追想特急〜lostbound express

    東良美季の不定期更新webコラムです。どんな平凡な人生にも見るべきモノはある──、そんな慈悲深い眼差しで読んで頂ければ幸いです。日刊更新の毎日jogjob日誌もよろしく。ゴッド・ブレス・ユー。
プロフィール

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東良美季(Miki Tohra)。1958年11月13日生まれ。川崎市出身。國學院大學文学部哲学科卒。雑誌編集者、AV監督、音楽PVディレクター、グラフィックデザイナーを経て現在は執筆業。最新刊『猫の神様』(新潮社)

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2005-08-16 奥山貴宏〜世界に触れるということ

tohramiki2005-08-16

「踊るんだよ」羊男は言った。「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ」村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』より。


 眠れぬ夜がいくつかあり、奥山貴宏の著作を読み返す日々が続いた。それは同時に「生きるとはどういうことなのか」「世界をリアルに感じるとはどういうことなのか」を考え直す時間だった。奥山の著作は生前に刊行されたものが三冊。まずは二冊の闘病記『31歳ガン漂流』(ポプラ社)と『32歳ガン漂流エヴォリューション』(牧野出版)。そして一冊の小説『ヴァニシングポイント』(マガジンハウス)。本来はこの、ファンの間では『VP』と呼ばれ愛されている小説について書くつもりだった。だけど事情が変わった。それ以前にハッキリさせなければならないことが出来た。正直、こんなことはあまりにあたりまえの話なので書く必要なんて無いと思っていた。だけど世界は想像以上にひどいことになっているらしい。だからハッキリさせる。そうしないと、『ヴァニシングポイント』について語れない。

 

 昨夜は12時過ぎに部屋に戻った。気分が沈んでいた。疲弊していたはずなのに何処か尖ったようなところがあった。焼酎を飲んでも眠れず、音楽を聴く気にもならず、TVをつけても気持ちが安らがなかった。なのでこの七月に出版された奥山貴宏最後の著作『33歳ガン漂流LAST EXIT』を読み始めた。読み終わった時、朝になっていた。何度か泣いた。そして朝、睡眠不足の倦怠感と共に起きだし、風呂に入りいつものようにiMacG4を立ち上げメールチェックをする。続いて習慣的にアクセスしているサイトを覗く。すると『勝谷誠彦の××な日々』の中で、池田晶子という人が『週刊新潮』誌上で奥山貴宏に関して書いているとあった。

 

 勝谷誠彦はその池田という人の文章が<三十一歳で癌になった青年が、二年後に亡くなるまでの風変わりな闘病生活を、ドキュメンタリーで放映していた>と始まり<そもそも私は、個人のあられもない内面を、得体も知れない誰かに向かって吐露したいというその心性が、理解できない。気持ちが悪い>と続くと引用していた。そして<結局この人は、自分の最期をイベントに仕立てて他人に見てもらうことに最後の生き甲斐を見出して死んだわけだ>と書き、それを読んだ読者に対しては<他人の生死に立ち会えるという興奮もあったのだろうか。どっちもどっちである>と書いているとしていた。勝谷誠彦は<世にも陋劣な文章を目にした>といつものように怒りをパワーに代えるアグレッシヴさで痛烈に批判していたが、正直僕は混乱した。意味がよく判らなかった。同じ人物を見て、ここまで違った見方というものがあり得るのだろうかという単純な驚きがあった。

  

 驚きと混乱があって何をして良いのかのわからず、仕方なく近所のコンビニまで自転車を飛ばし『週刊新潮』8月11日・18日号を買ってきて読んでみた。1ページの連載コラムというか、まあエッセイだ。読んでみても混乱は何も解消されなかった。以下、僕なりに内容を要約してみる。タイトルは「見られて死にたい」。

 

 その文章は<三十一歳で癌になった青年が、二年後に亡くなるまでの風変わりな闘病生活を、ドキュメンタリーで放映していた>と始まる。そのドキュメンタリーとは、おそらく7月23日にNHK教育で放映されたETV特集「オレを覚えていて欲しい」という番組*1のことだと思われる。まず彼女は奥山が闘病記を<ネットで広く報告する>ことが理解出来ないと言う。いわく<私は、個人のあられもない内面を、得体も知れない誰かに向かって吐露したいというその心性が、理解できない。気持ちが悪い>のだそうで<生きるか死ぬかという大事な話は他人に報告するよりも先に自分で考えるべきことではなかろうか>と言う。そして<この人はこの人なりに、絶好にして最後のチャンスと認識したのだろう。だからこそ、それをカッコよく「ウリ」にしようと決意したのだろう>と推測する。だから画面の中の奥山は<最後まで「見て見て、オレを見て!」とやっていた>のだそうだ。そのあげく<結局この人は、自分の最期をイベントに仕立てて他人に見てもらうことで、最後の生き甲斐を見出して死んだわけだ>と言う。それを見ていた読者や友人知人、家族は<人の生死に立ち会えるという興奮もあったのだろうか。どっちもどっち>なんだそうだ。そして、そこから池田サンが導き出す結論はこうだ。<私はここに人間の実存の変質を見たように思う>、それは<他人がいなければ独りでは死ぬことが出来ない人類の出現>であり、<「普通に死ぬ」ということを考えられない人類>であって、それは「そういうことを独りで黙って考えることが出来ない人類>なんだそうだ。そして文章はこう締めくくられる。<パソコンに向かって内省するなんてどだい無理に決まってる>と。

 

 あくまで要約なので興味のある人は原典にあたって欲しい。幸か不幸か合併号なのでこの文章がアップされた後でもコンビニやキオスクで手に入るかもしれない。*2ただ、ごくあたりまえの神経を持った人にとっては、残念ながら気分を害する他に得るものは何も無い。あるとすれば、世の中にはこういう人がいるのだと確認出来る程度のことだ。「世の中にはこういう人がいる」とは、夕方のニュースを見て「世の中には首を絞められ苦しむ姿を見て性的興奮を得るという男もいるんだなあ」と思う程度、という意味だ。

 

 僕の混乱とは、この人は果たしてオレが見たものと同じ番組を見たのだろうか? ということだった。何処をどう見れば<この人はこの人なりに、絶好にして最後のチャンスと認識した><だからこそ、それをカッコよく「ウリ」にしようと決意した>と見ることが出来るのだろう。それがサッパリわからなかった。僕はこの番組を3回見た。そしてこの文章を書くためにもう一度見直してみた。だけど、その隅々の、何処をどう探しても<最後まで「見て見て、オレを見て!」とやっていた>奥山なんて何処にもいなかった。

 

 勝谷誠彦の日記は<ちなみにこの女は奥山君の著作一つも読んでいないね。>と閉じられていた。僕もそう感じる。しかし、それにしても──、と思う。そのNHK・ETV特集はそんな誤解を生むほどひどい番組だっただろうか。悪い番組ではなかった。イヤ、こう書くのは僕の奥山貴宏という人への思い入れを差し引いたからで、正直言えば実に丁寧に作られた素晴らしい作品だった。まず、残された映像が必要なぶんだけあった。それは生前、奥山自身が彼の闘病記を読んでいる人にはお馴染みミヨPこと、友人のCMディレクター三好大輔氏に撮影を依頼していたからだ。NHKサイドの仕事も見事だった。ムダの無いシャープな編集だった。PC画面やケータイ、入院ベッドなどを使ったイメージも決して大仰でなく、病気の持つ悲しさを変に強調するでなくとても淡々としていた。そして何より今回もう一度メモを取りながら見直して思ったのは、制作者が足かけ3年に渡る膨大な量の日記から実に的確な箇所を取り出して引用していたことだ。それも単行本未収録部分、さらにはブログへのコメントまで。おそらくディレクターは数日夜を徹して、まさに穴の開くほど日記を繰り返し読んだのではないか? そこには奥山という取材対象への深い執着と、それを敢えてクールに突き放しまとめ上げてみせる冷静さあった。*3

 

 冷静、と言えば“あやや”こと松浦亜弥のナレーションも同様だった。おそらく制作サイドには超人気者のアイドルを起用すれば、一見深刻で暗そうな番組でも若い人が見てくれるという計算があったのだろう。しかし、松浦亜弥は驚くほどクールに淡々と読んでいた。声自体はあのアイドルらしい華やいだものだったが、おそらく彼女は最期までひたすら生きていく奥山の心情をひしひしと感じたのだろう。そこには「死」なんて遙か遠くのものと信じて疑わなかった無垢な女の子の感性振るわせたものが確かにあった。松浦亜弥の声には、奥山の生き方に共鳴した確かな響きがあった。

 

 僕は想像する。松浦亜弥は何処でVTRを見たのだろう? あらかじめMA前の画カンパケを資料として貰い自宅で見ただろうか。それとも忙しいコだからスタジオに入り、ブースの中で初めて見たのだろうか? でも、僕はハッキリと感じることが出来る。僕とあややが見たものは同じVTRだ。いまだ開かれている奥山貴宏のブログには「見ましたよ!」というコメントが続々と送られ続けている。以前から奥山の著作を読んでいた人だけではない。番組で初めて奥山さんを知りました。本、買って読みますという人もいた。彼らと僕が見たものも、同じだ。勝谷誠彦も同じものを見ただろう。それはひしひしと感じることが出来る。ただ、池田サンだけが違う。池田晶子さんだけが、僕らと違ったモノを見ていたのだろうか?

 

 申し訳ないけれど僕は池田晶子さんという人をよく知らない。知っているのは『14歳からの哲学』という本を書いた人で、哲学についての著書を何冊も書かれている人ということだけだ。そこで僕は、哲学──、ということを考えてみる。何故なら奥山貴宏の残したもの、彼の生き方ほど僕に「哲学」ということを思い起こさせたものは無かったからだ。

 

 池田サンからしたら笑わせんなよかもしれないが、僕は哲学の中でいちばん大切なのは「見る」ということだと思ってきた。つまり「私」が見ている「この物」は「他者」と果たして同じに見えているのかというモンダイだ。大学一年の「哲学概要」とかで習う「認識と客観の一致」とか「認識論」とか呼ばれるものだ。カントとかヘーゲルとかいう人達が色々考えた。世界というものが果たして客観的に存在しうるのかということを、だ。

 

 想像するに近代ヨーロッパの人達は異民族同士の領土のブン取り合いやら殺し合いやらがあって心底疲れ切ってしまったのではないか? そこで戦争が何故起こるのかと考えてみた時、自分達には「白く」見える物が隣の国のヤツには「赤く」見えてるからだということに思い及ぶ。そこで互いが客観的にモノを見るためにはどうしたら良いのか考え始めたんだと思う。これはたぶん今でも続いてる。例えば「竹島」は僕らと韓国の人では違って見えるだろうし、僕らの知ってる「靖国」は中国の人が見たらまた違って見えるだろう。「拉致」は日本人が見るのと六ヵ国協議の別の国の人が見るのとではどうやら違っているようだ。だから歴史認識以前の問題として「我々はどうしたらお互い客観的なカタチで世界を捉えることが出来るだろうか?」ということが重要になってくる。

 

 僕は奥山貴宏ほど、「見る」ということにこだわり、それを「他者」に対し正確に伝えるにはどうしたら良いかを考えた人はいなかったと思う。彼が見ていたもの、それはガンだ。ある日自分に降りかかった理不尽な病気、それを正面から見つめること。そして自身の感じたリアルな感情、それをどう捉え、いかに正確に「読者」に伝えていくか。そのことを、奥山は死ぬまで続けた。この文章のテーマはそれだ。ただ、その前に少し回り道をする。しばしおつき合い願いたい。

 

 結局『週刊新潮』だけではよくわからないから池田晶子さんの文章をネットで検索してみた。すると幸いにも「我が闘争」というサイトがあった。これは角川書店のある雑誌(具体的な誌名は記されていない)に掲載されたエッセイを同時進行でネットにアップしたもののようだ。偶然にもその第一回にネットと同時に進行するに至るキッカケが書かれている。持ちかけてきたのは若いやる気のある担当編集者だそうで、<あのね、すっごく嬉しいんだけど、私パソコンやる気ないし>と言う池田さんを彼が「僕が全部打ち直してネットに流します」と説得して始まったそうだ。池田さん自身は<パソコンを所有せず、触れたこともなく、どころか書くに際してワープロさえ所有しない旧石器時代の人間>なんだそうで、ネットに関しては<でもさ、インターネットってなんか出鱈目らしいじゃない。私そういうのに関わる気ないんだけど>という程度の認識のようだ。そう言えば『週刊新潮』にも<私は知らないが、最近では、ブログなる形式によって、人々は個人の日記のようなものを不特定多数の人に向け、発信するようになっているらしい>という記述があった。

 

 ネット上で僕のこの文章を読んでいる人には言わずもがなだろうが、インターネットって聞くと実際に触れるのではかなり違う。まったく知らない人に「ねえねえインターネットってナアニ?」と聞かれ説明に窮した経験は大抵の人にあるんじゃないだろうか? ひと言でブログと言ったって個々それぞれにかなり違う。純粋に日記的な人もいればコメントを多用してBBSのように使っている人もいるし、はてなのアンテナみたいにリンク集として機能している場合だってある。そうなってくると、ネット未経験者にとってわかりやすい情報とは、週刊誌やらTVから流れ出す「ネットストーカー」とか「自殺サイト」「“萌え”と“中傷”の掲示板」ということになってしまう。いわく池田さんの言う<でもさ、インターネットってなんか出鱈目らしいじゃない>というダークサイドのみである。

 

 また<「ホームページ」というのはつまるところ「自己表現」ということらしいのだが、その表現されたところの自己がナンボのものか、それが問題なのである。>という記述もある。<世の多くの人は、そういった類のことを言葉で書いて発表することを、「自己に自己表現すること」だと思ってるらしいから、世のホームページなるものものは、おおかたそんな具合なのだろう>という認識だ。池田サンによればそういうのはすべからく<愚劣なる自己表現の自由>なんだそうで、この人のアタマの中では「自殺サイト」やら「電車男」に「2ちゃんねる」、はたまた「ケータイで繋がっていなければ不安で仕方ないギャル」なんかがゴッチャになって、インターネットとはバカ共が「自己表現」などとわめいて出鱈目やってる何だかよくわかんない世界という実に大ざっぱ世界観が作り上げられているのではないか? そうでないとガンで余命2年と宣告された若者が<この人はこの人なりに、絶好にして最後のチャンスと認識した>とか、<だからこそ、それをカッコよく「ウリ」にしようと決意したのだろう>なんて人間離れした発想が生まれるはずがない。

 

『週刊新潮』のコラムに戻る。池田サンは書いている<人は人生で一度しか死ねないのである。死ぬということは、人が本質的にものを考え始める絶好のチャンスなのである。死とは何か、自分とは何か、宇宙が在るとはどういうことか>と。ところが奥山のような人は<そんな絶好のチャンスすら、他人に自分を顕示することで浪費してしまう>んだそうだ。どうやらこの人は、自分以外の人間は全員バカだと思い込んでいるようだ。“死とは何か、自分とは何か、宇宙が在るとはどういうことか”なんて、死に立ち向かわなくとも誰だって一度は考えるだろう。誰もが思春期くらいになれば一度は思い悩むテーマだ。

 それにしてもこの人は本気でそんなコトを考えているのだろうか? 死とは何か、自己とは、宇宙とはと考えるのこと、それがこの人の哲学なんだろうか。だったらナント陳腐で底の浅い哲学観なんだろう、まるで六〇年代の文学少女が日記に綴ったメルヘンチックな自問自答のようだ。奥山貴宏なら言うだろう、「それを考えてガンが治るのならやってもイイけどな」と。断言しよう、そんなことで世界は何も変わらない。ガンもエイズも戦争もテロもなくならない。そして我々は、世界の片隅にさえ触れることは出来ない。

 

 冒頭に「ハッキリさせる」と書いた。だからハッキリさせよう。何をハッキリさせるのか? 奥山貴宏の闘病記と彼の生き方が我々に何を与えてくれたかを、だ。

 

 人間とはすべての生き物の中で、唯一自分がいつか死ぬとわかっている存在である、という言い方がある。だからある時期になるとたいていの人が考える。死とは何だろう、自分って何だ、宇宙っていったい──、と。だから人間は素晴らしいのだという意見もあるかもしれないが果たしてそうだろうか? 野を駆けるケモノのようにしなやかに走り獲物を狩り、発情期が来たら交尾し、メスは子供を産み、オスは自らの役目を終えれば静かに死を迎える。その方がよほどシアワセではないか。

 

 だけど我々はそうは生きられない。精神分析の岸田秀の言い方を借りれば「人間は本能が壊れているから」だ。本能とは何か? 世界と一体となって生きる能力のことだ。ケモノ達が獲物を捕る時、交尾する時、出産する時、そして死を迎える時、彼らはすべからく世界の法則と一糸乱れずシンクロしている。宇宙の歯車としっかりとかみ合い、完全に同期して動いている。僕は時々想像する。ケモノがしなやかに野を駆ける時、彼らはどれほどの快楽を得ているだろうか、と。

 

 人間はそんな壊れた本能を補填するために「言語」を生み出した。「言語」とは他者と意思をやりとりをすると同時に、自分自身の中で論理を積み上げていくためのものでもある。ゆえに「言語」がなければ「思想」は存在しない。「思想とは言語なのだ」という言われ方があるのはそういうことだ。しかし、残念ながら「言語」とは元々が壊れた本能を補うために生まれたものなので実はそれ自体にはまったく実体がない。いわば「記号」のようなものだ。「記号」には実体が無いからそれ自体をいくら積み上げて論理を構築しても、それらはいわばヴァーチャルなものでやはり実体は無い。それらが果たして正しく「世界」を描いているかは、実は誰にもわからない。

 

 でもあなたは感じたことはないか? 自分が今まさに正しく動いていると感じる時が、自分は絶対に間違ってないと感じる時が。恋人と抱き合っている時、大好きな人とセックスしている時、幼い我が子が自分に微笑む時、ロックンロールを聴いている時、サーフィンをしている時ダイヴィングをしている時、クラブで踊り続けている時──、この時だけは最高だ、自分は絶対に間違ってないと思う。それはもちろん一瞬の錯覚かもしれない。しかし残念ながら我々はそういうやり方でしか「世界」を一瞬でもかいま見ることは出来ない。「言語」を積み上げているだけでは「世界」の片隅にさえ手を触れることすら出来ないのだ。

 

 例えば僕はサッカーを見ていて、中田英寿や中村俊輔という人達は「死とは、自己とは、宇宙とは」なんて絶対に考えないだろうなと思う。イチローや野茂英雄といった人達も同じだろう。何故なら中田が中盤からゴール前へ絶妙なスルーパスを出す時、イチローがライトからレーザービームでサードランナーを刺す時、彼らは確実に「世界」と一体になっているからだ。そこには一切の「言語」も一切の論理も物語も要らない。美しく軌道を描くボールには世界中の人達が共有する快楽がある。世界中の人達が共有する快楽、それこそが「世界」だ。

 

 あれは2002年W杯、ベルギー戦だったかロシア戦の後だったか忘れたけれど、試合後のインタビューでDFの宮本恒靖が「今日のゲームのいたらなかった点をひとつひとつ修正していって」と言っていたのがひどく印象に残った。宮本に限らず多くの選手が同様のコメントをしていたと思う。この若者達はまるで自分達を機械のように見つめ、ネジの緩んだ箇所があればひとつひとつ締め直すようにチームを建て直そうとしている、そう思った。つまり、あたりまえの話だが「次は死ぬ気で頑張ります」とか「根性で勝ちます」といった言葉では何も得られないというのが痛いほどわかっているのだ。

 

 しかし彼らのように一流のアスリートであってしても、それを修正するためにはやはり「言語」しかない。お互いの意思の疎通をはかり直しフォーメーションを確認する、人間はそれを「言語」以外で執り行うことは出来ない。それはチームプレイの場合だけではないはずだ。個人競技の選手でも同様だと思う。自分の動きを納得出来るようにデザインしようとする時、彼らは「世界」と美しく一体となるイメージを描くだろう。しかしそれを体内に取り込むにはやはり「言語」しか方法は無い。論理的に無意味なトレーニングをいくら繰り返してみても、「世界」と調和するイメージは得られない。

 

 前置きが長くなった。奥山貴宏の話に戻ろう。奥山はライターだった。将来は作家になりたいとひそかに願っていたようだが、取り敢えずは職業ライターだった。主に若者向けの雑誌に映画や音楽に関する記事を書くマガジン・ライターだ。これはどういう意味か? つまり机に向かって思索を重ね作品を書き上げ同人誌で発表するような作家志望の青年ではなかったということだ。職業ライターにとって大切なのは、何を書くかではなく、誰にどう伝えるか、だ。書く内容はどうでも良いということではない。PCに例えればどんなに高度なアプリケーション・ソフトを駆使して作った立派なファイルでも、相手のPCで開けれなければ何の意味も無いという、意味だ。

 

 奥山の闘病記には、ベッドの上でDVDを観、必死で〆切に間に合わせようとノートパソコンを叩き続ける姿がある。「ガンだろうが何だろうが納期には間に合わせなければならないのだ」という記述もある。奥山は自らがマガジン・ライターである意味を知り尽くした書き手だった。どんな良い原稿を書こうが〆切を落とせば意味は無い。何も読者には伝わらないからだ。もちろんギャラも出ない。雑誌に文章を書く人間なら誰でも一度は思う。もう一日あればもっと良い原稿が書けるのに、せめてもう半日、いやこの作品のDVDをもう一度観直す時間さえあれば──、と。でもそこには何の意味も無い。ゼロだ。我々は後世に名作を残すために書いているのではない。発売日に雑誌を買ってくれる読者に何かを伝えるために書いているのだ。

 

 闘病記もまた、そのように書かれた。『31歳ガン漂流』の前半、奥山はハッキリと意思を表明している。<この日記は、そういう自分の内面に目を向けた感動系の闘病記とはまったく逆。自分の内面、感情、「助かりたい」とか「死にたくない」とかそういったものは全部突き放し、可能な限り削除した上で書いている>と。何故か? それは自身が今まさに感じているリアルな感情を出来るだけ正確に伝えたかったからだ。しかし先に書いたように「言語」とは記号だ。奥山が抱える「ガン」と我々が遠くから眺める「ガン」はあまりに違う。我々の体内には彼が持つ「ガン」というアプリケーションは無いのだ。だから奥山は恐れた。彼がリアルに感じる「ガン」が、我々の中で「かわいそう」「絶望的」「哀れな人」「人間は何故生まれ死ぬのだろう」と文字化けしてしまうのを恐れたのだ。

 

 もちろんそれは彼自身がガンという病気と戦う方法論でもあった。『31歳ガン漂流』の同じ場面で、奥山は<怒り、絶望、悲しみ、そういう要素はオレ一人だけで楽しむためにとっておく。>と突き放している。*4何故ならそうしないとガンという病気に冒された自分という「世界」を見つめるレンズが曇ってしまうからだ。怒り悲しみ何かを呪えばそれだけ自分の置かれている状況を判断する能力が鈍る。判断を誤れば治療に影響が出る。ましてや絶望して自暴自棄にでもなれば病気に立ち向かう体力や気力さえ失ってしまう。「死ぬ気で頑張ります」「根性で勝ちます」では、残念ながらガンには勝てない。

 

 ゆえに奥山は自らの置かれた状況を冷静に記述していく。<ガンが右肺中に広がっていて摘出も出来ず、放射線もあてられない。><抗ガン剤では腫瘍のすべてを消すことは出来ない><そのうち薬が効かなくなり、全身にガンが転移して死に至る。><バイクで大事故を起こすか自殺でもしない限り、オレがガンで死ぬことはほぼ確実だ。>。それがわかった上で自分に何が出来るのか、奥山はそれを考えていく。残された希望を探していく。絶望し悲しんでいたらそれすらも見つけられないからだ。

 

 しかしそうやってガンに向き合うこと、ひたひたと迫ってくる死から眼を逸らさず見つめていること、そしてそれらを正確に書き続けていくことで奥山はまさにその「希望」を見出していくようになる。二冊目の闘病記『32歳ガン漂流エヴォリューション』の前半に、ガンが脳に転移したという病状を日記に書くべきか躊躇する奥山の姿がある。<無論、診断結果は自分自身にとってショッキングなものであったが、同様かそれ以上にショックを受ける友人や親戚や知人がいるわけである。(中略)軽はずみなことは書きづらい>。この期に及んでという言い方は不遜だけれど、そんな状況に追い込まれても尚、彼は他者に自分の言葉がどのように伝わるのかを考え続けている。しかしそうやって考え続け書き続けることが奥山に突破口を与えることになる。

 

 病状を書くことで奥山は意外にも「スッキリした感情」を味わう。「何となく爽快ですらあった」と言う。<日常に起きるいいことも悪いことも含めたすべての出来事が、日記という表現手段を用いることで得体の知れないものからハンドリングしやすい言説に統合されるような、そんなイメージだ>と。僕は想像する。彼はここで、初めて世界に触れるすべを掴んだのではないだろうか? 中田英寿のスルーパスのように、イチローのレーザービームのように、DFの壁を弧を描いて越えていく中村俊輔のFKのように、奥山貴宏は世界中の人々と共有出来るイメージを掴んだのだ。

 

 以降、彼の日記からは迷いのようなものがはらはらと静かに落ちては消えていく。同時に悪化していく病状とは反比例するように「書くという行為」は音を立てるかの如く疾走し始める。<死ぬまで最後の血の一滴までやりつづけようと思っていることがある。それは文章を書くことだ。オレに残された可能性やエネルギーは全て文章を書くことに注ぎ込んでいこうと思う。それに対して全く迷いはない。(中略)闘志は全く衰えていない。むしろ、逆に燃え上がっている>。

 

 上に抜粋したのは『32歳ガン漂流エヴォリューション』のあとがきであり、本の帯にも引用されている。しかしこの熱い決意表明とは裏腹に、日記自体には前にもまして穏やかな日常が淡々と描かれるようになる。バイクでツーリングに行く、カフェでお茶しながら原稿を書く、映画を観る、美味いと評判のラーメン屋にチェックを入れる、PSPのケータイポーチを買う、etc.etc.それはまるで宇宙の法則をがっちりと掴んで、すべてと美しく調和して廻っていく惑星の軌道のようだ。

 

 そして奥山はそんな生活の中で、ほんの些細な出来事にも歓びを見出していく。2005年2月15日のブログには東急ハンズで文房具を買う姿が記録されている。購入するアイテムのひとつひとつを事細かに書いているのが如何にも楽しそうだ。常時携帯して見栄えの良いメモ帳とボールペン、これはガンエヴォのアイデアをいつでもメモ出来るように。クリップとレターボックス、これは仕事場の机の上を常に整頓しておけるように。そして先にLEDの付いたライトペン、これは試写会の暗闇の中でも使えるように。今は映画の連載は持っていないのでチャンスは減ったのだがいつか使える日がくるかもと書き、DVD雑誌の編集者に「Iさん、試写会のネタお願いします!」と語りかける。さらに翌日の日記にはIM、ATOK2005の新しいバージョンをPCにインストールする。

 

 ここに描かれる日々はいったい何だろう? まるで永遠に続く人生のような「希望」だ。それが、彼が亡くなった時に多くの読者が混乱した一因だった。誰もが思っていた。安心していた。仕事のアイテムを楽しげに揃え、IMをバージョンアップする人がその2ヶ月後に死んでしまうはずないだろ、と。僕は想像する。本人が聞いたら「んなワケねーだろ」と一笑にふされてしまうかもしれないけれど、奥山はその時、「世界」をしっかりと感じていたのではないか。秋の後には冬が来るけれどその先には必ず春が来るように、静かに死んでいったケモノは土に帰るけれど、そこから木々や花が育っていくように、「世界」は永遠に廻り続ける。「世界」を永遠に廻していくもの、それが「希望」だ。

 

 没後に出版された『33歳ガン漂流LAST EXIT』にあるサイボーグ母ことお母様・章子さんのコメントによると、奥山は亡くなる数日前まで体力が回復したら故郷に帰って小説の第二作を書くと希望し、息を引き取る40分前でも「がんばらないと……車椅子に乗れたらいい」と希望を口にしたそうだ。

 

 我々は奥山貴宏から何を学べるだろう。確かに人間は生き物の中で唯一自分がいつか死ぬとわかっている存在だ。あなたも私も、いずれ確実に死ぬ。それでは我々は絶対に逃れられない死を前にして何が出来るのだろう。さらに我々に出来ることは、むなしい「記号」でしかない「言葉」やりとりし、組み合わせ、その中でしか考えることしか出来ないのだ。でも、そうやって言葉を連ねる中でまるで奇跡のように「希望」を見出した男がいたことを、我々は誇って良いのではないか。生前から彼の読者だった人も、亡くなってから彼の著作を読んだ人も、そしてこれから読もうとしているあなたも、短いけれど美しい人生を生きた男がいたことを「希望」にして良いのではないか?

 

 あなたは今いくつですか? 僕は46才。奥山貴宏が聞いたら「何だよ長生きだな、もう充分でしょ」と言われそうだ。でも、もし明日ガンで余命2年と言われたらとても自信がない。絶望し恐怖のあまり気がヘンになってしまうかもしれないし、酒浸りになって運命を呪うかもしれない。でも、希望はある。ほんのかすかな、小さな光かもしれないけれど、それは今、僕の中に確実にある。一人の若者が文章を書くことで残してくれた。それはこの先一生大切に持っていくつもり。奥山さん、ありがとう。

*1:写真は7月23日にNHK教育で放映されたETV特集より。

*2:有志の方が→こちらに全文をアップされている。転載の理由は“ムカついてミンナが週刊新潮を買ったら新潮社さんが喜んでしまうので(爆)”ということだそうです。

*3:ETV特集「オレを覚えていて欲しい〜ガン漂流・作家と読者の850日」は8月28日(日)26時(翌午前2時)〜27時31分NHK総合で再放送される。

*4:奥山貴宏はまさにこう宣言した通り、小説『ヴァニシングポイント』の中で初めて、その想像を絶する痛み、余命を宣告された時の絶望、怒り、悲しみを“フィクション”として書いている。

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