英語教育の明日はどっちだ! TMRowing at best Twitter

2013-01-31 ”I string the words together softly”

淡々と実作で1月も終わり。

商業科2年は、授業の基本展開とそれぞれの狙い、効果を「講釈」。頭の働かせ方と耳口のトレーニングは両方やらないとダメ。そして誰かに褒めてもらってやる気を出すのではなくて、自分で自分の足跡を振り返ること。

仕込みBの連語で各自によるwarm upを2分。連語を2つ選んで連続での対面リピートをペアを替えながら5分。そこから自分の席に戻り、自分の出来不出来を自己診断して、「スラスラ感」が得られたものからいくつか自分で選んで、Flip & Writeまで。ワークシートの裏面がどんどん埋まっていっているか、一目瞭然。ここから先が、自分の学びですから。どうぞ、お先へ、という目論見だが、ここまで「自分」を強調すると「じぶんぶんぶん、三ぶんぶん」って感じだな。

今日のメインは、「フレーズ順送り訳」の「矢印」部分での合いの手の整備。そして、日→英での復元。ここも、5分で合いの手確認、7分で対面リピート。パートナーは表面の英文を読み上げ、リピートが上手くできないところは、裏面にあたる「フレーズ順送り訳」を「チラ見」してもよいというルールでゲームは進みます。意味と英語がとりあえず重なりだしたら、「フレーズ訳」だけを見て、私の範読を聴き、左から右へと処理できるか確認。その後、各自で「フレーズ訳」と「英文」とを行ったり来たりで、英文での日→英をスムーズに。最後は、音とリズムに注意を払ってコーラスで音読。

パート2の「仕込み」と教科書本文のワークシートを配布。『ひらタイ』の2月号の「山口県特集」を紹介して本日は終了。

進学クラスの方は、高1は「入試問題」の読解問題をdictoglossもどきで。600語弱の英文なので、聴解で主題が掴めないと保持も難しい。ではどうすれば主題は掴めるのか?まずは個々の文。部分の理解から、主題の仮構築、そしてその「仮の主題」に照らしての、自分の細部の理解の修正、という地味な作業しかないように思う。

高2は、午後のコマで、入室時に入り口の扉と教室の前方の窓が開いていたので、英語で理由を聞くと、日本語で「換気」と答えが返ってきたので、

  • 換気のために窓を開けたままにしておいて下さい。

の英訳から。まずは自力で、シェアリングを経て、辞書活用で着地点。

  • Keep the window(s) open to let in some fresh air.
  • Keep the window(s) open for some fresh air.

で、不定詞で「目的」を表す際の “let” の肝を押さえつつ、『前置詞のハンドブック』の用例補充で、 “for“ の項目に、例文を書き加えさせ、カスタマイズ。来年度の改訂に向け作業を着々と。このletを使った用例を扱う時の定番で、GODIEGOの『僕のサラダガール』の出だしをちょっと流しておいた。タケカワユキヒデのソロバージョンも忘れずに。この曲を覚えたのは、中1くらいだったけれど、このletの肝に気がついたのは高校に入ってからでした。

Readingの教科書を音源を再生しながら解説。確かに書き言葉ではあるけれども、

  • 耳で聞いただけで処理できるか?

を自分に問うことには意味があるでしょう。

並列構造と、同意表現の言い換えを確認。andの並列の処理とワニの口の中のワニの口の処理は、やっぱり慣れるまでは構造を単純化して取り出さないとダメなんじゃないかと思っています。今回の課では、

  • The second factor is related to the idea that reading is an activity which is influenced by the reader’s past experience and knowledge of the world and the subject matter---in other words, our background knowledge.

の部分が最初のハードル。高校の英語教師は 「in other words で言い換えられているから、その後を読めば分かるよ」、などと言いがちですが、 では、“background knowledge” はその前の何を言い換えているのか、2つのandのうち、最初の and を越えて、the reader’s past experienceから纏められるのか、というところは悩めるようにならないと、後々、独り立ちできないように思います。で、こういうところの解説は『指導書』にはないのですね。

ワニの口の迷い所はこちら。

  • We relate what we already know to what is appearing in the text and check whether or not what we have guessed matches what the author is trying to express.

andが結んでいるペアが relateと checkだと分かれば、出口はすぐそこのはずなのに、後半でうろうろしてしまう生徒がいるのです。matchesが動詞だとすると主語は何か、目的語が何か?と探しに行って初めて whatのかたまりが「見えてくる」のではないかと思います。この場合は、大きなワニである “whether” での名詞節の中に、名詞のないところに名詞のかたまりを作る ”what” というワニが二匹棲んでいたわけです。

このような文構造を理解し、習熟するのに、最近流行の「推論発問」の出番はないように思います。

今日の解説で取り上げたのは「代名詞」と「数の呼応」。

  • For example, if we are reading a newspaper article, knowing the kinds of verb or noun phrases that frequently appear in newspaper articles can make them easier to read.

での “them” は具体的には何のことか?という問いです。教室の誰もが them = newspaper articles だと思っていますし、『指導書』でもそのように書いてあります。が、この文の出だし、従属節では何と書いてあったでしょうか? “if we are reading a newspaper article” です。「何でもいいけどいろいろあるもののうちの一つ」として取り上げられた、「その新聞記事」の理解度についてあれこれ言っているのではないでしょうか?とすれば、ここで easier to read になるのは、 “that particular newspaper article I have just taken as an example” とでもいうべきものではないのでしょうか?では、もしその内容を “it” でまとめた場合に、言い表したい内容・意味は確実に伝わるのでしょうか?意味と形の整合性が崩れているところであり、私は悩む価値のあるところだと思っていますが、当然のように、ここでも『指導書』は何も触れていません。

読む時は、掻い摘んだり、端折ったりできるので、このようなところが致命傷になることは少ないのですが、これが「書く」時にはハードルとなって立ちふさがることになります。確かに、このレベルで書くことを求められる人は少ないでしょう。それでも、私は、このようなところを、英語学習のどこかの段階できちんと押さえておかないから、「英語が書けない」のだし、「英語で書けない」のだと本気で考えている人間です。

高校の教室で「精読」が次第に消えていき、「ライティング」の授業もなくなってしまえば、いったい、いつ誰の手ほどきでこのような迷い所をクリアーしていけるのか。来年度からの高校の新課程で、「英語を書く」ことや「英語で書く」ことが、中身や実体のない、「絵に描いた餅」になってしまわないことを願っています。

昼休みに、「表現ノート」を提出してもらって、ダメ出しの準備に。

3学期の高3の授業は「自宅学習」期間に入ったので、少し持ちコマに余裕が出来ました。

「中締め講義」以降、ここで「意味」というものときちんと向き合って、勉強し直そうと決心。再読と、新読を計画中です。暫くは写真にある4冊を行ったり来たりすることになると思います。

本日のBGM: Musician, Please Take Heed (God Help The Girl)

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2013-01-28 Is your stomach bigger than your eyes?

tmrowing2013-01-28

先週末には、慶應大で大津由紀雄先生の「中締め講義」認知編があったのだが、私は留守番担当だったので、山口を離れられず、「呟き」などで様子を推測するだけのもどかしさ。今井むつみ先生とのやりとりは生で見たかったなぁ…。

同日に、早稲田大学では、「ライティング指導」に関した講演と研究発表もあった。

第36回日本言語テスト学会研究例会

テーマ:日本人英語学習者の特性に合った英語ライティング指導を目指して

〜自動採点プログラムと能力プロファイルによる評価の活用〜

講演には鈴木利彦先生、発表では工藤洋路先生の名前があり、参加したかったのだが、こちらも「呟き」のまとめであれこれ想像を巡らすのみ。高校の先生はどの程度参加されていたのかも気になるところ。過日の大井科研の発表といい、今回といい、アカデミックな内容になればなるほど、地方在住者にとっては厳しいものがあるように思うけれども、北海道から遙々参加している方もいるので、情報収集だけでなく、自分が動くことだな。

留守番担当の理由の一つには、勤務校の入試の「解答解説会」。

教科担当者が、受験生に、出題のポイントや弁別力の高かった問題を解説し、公立高校受験や他の私立高校受験「にも」活かせる、学習のアドバイスをするという会である。

進学クラスのみが担当で、受験生も全体の1/3程度の参加となるが、各教科とも、試験終了後、翌日の採点から、その翌日の解答解説会にむけての答案分析と、本当に大変なスケジュールで作業をこなしているのには、同僚として頭が下がる思い。

英語は私が担当。参加した受験生のうち、2/3位が普段の授業で、Read & Look up を経験済みだったので、今回出題された英文のうち、リスニングの対話文で出てきた短い文と、読解問題の中で出てきた、複文、重文とを Read & Look upで口に出してもらい、簡単にできるものと、途中で崩れてしまうものとを比べ、「何が自分にとってのハードルになっているか」を確認してもらった。

今後のアドバイスとしては、

・ Read & Look upからFlip & Writeへ。スラスラ読める→見なくても言える→見なくても書ける、ように。

・ 上手く書けない語を中心に、お手本の下に、「縦書き」で練習。まずはculture, country, come の母音と母音字/ playing, plays, played / studying, studies, studied / write, wrote, written, writing などの活用と綴り字から。

・文法や慣用表現の空所補充問題であっても、音読を繰り返し、「耳」で反応できるように。特に、不規則変化する動詞は日常の使用頻度の高い基本的な動作・活動を表すので、時制が変わっても対応できるように「音読」での復習を。その際には、大きな意味の固まりを常に意識すること。

・ 速読とか、速聴とかいった言葉に惑わされないこと。分かれば速くなるもの。ただ、読解の時は、文の終わりまでは必ず読んでみること。手がかりを増やせるから。

・ 長い説明文や論説文では「世間一般でよく言われていること」を足がかりに、話し手・書き手が本当に主張したいことが出てくるのだから、そこに焦点を当てられるように、第一段落やスピーチの序盤に集中。英語の論理は、 <意見・主張・主観的なことば→理由付け・事実・客観的なことば>

・ 会話の必須表現をただ暗記するのではなく→言葉の働き・機能・目的・場面を常に意識すること。対話文の過去問の見直し→この二人は何のために会話しているのか?会話のゴールはどこか?

というようなことを中心に。入試が学びの終わりにならないよう頑張って下さい。できれば教室でまたお会いしましょう。

週が明けての実作は淡々と。

進学クラス高1は、SevernのWord Reviewまで終了していたのだが、そこから本文復習の精度を如何に上げるか。英文を読んでいて、または口に出していて、そこに「私はいません」というような状態では困るのである。前文の内容を纏めて引っ張るための、代名詞 that を口に出しているのに、それが単に、音だけになっている生徒がまだまだ多い。1年後、2年後の「ライティング」で、it, that, this の使い分けに悩む前に、今、目の前にある it, that, this をしっかりと生き直すことだ。

進学クラス高2は、高校入試の準備で、教室にある「学級文庫」を全て学習室に移動して、会場設営をしなければならなかったので、「1人10冊を限度に、自宅に持って帰って読んできてもよい」という、期間限定の貸し出し増冊キャンペーンを展開。借りていく本もまた、人それぞれ。

どちらのクラスも、今年度の高校入試の「リスニングテスト」を解答してもらった。

1年生は、昨年自分たちが受験したものと、ほぼ同じ形式。2年生が受験した頃は、出題形式を全て「県立高校入試」に模して作成していたので、ちょっと形式が異なる。

どちらも私が作文・作問したもので、東京の某録音スタジオでの録音・製作。

今年も昨年と同じナレーターで、

  • Jack Merluzzi
  • Carolyn Miller

のお二方。市販教材や検定教科書の付属CDなど、多くのナレーションを手がけているお二人にお願いできた。深謝。

で、教室での上級生による解答。

設問に答えるだけなら、皆できてしまうので、今日は、「センテンスレペティション」と「ディクテーション」をしてもらった。設問には容易に答えられたのに、センテンスレペティションになったとたんに、「保持」できなくなるところが続出する。そうしている間に、「この二人の対話のスタート地点はいったいどこだったのか?」「この対話は、どのようなゴールに向かっているのか?」は、どうでもよくなってくると、軌道修正の手がかりを失うことになる。「スピーチ」などで、まとまった分量のモノローグを聴く時も同じ。「繋がり」と「纏まり」は、初歩ではなく、「基礎」なのです。後日、勤務校の公式サイトか、このブログで問題は公開できると思いますので、その時にまた詳しく。

前回のエントリーで、センター試験の出題英文に疑義を呈したが、受験産業等の「解説」で、私と同じ箇所を指摘したものには出会わなかった。「対話文」にしても、「ディスカッション」にしても、そのやりとりで紡がれる「ことば」の、意味と表現形式とを精査する必要がある。私が自分の指導のベースに置いている指導書の一つに、

  • Conversation and dialogues in action

がある。Prentice Hallから1992年に出たばかりの頃に買って、授業の構成を考えたり、「オーラルコミュニケーション」の教科書を執筆していたころには、自分のネタ本としていたもの。出版から20年が経つ。多分、絶版。

著者は、

  • Zoltan Dornyei & Sarah Thurrell

最近の日本の英語教育雑誌などでは、Dornyeiの名前を見る機会も多いのだけれど、この本を使っている人に会う機会は少ないように思う。みんな、このあたりは消化吸収し、越えてきたり、捨ててきたり、忘れてきたりしているのだろうか?

週末、居間の炬燵に入りながら読んでいたのは、こちら。

  • 西村嘉太郎 『ストーリーテリングのすすめ 三省堂英語教育叢書7』 (三省堂、1993年)

公立の2校目に異動した頃に買って読んで以来だから、十数年振りの再読になる。少し長いが、あとがきから引いて本日はお終い。

英語の教授法は氾濫している。われわれ日本の英語教師が、自らの教授法を作ろうとはせず、「外国人が、外国で開発した、外国人のための英語教授法」をうのみにしてきたからである。そして、もう食傷気味にもかかわらず、新しい学習、習得理論が輸入・紹介されるたびに、右に左になびきつづけているからである。

さらに悪いことに、われわれは、これぞ決め手といったものはないのだということを知っている。学問的究明と理論分析を怠ってはならないが、多くの現場教師にとってメソッドはもうたくさんである。今はそれよりも、それらを応用して実践の成果をあげることが必要なのである。そもそも教授法とは、一定の理論に基づくその人個人のもので、現場での闘いの中から編み出されたものでなければならないのだ。ある教材を、だれに、いつ、いかに教えるかを考え出すのは教師自身であって、一巻の極意書があるわけではない。 (p. 163)

本日のBGM: 一回休み

tmrowingtmrowing 2013/01/29 16:55 書籍へのリンクを追加。

2013-01-22 ”O Captain! My Captain!”

高3は「センター試験」の自己採点、出願検討で私の授業のコマはなし。

商業科高2は、ビデオ上映明けで、ブランクがあるので、「仕込み」をもう一度。

最近は、私の範読を2回聴いて、2回目に繰り返す、という手順が多い。

仕込みの “A” は単語。発音をしつこくやってから、日本語の意味を見て、該当する英語がすぐに出てくるか、自己診断チェックを済ませてから、ペアで「日→英」で、3つ連続で出題と回答。

その後、連語の仕込み “B” へ。こちらは、英語のブロックを縦断しながら範読を聴いて、強勢を確認した後で、日→英のマッチング。その連語が全体で名詞句になるのか動詞句になるのか、など、「纏まり感 (= 実感)」というか「纏まり観 (= 識別する目)」が出来ているかどうか。

こちらも、自己診断チェックを経て、再度、範読を精聴。「音像」を捉えられると、結構楽なんだけどね。

「家でCD聴いて練習してこいっ!」とか言える環境が羨ましかった時期もあるけれど、here & nowでベストを尽くすだけ。地道に、愚直に、繰り返し繰り返し繰り返し、いい音に接する環境を「教室で」提供するまでです。

進学クラス高1は、Severnのスピーチを通して読んでから、 “Word Review” に。なんのことはない、英英辞典的定義を読んで、本文中の「名詞」から該当する語を抜き出すだけ。全て「名詞」であるところがミソという手前味噌。名詞句の限定表現、列挙による並列、入れ子によるワニの口、因数分解的構造などを定義の表現を活用して学ぶという活動です。いつになったら、有嶋先生のように「自ら定義する」というところにアクセスできるかはわかりませんが、まあ、「そのうち、それなりに」できるようになるのではないでしょうか。それまで続けることが大事。

進学クラス高2は、近所の某予備校で「センター試験」に挑戦、というような企画に参加してきたので、その解説。「解説はあったの?」と聞くと、「ない」とのこと。「では、解説の冊子とかをもらった?」と聞くと、「試験時に予約していたら、後日解説のDVDを見せてもらえる。」仕組みだそうな。だったら、翌日自宅で新聞見て回答しても同じじゃないのか、と思うんだけど。私が受験生の頃は、まだ「共通一次」でしたが、中3の時に自分で新聞見て解答してましたよ。何というか、購買層予備軍にあたる年次の若い生徒の個人情報を抜いただけなんじゃないかと思ってしまいます。

今日取り上げたのは「第3問のB」。私のよく言う「ディスカッションもどき」問題です。

作問チームの苦労はわかるけれど、「ことば」を生きているとは思いがたい内容、展開と英語表現でした。FBでもこの設問と英文を取り上げ、私の違和感を表明していました。

松田聖子に『小麦色のマーメイド』という松本隆さんが歌詞を書いたヒット曲があります。そのサビの部分で、「私、裸足のマーメイド」という一節があり(ワタシとハダシで韻を踏んでいる)、この曲を初めて聴いた時に、「『人魚』って下半身は魚のはずなのに、足はあるのか?」という違和感を覚えたのですが、そのくらいの違和感ということです。

で、肝心の当該設問の英文。

「公共図書館の駐車場脇の空き地の利用法」についての議論 (もどき)。

司会者と思しきBobに振られたJackの提案は「公園」なのだが、”maybe” の連発、”can” で「ないことはない」という可能性の示唆から、さらに “could” での断定回避・及び腰で進んできたと思えば、自分の提案の決めの1文が、

  • The park could be an ideal place to sit and read a book.

というもの。

ちょっと待って下さい。この空き地は「公共の図書館の駐車場」に隣接しているんですよ。なぜ、その駐車場の隣に、座って本を読む理想の場所として公園を作りたいの?すぐ隣の図書館に行けばいいじゃない。アメリカの公共図書館内には「リーディングルーム」のようなスペースはないの?この町の図書館はとりわけ小さいの?それとも大都市の公共図書館にはあるけど、地方都市では事情が大きく異なるの?と、次々と「?」が頭をよぎった。

高2の生徒にまずやってもらったのは、ヘリコプターで上空から見たと思しき「見取り図」を描いてもらうこと。つまり、

  • 図書館と駐車場と空き地の位置関係と、それぞれの大きさの対比

をイメージしてもらうこと。

だって、そこがクリアーできていないと、

  • なぜ「木は少なくとも1〜2本は植えられる」のか?
  • 「芝生」を植えるときに「木」の位置との関係はどうなるのか?
  • なぜ「片側に花を植えるスペースが取れそう」なのか?
  • なぜ「ベンチを一つ置けそう」なのか?ベンチと木の位置関係は?

というようなことがよく分からないではありませんか。

で、その結果、

  • 図書館の中には、座って本が読める「リーディングルーム」のようなエリアがないのではないか?または、エリアはあっても圧迫感があるなど、落ち着いて本が読めない環境なので、戸外で本を読みたいのではないか?

というような仮説と、

  • とはいえ、Jackの提案する「ベンチ」の数は一つなので、せいぜい3人とか5人程度が座れるくらいで、空き地としては相当に小さいのではないか?

というような仮説とが宙ぶらりんのまま、本文を読み進めることとなった。

で、司会者のBobが、調子よくJackの提案に話を合わせて、

  • That’s pretty much what I imagined, too.

ときたもんだ。で、設問は、その司会者たるBobの発言が、Jackの提案を「適切に」まとめたり、言い換えたりしているはずなので、それを選べ、というもの。

  • a kind of miniature park that ….

「木」「芝生」「花」「ベンチで読書」のできる公園の縮図。を一言で言うと?って結構難しいですよ。生徒は “to sit and read a book” の対極にある「立ち読み」までは想定できていたので、

  • 立ち読み : 苦痛 = 座り読み : X

で「快適」というようなキーワードを探しましょう、と言うヒントで、2番の、

  • creates a comfortable and peaceful atmosphere

を候補として残して、先へ進め、と言ったのだが、先に進んだら、Jackが、

  • That’s right.

といって、完全同意なのですよ。ほんまかいな?

結局、この議論もどきの後半部分に進んで、”a desert-style rock garden (砂漠&岩庭園)” 推しの女性Anneのブレーンらしき専門家Carolの提案に反論するあたりのやりとりで、

  • Hummm. I have an image of deserts being really hot and uncomfortable, not relaxing.

という発言を待って、Jackの求める公園の要素は、 "cool, comfortable, and relaxing” であることがわかるので、最初の空欄を補充すべき選択肢は 2.しかないことに確信が持てることになる。そう思って、Jackの最初の発言を読み直すと、「Bobが調子を合わせてまとめた、"peaceful" なイメージに結びつく要素は、"flowers" などという、見過ごしやすい語にこそあるのではないか、という気がしてくるね。」と解説。

で、快適さの要素として “cool” さを求めていることがはっきりするので、Carolの発言の最後の一文、

  • Some deserts plants offer shade as well as beauty.

での “shade” は、日光のダメージを遮るような木陰であり、そもそもJackが最初に提案した “at least one tree, maybe two” という部分は、「shady な空間を形成するもの」の要素、一例となっていることに気がつく訳である。("Silent Spring" を扱った時に、このshadyのイメージは英英での辞書引き作業や反意語の考察も経て、実感が持てていた人も多かったところでしょう。)

ここにきて、Jackの持っていた “desert” のイメージ、つまり「固定観念」を、Carolが崩しにかかって持論を擁護しようとするのだが、解答する生徒も、Jackと同様の固定観念にとらわれたままだと、この議論 (もどき) を適切に読み解くことが難しくなる。生徒には、

  • 大晦日の紅白歌合戦のMisiaの中継

  • 湖池屋の「ドンタコス」のCM

のイメージを比べて、というヒントを出して、”some desert plants” のイメージを明確にしてもらった。

でも、「本が読めるような日陰が出来るくらいの大きさのサボテン」の周りが “comfortable and relaxing” なのかは甚だ疑問。棘が心配で、おちおち本を読んでいられないのではないか?

ということで、まだMisiaを見ていない者は、動画サイトなどを検索するよう、宿題を出しておいた。

ここで、時間を取り、ネットで検索をしたNYの公共図書館の写真をTVモニターに映して、「リーディングルーム」の状況を観察。生徒もビックリ。圧巻というしかありませんでした。

今回の設問でも、例えば、Jackが

  • NYの図書館は、確かに凄いけど、僕たちの町の図書館を今から建て替えるのは大変。でも、やっぱり、落ち着いた環境で本を読みたいとか思うじゃない。じゃあ、この空き地をうまく利用できないかと思う訳さ。

などという提案をして、それに対して Anneの案が、

  • だったら、駐車場そのものを空き地側にずらして、図書館に隣接したスペースに、「快適青空読書エリア」を作ればいいじゃない!

などというような展開があってもいいでしょう?と生徒には投げかけておきました。もう一つ生徒に投げかけたのは、「設問」そのものへの疑義。全体の流れとか、宙ぶらりんで後半種明かしなどという構成を考えると、この問題は、

  • Jackが提案する公園の完成予想図を、1〜4の絵の中から選べ。
  • AneeそしてCarolが提案する公園の完成予想図を 5〜8の絵の中から選べ。

というような設問にした方が良かったのではないか、ということを生徒には伝え、来週は、私が全文を書き換えたバージョンで読み直すから、と締めくくり。

「議論もどき」の英文を読んで設問に解答できれば、それが「使える英語」の証、などというまやかしに踊らされるのではなく、もっと、ちゃんと「コミュニケーション」というものの在り方、基礎基本とは何かを考えましょう、という教訓を得て、本日はお終い。

さて、

前回の記事で、「授業評価アンケート」の扱いに対して、苦言を呈していましたが、私の基本スタンスは、「呟き」にも記しました。

過去ログでも、私自身の授業の「総括」を紹介しているんですが、年度末の感想も生徒によって色々なんですよ。そもそも、自分の苦労をマイナス評価はしたくないわけだから、結果として良いことを書こうとか、教師の求めているものにできるだけマッチするような、パズルのピースを用意しておくものです。

私も年度の終わりによく「総括」をやっていました(今の学校にきてからはしていません)が、高校だと、「自分の苦労をプラス評価して」巣立っていく機会 と、教師に残す「卒業記念の寄せ書き」のようなものだと思っています。そのくらいの価値はあるのでは。どのみち授業は新年度一から作り直しだから。

というもの。「寄せ書き」は、自分だけでなく、みんなで同時期に書くものだから、書いた本人は「なんて書いたか」などの細かいことは忘れてしまっている事が多いけれど、もらった方はけっこう大事にとっておいて、たまに取り出して見たりする類のものではないかな、と思います。

私の母校の高校の卒業アルバムには、各人が一言コメントを記すスペースがあって、印刷されて残る訳ですが、同じクラスのK君が、

  • 肩に力の入った仕草は見やぶられるとさ。

というようなことばを書いていて、今でも鮮烈な印象があります。そのK君のことばを彷彿とさせてくれたのが、私の教え子の1人の次のことば。この一文は、今でも本当に大好きです。

一年間を振り返り、来年度この科目をとる後輩へ贈る親身のアドバイスを、と求められて、

慣れるまで大変だけど、慣れるから 大丈夫。何か失敗してもドンマーインて感じで気負わずにね(笑)

というもの。生徒のほうがよっぽど大人です。こちらが救われるコメントでした。

他には、以前、ELECの研修会などで、このような「総括」を紹介したことがあったのですが、それを覚えてくれている方からの指摘があったもの。

先生の授業ではグループの活動が多かったので自分が帰国子女だということを実感する事がよくありました。結局帰国子女として授業を受ける際に忘れてはなら ないことは、「まだまだ自分が学ぶべきことがある」ということではないかと思いました。自分の身につけた英語と他の人が使う英語は、形の上では同じであったとしても違う思考をたどって使われたものである以上、自分がどれだけ英語力を伸ばせるかというのは自分が周りの英語にどれだけ敏感となりそれを吸収しようという意思があるかにかかっているのだと思います。そういうことに気づいた1年でした。これは予備校などでは絶対に学べないことです:-) ありがとうございました。

各人各様の振り返りですから、こんな、紋切り型の「終わりよければ全てよし」というような、goody goodyなものばかりではありません。次のようなことばが、教師の襟を正させてくれます。

英語の先生はみんなそうですが、それぞれ自分が一番英語力の伸びた方法を絶対的なものだと信じこんで、他のやり方を批判する節があります。それは五十歩百歩だと私は思うので私は一人の先生の話を全面的に信じようとは思いません。

私はいつも、この生徒の声を忘れないようにしています。

以下は、ある「映画」のネタバレになりますがご容赦を。

ピーター・ウィアー監督、ロビン・ウィリアムス主演の映画、『今を生きる』をご覧になった方は、あのラストシーンを覚えているでしょうか。辞職するキーティング先生 (ロビン・ウィリアムス) への餞に、映画のテーマにも深く関わるホイットマンの詩の一節を唱えながら机の上に立ち上がるのは「親キーティング派」の生徒たちだけだからこそ意味のあるシーンです。

私にとって、「アンケート」での生徒からのプラス評価、というのは、このシーンのようなものなのです。キーティング先生にとって、あの緊迫した場面で生徒が立ってくれたことで、自分のメッセージが届いた、自分の期待に応えてくれた、という「報われる」瞬間を味わえることは確かですが、あのシーンで立たなかった生徒が、キーティング先生に恩を感じていなかったか、感謝していなかったか、といえば、そんなことはわからないのです。逡巡していたかも知れないし、醒めていたかもしれない。ただ、クラスの生徒全員がその場の空気を読んだり、雰囲気や勢いで同じ行動をとったりはしないからこそ、そこにリアリティが宿るのだと思っています。

ちなみに、私の言う『ピーター・ウィアー三部作』は、この『今を生きる』と、『モスキート・コースト』、『目撃者・刑事ジョン・ブック』です。お薦めです。

本日のBGM: Your Love Alone Is Not Enough (Manic Street Preachers)

2013-01-20 ”I have my books and my poetry to protect me.”

土曜日は進学クラスの課外講座。高1、高2とそれぞれ90分の授業。

高1は、Severn Suzukiのスピーチの内容理解まで終了。音読と日→英での復元まで。

高2は、Rachelに別れを告げ、「リーディング」の教科書から一つの課を選んで読解。

教科書会社の提供する「スラッシュ訳」の余りの使え無さ加減 (「NASA スペースシャトル級」) に、業を煮やし、自分で「フレーズ順送り訳」を拵えて、両面印刷で比較対照できるようにして配布。

スラッシュ訳では例示での並列や後置修飾での処理が覚束ない。また、副詞節が文頭にくるような文では、従属節内の構造がちょっと複雑になっただけで、繋がりが不明となりがち。

たとえば、

  • We read newspapers, popular magazines, fiction, and other materials.

という英文が、教科書会社提供のスラッシュ訳では、

  • 私たちは新聞を読む/大衆雑誌や/フィクション/およびその他の(読みの)材料を

となっている。これは、英文をスラッシュで切って、その「切り身」を繋いでいくように読めば全体がわかるというナイーブな発想で作られているように感じる。本来、左から右に読み始めた時に、read (=読む) の目的語が列挙されていることに読み進めていくからこそ、気がつき、意味を作り直している訳である。

次の文のように、動詞句が多少長くても、目的語が一つに絞れるのであれば、「動詞」の引力は持続するだろうから、この程度の「スラッシュ訳」でも役に立つだろう。

  • We come into contact with many kinds of reading materials in our everyday lives.
  • 私たちは接する/多くの種類の読み物と/毎日の生活で

英語ではごく普通の「並列」の構造も、不慣れな学習者にとっては、「スラッシュ訳」が役に立ちにくい。

  • Why is it so easy and natural for us to read a text written in our native language, but so frustrating and difficult to read something written in English?

文頭から丁寧に意味をとっていき、繋がりと纏まりを考えればそれほど難しくはない文である。しかし、これが「スラッシュ訳」だと、

  • 私たちにとって,とても簡単で自然であるのはなぜなのか/文章を読むのは/母語で書かれた/けれども,とてもいらだたしく難しいのはなぜなのか/ものを読むのは/英語で書かれた

となってしまう。

引力の途切れに気がついただろうか?スラッシュ訳にもかかわらず、「…のはなぜなのか」が繰り返されているのである。では、この日本語を頼りに英語を読む学習者は、「なぜここでは、『なぜなのか』が繰り返されているのか?」をどのように悟るのだろうか?

逐語訳や直訳などの「訳読」を忌避する風潮が強まっているように感じて久しいが、このような「切り身」を与えて、あとは頭の中でやってくれ、といわんばかりの出鱈目を「読解指導」とは呼びたくないし、呼ばせたくはない。

文頭の従属接続詞も日本語と英語の処理には違いがあり、慣れるまでは手間取るもの。動詞-目的語と同様の「引力」の途切れは容易に予想される。

  • When we read an English text with familiar expressions and grammatical structures, that text is easier for us to understand.
  • 英語の文章を読むとき/よく知っている表現で書かれた/それに文法構造で/その文章はよりたやすい/私たちにとって理解するのは

接続詞のまとめる範囲は、カンマまで見た時には当然わかるだろうが、ただ、フレーズを短く切り刻めば良いというものではなく、

  • we read an English text
  • a text with familiar expressions
  • a text with familiar grammatical structures

というチャンクの切り出し方を変えて繋ぎ直せる「文法力」があることが前提となって、「切り身」から全体の意味を構築できるわけである。

教科書会社が提供している「資料」がこのような現状である、ということは、このような指導が望ましいと「世間一般」では思われているということだろうか?

丁寧に、左→右と読み進めていく中で「悩みどころでは悩み、迷い所では迷う」経験を得る機会は、今では高校の英語教室にもなくなってきているのかも知れないと思うと憂鬱である。

明けて日曜は、朝から「免許更新」。

といっても、教員免許ではなく、「運転免許」の方。教員免許の更新は、このまま制度が続いたり (強化されたり?) したら、あと6、7年くらいで更新時期がやって来る。先日も、既に更新を終えた同僚と話しをしていたのだが、私にもその時期が来て、免許を更新したとしても、その後定年退職まで何年教員を続けるのか、と考えると、更新はしないで教壇を降りるのではないかな、という気はしている。

運転免許の方は無事に更新を終え、交通センターからの帰り道で、ガソリンを入れ、書店に寄る。

「中締め講義」で、あらためて「意味」というものを考えていたので、

  • 中原道喜 『誤訳の常識』 (聖文新社、2012年)
  • 宮脇孝雄 『英和翻訳基本辞典』 (研究社、2013年)
  • 今井邦彦、西山佑司 『ことばの意味とはなんだろう 意味論と語用論の役割』 (岩波書店、2012年)

を購入。こんなことなら、西山先生と懇親会でもっと話しをしておくんだった。

他に買ったのは、

  • 保坂和志 『言葉の外へ』 (河出文庫、2012年)
  • 保坂和志 『魚は海の中で眠れるが鳥は空の中では眠れない』 (筑摩書房、2012年)

帰宅してから、既にこの2冊を読んだのだが、前者の文庫版に際しての「まえがき」が頗る良かった。それだけでも満足。それと比べると、本当につまらなかったのが、『英語教育』 (大修館書店、2013年2月号) の特集、

  • 「プラスαの語彙指導」

何故特集を全体としてつまらないと感じてしまうのか?それは「プラスα」が何を意味しているのかがわからない論考がほとんどだからだ。

ここにあげられているのは「私の語彙指導」とか「あり得べきものとしての語彙指導」であって、「定見」「定番」とされている語彙指導の現実に対して何かを付け加えたものとは言い難い。

例えば「プラスαの語彙」として、中学校の検定教科書に現れた語彙を各社横断的に、更に学年進行での「擬似的発達段階」を辿って見た時に、旧課程と比して「何がプラスされた」と見なすことができ、その「プラスされた分」をどのように指導するか?というような切り口はあってもいいだろう。しかしながら、今回の特集のほとんどが、例によって、各人各様の「指導実践例」「指導論」「先行研究の概括レポート」である。

たとえば、

  • 坂本彰男 「多読で未知語を推測する力をつける」 (pp. 27-29)

の冒頭部分、「筆者の勤務校では約8,000冊の洋書を用い、以下の多読3原則に則って多読を行っています。」を読んで、読者たる英語教師は、「自分の勤務校の何に何をプラスすればいいのか?」と疑問を持つだけではないのか。

その観点では、

  • 田畑光義 「ライティングで使える語彙を増やす」 (pp. 16-18)

での、「今年度から教科書が全面改訂され、4技能の統合を図った活動が多く取り上げられている。」という、これまでとの変化と現状認識を踏まえた、実践例報告・あらたな実践への呼びかけがあったことが救いである。

  • 北原延晃 「自立する学習者を育てる、辞書を使った語彙指導」 (pp. 37-39)

では、中学校の現場に根ざした「辞書指導」が具体的に記されている。いいことが書いてあるとは思うのだが、掉尾がいただけない。「辞書指導をはじめとした生徒の自学が進むと英語の学力が飛躍的に向上する。本校では3年生の3人に1人が英検準2級以上を取得している。」(p.39) というのだが、では、残りの3分の2の生徒はどうなのか?「自立できず」「飛躍的な英語学力の向上がなかった」学習者は、「どのような語彙」を「どのように」身につけて中学校を終えるのだろうか?この最後の頁には、生徒の感想が引かれているのだが、ここには感想が載らなかったであろう「英語学力」層と思しき生徒と教室で日々悪戦苦闘している一高校教師の偽らざる感想である。

この記事も最後の「英検」の話しを持ち出さなければ良いことが書かれているな、という評価だったと思う。この先生の指導実践により、学習者たる生徒たちは、たとえ英検の上位級に合格していなくとも、きっと、各々が「それなりに豊かな語彙」を身につけていたはずなのである。だからこそ「語彙指導」の豊かさとか、深さとか、確からしさとかを、外部試験などの物差しを外して語れる「英語授業の文化」を育む必要性を強く感じている。

「プラスα」に話しを戻そう。

この2月号の「投稿」で、

  • 若林茂則 「だからリスニングは難しい---原因と対策」 (pp.64-66)

に、興味深い指摘があった。英語のリスニングの「難しさ」の要因・側面を7つ取り上げたうちの、「6. 速さ」に関して、

「新聞」と「新聞紙」の発音の長さを考えよう。「新聞」に「紙」が加わった「新聞紙」は、「シ」の分、すなわち1モーラ分、発音の時間が長くなる。「新聞」の部分の発音時間は変わらない。「新聞紙」に組み込まれたからと言って、「新聞」の発音の長さが短くなるわけではない。

英語は違う。単語に接尾辞を加えたり、短い文に入れたりすると、その単語は短く発音される。

とある。ここで、比較音声学を学び直そうというのではない。「語彙指導」を合わせ鏡にした、たとえ話である。

上述の「日本語」という部分を、「日本の英語教室」とか「日本の英語教育」と置き換えて見た時に、「新聞」はこれまでやってきた指導法、「新聞紙」における「紙」が「プラスα」なのだから、発音時間と同様、その増えた分、余計に指導時間がかかるはずなのに、そのことを考慮した考察が、今回の特集にはほとんどないのである。「英語は違う」とただ言われても、「新聞」の発音時間を短くするような「秘策」はあるのだろうか?中学校の時間数が増えた分で相殺できるのか?と思う訳である。

今月号を読んでいて、「買って良かったな」と実感できたのは、「クエスチョンボックス」。

  • 「139. This is my first time to visit Kyoto. は誤りか」 (pp. 79-81)

回答者は真野泰。「この回答者は、自分のことばとして英語を生きているなあ」という印象を持った。そして「ことばに対する敬虔さ」と「ことばを使う『ひと』に対する信頼」の両方を忘れずに、ことばを突き詰めていく姿勢がこの (QBの回答としては長めではあるが) 3頁足らずの回答で伝わってきた。私も、そうありたいと強く思う。

本日のBGM: I am a rock (alternate version) / Paul Simon from “The Paul Simon Song Book”

2013-01-17 若気の至り、私の怒り

今週の実作は、商業科2年からスタート。

酒井志延先生に送って頂いた『花はどこへ行った』のDVD を二回に分けて上映。酒井先生、有り難うございました。

進学クラス高1はSevern Suzukiのスピーチ。

語句の仕込みからフレーズ読みの記号付け、フレーズ訳からの日→英までやって、Read & Look upに戻り、さらに日→英の個人練習を経て、日→英バージョンでの対面リピート。フレーズ順送り日本語訳を見て、英語に直して音読し、パートナーはその英語のフレーズを聴いて英語でリピートするもの。文法の説明はその後で。

進学クラス高2は、Rachel Carsonの続き。

この課は、Book 1の巻末補充読み物として設定されている。つまり、高1の最後の教材としての位置づけ。それを高2の3学期にやっているのは、『沈黙の春』のオリジナル英文と読み合わせをしたいがため。教科書版を、オリジナルのretold版として読む作戦。教科書の課の後半は例によって「…について」作文の英文になるので、内容理解と言うよりは、構文の密度の濃いところを中心に精読。「四角化で視覚化」による結束性の確認、前置詞や不変化詞は授業傍用の『ハンドブック』の用例や解説を参照させて、解説することで進めている。

  • This impure water often surfaces in various places, killing plants and sickening cattle.

という文での述語動詞に閉じカッコを付けさせ、surfaceの名詞としての意味をまず確認し、本来名詞の語が動詞として使われる時の意味を、water, weedなど、他の例も交えて考えてもらった。

  • water

は名詞なら当然「水」。では動詞として使うとしたらどんな意味になるか?辞書を引かず、自分で考える。「水ル・水レバ・水レ」などと考えてみるわけである。「流す」とか「洗う」など、基本的な動詞が別にある中で、「水」という名詞の意味を前面に出した動詞とは?「水水 (みずみず) する」とでも言うべき動作は?

辞書を引けば簡単に訳語はわかる。でも、まずは自分で考えることも大事。

『智慧』の改訂3版では、他動詞の最初に

  • 1<土地・植物>に水をやる [まく]、…を潤す、濡らす

として、

  • water the flowers 花に水をやる

という用例を示している。その次は、

  • 2. <動物>に水を飲ませる

で、用例は「馬に水をやる」で water the horses

同じ他動詞の扱いでも、

『岩波英和』だと、

  • 水を…する

という基本義を示しておき、その後で、目的語別に、

  • 1 (馬に) 水飼う; (家畜に) 水を飲ませる
  • 2 (船に) 真水を積み込む; (機関に) 給水する
  • 3 (植物に) 水をかける; (土地に) 灌水する
  • 4 (道路に) 水をまく、打ち水する
  • 5 (酒類・牛乳などに) 水を割る (量を多くしまたは希薄にするため)

というように訳語と用法を示している。

私の授業でやろうとしているのは、この『岩波英和』的な頭の働かせ方を学ぼう、ということ。

では、

  • weed

はどうか?名詞なら「雑草」。では、動詞として使うとしたら?

この場合、「雑草ル」というような意味を想定しようにも、「水」のときのように、「雑草を生やす」ことで望ましい結果が得られるとは考えにくいので、やはり、

  • 「雑草を取る;抜く」

というような意味しか想定しにくい。

一口に「動詞化」といっても、英語を学んでいる途中では、行き当たりばったりのでたらめ、恣意的な印象は免れないので、「悩みどころでは悩み、迷い所では迷いなさい」といういつもの話しをして、そこから、sickenの語形成へ。

動詞化に際して、-enとなる語と、en-となるenlargeなどの解説を経て、soft + en + er でsoftenerの話し。最後は例によって、alsoでの添加をきちんと読み、何と何のレベルが揃っているかを考えてもらい、宿題として、次の段落のちょっと難しめの文で入れ子の構造を掴んでくるよう指示。

高3は、いわゆる「センター試験」直前の最後のコマ。

先日の『アエライングリッシュ』の英文をコピーして配布。段落をつくる「文と文の意味・論理の繋がり」、段落内の「意味・主題のまとまり」、を考えてもらう。これは、「センター試験」のディスカッションもどきの問題でも、最後の段落構成の仕分け問題でも同じこと。解説も配布し、種明かしはしたけれど、では、自分であの英文を修正できるか?といったら多くの高校生には無理だろう。書けるようになった人にとっては造作もないことなのだが、英文の「繋がりとまとまり」というものが分からない人には皆目見当がつかない。溝は大きいよ。やっぱり、高校卒業までに「ライティング」をきちんと、真面目に学ぶ必要があるね、という話し。

ということで、先日の『アエライングリッシュ』のライティング解答例の続き。

件の英文例は、過去ログでご確認下さい。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20130109

この英文例に対して、編集部に問い合わせをしていたのだが、1週間経っても埒があかないので電話したところ、口頭での回答に加えて、文書で回答がされたので、こちらでご紹介。(回答はブログで公開することは先方に伝えてあります)

いつもアエラ・イングリッシュをご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。

ご連絡いただきました件で、お返事が遅くなりまして、大変申し訳ありませんでした。

ご質問の件に関して、お答え申し上げます。

まずこのTOEICのスピーキング/ライティングテストの特集に関しては、すべて安河内哲也先生への取材を元にライターが記事を執筆し、ゲラもすべて先生に目を通していただいています。

また、問題例、および解答例の英文に関しては、すべてSWテストを毎回受けて研究しているネイティブスピーカーの講師が作成しております。

SWのテストにおける正解は1つではなく、またその採点の判断基準は外部にはわかりえませんので、今回の解答はあくまで1つの例としてご紹介しています。

そもそもSWのテストにおいては、ネイティブスピーカーが話し、書くレベルをめざすというよりも、ビジネス現場での課題を英語でこなせるかどうかを評価するテストであるため、英語習熟レベルの高い解答例よりも、簡単だけれども課題をこなしているという点で満点に近い点がとれるであろう解答例をSWに詳しいネイティブ講師が作成し、掲載しました。

ご指摘いただいた点については、今後の誌面づくりの参考にさせていただきます。

ご連絡いただき、誠にありがとうございました。

また今後とも、アエラ・イングリッシュをどうぞよろしくお願い申し上げます。

アエラ・イングリッシュ編集部

いやはやなんとも。

「課題をこなす」ということが何を意味しているのかが全く分かりません。「実際にSWテストを受験した上で、記事・解答例を書いている」のだから、そこから先は、SWテストの側の問題、とでも言わんばかりの対応でした。「実際に周りのノイズがある中で解答の英語を書く、というビジネスの現場と同じ条件で、課題を如何にこなすか、という点に重点を置いている」ということを頻りに強調するので、私は、

  • いや、課題をこなすも何も、英語のライティングとして、あれでは英語そのものの質が低いでしょ?

と言ったのですが、電話口で担当者が言うには、何回もSWテストを受験して、熟知している英語ネイティブのライターが書いた英文であり、「今回のような英文で満点がとれるのであって、英語として習熟度の高い英文を書いても得点は変わらない。英語ネイティブが書いた英文でレベルが高いと、一般の読者は、自分にはこんな英語書けない、と引いてしまうので、これで大丈夫ですよ、と自信を持ってもらう」ために、安河内氏も読んだ上で、あの英語にしてあるということのようです。

  • そんなこと、誌面のどこにも書いていないんですよ。

といったら、「読まれた方は、不親切だと思われたかも知れません」という、最近流行の語法で返答が来て、悪びれた様子は微塵もありませんでした。

  • TOEIC SWテストを受けさせたいが為の trailerの特集なんですか。何か、癒着でもあるんじゃないかと勘ぐりたくもなりますよ。

ということは伝えておきました。私は東京にいた時分に某私大のエクステンションセンターでTOEFL (R) の対策講座を持っていたことがあり、その時はエッセイの指導もしていましたが、その時の評価の基準であれば、5段階で3くらいにしかならないだろうと思います。高校3年生の「ライティング」を指導する際の基準で言っても、A+ (=Exceptional Performance), A, A-, B+, B, B- ,Cの7段階評価でかろうじてB+くらいです。今教えている3年生のある生徒には、この英文を見せて、

  • あなたが2学期末テストに書いていた英文を思い出して。あれだけダメ出しされ続けていたけど、あれと同じレベルか、あなたの方が上ですよ。

といいました。その生徒は、結局私のフィードバックを受けてリバイズの後に、A-くらいの英文になるまでには修正が利く訳です。そこには指導があるから。今回の雑誌の特集のような解答例を見た学習者・受験予定者は、自分の英文を improveする手だてが何もないまま、ただ読むだけ。「英語ネイティブらしさ全開の英文で萎縮、尻込みさせる以前に、この英文をお手本にしてしまうことは『害』ですよね」と言ったのですが、平行線でした。このレベルの英文が満点だと思わせてしまうことの持つ意味を、この雑誌の作り手も、監修したと思しきカリスマ講師も何も感じていないことこそが大問題だと思っています。

FBでこのことを話題にしていたのですが、私の友人のある英語の先生は、

心ある英語指導者の知事英語ツイート批評に「批評の批評」の集中砲火が起こったのを見て、日本人の英語の道は険しく遠いとうちひしがれました。目指すべきものが見えていないのでしょう。英語で何をしたいのかが具体的に描けないと「その英語で通じる」云々の堂々巡りですよね。一方で英語英語、グローバル人材グローバル人材の大合唱は、まるで実在しない想像上の動物を語るような、あるいは各々が勝手な夢を持ち寄って鵺を描いているような荒唐無稽さです。だから実際に日本語と英語に橋を渡して実務をこなす人が出現すると、見たことも想像したこともなかったその動物に我慢ならなくて攻撃するのかもしれません。

と問題の核心を鋭く捉えたコメントを下さいました。

この言葉を反芻して、本日はお別れです。

本日のBGM: She (Jeff Lynne)

2013-01-14 夜明けのスキャット

tmrowing2013-01-14

大津由紀雄 (慶應義塾大学教授)「中締め講義」で上京していました。

今回は「言語教育編」ということで、午前・午後と4時間に及ぶ大津由紀雄「中締め講義」に続いて、私、亘理陽一先生、柳瀬陽介先生の3人が指定討論者として「斬り」かかる、という段取りです。会場となったホールには200人弱くらいの参加者を迎え、和やかで温かい空気の中、「スヌーピーのネクタイ」のエピソードの披露から大津先生と柳瀬先生との記念写真でスタートしました。

大津先生の講義概要と各討論者を交えての討論の首尾に関しては、もう少し頭を整理してから記していきたいと思います。

私の担当の20分間で皆さんが覚えているのは、

  • まさか、ここで「ももクロ」聴くことになるとは…。

という感想くらいかも知れませんが、他にも大事なことはあるんですよ。

当日使用予定だったパワポの写しをこちらにアップしておきます。大津研ブログで公開されているハンドアウトもこちらに再掲しますので、照らし合わせていただければ幸いです。

中締め講義松井分.pdf 直

2012_01_12_matsui.pdf 直

柳瀬先生の資料とスライドは、事前に大津研ブログで公開されていましたが、亘理先生の発表は、事前に公開された資料だけでなく、当日の投影資料も併せてお読み頂くことが大切だと思いますので、お手数ですが、現時点では亘理先生のブログで公開されている資料をダウンロードしていただければと思います。(https://docs.google.com/file/d/0B0s5cKe-jm7sdWEtdmQ2cW9lTTg/edit)

ということで、まずは、大津先生、「中締め」お疲れ様でした。

そして、討論者の一人として選んで頂いたことを光栄に思います。企画運営に携わられた大津研、慶應義塾関係者の方たち、会場に足を運んで下さった皆様、ひとり一人に感謝申し上げます。

2011年9月の「学習英文法シンポジウム」で指定討論者を任じられた折りは、娘が重篤な状態のまま上京しました。薬が効いてくれてなんとか一命を取り留め安堵はしたものの100%の力で討論に臨めたとは言い難い中、大津先生にはその直後のメールでお気遣い頂いたことは忘れられません。今回、その時の借りを返すべく、ではありませんが、私に与えられた役割は全力で果たそうと思い、準備を重ねては来たのですが、生憎、年が明けて早々の2日未明に、飼っていた三毛猫の「あんこ」が、ちょっとした隙に家を出てしまい、近所の路上で車に跳ねられ、息を引き取る、という悲しい出来事がありました。私は例によって、晩酌をした後、就寝。あんこが家を出たことにも気づかずに呑気に寝ていたのですが、暗がりの中、あんこを発見した妻の方は自責の念が強く、なかなか立ち直れないまま正月を明けました。娘はまだ状況が良く飲み込めていないようですが、追々、理解も追いつき、思い出となっていくことだろうと思います。家族や夫婦の絆を強めるのに必ずしも悲劇は必要ないとは思うのですが、前回に続き、今回も辛い経験で、なかなかに大きな代償でした。

それでも、実際に「中締め講義」に臨んでしまえば、そこは「ことば」に本気で関わる人たちの集い。愉しくないことなど何一つありません (曖昧性も多義性もありません) のでそちらの愉しんだ方で振り返りを書いておきます。

第5部の懇親会では、会場を移動。

移動の途中で大津先生とあらためて「言語学」との出会いの振り返り。伊藤健三先生のお話も感慨深かったです。

宴席には組田幸一郎先生や和歌山大の江利川先生も駆けつけ、お酒に、肴に、話しに夢中になった2時間と少々。あちらでもこちらでも新たな人の繋がりが生まれ、広がったことだろうと思います。私は念願の大名力先生とも対面でき感激でした。みなさんが、あの場、あのときで生まれた、”ties that bind” をどうか大切に、健やかに育てて欲しいと願うばかりです。

そして、その後のカラオケ大会。

大津研究室院生のIさんの『天城越え』は圧巻でした。

今回は、露出こそ低い画質ではありますが、しっかりと「大津節」を動画に収めました。

指定討論者三人でホテルにたどり着いたのは午前2時半頃。

いつもは9時か10時に寝ている私が、この時間まで活動できていることが奇跡です。

道すがら、

  • 指定討論者がこの三人で良かった。

とお互いに頷き合いました。偽らざる心境です。

翌日はそれぞれ、静岡、広島、山口の自分の「ホーム」へと帰ることになるので、再会を期してエレベータを降りました。再来週は、大津先生もホームグラウンドの「認知」「言語獲得」での「中締め第二弾: 認知科学編」です。まさに、”Home is where the heart is.” ですね。

★中締め講義 〜認知科学編〜

講演テーマ:「言語獲得理論の現在と今後」

講演者:大津由紀雄 慶應義塾大学教授

日時:1/26(土)

第一部10:00-12:00  言語獲得理論の基礎(入門編)

第二部13:00-15:00  言語獲得理論の現在

第三部15:30-16:30 大津言語獲得理論を斬る(指定討論者による批判)

指定討論者:

磯部美和氏(東京芸術大学)

佐野哲也氏(明治学院大学)

杉崎鉱司氏(三重大学)

第四部16:30-18:00  言語獲得理論の今後(シンポジウム)

場所:慶應義塾大学 三田キャンパス 東館6階G-SEC Lab

定員 机有60名、机無120名)

(JR田町駅、都営地下鉄線三田駅・赤羽橋駅下車 徒歩8分)

講演要旨:

大津の研究者としての関心は一貫して言語の認知科学、分けても、第一言語獲得にあり、それを支える心的メカニズムと経験の相互作用の解明に向けられてきた。今回はこれまでの研究成果を振り返り、現時点での総まとめを行うとともに、今後、取り組むべき課題について考える。

事前申し込み:不要(直接会場にお越しください)

参加費:無料

懇親会申し込み:要

講義への事前申し込みは不要ですが、懇親会への申し込みは必要です。

※ 詳しくは大津研ブログ→ http://oyukio.blogspot.jp/#!/2012/12/blog-post.html

本日のBGM: Ghosts of Saturday Night & The Heart of Saturday Night (Tom Waits live at Shaboo Inn, 1976)

2013-01-09 越える前に考えよ

先日、書店で、

  • 『AERA English 増刊 TOEIC 1ヵ月集中!730点越え!』 (朝日新聞出版)

を立ち読みしていたのだが、その中の特集頁にある「文章」で、おいおい、というようなものを見つけてしまったので、レジに行き、買って帰宅。最近、話題になっている、TOEIC SWテストの出題を模した「お題」に対する、解答例の英語に関しての疑義と異議。

p. 44 からの第三特集。「TOEIC 730点を超えたら、スピーキングテスト&ライティングテストを受けるべし」として、TOEIC SWテストの攻略法なるものを練習問題と解答例をつけて説いている。

ここからの頁の価値を高めようというのか、カリスマ英語講師と称される「安河内哲也」氏の上半身の写真とプロフィール入りで、いかにも、彼がこの特集を書いているような印象を与えるのだが、さにあらず。良く読むと、物凄く小さな文字ではあるのだが、本文原稿のライターは「山本航」という人で、問題と解答の作成を担当したのは、Tony Cook, Ayako Yokogawa, Masako Uehara の3人であることがわかる。

私が気になったのは、ライティング・セクションで示されていた出題と解答例 (p.49)

出題

Recently there has been a rise in the number of workers employed on yearly contracts. Do you prefer to work on a yearly contract or to be a regular and permanent employee? Give reasons or examples to support your opinion.

解答例

I prefer to be a regular and permanent employee and there are a couple of reasons why.

The first reason why I prefer to be a regular and permanent employee is that I feel more secure in my work. I feel that I am a true member of the company. Five years ago, I worked on a one-year contract and although everyone was nice to me, I never really felt like I was a true member of the company. In addition, I always had to worry about whether or not my contract would be renewed at the end of the year. It was very stressful and I don’t want to experience that again.

The second reason is that I can plan my future better. I know that I will still be employed at the same company for many years to come. Of course, it is impossible to truly predict the future. However, being a regular and permanent employee gives me a feeling that I can plan for the future. Recently I got engaged. My fiancée and I are planning to get married sometime next year and we would like to have kids soon. So being able to plan for the future will be even more important.

The final reason is that it is easier for me to get a loan or mortgage. It is difficult for me to plan my finances if I am unsure whether or not I will have a job this time next year. Also, a bank is more likely to feel comfortable lending to me if they know that I have regular and permanent employee status.

In conclusion, there are three reasons why I prefer to be a regular and permanent employee. I feel more secure and a part of the company, I can plan my future better, and I am more likely to be able to borrow large sums of money from a bank.

今回、お題の是非までは問わない。

全体で約320語の文章。

まず立ち読みして気になったところは、第2段落冒頭で、第一段落で自分が書いた語句 (I prefer to be a regular and permanent employee) をそのまま冗長に繰り返している部分。第一段落は、お題へのレスポンスとして、立場を表明しているだけでも許容されるだろうが、この第2段落からは、理由付けが来なければならない、ということが「読み手」側の期待することだろう。

で、理由付けの段落の冒頭が、冗長。この冗長さは読み手に親切であるどころか、負担を強いる。この部分を日本語に直訳して繋げて見たら、稚拙で冗長な繰り返しに気がつくだろうと思うので、本当に残念。理由付け、というのはただ具体例を挙げることとは違うのだが、高校生を指導していると、この部分は本当になかなか理解してもらえない。例示のために、「事実」を用いるのは結構だが、I feel more secureでの “feel” という現在時制の表す意味と、本当に自分が書きたい意味とは同じなのだろうか?さらに、secureそのものの意味が本当にわかっているのか、読んでいるこちらが不安になる。 a secure jobという意味合いで使っているのだろうか?

心境を語っている部分のthe companyは、この人が今働いている会社のことなのか疑問がよぎる。直後に、Five years ago, と過去のエピソードに移動するので、現職と前職の対比なのか、と思って読み進めると、過去の話のままで段落が終わってしまう。この具体例は何を支持するためのものだったのか?この段落での「理由」はいったい何だったのか?一言で言うのが難しく感じる。securityそれともsense of affiliation? 最後に来て、In additionで「追加」されているのが、またsecurityとかsecure job の話しになっている。でも、それはその前に言っていたことなのだから、addされているといえるのか?同じことをグルグルと、堂々巡りのようだ。

第3段落でも、中盤で自分の体験をサポートに使うべく、Recently I got engaged. と書かれているが、「職」と「人生設計」との関わりについてのmore generalな話しがないまま、いきなり、個人の特殊なエピソードを用いるのは感心しない。「結婚する・しない」「子どもを持つ・持たない」という選択肢は自由に組み合わせることが出来る以上、やはり、「一般・全体から特殊・個別へ」という情報の流れを踏まえるべきだろうと思う。そう考えた時に、この第3段落の「人生設計」は、前段落の「安定・安心」があってこそ成り立つのだから、別の価値観を持ち出し、新たな理由付けをしたとは感じられない。

この第4段落は、主題にとって内容の首尾一貫性を欠くものであり、前段落の「人生設計」の下位分類に落とし込まないのであれば、むしろない方が好ましいと思う。「追加」のつなぎ語の曖昧な使用は、Also, でも見られる。ここでのAlso, の後に述べられているのは、その前の内容を裏返しただけのものなので、何も追加していることにはならないだろう。

最終段落の結論部分は、それまでの内容を「要約」したもの、と考えられるのだが、その出だしは、英語として意味が良く伝わらないのではないか。”there are …” は原則的に新情報を出すためのデバイスなのだから、それ以前に述べてきた事柄をまとめるのには不適切。さらに、述語動詞の事実・可能性の査定のレベルでいえば、feel, can plan, am more likely to be able to borrow となんともバランスの悪い締めくくり文に映る。そもそも、英語の文法・語法に則って考えた時に、 “I feel more secure and a part of the company” の並列部分の後半、 (I feel) a part of the companyがどのような意味を持つのかよくわからない。

気を取り直して頭の整理。

これは、いったいどのくらいの評価が得られる解答例なのでしょうか?

日本人の定型的な英語でも、この程度書けば、この程度の評価が得られますよ、という全体に於けるスケール、位置づけとともに示すことと、その際、どこが評価左右するポイントなのかを併せて示すことが必要だと思います。いくら雑誌の特集であっても、このレベルの英語なら10段階のいくつ、とか、ここは良いから生かして、でも、ここは致命傷ですよ、などの「添削」がないと、 読者は何も得るものがないと思うのです。ことばの教材を担当する作り手としての良心が感じられないことがとにかく残念です。

本当に数年前、東京で高校3年生を指導していた時のドラフトを見る思いです。現任校の生徒たちには普段から「目の前に適切に用いられた英語がある、というときに、それから何を学べるかは、その人の英語力を左右する」といっていますが、その前提は「適切に用いられている」ということですから、こういう例を投げっぱなしジャーマンのように放り出されても困るのですね。

TOEICの受験者が頭打ちになって、新たなテストへと引き込むことで新たなマーケット開拓の戦略でもあるのか、と訝しく思うくらい、TOEIC SWテストをいろいろなところで持ち上げる人たちがいることも気になります。

この編集部には、ここでの指摘と同様の指摘をして、内容に関する問い合わせをしておきました。回答があったら、またここでも紹介しようと思います。

「ライティング」に関連して、もう一件。

先日の某都知事の英語ツイートに関して「日本人は間違うことを気にしているから喋れない」という擁護派らしき意見の人がいたので考えていたことがあります。

  • では、人の目を気にせず、独り自分の部屋でリハーサルよろしく英語を口にする時は、淀みなく、間違いなく、通じる内容でちゃんと英語が話せているのだろうか?

確かに、間違いから逃れることは出来ないし、どのレベルでも必然でしょう。では、「間違いは必然だから間違い続けていい」、とばかりに、いつまでも同じ間違いを繰り返している人がいたとして、そのことに、いつ、どのように気がつくのか、そして、それはいつ修正されるのか。

大事なことは、本当は言いたかったけれどうまく言えなかったことばと、いつ、どのように出会うのか、ということ。そして、それには、答えを教えてもらって暗記したものを吐き出すだけでなく、自分よりも英語のよく出来る人とのやり取りや、ちょっと背伸びしてでも使おうという努力が必要ということ。

教師の役目はモデルを示したり、答えを教えたりすること(だけ)ではなく、階段を登るその前の段階で必要なことをしっかりと準備させ、慣れ親しませておくことと、ちょっと引き上げたり、尻を押したりといった介入のタイミングの見極めなんだと思っています。

英語の「ライティング」をもっとしっかりと、きちんと学ぶことが必要だと本気で思ってくれる指導者、学習者が増えることを願うばかりです。

本日のBGM: A Uinified Theory (God Help The Girl)

2012.01.10追記

高校生の作文にどのように助言を加えるか、の例としては、次のようなものが挙げられるでしょうか。

これは私が審査して、講評として書いたものですが、その前年度の講評と比べていただけると、私の意図はもう少しよくわかるのではないでしょうか?

tmrowingtmrowing 2013/01/10 11:35 高校生の作文への助言の例としてリンクを追加。

2013-01-05 敬称より継承

謹賀新年。

2013年が始まりました。

毎年、年賀状は年が明けてから書いているのですが、昨年、母方の祖母が亡くなったことに加え、年明け早々に辛いことがありましたので、「寒中お見舞い」とさせて頂いております。何卒、ご容赦下さい。

今月12日開催の「大津由紀雄先生中締め講義・言語教育編 at 慶應義塾大学」も、キャンセルさせていただこうかとも考えたのですが、討論者に指定された責任を果たすべく、ハンドアウトも送付いたしました。大津先生の講義概要や他の討論者の資料も含めて、大津研ブログで追々アップされることと思いますが、当日の私の話の内容にはこれから若干の修正・変更があるかもしれません。12日までには、心身共に整え、ベストの状態で「出陣」する覚悟です。このブログの更新頻度もしばらくは今まで以上に低くなることをお詫びしておきます。

「呟き」の方に、英作文、英語ライティングに関連する書籍のリストを投稿しておりましたが、思いの外、反響がありましたので、以下に転載します。

高校レベル以上で「パラグラフライティング」を教えている先生、これから教えようという先生に、まず目を通しておいて欲しい和書のリスト: http://www.amazon.co.jp/lm/R3S7PCH1W5TIGK/ref=cm_lm_pthnk_view?ie=UTF8&lm_bb=

過去ログでも、大学入試の「自由英作文」問題の解答例に対して、疑義や異議を唱えてきましたが、「では、良い英語のパラグラフとは?」、「結束性とは?首尾一貫性とは?」、「テクストタイプとは?」というような、基本の「き」についての理解を深めないことには議論にも至らないと思い、密林にリストを新作しました。私が、「高校レベル以上」というタイトルの用語を敢えて選んだ意図を想像してもらえると嬉しく思います。

高校レベル以上の「ライティング」の指導評価は、第2言語ライティングからだけでなく、L1としての英語ライティング指導評価の理論・実践知や、あまり知られていないL1としての国語教育での作文指導の成果からもっと学ぶべき。そのための和洋書リスト:http://www.amazon.co.jp/lm/1RLKSWSMB5QGE/ref=cm_lm_pthnk_view?ie=UTF8&lm_bb=

英語のライティングが出来る人たち、または英語ライティングがなかなか上手くならない人たちからはよく「そもそも国語教育で、作文教育がなされていない」というような批判をしがちです。自分が受けた授業以外の、国語教育の世界の「作文指導」の成果・資産を知ることから始めて、それとパラレルな、英語圏に於ける母語としての作文教育の伝統や実践知にも学ぶべし、という提言です。

英作文と簡単に云うけれど、奥は深い。英語のパラグラフ、文章の繋がりと纏まりがわかってきたら、そこからは発想と表現の洗練。「英語の神髄を掴んだ」と思った人に、謙虚に読んで欲しい英語本のリスト: http://www.amazon.co.jp/lm/R11O96WGZWCE66/ref=cm_lm_pthnk_view?ie=UTF8&lm_bb=

「私は英語が出来る」、と思った時点が、英文修業の本当のスタート。エポックな新説とか独自の理論とかを振り回す前に、先哲・先達に謙虚に学びましょう、ということです。

ベストセラーといわれる英語本を見て考えたこと: 90年代後半以降SLAの研究分野での知見は充実していて、世界の常識になっているらしい。その一方で、日本の英語学習教材や指導法で残っているのが、音 読と暗唱、多読とTOEIC対策演習、という状況は、偏に中学校・高校の英語授業の賜なのか?

私の担当クラスの「学級文庫」にある英語本の多くが絶版本。私自身が英語を学ぶ際に参考にした本の多くも絶版。で、反芻する阿部公彦さんの言葉「こんなによくできた解説が書かれロングセラーにもなっているのに、なぜ日本人の英語は一向に上達しないのか。」http://booklog.kinokuniya.co.jp/abe/archives/2010/04/post_60.html

私のクラスで、よく話しているのが次のようなこと。「この学級文庫には、辞書を除いてベストセラーの教材はほとんどない。けれど、売れ線教材を使って首尾良く有名大学に進学した人が、TOEICのスコアアップに汲々としていたりします。あまり売れていない、また既に絶版となっている、この学級文庫の本を使った人は英語ができるようになっている、または、自分の英語力に対してコンプレックスを持たずに英語と付き合っている、という事例をどのように考えるか?」

「書評空間」の阿部先生の書評は、マーク・ピーターセン 『日本人の英語』 (岩波新書) について。多くの人に読んで欲しいです。

英作文でお世話になった本の著者: 大井恭子、金子稔、倉谷直臣、上田明子、天満美智子、杉山忠一、最所フミ、安井稔、秋山敏、長谷川潔、中尾清秋、出来成訓、岩田一男、升川潔、矢吹勝二、 荒牧鉄雄、戸川晴之、松本亨、岡地栄、山田和男、木曽栄作、小沢準作、木村忠雄、岩垣守彦、長崎玄弥。

過去ログでも触れたことがありますが、ここに挙げたお名前から検索して、「地に足の着いた」「骨太の」英作文力を養う教材・概説書を探し当てて欲しいと思います。字数の関係で、書ききれなかった方のお名前をお一人追加させて下さい。

  • 成瀬武史

成瀬氏が、『英語青年』 (研究社) の「和文英訳練習」連載執筆を終えるに当たっての述懐から一節を引いて締めくくりたいと思います。

この仕事を1994年の春に引き受けたとき、秘かに自分と約束を交わしたことがあります。英文を書く修練は長距離走と同じだから自分の力だけでやって行こうと、ちょっと悲壮な覚悟でした。投稿を見るのにも自分の訳例を作るのにも、絶対に誰の助けも受けない。この「掟」を実は一度だけ、原稿の締め切りが心臓バイパス手術のための入院と重なったとき破る誘惑にかられましたが、何とかベッドの上で一人で乗り切ることが出来ました。(中略) 自力を尽くしての練習量が成績を裏切らないと言われるスポーツ界の鉄則が英作文の上達にも当てはまる真理はぐらつきません。この先も向上の道をできるだけ自分自身の足で辿られるよう願ってやみません。(『英語青年』、2008年2月号、p.58)  ※ちなみに、最後の奇数月担当者は、上田明子&Thomas F. Mader両氏

本日のBGM: Lyena (タケカワユキヒデ)