Discommunicative このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-03-29

4月から新社会人になる皆さんへ

甘えるな、社会は厳しい

2012-01-09

困難な時代を生きる君たちへ

努力しろ、努力が足りない

2011-08-30

ある、インタビュー、に、寄せて

こんなことを言っても笑われるだけかもしれない。しかし、あのような形式の自分語りには、慎みがない。路上で、ビール片手に鼻くそほじりながらおまんこしてるような露骨さだ。あなたがたは、あまりに下品なんだよ! 狭いサークルの中で、お互いに「キャラ」を演じあって微々たる差異を強調するような、そんな目を覆いたくなるようなぬるくてゆるいコミュニケーションインターネットによる観測範囲の増大で死んだはずではなかったのか? なんなんだこの気持ち悪い空間は、お前らは一体どうしちまったんだ? 人目もはばからずに「質問」を欲し(驚いたことに、実際自分語りを始める前に、この受動的ステップがあるんだよ!!「100の質問」よりタチが悪い!!)、ひとたびそれが与えられたら涎を垂れ流しながら自分語りを始める、あくまでも「レスポンス」として!! なんという洗練された、ピュアな、コミュニケーションによる快楽の真髄を精製したような設計、高純度の麻薬、何の情緒もない即物的な劣情満たし、糞、これが未来か、残念ながら皆さんのほうが正しい、私は、あまりに、狭量で、社交性に乏しく、私は、そして、うっ(おわり)

2011-06-05

震災と、「人間が死ぬ」のこれまでと、これからの話

毎日どこかで事故が起こり、人間が死ぬ。あるいは殺される。大きな事故が起ころうが起こるまいが、人間は、毎日、死に続けている。しかし、個別の死、分散された死は、私たちの目に止まらない。


だから、人間の死を、可視化せねばならない。人間が死んでいることを、忘れてはならない。


死から断絶した日常生活において発せられる「しねばいいのに」のような言葉。人身事故に対する悪態。面白半分に死を扱う姿勢。それらは、死に対する現実味の無さから来るのではないか?毎日誰かに訪れる死が可視化され、画面越しにほんものの死体を目にすることになっても、我々はそのようなふざけた態度を取れるのか?はい。


つまり、もっとたくさんの死体写真を、もっとたくさんの死亡事例をタイムラインに流すことができたら、フォロワーに「死」をリアルなものとして知覚させられたら、そのとき何かが変わる。日本では一年間に三万人の自殺があるという。一日に80件余の自殺事例をタイムラインにリアルタイムで表示できたら、あなたはそのとき笑っていられるか?

やってみなくてはわからない。

ならば、やってみようではないか。

今日もどこかで、ningengasinu。





という怪文書がマンションのポストに入っていたので、無視した。

2011-06-02

日記

結婚式があったので、ご祝儀に一万円渡したら後日なじられた。

2011-02-27

[]死霊のえじき(Day of the dead): 自然の反乱、そして敗北

イギリスニューウェイブ作家J.G.バラードは、人類の終わりを描いた一連の小説を書いている。

彼の小説で、人類を滅ぼすのは自然そのものだ。

「沈む世界」では温暖化によって地球全域が熱帯のジャングルと化し、「結晶世界」では自然現象によってすべてが美しい結晶と化してゆく。

私がゾンビという概念を好きなのは、彼らもまた意思なき自然現象として人類の終焉をもたらすからだ。地上を支配する知性ある人間が、ある日知性をなくし、意思なき自然現象の使者として知性を地上から駆逐してゆく。彼らは増え続け、たとえその場の危機を脱したとしても知性あるものたちの居場所はもはやないことを示唆して物語は終わる。うつくしい人類の終わり。

と、いうのが「Night of the living dead」「Dawn of the dead」を観た時点での私の認識。だから「Land of the dead」を観たときはのけぞった。知性を持ったゾンビだって?それではまるで、ただの人間じゃないか!知性を持つもの同士の戦争だか革命だか、そんなものがいったいどうだというのだ。増え続ける知性なきゾンビたちが約束する美しい世界の終わり、そいつはいったいどうしちまったんだ?

本作「Day of the dead」を観たことで、そのもやもやは解消されたようだ。ここに描かれているのは、知性あるゾンビの誕生と人間への反乱 ――つまり、「Land of the dead」へと続く道。

「Night」「Dawn」「Day」「Land」の流れは、ある物語を想像させる。すなわち、非-知性による、知性あるものたちに対する反乱。彼らは知性に反逆し、人類を終わりに導きつつあった。しかし彼らの中からも知性に目覚めるものが出現し、楽園は終わりを告げる。後に残ったのは知性あるもの同士の争いで、美しい終わりは成就することなく、世界は淡々と続いてゆく。日常への回帰。なんという悲劇。

2011-01-02

ふつうに体調を改善したい人のための精神科利用ガイド

天気の変化によって体調が悪化するという症状に、20年くらい悩まされていた。

曇りや雨の日(雨が降る直前みたいな天気が一番危険だった)に頭痛が出たり、息苦しくなったり、光がまぶしく感じたりふらふらしたり。快晴のときも時たまひどい眠気に悩まされたり。具合が悪くなるとちゃんと起きられないし動けないこともしょっちゅうだった。就職してからも症状は変わらず、会社でもぼんやりしていることが多いし時には欠席したり19時出社することも。

症状が改善したのは、今年の二月ごろあまりに体調が悪くて内科に行ったところ信用できなそうな年配の医師に「欝っぽいし精神科に行けや」と一蹴されたので精神科にいったことがきっかけ*1。処方された薬(レキソタン)を飲んでから頭痛やふらつきといった症状が明らかに改善した。症状が完全に消えたわけではなく、その後も色々な薬を試したが最近(10月)処方されたサインバルタで体調が劇的に改善。

  • 睡眠時間の安定: 今まではだるくて10時間以上寝ていることも。最近は8時間程度で安定
  • 気力の向上: 外出する予定があってもだるくてキャンセルみたいなことがなくなった。毎週末出かけても平気に
  • ネガティブな症状(頭痛、だるさ、めまい)の消滅、天候の変化に影響されなくなった

これは投薬治療の成功ケースだと思っていいだろう(現代医学の勝利!!)。食習慣の改善まぶたの整形より汎用性のある治療法だと思うし、通院の過程で得た知見についてまとめる。

精神科は薬をもらうための機関

これが大前提なのでしっかり押さえておく。「症状に合った薬をもらう」のがゴールであることをちゃんと認識して行動することが重要。

自分の症状を正確に伝える

精神科医は症状に合った薬を処方するプロであって非コミュのお前の話を我慢強く聞いてはくれない。初診時に自分がどのような症状なのかを正確に伝えることは非常に、非常に重要です。このコミュニケーションに失敗した場合、書斎みたいなところで父親然とした医師に「お前は努力が足りない」的な説教をされた上に薬はもらえないみたいなことになるのでしっかり準備しましょう(学生時代の実体験)。黙って座ってればどうにかなると思ってると残念な結果になるであろう。

診察時には、

  • いつごろから、どのような症状があるのか
  • その症状で生活にどういう影響が出ているのか
  • 処方された薬を飲んでみてどうだったか

について、できるだけ詳しく伝えることが重要。

向精神薬をエンターテイメント化する

まず前提として、薬の相性は事前にわからないし、副作用は出る。いくらプロとはいえ初診でパーフェクトな処方をすることは不可能だろう*2。したがって、様子を見ながら合うかどうかわからない薬を何種類も試すというのが基本的な治療スタイルになる。

当然副作用は色々出るし、これはまともな神経ではかなり辛い。が、これは見方を変えれば「合法的にいろいろな向精神薬を試せる」ということに他ならない。いろいろな薬を飲んで副作用を体験できるとはエンターテイメントとしてみればなかなか面白いので、積極的に新しい薬を飲みまくりましょう*3

予算について

自分の事例について述べる

みたいな処方で一回三千円程度でした(診察代+薬代)

代替手段について

自分の症状にあった薬があればいいので、個人輸入というもの選択肢としてはある。プロがいないので薬のチョイスが不安、薬の品質もなんか不安、色々な種類の薬を買うことになるので余計リスク高そうだしめんどくさい、といった理由で選択しなかった。ただ、日本で解禁されてない薬も買えたりするので治療に行き詰ったときに試す価値はあるのかもしれない。また、国内で処方される薬でも個人輸入で同成分のものを買うほうが安かったりもするので金はないけど勇気はあるという人は試してもいいかも。

おわりに

体調不良は薬で治るのでとっとと医者に行け

*1精神科に行けは有用なアドバイスだったけど、たぶん欝じゃない……

*2:私の場合だと、「この間のお薬、ぜんぜん症状が改善しない上にこんな副作用が出たんですけど」「おかしいですねー。まあいいや、では次はこの薬を」みたいなやりとりもザラ

*3:参考文献: データハウスの本や「人格改造マニュアル」など