Hatena::ブログ(Diary)

東京から飛んで学校図書館を考える

2016-07-12

連続公開シンポジウム「司書教諭資格付与科目の教育実践を検討する」第3回

 以下のとおりで実施いたします。 朝比奈大作先生という読書指導、学校図書館研究者から、どのような授業実践をしておられるのかをうかがう機会はこれまでにも無かったのではないでしょうか。伏してお願いし、ご登壇いただきます。そして、野口久美子さんというeラーニングでのご指導もなさっている若手の方、また某大学で学生たちに「読書と豊かな人間性」の授業が絶賛されていると噂の平井むつみ先生。魅力的なパネラーに揃っていただくことができました。事前申込不要ですので、ぜひみなさま、お気軽にお運びくださいませ。

 日時:2016年7月30日(土)13:15〜16:00
 場所:立教大学池袋キャンパス7号館2階7201教室こちらキャンパスマップの右下)
 内容:「読書と豊かな人間性」について、朝比奈大作氏、野口久美子氏、平井むつみ氏の教育実践の紹介、フロアとのディスカッション

2016-06-29

学校司書の資格・養成等に関する作業部会(第1回)配付資料を見て

こちらに上がっており、見ました。資料8、9に脱力。
 特に、資料9の表5にあがっているようなことを、現在の司書資格付与プログラム司書教諭資格付与プログラム、そして教員免許状付与プログラムの中で、私が勤務校でやるとなった場合、授業が大混乱すること間違いなし、というのが私の見方です。既存の課程はそれぞれに、目的があって置かれており、つまり、(図書館法に定められる、つまり公共図書館の)司書の資格付与、(学校図書館法に定められる)司書教諭の資格付与、そして教員免許状の付与を目指して置かれているわけですね。「学校司書はもちろん,授業を行うことはできないが,支援をすることはできる。」(資料4)のような理解(正しいと私は思う、そしてここが学校司書の問題なのだと私は思っている)をふまえたとき、つまみぐいされる3プログラムの授業は、どうすればいいのだろうか?教諭になるのじゃない人に、司書教諭養成なり教員養成なりの授業を受講されるとなるなら、それらの授業の目的設定は、司書教諭なり教員なりの高度専門職の養成からずらさないといけないということになるのかな。そして、受講生は総合的にどのように自らの知を認識するのだろうか。
 専門職の養成というのが、他の専門職の養成プログラムをつまみぐいするようなことによって可能であると主張することは、その専門職の真の成立を遠ざけると私は思う。また、元あるプログラムの授業はきっと混乱する、と私は思う(こういうなぞの施策は戦後の、実際に教員になる人ではなくて、教員免許状を取りたい人のために授業をしてきたような教職課程ならいざ知らず、これからの高度専門職としての教員養成プログラムには嫌われるに違いない。だいたい、教員養成が大学院に移行することが議論されているじゃないの)。
 司書教諭の資格は、図書館専門職の資格なり養成のコア教科ではなく、教員免許状を先修(ベース)としているところに問題があると言われればそうかもしれないが、その先に「司書教諭」として修めるべきカリキュラムは独自にあり、構造としては、専門職を成立させるための基本的な形にはなっていると私は思う。司書資格からもちょっと、司書教諭資格からもちょっと、教員免許状科目からもちょっと、ってなんじゃそりゃ。これはいかにも、資格制度は作れないけれど、こんなふうに現在あるものを有効活用すればなんとか形になりますよ、というご提案ですよね。私は反対です。
 なんでもちょっとずつ知っている人を専門職と認めるなんてありえる?そんな人は、集団で仕事をするときに、今の時代、この、知識が細分化してしまっている今の時代、尊重/重宝されないと私は思う。専門職としてある特定分野に長けた人が、その長けたことを証明できるだけのカリキュラムを学んだあかし(証)であるところの学位を持っていて、そのうえで、他の分野の専門性をもった人たちと協働する、これが高度知識基盤社会じゃないのか。

(2016.6.30)昨日アップしたときの、最後の3つのパラグラフ、誤解があり、削除しました。その上で、以下を加えたいと思います。

 資料9の表5のA案は、司書科目を基盤として、それに学校図書館についての学習を加えるという構造になっていることにやっと気がつきました。公開前にきちんと気づいてしかるべきでした、大変失礼いたしました。司書資格の最低単位は24単位であり、このA案は27単位で、そのうち10単位だけが司書資格外の科目ですね。これは、ありなのかなという気がしました。LIPERで提言されたような(最終報告書はこちら)、図書館専門職を館種を問わずに養成し、その先に各館種の専門知を学ばせるということは、欧米の基本の方向だと思う。
 ただし、過去のいわゆる学校司書の人たちが受けてきた教育が、公共図書館司書を養成するための司書資格の付与のための教育であったことが、日本の戦後の学校図書館史にもたらした影響についてよく考えてみる必要があります。司書資格を、図書館専門職の基盤とするということなら、それをしっかり確認する必要がある。それをあいまいなままにすると、公共図書館のための教育を受けたメンタリティで学校図書館に入っていくことになるだろうというのを、私は懸念します。それに、司書教諭資格の定義も新たにしないといけないと思います。少なくとも私が教えている「学習指導と学校図書館」は、このように司書科目を履修しただけの学生は過去、想定していません。教職のために学んできた学生が想定されています。このA案のカリキュラムの学生には参加できない内容だと思う。司書教諭資格付与の課程もやっぱり混乱するな…既存の資格の科目は、その資格のための科目として現在までは置かれてきたことを、きちんと整理する必要がありますよ。
 また、日本では、司書資格が社会的には専門職の資格として十分に認められていないことにも留意すべきですよ。ここで議論されているような資格をとって出てくるキャリアの選択肢が、学校図書館の非正規職だけという状況を、どうしたら変えられるでしょうか。養成の高度化しかない、と私は改めて思うのです。

2016-05-24

司書教諭資格付与課程教育実践共有の会第2回

 さて、今週末、5月29日日曜日に、標記の会合を開催いたします。今回は「学校図書館メディアの構成」を取り上げます。場所は、立教大学池袋キャンパス1号館1階1104教室です。キャンパスマップはこちら。1号館は別称、本館で、時計台のある建物です。1918年に建てられた歴史的建物(東京都歴史的建造物)だよ。興味のある方にはこちらに詳細あります。
 13時15分開始、16時前の終了予定です。ディスカッションに50分間をとって予定していますので、じっくり意見交換いたしましょう♪
 報告者は、青山比呂乃先生、中山美由紀先生、吉田右子先生(五十音順)です。
 その前に、木曜日に、ジョン・コットン・デイナの講演会だよーー!(詳細は前回のエントリをご覧ください。)

2016-04-27

「一世紀前の「新しい美術館」と「新しい図書館」」

f:id:to-yurikon:20160425150541j:image:w360:right 立教大学池袋キャンパスにて、来月26日に、「一世紀前の「新しい美術館」と「新しい図書館」:ジョン・コットン・デイナ、根源的民主主義者の仕事」と題するアメリカのラマポ・カレッジ名誉教授のキャロルダンカンCarol Duncan)先生の公開講演会を実施いたします(詳細のご案内はこちら)。ダンカン先生は長く、美術史研究者として著名でいらしたのですが、2005年になるころから、ジョン・コットン・デイナ(John Cotton Dana; 1856-1929)の生涯についての研究を進められ、A Matter of Class: John Cotton Dana, Progressive Reform, and the Newark Museum(『階級の問題:ジョン・コットン・デイナ、進歩主義の改革、ニューアーク美術館』)という本を2009年にPeriscope Publishing社から出版されました。デイナが、社会階級の問題として図書館や美術館、教育のあり方の改良の必要性を真剣に考え、その信念に基づいて成し遂げたことについて、書いておられます。このご著書にまとめられたご研究の内容を共有していただこうというのが、今回の講演会の趣旨です。通訳はわたくし中村がいたしますので、プロの通訳によるものではなく、簡便になりますが、だいたい趣旨を理解していただけるようにはしたいと思っております。ぜひ、みなさまお運びください。
 日本の人たちには、デイナの名前を知る人は必ずしも多くないのではと推測していますが、デイナはアメリカをはじめとする諸外国の図書館関係者の間ではよく知られています。ダンカン先生はデイナのことを、序章の冒頭で次のように書いています。

John Cotton Dana (1856-1929) was the most famous librarian American ever produced and went on to become its most original museum director.

アメリカ図書館協会(ALA)は、彼の名前を冠した賞をもっています(The John Cotton Dana Award)ここに書かれているようにH.W. Wilson FoundationとEBSCO社が出資)。パブリックリレーションズ(広報・渉外と訳すとちょっと違う感じですけれど…)の活動に対して与えられる賞ですね。過去には、図書館が実施したキャンペーンなんかに贈られています。
 日本でデイナについて、ああ!と言っていただくのに一番よさそうな話は、デイナは、ニューアーク(Newark;ニューヨークに近い、ニュージャージー州の最大都市)公共図書館の人で、あのニューアークの貸し出し方法を考え出した人ですよーというものでしょうねえ。簡単に言ってしまいますと、近代的な図書館、効率的な図書館サービスというものを追求した人でありますね。日本語で何か読みたいなという方は、山本順一先生のまとめられた人物伝をお読みください(山本順一「ジョン・コットン・デイナの生涯と図書館哲学」『図書館人物伝:図書館を育てた20人の功績と生涯』日本図書館文化史研究会編, 日外アソシエーツ, 2007, p.299-321.)。英語になりますが、上掲のA Matter of Classについては、Journal of the History of Collections Volume 24, Issue 1, March 2012掲載の この書評を見ると、概要がよくわかると思います。
 ダンカン先生はアメリカから今回おいでくださるのですが、実はもともとは、お隣の学芸員課程が招聘され、講演会を企画しておられました。ダンカン先生のお名前をMuseum Studiesの世界に知らしめた名著、Civilizing Rituals: Inside Public Art Museums, Routledge, 1995(川口幸也訳『美術館という幻想:儀礼と権力』 水声社, 2011.)にもとづく講演会を、学芸員課程では一足早く5月21日に実施します(詳細はこちら)。ルーブル美術館がいかにして生まれたかについてのご研究を共有していただくことになっていると理解しています。ルーブル美術館は、フランス革命を経て、市民に開かれた美術館へと発展したわけですので、デイナの思想と共通するものが、ルーブル美術館の草創期にも見られるのでしょうねえ。

2016-04-22

ひーーここまでだったか、学校司書の雇用実態(都立高校)

 「東京都立高校・学校図書館(室)管理業務委託のおぞましい実態」なるブログ記事を読んで(著者に了解を得ていないのでリンクは貼りませんが、検索すればすぐ出てきます)はてなブックマークの同ブログ記事に対するコメント欄を読んだ。いやあ、驚きです。このブログの内容は衝撃的だし、不勉強でこの実態を知らなかった私は驚愕しました。と同時に、はてなブックマークについているコメントもなかなかシビアで、考えさせられます。先日、「#図書館やめたの私だ」の投稿がツイッターに続々出た際も、匿名の掲示板でのコメントを見ると、図書館の仕事が薄給なのは当たり前という主旨の発言が山ほどあった。今の日本の労働環境の厳しさがそのまま反映されていて、図書館の仕事はコンビニの仕事と同等かのような語られ方も見かけた。
 つくづく、専門職とは何か、ということを考えさせられます。安易に「専門職」と叫ぶことが、図書館の仕事を貶めていることに気づかない人がどうしてこんなにたくさんいるのだろう。専門職とは何か、を構造的に、きちんと勉強して、考えてから、発言した方がよいと思う。ただやみくもに叫んでもだめで、どのような条件を揃えたら社会がそう認めてくれるのか、研究だってあるのだから、戦略的に取り組むべきだったよ。ただ実践を積み重ねてそれを見てもらえば、というのが戦後の作戦だったのだろうが、その結果が今、じゃないの??(法律に名前が刻まれたということを達成と思っている方もいるのでしょうが、私は異なる見方をします。)
 先日も書いた、24(twenty four)でも、もし今さらご覧になる方がいらしたら、観ながらついでに「professional」とは何ぞやをぜひ考えていただきたい。シーズン4の後半で、ジャックが、たしか「you are professional」と捕まえた女性に言うシーンがあった。professionalのお前は簡単には秘密(作戦等)を吐かないだろう、だからもう時間も無いし、取引をしよう、と持ちかけるという流れの中で出てきた言葉。同じprofessionalとして、相手を尊敬している一面もある。この24というドラマは、概して、professional礼讚のきらいがある。アメリカ人のひとつの見方として、正義(そのようなものがあるかという議論はここでは棚にあげよう)を実現しようとして自らを捨てる尊い人が、professionalとして働く人にしばしばいる、というものがあることがわかる。みな、自らのprofessionを正義のために使うという視点で判断をして、働いている。そして、そういう人たちは賞賛され、適切な報酬を受ける。でも、その、働いているときの"覚悟"は半端なものじゃないよ。
 ちなみに。。。この都立高校の業務を受託している会社としてあがっているところの中には私の教えた学生が複数名、働いている会社もある。正規職員として、就職していった。ちゃんと勉強した学生ではあるので、いい仕事をしてくれている可能性はあるが、どんな待遇を受けているのだろう、何を感じて、考えているのだろうと改めて思う。