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2004-11-10

生はヒリヒリむずがゆい 鴨志田穣&西原理恵子『最後のアジアパー伝』 

脱力ぶりおよび切実ぶり、ともにちょっと類をみない海外流浪譚。語り手は鴨志田穣だが、ハシダさんという微妙なオジサンが出てくる。これってあの橋田さん? と思うと、各エピソードがなぜか急に身近な情景として浮かんできた。イラク人質事件の時ニュースステーションにコメンテーターとして出ていて、少しだけ本人の顔と話に触れたこと、そうしたらその後すぐ、同じイラクでなんと襲撃されて死亡してしまったこと。そんな記憶はやはりこの読書に複雑な影を落とすのだ。しかしそれらを差し引いても、『アジアパー伝』のハシダさんの間抜けぶりは希有だ。橋田さんの生き様らしきものと同じくらい伝説的だ。なにしろ、旧ユーゴ内戦を撮影して一儲けしようと現地に乗り込んだ矢先、大勢の難民が救いの手を求めて集まっているクロアチアの海岸で、ハシダさんは、現地の人が投網しているのを見て、なぜか自分もやらせてもらって、ぎっくり腰になってしまうのだ。《難民キャンプで、ずぶぬれの東洋人のおっさんが防弾チョッキを着け、松の木にしがみついて泣き声を上げているのである》。申しわけなくも救急車を頼むハメになり、内戦の負傷者が横たわる病院に担ぎ込まれる。著者も指摘しているが、ここぞというときツメの甘さが際だつ、実はそんなオジサンだったのではないか。戦場取材に平気で笑っているかのような思いきりぶりと、この間抜けぶりは通底しているんだ、きっと。チューブ入りシャンプーをクリームだと勘違いして、旅なれた風貌のその顔に塗り続けているオジサン。こういう人物は実在するよ。なんだか他人事でない愛おしさ。そのあと、著者とハシダさんらの一行は激戦のサラエボに飛ぶのだが、病院で手当てしてくれた女医がそれを聞きつけ、サラエボに残してきた家族がいるので、ぜひこの援助物資を届けてくれないかと願い出る。そして物語は続く。そんなうまい話がほいほい出てくるものかというと、旅先のエピソードとはけっこうそんなものだという気もする。著者は同書で自らの恥ずかしい部分をかなりさらけだしているから、こういう部分も基本的に嘘はないだろうと感じる。サラエボへの長い移動中、空腹と疲労に耐えかねた一行が、その援助物資からハムやチーズにタバコにとどんどん手を出してしまったことも、包み隠さず書いていく。『サラエボ旅行案内』という有名な本があって、それは神々しいまでに辛辣な一冊だったが、それでもサラエボ市街戦の恐ろしさというのはなかなか完全には想像できなかった。ところが、このヘンな短い本でその切実さが初めてちょっと身にしみた。で、その市街戦の切実さに並ぶくらい、この援助物資の段ボールに手を出してしまう「いやはや」のくだりは、みごとにリアルな体験に感じられるのだった。リアルというなら、この本は戦争報道の裏面も含めた貴重な現状気分報告でもある。いや、テレビの戦争報道が表ならその取材はたしかに裏舞台だが、戦争を取材する労働という側面からすれば、こっちこそ表の姿だとも言える。名の通ったメディアの正規スタッフは、この一行とは違って、飛行機に乗れる順番が早いとか、明らかに頑丈な車や頑丈な防弾着に守られているといった事情に、哀愁だけではすまない気持ちになる。なお同書にはカンボジアやタイの滞在記もある。こっちは戦場ばかりでなく取材のない退屈な日々も綴られているが、甲乙つけがたく面白い。カンボジアとタイなら旅行したことがあるし。ちなみに、この本ないし鴨志田&西原組の存在を最近私に教えてくれた人が身近に2人もいる。1人は高橋源一郎(書評で)。もう1人は今カンボジア在住(id:monopsy)。そのほか、近々アフガニスタンに国際協力関連で行く友人がいる。鴨志田&ハシダの一行は国連の軍用機で旧ユーゴ入りしているが、実は彼も同じく国連軍機でパキスタンから飛ぶと言っていたのを、これまた切実に思い出した。しかも、その友人はその移動手段を聞いたときに「あの、それってマイレージ使えます?」などと尋ねてしまったそうで、明らかなノンキ者はここにも実在する。ついでながら、アフガニスタンには02年に個人的に出向いた友人が別に1人いる(http://www.mayQ.net/afgan.html)。――というわけで、なんというか世界というのは案外狭いんじゃないかと感じたりするわけだ。しかしまあ、この東京がプノンペンやサラエボやカブールやバグダッドのような戦場になるとは、やはり想像すらまったくしないのだから、そういう意味では世界はやはり広く遠いのか…。でもたとえばサラエボの人だって、昔は自分の街が戦場になるとまでは予想していなかったろう。それとも冷戦直後からいくらか兆しはあったのだろうか。では東京には今その手の兆しは全くないのか? そうそう、「戦火のイラク」という写真展を近所でやっていたので見た。パレスチナと同じで、遠いと思っていると向こうからやってくる(参照:http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20030817)。

●『最後のアジアパー伝』ASIN:4062121565

●『サラエボ旅行案内』ASIN:4384010206 http://www.fukkan.com/vote.php3?no=22883

●写真展「戦火のイラク」http://www.morizumi-pj.com/kid.jpg

synonymoussynonymous 2004/11/11 00:16 先の人質事件で殺された青年も、同じくらい間抜けで、いとしいやつだったんじゃないかと思っていました。

tokyocattokyocat 2004/11/11 00:45 彼についてはこちらの二つ目のコメントでちょっと触れました。
http://d.hatena.ne.jp/fenestrae/comment?date=20041031#c
上に書いた『最後のアジアパー伝』くらいの手記を残していれば、もうすこし実像が分かるでしょうね。