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2014-10-31

〜健康寿命を延ばすなら〜

小さい頃から早起きが習慣づいていたので夏休みの
ラジオ体操なんかは張り切って行っていました。
体操の内容はともかく、皆勤賞なら最終日に花火がもらえたので、
せっせと町内会のお兄さんに出席スタンプをせびっていました(笑)

今ではすっかりラジオ体操とはご縁がありませんが、現在も学校や企業で
実施ししているところもあるようです。

早起きすることに意義がある。
朝からからだを動かすことに意義がある。
作業効率を高めましょう。

それぞれに意義があるようですが、もし「からだを動かすことはいいことだ」で
終わってしまっているのであればもったいないような気もします。

からだには使い方、動かし方の法則があります。
すなわち「身体運動の法則」です。

例えばからだを前に倒したとき(前屈)、体育の授業や、運動前の準備体操
などで、皆さんご経験がおありでしょうが、ほとんどは膝を伸ばしたまま
踵に体重をかけて行います。あれはふくらはぎやももの裏を伸ばす、ストレッチ
的要素が含まれているのでああしているわけです。つまり「ストレッチをする」と
いう目的に適ったやり方です。しかし、それが「からだを前に倒すときはこうやる
のが当たり前」になってしまうと、落ちているものを拾うときや洗面台で顔を洗う
ときなど、普段意識して行わないような動きの中でも習慣で通してしまいがちです。
「ストレッチをする」という目的であればこのやり方を通せばいいのですが、
日常的に繰り返されると、ふくらはぎやももの裏が突っ張るだけではなく、腰や背中
の筋肉にも牽引の力が加わり、知らず知らずのうちに負担を蓄積させてしまうことに
なります。

身体運動の法則に従ってからだを前に倒せば、膝は緩んだまま両足の
母趾球(親趾の付け根)に体重が乗ってきます。作法を通して行えば
ふくらはぎやももの裏も突っ張ることがありません。故に腰や背中に牽引力が
加わらず、負担なく動作を通すことが出来ます。試しにやって頂くとその差を
感じられる方が多いようです。
この差を体感して「からだってありがたいな」と感じるのか、
「めんどくさいな」と感じるのかは「想」の問題かとは思いますが…

いかに合目的にからだを使い、からだを動かし、健康を維持するか。
これが「身体運動の法則」の目的です。
そして操体の「般若身経」はそれを学習するためのものです。

「からだを動かすことはいいことだ」とすること自体が悪いわけではあり
ません。これだけ体操やらスポーツが普及しているのですから。ただ、良かれと
思って行っていても、からだを壊してしまうケースが予想以上に多いのも事実です。

問題は「からだを動かすこと=体操=ストレッチ=筋トレ=スポーツ」と
一括りにしてしまっている状況ではないでしょうか。
体操には体操の目的があり、スポーツにはスポーツの目的がある。各種健康法や
トレーニングも一緒です。それを、本来は別々のベクトルを向いているものを
「からだを動かすことはいいことだ」の一点に向けさせてしまっていることが
かえって健康傾斜の歪体化を招いてしまっているのです。
「たくさん食べて元気を出そう」として消化不良を起こしてしまっている
ケースと構造的には同じなような気がします。

筋力はあるに越したことはありませんし、関節も柔らかいに越したことはありません。
スポーツをするのであれば専門的トレーニングも欠かせません。
ただ、「鍛える」という発想と同時に「いかに負担をかけずにその動作を行うか」と
いった発想も必要なのです。前者は「いかに負荷をかけて以前よりも強い状態にするか」
といった足し算の発想です。後者は引き算の発想です。引き算の発想を理解し、からだで
学習を通したうえで、さらに鍛えたいのであれば鍛え、専門的なトレーニングを行いたい
のであれば行えばいいのです。日常生活の中でからだに負担をかけずに健康に暮らす範囲
であれば引き算の発想で十分なんです。そのための法則が「身体運動の法則」であり、そ
れが操体的「動」の営みなんです。

そして、この「身体運動の法則」を「般若身経」を通して学習する。

近い将来、「身体運動の法則」が様々な現場で取り入れられても何ら不思議では
ありません。からだが要求していることですから。
花火とは比べ物にならないくらいのご褒美なんですから(笑)

2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

2014-10-30

〜ため込んじゃ駄目よと、言われても〜

「たまり」に必要以上にため込まないことが自然治癒力を発動させやすい
からだの内部環境の条件だと書きましたが、「たまり」がないのに
ため込み過ぎて健康傾斜の歪体化のプロセスを辿るケースもあります。

特に「想」に関して、その傾向が強いように思われます。
「想」という精神活動は言葉や思考、その人のライフスタイルに大きく
影響し、またこの営み自身は周りの環境(対人関係)に大きく影響を
受けています。

ここ最近読み込んでいるアドラー心理学の本の中で、「人間の悩みは、すべて対人
関係の悩みである」とアドラーは説いていると書かれています。

「想」の営みは人と関わって生きていく環境において、摩擦を受けやすい
営みとも言えます。

「気の持ちよう」とか「病は気から」という言葉のとおり、
「想」がからだに与える影響は非常に大きなものです。
気持ちが沈めば首はうなだれてしまいますし、意気込み過ぎれば肩肘が張ってしま
います。その時の精神状態に合わせてからだは反応します。
放っておけば「ボディの歪み」から症状が発生してきてしまいます。

何か事を成すときは腹を括って初志貫徹、言いたいことも腹に収めて事にあたる。
そういう覚悟が必要な時はありますが、普段の生活の中で言葉にしたいことを
ため込んで我慢していると調和していた健康状態が、「想」の営みから崩れていき、
先に挙げた通り姿勢も崩れ、その他の営み(「息」、「食」、「動」)も崩れてきます。
(便宜上「崩れる」と表現していますが、その状態に合わせてからだが何とか
バランスをとろうとしている自然な反応の意です。)

置かれた状況でにっちもさっちもいかなくて辛い思いをされている方々は
たくさんいらっしゃるだろうと思います。
置かれた状況の中で何とか打開したいと思う方は「気の持ちよう」の中で一生懸命
奮い立たせようとします。「私が頑張れば」、「私が我慢をすれば」…といった具合に。
臨床家であれば何とか力になりたいと思うのは自然な気持ちですが、
気を付けないと「オレがオレが」で返って干渉し過ぎるケースもあったり、
わかったような口をきいて逆に白々しくなってしまったり。

精神的ストレスを抱え込み、不定愁訴に悩まされている方々がたくさん
いらっしゃるご時世ですから、臨床家としてどう向き合っていくかということは
これからの必須課題です。

環境をすぐに変えることが出来ない、「想」の枠組みの中だけで解決する
ことが困難だという状況においても何とか打開したい時に他の営みから
突破口をみつける試みがあります。四つの営みが同時相関相補連動性でつながって
いるからこそ、操体臨床は「動」からアプローチを試みることが出来ます。
「動」からからだの内部環境へのアプローチを試みるんです。

先に「想」と姿勢の関連について触れましたが、良かれと思って姿勢を
正させても、その姿勢自体が苦しく辛いこともあります。
気が沈んでうなだれている人に「さあ、胸を張って」と言ってみたり、
肩肘張って気張っている人に「肩の力を抜いて」と言ったところで、余計に
苦しくなるだけ。それが出来ないが故に悩んでいるのですから。

姿勢というとどうしても静的なイメージ(見た目)で捉えてしまいがちですが
「生き方の姿勢」などというような場合には動的なニュアンスもそこには含まれます。
つまり何かに対してアクションを起こすからだの動きそのものも姿勢の中には含まれて
いるのです。

動きを無視して見た目の姿勢だけを正そうとしても頑張れない状況の人に
「頑張って」と声をかけるようなものです。

操体臨床において「動」からのアプローチというのは無理やり動かすのとはわけが
違います。ゆっくり、ゆっくり表現できる範囲で、からだで感覚をききわけて…
少しずつ、少しずつ「ツクリ」(からだの構造)と「ウゴキ」(からだの動き)の
バランスを快適感覚に身を委ねながら徐々に徐々にとっていくんです。

自然と首がもたげてきた時、自然と肩の力が抜けてきた時、今までため込んでいた
ものがスーッと口をついてくる、ガス抜きが出来てくる。からだの内部環境が変化
し、「想」の営みが変化してくる…

首や肩の筋緊張と精神活動は多分に関係がりますから、首や肩の状態が変化するに
つれ「想」(精神活動)の在り方も変化するのは自然な反応です。

操体とも相通ずる部分が多い「カタカムナ」の本の中で「首をクビ(クヒ)」にする
ことの重要性が説かれています。

進化の過程で人間は四足歩行から二足歩行になりました。当然首と頭の位置関係も
それに伴い変化しました。首が頭(脳)を支えつつも自由度を獲得し、「ツクリ」と
「ウゴキ」が見事に調和して初めて人間が人間である所以の「想」(精神活動)が
営めるようになりました。言い換えれば「想」(精神活動)を健全に営むためには
首の在り方が重要というわけです。

現代は外的環境(対人関係)によるストレスが蔓延し、姿勢が崩れやすく、結果
首がクビ(クヒ)として機能しづらくなっているとも言えます。
そう考えると操体臨床において「想」の問題を姿勢(「動」)からアプローチし、
からだの内部環境を整え、外的環境に適応できる「想」の営みへと変化させて
いくことはある程度時間がかかっても意義のあることのように思うのです。

2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
メインテーマは「操体進化論」です。
特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
ご参加希望の場合はお早めにお申し込み下さい。
詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

2014-10-29

〜食と環〜

夜はかなり冷え込んできましたが、その分空気が澄み渡り、
頭上の星たちは一層輝きを増してきました。特に今住んでいる
家の周りには街灯がないので満天の星を満喫することが出来ます。

以前は寒いのが得意な方ではなかったのですが、こういった
愉しみを覚えてからは妙に冷え込んだ夜も心地いい。
小学校の頃に読んでいた星の図鑑にはギリシャ神話と星座の成り立ち
が載っており、夜空を見上げていると当時の記憶が蘇ってきます。

宇宙にあって、私たちにとって身近な存在と言えば太陽と月でしょう。
特に「食」のつながりで見ていくと太陽の存在はとても大きい。

一昨日のブログ三木成夫先生の本を紹介し、そのなかで使われている
「たまり」という言葉について書きました。

さらに詳しく見ていきますと
・植物は宇宙と一体をなしている
・自分(植物)のからだの延長が宇宙そのもの
・動物は宇宙を自分のからだ中に取り込んでいる
・動物は宇宙(自然)からある程度隔離されている
ということが書かれています。

植物はご存知の通り自分で移動することはできませんが、太陽のエネルギーを
用いてその場にいながら栄養を作り出すことが出来ます。光合成ですね。
ですから日中は常に栄養を作り出し、自らの成長に用いることが出来ますから
ためておく必要がないんです。だから植物には「たまり」がない。宇宙(太陽)
からのエネルギーがある限り、宇宙と一体となった栄養摂取体系を築くことが
可能です。「食」と「環境」が見事に調和しています。
※「植物は食事をするのか」と言われそうですが、エネルギー入力という観点から
言えば立派な「食」です(笑)

野生の動物に目をやれば、彼ら(彼女ら)はいつでも餌に
ありつけるわけではありません。それこそ、「たまり」が必要でしょう。
肉食動物が一週間獲物にありつけないのはザラですし、
草食動物たちは家畜とは違い、その年の天候などで食べる量は変わってきます。
にもかかわらず、一週間獲物にありつけなかったチーターの、いざ獲物を
目の前にした時の瞬発力はどうでしょう?かたや、そのチーター
追われているガゼルの走行は2、3日餌となる植物にありつけなくとも
落ちることはない。家畜をまる飲みした大蛇の消化力、冬眠で冬を
越すクマなどを見ると外部の環境に順応しつつ、「食」という営みを
からだの内部環境とともに見事な調和をとげています。

宇宙(太陽)のエネルギー⇒植物⇒草食動物⇒肉食動物と連鎖していますね。

「人間は植物じゃないし、野生動物でもないからね。同じことなんか
出来ないよ」

おっしゃるとおり。「真似をせよ」というわけではありません。
ただ、もともとこの「たまり」がこのように進化発展してきたプロセス
理解すれば、いかに必要以上に「たまり」にためこまないような
「食」を営むことが重要か気づくことが出来ます。
つまり自らの置かれている環境(職種や生活パターンなど)とからだの
内部環境(体質、現病歴、既往歴など)を考慮することが重要だということです。

今は飽食の時代ですから、「たまり」に負担をかけやすい環境に
我々は身を置いています。食べ物を食べれば当然胃腸は働き出します。
お酒を飲めば肝臓も働きだします。消化器系統への血流量は増大し
優先的に消化、吸収、分解に力を入れ出します。その分、抹消組織への
血流量は一時的に減少します。
このようにからだは優先事項に合わせてからだの内部環境を変化させます。
ですから、食べ過ぎ飲み過ぎなどで常に消化器系統に負担が強いられている
状態では、「疲労を回復させる」ところまでからだが働かず、いつまでたっても
不定愁訴が抜けきらないということもあり得るわけです。

よく自然治癒力を引き出すといいますが、
いかに「息」、「食」、「動」、「想」とそれぞれの「環境」を調和させていくか、
ということが鍵となりますので、治療は受けるけれども普段の生活は知らん
ぷりではもったいないわけです。

「快からのメッセージ」の中で三浦理事長は三大ストレスと称して
「肉体的ストレス」、「精神的ストレス」、「美食なるがゆえの消化器内臓のストレス
を挙げております。それだけ「食」は「欲」の関わる比重が他の営みに比べ大きいの
です。

快からのメッセージ―哲学する操体

快からのメッセージ―哲学する操体

自然治癒力が発動しやすいからだの環境を整えていくためにも手始めに
「食」から見直してみるとよいかもしれません。

太陽の下で日向ぼっこしながらであれば、ひょっとしたら植物のように宇宙の
エネルギーを受け取ることが出来るかも知れませんね。

2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
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2014-10-28

〜落ち葉を掃きながら一考〜

毎朝、通りに面した歩道の落ち葉をかき集めていると、向こう側から
冬の足音が聞こえてきそうなほどに、日に日に季節の変わり目を
感じています。東北は冬の到来も早いです。

仙台には幼稚園から中学1年まで住んでいましたが、その後は4年前に
友人の結婚式に出席した程度。その時もとんぼ帰りで仙台を懐かしむには
至りませんでした。しかし、昨年実行委員メンバーと課外授業?で仙台
訪れ、久しぶりに通りのけやきを見ましたが、改めて見ると本当に大きい。

三浦理事長は内弟子時代、定禅寺通りに面した外路地を竹ぼうき片手に
掃除をされていたそうですが、昨年見たけやきを想像する限り、ちょうどこんな
時節には落ち葉を相手に汗をかいていらっしゃったんだなと脳裏をよぎります。
なんといっても落ち葉の量が尋常じゃないですから(笑)

操体法 生かされし救いの生命観

操体法 生かされし救いの生命観

そういえば、子供の頃はよく早起きして家の前を掃除していました。
朝起きるのがそれほど苦にならなかったので、嫌々やった記憶があまり
ありません。時間があるときはそのまま友達と川に遊びに行ったりもした
のですが(広瀬川がすぐ近くにあったので)、なにせ朝が早いものですから、
家に戻ってきてもまだ6時半くらい。日曜日なんかは当然両親もまだ寝てい
ますので、すぐには朝ご飯が出てきません。
けれども、朝から散々からだを使っていたのでお腹の方は待ちきれず、
両親が起きてくる前に台所でガッシャン、ガッシャン。昨夜のカレー
温めたり、パンを焼いたり…
結局怒られる羽目になったのですが、その時食べたご飯はとても美味しかった
と今でも覚えています。
あれはきっと、「食欲」が「食」の範疇でからだを使うという外的「環境」と
調和していたんではないかしらと思っています。

翻って昨今。

「あなた、会社に遅れるわよ!早く朝ゴハン食べて、食べて!」
「昨日は遅くまで付き合いがあったから、お腹空いていないんだよ。」
「何言ってるの!朝ゴハン食べないと元気が出ないわよ!早く食べて
今日も頑張ってきて頂戴ね!」

何気ない日常のやり取り、どこにでもあるような会話。

しかし、奥さん、ちょっとお待ちになってください。
今からご主人のお腹の中を透視してみますから(笑)

むむ、昨日食べたホッケの開きやラーメンが未消化の状態でドロドロ…
胃は大分お疲れのようですね。ややっ、こちらはアルコールの分解で
大忙しの肝臓ですか。これは相当お酒を飲まれましたね。

ここで朝ご飯を投入したら、頭が冴えるどころか午前中はぐったり、膨満感に
げっぷに胸焼け…起きて間もない消化器系統がそれでもお尻を叩かれながら
歯を食いしばって働かなければならない…

いくら動物(人間)に「たまり」があったとしてもこんなふうに使ってしまった
んでは目も当てられません。「たまり」は外部の「環境」とからだの都合を考慮
してうまく調和させてこそ、旨みがあるというものです。
良かれと思ってやっていることでも実際にはからだにとって負担になっている
ケースが多々あります。
※「たまり」の説明は昨日のブログをお読みください。

現在は職種も多様で、生活パターンもバラバラですから、画一的な慣習よりも
個々のからだの要求に耳を傾ける方がごくごく自然のように思われます。

「からだにききわけて」という操体的発想を時代が必要としているのは
間違いありませんね。

2014年秋季東京操体フォーラム」 開催決定
今回は11月22日(土)23日(日)の二日間開催いたします。
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特に、22日は場所の都合上、人数が限られておりますので
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詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
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2014-10-27

〜「息」と「環」〜

先日畠山理事から一冊の本を頂きました。

いちばん大事な日本の話

いちばん大事な日本の話

合わせてポチ袋も頂きましたので、先日近所の神社に参拝してきました。
この神社は高台にあり山や海や市街地が見渡せるようになっています。
以前は柔道の三船十段の記念館が立っていたそうで(今は別の場所に移設)、
現在は記念碑のみでしたが、そこでも一礼。しゃんと背筋が伸びて呼吸の通りも
よくなったような気がします。

頂いた本の中で、著者のはづき氏は日本列島を龍にみたてて、
各地方を各身体部位に当てはめて独自論を展開されていましたが、
読んでみると面白い。
(私は日本列島がどうしても「タツノオトシゴ」に見えてしまう(笑))
因みに東北地方は龍の「肺(呼吸)」にあたるそうです。
確かに東北地方は山や森が多く、空気を浄化してくれる場も多いので、
妙に納得しました。東北地方のもつ「環境」の力でしょうか。

さて、最近思うところがあります。
「息」、「食」、「動」、「想」とそれぞれの営みに関わる「環境」は
同時相関相補連動性でつながっていますが、それぞれの「環境」との
関わりの比重は、往々にして差があるのではないかと。

「息」、「食」、「動」、「想」を並び替えたり、様々な角度から眺めたり
していると、「環境」とのかかわりの裏には「欲」の存在があり、
「環境」と「欲」は表裏の関係にあって、それぞれの営みとの関わり方に
大きく影響しているのではないかと。

例えば「息」を例にとってみます。
「息」とは呼吸ですが、何故「息」を通すことが出来るかといえば
地球上に酸素があるおかげです。実際には人間の営みにおいては
酸素以外の元素も大きく影響してきますが、この「酸素がある環境」の
おかげで呼気を通し、吸気を通し、絶えず循環させることで外部の環境と
からだとの間で調和を図っています。

クジラなどの海洋哺乳類は別として、空気を肺にため込むことが出来ません。
目いっぱい吸い込んだとしても、せいぜいもって数分程度。
吸い込んだ酸素は体の中でエネルギー変換に使われ、代わりに二酸化炭素
生成され、すぐにまた次の酸素が必要となります。
つまり、「息」に関しては「たまり」がない。

この「たまり」とは三木成夫先生の本に出てくる言葉です。
植物と違い、動物は進化の過程で、胃や肝臓大腸などといった
食べ物をため込む「たまり」という場所を形成していったと説明されています。
ですから「食」に関しては「たまり」があるけれども「息」には「たまり」が
ない。(しかし、ため込む場所がないのにため込んでしまう現象もあるので
そこで不具合が生じてくるケースも)

生命とリズム (河出文庫)

生命とリズム (河出文庫)

「息」にはこの「たまり」がないが故に、「欲」と切り離され、
なおかつ「酸素がある環境」のおかげで「息」は「環境」との
結びつきが強く「欲」の入り込む余地が少ないように思うのです。

「人よりたくさん空気を吸い込んでやろう」という話はあまり聞きません(笑)

「たまり」を必要としない環境だったために、循環に特化した
進化を遂げていったと考えるのが自然ですが、自然界に目をやると
空気の薄い高所を飛ぶ鳥の呼吸循環は機能的に見て大変素晴らしい。
肺の中で新しい空気と古い空気が混じり合わないように絶えず一方向に
流れるように進化しています。飛行時の呼吸は環境に合うように機能
しており、効率よく酸素を取り込めるように出来ています。
「動」と「息」と「環境」が見事に調和しています。

操体の歴史において、「息」と「動」を繋げて見ていったとき
「動くときは息を吐きながら」から「動くときは自然呼吸で」に
変わっていったプロセスがあります。「息」を単体で捉えずに他の営み
とどうつなげていくか?

この進化はとどまるところがありません。



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2014-10-26

〜身につける、実をつける〜

香さんからバトンを引き継ぎ、
今週担当します瀧澤です。
よろしくお願いします。

随分と秋めいてまいりました。特に東北の秋は早いです。
道端の木葉が色づいたと思ったら、もう散り始めています。
実りの秋とは言いますが、今年もお米にリンゴに柿に梨…
たくさんの秋の恵みを頂きました。

目線を学びに移してみると、操体にも何やら美味しそうな
キーワードがあちらに、こちらに、たわわに実っています。
「間に合っていればいい」とか「きもちよさ」とか「皮膚」とか
いった具合に。

何とも魅力的な言葉の数々。豊かな土壌で育まれたその言葉たちは
厳しい冬にも耐え忍び、誰が見てもついつい手が出てしまうほどに
実っています。

あまりにも美味しそうなものだから、ついつい手が出てしまう気持ち、
とてもわかります。私も魅了されたうちの一人ですから。
けれども、その実がなる過程までわかっていないと、
結局食べ方もわからず仕舞い。「試行錯誤の果てに」とは
聞こえはいいけど、食べ方をわかったうえでのことでないと。

三浦理事長はこんなことをおっしゃっています。
「まるごと受け取りなさい」と。
「まるごと受け取りなさい」ということは
「まる飲みしなさい」ということではないんです。

実が大きければ大きいほど、謙虚に食べ方を教わり、
よく噛んで、味わって、旨みも渋みも十分に頂いたら
今度はどうやったらその実を作ることが出来るのか、
ここからが試行錯誤の始まりです。

理事長は他にもこんなことをおっしゃっています。
「学問するんじゃなくて学問にしなさい」と。
決して上手い下手や起用不器用の問題ではなく。

この実行委員ブログを読めば、実行委員各位が操体を学問にし、
それぞれの持論を展開し、操体の中でおおいに遊び、愉しむ様が
伝わってきます。文面から同志のエールを受け取るような、
そんな感じさえあります。

先日、ある人がこんなことをおっしゃいました。
「一生勉強だから大変ですね」と。

操体には「間に合っていればいい」という教えがありますが、
「間に合わせる」ためにはそれ相応のことも必要です。
「間に合っていればいい」と口にする人の自己責任

「息」、「食」、「動」、「想」それぞれにそれぞれの「環境」が加わって
イノチを営む。

「環境」は常に変わります。特に時代の変化には大きく影響を受けます。

時代は変化する故、四つの営みの在り方もその時代の環境と
同時相関相補連動性に変化していきます。
その時代、その時代の「間」に合うように、その時代の中で
からだにとってイノチにとって「間に合う」ように。
変化の中で「間に合う」ようにするために進化が必要なんです。
もちろん自然法則に逸脱しない範囲で!(操体操体のまま進化していく)

進化に置いてけぼりにされてしまったら、きっと私が間に合わなくなる(笑)
だから終わりがないんです。

この現在進行形の操体を学びの年数や操体との関わり方を問わず、
共に味わってみませんか?

プロセスを、歴史を、紐解いていくことで実った実の味がより一層
格別なものになるでしょう。

東京操体フォーラムはいつでもあなたをお待ちしております!


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2014-10-25

進化しつづけている

日の出。
少しずつ、すこしずつ、空が朱色になり、
真っ赤な太陽が、水平線から
顔を出します。
力強い中にも、どこかやさしさを感じます。
この光をからだに受け、
エネルギーをいただきます。
今日もこの力強い太陽に支えられています。


何事も結果だけでなく、
プロセスをたのしむことで、
より豊かなものを得る事ができると
知る事ができたのは、
学ぶ環境に恵まれたからだと思います。

ふと目にした記事に、
共感しました。
ご紹介いたします。
ラグビーのコーチをしている方の、言葉です。

「教え魔になるな」-相馬朋和
Yahoo!ニュース - 「教え魔になるな」-相馬朋和 (プレジデント)


「いつ、なにを伝えればいいのか。
1から10まで教えてはいけないこともありますけれど、
コーチの役割は選手の成長を促すことにあるわけです。
成長するためには、教えるのがいいのか、
何も言わずに、理解するのを待つのか。
その選手が必要だと思った時にぽんと教えてあげることの方が、
そのひと言がより効果的になると思います。」



『ぽん』と
必要な時に、
必要なことへ
導いてくれる、
良き師、良き学友、同士に恵まれている事に
感謝し、
私も進化しつづけたいと思います。


一週間、ありがとうございました。
明日からは、熱い想いを全身に秘めた瀧澤さんです。