英語教育の明日はどっちだ! TMRowing at best Twitter

2012-08-28 ”But it took me a long time to see.”

ELECの研修会に続き、某県某高校でのワークショップを終えました。

率直に言って、予想以上に「充実感」を持って終われました。

非常に熱心に話しを聞いてくれる先生方を目の前にしてひしひしと感じるたこと。

  • マニュアル化、テンプレート化された「授業モデル」に頼らず、自前で考えようという目の前の指導者の熱さと、世間で求められるとされる「高校段階でのライティング指導」の状況との温度差。

私は、かれこれ四半世紀、「ライティング指導」を中心に取り組んできました。それ以前にも、日本中に、「英作文」「書くこと」に関しては豊かな実りがあったし、同僚、先輩、そして生徒に恵まれたおかげで、取り組み始めてから15年くらいである程度の手ごたえを得ることが出来ました。

しかしながら、私自身2001年からいろいろな研修会の講師をもう10年以上続けていますし、私以外にも沢山の方が、ライティング指導の改善を訴えてきましたが、ライティング指導が改善し、充実したという声が各地で響き渡るには至っていません。『英語教育』 (大修館) などの特集で、「現状分析」や「今後の課題」とかを読む限り、「日本の高校生がライティング力をメキメキ付けてきた」という気配は、まだ感じられないように思います。そうしているうちに、指導要領が改訂となり、新課程では「ライティング」という科目を消滅させるという暴挙に出る始末。

書く力のなかなか伸びない生徒が駆け込み寺宜しく拠り所とする大学入試対策の『学参』や『予備校のテキスト』で「自由英作文」などというタイトルがついたものには、そのモデルや解答例として示される英語の文章に目に余るものがまだまだ多い、というか、劣悪な商品が今まで以上に市場に流れています。

いろいろな学会での発表概要を眺めて見ると、計量化、コーパスの利用も含めて、書かせたことばに対する科学的合理的処理方法やフィードバックの研究は盛んになってきたようですが、そもそも「どんなテーマ・主題で」「何のために・誰に向かって」「どのようなことばで」書くのか、という根本が議論されることは少ない印象を受けます。

「書く」ことの土壌そのものが、どんどん痩せ細ってはいないのでしょうか?

ライティング指導評価について、秋から冬にかけてもまた講演の依頼があるのですが、入試対策とか進学実績を伸ばす指導法のために、とか、「こう指導すれば必ずライティング力が伸びる」というようなinstant remedy、明日の授業ですぐに活かせる「小ネタ」を求めるような企画・趣旨なら断ろうと思っています。試行錯誤をせず、またはそれを許さず、最小のリスクで最大のリターンを、というようなマインドに、教室でのダイナミズムまで支配させてはならないと思っています。

時々思うことがあります。

  • 本当に、日本中のそんなに多くの高校で「書くこと」の指導評価を充実させたいと思っているのだろうか?だったらなぜ、改善されていかないのだろうか?

一つ目の問いに対する答えがYesに振れれば振れるほど、二つ目の問いの間に詰まります。でも、答えは簡単なんです。

現場は、生きているから。どんなに「したい」ことがあっても、「できる」ことは限られています。

「本当にライティングの指導を変えたい、充実させたいと願っていますか?」と自問して、Yes! という答えが響いた時に、「では、今までやってきたことのうち、何を止めて、新たな取り組みを始めますか?」という更なる問いに対する答えを用意しておくことが必要でしょう。どんどん試してみましょう、とかポジティブなことを言って、学習者に「気軽に書かせ」たとしても、指導者として、彼らが英語というもうひとつの自分のことばとして紡ぎ出した「表現」や「論理」の善し悪しをきちんと見 (極め) ることができなければ、適切なフィードバックができません。自分の紡ぎ出したことばが適切に扱われなければ、次に書く「気」は重くなり、やがて失せるのではないでしょうか。では、新たに「書くこと」「ライティング」の指導に力を入れよう、というときには、では今まで力を入れてきた、どの部分は、これまでよりも少ない力で「賄える」と判断するのか、そして決断、実行するのか?これは新たな実りへの楽しい選択でもあり、自分を追い込む苦しい選択でもあるでしょう。でも、いつだって、どこにいたって、どんな生徒に対峙していたって、「教えること」はそういった「もどかしさ」を抜きには語れないはずです。

新課程では、「技能統合」などとまことしやかに言われています。確かに、「正四面体モデル」を持ち出すまでもなく、現実の言語運用はハイブリッドなものです。しかし、指導する時にも常に「ハイブリッドの技能」で考えるのは大きな間違いです。

ハイブリッドなスキルを求められるものとしてスポーツにたとえてみましょう。たとえば、ロンドン五輪の競泳、個人メドレーで活躍した萩野選手。彼が、もっとタイムを伸ばそうとした時に、トレーニングするのは、やはり、個々の種目や技術になるはず。得意な種目での伸び代と、苦手な種目の伸び代を分析し、その改善に必要なコストを考え、時間とエネルギーをどこに投入するかを選択することになります。パフォーマンスとしてトータルに見るのはいいのですが、「平泳ぎ」や「バサロ」とか、「スタート」や「ターン」とか個別の種目やスキルのトレーニング指導ができないコーチでは、それ以上にタイムを伸ばすことはできないのではないでしょうか。だったら、英語学習でも同じことが言えないでしょうか?「ライティング」という技能と、その下位技能に関して、きちんと学ぶ機会を、教師のキャリアの中で持つことが必要だと思うのです。

  • いや、スポーツの比喩で語るのは間違いだ。スポーツのような技能とは違って、英語の技能はコミュニケーションによって発達するのだ。

というのであれば、専門的な知見を元に、現場の「経験」を軌道修正するのが、研究者・有識者に求められる部分だろうと思うのです。

いつ頃から「発信型」とか「アウトプット」を声高に求めるようになったのでしょうか?

発話を急がせたり、「出す量」を増やすことばかりに汲々とするよりも、出せる量の何倍にも及ぶ「インプット」をいつ、どのように「適切」に与えるのか?を現実的に考えないと。ビールなら大ジョッキで3杯くらい飲める人でも、同量の「水」ってなかなか飲めないですから。でも、一日のトータルで見れば、結構な量の「水」を飲むことは可能です。

「インプット」させるなら、「アウトプット」に繋がるように、というのでは不十分で、これだけ少ないアウトプットであれ、自力自前でさせるには、これだけ大量の、豊かなインプットが必要なんだ、というリアリティを、まず教師が把握しないと。どんなに出題形式を多様に変えたとしても、特定の文法項目を含む英文で既に答えの決まっている英文をいくら完成させたところで、それはその学習者のウチからの「アウトプット」ではないだろう、という疑いを自分に向けることから始めましょう。

ニュースで耳にした「教育改革」の話し。

中教審のメンバーが、教育の問題を本当に解決できるだけの智慧を持っているのなら、今までの答申はことごとく生かされ、教育現場は豊かになっているはずでしょう。この審議会そのものをどう改革するのか、そのためのあらたな「審議会」を作ってはどうなのでしょうか?産経にはこう出ていました。

新制度は、大学4年に加えて大学院で1〜2年学んで取得できる免許を「一般免許」と規定。大学院では教育実習中心で指導力を養い、情報通信技術の活用など新しい指導法も学ぶ。

3つ異論を。

まず、大学院で学ぶことはいいことです。ただし、徹底的に「理論」を学び、「研究」をすることにこそ意味があるでしょう。大学院で教師志望者の指導に当たる「先生」は、いくら現場経験が豊富だと言っても、現役の中高教員ではないのですから。「今」の現場の問題を、肌で感じるには、学校種 (中高、中等教育) 、学校間格差 (国公私立、学科、全日、定時、通信、いわゆる入試でのランク、地域など)、 教員間格差 (専任教諭、常勤講師、非常勤講師、臨任など) の要因を抜きにしては意味がないでしょう。ただ、それらを大学院で「体験」できるとは思えません。無いものねだりをするよりは、徹頭徹尾、理論や研究で専門性を高めることの方を優先して欲しいと思います。困難な環境で日々奮闘している現場の先生方は、1年とか3年のスパンで一人の生徒と共に生き、育てているのに、そこにたまに来た人に「観察」されても、あまりよい気持ちはしないでしょう?

次に、「実習中心」っていうんですけれど、いったいどこで「実習」するんでしょうか?

・ 現場に問題があり、

・ その現場を今のような教師に任せておけない、

から、新たな制度で教師を養成する、というのではないのでしょうか?にもかかわらず、実習は「今の現場」で行うんですか?問題のある教師に、指導教官が務まるのですか?ノービスの教師として、大学院生教育実習生が今以上に増えた現場は、今以上に指導が手薄にはならないのでしょうか?生徒一人一人をきめ細かく見ることが出来るのでしょうか?

3つ目はお金の問題。

大学院生は、実習に出ている間、「無給」なのでしょうか?今でも、非正規雇用というか、非常勤講師をして、大学院に通う費用を捻出している人は多いと思うのですが、長期にわたる「教育実習」は、ことばは悪いですが、「ただ働き」をさせるだけさせて、学生を追い込むことにはならないでしょうか?地方自治体は公立私立を問わず、教育にお金を掛けている訳です。一番大きいのは、人件費の負担でしょう。現職教員の数を100とした時に、今よりも20%増やして、トータルを120とする。その20%を大学院生で担う前に、現在、非正規雇用で「現場」を支えている人を専任・常勤で採用することが先決でしょう。今よりも専任教員が増えれば解決する「現場の問題」は多いと思います。現行制度を変える前に、今の現場を支える人材を増やすこと、そしてその人たちを少なくとも経済的に安定させること、です。では、なぜそうしないのか?人件費、お金を使いたくないからなのでは?「そんなお金を教育に回す余裕はうちの市にはない」という自治体は、では教育以外の何が優先されるのでしょう?

現職教員の再教育とかも、「中教審」は好きですよね。例えば、正規で5年働いたら1年、10年働いたら、2年、20年働いたら3年、有給でのサバティカルが与えられるような職業になったら、優秀な「人材」もいまよりも教育の分野に集まるのではないでしょうか?サバティカルで、長期間現場を離れて研修する間、手薄になる現場を支える人材として、「ノービス」の大学院生を活用する、というのであればまだ現実味がありますが、それでもその間は「有給」であるべきでしょう。では、なぜそうならないか?

  • 公教育に、そんなにお金をかけても、それが教師の人件費に使われるのは納得できない。
  • 民間企業は、競争原理の中で汲々としているのに、教師だけに、そんな特権を与えてはならない。
  • そんなムダな金と時間を教師に与えてなるものか。

というような「教師に豊かさとか余裕を認めようとしない」社会的な合意があるかのようです。本当に教育を豊かにしたいなら、多くの人が「教師になりたい」と思えるような、教育環境、教育現場の好感度アップの政策こそが必要ではないのでしょうか?

医師は教師と同じく、免許を取得して現場に立ちますが、6年以上学び、臨床での実習も多く、労働条件も過酷です。でも、多くの優秀と言われる人材が、そこを目ざし、多くの高校が「医学部」への進学実績を教育の成果としてアピールしています。では、「教育学部」への進学実績はなぜ、アピールするだけのものと映っていないのでしょうか?

司法試験も、難関の試験で、合格しなければ実習も出来ず、現場に立てません。法学部だけでは足りないとして、「法科大学院」をあちこちに作りました。今、法科大学院の置かれている状況は、バラ色でしょうか?

中教審の人たちは、教育現場って、今、ここにはないけれど、どこかには既にある桃源郷のような所だと思っているのでしょうか?いやいや、日本で最も信頼できる教育の専門家なのですから、そんなことはないでしょう。素晴らしいプランがあり、そのプランを実現するための人的支援、財政的支援もきちんと考えているんでしょう。あとは現場の先生方が、我々の提言・答申を実現する気があるかどうかだけです、なんてことは言わないと信じたいものです。

いや、でも、「中教審」の次の段階で、「提言・答申」を受けた文科省の実務を担当するお役人が実際の政策としての文書、つまり文章を書くんだったな。みんなで話し合って、落としどころも見つけて、という会議の後で、決まったことをまとめた文書を見たら、こんなことが結論だったっけ?というようなことがないといいなあ。

結局、「ライティング力」の問題か…。

本日の晩酌: 信濃錦・純米吟醸・無濾過生・美山錦50%精米 (長野県)

本日のBGM: I wanted to tell you. (Matthew Sweet)

2012-08-22 ”But I know I’m goin’ far.”

ELECの研修を終えて1週間。

参加者のお便りから、一つを紹介。私のELEC協議会、同友会での発表を以前から厳しく見続けて下さっているお一人です。

膨大な資料をいただき、さらに貴重なご本を見せていただき、ご準備にかけていただいた時間に思いを巡らすと、まるで、先生は英語という「伝統工芸」の職人のようだと思いました。「明日から使える」ようなお手軽さとは無縁でしたが、私たちが指導上心得ておくべき道筋を、煌めく銀河のごとく見せていただけた気がします。心に響く言葉もたくさんいただき、勇気もいただきました(もちろん、課題もたくさんずっしりと)。

また、以前、英語発想実力診断テストを使わせていただいた時には、先生が100の英文に仕込まれた仕組みの緻密さに圧倒されました。さすがの職人技を惜しげもなく提供くださったことを、あらためて感謝します。

こちらこそ、感謝しております。今後とも宜しくお願い致します。

現任校の後期課外講座もスタート。

高2は、あえてタイトルを付けるとすれば「教科書の英文をきちんと読む」、というパッとしない数コマですが、講座の中味は「気づき」に溢れ、自分のことばができていく瞬間を感じることのできる優れものだと思います。ちょっと自画自賛というか、これは生徒がここまで育ってきたんですね。

新教材導入、オーラルインタラクション、鋭い発問による英問英答からサマリーやリプロダクションなどという教科書の進め方のイメージを持っている方には、ちょっと理解しにくいだろうと思いますが、語彙は『P単』で先行、文法はかなり独自のアプローチで、聞き取り書き取りはディクトグロスとイカソーメン、音読の徹底、内容理解を問う設問づくり、パラフレーズと要約、『コーパス口頭英作文』で短文の暗唱と意味順ノートづくり、定義文・説明文のライティングと、高2に求められる英語力を私なりに行きつ戻りつ、時々浮き輪を利用して浮力を上げてでも無理をして、それから、穏やかな水域で大量に泳いだりしてきました。

そんな中、7月の模試の結果が帰って来ましたが、2年生の英語は全科目私が教えているので、模試形式というか『問題集』での問題演習を全くやっていません。模試の後では、おかしな出題の指摘と訂正をして最後に、きちんとした英語を提示して終わるくらいで、解説もあまりしていません。

当然のごとく、発音アクセント問題とか、穴埋めの4択問題とかができません。「解法」を教える、どころか、そういった問題を年3回の模試でしか見せていませんから。

一方、会話表現、長文読解と表現問題は8割以上の出来。高1、高2は記述式でまだ良かったと思います。だって、ちゃんと読めるし、書けるから。今は、それでいいと言ってあります。

進学クラスとはいえ、入学時は全国偏差値で言うと50を少し越えた当たりの生徒が多いのですが、今回は65を越える生徒が続出し、進学主任も喜んでいました。「良い例」から二三人あげておきましょう。

高1の7月、11月、1月、高2の7月で計4回分です。

  • 52.2→58.9→57.7→67.3
  • 54.4→58.3→62.9→65.1
  • 56.0→55.3→57.7→65.1

入学時に、

  • 高1のうちは、中学校の復習を徹底するので、目に見えて成果は現れませんが、歯車が噛み合って来たら一気に加速しますから。

と保護者の方たちに言ったことが実証されたような結果でした。高1の2学期までは中学の復習で、高2の夏でまだ「英語I」の第9課をやっている位ですから。

問題は、ここまで「数値による伸び」が大きくない人たちにも、納得いくだけの英語力がついたぞ、と実感させること、ですね。

幸いなことに、国語と数学は一足先に、ぐんっと伸ばしてもらっているから、歯車が噛み合うまで、もう少し、問題演習無しで平常授業は進みますので、ご理解ご支援の程を。偏差値を伸ばすとか、上げることが目的ではなく、「英語力をつける」ことが目的ですから。

今週は、「ライティング指導」に関して、某県の県立某高校での教員ワークショップのための資料をまとめています。

今回は、お世話になった方から紹介があっての依頼ということなので、スケジュールをやりくりして実現の運びに。基本的に、自分が英語教師として育ててもらったELEC (同友会) を除けば、自分の学校の生徒と地元の英語教育の充実が優先ですから、今後今回と同様に特定の学校のためのワークショップをすることはないと思います。

というのも、去年か一昨年のことですが、朝、職場の電話に、いきなり広島県のどこかの市の指導主事という女性から電話があって、「ワークショップをやってくれないか」、と頼まれたことがあるのです。といっても、その人とはどこかの研究会で一緒だったとかではなく、何の面識もなく、電話でも手紙でもメールのやり取りもないのだから、引き受ける「理由」というか「大義」というか「義理」がないわけですね。自著の販促活動でこちらからお願いするんじゃないんですから。人はどうして、肩書きがつくと上から目線で何でもできると思ってしまうのでしょうね…。

済みません、話しが愚痴っぽくなりました。

今回引き受けたワークショップはELECの研修会とは違って、「概論」+「授業改革」という感じでしょうか。休憩を挟んで5時間と時間もたっぷり。しかも特定の高校の教員が対象と、やることがはっきりしているので、ワークショップも単に、「生徒になって体験」というレベルではなく、syllabus designer, materials writerといった視点で、具体的なディスカッションに繋げられることを望んでいます。

さて、

FB繋がりの方から、立命館大学での講演の話しを聞いて、訝しく思っていたところに、関東甲信越英語教育学会でのシンポジウムの話しが入ってきたものだから、「?」というよりは「!」という感じ。3つ付けてもいいくらい。

  • "Course of Study is the national standard of school curriculum. So if you cannot follow it, you should stop teaching at school."
  • 学習指導要領に従いたくないなら学校を去れ。

という、文部科学省教育課程調査官の向後秀明氏の発言の真偽を文科省に問い合わせておきました。

今、

  • 安井稔 『「そうだったのか」の言語学 生活空間の中の「ことば学」』 (開拓社、2010年)

を読み返していますが、「第11章」がまるまる「『英語による英語の授業』について」書かれています。 (pp. 210-225)

そっくり、コピーして送ってあげたいくらいですが、一部引用します。

「高校における英語の授業は英語を用いて行う」という提案がなされている。「どう思いますか」と問われるなら、「素人による素人のための提案」というしかない。確かに、耳ざわりはよい。反対すべき理由も特にはないように思われる。したがって、反論するにも一筋縄ではゆかないということになる。

以下、ここではいきなり賛成とか、いきなり反対とかいう立場はとらないことにする。その代わりどの立場をとるにせよ、見落としてはならない点をひとつずつみてゆくことにする。そういう手順を踏むことによって、真に問題とすべき点はどこにあるかということも、おのずから明らかになってくるであろうと考えられるからである。 (p. 210)

「英語による英語の授業」となれば、質問も当然英語で行われることになる。質問の質も低下をまぬかれないと思われる。

賢い答えを引き出すためには、賢い質問を必要とする。賢い質問には、かなり整った知識の体系を前提とする。Yes-No疑問文の場合であれば、文全体の値がプラスであるか、マイナスであるかだけを問うものである。Wh疑問文の場合であれば、疑問詞化された語以外の部分は既知情報でなければならない。質問というのは「ほんのちょっとだけ、分からない部分がある」というときにだけ有効なのである。やみくもに質問したって、賢答を引き出すことはできないのである。 (p. 214)

何人目かの指名でやっとうまくいったとする。が、その場合でもうまくゆかなかった生徒たちは置き去りになったままである。置き去りになった生徒たちはクラスメートの正解に接し、先生の質問を正しく理解し、その応答となるべき英語の表現を正しく口にすることができるようになったであろうか。必ずしもそうとばかりは限らないであろう。こういうやりとりによって、英語に関する知識が増大し、その運用能力が高まることを生徒の側に期待しても、それは無理というものであろう。 (p. 214)

新しい外国語を学ぶということは、新しい文化に接するということである。その際、自国で身につけた文化がすでにあるなら、それは有利な前提条件として、当然利用されているべきである。二つの文化が相似的であるなら、それだけ学習は容易となる。違いがある場合にも、理解は重層的となり、深みを増すことになるであろう。(中略) つまり、その国の文化を背負っている英語という言語を習得しようとする際、全く素手で立ち向かうよりは、自国の文化を背負っている日本語という言語をうしろ立てとして立ち向かうほうが得策であるというにすぎない。日本語を踏み台として用いるのである。

踏み台がしっかりしていなければ、その上に立つことはできない。その限りでいうなら、日本語とその文化とがしっかり身についていないなら、外国語の学習に際し、少なくとも有利に働くことはないということである。もっというなら、英語およびその文化を学ぼうとする際、いわば白紙に近い状態に身を置き、学習対象をただ仰ぎみるというのではなく、自国の文化という踏み台の上に立ち、等身大の目線で望むほうが、英語および英語文化の理解は効率がよくなるということである。 (p. 217)

アメリカへ行けば、説明も全部英語である。アメリカで問題なく行われていることが日本ではどうしてうまくゆかないのであろうか。答えは簡単である。英語力に差があるからである。

教師の英語力と生徒の英語力とが一定の水準に達しているなら、その英語を用いて何を説明しようと問題はないが、日本の高校の場合、先生の英語力にも生徒の英語力にも問題なしとしないのではないか。特に生徒の場合、前提とされる一定の水準の英語力というのはむしろ「英語による英語の授業」の到達目標と考えられているものではないか。もしそうであるなら「英語による英語の授業」に対する最大の障害は、授業開始時における英語力の不足であるということになるかもしれない。 (p. 219)

引用を終わります。

私の立場は首尾一貫して「押しつけるな」ということです。

私にとって、教室での最大の課題は、

教材としてターゲット、身につけるべき項目になっているAという英語表現を、それよりも易しいとされるBという英語表現にパラフレーズする前に、そのBという英語表現を、いったいいつどのように、しかも「全員に」英語は英語で身につけさせておくのか。そして、Aが出てくるたびに、それよりもやさしい (ある意味「優しい」) Bという表現に置き換えて、自分の意図を表明し、他者の意図を理解して意味の交渉をやり過ごした場合に、Bよりも難しい表現であった、Aというターゲットの英語表現自体は、その後の授業でいつ、どのように「全員が」使いこなせるようになるのか?

ということにあると実感していますので、それを具体的な例を挙げて説明してくれる指導主事や、調査官、視学官がいてくれたら、私も含め、多くの英語教員が「AAO」派へと動くのではないか、そして日本の英語教育ももっと良くなるのではないか、と本気で思う日暮れ時でありました。

指定券を取ったのはいいのだけれど、新幹線の乗り継ぎが面倒で乗り遅れないか心配…。

シャツと夏物のウールのパンツにアイロン掛けをして、ガーメントバックの準備は完了。

夕飯はパスタの模様。

本日のBGM: Where the universes are (Jimmy Webb)

2012-08-17 伊能忠敬、間宮林蔵、松浦武四郎、そして…。

ELECの研修会を終えて帰山。

早速協議会の担当の方がアンケートをまとめて送ってくれました。深謝。

  • 満足:普通:不満 = 24:6:3

という感じです。午前中参加して午後は帰った方が4名、未提出の方が4名、未記入の方が2名。出席者に占める満足者の比率を単純なわり算で、24/39と考えると約61.5%で、「可」というところでしょうか。

アンケートのうち、ネガティブな意見をそのまま抜粋します。

<満足できなかった>

1. 午前とは対極的な内容であった。でも、昔書かれたものが格調高く、現代では忘れ去られてしまっていることを意識していく必要はある、私も読書が不足している。(中高 28年)

2. 正直なところもっと実践的な指導方法などが聞けると思っていたので残念でした。(中高 3年)

3. もっと授業のやり方を知りたかった。書籍の情報を得られたのは良かった。小規模の勉強会で、情報を共有した位の感想です。どれだけ英語ができて、ネイティブ感覚に近いのか知らないけど、同僚の教員からためになる話しを聞いた位のレベルだと思います。(公立高?年)

1.の方は、私と同じくらいの教職経験の方ですね。大変申し訳ありません。午前中の講師の方がお目当てで、私とは初遭遇なのでしょうか。確かに最初に「昔の教材」を示していますので、「過去礼讃」のような印象を持たれたかもしれませんが、最後には「現代の種々の英文」を示してあります。今の時代なら何をどのように「英作文眼で多読・精読する」のか、を考えてもらえればなあ、と思います。インターネットも、コンピュータを活用したコーパスもない時代に、「英語を生きて」いた教師たちが編んだ教材を、古いと斬り捨てるのは容易です。海外渡航も容易で、英語ネイティブとの接触も比べものにならないくらい豊富な現在、「基本例文」として示す「単文・短文」はどれほど豊かで、活き活きとし、かつ、覚えやすくなったでしょうか?

まずは、教師が「英語を生き」ることから、いきいきした英語表現の指導は可能になるように思うのです。

2と3の方は若い方でおそらく優秀な方なのでしょう。「効率よく、技術を身につけたい、身につけさせたい」という流れとは対極にあるのが本来のライティング指導なんじゃないでしょうか、という私のメッセージが全く届かなかったのは残念ですね。「実際の授業のやり方」を私ほどブログに書いて「晒している」人は、そんなに多くないと思うので、事前にブログをお読み下さい、とお願いしてあったのですけれど…。

このお二方のアンケートを読んで、「実践的」ってどういう意味なのか、気になっていました。

今回は、一番始めに、九州大学の入試問題の予備校の解答例と九州大の公開した標準解答例をもとに、英語の文章としての優劣を考えてもらいました。平均値とか最頻値とか、簡単に割り切れないほど、みなさんの評価はバラバラだった訳です。100語程度のナラティブでさえ、いかに「良い英語表現」の評価にバラツキが出るのか、ということを身を以て味わってもらってから、講座を開始したのですが、その意味を十分に伝えきれなかったのですね。反省します。

  • 指導法などの小手先のテクニックなど、どうでもいい。

とは言いません。ただ、「肝」は何なのか?ということを押さえずに、指導手順だけ真似したところで、私と同じような「実」は結べないでしょう。

「もっと、授業のやり方を知りたい」というんですけれど、生徒が違えばやり方は異なります。どうも、「ちゃんとやり方を教えてくれれば、私にもすぐに上手にできるんだから、ナラティブなんてまどろっこしいこと言ってもったいぶっていないで、早く『やり方』を教えなさい」という優等生にありがちな匂いがプンプンして、物凄く危うい気がしました。美味しいところだけをつまみ食いしたり、「大事な情報だけ」を掬い取る、というわけにいかないのがライティングなのですけれど…。これだけ、ネガティブな反応だと、後で資料読み返したりはしないんだろうなぁ。残念です。

ポジティブな意見からも若干名抜粋して、就寝前に読み返したいと思います。同じ講座の感想がこれだけ異なるのは、まさに、教室での授業と同じで、これが現実なのですね。

4. 英語で表現するうえで、精読をすることの重要性がはじめはよくわからなかったのですが、徐々に理解できました。パラグラフ・ライティングの指導をしていて、IdeaとWords(自分の頭にうかんだ日本語)の区別がついていない様子に頭を悩ませていましたが、生徒には精読を通して「ことば」そのものを意識した経験があまりないのだ、と分かりました。全体を通して自分の勉強不足を痛感しましたが、昨年の大井先生の研修をもとに実践している方向性はまちがっていないのだと安心もしました。(中高 4年)

6. 初めて、松井先生に授業を受けました。全て目からウロコ、大変感銘しましたと共に幅広い知識と教職経験、多くの時間を生徒の添削、授業準備に労力を費やされたことを知り、改めて、一からやり直したい気持になりました。○立高のグデグデな英語教育に嫌気がさし、受講しました。先生のおすすめの図書1冊からまず始めたいと思います。ありがとうございました。(公立高 19年)

14. 月・年の単位で私は松井道場に住み込んで修行したい!3時間ではとても足りない!これだけの文献を惜しげもなくscanし、1つ1つナンバリングし、これだけの資料を作る手間ひまとそこに松井先生がつぎこまれたpassionを思うと、心がふるえます・・・。というか、参加費もっと払わねば・・・という気になります。教室では教科書 (しかも多くの中学校では第三者によって決められた) をこなすことに汲々としてしまいがちですが、松井先生のお話しを伺い、ずっしりした資料・文献を手にしていると、我々はもっと教材にこだわらないといかんと思います。自分も良いモデルに出会いたいし、生徒たちにも出会わせたいし、そのためにも自分から探していきたいです。まずは、8月後半に向けてどっさり頂いたこの「宿題」をしっかり読まねば!!がんばります。がんばりたくなってきました。(国立中18.5年)

帰山後に振り返り、某SNSでもこの研修の話をしていたのですが、そこでのコメントでもなるほどなあ、という声がありましたので、ご本人の了解の元に引用します。

参加させていただき、14. の方と同じような感想をもちました (時間がなくアンケートに書ききれなかったのですが…)。午前の講師の方からは、「明日からすぐ使える指導案」を教えていただきましたが、松井先生からは、「今後英語教師として生きていく上でずっと背負っていかなければならない宿題」をいただいた気がしています。帰りの電車は2時間半くらい乗っていたのですが、脳が覚醒して一睡もできず、レジュメと資料を読み返しながら過ごしました。生き方がかわる (かもしれない)、という気がしています。本当にありがとうございました。

今回帰省と重なり参加できませんでした。↑の「今後英語教師として生きていく上でずっと背負っていかなければならない宿題」と言う先生の気持ちは、とてもよく分かります。「これ、明日から出来るわ」という研修は何だか心が軽くなって会場を後にするのですが、要するに自分の引き出しの中身も重くなってないのです。この仕事を始めて1年ほど経ったとき松井先生と出会えて、それ以来お会いするたび、書かれたものを読むたび、心は重くなります。けれど、目の前の生徒を相手にして悩んだときにヒントになるのは松井先生に教わった資料、視点、態度です。松井先生ほど生徒が何を習得できるように指導をデザインされているかが明確な指導者はまれだと感じています。

松井先生の講義を聞いても私は松井先生のような指導が出来るようにはなりませんが、自分の生徒の何を見て、何を教えなければならないかに大きな手がかりを得てきたと感じています。

何かを学ぶというのは本質的に、そんなふうに緩慢な、ある種もどかしい行為ではないでしょうか。

有り難いお言葉です。

普通は、お金を出して、遠くから参加する研修会なのだから、話しを聞くに付け「心が重くなる」ことを求めたりはしないでしょう。

「重さ」ということでは、過去ログのコメント覧で久保野りえ先生に言われたことを常に心しています。

このコメントの中で言及されている "Anniversary" の回は、

研修会の参加希望者に「事前にブログを読んで、心の準備を」と、公式の案内書にまで書いてもらっていたのですが、このあたりまで読む人は流石にいないでしょう。だって、すぐには見つからないのですから。

懇親会の席で話したことに、このブログの「検索性の低さ」があります。意図的に「情報検索」されにくいように書いていることもあります。テーマやキーワードなどカテゴリーを抽出し、ラベルを貼ったり、小見出しを細かく立てたりということをせずに、とにかく最後まで読んで、むむっ、と思って読み返したり、タイトルに隠された意味に気がついて、再度、全部を読み返すと腑に落ちたり、理解したと高を括って読み進めて、最後の「本日のBGM」で、どんでん返し!とかいった、捉え方が可能な「ナラティブ」を目指しています。奇しくも、講座で触れた「ナラティブ耐性」が試されるような書き方とでも言えばいいでしょうか。万人に開かれていない、読む人を選ぶブログになればいいなぁ、と。

教室での、目の前の生徒と創る授業なら、はなから「信頼関係」があるからうまく行くのではなくて、各回の授業で作ったり、綻んだり、それを修復したり、という営みの末、1年終わって、3年終わって、卒業してしばらくして振り返って、と「嗚呼、良かった」と本当に思えるには時間差があるものなので、私はむしろ、教育というもののそういう部分をこそ「信頼」しているのですけれど、今回のような講座は一発勝負です。ネガティブな反応を返してくれた方々も、生徒と同様に時間が解決してくれるかどうかは「?」ですね。御免なさい。

「残念」というキーワードで、思い出すエピソードがあります。

ライティングに関して、事細かな指導手順を示すことを敢えてしていないのですが、それは今に始まったことではなく、過去ログで

あたりをみると、6年前もそうであったことがわかります。でも、こうやって振り返ることができるのは「書いて残しておいたから」なんですよ。

  • そんなこと言ったって、6年あったら、中高一貫校だって、入学した生徒は卒業してしまうだろう!

と言いたい気持ちはよく分かります。ごもっともです。6年の間に、自分の目の前を通り過ぎていく生徒一人一人に、申し訳ないなぁ、と思いながら、それでも日々、遅々とした、もどかしい、緩慢な歩みで「森」を進むことを受け入れるのは、やはり大変です。でも、それを教室で許さなくなると、いろんな歪みが露呈してきて、ときに教師も生徒もその歪みに押しつぶされそうになるように感じます。

『学習英文法を見直したい』の拙稿にも書いた、この「森」の比喩ですが、教師の視座としても当てはまるように思います。誰かに書いてもらった地図をいくら覚えても、自分で歩く足取りの確かさを約束するものではありません。自分で歩いた足跡と自分の目で確かめた風景をもとに、あたかもソトから見たかのような、地図、全体像を描くのに必要なのは、測量術のような「スキル」だけではなく、強靱な足腰と柔軟な物の見方・考え方、そして自分が踏み入れたその「森」に対する「畏れ」のようなものだと思うのです。

今回、帰りの便の機内で読んでいたのは、

Michael Swan. 2012. Thinking about Language Teaching: Selected articles 1982-2011, Oxford University Press

詳細はこちら。

Swanが30年かかって得たものを、僅か数時間から数日間で読めるのは便利です。有り難いことです。「まとめる」「伝える」プロはこうでなければ、とは思います。でも、ここから、リレーの如くバトンを受け取るには、30年の分の歩みの持つ「重み」をも引き受ける覚悟が必要でしょう。

乗客はまばらでしたが、私は非常出口の横の座席で、attendantさんと真向かいの席に一人で座っていました。私がこの本を読んでいたので、

  • 英語を教えていらっしゃるんですか?

という彼女の質問から、彼女の学生時代の留学体験談、その中で、自分が英語ができるようになったなと実感したエピソードなどなど、楽しくお話しして帰ってきました。有り難うございます。

自分の学びを、こうして振り返れるのは成長の証なのだろうと思います。

過去ログの、

の「タイトル」「写真」「本文」あたりから振り返ってもらえれば幸いです。

※コメント覧は「凍結中」です。何かご感想ご意見がございましたら、左のアンテナか、当日配布のレジュメにあるアドレスからメールでお願いします。

本日の晩酌: 松の壽・純米吟醸・無濾過生原酒・雄町55%精米 (栃木県) 、花巴・弓絃葉・純米原酒・無濾過生・山田錦70%精米 (奈良県)

本日のBGM: Let’s go slow (Jules Shear with Rob Shear)

f:id:tmrowing:20120818050254j:image

tmrowingtmrowing 2012/08/18 06:21 過去ログへのリンクを追加。

tmrowingtmrowing 2012/08/18 06:42 コメント覧をはてなユーザー以外の一般にも一時的に開放しました。

marumaru 2012/08/18 09:15 「何かを学ぶというのは本質的に、そんなふうに緩慢な、ある種もどかしい行為ではないでしょうか。」、至言ですね。せめて教師はこのことを忘れてはいけないと思います。

tmrowingtmrowing 2012/08/19 03:07 maruさん、コメント有り難うございます。ELECの協議会では、たびたび声がかかって研修会の講師を担当していますが、http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060811 で書いたように、自分で振り返った時にも、同じような感想を持っています。
「文科省後援」とあっても、それを追い風に加速する講座あり、引き留め、引き戻すような講座ありと、多様な講座を提供してくれるのが、協議会の良さでもあると思っています。

betttybottterbetttybottter 2012/08/20 22:12 自分の拙い感想(本当にひどい日本語です)が引用されていて恥ずかしさで真っ赤になったり青ざめたりしています。
私も「心が重くなった」一人です。でも、教師自身が分からないことや(今は)できないことと格闘していなければ、生徒にもそれを期待することはできないと思って9月からの授業の恐怖と闘っています。私も生徒に「自分もちゃんとしないといけないなあ」と感じさせられるように生きなければと思います。

tmrowingtmrowing 2012/08/21 19:02 今回の研修会参加者のお一人で、このエントリーでの皆さんのコメントを読んだ方から、こんなメッセージもいただいています。

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私の場合は、参加する前から先生のこの講座への思いを感じて身が引き締まる思いで東京までやってきたし、講座を受けている間は、「ことばの学び」の時間を、今ここでしか味わえない「場」を、先生と一緒に共有出来るのが本当に嬉しかったし、帰って来てから先生からもらった骨太な資料の数々に目を通しながら、素敵な「ことばのプレゼント」をもらったなあ(宝物を分けてもらったなあ)…って感謝しながら、しみじみ幸せな気分でいたりもします。(欲を言えば、もう少し先生とお話しがしたかったかも)
だから、私は「心」は重くはならないんですね。先生の「ことば」そのものはすごく重いのだけれど。
----------------------------

有り難うございました。

tmrowingtmrowing 2012/08/23 20:14 コメント覧を再び「凍結中」に戻しました。何かございましたら、メールにてお願い致します。左のアンテナのプロフィールから入っていただくと最後にアドレスがございます。

2012-08-14 The main theme is ....

第5回 山口県英語教育フォーラム「テーマ」決定のお知らせ

7月上旬に、講師の方のお名前を発表しておりました、「第5回山口県英語教育フォーラム」の基調テーマが決まりましたのでお知らせします。

「英語教育改革」その前に…。

です。

日程・会場と講師の皆さんをご確認の上、スケジュールを空けておいて下さい!

フォーラムの講演内容などの詳細は8月末に発表予定の「要項」をお待ち下さい。

第5回山口県英語教育フォーラム

主催: 長州英語指導研究会

協賛: 学校法人鴻城義塾・山口県鴻城高等学校、株式会社ベネッセコーポレーション

日時: 2012年11月3日 (土・祝) 10:00 (受付9:30より) 〜18:00 (予定)

会場: 山口県労福協会館・大会議室 (〒753-0078 山口市緑町3-29)※アクセスマップのpdfはこちら (http://www.welfareyg.jp/map.pdf)

テーマ: 「英語教育改革」その前に…。

講師:

長沼 君主 (ながぬま なおゆき) 先生 (東京外国語大学)

山岡 憲史 (やまおか けんじ) 先生 (立命館大学)

奥住 桂 (おくずみ けい) 先生 (埼玉県宮代町立前原中学校)

参加費・資料代は無料です

お問い合わせ: 長州英語指導研究会事務局長・松井

tmrowingアットマークnifty.com

上記アドレスの「アットマーク」を記号に変換の上送信願います。

簡単にこれまでの4回の講師の方たちを振り返っておきましょう。

第1回 (2008年)

講師: 松井孝志、阿野幸一、久保野雅史、田尻悟郎

第2回 (2009年)

講師: 永末温子、久保野りえ、今井康人

第3回 (2010年)

講師: 柳瀬和明、大津由紀雄、加藤京子

第4回 (2011年)

講師: 佐藤綾子、組田幸一郎、萩原一郎

さて、今年は3人の講師の方たちとどんな「思い」、どんな「ことば」を共有し、深めていけるでしょうか?乞うご期待!

今日のおめざは「カステラ」。

私は、これからELEC夏期研修会のために上京します。

15日の研修会終了後に、懇親会でもできればいいですね。

山口は激しい雷雨。

そちらはどうでしょう?

本日のBGM: ダレガクルノ? (2001 Live) / TOMOVSKY

tmrowingtmrowing 2012/08/21 21:05 この日のエントリーに関わる一連のやりとりは確認の上消去しました。

2012-08-11 有志無私

震災直後に、福島から避難して我が家に滞在していた妻の友人一家が一年と少しぶりに再訪。息子さんも2歳となり、うちの娘も再会に大喜び。現在も福島には戻れず、中国地方の某県に仮住まいとのこと。

何にせよ、朝から晩まで賑やかで楽しい我が家である。2歳の息子さんは、今まさに、言葉がどんどん育っているところなので、その様子を見るのは楽しいもの。

金曜日は広島大学が主催する、「教師の指導力向上セミナー」に参加するため博多まで出張。

午前中は講演。午後は分科会。

会場で休憩時間に、鹿児島のA先生にばったり。達セミの岡山にでも行って見ようかなどと思っていたのだが、予期せぬ再会に感謝。講演は、「教員の人事評価」などが専門の古賀教授が圧巻。スゴイ人だな。附属中高の校長とのことなので、職場はスゴイテンションになっているのだろうか、と推測した次第。広大の柳瀬先生のご配慮で、講師の方々とA先生と一緒に昼食。

午後の分科会は、「英語で授業」がテーマ。

井ノ森高詩先生、小橋雅彦先生、柳瀬陽介先生の順。司会は広大の樫葉先生。

文科省寄りでもなく、旧態然とした指導法の言い訳でもなく、バランスを取りながらそれぞれの講師がプレゼン。一人の持ち時間の短さだけが残念。最後の質疑応答は取ってくれたので感謝。せっかくの良い問題提起も、なかなか議論は深まらず。参加された皆さんは、自分の授業や、自分の学校が置かれている環境状況に満足しているということでしょうか。A先生からは「到達度の設定」について質問があり、私からは「生徒のことばの成熟」について質問。私の質問は、以前『英語青年』で書いたこと(「英英の弱り目、和訳の効き目」)と同じ。(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110210)

今回の井ノ森高詩先生、小橋雅彦先生の提案に限らないが、

・ 全てを精読させない。ポイントを絞って精読させる。

・ 素材や難易度によって、scanさせるのか、精読させるのか、といった読みのストラテジーを使い分ける。

という時に、selective attention で「読み取るべき対象を選択」している主体は「教師」であることがほとんどであり、学習者は、初見の英文を読み進める中で、「主体的な取捨選択」を試す機会が与えられていないことが多い。どのような読みのストラテジーを採用するのか、という選択でも、同じことが言える。

井ノ森先生のプレゼンで使われた精読素材の英文、「水瓶」の話しのクライマックス。

Naturally the full pot was proud of its service, perfect for the end for which it had been made. But the cracked pot was unhappy, ashamed of its imperfection.

パワポのスライドを急いで書き写したので、不正確かもしれないことをまずお断りしておく。ここで私が引いた第一文を精読させるという趣旨だったかと思う。では、その次の文は「さらっと」読み進めて良いものなのだろうか。次の文の冒頭のbutでは何と何が対照されているのか、本当に読んですぐに分かるものだろうか。たとえば、読みの「ストラテジー」を考える時に、butの前後だと、後に焦点・重点・力点が置かれる、などと教えていることが多いと思われる。であれば、But以下の文をこそ、精読させるべきではないのか。そんなことを考えていた。第2文で私が気になるのは、unhappyという語の選択とその語義。そしてits imperfectionという名詞の選択、というか名詞化。unhappyは凄く大雑把で乱暴なwordingに感じるのだが、ここでは、not satisfied with somethingとでもいう意味だろうと思う。では、そのようにパラフレーズしたとして、withの「目的語」にあたる内容は、its imperfectionだろうか?そうではないだろう、当然imperfectionを導く「不十分な行い」が前提としてそれ以前に記述されているのであるから、それを受けているはずである。its imperfectionはただ単に、a crack in the potとか its flaw というように、名詞を名詞で置き換えただけではそれこそ「不十分」で、なんらかの「ことがら化」の読みが望まれるところだろうと思う。

たとえば、第2文を

  • But the cracked pot was not satisfied with what it always did, ashamed that it failed to fulfill the end for which it had been made.

とでもいうような第1文の語句を使い回したパラフレーズをしておいて、その表現を原文の第一文と比較し、その後でもう一度原文の第2文に戻ってくることで、深い内容理解を促すことができるかもしれないなぁ、とプレゼンを聞きながら考えていた。

ということで、クラスを二分割して、片方のグループには第一文を精読させ、その正確な理解に基づき、次の文の文頭のButに着目させ、内容理解を促し、もう片方のグループには、But以下の文を精読させ、その内容理解に基づき、その前文の内容との対比を掴ませるように仕向けることも可能であろうと思った次第。ほんの5分くらいの間に、自分の脳が活性化しているのが分かるのではないか、と思うくらいキリキリと働いていた。

ちなみに、この英文は、ネット上でもよく見かけるもので、次のようなバージョンがある。

The perfect pot was proud of its accomplishments, perfect to the end for which it was made. But the poor cracked pot was ashamed of its own imperfection, and miserable that it was able to accomplish only half of what it had been made to do.

この英文と対比して、教材で使った英文での、語、語句の意味を考えさせることで「読みの精度」は高まるものと信ずる。

小橋先生は、Grammar Dimensions, Heinle & Heinle などの教材で具現化されている、grammaringのアプローチを推奨していたように思う。Grammar Dimensionsは私も90年代の終わりの公立校勤務時代に使っていたので、言わんとすることはよく分かる。ただ、tenseの使い分けの力が弱い、tense consistencyが維持できない、というときに、演習を繰り返すことで本当に “psychologically authentic way” に文法項目が身につくものなのかは時間をかけて吟味した方がいいように感じた。例えば「過去形」。使うべき所に使えず、使ってはいけないところに使ってしまう、という過去形の使用に誤用がある学習者は、まず、「過去形」を必然とするdiscourseを体現する「ことば」と出会っておく必要があるだろうし、演習と並行して「よい出会い」を重ねる必要があると思うのである。その場で思いついたメモから抜粋。

  • 百科事典での歴史上の人物の解説
  • 伝記・自叙伝
  • 絶滅した動物種の描写・説明
  • 有名人の回想録
  • 追悼記事・追悼文
  • 事故の目撃証言
  • アリバイを証明するための事情聴取

などなど。教科書で出会う「ことば」が貧弱すぎるから、演習に頼らざるを得ないということがままあるのではないか。「インプット」を英文の難易度や量の問題に置き換えて簡単に済ませていないか、多くの高校、とりわけ「進学校」や「英語教育の拠点校」では振り返る価値があるように思う。

それにしても、これだけ良い話しを聞いて議論が深まらないのは残念。参加者の皆さんは、昼食時間の方が大切なのだろうか…。

明けて日曜日は、サッカーの3位決定戦で早朝からTVの前に。私はいつもとそれほど変わらない時間に起きているのですけれど、その時間からTVをみることなどあまりないので。

悔いの残る試合だったのではないかと思います。

未明からの豪雨、雷雨で高速が一部不通でしたが、朝食を皆で済ませて、晴れ間も見えた午前中で友人一家を送り出しました。お元気で。

その後は、ELECの研修会の準備。「あとがき」の実例を補足。大学入試の出題例にあげた問題の「解答例」の比較検討などなど。

やっぱり、「ライティング」指導に関しては、教師が英語ができないとダメなんですよ。博多でA先生とも話していたのだけれど、

  • 簡単な英語を使って書けばいい。
  • やさしい英語を使って書けばいい。
  • 文法的に誤りのない英語を書けばいい。

というのは教師の自己満足でしかないのです。

私が今注目しているのは金沢大学の入試。

2012年度は、次のような英文を完成させるものでした。

Saving Energy

I recommend that you try the two things below when you want to save energy. First of all, you should use electric devices properly. For example, [ 1 ].

Second, [ 2 ].

In short, if you try these things, it will become easier for you to save energy and have an eco-friendly life.

[ 1 ] はいわゆる「和文英訳」。「電気やテレビは、部屋を離れる際には、つけたままにしておくのではなく、直ちに消す必要がある」という内容を英語で書くもの。語数指定はないが、日本語が与えられることで書くべき内容はコントロールされている。 [ 2 ] は、[ 1 ] とは別の省エネ方法を35-45 wordsの英語で書くもの。

では、ここで求められているのはどのような「英語」でしょうか? [ 1 ] は、「日本語による」コントロールが確かにありますが、それ以上に、空所の前後に既に与えられている英語が、解答を規定していることを忘れてはいけません。recommend, properly, eco-friendlyといった語彙、 形式主語と言われる、<it is 形容詞 for意味上の主語 to原形>という構文の使用から推測すると、中3レベルと片づけるには少々難しく、高校の英語Iのレベルと考えるのが適当ではないかと思います。「中学生に書ける英語」で、「文法的に誤りのない英語」というだけは、空所で生じるその前後とのギャップを解消することはできないでしょう。

では、私が「英語I」レベルと感じた、英文を完成させるために相応しい、語彙や構文とはどのようなものでしょうか?金沢大学は、大学の公式サイトで「解答例」を公開しています。

[1] when you leave your room, you should not leave the lights and TV on, but need to turn them off immediately.

[2] you should ride a bike rather than take a car when you go somewhere. For example, if you drive to work every day, you waste a lot of petrol. So, you should go there by bike when the weather is good. (41 words)

[1] では、not A, but B での焦点・力点の置き方、immediatelyという語彙の選択。[ 2 ] では、rather thanでの選択と却下など、この解答例の表現を見る限りにおいては、「英語Iレベル」の英語で概ね妥当かなと思います。

ただし、これは個人的意見ですが、今年の金沢大の公開した解答例には表現と論理での難点がいくつかあるように思います。[1] では「つけたままにする」と「消す」という日本語で表されている意味が、実質裏返したようなものでしかないのですから、「英語で」表現するなら、選択するべき行為の方に焦点を当て、最初から「外出時即消し」と言うべきでしょう。[2] では、go somewhereの具体化で、commuting by bikeというような内容を想定したのはいいのですが、居住地域や通勤距離を考慮しないのでは論が結べないでしょう。「距離や地形、路線が自転車走行に適しているか」などの、「適否」や「可不可」での選択が関わってきますから、「提案」や「示唆」として表すべき内容でしょう。本来、「化石燃料の節約・消費の抑制」「CO2排出の削減」ということが主題になるべきですから、「代替 (公共) 交通機関が存在するか」を考慮しない、自動車通勤却下には無理があるように思います。

とはいえ、少なくとも、このような公式な「解答例」が大学から出されているのですから、それを元に、高校の指導者と大学の当局、できれば出題を担当する英語教育のスタッフとの間で、英語表現と論理の適否に関して協議が行われることが望ましいと思います。

お昼過ぎからは、高校野球のTV観戦。

兄弟校が夏の甲子園で初勝利を挙げました。波乱の幕切れでしたが、粘り抜いたからこその結果です。山口県勢としては7年ぶりの勝利らしいです。山口の60チームの代表としてよくやってくれました。ありがとう!

今夜は祝杯をあげたいと思います。

おっと、その前に、バレーボール女子の応援だ!!

・・・。

ということで、先ほど試合終了。

3位決定戦を制して28年ぶりのメダルに輝きました。木村沙織とキム・ヨンギョン。アジアが生んだ二人の天才対決、と煽るのは簡単。

試合終了後に、画面に大きく映し出されたキム・ヨンギョンの表情が翻訳できたらなぁ、と思いました。「天才の孤独」などという陳腐な形容では彼女に失礼になるでしょうから。

今日の試合は、迫田選手のキレキレのプレーが光ったけれど、五輪出場を果たしたチームとしての功績は真鍋監督の手腕に依るところが大きいだろうと思う。大友を復帰させ、狩野を復活させ、江畑を抜擢し、と思い切った選手選考や起用ができるのは、情報を集めたり、データを分析したりといった、人を使う力の賜。選手としてセッター出身というのが要因としてあるのだろうか。

木村選手も、この秋にはトルコリーグに参戦とのこと。キム・ヨンギョンとの対決を日本のスポーツメディアはどの程度伝えてくれるか期待しています。

本日の晩酌: 松の壽・純米吟醸・無濾過生原酒・雄町55%精米 (栃木県)

本日のBGM: 別に奇跡なんかじゃないから (斎藤誠)

tmrowingtmrowing 2012/08/12 09:51 一部記述訂正、並びに加筆。

2012-08-06 staples

15日に行う、ELEC英語教育協議会の夏期研修会の資料作成が一段落。

出勤途中にナフコに寄って、印刷に使うコピー用紙を1000枚購入。

同僚が夏期課外講座で慌ただしくする合間を縫って印刷とホチキス留め。

2年前の合宿バッグでの内出血で懲りているので今年は事前に宅配便で送付することに。

実物を見てもらう方が良い書籍と、ホチキス留めの資料編ハンドアウトとを併せて32kg。段ボール2箱を送付完了。今回は一応、10万円分保険を掛けておきました。とはいえ絶版で希少本は買い直しができないのだけれどね。文字資料の方は、ホチキス留めとなる予定のものが、A4で表紙、参考文献を含んで38頁。見開きのA3両面印刷で19頁だから、10枚分。こちらは、メールの添付でELECで印刷してもらうことに。

以下、私の講座の大まかな流れを示しておきましょう。受講予定者は、心と頭の準備に役立てて下さい。まだ、決めかねている人はこの機会に是非。

ELEC 夏期英語教育研修会

2012年8月15日 (水) 13:30 - 16:20   於: ELEC英語研修所

「ライティング指導の伝統に学ぶ「活き活きした英語」

講師: 松井孝志 (山口県鴻城高等学校)

0. はじめに: 講座開講に当たって

1. 「ライティング指導」の歴史・遺産を振り返る

1-1. 「学習参考書」では、何を教え、何を学んだのか?

1-2. 昔の「グラ・コン教科書」は本当に使えないものだったのか?

1-3. 伝統的な「教材」では、何をどのように扱っていたか?

1-3-1. 基本文型・例文集

1-3-2. 短文を中心とした和文英訳

1-3-3. パラフレーズ

1-3-4. 長文による和文英訳

1-3-5. いわゆる自由英作文

1-3-6. 修辞法

1-3-7. 「表現力」

2. 「書くこと」はいつ、どのように問われ、答えられているか?

2-1. 入り口 (中学入門期) のウチとソト (高校入試) 、出口 のウチとソト (大学入試)

2-2. 文字指導の問題点

2-3. 「入試」対策としての「ライティング」

2-3-1. 高校入試の実態

2-3-2. 大学入試の出題例

2-4. 高校生用学習参考書・大学受験対策の予備校のテキストの「英語」とその問題点

3.論理と表現の指導と定着

3-1. 「豊かな英語表現」

3-2. 「つながり」と「まとまり」〜はたして「論」は結ばれているのか?

3-3. 「つながりとまとまり」再び〜1文主義から脱却してどこへ?

3-4. 教師が身につけていくべき、文章の「論理」と書くことの「理論」が学べる本

3-4-1. 日本人教師によって日本語で書かれたもの

3-4-2. 日本人学習者の書く英語をよく知っている英語ネイティブによって書かれたもの

3-5. 文章のタイプと「表現」の指導

3-6. 「では、いったい何をどのように書かせているのか?」

3-6-1. 高校3年・「ライティング」・1学期・narrative passage・「恥ずかしい話」 (2nd draft)

3-6-2. 高校3年・「ライティング」・1学期・narrative passage・「帽子売りと猿」 (1st draft)

3-6-3. 高2・「英語II」・3学期・definition・「定義文」の指導過程

3-6-4. 高2・「ライティング」・3学期・descriptive passage・「人物描写」

3-6-5. 高3・「ライティング」・1学期・descriptive passage・「追悼文」 (1st draft)

3-6-6. 高1・「OC」・1学期・definition・「『かなづち』定義文」指導過程

3-6-7. 高2・「英語II」・1学期・definition・「動く歩道」定義文

3-6-8. 高2・「英語II」・1学期・questioning・「内容理解を問う質問づくり共同作業」指導過程

4.「では、何をどのように読ませるか?」

4-1.「活き活きした英語」の呼吸には、まず「ナラティブ」の復権から。

4-2. 物語ることと、詠うこと

4-3.「はしがき」と「あとがき」

4-4.「追悼文」や「伝記」の活用

4-5.「説明文」も比較検討で、ことばを浮き彫りに

4-6.「ことば」の選択と「語義」: 置き換えられないことばの「立ち位置」「肌触り」

5.さいごに: 技術 (skills and technologies) を越えて

  今回の私の講座は、パワポ程度でさえ、ICTを駆使したりすることはありませんし、TEDで見られるような「切れ味鋭いプレゼン」や、「巧みな話術」は全くありません。主役は、「書かれたことば」、「書かれるべきことば」、そして「書きたかったけれど、書けなかったことば」と、実際に教科書や参考書などの教材や概説書という「形」になった書籍です。

  文字資料の方は、この1週間で3回書き直しましたが、もう少し足掻いてみてから、提出します。

  明日明後日と、近年の『英語教育』での、「ライティング」や「発信 (力)」、「表現」や「アウトプット」などを取り上げた号を振り返っておこうと思います。

  帰宅途中で、酒屋に寄り、自分にご褒美を仕入れて帰宅。

  仕事部屋は、床一面に拡げられた書籍の海で、ベッドへと辿り着くのも大変なことになっていますが、今日は片づけを諦めて、録画したロンドン五輪、競泳の名場面を見て愉しみます。

本日の晩酌: 長陽福娘・純米吟醸・火入れ・山田錦50%精米・山口9E酵母 (山口県)

本日のBGM: We’ll meet along the way (Hem)

2012-08-02 「あしたもそうでありますように」

私の分の夏期課外講座は前半戦が終了。

気が狂わんばかりの暑さの中、本業を細々と。

職場の健康診断。

水分を控えて具合が悪くなったりしたら嫌なので、バリウムは飲まず。

この3,4日間は、8月15日のELECの研修会の資料を作っていました。

過去の実践記録などもWordで作っていましたから、同様にWordで作業していたのですが、20頁くらいまでできていて (予定は40頁)、表を貼り付けたりとか、レイアウトを揃えたりとか、いろいろ弄っていたら、表に何か不具合が出たためか、頁をスクロールすれどもすれども最終頁に行けない無限ループ状態に。やむなく、テキストファイルだけをエディターで抜いて、再度作り直しましたとさ。

執念にも似た集中力を発揮し、先ほど最後の頁に貼る、画像ファイルをスキャナーから起こしてトリミングとカラー修正完了。38頁になりました。

一晩寝かして、学習者の目でとりあげた英語表現を「読み」、受講者の眼で、資料が語る「意味・意義」を確かめておこうと思います。週末には完成かな。印刷が大変そう。

ロンドン五輪は悲喜交々。

本業のインターハイも開幕。

世間の熱が冷めた後、潮が引いた後も、その競技と真摯に取りくみ続けるアスリートとコーチ陣に敬意を表します。

夕飯は、「グリーンカレー」と「うなぎ」の選択肢。

早い方で、とお願いしたら、ちょっと不機嫌そうに「鰻の蒲焼き」に。

有り難うございました。

本日の晩酌: 久礼・純米吟醸・無濾過生原酒・槽口直詰・吟の夢50%精米 (高知県)

本日のBGM: o.A.o (くるり)