Hatena::ブログ(Diary)

東京から飛んで学校図書館を考える

2016-05-24

司書教諭資格付与課程教育実践共有の会第2回

 さて、今週末、5月29日日曜日に、標記の会合を開催いたします。今回は「学校図書館メディアの構成」を取り上げます。場所は、立教大学池袋キャンパス1号館1階1104教室です。キャンパスマップはこちら。1号館は別称、本館で、時計台のある建物です。1918年に建てられた歴史的建物(東京都歴史的建造物)だよ。興味のある方にはこちらに詳細あります。
 13時15分開始、16時前の終了予定です。ディスカッションに50分間をとって予定していますので、じっくり意見交換いたしましょう♪
 報告者は、青山比呂乃先生、中山美由紀先生、吉田右子先生(五十音順)です。
 その前に、木曜日に、ジョン・コットン・デイナの講演会だよーー!(詳細は前回のエントリをご覧ください。)

2016-04-27

「一世紀前の「新しい美術館」と「新しい図書館」」

f:id:to-yurikon:20160425150541j:image:w360:right 立教大学池袋キャンパスにて、来月26日に、「一世紀前の「新しい美術館」と「新しい図書館」:ジョン・コットン・デイナ、根源的民主主義者の仕事」と題するアメリカのラマポ・カレッジ名誉教授のキャロルダンカンCarol Duncan)先生の公開講演会を実施いたします(詳細のご案内はこちら)。ダンカン先生は長く、美術史研究者として著名でいらしたのですが、2005年になるころから、ジョン・コットン・デイナ(John Cotton Dana; 1856-1929)の生涯についての研究を進められ、A Matter of Class: John Cotton Dana, Progressive Reform, and the Newark Museum(『階級の問題:ジョン・コットン・デイナ、進歩主義の改革、ニューアーク美術館』)という本を2009年にPeriscope Publishing社から出版されました。デイナが、社会階級の問題として図書館や美術館、教育のあり方の改良の必要性を真剣に考え、その信念に基づいて成し遂げたことについて、書いておられます。このご著書にまとめられたご研究の内容を共有していただこうというのが、今回の講演会の趣旨です。通訳はわたくし中村がいたしますので、プロの通訳によるものではなく、簡便になりますが、だいたい趣旨を理解していただけるようにはしたいと思っております。ぜひ、みなさまお運びください。
 日本の人たちには、デイナの名前を知る人は必ずしも多くないのではと推測していますが、デイナはアメリカをはじめとする諸外国の図書館関係者の間ではよく知られています。ダンカン先生はデイナのことを、序章の冒頭で次のように書いています。

John Cotton Dana (1856-1929) was the most famous librarian American ever produced and went on to become its most original museum director.

アメリカ図書館協会(ALA)は、彼の名前を冠した賞をもっています(The John Cotton Dana Award)ここに書かれているようにH.W. Wilson FoundationとEBSCO社が出資)。パブリックリレーションズ(広報・渉外と訳すとちょっと違う感じですけれど…)の活動に対して与えられる賞ですね。過去には、図書館が実施したキャンペーンなんかに贈られています。
 日本でデイナについて、ああ!と言っていただくのに一番よさそうな話は、デイナは、ニューアーク(Newark;ニューヨークに近い、ニュージャージー州の最大都市)公共図書館の人で、あのニューアークの貸し出し方法を考え出した人ですよーというものでしょうねえ。簡単に言ってしまいますと、近代的な図書館、効率的な図書館サービスというものを追求した人でありますね。日本語で何か読みたいなという方は、山本順一先生のまとめられた人物伝をお読みください(山本順一「ジョン・コットン・デイナの生涯と図書館哲学」『図書館人物伝:図書館を育てた20人の功績と生涯』日本図書館文化史研究会編, 日外アソシエーツ, 2007, p.299-321.)。英語になりますが、上掲のA Matter of Classについては、Journal of the History of Collections Volume 24, Issue 1, March 2012掲載の この書評を見ると、概要がよくわかると思います。
 ダンカン先生はアメリカから今回おいでくださるのですが、実はもともとは、お隣の学芸員課程が招聘され、講演会を企画しておられました。ダンカン先生のお名前をMuseum Studiesの世界に知らしめた名著、Civilizing Rituals: Inside Public Art Museums, Routledge, 1995(川口幸也訳『美術館という幻想:儀礼と権力』 水声社, 2011.)にもとづく講演会を、学芸員課程では一足早く5月21日に実施します(詳細はこちら)。ルーブル美術館がいかにして生まれたかについてのご研究を共有していただくことになっていると理解しています。ルーブル美術館は、フランス革命を経て、市民に開かれた美術館へと発展したわけですので、デイナの思想と共通するものが、ルーブル美術館の草創期にも見られるのでしょうねえ。

2016-04-22

ひーーここまでだったか、学校司書の雇用実態(都立高校)

 「東京都立高校・学校図書館(室)管理業務委託のおぞましい実態」なるブログ記事を読んで(著者に了解を得ていないのでリンクは貼りませんが、検索すればすぐ出てきます)はてなブックマークの同ブログ記事に対するコメント欄を読んだ。いやあ、驚きです。このブログの内容は衝撃的だし、不勉強でこの実態を知らなかった私は驚愕しました。と同時に、はてなブックマークについているコメントもなかなかシビアで、考えさせられます。先日、「#図書館やめたの私だ」の投稿がツイッターに続々出た際も、匿名の掲示板でのコメントを見ると、図書館の仕事が薄給なのは当たり前という主旨の発言が山ほどあった。今の日本の労働環境の厳しさがそのまま反映されていて、図書館の仕事はコンビニの仕事と同等かのような語られ方も見かけた。
 つくづく、専門職とは何か、ということを考えさせられます。安易に「専門職」と叫ぶことが、図書館の仕事を貶めていることに気づかない人がどうしてこんなにたくさんいるのだろう。専門職とは何か、を構造的に、きちんと勉強して、考えてから、発言した方がよいと思う。ただやみくもに叫んでもだめで、どのような条件を揃えたら社会がそう認めてくれるのか、研究だってあるのだから、戦略的に取り組むべきだったよ。ただ実践を積み重ねてそれを見てもらえば、というのが戦後の作戦だったのだろうが、その結果が今、じゃないの??(法律に名前が刻まれたということを達成と思っている方もいるのでしょうが、私は異なる見方をします。)
 先日も書いた、24(twenty four)でも、もし今さらご覧になる方がいらしたら、観ながらついでに「professional」とは何ぞやをぜひ考えていただきたい。シーズン4の後半で、ジャックが、たしか「you are professional」と捕まえた女性に言うシーンがあった。professionalのお前は簡単には秘密(作戦等)を吐かないだろう、だからもう時間も無いし、取引をしよう、と持ちかけるという流れの中で出てきた言葉。同じprofessionalとして、相手を尊敬している一面もある。この24というドラマは、概して、professional礼讚のきらいがある。アメリカ人のひとつの見方として、正義(そのようなものがあるかという議論はここでは棚にあげよう)を実現しようとして自らを捨てる尊い人が、professionalとして働く人にしばしばいる、というものがあることがわかる。みな、自らのprofessionを正義のために使うという視点で判断をして、働いている。そして、そういう人たちは賞賛され、適切な報酬を受ける。でも、その、働いているときの"覚悟"は半端なものじゃないよ。
 ちなみに。。。この都立高校の業務を受託している会社としてあがっているところの中には私の教えた学生が複数名、働いている会社もある。正規職員として、就職していった。ちゃんと勉強した学生ではあるので、いい仕事をしてくれている可能性はあるが、どんな待遇を受けているのだろう、何を感じて、考えているのだろうと改めて思う。

2016-04-15

学校図書館の整備充実に関する調査研究協力者会議(第4回)議事録等

 いやあ、標記の議事録と配布資料を見て、ほんとうにクラクラシマシタ。
 第4回議事録の冒頭の「第3回会議におきまして、加藤委員よりヒアリング団体に対し、質問を行いたい委員もいるのではないかとの御発案がありました。これに関して、武島委員より御質問がありましたので、団体からの回答と併せて簡単に御説明差し上げたいと思います。」のご説明!第3回で発表をした団体からの回答に愕然。これは、回答そのものがほんとにこんなにひどいのか?まとめ方、報告の仕方の問題なのか?
 ひどいという言い方は適切ではないと思われる人もいるかもしれないが、私が何をひどいと思っているかというと、結局、第3回に出てきて意見した団体が、現状との関連付けが不十分なまま提言を行なっていたということを露呈していると私には見えるのです。と同時に、「意志」や「覚悟」を私は感じない。ほんとうに学校図書館に専門職を置いて、学校図書館をよくしていきたくて発言している、自分の発言は大いに考えた末のもので責任をとる覚悟は当然ある、という姿勢も覚悟も、これらの回答には、私には、認められないのです。残念です。ほんとうに、残念です。文科省がそうだっていうなら諦めもつくよ、というか以前からついてます(笑)。彼らはバランスの人たちなわけだし、財務省とのやりとりだってしなきゃなんだから、現実的で、そんなに創造的だったりしなくても、仕方ないよ。日本全国の学校をよくする、っていうのは、そんな簡単なことじゃない。私の言ってることの方が"ムチャ"なんだろうと思うよ。でも、今回の会議で起きていることは、違うよね。団体作って、自分たちで発表して提言してるんじゃないですか。その提言に対して質問が出たら、むしろヤッタアよくぞ聞いてくださいましたてな感じで、いくつも追加資料だして、自分の主張の根拠を明らかにし、正しさを主張すべきですよ、この場面では。それができないかぎり、「なんだ、思いつきで発言していたのか」とか「信念があり、責任とる覚悟があって言ってたわけでもないな」とか思われちゃうでしょう。まとめ方、報告の仕方なのかね、この議事録冒頭、信じられないわ。反対に、質問した人はエライ。good questions!
 で、何が起きているかというと、第4回は校長会が続々発言して、もう流れが決まってくる。「学校図書館の整備充実に係るこれまでの意見を踏まえた論点整理(案)」で、「学校司書については、独自の新資格を求める意見がある一方、早急に新資格を創設することは現実的ではなく、また、学校司書の配置は地方自治体や私立学校の自主的な取組により進んで来た経緯があること等に配慮すべきとの意見がある。」とな。「【今後更なる検討が必要と考えられる内容】」として、「(司書教諭について)」は、次の1つだけがあげられている。

○ 司書教諭の専門性の向上のためにどのような施策が考えられるか。

ここで専門性って何のことを言っているのだろう。配置(学校図書館の仕事をできるだけの時間の確保等)の問題はどうするの?これも専門性の発揮の問題だけれど。冒頭の前回からの質問では、次のようにあるんだよね。

全団体への共通の質問として、「学校図書館に専任の司書教諭を配置することが前提での説明であったのか、専任の司書教諭に代わって専門性を有する学校司書を配置してほしいという趣旨の説明だったのか、どちらなのか」という質問に対し、全団体共通して、「司書教諭の配置が前提であるということで説明した」との回答がございました。

ソウナンダア。

 今、24を観ているんです、毎晩1話ずつ。で、やっと今、第4シーズンで、昨日、エピソード19を観たんですね。いろいろあって、今、副大統領が繰り上がって大統領なんですよ。で、この人がですね、リスクをとれない人なんですよ。でもプライドは高くて、余計なことするから作戦が失敗しちゃたんです。第4シーズンまで、何人かのダメリーダーが出てきていて、かつ、何人かのイケテルリーダーも出てきているんですね、このドラマの裏テーマですかっていううくらい、リーダーシップ論になってる。今回のエピソード19の中で、マイケルが「Let them do their job.」って大統領にアドバイスするんです。少なくとも今回この場面ではそうなんですよ。優秀な人を雇うということが前提となるが、雇った人(この場合は専門職)の現場の判断を尊重し、信頼して仕事を任せ、しかしなにかあったら自分が責任をとる、それが真のリーダーでしょう。それは、上に行けば行くほど、そうだと思う。
 リーダーシップ文化というものが、日本ではほんとうに、十分に練られてきていないんだよね。みんなで話し合っているのはいいけれど、責任を取る覚悟もなく発言している人がいっぱいいる。そして、リーダー不在だから、誰も責任をとらない。こういう社会でいいのだろうか?
 ジャックがカッコイイのは、常に作戦の最終目的を明確に認識して行動していて、プロフェッション(専門職)としての信念がブレないから。そして、自分の行動と発言に責任をとる覚悟がいつもあるから。自立しているから。銃を構える姿がカッコイイとか、究極のところで必ず決めるとか、そんなこっちゃないよ!(笑)

(2016.4.15夕刻追記)専門職養成の制度を作るときには、国家・政府、高等教育機関、市場(職場/職能団体)の間での対立や緊張を含んだ、長い検討の過程があるのがふつうというときに、日本の図書館専門職養成については、それに戦略的に取り組めてきていないということがある。これについては、根本彰先生たちが取り組まれたこの論文を読んでください。管理栄養士、臨床心理士の分野がなぜ、司書に比べてベターと思われる制度を作ることができたか、という切り口だと思います。

2016-03-07

司書教諭資格付与科目の実践共有<学校経営と学校図書館>事後補足+"子ども哲学"紹介動画

 昨日は、とてもいい質疑応答となり、大感激でした。もう少し時間があればよかったかなとも思いますが、記録を作って公開しますので、その記録に、注釈を付けるなどして、論点がクリアに見えてくるようにしたいと思っています。お楽しみに。
 さて、昨日の私へのご質問で刺激的だったのが、私の授業での学生たちのディスカッションに対して、ルーブリックを作って、評価基準を示しているか、というものでした。「していません」が回答なのですが、その後、私のクラスのディスカッション評価ってどうしたらいいだろうと考えていました。そこに、このたび『学校経営と学校図書館』(樹村房, 2015)の教科書をいっしょに書いてくださった河野哲也先生から、ヒントになりそうなビデオが届きました。"子どものための哲学"の紹介動画です。小学校4生〜6年生の子どもたちの対話の様子だそうです。3分弱の短い動画なので、ぜひ一度、上記リンクをクリックしてご覧になってみてください。私も、ディスカッション評価について、もっとよく考えてみます。

 連続シンポジウム、次回は「学校図書館メディアの構成」を取りあげます。実践報告は、青山比呂乃さん、中山美由紀さん、吉田右子さんです。
 日時:2016年5月29日(日)13時15分〜15時50分
 場所:立教大学池袋キャンパス1号館1階1104教室
みなさんとのディスカッションを楽しみにしています。

(2016.3.30追記)当日の発表について、今井さんのブログで整理してくださっています。今井さんは、ご自身の指導について、「私は,モチベーションを上げて,どんな入り口から入ってきても何とか興味を持ってもらって,最低限の所までは連れていくというアプローチです。」と書いておられますが、確かに、司書教諭資格のプログラム、特に、概論的位置づけである「学校経営と学校図書館」に来る学生は、それぞれに学習の動機づけが違っています。過去の学校図書館経験もそれぞれ違うしねえ。ただ、授業というものは、どの授業も、それぞれの学生が登録・履修に至る背景というのは違うもので、学生と教師の間でいかにそれをすり合わせて、授業を、学びを創造していくか、ということになるわけですよね。学生各人の特性、教師の特性があって、毎年、同じ授業には決してならない。先日の発表は、まあ、平均的なところを取って、というか、私の授業に向かう考えをお話したという感じです。
(2016.4.4追記)こどものための哲学対話に関する、少し長め(14分弱)のビデオがアップされました。これは、大学における自由なグループディスカッションの導入ビデオとしても使えるのではないかと思います。私も、今年の初回の「学校経営の学校図書館」の授業で、よいグループディスカッションとはどのようなものかを考えてもらうための導入として使ってみようと思っています。