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東京操体フォーラム実行委員ブログ RSSフィード Twitter

2014-10-21

進化しつづけている

寒さを肌で感じながら飲むコーヒに、
“つめたい”“あたたかい”をあじわい、
しあわせ感に包まれた朝です。

からだの設計にミスはない―操体の原理

からだの設計にミスはない―操体の原理

“からだの設計にミスはない”を読み進めるうちに、
内容に興味がわき、インターネットで調べている時にたどり着いたのが、
このブログでした。
その書き手は、三浦寛先生でした。
三浦先生が治療されていることを知り、私は、治療を受ける事になります。

今、操体を学ぶなかで感じている事は、
三浦先生の臨床は、“真理こそが大切なんだよ”ということばが、
そのまま、臨床になっているということです。
((※ 三浦先生は、師である橋本敬三先生に、「名称などどうでもいい、真理こそが大切なのだよ。」
この真理とは「自然法則の内にある」と教えていただいたそうです。))


私は小学生から社会人へと成長し、
その過程で操体にふれる機会をいくどかいただきました。
幸いに、いくどかの機会だったことで、
私は、からだで操体の進化を感じることができたのだと思っています。



操体は進化しています。
その進化をより多くの方々と共有することが
できたらいいと思います。
長々と私の体験談を書きましたが、
おつきあいいただきありがとうございます。


2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

2014-10-20

進化しつづけている

気温がどんどんと下がるこの時期、
遠くに感じていた富士山を近くに感じ、
清々しい、朝を迎えます。

木々の葉も、清々しさの中で、赤や黄に色づくのでしょう。


操体法」にふれた日から十数年の時を経て、
私は「操体」に出会います。
何気なく立ち寄った書店で目についた一冊の本に、
その出会いはありました。

からだの設計にミスはない―操体の原理

からだの設計にミスはない―操体の原理

橋本敬三氏の“からだの設計にミスはない”です。
この本との出会いは、
操体に無知だった私に学ぶきっかけをくださいました。

きっかけがきっかけで終わらない出会いが続きます。

明日につづく。


2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

2014-10-19

進化しつづけている

本日から一週間担当いたします、香です。
よろしくお願いいたします。ポジティブにいきたいと思います。

季節は、すっかり秋になりました。
すすきが風にゆれ、空を見上げると、お月様が美しく輝いています。


操体進化論
秋季フォーラムのメインテーマです。
このテーマがどのように展開するのでしょうか。
みなさま、当日までおたのしみに残りのじかんをお過ごしください。

私はこの「進化」という文字をみて、思い出したことがあります。
それは、小学生の頃に「操体法」に出会っていたということです。
両親がどこかで開催されていた操体法の講習会に、参加したのです。
その講習で習ってきた両親は、練習のため、私に操法を通したのでした。
操法の中で、「力を一気に抜いてください。」と瞬間急速脱力を求められた私は、
子供ながらに『一気にと言われても、簡単に抜けないな〜難しいなぁ。』と感じたのでした。
操法後、確かに軽くなったように感じたことを覚えています。
両親は、私だけではなく、機会があれば両膝傾倒や肩を挙上させる操法を様々な方に、
実施していました。操法を受けた方は、
操法後、なにかしらの変化を感じていたと記憶しています。


しかし、操体=このイメージのままだったら、

私はきっと今、操体を学んでいなかったと思います。

明日につづく。

2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

2014-10-18

病気と心とからだの歪み


昨日のつづき

 生体機能がサーカディアンリズムインフラディアンリズムにのっているということは、我々の精神的な働きや肉体的な働きには、最も強い時期と最も弱い時期があることを意味している。そうであれば、日常生活であらゆる種類のストレスに対して我々が反応する仕方も、これによって当然微妙な影響を受けることになる。毎日、毎週、毎月、我々はいつもより強かったり、理解力や忍耐力が旺盛だったりする時期が、それぞれの期間の中にあるというわけだ。それは免疫力すらも例外ではない。また、薬物の毒性にもリズムがあって、ごくありふれた薬についても投与のタイミングによってはよく効いたり、反対に害になったりする違った結果をしばしば生むことになる。月経異常、高血圧胃潰瘍鬱病、その他多くのよく知られた肉体的、精神的病気が、生体機能の変化と関連した周期的な現象によって影響を受けていることがわかってきている。

 現代科学の研究の中で最も魅力的なものは、生物学的なリズム現象に何らかの役割を演じているという「松果腺」の研究ではないかと私は思っている。松果腺というのは、左右大脳半球の中央奥深くに位置した小さな松の実状の形のもので、交感神経線維を伴っている。この松果腺は、東洋の瞑想の現代的な解説の中でしばしば引き合いに出される。というのも、とりわけヨーガや禅で深い瞑想状態に入ると、「心の目」または「第三の目」といわれるもののイメージが額の上の、眉間のあたりにありありと映じてくるのであるが、この「目」の実体がひょっとするとこの松果腺ではないかというわけである。この「心の目」のことについては、ヨーガの古典『ヴァガヴァド・ギータ』にも、そしてキリスト教聖書では『マタイ伝六章二十二節』にも「からだのあかりは目である。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るい」というように記されている。

 この松果腺の生物学的機能については、まだ正確にはわかっていない。西洋の科学が現時点で言えることは、松果腺は一種の生物時計としての働きをもっており、おそらく視神経と交感神経を通じて明暗の変化によってコントロールされるのだろうということである。この生物学的リズム性の発見により、西洋科学は時代を超えて、古代インドの考えに到達したのである。インドの古典哲学であるヴェーダの概念の中には、創造の相対的世界の二元性があり、マーヤとカルマの法則で表現されているが、これがまさに現代の考え方と通じているのである。

 西洋医学が、人間の不幸を直視して、現実的に取り扱うべくあらゆる試みを行なっている点は、正当に評価すべきである。ところが、健康とか病気の問題を、単に肉体的な見地からのみ解決しようとしている点では、西洋医学は間違いをやっていると言わざるを得ない。保健科学が、たとえ心理学的なアプローチをとったとしても、肉体の物質的な改善のみを考えているかぎり、人の一生を幸せにするという崇高な目標に対しては何の援助も指導も出来ずに失敗するだろう。なぜなら「魂」と「心」と「肉体」との三つからなっている人間の全体像を無視しているからである。この基本的な誤りの故に、ある一定の治療限界を越えようとする臨床的なアプローチはその大部分が失敗してしまうことになろう。あるいは少なくとも、実験室の中での研究段階では成功の見込みを謳われていたことが、実際においてはあまりその通りになっていないとだけは言えるだろう。

 臨床医にしてみても、自然の法則に外れない範囲で治療の仕事を進めている限りは成功するだろうが、ひとたび自然のメカニズムを無視して治療行為を先走らせようとするならば、臨床医はその対象となる生体からさまざまな反応をつきつけられることになる。それは、自然の法則を犯すようなすべての行為に対する抵抗を意味している。それは何を言いたいのかというと、他人のからだからとってきた臓器を患者のからだに移植するような医療は感心できないということだ。その理由は、個体生物学的な同一性を侵害するものとして、外来の臓器を拒絶し破壊しようとする自己防衛反応がからだの細胞組織に直ちに働きだすからである。

 たとえば腎臓移植における成功例が最近では九〇%以上におよんでいることは確かに事実ではあるが、これは手術後死ぬまでステロイドホルモンを投与し続けることによってからだの自己防衛機構を抑制しておくことを前提にした、人工的な方法による達成のデータである。このように生体の防衛機構を抑制し続けるということは、あらゆる病原菌からの感染、内分泌異常、代謝異常、心理的不適応等多くの危険に患者をさらすことになる。こうした事態は、臓器移植を扱っている世界中の医療センターが急速に気づいてきていることである。

 健康科学が近い将来ぜひ実現すべきことは、現在我々がもっている科学技術と人間の全体像に対する深い理解とを結びつけることである。それによって、健康問題に対し真の、永続的な貢献をすることができるように思う。それだからこそ自然の法則に適った操体流の生き方が基本的に志向しているのは、苦痛や病気から脱してより健康な、より喜ばしい生活次元へとのぼってゆく技術を、からだの使い方、動かし方をはじめとする生活習慣を通して教えることにある。

今回は少しネガティヴ思考に偏った内容となってしまったが、明日からはポジティヴ派の香実行委員が担当します、お愉しみに!


2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
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詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
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2014-10-17

病気と心とからだの歪み


昨日のつづき

 昨日のプラスの病気に続いて、次にマイナスの極性をもった病気にはどんなものが含まれるかというと、あらゆる種類の組織の変性、ある種の代謝病、それに多くの内分泌疾患などが明らかにこれに該当する。クシング氏病、先端肥大症、巨人症など、これらの病気は、ある生体機能に何らかの欠陥があるか、さもなければ逆に過度の活性が災いするところに特徴がある。こうした患者の体の中では、マイナスのエネルギーが優勢となり、意識的に回復しようとする能力も極めて貧弱になっているのであるが、それらの原因は心の力のアンバランスによって説明することができる。

 人間の生涯にとって非常に重要な出来事のある当日、その人が病気になる確率は極めて低いということに気づいたことはないだろうか。結婚式の当日になると、それまで多少長引いた熱や背中の痛みを伴う風邪をひいていても、まるで嘘のように治ってしまう事実を、これまでに見たり聞いたりしたことはないだろうか。長い間待ち望んでいた休暇旅行に出発する当日であるとか、その他我々の日常生活での何か楽しい理由のある場合も同様である。こうした場合、一体何が起こったのだろうか。それは無意識のうちにも内なるエネルギーが活性化されていたのである。望んでいた目標を得ようと最高度に緊張していた心が、自律神経叢へ強力なプラスのエネルギーの流れを送り込んだ結果、しばらくの間、細胞や組織が活性化されて、病気を除去する力を得ていたのである。

 たぶん当人は、休暇の前日に服用した薬が効いて治ったのだろうと、その薬に感謝するかもしれない。しかしそれは、病気を治すことのできるのは薬ではなく自然法則なのだという真理を忘れた人間の考えることである。我々自身、すなわち我々の十分なる意志の力こそが、自然から生命エネルギーを引き出して病気を治すことができるのである。古代インド医学者だけがこう言っているのではない。世界中のどこの国の医者たちも、こうした経験をもっており、そういった患者の心の状態によってはその意志の力のものすごさに驚いたり、あるいはよい目的のためにそれを利用したりしてきたのである。

 近年の物理療法は、心と肉体のリハビリテーションに関して多くの技法を発達させてきたが、その中には健康に関するヨーガの原則と共通したところがたくさんある。しかし、「柔軟体操」と操体の「般若身経」の間に違いがあるように、物理療法ヨーガの間にもそれと同じような違いがある。たとえば不動の姿勢という点で両者を比較してみると、物理療法ではほんのしばらくの間、からだだけを動かさずにじっとしていればよいが、ヨーガではからだと心の両方を徹底的に固定することが要求される。しかもからだと心のバランスを十分考えた上でのことで、お互いにバラバラであってはならない。

 比較的最近になってようやく物理療法の方でも、長期間にわたって効果の持続するようなリハビリテーション効果を出すためには、患者の心を積極性のあるプラスの思考に向かわせるよう教育することが大変大事であるということに気づいてきた。そのあらわれとして、アメリカの病院の殆どすべての物理療法部門では、心理学者のチームが物理療法医と協同でボディワークを進めることにより、患者の病んだ心身をバランスよく回復させることに成功するようになってきた。

 医学は今や病気や傷害は、我々の物質生活上の故障にすぎないと単純に割り切れるものではなく、ひょっとしたら我々がまったく意識していない電磁気の力か何かによって微妙に影響された結果によるものではないかということに気づきはじめている。

 アメリカ精神衛生研究所から出版された『神経医学医学における生物学的リズム』と題する論文から引用すると、「我々人間や、我々をとりまく世界の中で一定不変だと思われていることの大部分が、実は隠されたいろいろのリズムによって影響を受けている」、「見ることも感じることも出来ないが、我々は重力や電磁場や光波、気圧、音波などの影響力によって取り囲まれている」、「いろいろな周期的現象は、地球上の生活で最もありふれた、それでいて見過ごされている性質である」などの記述が見いだせる。

 事実、からだの働きの中には、気圧、明暗、電磁場などの日変化によって影響を受けると思われるものがいくつかある。これらの周期的変化を説明するため、現代生物学では「サーカディアンリズム」という言葉を用いている。同時に、週や月のような日周以上の長いリズムに対しても「インフラディアンリズム」という言葉を用いている。非常に多くの研究の結果わかったことは、酵素の産生、ホルモンの分泌、代謝活性、血球の産生といった多数の生体機能が、地球の自転や公転の周期と同じリズムで変動しているということである。これは実に興味深い研究結果であるが、やはり自然の法則に適っているということなのだろう。
明日につづく


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2014-10-16

病気と心とからだの歪み


昨日のつづき

 マイナスエネルギーをもった人たちの中には、実はもうひとつ別のタイプの人たちがいて、このタイプでは今までとはまったく逆に、からだのエネルギーが破壊的な力として表に現われてくることがある。まさに御嶽山のような火山に秘められた噴火力のように末恐ろしい。そんな人たちは比喩的に言って「壊し屋が動くと、きっと何かが壊れる」というような烙印をずっと押され続ける不幸な人たちである。壊し屋が動くと実際に何かしら壊れるのが見てとれる。

 たとえば車を運転すると、いくら慎重に運転したつもりでも、自分だけでなく他人にまで傷害をおよぼしてしまうことになる。仕事をすると、やりすぎてせっかくの仕事を駄目にする。休暇をとったときですら、せかせかと騒ぎまくり、とどまることを知らない。壊し屋はこのように、確かに元気に満ち溢れてはいるのだが、昨日述べた不活発な人々より病苦に対して抵抗性があるかというとそうではない。壊し屋がいったん病気に罹ると、ちょうど壊し屋がふだんの生活の中でとっていたのと同じような荒々しい反応が、病気に対しても起こってくる。とても高い熱が出たり、傷に不相応な跡が残ったり、わずかの骨折や炎症のあとにも大げさな骨の盛り上がりができてしまったりする。病気の初日に激しい反応が起こって、それでも健康が回復しないとなると、壊し屋はすっかり気力を失って、不活発な人々よりもむしろ弱くなり、ことによると命に係わることにもなりかねない。それはちょうど今まで盛んに灯っていたロウソクの火が、ロウが燃え尽きてあっという間に消えてしまうのに似ている。

 さて、このように哀れで不活発な、つまりマイナスのエネルギーを持った人々を救済する秘訣はというと、それは肉体や無意識の心の中ではなく、からだの無意識や意識的な心の中にこそその鍵がある。ということは、こういう人たちにいくら精神分析をやっても何の解決にもならないということだ。からだの無意識や意識的な心の中とは、具体的にいうと、からだの内なる声に従うことである。こうしてはじめて、ほとんど奇跡とも言える活力がつきはじめる。いったん内なる声を聴くと、心の力は肉体にエネルギーを注ぎ込み、こうして活性化された肉体において今度はそのエネルギーの余剰分を心に供給するという具合に、健康実現の螺旋階段を次々に登ってゆくことができるようになってくる。

 心とからだの感覚に委ねるというプロセスにおいて、心とからだの再統合の当然の結果として、治癒が達成されるわけである。生体内のエネルギーにプラス、マイナスという両極性があるとするヴェーダの考えに呼応して、古代インドの学者たちは人間の病気をプラスとマイナスに分類した。からだのエネルギーがプラスに偏りすぎた場合がプラスの病気であり、マイナスに偏りすぎた場合がマイナスの病気である。後にこの理論が中国に渡って、陰陽説や太極論を生むことになるが基に遡れば古代インドヴェーダ学説にたどり着くだろう。

 では臨床の立場から、この病気の分類を眺めてみると、プラスの病気には、炎症から来るありとあらゆる病気が含まれる。そして炎症のある場所にはからだによるプラスの防衛反応が起こって、炎症のもとになったものを除去し、病気に打ち勝とうとする。ただ発熱は、からだが表わす反応のうちの最たるものであるが、この反応自身によって、からだのエネルギーをかなり消費してしまうことがある。高熱が出ると、からだがプルプル震えることはよく知られているが、これは筋肉の無意識的な収縮にほかならず、これによってエネルギーの極性はマイナスに転ずる。そうなると今度は炎症が慢性化してしまい、組織は変性し、細胞は活力が失われてゆくことになる。

 西洋医学の医師は、炎症からくる病気に対して二つの方法を用いる。ひとつは「解熱剤」、もうひとつは「抗生物質」である。ところが、ベテラン操体操者のレベルでは、動診と操法からなる自力的な誘導によって、炎症からくる病気を同じように克服することが可能である。操者はまず、動診で被験者にからだの感覚を聴き分けさせ、快なる感覚において快に委ね従わせる。これにつづく脱力では筋肉を徹底してリラックスさせることにより、エネルギーの浪費をおさえることができる。しかる後にからだの声に耳を傾けていると、からだに蓄えられていた内なる生命エネルギーをからだの炎症部分に集中させて、ヨーガ的に言えばそこを「超活性化」させてくれる。すると、しこたまエネルギーを注入された組織は炎症のもとになった物質を生物学的に分解するか排除する能力がぐんと高まる。ヨーガでいう「超活性化」の実体は、ことによるとからだの免疫力の増加にほかならないのかも知れない。

 ここで述べたプラスの病気の中には、アレルギーとか、コラーゲン病といったような組織細胞の過敏症や、心臓、循環器、神経系のリズムの失調症などが含まれる。トランキライザーなどの鎮静剤を用いないでも、操体では快適感覚を通じて、意識的に自分のからだの過敏な活動を鎮めることができると、私は信じている。

明日につづく


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2014-10-15

病気と心とからだの歪み


昨日のつづき

 人間のからだの中でのエネルギー分布の最大の調節器は、実は「心」の力である。この心の調節器がよく調整されていればいるほど、「体性系」、「自律系」、「内分泌系」というからだの三系統の需要をうまく按分して、エネルギーを理想的に配分することができる。これに反して、心の暗い領域での働きが三系統のうちのたったひとつに偏ってしまうと、エネルギー配分にも偏りが生じて生活や健康にマイナスの影響を及ぼしてくる。

 外に向かって開いた心は、積極的な精神活動をするので、通常はプラスのエネルギーがやや優先的に誘導される。プラスのエネルギーは、からだの活動を活性化し、生理学的な言葉でいうと、この状態は、自律系統の活動と内分泌系統の活動が体性レベルでのからだのすべての要求を充たせるよう、よく調整されていることを意味している。

 ところが、心の力があまりにも拡大されてプラスのエネルギーが優先されすぎると、からだの活性化にアンバランスが生じ、健康状態にある種の異常をもたらすこともある。それはからだが弱くなったように感じるのであるが、これは、修験道の行者やあらゆる宗教の神秘主義者が、修行の初期段階に経験する現象としてよく知られている。行者らの意識が拡大し、生活が洗練されてくるにしたがって、驚いたことにからだのあちこちに今までなかった障害が感じられるようになるのである。内臓の働きが鋭敏になり、たとえば以前はどんな食べ物にもびくともしなかったはずの胃の腑が、食事の不節制にすぐ反応して具合が悪くなったりする。聖者の生涯の記録にはよく、その聖者が病に罹ったことがでてくるが、このうちのいくつかはおそらく精神力があまりにも拡大しすぎ、それに対する肉体的な鍛錬の方が間に合わなくなってしまった結果であろうと思われる。

 これはちょうど、からだに対して不相応に「啓発されすぎた」そういう意識が、神経回路に大電流を送り込んだようなものである。神経系はまだ大電流を受け入れる準備が調っていないため、あちこちでブレーカーが落ちてしまうわけである。このような理由から瞑想で精神の向上をはかるときは、インドでは必ずハタ・ヨーガの教えに従った厳しい肉体的鍛錬を同時に行なうことになっているのだ。こうすることによって、意識的な精神の開発と意識的な肉体の開発とが、ちょうど具合よく歩調がそろい、バランスが保てるのである。

 これらとは反対に、限られた心の力しかなく、しかも暗黒の領域を心にたくさんもっているような場合、生み出されるものはマイナスのエネルギーである。マイナスのエネルギーはからだを不活性化させる。生理学的にいうと、これは自律神経系と内分泌系の活性低下を意味する。からだは、その潜在能力以下の限られた範囲でしか働かないことになる。したがってその人間の生活態度は全般的に消極的になってしまう。こうした意識の活性低下がもっと進めば、当然その行く先には心身の異常である病気が待ち受けているのだ。

 世の中には、からだのエネルギーが不思議とどこかへ消えて行ってしまうような人々がいる。そんな人たちは決まって不活発なタイプで、ほんのちょっと過労気味になっているとか、からだに支障があるともう気落ちしてしまい、実際に痛みでも感じようものなら、のっけから病気負けしてしまう。バイ菌の感染に対して絶好の餌食となるのは決まってそういった人たちであって、その感染も大抵は重く、また複雑な経過をたどることになる。

 西洋医学の内科医や外科医も、こうした人たちには手をやいているのが現状だ。そんな患者は抵抗力に欠け、実にひ弱な存在であることを医師たちは経験上知っている。普通の人なら時間の経過とともに良くなってゆくような病気でも、こうした不幸な人たちが罹ると、ありとあらゆる余病を併発して長引くことになる。普通ならまったく安全な外科手術が、こうした消極性の患者たちにあっては妙にひねくれた思わぬ方向に発展する。手術の傷が治らず化膿していったり、胃腸が活動しなくなったり、腎臓が平常の機能を発揮しなくなったり、血圧が低下したり、体力が消耗していったり、精神状態も不安定になったり、ときには死につながることすらある。

明日につづく


2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
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