英語教育の明日はどっちだ! TMRowing at best Twitter

2012-07-28 brotherhood

高校野球県大会決勝の朝。

ロンドン五輪の開会式を少し観戦。

スタジアムへと入場する聖火ランナーはレッドグレイブ!!

rowingに関わる人なら、この感激を共有してもらえることと思います。

学校で打ち合わせの後、こちらもスタジアムへ。

兄弟校対決は、「兄」が先行し、「弟」が追いつき、「兄」が追い抜き、最後は「弟」の逆転で「弟」に軍配。本当に暑い中、熱い良い試合でした。追い抜いた時は、甲子園が近づいたか、とも思いましたが、攻守が入れ代わり流れのある競技は難しいもの。2点ビハインドで迎えた最終回の攻撃は、2アウト満塁で一打同点、長打で逆転という場面で、快音が聞かれましたが、センターフライで決着。甲子園では、「兄」の分まで暴れてきて欲しいと思うのは、こちらの欲目。ただひたすら自分たちの目標に向かってベストを尽くして下さい。

野外スポーツに携わる私としては、いつものことながら暑さ対策、水分等の補給と万全の準備で応援に臨みましたが、それでも本当に疲れました。連日声が嗄れるまでエールを送った応援団、野球部員、そして山場の準決勝の日に自分たちのコンクールがある中、予選から盛り上げ、決勝でも応援を支えてくれた吹奏楽部の皆さんは、特に暑かったことと思います。応援生徒、卒業生、保護者の皆さんもお疲れ様でした。多謝深謝。

帰宅後、一息ついて、「弟」の勝利と「兄」の健闘を称えて「乾杯」。

ロンドン五輪は女子サッカーの前半だけ見て、仮眠。

日付が変わる頃から夏の研修会の準備などなど。

anfieldroadさんのブログや呟きで「意味順」と「be動詞」の扱いが話題になっていました。

中学などの「入門期」で、体系的な指導というのは難しいだろうと思います。私は主として高校生を教えてきましたから、一貫して「助動詞の番付表」で、階層性の処理を図ってこれたのはただただ幸運。

過去ログでは、こちらなどが、まあ、分かりやすい説明ですかね。(「捨てられないもの」 http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20111013)

  • このbeは「です・ます・なる」のbe? それとも「いる・ある・くる」のbe? それとも?

と問うて、「助動詞」処理ができるのは高校生ならではの指導手順なので、中学校段階での指導上の悩みとその解決策からしっかりと学びたいと思います。「本動詞」としての、beに関して、村田勇三郎『機能英文法』 (大修館書店、1985年) に「四種類のbe」 (pp. 290-300) で詳しい記述があり、蒙を啓かれたのも四半世紀前。今、英語研究の最前線に立つ研究者、学者のもたらしてくれる知見に期待します。

過日のエントリーで、<an estimated + 複数名詞>に言及をしていたのだが、そのブログ記事を読んだ名大の大名力先生から、当該項目を含む論文を送って頂いた。深謝。

過去ログを自分で読み返していて、こんなエントリーで襟を正し、褌の紐を締め直す。

本日のBGM: Eucharist (Stephen Duffy)

2012-07-27 London 24℃, Hull 17℃, and ...

新刊の『学習英文法を見直したい』(研究社) が広く読まれるまでには、今しばらくの時間が必要だろうと思うのですが、その間にも、残念な教材が世に出続けることを危惧します。というのも、既に数年も前に「学習文法」での重要な提言が英語教育界の重鎮からなされているにもかかわらず、教材作成の現場はほとんど改善されていないどころか、今まで以上に「酷い」教材が増えているように思えてならないからです。

次の指摘には、謙虚に耳を傾けたいと思います。

副教材や市販の参考書、問題集の総点検

(前略) いろいろと参考書や問題集を見ていると、やはり問題は文法と語彙といったところにあることがわかります。文法に対する誤った理解、古い文法規則の重視、それに単語の使い方が分かっていないために生じるおかしな英語表現などがもっとも深刻です。 (中略) 今は高等学校の英語教育の中には「英文法」という科目がありません。その代わり進学校と言われる学校ほど、副教科書などと称する文法の解説書が多く使われているようです。古い英語の宝庫であった「英文法」の教科書はいらない、という姿勢はよく理解できます。その結果。英文法という教科そのものを廃止してしまったのはまずかった。そして、英文法の教科書を廃止してしまったのもまずかった、と私は思います。

中学校・高等学校の教員であればおそらく誰でも、英語をしっかり理解させるためには文法を欠かすことができないということが分かっているはずです。だからこそ文法の準教科書などと言われるものが使われるのです。まずは、この種の「準教科書」から総点検を始めるべきだと思います。そこはおそらく本書で扱ってきた種々の問題の百貨店だと思っています。種々の学習参考書や問題集も点検しなければなりません。 (pp. 171-172)

この勢いで、問題点の指摘、提言が更に続きます。

信頼のおける学習英文法書を

英語はそのマーケットの広さからか、英語の学問的研究とは関係のない人たちが解説書や参考書・問題集を作ります。そのこと自体は自由ですが、問題はその出来上がった結果です。今の時代の研究成果を生かさない解説書などないほうがましです。

いろんな言語学者が英語の研究を進めていますが、それがなかなか高校生用の参考書や問題集に反映されません。英語に関する研究はまさに日進月歩です。教科書あるいは参考書、副教科書がそのような研究成果と無関係に再生産されているという現状は改めなければなりません。(pp.172-173)

で、その総点検の後に何をするか。

学習文法の構築のために

文法の生命である用例は、信頼のおける実際のデータからとらなければなりません。どうしても文法を書く人が英作をしなければならない場合は、信頼のおける英語のネイティブ・スピーカーに相談しなければなりません。

どのような教科であれ、教科書はその時代の制約を受けています。(中略) しかし、時代の制約の中ではあるが、その時点で分かっていることを教えるべきであることは明白です。だから、少なくとも大学入試対策とか、教員採用試験だとかいう試験問題を作る人はもとより、解説をしたり、説明をしたりする人は、その最前線を認識しておかねばならないのは言うまでもないでしょう。担当者にそのような役を担わせることが不可能ならば、信頼のおける専門の相談役をおくべきです

大学の入試問題作成者が参考にするような学習文法書を作りあげることが、今もっとも大事なことです。(pp.173-174)

そして、現場の教師への叱咤激励。

英語の変化の実態を知る

言語は変化します。英語ももちろん変化しています。その変化が良いのか悪いのかなどと考えてもしかたありません。(中略) 現場で教えている教師が日常的に英語の変化に敏感である必要などないのですが、教科書や参考書、英和辞典などを作成する人は敏感である責務があります。みょうな自作の例文を作ってはいけません。時代遅れの英語を教えていてはいけません。そして、現場の教員は夏休み中に新しい知見を吸収する、というのが理想の姿です。 (中略) まず、言語は変化する、英語も言語であるから変化しているという事実を確認することが必要です。100年前に書かれた本の内容が、まるで今でも生きているかのように、時が止まったかのように、信奉を続けることは止めなければなりません。30年前に学んだことが今でも生きているのか、それを調べなおすくらいのことはできるはずですし、しなければなりません。そのような最低限の努力は英語教育にたずさわる人の責務だと思います。そのようなきっかけを与える講習会のようなものが必要です。 (pp.176-177)

以上、八木克正 『世界に通用しない英語 あなたの教室英語、大丈夫?』 (開拓社、2007年) の第6章より引いてみました。私は、この本の内容の全てに頷く訳ではありませんが、ここで引用した部分での指摘・提言はもっともだと思いますし、襟を正したいと思っています。

八木氏の言うように、現場の教師が、「日常的」に「英語の変化」に敏感であり続けるのは難しいでしょう。夏期休業とは名ばかりで、研修に足を運べる人はまだ恵まれた方だというのも事実かも知れません。であれば、少なくともその恵まれた方たちとは、しっかりと「きっかけ」を共有したいと思っています。

ELEC夏期研修会のご案内

日時: 2012年 8月15日 (水)

   13:30 -16:20

講師: 松井孝志 (山口県鴻城高等学校)

ライティング指導の伝統に学ぶ「活き活きとした英語」

※ 講座は1日単位の受講申し込みとなっております。

  午前の部は、飯塚秀樹先生 (自治医科大学) のご担当です。

詳しくは、こちらの概要をダウンロードして下さい。http://www.elec.or.jp/teacher/kensyukai.pdf

この講座にかける意気込みは、過去ログを是非!

私の講座で「定番」となる、「テクストタイプによる分類」に関しての、最近の過去ログ。

市販教材の評価から、「パラグラフ」の結束性、結論文の働き、効き目に関してはこちら。

市販教材の論理と英語表現の問題点はこちら。

現在指導している高校生のproductの例 (narrative) はこちら。

前任校での実例はこちらに。新課程での「英語表現」の教科書にも言及しています。

受験対策のエキスパートだと思っている人もそれなりにいるだろう「予備校」の講師がテキストの補足に作ったプリントが、実は検定教科書の一部をコピーして使っていた、という驚きの事実を指摘したのがこちらの回。

今年の3月に開催された「ELEC同友会」の「ライティング研究部会公開研究会」での私の配布資料は、こちらから。

昭和の「英作文指導」の名人から学ぶなら、まずは、「出直しライティング塾」のエントリーでの、名人たちの序文を。

「英作文」参考書にも良いものはあるのです。

教師としての私のバックグラウンドなどはこちらを。

学習者としての履歴はこちら。

2年前のELEC夏期研修会のアンケートを踏まえた振り返りはこちら。

ひとまず、こんなところから。ご縁がありましたら、8月15日にお会いしましょう。

さあ、明日は高校野球県大会決勝戦。兄弟校対決です。

野球だけが特別、というわけではありません。私だって、去年までは自分の本業のインターハイ前で日々練習でしたから、球場に足を運ぶことは全くありませんでした。

競技スポーツに本気で関わったことのある人なら皆わかっていることですが、どの地方大会でも、メジャースポーツ、マイナースポーツを問わず勝つこと、勝ち抜くことは大変です。ですから、競技種目が違っても、試合のその場にいなかったとしても、頑張っている選手、スタッフはお互いを理解し、応援することができるのだと思います。

自校チームは準々決勝の相手、準決勝の相手からそれぞれ千羽鶴など「思い」「願い」を託されていました。自校の選手は勿論、対戦相手にも最大限のリスペクトを払いたいと思います。

本日の晩酌: 貴・純米大吟醸・兵庫県東條産山田錦40%精米 (山口県・宇部市)

本日のBGM: Over There (The Housemartins Live at the BBC)

tmrowingtmrowing 2012/07/28 07:16 古い過去ログへのリンクを追加。

tmrowingtmrowing 2012/07/30 11:53 2010年のELEC夏季研修会のアンケートを踏まえた振り返りを記した過去ログへのリンクを追加。

2012-07-26 ♪もう一人お前がいる♪

tmrowing2012-07-26

連日高校野球の応援でスタンドから声援を送っています。

県の決勝大会。第1シードの面目を果たし、今日は準決勝を勝ち抜いて、決勝進出です。

決勝の相手は、なんと、同じ学校法人の兄弟校となりました。創立以来初とのこと。

勝てば20年ぶりの夏の甲子園だそうです。

応援団のバスで学校に戻ってから、着替えて帰宅。

今年は、本業でインターハイ出場がないので、こんな風に忙しい夏もいいですよね。

明後日も暑さに負けずスタンドで声援を送ります。

さて、

新刊となった『学習英文法を見直したい』 (研究社) では、各著者の推薦図書の囲み記事があり、興味深く読んでいます。このブログでの関連記事へのリンクを張っておきます。

末岡敏明先生の挙げていた、安田一郎 『NHK続基礎英語 英語の文型と文法』 (1970年) は、過去ログでもとりあげていました (写真付き)。

久保野雅史先生の薦める、毛利可信 『ジュニア英文典』 (研究社、1974年) は、江利川春雄先生のブログで写真入りで詳しく解説されています (http://blogs.yahoo.co.jp/gibson_erich_man/27151090.html) が、このブログの過去ログでも取り上げています。

最近では、

で、「動詞の意味特性」に言及したさいに、参照しています。

真野秦先生の薦める、朱牟田夏雄 『翻訳の常識』(八潮出版社、1979年) は、

で買い戻したことに言及していましたが、内容は引いていませんでしたね。そのうち、少し書こうと思います。

大津由紀雄先生の薦める、太田朗 『英文法・英作文---整理と拡充』 (研究社、1956年) は、昨年のシンポジウムの前に大津先生よりご紹介があり、江利川先生のブログで解説が載り、私も買い求めました。先日も、”marry” の語法で引用したところです。


今回の私の原稿執筆に当たっては、参考文献の方は、引用が可能なものは「絶版本」も含んでいます。一方、この囲み記事の方は、興味を持った読者の方々が、その後手にとることが可能なものを、と思いましたので、「絶版本」は避け、現在も流通しているものを2冊挙げました。

『英文法の問題点』 (研究社、1969年) は、改訂こそされていませんが、まだまだ現役で流通しています。

過去ログでは、

など、普段の授業で使っている様子も書いています。

「絶版本」でもいいのだったら、

  • 小西友七 『現代英語の文法と背景』 (研究社、1964年)

とか

  • 安井稔 『英語教育の中の英語学』 (大修館書店、1973年)

とか、

  • 五島忠久・織田稔 『英語科教育 基礎と臨床』 (研究社出版、1977年)

などなど、私ももう少し考えたんだけどなぁ…。

過去ログで直接は取り上げていなかったけれど、90年代後半、進学希望者対象の課外講習をしていた時に参考にしていたのが、

  • 福地肇 『英語らしい表現と英文法 意味のゆがみをともなう統語構造』 (研究社出版、1995年)

でした。当時生徒には『表現ノート』を作らせていたのですが、多くの生徒が新聞や雑誌などのauthenticな素材文を扱うので、現代英語の特徴を浮き彫りにしてくれることがあります。ある時、

  • an estimated + 複数名詞

という名詞句に関しての質問を生徒から受け、回答に困っていろいろなものを探していて、出版されたばかりのこの福地先生の著書に遭遇したものです。

そこでは、 「統語的調整」 (pp. 77 - 82) で、次のような実例をもとに、どのように「歪み」に対処するのか、指針を与えてくれています。

(4. 43) Last week, an estimated 5,000 people gathered at the ceremony.

(4. 44) An additional 3.6 million books were damaged by water.

(4. 45) For an arduous 3 hrs. 54 min., the cyclist pedaled up a hill.

この記述に感動し、その後、何度も読み返し、「潜伏命題」、「潜伏名詞化」など、目の前の「実例」をもとに、どのように頭を働かせ、解きほぐし、また元に戻すのか、を勉強しました。「目から鱗」というのは、このことか、というようなこの時の出会いがなければ、今「名詞は四角化で視覚化」などと言って、名詞の扱いにこだわった実践をしてはいないように思います。

今回、『学習英文法を見直したい』での、福地先生の論考 (「英文法と英作文」 pp. 217- 230) を読ませて頂いて、その力みなく流れるような筆致に、改めて、あこがれにも似た思いを抱きました。達人のレベルを思い知らされた感じがします。

明日は、通常の課外講座。といっても、野球応援で予定がかなりずれているので、振り出しからですね。

本日の晩酌: 三重錦・純米吟醸・中取り生・麹米「山田錦」50%精米・掛米「雄山錦」60%精米 (三重県)、天吹・純米吟醸・ひまわり・超辛口・生・酒こまち55%精米 (佐賀県)

本日のBGM: あこがれの地へ (どんと『一頭像』より、『ずいきの涙』収録、伊豆下田吉佐美大浜ライブバージョン)

2012-07-24 Please don’t confront me with my failures.

本業の国体中国ブロック予選終了。選手はもちろん、コーチ陣、サポートしてくれた大学生のみなさん、本当にお疲れ様でした。今回は、広島まで県知事の視察もある中、思うような成績を残せず、抜本的な強化策の見直しが求められる結果となりました。現実の課題と真摯に向き合い、獲得した出場枠では、本選に向けできる限りのサポートをしていきます。

それにしても、この週末の陽射しで、一気に黒くなったなぁ…。

今日は、午前中、自チームのトレーニングを近くの湖で。

少し早めに切り上げ、遠くの湖まで、成年チームで使用したスカルオールを収納しに。帰りは学校に戻って約140km。もう一回、広島に行けましたね。

進学クラスの夏期課外講座もスタート。

高1は、『ぜったい音読』の続きと『レベルアップ英文法』の仕上げ。中途半端ではいけません。

このレベルの素材、英語表現を扱っている間に「四角化」と「とじかっこ」、「番付表」を自分のものにできるかどうか、意識の問題です。

ダイアローグからモノローグへdictoglossでの橋渡しをしてから、「パラグラフ」の基礎へ。「イカソーメン」の導入で、「繋がり」と「まとまり」を意識した “input” を課す夏にしたいと思います。

高2は、ようやく高2レベルへ。

ライティングは1学期で通過してきた『コーパス口頭英作文』の完成から、「意味順」での「それぞれのスロット」に入れることのできる中味の拡充。ターゲットとなる文法事項では、「比較」と「句と節」を少し重点的に補強することになるでしょうか。

リーディングでは、「学級文庫」も活用して、同じ「話題・主題」でのテクストタイプの異なる英文を行き来する練習。世の中、段落の最初と最後を読めば解決、みたいな文章だけではありませんので、基本を押さえつつも実作が大切。「森」に鍛えてもらいましょう。

夏の終わりには「主題」感覚が研ぎ澄まされ、「繋がっている英文」とそうではない英文の違い、「纏まっている英文」とそうではない英文の違いが、少しは感じられることが目標です。

私の実作は、この夏の教員向け研修会の準備。

「書くこと」と向き合う講座ですので、まずは「きちんと」書かれた英文を整理することから。

本来、さまざまなジャンル、文体の「素材文」の見本市、ショーケースとなるべき「教科書」に、その要素を期待できなくなって来ましたので、

  • テクストタイプに応じて
  • 同じ話しを違う話し方で

「意味・内容」から「ことば」と「ことばづかい」へシフトしたいと思います。

素材としては、

  • 教科書・参考書や入試問題とその解答例の「英語」から庶民の普段着の「英語」まで
  • 徹頭徹尾、事実・客観で迫るものと情緒的・定性的なものと、その「汽水域」と
  • 笑いあり涙あり、お堅いマジメなものからパロディも含むユーモア溢れるものまで
  • 賞賛や「激同」、さらには、批判・非難、「罵詈雑言」の類まで
  • 詩や歌詞など身近な韻文から、英語俳句やacrosticなどあまり馴染みのない定型のものまで
  • 古今東西老若男女

などなど、振幅を大きく取っていろいろ眺めた上で、「調理実習」にぴったりな「活き活きした」英語を持ち込みたいと思っています。講習の時間には限りがありますから、事前に「このブログを読んでおいて下さい」とお伝えしてあります。

  • ああ、あのときのエントリーで言わんとしていたことは、このことだったのか。

という気づきに繋がれば、という目論見です。

もっとも、今書いたような「目次」のような文言だけでは、伝わりきらないことが多いでしょうから、「教材」から引いておきましょう。

1. Many of the older European universities were located in the beautiful countryside or in small towns and away from the clamor of large cities. They set themselves apart from the rapidly changing times, they were places for thinking about and meditating on such things as the cultural legacy, and they gradually came to forge a new culture.

2. Many of Europe’s old universities were located in the quiet countryside away from the hustle and bustle of the cities. There, one step removed from the vicissitudes of time, they pondered the cultural legacies of the past and bit by bit constructed whole new cultures.

3. Many of the old European universities were located in rural villages far from the hustle and bustle of the city. Maintaining a certain sense of distance from the social turmoil, they were able to study our cultural legacy in thoughtful contemplation and to build upon that legacy for the culture.

4. Many of the old universities in Europe were located out in the countryside or in small towns away from the hustle and bustle of the big cities. Relatively protected from the rapid changes and pressures of the rest of society, they were free to contemplate the lessons and legacies of the past and, slowly but surely, create a new culture for the future.

これらは、いずれも同じ大学入試問題の解答例として、英語ネイティブが書いたものです。出典は、

  • 『添削式 クニヒロの入試の英作36景・第6集』 (南雲堂、1993年)

「お題」と私の指導例、他の教材での扱いなどは、過去ログをご覧下さい。

京都大の対策で、『学参』と言えば、これにも触れておく必要があるでしょう。第一文は句読点がピリオドしかないので、情報提示の順序が気になりますね。

Many of the old universities in Europe were located away from the hustle and bustle of large cities in beautiful rural areas or small towns. They maintained a certain distance from the rapidly changing world around them and in a spirit of quiet contemplation studied their cultural heritage. In this way, they gradually created a new culture of their own. (鬼塚幹彦 『「京大」英作文のすべて』研究社、2005年)

訳読が容易く批判に晒されてしまうためか、今時の高校の授業では、「ことば」一つひとつの扱いで、本当の意味での「精読」をする機会がめっきり減っていると思います。「和文英訳御三家」のような英訳を課さない大学への進学希望者が多数を占めている高校であっても、このような解答例の英語表現を吟味することで、「意味」から「ことば」へのシフトを意識させることが可能だと思っています。

さて、

新刊の、『学習英文法を見直したい』 (研究社) も書店に並び始めたようです。

ネット書店では、アマゾンが一時在庫切れになっていたようですが、ジュンク堂や紀伊國屋書店では2−3日で発送できるくらいの在庫があるようです。

多くの人の手に届き、健全で活発な議論が生まれることを願っております。

本日のBGM: These days (Nico)

2012-07-19 四捨五入、取捨選択、出処進退

現任校は三期制なので、今日は1学期の終業式。一つの節目です。

朝、珍しく職場に私宛の電話があり、何だろう?と思って出ると、「審査員」の依頼。

日程の確認をして、教頭に行事や会議の確認をして、承諾の旨、返事をさせてもらいました。

宜しくお願い致します。

英語科会で、来年度の教科書採択最終決定。

頭の痛い時間でした。

「英語表現」は開講せず、「学校設定科目」で対応するので、採択はなし。

もし「英語表現 I」で開講していたとすれば、

  • 『Polestar』 (数研出版)
  • 『Departure』 (大修館書店)

の2冊の内、どちらかを選んでいたと思います。10点満点で点数をつけるなら、前者は9点、後者は7点といった感じです。この2冊以外では、「英語表現 II」で、現行の「ライティング」における、『Planet Blue』のレベルを超えるどころか、届くことさえ難しいだろうと危惧されますから6点に満たないと言わざるを得ません。

『Polestar』は英語表現、という観点では満足。新課程の趣旨にもっとも正面から答えたものではないかと思います。ただ、かなり作り込まれたタスクなので、全てを授業でこなすには時間が足りないかな、という印象。Express Yourselfで与えられている、「1パラグラフ」の英文で、一文一文が、きちんと繋がっていて、パラグラフに纏まっています。これは、p. 57の語彙での受け継ぎで紡がれた『キャプテン翼』の説明、p. 87の「都会より田舎」での最終文の効き目、などなど、どの課を取り上げてもあてはまるので驚きです。「自己表現」を促す「話題」として与えられた英文いうことよりも、このクオリティの繋がって纏まった英語表現が1冊を通して示されていることにこそ、着目するべきでしょう。

『Departure』は、bottom-upの活動がちょっと文法シラバス寄りなのが、気になりました。ただ、まとまった英文を書けるようになる発達段階、テクストタイプのバラエティも考慮したタスクが50語から100語へと段階的に進んでいきますから、このあと、「英語表現 II」で本格的なライティング指導に繋がることを十分予感させてくれます。

みなさん、この科目の教科書をどのようにして決められたのでしょうか?こと、「英語表現」に関して言えば、「英語表現 II」のことまで考えて選んだ方が良いと思うのですけれど…。


進学クラス以外のコースは習熟度のバラツキが大きいので、選択も大変です。

「コミュニケーション英語 I」 の教科書は、実際に選んだら使いますから、帯と襷の間にくるようなものが欲しかったのですが、これが難儀しました。

上中下と大きく三レベルくらいに分類できた現行課程とはかなりの様変わり、というのが新課程の教科書の難易度の実感です。新課程では、とりわけ、英語を苦手とする生徒が履修することを想定した、やさしめ、よりもさらにやさしい、中学校の復習を十分行うことが建前の、「コミュニケーション英語基礎」という科目を、お上が気を使ってわざわざ作って下さったのですが、いざ、フタを開けてみたら、その科目の教科書を作って下さる奇特な出版社は一社という現実が待っていました。選びようがないじゃありませんか。結局、「コミ英 I」という科目の教科書の中に、「いや、これ簡単そうに見えるけれど、『コミ英基礎』じゃないですから、言ってみれば我が社のは『コミ英 0.5』」、「いえいえ、ウチのはそれで言うなら、『コミ英 0.7』ですよ」、というようなものが同居することになった印象を受けました。確かに、「四捨五入」すれば「1」ですからね。

合議の上、3課程で2種類の教科書を採択。

私は進学クラスの候補を選び、会議に諮る責任者でした。

こちらはどちらかといえば、「帯」で絞ればいいので、まだ楽だと思っていたのですが、実際、悩みに悩みました。

今回、全ての教科書の全ての本文を読めた訳ではないのですが、かなり気合いを入れて読んでみて、中堅レベルと目される教科書に、可能性を感じました。ただ、題材の選び方、レッスンの配置・配列には熟慮のほどが窺えるのに、英語表現そのものに難があるもの、また、オープニングのレッスンが凄く良い英語で書かれていて、期待して読み進めると、後半でのバラツキが気になるなどの理由で、結局最終候補からは外れることに。

恐らく進学校向けの教科書で、新課程を踏まえたタスクづくりで、確かに英語もきちんと書かれてはいるのだろうけれど、現行課程の『リーディング』の教科書として高2でやるなら、上手い作りで楽に進められるのになぁ、というものがあり、自分で候補にあげていながら躊躇していたのですが、

  • 新課程になっても、一学期は中学校の復習をみっちりやるので、どのみち、二学期にならないと検定教科書に入らないのだから…。

ということで、清水の舞台から飛び降りるくらいの決断で、この超ウルトラスーパー難しい教科書に決定。帯は帯でも、かなり長い帯になりました。TMが届くのは新年度でしょうから、これから8ヵ月かけて全文をやさしめの英語に書き換えて準備したいと思います。

本当に、新課程の進む先に豊かな実りはあるのでしょうか?

8月のELECではそんなことも話してみたいと思います。

本業の、国体中国ブロック予選の準備をしていたら、ストップウオッチの電池が切れていることに気づいて電池交換で商店街まで。ついでにといっては失礼ですが、Scotland Martに寄り道。オーナー夫妻と暫し歓談。SPICEのDOSA展の舞台裏、楽屋話もお聞きして楽しい一時。

  • 新しいフィールドに突き抜けた感じがしました。

と感想をお伝えして、夏物のウールのパンツとヘンリーネックのT-シャツを購入して帰宅。

夜になって、奈良からお酒が届く。今回は割れずに一安心。

夕飯は天麩羅蕎麦で軽めに。

晩酌は忘れずに。

本日の晩酌: 春鹿・青乃鬼斬・山廃純米・生原酒 (奈良県)

本日のBGM: Let’s go where the grass is greener (Blossom Dearie)

2012-07-18 written corrective feedback

大津由紀雄 編著 『学習英文法を見直したい』 (研究社) がいよいよ来週発売となります。

某ネット書店の頁でも発売前から、3桁の順位が出ているところを見ると予約好調のようです。

ただ、今日、その同じページに、「一緒に購入されている本」として、ある本を見つけました。

  • 関正生『世界一わかりやすい英文法・語法の特別講座』 (中経出版)

あるミュージシャンのファンが、ニューアルバムが出たらそれを買って聞くのは自然な行為だと思います。「買いすぎっ!」と窘めるのは、せいぜいが家族くらいでしょう。

書籍でも同じことが言えます。この著者のファンが、この本を買い求め一所懸命に読むことに対してとやかくいうつもりはありません。

ただ、entertainmentの世界と、学びの世界は一緒にはできないように思います。

これから本気で英語を身につけようというという人、真摯な努力を払う意志のある人は、教材選びには慎重であって欲しいと思うのです。そういう「意欲があり」「誠実な」学習者の皆さんには、「ことば」に対して敬虔な指導者についていくことをお勧めしたいと思います。

何年か前、初めてこの著者の本を見た時に思ったことがあります。

これだけ「丸暗記不要」「丸暗記撲滅」を謳い文句にして、従来の受験英語の指導手順や伝統的な学校文法の分類整理や記述を「丸暗記を強要するもの」と決めつけて批判しているのだから、パターンを分類整理して覚えなければ何も始まらない『語法』の参考書は絶対に出さないのだろうな。

そんな風に、冷ややかに眺めていたのですが、ここにきて「語法」を扱う教材も出てきてしまいましたので、文法の扱いも含めて、きちんと取り上げることにした次第です。

この本での著者の物言いは極めて単純です。

徹頭徹尾、これまでの使えない教え方・考え方を (X) で持ち出して一刀両断に斬り捨て、それとは全く異なる、著者の持論を (◎) で示す、という形で提示されています。

その姿勢は、「英文法の核心」として囲みで示される極度に単純化した公式のような文言に表れていると言えるでしょう。

この (X) で示される教え方・考え方が、従来の学校文法を代表する記述であり、しかもそれが、本当に「英語の実態」や「実像」、「本質」とかけ離れていて、使えないのであればいいでしょう。

ところが、この本での (X) の記述はあまりに恣意的な記述となっているのです。あくまでも、この著者にとっての「仮想敵」として、この著者が拵えた文言なのですね。

「語研」でも「英授研」でもいいので、真っ当な教師が研修を積む「現場」に足を運んで協議に参加してきて下さい、といいたい気持ちで一杯です。今時、こんな酷い教え方を中学や高校でしている教師はいないでしょう、というようなレベルの記述があちこちに見られます。

テーマ1の「現在形」「現在時制」(pp. 15-16) に関する、この著者の考察の甘さは、過去ログでも指摘していますのでそちらをご覧下さい (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110630)。

この本でも、その時と同様に、

  • What do you do?

の助動詞のdoの方に下線を引いて、現在形であることを強調しています。「する」にあたる文末で原形で形合わせをしている本動詞のdoの意味には何もコメントせず。慣用表現とされるこの質問の文では、doの目的語に相当する内容が、疑問詞のwhatとして前置されていますから、もし、答えとなる平叙文を想定する場合には、 “do something” とでもいう結びつきになるはずなのですが、「職業」について述べる際に、

  • I do lecturing. 私は講師をしています (『ウイズダム』 第2版、三省堂)

というパターンを取る例はそれほど多くありません。

COCAから例を引くと、

  • I as well as many of my colleagues do consulting from time to time, but I'm not a permanent adviser. I don't receive a salary from the Israeli government.

という例が、1991年のPBS Newshourにありました。

この類例として、当初、このブログで示していた、次の用例では、比較の構文中での代動詞 do (= make money) と読むべき例でしたので、謹んで訂正させて頂くと共に、自戒のためにも、ここに載せておきます。

幼児教育に関わる教師の発言が、1991年のPBS Newshourにありました。

I made more money with a cleaning service that I ran myself than I do teaching preschool. People value you more for washing their goddamn toilet than they do for taking care of their kid.

この表現の読み誤りを指摘して下さったT先生に感謝致します。T先生からのご指摘を引いておきます。

PBS Newshourの引用ですが、こちらはdo lecturing の類例の do teaching というより

I made more money with a cleaning service that I ran myself than I do (=make money) teaching preschool.

と読めませんか。

あとのPeople value you more for washing their goddamn toilet than they do (=value you) for taking care of their kid.

にもすんなりつながります。

ご指摘の通りだと思います。今後とも、よろしくご指導ご鞭撻願います。

平叙文での出現頻度として、この「パターン」はそれほど多くないのに、答えを引き出すwh-質問では決まった言い方だからこそ「慣用表現」なのでしょう。

この項目を教師は難しく教えすぎだ、とこの著者は考えているようなのですが、このような表現形式での単純化・一般化を上手く行うためには、類似表現である、

  • What do you do in your spare time? 余暇には何をしていますか (『ウイズダム』 第2版、三省堂)

との対比や、

  • do the cooking, do the washing (up)

  • do the kitchen, do the laundry

との対比などをしっかり捉えることで、副詞句に頼ることのない (またはできない) 「現在時制」そのものにフォーカスを当てることが必要です。多くの「英語という言葉がわかっている教師」が、それを知っているからこそ、拙速なことはできないし、しないのです。

次に、「進行形」の扱いを取り上げておきましょう。

  • なぜ進行形が「未来」を表せるのか? (p.18)

ということを示す例として、あげられているのが次の例文。

  • They are getting married next week.

「丸暗記不要、頭を使えば解ける」が持論のこの著者は、

get marriedで「結婚する」という意味ですが、実はこれ、「結婚という動作の途中」→「結婚に向かって進行中」→「結婚する予定」になるだけなんです。

というのですけれど、どこが「…になるだけ」なのでしょうか?「→」では、何がどのように発展・変容しているのでしょうか?上位概念から下位概念ですか?一般から特殊ですか?抽象から具体ですか?

それに加えて、ここでの next weekという副詞句の扱いはどうするのでしょうか?

そもそも、”marry” という他動詞の意味と用法は、日本語と比較すると、かなり不思議な感じがするものです。(過去ログの太田朗 『英文法・英作文---整理と拡充』 (研究社、1956年))からの引用を参照されたし http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120624)

“get married” でさえ、実感を持って使いこなすのは容易ではないのに、それがさらに「進行形」になる、というのは初学者にとって「悩み所・迷い所」といっていいでしょう。

「日本語で考えること」を英語へアクセスするための足場として許容するとしましょう。「結婚する」が動作なら、なぜ、その「進行形」の「結婚している」という日本語に対応する英語表現は、”(be) getting married” という形式にはならないのか、を併せて説明してもらいたいところです。

最近本当に多いですよね、こういう「劇場的」なことばの使い方で、現象を切り取ろうというアプローチをとる人たち。ちょっと話が逸れますが、大事なことでもあるので、少しお付き合い下さい。

「英語母語話者のイメージ」「フィーリング」を前面に出した英文法の記述の「先駆け」となったと言うのが正しいかどうかわかりませんが、その路線に文字通り「道」をつけた大西泰斗&ポール・マクベイのお二人と、その後に路上に颯爽と現れて、独自のフォームで走っているランナーたちとの差はかなり大きいと感じています。大西氏の著作の「勇み足」と思える部分には私も批判的な物言いをよくしていますが、それでも大西氏の「概念を切り取る視点・着眼点の鋭さ」とか「対象との間の取り方の巧さ」が、卓越した英語力・語学力に裏付けされていることは確かでしょう。後続のランナーたちにも見ならって欲しいところです。美味しいところだけをつまみ食いしているだけでは、いつまで経っても料理を作るところまで辿り着けないのですから。

さあ、今回取り上げた『…特別講座』の「進行形」の話しに戻りましょう。

この著者は、“get married” で「結婚という動作」という説明をしていますが、それって「挙式」のことでしょうか?では、その「途中」って?ダスティン・ホフマン主演の『卒業』みたいな場面?それとも、リチャード・ギア主演の『愛と青春の旅立ち』みたいな場面?それとも日本的に、「お役所に婚姻届を出す」場面?

1文しか示されていなくても、そこにはフォーカスを当てる表現形式以外に、その文の意味を左右する「文脈」や「場面」、「話者の意図」というものがあります。そして、そこが前提として押さえられていないことで、処理や理解が進まないことも多いのです。

丸暗記は不要、と説くこの著者の本では、「丸暗記はダメ!理屈を理解して、意味のある暗記をしよう」、と繰り返し「理屈を支える物語の記憶」を求められます。しかも、その「理屈」の多くが、著者独自の「語り」なのです。これまでにない、新たな頭の働かせ方で、「語り継ぐ」意味のある、価値のある「理屈」ならまだ「納得」もできるでしょう。けれども、その「理屈」が、彼の中では自明であるらしき「アプリオリ」なものとして語られるだけでは、学ぶ方は困惑するだけです。パラダイムシフトではなく、せいぜいが、”makeshift” でしょう。

この著者は、幾度となく、次のような「劇場的」なアプローチで「受験生」の心理を掴もうとしています。

  • 「ネイティブが言うから」ではなく、英語のイメージだ!
  • ニュアンスは要らない、形から攻めれば全く問題ない!
  • 日本語で「…」のように訳してみて変だったら○○!

これらが相互に矛盾することなく、最終的に英文法学習全体を破綻せずに行えるのなら凄いことだと思います。

ところが、文法・語法のどの項目に対して上記のどのアプローチが当てはまるのかというと、そこには法則性や、原理原則があるようには思えません。ad hoc でなければ何なのでしょうか?

たとえば、「進行形」の項目で、p.18にある、

  • 「進行形にできない動詞」なんて覚えなくていい!

という小見出しの直後に、

  • 「途中」って訳し方が不自然なら進行形にできないわけです。

として、

英文法の核心 (p.18)

(×) 進行形にできない動詞を覚える

(◎) 「途中」って訳し方が不自然なら進行形にできない!

という囲みを示しています。

凄いですよね。日本語に訳してみないと、進行形が可か不可かを判断できないなら、そもそも日本語に頼ることのできない英語の母語話者はどうやって「進行形の可否」を判断しているんでしょうか?

  • ここは、動詞のリストを闇雲に覚え込もうとするのではなく、日本語訳の助けを借りても良いから、「動詞それぞれの意味」というものをきちんと捉えることが大切なんですよ。

という指導が必要なところでしょう。 過去ログだと、 

で示した、黒川泰男監修 早川勇著 『よくわかる新高校英文法』 (三友社出版、1982年) からの画像ファイルを再度貼り付けておきますから、ご確認下さい。

早川_progressive1.jpg 直

早川_progressive2.jpg 直

早川_progressive3.jpg 直

早川_progressive4.jpg 直

30年前の高校生用の学参で既に図解入りで「きちんと」説明がされている項目だということがわかってもらえると思います。「ミスター2000冊」は、この本をまだ読んでいないのか、それとも既に読んだ上で否定しているのか、知りたいところです。

この著者は、さらに、

  • どういうときに「現在完了進行形」を使うの? (pp. 21-22)

で、

中学校で「for やsinceがあれば継続用法」と習いますが、これはかなり雑な説明です。正確には「継続」には「現在完了進行形 (have been -ing)を使うというのが本当のルールです。」

中学校で習った考え方を根本から変えてください。

などと言っています。中学校の教科書や学習指導要領を知らなかったら調べるとか、尋ねるとかしないのでしょうか?それでいて、『…中学英語』などという本を書いてしまうのだからカリスマは違いますね。

冒頭の数頁でこんな調子ですから、後は推してシルベスタ・スタローンだと思います。

  • テーマ8 原級 as 〜as … (pp. 58-62)

では、「2000冊」の本領が発揮されていますが、この項目に関しては既に、過去ログで取り上げていますのでそちらをお読み下さい。

もっと凄い理論は、こちらにありました。

  • テーマ10 no 比較級 than … (pp. 70-74)

予備校の先生が大好きな、いわゆる「クジラの構文」の扱いなのですが、この著者も、noのカードを勝手に二回切っています。否定の作用域についての正しい理解は、学習参考書を何冊読んでも芳しい成果には繋がらないのではないかと思います。過去ログでは、随分前に、某カリスマ教師のブログに質問をした辺りで何回か書いているはずです。現在、神奈川大にいらっしゃる久保野雅史先生からも、当時的確なコメントを頂いていましたから、お手数ですが、コメント欄も参照願います。

  • テーマ12 「助動詞」の本当の意味

に至っては、もう「脱帽」といってもいいかも知れません。「本当の意味」などということばを口にするのであれば、お願いですから、澤田治美先生の本を読んでからにして下さい。

  • 澤田治美 『視点と主観性---日英語助動詞の分析---』 (ひつじ書房、1993年)

語法変、じゃなかった語法編でも、目に余る記述があちこちにあります。

  • 大ブレイク中 “in case” の引っかけパターン (p. 321)

in caseを副詞節を導く接続詞として使う場合に、そこには「〜するといけないから」というように、 (?) 「notが含まれる」のだそうです。それは、英語本を2000冊読んだとしても誰も書いていないでしょう。

そして、

  • persuade型 「persuadeの語法」5つを一瞬で言えるようになる! (pp. 367-369)

あらあら、本になってしまいました。この項目に関しては、既に、過去ログで、

とかなりの手間暇をかけて論じているので、皆さんの判断を仰ぎたいと思います。

疲れました…。

英語教育学者や教科教育法の担当者、さらには中高の英語の先生方など、いわゆる英語教育プロパーの世界の住人は、こういった「受験業界」の方たちの「教材」を正面切って批評したりすることが少ない、あるいは全くないでしょう。

私もよく言われます、

  • 何、目くじら立ててるんだよ。
  • だったら、それに代わるもっと良いものを出版しろ。

などなど。

このブログを読んでくれている方の多くが気づいているでしょうが、私の教えている教室には、高校生の英語学習に適した教材が「学級文庫」として用意されており、その中に学習参考書もあります。私自身は、それらの信頼に足る教材があるので、屋上屋を重ねる必要をあまり感じていないのです。既に良いものはあり、そこに至る発達段階のギャップを授業でどのように埋めるか、ということに主たる関心があるといえばいいでしょうか。

ただ、現場で地道に真っ当に、英語の正しい姿を教えている教師を沢山知っていますから、現場での指導法を、都合のいいように「仮想敵」扱いして、不当に非難するのは看過できないのです。

いつもの繰り返しを今日はさらに大きな声で、

  • より良い英語で、より良い教材を!

本日のBGM: Only the truth (The Last Shadow Puppets)

tmrowingtmrowing 2012/10/11 06:06 この日の内容に関連する過去ログのエントリーは、
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120617
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110630
になります。併せてお読み下さい。

tmrowingtmrowing 2013/06/29 13:37 記事の中で、do lecturingの類例となる、<do + -ing>に関して、誤った用例を差し替えると共に、加筆修正しました。謹んでお詫び致します。

2012-07-17 instructors

tmrowing2012-07-17

今日は代休。

休みを取ったのに、教科書の精査をしています。

この冒頭の写真は、教科書とは直接関係ありませんが、気にしておいて下さい。渡辺由佳里さんに教えて頂いた絵本の表紙です。最後まで読んでから戻って来て、再度みてもらえると幸せます。

今日取り上げるのは、

  • 『Vivid English Communication I』 (第一学習社)

Lesson 6 の“Take a chance on you”を取り上げます。

今日は、批評だけでなく、授業での扱いに関しても少し触れてみたいと思います。

この出版社のこの課でもアンジェラ・アキさんを取り上げています。現行版のセヴァン・スズキに負けないくらいの大人気ですね。

『Compass』 (大修館書店) では、第一課、しかも「やさしめ」の教科書でのオープニングということで、使える語彙、構文も制限された中で、苦労して本文を作っていたように思いました。

  • あの日、15歳の私が書いた手紙
  • あの時、私が感じていた苦悩
  • 私が思い描いていた夢
  • 再会した15年前の私
  • そして、今の私

など、本来は名詞句の限定表現で、「関係詞や後置修飾」が使いこなせると、表現したい内容が的確に表せるのですが、それは無い物ねだり。

  • 自分への手紙を書いた
  • 15年後にその手紙を読んで、歌を作った

というのはどちらも既に過去の出来事ですから、時系列に沿って述べるだけなら、単純な過去形だけで済みますが、この曲が生まれた背景を考えると、「拝啓」と呼びかけてくる、昔の自分を思い起こす、回想モードでの「過去完了」と、昔の自分が未来の自分へと語りかける、問いかける「過去から見た未来」「伝達動詞」などの文法項目への習熟ができてくれば、もう一段階上のレベルでの英語表現が可能になると思いました。

さて、この『Vivid』の第6課は?

例によって、レッスンの扉から「写真」。1頁が3枚の写真で埋め尽くされています。(p. 72)

この教科書では、本文は全て左頁に収めて、右頁は語句、文法、ドリルが課されていますので、左側の英文を読み進めていきます。 (p. 74)

まず、

Don’t give up! Don’t cry!

When you feel discouraged, you should

believe in yourself and keep on walking.

と恐らく歌詞だろうと思われる一節が斜字体で引かれたあと、本文が始まります。

This is a part of the famous song which Angela Aki wrote: “The Letter.” It encourages many teenagers who are in troubles.

Angela doesn’t just sing to the listeners; she wants more than that. She sings about young people’s challenges to their dreams, and tries to have some ties with the people who listen to her songs.

そして、また歌詞の引用へ。

Everything in your life has a meaning.

Don’t be afraid to have your dream.

Keep on believing.

で、決めの1文。

Why do Angela’s messages in her songs appeal to young people?

ここまで読んできた生徒は、当然、次に This is why …. に相当する内容が続くと予想するでしょう。でも、次からは新しいパートが始まり、Angelaの生い立ちと苦悩の日々が語られるのでした。そして、singer-songwriterとして成功を収める件のパート3が終わったところで、見開き2頁で彼女が歌う写真を贅沢に使い、その右頁で、オリジナルの歌詞を掲載 (p. 81)。その後、パート4で、今回取り上げた “The Letter” という曲が生まれた背景説明。このパート4の内容は、昨日引いた『Compass』 (大修館書店) と重なる部分も多いでしょう。

構成としては、サビメロから始まるポップソングといった印象でしょうか。その時にはすぐにテーマが理解できなくとも、2回目のサビに来た時に気がつく、みたいな。

便宜上、引用された歌詞の部分をつなぎ合わせたものがこれ、

Don’t give up! Don’t cry!

When you feel discouraged, you should

believe in yourself and keep on walking.

Everything in your life has a meaning.

Don’t be afraid to have your dream.

Keep on believing.

でも、この歌詞が、彼女の歌のどの部分なのかは、実際にこの楽曲を聴いていない人にはわからないし、初見というか初めて聴いてその歌詞の意味が理解できる、ということはそれほど多くないと思うのです。なぜなら、オリジナルは日本語詞だから。

さて、このパート1の「主題」は何でしょうか?そして、もし歌詞の引用がないとしたら文章として機能するでしょうか?普通なら、引用は主題を支えるためのサポート役なのでしょうが、この課では、あくまでも「歌」と「その歌の持つメッセージ」が主役なのですね。であれば、歌詞の中で、Angelaのことばそのものに言及する箇所とか、彼女のメッセージを端的に、または象徴的に示している部分を、わかりやすく言い換える、というような記述が望ましいのではないかと思いました。その観点で、このパート1の内容理解を問う次の3つの質問を見てみると、

1. Who does the song “The Letter” encourage?

2. What does Angela sing about?

3. What does Angela try to do?

1では ”many teenagers who are in troubles” という名詞句、2 では “young people’s challenges to their dreams” という名詞句を抜き出せば終了です。3. でも、 “(She) tries to have some ties with the people who listen to her songs.” と主語を補えばすぐに終わります。3つとも、local で literal な質問となっています。明らかに、「授業は英語で」ができるレベルのQ&Asということでしょうか。

たとえば、もし、英語のレベルをいったん脇に置いて、質問をこのようにしてみるとどうなるでしょうか?

1. Would like to listen to music when you are feeling down? If so, what kind of music would be your favorite?

2. How many words of encouragement can you find in the song?

3. When do you feel a kind of tie between a singer you listen to and you?

このように問いかけてもう一度本文と歌詞を読み直すと、

1. テーマをpersonalizeしつつ本文を読み直すための質問

2. literalでありながらもlocalの足し算としての擬似的なglobalな質問

3. personalizeした上で、テーマについて、本文のliteralな文言を越えたところに踏み込むことを求める質問

というようなバラエティも出てきます。そのそれぞれで、当然想定される、問われていることの理解が不十分な生徒、本文のliteralな読みが不十分な生徒が出てくるでしょうから、そこを足場として、前後に、localな質問を小出しにしては拡げていくことが可能となるでしょう。

この課での「文法」のターゲットは、

  • 関係代名詞 (目的格)
  • It is … (for A) to 〜
  • 過去完了形
  • 関係代名詞 what

となっています。今日の記事の冒頭部分で、『Compass』での無いものねだりを書きましたが、この『Vivid』では、「やさしめ」の教科書でも、第6課に配置することで使える語彙・構文が増え、本文の記述や活動内容にも幅・奥行き・深みが出ています。この課が終わったところで、分詞と関係詞の復習の頁が設けられています。私が冒頭で示した「名詞句の限定表現」の、日本語用例を英語で言えるようになるでしょうか?だとしたら嬉しいですね。

  • 歌詞に使われているいい表現をおぼえさせたい。
  • 曲のテーマをしっかりと受け止めさせたい。

という「歌」を題材とする教師側の思惑も、生徒の「英語力」が充ち満ちてこなければ、実現には至りません。「ことば」について「ことば」で語る、というのはなかなかに難しいことなのです。

  • 「感想」「コメント」を、一言、片言でもいいので…。

と4月から求め続け、応え続けて、ようやく2学期の終わりくらいで、その回路が出来てくる位ではないでしょうか。私の実作で歌の「歌詞」や「テーマ」について、高校生に英語で語らせる試みは、過去ログの

をご覧下さい。「名詞句の限定表現」、ということであれば、Marvin Gayeの “Mercy, mercy me” を扱った回の過去ログ、

が参考になるかも知れません。ただし、高2の「英語 II」の3学期での実践例だということを忘れてはいけません。

「テーマ」や「メッセージ」は共感を呼びます。これは確か。でも、それを共有するためには、それを語るための「ことば」が必要だと思うのです。高1で、しかも「やさしめ」教科書だから、「歌」という安易な題材選びではなく、周到にシラバスを積み上げて、伏線を辿って行きつ戻りつしながら足場を確かめて、という指導がなされることを願っています。

ちなみに、この教科書のLesson 1のPart 1では、

I love Japanese pop music. I am a big fan of Angela Aki. Her songs are great and her story is impressive. I will write touching songs for our generation, just like Angela.

という、横浜在住という設定のMasaharu君の強い意志が語られていて、伏線にもなっていました。

夕方になって、著者分の献本が到着。

ついに来ました。

  • 大津由紀雄 編著 『学習英文法を見直したい』 (研究社、2012年)

私が担当したのは、

  • II 方法論 7 新しい学習英文法の検討から見えてくる学習英文法の条件 (pp. 87-103)

です。忌憚のないご意見・ご批判をお待ちしております。

書店では、23日発売ですので、詳しくは来週になってから。

書店から在庫がなくならないうちに、是非お買い求め下さい。

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本日のBGM: 14 (綿内克幸)

2012-07-16 Cheers!

雨で順延となった野球の応援に行ってきました。

全校とまではいかないけれど、バス6台での応援団。

敗者復活戦のないトーナメント競技、初戦というのは難しい。

投手戦というか貧打戦というか、評価の難しい初戦でしたが、まずは勝って良かったです。

雨の準備だけしっかりしていったのですが、思わぬ晴天に日焼けしました。

2回戦はこの週末。私は本業の国体中国ブロック予選で広島県にいることになるので、応援には行けませんが健闘を祈ります。

夜になり、宅配便で中村一義の新譜が届く。

先行シングルで発表していた楽曲のアルバムバージョンに、こだわりを感じた。

今回も全ての演奏を一人でこなしているが、ミックスだけでなく、マスタリングエンジニアも高山徹氏。

まさに自分の耳を育ててきてくれた音の系譜。10年ぶりのフルアルバムというのはこういうことになるわけだなぁ。

未明に仕事部屋で聴いていたボーナストラックの

  • ただ、救われた私が誰かを想う

という一節がAKGに木霊した。

教科書の精査も引き続き。

「コミュニケーション英語 I」を眺めていて痛感するのは、指導要領の「改悪」ということです。

多くの出版社で、難易度の異なる教科書を作っているのですが、その「やさしめ (= easier)」な方は、ことごとく「写真」や「挿絵」が多いのです。「英語は英語で」と、改訂に当たってAAO派が息巻いたのは結構です。でも、結局、その写真や挿絵を見ている生徒の頭の中に「英語」が浮かぶのでしょうか?もし、浮かぶとすれば、それはどんな「ことば」になっているのでしょうか?

大修館書店のやさしめ版は、『Compass English Communication I』 。

このLesson 1は書き下ろし。アンジェラ・アキ、野口健、毛利衛の三人が、『十五の君へ』ということで英語で手紙を書いてくれています。

  • オープニングを飾るのはアンジェラ・アキ。ジャージ姿で「体育座り」の中学生と思しき生徒に向かって、アップライトピアノの前に座ったアンジェラが話しかけている写真。

で、このパートの「問い」は、「アンジェラ・アキさんの歌が生まれたきっかけは何だったでしょうか。」です。

  • 多くの観客に囲まれ、コンサートのステージでライトを浴びて歌うアンジェラ。
  • 立ち上がって観客に向かって両手を拡げるアンジェラ。

で、このパートの「問い」は、「アンジェラさんが歌に込めたメッセージはどんなものでしたか。」です。

これらの写真によって読みは深まるのでしょうか?さらには、「発問」に深みがでるのでしょうか?

さらには、「やさしめ」の教科書は英語の表現と論理がスカスカです。

Hello, I am Angela Aki. I am a singer-songwriter. At fifteen, I wrote a letter to myself. I wrote about my feelings. My mother kept the letter. Fifteen years later, she gave it to me. I read the letter from my past. Then, I wrote a song about that letter. The title is …. (以下略)

某放送局が主催する中学生の合唱コンクールの数年前の課題曲にアンジェラ・アキさんの曲が使われていましたから、今高校生になった者は皆、彼女のことを知っている、と考えた訳でもないのでしょうが、まずこの冒頭を読んで「?」がいくつか浮かびます。

  • アンジェラがシンガーソングライターになったのはいつなのか?

職業として、でも、デビューする前でもいいので、その記述がないと、「15歳」という情報の唐突さ、そして「曲」ではなく、「手紙」を書いたという情報の唐突さが際立ちすぎると思うのです。

そして、「母がその手紙をとっておいてくれた」という文でのギャップ。

  • I wrote about my feelings then in the letter.

とでもいう情報が含まれていれば、

  • My mother kept the letter.

の “the letter” に繋がるのではないかと思いますが、それにしても、まず「自分への手紙を出さなかった」ことを何も語っていないのです。実際に「投函しなかった」とも書かれていないし、「引き出しにしまっておいた」ということでもなく、「母が持っていた」ことへどのように繋げるのか。

この部分が重要で必要なのは、「15年後に、母から『あの手紙』を手渡された」という文を引き出したいが為でしょう。

  • She kept my feelings back then, as well as the letter itself.
  • What she really kept is all the things I felt when I was fifteen years old.

とでもいう内容を、「やさしい英語」でどのように表現するかが著者の腕の見せ所なのだと思います。

であれば、

  • 「『あの手紙』を読んだ」 = 「15歳の頃の自分と再会した」

という記述が欲しいところです。それがあって、初めて、

  • Then, I wrote a song about that letter.

への接点ができると思うのです。

  • Then, I put all those things about the letter into a song, and named the song ….

とでもいう内容を「やさしい」英語でどう書き表すか。

このような視点で読み直せば、このレッスンの内容理解の問い方にも変化が出てくるだろうと思うのです。

  • When did Angela Aki start writing songs?
  • How old was she when she wrote a letter to herself?
  • When did she read the letter?
  • What did the letter tell her?

そして、ここまで考えてきて思うのは、

  • そもそも、この手紙はアンジェラさんが英語で書いたものなのか?それとも、日本語で書かれたものを編集委員会が英訳したものなのか?

ということと、

  • ここで取り上げられている歌そのものが「手紙」という形式をとった作品であるのに、この本文も「手紙」である必然性はあったのだろうか?インタビューで、作品の背景を聞き出す、というような内容の方が相応しかったのではないか?

さらには、

  • 三人を並べる順番からいえば、アンジェラさんは最後で、しかも、曲・歌詞だけで良かったのではないのか?

というようなことです。折角、英語ネイティブも含めて優秀なスタッフで作っているのですから、「やさしめ」ならではの「ことばへのこだわり」を見せて欲しいと思います。

私は、この「曲」を初めて聴いた時から、この「タイトル」に違和感を持ち続けていたので、その背景が明らかになるような記述であれば大歓迎です。

「やさしめ」教科書では、どうしても「スキマ」ができます。それは仕方がない。でも、その「スカスカ」な英語表現を、いつ「充ち満ち」としたものにできるのか、ということを教科書著者、そしてそれを扱う現場の先生には考えて欲しいと思います。「コミ英 II」や「コミ英 III」とステップアップした時に、新たな題材で、ではなく、同じテーマ、同じトピックで、より成熟した「表現」や「論理」が紡がれていることに気がつく「チャンス」を、そして、あのときには言いたくても言えなかったあんなことやこんなことが言えるという「チャンス」を是非与えて欲しいと思うのです。

最後に、「幼き日、若き日の自分との対話、再会」というテーマであれば、こちらを是非。

本日のBGM: Dream Fighter (Perfume)

D

2012-07-15 Tのトランク

先日、長沼先生と一献傾けた時に、

  • GWTを新しくして、もう一段階上のnarrative writingをさせたいね。

という話しで盛り上がりました。ライティングのテクストタイプでこういう議論が出来る人が周りにあまりいないので嬉しいものですね。GWT (= GTEC Writing Training; ベネッセコーポレーション) は、もともとGTECのライティングパート対策とか、大学入試の自由英作文対策の為に作ったものではなく、私がこれまでの自分の実践の中で、授業で、作ってきたライティングの「シラバス」を、短期間に圧縮した通信教材でしたので、テクストタイプ別に章を分けて、

  • narrative
  • descriptive / expository
  • persuasive / argumentative

といった文章を書く課題を複数回設定し、さらには、そのそれぞれのテクストタイプに応じて、

  • story grammar の6観点
  • cubing
  • topic flowersからtopic ladder、そしてSPRE/R

という「アイデアジェネレーション」の手法を固定したところに特徴がありました。

GWTの教材化にあたっては、「なぜ、入試での出題頻度も少なく、GTEC の課題でも出題されないnarrativeな課題を書かせるのか?」という編集者側からの問いが当然のようにありました。そして、その問いに対しての私の回答は、当初あまり理解されませんでした。

編集側のスタッフを説得するための長時間のプレゼンを経て、後日、Mさんが1枚の紙にコンセプトマップをまとめてきてくれた時には、「ああ、思いは通じるんだな」と感動を覚えました。

  • いや、ナラティブが習得、習熟に一番時間がかかるんですよ。

この思いは今も変わっていませんが、今日は、「テクストタイプを行ったり来たりすることの利点」、「行きつ戻りつ習熟度を高めること」、に関して少し私の思うところを書いておこうと思います。

新課程でも、ディスカッションやディベートなどが取り上げられています。意見の分かれる論題でのargumentative な英語の文章を書くのが一番難しくて、高級な課題というイメージを持っている高校生、高校教師は多いように思うのです。

多くの人がなぜ、ナラティブを簡単だと思っているのか、要因はいろいろあるのでしょうが、「教材」として扱うお手本としてのナラティブな文章が簡単なものに限られている、というのも大きいと思います。

「ナラティブ」の形をなぞるのは高校生でも、まあまあできるでしょう。でもクオリティを上げるとなると、一筋縄では行きません。クオリティの高いナラティブな文章を書くためにはまず、「クオリティの高いナラティブ」を自分のものにする必要があります。次のような文章を読んでどのように感じるでしょうか?

Father got annoyed at us when we didn’t stay well. He usually stayed himself and he expected us to be like him, and not faint and slump on his hands and thus add to his burdens.

He was fearless about disease. He despised it. All this talk about germs, he said, was merely newfangled nonsense. He said that when he was a boy there had been no germs that he knew of. Perhaps invisible insects existed, but what of it? He was as healthy as they were. “If any damned germs want to have a try at me,” he said, “bring ‘em on.”

From Father’s point of view, Mother didn’t know how to handle an ailment. He admired her most of time and thought there was nobody like her; he often said to us boys, “Your mother is a wonderful woman;” but he always seemed to disapprove of her when she was ill.

Mother went to bed, for instance, at such times. Yet she didn’t make noises. Father heard a little gasping moan sometimes, but she didn’t want him to hear even that. Consequently he was sure she wasn’t suffering. There was nothing to indicate it, he said.

The worse she felt, the less she ever said about it, and the harder it was for him to believe that there was anything really wrong with her. (“Father Is Firm With His Ailments,” by Clarence Day, 1935)

「コミュニケーション」や「発信」というbuzzwordsが盛んに飛び交うようになった高校の英語教室で、今引いたような英文を静かに読み進めることができる生徒は少なくなったように思います。「ナラティブ耐性」とでも形容すればいいのでしょうか、ナラティブとじっくり付き合う基礎体力のようなものが落ちていると感じています。

次の文章はどうでしょうか?

Let me change the mood with a few sweet words that will, I hope, serve as well as music. As you know, the question we writers are asked most often, the favourite question, is: why do you write? I write because I have an innate need to write! I write because I can’t do normal work like other people. I write because I want to read books like the ones I write. I write because I am angry at all of you, angry at everyone. I write because I love sitting in a room all day writing. I write because I can only partake in real life by changing it. I write because I want others, all of us, the whole world, to know what sort of life we lived, and continue to live in Istanbul, in Turkey. I write because I love the smell of paper, pen, and ink. I write because I believe in literature, in the art of the novel, more than I believe in anything else. I write because it is a habit, a passion. I write because I am afraid of being forgotten. I write because I like the glory and interest that writing brings. I write to be alone. Perhaps I write because I hope to understand why I am so very, very angry at all of you, so very, very angry at everyone. I write because I like to be read. I write because once I have begun a novel, an essay, a page, I want to finish it. I write because everyone expects me to write. I write because I have a childish belief in the immortality of libraries, and in the way my books sit on the shelf. I write because it is exciting to turn all of life’s beauties and riches into words. I write not to tell a story, but to compose a story. I write because I wish to escape from the foreboding that there is a place I must go but – just as in a dream – I can’t quite get there. I write because I have never managed to be happy. I write to be happy. (Orhan Pamuk. 2006. My Father’s Suitcase, The Nobel Lecture, Privately printed for Faber and Faber, pp. 21-22)

この講演の終盤では、あたかも歌うかの如く語られているのですが、

  • トピックセンテンスは段落の最初、または最後、そこを繋いでいけば、筆者の主張は速読できるから、その部分をまとめる時に、論理の型に合わせて「つなぎ語」を補うこと。

などという指導を受けている高校生の多くは、クライマックスに辿り着く前に「焦れ」てしまって、読む意欲が続かないのではないかと危惧します。

授業では生徒にはよく、こう言っています。

我々人類は言語を手にして、他の動物から差異化を果たした。その我々は書きことばを手に入れる遙か以前から、物語ってきたことを忘れてはいけない。というよりは、我々は時が経とうとも忘れてはいけないことを、物語ることで伝承してきたという歴史を生きてきたと言えるのだから。

物語ることと、詠うこととの共通点を感じられれば、我々は人類の大いなる遺産を受け継ぐ資格を手に入れたと言えるだろうと思うのです。

今読んでいるのは、ちょっと古い本ですが、

  • Jean Quigley. (2000). The Grammar of Autobiography: A Developmental Account, Lawrence Erlbaum Associates, Publishers, London

という、どちらかというと「心理学」寄りの本。

この本の刊行当時に、University of Pennsylvania Scholarly Commons (7-1-2001) からダウンロードしたStanton Worthamの「書評」 (Language in Society, Volume 30, Issue 3, July 2001, pages 490-498) も併せて読んでいるところです。

テクストタイプの難易度を杓子定規に捉えないこと、ということ自体、難しいものなのです。

「難しさ」だけで言えば、私が一番難しいと思うのはやはり、韻文、詩ですね。

慶應義塾高等学校の宮崎啓先生は高校生の最終課題で「ソネット」まで書かせていました。生徒作品もいくつか見せてもらいましたが究極といってもいいでしょう。

私の場合は、せいぜい、英語俳句を作らせるか、読解素材のテーマに関連したお題を指定してのAcrosticを作らせるくらいです。詩が難しければ、「歌詞」でもいいのかも知れません。繰り返しに堪える「歌」は、時の試練にも耐えますから、詠い継ぐことが可能となります。

おまけや息抜きではなく、「歌」の持つテーマや表現を活かした高校英語の授業という観点では、金沢大学附属高の鈴森達也先生が習熟度の高い生徒に対して鋭く切り込んだ授業を展開されていました。

私自身は、過去ログでも授業でどのように歌を使っていたかをかなり詳しく書いていますが、昨年度は自分の授業で「歌」を封印してみました。その結果、私自身が歌に何を求めているのか、がより明確になったように思います。過去ログでの扱いがよくわかるように、2005年度から2006年度に扱った曲目、アーチスト名、テーマなどをリストにしてありますので、ご覧下さい。

05-06年高2歌リスト.pdf 直

ついこの間、アクセス数が急激に増えた日があったのですが、当時の教え子が、過去ログをくまなく読み返して、高2の授業で扱った曲の「曲名」を探していたのでした。当時の私の扱い方では、聞き取りの一連の活動の後で自分で曲名を付けるというような流れが多かったので、メロディや歌詞を思い出して、曲名が気になる、ということも起こるのだなぁ、とちょっと面白いと思いました。ただ、高校を卒業して5年経っているのに、「レッスン」で扱った内容がタイトルが気になるというのは、嬉しいことで、これはターゲットが「説明文」や「論説文」では稀だと思います。

  • 「歌」を扱うだけでは、表現や論理が…。

という場合は、生徒も教師も統一進度、統一教材に追われて余裕がないことが多いように感じます。ですから、それをさらに大きな枠組みの中で捉え直そう、と言ってもなかなかうまく行きません。

「文章」の作り手と受け手に拡げて関係性からテーマと表現を捉え直す、というように視点を移して、「ことば」を探すのであれば見つかるもの、気がつくことも多いかと思います。

たとえば、

  • 詩人やSinger Songwriterへのインタビュー
  • セルフライナーノート

などで詩人や、SSWが自作についてコメントする際には、製作意図や背景を述懐したり、テーマに関する説明を補足したりする「ことば」を使うでしょうから、そこでは、良質のnarrativeやdescriptive、expositoryなテクストがタテ糸ヨコ糸として織りなす文章が綴られると思うのです。

また、

  • 詩人が影響を受けた詩人へのリスペクトを語る
  • ミュージシャンが、カバーバージョンについて語る

という時の「ことば」には、真実をつかみ取る力が宿っている、と感じることが多々あります。

学術関係であっても教授の退職記念で論文集を出したり、古稀を祝って弟子や研究仲間が集まり論文集を出したりする慣習があるでしょう。論文そのものも良いものだと思うのですが、そこに収められたアカデミックな文章以上に、『はしがき』や『あとがき』には、その教授との人としての繋がりに裏打ちされた、深い文章が綴られていたりします。

作家の作品集の序文にも、良いものがたくさんあります。

My mother, a working-class woman of Mexican descent, never went beyond high school, but like millions of ordinary Americans half a century ago, she loved poetry. My mother especially liked reading it aloud or reciting it from memory. She knew a surprising number of famous poems by heart as well as a remarkable selection of obscurities. Her taste ran mostly to those anthology favorites that publishers and editors back then still credibly termed as “beloved.” Inspired by some turn of events, however trivial, in the day’s business, she would recite a passage or poem from Poe, Whittier, Longfellow, Kipling, Service, Byron, or Shakespeare. I loved her impromptu recitations, and I have often looked back on those occasions with both personal affection and a certain scholarly curiosity about how poetry once reached an enormous nonliterary audience.

There was only one living poet in my mother’s repertory---Ogden Nash. When she swatted some fly in the kitchen, she would intone with mock solemnity:

  • God in his wisdom made the fly
  • And then forgot to tell us why.

The appearance of either chocolate or alcohol would often elicit the remark that:

  • Candy
  • is dandy
  • But liquor
  • is quicker.

これは、

  • Douglas M. Parker. 2005. Ogden Nash: The life and work of America’s laureate of light verse, Ivan R. Dee

に、Dana Gioia が寄せた序文。

「追悼文」や「伝記」にも同じような匂いが感じられることがあるでしょう。

次の英文は、高校生向けの「自由英作文」教材で示されている「伝記」のモデルです。

Hideyo Noguchi was born at Inawashiro, Fukushima Prefecture in 1876. When he was two years old, he burned his left hand at the fireplace in his house. So he could not grasp things with that hand.

His father was a farmer, but did not work hard. His mother loved Hideyo so much that she worked for him from early morning till late at night.

When he was a primary school boy, he was made a fool of by his classmates because of his burnt hand. In spite of that, he studied very hard and soon got to the head of his class.

When he was thirteen, he had an operation for his left hand, and the operation was a great success. After that he made up his mind to be a doctor. At the age of seventeen Hideyo became a doctor’s boy at a hospital in Aizuwakamatsu and helped the doctor in the daytime and then studied English, Chinese, German and French till midnight.

In 1896, when he was twenty, he went up to Tokyo and studied medicine. the next year he received his MD (= Doctor of Medicine).

In 1899, Dr. Simon Flexner came to Japan from America. Dr. Noguchi served him as guide and told him that he would like to go to America for the purpose of studying medicine. In 1900 he went over to America and devoted himself to the study of snake venoms under Flexner’s direction.

In 1904 he moved to New York and began to work at the Rockefeller Institute for Medical Research. He went on with his study there for about twenty-four years and made many important discoveries. The name of Dr. Noguchi became known all over the world.

In 1918 he studied yellow fever in South America. In 1927 he went to Africa to study African yellow fever, but he himself soon fell a victim to the disease and died there the next year. He was buried in New York. (藤安雄 『自由英作文の書き方』 竹村出版、1973年、pp. 87-89)

今から、40年前の教材ですから、書き出しの単調さ、接続詞や時を表す表現の繰り返しなど、この水準と内容でも仕方がないとも言えるし、今から40年前の教材なのに、この水準と内容になっている、とも言えるでしょうか。

「伝えて記す」文章のクオリティが上がれば、

Though Lafcadio Hearn always considered his main vocation to be that of a writer, by all counts he was also a most conscientious and inspiring teacher. At Matsue Middle School (1890-91), his first official teaching job, Hearn taught a variety of English language classes, and among them was English Composition, which he taught to 4th and 5th year students. These classes were especially interesting to him in that his students’ writing gave him valuable first-hand information about Japanese culture and even more valuable insight into their young Japanese minds and hearts. Every week, or nearly so, he assigned his boys a fresh topic to contemplate and write about in English, and every week he diligently read and corrected their efforts. The errors he corrected were mostly in grammar, spelling, and mechanics, rectified with a cross-out and a word or two written above the lines, but sometimes he gave detailed explanation or made suggestions for modifying content. (p. 6)

という筆致にもなることでしょう。これは

  • 『ラフカディオ・ハーンの英作文教育』 (弦書房、2011年)

のアラン・ローゼンによる序文です。故人となった偉人の人となりと業績をまとめて記述する文章ですから、三人称でのナラティブによる「語り」から「説明」へと行ったり来たりすることによってリズムが生まれ文章が織りなされていることがわかるでしょう。

同じ作文教育の序文でも、高校生レベルで十分に咀嚼可能なものだと、こんな文章もあります。このブログでも再三紹介している、

  • ハロルド・プライス 『英作文の盲点』 (金星堂、1964年)

です。

During the past few years, I have corrected literally thousands of compositions, and have seen that only very few Japanese have mastered English well enough to write even one short paragraph correctly. The mistakes I found most commonly made are those I would like to point out in this small book. Besides, I have included some examples in answer to the questions most frequently asked in the classroom.

The purpose of this booklet is certainly not to encourage the student to write in a more literary style, but simply to try helping him learn to express himself more naturally and more understandably; and understandability is an ideal difficult for a Japanese to attain, even in the simplest types of English composition. (“Preface” by Harold Price)

こちらは筆者自らが書いているので、一人称での語りで振り返り、教材のねらいを「説明」しています。

さらには、

‘It is not possible to think of anyone in the educational world today who so fully deserves some token of our general esteem’, wrote Herbert Read in the editorial of 1947 Issue of Athene, the Journal of the Society for Education in Art, dedicated to Marion Elaine Richardson. Her life’s work was in the fields of both child art education and handwriting. In the teaching of art she is remembered for the stimulating of children’s imagination and releasing their natural creativity through her innovative techniques of mind and word picturing. In the teaching of handwriting she eventually broke away from long accepted methods to realize the value of pattern and base her method and letter forms on what she had observed to be the natural movement of young children’s hands. (p. 7)

というような、「しなやかな」文章になることもあります。

こちらは、

  • Marion Richardson: Her life and her contribution to handwriting, Intellect, 2011

のオープニングのパラグラフです。この本を書いているのは、Rosemary Sassoon。この後も彼女の敬意と愛情に溢れたことばが紡がれていきます。

このように、テクストタイプごとの一定の「型」は押さえた上で、quotesやanecdotesを盛り込んだ、しなやかで奥行き、深みのある文章を書かせる機会はもちろん、読みの教材として出会う機会が高校の教室では減っていると思います。残念なことです。

サンデル教授が持て囃され、TED Talksが流行になってしまった今の日本では、なかなか難しいことだと思うのですが、「効果的なプレゼン技術を身につけろ!」、「argumentativeなディスコースの約束事をマスターするのだ!」、と声高に叫ぶところから少し間を取って離れて見ると、クオリティの高い「文章」はこんなところに口を開けていることにも気がつきます。

In the act of writing a poem you’re working to satisfy a lot of deep things, you want your ideas and feelings to come out but in a way that’s memorable and pleasurable to you, so all your feelers are out, musical and otherwise, as ideas leap across and link in a process that’s intuitive. Your inner ear is attuned to the underlying rhythm and the actual sounds of words and in a way you’re like a musical composer also, creating almost unconsciously your own harmony.

A poem lives with the life you put into it and the “success” of a poem at times has more to do with the degree of energy, passion or fascination you bring to it rather than formal poetic rules. (W.N. Herbert & Matthew Hollis. 2000. Strong Words; Modern poets on modern poetry, Bloodaxe Books, p. 211)

これは詩人のGrace Nicholsが書いた,‘The poetry I feel closest to’ (2000) の引用です。説明文、論証文をいくら沢山読んでも、「偉人について」「作家について」などの「ついて」作文の文章だけ読んでいては、そのことばの「声」は響いてこないでしょう。書く人の顔が見える文章といかに出会わせるか、教師のお膳立てはそんなところにこそあるのだと思っています。

今日は、前日の豪雨で野球の試合が1日順延となったので、自宅で新課程教科書の精査を進めたいと思います。

早朝に珍しく兄からメール。

  • 同級生かい?

というので、

  • クラスは一緒になったことないけど、同期です。よろしくお伝え下さい。

と返信しておきました。

今日は、午後から故郷の「十勝千年の森」で音楽のイベントがあり、音響を担当するのだとか。

http://www.hgs.co.jp/tp_detail.php?id=32

オカリナ奏者のホンヤミカコさんが出演されます。

多くの人が、いい音楽といい空間を楽しんでくれていると嬉しいですね。

本日のBGM: おくりびと (ホンヤミカコ)

D

tmrowingtmrowing 2012/07/15 12:26 一部加筆修正。

tmrowingtmrowing 2012/07/15 16:33 授業で扱った「歌」のリストのファイルを追加。
「歌」の扱いにまつわる内容を大幅に加筆修正。

tmrowingtmrowing 2012/07/30 05:14 一部加筆修正。

2012-07-12 beyond persuasion

大雨の予報が外れて、曇りのち晴天となったので、クラスマッチ!

早朝から、野球部員総出で、グランドの水たまりの水を吸い出してくれました。有り難うございました。ソフトボールにサッカーと、クラスマッチができたらできたでさらに地面は荒れてしまうのだけれど、黙々と作業をしていました。今年のチームはいいんじゃないでしょうか。

予定していた授業はなくなったので、役割分担にしたがって巡回。

お昼からは、語法研究。

引き続き、persuadeの周辺をうろついています。自分の中では解決済みと思っていたのですが、少し新たな地平が開けてきたようにも思います。

某メディアの編集部から回答が帰ってきたので、それも参考にしています。送られてきた「用例」をいくつか眺めて、さらに編集部の英語ネイティブからのコメントも考え合わせながら、あれこれと。米人二人の回答です。

  • 全く問題がなく書き言葉でも、話し言葉でも自然に使う。仮に日本人ライターがこの構文を使って記事を書いたとしても、直すことはない。
  • 文法上は何の問題もない構文だが、ややawkward。自分であれば、<persuade 人 not to>か<talk 人out of …ing>を使うだろう。ただし、英語のネイティブがこれらの表現を日常会話で使うことは十分に考えられるし、仮にアメリカで友人が雑談中に<persuade (人) out of …ing>を使っても特に驚くことはない。

まあ、予想通りですね。

このブログにもコメントをくれるohapuruさんから、persuadeが「遂行」までを表すとされる、「含意」に関してのご指摘を受けて、

  • 後藤弘 『現代英語の文法と語法---実証的研究---』 (改訂新版; 英宝社、2005年)

の該当論文を読みました (「Persuadeの語法について」pp.303-318)。この本は東京にいる時分に一度読んでいたはずなのだけれど、問題意識の高低で読みの深さは全く異なるものだと実感。補文の有無や、butでの対比も含めて、様々な辞書の記述、実際の用例に照らして、必ずしも「遂行」を表す訳ではないことを述べているので、説得力があります。2005年の追記 (p.318) にある、

現代英語におけるpersuadeの用法の実態は益々その方向に進んでいる。筆者が本論末尾で論じた、この動詞の表す意味の変化の予測は、正しくその動向を示すものである。

が鋭いな、と思いました。もう少し実態調査に努めたいと思います。ご指摘ありがとうございました。

後藤氏の語法研究の姿勢に感銘を受けたので、

  • 『英語に結ばれて---後藤弘教授退職記念論集---』 (共同文化社、2004年)

も入手して読んでいるところです。

今日読んだものは、

  • Henna Vouri, The Grammar of the Verb Persuade in Recent Centuries, University of Tampere, School of Language, Translation and Literary Studies, English Philology, Pro Gradu Thesis, May 2012

フィンランドの大学院生の修士論文のようです。ご本人とはまだ何のコンタクトも取っていないので、表も含めて約100ページのこの論文を読んだだけですが、参考文献も含めて勉強になりました。(DL可能なpdfはこちら→ http://tutkielmat.uta.fi/pdf/gradu06052.pdf)

1710年代から1920年代までを3つの時代区分に設定したCLMETコーパス (https://perswww.kuleuven.be/~u0044428/clmet.htm) での分析と、1960年代から、1993年までの「現代英語」としてBNCの分析とを行い、数世紀に渡っての語法の「姿」を浮かび上がらせようというものです。CLMETと比較した通時的な考察を可能とするために、BNCのデータは Imaginative Prose domainに限定しています。

結局のところ、out of –ingの例は、コーパスでは見られなかったのですが、彼女はこのように述べています。

Another surprise is that the NP + out of + -ing is not found at all in any of the data. The source of data could be relevant here; including other genres and data from the past ten years might provide more evidence of the NP + into + -ing and NP + out of + -ing. (p. 89)

As a more general point, years have gone by since the endpoint of the BNC data, and it would be essential to include more recent material in order to detect the latest trends, especially when it comes to the spread of the NP + into + -ing pattern. (p.98)

この論文で現代英語の一次資料として扱われたBNCのデータが1993年まで、ということで、奇しくも、私が『ハンドブック』の4訂版を作成した年と同じ。そこからの20年で、persuadeを取り巻く環境に実際どのような変化があったのか、または、変化はなかったのか、あらためて一次資料の精査が不可欠だと感じています。

そもそも、今回の疑義をブログで書くに当たって、私がハンドブックを作った1993年以降の「実態」を推測するものとして、一次資料としてのCOCAを使うところからスタートしたわけです。他にも、Google検索やEreKなどで用例を探ることは簡単です。たとえば、Googlefightで、<persuaded her into>と<persuaded her out of>を戦わせてみると、962対41という結果に終わります。しかしながら、そのような「ヒット数」でわかることは限られているからこそ、COCAなどの「オンラインコーパス」に人気があるのだと思っています。たしかに、Google Ngram Viewerで、1960-2008くらいまでの趨勢を数値化・グラフ化してみると、そこに大きな変化が見られることがあります。でも、そこで得られた「気づき」と自分が感じたものの実態、を一つひとつ見ていかなければなりません。

him_out_of.png 直

you_out_of.png 直

into_vs_out_of.png 直

グーグルで検索といっても、インターネットが爆破的普及を見せたのが90年代後半からなのですから、データ数の分母自体がそれ以前とは大きく異なる可能性もあります。その語の取りうる共起パターンの「割合」からみて、典型的、一般的と言えるのかどうか。辞書が記述するべきなのはそのような情報でしょう。

ちなみに、その辞書の記述の一例として、

  • 『オックスフォード英語類語活用辞典』(2008年)

では、"talk sb out of sth" も "dissuade" も、"discourage" のグループにまとめて示されていて、囲みの形(p.208) で、DISSUADE OR TALK SB OUT OF STH? という語法解説を加えています。

Dissuade is mainly used in writing or in more formal spoken contexts. Talk sb out of sth is used especially in more informal contexts, such as in conversation. It is also very common, in all contexts, to use persuade sb not to do sth: I tried to persuade him not to resign/give up his job.

検索エンジンを利用した現代英語の使用実例検索の話に戻りますが、Google books 検索で「2000年代に入って、<persuade + 目的語 + out of> のヒット数が増えている!」と、フタを開けてみると、その多くが新たに出版されたJane Austenについて書かれた「書評」の文章で、

“… This brother of yours would persuaded me out of my senses. Miss Morland….”

という、彼女の1818年の作品、Northanger Abbey の引用だった、などという笑えない事例もあるわけです。

さらに、“blending” と呼ばれる混交語法は英語ネイティブにも見られるので、「正用法」というのは簡単ではありません。twitterなどのSNSで、話しことばがそのまま文字になり、それがデータとして残る時代だからこそできる「調べ方」もあるのでしょうから、襟を正して、今しばらく persuade周辺の散策を続けてみたいと思います。


本日のBGM: 流れるものに (中村一義)

tmrowingtmrowing 2012/07/13 08:25 Google Ngram viewer の画像ファイルを追加しました。

tmrowingtmrowing 2012/07/13 13:18 辞書の記述を一部加筆修正。

tmrowingtmrowing 2012/07/14 02:23 「遂行の含意」に関して、一部加筆修正。

tmrowingtmrowing 2012/07/16 14:06 論文名と該当ページ加筆。

2012-07-11 今を変える人

採点、そして成績処理の終わったご褒美も兼ねて昨日は夏河豚と日本酒三昧の宴。

東京から、長沼君主先生が来山するタイミングに合わせて一献傾けてきました。なんでも、県教委のプロジェクトで、県独自のCan-do statementsを製作することになったらしく、その講師として県の拠点校に招かれたのだとか。

現在、「5つの提言」にもあるように、文科省が音頭を取って、全国で「Can-do祭り」のような様相を呈しているところですが、Can-do先進事例で数々の実績を持つ長沼先生はいろんなところに呼ばれて大忙しの模様。ELEC同友会のライティング研究部会でも副部長を引き受けてもらっていますが、それ以前から、長沼先生はもちろん、私もまだ若かったころからの付き合いなので、先輩後輩関係なく、英語教育談義、日本酒談義と気の置けない呑みとなりました。いやー、旨かったです。魚も酒も。長沼先生有り難うございました。

11月3日の「山口県英語教育フォーラム」では、「Can-do」にとどまらない、刺激的な話しをしていただけると思います。乞うご期待。

良い酒で良い呑みだと本当に次の日も気分がいいもので、短縮授業にもめげず7時限目まで4コマをやりきりました。

高3のライティングは、picture storyの続きを書く課題と、結末に繋がるように書く課題のフィードバック。GWTでのフィードバックで使われていたものと同じ観点で指摘しています。大事なのは、そこから、自分の学びに繋げることが出来るか。今、「診断テスト」の100題に自信を持って解答できるか、『コーパス口頭英作文』の70パターンは自由自在か。教材それぞれで、自分の取り組む課題をさらに小分けにして「負荷を下げて」乗り切っているうちは本当の力がつきません。大事なのは「統合」ですから。

商業科2年は、提出物の返却と、レッスン最後の「テーマ関連語彙」の補充。

  • natural heritage sites
  • cultural heritage sites
  • environmental problems
  • protect wildlife
  • take conservation measures
  • remain intact
  • endangered species [animals / plants]

発音の難しい、”species” は最初の -e- は名前読み。-ci- は/s/ の音ではなくて、-sh- と同じ音。次の文字が、e, i, yの時は /s/ の音という原理原則からいったら変なんだけど、この語の場合は「『シュッシュポッポ』のシュ」の音なので覚えるしかない。私も自分で苦労して、「意味が『種』なのだからシュッシュポッポ!」と覚えました。

と何の英語史的、形態論的、音声学的根拠もない話し。

いくら語源から説明したところで、

  • special
  • specific

はやはり個別に覚えた方が早いと思うのですよ。

  • action
  • tension

などの-sh-の音を持つ語が守備範囲にたくさんあれば、少しはやりやすいかな、とも思いますが、

  • vicious

なんていう単語がスラスラ読み書きできるくらいなら苦労しない訳で、せいぜい、

  • ocean

くらいの基本語で、原理原則のストレッチをしておくことくらいでしょうか。

進学クラス高2は、要約の書き直しを再提出してもらって、新たなネーミングの辞書引き活動。

  • 『横のもの→縦のもの→自分のもの』

辞書を引いて、ホワイトボードに集めてみて、それを眺めることで、

  • 一緒に使われる語の共通点
  • 形の上での共通点
  • 場面・目的での共通点

などを考え、自分の中に取り込み、同じパターンで自分で新たな例文を作れるか、を目指します。

今日のターゲットは、persuadeとtalk。

表面は、

  • persuade +人+ to原形
  • persuade +人+ not to 原形
  • persuade +人+ into –ing
  • persuade +人+ out of +名詞

のそれぞれのパターンを取る例文を書き出すのだが、私からは、

persuadeはね、縦の比率がだいたい、上から6〜7対4〜3くらい、横の比率も左から6〜7対4〜3で線で区切っておいて。

と、綺麗に4等分はせず。

“talk” の方は、

  • talk+人+ into +名詞
  • talk+人+ out of +名詞
  • talk+人+ into –ing
  • talk+人+ out of –ing

の4パターンそれぞれの例文があるかどうかを調べてもらうことにしてスタート!

途中で私もテーブルの上に辞書を拡げて、

  • あれ、ここにこんなにわかりやすい格好の例文があるのに、まだ誰も書いていないなぁ…。
  • ん?ここって例文存在しないの?私が調べようかな?

などと茶々を入れながら終了。

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全員でホワイトボードをぐるっと回って、それぞれの型で並びに並んだ例文、あまり並ばなかった例文を眺めてもらってから私のコメント。

理論上は、<to 原形>と <not to 原形>、<intoとout of>で意味が反対・逆なら、どちらも同じような頻度、重要度で使われるように思うかも知れないけれど、ことばは生き物だから、実際にはバラツキが出るもの。パターンによる分類は確かに便利だけれど、網羅的に覚えようなんて思っちゃダメ。まず「肝」を押さえることから。persuadeの場合まず押さえなきゃいけないのは?そう、<to原形>だね。「talkを使っても同じことが言えるんだから、要らないのでは?」と思うかも知れないけれど、ほら、この『政村本』の用例を見るとよくわかるね。「ペリー提督」が開港を説得、というような歴史的外交的な文脈ではやはりformalな語を選択するもの。talkではinformalな場面で活躍できるし、persuadeはformalな場面で活躍できる。それぞれが生きる場面、持ち場っていうのがちゃんとある。では、その逆の<not to原形>は辞書の用例でも手薄だったけど、それを使わなくても困らないのだろうか?「思いとどまらせる」っていう場面は出てこない?そんなことはない。 <talk+人+out of –ing>の用例が実際、こんなにあるから、こっちを使えば済むならそれでいいけれど…そう、formalな場面では?ことばを選ばないとね。こういう時に英語では “dissuade” っていう、まさにformalな場面を司る語が存在します。

といって、黒板に「型」を板書。

今日のまとめとして、

  • 語法に関してはこのようなパターンによる分類は確かに便利。『グラセン和英』の巻末にもあるくらい。けれども、パターン化して安心してはダメ。「意味」「形」そして「使い方」を「自分のもの」にするには、いつも言っているけれど、「例文を生き直す」ことから。

と説いて終了。

さあ、明日は「クラスマッチ」。でも、たぶん大雨。

授業の準備をしておきましょう。

帰宅途中の車内で聞いた曲が、中村一義の匂いがして、注耳。

  • うわぁ、センス良いな、この人。劣化コピーになってないよ。

と思ったら、10年ぶりのアルバムが今日発売とのこと。うん、進化してますよ。

帰宅後、録画してあった「公開討論会」を妻と見る。

告示前なので、選挙活動になってはいけないため、いろいろ制約がある中、一人でも多くの人に声とことばが届いたことを願っています。

最後は、夕べの宴の主役たちの写真を。

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本日のBGM: ウソを暴け!(中村一義)

2012-07-09 「ELEC (英語教育協議会) 夏期研修会」のご案内

ELEC夏期研修会のご案内

日時: 2012年 8月15日 (水)

   13:30 -16:20

講師: 松井孝志 (山口県鴻城高等学校)

ライティング指導の伝統に学ぶ「活き活きとした英語」

※ 講座は1日単位の受講申し込みとなっております。

  午前の部は、飯塚秀樹先生 (自治医科大学) のご担当です。

詳しくは、こちらの概要をダウンロードして下さい。http://www.elec.or.jp/teacher/kensyukai.pdf

今回の私の講座は、「活き活きとした」という抽象的というか、定性的な言葉づかいをさせて頂きました。

これまでにも、ELEC協議会では何回か、「ライティング」に関連して講師をさせて頂いております。

2010年度の夏期研修会で講師を引き受ける際にも、知人には「おそらくこれが最後になるでしょう」と言っていましたし、実際に講座を終えた際に、「ライティング」という科目、もっと言えば、「書くこと」に特化した科目が、高等学校の科目から消えてしまうのだから、もう私のような古い世代の人間が講師をお引き受けすることはないだろうと思っていました。

それからあっという間に2年が過ぎて、来年度は高校の新課程が始まります。「喪失感が失せる」というのは奇妙な形容ですが、あの研修会の最後の喪失感のような思いは、自分のなかではもうなくなったと思っていました。

ところが、今年になって「英語表現 I」で使用することになる検定教科書の見本を数冊見て、あの喪失感が甦って来たのです。

  • これでは、10年以上前に逆戻りではないか!

と思うような「文法シラバス」の教科書が増えていました。それだけではなく、モデルとして示されている英文が、英語のディスコースとして本当に通用するのか、というものもありました。

  • これで本当に検定に通っていいのか?

疑問符が頭を離れませんでした。正直な気持ちです。

今回、夏期研修会の講師を引き受ける決断をした要因の一つにはこのような「新課程教科書」に見られる英語表現がありました。

私自身、「オーラルコミュニケーション」、「ライティング」と検定教科書に関わっていたことがありますが、教科書を書いていたのがちょうど10年間。そしてそこから離れて既に10年です。その間、検定外の教科書作成にも携わる機会があり、その書き下ろしのライターである英語ネイティブたちとの「英語表現」にかかわるやりとりで、自分自身の「筆力」を鍛え直す必要性を自覚し、自分自身の英文修業を開始しました。高校生向けの「ライティング」指導に関して言えば、GTEC Writing Trainingという通信講座で「シラバス」としての一つのたたき台を示せたとは思っていますが、そこで扱われる「英語表現」そのものでは、まだ不満が残っていましたので、自分のライティングの授業に繋がるように、高1の「ナラティブ」の読み書きからやり直すつもりでここ数年は取り組んできました。

上述のように、新課程では「書くこと」に特化した科目がなくなります。単一技能の指導が功を奏さないということで、「技能統合」となったようです。であるならば、新たな「英語表現」という科目では、「技能統合」により、これまでの「ライティング」の内容、水準を超えて、「豊かな」英語表現を実現するような授業が求められるはずです。そして、その実現のための教科書を作らないのであれば、「ライティング」という科目を消した意味がないと思うのです。

しかしながら、新課程用の教科書で、そのような豊かな英語表現が紡がれているものはあまり多くないように思います。選択肢が少ない以上は、手に入るものから選び取ったものを使って教室で授業をすることになります。「書くこと」を求められるさまざまな局面で、新課程の教科書の不都合が出てくることでしょう。その不都合が回避できないのであれば、それらをどう克服するか、教科書を使う現場の教師、そして生徒が悩み、迷うことを今よりは少なくしたい、そう思ったからこそ今回、講師を引き受けました。

もう一つの理由は、もう少し下世話なものです。

いわゆる「進学校」、そして予備校などの受験産業を中心とした「大学入試対策」としての「ライティング」「英作文」指導の実態があまりにも「ライティング」本来の在り方とはかけ離れていることです。

本来、上級学校への進学意欲、学習意欲、そして認知学力が高い、このような学校、予備校に通う生徒は「ライティング」の指導を十分に消化吸収できる「素地」があったはずなのです。私が知るだけでも、全国に優れた「ライティング指導」実践を続けている高校の先生が何人もいます。でも、その方たちの指導法が普及定着することがないまま、新課程では科目そのものがなくなりました。

では、これまで「旧課程」でも卓越した指導によって到達し得た高みへと、新課程で生徒を導こうというときに、肝心の「教科書」が心許ないとしたら?

今以上に、「予備校講師による高校教師の研修」、「検定教科書ではない参考書や問題集の採用」が増えるのではないかという危惧が大きくなりました。

私はここ数年、新課程の「英語表現」の行方を心配しながら、予備校のテキストや講義ノート、解答解説プリント、さらには「解答例」などを集め、精査してきました。高校の授業で「書くこと」の到達水準が下がりこそすれ、上がることがないのであれば、高校の授業には見切りを付けて、「受験に特化した『書くこと』」を学ぼうというのは、生徒にとっても自然な成り行きなのではないか、と思ったからです。巷で有名な方のテキストや解答例、板書ノートなどを精査する中で痛感したのは、某予備校の某先生など、例外的に優れた指導者が示す「英語表現」を除き、「ライティング」という観点からは、かなり問題を孕んだ教材、指導法が散見され、課題に対して最終的に示される解答例の英語表現に首を傾げざるを得ないものが多々見られる、ということです。

英語教育の有識者からは、「市販の教材は、市場が淘汰するのだから放っておいてもいい。良くないものは買わなければいいのだから。それよりも、現場の教員が採択を決める『検定教科書』の抱える問題の方が大きな問題」とも言われています。でも、本当に市場が淘汰してくれているのでしょうか?

その問題のある市販教材を現場が一括採択してしまうような実態が高校現場にあり、予備校主催の教員研修で「学んだ」指導法が現場に取り入れられているという現実がある以上、警鐘は鳴らし続けるしかありません。

  • 不備のある教材の教室での使用→授業での到達度の低下→受験対策と称する不備のある市販教材の採用→?

この先に豊かな英語表現が実るとは正直思えないのです。しかもその→の先に待っているのが、予備校の『自由英作文』講座で、その講座のテキストで使われている解説が検定教科書をコピーしたものだったりすることが現実にあるのですから、問題は更に深刻です。

この夏のELECの研修会では、

  • 書くことでしか成立しない英語によるコミュニケーションの必然性がほぼ皆無である日本の英語教室で学ぶ日本の高校生が、英語で表現することの意味を問い直します。
  • トピック、ジャンル、テクストタイプ、語彙、構文、分量などなど、英語教師として、英語での「表現」というものを、根底から理解し、実感し、体得するための「材料」と「機会」を提示・提供します。

とはいえ、「ライティング」の指導方法で私のオリジナル、というものはほとんどありません。私が、英語教師となり、「ライティング指導」に力を入れようと決めてからの四半世紀の間に試行錯誤しながら学んできた、国内外の先哲・先達の「伝統」を伝える程度のものです。ですから、

  • 「英語を書くこと」「英語で書くこと」の指導の現在地を正確に把握するための情報交換を講師と受講者の間だけでなく、受講者同士でも行い、この研修会が終わった後も、お互いに情報交換を続けることができるようにしたいと思います。

ご縁がありましたら、8月15日にお会いしましょう。

本日のBGM: I broke my promise (American Music Club)

f:id:tmrowing:20120709182854j:image

2013年9月25日追記:

この時の資料を、こちらでDLできるようにしております。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20130814

指導の参考となれば幸いです。

2012-07-07 words & deeds

七夕は生憎のお天気。

週末までに出てきた答案は全て採点が終わり一息。

某メディアで「動詞の語法」についての記述を読んで溜息。

俎上に上がっていたのは “persuade” という動詞。

persuadeという動詞に限らず、「動詞の語法」は確かに面倒なのだけれど、面倒な森だからといって入らずに済ますことの出来ない局面は英語学習では早晩やってくるだろうから、一人で入るなら初めのうちは深入りを避けること、深く入らざるを得ない時には、優れた「ネイチャーガイド」に同行してもらうこと、と心に留めておいて欲しい。

このpersuadeという動詞がどのように使われるのか、「語法」、とやらを見ていこう。

<A + persuade + B + to 原形 (=C)>

A の説得によって、Bは実際にCの行為・行動を取る、というところが最大の肝。

その意味で、talkの他動詞の用法と置き換えて使う人がいるのも頷ける。

<A + talk + B + into –ing (=C)>

どちらの表現でも、Cの動作・行為は「実現する」のが本来表される意味である。

この部分の理解が日本の高校生は弱いということで、大学入試の語法問題や英作文問題などで、

  • 説得しようとしたがダメだった。

というような英文を完成させる問題が存在するのだろう。

ちなみに、小池直己・佐藤誠司 『英語ネイティブ度判定テスト』 (大修館書店、2009年) にも、pp.242-243に、

119 日本語の意味を表す適切な英文に訂正してください。

I persuaded him to lend me some money, but he didn’t say yes. (私はいくらかお金を貸してくれるよう彼を説得したが、彼はうんと言わなかった)

という「英語ネイティブ」なら絶対に解かないクイズが収録されているくらいである。この解説を見てみると、正解は “persuaded → tried to persuade” となっていて、

<persuade + 人 + 不定詞>の形は、「<人を>説得して〜させる」の意味です。元の文は前半が「私は彼を説得して金を貸してもらった」の意味になり、後半とつながりません。「説得しようとした (tried to persuade) 」に変えれば意味が通じます。

と理由付けしてくれているのだが、そう言うのであれば、そもそも、クイズの「日本語」表現を示す段階で、

  • 私はいくらかお金を貸してくれるよう彼を説得しようとしたのだが、彼はうんと言わなかった。

というような言葉づかいで「彼を説得しようとしたが」と書くべきだろう。こういう「お題」の出し方は、「ついうっかり信号無視や一時停止しそうな場所なのに、そこでの違反を防ぐのではなく、取り締まり、掴まえるために木陰に隠れている○○○」を連想させ、嫌な感じだけが残る。

冗談はさておき、persuadeという動詞を使う際に、「事の成就」が気になるのは、「説得」の類のことばではいたしかたないのだろうとは思う。それこそ、「文化」や「文脈」のなせる業。

英語の実態をよく見てみると、persuadeの前に、上述のtryだけでなく、 manageという結びつきが実際に見られる。persuade自体で「その行為をさせるところまで含む」ことになっている (建前?) にもかかわらず、「実際にうまくいった;ちゃんとさせた」ことをわざわざ明示する (本音?)、という文脈と心理は想像に難くない。COCAを使って過去の文脈で、”managed to persuade” を検索すると45例がヒットするところを見ても、普通の表現と言って良いだろう。

このような、「説得して実際に新たな行動を起こさせる」意味の逆の意味を表すとすれば、

  • 説得して、新たな行動を取ることを止めさせる。

という行為が考えられるであろう。実際に、

<A + persuade + B + not to 原形 (=C)>

という結びつきは英語に存在していて、BはCの行為を「未遂」に終わることになる。

こちらも、talkの他動詞用法と置き換えて使う人がいる。

<A + talk + B + out of –ing (=C)>

気を付けるのは、この結びつきで表されているのは、「未遂」であるから、「Bがやろうとしていることである、Cを思いとどまらせる」という意味であることくらいだろうか。

Longman Essential Activatorでは、

  • to persuade someone not to do something that they were planning to do

と定義づけている。

このように、語法こそ違えども、同じ文脈で使われる二つの表現が発想での底流を持っていても不思議ではなく、

<A + persuade + B + into + C>

という結びつきが存在する。

しかしながら、現代の英語で、このintoに続く名詞相当語句であるCの部分に動名詞が来る例は少ないと思われる。この背景を私なりに推測するに、不定詞を使えば言えることは不定詞で、talkの方を使えるのであればそちらを使って動名詞で、と棲み分けができるものなら棲み分けた方が混乱が少ないという心理が働くのだろうか。

さらに、前置詞が into ではなく、逆の意味を表すout of を用いて、しかも動名詞が続く例となると、「?」が浮かぶ。何事も「ないことを証明する」は難しいのだが、現代の英語では、少ないどころか、ほとんど見られないのではないか、というのが私の感触である。

BNC の1980年代の小説からの用例。

" He was going to marry my mother. " " And you wanted to persuade him out of it? "

COCAから、2000年代の学術論文の用例。

We can (and must) fight them on the field of nonviolent political discourse and action, keeping openness our first priority both as a means and an end. We will try to persuade them out of their various racist, dogmatic, millennialist, and otherwise non-empirical, anti-pluralist convictions -- so long as they limit themselves to trying to persuade us.

同じくCOCAから、大衆向け雑誌の用例。

MRS. WARBURG SAID SHE HAD WANTED TO BE A dancer and she made Anne take jazz and tap and modern all through school but what Anne really loved was talking. Debate Club, Rhetoric, Student Court, Model U.N., anything that gave you plenty of opportunity for arguing and persuading, she liked. I said I knew that because I had lived with Anne for three years and she had argued and persuaded me out of cheap shoes and generic toilet paper and my mother's winter coat. She'd bought us matching kimonos in Chinatown.

いずれも、out of に続くのは名詞か先行文脈であって、動名詞の例ではない。

私は、80年代から90年代にかけて、『前置詞のハンドブック』という授業傍用の私家版のプリント集をこしらえていた。その際に、高校生向けに用例を書き換えたり、新たに作ったりすることで、「英語の実態」とかけ離れてはまずいので、用例の採否・適否で、当時同僚として働いていた数名の英語ネイティブとあれこれ議論した。このpersuadeとtalkの周辺も「話題」として取り上げている。その結果 “into” の用例として載せたのが、次の2文。

  • 14. I talked her into accepting his offer. 彼女を説得して彼の申し出を受けさせた。
  • 15. He was tricked into signing the contract. 彼は騙されて契約書にサインさせられた。

このすぐ下に語法解説のコラムがあるのだが、そこに私はこう記している。

※14.の類例に、persuadeがあるが、語法の揺れに注意。<to+原形>を使う方がmore commonであり intoを使うのはかなりformalな表現となる。

[c] I persuaded her to accept his offer.

[d] I persuaded her into accepting his offer.

※OALD (3rd) では、<persuaded out of + ing>の用例を載せているが、OALD (4th) では削除されている。また、COBUILD及び、COBUILD Phrasal VerbsやBBCにも用例は認められない。『ジーニアス英和』ではこの用法に (古) というラベルを貼っている。今回のnative informantsの一人 (米人・女性) は次の [e] だけでなく、[f] も認めなかった。

[e] * I persuaded her out of accepting his offer.

[f] ?* I tried to persuade him out of his resignation.

この4訂版を作ったのが1993年の年明けだから、今から19年前。

この当時でさえ、<persuade + out of + -ing>という結びつきは容認度が低かったと思うのだが、この20年近くの間に、復権がなされたのであろうか。久しぶりに手許にある辞書を調べてみた。

Longman WordWise Dictionary

Macmillan Essential Dictionary

Merriam-Webster’s Essential Learner’s Dictionary

Cambridge Learner’s Dictionary

COBUILD Advanced American Dictionary

の5冊では、out of だけでなく、intoを用いた用例も載せていない。

LDOCE (4th) が、

  • Don’t let yourself be persuaded into buying things you don’t want.

を、

Oxford Wordpower (2nd) が、

  • We eventually persuaded Sanjay into coming with us.

を載せている。どちらもintoの例であって、out of の用例はない。

これも考えてみればもっともなことで、「思いとどまらせる」なら、<A + persuade + B + not to 原形 (=C)>という形式があり、formalな場面でも使える "dissuade" という動詞が存在し、talkを使えば、informalな場面もカバーできるので、persuadeをout of とわざわざ使う必要はないという感じがする。

辞書の用例では、

  • We tried to dissuade him from leaving. (Cambridge Learner’s)

というちょっと体温が感じられないもの以外にも、

  • Our warnings did not dissuade them from going. (Merriam-Webster’s Essential Learner’s)
  • Campbell tried in vain to dissuade Paton from quitting. (Macmillan)

などで、<A + dissuade + B + from + -ing (=C)>の形が見られる。

このdissuadeの語法をCOHAで見てみると、1820年代から、2000年代まで各年代ごとに用例は見られるので、現代でも生きている語法だと断定していいだろう。

ここまで来れば、persuadeがout of と一緒に使われ、しかも動名詞の続く「型」が今も生きているのか、活き活きしたものなのか、よくわかるのではないかと思う。

大学入試対策を謳う教材であっても、

  • 竹岡広信 『よくばり英作文』 (駿台文庫、2011年)

では、

  • 197 “Michael wants to quit his job. I’d appreciate it if you could talk him out of the idea.” (p. 109)
  • 228 My father is very stubborn, so it is no use trying to persuade him to change his mind. (p.149)

というように、引用符で括られた話し言葉の用例では “talk” を、書き言葉の用例では、persuadeを、と可能な限り現代英語の語法を反映できるような文を提示している。著者が自分の英語力に胡座を掻かず、英語ネイティブとの共同作業の労を惜しまなかったからこその賜だろう。

COCAで検索した、前述の “managed to persuade” の45例でも、persuadeの後ろに “B + out of –ing” という結びつきが続くものは1例もなかった。

英語に限らず、語法に限らず、一手間を惜しまず、ちょっと信頼の置ける辞書を引いて確認すれば、また誰か信頼の置ける人に確かめれば未然に防げる誤りはたくさんあるだろうと思う。

本日のBGM: You stepped out of a dream (Max Roach)

tmrowingtmrowing 2012/07/08 17:40 オンラインコーパスから "persuade 目的語 out of" の用例を追加。

tmrowingtmrowing 2012/07/09 08:21 一部加筆修正。

2012-07-05 結んで開いて、その手はどこへ?

採点天国から抜け出して、教務部長と二人で中学校まで進路説明会に行ってきました。新装なった体育館で、今日はトップバッター。進学クラスのPRをしてきました。中3生はもちろんですが、中1生、中2生の保護者の皆さんも会場にいらして説明を聞いていたようです。

進学実績とか、施設とか、カリキュラムとか、そういうことよりも大事なこととして、ゾウさんとキリンさんの話しをしたのですが、「学びを学ぶ」ということの意味が、よく分かってもらえたでしょうか。

「市内にある別の私学で使っていた中高一貫校用の検定外英語教科書に私が関わっていたこともアピールしておけば?」と部長には言われていたのですが、改訂版には携わっていないし、その学校でも今は使っていないようだから、と遠慮しておきました。

いったん学校に戻って、資料などを整理して帰宅。

首から背中の強張りがかなり強くなっていたので、いつもお世話になっているところにちょっと無理を言って、隙間を縫うように予約を入れ、施術してもらいました。実際に時間がかかったのは首でも背中でもなく、足。脚ではなく、足。足首だけでなく、足の甲から指の骨の間まで固くなっていて、目の疲れ、頭の疲れが出ているとのこと。ちょっと「痛気持ちいい」触感が残っていますが、目にはすぐ効いたようで、視界が開けた感じです。

豪雨により順延となった日の試験が、来週の月曜日にスライドしたので、この週末は本業もお休み。その分、採点に時間を割けるので、喜ぶべきでしょうか。

ということで、学参レビューの続き。

  • 『例解和文英訳教本 自由英作文編』 (小倉弘、プレイス)

先日のエントリーで、「私がこの2冊の内どちらかを選べ、と問われれば、迷うことなく、小倉氏の本を選ぶでしょう。」と書いたので、この本に物凄い期待を寄せている方がいるかも知れません。まず、お断りしておくのは、今、引いた私自身のことばの「条件設定」を確認して欲しい、ということです。そうです、選択肢が「この2冊」しかない、という場合の判断であって、私が諸手をあげて、この『小倉本』をお薦めしているわけではないのです。

この『自由英作文編』の記述で、首肯しがたいところは、「結論 (Conclusion)」 (pp.20-22) での書き方指南にあります。小倉氏はこのように述べています。

最後が、結論 (Conclusion) であるが、ここには何を書くべきだろうか。巷の参考書や解説書では、<もう一度主張を繰り返す>ようなことが書かれているが、それはよほど長い論文を書いている場合の話しであって、試験問題程度の (せいぜい30〜300語くらいの) 英文で、ただ主張を繰り返すだけでは幼稚な作文に見えてしまう、これは字数が少なければ少ないほど、その幼稚さが目立つ。 (p.20)

そこで槍玉に挙がっているのは、

<テーマ> 小学校で英語を教えることに賛成か反対か

第1文: 私は小学校で英語を教えることに賛成です。

第2文: 今や国際化の時代なので、日本人ももっと英語を使いこなせるようにならなければ、世界について行けないからです。

第3文: 故に、私は小学校で英語を教えることに賛成です。

という日本語の作文。確かに、これではパラグラフになりようがありません。しかし、この「稚拙な」日本語作文の持つ問題の根元・主因は、<繰り返し>にあるのではなく、<主題とそのサポート>が出来ていないこと、第2文での「支持 (が出来ていないこと)」にあるのであって、 そのことをこそ指摘し、「英語の流儀」を説かなければ「英語のライティング」指南にはならないだろうと思うのです。

氏が、これに代わって薦めているのは、次の3点。

  • 諺などを用いた一般化
  • ワンランク上の視点・マクロな視点から論ずる発展的内容
  • 提案

このうち、1番目の諺の利用。これは、私も授業で時々活用させます。

また、3番目の「提案」は、主題文が、与えられた命題を否定することで始まったような場合には有効なこともあるので、一概には否定しません。

しかし、2番目の「発展的な内容」の実例として本書で示されている内容の多くは、少なくとも文章の「主題」に収束していないように感じられました。結論文は「話題つながり」なら何でもあり、なのではなく、「主題」をまとめ、束ねられて初めて「結論文」になるのではないかと思います。

本書でのこの辺りの解説を読んで、私の頭にまず浮かんだのは、次の記述でした。

アカデミックライティングの基本からたたき込まれてきた上級者に向けてのアドバイスを、初級者に適用する時は慎重さが求められると思います。

本書での実例を見るのが一番分かりやすいでしょうから、答案例として示された英文を一つ引きます。英文校閲はクリストファー・バーナード先生です。はてなの記法上、段落は書籍のようなインデントではなく、ブロックタイプで示してあります。

I think getting married early is good for two reasons.

First, you can live a stable life by having a partner. If you share the housework, for example, you can always keep your house neat and tidy. Besides, you will come to cook every day because making meals involves wanting the other person to eat them. If you live by yourself, you are likely to eat out, which means you won’t have a well-balanced diet.

Second, it takes about twenty years to bring up a child. Child rearing requires a lot of energy, so you might not be able to endure the task unless you are still young. Also, if you get married late, you will have less time to spend doing things you want to do after you finish rearing your children.

Many things are said about the declining birthrate these days. Getting married early and having a lot of children means contributing to preventing our country from collapsing.

コピペで、この文章をワードに貼り付けると、最終文で緑の波線が出て、 “fragment” と書き直しを要求されると思います。確かにぎこちない文ではありますが、それは、andで結ばれた主部となる名詞句のペアをセットと見なせない、ワードの問題でもあるので、目をつぶります。問題は、そんなことではなく、最終段落があることによって、主題への収束が薄れてしまうということです。

お題は「早婚と晩婚とどちらがいいか」です。(pp. 23-25)

この課題では、比較・選択とその理由付けが問われています。

冒頭の主題文は、 “getting married early is better (than getting married late)” とでもしておきたいところですが、ここで比較級を思い浮かべると、肝心要の問題に気がつきますね。そうです。"earlier/later" の問題。

  • 早婚、晩婚とは何を基準に「早い」「遅い」と言っているのか?

という定義の問題です。このような問題で躓いて、先に進めなくなるといやなので、新課程の「英語表現」はともかく、一昔前の「ライティング」の教科書の中のごく一部の「真っ当」な教材では、「読み」の資料が与えられて、考える材料を踏まえた上で、お題が課されていたのだ、ということを忘れないで欲しいと思います。

さて、今回の「早婚か晩婚か」の理由付けを見てみましょう。

本論その1をよく読んで下さい。これは「結婚の利点」であって、「早婚の利点」ではありません。

“The sooner, the better.” と支えたいのですから、「結婚により伴侶をもつことが生活の安定を生む」ということを理由と考えるのであれば、「その期間が早婚により長く続く」というサポートが不可欠です。

本論その2では、「子育て」を持ち出して論拠としていますが、「結婚=子育て」ではないのですから、これは独りよがり以外の何物でもありません。この部分のおかしさに気づかないまま、「ワンランク上のマクロな視点」で「少子化の解消」とか「国家の崩壊を救う」という話しをくっつけても説得力を増すことにはならないでしょう。結論の前に、まず、本論での「論理」を吟味し直すことが大切です。

残念なのは、その次の項目「9.内容上の注意点」 (pp. 26-32) では、

  • (1) 論理的矛盾がないように
  • (2) 論理的飛躍がないように
  • (3) 具体例不足にならないように
  • (4) 主観的過ぎる意見も避けるべし
  • (5) 単なる理由の列挙に終始しないように
  • (6) 譲歩→反論の展開がおかしくならないように

と懇切丁寧な指導がなされているのに、その前の「お題の解答例」がなぜ、あのレベルの英語表現となってしまったのか、ということです。

最初に「結論」について、疑義を示していましたから、それについて書かないといけませんね。

パラグラフの書き方、エッセイの書き方での「巷の本」から引いておきます。

  • D.P. フィリップス、荒竹由紀 『TOEFL ® のライティング』 (荒竹出版、1992年)

結論は、論文の中でも、特に重要な役割がある。読者に言いたいことを言う最後のチャンスだからである。以下のことを考えて結論を導くと良い。

(1) 本文で書いたことと結論は結びついているか。本文で書いた内容と結論にくい違いがあると、筆者が何をエッセイの中で主張したかったのかはっきりしない。例えば、hypothesis (仮説) をたてて、あることを証明するエッセイならば、結論の部分では、その証明が明らかにされていなくてはいけない。

(2) エッセイの中で何回か重要な部分にふれてはいるが、最後にもう一度強調するので、少し強い言葉を使うのもよい。

(3) 個人的な意見・主張を含めてもよい。結論は個人的意見を述べる所でもある。 (p. 119)

TOEFL® のライティングといっても、この当時はTWEですね。300語程度の “multi-paragraph essay” への対応策です。この最後の (3) の部分が適切に指導されていないのが現状、そしてその問題点なのでしょうか。


  • 藤田斉之 『英作文・英語論文に克つ!! --- 英語的発想への実践 ---』 (創英社・三省堂書店、2001年)

まず最初にコンクルージョンを書くに当たって絶対にしてはいけないことから始めましょう。これは考えてみれば当たり前のことですが実行しようとすると実は非常に難しいことです。それはコンクルージョンの中では決して新しい考えを述べてはいけないということです。これは「なあんだ、そんなこと決まりきっているじゃないか!」と思われるかもしれませんが実際私が英語の論文の授業をしているとクラスの三分の一ぐらいの生徒が必ず何らかの新しい論点・意見・考えをコンクルージョンの中で無意識のうちに書いているということからも、やってみると考えているよりも難しいことです。 (pp. 148-149)

  • 上村妙子・大井恭子 『英語論文・レポートの書き方』 (研究社、2004年)

(3) 結論の作り方

結論はエッセイの終わりを締めくくる。ここでは序論で述べられた主題文をことばを変えてもう一度言い直すことが求められている。結論部に来てからそれまで序論や本論で述べていなかったことを突然持ち出してはいけない。 (p.78)

至極真っ当です。これ以上何が必要でしょうか?

  • 三浦順治 『ネイティブ並みの「英語の書き方」がわかる本』 (創拓社出版、2006年)

も真っ当です。

結論は切れ味よく短く終わるのがよいとされる。結論の中で新たな問題を展開するようなことは避けなければならない。

主題文をそのままくり返すことは効果的ではない。主題文とそれに続くトピックセンテンスの主意の言い直しをするのである。

この後、英文の実例が挙げられているのですが、その要点のみを記しておきます。

(1) 文章全体を要約する。これが一般的なまとめ方である。

(2) 書き手が自分の考えも入れて結論付ける。

(3) キー・ワードあるいはアイデアを繰り返す。

(4) 説得し行動するよう訴える。

Non-native speakers用の教材からも引いておきましょう。

まずは初歩の初歩から説き起こしてくれる名著から、「結論文」に関する記述。これより易しい入門書を探すのは結構大変です。

  • Ann Hogue. (1996). First step in academic writing, Longman

Some paragraphs also have a concluding sentence. The concluding sentence summarizes the paragraph and adds a final comment.

An English paragraph is like a sandwich. The topic and concluding sentences are top and bottom pieces of bread, and the supporting sentences are the filling. The bread holds the sandwich together, and the supporting sentences are the meat and cheese.

When you write a paragraph, you first tell your reader in the topic sentence what you are going to say. Then you say it in the supporting sentences. Finally, you tell them what you said in the concluding sentence. This may seem clumsy and repetitious to you. However, clear academic writing in English requires all of these parts. (p. 102)

次に、「優れた書き手のストラテジーを真似するだけでは、上手く書けるようにはなれない」という真っ当なスタンスで、内省を繰り返しつつ初歩から積み上げていく佳作から、「パラグラフ」の作り方。

  • Jill Singleton. (1998). Writers at work: a guide to basic writing, Cambridge Univ. Press

The end of a paragraph, which is the last sentence of the paragraph, is called the conclusion. the conclusion is not just another supporting sentence. It has a separate job to do. The conclusion can:

1. remind the reader of the main idea---to do this, it repeats the topic sentence in different words.

2. give the writer’s feelings or opinions about the ideas in the paragraph.

3. do both of those things. (p. 72)


基本とはこういうものだと思います。

視点を変えて、出てきたプロダクトを評価する側の概説書から。本そのものは大学院生を指導する教師向けのハイレベルなものですが、説かれている内容はシンプルです。

  • P. Brian & S. Sue. (2007). Thesis and dissertation writing in a second language: a handbook for supervisors, Routledge

The typical shape of Conclusions

Thompson (2005: 317-318) lists the following conventional sections of a Conclusions chapter:

・ introductory restatement of aims, research questions;

・ consolidation of present research (e.g. findings, limitations);

・ practical applications/implications;

・ recommendations for further research. (p. 151)

私は自分自身の「ライティング」の指導のベースに、日英米の国語教育での作文指導、いわゆる “L1” の指導を置いてきました。そもそもの発端は、

  • その当時の高校現場で「ライティング」指導の優れた実践の多くが、「パラグラフライティング」といいつつも、「1パラ」しか書かないものがほとんどであること。
  • にもかかわらず、アカデミックライティングで求められる知識と技能、「フレッシュマンコース」などといわれるカレッジライティングの指導体系を高校現場にスライドさせた実践が多いこと。

への自分なりの意思表明というようなものでした。リチャード・スミスと一緒に活動していた90年代に教えてもらった英国や欧州での「しなやかな」ライティングのスタイルと、大村はまや倉沢栄吉らが進めていた国語教育での作文指導とが自分の中で結びついたことも大きな要因としてありましたから、

  • 「脱『北米スタイル』」、「脱『5パラグラフエッセイ』」の先に、発達段階に見合ったL2ライティングがあるのではないか

という模索でもありました。

しかし、そこから20年くらいが経つ間に、高校上級レベルの学習者を取り巻く環境では、「発達段階に見合った」スキルの根幹が定着するどころか、「パラグラフ」、「文と文の結びつき、その結びついた文全体のまとまり」といったライティングをささえるべき土台までがぐらぐらになってきてしまったのでしょうか。もしそうだとするならば由々しきことだと思います。

近年では、ネットでの検索が容易なくらい、「北米スタイル」を説く、ライティングセンターやライティングラボが情報を発信してくれていることを考えると皮肉な感じさえしています。次のような助言を、冒頭でリンクを張ったハーバードのライティングセンターの助言と照らし合わせてみると興味深いでしょう。

The conclusion should review or restate the major point or points presented in the essay; however, this review should not be an exact repetition. In the conclusion, the author also has an opportunity to state personal opinion, his conclusion, and possible projections for the future.

http://uwf.edu/writelab/handouts/EssayFormatMultipleParagraph2/

Many students find concluding paragraphs difficult to write for several reasons. The conclusion is typically created at the end of the writing process, when you are tired and your creativity is running low. You may have been taught conflicting approaches to writing conclusions, with some suggesting a simple inversion of the introduction (thesis → generalizations), and others emphasizing that you should avoid this approach at all costs. While there is no one right way to construct a concluding paragraph, there are some general guidelines that can help you end your paper on a strong note.

(DL可能なpdfファイルはこちら→ http://www.wlu.ca/forms/1676/Conclusion.pdf#search=%27Thompson%20writing%20conclusion%27)

この夏のELECの夏期研修会では、この辺りにも切り込むつもりでいます。

本日のBGM: Reckless Serenade (Arctic Monkeys)

追記:高校段階の指導に限れば、随分前の過去ログになりますが、「『結論』ではいったい何を結んでいるのか?」(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060311)も併せてお読みいただければと思います。

tmrowingtmrowing 2012/07/06 07:59 一部加筆修正。
現在、「はてなユーザー」限定でコメント欄を開いております。

tmrowingtmrowing 2012/07/06 09:11 過去ログへのリンクを追加。

2012-07-04 「第5回 山口県英語教育フォーラム」のお知らせ

「第5回 山口県英語教育フォーラム」のお知らせ

秋の風物詩として定着するまでにはまだまだ時間がかかるでしょうが、山口県英語教育フォーラム、今年も開催します。

いち早く、日程・会場と講師の皆さんをお知らせしておきます。スケジュールを空けておいて下さい!

フォーラムのテーマ、講演内容などの詳細は8月末に発表予定の「要項」をお待ち下さい。

第5回 山口県英語教育フォーラム

主催: 長州英語指導研究会

協賛: 学校法人鴻城義塾・山口県鴻城高等学校、株式会社ベネッセコーポレーション

日時: 2012年11月3日 (土・祝) 10:00 (受付9:30より) 〜18:00 (予定)

会場: 山口県労福協会館・大会議室 (〒753-0078 山口市緑町3-29)※アクセスマップのpdfはこちら (http://www.welfareyg.jp/map.pdf)

講師:

長沼 君主 (ながぬま なおゆき) 先生 (東京外国語大学)

山岡 憲史 (やまおか けんじ) 先生 (立命館大学)

奥住 桂 (おくずみ けい) 先生 (埼玉県宮代町立前原中学校)

参加費・資料代無料

お問い合わせ: 長州英語指導研究会事務局長・松井

tmrowingアットマークnifty.com

上記アドレスの「アットマーク」を記号に変換の上送信願います。

2012-07-03 on and off

レッドブルの助けもあり、7種類の作問を何とか終えました。作問天国あれば、採点天国ありですけれど。

未明の激しい雷にもめげず、ライブリスニングに向けて、チャンクの確認とリズムの確認。スピードのコントロール。娘が雷が苦手なので、私の仕事部屋に避難して来て寝てしまいましたので、いったん中断して本を読むことに。

豪雨で溢れんばかりの川を横目に家を出て、学校には無事到着したのはいいのですが、交通機関が麻痺していて、1/3位の生徒が登校できず。テストは来週に順延。私学で全県下から通っているので、こういう時は大変です。

政局は、離党騒ぎ。どこまでついていく覚悟があるのか。

スポーツでは、キム・ヨナ選手が、ソチ五輪まで競技を続行、五輪で引退とのこと。ファンとしては、嬉しいような淋しいような。

充電のために英語関係の本を何冊か読みましたので、少しずつレビューなどを。

  • T.D. ミントン『日本人の英語表現』 (研究社)

はこれまでの氏の著作とは違った切り口で面白く読めました。英語が出来る人にとっては恐らく、頷くだけのことばかりだとは思うのですけれど…。内容は詳しく引きませんが、一番良かったのは、「命令文」を項目として取り上げてくれたこと。これは、授業で再三力点を置いているのですが、なかなか浸透定着しなかったところなので、力強い援軍を得た気持ちです。

私のシラバスでは、高3の1学期中間までに終える「診断テスト」で、

10. その新聞 (newspaper) をもとの場所に戻しておいて下さい。

Put the newspaper back where it was [ where it belongs].

11. その本を読み終えたら私に返して下さい。

Give me back the book once you finish reading it [when you have finished reading it] .

Return the book to me as soon as [when] you are [have] done with it.

と焦点を当てて扱っているところです。

次の例題では、否定の命令文もとりあげています。

49. パーティに来るときには、プレゼントを忘れずに持ってきてね。

Don’t forget to bring a present (with you when you come) to the party.

※ 時の副詞節中の動詞の時制。「来る」は話者と聞き手の意識を中心に考える。

※ bringは takeと、comeはgoとの対比で整理せよ。

cf. Just bring yourself. ←「手ぶらで来て下さい」

 The next time you come to Kyoto, bring your little sister and we will take her to the ancient Imperial Palace.

←「今度京都に来る時は、妹さんを連れてきて下さい、(今度は妹さんの方を) 御所へご案内をしますから」

進学クラスであれば高一の段階で、「助動詞と心的態度」を扱っています。動詞の、

  • appreciate

を重点的に扱ったのは最近では、

の回ですが、受験対策が気になる高3でも、

あたりで繰り返し取り上げて定着を図っています。

入試対策本は2冊。

一つは、自由英作文のパートだけを読んだけれど、タイトルが大仰な割にそこで示された英語は世界の人に理解してもらえるのか自信が持てない、『世界一わかりやすい阪大の英語合格講座』 (藤田健、中経出版)。もう一つは、タイトルが矛盾しているような印象を受けるけど中味を見るとタイトル通りだったと思う『例解和文英訳教本 自由英作文編』 (小倉弘、プレイス) 。

今日は、前者のレビューを。

著者自身が、「はじめに」 (p. 206) の中の、「本書の英作文の解答のスタンス」というところに、

「受験生としてこれだけ書ければ十分」というレベルの解答を載せます。English native speakersから見て多少不自然であっても、入試で減点されない表現であればどんどん使っていきます。

と書いていますから、(私が不思議に思うのは、「なぜ、入試で減点されない」と断言できるのか、という部分なのですが、そこにはこれ以上突っ込みません。) この本では、「英語としては不自然な表現がどんどん出てくる」つもりで読まないとダメでしょう。実際に読んでみると、そのような突っ込み所満載の英語がこれでもか、と出てくるので、正直読むのが辛かったです。

説得力を増そうと思ったのか、

僕の生徒でhad betterとought to doのニュアンスの違いを知っているのに、その否定文が書けない生徒がいて、不合格でした。

という、講師としての経験談が語られています。「不合格の理由が自由英作文での、とある英語表現の出来不出来だと断定できる」のなら凄いことだと思います。最近は情報開示でそんなことまで教えてくれるのでしょうか。

「十分合格レベル」の英語の一例は、東大の過去問 (1989年) の解答例 (pp. 211- 214)です。

気をつけなければいけないのは、これは「解答例」であって、模範解答とか正答例ではないということです。そのまま引用します。

I disagree with this idea for two reasons. First, few young people are interested in politics. Therefore, they won’t vote, even if they have the right. Second, They (ママ) are too young to make any good decision about politics. They need to study about politics more. (45 語)

「お題」がすぐにわかったでしょうか?これは、

  • Young people in Japan should have the right to vote in elections from the age of eighteen.

への賛否を明確にして、40-50語で書く、というものです。

「受験生の意見や内容の是非というよりも、表現面に重点が置かれている」という、阪大の自由英作文の出題意図に関わる公式文書を引き合いに出して、この解答例の妥当性を訴えたいのかもしれません。そもそも、東大の出題文で「内容よりも作文能力を問う問題であることに注意せよ。」という但し書きが、なぜ今の入試では消えているのかをよく考えた方がいいでしょう。

問題のある箇所をあげていきますので、「ぜひ自分が採点官になったつもりで」何がよろしくないのかを考えてみて下さい。

  • few young people
  • Therefore
  • they won’t
  • too young
  • any good decision
  • need to study
  • more

自由英作文であるにもかかわらず、減点法をとるような入試であれば、この段階ですでに「−7点」ですね。もっとも、「ライティング」の採点であれば、そんなことはあまり考えられないことなのですけれど。過去ログの、 

で引いた、テスティングの専門家でもある根岸雅史氏の言葉をよく考えて欲しいと思います。

そうそう、この出題には解答例がもう一つありました。

I agree with this idea for two reasons. First, this will make them interested in politics. It is good for their growth. Second, this will make politicians think not only about old people but also about young people. It will make much better politicians. (44語)

こちらの方が深刻かも知れません。第2文で、もうゲームオーバーになるような気がします。第3文は何をサポートしているのか理解不能です。「内容」はもちろんですが、それ以前に、「英語の表現」になっていないのが残念です。

自由英作文のパートで最初の例題で示される解答例がこの二つですから、後は推してシルベスタ・スタローン…。

最近は、ミントン先生や、ケリー伊藤氏の著作など、ようやく「論理と表現」で優れた参考書が出てきたと思っていたのですが、「入試対策」の自由英作文の教材は、あくまでも問題に答える為のものですから、「英語でのライティング」を身につけるようには作られていないものが多いのですね。ほとんど全てが「出題形式」と「トピック・内容」別に構成されていて、表現と論理の「繋がり」「まとまり」を育て、鍛えるところまでなかなか辿り着きません。「文体論」までは無理としても、「テクストタイプ」はおさえておいて欲しいと思うのですが…。

こういう「批判」を書くと、必ず、「人の悪口を言っていないで、自分でもっと良いものを世に問え!」という諫言をいただきます。有り難いことです。

私自身の実作は、

  • 『パラグラフ・ライティング指導入門』 (大修館書店)

の、「Argumentativeなライティング指導 (対象学年: 高校3年生 タイプ: 論証文)」 (pp. 180-210) で実際の「ライティング」の授業案とその過程で出てきた生徒のプロダクト、フィードバックなどなどをお見せしていますので、是非この機会にお買い求め下さい。共著ですが、私分の印税は全て、東日本大震災の復興支援で寄付させて頂いております。

さて、もう一方の、小倉弘氏の本は、藤田氏の「特定大学対策」とは対照的に、「英語表現」の吟味に時間をかけたことがよくわかる内容で、巻末には索引まであります。私がまず興味を引かれたのは、「序章」でした。

この際に1つ注意しておきたいことは、課題文が英語で与えられているからと言って、単に I agree with this opinion. とだけしか書かない答案を見かけるが、正式な作文の作法から言えば、これでは言葉足らずである。this opinionの内容まで具体的に書くのが礼儀である。確かに、制限字数が少ない作文では、この書き方も許されるだろうが、一般的にはちゃんとテーマを英文で書くべきだ。(p.14)

良い先生ですね。

私がこの2冊の内どちらかを選べ、と問われれば、迷うことなく、小倉氏の本を選ぶでしょう。

こちらのレビューはまた日を改めて。

先週末は学会の話題で私の周辺でも様々な情報が飛び交っていました。

その中で、興味深いものを一つ。

http://watariyoichi.blogspot.jp/#!/2012/06/20120630-0701.html

第42回中部地区英語教育学会岐阜大会での静岡大の亘理陽一先生の発表です。

私が興味を引かれたのが、「進行相」と「動詞の分類」に関するブログでの補足の部分。

亘理先生は『森林本』を取り上げていましたが、やはり森は迷いやすいもので、踏み込むには勇気と良いガイドが必要だと実感しました。

この項目は同じ高校生用の学参でも、

  • 黒川泰男監修 早川勇著 『よくわかる新高校英文法』 (三友社出版、1982年)

では、当時としてはかなり詳しく考察されていました。

早川_progressive1.jpg 直

早川_progressive2.jpg 直

早川_progressive3.jpg 直

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20世紀の学参のうち、語学的基盤のしっかりしたものの多くが、R. A. クロース、G.N. リーチや、F.R. パーマーの著作などを参照していたように思うのですが、この『よくわかる…』は、ソ連 (当時) で編まれた “Situational Grammar” なども参照していて、異彩を放っていました。

同じ著者グループによるもので、今でも、古書で比較的入手の容易な、

  • 『英文法の新しい考え方学び方 日英比較を中心に』 (三友社出版、1985年、増補新訂版)

では、pp. 130-148 で詳しく扱われています。とりわけ、p.146の英日での動詞対照表は興味深いので、是非、現在の英語学の知見から遡ってみて欲しいと思います。

動詞の意味特性と時制とを詳しく扱った学習参考書というと、私にとっては、何と言っても、

  • 毛利可信 『ジュニア英文典』 (研究社、1974年)

です。詳しくは、和歌山大学の江利川先生のブログ並びに、そこで紹介されている画像ファイル (「意味による動詞の分類」) をご覧下さい。

私の時制の指導は、このあたりの学参で見て覚えたことに強く影響を受け、その後、専門書で確認していき、現在に至っています。毛利からは、38年、早川からは30年の年月が流れていることの意味を考えています。

本日のBGM: What’s going on? (Marvin Gaye)

追記 (19:36): いわゆる「現在完了進行形」の用法に関しては、過去ログ (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100107) で引いた、

  • 『生きた英語の上達法』(pp. 12-13、研究社、1974年)

の記述を是非お読み下さい。

昔から、分かっている人はちゃんと教えているのですね。

tmrowingtmrowing 2012/07/03 19:44 「追記」として、いわゆる「現在完了進行形」の用法について、過去ログへのリンクを加筆。