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2004-12-24

NEET

学校や会社という仕組みに「入れるか/入れないか」という区分けがなされる。

しかしこれは、

学校や会社という仕組みを「拒めるか/拒めないか」という区分けでもいいだろう。

この仕組みに入りきれずグズグズしているのが「ニートである人」なら、

この仕組みを拒みきれずカリカリしているのが「ニートでない人」。

対称的。

さて、そのとき、

ニートでない人は「ニートである人にも、私の価値観は分かるはず」と諦めず、

ニートである人は「ニートでない人には、私の価値観は分からない」と諦める。

つまり

ニートでない人は「ニートである人を説得できる」と胸を張り、

ニートである人は「ニートでない人を説得できない」とうつむく。

そう見える。そこは非対称だ。

だから、穿った見方をすれば、むしろ

ニートでない人は「ニートなんて救いがたい」とまでは案外思わないのに対し、

ニートである人は「ニートでないなんて救いがたい」と結構思っているフシがある。

で、実は私も、近年の日本社会において最も救いがたい思い込みは、

「ニートでない人の生き方や考え方」の方にこそあるんじゃないかと、

ときどき思う。

まっちゃんまっちゃん 2004/12/30 00:50 mixiからあしあとをたどってきました。
ブログ拝読、大変興味深いお話が多かったです。

突然失礼しました。

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