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2016-01-15

★雪の轍/ヌリ・ビルゲ・ジェイラン


トルコの映画。渋谷のアップリンクで見てきた。2014年カンヌのパルムドール受賞作。

◎公式サイトhttp://bitters.co.jp/wadachi/


カッパドキアの岩山に雪が積もるとは! 

むかし私が旅行したときは真夏で、ただ暑く気分も明るかった。この映画のカッパドキアは陰鬱で寒い。みんな厚着。車のエンジンも掛かりにくい。そんな冬が来ることを想像しなかった。同じときに観光したイスタンブールのブルーモスクの前で自爆テロが起こるのを想像していなかった以上に、想像していなかった。

そのカッパドキアで親から譲り受けたホテルを所有している男が主人公。他にも住宅を所有し貸し出してもいる。そのホテルや住宅の、岩山を生かして建築された外観にまず目が引きつけられた。とはいえ主人公は、その経営は人に任せ、自身はホテル内の書斎にこもっている。紅茶を片手にMacのノートに向かう。元俳優とのことで、地元新聞にエッセーを書いたりトルコの演劇史を著そうと構想したりするのが日課。

映画が陰鬱なのは、冬だからでもあろうが、瑣末ながら厄介なトラブルが主人公の身辺にいくつも持ち上がっているせいもある。まず、住宅を借りている貧しい一家が家賃を滞納していることで面倒な対応を強いられている。また、ホテルに同居している妹との確執、さらには若い妻との確執が、ともに深刻化している。

その家族内の確執の部分は、多くが室内の会話として描かれる。そこは物足りなかった。人と人の関係やその変化は何らかの出来事として浮かび上がらせたほうが映画らしいと私は思う。しかし、スクリーンには口論している人物と口論している部屋ばかりが長く映る。会話の中身は映画のテーマと言っていいほど重要だったが、もし字幕がなければ何の話か私にはまったく不明だったろう。(ちなみに、そのトルコ語会話は抑揚がなく一本調子に聞こえ、朝鮮語やモンゴル語もしくは懐かしの福井方言に近いと感じられた。言語系統は日本語も含めてさほど遠くないはず)

ただし、おかげで室内の様子はじっくり観察できた。狭いけれど明るく外光の射すロビー。絨毯の敷かれた落ち着いた書斎。妹や妻と朝食をとるダイニングなど。それが最大の収穫だったかもしれない。ソファーやテーブル、デスクなどは上等で洗練されて見え、そこは西洋の映画を見るのとあまり変わらなかった。壁に飾られた皿やカーテン、クッションの柄などはトルコ風に思われた。なお、賃貸の一家が暮らす部屋は様子がまったく異なり、みすぼらしく寒々しかった。テーブルも粗末。壁には安っぽいカレンダー。たぶんこちらが平均的な住居なのだろう。

一方、ホテルから車でかなり移動したところにある平原が何度か映し出される。そこには野生の馬が生息している。綱で捕獲したたばかりの一頭が川のなかで暴れるシーンは生々しく躍動的だった。馬の捕獲と売買をしている人物も登場するが、部族的とでも言えそうな雰囲気で、ヨーロッパ風インテリの主人公とは明らかに対照的。文明に対する野蛮というか。

トルコは世界史的には草原の民・遊牧の民だったことを思い出した。こうした馬や平原の光景には、近代化前のトルコが今も宿り、国民はそこに郷愁を求めたりもしているのではあるまいか。ひるがえって現在の日本だと、そうした前近代の風土や野蛮の名残は、どこかにあるだろうか。 

主人公は、その捕獲された馬を買い取るのだが、ほどなくして、夜中にひとり厩の扉を開け、馬を野に放ってしまう。それを見ながらこのシーンの寓意は何だろうと考えた。そうすることで、妹や妻との長々しい口論で言葉として現れていた映画のテーマのようなものが、窮屈さを捨てて多様な広がりを持ってくるように感じられた。また、これと対を成すように思えたのが終盤の狩りのシーン。か弱いウサギを主人公は撃って殺す。

馬を逃がすのは抑圧されていた願望や野蛮さの解放を意味するのか、などと考えた。ウサギを殺すのは妻を殺すという意味かとも思ったが、そうではなく、自身が抱え込んできた卑小な何かを殺したということなのかもしれない。(ただ、最後に主人公は妻と和解し、映画としてもなんらか大きな決着がついたようだが、そこにあるべき主人公の心境の変化については、よくわからなかった)

ともあれ、そうしたテーマ的なものの一角は、やはり信仰つまりイスラム教が占めているらしいことも わかってくる。「悪には無抵抗であるべきか」なんていう議論も交わされる。主人公は予想どおり無神論者のようだが、妹や妻からは「彼は信じるということを嫌っているのよ」といった評価もされている。昨今のニュースでイスラム信仰といえば強硬なイメージしかないわけだが、「実際の共同体には当然マイルドな信仰者や無神論者もいるのだろう、それはどんな感じなんだろう」という問いとある程度の答えが、この映画から浮かんでくるのだった。さらに、主人公から住宅を借りている一家の一人はイスラムの導師なのだが、彼の振る舞いからも世俗化されたイスラムの雰囲気というものが覗けるように思われた。結局は西洋の社会とたいして変わらないイメージだが、彼らが語る神とはアラーなのだから、そこは不思議だ。

とはいえ、ここに垣間見えたのは、イスラムというファクターにとどまらないトルコの世間一般でもあろう。家族や夫婦のいさかい、金持ちと貧困層のあつれき、お金にまつわるゴタゴタ、頑固だがもろい自尊心や信条といったもの。イスラムの観念や制度に彩られてはいても、まあだいたい西洋の世間や東アジアの世間と同じなんだなと共感できた。トルコの映画はほぼ初めてだったので、そんなおそらく何の変哲もないトルコの世間が、ひたすら新鮮だった。

 *

私がトルコのイスタンブールとカッパドキアを旅行したのは1996年。今から思えばつかのまの平和な時代だった。冷戦は終結しテロは表に現われず、日本は円高とバブルの名残でまだリッチだった(トルコは経済破綻で大変だったようだが)。

私の感覚では、やはり2001年から世界には新しい対立が顕在化し、旅行もどうやら安全でなくなった。昨今はシリア情勢とともにトルコの危険を意識することも増えた。そして先日ついにイスタンブールからテロの報。

1996年には、すでにグローバル化ということが、通貨であれ言語であれ貿易であれ観光であれ、相当進んでいたのだろう。だからこそ安直な日本の私が安直に海外に遊びに行けた。そのグローバル化は21世紀に至ってますます進み、おかげで世界中の映画も世界中でそして日本でますます上映されるようになった。今回のようにネットでふとトルコの映画を見つけ見に行った、なんてことも今ではまったく特別ではない。映画の流通も鑑賞も、いちいち思い起こさないだけで、十分にグローバル化したということだ。

さて、1996年のカッパドキアで泊まった安宿も忘れがたい。ひたすら脳天気な日々だったわけだが、そうした宿の内側で(映画のホテルは相当格上だが)あんなに陰鬱な確執があるなどと、想像することはなかった。

そういえば、この映画では、主人公のホテルの客として、なぜか日本人の若いカップルがストーリーと全く関係なくぽっと出てくる。それがまあ従順でにこやか。片言の英語でせいいっぱいコミュニケーションを試みる。わさびの話をうれしそうに主人公に聞かせる。まるで自分を見ているようでいたたまれなかった。「明日の朝 早いんで、今夜のうちにチェックアウトをと思いまして」などと気遣ってフロントにやってきたりする。ところが主人公にしたら、そんな日本人カップルなんてまったく埒外の存在だ。親しそうにうなずいてみせるが、自分の苦悩を理解してもらおうとか日本の生活を深く知りたいとかなんて、まったく思っているふしがない。

だから、いったい何のためにこの日本人を映画に出したのか、首をかしげてしまった。単にホテルのルーティーンを描くためなのか。ところが、実は映画の冒頭は、トルコをバイクで旅する一人の男性がホテルのロビーにいるシーンから始まり、主人公は彼には興味を示す。主人公が馬を買ったのも、彼が馬について話したことがきっかけだし、彼がホテルを去るときも寂しそうだった。そんなわけで日本人カップルへの儀礼的対応がますます際立つのだった。

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