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ぶろぐ・とふん

2013-05-20

僕、馬 I am a HORSE

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 「刊行マヂカです」と何度となく問われる度にふれていた『僕、馬』が、来月ようやくのこと、ヒノメを見る運びとなりました。

 『僕、馬 I am a HORSE』は、岡山に住む藤井 豊が2011年東日本震災の一ヶ月後、4月11日より約1カ月余りを東北沿岸部を歩いて撮った写真集です。そして今日は、藤井君がその撮影旅行から帰還して2年という日にあたります。


 藤井君がどうして東北へ向かったのか。その問いを藤井君に投げかけて、ひとつとして同じ答えがかえってきた試しはありません。しかし、それは藤井君と私が対話・編集を重ねるなかで、少しづつ形を見せはじめ、おそらくはこの写真集が彼の答え、あるいは新たな問いとしての顔をあらわし始めたように思います。私自身、藤井君と同じ道程を編集作業を通して歩かされたような気持ちを持つにいたりました。

 撮影枚数3000から200カットを厳選し、それを半切の印画紙にプリントしながら、それを藤井君は個展という方法での展示を選ばず、当初から写真集を作りたいという意志があったように思えました。そして、その意志が、この写真集をどのような形にするかという問いが私たちの目前に差し出されたとき、はじめて答えの指針が見えたのですが、それからが長かった。

 藤井君が歩いた日数一カ月余、暗室作業3カ月、残りの時間が編集に宛てられていたと振り返ることができます。


 編集という試行錯誤のなか、私たちのあいだでクローズアップされたのは、写真とはなにか、写真集とは何かという問いでした。「写真とはなにか」については、さしあたり藤井君によって撮られた写真が答え、「写真集とはなにか」について、この『僕、馬』がその答えとなるでしょう。こうした問答は「男(女)とは何か」「人間とは何か」ということを言っているようで、答えは目の前に差し出された実態とならざるを得ない。また私のなかで「写真集という書物とはなにか」という問いが突きつけられる形となりました。


 「震災写真集」というものが数多見られるなかで『僕、馬』も、必ずやその一連のなかに位置づけられることでしょう。しかし、藤井君と私にとって、この写真集を作りながら、すでに「震災」はきっかけだったと感じるようになっていました(同時に終わらない「問い」として差し出されている)。誰も「震災」を総体として受けとめきれずいるのだから当然といえば当然のことです。


 いずれにせよ『僕、馬』は6月21日、夏至の日を刊行日として定めました。

 

 以下、『僕、馬』本文より、その成立を記した個所です(本書は英文併記)。


¶ ここに所収の写真は、3.11東日本大震災による津波に遭った青森岩手宮城3県の太平洋沿岸部から福島県内陸を経由する行程(2011年4月11日〜5月20日)で撮られたものを中心とする。

¶ 撮影者の移動はおおむね鉄道、徒歩、車による。もっとも徒歩による行動を心がけたが、偶然の出会いから車への便乗を許されることも一度ならずあった。宿泊は主に野営であったが、処々で受けた一宿一飯の御好誼なくして、この旅は成らない。

¶ 撮影から帰還し、フィルム現像、印画紙へのプリントなどの暗室作業は三カ月間に及ぶ。コンタクト・シートから200カットを厳選し(セレクトの段階では荻原魚雷扉野良人両氏の眼にも頼った)、それらを半切(14×17 inch)の印画紙にプリントした。

¶ 収録の写真は、すべて印画紙にプリントされたものに基づく。

¶ 編輯・装幀・本文ページのレイアウトは概ね扉野良人氏による。

¶ On March 11, 2011 a major earthquake devastated the Tohoku region of Japan.

This book is comprised of photographs, which for the most part were taken while traveling to this area from April 11 to May 20, 2011. The photographer followed the Pacific coastline of Aomori, Iwate and Miyagi prefectures, taking his path inland upon reaching Fukushima.

¶ This journey would not have been possible without the kindness of new acquaintances. Meals and lodging were often generously provided, as was an occasional ride. Many nights however were spent in a tent, and while intending to travel mostly by foot, he also used trains.

¶ The next three months were spent in the darkroom developing and printing the photographs that resulted from his journey. From roughly 3,500 images, two hundred pictures were carefully selected with guidance from Gyorai Ogihara and Yosihito Tobirano, printed on 14 x 17 inch photographic paper, and scanned for publishing.

¶ This book was designed and edited by Yosihito Tobirano

izaiizai 2013/05/23 15:11 そうか〜。「僕、馬」の翻訳は、"I am a horse." になったんですね!"I and a horse"じゃなく。ブッダカフェで聞いてたのかもしれませんが、「なるほど」という気持ちと意外な気持ちが7:3くらいで混ざり合っています。"am a"がイタリック体になっているのも、意味があるのかもしれません。

tobiranorabbittobiranorabbit 2013/05/25 11:09 コメント、ありがとうございます。「僕、馬」を‘I am a HORSE’としたのは、漱石の『吾輩は猫である』の英訳が‘I am a Cat’となるのに因んでのことです。日本語の「僕、馬」のニュアンスには、「僕は馬である」「僕と馬」("I and a horse"にあたる)、「僕は馬みたい」「僕は馬になる」などなど。これらを全部ひっくるめて言い表す訳がないとわかったとき、‘I am a HORSE’ は漱石の『吾輩は猫である』を彷彿とさせ、シンプルでおかしみもあって、私たちの考えるニュアンスに近いのではと感じるようになりました。‘am a’がイタリックなのは羽良多平吉さんの影響かもしれません。

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