ぶろぐ・とふん

扉野良人(とびらのらびと)のブログ

サカキトモコ麦わら彫刻展 苞(つと)と種子(たね)と

 未明近く、長谷川四郎の「犬殺し」という話を読んでいて、次のような件りに出会い、鉛筆で思わずくっきりと目印しをつけた。

 雲一つなく、鳥影一つない、明るい空が眼から入って来て、私たちを一杯にした。(中略)遠くの方には一群の樹木があって、そこには暗黒がひそんでいた。その深深とした静かな闇のまん中には、一本の木があって、林はそれを中心として円周を描きながら少しずつ生長しているように思われた。そこには、この線路の上を流れている人間の時間とは、また別個な非常に長い時間がゆったりと流れているように思われた。そして、それら樹木たちの一番小さな孫のような若い白樺の木が何本か、林のへりに垂直に立っていて、重なり合った木木の暗を背景にして、白くほっそりと浮び上って見えた。それは一見荒涼とした、この自然の中に、何か非常に優しい、美しい微妙なものがあることを示していた。

           長谷川四郎「犬殺し」(『長谷川四郎作品集1』晶文社、1966年)


 長谷川四郎は敗戦後、満州ソビエト軍の捕虜となり、5年近くをシベリアで抑留を受けた。「犬殺し」は、その抑留の最後の時期の出来事を描いている。「線路の上を流れている人間の時間」とは、貨車に乗せられて、行き先も告げられずシベリアの大地を延々と移動する途上の、漠然とした不安に繋がれた彼らの境遇を示している。目路遥かに聳りたつ林が、自然の法則に従うかのようにように円錐状に盛りあがっていたからといって、人間の境遇などとは無縁のことだ。だが、彼が白樺の若木に見とめた「何か非常に優しい、美しい微妙なもの」までが、はたして無縁と言えようか。
 「何か非常に優しい、美しい微妙なもの」を、わたしは本から顔をあげ、未明のなかに思い浮かべていた。そのとき、ふと天井に吊られたヒンメリが目に入った。
 「ヒンメリ」とは、自然の恵みに感謝し、光の再生を祝うフィンランドに伝わる冬至祭の装飾品で、「12本の麦わらが一本の糸で平面につながれ、立体の正八面体」を作り、その幾何形体の組み合わせが無限のアラベスクとなって、自然の摂理(種子、雪の結晶、巻き貝の螺旋など)をモチーフにしたような、繊細な造形を象っている。
 日本ではおおくぼともこさんが、ひそかに研究を積み、自ら製作もして、そのうえ紹介につとめたことにより、徐々にだが知られるようになった。
 我が家のヒンメリは、おおくぼともこさんが次男の誕生を祝って贈ってくださった。
 「火迺要慎」のお札や、祇園祭の粽などが家のなかに溶け込んで、もはやあることにも気がつかないように、我が家のヒンメリもあたりまえに、そこにあってひさしい。そして、ふとしたときそれに気がつくと、ありがたいと思う。そこに信仰の芽のようなものを感じる。なにに対しての信仰かと言われると、言葉に窮するのだが、それが「何か非常に優しい、美しい微妙なもの」であることは確かだ。


 そんなことを考えていた折しもおり、おおくぼともかさんから個展の知らせが届いた。


 サカキトモコ 麦わら彫刻展

 苞と種子と




 会期|2016年12月3日(土) - 2017年1月9日(日) 水曜日休館

 年末年始休業期間|12月28日(水) - 2017年1月4日(水)

 会場|まつだい「農舞台」ギャラリー
    越後妻有 大地の芸術祭の里
    新潟県十日町市松代3743-1

 開館時間|10:00 → 17:00(最終入館/16:30)

 料金|一般600円/小・中学生300円 含・まつだい郷土資料館入館料


 STRAW MOBILE HIMMELI
 


 「サカキトモコ」と見馴れない名前が付されていたので、ともこさんに問い合わせたところ、昨年、自身のヒンメリ作品を「麦わらの彫刻」として捉え、さらに今年に入って創作活動名を「サカキトモコ」としたそうだ。
 なるほど、ヒンメリという信仰のなかから生みだされた形が、ひとりの「サカキトモコ」という名の女性によって、一個の造形としてつかみなおされようとしているのかと感じた。しかし、それは決して「なにかを生みだそう」という姿勢ではなく、「何か非常に優しい、美しい微妙なもの」を見とめよう眼差しから紡がれた、自然の摂理に寄り添う造形なのに違いない。