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tokujirouの日記

2013-07-18

「碍」と緒方洪庵

13:06

 大阪北浜適塾訪問の折、中田雅博氏が緒方洪庵の研究家であることを知りました。ひょっとして「障害」表記のルーツに関する私の仮説を裏づける資料をお持ちではないかとお便りを出したところお返事を頂戴しました。中田雅博氏は元産経新聞記者で現在は著述・編集・翻訳の仕事をしておられます。以下はお返事の全文です。


 豊田徳治郎様

冠省

 お手紙と資料を拝見いたしました。

 まず、障碍者福祉観点から、「障害(者)」ではなく「障碍(者)」と表記すべき、とのお考えであること、ついで、「障害」という表記は、江戸末期に西洋医学書を翻訳する過程で「人体への害」との含みを持たせる医学用語として生まれ、その後、従来の表記である「障碍」と混用される時代が続き、戦後に当用漢字から「碍」が除外されたため「障害」に統一されるようになった、と推測されていることを了解いたしました。そして、その説を裏付けるための資料を求めておられるわけですね。

 具体的には、幕末医学用語の和訳辞典をお求めですが、医学に限った手頃なものは残念ながら見当たりません。

そこで、大部ですが、影印本で出版されている幕末の蘭日辞書『和蘭字彙』(早稲田大学出版部 1974年)を当ってみました。『和蘭字彙』は、緒方洪庵適塾でも使われていた写本『ドゥーフ・ハルマ』をもとに、蘭学者奥医師桂川甫周が編纂し、安政2〜5年に出版した最大の辞書です。まず、ここから「障碍(者)・障碍(者)」に関する単語を拾ってみました。

 見出し語のhinder(名詞)には、「障礙」とあって「サワリ」との注記があります。類語のhindernis・hinderpaalにも、それぞれ同じ説明が見られます。

 一方、wanschapen(形容詞)の項には「不具ナル、又出来ソコナイノ」、wanschapenheid(名詞)には「不具ナル事、又出来ソコナイ」とあり、een wanschapen menschを「不具ナル人」と訳しています。また、verminken(動詞)は「不具ニナス」であり、verminking(名詞)は「不具」とした下に「体ノ」との注記があります。

 これらのもとになった『ドゥーフ・ハルマ』も影印本で出版されていて、見ることができます。(『道訳法児馬』

近世蘭語学資料 第郡 ゆまに書房 1998年)。手書きの写本ですので、非常に読みにくいですが、上記hinderと

verminkenには、ほとんど同じ訳が付いています。wanschapenには説明が多く、「不具」「出来ソコナイ」の他にも、

「異形ナル」「不都合ナル」「度拍子モナキ」や「身体ノ部分ノ組合セノ不都合ナル事」などが並んでいます。

 この『ドゥーフ・ハルマ』や『和蘭字彙』は、幕末蘭学者西洋医学者なら必ず使用していた辞書で、当然その

中の訳語は広く使われていたと思われます。

 そこで以上を総合しますと、幕末の時点で「さまたげ、さわり、邪魔」を意味するのは「障礙](礙は碍の正字

で、「身体にさわりを持つこと(人)」を表記するには「不具」を使うことが多かったようです。

 さて、緒方洪庵は、ドイツ人医師フーフェラントのオランダ語内科書を翻訳し、『扶氏経験遺訓』と題して出版していますが、その中に「障碍」がよく出てきます。例に挙げますと、

 「其(麻痺病)近因ハ、即チ神経ノ運営障碍ヲ被ムレル者ナリ。其障碍、或ハ真ノ衰弱ナル者アリ・・・」「昏冒ハ血行ノ障碍ニシテ、其ノ因心ニ在リ。卒中ハ神経ノ障碍ニシテ其ノ因脳ニ在リ」(以上、巻之十一 第六編 神経病)

「患器ノ官能久シク障碍ヲ被ムリ・・・」(巻之二十三 第十三編 器質変性病

 洪庵は常に「碍」の字を用い、身体の器官・組織・機能に対する「さまたげ、さわり、邪魔」という意味でのみ使っています。ところで、『扶氏経験遺訓』で胃腸病や神経病を調べても、「胃腸障害」「精神障害」といった、今日使われているような合成語は出てきません。これらは案外新しい気がします。したがって幕末西洋医学者らが、治療で取り除くべき「人体への害」というニュアンスで「障害」という表記を生み出したかどうかは、今のところ確証がありません。

 さて、「障害」の表記がどこまでさかのぼるのか、明らかにするのは困難ですが、少なくとも明治4年に出版された

『布令字弁』三篇、セ之部に「障害 セウガイ ササワリ、ソコナフ」とあります。この本は政府法令に含まれうる

漢語を集めたもので、よく売れ、明治5年には増補版が出ました。その『増補布令字弁』遺漏、シ之部にも「障害

シャウカイ ササハリゴト」とあります。これらの資料は『明治漢語辞書大系』(大空社 1995年)に掲載されています。

 ところで、「障害」に人を表す「者」を付けたのはいつでしょうか。この「障害者」という合成語は、意味の上で実に奇異な感じがします。「障害物」が「邪魔な物」であり、「障 地」が「軍隊で山水林野等、行軍を阻害するもの」

大漢和辞典)であることから、「障害者」は「障害を持つ人」ではなく、「邪魔な人」「妨げになる人」という意味になってしまいます。「害・碍」の用字の観点からだけでなく、「障害・障碍」+「者」が合成語として適当か、見直す必要があるようにも思われます。

 なお、幕末の蘭日辞典については、次の研究があります。お探しの件で何か手がかりが見つかるかもしれません。

杉本つとむ著『江戸時代蘭語学の成立とその展開掘実訳語彙集および辞典の研究ー』(早稲田大学出版部 1978年)

 あまりお役には立たないかもしれませんが、以上ご報告いたします。お返事が遅くなり、申し訳ありません。

 最後になりましたが、障碍者福祉での益々のご活躍をお祈りいたします。

                                       7月16日 中田 雅博



このお便りから多くのことを学ぶことが出来て感謝しております。以下は私のコメントです。

1)第一緒方洪庵が「障碍」表記を多用していたという事実を知り嬉しく思いました。巷間「障害」表記は「脳障害

 や「胃腸障害」の如く医学用語だと理解されていますがルーツ的には「脳障碍」「胃腸障碍」でもおかしくないので はないか、いや、むしろ「障碍」表記のほうがベターではないかとさえ思われます。

2)「障碍者」という総称および明確な概念は戦後に「福祉」と共に欧米から導入されたものと理解していましたが戦前 もぼんやりとではあっても「不具」を人に対して使い「不具者」という概念はあったようですね。幕末にはhinderが 不具と翻訳されているようです。

3)「障害」+「者」=「障害者」が合成語として適当かどうか見直す必要があるというご指摘は至極ごもっともで早急に改善が必要です。但し「障碍者」表記は語源的に妥当であると考えます。 















































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