとかたまり、という頭の働かせ方を確認して終了。

進学クラス高1は、CEFR-Jのリストを見て、自分の現在地を確認する時間をとってみた。やはり、「書くこと」での Pre-A1に相当する「技能」の記述が貧弱。文字習得の発達段階に関する議論がまだまだ必要だということではないかと思う。

詳しくは、http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/tonolab/cefr-j/download.html をご覧いただき、使用許諾を受けダウンロードして下さい。

進学クラス高2は「リーディング」で多義語の文脈の中での把握。

“meet” の語義の説明で、 ”parallelogram of forces” の話しをしようと思っていて忘れていた。

  • the point where two lines meet

とか、

  • the point where one line cuts across the other

とか使えると便利は便利。

次回はいよいよ “sentence meaning” です。乞うご期待。

職員会議があることを想定して、本業の練習は休みにしていたのだが、会議そのものが中止となったため、早退して帰ってきた。

夕方からは自治会全体の交通安全関連の会議。自治会長としての仕事です。

総会での教訓を生かし、今回は、腹ごしらえをしてからの出席。

会計・決算報告と事業・予算計画などを聞く限りでは、交付金・助成金・補助金を前提とした「前年並み」「例年通り」といった「保守的」な取り組みで、疑問符がいっぱい浮かんだのだが、一つだけ質問をして帰ってきた。帰宅したら、いつもの就寝時間。

気分を変えるために、晩酌。つまみはなし。

初めての銘柄だったが、コストパフォーマンスに優れた一本。

珍しく遅くまで起きていたので、「大飯原発再稼働へ」というニュースを見ての感想。印象批評。

「民意」の後押し、「大戦」に打って出るなどと、決断し実行する政治を売りにして来たのに、「事実上の敗北宣言」までをえらく格好良く演出する市長、その市長の人気にあやかった任期一年目で意気軒昂だった割にはあっさりと「権力」の前に引き下がってきた知事は、自分たちが口にしてきたことばを悔いてはいないのだろうか。

本日の晩酌: 百楽門・中汲み純米大吟醸生原酒・備前雄町50%精米 (奈良県)

本日のBGM: I can’t go for that (no can do) / Daryl Hall & John Oates

2012-05-30 ”Love doesn’t fall out of a magazine.”

商業科2年は、「仕込み」のA, Bを個人でのリハーサル、対面リピートまで。対面リピートは、3つセットで連続で行うというもの。仕込みシートは、縦半分に折って、表裏で日→英が行ったり来たりドリルできるように作ってあるので、日本語側を自分に向くように、顎の下に持つけれども、3つ連続で思い出せない時に、1度だけ日本語側を「チラ見」してよいというルール。「単語」のAは2分で、「連語」のBは3分で、何ペアできるか。上位者が飽きないようにお膳立て。

Bの仕込みで2例追加。

  • (「人」を) お見舞いに病院に行く visit + 人 + in the hospital
  • 退院する leave the hospital

その後は、「強勢」、「発音と綴り字」で、基礎の徹底。去年もほぼ同じことを、私がやっているんですけれどね。定着には時間だけではなく、身につけようという意識が必要ですから。

進学クラスは高1の英語I と高2は2コマかけてリーディング。

高1は、自動詞・他動詞、目的語関連を私の定番教材で。

  • 田舎に住む   live in the country
  • 田舎の友人を訪ねる visit a friend of mine in the country

での in the countryの働きの違いも考慮に入れています。比較の対象として、

  • call a friend of mine in the country

という表現を考えた時に、「田舎で、友人に電話をかける」という解釈が可能となること

  • stay at a hotel by the river

で、 “stay by the river” という部分をわざわざ抜き出すことは稀で、やはり “a hotel by the river” というまとまりを取り出すのは、「自分がこれまでに生きてきた中でストックしてきた意味の整合性」によるもの、という話し。

  • イモを掘る、地面を掘る、穴を掘る
  • お湯を沸かす、味噌汁を温める
  • (窓) ガラスを割る、骨を折る
  • 傘を畳む、腕を組む、紙を折る

など、結びつきの実例での日英比較です。

用語で誤魔化さない、「衒学」で煙に巻かないということには配慮します。

  • 目的語をとらない動詞が自動詞
  • 目的語をとる動詞が他動詞

とかやっていると、

  • では、「目的語」って何?

ということになりますから。

「動詞」の意味というものを、もっと本気で自分のものにしましょう、実感が持てるまで実例を生き直しましょうというような話しで終了。

そう考えると、高2のスモールトークで、「接頭辞」の話しをしたのは必然だったのですね。

本当に毎年、高2から高3でしています。

高2は、継続して、Senior Swanの練習問題でトレーニング。文脈からの類推。「L版」の活躍するところでもあります。開拓社はここだけ作り直して発売してくれないかな。

放課後は、近い方の湖へ。

私以上に熱い指導者が一人。

勉強させてもらいました。

明けて、水曜日は飛び石4コマ。

高3ライティングは、「ナラティブ」の続き。時制の統一、使い分け。GWTのこの課題も、今ならもっと良いものに書き換えられるのになぁ…。

商業科2年は、始まりのチャイムから私の入室まで「『仕込みのB』で対面リピート」の指示をしてあったので、入室後、タイマーを2分にセットして、チェック欄に記入。

その後、「発音と綴り字」のセクションで、begin, swimの –ing形で前時に学んだことの確認。runningやcuttingをカタカナ読みしないことを徹底。

今日は、そこから、「音のつながり」。舌先の調音点の保持とスライドでの先取り。

  • stayed in the hospital, think about that
  • went to the hospital, for the first time

今日扱った「音」は、決して「喉」ではコントロールできないものです。

最後は私が最も尊敬するK先生からの私信を読み上げ、送られてきた「中学校1年生」の英語のプロダクトを見せながら、「英語」ということばを学ぶ上で、本当に大切なことを授業で伝えました。誇張でなく涙が出そうでした。

進学クラスの高1は、「目的語」感覚の続き。

ここでも同じく「中1作品」を見せ、手紙を読み上げました。

  • 英語の「音」が入っていること。
  • 英語の語順・意味順が入っていること。
  • 限定詞の働きがわかっていること。

が中学校1年生の作品で十分に伝わってくる、感動の一時でした。

進学クラス2年は7限。今日も引き続きリーディングで「多義語」の識別。

英英辞典的な定義で語義を確認しておいて、例文を「L版」でスライドさせながら、読み、どこで判断できるか、を問う。「文脈」とひとことで片づけるのではなく、何を読み、どのように頭を働かせるか、頭と心のストレッチです。

missという動詞、tillという接続詞の「肝」について実感を伴った理解が出来たことでしょう。

放課後は、体育館で「エルゴ」の指示をしてあったので、7限後にもう終わった頃だろうと覗きに行ったら、中途半端な練習をしていたので喝!「ひたすら」「ひたむき」を死語にしないことです。

さて、

連休あたりに実施した模試の出題で編集部に疑義を呈していたのだが、今日、英語の編集責任者から回答を得た。英語の表現問題に関しては、作問時にも複数の英語ネイティブに見せているとのことだが、今回私の指摘を合わせて改めて英語ネイティブに確認したところ、全面的に私の指摘の通り「英語としては不自然な表現」という回答だった。私の語感がおかしくなっていた訳ではないので一安心。どこかのいい加減な英語教材の批判とは違って、今回は「模試」作成者を非難とか糾弾するために、疑問点を指摘しているわけではないので、これからの改善が図られることが大事。ただ、そろそろ「結果」が返却されてくるわけだが、今回のこの設問での配点分が、「得点」、「偏差値」を左右するので、その分は割り引いて結果を受け止めることが必要。

今回、編集部には私と同様の疑問点の指摘はなかった模様。

責任者とは電話でおはなしさせて頂いたのだが、

2学期以降は、やはり現実の大学入試の出題形式や難易度に近づけざるを得ないだろうということは私にも分かる。ただ、高校3年で初めて「ライティング」という科目の履修が始まる学校では、1学期が終わる頃に、ようやく目鼻が立ってきて授業でやったことが試せるようになるので、夏休みくらいまでの模試は、様々な出題形式で、ライティング・英作文の発達段階に配慮した出題が望まれる。例えば、和文英訳であれば、ひところの上智大で見られたような多肢選択での「適訳選択」にするとか、和文の対話文の数ターンをまとめて要約する英文の空所補充にするとか、解答の語数指定も、小問によって少し細かく設定するとか、といった工夫はまだ施してよい時期だと考えている。だからこそ、解答として示す英語の「質」は十分に吟味して欲しい。

と要望を伝えておいた。

全国で相当数の「進学校」が受験する模試である。そういった高校では、「模試」をそれなりに重視しているのだろうとは思う。ただ、今回のように、どのような問題で、どのような英語を求められているのか、「表現」系の出題と、その解答にはもう少し目配りをしておくことが必要だろうと思う。2学期以降、「合格可能性判定」などというものが全く当てにならなくなってしまうのだから。

該当する設問と解答例に関して、気になる方は私までメールを下さいな。

帰宅したら、頑張って入手した、

  • 新島通弘 『誤訳から正訳へ 合格英作文の書き方---大学受験・答案添削210例---』 (英協、1966年)

が届いていた。ずいぶんヤケが目立つけれども、中味は良好。「お題」となる和文は長くても3文程度だが、よく練られていると思う。流石に時代がかった表現や、国民性のstereotypesなどは見られるが、日本人学習者の悩み所迷い所に配慮した教材になっていると思う。

新課程の「英語表現 I」でこのレベルを卒業し、越えていける教科書はどの程度あるだろうか。まずは、現在地に立たなければ、目的地に近づくことはできない。

本日のBGM: temporary beauty (Graham Parker)

2012-05-28 「戻れないことは分かっていた」

土日は、本業三昧。

県の高校総体予選に続いて、強化合宿。来月初旬の中国大会やその先の全日本ジュニアも見据えて、Oコーチによる熱い指導。気候も夏のような暑さとなりました。私は、自チームの選手を放牧と調教。照り返しもあって顔が痛いです。選手も泣きながらもなんとか、スクエアワークの両舷腕漕ぎで、オールを乗せるところまではできるようになりました。まだ、直進の精度がダメダメで、すぐに逆レーンに侵入です。あとは、膝と股関節を深く畳めるかどうか、地元水域に帰ってから試そうと思います。

合宿地を撤収して、約1時間、自チームの選手とOコーチを車で駅まで送り届けてから、私も帰路へ。

同じ週末、日本各地で高校総体予選が行われていたことと思いますが、スイスのルツェルンでは、ワールドカップ第2戦。日本からも代表チームが参加していました。そのルツェルンの結果を見て、あれこれ考えたこと。

男子軽量級4-の豪州。

スタートリストの選手名を見て驚きました。Anthony Edwardsは1972年生まれ、今年で40歳を迎える選手。超人と形容して別格で扱うのは容易いけれども、日本のエリート選手の引退年齢を考えると、彼我の差を感ぜずにはいられません。身近なところでは、現H大のコーチでもあるN氏のように国内競技のトップレベルを維持し続ける漕手もいますが、日本代表に選ばれている選手の年齢を考えると、その世代に道が開かれているかは明らかに「?」でしょう。

今年は男女ともopenの1Xにも日本代表選手派遣をしています。いわゆる重量級の選手、言葉を換えれば、「非軽量級」選手にも世界で戦うチャンスが与えられたことは喜ばしいことには違いありません。でも、だったらなぜもっと前、北京の前後には出来なかったのか、という思いもあります。今、思いつくだけでも、何人かの漕手にその可能性はあったのではないかと思うのです。でも、より高い可能性として、「軽量級」に、しかも、スイープの4-よりも2Xに集中してきたのが、協会としての代表チーム強化の流れではなかったのでしょうか。

そして、今年は五輪年。本来なら、ここまでの強化計画の総決算、ピークとなっているはずの年。日本のボート競技のレベルを引き上げ、様々な支援を引き寄せてきた功労者とも言える男子軽量級2Xの二人の漕手にとって、ロンドン五輪が最後の五輪になるのかもしれません。全ての人的エネルギー、金銭的支援を注いで最良の結果を目指して欲しいと願うばかりです。私の脳裏には、まだ、アテネ前の田瀬湖合宿で目の当たりにした、異次元ともいうべきLM2X艇の滑りが焼き付いています。

週の初めの正業は、進学クラスのみ。

高3ライティング、高2リーディング、高1英語I。

高3ライティングは、GWTの概論と練習問題を流用。「ナラティブマスター」を目指します。

高2は、「英語で英語を読む」という課題と誠実に向き合う一コマ。旧課程の「英語 IIB」の教科書、Senior Swan (開拓社) からの練習問題を使って、「文脈からの推測」。私が教師になった1986年に、その初任校で採用していた教材です。四半世紀前に既に、「英語は英語で」の試みはなされていたことを自分の足跡として記憶しています。何が上手くいき、どこで躓き、迷い、悩むのか、私よりも上の世代は見てきているはずです。そのベテランの教師たちの声に耳を傾けることが今こそ必要なのだと思っています。

高1は、規則変化動詞の発音と綴り字のマトリクスに、動詞の原形を印刷した「短冊」を入れていく復習活動から始めたのですが、取り組みがお粗末なので、「喝」。指導に当たっては、様々な学習者に対して「配慮」はしますが、怠け者、戯け者には決して「遠慮」しません。

四角化シリーズは、「ワニの口」から、「他動詞・自動詞」へ。ここで躓くのは、その前に「目の前」にあった課題をきちんと自分のものにしていないから。いつだって、目の前のことができない者に、将来の目標など達成できる訳がありません。

さて、

「文字指導」の続き。

joiningについて。前回の記事で、「ストローク」「運筆」「モーションコントロール」という言葉づかいをのしたのですが、これは必ずしも「文字それぞれの筆順」と同意ではないのです。それぞれのストロークが文字を形作っていることに対する配慮といえばいいでしょうか。その理解があってこその「つながり」であり、「つなぎ方」の指導があるというのが私のスタンスです。

“National Survey” でのReginald Piggott のことばを借りれば、

In the same way that the basic alphabet is made solely of circles, parts of circles and straight lines, the handwriting alphabet too is composed of two or three basic strokes. The letter a for instance (a combination of c and i) forms in part c d e g q b p whilst i gives i l u h m and n. The writing patterns on page 157 include all or most of the strokes of which handwriting is composed in successive combinations. these are written with what I term a neutral nib, which gives a stroke of unchanging thickness similar to a ballpoint but of course much cleaner. Writing patterns serve as an introduction, or perhaps I should say a guide, to joined writing.

On pages 160-163 are charts showing every possible combination of letters that may be joined (520 in all) and in each case the simplest method of joining is employed. Those letters which for practical reasons may not be joined are g j y and q. The only way in which these four letters may be joined on to the following letter is for g j y to have looped tails and for q to have the tail carried back up to the writing line---an old-fashioned practice and one that today does not subscribe to legibility if writing is hurried. (pp. 157-163)

ということになるでしょうか。「百聞は…」といいますから、面倒でも"National Survey" からスキャンした画像ファイルをDLしてご覧下さい。

Piggottによる筆順 1&2

Piggottによる筆順_1.jpg 直

Piggottによる筆順_2.jpg 直

practice_strokes

Practice_strokes.jpg 直

sample_joins

Sample_joins.jpg 直

possible_joins

Possible_joins.jpg 直

left_unjoined

Some_better_left_unjoined.jpg 直

その上で、joiningの指導に関して、付け加えて「課題」をいうならば、たとえば、“play” とか ”class” などの子音連続で、日本語のカタカナ語の干渉で余計な母音を割り込ませないように、という指導は広く行われているのとは対照的に、

  • pl, pl, pl, pl ….
  • cl, cl, cl, cl ….

という子音連続での「書く」指導はあまりされていないのではないか、ということです。繰り返しますが、あくまでも、私の「印象」ですので、すでに、系統的、段階的にこの「つなぎ方」の指導をされている方がいましたら、広く深く情報を交換して、教材を一緒に作りたいと考えています。

ちなみに、Nelson Handwriting のシリーズでは、フォニクスの指導とも連携できるように、joinsが段階的に指導できるような教材化がなされています。

  • in, ine
  • ut, ute
  • ve, vi
  • ok, oh
  • sh, as, es
  • ri, ru, ry

上級レベルになれば、接尾辞も含め、より複雑なパターンでのjoinsの練習が豊富に用意されています。

靜哲人先生の『English あいうえお』に、子音と母音の組み合わせでの発音練習がありますが、発音が入ったら、 (この「発音が入ったら」が大切)、発音練習と同じくらいの量の「書き方練習」が必要なのではないかと思う訳です。

「だったら、Nelsonのシリーズをテキストにすればいいではないか?」と私も思います。がしかし、その “joins” を学び、部分的に取り出して練習する段になって、そこで用いられている「語」を見ると、英語ネイティブにとっての日常語の基本語が多いため、日本の学習者には教師による補足が必要不可欠となり、入門期の指導では必ずしも最適の教材とは言えません。

「自前」の教材を求めている学習者、指導者は一定数いるのではないか、と思うのです。

引き続き、情報をお待ちしております。

本業の練習はオフ。

早めに帰れる時に帰っておくんだ。

夕飯はオムライス。

「呟き」で、Great 3 の活動再開に驚くとともに、高桑圭の脱退を知る。

祝杯か別れの杯か。

旨いけれども、何か少し、物足りないのだなぁ…。

本日の晩酌: 雁木・夏辛口純米・山田錦60%精米・無濾過 (山口県)

本日のBGM: Nobody’s Fool (demo) / Great 3

tmrowingtmrowing 2012/05/30 06:31 FBでも書きましたが、こういう内容は、本当に反響がありません。前回の記事に、anfieldroadさんがコメントを書いてくれましたが、まず、「ここって、本当は痒くありませんか?」と気づいてもらうことが難しい。
私が最も尊敬する英語教師であるK先生への私信で先日のELEC同友会での公開研究会に触れ、「授業内、教室内で、付随的に気軽に書ける活動を取り入れようという時の最大の壁が『英語の苦手な生徒の多くが、読める文字を適切なスピードで書けない』ことにある、ということに気づいてもらえただけでも収穫はありました。」と書いていたのですが、「tmrowing先生がこのレベルの生徒のことをここまで理解しておられるのに、高度なwritingの指導をできない英語の先生がたがこの初歩の指導の大切さに気付かないのはなぜでしょうね。」という返信を下さいました。今、このK先生のことばを噛みしめているところです。
技能統合、英語表現の前に、整理しておかなければならないことが山ほどあります。

mikarinmikarin 2012/06/01 21:03 文字を書く指導は、とても大切だと思います。この記事を読ませていただいて、(別の?)K先生が、中高にいらした時、中1の指導では「鉛筆の持ち方から指導されている」とおっしゃっていたことを思い出しました。
気をつけてみていると、正しい鉛筆の持ち方をしている中高生は意外と少ないようです。

tmrowingtmrowing 2012/06/02 16:16 今年の夏に行われるELEC (協議会の方) の研修会では、手島良先生が、「文字指導」の講座を開くとのこと。今までは、フォニクスなど発音と綴り字、という講座が多かったように思いますが、今年は「フォントへの配慮」や「つづけ方」も含んだ「文字」の指導あれこれ。私も都合を付けて上京し是非とも受講したいと考えています。

2012-05-25 何の説明もなかった?

金曜日は進学クラスで、高1、高2のみ、4コマ。

高1は、「フォニクス」と『エースクラウン英和』の学習ページのマトリクスを使って、「規則変化動詞の過去形の発音と綴り字」。

本当に、「過去形」の綴り字と発音は、入門期でしっかりと練習しておきましょうね。

高2は、「リーディング」。

「英語は英語で」の出来るところ、それでは上手くいかないところを行ったり来たり。

今使っている教科書『Element』(啓林館) には、第一課に「フレーズ読み」として、練習問題の英文があります。(p. 7)

1. Today, dangerous sports are becoming popular. Some of these sports, such as surfing and mountain climbing, have been around for a long time. Skydiving is considered to be one of the most famous dangerous sports. It makes us feel free like a bird. Bungee jumping, though it may not be a sport, is certainly one of the most thrilling activities if you have courage to try it

第2文の述部、 “have been around” の意味は文字通りに解してもピンと来ないのが一般的な高校生でしょう。では、英語でパラフレーズされた時に、「なぜ、そういう意味になるの?」という疑問にはどのようにフォローをいれるのでしょうか?そして、「長い間存在する危険なスポーツ」「昨日今日生まれたわけではない危険なスポーツ」という具体例は、何のために必要なのか?ここでは、「新旧」の対比を意図しているのか、「馴染み度の差」を強調することで、"popularity" を感じさせようというのか?などを説明するのは骨が折れます。

授業では、「具体例が具体例として利く条件」のようなものをそれまでの実体験や学習で知っていることが大切ということで、

  • surfing は海
  • mountain climbingは山
  • skydiving は空

というのは誰でも分かるけれど、それぞれ、dangerousなスポーツの例なのだから、「危険性」はどこに潜んでいるのか、「生から死へと近づく」要素がどこに含まれているかを、「読んでいる」のだ、ということを説明しておきました。

海の「深さ」とか「波」で「溺れる」、山の「高さ」故に「転落」するとか「落石」に遭う、山の「天気は変わりやすい」が故に「遭難」する、空の「高さ」故に「墜落」する、などということが分かっていることがそれぞれの具体例理解の前提。

では、「英語で英語」、AAO派はどうしますか?

「意味を読む」だけならいいのですが、「ことばを読む」ところまで行かないと、次に「自分で言う・書く」ときに悩むことになります。

なぜ、海陸空の順番で具体例を出したのか?身近さから言っても、道具の発達からいっても、「陸海空」が自然のような気がします。いや、「生命は海から」ということで、人類の進化を辿っているのか?など、自分で実際に文章として「表現」しようとするならば、本当に考えておくべきこともたくさんあるのです。

2. Though Australia is a very large country, 88 percent of Australians live in a few cities, mainly Sydney and Melbourne. Almost everyone lives within a few kilometers of the sea. Sydney, for example, has many large ocean beaches. People use these areas in the same way as people in other cities use parks: for picnicking, playing volleyball, swimming or just walking. “Life is a beach” means that everything is great.

チャンクごとに読み取っていくのは良いのですが、最後の1文で、

  • なぜ、「人生」がbeachだと、”everything is great” という意味になるのか?

は分からず終いです。

私自身、この文を読んだ時に、

  • でっかいどう、北海道!
  • 海はひろいなおおきいな

のようなイメージを思い浮かべました。私の "great" の理解が、第1文、第3文の largeのイメージに影響されていることは明らかです。

では、ここでの "great" がもし、TMの日本語訳にあるように「すばらしい」という意味となるのであれば、その前の具体例である "something people do in parks" には、「すばらしい」というような、高いプラスの評価が与えられていて然るべきだと思うのです。

この部分の「隔靴掻痒」は英語で読んだからといって解決はしません。

このような、当たり前の疑問と向き合って、悩み所で悩み、迷い所で迷う、良い授業でした。

さて、

「英語表現」についてあれこれ書いてきましたが、今日は「文字指導」。

これまでいろいろな機会を捉えては、「ライティング指導の第一歩は文字指導から」と言い続けてきました。

主として高校で教えてきましたが、小学校にも「外国語活動」という名の「英語の授業」が取り入れられている今、小学校から高校まで、「文字指導」でいったい何が行われているのか、という実体の解明が必要だと感じています。(筑波大附属中での1年生の文字指導を参観した時の過去ログはこちら→ http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060526)

児童英語指導で急速に普及した「フォニクス」も含めて、文字の読み方、綴り字の読み方や、カードやブロックを用いた「文字並べ」での単語の綴り字完成など、「文字に慣れる」指導はバラエティーも増えてきたように思いますし、一定の成果が得られているように思います。

が、その一方で、「文字を書くこと」自体の指導はほとんどされていないのではないか、という「印象」を持っています。あくまでも印象なので、解明したいと思う訳です。

市販の教材を見る限りでは、入門期の文字指導で、実際に書く段階では、それぞれの文字に含まれるというか、それぞれも文字を形作っているストロークの種類による文字の分類はあまり省みられず、a to zまでを発音と共に、順番に書かせる指導がまだまだ多いようです。

なぞり書きをさせている教材もありますが、これも、線やループをなぞるのではなく、初めから文字を見て文字を書く「視写」教材がほとんどです。

長短の縦横ストロークを等間隔で書くなどの「漢字」に含まれているような運筆上の、手の動きの調整 (= モーション・コントロール) は上手くいっても、カーブやループを含む運筆は、「既に出来るようになった人」が思う以上に習得が難しいのです。

ひらがなの「し」や「つ」と、 Uや Dのストロークは同じではありません。

ひらがなでは、「す」「な」「ね」「は」「ほ」「ま」「み」「む」「よ」「る」など、文字そのものに占めるループの割合が著しく小さい文字しか書いていないわけですが、英語では、多くの文字で、四線でいえば、基線と二線というのでしょうか、baselineといわゆるx-line、mid-lineのラインの間で大きな曲線を描く運筆を求められます。

入門期には「四線」を用いた指導がなされることも多いのですが、この「四線」で十分な指導を経たとしても、そこから通常の罫線のノートに移る指導もほとんどありません。罫線と罫線の間のどこに、「基線」を見いだし文字を落ち着かせるかは本当は大問題なはずなのです。

中1の段階で毎行に書かせている中学校の先生はいないと信じたいのですが、実情は把握できていません。私は高校生にも、方眼のノートを薦めていますが、罫線の場合はできるだけ広い罫線、あるいは1行おきに書く事を薦めています。

b, d, hで上に「出る」、 ascenderの割合、g, j, p, y など下に「出る」 descenderの割合、iとjの点の位置、tとfのバランスなどなど、「四線」では、その補助線である程度出来ていた運筆が、通常の罫線では、とたんに崩れがちになります。高校に入って、一からやり直しが必要という生徒も多数います。癖が強い場合には、矯正もまた難しいのです。教科書が進めば、新出語句のオンパレードですから、一定速度で書ききれない生徒は、書くことが面倒、億劫になりがちです。

さらにはテストの解答用紙のどこに文字を落ち着かせるか、中一の二学期以降も、解答用紙が全て四線という中学校はないと思います。下線を基線に見立てて、という場合に、スペースは十分確保されているのか、解答欄が枠になっている場合には、どのようなバランスで書くのかのお手本を示しているケースも稀です。この「解答を枠の中に書かせる」ことは、高校で試験を課す私もいつも心苦しく思うところです。

一定のスピードで、安定した運筆を実現するためには、単語を書く前、または単語を書く指導と並行して、頻度の高い文字と文字のjoiningの指導が必要です。

「フォニクス」指導では、例えば、sun, run, funなどの原理原則を当たり前のように読ませて、読めるようになったら、もう習得済み、と思いがちですが、sの出口、rの出口、fの出口はみな違うのですから、当然、uへの移行には手間取る訳です。それに比べて、uとnの結びつきの頻度は高く、しかも、この「音と綴り字の関係」では必須の結びつきですから、joiningの練習をするなら まずは、un, un, un, un を安定した形とスペースで、しかも一定の速度で書けるように指導すべきなのです。「フォニクス」では -ate, -ite, -ute, -ote などの「マジックe」は教えているはずですから、このjoiningを取り出して丁寧に練習させる、など、単語を既に知っている生徒でも、その語が含む一定のjoiningのパターンを敢えて練習させることが、運筆の習得には欠かせません。

「フォニクス」に言及したので、少し指摘しておきます。

「文字から音」では類型化が上手くいくことの多い「フォニクス」指導ですが、「音から文字」というのは、やはりかなりの習熟を求められるものです。

  • face, pace, race

が発音できて、

  • base, case, chase

が発音できるからといって、この6語を耳で聴いて、正しい綴り字が書ける訳ではありません。

faceでは「綴り字は -c- だけれども、/s/ の音」で、baseでは「綴り字も -s- で、音も /s/ 」、というのは「なぜ?」と言っても詮無いことで、結局は「個別に覚えなければならない」のですから、根気よく、同じグループはまとめて練習させる中で、「仲間意識」を育むしかないように思います。

同じ「マジックe」が利いている綴り字の、

  • place, plane

では、 - a – は「名前読み」だというルールを覚えているからと言って、

  • rain, pain, main

を聴いて正しく綴れるわけではありません。発音と意味を覚えていても、やはり、

  • plaice, plain

という綴り字を書く可能性はあり、その場合は別な語になってしまうわけです。

ただし、「ローマ字読み」からの類推で、 -ei- という綴り字が、この「音」を表すことは英語では極めて稀で、

  • rein, eight, neighbor

などが代表例です。

このように、「実際に文字を書く前、最中」に段階的な指導をほとんど受けず、困難点を抱えたまま、学年が進行してしまうと、一つの単語を書くのに、書いたり消したりとものすごい時間とエネルギーを必要とするために、「10回書いてきなさい」という指導でますます疲弊します。自分の書いた字が、自分でも上手く読めないことが多いので、さらに書くことが億劫に、嫌いになっているかのようです。

これらは、全て、私が高校への新入生を見て感じてきたことです。これまでに、公立・私立、首都圏・地方、と5校経験してきましたが、どの学校にも一定数は必ず、困難を抱えている生徒がいます。ですから、高校入学以前の「文字指導」、とりわけ、「実際に書く指導」で何が行われているのか、または、行われていないのか、を詳しく知りたいと思います。

その上で、文字指導で「実際に書く指導」に関しては、私が現役の間に何とか「教材化」したいと思っています。暫し、コメント欄を開放しますので情報をお寄せ頂ければ幸いです。

私の書いた、「フォニクス」というカタカナ表記は、英語教育の分野では一般的ではありませんが、phonicsを英語の音で読むと、第一音節に第一強勢がくることが多いのです。「フォニックス」と「促音表記」をすることで「ピクニック」のように第二音節の聞こえ度が高くなるのを避けるために、ここ数年ずっとあえて、「フォニクス」という片仮名書きを使っています。

文字指導関連の過去ログはこちらを参照されたし。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060816 (とりわけコメント欄を!)

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080416

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20081009

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20081012

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20081019 (私が「フォニックス」という表記を使わない理由)

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100906

本日のBGM: 取扱いには注意! (コモンビル)

tmrowingtmrowing 2012/05/25 20:52 一部加筆。

tmrowingtmrowing 2012/05/26 05:17 更に一部加筆修正。

anfieldroadanfieldroad 2012/05/27 10:53 入門期の生徒に指導する立場にある中学校英語教師としては、とても考えさせられる記事でした。特に文字のリンキングのお話と、テストの解答欄のお話が気になりました。生徒にストロークを教えるためには、「教師がお手本を示す」しかないのかな、とも思いますが、生徒の筆順などをこちらが個別に把握するのはとても難しいですね。究極な意味では面接による「ライティングテスト」とかが必要でしょうか。最近ではiPadのお絵かきアプリで、絵を書いているプロセスが動画で残せるものもあるので、ああいった技術が今目が行き届かない部分の指導に役立てられるのではないか、とも考えています。

tmrowingtmrowing 2012/05/28 04:49 anfieldroadさん、コメント有り難うございます。
joiningの指導手順を考えるにあたっては、国内での指導例、実際の生徒の「手書き文字」の資料など、(主として) 中学校段階の書くことに関する古い書籍も参考になるでしょう。現実問題として、『英語教育』6月号でも取り上げられた最新の「調査結果」が、"National Survey" に当たるものなのですから、数値化できるものだけではなく、その「手書き文字」の詳細な分析と考察をする,Reginald Piggottとか、 Rosemary Sassoonのような「有識者」「専門家」が日本にも必要なのだと思っています。ご指摘頂いた内容も勘案し、また日を改めて記事にしたいと思っています。

VunderbarVunderbar 2017/06/10 20:00 小学校で「日本人サポーター」とか「地域人材」などと呼ばれて英語活動を手伝っています。ご指摘の「四角の枠内に文字を書かせる」件、私って1人で変なところに困ってるかなと思っていましたが、悩み方が正しかったとわかりました。現在の小学校英語活動では6年生の最初に小文字がでてきます。読み取り中心ですが、4月の2回目あたりの授業で「(テキストに記載されている看板を見て)見たことのあるアルファベットの表示を書き写そう」という活動があり、四角い枠がいくつも並んでいます。指導書の回答例は枠の中空に文字がきれいに並ぶ書き方。筆順の指導はしないようにという説明がありますが、枠と基準線については言及がありません。ここで担任の先生が何の説明もなく「テキストの看板を書き写しましょう」と指示をされると、英単語とは言えないアルファベットもどきが並びます。何も説明されなければ6年生は文字を基準線から「上」にきれいにそろえて書くので、読めないアルファベットになります。ちょっとお時間をいただけないでしょうか、小文字は2階建てと地下室があるね、この枠の中に地下室を作ると、などと言うと、担任の先生にしてみれば「このおばさん急に何を言い出すやら」となりかねません。目をつぶって上下ガタガタのアルファベットを見守った年度もありましたが、最近は地下室の話をするようにしています。

tmrowingtmrowing 2017/06/11 10:21 Vunderbarさん、コメント欄は閉じていたのですが、メンテナンスの際に、「はてなユーザー」のみが書き込みできる設定になっていたため、コメントが書ける状況にありました。
本来、エントリーを限って、期間限定でコメント欄を開放していましたが、このコメントは重要な意味を持つと思いましたので、承認しこちらで公開させていただきます。

「文字指導」に含まれる諸々の指導のうち、 「文字そのもの」、「handwritingそのもの」の専門家、有識者が責任を持って教材開発に当たらないと、混乱は拡がり、困惑は深まるように思います。
比較的新しいエントリーで「文字指導」をまとめてありますので、そちらもお読み下さい。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150825

2012-05-24 We cannot put back the clock.

tmrowing2012-05-24

北九州では、「試験焼却」。もしダメだったら、誰がどのように責任を取るのかわからないものをなぜ強行できるのかが不思議。結果オーライだったら何でもありなのか?

授業は午前中に3コマ。

可はあり、不可はなし。優良ばかり、とは行きませんね。

進学クラス高1の英語Iは初めて、一人一人の音読クリニックをしたので記録に残しておきます。

  • 早口、口先、ブツ切れ、上ずり

あたりがマイナス面の傾向でしょうか。側面開放がよくできている生徒もいます。

基本は姿勢と呼吸にあり。アコーディオンのように自分の身体を使う、ということを実演。まあ、1年がかりになるでしょう。

放課後、某出版社の英語教科書編集の方が来校。

新課程の教科書について、とりわけ「英語表現」に関してあれこれと。

気がついたら、2時間近く話していました。さぞお疲れになったことでしょう。

過去ログでも一度紹介したことがありましたが、1995年当時の同僚ALT (米人・女性) からの当時の高2の「ライティング」総括がこちら。自分にとっては、つい昨日のことのようにも思うのですが、既に17年も前のことなのですね。彼女のことばが新課程の「英語表現」という科目を考える良い材料となるように思ったので再録。

I have enjoyed team teaching with you, and while it is my first experience with this approach, I have come to understand its value. I believe that bridging languages as different as English and Japanese requires a person knowledgeable in the grammar, use and structure of both languages. The professional staff of Japanese teachers provides this background. On the other hand, I have tried to provide the nuance, feel, and cultural insights that can lead to true fluency. The students in this high school have studied English and understand English grammar, but like any non-native speaker, they need the additional instruction and practice the team system provides.

I believe the approach you used was successful. The exercises that we used through the year provided a balance of speaking and writing. The students got an opportunity to speak as individuals and work as a team. You selected topics of interest to the students and exercises that systematically reinforced the day’s lessons. This combination enabled the students to build toward a final product that represented their best, which helped build student confidence in their use of the language. The strong emphasis on writing resulted in growth throughout the year. I look forward to seeing the students continue to develop next year.

太字斜字体の部分が、新課程の「英語表現」でどのように扱われるのか、注目して教科書見本を読んでいます。

90年代から2000年代にかけての約15年間で私が通過・経験してきた「シラバス」「教材・課題」の多くは、

  • GTEC Writing Training (ベネッセコーポレーション、2006年;閉講)
  • 『パラグラフ・ライティング指導入門』 (大修館書店、2008年)

で取り上げています。ただ、書籍として世に出すからには、英語ネイティブによる英語表現のチェックが入りますから、生徒が書いた英語よりも、自然で分かりやすい英語に変わっています。

自分の生徒を隠して、自分の実践を語っていてもダメでしょうから、素顔の生徒作品をいくつか。

「自己表現」に偏らないライティングのために、私の授業で定番となっているのは、「伝記・追悼文」です。次の英文は私立高校3年生の書いた 1st draftです。皆さんはどこをどのように評価し、添削するでしょうか?

Ray Charles was born in Albany, Georgia. He started playing the piano when he was three. Then, his hard life began because of glaucoma and his parents’ death. However, he tried to undergo hardships and he made his chart debut with “Confessin’ Blues” in 1949. Seven years later, he got No. 1 on the R&B chart with “Drown in My Own tears.” While Charles was in full activity as a singer, he was also a drug addict and he kept using drug for seventeen years. In 1966, after a conviction on possessing heroin and marijuana, Charles received a five-year suspended sentence and he recovered from drug addiction at a California sanatorium. Charles made his last public appearance alongside Clint Eastwood on April 20, 2004. He left big things in many people’s heart and he still exists. (136 words)

伝統的な日本の事物を説明する課題は、検定教科書以外にも、あちこちに見つけることができるので、授業では「ことばをことばで」説明する課題として、「日本の慣用句・ことわざ」を取り上げています。(『パラグラフ・ライティング指導入門』 pp.169-180 参照。) 定期試験で新たに書かせる際に、授業で扱った、生徒が選択した「お題」とパラレルなものを用意しやすいという点で、私の実践の中では珍しく「汎用性」の高いものだと思っています。

次の英文も高3の生徒の作品例です。この英文をもとに授業中にその場でフィードバックを与えました。どのような手当をすれば、より良い英文になるでしょうか?

“Nasakewa hito no tame narazu” is one of the common Japanese proverbs for Japanese. “Nasake” means sympathy, but it means rather kindness in this proverb.

This proverb literally means that kindness is not good for others. It sounds very stoical, but it is not actually what this proverb means. Even many native Japanese speakers misunderstand the meaning of this proverb. What it really means is that showing someone your kindness is not only for him but also for yourself.

You say this proverb to someone who behaves self-centeredly. even when you are in difficult situation, you should help others, because the person whom you helped will help another person and it will eventually return to you.

This proverb warns you to cherish people around you all the time and tells that you can live happily as long as you are considerate of others. It shows Japanese traditional way of well behavior. (152 words)

「意見文・説得文」といわれるテクストタイプの課題も高3で主として書かせています。多くの進学校でも、大学入試の過去問などを使用して、「本番さながら」に書かせて添削する、という指導は多く行われているでしょうが、アイデアジェネレーションから、テーマ語彙の共有、ドラフトのピアレスポンス、フィードバックを経てのリバイズ、など一連の「プロセスライティング」の指導を丁寧に行うことは稀でしょう。こういった過去問指導の改善案は、『パラグラフ・ライティング指導入門』で、「argumentativeなライティング指導」として、pp. 180-210まで、実際に教室で行った授業・活動・生徒の書いたドラフトから採った実例をあげています。アイデアジェネレーションやドラフトの段階を経て、頭出しチャンクを徹底するという手順で、教師側から提示する例文をすべて、当該テーマ・トピックに関連したもので統一できるというところに着目して読んで下さい。この手間をかけることで、「テーマ語彙のリストを授業の最初に配る、教材でいえば、課題のすぐ後に一覧で載せる」、といった指導だけでは上手く「英文」を書けなかった生徒への足場を作ることができると考えていました。

現行課程で世に出回っている教科書の中で、この意見文の段落構成、いわゆるディスコースに難があるものはずいぶん前に指摘しています。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060312

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20070928

そして、その次の年度に出た改訂版でも、その部分は訂正も修正も、但し書きもされていませんでした。(そして、今年届いた、来年度用の教科書見本でも、何も変わっていません。)

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20071001

こういった指導を経て、高3の2学期には、「過去問演習」などに入っていくのでしょうか?

これも、ずいぶん前のことになりますが、アマゾンのカスタマーレビューで、入試対策の問題集の「自由英作文」で示された模範解答に疑義を呈しました。

過去ログは以下を参照されたし。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20071226

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080107

その英文の何が問題なのか、ということがなかなか理解してもらえないようで、過去問指導の現状に関しては悲観的です。「実際に大学入試で出題された問題を、受験対策として、生徒に書かせて添削指導する」という下請け授業をいつ、高校ライティングは卒業できるのでしょうか?

ちなみに、現任校の今年の2年生は、進学校で採択が多いらしいPro-visionではなく、World Trekを採択しています。

次の英文は、説明文・解説文の類でしょうか。私も、「学級文庫」にいくつか揃えていますが、子供用の百科事典などによく見られる記述です。

When you are in a park or garden, you sometimes see ants marching in a line on the ground. This line can be as long as 50 meters. Why are they moving in a line?

After an ant finds something to eat, it came back to its nest. On the way back home, chemicals come out of the ant’s body and make a trail on the ground. Other ants from the nest follow this trail to get to the food.

Since ants have very poor vision, they use their antennae to touch things and finds out abut them. Ants follow the trail by using their antennae. This is their method of communication.

(112 words)

これは『英語表現』ではなく、『コミュニケーション英語』の “I” の教科書。

  • World Trek English Communication I (桐原書店)

の第7課に収録されている英文です。この教科書は意欲的に、書き下ろしの題材を多く配しているのですが、この課の英文は『英語対訳で読む科学の疑問』 (実業之日本社、2010年) を出典としてあげています。この本が手元にあったので当該の文章を読んでみました。オリジナルは、次のような英語表現です。(p. 94)

Q 34 Why do ants walk in line?

You sometimes see ants walking in line to parks or in your garden. The ants’ line is sometimes more than 50 meters long. An ant follows the ant ahead of it even when they walk a long way.

Ants walk in line mainly when they go out for food. An ant which has found food comes back to its nest with the food and the ant lets go a material from its body as a landmark on his way back home. This landmark is a material called pheromone. When the ant which has found food comes back its nest, other ants in the nest start to go to the place in which there is food following the landmark pheromone. This forms the ants’ line.

Ants can do almost nothing with the help of their vision because their vision is very poor. Instead, they use their antennae to touch something and find out about it, and also use pheromone as a means of sending messages. (164 words)

この本は、今年になって、All Aboard I の第10課、 ”Life on Mars?” の発展的な扱いで、「天体・宇宙」に関わる英文例として使えるかな?と思って購入してあったものです.

オリジナルの表紙には「やさしい英語でここまで説明できる」という文字が大きく印刷され、腰帯にはこうあります。

売れてます!! 「日本語の解説だけでも面白いのに、英語でやさしく対訳されているので、英語学習にもピッタリ!」…など、読者からうれしい声をたくさんいただいています。

まあ、そこに乗っかった私も私ですね。

実際に教材研究で英文を吟味してみると、表現や文体の観点でお手本にするには躊躇するレベルだったので、結局使わないままになっていました。上に引いた英文も、関係代名詞の不自然な繰り返しや、時制が気になります。それでも第2段落の最後に、

  • This forms the ants’ line.

とありますから、「アリはどうして、行列を作って歩くの?」という問いには一応答えているとは言えます。ただ、最終段落が、主題に収束するためには、「視覚ではなく、触覚と嗅覚に頼って行動する」ことと、「列をなす」こととの因果関係が示されなければならないでしょう。

その観点で言えば、桐原版の教科書 World Trekで書き換えられた英文の最後の段落も改善・修正されているとは言えないように思います。中学レベルの英語で、やさしく対訳された英文を、高等学校の「コミュニケーション英語 I」での「読むこと」の素材として取り上げることそのものに少し無理があったように感じました。

この手の「なぜなに」モノであれば、Charlie Brown's Super Book のシリーズや、David Feldman の一連の著作などが若い世代にも読まれることに期待します。

この桐原本では、巻末の読み物、Reading 2 (pp. 140-147) で、

  • Mary Norton, The Borrowers

が扱われていて、「物語」にも配慮されている教科書だと思うので、今後の動向には注目しておきたいと思います。

帰宅途中でSPICEに寄って、これから入荷する夏物の動向を聞く。来週以降で顔を出せるといいのですが。

夕飯は緑豆カレー。

出校前に文字指導についてあれこれ書いてメッセージを送っていたことを思い出して、Sassoon Joinerの更新。相変わらず書式設定がよくわからないけれど使えるようにはなりました。有り難うAdrian!

本日のBGM: Tired and emotional (and probably drunk) / Billy Bremner

2012-05-23 先輩同輩後輩

時間割に若干の変更。

高3ライティングでスタートして、4コマの1日。

ライティングは、同格のthat節。

ホワイトボードには、頑張って辞書を引き写したと思しき用例が並んでいるが、ところどころ写しまちがえていることが見ただけで分かってしまうので、コメント。

  • 用例を自分で生き直すことをしないで、ただ左から右へと「作業」で終わってはダメ。

苦言を呈してから、金子先生の練習問題。

『語法ノート』も抜粋。小沢準作先生から金子先生へと受け継がれたものは私の後の世代では、どこまで伝わっているのだろうか?そんなことを授業中に考えていた。

午前に繰り上がった進学クラス高1は、授業で求められる「頭の働かせ方」を徹底するために、商業科2年の生徒の書き込みがあるワークシートを「お手本」としてコピーして配布。本当に良くできる生徒で、いかに丁寧に、表面をなぞるだけでなく、自分で確認しながら書き込みをしているかを説明。「徹底」「精度を上げる」ということの意味を説いておきました。残り時間は「音読で、意味を音に乗せる」ためのあれやこれや。this wayやover thereが本当に読めているかを問うています。

昼食は食堂で、オムライスの大盛り。ケチャップにまみれてみました。

午後に移動した商業科2年は、語彙の導入と発音練習。

  • laugh

  • worry

が気になるね、やっぱり。前者の「北米音」は、

  • cat, map, mat

と同じ母音ということを指摘して、軸足づくりのヒント。英語ネイティブと全く同じ音を出すのは難しいですが、自分の出す音が英語として通用し、しかも、同じ音は同じ音として、意識すればきちんとコントロールできることを達成可能な目標としています。

仕込みのAでチェック欄が活用できるのなら、連語のBでも、自分で工夫しなさいと強調。本文の読み取り用のワークシートを配布し、記号付けを明日までの宿題に。自力で賄いきれないところがこの課での新出事項というなら、それはもうかなり英語が出来るようになっている生徒です。普通の生徒でも、悩み所、迷い所はあちこちにあるもの。自分でやるからそれが分かるんですけれどね。

最終の7限は進学クラス高2の「リーディング」。

約50分間の概論。配布しておいたブログ記事で扱われていた当時の授業で用いていたワークシートのコピーを配布し、実際にどのようなことが求められていたのかを説明。当時の生徒の書き込みがしてあるので、少しはイメージが持てたことでしょう。

「英語は英語で」というときに誤魔化してはいけないあれやこれやを伝えるために、『英語青年』での拙稿を配布。(過去ログ参照http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110210)

最後の 14 〜 16 で提示している「授業で活用できる手法」がことごとく、これまでの授業や「学級文庫」を用いた多読指導で扱われてきたことに気づく瞬間でもあります。

さて、

先日、新課程の「英語表現」に対して、懐疑的な物言いをしたのですが、基本的なスタンスは変わっていません。「表現」を謳う以上、英語として適切であることは勿論、生徒が書くお手本となるような表現であることが求められるわけです。

次の英文を読んで下さい。

My mother is very afraid of earthquakes. She can feel the smallest tremor that nobody else seems to notice. We cannot help laughing at her when she panics. But she says that she cannot forget an earthquake which struck when she was a child. She was living by the sea and escaped the tidal wave which followed by rushing to a hilltop.

She dislikes going into crowded department stores or very tall buildings. It is true that her fear of earthquakes is abnormal, but once I read in a science report that a big one could occur at any moment. The first thing we should do is to prepare ourselves for it, and when it does occur, we should keep ourselves calm in order to prevent fires from starting. Just moving about in confusion is not only a waste of time but also dangerous.

これは、Lesson 18. Fear of Earthquakes という教科書の題材。ターゲットとなる文法事項は一読してお分かりかと思いますが、「動名詞」です。ただし、この教科書は「英語表現」のものではありません。

  • Enjoy English Writing (教育出版)

旧課程の「英語II C」の教科書です。この科目が高校で始まったのは、1982年。今から30年前です。著者代表の金子稔先生は、TMの「はしがき」よりも前に、「英作文指導についての試案」という一文を載せています。2010OC2MT079.jpg 直

その最終段落にはこうあります。

これは私の単なる「試案」にすぎません。固執するつもりもありません。もっとよい考え方、案がありましたらぜひご教示願いたいと存じます。皆様方のお知恵をお借りして日本の英語教育をもっと実りの多いものにしていきたいと念願しております。

新課程の「英語表現」という科目がどのようなものになるのか、現在見本本が出回っている来年度用の「I」だけではなく、再来年度から実施される「II」のスタートに合わせるべく検定を通過した教科書が届く、来年のこの時期を待って、初めてその全容が明らかになります。

金子先生のことばを借りれば「もっとよい考え方、案」として世に出てくるはずなのです。その「英語『表現』」が、「英語 IIC」の時代の「表現」を越えられているのか、より身近な、より豊かな表現となっているのか、吟味しなければならないことは本当に多いと思っています。

夕飯後、自治会の資料をホチキス留め。

バレーボールを見てから就寝。

本日の晩酌: 大七・生もと・純米生原酒・69%扁平精米 (福島県)

本日のBGM: The Blunderbuss (Brad Jones)

2012-05-22 「学習の途上で見える風景」あるいは「大器晩成」

tmrowing2012-05-22

中間テスト終了。

週末は、近い方の湖で。

地元の大学に進学した、昨年の少年女子のエースも、元気に1Xを漕いでいた。大きく飛躍して欲しい。自チームの新人は、フロートを付けての1Xでコースの奥まで往復。途中何度も怒鳴られながら、泣き出したい位上手くいかなくても、漕がなければ進まないし、自分で漕いだ分だけは進むものなのですよ。自分が変われる絶好のチャンスを活かすことです。

週明けの月曜日は「日本で金環日食の見られる日」。

山口県は、部分日食エリアだそうで、あまり期待もしていなかったのに加えて、朝方から雨。

太陽も月もよくわからない鼠色の空の下出校。

テスト返却は進学クラスから。

月曜日で、高3ライティング、高2ライティング、高1オーラル。

解説はほとんどなし。だって授業でやったことですから。

高3は「診断テスト」に関わる出題。高2は『コーパス口頭英作文』の英文そのまま。高1は、『レベルアップ英文法』のモノローグとダイアローグを拡充した英文からの出題。加えて、『エースクラウン英和』の学習ページから。

どの科目も、自分の頭と心を総動員して本当に和文と英文を生き直していたかが問題です。

上手い下手は別として、英語になっていないものに○をあげるわけにも行きませんから。

高3は、同格のthat節をとる名詞の整理。9つのキーワードをあげ、それぞれについて10例文を目標に、用例収集の指示。この項目と、名詞節のwh-の活用で、「四角化」シリーズも一段落。

高2は、『コーパス…』の残りが期末試験範囲。

今回の自分の取り組みを振り返り、同じユニットなのに、覚えやすいものと覚えにくいものがあることを自覚し、自分の長所、弱点と上手く付き合うことです。パターンは中学レベルでも、100%自信を持って運用できる人は少ないのですから。

高1は「オーラル」という名称ですが、中間試験では「聞き取り・書き取り」の比重が高いので、正しく綴れることが求められます。フォニクスの逆、つまり、聞いた音を文字に直して、語を形にできるか、常に自問自答しておくことです。この間違った綴り字でも、同じような発音になるから、といって部分点を与えてしまいがちですが、それを続けているうちは、いつまで経っても綴り字が身につくものではありません。どこかで正しいものへと移行するなら、最初から正しいものを目指させるべきでしょう。発達段階を踏まえて指導することと、誤りを指摘することとはトレードオフの関係にはないのですから。

  • 作文で、教師による訂正や添削が学習者の意欲を削いだり、萎縮させる。

などという妄言に耳を貸してはダメ。だって、スピーチ大会に進む生徒を指導する時に、間違った英語を暗唱させて安心している英語教師はいないでしょう。

  • 訂正・添削はする。ただし、直したからすぐに正しい形が定着すると思ってはダメ。

ということなのです。

火曜日で、商業科2年もテスト返却。

最終的には進路希望の実現にも関わることなので、担任だけでなく、商業科の科長さんとも成績の状況でご相談。

授業は、厳しい現実と向き合うことから。テストの直しを提出させて、新しいレッスンへ。

第4課。

「障碍」がテーマということはすぐに分かります。

他社本で扱われている、「有名人」数名の写真を拡大コピーし、導入で用いる。では、なぜ、この教科書では「無名の少年」が取り上げられ、しかも彼の名前が課のタイトルなのか?それを考えることに大きな意味があるでしょう。

進学クラス2年は、「英語 II」を返却。「リーディング」のガイダンス。

教科書の導入レッスンで扱われている「リーディングスキル」なるものは、すでに、高1から扱っていて、「頭の働かせ方」そのもので、新たに教えることは特にない。必要なのは「実地訓練」で、いつでも使えるようにすること。この教科書はそのためのもの。

ということで、「定期試験で評価する際は、この教科書と同じ英文ではなく、ここで訓練した頭の働かせ方を確かめることのできる新たな英文を用意する」ことを確認。大変です。いや、英文を準備する私が。入試の過去問とかを引っ張ってくるなら簡単なんですけれどね。

「速読」のまやかしに注意、ということで、このブログの過去ログを印刷して配布。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050727

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20070710

読めるところは勝手にスピードが上がるもの。あれ?という箇所では徐行運転。ただ、文の最後まで読むと、手がかりが見つかることが多いし、次の文の冒頭で、まとめていてくれたりすることもあるので、止まらずに進むことも大切。慣れない道はもちろんのこと、一回来たことのある道を運転していて曲がり角が思い出せずに、通り過ぎて、もう一周、なんていうのはよくあること。当たり前のことを当たり前に。

放課後は湖へ。

ちょっと風が強かったのですが、フロート付きなので、うねりうねられ交代で2時間の乗艇。

駅まで送り届けて帰宅。

「学習英文法」関連の著者校用ゲラが届いていた。

疑問点・修正点がいろいろ…。

編集者からの手紙を読んで、改めて自分の仕事の意味を知る。

有り難いことです。

妻が出かけているので夕飯は自分で。

早めの就寝。

本日のBGM: 落下ドライブ (benzo)

2012-05-17 どうせなら懺悔でも慚愧でもなくザンギで

中間試験。なかなか手強い。

いや私の試験ではなく、試験での生徒の出来具合が。この学校に入学して、中学校時代とは違って、各教科とも、充実した指導を受け、普段の授業中の内容理解、問題演習、応用実地のパフォーマンスなど格段の進歩を遂げてきたという「現実」を忘れて、「勉強が苦手だった過去の自分」に戻ってしまうケースをたびたび見てきた。テストになると、「不安」や「追い込まれた感」や「危機感」を感じるのだろうとは思うが、それらのストレスの素と折り合いを付けられる踊り場まで自分を運びきることが出来ず、テストになると振り出しに戻ってばかりいるような感じ。テストの度に反省や後悔を繰り返しても自信に繋がらないのは分かっているはず。どうしたものか。ある種の「覚悟」が必要なことは確か。

私の作問も今回は計6種類。

期末は、これに加えて高2のReadingが入るので、計7種類。どのコマも1クラスなので、全て自作。公立校勤務時代にやった経験があるとは言え、毎回毎回は結構大変な思いをします。

ご褒美という訳ではありませんが、夕飯は私の我が儘で「ザンギ」に。無理を言って懐かしい味を再現してもらいました。

さて、

FBで「詳細は、ブログに書く予定」と言っていた、大修館書店の『英語教育』6月号の特集。

  • 「新課程で育てる英語で表現する力」

執筆陣に期待が大きかっただけに、物足りなさ感も大きなものとなりました。

まず、特集記事の最初が、文科省の平木裕氏 (教育課程調査官) というのはどうなんでしょうか?この大修館書店の雑誌は文科省の機関誌ではないはずです。御上から下々へ、というためには、民間の雑誌媒体ではなく、各地の指導主事への「伝達講習会」が用意されているのでは?雑誌媒体でも、『初等・中等教育資料』などの雑誌があるでしょう。そちらの方では十分な情報発信が出来ていないのでしょうか?

特集の巻頭論文が文科省の「声」となっている場で、他の執筆陣が、新指導要領の問題点を指摘することは難しいだろうな、という印象を持ちました。良い意味で裏切られたいものです。

先日発表された、中学校の「特定の課題に関する調査」結果を踏まえての論考、調査結果への言及が、他の執筆者でもあちらこちらに見られます。当該の問題・設問はどんなものであったのか、読者は個人個人で文科省サイトからダウンロードして読みなさい、ということなのでしょうけれど、ちょっと不親切。まず、大問7つの全体の構成概念をこそ、文科省の立場で最初にまとめて載せておくべきだったと思います。私は、過去ログでも指摘してきましたので、印刷した大量の紙が手元にありますが、今回の特集を読むためだけに、ダウンロードし、そこでの詳細を検討し、さらに特集記事と読み比べる英語教師はどのくらいいるでしょうか?これは、編集部側の問題でもあります。折角特集記事の中で、前田啓朗先生が、「概要と結果報告」 (pp. 34 - 37) をまとめてくれているのに、本当にもったいないと思います。編集部は、各執筆者の原稿が集まってからでも、触れておかなければならないところを「後出しじゃんけん」するくらいのことはできたのではないかと思っています。

私がブログで取り上げたのは約3ヵ月前 (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120211)。この時は主として、「符号」と「文字」の書き方について考えましたが、当然、問題はそれだけではありません。

単一技能に特化した科目設定のない中学校の調査結果を踏まえての「話すこと・書くこと」の論考には頷けるものも多いのですが、高校段階の教育課程は、戦後最大の変化といってよいものであるにもかかわらず、その前提を揺さぶるような論考は少なかったと思います。

来年度から高校の新課程で導入となる「英語表現」という科目の存在意義、唯一の必修科目である「コミュニケーション英語」との関連、「英語会話」との棲み分け、など、教科書検定が終わった今、本当に考えておかなければならないことは多いはずですから。

単位制を採用している高校は多くあると思いますが、それらの学校で、無学年制を本当に徹底しているところは希有だと思います。各学年に、各科目を配置し、教育課程、シラバスを作る訳ですが、新課程では、唯一の必修である「コミュニケーション英語 I」と並行履修で、「英語表現 I」を1年次に置いた場合、2年次以降に「英語表現 II」を配置することになるでしょう。現行課程までであれば、1年次に「ライティング」を配置することは難しいので、2〜3年次で「ライティング」を履修していたわけです。このズレをどう解消するのか?今まで「ライティング」で扱っていた表現活動を、前倒しの発想で1年次で扱い、英語で表現する力を養成することはできないわけです。では、それに代わる「表現活動」とは?

今回の特集で、この疑問に答えるとすれば、そのものズバリで、

  • 山岡憲史 「高校英語の新しい科目『英語表現』 その特徴と指導法」 (pp. 25-28)

ということになるでしょう。山岡氏自身の高校での指導を踏まえて、こう述べています。

言語材料は少なくても、1年生の段階から、しっかりと1パラグラフを書かせ続ける指導があって初めていい英文が書けるようになる。「英語表現 I」は、そのような指導を促す科目になり、その教科書もまた、それを保証するものとなるはずである。

各社から出されている教科書が、本当にそれを保証してくれるか、待つ時間と同様に「選択肢」もあまりないように思います。

高校で「育てる」英語力にもいろいろあると思うのですが、「技能統合によって、単一技能に特化していた指導よりも、『英語で表現する力』が増すことは明らかなのか?」、をずっと気にしています。過去ログでリンクを張っている、和田稔氏の論考を今一度お読み頂きたく思います。(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20091203)

今回の特集で、その部分に光を当てるものは、

  • 平原麻子 「アウトプットにつながるインプット」 (pp.29-31)

となるのでしょう。ただ、タイトルとは裏腹に指導事例の断片的な紹介にとどまり、結局は『英語授業ハンドブック 高校編』 (大修館書店) を読まなければならない、というのでは、意地悪な言い方ですが、自社の新刊のtrailerになっているだけではないかという気がしました。英授研などで、素晴らしい実践発表をしている平原氏だけに、もう少しページ数が割ければ、違う見せ方ができたのではないかと悔やまれます。

ということで、毎号のように私が批判している「コラム」。

見開き2ページで高校入試と大学入試を概観。駿台予備校の鈴木貴之氏。高校入試は中学生の95%以上に関わってくるけれど、大学入試、しかも表現を問われる出題は高校生の過半数には関係がない、ということをきちんと踏まえておくべき。その上で、特集タイトルの「表現」に迫っているか?が問われるはず。大学入試で、自由英作文の分析は「話題」「テーマ」の表面をなぞっただけで、全く「表現」には切り込めていないと思います。このコラムの2ページ分が…。

バランスを取ればいいというものではないのです。大きな力を生み出すためには、大きくバランスを崩す勇気が必要。ハンマー投げの室伏選手を見て学んで下さい。今回の指導要領改訂を、戦後最悪の改訂と言わせないための「勇気」はどこに?

上坂洋史さんのブログで詳細に分析されている、「東大入試英作文問題の解答例」 (http://wordpower.blog84.fc2.com/blog-entry-17.html) のような、高校現場でも、大学で出題・採点にあたる側においても、受験産業といわれる予備校や塾の関係者にとっても、考えるに値する材料をこそ与えるべきでしょう。

高校に限れば、普通の高校生は、入試と関係ないところで英語を学んでいるからといって、高校の英語の授業では「英語表現」を求めなくてよいということにはならない、なぜなら…、というところからスタートしないと、新課程の「英語で表現すること」の指導は上手く行かないと思っています。科目としての「英語表現」だけの問題ではないのですから。

特集で大きく頷いたのは、根岸雅史先生の「下位技能」に関する重要な指摘。

  • まとまりのある文章を書くための下位技能 その現状と課題 (pp. 13-16)

引用はしません。必読です。

記事を読み進めての最終段落で、高校英語のライティングに関わる者として、胸が締め付けられるような、身の引き締まるような思いに駆られたのは、

  • 大井恭子 「まとまりのある文章を書かせる指導」 (pp. 17-20)

今月号で一番良かったのが、「表紙の写真」ということにはならないと思います。流石に、ライティング指導の第一人者。できれば、最終段落での「高校英語への注文」をもっと詳しく読みたいと思いました。

最後に今月の特集へのないものねだりを。

過去ログ (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061123) でも指摘していますが、日本語教育の最前線の方が、日本語学習者に表現として求めている「基本例文」をテーマ別に載せて、英語教科書のものと比較する、というような記事があっても良かったのではないか、と思っています。比較的新しい記事でも、一冊取り上げています。(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110119)

  • 坂本正 『学習者の発想による日本語表現文型例文集―初級後半から中級にかけて』 (凡人社、1996年)

「表現」という表現が、特集のタイトルに使われているのですから、その「表現」そのものの、適否、可否、優劣についての言及、考察がもっとあって然るべきでしょう。

指導要領では時代時代で記述は移り変わっているのでしょうが、日本の学校現場での「英語で表現する」ことそのものの歴史は古いのです。

ノスタルジアを越えて、先人の足跡の先へと行くために、繰り返し引くに値する考察というものが確かにあります。

従来教室で行われている生徒のproductionの面の活動は、本当の意味の意志の発表ということからは、およそ縁の遠いものである。たとえば、教師のいったことをそのまま口まねする、教師の問いに答える、日本語で与えられたことを英語になおす、文の転換、おきかえ、というようなものが大部分をしめていることが多い。また、作文とは、和文英訳の同義語に使われていて、生徒が場に応...じて、いうことの内容も自分で考えて発言したり、自由に書く機会はほとんどない。これでは発表の練習にはならない。/ 生徒が自分の意志で自分から発表する習慣は、英語の授業の第一歩から始めれば、むずかしいことではない。進んで発表するといっても、もちろん、既習の文の範囲内で、与えられたsituation によるものであるから、完全に自由な作文ではない。したがって結果に置いては、従来の活動で生徒が発表するものと同じものであるかもしれないが、「何々といいなさい」といわれてはじめて口を開くのでなく、自分から進んでということに大きな意義があり、これが将来のほんとうの自由作文、自由な発表の基礎をつくることになるのである。(吉沢美穂 『絵を使った文型練習』、『同 Workbook I, II & III』大修館書店、1965年、p. xvii)

言葉の発達は、すなわち、思想内容の発展であって、思想内容から離れた、言葉だけの問題などはあり得ない。それじゃ、作文がうまくなるためには、英語とか日本語とか、言葉に拘泥しないで、思想内容だけを深く大きくするように心がければ、日英両方で、作文の名人になるではないか、ということも考えられる。そういうことも確かにある。英語はまずいが、言おうとしていることは興味深い、という批評を与える作文がそれである。しかし、言おうとしていることが興味深いと言えるのはどうしてであるか。それは言葉づかいが興味深いからである。言いかえれば、言葉の用い方が独特の興味深い用い方であるから、内容が興味深いことになるのである。作文の中の思想感情は言葉によって発表しているのである。言葉の裏にかくれた思想といっても、表面上の言葉によって、その裏の思想がわかるのである。 (小沢準作「英語の作文と修辞」、『現代英語教育講座 8 』、研究社、1964年、 pp. 6-7)

私が生まれたこの当時と比べて、現在の英語教室で交わされる「英語の表現」は本当の意味で豊かになったのか、「英作文の教師」として今こそ自問する時だと思っています。

本日のBGM: Chicken And Feathers (Nick Lowe)

f:id:tmrowing:20120517171850j:image

tmrowingtmrowing 2012/05/17 19:41 どうでもいいことかもしれませんが、この『英語教育』2012年6月号の表紙の写真は、良い写真には違いありませんが、1996年のものです。Fourth of June で検索すればいろいろ出てくると思いますが、 Eton Collegeの伝統行事で、年代物の木製の8+の上に、正装した漕手がオールを持って立つシーンを見た事がある人もいると思います。因みに、ロンドン五輪のボート競技の会場 Dorney Lakeは、Eton Collegeが2006年に完成させたコースです。日本代表クルーが活躍してくれることを信じています。

2012-05-14 ほどほど

中間試験前なので、本業はお休みの日曜。

朝から作問、と意気込んでいたのだが、途中で、資料となる書籍を学校に置き忘れた事に気づいて、出校。折角来たから、とコーヒーを淹れ、一息ついてから帰宅。

午後は妻が出かけるので、娘と留守番。久しぶりに、一緒に散歩も。

8月の研修会の講座内容を思案。どんな方たちに参加して頂けるのでしょうか。やるからには、私の話の何かに共鳴共感して欲しいとは思うのですが、「書くこと」について考え、悩み、藻掻き、足掻き、光を見いだし、喜びを共有する、というようなことを肯定的に捉えられる人じゃないと、私の話を聞くどころか、時間を共にしていても全く面白くないだろうとは思います。

英語の作文指導、ライティング指導を考える時、指導者の側が自分の指導の参考に、と読む本はどのようなものでしょうか?著者として、誰を思い浮かべますか?

  • ケリー・伊藤
  • 大井恭子
  • 金子稔
  • 倉谷直臣
  • 上田明子
  • 天満美智子
  • 杉山忠一
  • 最所フミ
  • 安井稔
  • 秋山敏
  • 長谷川潔
  • 中尾清秋
  • 出来成訓
  • 岩田一男
  • 升川潔
  • 矢吹勝二
  • 荒牧鉄雄
  • 戸川晴之
  • 松本亨
  • 岡地栄
  • 山田和男
  • 木曽栄作
  • 小沢準作
  • 佐々木高政
  • 木村忠雄

私が自分でお世話になった教材の著者、直接お世話になった方の名前を思いつくままあげましたが、かなりの数になります。流石に、辞書でしか接点のなかった増田綱氏あたりまでは遡れません。ただ、自分の英文修業に資する本は多いのに、指導の際に拠り所となる本、というとまだまだ少ないと感じます。

では、英語で書く前に、日本語での「書くこと」の指南書を考えた時には誰が著者として思い浮かぶでしょうか?

国語教育の世界での倉沢栄吉、青木幹勇、大村はまという三人は別格として、「日本語の文章を書く」といった時に私の頭に浮かぶのは、次の三人なのです。

  • 鶴見俊輔
  • 加藤典洋
  • 高橋源一郎

この三人のうち、少なくとも一人に関心がある方は、私の「書くこと」へのスタンスというかアプローチというか、こだわりにも、何か意義を見いだせるのではないかと思います。三人とも「?」という方のためにというわけではありませんが、今年の講座では、少し「日本語での書くこと」を眺めてみる時間も作って見ようと思っています。

進学クラスは、テスト前最後の授業。

高3ライティングは、予備校の夏期講習の教材や市販教材の不備を指摘し、どのように間違い、または不適切であるかを示し、代替案を。結局のところ、普段このクラスの授業で扱っている英語の内容、クオリティがいかに信頼に足るものであるかを実感する一時となります。あの「診断テスト100題」だって、日本全国、私の信頼する多くの英語教師の協力を経て使えるものになっている訳ですから。

残念なのは、改めて眺めてみたこの市販教材。依然として改訂はされていないまま市場に出回ったり、学校採択で使われたりしているのだろうなぁ、と憂鬱になります。さらには暗唱例文と称して、CDがついているあたりが何とも罪深い教材ではあります。「より良い英語で、よりよい教材を!」

高1はいよいよ「助動詞の番付表」導入。

週末の課題に、「大相撲の力士の番付を確認して、家族と話しをしてこよう。」と促していたこともあってか、スムーズに役職が出てきたのは結構なことなのですが、調べてきたメモ書きを見ながら発言できてもあんまり良いことはないのですよね。それでは「調べ学習もどき」です。まあ、おいおい洗礼を浴びることになるでしょうから。

肝心なのは、例文を生き直すこと、をどう志向し、実現していくか。

メイン教材の『レベルアップ英文法』 (NHK出版) からダイアログを再生し、ポイントの解説。そして再度聞き取り。

  • 触れば体温が感じられる、話している人の顔が見える、斬れば血が滲む

教材であることを確認してもらいます。

このような学びをひたすら繰り返し、中1から高3まで英語の言語材料のレベルを上げていけば、もう足場づくりとしては十分なのではないかと思っています。その意味では、この『レベルアップ英文法』は登場人物の設定、ストーリーの展開、英語の難易度の匙加減などなど、格好のスターターと言えるでしょう。現行講座の「基礎英語3」は、今年度も継続して阿野幸一先生の担当ですが、その過去の講座をまとめたものが出ています。ちょっと分厚くなりましたが、コラムもあり、自学自習でも使い勝手は向上したかも知れません。

  • 阿野幸一、アンソニー・アラン『NHK CD Book基礎英語3 ストーリーで学ぶ英文法の基礎』 (NHK出版、2011年)

高2は、「ライティング」のコマ。『コーパス口頭英作文』と『意味順』のコラボの持つ意味を確認。

特に、後置修飾で、吹き出しを使って二段目の活用が出来ているか。

残り時間は、「学級文庫」にある学習参考書や英語関連書籍を活用するための助言。高3のクラスで取り上げた、教材の写しを見せ、ロジックが欠落、または大きく崩れた英語を暗唱したり、問題演習したりするよりは、「適切に用いられている英語」を目の前にして自分が出来ること、のバリエーションを増やしましょう、と説いておきました。「四角化ドリル」と「番付表」が出来ていれば『意味順』での悩み所・迷い所もクリアーできるし、「例文を生き直す」姿勢さえあれば、『コーパス口頭英作文』の例文の短さが長所に変えられるでしょう。たぶん。

一つ試験を印刷して帰宅前に街まで。

腕時計の革ベルトが切れていたので、交換に。色目がだいたい同じ、カーフの型押しを探していたのですが、良いものがなく、最終的に黒の鰐皮になりました。

書店を覗いて、“小学校英語楽々教材シリーズ” と銘打った本を一冊購入してから帰路。

  • 高橋豊 『英単語がどんどん読めるつづり読みワーク43』 (明治図書、2012年)

あれだけ、文科省側では「外国語活動」という呼称を使っているのに、結局のところ、商業ベースでは、「小学校英語」になってしまうわけですね。英単語の読みができるようになるように綴り字のパターンを整理したていねいなスモールステップ、が売りの教材です。こういうものが求められているという現実があるのでしょう。週末の打ち合わせに向けて購入を決意。

ただ、会計で、この本の値段を聞いてびっくり、

  • 2268円也。

本当に?120ページの本で、ワークシートをまとめたものが?音声CDもなく、DLのサイトもないのに?と「?」のオンパレード。もう一冊別な英語教育関係の本も買おうと思っていたのですが、諦めました。諦めたのはこちら、

  • 『大修館英語授業ハンドブック 高校編』 (大修館書店、2012年)

新課程の「英語表現」に関しては、平原麻子先生が、「ライティング指導」の基礎的な理論や指導技術に関しては工藤洋路先生が書いていますので信頼に足る内容かと。今月の給料日を待ちたいと思います。

さて、書籍の続きで以下の告知。

昨年の慶應大・学習英文法シンポジウムの成果がいよいよ形になります。

大津由紀雄 編著『学習英文法を見直したい (仮題) 』 (研究社)

シンポジウムでは「指定討論者」だった私も著者の一人として「基礎編」で書いております。大津先生も、よく私に執筆を依頼されたと思いました。多分、他の人では書かないような内容で切り口でしょう。これでまた友だちを減らしたかも知れませんが…。シンポジウムの登壇者以外にも、英語教育、英語学など関連諸分野の錚々たる執筆陣で、私自身、他の方がどんなことを書いているのか、待ち遠しく思っています。8月の研修会の頃には市場に出回っていることと思いますので宜しくお願いします。

本日のBGM: smooth out the line (Jonathan Kingham)

2012-05-12 ”Only fools rush in, but ....”

tmrowing2012-05-12

週末の授業から、土曜日課外へ。

進学クラス高1は、「四角化で視覚化」のドリルを8まで。

倫太郎さんに教わった「A of BでBのA」を足場にして、<a lot of +名詞>へ。三歩進んで二歩下がるような、いつもの歩みで、「名詞」に迫ります。どれだけ、名詞好きなんだよ、という感じ。私自身が、中学生の時に何で悩み続けていたか、ということを辿り直す大いなるレビューでもあります。

名詞の分類、という時に、「可算不可算」とか「物質名詞」とか、そういうことばは、今のところ使いません。まずは、「人」「もの」「こと (がら)」の三分類。で次が「性別」と「数」です。「数」に関しては、日本語の名詞との最大の違いが現れるところですから、丁寧に。ドリルの前の「例」で提示しているのは、

a lot of students

a lot of people

a lot of money

a lot of water

a lot of love

これらを材料として、

  • 単数形ではなく、複数形だということを-sで終わることで示す名詞
  • 意味は複数だけれども、形の上では -sになっていない名詞
  • さっき、「-sにならない名詞」と思ったけれども、場合によっては-sになることがある名詞
  • 複数形に変わっても、-sにはならない名詞
  • 複数形に変わったのかどうか、その語だけではわからない名詞
  • 複数形にはならない名詞

などについて考えます。

私は、 “people” が苦手でした。日本語の「人」と「人々」の方が余程健全です。peopleはそれ自体が「人々」という複数を表す意味を持つ語なのに、その形は「単数形」である、ということが中学生の私には理解不能でした。”person” の複数形と思っていた時期もあります。一見、似たような語に、”couple” があります。これは、意味は複数だけれども、単数形、なぜなら「単位」だから、と納得しました。だから、aで始まる場合も、-sで終わる場合も悩みませんでしたが、peopleには手を焼きました。

  • a lot of people

とも言えて、

  • a people

とも言えて、

さらには

  • peoples

とも言える、という奇妙奇天烈な語をよく受け入れて過ごせるものだと、周りの級友たちを眺めていました。

「四角化」ドリルの8には、”fish” という語も出てきます。一般には<単複同形>などと説明されることのある名詞に分類されることが多いのでしょうか。でも、a fishは単数形で「一匹」ですから、この語とpeopleは全く違うということは今ならよく分かります。

そんな壮大なレビューを経て、『レベルアップ英文法』の素材文を使っての、記号付け。

  • Houston, Jefferson Junior High School, Ms. Smithなどの固有名詞や肩書き付きの名前の扱い。
  • everything, everyone が「代名詞」だとすると、いったい何の代わりとなっているのか?
  • We change classes and each class has different students in it. のit と、 They have a pool in their backyard. Many people do here. Can you believe it? のitと、I kicked my ball into the pool. When I got my ball, I fell into the pool. It was fun, but my mom got mad because my shoes got wet. のitの扱い。

英語学習者として、これまでに自分が歩んできた道のりで何を観察し、何を試し、何を身につけてきたか、その全てが問われます。悩み所では悩み、迷い所では迷う、を地で行く歩み。今日は掛け値なしにいい授業だったと言えます。でも、この授業ができるまで、25年かかってしまっているわけです。一人の教師にできることはたかが知れていますね。

進学クラス高2は、「ライティング」の流れで、cannot help –ingの用例収集で旅する週末。ホワイトボードに、20例文を目標に、「学級文庫」フル活用。お子ちゃま用の英英辞典でも、温度差ははっきりしています。 “It was so funny that I couldn’t help laughing.” では、用例を生き直すには十分な文脈がないので、初学者には不適切。せめて、itが何を指すのか、私はその時、どこにいたのか、が明らかになるような文脈が望まれます。 生徒には、

たとえば、結婚披露宴。最後のお色直しも済み、新郎新婦が並んで、両親に挨拶する場面。新婦が「いままで育ててくれてありがとう。今日から私はtmrowingさんと幸せになりますっ」と感動に包まれるはずのクライマックスで、新調したスーツに着替えて隣に堂々と立つ新郎のtmrowingさんの、ズボンのチャックが全開!

とでもいうような、「触れば体温が感じられる、話している人の顔が見える、斬れば血が滲むような用例を!」と繰り返し求めています。その意味では、必ずしも「コーパス」準拠の辞書がすぐれている訳ではありませんし、収録語数を減らした初学者用の辞書が適しているとも言えません。だからこそ、旧い版のものも含めて多種多様な辞書・参考書を「学級文庫」に置いてある訳です。

ボードに転記した生徒に英文を読み上げさせて、私が質問。意味と文脈を問うていきます。その中で、この表現の「肝」に気づかせる欲目。一段落したところで『政村本』のhelpのページを開いて、図解と解説を読ませて、天才の業に感謝。この項目の解説は必見ですよ。

土曜日課外は時間の余裕があるので、復習を兼ねて、3枚の写真からスモールトーク。

  • ケーキを前にした笑顔の少女
  • 妖艶なコスチュームを纏う女性アスリート
  • 金メダルを抱く銀盤のチャンピオン

誰もが見て分かる、フィギュアスケートのYu-na Kim選手の写真。

続いて、歌の書き取りへ。

エルビス・プレスリー。

書き取りといっても、falling in だけが空欄ですから簡単です。「フォーリンラブ」ではないですよ、と念を押して、結びつきと音とを確認。この教室だけ、無線LANが届くので、YouTubeのライブ映像で、プレスリーがいかに衝撃的だったかを見せておきました。

残りの時間は『コーパス口頭英作文』と『意味順英作文のススメ』のコラボ。悩み所、迷い所を個人個人の歩みで。意味順ボックスに入れていく、という一見単純な作業ですが、

I’m Japanese.

I’m from Hokkaido.

The dog is over there.

あたりは、悩んでいいところだと思っています。今日、「目から鱗」と思って、感動、納得した人も、

  • Where are you from?

での「どどいつ」扱いで、振り出しに戻るはず。まあ、週明けの授業で考えましょう。

昼食はカップメンで済ませて、午後からは本業で近くの湖まで。近く、といっても車で20分ほどかかるのですけれど。

1Xにフロートを取り付けての「操」艇練習。頭を抱えるような事態でも、比喩で済ませるように。オールから両手とも離したら沈みますよ。途中で、コースを行き来する、中国連盟合宿中の高校生漕手を見て学ぶ。早く、あんな風に漕げるようになりたい、と心から思ってくれたでしょうか。

帰宅後は、自治会の文書の整理、中間考査の作問等々。

上述のhelpの慣用表現に関して、ネット上で気になるやりとりを見つけました。

Thread: 'can't help doing' vs. 'can't but do'?

http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=1754043

という2年ほど前のやりとりですが、その中で、「この二つの表現のうち、”can’t but do” では、用いる動詞に制約があるので、interchangeableではない。」、という日本語ネイティブの方のコメントがありました。そのコメントに対して、Thomas Tompionという英語ネイティブの方 (おそらく、この板の常連さんでしょう) が、「この二つはinterchangeableである」とコメントしていて、私としては、そちらの意見の方が頷けるものでした。ちょっと長いですが、上記フォーラムから、引用します。

2.

1a. I couldn’t help but borrow 100,000 yen from Tom.

1b. I couldn’t help borrowing 100,000 yen from Tom.

I don't think one of these is more acceptable than the other. They are both strange because the formula is used for things which one does despite oneself (without wishing to, in advance). Now things which one does despite oneself are often emotions, and this idea may be at the heart of the article you cite (why haven't you linked the text for us? That would have been helpful). Borrowing is not something one does despite oneself, so both sentences 1a and 1b are pretty odd.

However, there are things which one does despite oneself which are not emotions, like most verbs of perception, seeing, hearing, noticing, and there are a lot of spontaneous reactions which are not strictly emotions either, like jumping, sneezing, and fainting. So my reaction to your article's rule is that these formulae are used mostly with things which one does despite oneself, without volition, and so they are used with many emotions, which are often spontaneous reactions, but there are verbs which indicate spontaneous reactions which are not emotions, and so the suggestion that these formulae are only used with verbs of emotion is incorrect.

Incidentally, borrow is used in both sentences; why doesn't that make both sentences unacceptable in the view of the writer of the article? Borrowing isn't a spontaneous reaction, and it is that which makes both sentences strange, in my view.

日本語母語話者の方の意見の根拠、出所は、と見てみると、

「cannot help doingとcannot help but doは同じ使い方をしてもいいのでしょうか」

http://www.biseisha.co.jp/lab/lab1/11.html

という記事。私も時々見ることのある「英文法Q&A」。大阪大学の岡田伸夫先生の連載でした。ただ、この回の内容は、「Edward Quackenbush先生にご教示いただいた内容をまとめたもの」ということで、英語ネイティブ、一個人としてのintuitionが示されていると理解しています。

私自身は日本語ネイティブですが、cannot help –ingでは-ingの部分にくる動詞というか、この表現の使い方に、やはり何らかの制約はあるように思います。

英語ネイティブの中にも明らかに制約あり、と見る人もいます。

  • T. D. ミントン 『日本人の英文法 完全治療クリニック』 (アルク、2007年)

では、この表現は、pp. 208-218まで、3項目に跨って取り上げられ、用例の検討も含めて丁寧な解説が施されていて、書名に恥じぬ名医の業だな、と思いました。

大学受験用の教材でも、ずいぶん前から、

  • 山口紹・Tom Gill 『大学入試英作文総合問題集』 (研究社、1998年)

では、別冊解答のp.15に、can’t help –ingの使用に関する受験生思いの親切な解説がなされていますし、最近の学習参考書でも、

  • 竹岡広信 『よくばり英作文』 (駿台文庫、2011年)

の、pp.98-99では、和文英訳の問題2題を使って、簡単ではありますが、注記はされています。

このように見てくると、高校現場ではそろそろ「適切」な例文が定着してもいい時期ではないかと思わずにはいられません。

さて、

先日も紹介した上坂洋史さんのブログ「英語教育レボリューション」の新しいエッセイを読みました。

(※2016年3月29日追記:現在では、全ての記事・データが削除されており、関連記事を読むことはできません。先方の都合のようですので、悪しからず、ご了解下さいますよう。)

エッセイ18「新制度の教科書における英文法の扱いについて」http://wordpower.blog84.fc2.com/blog-entry-52.html

  • 今では、こういう誠実な物づくりをしている人は希有な存在なのか…。

とエッセイの内容への共感とは裏腹に、英語教育界の現実に対して少し「残念だな」と思わざるを得ませんでした。

私は、前回引用した

の前に、

というエントリーを読み、次のようにコメントしていました。

時期を逸したコメントになりますがご容赦を。新課程の教科書検定が終わり、各社から『英語表現』の教科書も出てきていると思いますが、上坂さんの仰るレベルの「ディスコースとして練られた英語」を産 出することができそうな教科書は恐らくほとんど出版されないのではないか、と危惧します。多くは、現行課程の『オーラルコミュニケーション』の教科書に、 文法事項を配列した、帯にも襷にも短いものになるのではないでしょうか。短文の作文はおろか、まとまった作文の書き方も、「受験産業」頼み、となる暗黒の時代が懸念されます。英語教育界は、もっと中高レベルで「書くこと」にはどのような術、手当が必要なのかを本気で考えるべきだと思っています。

その時の上坂氏の回答は当該ページを読んで頂ければ分かると思います。その時点では、当然、他社がどんな教科書を作るかは分かっていない訳ですから、作り手としては、自分 (たち) の信念・理念・哲学に基づき、最良・最適と思える「もの」を作り、そこに「魂」を吹き込もうとするのです。

私はある会社の白表紙を見た時に、本当に我が目を疑いました。

これでは、「英語表現II」という科目で、現行課程のPlanet Blueや旧課程のWrite On、その更に前のPolestarの初版、などの「ライティング」を越える教科書は生まれてこないし、遙か昔の「英語IIC」の時代のSpeak & Write Betterや、Enjoy English Writing にさえ及ばないのではないか。

偽らざる思いです。

一昨年、私が担当したELEC協議会の夏期研修会の講座は、高校英語教室でこれまで取り組まれてきた「書くこと」の指導を振り返る内容を含むものでした。「新課程」で「ライティング」という科目が無くなったからといって、「書くこと」そのものの指導が終わるわけではない。私の先輩世代、先人がこれまで苦労をしてきたからこそ辿り着いた「現在地」があるのだから、その苦労を無にしてしまうことがあってはならない、そんな思いを胸に講座を進めてきて、終盤、本当に胸が締め付けられるというか、不甲斐なさ、悔しさが入り交じって、不覚にも落涙したことを今もリアルに思い出します。

昨年度から、いわゆる受験産業、予備校の「英作文」「自由英作文」「ライティング」のテキスト、受講ノート、解答解説を集め、精査しています。受験対策ではありません。今後、目の前に現れるであろう、「暗黒」や「混沌」に対応するためです。

最近入手した、河合塾の夏期講習「自由英作文」では、テキストの作りは真っ当な印象を受けたのですが、受講生に配られる、解説のプリントを見て「?」。

どこかで見覚えが…。

なんと、『Planet Blue』 (旺文社) の、

  • The Organization of a Paragraph

が英文も解説も、引用ではなく、そのまま丸々1ページコピーされているのです。笑いごとでは済まされません。出典を明記せず、著作権上問題がある、ということも勿論ですが、それ以前に、「テキスト」とは何のためにあるのか、自問自答すべきでしょう。なぜなら、そのプリントのタイトルには恐らく、講師自身がこう書いているのですから。

  • 自由英作文 入門編 補充プリント (1) 導入編 自由英作文とは?

私も検定教科書に10年関わりましたが、著者を辞めてもう、数年が経ちます。そして、検定教科書を書くことはもうないでしょうから、このような無断引用に目くじらを立てなくてもいいのかも知れません。

しかしながら、いくら「受験対策」だからといって、英語として、指導法として「お粗末なもの」を適当に「化粧して」、学習者を惑わすのは止めにしてもらいたいのです。高校現場の英語教員は、もっと誠実に、真摯に生徒に向き合って、英語力を伸ばそう、生徒の成長を手助けしようとしているはずですから。「今、目の前」の生徒、英語教室を考える時に、旧い世代も若い世代もありません。

何度でも言います。

「より良い英語で、より良い教材を!」

本日のBGM: Can’t help falling in love (Elvis Presley)

2012年5月13日追記:

cannot help -ing や cannot help but原形などの、cannot help のバリエーションに関しては、小西友七氏が「混交語法」として、『アメリカ英語の語法』(研究社、1981年) の pp.115-116で取り上げられていて、私が初めて読んだ高3の時からずっと気にしています。これまでの同僚だった英語ネイティブには必ず聞いてきましたが。回答には個人差もあり面倒な表現だな、というのが実感です。

tmrowingtmrowing 2012/05/13 10:28 写真を追加しました。書名、本の内容と、今回の記事本文と照らしてお読み頂ければ喜びます。
混交語法に関して若干の追記。

tmrowingtmrowing 2016/03/29 17:55 この日のエントリーでリンクを貼っている、ブログ「英語教育レボリューション」は現在では全てのデータが削除されており、読むことはできません。先方の都合のようですので、悪しからず。

2012-05-10 “Don’t Ask Me Nothin’ About Nothin’”

連休明けの授業を一つひとつ。

商業科2年はスモールトークから。先週はダーレオーエン選手の悲しい出来事。今週も、訃報を受けて準備した写真の拡大コピーでイントロ。雑誌の懸賞で当たったTシャツも見せて、映画にも言及。

  • Maurice Sendak

について、簡単な引き写しの資料を10部ほど用意。

新たな教科書の第一課は、語彙のレベル、構文のレベルを押さえて作ってあるので、語句の仕込みを敢えて外して導入。簡単なことば、であっても「詩」を扱うことによって、ことばの型、形式が果たす役割・意味を考えることが可能となっています。置き換えられないことばの持つ力をもっと信じましょう。「詩」はおまけとか、付録ではダメなのです。

新課程を睨み、御上や学者に「英語の授業は英語で」といわれると、とたんに、

  • Q&Asを含めてインタラクションを英語で行う。
  • 本文を英語で言い換える。
  • 本文を英語で要約する。

というような活動をやらなければならないと思ってしまう人が多いように感じるのですが、今日のこのクラスの授業で、

  • 文を作るのではなく、内容をまとめることができる、括り出すことができるキーワードだけ英語で示す。

ということをやってみて、これだけでも、十分内容理解の確認として機能することを実感しました。表現活動は表現のためにこそ。

「英語の音とリズム」でのフォーカスは、

  • 強勢 (いわゆるアクセント)
  • 母音と子音、母音字と子音字

の練習から。family, from, friend(s), market, across などの語で、原理原則の把握。

  • 綴り字と発音

では、

  • school vs. chore(s)

で、綴り字の-ch-の表す音に注意して、それぞれ、同じ仲間・グループメンバーを書き出す活動。

  • change, chance, champion, chair, check, cheek, China

など、”chore(s)” の仲間は盛りだくさんなのに対して、“school” の類例がなかなか出てこないので、

  • 「学校」って、孤独なんだね。

と振ってみるが、芳しい反応は無し。

  • chorus, Christmas, stomach, headache

などなど、さまざまな類例を振り分けて、どちらが多数派か?と問うて、chore(s) が多数派の住人であることを確認。「発音注意」などと辞書にはあるけれど、子音字の発音さえ確認できれば、母音の方の類例も。

  • more

を板書し、「仲間が思いつくか?」と問うて、

  • store

へ辿り着く。導入で使ったschoolという語に着目させ、「学校で学んでいる知識や技能で本当に大切なものは、お店でお金を出せばすぐに手に入る、というわけではないのですよ。」と締めくくり。

1日空けて、翌日の時間の冒頭では復習を兼ねて類例。

  • much
  • Mach

を辞書で確認。muchは流石に「いくらなんでも、それくらい分かりますよ!」というレベルだが、Machは調べて初めて気づく者が多いであろう語です。その後、

  • 子音の連続 (landとlands、giftとgiftsの違い、など)
  • 子音と母音のつながり (in other lands、with her family など舌先の音と、market, tooなど同一調音点での保持、など)

を解説し練習。

教科書本文の精聴にこのクラスでは初めて、教科書準拠のCDを使った。ただし、BGMは無しにして欲しい。ムダな費用は削るべし。個人読みのために、ポーズありのトラックの方をかけて、ポーズの間に、口パクの練習をさせる。口パクでも上手くいかなかったところが出てくるので、そこを中心に個人練習。

再度、精聴。ポーズの間に、自分が上手く読めるようにせかせかとメモ書き。

メモ書きを確認して、再度2分間個人練習。

ここまでやってから、CDについて、ポーズの間で、次のフレーズが流れる前に読む練習。

本文で出てくる、簡単な文法項目を確認するために、全員が指定で買わされている英和辞典の例文を見つける課題。板書は日本文のみ。ターゲットとなる項目で出てくる語、または、日本文のキーワードに該当する英単語を引けば、お目当ての英文は見つかる、というもの。当然、あっという間に終わってしまう生徒もいますから、そういう人は、ここまでのステップを振り返り復習。

次回は、辞書引きで得た例文の確認から、文法の明示的な指導です。

進学クラス高1は、「名詞は四角化で視覚化」のドリルを一つずつ。

なんとか「崖の上のポニョ」と「ポニョの上の崖」の区別をよじ登り、あらたな水平線へ。ドリルの6まで漕ぎ着けました。

合間には、私が高校生の頃の英語への取り組みや、前任校の生徒やこの学校の卒業生の取り組みを紹介。

進学クラス高2は、投げ込みとして扱ったボブ・グリーンのコラムのフォローも少々しておきました。翻訳の日本語表現に着目し、英語表現へ直す時の頭の働かせ方のチェックポイントをいくつか。当該箇所の原文を再度読み込むところまでは前時で終了していたので、今週は、いよいよ「ライティング」のコマへ。

商業科2年と同様、故人を偲ぶスモールトークから。

昨日のMaurice Sendakに続いて、今日は Vidal Sassoon。

今月末に東京では映画上映があるのでそのサイトの情報も。引き写しの資料をA4にまとめて、「より美しくなりたい女性」に、と言って女子生徒に配布。

  • 今の時代は、「美しくなりたい男性」や、「女性になりたい男性」もいますからね。

と補足して、「愛する人に美しくなって欲しい男性」にもあげましょう、と言って結局全員に配布。難しい時代になったものです。

「ライティング」の科目とはいえ、この初期段階では、田地野先生の『意味順英作文』を読んで、「意味順ボックス」の枠組みに上手く収まるように、『コーパス口頭英作文』の例文をノートに書いていく作業位しかしていません。

『コーパス口頭英作文』には各ユニット、日・英対照で例文が10セットありますが、そのほとんどは中学レベルの文。ただ、補語・形容詞扱いする名詞句とか、話題の焦点化で文頭へ移動することのできないような副詞句の扱いなど、少数の「悩み所・迷い所」はあるものです。もう一冊、似顔絵の可愛い方の『田地野本』を学級文庫に寄贈して、困ったら参考にしなさい、という指示。生徒は、似顔絵と写真を楽しそうに見ていました。

高3ライティングは、連休中に実施した模試の解説から。

ちょっと頂けない設問があり、手元の辞書や概説書、オンラインコーパスでの検索などバタバタ。

問題の一部に関してはFBでも何人かからコメントをいただきましたが、そんなのはまだ序の口で、「模試」で解答として求めるような設問ではないと感じるものがチラホラ。週明けにでも模試の出題・作問担当者に確認しておきたいと思います。「批判」と「アラ探し」の区別が付かない人には、言うべきことばがないのですが、ダメなものはダメですよ。「では、それに取って代わる肯定とはなんぞや?」ということで、数少ない信頼のおける学参の『金子本』から、抜粋して「類題」というよりも、本来身につけるべき英文を作成できるような練習問題を課しておきました。日本の高校生も、1979年でこの水準にいたはずなのですから、時を経て劣化するのではなく、「より良い英語で、より良い教材」を作り、広め、その上で「問う」ことが大切でしょう。

来年度の学校パンフレットの写真撮影。進学クラスの英語科担当を代表して私が写ることに。

授業風景というのではなく、「英語」だと分かってもらうには、教材を持つことだろう、ということで、小脇に抱えた本は、

  • 『「意味順」英作文のススメ』
  • 『ロジカル・ライティング講座』
  • The Good Grammar Book

の三冊。

今年は「広報」支援で中学校も訪問させていただきますので、よろしくお願いします。

帰路の車中で、若者の紡ぎ出すことばの成長を実感する瞬間。

嬉しいものです。

いつだって、若手には期待しているのですから。

本日のBGM: 世界はまだ君を知らない (阿部真央)

2012-05-06 「杜若衣に摺り付け…」

tmrowing2012-05-06

五月五日は端午の節句、子どもの日。

日本にある全ての原発が停止し、42年ぶりに、日本では原発が全く稼働していない記念すべき日だったのですが、流石に、日々のトレーニングを怠っている者が、ムキになって漕ぐとろくなことが起きませんね。

本業の乗艇練習、最後の最後で、分漕から両舷に移り、スピードに乗った時に私が漕ぐバウのストレッチャーを固定するラチェットレールが「ベキッ!」と破損。老朽化、メンテナンスの不備など要因は重なっているのでしょうが、リリース時に、左の尻〜左脚がストレッチャーを踏ん張り続けられずに、引っ張ってしまったのが、駱駝の背を折る最後の一本の藁となった模様。反省。

ネジ止めする台座部分から補修が必要になる程度に剥がれているので、揚艇後はランニングに切り替えて終了。急遽、1Xにフロートを付けるべく調整に入ったのですが、近い方の湖にあったストレッチャーボードを規格艇の女子艇用にカスタマイズして、遠い方の湖に置いてあったことに気づき、遙々ドライブに出かけましたとさ。S2 Softのオールも1セット積んで帰って来られたので、週明けの練習の準備が進んだことを素直に喜びましょう。

正業関連の友人がこの連休最後に「はま先生」の本を読むというのに触発され、私も書棚から引っ張り出して読み返す。

(前略) 勉強し始めて考えますと、今の教室で、出てくることばが貧しいと思えるのです。単元について、最後にこれでやれるかと考える最後のものが、出てくることばだと思います。ことばでない国語の時間に勉強していることは、国語の先生の範囲に入っています。しかし、ことばを使って、みんな生きていましてことばを国語の先生の分量、中味だというようには、簡単に言えないと思います。社会科であろうと、何であろうと、たくさんのことばで、文章で学習しているのですから、その間にいろんな読解の力や何かついてくるわけです。

 ですけれども、語彙となりますと、これは国語の先生の大責任、ほかに誰が本気になってことばを磨いたり、ことばを増やしたり、そういうことができるでしょうか、やっているでしょうか。ですから語彙の面が十分でないという単元は、私はとりあげないことにしていました。このテーマで勉強する、「アイヌ、その意味は『人間』」であろうと、「一基の顕彰碑」であろうと最後的には、これでどんなことばが、出てくるだろうかと。勉強している最中に、話し合いの中とかに、どういうことばが出没するだろうか。また、ことばとして行き交うだろうか。これらを検討して、最後的にこの単元をするかしないかを決めています。

これは、「単元 ことばの感覚をみがき合う」、『大村はま 国語教室の実際・上』 (渓水社、2005年、p.266) という講演録からの引用。教科の違い、時代の違いはあれども、「ことば」に関わる教師として忘れてはいけないことが、書かれています。

新課程の高校教科書、とりわけ『英語表現』に関して、最近「英語授業工房」でも取り上げられていて、高校英語界で信頼を寄せる方々のコメントも寄せられていました。そこで自分の初心に返ろうと、はま先生のことばを反芻していた次第。「英語表現」という科目が、本当に「ことば」の科目になるためには、その科目を授業する教室で豊かなことばが交わされ、一人一人の身につくことが求められると思います。そして、自分の身についたことばで何を話し、何を書くのか、教科書の果たす役割はとても大きいはずです。

呟きやFBでもリンクを張っておきましたが、

ベテラン編集者である上坂洋史さんのブログ

「英語教育レボリューション―もっと言葉に力を!」エッセイ16―新指導要領下の教科書を展望する (http://wordpower.blog84.fc2.com/blog-entry-50.html)

をお読みになった方はどのくらいいるでしょうか?今回のエッセイは高校の新課程教科書について書かれています。そのうち、「英語表現」に関しての指摘には大きく頷きました。高校英語指導者には是非ともお読み頂き考えて欲しい内容だと思います。見本を見る限りではがっかりさせられる「英語表現 I」の教科書が多い中、上坂氏の関わっている「英語表現II」がどのような教科書になるのかにも、注目しています。

私自身は、現任校の新課程に向けて、「英語表現」ではなく、「学校設定科目」を新設し申請しました。当然、検定教科書ではなく、自主教材を使うことになると思いますが、検定教科書も出そろった時点で比較検討していくつもりです。

今日読み返した、はま先生のことばでハッとしたのは、

よく見てみますと、それはスピーチとか朗読とか、そういうことなのです。それはそれでいいのですけれども、そういうのは大正に育った私たちだってやってきました。まがりなりにもスピーチはありました。ずいぶん熱心にやっていました。まあ、旧式というだけです。(中略) いちばん大事な話し合いということについては、やっぱり同じではないか。させる人はたくさんいて、教える人がいないということ。(上掲書、p. 5、「単元 『赤い鳥 小鳥』の実際」)

という、ある単元の説明部分。その続きをもう少し詳しく引いておきます。

自分のできないことを教えようという気持ちになる人は、あまりいませんね。できないこと、経験のないことを教えてほしいといわれても、扱えっていわれても元気がでません。たまにそうっとやってみると、たいへんな教室になってしまいます。こんなことをしていたのでは授業にもなにもなるものではない、こう思いますから、やっぱり読解をしている方が安心じゃないかしら、学力低下になっちゃうなんて思って、また話し合いの指導をやめるというような。

そのとき、私たちの方に、話しことばの会ができたのです。つまり、これは自分たちができないからだ、自分たちが話し合いの値打ちを体験していれば、それこそが日本の歴史を改めていくものだということや、生活を楽しくするものだ、ということや、いろんなことをです。それを自分たちがほんとうに考えていて、考えていてもそれができないものですから、それで話し合いをするのがいやになる、できないことを教えたくないのは人情ですもの。ですから、私たちは、話し合いということを自分たちで勉強しよう、話し合える人、すぐれた話し手になろうといって、話しことばの会は出発いたしました。

目から鱗を落とすために、気づいているばかりではいけませんので、自分の実作へ。

少し先の話しですが、今年の8月中旬に、教員対象の研修会で講座を担当することになりました。「高等学校のライティング」に関わる内容になると思います。今月中には詳細が明らかになるでしょうから、このブログでも告知します。

2009年の12月には語研で、2010年の8月にはELECの協議会で、それぞれ「ライティング」に関わる講座を担当しましたが、単独の講座としては、それ以来で、それに続く内容と言えるでしょうか。

2009年12月26日 語学教育研究所冬期講習会 

What makes a writing teacher? 〜英作文教師の舞台裏〜」

「ライティング」という科目は消えても、「書くこと」の指導評価は続く。「書こう」と思わせるタスク立案の苦悩、「書くために読む」教材研究での視点、添削・評 価の観点など、「コミュニケーション」「自己表現」「パラグラフライティング」などのバナーの下、授業に臨む「高校ライティング教師」の舞台裏をお届けしたい。

内容詳細は、過去ログ、

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20091201

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20091227

などから推察願います。

2010年8月14日 ELEC 夏期英語教育研修会

今さら「ライティング」? 今だから「ライティング」!

・今「ライティング」指導を振り返る

・テクストタイプに応じた指導

・論理 (=タテ糸) と英語表現 (=ヨコ糸) 〜「言いたかったけれど言えなかった言葉」とどう向き合わせるか

内容詳細は、過去ログ

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100606

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100817

をご参照あれ。

さてさて、今年の講座はどこに向かいますやら。

私がやることですので、最新のトレンドのお披露目というのはほとんどないと思いますし、新課程の「英語表現」礼賛とか、「私のこういった指導法を踏襲しておけばバッチリ」という内容にならないことは確かでしょう。まずは、過去ログも含めて、このブログの記事を読んでいただいてから、受講するかどうかの判断を下してもらうのがいいでしょうね。ということで、ご縁があったら、8月にお会いしましょう。

  • 阿部公彦 『小説的思考のススメ 「気になる部分」だらけの日本文学』 (東京大学出版会、2012年)

が届いたので、ボチボチ読み進めます。以前、『水声通信』で発表された小島信夫論がリニューアルされて収録されたことが単純に嬉しい。(過去ログ「再読の絶対値」参照: http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060406) 多くの人の目に触れ、思考を揺すぶることを期待します。

f:id:tmrowing:20120507043205j:image

本日のBGM: driving somewhere (Stephen Duffy & The Lilac Time)

2012-05-04 within your reach

SLA研究は多くの新たな知見を我々にもたらしてくれたし、これからももたらしてくれると思うのですが、外国語学習自体は、そもそも「語学」とか、ESOLとかいう用語成立以前の太古からあるわけです。脳科学の進展のおかげで、脳の機能に関しても、科学的に解明され、我々が分かっている「事実」は増えたことは確かでしょう。けれども、我々の脳の機能自体が昨日今日で変わるものでない以上、外国語学習者にとって問題となることというのは本質的に昔も今もそうは変わらないと思っています。経験や勘に胡座を掻いていてはダメだと思いますが、臨床の知に誇りを持ちつつ、教室で地道に足掻こうと思います。

連休谷間の授業の最後のコマで3年生に伝えたのは、

私も一応、英語教育に関する様々な実践や研究をしてきました。けれども、授業であなたたちにやってもらっている課題は、科学的云々よりも、自分自身の英語学習者としての実感を優先させています。少なくとも、30年前、自分が高校生の時にやってみて挫折したようなことはさせていません。やりたかったけれど、物理的に出来なかった「辞書の横断」や「ホワイトボードの活用」は今試しています。市販の教材がなく、自分で工夫してやってきたことが、今では教材になっている場合は、その教材を採用しています。30年前のやり方をそのまま踏襲するのではなく、それがなぜどのように上手くいったのか、次の何に繋がるのか、ということを考えたうえで、今授業でやっているような「形」になって現れている訳です。

というような話しでした。

同世代や、自分より先輩の英語教師で、物凄い英語の達人を沢山見てきたし、一緒に仕事をさせてもらってきただけに、これまでの英語教育では「英語が使える」ようにならなかったなどと短絡的なことは軽々しく言えないと思っています。常時英心と同時に、"English as it is" というつもりで、今、ここで全力を尽くせればと。

ブログの検索ワードで辞書関連が増えてきたので、少し整理しておきます。

  • 私自身が英語を使う際に引く辞書
  • 教材研究で使う辞書
  • 「学級文庫」に置いている辞書

というような大まかなグループ分けで。

80年代初め、私の高校時代は、『新コンサイス英英』 (三省堂)、LDOCEの初版、『プログレッシブ英和』が出たばかりでしたが、その学習版のような位置づけの『新選英和』 (小学館) を使っていました。周りでは研究社の『新英中』か、旺文社の『英和中』を使っている人が多かったと記憶しています。辞書の学校指定、というのはありませんでした。自宅では、研究社の『英和大辞典』 (第4版) の類義語欄を引いては読んでいました。

大学に入ってからも、LDOCEは継続して使い、教官に勧められて『プログレッシブ英和』を買っていましたが、授業に持って行くのは、『コンサイス英英』が多かったように思います。大学の図書館に行けば、辞書はよりどりみどりだったので、それほど辞書を集めた記憶はありません。『リーダーズ英和』が出たのが、大学の3、4年生の頃だったでしょうか。

教職に就いてから、辞書の必要性を痛感しました。80年代終わりから90年代にかけては、World Book Dictionaryと『ロイヤル英和』 (旺文社、1990年) に、90年代にはCOBUILDとBBCのお世話になりました。

現在、自分で一番多く引く辞書は、

  • Macmillan English Dictionary for Advanced Learners

のアメリカ英語版の初版 (2002年) です。これはコンパクトなビニール装で日本だけの発売だったかも知れません。Amazonのレビューも書いています。

次に手に取る機会が多いのは、

  • 『岩波英和辞典』 (1958年新版)

です。編者は田中菊雄。古書で買い求めました。前オーナーは鳥羽博さんという千葉にお住まいだった方のようです。現代語がないとか、訳語にモレがあるとか欠点を上げればいろいろあると思いますが、辞書の備えるべき「分」というものを弁えた名作だと思います。

あとは、電子辞書 (今でもSIIの SR-E10000です) の用例検索で自分の頭に浮かんだ言葉づかいの裏を取る、という使い方でしょうか。

高校授業の教材研究となると、それだけでは到底足りませんから、いくつもの辞書にお世話になります。

語義のパラフレーズには、

  • World Book Dictionary
  • ISED (開拓社)

こちらに越してきてから入手した

  • 学習英語辞典 (令文社)
  • ショーター英英辞典 (旺文社)

を引いています。新語が収録されているか、とか語法解説が精密緻密か、ということよりもまず「意味」ですから。

最近よく使っているのが、

  • Essential Learner’s English Dictionary (Merriam-Webster)
  • COBUILD School Dictionary of American English (Collins)
  • Chambers Universal Learners’ Dictionary (Chambers)

です。

一時期、

  • New Oxford Dictionary of English (Oxford)

を使っていましたが、何分、大きくて重いので最近は書棚で寝ています。WBDの二分冊というのは、今さらながら良いものだと思います。

このうちの多くは「学級文庫」にも収録されています。辞書を複数用意するのは、

  • 触れば体温を感じられる用例。
  • 斬れば血が出るような用例。
  • 話している人の顔が見えるような用例。

を生き直すため。受験用の教材で、よく頻出表現を、二つも三つも一つの例文の中に押し込めた英文を載せているものがあるけれども、そんな不自然極まりない英文ではなく、英語ということばを掌に修めた人の眼鏡に適った用例を辞書から拾うことに意味を見いだしましょう、ということを繰り返し説いています。

類義語に関しては、過去ログ

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090125

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120416

が詳しいかと。

慣用句・成句に関しては、東京時代は1993年版の

  • Oxford Dictionary of English Idioms
  • Oxford Dictionary of Phrasal Verbs

をまず確認というのが習慣で、

口語に関しては、大学1年から使っている、

  • 『アメリカ口語辞典』 (朝日出版社、1983年)

を引いていました。

最近では、

  • 『英和イディオム完全対訳辞典』 (朝日出版社)

を引く回数が多いと思います。

気になる時は、

  • 『英語慣用句小辞典』 (研究社)
  • 『英語イディオム事典 [身体句編]』 (大修館書店)
  • 『しぐさの英語表現辞典』 (研究社)

や、

  • 『新クラウン英語熟語辞典・増補新版』 (三省堂)
  • 『新クラウン基本英語熟語辞典・修訂版』 (三省堂)
  • 『英米故事伝説辞典・増補版』 (冨山房)

などに手を伸ばして調べたりします。

語源に関しては、いろいろレファレンスはありますが、

  • 『ハンディ語源英和辞典』 (有精堂)

で分からないものは、授業で深入りしないようにしています。後、自分で語源について勉強する際は、辞典や難しい本ではなく、

  • 小川芳男・前田健三 『英単語物語 その誕生と生い立ち』『語源を中心とした英単語の力の付け方』 (有精堂)

  • 太田垣正義 『英語の語源 I &II』 (創元社)

など、読み物系です。

現在の高2の学級文庫にある辞書類はこちらの写真をご覧下さい。

f:id:tmrowing:20120504192814j:image

教室後ろのテーブルに、ターゲットとなる語、語句を調べて拡げて置き、例文をread& look upで覚えて、自分の席に戻り書き取るのが、「シャトル・ラン」と読んでいる作業です。私が当たりを付けて、後ろの棚から辞書を選び出して準備することが多いのですが、時々生徒に手当たり次第引かせたりもします。この写真の一番右上の白い表紙は『ワードパワー英英和』(Z会) です。英英の定義文も翻訳してある画期的な双解辞典ですね。レイアウトを見やすくして改訂してくれないでしょうか…。

f:id:tmrowing:20120504192812j:image

語源の『田代本』から、中教出版の『英語基本語彙辞事典』や『政村本』などの基本語、最初フミの『類義語活用辞典』、さらには『クラウン受験英語辞典』まで後ろの棚に用意してあります。時々、ここから1年の教室や3年の教室へと借り出されたりもします。

本日は本業で、近い方の湖まで。

新人の乗艇も分漕とはいえ、いよいよフルスライド。

  • 腕の力を抜いて、前から大きくぶら下がる。
  • 「伊勢海老」のようにしなやかに身体を使って加速。

というのが今日のフォーカス。

午後モーションの前に、再度エルゴで動きを確認。

フィニッシュからオールを乗せて、ハンズが先、乗せたら乗せっぱなしで手を伸ばしたまま脚を畳んでいく。肩をリラックスさせ、オールの重さを感じて、キャッチ。

というところを反復してから、ドライブで加速。ボディを振って腹筋で巻き巻き。

私は2モーション、2Xのバウを担当。今日は水上も少しうねりが出て、早くも筋肉痛です。

県選抜チームは熊本遠征中。

メールや電話で様子を聞く限りでは激しい戦いが繰り広げられた模様。

夏に向けて我がチームも加速できるよう、深く脚を畳んでおきます。

本日のBGM: そばにあるすべて (gomes the hitman)

tmrowingtmrowing 2012/05/04 22:37 「一部」というにはちょっと多いであろう分量を加筆修正。

2012-05-02 ”Stolen Moments”

連休の谷間の出口を無事通過。滑落はせず。

ただし、伊藤華英選手の呟き経由で届いた訃報のショックは大きかった。呟きをフォローしている北島康介選手の声にならない声を聞いたような気がした。

Alexander Dale Oen

昨年の世界王者。ロンドン五輪でも金メダルの最有力候補と目されていた26歳。

競技も異なり、レベルも異なるのだが、若くして逝ってしまった身近なアスリートのことが思い起こされた。

授業時間割を動かしてもらい、コマ数を確保。今週はこの曜日にしかない科目は、理由の如何を問わず、つぶしてもらっては困るのだ。そのために、前時に課題を与え、解説の準備をし、新たな課題を用意しているのだから。

商業科2年は、新しい教科書からワークシートを作成し、配布。連休中の課題を指示。指示の理解を確認し、念を押す。

ニュース記事の写真をA3に拡大コピーしたものをマグネットで黒板に貼る。

3枚の写真。

  • 1枚目は、オーエン選手。昨年の世界選手権で表彰台の中央に立つ姿。
  • 2枚目は、ネクタイを直すしぐさに似合わぬ、厳つい顔をした男。
  • 3枚目は、窓やドアが粉々に吹き飛んだ、残骸にも見えるビル。

簡単にコメントを加え、世界と地続きでいることの意味を問う。

BBCのまとめたオーエン選手のエピソード記事のコピーを向学心のある生徒のために10枚ほど用意。

Obituaryやbiographyは東京時代から私のライティング指導での定番ではあったが、この話題はちょっと指導できそうにありません。授業の本題に移るので、写真を外し、真ん中の男の写真だけはクシャクシャに丸めて、屑籠へ。

教科書の英文は音読で仕上げ。

まずは、記号付けや発音の書き込みのあるセクションとまっさらな音読三昧のセクションとを行ったり来たりで、自分の中に英語の音があるか確認。それが済んだら、「動詞抜き」セクションの音読、「名詞抜き」セクションの音読。上手くいかないところは、最初の記号付けのセクションまでわざわざ戻って、修正を加えてから、再度「動詞抜き」「名詞抜き」。

ここまでやってから、「対面リピート」。

今回のポイントは、チャンクと糊代。

  • In the night sky, Mars is often brighter than other planets.

を単純にスラッシュで切って左から右に意味を取り、右から左へと積み上げながら音読を繰り返すのではなく、

  • other planets
  • brighter than other planets
  • Mars is often brighter
  • Mars is brighter than other planets
  • Mars is often brighter than other planets

というように、意味を考えて糊代を作りながらチャンクを拡げていく音読。

  • Are there other planets with life in the universe?

という文でも、

  • in the universe

はひとかたまりだが、それを拡げて

  • (?) life in the universe

はおかしいわけで、

  • planets with life
  • other planets with life
  • Are there planets in the universe?
  • Are there other planets in the universe?
  • Are there other planets with life in the universe?

というように積み上げてこそ初めて意味のある音読となるということ。

backward build-upというのは確かに効果的ですけれど、実際に授業で扱う時には、チャンクの切り出し方に注意を払わないと、単なる「猿真似」「鸚鵡返し」で終わります。

連休明けの課題を最後にもう一度確認して終了。

進学クラス高1は、発音と綴り字をまとめてから、『ぜったい音読』へ。

第一課を用いて、「教材の英文を生き直す」ということの具体例をいくつか。

「名詞は四角化で視覚化」「前置詞は名詞の前に置く詞」を導入。連休中の課題に。

高2は「作問」。

まだまだ甘いですね。いや、私の指導が。

今日は、

  • Why? を使った質問を作って安心できたら、Whyを使わずに同じことが問えるかを考える。
  • Whで問いを立てて、絞りきれないような時は、Yes / No の疑問文や、選択疑問、または、明らかにNoの答えが返ってくる、しかもその質問がヒントとなって、「では何なのか」が明確化するような質問で畳みかける。

という課題。切り口をいくつか示し、私の用意した質問を書き取る作業でお膳立ては終了。

連休中の課題に、ボブ・グリーンのコラムから1編。教科書で扱った内容・テーマに関連した話を抜き刷り。英語は学習者向けに書き直されてなどいないので、翻訳で該当の箇所がわかるように配慮。

高3ライティングは、ようやく「診断テスト」100題終了。

まだまだ、通過しただけ、体験しただけ。ここからが勉強でありトレーニングです。

今日強調したのは、

  • 過去進行形とwhenの共起での主節と従節の位置
  • 対比・対照を表すwhileで、本当の焦点は主節にあるのか、従節にあるのか?

触れば体温が感じられる用例、斬れば血の出る用例を生きること。

ホワイトボードを活用して、「覚える」作業と、「引き出す」作業を繰り返して下さい。

妻が友人を訪ねているので、夕飯は自分で済ませ、おつまみを仕入れて帰宅。

本日の晩酌: 若駒・純米吟醸・五百万石 55%精米・斗瓶取り生原酒 (栃木県)

本日のBGM: the rest of the dream (John Hiatt)

2012-05-01 青の時代

久々の乗艇で、前鋸筋が筋肉痛。

連休の谷間の二日間は平常授業。

朝4時から準備した復習から展開へという活動のことごとくが、不埒な輩によって無用のものとなる。青いと言われようと、我慢にも限界というものがあるのですよ。

邪気を吸わぬように、次の授業へ。

進学クラス1年は、発音と綴り字の復習と展開。焦点は英語の「リズム」。

  • 英語の綴り字では子音字が並んでいるので、「カタカナ語」では、別々に二回読んでいる語に注意。例: running (ランニング)、runner (ランナー)
  • カタカナ表記では「促音」を用いている語に注意。例: cutter (カッター)、happy (ハッピー)、lucky (ラッキー)

一見、ランダムに見える、例として取り上げる語の数々が、振り返ると、原理原則を語ってくれていることに気づく瞬間。それは、とりもなおさず、自分の中にある確かな「学力」に気づく瞬間でもある。授業という時の流れの中に貼られている「伏線」を確かめることの重要性を説いて、また、個々の言葉の学びへ。

2年の授業では高1に貸していた筆記補助具「もちかた先生」を体験。続いて、「もちかたくん」の初号器、二号器の合体で、「グリップが本当に安定する快感」を一人ずつ体験。感動的ですらある。

ちょうど、2年前の学年が、高1の3学期のラストで扱っていた課なので、その過去ログ「未熟さは、伸び代の証」 (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100225) の話しをして終了。同じ課を扱ってはいますが、同じ教え方にはなっていません。だって、生徒が違うんだから。先輩の学びから、何を自分との相似形として見いだし、何を新たに自分の学びとして作り出すか、どうせ過去ログを読むなら、そういう読み方を求めて欲しいと思います。

今日の英英辞典の引き比べは、 birthday。そこから「キーワード」として何を引き出すか。

  • your birthday is a day that is an exact number of years after the day you were born (LDOCE)
  • the day that is exactly a year or number of years after a person was born (Cambridge Advanced Learners Dictionary =CALD)

ここで “after” に気づいたのは流石。

  • the anniversary of the day on which a person was born (Chambers Universal Learners’)
  • Your birthday is the anniversary of the day on which you were born. (COBUILD School Dictionary)

anniversaryが出てきたら、そこから更なる引き比べ。日本語の「記念日」と単純に置き換えられないことが実感できるかを自問自答。

  • An anniversary is a date that is remembered or celebrated because a special event happened on that date in a previous year. (BBC)
  • a date when you celebrate something that happened in a previous year that is important to you (MED)
  • a date on which something special or important happened in a previous year (LDOCE)
  • the day on which an important event happened in a previous year (CALD)

この定義で不可欠な要素である “a previous year” を使って、 birthdayの語義を自分で考え直すことが大切。

このように、学級文庫が整備されたことによって、2年前より確実に「自分から動き、自分の頭で考える」学習活動が増えているのは喜ぶべきことでしょう。

音読と日→英復元まで。明日は、Question大会の予定。予定は未定、不確定。

昼休みに動画。太田選手の演技で心を洗う。女神に救われました。

さて、

過去ログ振り返り第2弾。

“Can-do” という概念を用いた英語力の可視化のための枠組み、到達度評価のための枠組みを作ろうという動きも、文科省が音頭を取ったら取ったで、急加速で全国の拠点校が出来上がるという極めて日本的な展開。泥縄っていうのはそういうことを指して言うのだよ。引き受けた学校は学校で、良心的に、誠意と責任感を持って仕事をしてしまうのだろうから、老婆心で抜粋再録。http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100114 より。2年前のエントリー。

リーディングの発達段階というか、スキルの優劣を考える時にいつも思うのだが、

  • 200語を 2分で読んで 80%の内容理解度

を達成したら、

  • 400語を 4分で読んで 80%の内容理解度

を達成できる。

とナイーブに考えていないだろうか?語彙と構文がパラレルなら、この逆はあると思うのだが、普通は、

  • 400語になると、ちょっと中盤からだれてくるので、4分で読もうとすると、内容理解も70%に落ちる
  • 400語で、5分かけさせてくれると、内容理解度も80%を維持できる

などというのが平均的な読者なのではないか、という気がするのだ。

その考え方で行けば、

  • 800語になると、8分では、やっぱり途中からつらくなってきて、内容理解度は50%にまで落ちてしまう
  • 800語を、12分かけて読めば、80%の内容理解度は維持できる

というようなスタートラインに立っているように思うのだが、そういう速度と理解度との関係をリーディングの専門家に分析し、普通の読者にわかるように説いてもらいたいのだ。

語彙と構文の変数を考えれば、

  • 1000語レベルで、ペーパーバック1冊 (120頁)
  • 2000語レベルで、3000語のエッセイ
  • 4000語レベルで、1200語の論説文
  • 6000語レベルで、400語の思想思索
  • 12000語レベルで、詩や寓意・警句

などということなる読解にどう優劣をつけるのか?私の場合は、それを「ライティング」という、逆の視点で捉え直すことを始めたところである。いつ終わるかはわかりませんが。

今日の学び直しの一冊。

  • Beginning Radio-TV Newswriting: A Self-Instructional Learning Experience, 4th Edition, 2003, Iowa State Press

文字通り、ニュースライティングのための大学生用入門編テキスト。ハイチの地震被害・救援報道でも、最新のニュースがtwitterなどで配信される時代に、このような伝統的な王道を行く報道のライティングはどう変容していくのか、注目したいと思う。その変容に対応するためには、自分自身が ジャーナリズムの英文が書けるようになることが一番の近道だろうということで読むことにしました。高校3年の時、大学4年の時も同じように考えて、自分で英語で新聞書いていましたね、そういえば。今回は、いつまで続きますやら…。

"Can-do"に関しては、1990年代の後半から、自分の関わる研究会で先進事例を研究したり、今世紀に入ってからは、研究開発の最先端にいる方々との交流があったりと、考える機会には恵まれていた方だと思います。4年半ほど前は、未熟ながら次のようなことを考えていました。やはり、2007年くらいまでは積極的に発言していたように思いますが、反響は芳しくなく、異動・移動でその後、まとまった考察をすることのないまま、今日に至っています。

数多ある、Can-do statementsの中で、私は相変わらず、Canadian Language Benchmarksの基本的な枠組みを高く評価するものです。身近で単純化されたコミュニケーションの場面での言語使用から、やや複雑な状況での言語使 用、さらには高度な言語運用が求められる状況まで大きく3つの段階を想定し、その中で、初歩的、やや発展的、充分な、流暢な、とそれぞれのスキルが習熟し ていく様子を4つのレベルで記述していく発想が秀逸です。決して発達段階がリニアに右肩上がりにはならないことをよく分かっているのですね。

(この枠組みの特徴は90年代の暫定版の方が顕著に現れていたと思います。現行の2000年以降版は、global standardを意識せざるを得ず、個性が薄れた気がします。)

先ほどのゴルフの例えで言えば、

• 素振りの段階で、なんとか振れるレベル、かなりスピードと方向が安定してきたレベル、素振りだけ見ればゴルファーだとすぐわかるレベル、 申し分ないスイングを身につけたレベル、と習熟してきても、実際にボールを打つ段になれば、なんとか当たるレベルのスイングとなり、一見技術が逆戻りした かのような発達段階を示すものです。そこから、確実に前に飛ぶレベル、遠くにとばせるレベル、正確に距離をコントロールできるレベルというような習熟を見 せるでしょう。では、実際コースに出て、いろいろなライで、さまざまなコースのレイアウトでボールを打つとなれば、それまでできていたはずのレベルでは ボールが打てない、コントロールできないなど、より高次の実力発揮が求められるわけです。

ここではスポーツのトレーニングの比喩を用いましたが、言語の運用であれば、「人」を相手にすることが多いので、「一人でもできる訓練」と「相手がいないと成立しない訓練」とでは異なる配慮が必要となるでしょう。

以下、Theoretical Framework Finalより抜粋しておきます。SLA研究の先進国であるカナダで、「成人の第二言語習得の自然な発達段階を記述するに充分なモデルは現在のところ得ら れていない」と言っていることは注目すべきだと思うのですが…。(ここから理論的枠組みはダウンロードできます→ http://www.language.ca/display_page.asp?page_id=257

以下、主立った記事のリンク。いつも同じことを書いていますが、「コメント欄」に耳を貸すべき声が届いていた良い時代でした。

期間限定

SELHiの成果を検証する

特集の美学・実学

Standards or Benchmarks?

直輸入can-do statementsはなぜ使い勝手が悪いのか?

モダリティとしての Can-do statements 考

レベルとラベル

『教科書』はどこへ行った?(その3)

暖かい空気に包まれた、艶やかで柔らかな歌声に、声を重ねて帰宅。

本日のBGM: 陽だまりの中で (綿内克幸)

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