「渡米実業団」日録

情報資源センター・ブログ別館

 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

 1909(明治42)年9月14日(火) 日本での報道「一行はポートランドに到着。短い滞在ながら米国官民の熱烈な歓迎を受ける」(東京日日新聞)

東京日日新聞』 第11768号 (1909.09.14)

  ○渡米実業団歓迎
    (十一日在ポートランド沼野領事発電)
実業家一行は九月九日ポートランド着、商業会議所よりの出迎を受け、午前は観覧車にて市内を見物し、午後は数組に分れて製造工場・市庁、学校等を観覧し、同夜商業会議所の主催に係る晩餐会に臨み、席上会議所会頭・知事代理・市長・マウス少将及ウイルコツクス等の日米親交に関する熱心なる演説に対し、渋沢男・中野会頭外三名の答辞あり、盛会を極む、十日朝汽船にてウイラメツト、コロンビヤ両岸の製材所・製粉所を観覧し、午後晩香坡兵営に到着、マウス司令官は一行の為めに特に陸軍閲兵式及び招待会を開催したり、一行の当地滞在は短かゝりしも、米国官民の熱誠なる歓迎は詳細当地各新聞に報道せられ、日米の親交と貿易の促進に資する所大なるものありたり
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.119-120掲載)