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2014-12-18

★変わった世界 変わらない日本/野口悠紀雄

 変わった世界 変わらない日本 (講談社現代新書)

先日「資本主義は民主主義くらいにはありがたい」と書いたとき、この本を読んでいた。

野口先生はいつも明瞭。経済や政治にイデオロギー的思い入れがなく、事実と原則だけを土台に説明と主張を組み立てるからだろう。

「北海道の東には、非常に発達した低気圧があり動きが遅くなっています。日本付近は18日にかけても強い冬型の気圧配置が続くため、北陸や北日本を中心に暴風や暴風雪、高波、大雪、高潮に厳重な警戒が必要です」というくらい、スパっと明瞭。(ウェザーマップより

まったく知らなかったこともあった。「そうだったのか」と驚くこともあった(「ごん、おまいだったのか…」的な?)


= 以下簡単なメモ=


▼アイルランドは貧しい農業国だったが、産業をITにシフトし外国企業を迎え全ヨーロッパのITサービスセンターになったことで、驚異的に経済成長した。これはイギリスが製造業から世界の金融センターにシフトして長期低落から脱したのと同じ。

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▼中国はたしかに国有企業の支配が大きい。しかし起業精神の旺盛な民間人の意欲と活躍を見落としてはならない。旧態依然とした日本企業とはまったく異なり、中国企業はアメリカなみに競争的で市場経済的だ。

▼今の中国には世界でトップクラスの積極的な企業家が現れている。そして、若者たちも、大企業で働くより、起業したいと思っている。これは、90年代末のシリコンバレーと同じような空気だ。終戦直後の日本とも似ている。そのころのソニーやホンダと同じような企業が多数誕生しているわけだ。

▼これは、原始的な資本主義経済に近い世界だ。それが共産党独裁政権の下で誕生しているのは、きわめて興味深い。

たしかに中国を通して私たちはじつに数奇な現代史を目撃している。

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▼小泉内閣が本当に日本経済を改革したのかといえば大いに疑問だ。経済面でみれば、小泉内閣は、円安政策によって古い産業構造を温存した。そして旧来型の輸出産業を延命させた。

これは意外だった。そもそも著者は、自動車やテレビの輸出に頼る製造業中心の日本経済には先がないと完全に見切っている立場であり、この本の主旨もそれなので、とりわけ厳しいのだろう。しかしそれにも増して驚いたのは、郵政民営化すら大したことなかったという主張!(そうだったのか…)

▼小泉内閣の構造改革の中心は郵政民営化だったが、その基本を方向づける財政投融資制度の改革はすでに実現していた。05年の総選挙は「郵政選挙」と言われたが、基本方針はすでに定まっていた。郵政族の利益との関係で大きな政治問題になっただけ。

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▼サブプライムローンに起因した2008年のリーマン・ショックこそは、100年に一度の金融危機だった。それには金融の高度な技術革新から生じたCDOやCDSといった商品がからむが、日本の金融機関はほとんど関わっていなかった。それは慎重に検討して手を出さなかったのではなく、単にこれらの投資対象を知らなかっただけのことである。

秋の夕暮的にしみじみしてしまった。

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▼物価変動は総需要の変動とは関係ない(物価は需要では決まらない!)

▼しばしば「需要が不足するのでデフレになる」とか「国内の需給ギャップがデフレに原因」と言われるが、実際にはまったく逆の現象が生じていた(08年の日本で)

▼「製品価格が下がるから賃金が下がる。それが消費需要を減少させ、さらに価格を下げる」というデフレスパイラル論は、明白な誤り。にもかかわらず堂々と主張され人々を迷わせている。

これらもびっくりだが、その前提には基本中の基本というべき以下の認識がある。

▼工業製品の価格が下落したのは、ひとえに、1990年代後半から中国を中心とする新興国が工業化した結果だ。低賃金労働力を用いて製造した安価な工業製品が世界市場にあふれるようになった。

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▼インフレは税と同じ。財政赤字を縮小するための正統的な方法は、増税または歳出の削減。しかし今の日本では政治がこれを拒否している。

ではどうしようとしているのか。インフレによって実質の財政赤字を片付けるという手法を狙っているという。――この見解は最近ときどき耳にする。総選挙直前の朝生でも維新の党の藤巻健史が「心底わかってくださいよ」といった体で語っていたのが印象的だった。

▼税とインフレは経済的には同じものなのだ。ただし、政治的にはインフレのほうがはるかに容易である。したがって、歴史をみると、コントロールできないほど膨れ上がった財政赤字は、ほとんどの場合にインフレによって処理されてきた。第二次大戦直後の日本がその典型だ。

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▼アベノミクスによる異次元金融緩和政策は空回りしている。安倍政権発足直後の株価上昇ですらバブル的要素が強かった。

「金融緩和で円安が進んだ」という見方自体が間違っていると言うのだ。それどころか、金融緩和による円安誘導こそが日本経済を何度もスポイルしてきたと断じている。

▼1995年に円高が進行して自動車を中心に輸出が減少したとき、為替レートを円安に誘導するため為替介入が始まった。2000年ごろにも円高が生じ、金融緩和が行われた。さらに、03年からも大規模な為替介入が行われて、円安が進行した。このような介入によって円安が進み、古い産業が生き延びてしまったのである。本来は世界経済の構造変化に対応して、産業構造改革という手術をするのが、経済法則に従う政策だった。しかし、日本は、円安という麻薬を飲んでごまかし、経済法則に逆らってきた。20年もの間、対処を怠ってきたのだ。

より具体的には――

▼2002年ごろから2007年ごろまでの輸出主導経済の中心は、アメリカの住宅ブームと異常な円安に乗った自動車輸出ブームだったのだ。円安、日本の自動車輸出、アメリカの住宅価格高騰、証券化商品への投資ブームは、連関した動きであり、どこかが崩れるとすべてが崩壊するバブルの仕組みなのだ。したがって、経済危機によって為替レートが急激な円安に変わり、日本の輸出が急減したのは、偶然ではなく、必然だったのである。

これが意味することは「円安政策によって旧体制が温存された」!

アベノミクスによる金融緩和をどう理解するかは、高気圧と低気圧で天気がどう変わるかを理解するくらい基本だと思われる。そして識者の多くは、とにかく金融緩和政策に限っては「民主党はダメ、自民党は正しい」とみているようだ。飯田泰之などはその代表であり「景気回復に最も良い薬である金融緩和策を日本はなぜかずっと使わなかった」と先日もTBSラジオで言っていた。自民党に反対する識者ですらかなり多くが同じ意見のようだ。私も「金融緩和をしないのはNG」とずっと思ってきた。

ただ一方に、金融緩和やアベノミクスを評価しない経済学者が根強く存在する。それらは「金融緩和は役には立つがそれだけでは足りない」あるいは「金融緩和は害はないけれど役にも立たない」といったものだが、野口悠紀雄はさらに踏みこんで「金融緩和は害になる」という意見のようだ。

少し古いがこちらのビデオニュースドットコムも参考になる。

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さてでは日本はどうすればいいのか。著者の処方箋は「製造業からサービス産業にシフトせよ」「高齢者の需要を掘り起こせ」「高等教育を充実せよ」「外国人労働者を積極的に受け入れよ」など。真新しくはないが、やはりなにしろ明瞭なのが吉だった。


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