英語教育の明日はどっちだ! TMRowing at best Twitter

2012-09-29 『時の流れに』

朝から本業。

国体出場の地元選手の指導。

台風の影響が心配されましたが、雨にも風にも遮られることなく、時間を調整し他のクルーの練習を避け、2モーション完遂。この湖の地形に感謝。ホントにやりたいことがやりたいだけできる水域です。木曜日に1モーションだけ、1分オン/オフの指導をしましたが、今日は全メニュー、カタマランでベタ付けでの2モーション指導。私も今シーズン、自チームではこのような機会がありませんでしたから久々のスイッチオンで全開です。選手の消化吸収が速い分、身体への負荷も相当あるでしょうから、メンテナンスをしっかりと。蓄積した疲労を処理しにくい臀部のストレッチの種目をいくつか指導。筋肉が複雑に入り組んでいる部位ですから、いろいろな種目でしっかりと中までコンディショニングを。ハリや違和感の出てくる箇所が、かなり「良い場所」になってきたので、うまく身体が使えているのだと思います。背中、肩甲骨周りのコンディショニングは、ストレッチだけでなく、入浴やアイシングも併用して。

明日の朝モーションの頃の台風の影響はどうなりますか。

さて、

『英語教育ブログ』みんなで書けば怖くない!企画第4回に参加します。基準日の10月1日から岐阜国体に向けて移動なので、一足先に。

ブログ主のanfieldroadさんからはこのような趣旨説明がありました。

今回は「英語教育」ということで、学生時代に読んでおきたい教育学や教科教育法などの分野でオススメの書籍や、教師となってから出会い強く影響を受けた本などをご紹介頂ければと思っています。 いろいろ考えたのですが、今回はあえて「一冊」に限定します。いわゆる「定番」を推してもいいですし、個人的に思い入れのあるマニアックな ものを選んでいただいてもOKです。洋書でも和書でも構いません。「一冊」となると、かなり迷われる方もいらっしゃるかと思いますが、そのセレクションに表れる個性も、読む側の楽しみになるかと思います。

私は大学はG大で、80年代に学びましたから、当然のようにW先生の影響を受けてというか、"浴びて" 英語教師になっています。「教わったように教えるな」という教えからも自由になることが最大の恩返しと信じて、ここは敢えて師匠の本は避け、「国語教育」と言われる分野から一冊の本を紹介します。

私は、かれこれ四半世紀、英語の作文やライティングの指導評価に主たる関心を持って取り組んできました。最近では、自分のことを「ライティングの教師」と呼ぶことさえあります。その姿勢は、まさに、この本に出会った影響と言えるでしょう。ただ、出会ったのは、私が教師になって10年が経ち、二校目に異動した頃ですから、1995年。自分の中ではかなり最近のことに感じられます。

  • 倉澤栄吉『新訂 作文の教師 指導法の手びき』(国土社、1987年)

この本は、実のところ、大修館書店の雑誌、『英語教育』の2007年8月号でも紹介しています。

  • 「夏休みブックガイド〜私の選んだベスト3〜」、

という企画で、原稿を寄せていました。拙稿は、pp. 12-13で、

  • You’re what you don’t read about.

というタイトルです。ほとんどの人が忘れている、覚えていない、というかハナから読んでいないと思いますので、そのまま再録します。(大修館さん、もし不具合がありましたらご連絡下さい。)

自己表現指導を始めたい方に

英語教師として約20年が過ぎたが、その大部分をライティング指導に費やしてきた。ライティング指導は難しい。これは衆目の一致するところだろう。英語教育の世界では「国語の授業で作文や論文について、具体的で系統立った指導がされていないので、生徒はライティングができない。まず日本語、国語での作文教育を!」というような声を時折耳にする。ただ、このような発言を聞くたびに私は違和感を覚える。英語教師は自分が児童・生徒・学生だった頃の直接体験以外に、どれほどの国語教育実践を知っているというのだろうか?最近ではPISAの結果を気にして、フィンランド式だ、ドイツ式だなどと「良さげ」な指導法を外国から取り込むことに躍起になっている印象を受けるが、国語教育という自らの足元を確かめることが先ではないのか。

私は迷いが生じると、この倉澤氏の本を読むことにしている。

「作文教育は人間形成に参加する唯一の特効薬だと信じこんでいる人は、いわゆる作文マニアと作文教育論者の一部だけである。すべての教師は各教科を担当して、その教科や教科外の学習を通じて考えさせ、感じさせ、見させ、はっと思わせ、後悔させ、真実にふれさせているのである。その人間形成のしかたは質的な差こそあれ、どの方法がもっとも程度の高い人間形成だとは言いきれないのである。」 (p. 30, 「作文教育と人間形成」)

この書で展開されている指導実践、その指導を裏打ちする教育観と比較した場合に、「自己表現」「アウトプット」などと形容される英語教育でのライティングはあまりにも「軽い」、そして「浅い」。地に足のついた指導法を求めるなら、教師の目で今一度、国語教育の成果から謙虚に学ぶ必要がある。私は文字指導、視写指導の見直しから始めたところです。

今、雑誌の拙稿を見ながら、「視写」よろしくキーボードに打ち込んでみたのですが、5年経っても、薄れるどころか、むしろ、思いは強くなっているかもしれません。雑誌では、引用など限られたスペースでの紹介でしたから、「第四章 作文の時間」から “skill” とか “task” に関して、私が普段使う「森」の比喩にも通ずる一節を引きます。

五 読解と作文

(1) 読むことは書くことである。書くことが読むことであると同時に、読むことは書くことである。しかしながら一点一画を読もうとしているときには、全体の意味は形象として浮かび上がってこない。同様に書くときにおいても、一字一語に気をつけているときは、全体の意味は浮かび上がってこない。もし意味を書こうとすれば当然全体の意味を読まなければならない。児童生徒は文を書きながら必ず読んでいる。すなわち一点一画に注意するのではなくて、単語や文節やときにはひとつのセンテンスに注意しながら次を書いていく。ひとつの単語や文節を書いたあとでちょっと休止をして、いま自分が書いた文字群を読み返し、即座にそれを意味化してその意味を頭に確認し、確認した意味からその次のことがらを連想したり思い出したりして、次の文を書き続けていく。したがって、確かな速い書き手は確かな速い読み手である。自分の書いたことばの群をすばやく読み取って意味化し、それを頭の中にしっかり位置づけて、そのことばの意味と結びつく他の概念を思い出し、その思い出されたいくつかの概念を整理して、必要なものをえり分け、決められた選ばれた概念をさらにことばにかえて、文章を書き進めていく。

したがって、作文の力を伸ばすためには、読みの力を伸ばさなければならない。 (中略) 書きながら読み、読みながら書くという仕事を大事にしていくことによってこそ、作文教育は書くことの教育であるといえるのであろう。(pp. 128-130)

英語教育の分野でも、高等学校の外国語・英語の新課程の学習指導要領は、「技能統合」を謳っているように映ります。しかしながら、学習指導要領の『解説』本を読んだところで、ここで倉澤氏が記しているような、「というのはどういうことか?」を突き詰めて、自分の中で反芻を経た、自前の考察を意味化したようなことばづかいにはほど遠いのです。「借りもの感」「とってつけた感」がありありです。

倉澤氏の本では、このような、具体的な指導が豊富に示されているだけでなく、指導にあたる心構えの「根底」というか「前提」の問い直しもなされています。そしてその鋭い切り口は、他の指導者だけではなく、自分にも向けられていることが窺えます。

作文教師を勤務評定すると、次の五つの段階に分けられる。

1 作文などに関心がなく、もっぱら文字の読み書きなどを事としている指導

2 文章に関心を持っているが、書かせたことがなく、もっぱら文章研究をさせている指導者

3 作文の必要さを認め、ときどき原稿用紙を与えて書かせているが、あまり見てやらない先生

4 作文をときどき書かせて、代表作などについて、推考の指導や生活指導をしてやる教師

5 作文を広く考え、ノートやメモなどを含めた実際の書く場面をとりあげて指導におよび、ときに全体の文章指導をしてやる教師

いうまでもなく、1と2は、作文教師としてはほんものではない。(中略)

4は、熱心な作文教師に多い。一般に3にくらべてぐっとすぐれた作文教師と思われている。この人たちは生活綴り方の選手であったり、コンクール入選作のベテラン指導者であったりする。子どもがこの人たちにかかると、文章はうまくなり、作文を中心にした人生論争が活発になる。この種の教師は多くの場合、作文の時間を特設する。そしてその特設時間の五分の四、ないし六分の五ぐらいを作文合評に使う。つまり、一時間書かせて、それをプリントしたり、読みあいさせたり話しあいさせたり、推考させたりするのに、残りの時間を使う。こうして、子どもの文章観は、教師の文章観をまね、子どもの人生観は教師のそれの模型になる。偉大な教師ならともかく、普通の人間の映像が、小さい子どもたちに移っていくことを思うと、いささかおそろしい。単に作文を書かせているだけで、見てもやらず返してもやらない人にくらべれば、数等上にはちがいないが、一面、子どもの表現活動を教師の考え方のわくの中へとじこめることは、どんなものであろう。子どもは書いているときには、それぞれ個性の中に遊び、自由に活動している。

ところが、でき上がった作品について、うって変わって、教師からわくづけされる。「書くことが少なくて理屈を言うことの多い作文教育」が、必ずしも成果をあげるとは言えない。文章をなおし、朱を入れ、学級集団で生活や社会を論じる型の作文指導は、案外、効果があがらないのではないか。(pp. 11-13)

ともすれば、英検やGTECのスコア、はては上級学校の進学先などの、「成果」や「実績」を持ち出して、自らの指導法に過度の普遍性を与えるかのように啓蒙活動、布教活動に精を出しがちな英語教育関係者に読ませてあげたいと思います。

この倉澤氏の本の旧版は新訂版を遡ること、さらに四半世紀の1959年に出ています。昭和という年号で言えば、昭和30年代にこれだけの水準で「作文」、「書くこと」の指導実践が行われていたわけです。にもかかわらず、それがなぜ今日の国語教育の世界で十分に発展継承されていないのか、ずっと疑問に思っていましたが、最近では、英語教育だけでなく、国語教育の世界でも、新しい理論や指導法の導入・輸入に一生懸命で、かつて先達、先哲の残してくれた豊かな実りを継承することに意味を見いだしていないからではないか、とさえ感じるようになっています。

私が高校生だった70年代終わりから80年代初めにかけての「英語教室」でも、きちんと指導していた教師、きちんと学んでいた生徒がいて、教室を離れたところでも、いまでも通用する「英語学習」「英語トレーニング」に励んでいた生徒はいたのです。ただ、それが普及しなかったのは何故か、それが今日まで受け継がれてこなかったのは何故か、時代のせいにするのではなく、「不易」をしっかりと掴み、懐古に耽らず、「当時でも上手く行った指導」の持つ今日的意味、意義を見いだし、指導に当たりたいと思っています。

2012/09/30 追記: 現在、出版元の国土社でも品切れ。アマゾンでは中古でも取扱いがありません。古書店、図書館等で是非とも手にとって、読んで欲しいと思います。


本日の晩酌: 黒牛・純米生詰・冷やおろし (和歌山県)

本日のBGM: Still crazy after all these years (斎藤誠)

2012-09-28 transitive verbs

昨日は国体の壮行式。

今年は、選手はレスリングと空手道が国体出場。この2種目は指導者として顧問の先生も参加。私は、成年チームの監督で参加する、と学校長から紹介して頂きました。

放課後は、高速を飛ばして、遠い方の湖まで、予備オールの確認をして帰ってきました。

車のオイル交換に合わせて、オイル添加剤投入。足回りはタイヤとブレーキシューの点検。タイヤはまだ交換するほどの減りではなかったので、窒素を補充してもらいコーナーのハンドリングも随分快適になりました。

今日は、国体前最後の授業。5,6限は文化祭の準備で授業はカット。進学クラスは、その後7限の授業があります。

高2の「表現ノート」で、素材文となる英語のバラエティを実感してもらうために、

  • 原作と対訳

が対照できることの利点を。日本語の方を先に読んで、こなれた表現になっていて、原文の英語が透けて見えないようなところを見つけたら、その該当表現を英語で確認し、自分の守備範囲に取り込む。これは、私自身が高校生だった頃に、長崎玄弥氏の本に書いてあったアドバイスで実行したものです。

  • 新聞・雑誌の「投書欄」、Webで言えば、「コメント欄」での日常卑近な英語表現

これも、私自身がTIMEを読めるようになった足がかりとも言える手順です。

他には、

  • 映画のDVD
  • その原作の小説のペーパーバック
  • 教材用にその小説を易しく書き直したretoldものでCDつきの市販の英語本
  • 全編ではなく、良い場面を選ぶように日本の高校生向けにretoldした副読本
  • 翻訳家の手による市販の文庫本

の例を紹介。

  • 映画DVD +原作の絵本+(英語ネイティブの) 子供向けに易しく書き換えた絵本+シナリオ

という例も。

映画の方は、必ず「英語字幕」の出るものを選ぶように助言。

残り時間で、教室で “TIME for Kids” のサイトを見せ、豊富な話題が、やさしい英語で書かれたものと出会う機会が増やせるのが、現代の高校生の利点であることを説く。TED Talksを見聞きしてスラスラ分かるレベルにいればもう御の字でしょうが、そこに至るまでに何をどのように育て、鍛えるか。

  • そうそう、これが言いたかったんだよ。

というように、言いたかったけれどうまく言えなかった表現と出会うには、「読み」が最も適していると思っています。教科書のレベルで、誰かから与えられた英文の難易度を上げる前に、自分に興味関心のある話題、テーマ、英文素材を自分で探して突き抜けることを目指した取り組みです。

教務・クラス担任への自習課題の指示も完了。

高3の「ライティング」は、説明文の仕上げ。

見た目は和文英訳だけれども、実際には、

  • あなたがどう思うか、なんていう自己表現とか、意見の論述とか、そういうのはいいから、ここにかいてある「事実」を簡潔に、でもしっかりとした英語で説明して下さい。

というお茶の水女子大のライティング問題を提示し、ドラフトとリバイズ。

このお茶大の課題を最後に、2学期後半は、いよいよ「意見文」へ。

他者への働きかけには、「他動詞」の肝を掴むことが大切なので、インカレの視察に行った時にG大のOGで今は某社で商品企画などを担当している英語に堪能なAさんからの質問に答えた時のエピソードを紹介。

  • 「もっと○○に、もっとXXらしく」って英語でどう言えばいいですかね?

というAさんの問いかけから、結構面白いやりとりができました。おそらく「キャッチコピーの文法」というものがあるのでしょうが、私の語感ではどう処理しているか、という「回答」を返してその時はお別れだったのですが、今回、ふと思い出されたので。Aさん、ありがとう。

学生時代は、TIMEの広告頁にある「銀行」 (今のSwiss Bank Corporationですね) のコピーをよく筆写していたのを思い出しました。教材として私が使い、今でも手に入るものだと、

  • L. J. リンク 『広告コピーのレトリック』 (研究社、1992年)

がありますね。続編は未読なので、今度読んでみようと思います。

本日のBGM: Sing Your Own Song (John Wesley Harding)

2012-09-26 ”Of course, I’m one of them.”

進学クラス高3ライティングは「グラフの描写・説明」、「人物・事物の描写説明」。

基本はGTEC Writing Trainingのテキストで、そこに投げ込みで補足。

今週は、笹井常三先生の著作から学ぶ。

  • 『英文ライティングハンドブック』 (研究社、1989年)
  • 『英語のスタイルブック』 (研究社、1999年)

主に、数量表現、増減など比較・比例、割合とその変化または不変を扱いました。定着は今後の取り組み次第。

ある程度書けるようになると、今まで気にしていなかったことが気になるもの。そんなときに参照できる「ライティングのためのハンドブック」を持っているに越したことはないでしょう。個人的によく使っていたのは、

  • 小谷卓也 『エンジニアにも役立つ わかりやすい英文の書き方』 (日本能率協会マネジメントセンター、1992年)

でしたが、今では、こういう日本語を母語とする「たたき上げ」の達人・鉄人による書籍は流行らないのでしょうか、書店でも見かけることが少なくなりました。

それに取って代わっているのは、たとえば、

  • メディア総合研究所語学教育センター 『ネイティブが教える 英語表現辞典』 (メディア総合研究所、2004年)
  • メアリ・K・マスカキル 『NASAに学ぶ英語論文・レポートの書き方』 (片岡英樹 訳・解説、共立出版、2012年)

などの「翻訳輸入もの」のレファレンスで、それらの中間にあたるといえるのが、

  • Anthony T. Tu 『科学用語実用ハンドブック』 (化学同人、2008年)

のような「東アジア」出身で、英語を極めた人の手によるハンドブックと言えるでしょうか。

商業科2年は、いわゆる「接触節」を含む関係代名詞のおさらいのために、「文と文を作るものの識別」で、高1で使用したワークシートを両面印刷して配布。

進学クラス1年は、自学自習多読の導入。今日は、Book Reviewの用紙を配布し、学級文庫の書籍に「当たりを付ける」ことを要求。こういう、お膳立て無しに、「森」に入るのが一番苦手のようです。

進学クラス高2は、私が岐阜国体で長期戦線離脱しますので、いよいよ「表現ノート」の導入です。

  • 前任校 (公立、私立含む) の生徒の実際のノート数冊
  • 良くできた生徒のノートからコピーした「グロサリー」「サマリー」「コメント」のコピー

を見せて、完成したものから、プロセスを推測。

『朝日ウイークリー』などの「ネタ元」も教室へ。

「パラグラフ」に関して、「物語」と「説明」については、いわゆる “reading skills” を扱う際に一定の解説はしています。

ハンドアウトはこちら↓

reading skills 4_2.pdf 直

reading skills 4_3.pdf 直

このハンドアウトをただ読んでいるだけでは「へえー」で終わりでしょう。この背景または前提として、「学級文庫」の存在が大きな意味を持っています。話題だけでなく、テクストタイプや構成・展開などバラエティに富んだスタイルの英語表現を実際に手に取り目にすることが可能な環境だからこそ、「なるほど」の先へと進むことが可能になると思っています。

ということで、既にこのクラスは「読むこと」と「書くこと」が混在した、技能連関・技能統合の授業となっていたことに改めて気がつきます。「表現ノート」の作製で、自分の興味関心のあるテーマ、トピックに特化した「英語」を読み、内容を掘り下げ、語彙を精査し、要約し、コメントを書く、という一連の作業によって、「1mmのスエズ運河」の建設が進み、その工事の途中で様々な「気づき」が生まれるはずです。ただ、生徒には繰り返し説いていることですが、

  • 「気づき」は、必要条件であって、十分条件ではない。

ということ。実地での裏打ちがないと、自分のものにはなりません。empowermentという言葉に寄りかかるのはあまり好きではないのですが、

  • ああ、何か、こう、これが自分のことばとしての英語なんだ。

という「突き抜けた感じ」を、限られた話題で良いから、掴んで欲しいのです。

  • この話題でなら、英語が自分のことばとして使える。

という自分が「そのことばを生きる」とでもいう領域へ進む踏切台として、「表現ノート」が機能してくれることを願っています。


休み時間に準備室の同僚が、山下達郎のベスト盤とジャンク・フジヤマの新しいシングルについて愉しそうに語らっていました。達郎からジャンクまでの「系譜」を楽しめるのは良い音楽の趣味だと思いますし、そんな話が出来る職場に感謝したいと思います。

私自身の英文修業の新たな一冊は、

  • Paul Zollo. 2003. Songwriters On Songwriting, DaCapo

ミュージシャンの中でも、Songwriters にスポットを当てた「インタビュー」集。4訂版で入手です。

旧版までに収録されていたのは、

  • Pete Seger, Mose Allison, Bob Dylan, Paul Simon, Brian Wilson, Gerry Goffin, Carol King, Lamont Dozier, Jimmy Webb, P. F. Sloan, Donovan, Burt Bacharach/Hal David, Harry Nilsson, Randy Newman, Van Dyke Parks

などなど。これでまだ半分くらいですから、錚々たる顔ぶれです。

新規追加されたsongwritersで私が知っているのは、

  • Alanis Morissette, Lenny Kravitz, Steely Dan’s Donald Fagen and Walter Becker, Lou Reed, John Fogerty, John Hiatt, Roger McGuinn, Mark Knopfler

この本の1997年版は、邦訳が出ています。

  • ポール・ゾロ 『インスピレーション』 (訳 丸山京子、アミューズブックス、2001年)

こちらは、日本でも馴染みのある20名のみの抜粋でした。今回の4訂版の翻訳はたぶんないでしょうね。インタビューの前には、songwriterについての解説や、著者の思い入れなどが語られています。

  a “songwriter’s songwriter” のひとりを紹介する序文がこちら。

“When you hear a piece of music that you really like,” says Jules Shear, “it hits a place that nothing else ever hits. That’s the reason I got into music, to get back to that thing.” It’s the thing that makes the songs he writes so special, whether performed by him or the legion of singers who have recorded them. It’s the same thing that causes his fans to become fanatic about him. They’re never complaisant in their devotion for Jules: they record and collect rare performance tapes, compile archives of articles about him, gather and swap new recordings of his songs by other artists, and happily gush for hours, when allowed, about the glory of his greatness. (p. 581)

系譜の譜は楽譜の譜、漢字で書けば「言偏」が不可欠な要素なのです。

本日のBGM: Nothing is new (Jules Shear)

2012-09-23 Write as you should talk.

本業での国体前の手続き・調整に加えて強化合宿で余裕がなく、しばらく更新していませんでした。

正業の英文修業もサボっている訳ではありません。

英語学習の素材として、「ニュース」を使うことは、昔から至極当たり前のように思えます。確かに、新聞記事、ラジオ、TV、Webと、「メディア」は新しくなってはいますが、「ニュース」であることには変わりはありません。

私が中3の時に間違って “TIME” を定期購読していたことは過去ログでも書きました (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110301) が、私自身、随分と「ニュース」を英文修業に使ってきたし、今現在、教師としても、『朝日ウイークリー』を学級文庫に入れて生徒に活用させています。

「この表現は真似できそう」「この表現を使ってみたい」「こんな表現知らなかった」などなど、やり始めると、「ネタ」としている英文素材にまずは引きずられますが、そのうち、自分の英語力もついてきますから、「自分が言いたかったけれどうまく言えなかった表現」を見つける機会が増えるだけでなく、「英文素材」と「自分のことば」とで綱引きができる「足場」や「膂力」が出てくるように思います。

時折耳にするのは、「ニュース記事であっても、日本人記者の書いた英文は読まない」とか「…は、英語の表現に信頼が置けないので、参考にしない」などという声。私は、「ネイティブライク」という観点で文章や語法の善し悪しを見るのではなく、「現代の英語として通用するのか」という観点で、自分の英文修業での採否というか適否を判断しています。過去ログで言えば、

での中尾清秋先生の言葉を忘れないようにしています。

ジャーナリズムの英語に関する、とある本を読んでいて、こんな一節に出くわしました。

Simple stories are often hard to write. But newswriters must master them so they can also handle not-so-simple stories. “Only those who have the patience to do simple things perfectly well,” Friedrich Schiller, a German poet and philosopher, said, “acquire the skills to do difficult things easily.”

Newsroom oldtimers tell newcomers: Just write the way you talk. Good advice. But a writer has to do far more than that. Besides, how many of us talk well? (p. 9)

Mervin Block の2012年の新刊、

  • Broadcast Newswriting: The RTDNA Reference Guide, second edition, CQ Press

の第3章。この章のタイトルは、

  • Easy Does It? Not So Simple

そして、サブタイトルは、

  • You need to do more than write the way you talk

この書で問題として取り上げられているのは、単に文法語法のミスだけではなく、「ニュースを伝えることば」、文字通り「メディア」としての言語表現の適否です。

  • A reminder: after you report a fact, you don’t need to say it has been confirmed. If a tip or hunch or a rumor or a story has been confirmed, you don’t know whether it is a fact and have no business reporting it as a fact. But once you have presented it as a fact, don’t follow up by saying someone has confirmed it. (p. 10)
  • As for stay with us, it's unbecoming for a newscaster to plead with listeners to stay tuned. Wouldn't you frown if, part-way down this page, I urged readers, "Stay with me." Wouldn't you say to yourself, "This guy has no class. If he were saying something worthwhile, I'd stay with him to the end. Gladly. Even eagerly." (p. 11)

この章の最後は「引用」について書かれているのですが、その締めくくりには、こんな「引用」がなされています。 (p. 11)

The best broadcast newswriting doesn’t sound like writing at all. The journalist Lincoln Steffens is credited with saying, “The great struggle of a writer is to learn to write as he would talk.”

And you can add, “---and to talk as he should talk.”

サブタイトル

  • You need to do more than write the way you talk

と見事に呼応していました。

では、「何が必要なのか?」という自問自答を忘れずに、英文修業を続けようと思っています。

本日の晩酌: 花垣・創醸110周年記念・山田錦・純米無濾過・原酒 (福井県)

本日のBGM: Radio Free Europe (R.E.M)

D

2012-09-18 the secret of annotation

この連休には、本業の全日本選手権が開催。

TVの地上波でも1時間放送されていました。

様々なドラマがあったことでしょう。

今回は、戸田行きは断念。

来週は、国体前の県強化合宿、10月に入って直ぐに岐阜国体への派遣で、週末不在が続くため、正業である勤務校の2学期の土曜日課外の私の担当分を入れられる週でこの週末をはずせませんでした。国体の県代表選手も含めて、現時点の主要な選手のパフォーマンスをしっかりと見ておきたかったのですが、仕方ありません。

大会自体は4日間でも、その前の配艇練習での岐阜入り、そこからの帰山を考えると、1週間以上授業をしない計算になるので、授業の振り替えなどの準備もそろそろやらないと。

台風一過の実作は淡々と。

商業科2年は、4日空いた分、復習というよりはやり直しの「仕込み」から。連休明けの1限の開始5分で寝ている者がいて、中断。高校でも進学校などの先生の中には、「単調な講義になると生徒は寝てしまうので…」などといって、授業の構成や、話術などの問題に帰する人がいるけれど、そんなことばかりが教室のダイナミズムや変数ではないのです。授業の最後に触れておこうと思って、用意していたFB経由の本田圭佑選手の言葉を読み上げてから、授業に戻る。今日は、パート1の記号付け。四角化で視覚化ととじかっこの徹底。一つの文にとじかっこが2つ以上ある時の頭の働かせ方など。今回は、接続詞ではなく、関係代名詞の後置修飾で拡充された名詞句の把握がポイントなのですが、名詞句の把握では、簡単そうに見えるところにも落とし穴が待っています。

  • simple meanings such as animals, tools and things from nature

で、from natureは、andを越えて、animalsやtoolsを修飾できるのか、という問い。それに自信を持って答えられるように、"things from nature" の例を各自で考えてもらう。「台風」「地震」「雷」などの例が直ぐにあがった。天候や気象条件、極端な話しなら「災害」とか「天変地異」などとラベルを貼るような「もの」について述べていて、ものはものでも、「生き物」とは違うのだ、という理解が求められるところ。

明日は、「音声指導」。強勢とリズム、個々の音、チャンクのまとまりでの音の繋がり・変化・脱落という3項目立ては1学期と同じ。この指導の中で、フォニクス的な指導を少しずつ。

高1進学クラスは、土曜日課外で90分をかけて丁寧に行った、復習・定着の「手作り」ワークシートの続きが出来ていない生徒が多く、ダメ出し。まだまだです。連休で2日半という時間を与えられて出来なかったことが、授業のある平日でどの程度出来ると考えているのか?

高2の方は2コマかけて、「リーディングスキル」。

テクストタイプについておおまかに。上田明子先生の絶版本を活用。

タイプというからには分類する観点があるはずなので、そこを解説。「あくまでも目安」と念を押した上で、4タイプ。日本語との対比も交えて英語での表現形式上の特徴について考える。この時の視点も、

  • Reading like a writer

を忘れずに。

まずは、instruction。

高校生が「指示」を与えるという場面は、現実の学校生活においてどのくらいの頻度であるのだろうか?しかも「指示を書く」となると?では、家に帰ったら?街中では?

  • 「レシピ」、「薬の服用上の注意」、「家電製品のトリセツ」

などほとんどが「与えられる」側。この3つの中では、まだ「レシピ」が日常性が高いかもしれない。昨日たまたまTVで『レシピの女王』などというのを見たので、その話も振ってみたが、「レシピを書いて人に教える」機会はそれほどない。ましてや、「服用上の注意」や「トリセツ」などは。instructionそのものの「機能」「目的」に焦点を当て、「それはいったい何であるか?」ということに加えて、「何ではないのか?」「どうなるとそれではなくなるのか?」ということを意識してもらい、

命令文と、肯定的なはっきりとした意味を持つ動作動詞が中心となり、現在時制を中心に記述される。「取扱いの注意書き」や「トラブルシューティング」など、If SV, SV. などの条件文の中で出てくる、助動詞的表現以外で、助動詞が使われることは少ない。

という一般論を述べておきました。

今日の本題は、narrative。明け方から、ハンドアウトの英文パラグラフの例、解説の日本語をせっせと書き、プリントアウトして、足湯をしながら音読。通りの悪いところ、借りてきただけの賢そうな言葉づかいなどを修正したり、差し替えたりしていたので、まあまあスムーズに展開することができました。

「語り文」というと、chronological orderという要素は指導されるのでしょうが、では、どのような表現形式がその「時の流れ」を表しているのか、という部分では、「習うより慣れよ」、「読書百遍…」ということなのか、なかなか身についてはいないようです。今日、授業で一緒に考えたのは、

  • 英語の動詞には過去形がある。意外にも、「いつのことなのか?」に合わせて、その「語」自体の形が変わって合図が出来るのは、この「動詞」だけ。
  • 「えっ? だって『昨日』は、yesterday、『今日』はtoday、『明日』はtomorrowって、『いつのことなのか』に合わせて変わっているじゃない!」と思った人がいるかもしれない。でも、それは、「語」そのものを入れ替えている。それに対して、動詞はそれ自体が「形」を変えて、「時」を司ることができる。便利だよね。
  • ということで、「動詞は時制が決まればとじかっこ」というのを、来る日も来る日も来る日も来る日も、やってもらっていたわけだ。

というようなこと。今これを書いていて思い出したのですが、(?) 「まだ行われていないことには動詞の原形を使う」などというルールを作ってしまう人が稀にいるようですが、せいぜい言えるのは「原形は『時』を司ることから自由」とか「原形は『いつの話しなのか』という、動詞の肝といえる要素を手放している」というようなことではないか、と思います。

授業で解説したのは、

narrativeな文章では、段落での基準となる動詞の「時制」とその移り変わりがはっきりと示される。動詞の他には、時の前後関係のbefore / after、時の推移や動作行動の同時並行を表す目印として、later, や meanwhile, at the same timeなどの表現が効果的に使われている。その他にも、change, become, turnなど「動詞の意味そのもの」が変化を表す動詞、more, betterなどの比較級によっても「時の流れ」は示されている。比較級感覚が身についていれば、growとかimproveなどからも、「時」を感じ取れる。first, second, thirdなどの序数、twice, … timesなどの回数・繰り返し、again, anotherなどの語でも、時間の変化が表される。

ということ。ハンドアウトには、それを端的に示す、教師にとって都合のいいパラグラフ、文章のみを厳選して載せてあります。そのうちの一つだけ。

1-9. Before Ann Sullivan came to our house, one or two people had told my mother that I was an idiot. I can understand why. Here was seven-year old girl who at the age of 19 months had become deaf and blind. And because I was deaf, I could not learn to speak. The few baby words I had known were locked in my mind. Struggling in a world of silence and darkness, I acted almost like an animal.

But this was before Ann Sullivan came to stay. She was a lively young woman with patience and imagination. As she was a born teacher, she dreamed of turning a deaf-blind creature into human being.

(旧旧課程Revised MILESTONE English Readers IIB, 啓林館)

これは、倉庫にあった旧版ではなく、谷本誠剛 『物語にみる英米人のメンタリティー』(大修館書店、1997年) からの孫引き。この本は「物語」という大テーマだけでなく、パラグラフというその「要素」を考えるヒントを与えてくれる良書でもあります。

今年度使っている『リーディング』の教科書も啓林館なのですが、この旧版の英文は引き継がれていない模様。となれば、「読み」に特化した科目が消える新課程では、いったいどんな文章を読ませようというのでしょうかねえ…。

とまれ、このヘレン・ケラーとサリバン女史の話しが、次のdescriptive writingへの伏線となっていますので丁寧に。

放課後は、体育館でエルゴの指導。いかに線が細いとはいえ、出力が女子並みではスピードは出ません。低レートでも全力で漕ぐ、というのは確かに難しいのですが、最初の10本と次の10本で漕ぎが変わってしまうようでは問題外の遙かソト。自分の身体がどう動いているのか、観察して知るには、「脳」がリラックスしていないとね。

遅めの帰宅。

  • ルイス=キャロル作 多田幸蔵訳注 『ふしぎの国のアリス』 (旺文社、1966年)

をパラパラと。これは旺文社英文学習ライブラリーの一冊。多読ブームの今だからこそ、この時代の訳注教材を振り返る必要があるように思う。

基本的に見開き対照で左頁が英文、右頁が対訳。頁が変わるごとに、英文和文ともに1から順に番号が振ってある。新たな頁でまた1から順に。途中の挿絵、写真。時折挟まれる風物など文化的背景の解説や蘊蓄。巻末には、作者・作品の解説。3回分のテスト (内容理解、語彙・語義・語法、和文英訳を含む)。*による重要度表示つきのかなり細かい英語索引、和文索引。

といった様相で、今風の多読テキストとは全くの別物。和文索引があるのにはびっくり。広告頁を見る限りでは、このシリーズは、19冊出ていたらしい。頑張って集めてみようかな。このコンセプトで、英教がやっていたような、日本の高校生向けのretoldを作ればいいのに。まずは、ライターを確保したり、育てたりしないとダメだけど。

山田穂の残り2合ほどでお燗をつけて晩酌。

最大収縮の後の最大弛緩。

本日のBGM: Modern Lovers (Garland Jeffreys)

2012-09-14 明日の明日

金曜日は進学クラスのみの時間割。

ちょっと変更があって、空き時間ができたので、ライティングの添削でも、と思っていたら意外なお客様。卒業生でした。「ついでに立ち寄った」にしても、元気に顔を出してくれるのが何よりです。ついこの間も、同じクラスの3人が放課後に立ち寄ってくれました。大学生はまだ夏休みなのね。

高1は、「対面リピート」をきちんとやらせたかったので、ホワイトボードに整理することになっていた、too と also の例文を使ってwarm up。ペアで、ひとりはボードに背を向け、もうひとりは例文を音読して、リピートする。全部終わったら、選手交代。ペアが終わったら、自分の席にもどって、一番印象に残った英文を、tooで一つ、alsoで一つノートに書き出す。

これで、スラスラ書けるのは、対面リピートの際に、意味の処理がスムーズに出来ていた人。呪文を忘れないうちに、一気に言ってしまえ、という乗り切り方では、結局は保持できない。自分が保持した意味の「核」というか「種」というか、そこから自分で芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶ、そういう回路を造るのも、この「対面リピート」の効用の一つ。

前時に読んでいた『オレンジ本』のキング牧師の課を素材に、ワークシートでRead & Look upから、対面リピートへ。個人作業に戻って、Flip & Writeの導入。ここまで出来れば、あとは英語として適切な表現で書かれていて、適切に音声化されたCDなどの「音源」がついている教材があれば、教室で自学自習ができる。ペアを組めば対面リピート、自分ひとりでRead & Look upからFlip & Write。自分が一生懸命にFlip & Writeをやっている後ろで別の生徒がペアで、別な文章の対面リピートをやっている、などのノイズに負けない耳や頭、そして「心」が鍛えられるでしょう。

生徒には、

中1素材から、中2、中3、高1と語彙、英文の構造が少しずつ難しくなっていく教材で、これをやっていけばいいんですよ。ただし、「英語の音」でやらないとダメ。自分はどこで出来なくなるのか?その英文の何がそうさせるのか?出来なくなるのは、語彙か、四角化か、閉じカッコと番付表か?はたまた「発音・調音」か?「綴り字」か?そこときちんと向き合うこと。だから、『ぜったい音読』の緑本からやっているわけ。語彙は『短単』からやっているわけ。文法は『レベルアップ英文法』でやっているわけ。必ずできる足場からスタートして、そのレベルでたっぷりと。少しずつレベルを上げる。そのうちに、「これは今の自分に出来なくても気にしなくていい」ものと「これは出来ないとダメ」というものとが実感できるでしょう。

と言っています。自分の学びを全うすることが何より大事。先取りを焦る必要などさらさら無いのです。

岐阜国体で、私の不在時にスタートする「自学自習多読」に関するガイダンスをやって終了。

高2は、内田樹がもともと雑誌に書いたと思しき「『矛盾』と書けない大学生」 (『書きたい書けない「書く」の壁』 ゆまに書房、2005年) を私が音読し、「虫食い」の世界を体感してもらった。(全文は、こちらに掲載されているので是非→ http://www.gakushikai.or.jp/magazine/archives/archives_840.html)

この頃のウチダ先生の話は本当に面白かったなぁ… (少し遠い目)。

  • 英語の時間に、なぜ、またウチダ先生を?

と訝しがる人がいるかもしれませんが、高2の「リーディング」のコマで、”reading skills” を扱ったレッスンが教科書にあるからです。

巷の「速読信仰」というのか、「訳読忌避」というのか、「読んだつもり」から脱却できない「パラグラフリーディングもどき」の取り組みには自分の生徒を近づけたくないので、ハンドアウトを拵えて、概論。授業終了後、忘れないうちにとったメモから転載。

「パラグラフ・リーディング」などとよく言うけれど、段落の冒頭のトピックセンテンス(主題文)に線を引き、最後の結論文に線を引き、そこだけをつまみ食いよろしく読み進めて、概要を理解したつもりになっているだけでなく、それこそが現代社会で求められる「コミュニケーションとしてのリーディング」だという盲信で、「速読」や「多読」へと拙速に進んでしまうから、高3になって「パラグラフ・ライティング」を求められた時に、そもそも、「主題を明示する」その主題文はどのような資質を満たしていなければならないのか、主題をどう展開して繋がりと纏まりを作るのか、理由付けが本当に理由付けになっているのか、ということがさっぱりわかっておらず、頭出しのチャンクだけもっともらしい、お粗末な英語もどきの垂れ流しとなっている「作文」が余りに多いということになる。

段落の冒頭の文(と、最後の文)に線を引いて概要を把握する、という「ストラテジー」の脆弱さは、例えば、まとまった文章で、モノローグ、説明文、レク チャーのリスニングを考えてみればよく分かるだろう。第1段落の冒頭は集中しているからいいとして、その段落の最終文で、「ここからが結論文で、 restatement だな」ということがわかるのは、そこまでをちゃんと聞いていたから。なぜ「トピックセンテンスでメインアイデアが明確に示されている」ことがわかるのかといえば、そのあとの支持文で「詳述・理由付け」されているから、「ああ、なるほどそういうことなのか」と気づくことで、「主題文」の理解が一段階上がることになる。それだから、段落の最後に、結論文で主題が「言い換えられ」ていても、話・論の展開についていけるだけでなく、より深い理解を生むことになる。

これが「つまみ食い」でいいのであれば、最初から、その2文だけ、読んでいればいい、さらには「同じことが言い換えられているだけなら、冒頭の主題文だけでいい」ってことになる。複数段落で構成される文章で、新しい段落の冒頭が、そもそも新しい段落なのだとわかるのはどうして?その前までがちゃんと聞けているからでしょう。

もう自明ですね。1文、1文のつながりと纏まりをちゃんと読んでいるから、主題が仮設定でき、次を読み進めることで、その都度、全体を貫く統一した主題の修正、確定が可能となるのです。高1、高2の間は、地道に読み、書きをしているから、リーディング、ライティングを含め、4技能がそれなりに右肩上がりに伸びていくけれど、受験を意識して、高2の終わりから、高3にかけて「つまみ食い」の読解や聞き取りの演習をすればするほど、「ライティング」のクオリティは伸びて行かないように思いますよ。「要約」の指導も同じ事。「つまみ食い」の要約もどきでは、自分で本当に主題を理解していないまま、切り貼りだけでごまかす学習者を大量生産しかねない。高校を卒業した後、そういう指導をする人に遭わないことを祈ります。

授業中に生徒に力説したのは、

  • 高1の時に「学級文庫」の書棚にあった、西林克彦先生の『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』 (光文社新書、2005年) をもう一度読みなさい。今ならわかる、ということがたくさんあるはず。できれば、自分で買って、1年に一回くらい読み返すこと。

「読み」に関してはこのブログでもいろいろ書いてきました。いつまでも地を這い続け、低空飛行にも至らないbottom-bottomの処理で終わる「読み」 は、実は「訳」にも辿り着いていないので「役立たず」と忌避されるのだと思いますが、top-down処理を求める読解の活動を課し、その結果読めたかど うかを測る「テスト」 がtop-down的なものだけであることは、構成概念妥当性では頷けても、「本当にちゃんと読めましたか」というところで、「心残り」が常にあります。「速読」とか「スキャニング」などとラベルを貼ってはいるものの、実態は、top-topの上滑りな読みで、理解度は「アップアップ」という生徒も数多く見て、診てきましたから。さらには、「この英文で読んだ表現や論理展開は、いつ自分の発話や作文で使えるようになるのか」が見通せないまま学習を進めていく「だけ」では英語学習はうまく行かないのではないかと思っています。初級には初級の、上級には上級の「精読」が必要なのだと思って、"reading like a writer" さらには、"reading as a writer" を教室内活動に取り入れています。

今個人的に読んでいるのは、

  • Kimberly Hill Campbell & Kristi Latimer. 2012. Beyond Five-paragraph Essay, Stenhouse Publishers

Chapter 3 のタイトルが、”Reading like a writer” で、そこに惹かれて購入したようなものです。

冒頭から少し引きます。

We know the soothing quiet of a classroom where students are immersed in reading. We know how much we all want to believe that students are thinking and making connections as they read. But we have learned the hard way that too often we have unintentionally set students up for frustration and even encourage fake reading.

Our classroom practice has changed because we understand our job is to teach students how to respond to a text, and much of that instruction must happen during reading and not after. We cannot expect students to craft a meaningful and honest essay in response to a text if we do not help them find meaning as they read. Given the wide range of summaries and analyses available to students through online sources, such as CliffsNotes, it is easy for them to avoid actual reading. We must scaffold their reading process, helping them know what to look for, such as characters, setting, theme, and writing craft. (p. 27)

作文の先生の方が、よほど「読み」にこだわっているように感じるのは私だけでしょうか。

他には、自分の英文修業のテキストとして、

  • Mervin Block. 1990. Rewriting Network News: WordWatching Tips from 345 TV and Radio Scripts, CQ Press
  • K. Tim Wulfemeyer. 2006. Online Newswriting, Blackwell Publishing

の2冊。

前者は、著者がCBS News でニュース原稿のチェックをしていた時のメモを元に編まれたもの。語句や語法、文体などを取り上げて、記者が書いた元原稿と、著者による疑義・意見・書き直し (の指針) が示されていて興味深い。

後者は、新聞やラジオ、TVのニュース原稿ではなく、いわゆる “Web版” “online版” ではどのような構成、見せ方に配慮して、どのような表現、文体でニュース原稿を書いていくか、というテキスト。これは、Section Twoの

  • Pictures, Graphics, Audio and Video

を鍛えようと思って購入。新時代のNewswritingとは言え、既に6年前の本になっていますが、何も知らないよりはいいでしょう。

帰宅したら、

  • 『2011 夏期講習 高3・卒 英語 京大英作文』 (河合塾)
  • 『2011 夏期講習 高3・卒 英語 テーマ英作文』 (河合塾)
  • 『2011 冬季講習 高3・卒 英語 自由英作文』 (河合塾)
  • 『2011 直前講習 高3・卒 英語 自由英作文徹底指導』 (河合塾)

が届いていた。京大のは解答例のプリントつき。「和文英訳」で鍵となる語句を取り上げているのはいいのだけれど、和英辞典などの切り貼りがコピーされているのですね。いやはやなんとも。

自由英作文の方は、テキストには例題の解答例しかないので、どのように教えているのか詳細は不明。ただ、例題の解答のプロセスで「日本語」で、立論のメモを書いていくところがあるのですが、この段階で「論理の崩れ」「論理の飛躍・欠落」が見られるものが散見。残念。

明日は、1年2年ともに土曜日課外。昼からは本業で湖へ。台風接近で乗艇は出来るかどうか。

本日のBGM: day after tomorrow (山田稔明)

2012-09-11 more faith in honest doubt

2学期の実作も淡々と。

商業科2年は、教科書の後半を先にやっておこうということで、「アルファベットの歴史」から入ることにしました。

夏休み前に大名力先生に送っていただいたファイルで教材研究。

夏休みに手島良先生に送っていただいたファイルで文字の練習。

有り難うございます。

授業での導入は、Wikipediaの「変体仮名」の頁にあった「看板」で。 (http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e4/Soba_restaurant_by_nyaa_birdies_perch_in_Gunma.jpg/300px-Soba_restaurant_by_nyaa_birdies_perch_in_Gunma.jpg)

この思いつきは、夏のELECの研修の準備で「文字指導」を扱うかどうか思案していたときに読んでいた、

  • 板倉 聖宣 『変体仮名とその覚え方』 (仮説社、2008年)

から。

自宅に置いてあった、

  • ローラン・プリューゴープト 『アルファベットの事典』 (創元社、2007年)

  • 田中美輝夫 『英語アルファベット発達史―文字と音価』 (開文社、1970年)

も教室へ持参し紹介。

授業の進め方は、1学期とほぼ同じ。

日→英での「仕込み」から。(2012_C2_NW2_L9_仕込み.pdf 直)

1から14まで順番に日→英をやっていると、分かったつもりになってしまうことがあります。そこで逆順とか、ランダムに3つ連続で、とか負荷を変えて、個人→ペアで取り組みます。その合間合間で、私の範読。静聴と斉唱。全体での練習と個人作業とペアワークに取り組む中で、私が発する「モデル音声」の聴き方、聞こえ方は変わってくるでしょ?という話し。

裏面の、「連語での日→英マッチング」で、表面の「仕込み」が活かせない者もやっぱりいるのですよ。そういう生徒には机間指導の際に、「A of B でBのA」など、1年生の1学期から、しつこく繰り返してきた「四角化ドリル」を思い出させることまでやっています。

多くの生徒には、「語句を覚えてから読み取りに移る」というよりは、「読みの素材を利用して語句を覚える」といった段階の学習が足りていないように思うので、その前段階の「仕込み」に一工夫いるわけです。聡い生徒のためには、英英での語義の定義文から、当該語を答える課題も付けています。教科書本文のワークシート (2012C2_NWII_L9.pdf 直) も先に配布してあるので、先に進める人はどんどんと。

進学クラス高1は、alsoとtooの徹底。戯け者のおかげでクライマックスを迎える前に終了。

高2は、語法と語義。

朝、登校してきた生徒の後ろ姿を見て、左の後頭部の輪郭線に力がないな、と感じていたので、

  • 最近、頭をぶつけたりした?

と質問するところから。「輪郭線」ということで、名詞の、

  • outline, shape, figure

の確認。figureでは当然、キム・ヨナ選手と浅田真央選手の話です。今の若い人たちは、「コンパルソリ」を知りませんから。そこから、shapeにスポットライトを当て、“in” と “shape” とが結びつく用例を辞書で確認。

  • an angel in human shape
  • I stay in good shape by going easy on fats.
  • The affairs of that company are in very poor shape.

の3つを板書。冠詞の使い分けや名詞の単複も納得の用例。この辺りまで授業で扱って、あとは『ハンドブック』で “in” の項目での出会いを重ね、「学級文庫」の辞書群と仲良くしてもらうことに。

宿題にしてあったのは、名詞 opinionの用法・用例だったので、ホワイトボードに抜き出された「珠玉の」用例を取り上げ解説。

  • 高2の9月ということで、入学後1年半近く、私の授業を受けてきた訳だけれど、これまで問題集を使ったり模試や入試の過去問を使ったりという「問題演習」を一切やっていないんだよね。『P単』だけは、朝の小テストでやってもらっているけれど、他には「小テスト」の類も一切無し。中学校の頃と比べてみて。あまりの違いにびっくりするでしょ。でも、その頃の方が英語が出来ていたなぁ、って思う人はいないはず。なぜなら、この授業では問題演習ではなく、ずっと「英語」をやっているから。ホワイトボードに、辞書から用例を引き写すのは授業でよくやっているけれど、これはただ「横のモノ」を「タテのモノ」にしただけ。そこで終わってはダメ。大事なのは「自分のもの」にすること。だから、ホワイトボードの用例を、綺麗にノートに写してもダメですよ。それはまた「横のモノ」にしただけで、「自分のもの」にはなっていないから。

そろそろ、「目の前にある適切に用いられた英語の用例を生き直す」ということの意味が分かってきたのではないかと思います。

シャガールの課の復習では、教科書で出てきた、

  • He feared for his safety and moved to the United States in 1941.

という英文からfear for のfor を取り上げました。というのも、句動詞や成句でのforの多くは、「目的・用途・追求」、あるいは「等価交換・原因・理由」で用いられることが多いのですが、このfear for の場合はこのどちらとも相容れないような意味を表しているからです。

現在改訂作業進行中の『ハンドブック (5訂版)』の基礎資料から英文のみ抜粋。

  • What are you looking for?
  • That’s what I am here for.
  • We don’t think the prime minister’s visit to the country will make for peace.
  • Thank you very much for your kindness.
  • A number of my friends feel that they are not properly paid for the work they do.
  • I’ll answer for my mistakes.
  • He bought me a dinner to make up for being late the day before.
  • My parents cried for joy when they heard I passed.
  • John has a reputation for picking fights when he’s drunk.

これに対して、fear forは、というと、

Cambridge International Dictionary of Phrasal Verbs (初版、1997年) では、

  • to be worried about something, or to be worried that someone is in danger

と定義をして、次の用例を示しています。

  • John had not been seen for over 24 hours, and she feared for his safety.

そして、この用例にさらにパラフレーズとして、

  • (= She was afraid that he might not be safe.)

という補足をしてくれています。親切ですね。

このような forは、

  • Parents are afraid for (the safety of ) their daughters. 両親は娘 (の安否) を気づかっている。 (G大)

で用いられている、for などと同じと考えて良いのだろうか、という疑問が、これを取り上げた出発点。

COBUILDでは、afraidのこの「安否を気づかう」用法を次のように定義しています。

  • If you are afraid for someone else, you are worried that something horrible is going to happen to them.

そこで示されている用例は、

  • She’s afraid for her family in Somalia.

です。

NTC’s Dictionary of Phrasal Verbs and Other Idiomatic Verbal Phrases (NTC, 1993年)

では、fear for に対して、次のようにbe afraid forを用いて定義をしていて興味深いですね。

fear for someone or something

to be afraid for the safety of someone or something; to worry about someone or something. □ I fear for Tom. He has gone to a very dangerous place. □ I don’t want to go there. I fear for my car.

他にも、allow for … = take … into considerationなどの用法などとも比較検討して、もう少し、実例の検証を重ねて整理しておきたいと思います。

前時に扱った、memory の復習と定着も兼ねて、

Foundation for the Memory of the Shoah

のサイトから、オランド大統領のスピーチの英訳 (http://www.fondationshoah.org/FMS/IMG/pdf/President_Hollande_Speech_-_22_07_2012.pdf) の抜粋。

さらには、Foundation Brochure (http://www.fondationshoah.org/FMS/IMG/pdf/Brochure_FMS_-_engl.pdf) を印刷して、情報をコンパクトに集約しつつメッセージ性の高い文体のサンプルとして提示。

私はフランス語が全く出来ないので、固有名詞の「音」がまるで頭に残らないので、困りました。

クロード・ランズマン監督の映画、『ショア』 (1985年) は英語版もあるようなので、一度観てみたいものです。

夕飯は、蓮根の挟み揚げ、厚揚げとゴーヤと茄子の麻婆風肉豆腐 (?)。

本日のBGM: 反骨の人 (寺尾紗穂)

2012-09-10 繋がりと纏まり

新学期の自分の実作を少しだけ。

高1は、イカソーメンの導入。

この活動をジャパンライムから出ているDVD (有嶋宏一先生の指導) で見た方も多いと思うのですが、見た目の面白さとも言える、

  • 「担当者会議」を経ての各チームでの整序完成後の立ち位置の違いによる驚きや不安感

は、現任校の進学クラスは、超少人数クラスであるため全く機能しません。その分、文と文の繋がりと全体での纏まり、というディスコースを織りなす醍醐味、にこそスポットライトが当てられる、と言えるかも知れません。

アレンジとしては、最初と最後の英文は既に示しています。

途中を「ディクテーション」 (ペンを置いて聴き、聴き終わってからペンを取り書き取る方法) で断片でもいいので足跡を残しておき、その後、stripを配布して、「イカソーメン」へ。

でも、「種明かし」が終わってからの活動がいちばん大事。ここで何をどのようにやるかで、大きな差がついていくように感じています。最近は、モデル音声を再確認した後、担当者が順番に自分の英文を (stripを見ないで) 音読して、それを他のメンバーが聴き、最初にディクテーションで残した足跡を揃えたり整えたり踏み直したり、ということをやらせています。当然、不正確な音読にはダメだし。混沌や大いなる空白から抜け出して、手元・足下で確かめられた英文を各自で音読、Read & Look up。とくれば、最後は、Flip & Writeですね。極端な話し、中1素材から、高3素材まで、順番にこれをやっていれば最低限の英語力はつくと思っています。教師が、素材文を準備する手間暇はかかるんですけれどね。

高3は1学期に通過した「診断テスト」100題の振り返り。ノート1頁に1題を整理しておき、その後の英語学習での「気づき」をそれぞれの頁、項目に積み重ねていくことが求められています。現在公開しているのは2010年版ですが、今年度の取り組みを経て、目下改訂中ですので、来年度版は少し変わると思います。大事なことは、Here & Nowでの柔軟性でしょうかね。不易ということを考えれば、英文法や語法の基礎基本は、

  • 綿貫陽 『精選英文法・語法 基本問題演習 シリウスジュニア』 (旺文社、1997年)

で、実態の解明はほとんど終わっているはずなのです。確かに、15年ほど改訂されていませんから、最新の出題傾向とはピッタリ重ならないでしょうけれど、15年で劇的に英語の「根幹」が変わるものでもないでしょう。最近の旺文社って、どうして、こういう良いものを改訂して受け継いでいこうっていう発想をしないんですかね?

最終的には演習をして4択で分かったつもりになるのではなくて、L板で英文の書き出しを見た段階で、閉じカッコを付けるべき動詞・助動詞が見え、実際に閉じカッコを見た段階で、文の終わらせ方が見える、という文法力を身につけることです。

2コマ目の今日は、descriptiveな文章の書き方。Cubingの確認。グラフを処理する「頭の働かせ方」と、数量、増減、比較、比例を表す個々の表現。GTEC Writing Trainingでは少々手薄だったところを補足していきます。乱暴な言い方ですが、グラフや表を元に、英文が書ければ、英文を読んでグラフがかけるでしょ、ということです。グラフ化そのものの巧拙を問うのはまた改めて。

高2は、シャガールの課ともお別れ。ベラにもお別れ、で「追悼記事」完成。もっときちんとしたものは来年度書きますから、種まきをせっせと。

語法のシャトルランでは、太田先生の受け売りでmarryの語法を整理。続いて、escapeとescape from での「目的語」にあたるものには、それぞれどのような共通点があるのか、ホワイトボード一面に例文を並べ比較検討というような作業です。

生徒はさらりと通過してしまいがちな、memoryの周辺はしつこく。

シャトルランで用例を集め、取捨選択を経てホワイトボードに例文を精選した後で、

  • in memory of
  • to the memory of
  • for the memory of

をCOCAやCOHA、Google BooksでのN-gram viewerで縦軸の目盛りを変えつつ提示。

その気づき、理解を前提として、

  • (something/someone is) in the memory of (someone)

の用例を確認。

memoryという名詞と関連する動詞表現 rememberさらにはcommemorateあたりまで、匂いが届いているか、今後の精進に期待します。

『前置詞のハンドブック』の参照箇所もしつこく。

come to mindのto。on fireのon。break outのout。take overのover。良い出会いを重ねて下さい。

imageとimageryの整理で、jewelとjewelryまではやっていたんだけれど、sceneとsceneryやmachineとmachineryなどをいつ押さえておくか。本業の岐阜国体で長期離脱の前にシャトルラン大会かね。

本業はオフの日だが、少々遅めの帰宅。

夕飯は私のリクエストで麻婆豆腐。玉川の生もとといただく。

寝る前に少し読書。

  • Ludwig Wittgenstein. 1983. Letters to C. K. Ogden, RKP/Blackwell

1973年に出たもののペーパーバック版。思想に触れると言うよりは、『書簡集』のようなものを少し重点的に読んでおこうと思って。床の上だけじゃなく、机の周りも片づく暇がないね、これでは。

本日のBGM: RGB (GOMES THE HITMAN)

2012-09-08 ♪いつまでも途中のままで♪

金曜日で体育祭も終わり、土曜日は本業。

電車に乗り遅れた戯け者は置き去りにして、湖まで移動。シングルスカルの乗艇を指導。

途中、国体の成年チームの選手にアドバイスを与え、午前中で揚艇、撤収。

いつもの「ネギラーメン」を食べ、床屋に寄って帰宅。

溜まった疲れがネギの硫化アリルで浮き出てきたのか、床屋では爆睡してしまった。御免なさい。

帰宅後は、職場や自宅に届いた書籍や雑誌の整理。

夏の研修会やワークショップで資料作成に使った書籍も、まだ床に平積みなので、大変。

  • Evelyn Waugh. 2003. Waugh Abroad: Collected travel writing, Everyman’s Library

ウォーの紀行文を編んだもの。イントロを除いても1000頁を越える分厚い一冊。佐伯泰英のエッセイと共に、少しずつ読もうと思います。愉しみ。

  • 西山千『英語のでこぼこ道 私のアドバイス』 (サイマル出版会、1977年)

浦島先生のブログで見かけて、買い直しの読み直し。これも、「今ならわかる」本の一つだと実感。

  • 中森誉之 『学びのための英語学習理論 つまづきの克服と指導への提案』 (ひつじ書房、2009年)

これは、中高現場の指導者というよりは、『トンデモ本』を書いているような人たちに読んで欲しいものだと思いました。

このところ受験対策の学参・問題集、予備校のテキストを取り上げ、その「英語そのものの不備」や「解説の問題点」を指摘してきました。カスタマーレビューにもボチボチ書いています。中でも、「自由英作文」といわれることの多い大学入試問題に対する解答例の英文の「論理性」にスポットライトを当ててきたのですが、相変わらず理解されていないことも多いようです。

例えば、

  • 瓜生 豊、早崎 由洋 『頻出英作文完全対策 (大学受験スーパーゼミ) 』 (桐原書店、2007年)

を4年以上前に過去ログでも取り上げ (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20071226)、その後、アマゾンのカスタマーレビューでも問題点を指摘していました。私の中では既に決着はついていたのですが、最近、その私のレビューと、私のレビューが納得できない方のレビューを照らし合わせて読んだ方のコメント (今年の6月になされたもののようです) を目にする機会があり、やはり本質が理解されていないと思い、ここに、私のカスタマーレビューを再録することにした次第です。

「自由英作文」の部分は要らなかったのでは?

通読して、前半の短文での和文英訳編は良くできていると思われる。ただ、前半で確認してきた、語彙・構文・表現を、後半の自由英作文で活かそうというような下心が裏目に出たのではないか?

解答として与えられている英文をみて首を傾げた。高校でも「英作文」を扱う際には、主張・意見表明の裏付けとなる理由付けのところには極力、自らの新たな意見を書かないよう指導するものなのではないだろうか?

ここで著者が力説する「自由英作文の本質」が、次に示す解答例の英文のどこに現れているか、よく眺めて欲しい。

I agree that it is not necessary to teach English in elementary school. This is because I do not think that it is necessary for Japanese students to learn English. Most people living in Japan will never need to use English in their daily lives, so it is much more important to focus on essential subjects like Japanese and math. (以下略、p. 204より抜粋)

この第2文が出てきた時点で英文として "?" だろう。「なぜなら私はそうは思わないから」という理由付けが説得力を持つのはどういう状況だろう?さらにこのあと、ダラダラと主題に絡まない英文の羅列である。

<主題の表明(=賛否の明示による「自分の意見」の表明)+「自分の意見」ではなく事実・データ・専門家のお墨付きなどでの支持・論証+表現の言い換えによる 「自分の意見」の再主張・再強調>というpersuasive writing/ argumentationの型にも収まっていない。入試問題に明るい方にはおわかりのように、これは今春の神戸大の出題に対する解答例である。確かに一つ一つの英文には文法的な誤り、語法上の誤りはない。しかしながら、これは英語の意見文にもなりきれていないだけでなく、課題として与えられた筆者の意見 (「国際人になるためには、外国語よりもまずは母語での論理性をしっかりと身につけることであるから、小学校での英語教育には反対」というもの)に対する賛否の表明にもなりきれていない。ここで要求されているのは「あなたは小学校からの英語教育に賛成ですか、反対ですか」ということではなく、筆者の意見への賛否なのである。この本の著者はどこを取り上げて「全く心配ない」と喝破しているのだろう?英文の校閲にネイティブスピーカが携わっているようなのだ が、この英文をどのように評価しているのかをじっくりと聞いてみたい。この本の著者が言うように、「和文英訳ができる生徒が自由英作文も書きこなし」ている実例が、ここにあげられた解答例だというのであれば、監修・校閲も含めた著者チームは、その自由英作文で解答として求めている英文をその程度のものだとしか認識していないということである。

私は、「カスタマーレビュー」は、パブリックな場でのプライベートなレビューということで、自分が買った商品の評価を書くことに徹しているので、他のレビューへの反論や、コメントへの返信はしないことにしています。その分、「自分の庭」である、こちらのブログで、補足をば。

私のレビューに憤るカスタマーの方に「横やり」と称して、コメントを入れている方の言っていることを良く読むと、

  • 私 (= tmrowing) の指摘する解答例の不備は、「設問要求を無視している事に対して」であり、解答例を英文として読んだ場合には「筋道の通った正しい英文」であって、それは私も一定程度認めている。

ということらしいのです。申し訳ありません。その前半の理解は正しく、後半の理解は正しくありません。

この解答例の英文は「設問要求を無視している」のももちろんなのですが、「英語の論理として筋道が通っていない」からこそ、わざわざレビューを書き、警鐘を鳴らしているのです。

冷静に、主題と題述、主張と支持、意見と理由が、きちんと書かれているかを読んで下さい。この本の解答例では、

  • 第1文での賛否の表明→小学校で英語を教える必要はないことに賛成である。
  • 第2文での理由付け→私は、日本の学生は英語を学ぶ必要がないと思っているから。

となっていて、第2文で「意見に対する理由付けが来るべき所に、自分のさらなる意見を書いているところが大問題だ」と言っているわけです。

「ロジック」というものを何か大仰なものと思っているのか、ときどき、

  • 恐ろしいほどの論理性など、入試の自由英作文では求められていない。
  • 教師が「それでは理由になっていない」と、異常なまでに厳格な理由付けを求めると、受験生は病気になってしまう。

などという批判も見受けられますが、「理由マニア」とか「ロジック神経症」とか揶揄するような低次元での揚げ足取りではなく、この本の解答例でのミスは論理性が高いか低いかを云々する前の、論理の入り口付近での致命的な躓きだという認識を持つところから、自由英作文の指導をやり直して欲しいと思います。

どうしてもこの内容・意見で押したいのであれば、「そもそも、私は日本の学生が英語を学ぶ必要はないと思っているので、当然、小学生から英語学習を始める必要は全くないと考える。」というトピックセンテンスを設定し、次の文で、「なぜ、不必要と言えるのか、その根拠となる、事実・統計や研究成果のデータ・専門家のお墨付き・万人が納得する普遍性を備えた、あるいは一般化が可能な個人の体験談」で支持するのがライティングの手順だろうと思います。

もっとも、そのような論を立ててしまえば、「設問には全く答えていない」ことになるのですけれど。

この本で取り上げられる解答例の英語には他にも不備が見られますが、それに関しては、過去ログ、

の一例をお読み下さい。私の言っていることが少しは分かって頂けると思います。

形式だけ、パラグラフ・ライティングを整えているように見えて、文と文の繋がりでは全く理由付けになっていない「英語もどき」を垂れ流すのは止めさせましょう。おしめやおむつが必要な段階では、2文、3文を適切に繋ぐ、もっと基礎的なトレーニングが必要と言うことです。

そして、高校入試のモノローグのリスニング問題レベルや、高校1年の教科書レベルの語彙・表現という「ヨコ糸」を用いても、英語としての論理の「タテ糸」をきちんと紡げば、内容の豊かな英文となるのですよ、ということを示すのが語学教師、とりわけ高校段階で指導に関わる英語教師の役割だと考えます。

学習者として、もし英作文やライティングの力に繋がるような『英語本』を読むのであれば、まずは、

  • 田地野彰 『意味順英作文のすすめ』 (岩波ジュニア新書)

で、文を作る際の「語」の並べ方を押さえ、英語が出てくる回路をつくっておき、

  • 阿部一・浦島久 『コーパス口頭英作文』 (DHC)

で中学レベルの文法項目に限って、単文、一文レベルでの反応速度を上げ、

  • 金子稔 『英作文の解法』 (洛陽社)

で、高校レベルの文法・語法を確かなものにすることですね。

必殺技や近道があると思わないことが大切です。

指導者であれば、

  • 不二鷹司 『じゃぱにいず・イングリッシュ 日本人のための英作文ガイド』 (牧歌舎)

は、一度目を通しておいても良いと思います。「日本語を母語とする者が、英語で語る際の頭の働かせ方」をOSと捉えた意欲作です。

以下は、絶版ですので、まずは、地元の公立図書館、または大学図書館へ。入手したい方は、懐の暖かい時期に機会に恵まれましたら。最後の村上氏のものは、古書でも入手が難しいと思いますが、大きな図書館であれば所蔵しているかもしれません。私もコピーしか持っておりません。

  • 大井恭子 『英語モードでライティング』 (講談社インターナショナル)
  • パトリック・フォス、酒巻バレット有里 『英会話ほんとは論理力』 (講談社インターナショナル)
  • 上田明子 『英語の発想 明快な英文を書く』 (岩波同時代ライブラリー)
  • 村上英二 『英語の文章の仕組み―しっかりした英語を書くために』 (鷹書房弓プレス)

本日のBGM: Decorate (トクマルシューゴ)

※2012年10月26日 追記:

ネットのA書店で新品の『英語の文章の仕組み』を入手することができました。

※2013年6月5日 追記:

『大矢本』の英語に関する精緻な考察は、『英語教育再生プロジェクト』のこちらの記事が参考になろうかと思います。

http://eigokyoikusaisei.seesaa.net/article/355912599.html

2012-09-05 第5回山口県英語教育フォーラム講演概要発表!

11月3日 (土) に開催される「第5回山口県英語教育フォーラム」の講師略歴と講演概要をお知らせします。

問い合わせ先、正式な申し込みなどの要項の発表は今しばらくお待ち下さい。

第5回山口県英語教育フォーラム

主催: 長州英語指導研究会

協賛: 学校法人鴻城義塾・山口県鴻城高等学校、株式会社ベネッセコーポレーション

日時: 2012年11月3日 (土・祝) 10:00 (受付9:30より) 〜18:00 (予定)

会場: 山口県労福協会館・大会議室 (〒753-0078 山口市緑町3-29)

※アクセスマップのpdfはこちら (http://www.welfareyg.jp/map.pdf)

テーマ: 「英語教育改革」、その前に…。

以下、講演順。

長沼 君主(ながぬま なおゆき) 先生

東京外国語大学大学院博士後期課程修了。博士(学術)。清泉女子大学英語英文学科専任講師を経て、2008年から東京外国語大学世界言語社会教育センター専任講師。福岡県立香住丘高等学校を始めとする多くのSELHi校にたずさわり、現在、同校SSH(Super Science High School)運営指導委員。2011年6月に文科省より出された『国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策』を受けて今年度立ちあがった『外国語教育における「CAN−DOリスト」の形での学習到達目標設定に関する検討会議』委員を務める。主要著書に『日本と諸外国の言語教育におけるCan-Do評価:ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)の適用』(朝日出版社)、『動機づけ研究の最前線』(北大路書房)、『L&Rデュアル英語トレーニング』(コスモピア)などがある。

講演概要: 「『Can-Doリストの使用』、その前に・・・。」

昨年度に出された『国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策』を受けて、各都道府県の教育委員会を中心とした拠点校が形成され、各学校で学習到達目標を「Can-Doリスト」の形で具体的に設定する試みが全国的に始まりました。ただし、Can-Doリストは使い方によっては薬とも毒ともなりえます。Can-DoリストがいつのまにかCannot-Doリストにならないために、または、Will-doリストで終わらないために、一歩立ち止まって、Can-Doリスト利用の意義についてフロアとともに考えられたらと思います。「できる感」を与えることで学習者を動機づけ、自律的学習者への育んでいく道具として、また、教員自身が、成長する教師として、教師自律性を高めていくために、Can-Doリストの持つ可能性を探っていきます。さらには、教師英語Can-Doについても触れ、教室での生徒とのやり取りの中でいかに英語を用いて、生徒の「できる感」を引き出していくかも考えていきたいと思います。

山岡憲史 (やまおかけんじ) 先生

神戸市外国語大学英米学科卒業。28年間滋賀県の高等学校の教員として教鞭を執る。2002年度〜2004年度文部科学省スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール (SELHi) 第一期指定校・滋賀県立米原高等学校研究主任。2005年3月「『英語が使える日本人』の育成のためのフォーラム2005」における模擬授業者。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会外国語部会委員 (2004年〜2009)。2005年7月「第54回読売教育賞」外国語教育部門最優秀賞受賞。2006年4月から立命館大学に教育開発推進機構教授。主な著書:『ジーニアス英和辞典 第2版』 (分担執筆 大修館書店)、『ニューセンチュリー和英辞典 初版・第2版』 (分担執筆 三省堂)、文部省検定教科書『Departure英語表現 I』 (分担執筆 大修館書店)、『オーラル・コミュニケーション ハンドブック』 (分担執筆 大修館書店)

講演概要: 「『英語の授業は英語で』、その前に・・・。」

来年度から実施される高等学校の新学習指導要領において、「英語の授業は英語で行うことを基本とする」ことが求められます。しかし、現場では、英語だけの授業で果たして生徒に理解を促すことが可能なのか、進学指導や学力差に対応することができるのかなどの点で、英語で授業をすることの効果を疑問視する声があります。また、教師自身の運用能力自体にも不安を持つ先生たちも多くおられることでしょう。講演者は、決して達意の英語を話す教師ではありませんが、SELHiの研究指定において「英語の授業は英語で行う」ことを実践し、その成果と問題点を見いだしてきました。本講演では、英語の授業を英語で行うことの目的は何なのか、このことが生徒の英語力伸長につながるのか、また、どのような場面で英語使用が効果的なのかなどについて、お話をしたいと思います。さらに、教師の使用する英語はどのようにあるべきかについても触れることができればと思っています。

奥住 桂(おくずみ けい) 先生

獨協大学外国語学部英語学科卒業後、埼玉県の公立中学校に勤務。2012年3月、埼玉大学大学院教育学研究科修了。授業で使用したハンドアウトや活動のアイディアなどをブログ「英語教育2.0」(http://d.hatena.ne.jp/anfieldroad) にて紹介中。こだわりは「一斉授業で習熟度別学習・少人数指導」、「中学生からのライティング指導」など。編著に『成長する英語教師をめざして』(ひつじ書房)、一部執筆著書に『英語授業ハンドブック(中学校編)』(大修館)など。

講演概要: 「『自己表現』、その前に…。」

中学校の英語の授業で生徒に何かを話させる、言わせるとなると、「自分に関する事実」や「自分の考えや気持ち」をリアルに表現する「自己表現」と呼ばれるタスクが人気です。一般に、自分自身に関わることなので、生徒が「表現したい」という気持ちを高められると考えられているようです。学習指導要領でも「書くこと」の指導内容の例として「自分の考えや気持ちなどを書くこと」が挙げられていますので、中学校3年間で生徒が目指すべき「目標」の1つなのだとは思いますが、その力を身につけるための「手段」としても果たして有益と言えるのでしょうか? 今回は「自己表現」タスクの可能性と限界を見つめながら、中学校の英語の授業において「自己表現」させる前に取り組んでおくべきことについて考えてみたいと思います。

事務局を担当する私も、今から待ち遠しいです。

「Can-doっていろいろなところで耳にするけど、よく分からないんですよね」という素朴な疑問を持たれている方は勿論、「Can-do statementsが文科省から強要されてしまえば、自治体の学校評価教師評価に繋がる」、という批判、「学校ごとにバラバラなlistの作成で果たして『到達目標』として機能するのか」という批判など、流れに棹さすことを良しとしない方たちも参加していただけると、議論が深まるかなぁ、と思っています。

「教育困難校では、『授業は英語』で、では生徒を置き去りにすることに繋がる」、「扱う英語表現で内容の深みを求めれば、日本語を積極的に使うことはむしろ当然」という方だけでなく、「英語の授業は英語で」という当たり前のことで何を騒いでいるのだ、という強者も、「やっと自分のやりたいall in Englishの授業が出来る新課程を楽しみにしていたのに、なぜ『待った』をかけるようなことを?」というAAO派の方も是非、足を運んで下さい。

「インプット、インテイク、アウトプットという流れを確かなものにするには、『自己表現』が一番!」、「自己表現をさせずに、何を表現させるのか?」という方も、「クラスで30人、40人といる中で、生徒それぞれに自由な発話や作文をさせる、事前、事後の指導やフィードバックに自信がない」という方も、「高校段階だと、語彙も構文も論理も成熟してきた高3の最後で、受験演習という名の過去問指導になってしまって、より高いレベルの『自己表現』をさせるチャンスがないまま卒業させてしまっているなぁ…」という方も、積極的に質疑応答で意見を交わして欲しいと思っています。

まずは、11月3日のスケジュールを空けることから。

皆さん、奮ってご参加下さい。

さて、

夏のELEC研修会で、参加者にお貸しした書籍が返却され始めました。

せっかく、良いものが世に出たというのに、評価されることなく、絶版になってしまっている、ということが残念なのは勿論ですが、そういうものにきちんと目を通すことなく、さも、「自分がその道の開拓者」であるかのように雨後の筍宜しく量産するような教材作成者に対して「?」と思わざるを得ません。まして、その教材で示される英語がお粗末なものであるなら、尚更です。

ELECの研修会では例文集の扱いにも触れました。戦前戦後も含め、海外渡航が難しく、英語を掌に修めるほどに英語運用力に長けた著者が限られた時代の、職人芸のような「精選された例文」と、オンラインコーパスも含め、英語の実態がかなり明らかになっている「現代」に相応しい「基本例文」は、質的に異なるだろうという主張でした。その一方で、第二言語、外国語として日本語を学ぶ人たちが「基本例文」として扱っている「日本語の例文」は、日本で英語を学んでいる、英語を教えている者にとって、英語で何を表現するのか、英語で表現する時、どこからどこへと向かうのか、その視座を確かめるヒントを提供してくれるのでは?という問いかけもしています。

研修会では、「ナラティブの復権」「生徒にナラティブ耐性を」「教師がまず、良質のナラティブを自分のものにすることから」と、多様なナラティブの実例をお示ししました。とりわけ高校段階では、「読み」がデフォルトで設定されている教材が多く、そのテクストタイプも、説明文・論説文に偏りがちです。物語文というと「読むこと」に対して、苦手意識のある生徒用に語彙や構文を制限して書かれているので、クオリティが低く、読み応えがない、などと高校の先生方には思われているのではないか、という危惧があります。今回、しつこく「ナラティブ」素材を提供した背景には、この部分を揺すぶっておかないと、いつまで経っても「書くこと」とのギャップが埋まらないという、私自身の四半世紀に及ぶライティング実践で感じたジレンマを解消したいという想いがありました。

首都圏や近畿圏など大都市圏では、中学受験が現実の選択肢としてあります。私自身は東京で21年間教師生活を送る中で、6年間、私立校で教壇に立ち、自分の肌で感じたものを基準に、「お受験文化」「お受験マインド」などと時に揶揄することがありますが、中学受験では、塾の存在を抜きには語れない「学習」が求められています。英語の試験が課されることはありませんが、現代社会を生きる上での様々な知識が中学受験で問われています。時事問題など、理解し、記憶し、さらにはそれについて対比したり分析したりして「考え」「意見を述べる」、ということまで求められたりもします。ですから、「聡い子」たちは、いろんなことを「知っている」のです。

例えば、

  • 現代用語検定協会 『現代用語の基礎知識 学習版 2012→2013』 (自由国民社、2012年)

などを本当に覚えている小学生が受験をクリアーして中学に入学してくるとすれば、「内容スキーマ」や「母語でのテーマ語彙」は既に持っている訳ですから、中高で出会う「英語の」説明文や論説文の多くも、英語の語彙を覚えることでかなり容易に対応できます。私は、現任校では、この本を学級文庫に入れ、高校1年生、2年生に読ませています。全員に買わせることもあります。「難しそうな」用語には全てルビが振ってありますので、1ヵ月もあればかなり頭に入るだろうと思うのですが、それがなかなか…、というのが私のところだけではなく、多くの高校生の現状だと思うのです。池上彰さんが、TVで芸能人にニュースの解説をしているところを想像して見て下さい。英語の長文読解の前に、池上さんに来てもらえるような恵まれた高校はそんなにないでしょう。日本語で「知らないこと」をさらに、英語で読みながら、知識も英語も仕込み、「話形」を育てていくのは骨が折れますが、その「骨折り」作業が高校の英語教室の多くの実態でしょう。

内容が頭に入らない、残らない、記憶できない、という時、その原因の一端は、「話しが見えない」ことにあります。事実を説き起こす説明文であれ、主張が声高になされる論説文であれ、「読み手」は、自分の中に「物語」を作って、「物語に変換して」、自分の理解したことを記憶しているのです。書き言葉を手に入れる遙か以前から、人類は何故に、忘れてはいけないことを「歌」や「物語」に託して後世に伝えてきたのか、その伝統を今一度思い返すことが大切だと思います。

初めて足を踏み入れる森では、もどかしい、まどろっこしい、緩慢な歩みはむしろ「恵み」となるはずなのですから。

本日のBGM: I like (The Divine Comedy)

D

2012-09-02 And I only write them down just in case ....

今週末は、思い切って本業もオフにして、妻の服を買いに街まで。

夏休み前に、SPICEでインディゴのリネンのパンツをプレゼントしてはいたのですが、考えてみると、山口に来てからは、妻の行きつけのお店もなく、おしゃれとは距離ができていましたから、何か気に入った物が見つかるかなと。最後は、Scotland martに寄ってご挨拶のついでに、カットソーとベルトを購入。帰ろうかな、と思ったところで、なんということでしょう。Or Slowのいい感じのチノで1本だけ残っていたものがサイズが合ってしまったのでお買いあげ。まあ、少しは喜んでもらえれば。

久々の自分の時間でiTunesの楽曲ファイル管理。

Aから始めて、Bに来たところで今はなきThe Beautiful South大会になってしまって、結局、動画まで検索して、何をしたかったんだか。YouTubeでインストアライブのような演奏を発見。サビメロでギターが刻むリズムに驚いた。よく歌えるものだなあ。この人たちにこういう毒の (目立た) ない美しい曲があったんだよね。クアトロのライブが懐かしいなぁ…。

日曜日は読書。

  • 中村保男 『翻訳の秘訣 理論と実践』 (新潮選書、1982年)

は学生の時以来の再読。『学習英文法を見直したい』で、福地先生が薦めていたので。今なら分かる、ということは、あのとき読んでいて「分かったつもり」で通過したことがいかに多いか。

  • 谷本誠剛 『町の文章教室---文章の書き方入門---』 (北星堂書店、1996年)

著者は英文学者、児童文学者で、「物語論」の流れで、この著者の『物語にみる英米人のメンタリティ』 (大修館書店、1997年) に辿り着いたのがきっかけ。こちらは、第二部の「日英語比較英文構成論」(pp. 90-161) で、「パラグラフ」の作り方、とりわけnarrativeな文章の繋がりと纏まりも丁寧に説かれていて、そこだけでも十分英語のライティングに資する内容となっている。『町の…』の方は、完全に日本語の書き方指南だが、得るところは多々あった。

読書の秋へと続いていくだろうな、というものは、こちら。

  • 由良君美 『みみずく偏書記』 (ちくま文庫、2012年)
  • 由良君美 『椿説泰西浪漫派文学談義』 (平凡社、2012年)

そして、江戸前握り鮨で、雲丹を最後まで食べないように、未だ読まずにとってある、

  • 佐伯泰英 『惜櫟荘だより』 (岩波書店、2012年)

読まずにとってある、といいつつも、冒頭だけは店頭で手に取った時に既に読んでいます。

  • 熱海に仕事場をもとうと考えたのは生来のへそ曲がりのせいだ。 (p. 1、「文豪お手植えの…」)

で、始まる佐伯氏初のエッセイ集。期待は募って当然でしょう。

どこまで進むでしょうか…。

さて、

依頼の前に打診されていた、「ライティング」関係の講演で、責任者の方からの誠意ある回答を読み快諾。あらためてメールでの丁寧な依頼をいただく。A先生が尊敬するというのも大いに頷ける。

ただ、持ち時間は90分ということなので、何を見せるか、ちょっと考えないと。

授業のやり方を知るには生の授業を見るのが一番、と簡単にはいかないもの。現任校の土曜日課外の授業は、中学生、受験生とその保護者には公開しているけれど、学校として教科として授業見学をいつでも受けている訳ではないので、私の知っている人で、さらに何回かメールなどでやりとりをした後で、参加してもらっている。土曜日課外の講座は比較的フレキシブルだけれど、それでも過去、久保野雅史先生が来山した折りに、一緒にO先生が来た時と、地元の中学のS先生が来た時、最近では県立高校のS先生とW先生が来たくらいのもの。進学クラスは余りに少人数なので、明日の授業にすぐ使える指導技術というのはあまりないでしょうから、何を見るか、というのをある程度想定していないと、「はるばる何しに来たんだろう?」ということになりかねません。

それよりは、山口県英語教育フォーラムなどに足を運んでもらい、講師と情報交換するだけでなく、授業論や教材論も含めて私とも腹を割って話しをして、その後も定期的にやりとりを重ねて、という方が実りは多いように思います。ということで、告知。

第5回 山口県英語教育フォーラムのお知らせ

日程・会場と講師の皆さんをご確認の上、スケジュールを空けておいて下さい!

フォーラムの講演内容などの詳細は今月初旬に発表予定の「要項」をお待ち下さい。

第5回山口県英語教育フォーラム

主催: 長州英語指導研究会

協賛: 学校法人鴻城義塾・山口県鴻城高等学校、株式会社ベネッセコーポレーション

日時: 2012年11月3日 (土・祝) 10:00 (受付9:30より) 〜18:00 (予定)

会場: 山口県労福協会館・大会議室 (〒753-0078 山口市緑町3-29)

※アクセスマップのpdfはこちら (http://www.welfareyg.jp/map.pdf)

テーマ: 「英語教育改革」その前に…。

講師:

長沼 君主 (ながぬま なおゆき) 先生 (東京外国語大学)

山岡 憲史 (やまおか けんじ) 先生 (立命館大学)

奥住 桂 (おくずみ けい) 先生 (埼玉県宮代町立前原中学校)

参加費・資料代は無料です

お問い合わせ: 長州英語指導研究会事務局長・松井

tmrowingアットマークnifty.com

上記アドレスの「アットマーク」を記号に変換の上送信願います。

簡単にこれまでの4回の講師の方たちを振り返っておきましょう。

昨日のことのように思い出される方、フォーラムで蒔かれた種が着実に実を結んでいる方、その時はあんなに熱くなったのに、その後現場の磁場になかなか身動きが取れなくなっている方、など様々でしょう。

第1回 (2008年)

講師: 松井孝志、阿野幸一、久保野雅史、田尻悟郎

第2回 (2009年)

講師: 永末温子、久保野りえ、今井康人

第3回 (2010年)

講師: 柳瀬和明、大津由紀雄、加藤京子

第4回 (2011年)

講師: 佐藤綾子、組田幸一郎、萩原一郎

毎年、地元山口県の参加者が7割〜8割、県外から来られる方が2割〜3割いらっしゃいます。

参加費は無料。資料代も一切いただきません。当日は、講師の方を囲んだ懇親会 (こちらは参加費有り) も予定しています。

是非ともスケジュールを空けて、会場までのアクセスなどを確認しておいて下さい。

高野寛さんの呟きで、Hal Davidの訃報を知る。合掌。

追悼記事のコレクションがまた一つ増えた。


本日のBGM: Prettiest Eyes (The Beautiful South)

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