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2014.10.16.Thu

『グラスリップ』についてのメモ

『グラスリップ』についてのメモを含むブックマーク


SHIROBAKO」について、書こうと思っていたけど、「グラスリップ」についてまだ書いていなかったので、こちらを先に書く。


 第1話を見た時、この作品は「true tears」のようなちょっとドロッとした恋愛物になるのかなと思ったけど、最終的にはそんなことはなく、実に爽やかな少年少女の青春物語だったわけで。高校3年生のひと夏を通して大人へと変わっていく様を描いた、実に王道な作品でした。


 箇条書きで、色々書いていきます。


ニワトリについて


 第1話、学校において深水透子がニワトリのスケッチをしていると、そこで沖倉駆と出会う。駆と会話していく内に、ニワトリたちのことが不安になり(駆が不安を煽るような発言をする)、友人である高山やなぎ、永宮幸、井美雪哉、白崎祐に4羽のニワトリを預け、透子自身もジョナサンというニワトリを一時的に預かることになる。

 ニワトリを一人一人が預かる行為によって、5人をニワトリに仮託していることが指し示される。つまり、ニワトリ=5人ということ。それは、EDでも示されている。

 5人がニワトリであるならば、駆は何かというと、作中に度々登場し、EDでも登場する鷹(もしくは鳶)だ。

 鷹のイメージに、駆は合致している。孤高の人。ニワトリのように一箇所にとどまりつづけるものではなく、常に空を飛び回っている。駆自身も母の仕事で各地を色々と飛び回っており、一箇所にいられない人物だ。

 ニワトリと鷹。同じ鳥同士だが、飛べる鳥と飛べない鳥という違いがある。飛べない鳥たちが、飛べる鳥と出会い、少しずつ変化していく。そして大人に近づいていく。


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未来の欠片について


 僕は、当初、未来の欠片は駆が云うように、その映し出される映像は未来の断片であり、予知能力的なものだと思っていたのだけど、話が進むにつれ、どうやらそれは違っていたことがわかる。

 事実、透子が見た未来の欠片でその通りになったものもいくつかあったが(幸の入院とか駆とのキスとか)、それだけでは説明できないものもあった。最終話において、透子の母によって、「自分自身も若い頃に未来の欠片を見ていたこと」、「未来の欠片は、未来を予知したものではないこと」が示される。


 じゃあ、結局なんなのよという話になるわけで。


 最終話で、透子と駆は、未来の欠片について話す。そこで、透子は、「あれは、未来なんかじゃなくて、まだ起こってない、だけどきっとこれから起きること」、「見たいから見えた」という発言をする。

 未来の欠片というものは、「こうなったらいいな」、「もしかしたらこうなってしまってしまうのではないか」という気持ちの表れではないかと思う。


 駆とキスをするという未来の欠片はその通りになった。それは、透子の「これから、駆とこうなりたい」という願いから見えた未来の欠片であり、

 

 第1話において透子が見た駆と思われる映像は、「これから、こういう人と出会いたい(駆と出会いたい)」という希望から見えた未来の欠片であり、


 第7話において見えた「駆が落ちていく」という未来の欠片は、「これから、自分のところから駆が離れていってしまうのではないか」という不安の気持ちから見えた未来の欠片であり、


 第7話のラストで見えたやなぎから透子に対して向かってくる黒い鳥の群れの映像は、「これから、やなぎとの関係が壊れてしまうかもしれない」という不安から見えた未来の欠片であり、


 その他の未来の欠片も、透子が抱える、未来への願い、未来への恐れ、未来への希望、から来る映像だろう。


 未来の欠片は、特別な人間が見る特殊な能力ではなく、「まだ大人になっていない彼や彼女が抱いている未来への願い・恐れ・希望のイメージを具現化したもの」なのだろう。


 最終話、夏休みが終わり学校が始まる。そこで、駆の家が映し出されるのだが、もうそこには駆が使用していたテントはない。透子が登校しているときに、そこで彼女は未来の欠片を見て、駆の「透子」という声を聞く。そして透子は振り返り、この物語は終わる。僕は最初、駆がテントから家に移り、学校で透子と駆が出会ったものだと思っていたが、そうではなく、もう駆はこの地から去ってしまったのだろう。

 しかし、透子は未来の欠片で、駆と再び出会う映像を見る。それは、透子の未来への願いであり、「きっとこれから起きること」なのだろう(駆の「透子」と呼んだとき声質が若干大人になっていた)。そして、おそらく駆も透子と再び出会う未来の欠片を見たのだろう。


 彼と彼女は、また出会い、新たな物語が始まる。

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西村純二監督作品と云えば、ハーモニーだったり、俯瞰からのショットだったりするけど、僕にとって「ああ、西村監督作品だな」と感じるのは、EDのちびキャラ化された登場人物だ。「今日からマ王!」や「true tears」などでも使われているEDのちびキャラ。

 やっぱり、これですよ、西村監督作品は。

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●登場人物の家が結構特徴的だった。よくある家ってわけでなく、ちゃんとデザインされている家。特に印象的なのは、駆の家だ。田園の中にポツンと立っている現代的な家は、かなり異質で、まるで駆の家族を象徴しているかのようだ。その家の庭に住む駆はより異質な感じを受ける。



●OPも面白い。透子の高一時代、まだ怪我をしていなかった雪哉、幸に恋をする祐、日乃出浜に越して来る前の駆と、物語が始まる前の人物たちを描く。それによって、登場人物の過去をさらっと説明してしまうのだ(作中ではあんまり説明しないのに)。そして、透子は未来の欠片によって、これからの彼・彼女のイメージを見る。面白い構成のOP。



●雪哉が走っているときの呼吸がちゃんとした呼吸法になっていて良かった。そういうところまでちゃんと行き届いているのが良い。



●第7話においての水着のまま陽菜が雪哉を自転車で追いかけて、「かっこ悪くならないでください」と伝えるシーンは、インパクトの強いなかなか良いシーンだった。自転車が自分の想いを加速させる装置だということをよく理解している。



●透子の「私、子供のころ、大人がなんでわざわざお金出して、自販機で水やお茶買うのか、本当不思議だったわ。横にカルピスウォーターとかあるのに」は、名言です。




 良い作品でした。西村純二監督の今後の作品が楽しみです。

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