Hatena::ブログ(Diary)

東京から飛んで学校図書館を考える

2016-11-10

シンポジウム最終回+アメリカ大統領選挙

 前回のブログエントリで書きましたが、連続公開シンポジウムが来週11月20日(日)午後で最終回になります。大阪教育大学天王寺キャンパスにて。実践共有は、家城清美先生(同志社大学非常勤講師)、足立正治先生(元・甲南高等学校教諭;元・大阪樟蔭女子大学非常勤講師)、中村(立教大学)より。最後に、コメンテータとして、全5回に参加してくださった山本敬子さん(小林聖心女子学院司書教諭)に、お話いただきます。17時終了ですが、天王寺にて懇親会を予定しておりますので、参加していただける方は、ぜひ中村までご連絡ください♪

 さて、昨日のアメリカ大統領選挙...朝から学生たちと図書館総合展に行っていた私は、お昼ご飯時にネットニュースを見て、いやもうびっくりというか、呆然というか。オハイオ州が決まった時点で、「終った...」という連絡がスマホに来て、その後、フロリダがダメで、さすがの諦めの悪い私も、こりゃだめだと。夜は、ヤケになって、サイボクハムで高い豚肉買って帰って、常夜鍋ワインガブガブといたしましたとさ。
 昨晩からずっと、なぜ負けたのかを考えていました。住んでいる日本の政治の動向だって理解できない私が、アメリカの政治の謎解きができるわけもないのですがね。
 でも、今朝になって、Hillary氏の敗北宣言(concession speech)を見て、いや、ほんとこれがアメリカだわ、そうだとしか思えないし、思いたくない、と。日本語だとこれがいい記事だと思いますが、ぜひともスピーチの英語原文(例えばココ)を見ていただきたい。ただ、昨日「終った...」と連絡してきた御方にスピーチの話をしたら、「なぜこういった演説が最初からできなかったのか、、、」とな。確かにナア。Hillary氏ってスピーチするときいっつも余裕がなくて、感動したことなかった。でも、今回はわたしは泣いちゃったよ(笑)。まるで、キャンペーン中のスピーチ・ライターと違うライターを雇ったんじゃないかと思うほどイイ。以下の部分が一番いいかな。(ちなみに、このスピーチの前に、Hillary氏を紹介したのが、副大統領候補だった、Tim Kaineだったから、"as Tim said"。)

   I have, as Tim said, I have spent my entire life fighting for what I believe in.
   I’ve had successes and setbacks and sometimes painful ones. Many of you are at the beginning of your professional, public, and political careers — you will have successes and setbacks too.
   This loss hurts, but please never stop believing that fighting for what’s right is worth it.
   It is, it is worth it.
   And so we need — we need you to keep up these fights now and for the rest of your lives. And to all the women, and especially the young women, who put their faith in this campaign and in me: I want you to know that nothing has made me prouder than to be your champion.

 このスピーチの間ずっと、左にダンナさんのBill、右にTimがいるのよね。で、二人とも、特にBillがさ、ずっと泣きそうなの。これがねえ。。私は、案外いい夫婦じゃないのと、映像の最初からずっと、チラチラ見てしまった。本気で、応援してたんだな、って私は感じました。やっぱり、女性の社会進出は、パートナーがどれだけencouragingな人かにだいぶ依存しているのだと思うよ(生育期に見た親の後姿やかけられた言葉、職場の環境も大きいだろうが)。Hillary氏がダンナさんの閣議にいつも臨席していたとか、さまざまな要職を務めたことについて、批判はあると思う。私も近くにいたら、心底キライ、公私混同だ、と批判したのじゃないかと思う(笑)。でもねーーー、こうなって見ると、そういう状況でなければ、アメリカにおいてすら、女性が大統領の最後の2人の候補にまではなれなかったのかな、って気もします。
 Hillary氏が、いつも余裕がなく見えていたのも、常にfightしている気もちだったんだろうな、と今になって思う。今回の大統領選挙の最後、女性だからということでHillary氏が負けたということなのかどうか、それもわからないことではあるが、彼女の人生がfightし続けてきたものであったことはわかった(笑)。そして、ダンナさんのBillはそんな彼女を、誰よりも尊敬しているのだなということもこのビデオには明らかかなと。あっ、ビデオはyoutubeにいっぱい上がってるかと思いますが、私はこれを見ました。冒頭の40分くらいは会場風景だけで何も起きないのですが〜
 はあ、とにかくこのスピーチは歴史に残るわ。少なくとも私の記憶に残る。
 学生たちと話していると、親にこう言われた、おじいちゃんにこう言われた、というのをよく聞く。「無理って言われた」「今の時代は…って言われた」というようなものがほとんど。なんで若者をdiscourageするのかな、と思う。年をとっていけばとっていくほど、後輩たちをencourageするのが、男女関係なく年長者の責務になっていくのですよ。前向きなアドバイスならともかく、discouroageするなよ!!話がずれますが、ここ数ヶ月、アメリカの学校図書館研究者のおばあさまとメール交換をしていて、頼みごとをしている。彼女は常に、私をencourageするために、返事をくれるのですよ。あなたを応援するために、私にできることならなんでもする、と言ってくれる。師弟関係も何もない。ただ、1度会っただけの関係。いや、ほんとうに、これこそが、年長者が後輩に対してするべきことだと、私は改めて学びましたよ。年を取れば取るほど、自分のために活動しちゃだめです。他者のために活動すべし。(自らへの戒めとして記しておきます。)
 Hillary氏のこのスピーチの後半は、後輩の女性たちに向けてのもの。FacebookのSandberg氏のベストセラーLEAN INも、タイトルの意味するところは、前のめりになってという感じだよね。そうやって、アメリカの女性たちは、今ある女性の社会での活躍をリードしてきたのだと思う。そんな彼女たちが、fightとか、lean inとかって表現するような気もちでがんばってきたことに対して、賞賛と感謝の気もちをもつことができない人(特に女性)がいるだろうか。当然、Hillary氏のすべてを知っているわけではまったくないし、自分がすごく好きなタイプの人間に私の目に見えているかというと正直違う。でも、このスピーチはほんとうにすばらしいと思うよ。(スピーチ・ライターがいるにしても)彼女は、本気で言ってると思うなあ。
 数年のうちに研究休暇を取らせてもらってアメリカに行きたいと思っているわたくしですが、さて、どうなることやら。でも、繰り返すけど、このスピーチはすばらしい(笑)。
 あっ、そうでした。昨夜のトランプ氏の勝利宣言のスピーチの後ろにいる二人の顔見て!この二人の顔を見て、Hillary氏の後ろの二人の顔と比べるだけで、スピーチの重みが違うと思うわぁ。

2016-09-12

連続公開シンポ「司書教諭資格付与科目の教育実践を検討する」ファイナル

 いよいよ、最終段階にきました。以下のとおり、2度、大阪教育大学天王寺キャンパスにて開催いたします。

2016年9月24日(土曜日)13:15-15:50
「情報メディアの活用」の教育実践@天王寺キャンパス西館第9講義室
パネラーは、今井福司先生、中島幸子先生、森田英嗣先生です。

この日、懇親会を梅田で予定しております。ご参加いただける方は、なるべく事前に、holisticslinfoあっとgmail.comに一言、ご連絡くださいませ。
 
 そして、最終回は以下のとおり。

2016年11月20日(日曜日)13:15-17:00
「学習指導と学校図書館」の教育実践@天王寺キャンパス中央館416教室
パネラーは、足立正治先生、家城清美先生、中村です。
この日は、いつもの進行の後、公開シンポジウム複数回参加者1〜2名にこれからお願いして、問題提起もしていただきたいと思っています。

2016-08-27

香港!

 オハイオから帰国成田に一泊して、すぐに、学生3人といっしょに、香港に渡りました。学生たちはまだ香港ですが、私だけは帰国しました。さて、学生たちの香港行きは何が目的でしょう?---ただの図書館見学ではございません。図書館実習です。今年度から、香港の某大学図書館を実習先の選択肢に入れ、3名の学生が希望して、実施とあいなりました。いちおう、、、本学もSGUでございます。
 実働10日で、2週間の滞在になります。実習の詳細は、そのうち、どこかに英語で報告をしようと、受け入れ先のライブラリアンと話しています。ちなみに香港はすべての大学(名門の高校も)が授業は基本的に英語ですね。でも、英語ではなくて広東語が日常的には話されていますから、母語が英語ということではないので、日本の学生の英語でもあんがいいいペースでお互い話ができます。でも、香港大学の先生とお会いしたときは、もーすごい勢いで話されるので、けっこう圧倒されていたかな?
 私も1日だけ、実習に同行しました(学習の主体は学生たちですよ、もちろん)。内容は香港大学図書館香港公共図書館の見学と現場の方たちへのインタビューでした。香港大学図書館は、テクノロジーの導入が進んでいたなー。席の確保は写真のようなシステムでする。席取り合戦が熾烈だそうで。公共図書館は小さな、公営住宅(マンション)の一角の図書館でした。まだ夏休みのようで、狭いところにご老人から子どもまで人がいっぱい!児童書は半分以上、英語のものでした。英語学習のニーズは明白です。でも、大人のコーナーになると、中国語のものが過半数になる。なんだか不思議な感じです。インドなんかもそうなのでしょうか。まさか、いつか日本の公共図書館もこうなる???
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 海外への図書館実習生送り出しは、今後、本学司書課程で選択肢を増やしていきたいと思っています。やっぱり、日本だけ見ていては、大事なことが見えてこない、という確信に至っている私としては、司書課程の教師である限り、ライフワーク的にこれに取り組もうと思っています。そして、日本のライブラリアン養成の高度化の方はまた別のルートから。そのうち、そのアプローチについても、書ける日が来ればいいなあと思っております。
 いやあそれにしても、香港の食事は本当に美味しい。現地の人に驚かれるような下町のホテルに泊まり、周辺の大衆食堂を回りました。当分、ダイエットモードでいないと、まずい感じです。。

2016-08-19

OHIO! II

f:id:to-yurikon:20160814160822j:image:w360:left 今日の写真は、オハイオ州立大学(Ohio State University)トンプソン図書館(Thompson Library)です。こちら、複数の受賞歴があって有名だと思います。なんと約100億円をかけてリノベーションを行ったものだそうで、いやあ、すごかったです。コレクションといい、建物といい。来訪の価値ありです。これからの図書館というものを、どう考えているか、これから100年以上価値のある図書館であり続けることができるか、がよく考えられていると思います。
 一言でいえば、この図書館は、コミュニケーションのための快適な“場所”(“Library as a Place”)なのだけれど、一部の空間(例えば書架が並んでいるエリアや静かなリーディングルーム)に行くと、そこは、おそらく意図的に、古典的な図書館の雰囲気が作られているのが印象的でした。歴史ある“図書”というメディアをこの図書館を作った人たち(設計者だけでなく、ライブラリアンたち、オハイオ州立大学)が尊重していることは明白で、図書館は深い黙考を促す場所でもあるというメッセージを来訪者の身体に伝えてくる。ガラスの先に見える図書コレクションの圧巻!しかも、ガラスを多用した近代建築が、図書というメディアをまるで電子メディアかのように見せている感じもします。写真を見て、みなさんは、いかがですか?ガラス越しに見ると、きれいに並べられた図書は幾何学的で、実は0と1だけの世界なのかなと思わせられるような単純さを私は感じます。一方で、パソコンの置かれたエリアや、メディアはすぐ近くには無く、なんらかのコミュニケーションメディアを利用者自身が持ってきたり、個人的な活動ではなくて、他の人と出会うことを想定しているだろう、快適な椅子の置かれたエリアは、とてもゆったりとしている。この組み合わせ方がすばらしい。
 これから数百年の単位で図書館について考えようというとき、この組み合わせになるのだろうなあと思いました。すごく説得的。過去と未来を同じ空間に収める。つまり、書物なりメディアなりが中心ではなくて、利用者が中心になる、ということ。利用者がどうとでも使える、ということが重要だということですね。フレキシブルかつ利用者が快適にコミュニケーションを進められる空間を作らないとなりません。まあしかし、土地が十分にある、ということも大きいですね。昨日紹介したコロンバス・メトロポリタン図書館本館と言い、広い土地あってこそ、だなあとは思います。日本の狭い空間で、アメリカ図書館のような快適な空間を作るのは簡単ではないのではと思います。やっぱり、パーソナル・スペースつまり人と人との間隔がね、ある程度は無いと…人間の個人としての自立を前提としたコミュニケーションと社会のあり方を模索すると言っても、生物として、何か無理があるのじゃないかなと思いますね。
 今回、図書館2館のほかに、オハイオ州立大学内の漫画図書館・博物館(The Billy Ireland Cartoon Library & Museum)OCLCを訪問することができました。OCLCではデータセンターを見学させてもらうことができ、WorldCatサーバーを見ることができて、ちょっと感激しました。ただ、インターネット時代、無料の情報があふれる時代にあって、OCLCはこれから何をしていくつもりかと同社の重役の方に質問したところ、利用者が使いやすいシステムを作る、というシンプルな答えのみで、それ以上はその話題について話そうとしてくれなかったことに、ちょっとがっかりしました。それだけ危機意識があるのかなあ、とも思ったのですけれど、さてどうなのでしょう。
 最後に、IFLAの2016年年次大会で参加したセッションについてです。ひとつは、目録の電子化に関わるこちらのセッションに出ました。RDAへの展開なんかは、学校図書館の文献だと英語でもまだほとんど見かけないのではないでしょうか。でもこのセッションに3時間強出て、やっぱりもっと勉強しないとだめだなあと思いました。NDCによる書架分類のことしか考えていないのは、ほんとうにもうあまりに古典的すぎて、子どもたちが、というか大人たち自身もですが、要するに一般図書館利用者が今、移動しつつある電子資料の世界(時代)での図書館専門職への接続、展開がまったくできていないことを意味するのかもしれません。もっとも、テクノロジーの発展は継続しているので、VHSが無くなるように、今、AACRなりNDCなりからRDAへと言っていても、これから表れる新しいテクノロジーによって、RDAのような図書館的発想での情報の目録化のようなことは必要性が無くなるということがありえないとも言えないと私個人は思っています。でも、そのようなことが起きるときには、それまでにRDAを学ぶところにまで至っていなかったようなライブラリアンは、完全に変わってしまう図書館の世界、もしくは情報の世界で、新しい立ち位置をすぐに見つけることができるかどうかも疑問ですね。
 最近つくづく、自分が退職する20年後まで、このプロフェッションがあるのかなと思います。日本のように、図書館専門職リニューアルして、進化させていくことに興味をもっている人たちが多くないところで、旧態依然として古典的な仕事をしていて、一方で、図書館の外ではどんどん情報の世界が変わっていっていて。実際、図書館専門職専門職と言えない状況に追い込まれていて、すでに待遇面では官製ワーキングプアと呼ばれるような扱いを受けるまでになっている。RDAなどの話を聞くと、日本の司書課程は歴史を教えているのではないか、とすら思ってしまいます。未来志向のつもりでいても、実際には、図書館の外の世界からあまりにも乖離しているのではないかと。この問題は、今回、この目録のセッションに出る前から考えてはいたことでしたが、そもそもこの時代における情報の、知の目録作成ってなんだろうと、本気で考えさせられますね。一方で、身体性ということを考えると、図書という形態や、書架分類の行われた図書館という知の小宇宙を体感できる物理的な存在の価値というのはあるのだろうと思いますが、図書館専門職の必要性ということと、図書館という物理的な場の必要性は別々に考えられます。なぜ、図書館専門職が、コンビニのバイトよりもラクだなどという意見がインターネット匿名の投稿ではいくらでも出てきてしまうというような現状になっているのか、実際、ワーキングプアになるくらいのお給料しかもらえないことが広まっているのか、日本の図書館関係者はもっと真摯に、深刻に、深く考える必要がありますね。そうじゃないと、表向きは、図書館専門職がいることは大切です、司書教諭のほかに学校司書も配置が必要です、なんて言ってもらえても、裏では、“この人たちは時代がわかっているのか?”“いつ図書館が完全に不要になる時が来るとも限らない状況なのに、この人たちは今もまるで昭和を生きているかのようだ。”“自分たちを時代とともにリニューアルもできず、専門職としてのヴァージョンアップもしなければ、自分たちが専門性があると主張する情報の分野で社会においてリーダーシップも発揮しないのに、専門職を主張するこの集団は何だ?労働運動か?”と内心で多くの人に思われてしまうのではないでしょうか。やっぱりもっと、日本で図書館職がここまで待遇が悪くなったことについて、本気で考えてみる必要がありますね。
 目録のセッションのほかは、3つの、教育関係のセッションに出ました。今年、私は、勤務先から研究助成金をもらっていまして、百万あるとそれなりのことができそうです(久しぶりにまともな額の研究費がある、うれし〜)。この助成金で検討しているのは、日本の学校図書館専門職養成を世界の図書館情報学教育で行われているe-learningプログラムと接続することで、レベルアップできないか、です。日本の中だけで考えていたら、やっていたら、だめなのですよ、と私は思うのです。図書館情報学教育に関わる教員の“質”の問題がありますし、日本という社会が変化に対して常に慎重で、情報の世界に関して言うと、完全に図書館職が後れを取っている状況にあって、外を見ないでどうする?と。図書館関係者が内へ内へ逃げ込んで行っているような状況から、発想を、姿勢を、転換しないと。
 今回のIFLAで教育関係のセッションに出てみて、自らについてもそういう内向きの思考があったなと改めて反省しました。そして、現実の動向で言うと、北米図書館情報学教育のiSchool化という方向性は間違えていないのではないか、という印象を今さらですが、もちました(iSchoolについては改めて書きたいと思います)。シラキュース大学のiSchoolの人たちと、コロンバスでも一緒に食事に行くことができ、いろいろ話すことができたのですが、iSchoolに入学したいという学生が世界中にたくさんいる一方で、図書館職員養成のコースの縮小が続いている印象です。日本でもこれって起きているのだと思うのですよね、司書課程の数は確実に減ってきているし、ポストも非正規化している。大学が潰れる時代だということもあるけれど、どこを減らすかと言ったら司書課程になってきているわけですよね。うちの大学は大丈夫、などと司書課程の教員が思っているような大学は、大学そのものがやばい状況にある(なる)かもしれないよ、、、
 さて、長々、日本の状況について否定的なことばかり書いたようですが、私個人としては問題の認識ができた、それがクリアになったという感じです。未来予想を完璧にできる人なんていませんし、私も未来のことは常にわからない気もちでいますけれど、自分で切り開いていくっていうのが重要かなと思っています。なんとなくまずいと思いながら考えることから逃げる、内向き(後ろ向き)とかっていうことをしていて、ハッと気づいたら、なんでこんなことに、、、みたいなのは、プロフェッションとしてもまずいよね。やったけど、だめだった、の方がまだいい(と私は思う)。私個人としては、前向きになることができた旅だったと総括しています。

2016-08-18

OHIO!

f:id:to-yurikon:20160816141610j:image:w360:right シラキュースで4泊ののち、オハイオ州州都コロンバスに、2016年のIFLAの年次大会に参加するために移動して、あっという間にまた4日が過ぎました。
 さて、今年のIFLAですが、アメリカ図書館およびアメリカライブラリアンシップをモデルとしているようなところのある私にとっては、非常にproductiveな会合でした。参加したセッション議論のあったことについてはこの後書きますが、まず、昨晩出た、Cultural Eveningのイベントが私には大変に興味深かったです。Cultural Eveningは、以前にも紹介したことがあったかもしれませんが、IFLAの年次大会中に1度あるイベントで、夜に、その開催地の文化について紹介する、たいていはちょっとした食事も提供されるというようなイベントです。
 今年のCultural Eveningの会場は、COSIというところを会場として開催されました。COSIは、Center of Science and Industryの略で、ここに歴史が書かれていて、そうは書いていないのですが、私の見たところでは基本的には子ども向けなのではないかと思いました。この歴史の説明の最後に、今の建物は35年前の磯崎新さんの建築とありますね。ちなみに、公立ではなくて、NPOによる経営ですね(こちらに予算のことが書いてあります)。Parentsなる雑誌に、全米でもっともよい科学館と認定されたこともあるようです。
 この科学館での開催というのが、次の2つの点から私にはとてもアメリカ文化の紹介として適切だったなと思いました。
 1.過去に私が出たIFLAのCultural Eveningは、たいてい一つの大きな会場(部屋)で行われ、全参加者が一つのところに集まる形でした。今回は、そういう一体感の演出は無し。科学館を貸し切って、参加者は自由に施設内を回りました。誤解を恐れずに端的に言えば、アメリカ個人主義が表れていたかと思います。自分の国のすごさを全員に一斉に見せつける、みたいな発想じゃないのですね。かつ、会場が「Science(科学)」と「Industry(産業)」のショーケースのようなところ、というところ。これが極めつけ?!ですね。自分たちの文化は=近代科学と工業化社会、と言っているようなものじゃないですか。いっぱんに、その国の文化を示す、というと、多くの国は、伝統文化を出してくると思います。まあ、スウェーデンABBAっていうのがありましたけど(笑)。すでにほとんど見かけなくなった、過去の遺産にフォーカスをあてる。嫌みなほどに、古いものを出してくる気がするのですが、アメリカはもうそこは諦めているのでしょうねえ?彼らがそこにフォーカスを当てようとすると、ネイティブ・アメリカンになってきますね。(カナダは、最近は、そこに光を当てまくって、アイデンティティの再構成をしようとしていると感じます。)
 2.科学館の各所でいろいろなエンターテイメントが提供されてきました。例えば、Two Left Feet Line Dance Instruction(ダンスが下手な人向けのラインダンス指導という意味のようですが、カントリミュージックを流して列に並んで簡単な踊りをみなで揃えてしていました。もちろん誰でも入って踊れますよ!)、Columbus Gay Men's Chorus(きれいなおねえさまがバンドを背に歌って、みなが自由に踊るという。と言うか、ゲイってアメリカ文化という自己認識なのね、と)etc.。同時に、各階に設けられた会場がEast Coast;Midwest;South;Mountain West;West Coastの地理区分それぞれにあてられて、それぞれのお料理をバッフェ形式で提供していました。私は、East Coast(東海岸)、Mountain West(ロッキー山脈周辺部)、West Coast(西海岸)に行って食べましたが、それぞれ、ニューヨークスタイルのピザとシーザーサラダとニューヨークチーズケーキナチョス、ビーフ・ブリスケット、コールスロー、チョロス;お寿司、冷たい緑茶といったものが人気でした。特にお寿司はすごい人気ですねえ、驚きます。この形式のお料理の提供は、アメリカは地域(州)毎に違うのよ、っていうことを食事を通して示していたように感じました。つまり、多様性(世界中から人の集まる移民の国)ということが、アメリカ文化なのだというメッセージを、このお料理の提供方法に私は見ました。いいですねえ。
 といったことで、Cultural Eveningがほんとうによくできていたなあ、というのが私の今年のIFLA体験一番の感想でした。
 ところで、写真はColumbus Metropolitan Library本館(Main Library)児童室です。現在、州立図書館群(うち10館)は、なんと約135億円をかけて新館建築リノベーションを行っている最終段階だそうです。入口に寄付を出した人のリストがありました(3つの団体が1億円を寄付)。この中央館は、かなりの広さ(3階建)で、新館建築とリノベが終わっていました。人が写っていませんが、左奥も右奥も、棚の向こう側の快適そうな空間に子どもがいました。とっても快適そうな床、椅子が向こう側にあるのです。特に椅子は、個人で軽く横になりながら本を読むことができるようなものだったりして、とっても快適そうで、どれも子どもたちで埋まっていたので、写真が撮れず、お見せできないのが残念です!この本館近くはダウンタウンで、黒人も多く住んでいるようで、利用者もそうでした。特に児童室は黒人の子どもばかり。パソコンのゲームをしている子もいましたが、多くの子どもが快適そうな椅子に座って、集中して本を読んでいました。大人のフロアで勉強している黒人の高校生も複数、見かけました。もちろん、白人などの利用者も、半数以下だったと見えましたが、いました。見た感じでは多様性のある利用者層だったと思います。しかも、私が過去にアメリカで見た公共図書館の中でも、もっとも雰囲気がよかったと思います。図書館の設計案としても、サービスのあり方の参考例としても、訪問の価値があると思います。
 さて、これから飛行機の中で、IFLA2016で参加したセッションで考えたことについて書いて、明日、アップしたいと思います。今日はこのくらいで。
 あ、話が思いっきり変わりますけど、デンマークからの参加者が集団で、男女ともに、Cultural Eveningの会場(屋外のエリアですけれど)の食事の列に並びながら、私のすぐ前で、タバコをもうものすごい勢いで吸っていまして。ほんと北欧の人たちって思いのほか吸うなと改めて。大嫌煙家の私はよっぽど、こっちに煙がかかってんだよ!!!I am forced to smoke with you!!!とでも、喧嘩をふっかけそうでしたけれど、さすがに同じライブラリアンの仲間が集まる場で喧嘩はないかと諦めました。北欧の社会(空気)があまりに正しい(いい)から、あえて害(煙)にでも触れたくなるのでしょうか。誰か、彼らがなぜあんなに吸うのかを教えてください。って、この部分、炎上しそうだな(笑)。とにもかくにも、私は、小池百合子センセーが、選挙期間中に言っていたとおり、東京都タバコの規制を進めてくれることを信じています。一刻も早く!受動喫煙のない社会の実現を望みます。